「MAN ON MAN」と一致するもの

On-U Sound - ele-king

 いやー、嬉しいニュースですね。かなり久びさな気がします。〈On-U〉がそのときどきのレーベルのモードをコンパイルするショウケース・シリーズ、『Pay It All Back』の最新作が3月29日に発売されます。
 最初の『Vol. 1』のリリースは1984年で、その後1988年、1991年……と不定期に続けられてきた同シリーズですけれども、00年代以降は長らく休止状態にありました。今回のトラックリストを眺めてみると、ホレス・アンディリー・ペリーといった問答無用の巨匠から、まもなくファーストがリイシューされるマーク・ステュワートに、思想家のマーク・フィッシャーが『わが人生の幽霊たち』(こちらもまもなく刊行)で論じたリトル・アックスなど、〈On-U〉を代表する面々はもちろんのこと、ルーツ・マヌーヴァやコールドカットやLSK、さらに日本からはリクル・マイにせんねんもんだいも参加するなど、00年代以降の〈On-U〉を切りとった内容になっているようです。これはたかまりますね。詳細は下記をば。

Pay It All Back

〈On-U Sound〉より、《Pay It All Back》の最新作のリリースが3月29日に決定! リー・スクラッチ・ペリーやルーツ・マヌーヴァらの新録音源や未発表曲を含む全18曲入り! 日本からはリクル・マイ、にせんねんもんだいが参加!

ポストパンク、ダンス・ミュージックなど様々なスタイルの中でダブを体現するエイドリアン・シャーウッドが率いるUKの〈On-U Sound〉より、1984年に初めてリリースされた《Pay It All Back》シリーズの待望の最新作、『Pay It All Back Volume 7』のリリースがついに実現! リリースに先立ってトレイラーと先行解禁曲“Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich”が公開された。

Pay It All Back Volume 7 Trailer
https://youtu.be/Ro8QcLi5azg

Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich
iTunes: https://apple.co/2W5AA6l
Apple: https://apple.co/2R36YD1
Spotify: https://spoti.fi/2DmeqW0

今回の作品にはルーツ・マヌーヴァ、リー・スクラッチ・ペリー、コールドカット、ゲイリー・ルーカス(from キャプテン・ビーフハート)、マーク・スチュワート、ホレス・アンディといった錚々たるアーティスト達の新録音源、過去音源の別ヴァージョン、そして未発表曲などを収録した、まさにファン垂涎モノの内容となっている。また、日本からはリクル・マイ、にせんねんもんだいが参加している。

LPとCDには〈On-Sound〉のバックカタログが全て乗った28ページのブックレットが付属し、デジタル配信のない、フィジカル限定の音源も収録されている。また、アルバム・ジャケットにはクラフト紙が使用された、スペシャルな仕様となっている。

〈On-U Sound〉からのスペシャル・リリース『Pay It All Back Volume 7』は3月29日にLP、CD、デジタルでリリース。iTunes Storeでアルバムを予約すると、公開中の“Sherwood & Pinch (feat. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich”がいち早くダウンロードできる。

label: On-U Sound / Beat Records
artist: VARIOUS ARTISTS
title: Pay It All Back Volume 7
cat no.: BRONU143
release date: 2019/03/29 FRI ON SALE

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10072

TRACKLISTING
01. Roots Manuva & Doug Wimbish - Spit Bits
02. Sherwood & Pinch (ft. Daddy Freddy & Dubiterian) - One Law For The Rich
03. Horace Andy - Mr Bassie (Play Rub A Dub)
04. Neyssatou & Likkle Mai - War
05. Lee “Scratch” Perry - African Starship
06. Denise Sherwood - Ghost Heart
07. Higher Authorities - Neptune Version*
08. Sherwood & Pinch ft. LSK - Fake Days
09. Congo Natty - UK All Stars In Dub
10. Mark Stewart - Favour
11. LSK and Adrian Sherwood - The Way Of The World
12. Gary Lucas with Arkell & Hargreaves - Toby’s Place
13. Nisennenmondai - A’ - Live in Dub (Edit)
14. African Head Charge - Flim
15. Los Gaiteros de San Jacinto - Fuego de Cumbia / Dub de Sangre Pura (Dub Mix)
16. Little Axe - Deep River (The Payback Mix)
17. Ghetto Priest ft. Junior Delgado & 2 Bad Card - Slave State
18. Coldcut ft. Roots Manuva - Beat Your Chest

