Home > Reviews > Album Reviews > Pip Blom- Welcome Break
たとえばそれはサッカーのリズム良く回るパスだったり、野球の糸を引くようなアウトローのストレートだったり、よどみなく喋る実況や会話のテンポのよい合いの手だったり、小気味よいと感じるものが世の中にある。小気味よさとは「痛快な感じがあり、胸のすっとするような快さを感じるさま」だとググった先の辞書が教えてくれたけど、「つまりそれってピップ・ブロムの音楽みたいなやつだよね?」とヘッドフォンをした僕は思う。
オランダはアムステルダムのピップ・ブロムという名前の女の人がはじめたバンド、その名もピップ・ブロム(そのままズバリ)。イギリスの名門レーベル〈Heavenly〉と契約して2019年に1stアルバムをリリースして、そうして2021年の11月に『Welcome Break』というタイトルの2ndアルバムがやっぱり〈Heavenly〉から出た。ジャンルはインディのガレージ・ギター、あるいはギター・ポップと呼ばれるようなもので、かき鳴らされるギターの音とピップ・ブロム(つまりはバンドではない方の彼女のことだ)の快活でそれでいて少しメランコリーを感じさせる声が何度も「小気味よさ」を運んでくる。ピップ・ブロムのギターのリフは爽やかでセンチメンタルであり、塩気の効いたパンのように少しそっけなく、それがもうたまらなく病みつきになってしまう。それはよそ行きではない日常に潜む快感で、これこそがまさにインディ・ギター・バンドに求めている音だとそんな気分にだってさせてくれる。
そしてその音はどこか誰もいない放課後の夕暮れの教室を思わせる。どうしてこんな風に感じるのかと少し考えると、それはおそらくピップ・ブロムがキャリアの初期に〈Nice Swan Records〉からリリースした「Babies Are A Lie / School」の7インチのタイトルとオレンジ色したジャケットに引っ張られているせいだろう(このジャケットはお気に入りで見えるようにして部屋に飾っている。手にとって眺めてもやっぱり良い)。ついでだからとそのままその頃のピップ・ブロムの事をちょっと考える。この7インチにしてもそうだし、ピップ・ブロムはオランダのバンドだけどなんとも最近のUKシーンのバンドみたいな動きをしている。最近のUKシーンのバンドというのはつまりブラック・ミディやスクイッド、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、あるいはピップ・ブロムと〈Nice Swan〉でレーベルメイトだったスポーツチームのことで、彼らはみんな新興のインディレーベルから素晴らしい7インチ・シングルあるいは12インチのEPをリリースした後、アンダーグラウンドにとどまることなく大きなレーベルに移って、その姿勢を保ったまま活動の幅を広げていった。この動きはサウス・ロンドン・シーンとして知られる最近のUKバンドの特徴のひとつだけれど、オランダのピップ・ブロムはこれらのバンドに先駆けてこの道筋をたどっていったのだ。ホテル・ラックス、コーティング、イングリッシュ・ティーチャーなどと契約し最近また勢いに乗っている〈Nice Swan Records〉のレーベル第4弾としてピップ・ブロムのレコード「Babies Are A Lie / School」はリリースされた。スポーツチームやデッド・プリティーズより前にリリースされているということからもピップ・ブロムの特殊性がわかるかもしれない。これは2017年に7回にも渡るUKツアーを敢行したということと無関係ではないだろう。当時のイングランドはまさにサウス・ロンドン・シーンが勃発し勢いを増し広がり続けているまっただ中で、野心を持ったレーベルも素晴らしいバンドと契約すべくこぞってライヴハウスに足を運んでいた。そんな中でピップ・ブロムはUKのバンドと肩を並べ自身の魅力を放っていたのだ。
だから僕はピップ・ブロムのことを広義の意味で、サウス・ロンドン・シーンのバンドだとも捉えている。ゴート・ガール、シェイム、ソーリー、ブラック・ミディ、スクイッド、数多くのサウス・ロンドン・シーンのバンドのアーティスト写真を撮っているロンドンの写真家 ホーリー・ウィタカがピップ・ブロムの “Babies Are A Lie” のビデオを撮影したのがまさにその証拠だろう。このビデオは2017年当時のシーンのドキュメンタリー・ムービーみたいなもので、マット・マルチーズが登場しソーリー、ゴート・ガール、シェイムのメンバーがバンド活動を通して友情を育んでいく姿が描かれている(余談だがこのビデオは後々サウス・ロンドン・シーン初期から中期にかけての空気を知るという資料的価値が出てくるのではないかと思っている。そのサウンドトラックがオランダのバンドの曲なのはなんとも奇妙な話ではあるが、しかしそれこそがこのシーンの特徴であったようにも思える。インターネットを通じそのアティチュードは国を超えて共有されていったのだ)。人が集まり、そこで音楽が鳴る、いまのこの日常、流れる時間がかけがいのないものだとわかっている、ピップ・ブロムの音楽はそこにぴったりハマるようなそんな魅力がある。
そしてこの2ndアルバム『Welcome Break』はまさにそのかけがいのない特別な日常感に溢れたアルバムだ。小気味の良いギターのリフ、さりげないが気の利いた気持ちの良いコーラス、快感の裏側に潜んだセンチメンタリズム、それらが曲ごとにバラバラに入っているのではなく同じ曲の中に混在しているというのがこのアルバムの素晴らしいところだ。1stアルバム『Boat』と同じ路線ではあるが、曲の強度がグッと上がり、そして混ぜ合わされるセンチメンタリズムのバランスが絶妙でピップ・ブロムの持つ魅力が遺憾なく発揮されている。正直に言うと「Babies Are A Lie / School」の素晴らしい調合のバランスが『Boat』では少し崩れ、快活さはあっても感傷が足りてないと感じていたので、これこそが求めていたピップ・ブロムだとこの2ndアルバムを聞いて嬉しくなってしまった。“Keep It Together” では澄み切った空のようなギターが海辺を走る自転車みたいな快感をもたらして、そして若さの裏側にあるほんの少し感傷を覗かせる。“I Know I'm Not Easy To Like” は不機嫌なキンクスのように進行し、フラストレーションを解放し、それと同時に小さな後悔を滲ませる。“I Love The City” では感傷を前面に出すことで、その裏側に潜む快感が下地からにじみ出してくるような曲に仕上がっている。アルバムを通して響き渡るのは青春映画のあの感覚で、特別なイベントなどなくとも日常が特別になりうるということを教えてくれる。小気味よく、その中で静かに情熱が胸にくすぶり続けているようなバランスがきっとその空気を作っているのだろう。ピップ・ブロムの2ndアルバムは一筋縄ではいかない味わい深さとシンプルな快感が両方あって、だからいつだって聞く度に胸を小さくドキドキさせてくれる。それがなんとも小気味よく感じるのだ。
Casanova.S