「S」と一致するもの

interview with Kamaal Williams - ele-king

 まずは“Catch The Loop”を聴いてくれ。


Kamaal Williams
The Return

Black Focus/ビート

Broken BeatJazzFunk

Amazon

 ジャズ・ファンクにはじまり、ヒップホップ・ビートに転じるこの展開はそうとうに格好いい。この曲を聴けば、カマール・ウィリアムスのアルバム『ザ・リターン』への期待も膨らむというものだ。もう1曲チェックして欲しいのは、“Salaam”という曲。ドラム、ベース、そしてキーボードというシンプルな構成を土台に、この音楽はアクチュアルなファンクを描く。ときには突っ走り、ときにはスローに展開するが、エネルギーが損なわれることはない。
 さて、カマール・ウィリアムスとはヘンリー・ウーの本名で、ヘンリー・ウーとはこの2〜3年のUKのディープ・ハウスを追っているファンのあいだではわりともうビッグネームである。生演奏のときはカマール・ウィリアムス、打ち込みのときはヘンリー・ウーというわけだ。中国系とアラブ系の両親を持つ彼は、多人種が暮らしている南ロンドン・ペッカムで生まれ育ったトラックメイカーであり、キーボード奏者。10代前半でヒップホップにはまって、やがてごくごく自然にロイ・エアーズやロニー・リストン・スミスやドナルド・バードなどを聴き漁るようになった彼のバイオ的な話は、別冊エレキングのジャズ特集「カマシ・ワシトン/UKジャズの逆襲」に長々と収録されているので、宣伝になってしまうが、ぜひそちらを読んで欲しい。生粋のペッカムっ子である彼が、ペッカム出身ではない人間が運営する〈Rhythm Section International 〉において、なぜ「Good Morning Peckham」なるEPを出したのかというエピソードは、自分が言うのもなんだが、じつに面白い。
 以下に掲載するインタヴューは、誌面に載せきれなかった部分であるが、これを読んでいただければ、フィーリングはつかめると思う。カマール・ウィリアムスたちのコミュニティがどんな感じで、この音楽がどんな風に生まれたのか──それではweb版「UKジャズの逆襲(2)」、カマール・ウィリアムスのインタヴューをどうぞ。

あの手の音楽をいまの時代に持ち帰ってきて、新たな聴き手に提示する、そうやって再びクールなものに、いまの人びとにとっても今日性のあるものにしたい、そういう責任を感じた。で……自分はその役目を果たしたな、そう思っていて。だからだしね、バグズ・イン・ジ・アティックに4ヒーロー、それにベルリンのジャザノヴァみたいな人たち、彼らがみんな、俺を「同類」と看做してくれるのは。

とてもムードがある作品だと思いましたが、今作においてあなたが重視したのはどういった点でしょうか?

KW:俺たちが重視したのは……まず何よりも、「自分たちはある時間のなかのある瞬間を捉えようとしているんだ」っていう、そのアイディアだね。

ああ、なるほど。

KW:ある時間のなかに生じる瞬間、それを捉えるのは、俺からすればもう……本当の意味での「旅路」だったからね。っていうのも、まず第一に……俺はユセフ・カマールを作り出して、あれは本当にビッグなものになったけれども、にも関わらず、(YK解散によって)俺はまた一からやり直さなくてはいけなくなったわけ。だから、作品にあるエネルギーやエモーション、それらは部分的には悲しみだったし、葛藤でもあったし、と同時に歓喜も混じっていた、と。というのも、俺は自分を改めて発見しなくちゃならなかったからね。自分でも思ったんだ、「人びとは俺のことを信じていないな」と。だから、みんな疑っていたんだよ、「ヘンリー・ウーはこれで終わった。あれが彼の絶好のチャンスだった、ユセフ・カマールが彼のひとつっきりのチャンスだったのに」って具合に。

それは厳しいですね……。

KW:ほんと、そう言われていたんだよ。「せっかくのチャンスをあいつは潰してしまった」って風に。メイン・ステージに出ることができて、みんなが音楽に耳を傾けていたのに、ユセフ・カマールは解散してしまった、と。で、そこからどうやってお前にカムバックができるんだ? と。

あらためて自分の実力・力量を証明しなくちゃならなかった、と。

KW:そう、そういうこと。「ファイト」だった。だからあのアルバムは自分を再び証明する、そういう作品だし──とは言っても、別に他の連中に自分を証明するってことではなくて、自分自身に「自分はやれる」と証したかっただけだけどね。それもあったし、神に対しても自分を証明したかった。だから、「神よ、もう1回俺たちにチャンスを与え給え」と……そうやって、どうぞ自分に家族を支えていけるようにしてください、と。っていうのも、音楽が俺の生き方なんだし、音楽の面でうまくやっていけないと、自分には何もないからさ。

(笑)それってもう、いにしえのジャズ・ミュージシャンみたいな生き方ですよね。

KW:(苦笑)。

アルバムに参加したメンバーについて教えて下さい。ドラムのマクナスティとベースのピート・マーティンについて教えて下さい。彼らはどのようなミュージシャンなのでしょうか?

KW:マクナスティは友だちで、彼とは8年来の付き合いだね。一緒にプレイしたことがあって……一緒にいくつかショウで共演したんだ。で、会ってその日に即、すっかり意気投合して仲良しになってさ。「わぁ、こいつ良い奴!」みたいに、たちまちお互いに親愛の情が湧いたんだ。だから、たまにいるよね、会ってすぐに「うん、こいつとは理解し合える」って感じる、そういう相手が。

ええ。

KW:で……でも、彼とは8年音信不通でね。いや、っていうか、共演した後の7年間かな、それくらいコンタクトをとっていなかったんだ。彼も忙しかったし、子供が3人いる人で、南アフリカに住んでいて。で、ユセフ・カマールが解散したとき、彼に電話をかけたんだよ。「マクナスティ、いまどこにいるんだ?」と。彼の返事は「南アフリカに住んでる」ってもんで、俺は「どうしてもお前に南ロンドンに戻って来て欲しい」と。「俺のために、ひとつギグをやってくれないか?」と。で、「自分にはすごく大事なギグが控えていて、細かいことをいまここでいちいち説明している余裕はないんだけど、お前がロンドンに来てくれたらすっかり説明してやるから、とにかく来い」と(苦笑)。

(笑)はい。

KW:彼は「ほんとにぃ? マジな話なの、それって?」と怪しんでいたんだけど、俺は「いや、これはマジにシリアスな、めちゃ大事な話だから!」と。

(笑)。

KW:で、彼に言ったんだよ、「(彼がロンドンにいた)2010年以降、いろんなことが起きたんだって!」と。だから、あの頃とは違って、俺は自分自身のプロジェクトをやっていて、自分の拠点も持っているし、サクセスも掴んでいるんだよ、と。彼はそういった過去数年の変化をまったく知らなかったんだ。というわけで、彼は南ロンドンに戻ってきてくれた、と。で、彼が戻ってきて……彼に会ったのはキングス・クロス&セント・パンクラス駅だったな(※同駅はユーロスターの発着所のひとつ)。

はい。

KW:で、俺たちはそのままブリュッセル、ベルギーに向かうユーロスターに乗り込んだ、と。ってのも、俺が話していた「ギグ」の第一弾は、ブリュッセル公演だったから。彼に言ったんだよ、「イギリスに戻ったら、そのままキングス・クロス&セント・パンクラスに直行してくれ」と。ってのも、ブリュッセル行きの列車が発車するまで10分しか余裕がなかったから。

ハハハハッ!

