「P」と一致するもの

dazegxd - ele-king

 在日アメリカ人DJ・migeruが東京を拠点に展開するパーティ・シリーズ〈GOODNIGHT〉が、7月25日(金)にCIRCUS TOKYOにて40回目の開催を迎える。記念すべき本回のゲストには、先日Web ele-kingでも取り上げたハイパーポップ/デジコアの第一人者ジェーン・リムーヴァーのサポートDJとしてツアー全日程に帯同中のdazegxdを招聘。

 dazegxdは、ポスト・ハイパーポップの潮流をリードするアメリカのインディ・レーベル〈DeadAir〉とニューヨーク・ブルックリン拠点に活動するプロデューサー。自身の手がける作品群は、ゼロ年代のVGMやレイヴ・ミュージックに影響を受けたジャングルやドラムン・ベース、(2020年代以降のリヴァイヴァルの潮流を汲む)アトモスフェリックなブレイクコア、そしてガラージなどのベース・ミュージックだそうだ。「NYCガラージ」という、(UK的なそれではない)新たな流れもSwami Sound、gum.mp3といった面々とともに牽引中で、昨年には自身の主催するコレクティヴ〈eldia〉によるパーティの東京編を初開催するなど、日本のポップ・カルチャーへの愛も深い。

 また、本回をサポートするローカル・アクトには、先日〈POP YOURS〉にも出演した国産ハイパーポップの代表的存在であるlilbesh ramkoによるライヴ、discordsquad2k、666、wagahai is neko、Yurushite Nyan、GOODNIGHT CREWによるDJセットがラインナップされている。いずれもコロナ禍以降のクラブ・シーンに出現した、ジャンルレスでエッジの効いたプレイを得意とするプレイヤーたちだ。

 2020年代以降様変わりしたクラブ・シーンの世界的潮流と、日本のローカル・シーンでいま起きていることが交わる興味深い一夜と思われる。昨今の流れに馴染みの薄い人も、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。

7/25 (Fri)
GOODNIGHT vol.40
at CIRCUS TOKYO
23:00 OPEN / 5:00 CLOSE
ADV: ¥2,500+1d / DOOR: ¥3,500+1d

Ticket: https://circus.zaiko.io/e/goodnight40

Special Guest
dazegxd (Brooklyn, NYC)

LIVE
lilbesh ramko

DJ
666 (yuki+maya)
discordsquad2k (fogsettings+ikill)
wagahai is neko
Yurushite Nyan
GOODNIGHT CREW (skydoki+NordOst+migeru)

VJ
emiku
suleiman.jp

対抗文化の本 - ele-king

 長く続いた店が閉まるのは、いつだって悲しい。ましてや、自らが主体的に関わってきた場所であれば、なおさらである。

 下北沢の路地裏にあったブックカフェ「気流舎」は、2007年の開店以来、実に17年間にわたり存在し続けた。オープン当初から掲げられていたのは、当時すでに古風とも言える「対抗文化(カウンター・カルチャー)」という言葉。この理念を軸に、独立系の古書店兼ブックカフェ・バーとして歩みを始めた。

 原発事故を境に、創業店主による個人経営から、常連客たちによる共同運営(有限責任事業組合)に体制を移行し、筆者も「非組合員」ながら運営に関わるようになった。そして2024年末、ついに気流舎は店舗としての役割を終えた。残務処理を担う「組合員」を除けば、メンバーたちはそれぞれの旅路へと散っていった。

 シュタイナー建築を学び、「あけぼの子どもの森公園」のムーミン屋敷の設計でも知られる建築家の故・村山雄一氏による空間は、幸いにも居抜きで残ったが、長年店頭を彩ってきた植物たちはすべて撤去され、庭先の土もコンクリートで覆われてしまった。近隣に住んでいることもあり、跡地の前を通るたび、アスワドが1981年に発表した曲の一節「African Children, Living in a Concrete Situation」が、しばしば頭をよぎった。どうやら下北沢におけるジェントリフィケーションも、いよいよ完成の域に達したようだ。

 そもそも「気流舎」とは何だったのか。どのような役割を果たしていたのか。その答えは共同運営という性格上、関わった人の数だけあったはずだ。書店であり、カフェであり、酒場であり、小規模なイヴェントスペースでもあり——そしてなにより、「対抗文化の本」に関心をもつ人々が集う場所だった。

 そこでは、公の場では語りにくいようなテーマ——ポリティカルな議論やサイケデリックな体験談——が自然に交わされた。本を読むつもりで立ち寄ったのに、いつの間にか話し込んでしまうような、密度の濃い空間だった。

 形式上は店舗でありながら、店長は存在せず、雇われたスタッフもいなかった。メンバーは誰ひとり報酬を受け取らず、店番は希望すれば基本的に誰でもできたし、途中でフェードアウトすることも許された(貴重本の紛失といった課題も生じた)。過去には運営費を確保するために賛助会員を募り、ドネーションを集めたこともあった。

 「気流舎」という名称は、社会学者・見田宗介が「真木悠介」名義で1977年に著した『気流の鳴る音』に由来する。共同運営が始まってしばらくすると、この本を読むことが唯一のメンバー加入条件となった。そういう意味でも、気流舎は本を媒介としたコミュニティだった。

 『気流の鳴る音』は、ペルー生まれのアメリカの作家・人類学者のカルロス・カスタネダの『ドン・ファンの教え』シリーズの解説書としても読めるものであり、人類学、比較社会学、シャーマニズム、マルクスの思想、インディアンの詩、インドやメキシコの旅のエッセイといった諸要素が交錯するユニークな本だ。副題の「交響するコミューン」が示すように、融合を目指す「ニルヴァーナ原理」ではなく、多様な個が響き合う「エロス的原理」がコミューンのあり方として志向された。

 そんな本の影響もあってか、サイケデリック(文化)、アナキズム(思想)、ニューエイジ(運動)といった、一見交わりづらく対立しがちな要素が、あの小さな空間のなかでは、絶妙なバランスで共存していたように思う。ある時期までは、確かにそんな空気があった。

 2000年代中頃から、東京各地にはインフォショップ、オルタナティヴスペースと呼ばれるような自主管理型の空間が点在するようになった。そうした場は、大学キャンパスが自治的な機能を急速に失っていくなかで、代替的な議論と実践の場になり、文化的・政治的運動を支える関係性の温床となっていた。本書に収録された『ストリートの思想 増補新版』刊行記念イヴェントでは、著者の社会学者・毛利嘉孝氏と、アジアの自主管理空間を研究する江上賢一郎氏による対談が行われ、気流舎もまさにその時代の、その界隈の、ピースのひとつだったことを改めて強く実感することになった。

 こうした場がひとつ消えることは、都市における共有財産=文化的拠点がまたひとつ減ることを意味する。再開発によって家賃が高騰した現在の下北沢において、若い世代が新たにスペースを借り、非営利で維持することは極めて困難である。リアルな場所での集まりがむしろ必要とされている今、運営(組合)体制を刷新し、次世代にバトンを渡すという道はなかったのか。閉店が正式に決定した後も、イヴェントの終わりにゲストや来場者と共に、そんな未練を語り合った。皆が口を揃えて言っていたのが、「もったいない」だった。

 ただ、場所が消えても、残るものはあるはずだ。「気流舎」という名のもとに続いた17年間が熟成だったのか、発酵だったのか、あるいは腐敗だったのか—— その答えは風のなかだが、ただひとつ言えるのは、そこには確かに、空間に沈殿したひとつの文化のスタイル、あるいは集合的な表象のようなものが存在していた、ということだ。それを自分なりにすくい取り、記録したかった。

 特に昨年8月の運営会議で年内閉店が正式に決まってからは、まるでダブプレートを切るサウンドマンのような勢いで、自分が考える「対抗文化」のイヴェントを次々と企画し、空間に響かせ、録音し、文字に起こしていった。とりわけ、長年あやかってきた『気流の鳴る音』の思想的影響については、しっかりと文字で残しておきたかった。そうして気流舎を通り過ぎていった77名の「旅人」たち——その名の通り有名無名を問わぬ語り手たち——の言葉のモザイクを一冊に結晶させることにひとり没頭した。完成した書籍『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』は個人出版というかたちをとり、出版レーベル名を「文借社(あやかりしゃ)」とした(草森紳一『あやかり富士』にあやかった)。

 本書には、60年代に本場アメリカでサイケデリック・レヴォリューションの渦中を体験し、帰国後は「いのちの祭り’88」で実行委員長を務めたおおえまさのり氏、ヒッピー・コミューン運動「部族」の中心メンバーであり、「部族宣言」を書き、トカラ列島の諏訪之瀬島に長らく暮らした詩人・長沢哲夫(ナーガ)氏、そして、60年代に日本各地に存在した土着コミューンを歩き記録した『不可視のコミューン』の著者・野本三吉氏など、いわばヒッピー世代のレジェンドとも呼べる80歳超えの「長老」たちも登場する。

 さらに、西荻窪「ほびっと村」界隈を中心とした70年代ヒッピー・カルチャーにまつわる記録も、本書では重層的に収録されており、貴重な証言集となっている。マジックマッシュルームが合法だった時代にレイヴ・カルチャーに出会った世代としては、こうしたヒッピーの先達たちの軌跡と、自分たちの文化との連なりをしっかりと記録しておきたいという目論見があった。

 とはいえ、「カウンター・カルチャー」という語を使うと、どうしても60年代欧米発祥のヒッピー・ムーヴメントやサイケデリック・カルチャーの系譜に限定されてしまう印象があり、本書では、より広く複雑な文脈を見渡すために、あえて「対抗文化」という表現を選ぶことにした。