BOOMBOX&TAPES - ele-king

 時代の速度は速い。20年前は可能性のかたまりみたいに賞揚されてきたデジタル・メディア、いまみなさんが見ているインターネットも、いまではフェイクだ宣伝だバイトニュース(アクセス数稼ぎの扇情的な見出し)だ、とか、眼精疲労にもなるし精神的にも中毒性が高いなどなど、むしろバッドな側面のほうが露呈している始末。そんななかでアナログに脚光が当たるのも無理もないというか。カセットテープ愛好家のための同人誌が刊行されました。同人誌といっても、『BOOMBOX&TAPES』(へのへのもへじPRESS刊)。はA4判型/40ページフルカラーのゴージャスな作り。カセット・テープおよびカセットデッキの紹介があり素敵な写真があり、愛好家たちのインタヴュー記事があります。文字も詰まっているし、ヴィジュアルも豊富で、読ませて見せますよ! 限定500部で、すでにけっこう売れているそうなので、うかうかしていると売り切れてしまうかも。
 ele-kingがカセットに着目したのはちょうどいまから10年ほどまえのUSのインディ・シーンがきっかでした。〈Not Not Fun〉のようなレーベルががしがしカセット作品を出してたし、で、しばらくするとヴェイパーウェイヴが出てきてカセット作品&フリー配信というリリース形態を確立しましたよね。まだまだカセットが衝撃だった時代だけど、いまじゃすっかり普及したというか、アナログ盤ほどじゃないにせよ、少なくともVHSビデオカセットや2HDフロッピーよりは(笑)、ほぼ選択肢のひとつとして定着している感はある。じつはあの当時、カセット作品を聴くためにTAEACのカセットデッキを中古で買ったんですけど、数年まえに壊れてしまったしまったんですよね。買い換えようと思っているうちに、中古のカセットデッキも値上がってしまったみたいで、ぼくはもう1台小さいのを持っているからいいんですけど、カセットの良さってやっぱ音質ですよね。あの音質は、ギガバイトの世界にはないので、音好きのひとはカセット聴いて下さい。新しい世界が広がりますよ~。

へのへのもへじ同人誌
猟奇偏愛同人誌(FUNZINE ABOUT SUPER STRANGE LOVE)
創刊号:BOOMBOX&TAPES
価格 : ¥1,500YEN+TAX(500部限定)


【Featuring】松崎 順一(Design Underground代表)/MAMMOTH(日本シンセサイザーノイズHOPグループ)/Geoff Johnson(ラジカセDr.)/五十嵐 慎太郎(MASTERED HISSNOISE代表)/角田 太郎(waltzオーナー)/赤石 悠(toosmell records代表)/糸矢 禅(LIBRARY RECORDS代表)/草野 象(ON SUNDAYSマネージャー)
【2018年11月12日発売/500部限定/日英バイリンガル原稿】
【体裁】A4オールカラー44ページ(オフセット印刷、無線綴じ)

西暦2018年XXX日本。
マーケティングビジネス、ファストファッション、コンビニ、巨大モールが疫病のように蔓延。かっての拘りのある個性ある店や、その良し悪しを教えてくれたちょっと怖い憧れの店員さんは絶滅し、当たり障りの無いお決まりの接客の顔なしのような店員が大量増殖。その結果、我々の審美眼、美意識、パッションは失われ、優秀な人材は海外に流出する始末...。
その一方で。
入手困難、高額、かさばる、不便、手間がかる無用の長物に価値を見出し、その魅力に憑かれてしまった偏愛家と呼ばれる方々がいる。
我々へのへのもへじPRESSは、
憂いを持って、
現状の日本に対するアンチテーゼとして、
御意見無用!の偏愛家たちのパッションとアティチュード、その物の価値体系を記録する同人誌を創刊する事にした。
記念すべき創刊号はカセットテープとラジカセの偏愛について。
カセットデッキにお気に入りのミックステープを突っ込んで、のんびりとご覧下さい。
その心意気はスペインの諺よろしく
「優雅な生活が最高の復讐である」
でどうぞ夜露死苦。

2018 A.D. XXX JAPAN.
Manual marketing business, fast fashion, convenience stores and giant shopping malls plague the landscape.
Shops with originality have all disappeared with knowledgeable enthusiastic sales staff. They are all replaced by faceless robots who just repeat their routine work.
With them, sense of beauty and passion for good taste are all lost. Gone are the talents who can tell what is good and beautiful.
On the other hand…we know there are ‘’maniacs’’ who cannot help seeing charm and beauty in useless, hard to find, rare and pricey, bulky and inconvenient stuff.
We are launching a fanzine titled HENOHENOMOHEJI-PRESS for those maniacs who don’t give a damn to the mainstream rubbish culture. It is an antithesis to the dominant depressing cultural landscape. Our zine is aimed to record the passion, attitudes and values of the fringe maniacs, just like you.
Our first issue features quirky love for cassette tapes and boom box. Play your favorite compilation tape on your boom box to get the max out of the zine!
As they say in Spain, our motto is ‘’an elegant life is the best revenge’’.
Enjoy your elegant life.


■現在の全国販売協力店 14店舗
@museumshop_onsundays (東京/外苑前)
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Mike - ele-king

 クラインに対するブルックリンからのアンサー……といってしまおうか。19歳でニューヨークの新たな前衛とされているDJブラックパワーことマイケル・ジョーダン・ボニーマは昨年5月に『Black Soap』がリリースされた時はどうしてこんなに騒がれるのかと不思議だったのだけれど、基本的にはリリックに対する評価が大きかったようで音楽だけで判断できるものではなかった。マイクはクラウド・ラップとは「別種のインターネット・スター」とまで持て囃されていたものの、僕は1〜2回聴いて、それきりだった。しかし、その後に〈レックス〉からリリースされた『Renaissance Man』と年末に放たれた『War in My Pen』というミックステープで、今度は音楽的に耳が止まり、しばらくして、ああ、『Black Soap』の人かと気づいた次第である。改めて『Black Soap』のレビューを探してみると、彼の親はナイジェリア移民で、彼自身はニュージャージーで生まれ育ち、母親に連れられて5歳でロンドンに渡り、それまで聴いていたラップにはなんの興味もなかったものがロンドンでグライムと出会ったことから始めてラップに興味を持ったのだという。その時の「自分探し」の過程をそのままアルバムのテーマとしたものが『Black Soap』で、これがどうやら大きな共感を得たということらしい。ニール・ゲイマンの『アメリカン・ゴッズ』にアメリカ人は自分探しをせず、「わかったフリをしているだけ」というセリフがあったけれど、彼はむしろそれを大々的にやったということになる。そして彼の思いはナイジェリアヘと飛び、歌詞も一部はヨルバ語で歌われ、西アフリカで普通に見かける石鹸=ブラック・ソープのパッケージをジャケット・デザインに流用したことも「自分探し」のヴィジュアル展開だと。『Black Soap』に続く『Renaissance Man』ではあからさまに「Why I’m Here」「Rebirth」と言った曲名が並び、そして、後半で畳み掛けるように続くのがクラインを思わせるドローンじみたトラックの連打。これはどう考えてもロンドン滞在中に同じナイジェリア系のクラインと接触があったか、少なくとも音源に感化される機会があったとしか思えない。NHK「たぶんそうだったんじゃないか劇場」なら、そう結論づけるだろう。