KW:(笑)で、彼はホームに走ってきて、「来たよ!?」と。そんなわけで、俺たちは列車に間に合って──

(笑)。

KW:その晩のギグに向かった、と。会場に直行して、そこでサウンド・チェックをやることになったんだけど、会場は広くてね。キャパは1000人くらい。で、会場を前にして、マクナスティは「おい、本当にここでいいのか? 住所間違ってるんじゃない?」みたいな。

(笑)。

KW:こっちは「イエス! 俺たちは今夜ここでプレイするんだよ」と答えたわけ。そしたら、マクナスティが「以前、自分もここでプレイしたしたことがあるよ」と教えてくれてね。何年も前の話だけど、彼は当時人気のあった、すご〜〜くビッグなポップ・アーティスト、キザイア・ジョーンズって人のバックで演奏したことがあったんだよ。

ああ、覚えてます。

KW:……(苦笑)で、マクナスティに「なあ、ヘンリー? なんだってお前はこの会場、キザイア・ジョーンズと同じヴェニューでライヴをやれるようになったんだ??」と訊かれたから、俺は言ったんだ、「ギグにようこそ! いらっしゃいませ!」と。

(笑)。

KW:(笑)。で、そのショウを終えた後……彼はすっかり状況を気に入ってしまってね。「すごい、信じられない!」みたいなノリで、バンドに残る、と言ってくれて。ロンドンに戻るし、このギグは続けたい、と。そんなわけで、その後の12ヶ月間、彼は俺のドラマーになってくれた、と。

ピートはどうですか?

KW:ピート、彼は……当時はトム・ドゥリーズラー(YKのメンバー)がベースを弾いてくれていたんだけど、ギグを2本終えたところで、トムが言ってきたんだよ、「どうだろう、自分はこのギグには不向きな気がするんだけど」と。ってのも、変化したからね。マクナスティが加わったことでリズムが変わったし、ヴァイブも変わった。だから俺たちは、誰か……新しいヴァイブにフィットする人間を見つけてこなければならなかった、と。そしたらマクナスティが「ぴったりの人材を知ってる」と言い出して。「その人は6年近くプレイしていないし、彼の連絡先も知らないけど、とにかく探し出そう」ということになって。そこで彼の連絡先を突き止めて、マクナスティが彼に電話してっていうね。

ああ、そういうことだったんですね。

KW:で、ピート、彼は俺たちよりもずっと歳上でね。彼は50歳なんだ。90年代末から00年代にかけて、コートニー・パインともプレイしたことがあったんだよ。

わーお。

KW:だから、コートニー・パインのバンドのベーシストだった、と。それにピートはデニス・ロリンズ、フランク・マッカムといった優れた面々ともプレイしてきた、そういうUKベーシスト界のレジェンドみたいな存在なんだけど、長いこと活動していなかった、もうギグはやらない、という状態にいたんだよ。ところがマクナスティが「これは特別だから!」と彼を説得して。
 で、この作品のストーリーにはマクナスティの帰還って面も含まれていて、彼が音楽の本当のエッセンスに帰ってきた(returning)、という。ってのも、彼はここ10年近くポップ・ミュージックをプレイしていたし、だからこれは彼が本当に愛する音楽に帰還した、という意味でもあるんだ。それはピート・マーティンにしても同じことで、彼もまた、彼の愛する音楽のエッセンスに回帰を果たした、という。
 ってのも、忘れちゃいけないのは、ピート・マーティンは70年代に育った人だし、ウェザー・リポートにハービー・ハンコックに……だから、彼はああいうレコードが発表された当時、まさにその頃にベースを学んでいたっていう。俺が後にHMVで買いあさっていたああいうレコード、ドナルド・バードだとか(※別冊ジャズ特集参照)、ああした作品が世に出た頃に彼はもうこの世に生きていて、ああいうベースラインを自分のベッドルームで弾いていた、っていうね。
 だから、彼からすれば「おおー、こういう音楽がまだいまの時代に存在するのか!」ってもんだったし、マクナスティにとってもそれは同じだった。俺としては「カムバックするぞ」という思いだったし、映画みたいなものにしたいな、と。
 だから、俺たち3人が集まった経緯も映画っぽかったし、そこで「オレたちにはまだもうひとつ、やり残した仕事がある」みたいな。そんなわけで、とてもエモーショナルな作品なんだ──っていうか、俺は毎回音楽を通じて自分のエモーションをチャネリングさせているんだけどね。決してただ単に「こういうサウンドの音楽を」ってだけの話ではないし、その音楽をプレイしていて、そこで自分は何を感じているのか、自分は何を考えているのか? そこだからね。で、あそこで考えていたのは、「これが自分に残されたすべてなんだ」ってことで。だから、「もしもこれが俺にとっての生き残っていくための術(すべ)であるのなら──どうか神様、お願いです、俺にチャンスを与えてください」と。そして、「どうか、この音楽が聴く人びとにとって何か意味を持つものにしてください」と。この音楽をプレイすることで、人びとに何かをお返ししたい、そうやって聴く人びとが喜びを感じ取ったり、あるいは彼らに安心感を与えられれば、と。

[[SplitPage]]

ああ、シャバカ! シャバカはレジェンドだよ! 彼とは2009年に一緒にプレイしたことがあってね、ブリクストンで。ちょっとしたジャム・セッションを彼とやったんだ。だから彼のことは知ってるし、彼は本当に長いことプレイしてきた人だし、うん、ものすごくリスペクトしているよ。とても、とてもリスペクトしている。

お話を聞いていると、あなたは「松明を受け渡す」ということにとても意識的みたいですね? あなた自身のヘリテージはもちろん、ジャズからダンス・ミュージックに至る長く多岐な歴史、その歴史を受け継ぎ、そして未来の世代に渡していこうという、その意識はあなたの音楽的なDNAなのかもしれません。

KW:うん、その点は間違いなくあるね。

どうしてそういう意識が強いんでしょう? その「伝統の継承」が、現在のシーンには欠けているから?

KW:うん、だから、どこかにそういう人間がいなくちゃいけない、というか……思うんだよね、要するに、デジタル音楽が一般的になって──ダウンロード、ストリーミングなんかが発展していった時期……2006年後期から2008年くらいの時期だったと思うけど、あの時期に、たくさんの音楽やアーティストが消えてしまったんじゃないか?と。たとえばバグズ・イン・ジ・アティックとか、アシッド・ジャズ系のアーティストとか。というのも、あの時期はまだいまみたいなソーシャル・メディア網が存在していなかったし、彼らのようなアーティストたちにはソーシャル・メディアという手段がなかったわけ。

なるほど。

KW:彼らは違う世代から出て来た人びとだし、彼らはこの、新たに変化した音楽産業にどう適合していいか、そのやり方を知らなかった。そんなわけで、彼らのような世代のアクトたちは(デジタル・メディア/音楽の世界から)姿を消してしまったんだよ。だから、俺の系統の元にあった人たちはみんな消えてしまった、みたいな。
 対して俺は、ソーシャル・メディア時代に生まれた、っていうか、ぎりぎりその世代に含まれる時期に生まれたわけだよね。だから自分は新世代の人間だし、でもああしたかつての音楽を聴いていた、と。そこで感じたんだよ、責任感を。あの手の音楽をいまの時代に持ち帰ってきて、新たな聴き手に提示する、そうやって再びクールなものに、いまの人びとにとっても今日性のあるものにしたい、そういう責任を感じた。で……自分はその役目を果たしたな、そう思っていて。だからだしね、バグズ・イン・ジ・アティックに4ヒーロー、それにベルリンのジャザノヴァみたいな人たち、彼らがみんな、俺を「同類」と看做してくれるのは。
 というのも、俺の音楽を聴けば、彼らにも俺が彼らの音楽を聴いてきたこと、彼らの音楽を聴いて育ってきたのがわかるだろうし、しかも、いまや俺は彼らを再びシーンに引き戻すこともできる、と。今後、自分のレーベル、〈Black Focus〉からアフロノートのアルバムを出すつもりだし、カイディ・テイタムやマーク・フォースのアルバムも出そうと思ってる。そうやって、彼らを新しい時代に生き返させることで、自分の受けてきた彼らからの影響に敬意を表したい、ということなんだ。

“Rhythm Commission”のようなディスコ調のファンク、こういうリズムはペッカムのハウス・シーンのトレードマークのひとつと見て良いと思いますか? 〈Rhythm Section International〉あたりから出てくるサウンドもこのようなリズムが多く見られます。