 個人的な趣味を言ってしまえば、ぼくにとって「対抗文化」とは、ブルースを源流とするブラック・ミュージック、あるいは世界中の「大衆前衛」のなかに潜む〈抵抗の力〉を感じ取り、引き受けることにある。それはまた、被抑圧者の声に耳を澄ませ、その声に動かされて、自らも行動を起こしていくことを意味する。本書も微力ながら、そうした文化実践の一端を担おうとする試みでもある。

 たとえば、現代的な手法で「ルーツ」を再構築しつづけるジャマイカの新世代ラスタたちによる闘い〈レゲエ・リヴァイヴァル〉運動、英国ラヴァーズロックの甘くやわらかな響きの奥に秘められたポリティカルなメッセージ、貧困や苦悩を歌いながらも、そこに自己解放の希望を託すブルースの表現力、さらにはブルースのしゃがれ声に宿る屈折したエネルギーを、澄んだ音色のアドリブによって昇華するビーバップの革命—— 音楽に宿る感情の複雑さと、その背後に折り重なる歴史や社会の文脈を掘り起こすこと。そこにこそ、ぼくが「対抗文化」として捉える核心がある。

 評論家であり、革命思想家であり、そして何より日本におけるブラック・ミュージック理解の先駆者でもあった平岡正明の没後十五年を記念し、気流舎の終わりにイヴェントを開催できたことは、ぼくにとって大きな意味をもつ出来事だった。

 思い返せば、人生で初めて企画したイヴェントが、平岡正明氏を迎え、音楽や芸能について縦横無尽に語り尽くしてもらうというものだった。そこから20年。原点とも言える人物を再び軸に据えたイヴェントで「対抗文化」の空間を締め括ったのは、ぼくにとっての「ルーツ回帰」だったとも言えよう。

 「変わりゆく同じもの(the changing same)」——アメリカの批評家アミリ・バラカのこの言葉は、ブラックミュージックを貫く特徴としてあまりに有名だが、これからの自分の活動を見定めていくための指標にもなっていくだろう。

 気流舎の終焉は、ある意味でコミューン志向の場の宿命だったかもしれないが、この小さな社会実験(ブック・コミューン!)から得たものは計り知れない。挫折の果てにこそ〈解放〉があり、場所や立場を失うことで初めて〈自由〉になれる—— そのことを実は真木悠介からすでに教わっていたのだ。長らく沈没していた宿舎(サライ)に別れを告げ、あとは自分のやり方で旅を続けていくだけだ。

『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』刊行の集い

本のコミューンVol.7 
南阿佐ヶ谷編

チャイ・ブック・サロン ——火曜舎でチャイと本に出会う
https://ayacari.base.shop/blog/2025/06/04/155359

火曜舎のマサラチャイの特徴である「ここではない何処か遠くへ飛べる」「脳天に響く」「良薬のような」「ワインのように余韻の長い」本を各自一冊持ち寄って、紹介し合いましょう。

日時:2025年6月28日(土) 16時〜19時  
場所:火曜舎(東京都杉並区成田東5-35-7)
会費:1,500円(マサラチャイ付き)


本のコミューンVol.8 
チェンマイ(タイ)編

Vision of Chiang mai with CCC
チェンマイ・チル・クラブと見るヴィジョン

https://ayacari.base.shop/blog/2025/06/08/120817

チェンマイ旧市街にあるバックパッカーホステルの庭で持ち寄ったチルなモノと時間を分かち合い、チェンマイ・チル・クラブで一緒にヴィジョンを語りましょう。

日時:2025年7月5日(土) 17時〜20時  
場所:Deejai backpackers (ディージャイバックパッカーズ)チェンマイ旧市街
入場:無料(カンパ歓迎)
ゲスト:
CHIE(SuperChill タイ伝統療法・トークセン、CCC)
Grace Okamoto(フォトグラファー、CCC)
Yuki Makino (NEO食堂 Aeeen Japanese Vegan ) 

CCC - Chiangmai Chill Club

「大人の部活」をコンセプトに、Chill好き女子たちが本気で遊ぶ実験的コミュニティ。テクノパーティー主催、森でのピクニック撮影会、オリジナルハーブ試飲会、ボディワーク交換会などジャンルにとらわれず“やってみたい”を形にしていく場。旅人を含む、一期一会のメンバーで遊びをCreateしています。

▼書籍詳細&購入先
https://ayacari.base.shop/items/104200844

本のコミューン
対抗文化のイヴェント記録
と通り過ぎた旅人たちの風

企画・編著 ハーポ部長
デザイン 戸塚泰雄(nu)
発行所 文借社
2025年4月20日発行
四六判334ページ
定価 2,000円(税別)


目次

Ⅰ 浮遊するコミューン

〈レゲエ・リヴァイヴァル〉とアーバンラスタの闘い 
鈴木孝弥 

オーガニックにしときなさい ージャー9との対話 
ハーポ部長(翻訳 竹内嘉次郎) 

都市型コミューンの誕生
ー 砂川共同体・石神井村コミューン・ミルキーウェイキャラバン 
大友映男(やさい村) 

コミューン暮らしとその終わり
ー ポンちゃんと無我利道場の思い出 
蝦名宇摩

無謀なるものたちのコミューン ー下北沢コミューン研究部の記録 
ハーポ部長

ひとつのコミューンがなくなるとき 
中西淳貴(笹塚コミューン)

Ⅱ 路上と抵抗

ストリート以降/都市 
毛利嘉孝 × 江上賢一郎

ラヴァーズロックと抵抗の音楽 
石田昌隆

交流無限大 ーだめ連 ぺぺ長谷川の文化遺産 
神長恒一(だめ連) × いか(ぬけ組) × 原島康晴(編集者)

はみ出す言葉、Fuzzyな存在 
石丸元章(企画・聞き手:銀色夏実 発言:北沢夏音、大田 ステファニー 歓人、『さいばーひっぴー』編集部すずき&うみこ)

Ⅲ ヒッピーやらパンクやら ータンタンに捧ぐ

梵! ヴォヤージュ! 
ハーポ部長

クール・レジスタンスの時代 
北沢夏音 × 青野利光(『スペクテイター』)

チャンマイ薬草ライフ 
ことり薬草えこインタビュー

 
暴力と尊厳の考古学 ー『死なないための暴力論』刊行記念 
森元斎 × 成瀬正憲

生涯一パンク 
中沢新一 

Ⅳ 風に吹かれて ー気流の鳴る音をきく

メキシコの真木悠介 
今福龍太 × 上野俊哉

『気流の鳴る音』を気流舎で 
鶴見済

自分の内に絶えることなく歌があること ー真木悠介輪読部の記録 
椋本湧也 

ぼくの人生と真木悠介 ー気流舎での出会い 
野本三吉 

Ⅴ ブック、マジック、ミュージック

カウンターカルチャーの印刷物はどのように作られたか? 
槇田 きこり 但人(プラサード書店)
(校閲 石塚幸太郎)

わたしの知ってる最近のZINE事情 
野中モモ

没後一五年 平岡正明は「笑う革命思想家」だった 
阿部晴政 × 向井徹(平岡正明著作集委員会)

民俗音楽の彼方へ 湯立て神楽編 
ものいみやなかの会(齋藤真文&宮嶋隆輔&中西レモン&すー&斎藤ぽん&ハズミ)

気流舎と旅 
ハーポ部長

坂部の冬祭りレポート 
アクセル長尾

鬼とパンク 天龍村坂部冬祭りについて 
石倉敏明 

インドネシアの呪術師に弟子入りしたタオイストの話 
中原勇一(やわらぎ気功クリニック)

気流舎から始まった本の旅 
汽水空港モリテツヤ インタビュー 

エッセイ 旅のノートから(38人の旅話&本の紹介&気流舎への一言)

ハーポ部長 ELIJAH-FAR-I  鍵谷開 高橋ペコ 桝田屋昭子 Yusuke Suzuki 高岡謙太郎 ありい 大槻洋治 根岸恵子 すずき 銀色夏実 茂田龍揮 花崎草 くるみ 橋本勝洋(サンガインセンス) 川上幸之介 タンタン(長谷川浩) 翔太郎 内田翼 石崎詩織 川崎光克 さおり 平田博満 おおえまさのり ケロッピー前田 円香(現代魔女) わたなべみお 関口直人 猫村あや 馬場綾(アマゾン屋) リサ 長澤靖浩 宮脇慎太郎(ブックカフェソロー)  諫山三武(未知の駅) 吉澤順正 おぼけん(『新百姓』) 長沢哲夫(ナーガ)

  
虹より高く ーロバート DE ピーコとブルース共同体 
ハーポ部長

ロバート DE ピーコ音源QR「ライヴ・アット・気流舎」

      
編集後記 
僕らには儀式が必要だった
気流舎から寄留者へ

 先月、NHKで放送された国内最大規模の音楽賞番組「MUSIC AWARDS JAPAN」は「透明性」をキーワードに掲げていた。同番組は放送後も「透明性」を軸に語られ、そうした議論をいくつか聞いていると、それまで音楽賞番組の代名詞だった「日本レコード大賞」はよっぽど「透明性」に欠け、「透明性」の重要性が説かれれば説かれるほど「日本レコード大賞」は金が飛び交う賞番組なのだなという印象が増していった。放送日が年末年始でなかったのは「日本レコード大賞」への配慮からだろうし、アイドル部門で最優秀アイドル賞を受賞したスノーマンが授賞式を欠席しても、旧ジャニーズ事務所が事務所ごと「日本レコード大賞」の不参加を決め込んだようなことは(まだ)起きていないと思わせる演出も随所に施されていた(「不透明」だったのはプレゼンターの人選ぐらい?)。ちなみに「MUSIC AWARDS JAPAN」は音制連や音事協など5つの音楽主要団体が選考の主体で、「日本レコード大賞」の主催は各新聞記者。