 そして『Renaissance Man』ではまだ借り物という感じでしかなかったサウンド・プロダクションが『War in My Pen』では確実に自分のものとなっているプロセスを確認することができる。あからさまにクラインの影響がそのまま出ているトラックは姿を消し、冒頭の「Choco」や「Nothin’ to Me」ではドローンがループされ、シンプルに仕上げられているにもかかわらず、どこにも隙間のない濃密な音の洪水が耳に注ぎ込まれる。「なんでトリップしてるんだい 自分の楽しみを見つけなよ 賢いニガーはガキの言うことなんか聞かない」と歌い出しながら、「grabba」、「October Baby」とサイプレス・ヒルよりもむせ返えるスモーカーズ・トラックで攻め立て、「オレは肺がつぶれるほど吸ってる」とか「害を及ぼすことと吸うことは別なこと」などと続けていく。ずばり「smoke」と題された曲では「Listening to smoke」と感覚的な歌詞を繰り返し、ラップにありがちな虚勢よりも自分がどこにいるかと言うことを繰り返し言葉にしているのだろう。規模は小さいけれどノーネームに近い心象風景を題材にしているのかなと思ったり(そこまで英語やスラングのニュアンスは僕にはわからない。「We was」とかどう訳すねん?)。「NeverKnocked」や「Rottweiler」で使われている強烈なグリッチ・サウンドはおそらく2年前にグリッチ・シャンソンのネヴェー・ゲット・ユースド・トゥ・ピープルの影響で流行ったティック・トックのグリッチ・チャレンジをヒップホップ的に展開したものなのだろう。これらはあまりにもサイケデリック。そして、クラインよりもどこか陽気な感じがとてもいい。

 ロンドンでグライムに感化されたマイクは、アメリカに戻ってからスラム(sLUms)というポッシを結成している。ゼロ年代のヒップホップはグループが成り立たず、50セントやエミネムと行ったソロMCの時代だと言われていたけれど、この10年はそういったソロMCがゆるくつながっていたという印象があり、ロサンゼルスのオッド・フューチャー、ニューヨークのエイサップ・モブ、そして、エイサップ・モブとは抗争の相手と化してしまうフロリダのレイダー・クラン(スペースゴーストパープ)が個性的な若手を続々と送り出してきた。ヒップホップに興味を持ったマイクも10歳を過ぎた頃にはオッド・フューチャー(のとくにアール・スウェットシャツ)に強く影響を受けたと語っており、シックスプレスやキング・カーター、メイソン、ジャズ・ジョーディといった6人の迷子が一緒にいることで死が身近にある環境でも音楽によって自由をつくりだすことができるのだという。彼らは政治的な見解が一致し、初期には社会的な不安を、最近では希望をラップし始めている。そう、「Like My Mama」はドン、ドンというドラムの音だけで別世界に連れて行かれる。これに変調された声が蚊のようにクルクルと宙を舞い、「PRAYERS」ではスクリュードされたゴスペルのコーラス、「UCR」はまさにクラインへのアンサーとしか思えないドレムレスの展開に突入し、「Red Sox;babylon」に橋渡しされる流れは鳥肌もの。リル・Bとはかなり仲がいいという噂もなるほどという感じでしょうか。リー・ペリーやマッド・プロフェッサーのファンもこれは唸るんじゃないかな。峠を越えて後半4曲は少し落ち着いた展開に戻り、歌詞も真実だとか歴史といった社会派のニュアンスを醸し出すものに。最後にそして、人生に対して妙に弱気な「For You」ですべては閉じられていく。嫌な終わり方というほどではないけれど、それこそ煙がどこかにかき消えてしまうような感触が残り、夢でも見ていたような気分に。

