Home > Reviews > Album Reviews > Stephen Malkmus & The Jicks- Wig Out at Jagbags
スティーヴン・マルクマスと初めて会ったのはペイヴメントの1回めのUKツアーのときだった。僕は彼らのデビュー・アルバム『スランテッド・アンド・エンチャンテッド』の“サマー・ベイブ”にやられていたので、彼らに会うのが楽しみだった。 “サマー・ベイブ”はバンド名に相応しい道の端に落ちたゴミのような音だった。でも、夜道を歩いているとき、たまにそのゴミが落ちた道が綺麗に感じられることがある。“サマー・ベイブ”はまさにそんな音だった。ドイツの写真家、現代アーティストのアンドレアス・グルスキーの作品で、ゴミが散乱した川を美しく撮っているシリーズがあるけど、“サマー・ベイブ”の魅力はまさにそんな感じだった。
ルー・リードの歌もまさにそういう感じなのだが、スティーヴン・マルクスの歌はルー・リードみたいにドラッグ、ゲイ、性倒錯者みたいなセンセーショナルな素材を探すこともなく、普通に日常にいる変な人、たとえばペイヴメントのドラマーみたいな人や風景を若々しい目線で歌っている感じがした。それはまさに90年代の感じがした。 当時のアメリカからはいろんな面白い人たちがどんどん出てきていたから、こんな歌を歌っている人はどんな人だろうと期待していた。 カート・コバーンは完全にレッドネックなのに、本当に素晴らしい目線を持っていた。レッドネックがどんなドラッグをやれば、あんな新鮮な目線を見せてくれるんだろうと僕は思っていた。バットホール・サーファーズは本当に気がふれているようだった。で、ペイヴメントのスティーヴン・マルクマスはどんな人だったかというと、ブダペストのTシャツを着ていて、その姿は「何でブダペストのTシャツやねん」とつっこむ感じじゃなく、あっ、この若い青年はブタペストの歴史とかそういうものに興味があって、ブダペストに2週間ほど、旅行に行ってきたのね。と思わせてくれる風貌だった。悪くいえば金持ちの坊ちゃんという感じ。アメリカの若者でブダペストなんかに行くやつは金持ちしかいないよ。 スティーヴン・マルクマスの顔を見てもらえばわかるけど、ロスの青年弁護士みたいな雰囲気を出してますよね。彼のソロ1作めのジャケットなんて完全にそれですよね。なんで、音楽なんかやっているのという感じです。
でも、そんな彼の作品はじつはどれも素晴らしいんです。とくにペイヴメントの後では『リアル・エモーショナル・トラッシュ』が素晴らしい。イギリスの67年くらいのあの音なんですよ。デヴィッド・ボウイなんかがやろうとしていた音、ヒッピー前夜の混沌としていたあの感じをうまく現代にあった感じでよみがえらせています。XTCのアンディ・パートリッジなんかが好きなサイケ感ですよね。アンディ・パートリッジよりもその感じを上手く再現していると思うのですが、日本のその筋の人たちから評価されないのが不思議です。その次のアルバム『ミラー・トラフィック』はその感じにペイヴメントのあの感じを足したというか。僕はちょっと安易じゃないかと思ったんですけど、イギリスではチャートに入り、アメリカでも3万枚売れたみたいです。スティーヴンもレコード会社からペイヴメントみたいなのやってと言われているんでしょう。
で、今作『ウィグ・アウト・アット・ジャグバッグズ』なんですけど、『リアル・エモーショナル・トラッシュ』をもっとよくした感じなんです。ペイヴメントよりな『ミラー・トラフィック』があったから、ペイヴメントっぽいものから離れようとしていた不自然さが完全になくなって、『リアル・エモーショナル・トラッシュ』以上にプログレみたいな曲やアシッド・フォークなどのいろんなジャンルの曲を完全に自分のものとしてやっているのです。その上にスティーヴン・マルクマスのあの独特なメロディがしっかりとのっているのです。『ウィグ・アウト・アット・ジャグバッグズ』を聴いて思うのは、ルー・リードを受け継ぐのはスティーヴン・マルクマスしかいないということです。トム・ヴァーレイン、リチャード・ヘル、ショーン・ライダーでもピート・ドハーティーでもなく、ロスの弁護士のようなスティーヴン・マルクマスが彼を受け継ぐというのもどうかなと思うけど、正しいんでしょうね。やっぱ、ジャンキーはダメなんですよ、現代は。
久保憲司