 山口百恵は一度も「レコード大賞」を受賞していない。AKB48がレコード大賞を取った日、小学生だった姪は「日本は終わった」とやさぐれていた。中森明菜が新人賞を取れなかったのは大手事務所が金をばらまいて阻止したからだということはよく知られている。家に送られてきた賄賂を送り返したと話す審査員にも僕は会ったことがある。このように「評価」のシステムが「不透明」なのは、何も音楽業界だけではなく、日本全体に浸透している権力のあり方と関係し、そうした構造を既得権として告発し、すべてに「透明性」を与え、「自由競争」を促そうというのが新自由主義である。「MUSIC AWARDS JAPAN」も「透明性」を謳い、評価の基準を明確にしてマーケットを正常化したいという志が動かしていたのだろう。そこにはいわゆる外国の目があり、外国のマーケットがあり、日本の音楽事務所がここ数年、アメリカの投資家に買いまくられていると思ったらやたらとJ-ポップがビルボードのチャートに入るようになったという現実もある。日本の音楽はユニークだ、日本の音楽は外国に通用する、日本の音楽を外国に売りたい、という欲望が「MUSIC AWARDS JAPAN」のそこかしこから吹き出し、日本の音楽が外国のマーケットに進出した象徴として “ライディーン” のリブートからスタートしたのも本音がよく出ていた。もちろん、高橋ユキヒロへの追悼はなかった。

「MUSIC AWARDS JAPAN」を観ていて僕には淀んだ気持ちはあってもブレイクスルーの感情は湧いてこなかった。「不透明」の代わりにあったのは「数」の論理である。最も多い投票数を集めて日本で一番優れているミュージシャンとされたのがミセス・グリーン・アップル。1年前に植民地主義を肯定する表現が問題視されたバンドで、彼らのような存在をいま日本の顔に選ぶなんて、投票した人の見識は大丈夫なんだろうかと思ってしまった(ちなみにレコード大賞と同じ結果)。音楽の優劣が「数」で決まる(とはいえ、投票数が公表されたわけでもない)。「数」というのはつまり数字で、これもまた別な意味で金である。「不透明」が汚れた金なら「数」が導くのはきれいな金ということか。日本社会の「不透明さ」は姪の心を打ち砕いてしまったけれど、どうやら僕の心を打ち砕くのは「数」である。暴力の質が変わっただけともいえる。開会宣言で細野晴臣が「ただ好きなことをやっていただけ」と、暗に自分は「数」とは無縁だと述べたことは結果的に番組への最大の抵抗になっていた。音楽には金よりもマジックを呼んでほしいと思う僕は「数」の論理から遠く離れた音楽を聴くことしかきっとこの先もできないだろう。そもそも正常化したマーケットのなかにだけ音楽があるわけではない。金でもなければ数でもなかった音楽家の名前を、ここで僕はどうしても思い浮かべてしまう。忌野清志郎さんである。忌野清志郎という音楽家の才能を評価する基準は、いま、日本社会のどこにも見当たらない。この先もないかもしれない。「低脳なヤマ師と 信念を金で売っちまう おエラ方が 動かしている世の中さ 良くなるわけがない あきれて物も言えない」(RCサクセション “あきれて物も言えない”)

 東芝EMI時代に知り合い、その後も彼が会社を変わるたびに何かと縁のあった高橋康浩が忌野清志郎についてまとめた著作『忌野清志郎さん』の構成を少しばかり手伝った(本日・発売)。高橋くんは昔から業界っぽく喋るのだけれど、業界っぽく聞こえたことがない。根が純真なので、スカしても様にならないし、何を話してもロックが好きだということしか伝わってこない。キング&プリンスの高橋海人があまりにも高橋くんに似ているので「もしかして子ども?」と訊いたら「みんなにそう言われる」と憮然としていた。高橋くんとは一時期、清志郎さんのプロモーションでTV局を巡ったことがある。『ねるとん紅鯨団』の収録では清志郎さんが例によって大遅刻で、ついさっきまで西田ひかるが座っていた椅子に異様な執着を示していた高橋くんもタイム・リミットが過ぎてからはスタッフに「もう来ます」「家を出ました」と平謝りで、西田ひかるの椅子どころではなくなっていた(浅草ROXでの公開収録なのでお客さんも待ち続けた)。しかも収録が始まると清志郎さんはVTRを見ながら「面白くない」「興味ない」を連発。途中で一回だけ「少し面白くなってきた」と発言し、最後は「やっぱりつまらなかった」と言って急に坂本冬美の “能登はいらんかいね” を歌い出した。とんねるずも「清志郎さんじゃ仕方がない」というジェスチャー。同番組のオン・エアを観たら「少し面白くなってきた」と “能登はいらんかいね” しか使われていず、清志郎さんはずっと番組を面白がっていたかのように編集されていた。まあ、そういうものかもしれないけれど、TVの編集って事実とは正反対の印象を与えられるんだなということを、その時は学ばせてもらった。

 高橋くんが清志郎さんのプロモーションに加わる以前、僕はレコード会社でも事務所の人間でもないのに、どういうわけか清志郎さんがTV局に行く時はいつもくっついていた。初めて行ったのは確か『オレたちひょうきん族』で、『RAZOR SHARP』のプロモーションのために “AROUND THE CORNER / 曲がり角のところで” を歌う場面もあったけれど、鹿の着ぐるみを着て、ただ突っ立っているだけだったりと、清志郎さんがやらされていることには「なんで?」と思うことが多かった。本人が楽しんでいるならいいかとは思うけれど、RCサクセションを続けるべきか、やめるべきか、曲がり角のところで考えていたり、河を渡ったり、考えが変わったり、夢は終わったし、二度ともどれはしないし、いったい ぜんたい ここはどこで、新しいアイディアを聞かせておくれと、ありったけの苦悩がぶちまけられた作品を世に伝えるにしてはどうもフォーマットが合っていないような気がした。『RAZOR SHARP』はロンドンでレコーディングしている時からプロモーション・ヴィデオの撮影や宣伝用の写真撮影、それとジャケットの撮影にも立ち会ったので、内容とリンクしていないと思うことは最初から少なくなかった。英語圏のクリエイターたちとはやはり意思疎通が難しく、ジャケット撮影から特急で3日後にあがったデザインのラフを見て清志郎さんはジャケットに入れる名前の表記も、たとえば「Johnny "Guitar" Watson」のように「KIYOSHIRO IMAWANO」の間に、あだ名のようにして "忌野清志郎”と入れて「KIYOSHIRO "忌野清志郎” IMAWANO」と読めるようにしてほしいと頼んでいたのだけれど、結局これは直らなかった。アイコン(というデザイン事務所)のデザイン・ワークも彼らが直前に手掛けたポール・ヤングの使い回しで、ギザギザのカットが半分に減ってるだけ。そもそもジャケット撮影も清志郎がどんなメイクをしているのか知らないために、メイクさんからどうメイクしていいのかわからないと言われ、清志郎さんも途中で宣伝部の近藤(雅信)さんに「写真は持ってこなかったのか」とやや怒り気味。いつもはファンキーな近藤さんもその時は真っ青になって「すいません」と頭を下げるだけだった。結果的にRCでやっていたメイクとは違う顔が出来上がり、むしろ良かったのではないかと僕などには思えたものの、スタジオの雰囲気は途中まで最悪。それを挽回するようなデイヴィス&スターによるユニークな撮影方法は前にどこかで書いたので省略するとして、後日、届いたポジを見て「どれも使えない」という声が出た時は僕まで切羽詰まってしまった。ディレクターの熊谷(陽)さんはアタッシェ・ケースに現金をぎっしりと詰め込んでスタンガンで武装しながらスタジオやデザイン事務所を飛び回り、なんというか、『RAZOR SHARP』のジャケットって、よくかたちになったなあといまだに感慨深い。

 ヴィデオの撮影でもメイクはネックになった。ヴィデオ・チームのメイクさんは魔法使いのような服を着た女性で、同じく参考になる写真はない。だんだんと出来上がっていく顔はデイヴィス&スターによるジャケット写真ともイメージが異なり、清志郎さんの顔は分を追うごとにチャイニーズ・マフィアのボスみたいになっていく。おそらく周囲にいたブロックヘッズの雰囲気に合わせたのだろう。そう思うと違和感はなくなる。メイクの女性にはうっすらとヒゲが生えていて、清志郎さんはそれをコソコソと面白がっていた(そんなことしてる場合じゃなかったのに)。ヴィデオを観てもわからないとは思うけれど、撮影場所はスタジオではなく、大きな図書館で、2階の本棚をすべて端に寄せ、クレーンを持ち込んでぐるんぐるんとカメラを移動せながら撮影していった。豪快だった。何度かリハがあり、清志郎さんのメイクが完成したところで、シェフがみんなのランチをつくり始めた。ところが、清志郎さんだけはメイクが崩れるという理由で食事禁止。これはさすがに段取りが悪い。なんともいえない空気のなか、僕もなぜか食事をもらえたので、申し訳なく思いながら食べた。おいしかった。