Anderson .Paak - ele-king

 〈ストーンズ・スロウ〉の所属アーティストでもあるナレッジ(Knxwledge)とのユニット、ノーウォーリーズ(NxWorries)のシングル曲“Suede”のスマッシュヒットをきっかけに、ドクター・ドレーの16年ぶりの新作となったアルバム『Compton』に大抜擢され、その後、ドクター・ドレーのレーベルである〈アフターマス〉との正式契約を経て、ついにリリースされたアンダーソン・パークのニュー・アルバム『Oxnard』。『Venice』、『Malibu』に続く、通称「ビーチ・シリーズ」の最後を飾る作品であるが、今回はあえて彼自身の出身地をタイトルに冠しているだけに、過去2作とはまた違った特別な意味合いを持つ。
 ドクター・ドレーがエグゼクティヴ・プロデューサーおよびミックス担当として全面的に関わっている本作であるが、表面的には参加プロデューサーの構成であったり、ゲスト勢がこれまで以上に豪華なメンツであったりといった違いはあるものの、歌とラップを巧みにミックスさせるアンダーソン・パークのヴォーカルを、ウェストコースト・スタイルなヒップホップやファンク・サウンドで彩るという、従来の音楽的な方向性は変化していない。しかし、そこはやはり、これまで様々なアーティストと共にヒット作を生み出してきた、手練れのドクター・ドレーが参加したことによる影響は、このアルバムの至る所に確実に現れている。
 ブラックスプロイテーション・フィルムを彷彿させるジャケット・カヴァーのイメージの通り、70年代テイストなサウンドに乗ってアンダーソン・パークのラップとヴォーカルがスリリングに交差する“The Chase”で幕を開け、そこから先行カットともなった3曲目の“Tints”まで一気にアルバムは進行する。プロデューサーとしてアンダーソン・パーク本人に加えてサーラーのオマス・キースも参加した“Tints”は、『Compton』以来の共演となるケンドリック・ラマーをフィーチャーし、さらにサウンドも生楽器をふんだんに使用したブギー・サウンドということもあり、皆が思い描いていたであろう期待通りのダンス・チューンとなっている。しかし、この曲に続くドクター・ドレーがプロデューサーを務める“Who R U?”では、変則的なビートの上で濃厚なファンクが全面に開花し、一気にサウンドのスタイルが変化。ちなみにドクター・ドレーがプロデューサーとしてクレジットされているのは、この曲に加え、自らラップも披露している“Mansa Musa”、Q・ティップもプロデューサーとしている名を連ねている“Cheers”、さらにボーナス・トラックの“Left To Right”の4曲のみだが、どの曲も実にキャラが立っており、アルバムの流れの中で重要なポジションを占めている。もちろんどのトラックもドクター・ドレーが一から作ったものではないであろうが、トラックの最終的な決定権を彼自身が持つという意味では、その耳は常に一貫している。ちなみに“Left To Right”ではベースにサンダーキャット、コーラスとしてバスタ・ライムスがひっそりと参加しているのだが、こんな組み合わせを実現できるのもやはりドクター・ドレーならではだろう。
 前述のケンドリック・ラマーを筆頭にプッシャ・T、J・コール、Q・ティップ、BJ・ザ・シカゴ・キッドなどそうそうたるメンツがフィーチャリングされているが、アンダーソン・パークとの組み合わせの妙という部分も含めて、いずれもクオリティは高い。なかでもケンドリック・ラマーなど〈TDE〉作品にも多数参加してきたジェイソン・パウンズがプロデュースを手がける“Anywhere”は、ゲストのスヌープ・ドッグが見事なハマりっぷりで、ウェストコースト色の濃い最高のメローチューンに仕上がっている。また、“Anywhere”では女性コーラスによるワン・ウェイ“Cutie Pie”のフレーズもひとつの聞き所であるが、女性ヴォーカルの使い方が非常に秀逸なのも本作の特徴だ。特に1曲目の“The Chase”でもクレジットされているシンガーのカディア・ボネイと、“Mansa Musa”にてドクター・ドレーと共に参加しているココア・サライのふたりに関しては、ほとんどの曲でいずれか片方がコーラスでも参加しており、このふたりの存在が作品に豊かな彩りを与えているのは間違いない。
 と、ここまで書いておきながら、本作の評価は前作『Malibu』と比べて、残念ながらそれほど高くはない。傑作と評された『Malibu』に続く作品であり、さらにドクター・ドレーがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたことで期待値が非常に高まっていたがゆえに、その反動とも思えるが、個人的には十分に期待の水準を超えた作品である。もちろん、前作における“Come Down”や“Am I Wrong”のようなパンチ力のある曲がもっとあればこの作品の評価もまた変わったであろうが、しかし、アルバム全体の構成力なども含めて、完成度は非常に高い。今後もドクター・ドレーのもとで、アンダーソン・パークがアーティストとしてどのように成長していくかが楽しみだ。

ALTZ - ele-king

 大阪のコズミック大将ALTZによるバンド・プロジェクト、ALTZ. Pがいよいよアルバムをリリースする。ヌケの良いシンセベースによる艶めかしいファンクからはじまる『La Toue』と題されたそれは、大阪独特のいかがわしいサイケデリアがまばたきしたとたん崇高に見え、しかし目をこすった途端バカバカしく見えてしまうという、腐食性と精神性をかねそなえたキッチュなリアリズムと幻想を展開する。素晴らしい女性コーラス隊はときにソウルフルで、鬼才Pulseman、元NEWEST MODELのドラムスMau&ベースのシェイク吉村の叩き出す中東ディスコ・ビートに酔いながら、リスナーはいつの間にか昇天するでしょう。
 日本の土着性をどう切り捨て/取り入れるかという点では、食品まつりやGroundなんかとも共通する志向があり、幻想的な冒険は、クラブ・カルチャーには興味ないリスナーをも踊らせるでしょう。ぜひぜひ、チェックしてください。ピース。


