「F」と一致するもの

Dominic J Marshall - ele-king

 現在のUKのジャズではサウス・ロンドン・シーンが注目を集めるが、その中にもいろいろなミュージシャンがいるわけで、すべてをシーンの一言で括ってしまうことはできない。たとえばドミニク・J・マーシャルもロンドンで活動するミュージシャンだが、シャバカ・ハッチングスモーゼス・ボイドらがいるトゥモローズ・ウォリアーズ周辺のサークルとは異なる出目である。そもそも彼はスコットランドのバンノックバーン出身のピアニスト/キーボード奏者で、2010年にリーズ音楽大学を卒業してプロ・ミュージシャンとなってからは、オランダのアムステルダムで始めたドミニク・J・マーシャル・トリオ(DJMトリオ)で活動してきた。このピアノ・トリオはその後ロンドンへと拠点を移すのだが、ジャズとインストゥルメンタル・ヒップホップの中間的なことをやっていて、『ケイヴ・アート』というシリーズ(2014年と2018年にリリース)ではJディラ、MFドゥーム、マッドヴィラン、フライング・ロータス、スラム・ヴィレッジ、9thワンダーなどのヒップホップ・トラックを人力でジャズへ変換した演奏をおこなっている。こうしたスタイルの作品自体は珍しいものでもないが、ジャズの緻密な演奏力とヒップホップ・センスの高さはなかなかのもので、同世代のアーティストではゴーゴー・ペンギンとかバッドバッドナットグッドあたりに比するものを感じさせた。

 ドミニクはソロでもいろいろ作品を作ってきて、そちらでもインストのヒップホップ的なことはやっているが、よりビートメイカーに近い作風となっている。2016年リリースのソロ名義作『ザ・トリオリシック』は、現DJMトリオのサム・ガードナーとサム・ヴィカリー、オランダ時代の旧DJMトリオのメンバーであるジェイミー・ピートとグレン・ガッダム・ジュニアも加わったトリオ編成を踏襲する部分もあるが、アコースティック・ピアノだけでなくシンセやいろいろなキーボード、そしてサンプラーやエレクトロニクスまで駆使し、全体としてはビート・ミュージックやエレクトロニカ的な方向性となっている。ロンドンを拠点とするピアニスト兼ビートメイカーではアルファ・ミストが思い浮かぶが、彼に近いセンスを持っているだろう。さらに2018年のソロ・アルバム『コンパッション・フルーツ』では、アナログ・シンセやビート・マシンを軸としたエレクトリック・サウンドの比重が増しており、ジャズとヒップホップの融合という世界からさらに進化し、1980年代的なエレクトロとフュージョンが結びついたシンセ・ウェイヴ~ヴェイパーウェイヴ的な新たな展開も見せていた。

 トリオとソロ活動以外でもドミニクの交流範囲は幅広く、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ベンジャミン・ハーマン、スチュアート・マッカラム、タウィアーらと共演している。スチュアート・マッカラムとの交流がきっかけになったのだろうか、近年はザ・シネマティック・オーケストラでも演奏していて、最新作の『トゥ・ビリーヴ』(2019年)にも参加していた。そして『コンパッション・フルーツ』から2年ぶりの新作ソロ・アルバムとなるのが『ノマズ・ランド』である。『コンパッション・フルーツ』の世界を発展させた作品と言えるだろうが、前回は元DJMトリオのジェイミー・ピートが1曲にフィーチャーされる程度で、ほぼひとりで作り上げたアルバムだったがゆえの一本調子な面も否めなかったけれど、今回はヴォーカリストや楽器プレイヤーなどいろいろな手助けを借りている。メンバーはジェイミー・ピート(ドラムス)のほか、同じく新旧DJMトリオのハンローザことサム・ヴィカリー(ベース)とグレン・ガッダム・ジュニア(ベース)、エレクトリック・ジャラバやフライング・アイベックスなどのロンドンのバンドで活動するナサニエル・キーン(ギター)、アムステルダムの新進R&Bシンガーのノア・ローリン(ヴォーカル)、ドラムンベースのプロデューサーとしても活動するセプタビート(エレクトリック・ドラムス)で、彼らの参加によってオーガニックなサウンドとエレクトリックなサウンドの融合が増え、音楽的にもより広がりと深みを感じさせるものとなっている。

 冒頭の “コールドシャワー(Coldshwr)” から驚かされるのだが、今回のアルバムはドミニク自身が全面的にヴォーカルをとっている。ノア・ローリンもデュエットというよりバック・ヴォーカルに近く、あくまでドミニクの歌が主役という感じだ。どのような理由からドミニクが歌を歌うに至ったかはわからないが、サンダーキャットが単なるベース・プレーヤーから脱却して、近年はシンガーとしても新境地を開拓している姿に重なるものだ。“ハーブ・レディ” での歌はヒップホップのラップからネオ・ソウル調へと遷移するもので、トム・ミッシュとかロイル・カーナーなどロンドンのシンガー・ソングライターにも通じる。全体的にはソウルフルな曲であるが、中盤以降はガラっと様相を変えてフライング・ロータスのように幻想的でコズミックな世界となる。ラップ調のヴォーカルをとる “タイム・アンリメンバード” は、シンセウェイヴとビート・ミュージックが融合したような曲。温もりのあるピアノやキーボードがエレクトロなサウンドやビートとうまく一体化していて、最近の作品ではカッサ・オーヴァーオールのアルバムと同じ感触を持つ。“ライオネス” とかもそうだが、ラップ・スタイルの歌が多い点や、自身の生演奏や歌をサンプリングして変化させたりループさせている点もカッサと重なる。