 こんなことを書いているといつまで経っても終わらない。清志郎さんと食べもののエピソードだけでもどこまででも筆が伸びてしまう。メイクの人が清志郎さんの髪をいじっている時に「昔はマッシュルーム・カットだったんですよね」と僕が訊くと「あれはイリヤ・クリヤキン・カットなんだ」と教えられ、日本に帰ってから調べてみると、ナポレオン・ソロの相棒のことだと判明したり(よほど人気があったみたいで、ジューシー・フルーツの奥野敦子がイリヤと名乗っていたのもこのキャラクターから。後に清志郎さんのラジオでクリーナーズ・フロム・ヴィーナス “Ilya Kuryakin Looked at Me” を探し出してオン・エアしたのは私です)。僕は『RAZOR SHARP』『MARVY』『COVERS』の宣伝を手伝い、高橋くんの著作はファンだった時代を助走部分として仕事的には『コブラの悩み』からタイマーズ、『Baby A Go Go』へと続いていく。高橋くんが路上ライヴを始めたあたりから宣伝の質は大きく変わる。メディアを集めるというよりはメディアが寄ってくるように仕向け、売るためにやるというよりは結果的に売れる方法を清志郎さんと高橋くんは探っていたのかもしれない。時代はそろそろミュージシャンや各ジャンルのクリエイターが自分のやったことをきちんと説明し、プレゼンテーション能力を上げ始めた時期である。ミュージシャンが好きに歌い、ライターが好きに書くことは許されなくなり、それが出来なければマーケットの外に出て行けといった雰囲気も強くなっていた。本書を読んでいると、プロモーションのシステムがだんだんと固まっていった時期に2人は逆らいたかったのかなとも思う。

 ソロになってからも高橋くんは断続的に清志郎さんと仕事を続け、亡くなった後もファー・イースト・プロモーション・マンであり続けている。清志郎さんからの信頼がハンパなかったことは行間をびしょびしょにするほど滲み出ていて、いつも清志郎さんのことを考えているからだろう、たまに会うと考えが深まっているのは驚かされる。RCの末期に「同じことの繰り返しから見えてくるものがある」と清志郎さんはアレンジを変えないで演奏するわけを話してくれたことがあった。同じ人がやったことを何度も考えることによって見えてくるものはあり、何度でも同じことを話すことにも意味はある。少なくとも僕も高橋くんも、あと野田くんも、清志郎さんのことを話すことには飽きたことがない。チャットGTPと話すよりも清志郎さんのことは高橋くんや野田くんと話す方が面白い。3人ともインターネットに書かれていないことをたくさん見聞きしているから。しかも感情の高ぶりを共有できるから。僕とか佐川秀文は当時、東芝EMIの近藤さんから主に発注をもらい、プロモーション用の冊子を編集したり、取材をして原稿を書くことが多かった。なので、宣伝部の人たちが現場で何をやっていたかは、実は本書を手伝うまで知らないことも多かった。タイマーズのライヴで、怒った客に胸ぐらをつかまれ、殴られる寸前だったなんて、そんなことがあったなんてまったく知らなかった。実は僕も大阪のライヴで、入り待ちのファンが多過ぎて楽屋入りできない清志郎さんの身代わりになったことがあった。背格好が同じなので、清志郎さんの服を着て近くを車で通り過ぎ、楽屋と反対方向にファンを惹きつけたはいいけれど、清志郎ではないとわかったファンに罵詈雑言を浴びせられた。なので、ファンに胸ぐらをつかまれる心境というのはわかる気がします。あれはたまりませんよね。ファンの熱意が高いことに問題があるわけではないので、この気持ちをどこに持って行けばわからないだけで。高橋康浩の『忌野清志郎さん』は高橋くんの胸ぐらをつかんだファンの人にはぜひ読んでもらいたい。その人の手に届くように、読んだ人はみんな、SNSで広めるよう努力してください。権力を持たない人たちが「数」の論理を持ち出すのはむしろいいことですから。なんて。

「俺は資本主義の豚で 無い物を売り歩く ああ この街で会えるなんて 不思議」(RCサクセション “不思議” )

Autechre - ele-king

 2023年、幕張メッセですばらしいパフォーマンスを披露したオウテカ。近年はひたすらライヴに専心している彼らが、2026年早春、ふたたび列島の地を踏むことになった。2月4日(水)@東京・ZEPP Divercity、2月5日(木)@大阪・Yogibo META VALLEYの2公演が開催、大阪での公演はじつに17年ぶりとなる。詳細は下記より。

autechre

漆黒の闇の中へ!
オウテカのピッチブラックLIVE再び!
来日決定、2026年2月4日東京、5日大阪!

autechre
japan
twentytwentysix

tokyo 2026/2/4 (wed) ZEPP Divercity
osaka 2026/2/5 (thu) Yogibo META VALLEY

open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
info:[ WWW.BEATINK.COM ] / E-mail: info@beatink.com

オウテカのピッチブラックLIVEが再び日本にやって来る。それは真っ暗闇の中、神経を研ぎ澄まし、ただただ音に没入する体験だ。 エイフェックス・ツイン、スクエアプッシャーと並び、英国を代表するレーベル〈WARP RECORDS〉の代表的アーティストとして90年代から不屈のアティテュードと革新性で常に電子音楽のシーンの先頭を爆走して来たオウテカ。近年では自身のウェブサイト限定リリースという形で意欲的に作品の発表を続けている。
ライブ活動においても、彼らのトレードマークとなったピッチブラック(暗闇)ライブで、未だにその会場の規模を拡大し続けており、今秋に予定されている欧州、米国ツアーはオウテカ史上最大規模で行われるが、既に全てソールドアウトを記録している。
そんな彼らの容赦知らずの妥協なき活動、そしてそれに呼応するファンからの絶対的信頼と熱狂的支持、その強固な結びつきは国境も世代も越え未だ拡大を続けているのだ。
今回の来日は2023年のSONICMANIA以来、2年振りとなるが、2008年Club Karmaでの公演以来、実に17年振りに大阪にも降臨する。是非体験すべし!

【チケット詳細】
前売:8,800円 (税込 / 別途1ドリンク代)※未就学児童入場不可

東京:1F スタンディング/ 2F 指定席
大阪:オールスタンディング

注意事項:
※演出上、オウテカのショーはピッチブラック(完全消灯)・ライブとなります。開演前にスマートフォンなどの電子機器の電源をオフにし、お近くの出口を確認の上、自身の立ち位置を確保し、オウテカ演奏時の入退場は極力お控えください。非常時は係員の指示に従ってください。

R.I.P. Brian Wilson - ele-king

 ぼくがブライアン・ウィルソンを悼むのなら、 “グッド・ヴァイブレーション” という、1966年10月10日にリリースされたシングル曲にまずは絞りたい。この曲を、ひとがまっさらな状態で初めて聴いたら、洗練された、じつにキャッチーなポップスだと思うだろう。リリース前からほとんどのラジオDJたちが、確実にナンバー・ワンになると太鼓判を押したほどだ。ビーチ・ボーイズ特有のファルセット、そして広い音域のハーモニーが滑らかに流れ、ときに沈み、ときにたたみかける。祝祭と高揚感が駆け抜けていくようだ。「ぼくは彼女のカラフルな服が大好きさ」、カール・ウィルソンの歌い出しだ。「そして太陽の光が彼女の髪に戯れる、そんなところもね」。曲は、2ヴァース目からギアを入れ替え、魔法のジェットコースターさながら突き進んだかと思えば、止まり、また空に上がっていく。「グッド・ヴァイブレーションを感じるんだ」
 だが、この曲を2回目、3回目と、より深く聴いてみると、その奇妙さに気が付くかもしれない。歌の下地では変な音が鳴っているし、だいたいこの(テルミンを使った)電子音による不気味なエンディングはなんなんだ? 声にはテキスチュアがあり(つまり、声も楽器だ)、生演奏ではあり得ない展開を見せている。そうか、そういうことか、3分35秒に圧縮された濃密なこのサイケデリアは、じつに複雑な構成をもったテープ編集による芸術品なのである。アート・ロックなどという色気のないジャンル用語で括られる音楽の初期型にしてその傑作、その未来だった。
 『ペット・サウンズ』の制作費が7万ドル、そして “グッド・ヴァイブレーション”たった1曲には5万ドル(あるいはそれ以上)が費やされたと言われている。ポップ・ミュージックは、スタジオを3時間おさえてシングル1枚分の2曲録る。これが当時の標準的なやり方だった。“グッド・ヴァイブレーション”は1966年2月に構想をはじめて、そして……。もちろん、ビートルズやビーチ・ボーイズのようなバンドは、すでにこの頃、高額を要するスタジオをある程度自由に、時間を気にせず使える立場にあったとはいえ、ブライアンは、スタジオでさまざまなモジュールを4月から3か月かけて録音し、そして途中どうしたらいいのか混乱し、自信をなくし、投げ出したりもしている。
 ブライアンがビートルズ(あるいはフィル・スペクター)に対して異常なライヴァル心を抱いていたことは後年よく語られていることだ(のちにビートルズの敏腕宣伝担当者を招聘したほどだった)。しかもバンド名が「The Bea——」まで同じで、アメリカにおいてはレコード会社も同じ〈キャピトル〉。『ペット・サウンズ』が『ラバー・ソウル』に触発された話も有名だ。“グッド・ヴァイブレーション”に注がれた狂おしい情熱もまたビートルズを超えることに向けられていた。ブライアンは、『リボルバー』が発売された1ヶ月後の9月にスタジオに入って、 “グッド・ヴァイブレーション”を完成させたのだった。