ALTZ. P
La Toue

ALTZMUSICA
https://www.altzmusica.com/

My Penis is Made of Dogshit - ele-king

 ウータン・クランの『Once Upon A Time In Shaolin』は音楽の大量消費に抵抗するため1部しかコピーがつくられず、これが美術品としてオークションにかけられるというリリース形態を経たのち、2億円で競り落とされたことはヒップホップ・ファンならよく知るところだろう(複製をつくってもいいのは88年後だとか)。誰も聞いたことがないから定かではないけれど、同作にはシェールのようなミュージシャンだけでなくFCバルセロナのサッカー選手だとか、様々なゲストが参加しているらしく、174ページに及ぶブックレットも付いているという。ファレルの曲が1億円で売り買いされていることを思うと2億円というのは意外と安いのかなとも思うけれど、これを競り落としたのはマーティン・シュクレリという人物で、『Once Upon A Time In Shaolin』を競り落とした翌年に証券詐欺罪でFBIに逮捕され(懲役7年)、彼が経営する製薬会社が開発した薬の製造権をあまりにも高く設定したことで「アメリカでもっとも憎まれている男(the most hated man in America)」と呼ばれる起業家である。高校中退以降の学歴も定かではなく、その後はトレーダーたちが興味を惹かれるエピソードにも事欠かない。「強欲の典型(poster child of greed)」を自称しながら、バーニー・サンダースの思想には共鳴しているとして多額の寄付も行っている。シュクレリはカニエ・ウエストによる形を変えていくアルバム『The Life of Pablo』も10~15億円で単独所有権を得たいと持ちかけたそうで、先の大統領戦においてはもしもヒラリー・クリントンが当選すれば『Once Upon A Time In Shaolin』を叩き割り(このアルバムにはバック・アップ・データが存在しない)、ドナルド・トランプが当選したらフリーダウン・ロードですべて公開すると発表したものの、実際にトランプが当選しても1曲しか公開はしなかった。この、あまりに不可解で現代的な人物をテーマにしたのがマイ・ペニス・イズ・メイド・オブ・ドッグシット(あえて訳しません)の新作である。ニューヨークを起点とするロー・ファイ・ジャズ・バンド……とひとまずは分類しておこう。

 前衛音楽にあまり理解がない僕としては彼らの初期作は正直、聴くに耐えない。ガチャガチャいってるだけでうるさいだけだし、中には1秒しかない曲とかはやめて欲しいし。ただし、タイトルにはユニークなものが多く、「イエスは遠くで高笑い」「巨大な皮下注射器によってソドム化されつつ、銃口でサンタクロースを楽しませなければならないG・G・アリン」「君はこの曲をスポティファイで見つけることはできない」「グレン・フライは死んだけど、イーグルスのその他大勢はまだ生きている」と挑発的なものしかなく、曲名の90%以上にはブラック・メタル仕込みの「サタン」という単語が入っている(「ケンドリック・ラマーは退屈だ」というのも悪魔主義に由来するのだろう)。あるいは『Satan's Pregnant Again』がいきなり女性ヴォーカルをフィーチャーしたフォーク・ソング集だったりして途中から音楽的脈絡もなくなってしまい、2013年に『The Essential My Penis Is Made Of Dogshit』として初期作をまとめた後、現代音楽のカヴァー集『My Penis Is Made Of Dogshit Plays The Modern Classical Greats』をリリースしたあたりから様相が変わりはじめる。同作の1曲目はジョン・ケージでおなじみ“4分33秒”で、しかしこれは無音でもなんでもなく、2曲目のテリー・ライリー”In C”もだいぶ前衛的に崩していて、どことなく昨今のミュジーク・コンクレート回帰をバカにしているムードが漂いはじめると、ギャビン・ブライアーズ”Jesus' Blood Never Failed Me Yet”、スティーヴ・ライヒ”come out”と現代音楽を次から次へとスカムでトラッシーな世界観へと投げ込んでいく。そして、トニー・コンラッド”Early Minimalism”はややシリアスながら、ラストの“The Sinking of Titanic”ではついに奇妙なまでの抒情さえ立ち上がってくる。ロシアで新たに起きているナショナリズムの台頭を扱ったチャールズ・クローヴァーによる著作のサウンドトラックだという『Santa Gets An Abortion』ではクリスマス・ソングや「禁じられた遊び」などポップ度を増し、一見正統派のジャズに取り組んだ『Satanic Jazz』にはもはや戸惑うしかない。そのようにして少しずつ存在感を高めていった時期に平行して勝手に『LateNightTales』と題してロバート・ワイアットやハイプ・ウイリアムズ、カエターノ・ヴェローゾやオノ・ヨーコの曲を配信したり、同『Vol. II』ではペンギン・カフェ、カン、ビル・ドラモンド、チャーリー・パーカーをピック・アップし、後にはやはり勝手に『DJ-KiCKS』と題してアクトレスやムーディマン、マウス・オン・マースやダイアナ・ロスの曲をDJミックスしてバンドキャンプに上げているのは大丈夫なんだろうかという心配も。スポティファイにはこの年末にSZAのデモやクイーン・カーターの名義でビヨンセの曲がありもしないアルバムとしてアップされて騒ぎとなったばかりなので、ストリーミング時代における著作権をどう考えるかというアート的な問いかけなのかもしれないけれど(?)。