 “DMT” はセプタビートのエレクトリック・ドラムスが織りなす有機的なビート上で、ドミニクが美しいピアノ・ソロを展開する。ヴォーカルのテイストも含め、ジャズとソウルとヒップホップの中間的な作品だ。“フィーリング” はウーリッツァー・ピアノがどこかレトロなムードを奏でるインスト主体の曲で、ハービー・ハンコックやチック・コリアなどの1970年代前半のフュージョンにも通じるが、終盤でヴォーカルが入るあたりではロバート・グラスパー・エクスペリメント風にもなる。そして浮遊感に富むコズミック・ソウルの “オン・タイム” や “イニシエーション”、ティーブスジェイムスズーなど〈ブレインフィーダー〉勢やLAビート・シーンにも繋がるような “ストーリーライン”、ジャズ・ピアニストとしての神髄を見せるスピリチュアルな “ハイパーノーマライズ”。ロバート・グラスパー、フライング・ロータス、カッサ・オーヴァーオールなどいろいろなアーティストからの影響や通じる部分を感じさせるものの、それらを単なる模倣や物真似でなく自身の音楽にまで高め、オリジナルな世界を作り出した非常に密度の濃いアルバムだ。

VirtuaRAW - ele-king

 これはすごい試みだ。沖縄のクルー「赤土」の呼びかけによる企画、50組以上の出演するオンライン・フェスティヴァルが5月3日から5月6日にかけて開催される。その名も「VirtuaRAW」。北海道から沖縄まで、全国15のクラブやライヴハウスが協働した取り組みで、合計40時間にもおよぶ配信を決行する。一度チケットを購入すれば、開催中いつでも閲覧可能とのこと。出演者などの詳細は下記を(すごいメンツです)。危機に瀕しているクラブやライヴハウス、アーティストたちによるすばらしい連帯、果敢なチャレンジを応援しよう。

VirtuaRAW (バーチャロー)
~ 40時間配信!音楽フェスティバル ~

日時:
2020/5/3 (日) 13:00 〜 5/6 (水) 5:00

視聴(チケット)料金:
[前売] ¥567- [当日] ¥1,000-

★チケット購入・イベント詳細はこちらから★
https://akazuchi.zaiko.io/_item/325705

北は北海道から南は沖縄まで、全国15会場のクラブやライブハウスが連動し、50組以上の豪華出演者を迎えて40時間に及ぶライブ配信を行います。

現在日本全国のクラブやライブハウスが自粛により存続の危機に直面している状況の中、それに直結するアーティストやクリエーターも窮地に追い込まれています。

また、音楽に関わらずさまざまな業種や人々が危機に直面している中でも創造的なモノを共有し、皆んなで協力してバトンを繋ぎ、家に居る時間はみんなで楽しんでほしい、という思いから「VirtuaRAW」と題して、オンライン音楽フェスティバルを3日間に渡って初開催いたします。

各地に居るアーティストが配信という形で集結する事が可能となり、視聴者もチケットを一度購入すれば開催中はいつでも閲覧可能となっています。

離れていても、きっと音楽やカルチャーを共感できる事を信じ、未知なる未来へのチャレンジへと一歩足を踏み出すため、今回の初開催にとどまらず、今後も開催していく予定です。

[会場一覧]

北海道旭川 / Club Brooklyn
東京 / Dommune
東京中野 / heavysick ZERO
東京町田 / FLAVA
神奈川江の島 / OPPA-LA
山梨 / 一宮町特殊対策本部
名古屋 / TRANSIT
京都 / OCTAVE KYOTO
大阪 / TRIANGLE
岡山 / 三宅商店
山口 / のむの
福岡 / Kieth Flack
沖縄 / output
沖縄 / 熱血社交場
石垣 / GRAND SLAM

[出演者 (A to Z)] ※追加出演者発表あり

■LIVE
赤土・伊東篤宏・孫GONG・鶴岡龍 a.k.a. LUVRAW・三宅洋平・B.I.G.JOE・BUPPON・Campanella・CHOUJI・cro-magnon・DAIA・DLiP RECORDS・electro charge・FUJIYAMA SOUND・HIDADDY・HIDENKA a.k.a. TENGOKUPLANWORLD・HI-JET・HI-KING TAKASE・I-VAN・ifax!・J-REXXX・K-BOMB・KOJOE・KOYANMUSIC & THE MICKEYROCK GALAXY・KURANAKA a.k.a.1945 feat. Daichi Yamamoto. Ume・LibeRty Doggs・MADJAG・MAHINA APPLE & MANTIS・MONO SAFARI・m-al・NORMANDIE GANG BAND・OBRIGARRD・OLIVE OIL & POPY OIL・OMSB & Hi`Spec・OZworld a.k.a. R`kuma・RICCHO・RITTO・RHIME手裏剣・SHINGO★西成・SMOKIN`IN THE BOYS ROOM・stillichimiya・Tha Jointz・U-DOU & PLATY・Zoologicalpeak

■DJ
光・BIG-K・Daichi・HI-C・K.DA.B・SINKICHI・SYUNSUKE・POWBOYZ・YASS fr POWER PLAYERZ・UCHIDA ・VELVET PASS ・4号棟

[INFOMATION]
Instagram @virtuaraw
Twitter @RealVirtua
Facebook https://www.facebook.com/events/2871947506225903/

ハッシュタグ
#VirtuaRAW #バーチャロウ #オンラインフェス #生配信

主催:AKAZUCHI

Mahito The People - ele-king

 コロナ禍を受け、各地でさまざまなアイディアが試行錯誤されるなか、マヒトゥ・ザ・ピーポーによる無観客ライヴの配信が決定した。これは、もともと5月14日に WALL&WALL で予定されていた大友良英との公演の中止を踏まえての試みで、同日20時より開催される。CANDLE JUNE によるろうそくに囲まれて、弾き語りのパフォーマンスが披露される模様。配信サイトはこちら


