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『ドリーム』

『ドリーム』

監督:セオドア・メルフィ
脚本:アリソン・シュローダー、セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー、キルスティン・ダンストほか
配給:20世紀FOX映画
2016年/アメリカ/127分

ⓒ2016Twentieth Century Fox
9月29日(金)TOHOシネマズシャンテ他、勇気と感動のロードショー!

『ゲット・アウト』

『ゲット・アウト』

監督・脚本・製作:ジョーダン・ピール
製作:ジェイソン・ブラム, p.g.a.
出演:ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、キャサリン・キーナー
配給:ユニバーサル映画/東宝東和
2017年/アメリカ/104分

© 2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved
10月27日(金)TOHOシネマズシャンテ他、全国ロードショー

三田格   Sep 26,2017 UP

 『バッド・フェミニズム』(亜紀書房)の著者、ロクサーヌ・ゲイは同書で「マジカル・ニグロ」というタームを持ち出し、2012年のアカデミー賞にノミネートされた『ヘルプ』を酷評していた。オバマが大統領になったことを記念するかのようにつくられた一連の黒人映画を代表する作品である。「どれだけ黒人がすべての難題を解決できちゃうんだよ」と呆れ、自らもハイチ系の黒人であり脚本家でもある彼女は、ハリウッド映画に「マジカル・ニグロ」が出てくるといつも「あー、またか」と白けてしまうという。興味を持って調べてみると、窮地に陥った白人の主人公(だけ)を魔法のような力で助けてしまう黒人は1950年代からその存在を頻繁にちらつかせ始め(『手錠のままの脱獄』)、「そんなやついねーだろ」というニュアンスを込めてわざわざ「ニグロ」と称されているらしい。スパイク・リーもこの問題には早くからブーたれていたり、新聞などでも「マジカル•ニグロとしてのオバマ」という政治批評が書かれたりと、僕が知らなかっただけで、この件に関してはすでに多彩な議論が繰り広げられていた。「マジカル・ニグロ」を演じる俳優のナンバー・ワンはモーガン・フリーマンだという結論も出ている。なるほど。フェイスブックのCEO、マーク・ザッカーバーグが家庭用の人工知能「ジャーヴィス」の声をモーガン・フリーマンに依頼していたというエピソードはそれを補強する最後のピースになるのかも。

 では、「マジカル・ニグロ」が実在していたらどうだろうというアングルを持ち出してきたのがセオドア・メルフィ監督『ドリーム』になるのかもしれない。NASAがまだバージニア州にあってNACAと呼ばれていた時代に数学者としてアメリカの宇宙開発に尽力していたキャサリン・G・ジョンソンを始め3人の黒人女性が人種差別に苦しめられながら、アメリカでは初となる有人宇宙飛行を成功させるまでの話である。現職の職員にも、NASAにはかつてこうしたスタッフがいたことを覚えているものはなく、完全に忘れられていることから映画化の話がまとまったものらしい。キャサリン・G・ジョンソンは現在99歳でまだ存命。ジョンソン役を演じるのはTVドラマ『エンパイア』のクッキー・ライオンとして知られたタラジ・P・ヘンソンで、数学の天才とはいえ、日常生活にも心を配る常識人として丁寧な演技に勤めている。エンジニアとして雇用条件を満たすために州との駆け引きで洒脱なところを見せるメアリー・ジャクソン役にはR&Bシンガーのジャネール・モネイ。意志が強く、ムードメイカーとしての役柄もあるのだろうけれど、モネイが作り出した人物像は実に魅力的だった。そして、最も感動的だったのがIBMのコンピュータ室長に這い上がるドロシー・ヴォーン。『ヘルプ』で名を挙げた(!)オクタヴィア・スペンサーがこの役を演じ、自分のことだけではなく、黒人女性全体の雇用を考えて先回りする機転の早さを印象付ける。

 『ドリーム』がどれほど史実に忠実で、どれぐらいマジカル要素が入っているのかを検証する知識は僕にはない。ジョンソンやジャクソンの夫たちがあまりに優しすぎて、しかも黒人女性の仕事に理解があるので、『ゲット・オン・ザ・バス』のような映画を観た後には素直に受け取れない面もあるものの、ここに登場するのは最下層ではなく、早くから中流化し始めていた黒人たちなので、あながちウソでもないのだろう。無駄な詮索はしても仕方がない。あくまでもスプートニク・ショックに沈むNACA(NASA)という白人主体の組織を成功に導いた「マジカル・ニグロ」は本当に実在したし、「マジカル・ニグロ」というのはご都合主義が生み出した空想の産物ではないと言いたげなムードがじっとりと伝わってくる。ただし、白人のために難題を解決するという「マジカル・ニグロ」の定義からすれば、黒人たちみんなのことを考えて行動したヴォーンの存在はその範疇に収まらず、さらに大きな意味を持ってくる。僕はどちらかというと主人公よりもヴォーンの行動に感動を覚えた口で、あまりにも映画的な描写ではあったけれど、計算室からコンピュータ室まで彼女たちが闊歩していくシーンはかなり爽快だった。おそらく公民権運動のピークといえるワシントン大行進とイメージをダブらせたのだろう。『ドリーム』の原題は「Hidden Figures」で、いわば「縁の下の力持ち」だから、表に出て輝く存在ではないということもタイトルは表している。実際にジョンソンとジャクソンは裏方であることをまっとうしている(だから忘れられてしまったのだろう)。しかし、ドロシー・ヴォーンはそれだけにとどまらず、ビジネス・マネージャーとして次世代にも継承されてしかるべき手腕を発揮したのである。