 そう、2015年にリリースされた『Anal Fissures』は酔っ払いの鼻歌のような「悪魔にはお酒が必要」で始まり、アートといえばなんでも許されるのかというような曲が並び(つーか、基本的には会話ばっかり)、2016年の『Eternal Cuck』ではネオ・アコとスカムのクロスオーヴァーへと舞い戻り、この人たちのやりたいことはどうもわからないと思っていたところにフィジカル・オンリーでリリースされた『The Crucifixing Aidsrape of Martin Shkreli』がとんでもなかった。イントロとアウトロのようにして短い曲「マーティン・シュクレリの悪魔的な呼び出し」と「マーティン・シュクレリの愉快で凄絶な死の後に訪れる世界の治癒」が置かれてはいるものの、メインとなるのは80分近い「マーティン・シュクレリの命運が尽きる時、6台か7台のピアノを使って悪魔がマーティン・シュクレリを磔にする」で、これはタイトルにある通り、複数のピアノが美しくもどこか不協和音を響かせながら、不条理なムードを延々と奏で続けていく。いわゆる無調音楽というやつながら、時にドラマティックな高揚があり、めくるめく高音の乱舞にはシェーンベルグがバリアリック・ミュージックを作曲したようなイメージの退廃と狂気が横溢し、先にあげた『DJ-KiCKS』に“スエーノ・ラティーノ”のデリック・メイ・リミックスをミックスしていたことがなるほどと思えるような曲になっている。それこそパク・チャヌクの作品に通じている方はオムニバス映画『美しい夜、残酷な朝』で彼が展開した拷問シーンの美しさを想起していただきたい。指を一本ずつ切り落とされるプロセスにどうしようもなく見入ってしまう、あの美意識の強さと正気を捨てた正義の恐ろしさ。あれがそのまま音楽になっているような飛躍がこの曲には宿っている。そして、流れるような演奏は最後にディレイを効かせて、まるでスクリュードされたようなエンディングへともつれ出していく。かつてパット・マーラーはインディグナント・セレニティの名義でワーグナーをスクリュードさせ、思いもよらないアンビエント・サウンドを導き出したものだけれど、この曲もまたそうした種類の発明に近いものだろう。それにしてもこれまでさんざん悪魔だ、サタンだと悪ぶってきた連中がマーティン・シュクレリをヒューマン・ガービッジト呼び、富裕層に対する怒りをここまで燃え上がらせるとは。もしかして世界はフランス革命前のムードなんでしょうか(?)。

 ちなみに、このアルバムは「ニューヨークと世界の衰退を代表するクソ野郎に対する純粋な憎しみ」を表現したものであり、配信はなく、CDの収益はすべてマーティン・シュクレリとは対立するライフスタイルのために使われるとのこと。歌詞ではシュクレリの電話番号と住所が読み上げられ、アルバム・タイトルにあるAidsrapeなどという単語は存在しない。

ジム・オルーク - ele-king

 ジム・オルークはいかなる音楽ジャンルもマスターできる人だと立証する必要がもっとあるとしたら、アンビエント/エレクトロニック音楽に焦点を絞った新レーベル〈ニューホェア・レーベル〉から6月にリリースされた『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』は確実にその証拠をもたらしてくれる1枚だ。豊かな質感を備え、ときに驚くほど耳ざわりなサウンドから圧倒的で不気味な美の感覚を作り出す音楽作品『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』は、パワフルで心を奪う。

 そのアルバムをライヴ・パフォーマンスへと置き換える行為には常にチャンレジが付きまとうもので、というのもライヴ会場のリスニング環境次第でその音楽経験も変化するからだ。エリック・サティが開拓しブライアン・イーノによって統合された本来のアンビエント・ミュージックは「音楽的な家具」――すなわちその聴き方に特定のモードを押し付けてこない音楽だった。しかし、数多くの観衆がひとつのホール内に囲い込まれ、立ったまま、ステージを見つめながらの状態で集団としてアンビエントのパフォーマンスを体験するというのは、そうしたライヴ環境そのものの性質ゆえに、音楽をとある決まったやり方で味わってくださいと求められることでもある。
 
 それだけではなく、2年越しでまとめられ、『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』を形作っていくことになった繊細にバランスがとられたテクスチャーと音の重なりとを、このライヴ・パフォーマンスがそっくりそのまま再現するはずがない。ジム・オルークのようなミュージシャンは、いったん自分の中から外に送り出してしまった作品を再び訪ねたり再構築しようという試みくらいでは満足できない、変化を求め続けるアーティストである点も考慮に入れるべきだろう。そもそも、彼のおこなったアルバムのライヴ解釈の演奏時間はCD版の倍の長さであり、ルーズな構成の中に新しいサウンドやアイディアを盛り込みつつ、それでもアルバムに備わっているのと同じ音響面での文法のいくつかはちゃんと維持している、そういう内容なのだから。

 アンビエント・ミュージックの本質はロックのリズムを否定するというものではあるが、『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』には特有のリズムがあり、完全な静寂の瞬間とは言い切れないものの、それにかなり近いものによって句読点を記されながら、そのリズムは満ち欠けしていく。アルバムにはキーとなるふたつの静止場面があり、そこで聴き手は可聴域のぎりぎりのところで音や振動波を探しまわることになるのだが、音楽はごく漸次的で慎重なペースでもってしか耳に聞こえるレヴェルにまでこっそりと忍び戻ってはこない。ライヴの場でも、同様に静寂がたゆたうプールふたつの存在がパフォーマンスの構成を定義するのを助けていた。それでも会場のウォール&ウォールに訪れたそうした静寂の瞬間は、スタジオに生じる漠たる静寂にはなり得ない──それは屋根で覆われたコンクリートの箱の中にめいっぱい詰まった、たくさんの押し黙った身体が懸命に息をひそめようとしている、そんな場に生まれる静けさの瞬間だ。