マヒトゥ・ザ・ピーポー 配信ライブ開催のお知らせ

5月14日(木)、表参道 WALL&WALL で開催予定の「にじのほし15『one×one』大友良英×マヒトゥ・ザ・ピーポー」公演は、新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、残念ながら一旦中止とさせていただきます。払戻の対応に関しての詳細は販売サイト Peatix より個別にご案内いたします。

これを受けて、同会場よりマヒトゥ・ザ・ピーポーによる無観客の電子チケット制ライブ配信を開催することになりました。
会場には日本のキャンドルアーティストの第一人者、CANDLE JUNE によるキャンドルの炎を囲んだ弾き語りライヴをお届けします。
普段のバンドサイドでの烈しさに内包された繊細さが顕になる、うたの世界とキャンドルの静かに燃え上がる美しいコラボレーションにご期待ください。

[ライブ詳細]
にじのほし16
Mahito The People × CANDLE JUNE "one" live streaming

出演:マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)
装飾:CANDLE JUNE (キャンドル)
2020年5月14日(木)
配信開始20:00より
TICKET:¥1,000
配信サイト:https://nijinohoshi14.zaiko.io/_item/325805

チケット販売開始/終了日時:2020年4月23日20時~2020年5月17日21時
配信アーカイブ公開終了日時:2020年5月17日21時

※当日は会場の表参道 WALL&WALL にはお入り頂けません。
* 配信のURLは購入した ZAIKO アカウントのみで閲覧可能です。
* URLの共有、SNSへ投稿をしてもご本人の ZAIKO アカウント以外では閲覧いただけません。
* 途中から視聴した場合はその時点からのライブ配信となり、生配信中は巻き戻しての再生はできません。
* 配信終了後、チケット購入者は72時間はアーカイヴでご覧いただけます。

Bladee - ele-king

 ヒップホップが異形のサウンドだった頃が懐かしい。本当に懐かしい。いまとなってはそうは思えないだろうけれど、ランDMCでさえ「大丈夫なのかな、これで」と思うほど曲になっていないというか、途中で放り出したような音楽に聴こえたし、中村とうようではないけれど、最初は僕もとても長続きする音楽だとは思えなかった。初めてTVで観たのがファット・ボーイズのライヴだったせいで、余計にイロモノに思えてしまい、僕が本気になったのはLL・クール・Jを聴いてからだった(記憶が定かではないのだけれど、初めて観たラップはやはりTVで「サラリーマンが会社帰りに円陣を組んでその日あったことを思い思いにリズムをつけてマイクで順番に歌っています」というニュースの方が先だったかもしれない←このニュースのせいで、ラップの起源は長い間、ニューヨークのサラリーマンが始めたのかと思っていた)。

 途上国を見渡せば異形のサウンドを聴かせるヒップホップがまったくないわけではないし、ヒップホップの影響がないものを探す方が難しいと思うほどあらゆる音楽にヒップホップは浸透しきっているとは思うものの、異形のヒップホップはあきらかにメインストリームとは断絶していて、フィードバックの関係をつくりだすことはないこともわかっている。枝分かれしすぎてしまうと、もはや繋がりようはないということか。それこそメインストリームの新人に「新しさ」は感じても、初めてヒップホップを聴いた時の「異形さ」に想いがぶっ飛ぶことはない。オーヴァーグラウンドな音楽として認知されてしまうということはそういうことだろうし、ましてやロックよりも消費量では上回ったというのだから。それでもヒップホップに「異形さ」を求めてしまうのは……自分でも? ちなみに僕のオールタイム・ベストはそれぞれ1作目で、1にニッキー・ミナージュ、2にサイプレス・ヒル、3・4がアトモスフィアと4にTTCで、5がアール・スウェットシャーツで~す!(次点でスクーリー・D)。誰にも共感されなさそー。

 ブレイディー(またはブレイドと発音)のサード・ソロ・アルバムが、そして、どこにも辿りつかないクラウド・ラップと化していた。ファッション・デザイナーとしても知られるベンジャミン・ライヒヴァルトはミックステープがサウンドクラウドで注目され、スウェーデンではオート・チューン使いの代表格のようなものになったらしい。同じく2010年代のスウェーデンだと(冗談のようだけれどブレイディみかこが反応していた記憶があるスウィング・ヒップホップのモーヴィッツ!はなかったことにして)ディプロがプロデュースしたギャングスタ・ガールズのエリファント(Elliphant)とは好対照をなし、それこそブレイディーは彼女たちと入れ替わるようにして出てきた感もあり、初めからクラウド・ラップを志向しているぐらいで、まったく力強さはなく、抒情性に重きが置かれ、そこは素直にカーディガンズやトーレ・ヨハンソンの国だという感じではある(頻繁にコラボレイトしている同郷のヤング・リーンはノンクレジットでディーン・ブラント『Zushi』にも参加)。正直、だらだらし過ぎていて、弱さとフラジャイルを混同しているタイプだったと思うし、マンブル・ラップでさえもっと覇気があると思うようなものが、いきなり突き抜けて「異形」なトーンを醸し出すまでになってしまった。徐々にではなく、いきなり。