KW:っていうか、あれは「ペッカムのトレードマーク・リズム」じゃなくて、「ウーのトレードマーク」なんだよ。

(笑)なるほど、了解です。

KW:(笑)だから、ヘンリー・ウーのトレードマークってこと! あれが俺のシグネチャー・サウンドの鳴り方なんだ。アルバムのなかに何か、橋渡しをするもの……ジャズ・ファンクとハウスとの間のギャップを繋げるもの、そういうものを入れたかったからね。だからあの曲は、むしろ「ヘンリー・ウーのチューン」、「ヘンリー・ウーのビートが鳴ってる曲」みたいな。だからなんだよ、あの曲をアルバムに入れたかったのは……アルバムはもちろんバンドと作ったけれども、あの曲を含めることで文脈の繫がりを見せたかったっていうか、「ほらね、(名義は違うけれども)中身は同じなんだよ」と。だから本当に、聴き手にこのアルバムをじっくり聴いて欲しいと思っていて。エレクトロに聞こえることもあれば、ジャズ・ファンクな面もあって、新しいんだよ。だから、ただ単に(昔ながらの)「ジャズ・ファンク・アルバム」ではないし、モダンなサウンドやシンセも入っている。わかるよね? だから、フレッシュなものにしたかったんだよ。

“LDN Shuffle”に参加しているマンスール・ブラウン(Mansur Brown)ですが、彼はTriforceで演奏して、今年のはじめに出たコンピレーション・アルバム『We Out Here』にも参加していますよね。

KW:うん。

で、あなた自身はシャバカ・ハッチングスやジョー・アーモン・ジョーンズなんかとも繋がりはあるのでしょうか?

KW:ああ、シャバカ! シャバカはレジェンドだよ! 彼とは2009年に一緒にプレイしたことがあってね、ブリクストンで。ちょっとしたジャム・セッションを彼とやったんだ。だから彼のことは知ってるし、彼は本当に長いことプレイしてきた人だし、うん、ものすごくリスペクトしているよ。とても、とてもリスペクトしている。ジョー・アーモン・ジョーンズ、彼は逆にすごく若い世代って感じの人で──

エズラ・コレクティヴをやっている人ですよね?

KW:そう、エズラ・コレクティヴ。で……彼はもっと若いし、グレイトな、ファンタスティックなミュージシャンだと思う。すごく優れたキーボード奏者だよ、彼は。ただ、シャバカは……彼のことは本当に昔から覚えているし、だからそんな彼がいまや有名になって雑誌の表紙を飾ったりするのを見るのは、俺も本当に嬉しいんだ。彼に対してとても良かったな、と思う。ってのも彼は実にハードに働いてきた人だからね。10年経ってもまだがんばって活動を続けている、そんな人がいまや成功を収めるようになった、そういう光景を見るのは俺には最高なんだ。そういうのを眺めるのは大好きだね。

“Broken Theme”のような曲もまた、あなたなりのブロークン・ビーツの挑戦ということだと思うのですが、カイディ・テイタムやディーゴのようなオリジナル世代からの影響はありますか?

KW:うん、それは確実にそう。彼らからはものすごい、ビッグな影響を受けたよ。ああいう連中は……だから彼らは、いまの俺がやっていること、それと同じようなことを過去にもうやっていた、みたいな。もちろん、彼ら独自のスタイルで、ね。彼らみたいな人たちがほんと、フュージョンの手法を開拓していったんだし……っていうか、ディーゴ、彼はドラムン・ベースのオリジネイターだったからね、彼があれを見つけたっていう。彼みたいな人たちだったんだよ、ドラムン・ベースをはじめていったのは。で、それが後になってブロークン・ビートの一部になっていったわけだし、一方でカイディはちょっと若い世代で、だから彼はブロークン・ビートにそのまま入っていって……カイディはアメイジングな人だよ。ってのも、彼はライヴでの演奏もできるし、しかもビートも作っていたから。だから彼は、俺みたいなアーティストなんだよな。

なるほどね。

KW:でも、カイディに関して言えば、彼はバンドとのライヴ・アルバムを1枚も作ったことがなくてね。で、俺は「彼があのバンドとのライヴ作品を作っていてくれたらなぁ」と思ってしまうんだ。というのも、彼がバンドとやったライヴは何回も観たし、どのショウも素晴らしくて。だから「なんで彼はあのバンドとの生演奏のライヴ、あのショウを作品化しなかったんだろう? 惜しい!」と。そんなわけで、俺はいまだにカイディにお願いし続けているんだよ。「カイディ、ぜひライヴ・アルバムを作ってくださいよ」って。

今作を作るにあたって、70年代のロイ・エアーズであるとかロニー・リストン・スミスのような人たちの作品を参照しましたか?

KW:ああ、そういう人たちみんな、だね。アルバムのサウンド、そして自分たちがどんなものをプレイしたいか、その面で大きな影響だった……それから、ヴァイブなんかも。まあ、俺が本当に一番好きな時代、それは70年代だ、みたいなもんだしね。ロニー・リストン・スミス、ロイ・エアーズ、ハービー・ハンコック、ウェザー・リポート……ああいったレコードは、俺のオールタイム・ファイヴァリットなんだ。

カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラの作品なんかはあなたの今作『ザ・リターン』とも似たムードを持っているんじゃないでしょうか?

KW:なるほど……。でも、正直なところ、彼らのアルバムはちゃんと聴いたことがないんだよ。だから何とも言えないけど、うん、もちろんカール・クレイグはよく聴いてきたし、彼の音楽がどういうものかは知っているけど、そのアルバムは聴いたことがないな。

なるほど。いや、あなたの友人であるK15はデトロイトのカイル・ホールのレーベル〈Wild Oats〉からも作品を出していますよね。なので、そういうデトロイト繫がりがあったのかな? と。

KW:ああ、まあ、俺はデトロイトの音楽は何でも好きだしね。それに、K15(ケー・ワン・ファイヴ)、彼はたしかにモロにそういう感じだし、彼はデトロイトから強く影響を受けているから。

ヒップホップで育ったあなたがラッパーとは組まないのは何故でしょうか?

KW:いや、ラッパーと仕事はしているんだけどね。ただ、これまでの段階では、まだちゃんとしたものはやっていない、というか……作品はまだ何もリリースしていないんだ。というのも(やや慎重に言葉を選びながら)──UKラッパーたちというのは、いずれ俺も一緒にやっていきたいと思っているけれども……自分は過去にもうやってしまったことだからね。ガキの頃、成長期の若かった自分の背景はUKラップにあったわけで、それはもう自分はやり終えたことだ、みたいな。そこから自分は前進・発展していったと思っているし……それにUKヒップホップは、現時点ではそんなに良い地点にいないんじゃないか?と思ってもいて。俺が大きくなっていった時期、あの頃のUKヒップホップはすごく良かったけれども、いまではMC云々という意味で言えば、むしろグライムの方が「UKの声」になっていると思うし。でも、いずれ将来的にはMCやラッパーと仕事したいと思っているよ。

さきほども話に出ましたが、あらためて訊くと、アルバムのタイトルの『ザ・リターン』とは何を意味しているのでしょうか?

KW:俺たちの帰還──音楽の本当の意味でのエッセンスに回帰していくこと、音楽の純粋さに立ち返る、ということなんだ。だから、俺は、俺は……自分のハートに戻っていくんだ、と。自分のハートに響く音楽に戻っていく、というね。それに、一緒にプレイしてくれるグループ、彼らとも素晴らしいコネクションを結べているし、とにかくポジティヴなんだ。これはポジティヴな帰還だよ。……それに、ちょっと映画っぽいよね? だから、俺はブルース・リーの映画『Return of the Dragon』(※『ドラゴンへの道』のアメリカ公開タイトル)が好きだし(笑)。だから、そういう面も少しある作品なんだ、映画みたいに作った、という。

K15とのWu15プロジェクトでの作品は予定されていますか?