 音源作品としての『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』とオルークがしょっちゅうやっている「スティームルーム・セッションズ」のオンライン・リリースとの関係が、少なくとも同アルバムに何かしらの痕跡を残しているらしきことは、オルークが「スティームルーム」で発表されたもののいくつかはある意味『スリープ・ライク・イッツ・ウィンター』の「できそこねたヴァージョンなのかもしれない」と示唆していることからもうかがえる。今年6月にあのアルバムが発表されて以来、「スティームルーム」からは他にもう2作が浮上してきているし、これらの新音源に備わった遺伝子が、音楽をまた新たな何かに変容させつつあるという印象を抱かされる。そこから生まれるのは刻々と変化する奇妙な日没、ぼんやりとした、歪んだ「蜃気楼(Fata Morgana)」(※)が溶け出し、彼方に浮かぶサブリミナルな拍動へと組み変えていくようだ。

※筆者補遺=Fata Morganaは蜃気楼(訳者註:アーサー王物語に登場する魔女・巫女Morgan le Fay=モーガン・ル・フェイにちなみ、イタリア読みがファータ・モルガーナ。水平線や地平線上に見える船や建物などの「上位蜃気楼」を意味する)を意味する言葉だが、このパフォーマンスとも関係がある。オルークの演奏中、その背景には異星の景色っぽく見える歪曲されたヴィデオ・プロジェクションが流れていたのだが、友人はその映像の元ネタはヴェルナー・ヘルツォークの映画『蜃気楼(Fata Morgana)』(1971年)ではないかと指摘していた。


Jim O'Rourke

Live@Wall & Wall Aoyama, Tokyo
17th Nov, 2018

text : Ian F. Martin

If the world needed any further evidence of Jim O'Rourke's ability to master any musical genre, the release in June of Sleep Like It's Winter for new ambient/electronic-focused label Newhere Music provided it in spades. A richly textured piece of music that creates an overwhelming sense of eerie beauty out of sometimes surprisingly harsh sounds, Sleep Like It's Winter is a powerful and captivating album.
Turning it into a live performance was always going to provide challenges, due to the way a live listening environment changes the experience of the music. Ambient music as originally pioneered by Eric Satie and consolidated by Brian Eno was musical furniture – music that doesn't insist on a particular mode of listening. However, a large crowd of people all corralled into a hall to experience an ambient performance collectively while standing, facing the stage are by the nature of the environment being asked to consume the music in a certain way.
There's also no way a live performance is going to recreate exactly the delicately balanced textures and layers that over the course of two years combined to form Sleep Like It's Winter, and you've got to guess a musician like Jim O'Rourke is too restless an artist to be satisfied attempting to revisit or recreate a work he has already got out of his system. For a start, his live interpretation of the album is twice as long as the CD, incorporating new sounds and ideas into a loose structure that nevertheless retains some of the same sonic grammar as the album.
While the nature of ambient music is that it rejects the rhythms of rock music, Sleep Like It's Winter has a particular rhythm of its own, waxing and waning, punctuated by moments of, if not exactly silence, then something quite like it. The album features two key moments of stillness, where your ears are left to hunt for tones and frequences at the very edge of your hearing, the music creeping back into the audible range at only the most gradual and deliberate pace. Live, two similar pools of silence help define the structure of the performance, although at Wall & Wall, these moments cannot be the silence of the studio: they are the silences of a high-ceilinged concrete box filled to capacity with quietly shuffling bodies, trying not to breathe.
The relationship between the recorded form of Sleep Like It's Winter and O`Rourke`s frequent Steamroom Sessions online releases appears to have left at least some mark on the album, with O'Rourke suggesting that some of the Steamroom releases might be in part “failed versions” of Sleep Like It's Winter. Since the album's release in June, two more Steamroom releases have emerged, and it feels like the DNA of these new recordings has gone to work mutating the music into something new. The result is an ever-shifting alien sunset, a blurred, distorted Fata Morgana dissolving and reformulating to a distant, subliminal pulse.

The reference to "Fata Morgana" is maybe a bit difficult to translate. Of course the phrase has a meaning in relation to optical illusions and visual distortions in the atmosphere. However, it's also relevant to Jim's performance. While he was playing, there was a distorted video projection of what looked like an alien landscape, and I was talking to a friend about it who thought it looked like the original clip was from the Werner Herzog documentary movie called "Fata Morgana" . I don't know how you'd translate that, but there is a kind of double-meaning in the phrase.