『Exeter』は冒頭からネジが緩んでいる。続く“Wonderland”でお花畑度は一気に上がる。クニャクニャと擦られるスクラッチ音にポワンポワンと浮かんでは消えるベース・シンセ。『Good Morning』や『Now Is The Happiest Time Of Your Life』をつくっていた時期のダヴィッド・アレンがもしもアシッド・フォークではなくヒップホップをやっていたらこうなったかなと。”Rain3ow Star (Love Is All)””Every Moment Special”“DNA Rain”と続く3曲はあまりにもスモーカーズ・デライトで、電子音のお風呂で体ごと溶けてしまいそう。前作にも参加していたグッド(Gud)が全曲でプロデュースにあたったことで、ここまで一気に変化したのだろうか。よくわからない。スウェーデンといえば昨年のベスト・ソングが僕はオートチューン全開のタミー・T“Single Right Now”であった。クィアーたちに局所的な喝采を浴びたタミー・Tも切実な思いをチープな曲にのせるという発想は同じで、スウェーデンのアンダーグラウンドでは何かクネクネとした音楽性が静かに押し寄せてるのだろうか。そんなことはないか……(ちなみに2010年代の個人的なベスト・ソングはアジーリア・バンクス“212”で、ベスト・ポップスはロード”Royals”です!)。

 時代を超えて存在するタンブリマンたちに『Exeter』は1曲も期待を裏切らないだろう。ブーツの踵がさまよい出すのを待っている。魔法の船に乗って旅行に行きたいね。自粛要請も出ていることだし、その場から一歩も動かずに旅をするとなると……(イギリスやニュージーランドで買い占められたのはトイレット・ペーパーだそうだけれど、オランダで買い占められたのはマリファナだったそうで……)。

R.I.P. Mike Huckaby - ele-king

 COVID-19によってまたひとりの音楽家がこの世を去った。同じくデトロイトのエレクトロニック・ミュージックのコミュニティのひとり、デラーノ・スミスが治療費を募ったというが、彼のエージェントの発表によればマイク・ハッカビーは4月24日に永眠してしまった。25日は世界中のディープ・ハウス・ファンの多くがこの悲報に涙したことだろう。
 マイク・ハッカビーはデトロイトのダンス・シーンに1988年から関わっていたDJであり、プロデューサーであり、ディープ・ハウスのリジェンドである。近年はワールドワイドに活躍し、日本でもプレイしている。
 マイク・ハッカビーの名前が日本で知られるきっかけとなったのは、ごくごく初期のムーディーマンとセオ・パリッシュだった。96年〜97年ぐらいのことで、現在DJチーム“悪魔の沼”のメンバーであるドクター西村がこのあたりのあやしげな音源、つまりデトロイトのハウス・シーンの作品を片っ端から輸入していたのである。リック・ウェイドが主宰する〈Harmonie Park〉の12インチはそうしたなかに紛れていたわけだが、少数しか入ってこないので、たまたま手に入れることができた1枚は当時としてはとても貴重だった。いったいどんな連中なのか素性もわからずに、ぼくはマイク・ハッカビーの「Deep Transportation Vol. 2」を買った。90年代後半、〈Harmonie Park〉や〈M3〉といったレーベルは、アンダーグラウンドのなかのアンダーグラウンドであり、ミステリアスそのものだった。それは別の世界への扉のように思えたものだった。
 そしてたしかに別の世界があった。「Deep Transportation Vol. 2」にはハッカビーの初期の代表曲である“Love Filter”が収録されているが、野太いキックが特徴のこの曲は80年代初頭のディスコ/ファンクからのサンプリングで成り立っている。あるいは、デビュー・シングル「Vol. 1」におけるディープな反復による“Luv Time”においてもそうだ。ストイックでダークなループのうえに切り刻まれたディスコ・サンプルが一見脈絡なくミックスされる。ディスコの突然変異というか、派手さはないが気がつくとハマっているような、そうしたグルーヴ感がハッカビーのトレードマークだった。それは未来志向のデトロイト・テクノにはなかった感性であり、手法だった。前衛ジャズのファンでもあったというから、ほとんど即興的に作っていたのかもしれない。
 のちにぼくはハッカビーがデトロイトの郊外にあるレコード店〈レコード・タイム〉のダンス・コーナーを10年以上担当していたことを知って、その豊富な音楽の知識がどこかから来たのかを少し理解した気になった。〈レコード・タイム〉にはいちど行ったことがある(それも無謀なことにバスで)。渋谷のタワーレコードの2フロアほどある全ジャンルを扱う大型のレコード店で、地元の好みに根付いた品揃えだった。ケニー・ディクソン・ジュニアは子どもの頃から常連だったと店のスタッフが話してくれたように、そこはデトロイトにおけるディスコ/ファンクをネタにしたディープ・ハウスの重要拠点だった。ハッカビーがRoland Kingなる変名でリリースした〈M3〉は、〈レコード・タイム〉が主宰したレーベルである。
 ハッカビーは2002年からは自身のレーベル〈Deep Transportation〉(および〈S Y N T H〉)から作品を出しているが、他方ではデトロイト・ハウス好きで知られるパリの〈Funky Chocolate〉からカルト的人気曲“The Jazz Republic”が再発され、UKの〈Third Ear〉やベルリンの〈Tresor〉といったデトロイト好きのレーベルからもシングルをリリースしている。また、〈Tresor〉からはハッカビーにしては異色と言えるテクノなミックスCD(サージョン、ジェフ・ミルズ、ドレクシア、ロブ・フッド、バム・バム等々)を発表している。リミキサーとしてはモデル500やノーム・タリー、PoleやVladislav Delay、ジャザノヴァやDeepChordなど一流どころを手がけている。アルバムに関しては、12インチ2枚組のベスト盤があるのみで、最後まで12インチ・シングル主義を貫いた人だった。ちなみにハッカービーはカイル・ホールの先生役でもあった。
 ぼくはいちどだけデトロイトで会ったことがあるが、クラブでもレコード店でもなく、おそらくケヴィン・サンダーソン率いる野球チームの試合においてだった。ほんの一瞬の挨拶だったので、どんな人柄だったかまではまったく知るよしもないのだが、その試合ではベンチスタートだったマイク・バンクスをはじめ、こんなところでもみんな繋がっているんだなと思ったことを憶えている。趣味や方向性こそ多少違えど、みんなリスペクトし合っている仲間なのだ。デリック・メイはハッカビーの死について長いコメントを寄せている。子どもの頃ハッカビーからミキサーを借りていっしょに演奏したときのことを述懐しつつ、「彼は想像しうるかぎりの最高に素敵な人だった。とても寂しい」と。〈レコード・タイム〉の経営者によれば、「彼はとにかく音楽が大好きで、それを誰かと共有することも大好きな人だった」というが、ほかにも彼の死に、たとえばヴァンクーバーの〈ゴーストリー・インターナショナル〉は「先生であり、師であり、マスターであり、DJであり、プロデューサーであり、デトロイト・ミュージックの崇高なる部分の一部だった」と敬意を表し、UKのディスクロージャーはツイッターでこう述べている。「どうか安からに。あなたの音楽はいつまでもぼくたちのインスピレーションであり続けます」
 マイク・ハッカビー、デトロイト・ディープ・ハウスのリジェンド──ご冥福を祈ります。
 