 「マジカル・ニグロ」に正当性を与えようとするのが『ドリーム』なら、そのこと自体が新たな人種差別を生み出す契機にもなりうると訝しんでいるのが『ゲット・アウト』だろう。リー・ダニエルズの成功が引き金になったのか、このところ黒人の映画監督が矢継ぎ早にデビューしているようで、『ゲット・アウト』もアメリカではコメディアンとして知られるジョーダン・ピールのデビュー作にして黒人同士の階級差もしっかりと飲み込んだスリラー映画である。同作は服装から握手まで、もはや単一の文化を共有することはなくなった黒人同士のすれ違いをこれでもかと描き、もはや「ブラザー」などという呼びかけは、この映画の後には何も意味をなさないものに思えてしまう。『ゲット・オン・ザ・バス』に残っていたなけなしのユニティも砕け散ったということか。
 クリス・ワシントン(黒人)は、恋人であるローズ・アーミテージ(白人)に両親を紹介したいと言われ、二人して車で向かう。設定ではニューヨーク郊外に移動するだけとなっているけれど、ロケ地はアラバマだったようで、クリス・ワシントンを演じるダニエル・カルーヤの表情が一瞬、緊張を帯びたようになるところはメタ・フィクション的にも興味深い。娘の恋人が黒人であることを知らなかった両親は、そして、まったく動じることなくクリスを大歓迎し、その反面、夕食時にはローズの弟が差別的な態度を剥き出しにする。ここから『ゲット・アウト』はどんどん迷路のようなつくりになっていく。この映画は設定がわかった瞬間がほとんどオチなので、これ以上、ストーリーは辿らない。トム・ティクヴァ『ヘヴン』や大塚祐吉『スープ』など設定や大まかなストーリーは何も知らないで観た方がはるかに楽しめる作品はやはり確実に存在するし、『ゲット・アウト』はどこへ向かっているのかさっぱり見当がつかない間が最も楽しいので。この文章を読んでいるあなたはすでに多くを知りすぎてしまった。

 全体的に『ゲット・アウト』は限りなくB級に近いエンターテインメントとして仕上げられている。美術や人物造形もどこかわざとらしい。しかし、ポリティカル・コレクトネス、いわゆるPCについては考え込まされる。ここに描き出されている(白人)社会は黒人を差別し、下に見ることはない。ご近所=ネイバーというものをテーマにしたいくつかの古典を下敷きにしていることはわかるものの、いわゆるネイバーズと新参者を分け隔てるものに人種という物差しが使われていないかのように物事が動いていく仕掛けも巧妙で、それこそPCが世界の隅々まで行き渡ったらこんな世界になるのかなという理想郷のような味もにじませている。だから、主人公は違和感を覚えながらも、誰に対しても「おかしいじゃないか」とか「黒人の命も大事」などというようなことは口に出すきっかけすらなく、ある意味、手も足も出ないままクライマックスへ滑り落ちていく。主人公は「ゲット・アウト=出ていく」タイミングをまったく掴めない。それはどこから始まっていたのか。70年代? 80年代? 90年代?
 誰ひとり差別されることなく、魔法のような力など持っていないにもかかわらず、すべての黒人が「マジカル・ニグロ」として扱われる世界があったとしたら……それが現代であり、『ゲット・アウト』が誇張して伝えるニューヨーク郊外だろう。2本の作品を立て続けに観ると、あからさまな人種差別を受けながらも、自らの夢に向かって突き進む『ドリーム』はまるで現代よりも良い時代であったように思えてしまい、黒人のみならずすべてのマイノリティが尊重され、嫌な思いをしない世界がディストピアのような錯覚に陥ってしまう。この2本は是非、セットで鑑賞することをお勧めしたい。

注*本誌でも書きましたが、アフリカン・アメリカンという呼称は新たな差別語としてアメリカでは退けられるつつあるということで、ここでは「黒人」という単語を使っています。同時にアメリカでは「ブラック・リスト」を「レッド・リスト」などと言い換えることで「ブラック」という言葉に悪い意味を持たせないという流れもあるそうです。


『ドリーム』予告編

『ゲット・アウト』予告編


三田格