Home > Reviews > Album Reviews > XOR Gate- Conic Sections
昨年2017年はドレクシア関係の動きが目立った年であった。まず、ドレクシア=故ジェームス・スティンソンの変名ユニット、ジ・アザー・ピープル・プレイスの『Lifestyles Of The Laptop Café』が〈Warp〉からリイシューされた。さらにはドレクシアの『Grava 4』(2002)もリイシューした。そうかと思えば元メンバーのジェラルド・ドナルド(とミカエラ・トゥ=ニャン・ バーテルによる)の別ユニット、ドップラーエフェクトが10年ぶりのアルバム『Cellular Automata』を発表する。この作品はオーセンティックなシンセ的な音響を生成・展開しつつも、単なる懐古主義に陥ることなく、現代のエレクトロニクス・ミュージックのモードへと見事に接続されていた。
https://open.spotify.com/album/6Qf0Ot0oJb32jhtBl4L4Ol
そして2018年、ジェラルド・ドナルドはXOR Gate名義でアルバム『Conic Sections』を送り出す。リリースはベルリンを拠点とするレーベル〈Tresor〉からである(ちなみに〈Tresor〉はSecond Womanの新作EP「Apart / Instant」もほぼ同時期にリリースしているのでそちらもぜひ注目していただきたい)。
https://open.spotify.com/album/3XwsVsVnnRKB3HnKNq3sAd
ここで重要な点がある。先に記したようにジェラルド・ドナルドは2017年にドップラーエフェクト名義で『Cellular Automata』をベルリンの〈Leisure System〉からリリースしているが、本作『Conic Sections』もベルリンのレーベルからのリリースだ。つまりドイツ発の音楽でもあるのだ。
その音楽と音響性にはドイツという電子音楽史における重要な土地への深いリスペクトを感じさせるものだ。端的にいえばどこかに(微かに)クラフトワークの影響を感じるのだ。私は不思議とクリス・カーターの新作との親近性を(あちらは多様な短い曲を集めたものだが)聴きとってしまったのだが、思い返してみればクリス・カーターの新譜もクラフトワークの影響を強く感じさせる作品である。つまり、フォームは違えども、どこかドイツ電子音楽への憧憬を強く感じ取れるのだ。これは現在の電子音楽がクラフトワーク的なるものに遡行しつつ例としても貴重な例ともいえよう。これはもちろん原型への回帰ではない。そうではなく、原型の拡張とでもいうべきものだ。
では、本作における「新しさ」はいかなるものなのか。なぜなら、このアルバむは単なる「懐古」的な作品ではないからだ。クラウトワーク・リヴァイヴァルでもデトロイト・リヴァイヴァルでもない。同時代的な音響のアトモスフィアが濃厚に漂っているのである。それはいかなるものか。
この『Conic Sections』は、『Cellular Automata』を継承するようにビートレス30分1トラックの長尺曲でもある。とはいえドローンやアンビエントのように一定の音響的な持続が変化していくサウンドではない。このXORでは複数(8つ)のサウンド・モジュールが次第に接続され、展開していく構造と構成になっている。音の数学的結晶体を思わせるトラックを形成しているのだ。
まず、ユニット名からしてコンピュータの論理回路のひとつ「排他的論理和演算回路」のことを指しており、本作が極めてマシニックな音楽を目指していることがわかる。じっさい、私はマシンのなかにヒトの心が解体されていくかのような感覚を覚えてしまった。「アンビエント・インダスリアル」とでも形容したいほどに。
しかし同時に、このアルバムの音響には、冷たい鉄の質感に触れたときに感じる独自の「哀しみ」も感じとれた。いわばマシン・ブルースとでもいうべきものである。といってもそれは音階のことではない。デトロイト・テクノを継承する抑圧された(というべきだろう)「感情」の発露といったものだ。いわば機械と心。このふたつの共存と拡散……。
じじつ、冒頭の緊張と柔軟が交錯するシーケンスのトラックから、その機械と人間の交錯が鳴っている。以降、トラックはマシニティックとヒューマニティが交錯するような断続的なシーケンシャルなトーンへと変化し、まるで深海を潜航するようなムードを醸し出していく。持続と変化。接続と融解。対立と交錯。1トラックを通して変化する世界を形成しているわけだ。ビートの粒子が融解するかのごとき音響彫刻的なフォームを生成しているとでもいうべきか(まるでアクトレスの近作やアルカの作品のように……)。物質と粒子のニュー・マテリアル・テクノの実現である。
ジェラルド・ドナルドは、たしかにドレクシアを継承し、デトロイト・テクノの本質を受け継ごうとしている。と同時にエレクトロニック・ミュージックを新しい同時代的な音響体へと結晶させようともしている。そのためにサウンドからビートを融解させ、多層的なエレメントが接続される30分のトラックにする必要があったのではないかと思う。
XOR Gate『Conic Sections』は(2017年のドップラーエフェクトの『Cellular Automat』がそうであったように)、ジェラルド・ドナルドによるテクノロジカルな音響による同時代への研究報告書のようなアルバムである。同時に、この時代の無意識へと拡散する(言葉のない)「詩」のごとき音の結晶体でもある。ヒトとマシンの交錯と融解。その表現の実践と実現において非常に重要なアルバムといえよう。
デンシノオト