Mike Huckaby Best 5

1. Mike Huckaby ‎– Deep Transportation Vol. 1 〈Harmonie Park〉(1995)
2. Roland King ‎– The Versatility E.P. 〈M3〉(1997)
3. DeepChord ‎– Electromagnetic Dowsing (Remixed By Mike Huckaby) 〈S Y N T H〉(2006)
4. Sun Ra ‎– The Mike Huckaby Reel-To-Reel Edits Vol. 1 〈Kindred Spirits〉(2011)
5. Mike Huckaby ‎– The Tresor EP 〈Tresor〉(2012)

Selected By M87 a.k.a everywhereman
(私が最後にマイク・ハッカビーのDJプレイを聴いたのは、2016年5月メモリアルデイの早朝、デトロイトmarble barでの野外パーティにて、DJ Harveyで盛り上がった後でした。ハッカビーからバトンタッチしたAnthony Shakirのプレイ中にブラックガールから「Dance with me?」と声を掛けられて一緒に踊ったことは人生最高の思い出です)

#SaveOurLife - ele-king

 日々新型コロナウイルスの影響が甚大になっていくなか、ライヴハウスやクラブへの支援をもとめる #SaveOurSpace が、新たな呼びかけをはじめている。「#SaveOurLife」と題されたそれは、音楽や文化関連業種に限定せず、すべての分野の(新型コロナウイルスの感染拡⼤防⽌に尽⼒する)事業者、施設、従業員、フリーランスに対する助成を求めるもので、4月27日に国会に提出される補正予算案に向け、100万人の署名を集めている。詳しくは下記を。

#SaveOurLife
私たちの命と仕事を守ろう

感染症拡大防止のなかで職を守り、継続的な助成を国に求める署名活動

100万人署名と呼びかけのお願い

新型コロナウイルスの影響で
私たちの身の回りのお店、会社、そこで働く多くのひとが大変な苦境に立たされています。
この国を支える中小企業・フリーランス(個人事業主)は、
2月から続く営業自粛要請や外出自粛要請で経営が悪化し、廃業や解雇が相次いでいます。
終息の見込みが立たない中、この状況が続けばとてつもない数のひとたちが
廃業や解雇に追い込まれるのは目に見えています。
私たちは、営業自粛・外出自粛要請の影響を受けているすべての中小企業、
フリーランス(個人事業主)に対する国や地方公共団体からの
継続的な支援を求めます。

4月27日、国会に補正予算案が提出されます。
それまでに100万筆、国を動かすだけの声を集めましょう。

#SaveOurSpace

Twitter: @Save_Our_Space_
Instagram: @Save_Our_Space_

Website: https://save-our-space.org/
E-mail: saveourlife.info@gmail.com

ele-king books 電子書籍、始動。 - ele-king

ele-king books 電子書籍、始動。

これまでわたしたち ele-king books は、時流を見すえながらも、独自のアティテュードにもとづいてさまざまな本を刊行してきました。そのオルタナティヴな視点を、より多くの方々にお届けすべく、ついに ele-king books も電子書籍に乗り出します。

電子書籍化第3弾! 新たに3タイトルの配信をスタート。

昨年12月に刊行された新刊2タイトルおよび関連書を合わせて合計3タイトルを電子化。1月29日より配信開始!

配信タイトルは今後も随時追加予定です。

女性のためのサウナ・ハンドブック サウナ女子の世界

女性のためのサウナ・ハンドブック サウナ女子の世界

著者:サウナ女子
電子版ISBN:978-4-909483-90-4
本体価格:1,500円

女性ユーザー目線で厳選した国内施設紹介を中心に、カップルや家族で楽しめる混浴、入浴後のおたのしみである「サウナ飯」、海外施設などの情報をはじめ、コスメや自宅サウナなどのコラムまで、サウナに興味のある女性の求める情報を凝縮

断言 読むべき本・ダメな本 新教養主義書評集成・経済社会編

断言 読むべき本・ダメな本 新教養主義書評集成・経済社会編

著者:山形浩生
電子版ISBN:978-4-909483-89-8
本体価格:2,176円

本当に読者の役に立つ書評──いい本をしっかり褒め、ダメな本は徹底的に批判する。人気の書評家・翻訳家が30年にわたって様々な媒体に寄稿した膨大な書評から経済・社会分野に関するものを集成

