Home > Reviews > Album Reviews > Personal Trainer- Big Love Blanket
ある日、Canshaker Pi のギタリストであるウィレム・シュミットの頭にひとつのアイデアが浮かんだ。オランダ東部の街ヘンゲロのライヴ・ハウスのステージの上、新しく組んだバンド、パーソナル・トレイナーの2回目か3回目のライヴで彼は次の出番に向けて退場せずにこのままステージに残ってギターを弾き続けたらどうなるだろうと考えたのだ。それは利便性と好奇心から来るアイデアだった。自分はこの日に出演するスティーヴ・フレンチでもギターを弾いているし、バンドの他のメンバーはこの後に出るテディーズ・ヒットのメンバーでもあって、どのバンドもメンバーが重なっていたし、友だちでもあるんだからとウィレムはこの考えをさらに推し進めた。そして彼とその仲間たちは3回に分けてステージに登場するのではなく、そのまま続けて次のバンドに接続して、3つのバンドでひとつのステージを作り上げることに決めたのだ。「それがめちゃくちゃ興奮したし楽しかったんだよね。だから他の人とも同じようにできたら最高だって思ったんだ」。後にウィレム・シュミットはこの日のことをそう語っているが、これがアムステルダムを拠点に活動する、出入り自由、ルールがないことがルールのコレクティヴ、パーソナル・トレイナーの始まりだった。
そうしてパーソナル・トレイナーの活動は勢いを増す。ウィレムの頭に次々とわき出てくるアイデア、スコット・ピルグリムみたいなスリーピースのスタイル、ヒップホップのバックトラック、ピアノのバラッド、ついにはメンバーが入れ替わり立ち替わり演奏する24時間の配信ライヴまで。好奇心とユーモアに突き動かされて行動するウィレム・シュミットのこの姿勢はピップ・ブロム、キィテンズ、グローバル・チャーミング、ア・フンガスといったオランダのシーンを形作るバンドを巻き込みそのエネルギーを音楽に変えていった。自分以外の他の誰かとの接続、他の感性との接続、他のバンド、シーンとの接続、それらがこの集団を勢いづかせ、その度に皆で集まり大きな音を鳴らすという根源的な喜びを思い出させてくれた。そうしてそれは国を飛び出しヨークのブルやブリストルのホーム・カウンティーズなどのUKのバンドをもメンバーに加えるまでになった。それは現代的で、奇妙で、そしてとても魅力的なプロセスだった。世界は遠くて近く、共通するものに憧れる感性を接続ポイントにして、あっという間に結びついてしまうのだ。
たとえば彼らのアンセムにもなっていて、この1stアルバムにも収められている “The Lazer” という曲についてこんなエピソードがある。2019年にヨーロッパ・ツアーを回っていたスポーツ・チームが、アムステルダムでパーソナル・トレイナーのこの曲を聞いて興奮し、メンバー同士で向き合い「俺たちこのバンドとサインすべきだよな」とその場で自身のレーベルからリリースすることを決めたというのだ(その後実際にスポーツ・チームを主宰するレーベル〈Holm Front〉から7インチのシングルと10インチのEPがリリースされた)。このときのスポーツ・チームの言葉を借りれば「俺たちよりもペイヴメントに似ているバンド」、パーソナル・トレイナーはそんな風に人を惹きつけその活動に接続させるそんな魅力を持っている。
そこから少し時間が経ち、ラインナップのコア・メンバーが確立されメンバーの出入りが少なくなったものの(それは少しフットボールのチームができる過程にも似ているのかもしれない)パーソナル・トレイナーは変わぬ衝動と楽しみむ心を持ち続けている。そうしてリリースされたこの1stアルバム『Big Love Blanket』にはストレートでひねくれた実験的な曲たちが詰め込められている。これまでの過程で得た感性が混ぜ合わされながら、揺らめき動き、再び自身の原点に返ってくるみたいなそんな曲たちの連なり。ウィレム・シュミットの独唱ではじまり、そこに少しずつ音が重ねられ、メンバーの声が集まってくるタイトル・トラック “Big Love Blanket” は仲間を集めながら形を変えて活動していったパーソナル・トレイナーのここまでで旅路の縮図のように思えるし、そこからライヴで何百回と演奏された “The Lazer” に流れて込んでいくのはなんとも気分が高揚する(この曲はつまり他の誰かと接続するために作られた曲だ。だからあっという間に心が沸き立つ)。
ひねくれつつユーモアたっぷりにすすむ “Rug Busters” に “Key Of Ego”、ストリングスを交え静かに情感に訴えかけてくる “Milk” はLCDサウンドシステムの “New York, I Love You but You're Bringing Me Down” を彷彿とさせるし、“Texas In The Kitchen” では違った形(メランコリックなインディ・ギター)でより直接的に心を揺さぶる。「もっとオアシスみたいな音にしたい」という思いのもとギターのオーヴァーダブを重ねた “Former Puppy” は黄金の90年代への憧憬を抱え、かえってその当時の曲よりもずっとノスタルジックに響く(そのせいでふとした瞬間に、オアシスのギターにスティーヴン・マルクマスのメロディが乗ったらというような妄想を抱かせる)。ウィレムの言うようにそれは「偽のノスタルジア」なのかもしれないが、実際に存在しなかったものだからこそ現実の壁を越えて頭の中で広がっていくものなのかもしれない。パーソナル・トレイナーの音楽の中に存在する、共通の思い出(90年代・00年代の優れた音楽たち)、それにまつわる出来事が心の奥底に眠る感情を喚起させ、そしてそれが愛おしさを連れてくるのだ。
愛とユーモア、アイデアと実行、喜びに楽しみ、そしてわずかな孤独、それらが入り交じり生み出された音楽がパーソナル・トレイナーを「俺たちのバンド」たらしめる。ステージの上の憧れではなく、日常と接続可能な俺たちのバンド。その日常の鈍く輝くきらめきが何度も胸を締め付ける。こうした音楽を愛おしく感じるのは、きっとこれから先の未来の世界でも変わらないのかもしれない。それはコミュニティの中、生活の中に潜む日常の愛おしさで、その何気ない日々の中に過去と未来が息づいている。
Casanova.S