 この曲は(というかビーチ・ボーイズは)、1990年初頭、いわゆる渋谷系の時代にそれまでニューウェイヴを聴いていたリスナーのあいだでリヴァイヴァルしている。あの頃、2台のターンテーブルを手に入れたぼくたちは、家のなかで“グッド・ヴァイブレーション”を聴いては旅をして、『オール・サマー・ロング』や『トゥデイ』、そしてあまり評価の高くない『ビーチ・ボーイズ・パーティ』のようなアルバムを聴いては上がっていた。ぼくたちはぼくたちのためにそれらを聴いた。名盤だから聴いたわけではない。欲していたものがそこにあったから、聴いた。ビーチ・ボーイズは、身体的でもあり感情的でもあり、試しさえすれば何でもできるんだというあの時代の前向きな気風に合っていたし、と同時に、そんな楽しい時間は長くは続きやしないということも、『ペット・サウンズ』を通して語ってもいた。言うまでもないことだが、ビーチ・ボーイズはビートルズがそうであるように、複雑で奥深い。

 さて、もうひとつ、ぼくに何か書けるとしたら、その音楽が21世紀のインディに多大な影響を与えているということになる。それは『ペット・サウンズ』の、“スループ・ジョン・B”のような多幸感やサウンド面におけるLA的な混合——ハーモニー、サーフ、ラウンジ、エキゾティカ等々——といっしょに聴こえる美しさとメランコリア、すなわち“ドント・トーク”や“キャロライン・ノー”から立ち上がる悲しみ、儚さ、ブライアンの弱さのようなものが1966年当時よりも共感を得やすいからではないだろうか。
 ブライアン・ウィルソンの音楽は、たとえばスーパーボールで観られるようなマチズモ的な米国ポップとはずいぶん異なっている。彼の音楽は、基本的にソフトだ。ジェイムズ・ブラウンからの影響も含まれる “グッド・ヴァイブレーション” でさえ、あれだ。サマー・オブ・ラヴを象徴するアーティストには、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、オーティス・レディング、あるいはスライ&ザ・ファミリー・ストーンにしろ、多かれ少なかれハードでタフなイメージがある。1967年、ビーチ・ボーイズはモントレー・ポップ・フェスティバルのメイン・アクトを務める予定だったが、出演を取りやめた。一説によれば、ラインナップを知ったブライアン・ウィルソンが不安に駆られパニックに陥ったこと、それからビートルズが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をリリースしたこともその原因にあったという(まあ、それは『スマイル』発売の頓挫にも繋がる)。とどめは、モンタレーで絶賛を浴びたジミ・ヘンドリックス(エクスペリエンス)が言ったひとことだった。「もうサーフ・ミュージックは終わったんだよ」

 萩原健太氏の『50年目のスマイル』には、氏がヴァン・ダイク・パークスに取材したさいの興味深いエピソードが綴られている。かいつまんで言えばそれは、『スマイル』がまったくスマイリーな思いのなかで制作されたものではなかったという話だ。「(その頃)アメリカは苦難の時期にあった」と、ウィルソンと知り合ってすぐに“英雄と悪漢”の歌詞を書いたパークスは言っている。「私とブライアンがとりかかっていた仕事のなかには、無意識だったかもしれないが、それが不可避だったんだ」*
 シングル盤「グッド・ヴァイブレーション」がリリースされてからおよそ1か月後、ロナルド・レーガンがカリフォルニア州知事に当選した。新右翼がアメリカ史のなかで台頭するのは、サマー・オブ・ラヴの真っ只中のことだったのである。レーガンは、カウンター・カルチャーの種子たち——バークレーで反ベトナム戦争運動に身を投じる学生たち、それからオークランドの黒人活動家たちを目の敵にし、ドラッグとロックンロールを公然と非難した。やがてロサンゼルスのサンセット・ストリップでは、ヒッピーや学生たちと政府との激突がはじまった。愛の季節に暗い風が吹く。だからあの曲の終わり方は、あれは正しかったのだとぼくはあとから思った。“グッド・ヴァイブレーション”は永遠に続きはしないがゆえに、しかし、だからこそこの曲は永遠を手にした。21世紀のインディ・ロックはブライアン・ウィルソンの創意工夫に、そして曲から聞こえる愛と悲しさ、優しさと傷つきやすさに共感した。ぼくはそれが悪いことだとは思わない。間違いなくこれからも、小さなベッドルームのなかで、ビーチ・ボーイズは聴かれ続ける。
 2025年6月11日、82歳で、ポップの軌道を変えた天才は旅立った。

*萩原健太 著『50年目のスマイル』p207

Saho Terao - ele-king

 6月25日にニュー・アルバム『わたしの好きな労働歌』のリリースを控える、シンガー・ソングライターの寺尾紗穂。ほぼおなじタイミングの6月23日、新著『戦前音楽探訪』がミュージック・マガジンより刊行される。雑誌『ミュージック・マガジン』で2019年から2024年にかけて連載されていたものに書き下ろしを加えた1冊で、戦前の民謡やわらべうた、流行曲、軍歌にまつわる物語を浮かび上がらせる音楽エッセイ集だ。「古謡」に加え「戦争」もまた大きなテーマとなっているところは、欧州や中東などで大きな人災が継続している現在、見すごせないポイントかもしれない。巻末解説は大石始。目次は公式サイトから確認できます。

戦前音楽探訪
寺尾紗穂(著)

定価2200円(本体2000円)
四六判288ページ
2025年7月1日発行
ミュージック・マガジン7月増刊号
[雑誌08480-7]
6月23日発売
http://musicmagazine.jp/published/mmex-202507sot.html

『ラ・コシーナ/厨房』

6月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

監督・脚本:アロンソ・ルイスパラシオス
原作:アーノルド・ウェスカー「調理場」
出演:ラウル・ブリオネス、ルーニー・マーラ

2024年|139分|モノクロ|スタンダード(一部ビスタ)|アメリカ・メキシコ|英語、スペイン語|5.1ch|G|原題:La Cocina |字幕翻訳:橋本裕充
配給:SUNDAE 
© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

公式サイト | X(旧Twitter) | Instagram

 戦争は長引く。初めてそう思ったのは中学1年の時で、物心つく前から始まっていたベトナム戦争は小学校を卒業しても終わらず、泥沼化を嘲笑した筒井康隆の小説『ベトナム観光公社』を読んだせいで永久に終わらない気がしてきた。戦争について子どもたちが日常的に会話をするなどということはなく、現実感はゼロだったものが日本とアメリカの二重国籍を持っていた僕はふとしたことからアメリカは徴兵制だと知り、急に恐怖感を覚えることになった。その頃の日本は現在のように二重国籍を認める国ではなく、成人までにどちらかの国籍を選択しなければならず、だとしたら徴兵制は避けたいので、父親に相談してアメリカ国籍を離脱することにした。アメリカ大使館に行くと、だだっ広い部屋で誓いの儀式が始まり、大使夫人の言うことを繰り返せばいいといわれて「I Swear」とかなんとか言っているうちに儀式は終了。ベトナム戦争は一気に海の向こうの話となった。その時の気持ちを正確に回顧すると、戦争に行くことが嫌だったのではなく、僕が恐怖に感じたのは軍隊生活で、キューブリックが14年後に『フルメタル・ジャケット』で描いたことが頭のなかでは炸裂していた。『フルメタル・ジャケット』はけして大袈裟な作品ではなく、幼稚園からの友だちが自衛隊に入った時、驚いた僕は横須賀基地に面会に行き、朝から晩まで基地で過ごしている間に『フルメタル・ジャケット』と似たようなシーンをたくさん目撃している。数年後、座間基地に配属された友だちが休暇で外に出てくると「訓練中に間違えたフリをして後ろから上官の頭を撃ち抜いてやろうと思ったぜ」とかなんとか笑いながら話し、誰かしらの銃弾が上官の耳をかすめたことは何度もあると言っていた。ベトナム戦争は僕が15歳の時に終わったので、国籍離脱はちょっと早すぎたかなとも思ったものの、学校生活でさえうまく送れなかった僕に軍隊生活はやはり恐怖以外の何物でもなかった。

 国籍というのは自分の本質を決めるものではない。どう考えても国籍などというものはたまたまどこで生まれたとか、親が誰だったかというだけで、自分自身がどんな人間かは自分でつくりあげていくものである。しかし、国籍というのはそうした人々の努力をスポイルし、時に人をどこまでも振り回す。難民とか亡命ならまだしも国籍をひとつにしただけの僕でさえ「土地に対して国籍を与えるアメリカ」と「血筋に対して国籍を与える日本」がうまく折り合ってくれない場面ではどこから手続きを始めればいいのかわからないことも多く、すべてを投げ出したくなることもある(日本以外の国には納税していないことを証明しろと言われて専門家にアドバイスを求めたところ、日本と国交があるすべての国に「納税をしていないという証明書」を発行してもらわなければ証明不可能と教えられ、一国あたり6万円の手数料として1500万円もかかるとか)。たかが僕でさえこんなに面倒なのだから、アメリカで生きることを選択した人たちはもっと大変な思いをしていることだろう(ましてや現在はトランプ政権だし)。たとえばオモチャ目線で世界を切り取った『トイ・ストーリー2』というアニメ映画を観ると2つのルーツを持つ人たちが「土地」と「血統」のどちらに忠誠を誓うかというテーマを常に突きつけられているということがよくわかる。自分が育った環境と祖先が暮らした土地のどちらかを選ぶなどということは サラダ・ボウル社会となったアメリカ社会では通常は起きないことだけれど、『トイ・ストーリー2』はオモチャの製造元と売られた先でアイデンティティを二重化させ、ウッディの帰属意識がどちらに傾くかを主題として定めている。日本だと共同体への「依存」はあっても「忠誠」という契約概念はなかなか発動しないので、ウッディの心情がどこまで切実なものとして受け取られたかは疑問だけれど、「役に立たない移民=オモチャは廃棄される」という導入部はアメリカの労働者を支配する意識や感情が誰を主人として選ぶかという選択の上に決定されているかがよく表れていた。