KW:うん、ぜひやりたいね! ってのも、日本のブラザーたちがこのアルバムを気に入ってくれるのは自分でもわかるし、俺が日本に行くと彼らはK15も聴いてくれていて……K15は俺の大親友のひとりなんだ。だから、彼と俺とで一緒にアルバムをやることになった暁には──それはきっとすごくスペシャルなものになるはず。で、そのときは間違いなく、東京にいるブラザーたちが真っ先にそのニュースを知るようにするよ! うん、なるべく早くKu15のアルバムを作れたら良いな、そう思ってる。

※なんどもうるさいですが、このインタヴューの前半は、5月30日発売の別冊エレキング『カマシ・ワシントン/UKジャズの逆襲』に収録されております。カマール・ウィリアムスの良い兄さんぶりをぜひ、そちらでもチェックしてください。

Courtney Barnett - ele-king

 自信? あるわけないだろ。ぼくたちは不安の時代に放り出されている。セルフヘルプというアメリカ型ビジネス社会の生き方がほぼ世界基準となっている今日では、それ相応に賢く生きる人は多いし、移民のような社会的に不利な立場の人たちのなかにもテメーのことはテメーでやらんとなと腹をくくって逞しく生きている人が少なくないことは、音楽を聴いている人にはよくわかる。そして、もちろん、そこで腹をくくれない人たち、逞しくなれない人たちもいる。いつだって気が晴れない、どんなに強い酒を飲んでもこの違和感だけは払拭しようがない。コートニー・バーネットはそうした不安定さを生きる、不安を生きざるを得ない人たちにとっての最高のソングライターである。『ときには座って考えて、ときにはただ座る(Sometimes I Sit And Think, And Sometimes I Just Sit)』に続く彼女のセカンド・アルバム、『あなたが本当にどう感じているのか私に教えて(Tell Me How You Really Feel)』は期待通りの内容だ。

 一匹狼とも言えない
 普通の人にもなれない “Hopefulessness”

 1曲目の題名、強いて訳せば“より少ない希望”とでもなるのだろうか、この言葉はさりげなく彼女の特徴を表している。何故コートニー・バーネットが世界で支持されているのかといえば、オーストラリアのこの女性ロッカーは、もとよりロックが扱っていた疎外感や失意といった負の感情をじつに的確に、そしてうまい具合に叙情的に描いているからだ。まあ、生徒会長めいた社会派なんぞではない、いまや貴重な(?)素晴らしき内省派というわけだ。
 話が逸れるが、たったいま、2018年の上半期のベスト・ポップ・ソング20というコラムを来月末発売の紙エレキング用に書いているのだけれど、3曲はすぐに言える。アンノウン・モータル・オーケストラの“いまや誰もが狂ったふりをする(Everyone Acts Crazy Nowadays)”、ヤング・ファーザーズの“Toy”、そしてコートニー・バーネットの“Need A Little Time”。本当によく聴いている。ちなみに3曲ともロック・ソングで、つまりロックはいまでもぜんぜん生きている。で、この3曲のなかではバーネットの“Need A Little Time”だけがケレン味のないオーソドックスなロック・ソングだ。そのなにが良いのかを問われれば、ロック・ソングの普遍的な良さが詰まっているとしか言いようがない。

 みんなが好き勝手に自分の意見を言いたがる
 交通事故が起こらないかと、ずっと思いながら “Need A Little Time”

 スキャンダルこそ現代のエンターテイメントだ。ツイッター上で誰かが誰かを批判しているとか、その手の話が好きな人はじつに多い。バーネットは「私には少しの中断が必要(I need a little time out)」というフレーズを繰り返す。メロウなギターのフレーズが言葉と溶け合い、得も知れないカタルシスがもたらされる。ぼくはこの曲を少なくとも50回以上は聴いているし、これから先も聴くだろう。マッチョな男社会を批判する“Nameless, Faceless”も良い曲であることは間違いないし、彼女らしいガレージ・ロックのドライヴ感が効いた“Charity”も魅力的だが、とりあえず1枚通して聴いて言えることは、この音楽は時代から目をそらさず生まれたものであるってこと。内省的であってもだ。もちろんポップスターの胡散臭さもない。この音楽が誠実であることもすぐにわかる。彼女の声を聴けば。その声はものすごく憂鬱な声だが、難しい話を難しく話すのではなく、難しい話をかんたんな言葉で伝えることができる。

 恐くないフリはしなくていい
 みんな同じように恐いんだから “Charity”
 

 ディア・ハンターはもう何10回と見ているが、同じ内容のショーはない。ボールルーム・マーファとメキシカン・サマーがオーガナイズするマーファ・マイス。バーニングマンに音楽要素がもっと入ったフェスティヴァル、ワークショップだ。そのミュージシャン・イン・レジデンスに選ばれたのが、ディアハンターのブラッドフォード・コックスとケイト・ル・ボン。
 ケイト・ル・ボンは、マニック・ストリート・プリチャーズ、ネオン・ネオン、スーパー・ファーリー・アニマルズなどとのコラボレーションで知られる引っ張りだこのシンガー・ソングライター。ウエールズ出身で、現在LA在住。最近は、ホワイト・フェンスのティム・プレスリーとドリンクスとして活動している。で、マーファ・マイスのセッションは〈メキシカン・サマー〉からEPとしてリリースされる。そしてブラッドフォードはそれだけでは終わらない。ディアハンターのニュー・アルバムのレコーディング中だった彼は、マーファ・マイスの開催地であるウエスト・テキサスにバンドを呼び寄せると、ケイト・ル・ボンにプロデュースさせてアルバムをレコーディングした。

 そして、そのニュー・アルバムが届く前にニューヨークで2日間のショーが催された。ブルックリンのエルスホエア、マンハッタンのル・ポワソン・ルーグ、どちらのライヴもソールドアウト。ニュー・アルバムの曲が聞けるということで、みんなの期待も大きかった。
 1日目はほとんどMCもなく、新曲、ヒット曲を組み合わせのウォームアップ・ショー。2日目は調子が出てきたのか、ブラッドフォードは喋る喋る。自分のギターのノイズが気になると、5回ぐらい曲をやり直し(”element”)、その曲についての説明をし(氷河期についてらしい)、アルバムについての説明をした。
 アンコールで何曲かプレイした頃には、すでに1時間半以上経っていた。ショーも終わりかというところで、「良いアイディアがある」と言って、フロアから友だち(=アニマル・コレクティブ)を呼び、自分のiPhoneから彼らに曲を選ばせて再生するが、それでは物足らず、結局みんなでジャムることに。エイビー・テアがヴォーカル、ディーキンがサンプラー、ジオロジストがキーボード、そしてディアハンターという、インディ・ファンよだれ物のラインナップがじつげん。そこにオープナーのシンディ・リー(元ウーメン)も加わり、20分ほどのジャムが続いた。
 さすがと言うか、録音しなかったのを後悔するほどインプロのほうが活き活きしている。観客も、予期しない展開に大ノリで歓声を送った。

 終わった後もブラッドフォードの喋りは続いた。今回のショーでは300本限定の10曲入りのカセットテープ、「The Double Dream of Spring」が発売されたが、1日目でソールドアウト。ブラッドフォードは、それを転売業者から決して買わないようにと呼びかける。で、この音楽はみんなの物だからと言って、自分のiPhoneからカセットの曲を流したままショーを終える。
 ちなみに、欲しい人には、サインアップすればカセットが送って貰えるようになっていた。いつもヒヤヒヤさせられるが、ディアハンターのショーはだから見逃せない。


Yoko Sawai
5/23/2018

Oneohtrix Point Never - ele-king

 昨晩、マンハッタンのアップタウンにあるパークアベニュー・アーモリーでOneohtrix Point Never(以下、OPN)の待望のライヴ・パフォーマンスが開催された。アーモリーというのは米軍の元軍事施設のことで、そこをリノベーションして作られた会場は、NYでも有数のスケールの大きなイベントスペースのひとつ。19世紀当時の重厚で綺羅びやかな内装がエントランスまわりの空間に残されつつも、メイン会場は広々とした大きなハコになっていて、数々の世界的なアーティストのパフォーマンスやアートショーなどが開催されている。