断言2 自分を変える本・世界を変える本 新教養主義書評集成・サイエンス・テクノロジー編

断言2 自分を変える本・世界を変える本 新教養主義書評集成・サイエンス・テクノロジー編

著者:山形浩生
電子版ISBN:978-4-909483-91-1
本体価格:2,176円

好評第2弾。科学する心の尊さ、テクノロジーに託す夢、そしてトンデモ科学に惑わされない知性──サイエンス、テクノロジー、環境、エネルギーなどの分野に関する書評集

HIP HOP definitive 1974 - 2017

HIP HOP definitive 1974 - 2017

著者:小渕晃
電子版ISBN:978-4-909483-80-5
本体価格:2,080円

1974年から2014年の40年におよぶヒップホップの全貌を概観する画期的なディスクガイド。

椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門

椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門

著者:スズキナオ、パリッコ
電子版ISBN:978-4-909483-81-2
本体価格:1,248円

コロナ禍で新たに注目を浴びる野外アクティビティ「チェアリング」創始者たちによる世界で唯一の徹底ガイド。

ギャングスタ・ラップ ディスクガイド

ギャングスタ・ラップ ディスクガイド

著者:小渕晃
電子版ISBN:978-4-909483-82-9
本体価格:2,000円

現在世界でもっとも聴かれ、影響力を持つ音楽であるギャングスタ・ラップの定番アルバム、ヒット曲を網羅。

晩酌わくわく! アイデアレシピ

晩酌わくわく! アイデアレシピ

著者:パリッコ
電子版ISBN:978-4-909483-83-6
本体価格:1,350円

ウェブや雑誌、テレビまであらゆるメディアでひっぱりだこの酒場ライターが長年にわたり追求してきた実験レシピ・おもしろレシピ・アイデアレシピをまとめて紹介。

女の子は本当にピンクが好きなのか

女の子は本当にピンクが好きなのか

著者:堀越英美
電子版ISBN:978-4-909483-59-1
本体価格:1,920円

現代女児カルチャーに鋭く切り込み、「男の子らしさ」「女の子らしさ」についての新たな視点を提示。

人生が「楽」になる達人サウナ術

人生が「楽」になる達人サウナ術

著者:大久保徹(編著)
電子版ISBN:978-4-909483-60-7
本体価格:1,350円

いまやビジネスパーソンにも注目されるサウナ、その「入り方」について各界のサウナ通・粋人たちに話を聞く。

ゲーム音楽ディスクガイド──Diggin' In The Discs

ゲーム音楽ディスクガイド──Diggin' In The Discs

著者:田中 “hally” 治久(監修)、DJフクタケ(著)、糸田 屯(著)、井上尚昭(著)
電子版ISBN:978-4-909483-61-4
本体価格:2,064円

40年にわたるゲーム・ミュージックの歴史を網羅し、「音楽的な価値」という視点で編み上げた画期的ガイド。

美容は自尊心の筋トレ

美容は自尊心の筋トレ

著者:長田杏奈
電子版ISBN:978-4-909483-62-1
本体価格:1,480円

「自分を慈しむための美容」という新たな価値観で熱狂的な支持を獲得!

Bim One Production - ele-king

 Bim One Productionが久しぶりの新作を出す(https://project.bim-one.net/)。ブリストルのグライム/ヒップホップMC、RIder Shafiqueをフィーチャーした10インチのアナログ盤、プレオーダーは本日(23日)から開始、デジタル/ストリーミングでも聴くことができる。スコーンと抜けたリズムにストイックな空間および瞑想的な言葉が格好いい曲で、映像(by 鷹野大/Tabbycat)があるのでまずはどうぞ。

 RIder Shafiqueは過去、BSOのために何度か来日しており、Bim One Productionとはかねてより親交あり。このコラボは2作目になり、映像には下北沢Disc Shop Zeroの店内がばりばりに写っている。曲の最後のほうには亡き飯島直樹さんも登場、じつはこの映像は飯島さんがまだ生きていたときに本人も確認しているという話で、Bim One ProductionとしてはZEROの27周年にあたる4月27日のリリースを前もって考えていた。
 新型コロナの影響で現在店舗は開けられず、無念のリリースとなったが、彼らのソウルが籠もったこのシングルは、たくさんの人に飯島さんのDIY精神をうながすことだろう。チェックよろしくです。
 

Bim One Production - Guidance feat. Rider Shafique
カタログ番号:BIMP003
デジタル配信:Bandcamp / Spotify / Apple Music / Amazon / ReggaeRecord Downloads 他 *4/24配信開始
レコードフォーマット:10inch Vinyl / スタンピング、ナンバリング付き 
限定100枚 *4/24プレオーダー開始 4/27発売
配信サイトまとめ: https://kud.li/bimp0003 (4/24公開)