 イニャリトゥ、デル・トロ、キュアロンと非凡な映画監督を立て続けに輩出したメキシコの映画運動、ヌエーヴォ・シネ・メヒカーノが新たに生んだアロンソ・ルイスパラシオスの『ラ・コシーナ/厨房』はそうした移民たちがタイムズ・スクエアのレストラン、ザ・グリルで働く1日を切り取った作品。物語はメキシコからニューヨークにやってきたエステラ(アンナ・ディアス)がタイムズ・スクエアをさまようシーンから始まる。彼女はザ・グリルがどこにあるか探している。「ペドロの紹介だ」といえば未成年でもザ・グリルで働けると信じて彼女はメキシコから出てきたのである。冒頭から不安の描写はとても生々しい。見知らぬ土地で言葉がわからないということは目の前の景色も歪ませてしまう。エステラが面接をパスし、働く場所へ案内されると物語の主軸は彼女が頼るつもりだったペドロ(ラウル・ブリオネス)へと移っていく。ペドロは実に不安定で、頼れるどころか、むしろ不安を増幅させる存在にしか思えない。ペドロは調理の準備もせず、厨房を出てホールの掃除をしているジュリア(ルーニー・マーラ)に絡み始める。ジュリアはホワイト・トラッシュで、彼女以外はおそらく全員が不法移民かそれに近い存在なのだろう。ジュリアはペドロを遠ざけようとするも、ペドロはなかなか厨房に戻らない。一方、エステラが面接を受けていた頃、ザ・グリルのオーナー、ラシッドは売上金がなくなっていると報告を受け、従業員全員を1人ずつ呼び出せとマネージャーのルイスに告げる。ルイスはペドロを疑いつつ、従業員全員にオーナー室へ行くよう説得する。ただでさえ忙しい1日が開店前からいっぱいいっぱいになっていく。

 原作はジャマイカから移民を受け入れ始めた50年代のイギリスを舞台とした戯曲で、これを現代のアメリカに移し替え、メキシコ映画の巨匠ルイス・ブニュエルを模倣したリアリズムとモノクロ画面で演出していく。同じようにブニュエルをオマージュしたイ・チャンドン『オアシス』(02年)もそうだったけれど、ほんの一瞬だけリアリズムから足を踏み外す場面があり、その一瞬の〝飛び〟がやはりとんでもない。2年前に公開された『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はドラッグ・カルチャーがわからない人には1秒も楽しめないのではないかと思うほどメキシカン・トリップの洪水だったけれど、『エブ・エブ』のように量で押し切るのではなく、『ラ・コシーナ/厨房』はほんの一瞬で別次元への扉を開く。冒頭でソール・ベローの言葉が長々と掲げられ、「世界は働くだけの場所になってしまった」という趣旨のことが述べられている。そのような世界認識に対して、その〝一瞬〟は世界が取るべき態度というものを見せてくれる。(以下、ネタバレ)主人は言う。「お前たちには仕事と金と食事も与えている」と。それで何が不満なんだというのが資本主義の言い分で、これに対して移民や途上国といった「仕事と金と食事を与えられる」側は「ほかに主人は選べないのか」と悩むことぐらいしかできない。ザ・グリルの厨房が象徴しているのはアメリカの資本でアメリカ以外に国籍を持つ人たちが働いているという構図であり、それ以外に世界はなくなってしまったという世界の見取り図でもある。彼らの先にあるのは大したゴールではない。そんなことは労働者たちにもわかっている。ペドロがやっているむちゃくちゃはそのような資本主義を止めようとする無謀なあがきでしかなく、資本主義の外側に出るにはどうしたらいいのかと言う無意識の戦いである。休憩時間に従業員たちが夢を語り合ってもペドロだけは言葉が出ない。このことをもう一度、シュールに再現したのが、あの〝一瞬〟だったのだろう。『エブ・エブ』はイメージが膨大すぎて何も思い出せないけれど(だからまた観ようとも思うけれど)、あの〝一瞬〟は一点突破の強烈なイメージを脳裏に植えつけ、そこから先がないことを何度でも思い出させる。


 *この映画には副作用があります。しばらく外食を躊躇するかもしれません。外食が多い人は観ない方がいいでしょう。いや、むしろ観た方がいいのかな。

world’s end girlfriend - ele-king

 去る6月13日、world’s end girlfriendの新曲 “Helix of frequency, Phenomenon of Love and Void (feat. Jessica)” がリリースされているのだが、なんとも興味深い試みが為されている。

https://virginbabylonrecords.bandcamp.com/track/helix-of-frequency-phenomenon-of-love-and-void

 作詞・作曲はworld’s end girlfriend。アートワークには山田優アントニの作品を使用。ヴォーカルにJessica、コーラスにMON/KU、ヴァイオリンにkumi takahara、チェロにSeigen Tokuzawaを迎えた同曲は、無料でダウンロードできるかわりに、聴き手はあるルールを遵守しなければならない。そのルールとは――
 曲を聴きながら以下のメッセージに目を通して、world’s end girlfriendがなにを思い今回のリリースを決断したのか、考えてみよう。

この楽曲は無料(または任意の価格)でダウンロードが可能ですが、
聴くものには以下のルールが課されます。

以下、ルール表記とコメント。
―――――――――

この楽曲を聴かれる方は、以下のルールを遵守してください。
If you listen to this song, please follow the rules below.

―――――――――
ルール:
The Rules:
*この楽曲は、無料または任意の価格を設定してダウンロードすることができます。
**This song can be downloaded for free or at an arbitrary price.

*この楽曲を聴いたその日から、「1年間、生きる」というルールがあなたに課されます。
(ルールを拒否し楽曲を聴かないという選択もできます)
**From the day you listen to this song, a rule is imposed upon you: "Live for one year."
(You may also choose to reject these rules and not listen to this song.)

*この楽曲は、個人間で自由に受け渡すことが可能です。
ただし、その場合も同じルールが受け取った方に課されます。
**This song can be freely transferred between individuals. However, the same rule will be imposed on the recipient in that case.

*YouTubeやSNSなど不特定多数が視聴できる場での楽曲の公開・配信は禁止とします。
**Public sharing or distribution of the song on platforms accessible to an unspecified number of people, such as YouTube or SNS, is prohibited.
―――――――――

これは楽曲に約束が付随し、あなたが自分自身とそして私と約束(または優しい呪い)を交わすようなもので、あなたと楽曲との関係性はどうなるのかの実験です。
This is an experiment to see how your relationship with this song evolves, as it comes with a promise(or a gentle curse), like you are making a commitment to yourself and to me.

お楽しみください。
Please enjoy.

world’s end girlfriend

R.I.P.:Sly Stone - ele-king

1968年にオレが真剣になって聴いていたのは、ジェームズ・ブラウン、ジミ・ヘンドリックス、“ダンス・トゥ・ザ・ミュージック”をヒットさせたばかりのスライ&ザ・ファミリー・ストーンだった。スライの音楽には、ありとあらゆる種類のファンキーな要素が詰まっていて、そりゃあすごいものだった。 ——マイルス・デイヴィス*

衣装はロック史上もっとも奔放なものだった。並外れたショウマンであり、そのスタイルはラリって頭のいかれたフィルモア地区のぽんびきと同じようにいかれているあのフィルモア公会堂的楽天主義とを故意に組み合わせものだった。(…)スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、かつて誰も聴いたことのない音楽を作った。 ——グリール・マーカス**

 映画『サマー・オブ・ソウル』におけるスライ&ザ・ファミリー・ストーンは別格だった。ぼくのような後追い世代がジミ・ヘンドリックスを別格に思えたのと同じようにそのすべてが別次元で、サウンドはさることながら、バンド編成それ自体も20年先をいっていた。白黒男女混合、しかも黒いグルーヴを叩くドラマーは白人男性、トランペットは黒人女性、マーカスにいわく「第一級の文化策士」たるこの集団は、サマー・オブ・ラヴが白人中心主義でしかなかったというその矛盾を余裕で克服すると同時に、60年代後半、音楽的にはマンネリズムに陥っていた黒人音楽を、いや、ポップ・ミュージックをまったく新しいところに導いてしまった。そして、では、それがどんなところだったのか——たとえばマーク・フィッシャーは2016年に次のように書いている。

スライ&ザ・ファミリー・ストーンはすべてを手にしているように思えた。どこかで荒々しく、即興的で、それでいてしんみりと踊れるようなサウンド、感傷的でもなく、かといって聖人ぶってもいない、ユーモラスであり、それと同時に極めて真剣でもあったその音楽で。(…)スライ&ザ・ファミリー・ストーンが体現した戯けた自由と大胆さ。それらは、ある種の前衛集団による活躍だったかもしれないが、エリートに限定される必然性はなかった。むしろ反対に、ラジオやテレビに登場した彼らの存在は、「このようなボヘミアは誰にでも開かれるべきではないのか?」という問いを絶えず投げかけるのであった。***