 5月25日に発表になる2年半ぶりのオリジナル・アルバム『Age Of』を引っさげての今回のOPNの単独ライヴは、アーロン・デヴィッド・ロス(Aaron David Ross)、ケリー・モラン(Kelly Moran)、イーライ・ケスラー(Eli Keszler)の3人のミュージシャンたちを引き連れての初のアンサンブル形式になると聞いていた。開催が決定していた2日間分のチケットは販売日に即刻ソールドアウト、すぐに追加公演も決まった。才能溢れるアーティストたちとの新しい試みになるであろうこのライヴに対する期待値は、品格のある会場のチョイスとともに、開催前からどうしたって上がっていた。

 当日の会場は、20時ドアオープンなのにもかかわらず、19時半から観客が列を作りはじめていた。その観客層は幅広く、若いキッズたちだけでなく、ジャケット姿で普段はクラシックやオペラを聴きに行っていそうな年配のカップルまでが集まっていた。ふと、本当にいいレストランには老若男女のお客がいるものだと教わったことを思い出した。ブルックリンのアンダーグラウンド・ノイズ・シーンからはじまり、〈Warp〉に移籍し、FKA ツイッグスやデヴィッド・バーンやまでを手がけて「メジャー」になったOPNがいま、こうも幅広い層に受け入れられるよう進化していることが印象的だった。

 会場内は一人ひとりに席が与えられた着席式で、天上には2つのスカルプチャーが浮きながら回っていた。舞台上にはいくつかに分裂したスクリーンが設置され、床には大きな黒いビニール袋が舞台装置のように横たわる。しかも観客各々の手元には解説書のようなブックレットが置かれていて、まるでシアターのような空間でパフォーマンスははじまった。

 ケリー・モランが奏でるチェンバロ音に続いてイーライ・ケスラーのマジカルなドラム音が巨大な会場に響き渡り開始早々観客を一気に飲み込んだ。音に息吹が吹き込まれているような彼らの演奏はエフェクトをかけた音でさえ生々しく感じられて、複雑に入り組んだOPNの曲をまるで目の前で解体してみせてくれているような感覚に陥る。そして曲目が進むにつれてOPNことダニエル・ロパティンが弾き語る歌声がさらに観客をぐっと引き付けた。そう、今回ダニエルは多くの楽曲を自ら歌っている。アメリカーナ調の歌を歌うダニエルの姿は、「カオスで実験的なエレクトロニック・ミュージック」といったOPNのイメージを裏切り、多くの観客を驚かせたかもしれない。でも、最新アルバム『Age of』で彼が描く人間が生み出す4つの時代「ECCO」「HARVEST」「EXCESS」「BONDAGE」を表現する上で、このマシーンが作ったようなサウンドと組み合わされたダニエルによる「ヒューマン」な声は、欠かせない主要な要素となっていた。

 今回のライヴではプロローグにはじまり、この4つの時代を描いた曲目を順次演奏し、エピローグで締めるというシアトリカルな構成で進められたのだが、ブックレットによる各時代の解説、変化する舞台演出、“Black Snow”ではPVと同じダンサーたちの登場と、アルバムをよりわかりやすく立体的に表現するものとなっていた。

 また豪華なゲストの登場も華を添えた。“Same”ではダニエルに「叫びのジミー・ヘンドリックス」と言わしめたプルリエント(Prurient)がシャウトし、エピローグ直前には“Last Known Image Of A Song”でケルシー・ルー(Kelsey Lu)が鳥肌が立つようなチェロのソロを奏でた。


 
 エピローグまで終わると会場中は拍手に湧き、スタンディングオベーション。それに呼応して“Child Of Rage”と“Chrome Country”の2曲が追加演奏されファンを喜ばした。

 すべて聞き終わって会場を後にしたとき、先日インタヴューした際に今回のアルバムを「僕にとっては、いろいろな音楽的歴史を通じて広がる、ある特定の種類のアメリカを描いた絵のように感じる」と言っていたことを思い出した。人間の性を表現したような4つの時代。それをぐるぐると回る今のアメリカへの警告のようなもの。そのときはあまりしっくりこなかったけれど、ライヴを経てそれがよくわかった気がした。そして先日公開されたラッパー、チャイルディッシュ・ガンビーノ(Childish Gambino)の“This is America”ともリンクした。彼のいまのアメリカ社会に対する痛烈な描写が話題になっているが、ほぼ同時に同じくアメリカをテーマにした楽曲が30代半ばのアーティスト2人から生まれたというのは、偶然ではない気がする。

XOR Gate - ele-king

 昨年2017年はドレクシア関係の動きが目立った年であった。まず、ドレクシア=故ジェームス・スティンソンの変名ユニット、ジ・アザー・ピープル・プレイスの『Lifestyles Of The Laptop Café』が〈Warp〉からリイシューされた。さらにはドレクシアの『Grava 4』(2002)もリイシューした。そうかと思えば元メンバーのジェラルド・ドナルド(とミカエラ・トゥ=ニャン・ バーテルによる)の別ユニット、ドップラーエフェクトが10年ぶりのアルバム『Cellular Automata』を発表する。この作品はオーセンティックなシンセ的な音響を生成・展開しつつも、単なる懐古主義に陥ることなく、現代のエレクトロニクス・ミュージックのモードへと見事に接続されていた。

https://open.spotify.com/album/6Qf0Ot0oJb32jhtBl4L4Ol

 そして2018年、ジェラルド・ドナルドはXOR Gate名義でアルバム『Conic Sections』を送り出す。リリースはベルリンを拠点とするレーベル〈Tresor〉からである(ちなみに〈Tresor〉はSecond Womanの新作EP「Apart / Instant」もほぼ同時期にリリースしているのでそちらもぜひ注目していただきたい)。

https://open.spotify.com/album/3XwsVsVnnRKB3HnKNq3sAd

 ここで重要な点がある。先に記したようにジェラルド・ドナルドは2017年にドップラーエフェクト名義で『Cellular Automata』をベルリンの〈Leisure System〉からリリースしているが、本作『Conic Sections』もベルリンのレーベルからのリリースだ。つまりドイツ発の音楽でもあるのだ。
 その音楽と音響性にはドイツという電子音楽史における重要な土地への深いリスペクトを感じさせるものだ。端的にいえばどこかに(微かに)クラフトワークの影響を感じるのだ。私は不思議とクリス・カーターの新作との親近性を(あちらは多様な短い曲を集めたものだが)聴きとってしまったのだが、思い返してみればクリス・カーターの新譜もクラフトワークの影響を強く感じさせる作品である。つまり、フォームは違えども、どこかドイツ電子音楽への憧憬を強く感じ取れるのだ。これは現在の電子音楽がクラフトワーク的なるものに遡行しつつ例としても貴重な例ともいえよう。これはもちろん原型への回帰ではない。そうではなく、原型の拡張とでもいうべきものだ。