DJ KRUSH - ele-king

 いまから15年以上前のことだが、渋谷のとあるクラブで、DJ KRUSH にこう言われたことがある。「そのままでいてくれ」と。彼のサングラス越しの目線に、実際のところどんな真意が秘められていたかは分からない。だがそれは、自身のグループでの活動を始めて数年間、デモテープや12インチを祈るように彼に手渡していた筆者にとっては、とてつもない褒め言葉に聞こえた。「このままでいいのか!」「信じる道を突き進めばいいのか!」というわけだ。
 だからいま、DJ KRUSH の新譜を前にして、自然と次の疑問が浮かんだ。果たして DJ KRUSH は、「そのままでいる」のだろうか。
 結論から言えば、1994年のファースト・アルバム『KRUSH』から、2020年の本作まで、DJ KRUSH は、「そのまま」だ。とはいえ、懐古趣味に引き摺られ、今作の中にいつまでも『Strictly Turntablized』(1995)や『Meiso』(1995)のような初期サウンドの面影を探そうというわけではない。なにしろ、26年の歳月がもたらしたテクノロジーの変化に伴い、機材や制作方法、そしてなによりもそのアウトプットとしてのサウンドは、とてつもなく変化してきたのだ。
 では何が変わらず、「そのままでいる」というのか。それは、DJ KRUSH がその興隆の一端を担った「アブストラクト」という方法論に対する「構え」のようなものだ。
 とはいえ、サウンド面の変化は大きい。前々作『軌跡 -Kiseki-』(2017)はラップ・アルバムだったし、前作『Cosmic Yard』(2018)は近藤等則らの楽器奏者とのコラボレーションを含んでいたが、今作は全12曲、ノーゲスト、DJ KRUSH ひとりだけで向き合った作品だ。
 初期作品から近作にかけての一番大きなサウンド面の変化は、AKAI のサンプラーを使ったレコードからのサンプリング・ミュージックから、Ableton Live 中心で制作されたDTMへの移行ということになるだろう。近作でもサンプリングCDや、あるいは楽器奏者や自分で演奏したフレーズからのサンプリングという手法は継続されている。だが、サンプリングという側面で考えれば、今作は、これまでにないほど、サンプリング感の少ないアルバムと言えるだろう。
 その分、複雑な音色のモダンなシンセやノイズの打ち込み色が濃厚な今作は、あえてジャンルの名を挙げれば、インダストリアルやダブステップ、そしてLAビートと共鳴し合う、ビート・ミュージックだ。その執拗なまでに重ねられたレイヤー状のサウンドの塊の密度は、これまでないほどに、高い。そして4小節ごとに訪れる展開の慌ただしい豊かさ、キメの数々もかつてなく丁寧に構築されている。つまり縦(トラック数)にも横(経過時間)にも増えたり減ったりを繰り返し、変化し続ける楽曲群。今作にはひとりで制作に対峙する DJ KRUSH の意気込みが、いたるところに見え隠れしている。
 どういうことか。今作の流れを追いながら、聞こえるものを言語化してみたい。

 オープニングの “Incarnation” は、アブストラクトな件の場所への、不穏な案内状だ。甲高いスネアがノックする、普段とは別の聴覚のドア。今作の一曲一曲は、毎月一曲ずつ配信リリースするという試みのもと、制作されてきた音源だ。だがアルバム用にミックスが施された同曲は、キックとスネアが一気に前景に踊り出て、何よりも「DJ KRUSH の音楽を聞いているのだ!」と知らされる。不穏でも幽玄でもあるSEとキックが、4小節ごとに小爆発を繰り返す。裏拍の太鼓のような打楽器やサイドチェーンの効いた風の音色が教えてくれるのは、DJ KRUSH が背負ってきた「和」の鳴らし方。全体を通して鳴っている死者たちの高らかな笑い声のような音色は、タイトル通り「受肉したビート」を指し示しているようだ。
 続く “Doomsayer” では、DJ KRUSH の音楽的な顔が覗く。3連ベースで刻むリズムが運ぶのは、和風でもありオリエンタルでもあるようなメインのホーンの旋律の力強さと、対照的なオルゴールのアルペジオの内省的な調べ。それが指し示す叙情は、どこか Boss The MC との名曲 “Candle Chant” のパッセージを想起させる。2小節毎の2種類の和音で聞かせてくれるループが、少ない音数で熱くなり過ぎないエモーションを捉える。ほぼ4小節ごとにいくつものサウンド群が入れ替わり立ち替わり現れて交響曲のように展開する本曲は、アルバム随一「物語」を感じさせる曲かもしれない。
 3曲目 “Onomatop” では、細かく刻まれるサブベースとハイピッチのスネアがドライヴするバンガー。注目すべきは、順番に重ねられる、ハットの代わりにリズムを刻む3種類の音色たちだ。中央で鳴る吐息を加工したようなハットのようなサウンドは、人が息を吐く際の音色が口の形で変わるように、ハイハットのオープンとクローズを代弁している。中央と左右にパンされ絡み合う粘着性のスタブ音も、どこか生物の立てる音を想起させる。さらにはアトモスフェリックのSE然としたうねるノイズが中央の後ろを飾るが、これもまた人や獣の唸り声を加工したようなサウンドだ。「オノマトペ」というタイトル通り、これらは人の声を入力の一部に使っているような音色たちなのだ。今作では、このようなオノマトペ・サウンドが積極的に用いられ、有機的なサウンド作りに一役買っている。
 4曲目 “Regeneration” で披露されるズバりフライング・ロータスを想起させるトライバルな打楽器とクラップから成るヨレたビートとコズミックなシンセのアルペジオは、DJ KRUSH・meets・LAビートと呼びたくなるようなサウンドだ。だが人間の歌声ベースのスピリチュアルな調べが、このビートが紛れもない DJ KRUSH 製であることを強調する。若き時分に DJ KRUSH を聞いてインストゥルメンタルのアルバム表現の可能性に気づいたフライング・ロータスとの、インスピレーションの往復運動。
 後半に突入し、8曲目 “Infinite Fragment” で耳に飛び込んでくるのは、徹底的にドライなキックとスネアだ。そしてそれとは真逆の地底の奥底から響くような残響音を伴ったSEの数々。それらが表象するのは、地底から吹き付ける風やマグマの唸りであり、自然が本来持つ不穏さであり、冷たい雨であり、人為を焼き尽くそうとする炎である。隙間を縫うように聞こえるのは、縦横無尽に飛び回る微生物のような跳躍音。だがこのようにいくら言葉を尽くそうとも、ここには本来言葉で形容できそうなサウンドは何もない。だから、DJ KRUSH の音楽は「アブストラクト」と呼ばれる。彼のDJプレイで、フロアの真ん中で突然、いまいる場所を忘れ、人間や生物の生と死、自然や何か大きなものと対峙するような感覚に陥ったことがあるなら、それは「アブストラクト」であることが呼び水になっているからに違いない。オノマトペといい、自然の環境音を想起させるシンセ音といい、マシナリーとオーガニックのあわいを音で表現することこそ、DJ KRUSH が「そのまま」で探求を続けている試みのひとつだろう。
 叩きつけるようなキックとスネアが駆動する “Cell Invasion” と “C-Rays” を経てたどり着く12曲目の “Signs of Recovery” は、BPMがスローダウンする一方で、32分ベースで刻まれるハットとシンセのスタブによって、逆にスピード感が強調される構造をしている。あえて言うなら、これは DJ KRUSH 流のトラップだ。後半にかけて徐々に盛り上がる展開がフロアの興奮を想像させるが、前半の残響の深い汽笛のような笛の音色がもたらす陶酔は、トラップの代名詞である酩酊感と符合する。
 ビートメイカーにとって、最初はDJであることが前提条件でなくなって久しいが、DJ KRUSH は何よりもまず「DJ」であり続けている。例えば YouTube にアップされている2019年にバルセロナで開催されたSonarフェスティヴァルの彼のDJセットを聞けば、現在進行形のバキバキのブロステップなどクラブバンガーを矢継ぎ早に繰り出し、クラウドを湧かせている。だからそのDJプレイの中に自身の曲を入れたときに、最新モードの楽曲群にもマウントを取りにいける音圧とリズムが必要だ。どんなにビートの種類が変わっても、DJ KRUSH の音楽が、聴衆に眩暈を起こさせるダンス・ミュージックであることは、決して変わらない。
 アルバムのラストを飾る “Bluezone” は、金属を打ち鳴らし、深さを競い合うようなインダストリアルなSEサウンドから始まる。今作で何度も存在感を誇示してきたサブベースとタッグを組むキック、そしてドライなスネアが、ゆっくりと感情を押し殺しながら醒めたビートを立ち上げる。するといくつものシンバルや打楽器の音色で狂ったように跳ね回る32分音符のリズムが、徐々に明滅し始める。シンセのリフが導く後半から、どこまでも音数を増やしながら重なりゆくリズムのシンフォニーは、やがて絶頂を迎え、弾けて消える。その残響音の余韻は、そのまま1曲目の “Incarnation” のイントロに輪廻するだろう。