 2025年6月12日、つまり昨晩、新宿のブルックリンパーラーで、DJヨーグルトはお馴染みの名曲を7インチのドーナッツ盤と12インチのアルバムからかけていた。“ダンス・トゥ・ザ・ミュージック”“アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー”“スタンド!”“エヴリデイ・ピープル”“エブリバディ・イズ・ア・スター”……もっともふざけた曲“スペース・カウボーイ”をかけなかったが“サンキュー”はかけてくれたし、彼はセットの後半にはブライアン・ウィルソンへの追悼もしなければならなかったから、まあ、ヨシとするか。

 スライのそうした曲のほとんどは、よく言われるように、サマー・オブ・ラヴの前向きなエネルギーの熱量をほかのどんな音楽よりも強烈に反映させていた。また同時に、彼ら彼女らは、ワシントン大行進以降の理想主義への情熱をも思う存分に充満させていた。ジェイムズ・ブラウンのファンクやサム・クックのソウル、ゴスペル、ビートルズ、ボブ・ディラン、ビーチ・ボーイズ、サイケデリック・ロックなどなどを混合しスケールを拡大させたその音楽が、興奮を抑えきれない当時の若者たちに、これがみんなをひとつにしてくれる音楽なんだと思わせたことは、いまでも容易に納得できる。そう、『サマー・オブ・ソウル』やウッドストックの映画を観れば、あの時代の頂点がなんだったのかが一目瞭然だ。それから、リッキー・ヴィンセントが言うように「EW&F、Pファンク、マイケル・ジャクソン、プリンスの豪華絢爛な舞台は、すべてスライ・ストーンが豪華で馴染みやすい雰囲気にまとめあげたファンクの延長上にある」****。またヴィンセントは、ジェイムズ・ブラウン以上に、当時スライの音楽がリスナーたちに人種問題の話題をうながしたことも書いている。まあ、「俺をニガーと呼ぶな、白んぼめ」などとも歌ったわけだし。
 ぼくがスライがすごいと思うのは、彼がやったことが、過去の出来事に収まってはいないという事実に関してである。サウンド面でもそうだが、コンセプトにおいても。その一例として、フィッシャーの引用をしている。あの、いかにも狡猾な面構えのスライ、マークスがスッタガリー神話になぞって論じた文字通りのトリックスター、自由というものの複雑さを表現したスライ……。
 
 スライ&ザ・ファミリー・ストーンには『暴動』という、ポップス史上指折りの問題作がある。スライは、2023年に上梓した彼の回想録『サンキュー』のなかで、これはマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』へのアンサーだと語っている。「いったい何が起きているんだい?」「暴動が起きているんだ(There's a Riot Goin' On)」というわけだ。この言葉だけを見たらいかにも威勢の良さそうな『暴動』を連想してしまいそうだが、周知のように『暴動』は、まったくそんな作品ではない。全体的にダークだし、なにせクレジットされているタイトル・トラックは0分0秒、つまり無である。ドラムマシンを導入し、オーヴァーダビングの果てに生まれた、天真爛漫さとは真逆のこのアルバムを、「もっとも荒涼としてぶっきらぼうな、革命後の世代におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のさながら心電図測定値」*****、このように表現したのはグレッグ・テイトだった。あるいは、スライは自分の絶望には意味があることを示した、こう書いたのはマーカスだ。ニクソンが大統領に就任して2年後、政治史で言えば、新自由主義が起動しはじめたときにこのアルバムを生まれた。黒人の活動家たちが次から次へと暗殺され、強まる社会的プレッシャーのなかで、そしてそこに逃避するかのようにスライはドラッグに溺れに溺れた。

 スライの物語が難しいのはそこだ。音楽を変えたこの男の全盛期は、20代で終わっている。『暴動』のときは28歳、次作『フレッシュ』が30歳だ。そこから先のスライは、ドラッグの巣窟と化した自宅で、ほとんど毎日キマリ、ただだらだらと過ごしていたわけではないが、やがて本人いわく「新たな記録」というほどいろんな理由で何度も逮捕された。自叙伝では、彼が星よりもまぶしかった最初の30年の人生のあとの、さんざんだった50年の出来事も克明に語られている。つねに親身になってくれたジョージ・クリントンといっしょにツアーをしたりハイになったりした日々も綴られている。スライは一生懸命にカムバックの努力をしたのだろうが、それは簡単ではなかった。ドラッグが原因で4回入院し、彼は4回目の入院でようやくドラッグを断った。
 2025年6月9日、スライ・ストーンことSylvester Stewartはロサンゼルスで息を引き取った。82歳。あまりにも若くして音楽を変え、そして若くして音楽シーンから消えてしまったかのように見えていたスライ。白人が(おそらく日本人も)もっとも知りたくない黒人の表情をじつに巧妙に見せたアーティスト。アルバム『暴動』は、アナログ盤で聴かなければ意味がないのは、A面の最後にクレジットされた、針がレコードの溝の内側をぐるぐるまわりはじめるその手前の瞬間ではじまって終わる“There's a Riot Goin' on”があるからだ。チリノイズのなかの声なき反乱。聴こえない音に耳を澄ませと彼は言っているのだろう。
 なお、全米黒人地位向上協会は、rest in peaceではなく、rest in powerと彼の死を悼んだ。

  悪魔を見て、銃を見てにやける
  指が震えて、俺は走り出す

  俺はかつて頂点にいた
  ありがとう、もういちど俺らしくしてくれて

——スライ・ストーン“Thank You”(1970)

* マイルス・デイビス、クインシー・トループ 著/中山康樹 訳『マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ』p131
** グリール・マーカス 著/三井徹 訳『ミストリー・トレイン』p137
*** マーク・フィッシャー 著/河南瑠莉 訳『アシッド・コミュニズム』p243
**** リッキー・ヴィンセント 著/宇井千史 訳『ファンク』P132
**** グレッグ・テイト 著/山本昭宏ほか 訳『フライボーイ2』p208

※スライ・ストーン 著/新井崇嗣 訳『サンキュー(またおれでいられることに)——スライ・ストーン自叙伝』はele-king booksより7月30日に刊行予定。

*6/16追記:内容に一部誤りがありましたので訂正しました。

Tramhaus - ele-king

 近年はオランダからさまざまなインディ・バンドが登場してきている。昨秋デビュー・アルバム『The First Exit』を発表したばかりのロッテルダムのトラムハウス、彼らもまた注目しておきたい一組だ。
 そんな彼らの来日公演が、村田タケル氏の主催・企画により実現することになった。7月1日@福岡UTEROを皮切りに、7月3日@大阪SOCORE FACTORY、7月8日@⻘山月見ル君想フの3か所を巡回、福岡公演にはaldo van eyck、大阪公演にはRedhair Rosy、東京公演にはDYGLも出演。DJとして、村田タケル(東京・大阪)、ナカシマセイジ(大阪)、NOBODY Crewのashira、yabu(福岡)らが各公演に花を添える。
 以下、Casanova S.氏による来日直前インタヴューをお届けしよう。

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 いまオランダで何か面白いことが起こっている、ここ数年ずっとそれを感じていた。「俺たちよりペイヴメントに似ているバンドを発見したんだ!」ライヴを見てそう言ったスポーツ・チームが興奮し、彼ら自身のレーベルからリリースしたアムステルダムのパーソナル・トレーナーに、〈Heavenly〉から3枚のアルバムを出しているピップ・ブロム。もう少しアンダーグラウンドなバンドだとア・フンガスにリアル・ファーマーがいるし、今年出たグローバル・チャーミングの2ndアルバムも素晴らしかった。ロッテルダムにはネイバーズ・バーニング・ネイバーズが存在し、そして何よりどんなメディアのこれから来るバンド・リストと比べても勝るとも劣らないラインナップを誇るインディ・バンドのショーケース・フェス、Left of the Dialがある。

 だけどもUKやUSのレーベル経由でなければその外になかなか情報が届くことはない(歯がゆくもあるけれど、インターネット時代であろうとも伝わるルートやスペースというのは限られているのだ)。だからその良さや興奮はもっぱらライブを目撃した人の口コミで広がっていく。上記のパーソナル・トレーナーの話がその良い例だろう。

 そんな中、2年前の2023年の秋にロッテルダムのポスト・パンク・バンド・トラムハウスを見ることができたのは本当に幸運だった。サウスロンドンのシェイム、あるいは初期のフォンテインズD.C. の名前が頭に浮かぶような、 ルーカス・ヤンセン(Vo)ナジャ・ヴァン・オスナブリュッヘ(Gt) ジム・ルイテン(Dr)ミシャ・ザート (Gt)ジュリア・ヴローグ(Ba)からなる5人組トラムハウス。このバンドはステージの上で自身から発せられるエネルギーを形作り観客を巻き込むように広げていって、その姿がたまらなく魅力的に映ったのだ。

 この世界には素晴らしいバンドがたくさん存在する。心に同じ炎を抱く非なるもの、その熱を伝えるべくトラムハウスは世界を回る。UKツアーを終え、ヨーロッパ、アジア、そして再び日本へと。バンドは1stアルバム『The First Exit』を手にして2回目の来日公演を迎える。その直前、ヴォーカルのルーカス・ヤンセンにロッテルダムの音楽事情、そして現在のトラムハウスについて話を聞いた。(Casanova.S)


2023年に続き、再び日本でライブを見られることをとても嬉しく思います。前回の来日公演では、デビュー・アルバムがまだリリースされる前だったというのにも関わらず、大盛り上がりでライヴ・バンドとしてトラムハウスの力を感じました。あの時のショーで、特に印象に残っている瞬間はありますか?