 では、本作における「新しさ」はいかなるものなのか。なぜなら、このアルバむは単なる「懐古」的な作品ではないからだ。クラウトワーク・リヴァイヴァルでもデトロイト・リヴァイヴァルでもない。同時代的な音響のアトモスフィアが濃厚に漂っているのである。それはいかなるものか。
 この『Conic Sections』は、『Cellular Automata』を継承するようにビートレス30分1トラックの長尺曲でもある。とはいえドローンやアンビエントのように一定の音響的な持続が変化していくサウンドではない。このXORでは複数(8つ)のサウンド・モジュールが次第に接続され、展開していく構造と構成になっている。音の数学的結晶体を思わせるトラックを形成しているのだ。
 まず、ユニット名からしてコンピュータの論理回路のひとつ「排他的論理和演算回路」のことを指しており、本作が極めてマシニックな音楽を目指していることがわかる。じっさい、私はマシンのなかにヒトの心が解体されていくかのような感覚を覚えてしまった。「アンビエント・インダスリアル」とでも形容したいほどに。
 しかし同時に、このアルバムの音響には、冷たい鉄の質感に触れたときに感じる独自の「哀しみ」も感じとれた。いわばマシン・ブルースとでもいうべきものである。といってもそれは音階のことではない。デトロイト・テクノを継承する抑圧された(というべきだろう)「感情」の発露といったものだ。いわば機械と心。このふたつの共存と拡散……。
 じじつ、冒頭の緊張と柔軟が交錯するシーケンスのトラックから、その機械と人間の交錯が鳴っている。以降、トラックはマシニティックとヒューマニティが交錯するような断続的なシーケンシャルなトーンへと変化し、まるで深海を潜航するようなムードを醸し出していく。持続と変化。接続と融解。対立と交錯。1トラックを通して変化する世界を形成しているわけだ。ビートの粒子が融解するかのごとき音響彫刻的なフォームを生成しているとでもいうべきか(まるでアクトレスの近作やアルカの作品のように……)。物質と粒子のニュー・マテリアル・テクノの実現である。

 ジェラルド・ドナルドは、たしかにドレクシアを継承し、デトロイト・テクノの本質を受け継ごうとしている。と同時にエレクトロニック・ミュージックを新しい同時代的な音響体へと結晶させようともしている。そのためにサウンドからビートを融解させ、多層的なエレメントが接続される30分のトラックにする必要があったのではないかと思う。
 XOR Gate『Conic Sections』は(2017年のドップラーエフェクトの『Cellular Automat』がそうであったように)、ジェラルド・ドナルドによるテクノロジカルな音響による同時代への研究報告書のようなアルバムである。同時に、この時代の無意識へと拡散する(言葉のない)「詩」のごとき音の結晶体でもある。ヒトとマシンの交錯と融解。その表現の実践と実現において非常に重要なアルバムといえよう。

Cardi B - ele-king

 リタ・オラの新曲、“ガールズ”が炎上している。女性、そしてLGBTQ+の人々をエンパワーするはずの曲が、強烈なバックラッシュに遭っている。ゲイやバイセクシュアルのコミュニティから批判の的となっているのは、主に「時々、女の子たちにキスしたくなる/赤ワイン、女の子たちに口づけしたい」というコーラスの歌詞で、要は「私たちのセクシュアリティは“一時的な”感情ではないし、ましてや“酔っ払ったときの”気の迷いなんかではない」というわけだ。

 オラ本人は謝罪文をツイッターに投稿した。いわく、「女性とも男性とも恋愛関係にあったことは事実であり、それを表現することで同様の立場の人々をエンパワーしたかった」。その後、彼女は「(バイセクシュアルであることをにおわせるハリー・スタイルズの“Medicine”が賞賛され、オラの曲がリンチされるのは間違っていると主張するコラムを書いた)ユスフ・タマナ、ありがとう!」と書いたポストが批判され、それを消すなど、事態は複雑な様相を見せている。当事者性やメイル・ゲイズ――レズビアン表現を性的に消費するヘテロ男性の問題などが絡み合っており、一言では説明がつかないイシューだろう。

 同曲に客演し、「あなたの口紅にだってなれる、一夜だけなら」というリリックで火に油を注いだ格好になっているのがカーディ・Bで、彼女も同様に謝罪文を投稿している。カーディは、「これまでに多くの女性と経験がある」と弁解しているが、そのロマンスがゲイやレズビアンたち固有のセクシュアリティの切実さに見合うものであったかどうかは、誰にもわからない。この一件は、むしろシスジェンダー/ヘテロセクシュアルとLGBTQ+の人々との断絶を強調してしまったのではないか。繊細なイシューを単純化し、グラデーションや複雑さを縮減してしまうこと、あるいは差異を認めることなく「私も同じだ」と同質性を主張してしまうことに、当事者たちは殊の外敏感である。誠実さをもってそこを乗り越え、何ができるのだろうか。そこまで議論を進めなければ、“ガールズ”の一件からは何も得られない。

 渦中にあるカーディ・BがLGBTQ+のコミュニティと連帯できるかどうかはわからない。しかし、恋人からの被DV経験があり、臀部の整形手術をし、ストリップ・クラブという性風俗産業に身を置いていたカーディは、すくなくともフェミニストたちとは連帯できるだろう。彼女は言う。「私はなんだってできる――男ができることだったらなんだって」。出世曲となった“ボダック・イエロー”のコーラスはこうだ。「私がボス、あんたはただの労働者」。カーディは度々ビヨンセの名前をラップしているが、彼女は力強いリーダーであるビヨンセとも、優等生のジャネール・モネイとも異なる立ち位置でスピットしている――それは、「バッド・ビッチ」だ。あくまでもダーティなバッド・ビッチたるカーディは、男が女を消費するように、男を消費してみせる。「彼、ハンサムだよね/名前は?/バッド・ビッチは男をナーヴァスにする」(“アイ・ライク・イット”)。彼女の手にかかれば、男女関係を反転させることなど他愛ないことだ。

 ピッチフォークは、カーディ・Bのデビュー・アルバム、『インヴェイジョン・オブ・プライヴァシー(プライヴァシーの侵害)』のレヴューで、彼女を「新しいアメリカン・ドリーム」だと褒め称えている。ソーシャル・メディアやリアリティ・TVを通じて成功を手にしたカーディは、ソーシャル・ネットワークの荒野で油田を掘り当てたのだ。ゼア・ウィル・ビー・ブラッド。カーディは、まさしく現代のアメリカン・ドリームだろう。元ブラッズの一員で、「血まみれの靴(クリスチャン・ルブタン)」を履いた足で男たちを踏みつけるこの力強いビッチは、しかし、繊細な一面も見せる。ケラーニをフィーチャーした“リング”ではこうだ。「私が先に電話したほうがいい?/決められない/電話したいけど/ビッチにもプライドはある」。フィアンセであり、二人の間に授かった子の妊娠も発表したミーゴスのオフセットの浮気を糾弾するラインも、一つや二つではない。「私には気をつけたほうがいい/何をやっているのかわかっているの?/誰の感情を逆なでしているのか、わかっているの?」(“ビー・ケアフル”)。穏やかではない。

 ジャスティン・ビーバーの『パーパス』やカミラ・カベロの『カミラ』と並ぶような、実に現代的なポップ・アルバムである本作には、親しみやすいメロディがあり、自身のルーツを活かしたトレンディなラテン・ビートがあり、ダーティなトラップ・ビートがある。先のピッチフォークのレヴューにならうなら、「ポップ・ラップからトラップ、バラード、もったいぶったプロムナードまで」をも包括していると言えるだろう。それは、フーディニからグッチ・メインやフューチャーまで、さらにマライア・キャリーを経て、ケイティ・ペリーもテイラー・スウィフトも、カーディはお気に入りのクリスチャン・ルブタンの赤い靴底で踏みつけているということだ。ここには(自覚的か無自覚的か)フェミニズムがあり、リアリティ・TVとインスタグラムがあり、恋心とジェラシーがあり、アルコールとセックスがあり、ラップ・ミュージックの典型的な成功物語がある。なんとも心強いではないか。あくまでもダーティなバッド・ビッチとして、不遜なハスキー・ヴォイスをもってして、カーディ・Bはアメリカン・エンターテインメントの頂点に躍り出た。

NRQ - ele-king

 「Retronym(レトロニム)」とは、元来あった概念や事物を、後に出現した同様のものと峻別するために生まれた表現のこと。例えば、音楽コンテンツのリリースにおけるデジタル配信が定着してからのちは、それまで単純に「リリース」と言われていた発売行為を、CDやレコードなどの有体物をもってする場合は「フィジカル・リリース」と派生的に言い換えることなどがわかりやすい例だろう。他にも、カラープリント技術発展後に、それまで単に映画といっていたものを「モノクロ映画」としたのも代表的なレトロニムの例。
 