 かつて DJ KRUSH が、どのレコードのどの楽器のサウンドやフレーズを引っ張ってきたのか特定できない「抽象的な」音をサンプリングしたり、スクラッチして組み立てたビートは、「アブストラクト」という名にふさわしい発明だった。だが今作にいたって「アブストラクト」を提示する方法は、極めて大きな変化を遂げた。彼が辿り着いた方法は、うねりながら咆哮する無数のシンセやSEサウンドをレイヤー状に織り上げることによって、複雑に変化し続け、かつ全体の輪郭すら把握できないほど巨大なゆえに「アブストラクト」である音塊を産み落とすことだった。
 しかし方法は変われど、DJ KRUSH が「アブストラクト」な音像を用いて接近しようとしている境地は変わらない。フロアの真ん中で身体を揺らす、あるいはヘッドフォンを装着して自室にこもる僕たちに、DJ KRUSH が見せてくれる景色=眩暈は、ずっと「そのまま」なのだ。

Peter Zinovieff & Lucy Railton - ele-king

 本アルバム『RFG Inventions for Cello and Computer』は、ピンク・フロイドやブライアン・イーノなども用いたことで知られるイギリスのシンセサイザーのメーカーである EMS (Electronic Music Studios ltd)の共同創設者にしてヴェテラン音響技師のピーター・ジノヴィエフと、若手チェリストにして尖端的な電子音響の作り手ルーシー・レールトンのコラボレーション・アルバムである。リリースは現代エクスペリメンタル・ミュージックの総本山ベルリンの〈PAN〉から。『RFG Inventions for Cello and Computer』はとても重要なアルバムと思う。世代を超えた音響的対話によって「現代音楽」と「尖端音楽」の交錯が極まっている。

 『RFG Inventions for Cello and Computer』に横溢しているのは、サウンド・マテリアルの衝突と交錯だ。震える弦、硬質な電子音などの「音の意味」をはぎ取られ、ただの「音響体」へと蘇生するさまとでもいうべきか。「今」の時代における新しいミュジーク・コンクレートであり、2020年なりの「アクースマティック・ミュージック」の実践なのである。
 ふたりの年齢差は50歳ほど。親子以上に世代差のあるふたりだが、『RFG Inventions for Cello and Computer』におけるサウンドのコンビネーションは抜群だ。無調の弦とオールドスクールな電子音のライヴミックスという現代音楽的ともいえる音響ながら、モダンなサウンドの緻密さも兼ね備えている。いわば「2010年代以降のモダンなエクスペリメンタル・ミュージック/尖端音楽のコンテクスト」の中に落とし込まれた興味深い音響作品とでもいうべきか。

 もともとはライヴ演奏として主体として構想されたプロジェクトのようで、2016年から2017年にかけていくつものフェスティヴァルで演奏されたものだ。その成果を踏まえてレコーディングされた本楽曲は33分の長尺1トラックにまとめられた。
 33分の1トラック内は17ブロックに分割される。単純な持続は反復ではなく、接続と変化による複雑な音響構造を有してもいる。基本的にはルーシー・レールトンのチェロをピーター・ジノヴィエフがコンピューターで加工したものだろうが、2018年に〈MODERN LOVE〉からファースト・アルバム『PARADISE 94』をリリースしたルーシー・レールトンなのだからチェロ奏者としてだけでなく、音響作家としての手腕も卓抜なのは言うまでもない。おそらくは互いにサウンドのエディットを重ねながら、電子音響やノイズが交錯されていったものであろう。その結果、非常に緊張感に満ちた仕上がりの音響空間を生むことになったのではないか。世代を超えたふたりの音響作家/音楽家は、音響のマテリアルによって、言葉を超えた「対話」を繰り広げているのだ。
 そう、『RFG Inventions for Cello and Computer』は、まさに接続と交錯を続けながら変容し続けていく「音響実験と音による対話」の音響劇である。

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