ルーカス・ヤンセン(Lukas Jansen、以下LJ):また日本に戻って来られることを、僕たちも本当に嬉しく思っています。前回は人生で最高の時間を過ごしました!特に忘れられないのは、東京の下北沢Basement Barでの2回目のライブです。その1週間前に行った最初の日本公演では、正直、会場はあまり埋まっていませんでした。初めての来日公演だったので当然ですね。でも、君も観に来てくれた2回目のライブでは会場がパンパンになって、観客が本当に熱狂的で。あれには心底驚かされました。

前回の来日時には日本を観光する時間もあったそうですね。印象に残っている場所やエピソードがあれば教えてください。

LJ:少し時間があったので観光もできました。東京や大阪はもちろん、京都にも行って、とても素敵な体験ができました。でも一番印象に残っているのは、ある夜に東京でファミリーマートからファミリーマートへ、居酒屋からセブンイレブンへ、また居酒屋、そしてまたファミリーマートへ……と飲み歩いた夜ですね(笑)。それぞれの場所で一杯飲んで、ちょっとつまんで、気づけば朝方まで歩いていました。

トラムハウスのサウンドには、ソリッドで荒々しいポスト・ポンクだけではなく、ユーモアと遊び心のあるアレンジが随所に施されていて、そこがとても独自のものとして魅力的に感じられます。このサウンドはどのようにして生まれたのでしょう?音楽に限らず、影響を受けたものがあれば教えてください。

LJ:僕たちは全員が異なる音楽に親しんで育ったことが、君のいう「独自のもの」に繋がったのだと思います。たとえばバッド・ブレインズ、ターンスタイル、トラッシュ・トークのようなハードコアやパンクを聴いて育ったメンバーもいれば、スロウダイヴマイ・ブラッディ・ヴァレンタインといったシューゲイズに夢中だったメンバーもいますし、インディ系をたくさん聴いてきたメンバーもいます。ツアーで、1年のうち何ヶ月も何時間も一緒のバンで移動して、お互いに聴いている音楽をシェアする機会が多いので、自然と触れる機会の少なかった音楽ジャンルへの理解も深まっていきました。それが、新しい音楽の発見の仕方や、曲作りにも影響していると思います。僕たちの音楽を“遊び心がある”と表現してもらえたのは初めてですが、自分たちでも「それ、けっこう当たってるかも」って思いました(笑)。

今回はデビュー・アルバムがリリースされた後のライブとなります。既存の曲を収録せずに新曲のみの構成となったこの1stアルバムでは何を表現しようとしたのでしょうか?

LJ:僕たちはこれまでEPや7インチで多くの曲をリリースしてきました。それらの曲をフルアルバムに再録して欲しいという声もありましたが、ファンや自分たちにとってこのレコードは完全に新しい曲で構成するのがベストだと思ったのです。それで、リハーサルスタジオにこもって、2週間ほどでこのアルバムを書き上げました。このアルバムは、トラムハウスがバンドとしてどういう存在なのか、そして 「僕らの 」サウンドとは何なのかを最もよく表している作品だと思います。激しくて怒りに満ちた曲もあれば、スロウで内省的な曲もあります。一つの曲の中でも、重さと軽さの間を行き来するような構成になっています。

デビュー・アルバムをリリースした前と後で変わった点があるとすればそれはどのような部分でしょうか?

LJ:今こうしている間にも、私たちは新しいサウンドを書き、変化し続けています。そう、僕たちのバンドは常に変わり続けているんです。初期に作った曲を今でも演奏していますが、新しいセットリストに合うようにアレンジを変えたり、他の曲とのつなぎ方を工夫したりしていて、常に進化を続けているんです。

オランダの音楽シーンについて教えてください。UKやUS の影響を受けながらも国内の音楽の影響も混じって独自のものが出来上がる印象で、日本の音楽シーンにも通じている印象です。実際のところオランダやロッテルダムのバンドシーンに特徴的なことはあるでしょうか?

LJ:オランダの音楽シーンは、国と同じように小さく、つながりが強いです。ミュージシャンも、アーティストも、プロモーターも、だいたい知り合いです。その点がすごく好きですが、ときどき“新しさ”を求めたくなることもあります。UKやUSからの影響は避けられませんが、ヨーロッパ各地を回ってみて、僕らの国には素晴らしい音楽がたくさんあると実感しました。ただ、そうした音楽でも過小評価されていると感じることも多いことが残念ですね。

アムステルダムとロッテルダムは東京と大阪の関係に似ているという話を聞いたことがあります。あなたたちの視点からだと、それぞれどんな違いがあると思いますか?ロッテルダムがどんな街なのかも教えてください。

LJ:ロッテルダムはオランダ第二の都市で、首都であるアムステルダムは第一の都市です。それが「カリメロ・コンプレックス」って言われる要因になっていて、ロッテルダムの人たちは、自分たちの街に対して正当であれ不当であれ、すごく誇りを持っているんです。最近、妹と話していて「ロッテルダムって街としてはブサイクだよね」って言っていて、僕もその意見には一票を投じたいんだけど、そのブサイクさこそが、この街のユニークな魅力でもあるんです。ちょっと説明をさせてもらうと、ロッテルダムは第二次世界大戦で爆撃されて、以降「未来の都市」を目指して再建されたので、建築家たちが好き勝手にクレイジーなデザインの建物を志向するようになったんです。とはいえ、好き嫌いはあると思いますが、オランダの中でロッテルダムのような街は他にはありません。初めて来る人にとっては、賑やかでちょっと荒っぽくて、いろんなことが起きている街。でも、時々すごくきれいな瞬間もあります。「それを見つけるには相当掘らないとダメだけどね」と言う人もいると思いますが(笑)。ええ、妹は間違いなくそう言っていました(笑)。

そんなロッテルダムでは、世界中のインディ・バンドが集まるショーケースフェスティバル「Left of the Dial」も開催していますよね。以前UK・ノッティンガムのバンド、オタラにインタビューした時に「こんなに待遇が良かったことはなかったし、こんなに好きなバンドを見られるチャンスがあったこともなかった」 とこのフェスのことを話していたことが印象に残っているのですが、地元のあなたたちの目から見たこのフェスはどのようなものなのか教えてください。

LJ:Left of the Dialは、ここ最近のロッテルダムで起きた中でも最高の出来事です。とにかく最高の週末で、今年の開催も待ちきれません。実は今これを書いているときも、Left of the DialのTシャツを着ています(笑)。このフェスは本当に誠実で、主催者の思いがちゃんと伝わってくるんです。バンドにとっても本当に大きな支えになっていて、結成したばかりの頃でも出演させてもらえましたし、その後も大きなステージに呼んでもらいました。本当に大好きなフェスです。

オランダ国内外に関わらず、同世代で注目しているバンドがあれば教えてください。

LJ:ヨーロッパ圏でいうと、北マケドニアのルフトハンザや、フランスのサーヴォ。どちらも素晴らしいバンドで、人としてもすごく素敵です。

デビュー・アルバムのリリース後、UK、US、ヨーロッパと幅広い地域をツアーしてきました。それぞれの街の音楽文化や空気など、違いを感じた部分や、新たに意識した部分はありますか?

LJ:本当に、どこに行っても観客の反応が全然違って、それがツアーの醍醐味の一つです。毎回たくさんのことを学んでいます。同じヨーロッパ内でも文化や社交のスタンダードが大きく違っていて、それがすごく面白いんです。すぐに言葉にはしにくいですが、ツアーを終えるたびに、出会った人々から大きな刺激を受けています。

2023年の来日公演でもそうでしたが、トラムハウスはステージ上で生まれる熱を押し広げて会場全体に一体感を生み出すようなステージングが印象的でした。ライヴ・パフォーマンスをする上で意識しているところがありましたら教えてください。

LJ:“エネルギー”に集中するようにしていて、それを広げることができたらいいなと思っています。ただ、それもあえて意識してやっているわけではなく、楽しく演奏すること、自分たちの音楽をしっかり届けることを第一に考えています。あとは自然と出てくるものですね。

現在、2枚目のアルバム制作にも取り組まれているそうですね。新たなインスピレーションや方向性など、お話できることがあれば教えてください。

LJ:新しいインスピレーションもあって、前作とは少し違ったサウンドにもなると思います。今はまだすべてがデモ段階で、歌詞もほとんど書かれていませんし、曲もまだ下書きのような状態です。でも、確実に前に進んでいます。

今回の日本公演では、新曲を披露する予定はありますか?

LJ:それができたら本当に嬉しいんですが、残念ながら間に合わないかもしれません。でも、あと数週間あるので、1〜2曲仕上げて試せたらいいなと思っています。あくまで「かもしれない」ですけど(笑)。

ありがとうございます。最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

LJ:前回の来日公演が終わってからずっと、「また日本に行きたいね」と話していました。それがまた実現して、めちゃくちゃワクワクしています。みなさんに会えるのを本当に楽しみにしています!

(質問:Casanova.S)

TRAMHAUS JAPAN TOUR 2025

7月1日(火)福岡 UTERO
with aldo van eyck | DJ ashira / yabu

7月3日(木)大阪 Socore Factory
with Redhair Rosy | DJ ナカシマセイジ / 村田タケル

7月8日(火)東京 月見ル君想フ
with DYGL | DJ 村田タケル

チケット情報
https://lit.link/tramhausJapantour2025

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