 では一体、音楽における「レトロニム」とはなんだろう。それは、音楽ジャンル一般を概念化して言語で語る際には、頻出するものとなる。ポピュラー・ミュージックが発展していくときに逆説的に現れた様々なレトロニム。ガレージ・パンク、初期パンク、オーセンティック・スカ、戦前ブルース、ルーツ・ロック、オールドスクール・ヒップホップ。そしてそもそも、19世紀産業革命以降の大量消費社会出現後に現れた商業音楽とそれまでの音楽を隔てる「クラシック」という語がそうだし、「ワールド・ミュージック」という80年代以降に頻用されるようになった語も、かつては単に「世界の何処かの音楽」としてあったものがグローバリゼーションの発展により逆説的に発見され周縁的存在として再定義されたレトロニムであるといえるかも知れない。

 しかし。NRQ=New Residential Quartersとは、翻訳すればすなわち「新興住宅地」。新興住宅地とはまさに、サバービアの住宅地を思い起こさせる通り、旧来の都市中心部における住宅地の周縁に新たに開発された居住地のことであり、いわゆる「新語」とされるもの。即ち今回バンドが4枚目のアルバム・タイトルとして掲げた「レトロニム」の、全き反対概念に思われる。
 「ブルース、カントリー、ジャズなど過去の音楽遺産を継承するように様々な要素を消化し、オリジナルな編成で演奏する個性派集団」という、これまでバンドに与えられがちだった牧歌的評価とこのバンド名が孕むイメージの齟齬は恐らく、牧野琢磨氏の頭の中には活動当初から予測されていたものだったろう、と彼本人を知る私などは推察するのだけれど、ここへ来て4枚目のアルバムに「レトロニム」というタイトルを付けたことは、そうした齟齬の実相に自ら分け入っていくような勇敢さ(もしかしたら諧謔なのかもしれない……)を強く感じるのだった。
 だからこそ、この挑戦的とも言えるタイトル「レトロニム」について、さらに厳密に考えることこそ、ここから聞こえてくる彼らならではの音楽観を我々に引き寄せる正道であるとも思えるのだ。

 テクノロジーの発展やイノベーションによる後続の概念の提出により、それまで一般的に使われていた概念は、時間軸上においてレトロニムとしての語が与えられたときを基点として、過去の側へ意味を伸長する概念となる(「モノクロ映画」というレトロニムは「天然色以前の映画」という意味が与えられる)。しかしながら、語の指示するそういった意味論的レベルとは別の次元では、元来包摂的なものとしてあった概念が「その時点で」「あらたな語」を付与されるという作用がそこにあることに注目したい。この作用こそは、レトロニムが語としては過去向きの意味性を帯びるのとは無関係に、むしろ極めて現在的視点からの行為に引き起こされたたものであると言える。言い換えるなら、その指し示す意味内容に関わらず、レトロニムもまた、その時に生まれる「新語」であることに変わりはないのである。
 そして、この「新語」たるレトロニムを発生させるパースペクティヴこそが、現在から過去を眺める視点すなわち歴史意識と呼んで差し支えないだろう(現在のスマホの存在を知らない人はどうしてかつてのケータイのことを「ガラケー」と呼びかえるだろうか)。
 要するに、いまこの時点で獲得される視点をもってして、過去を位置づけようとするという意識がなければ、そもそもレトロニムは生まれてこない、という当たり前の事実を述べているわけだが、そうしたパースペクティヴと、逃避的懐古主義のようなものがいかに簡単に混同されやすいか、という問題もあるから話は単純でない……。ジョン・コルトレーンによる60年代のカルテット吹き込みを礼賛すること自体には、いわゆる懐古主義といったものは本来備わっていない。しかし、それに耽溺し、耽溺する自己が歴史意識を剥奪されたときにこそ、現代の視点から浮遊した懐古主義は顔を出してくる(「たかが趣味程度にそんな区別は不必要では……しかもインターネット空間において過去の遺産へのアクセシビリティが格段に向上して享受したいものをそれぞれが享受できるこの2018年に……」という議論もまあ、ある面では説得的かもしれないのだが、歴史意識を持ちつつ過去のものを愛でている健全な人たちが、単なるノスタルジストと混同されているのを耳にしたり目にすると心が痛むものだ)。
 やや脱線してしまったが、要するに、懐古と回顧は全く違うものなのだ。
 レトロニムとは、現代に生き、現代からものを見ることができる者のみが指し示すことのできる概念なのである。

 広範に渡る音楽知識、パースペクティヴ、そして膨大な演奏経験を持つ牧野琢磨、中尾勘二、服部将典、吉田悠樹の4人による2015年以来にして4枚目となるアルバムは、そんなレトロニミスト(この言葉いま作りました)集団の面目躍如というべき内容となっている。
 それぞれが腕っこきであることは勿論のこと、ここではエマーソン北村、おきょん、王舟、谷口雄というゲストプレイヤーが参加し、これまでの彼らの作品中でもっとも華やぎを感じる作品だ。
 昨年2017年にソロ・アルバムもリリースし高い評価を得た吉田による二胡の演奏は、よりスポンテニアスさを増しつつ、吉田以外にそのような奏法の者が見つからないという性質をもってして、この音楽に圧倒的且つ説得的な記名性を与える。そしてやはりテクスチャー上においても吉田が紡ぎ出す(二胡の演奏風景というのは本当に何か紡ぎものの手仕事を行っているように見える)サウンドこそが、NRQらしさの決定的要素であることを実感させてくれる。
 中尾勘二によるドラム・プレイは、「味わい」ということばをそのまま音素に置き換えたような変わらずの滋味とパンキーなチャームを振りまきながらも、意外な(?)ほどシャープ&ファンキーに疾走する時間もある(とくにM1“ADHD”の後半部やその名も“Funky Solitude”と名付けられたM5など)。また、今回はホーン・アレンジメントで遠藤里美が迎えられているが、中尾は一人多数の管楽器を操りそれを多重録音することで、アンサンブル全体のの広がりと彩りも格段に増すことになった。服部によるアコースティック/エレキベースは、トリッキーなプレイを挟みつつも、「バンドらしさ」を下支えする盤石と自信に満ちており、しかも「ベースラインだけを追っていても楽しい」という快楽を聴くものに提供してくれる。また、チェロやバイオリンのプレイによって、バンドのアンサンブルはいっそう豊かになっている。
 そして、何と言っても牧野のギターの卓越ぶりだろう。恐らくいま世界中を探してみたとしても、強い個性を持ちながらもこのようにブルース〜ジャズ〜ロック〜ラテン〜レゲエ etc.を横断するスキルと歴史的視点を獲得しているギタリストは簡単に見つかるものではないだろう。様々なギター演奏に精通していることを伺わせるネッチリとしたオブリガードやジェントル極まりないタッチ。それでいて即興音楽の濃密な「一回性」とも共通するような強烈な個性。ガボール・ザボやラリー・コリエル、マーク・リーボウやビル・フリゼールといった歴史性と革新性を兼ね備えたギタリスト達のプレイを受け継ぐ存在であると言えるだろう。
 コンポーザーとしての各人の魅力も縱橫に発揮される。中尾勘二によるM2“三鷹の人”におる「インストの歌もの」とでも言いたい歌謡曲的メロウネス。牧野作M6“在宅ワルツ”、吉田作M9“ロソロソ”などにおける東京サバービアへの哀感溢れる黄昏のサウダージ感。服部作M7の東ヨーロッパ風洒脱。そして、グルーミーな王舟のボーカルによって幕開けする、牧野の作によるM10“ナイトほ〜ク”の、まるでNRQ版ザ・フー“クイック・ワン”とでもいうべき壮大且つ躍動感に満ちた組曲世界。

 なるほどNRQという集団は、過去の音楽遺産へと愛に満ちたオマージュを捧げている。しかし、プレイにおいてもアレンジにおいても、そしてコンポーズにおいても、確かな歴史意識を持って自らの手でアウトプットする。そこに生まれる作用こそが、レトロニムが生まれる時に起こる作用と同じく、過去の音楽を現在の視点から相対化し、ひいては現在において「新語」を創り出すということそのものなのである、と確信を持って教えてくれる。
 飄々としつつも一筋縄ではいかないこの音楽家集団は、音楽における「新しい」レトロニム作りをせっせと行っている。今2018年、新興住宅が建つここ東京郊外でしか出来ないやり方、そして見方で。

 〈φonon (フォノン)〉は、EP-4の佐藤薫の〈SKATING PEARS〉のサブレーベルとして2018年に始動した、という話はすでに書いた。いまのところEP-4 [fn.ψ]『OBLIQUES』、A.Mizukiのソロ・ユニットで、ラヂオ ensembles アイーダ『From ASIA (Radio Of The Day #2)』という2枚のリリースがある。
 で、このたび第二弾のリリースありとの情報。

 そのひとつは、家口成樹セレクトのエレクトロ・コンピレーション、『Allopoietic factor』。いま最高にクールなエレクトロニック・ミュージック/ノイズが収録されている。そして、もう1枚は森田潤の初ソロCD『LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE。美しくも不気味な音を巧みにコラージュさせる音響センスは秀逸で、ユーモアもある。
 ぜひ、チェックしてくれ。
https://www.slogan.co.jp/skatingpears/

6月15日(金) 2タイトル同時発売!!

アーティスト:Various Artists
アルバムタイトル:Allopoietic factor
発売日:2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-003
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

01. Bark & Pulse / ZVIZMO
02. Suna No Onna / Turtle Yama
03. Fuzzy mood for backpackers / bonnounomukuro
04. Crepuscular rays / Singū-IEGUTI
05. Exocytosis / Yuki Hasegawa
06. Boiling Point / 4TLTD
07. Armor / Natiho Toyota
08. Sairei No Odori / Black root(s) crew
09. IN A ROOM / Radio ensembles Aiida
10. Proto-Enantiomorphous / EP-4[fn.ψ]

アーティスト:Jun Morita
タイトル:LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE
発売日: 2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-004
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

トラックリスト
01. Le Pli II
02. Poesia I
03. L'Arte Dei Rumori Di Morte
04. Corpus Delicti
05. Acephale Extravaganza
06. Poesia II
07. Live at Forestlimit,Tokyo 20-Jan-2018

Smerz - ele-king

 クラフトワークとFKAツイッグスが出会ったような……ラジオでたまたま彼女たちの“Worth It(価値がある)”が流れたとき、ぼくはこの音楽にいっきに持っていかれた。ジェシー・ランザDJラシャドからの影響を明かしているようだけれど、“Worth It”はランザよりもずっと尖っている。ビートは重くインダストリアルな質感で、骨太で、歪んでいる。2000年代初頭のオウテカのように歪んでいるし、寒々しくもダークで、歌はサイボーグと化している。ノルウェー出身のふたりの女性によるスマーズ、その8曲入りのEP(!)は、なかなか面白い。“No Harm(傷つけない)”は、触っただけで切れてしまいそうなカミソリのごときビートを有するR&Bで、“Oh My My”もまたサイボーグが夢見る暗いR&Bで……そのエレクトロニック・ノイズの響きにおいて、スマーズときたら、80年代のサイボトロンがイメージしたような、電子空間において変容する人間の姿が男性であったことに抗議しているかのようだ、と思わず言ってしまうのだった。

 まあ、ぶっちゃけて言えば現代っ子ってことなんだろうけど、“Have Fun(楽しんで)”という表題曲もまた暗く沈んだ曲で、恐怖をかき立てるような、セイバース・オブ・パラダイスめいたトリップホップ調だったりするのだが、うまい具合にお洒落にまとめている。“Half Life(半減期)”と“Fitness(フィットネス)”は明らかにシカゴのフットワークからの影響下にある曲だけれど、前者においては感情が排除された抑揚のない歌と悲鳴にも似た男の声がミックスされ、後者においては歌は削除されている。じつに思わせぶりな曲を作っているわけだが、ぼくのような人間はこうしてすぐに引っかかる次第なのだ。じっさいのところ、インスト曲の“Fitness”を聴いていると、彼女たちは商業主義おいて武器となる「女性の歌声」を放棄してもやっていけるんじゃないかと思うのだが、まあ、〈XL〉がそうはさせないだろうね(笑)。

 捻りのあるアートワークも悪くはない。露光不足の、暗い影におおわれた笑顔の少女たち。だが、『スターウォーズ』のレイア姫には心して話せる女友だちがなぜいないのかという20世紀の違和感はここにはない。

王舟 & BIOMAN - ele-king

 窓からはそれほど強くない、だがぬくもりに溢れた陽光が差し込んでいる。猫がひなたぼっこをしている。コーヒーの香りが一面に広がる。談笑が聞こえる。喫茶店あるいはちょっとした食堂の昼下がり、それも見知らぬ人ばかりが集う都心のそれではなく、訪れる者たちがみな顔見知りであるようなローカルなそれ。もしかしたらその場では陽気なギターの弾き語りなんかもおこなわれているのかもしれない。これはきっと、気心の知れた友人たちと楽しいひとときを過ごすための音楽なのだと思う。

 今年に入って起ち上げられた〈felicity〉の「兄弟」に当たる新レーベル〈NEWHERE MUSIC〉は、「エレクトロニック・ライト・ミュージック」すなわち「電子的な軽音楽」を標榜している。その栄えある第1弾リリース作品に選ばれたのが、これまで〈felicity〉から作品を発表してきたシンガーソングライターの王舟(NRQの新作にも参加)と、neco眠るや千紗子と純太での活動でも知られるBIOMANによる共作『Villa Tereze』である。エンジニアを務めるマッティア・コレッティは、2006年にイタリアのファエンツァでライヴ録音されたダモ鈴木ネットワークのアルバム『Tutti i colori del silenzio』にも参加したことのあるギタリストで、山本精一や古川日出男、オシリペンペンズらとの共演歴もある。その彼がEP「6 SONGS」でコラボした王舟と来日ツアーをおこなった際に、大阪でBIOMANと出会ったことからこのアルバムの制作がはじまったのだそうだ。王舟とBIOMANのふたりは昨年末、コレッティを訪ねてイタリア中部の小さな町まで足を運び、そこで本作が録音されることとなった。

 その町の名前が冠された冒頭の“Pergola”がこのアルバム全体のムードを決定づけている。その穏やかなギターの調べはどこまでも聴き手に安心感をもたらすが、背後で繰り広げられるさまざまな具体音の饗宴が、たんに本作がひとりきりのメディテイションを目的としているわけではないことを告げている。その姿勢は4曲目“Ancona”のコイン(?)や7曲目“Falconara Marittima”のニワトリ(?)のような微笑ましい種々の具体音に、あるいはギターとドラムがポストロック的な展開を聴かせる8曲目“Senigallia”の、ひねりの加えられたリズムにも表れている。心地良さの追求と手の込んだ音選び、生演奏と電子音との幸福なる融合。アルバムはそして、冒頭と同じ旋律を奏でつつも具体音を排除したギター1本の小品“Tereze”で幕を閉じる。それら本作に仕込まれたギミックの数々は、ミュジーク・コンクレートやアンビエントの手法がけっしてマニアックな好事家だけのものではなく、ふだんJポップにしか触れる機会のないようなリスナーたちにも開かれたものであることを教えてくれる。

 さまざまな趣向を凝らす一方で、どこまでも人間の持つ温かな側面を伝えようとするこのアルバムは、たとえば友だちのほとんどいない僕にとっては、けっして訪れることのない幸せな語らいの時間を擬似体験させてくれる、VRのような作品である。この軽やかにして喚起力豊かなアンビエント・ポップ・サウンドに、あなたもひとつ身を委ねてみてはいかがだろう?


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026