東京DUB ATTACK - ele-king

 2018年を締めくくる、国内サウンドシステム・ダンス大一番! 同じフロアの中に3つのサウンドシステムを入れて交互に鳴らしあう、ゴマカシ効かないガチンコ・セッション。
 レゲエ(Reggae)において、もっともタフでハードコアな要素にサウンドシステムがある。DIYに設計された独自のスピーカーの山、規格外の低音、1ターンテーブルに置かれる破壊力抜群のダブ・プレート、シャワーのように降り注ぐダブワイズ……あくまでもオリジナルな音を追求し、その場でしか生まれ得ない究極のサウンド体験。それがサウンドシステムにおける”Dub”である。
 “過去(Roots)”、“現在(Present)”そして”未来(Future)”を体現するサウンドシステムが一同に介し同じ空間にて鳴らし合う、シンプルかつ危険なセッション。初開催となる今回は、説明不要のレゲエ帝王マイティークラウンのサウンドシステムを要するScorcher Hi Fi (STICKO & COJIE of Mighty Crown)と“世界基準のサウンドシステム・ミュージック”を掲げるBim One Production + eastaudio Soundsystem、そして関西より唯一無二のサウンドを響かせる最高音響とDub Meeting Osaka (Sak-Dub I, HIROSHI and Dub Kazman)がユナイト(団結)し年末の代官山Unitを揺らす。
 国内ではあまりない純粋なスピーカーの鳴らし合い、日本における新しいサウンドシステム・カルチャーの幕開けがここにはじまる。


TOKYO DUB ATTACK

3 Soundsystem Sessions by :
SCORCHER Hi Fi with Sound System
Bim One Production feat. MC JA-GE with eastaudio Soundsystem
Dub Meeting Osaka (SAK-DUB-I, HIROSHI and DUB KAZMAN) with 最高音響Soundsystem

12月30日@代官山ユニット
OPEN : 17:00
START : 17:00

CHARGE :
Adv 2,800yen / Door 3,300yen
(共にドリンク代別)
※再入場不可
※小学生以上有料/未就学児童無料(保護者同伴の場合に限る)

TICKET :
>> >>一般販売 : 11/3(SAT) on sale
チケットぴあ 0570-02-9999 [P] 131-788
ローソン 0570-084-003 [L] 72780
e+

>> >>STORE
代官山UNIT 03-5459-8630
RAGGA CHINA 045-651-9018
diskunion 渋谷クラブミュージックショップ 03-3476-2627
diskunion 新宿クラブミュージックショップ 03-5919-2422
diskunion 下北沢クラブミュージックショップ 03-5738-2971
diskunion 吉祥寺 0422-20-8062
DISC SHOP ZERO 090-7412-5357 
Dub Store Record Mart 03-3364-5251
UP DOWN RECORDS


Unitイベントページ
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2018/12/30/181230_tokyodubattack_2.php

追悼 ピート・シェリー - ele-king

 近頃はみんながハッピーだ
 僕たちはみんなそれぞれのインスタグラムでポップ・スターをやっていて、最高に楽しそうな、もっとも自己満足できるヴァージョンの自らのイメージを世界に向けて発している。僕たちは文化的なランドスケープの中を漂い、愉快そうでエッジがソフトな人工品に次から次へと飛び込んでいく。そこでは硬いエッジに出くわすことはまずないし、蘇生させてくれる一撃の電気を与えることよりもむしろ、締まりのない、無感覚なにやけ笑いを引き起こすのが目的である音楽に自分たち自身の姿が映し出されているのに気づく。

 近頃では、バズコックスにしてもポップ・カルチャーのほとんどに付きまとう、それと同じ麻痺した喜びのにやけ顔とともに難なく消費されかねない。ノスタルジーの心あたたまる輝き、そして40年にわたって続いてきたポップ・パンクのメインストリーム音楽に対する影響というフィルターを通じてそのエッジは和らげられてきた(AKB48の“ヘビーローテーション”はバズコックスが最初に据えた基盤なしには生まれ得なかったはずだ、とも言えるのだから)。ピート・シェリーとバズコックスはファンタスティックなポップ・ミュージックの作り手だったし、その点を称えるに値する連中だ。

 だがもうひとつ、ポップ・ミュージックはどんなものになれるかという決まりごとを変えるのに貢献した点でも、彼らは称えるに値する。ザ・クラッシュとザ・セックス・ピストルズの楽曲が、それぞれやり方は違っていたものの、怒りや社会意識と共に撃ち込まれたものだったのに対し、バズコックスは60年代ガレージ・ロックの遺産を労働者階級系なキッチン・シンク・リアリズムの世界へと押し進め、十代ライフのぶざまさを反映させてみせた。彼らのデビュー作『スパイラル・スクラッチEP』に続くシングル曲“オーガズム・アディクト”は自慰行為の喜びを祝福するアンセムだった(同期生のジ・アンダートーンズも同じトピックをもうちょっとさりげなく歌ったヒット曲“ティーンエイジ・キックス”で好機をつかんだ)。そのうちに、ハワード・ディヴォートがマガジン結成のためにバンドを脱退しシェリーがリード・ヴォーカルの座に就いたところで、“ホワット・ドゥ・アイ・ゲット?”や“エヴァー・フォールン・イン・ラヴ(ウィズ・サムワン・ユ―・シュドゥントヴ)”といった歌では欲望というものの苦痛を伴う複雑さを理解した音楽作りの巧みさを示すことになった。

 バズコックスだけに焦点を絞るのはしかし、ピート・シェリーの死を非常に大きな損失にしている点の多くを見落とすことでもある。バンド結成の前に、彼はエレクトロニック・ミュージックで実験していたことがあり、その成果はやがてアルバム『スカイ・イェン(Sky Yen)』として登場した。そして1981年にバズコックスが解散すると、彼はシンセサイザーに対する興味と洗練されたポップ・フックの技とを組み合わせ、才気縦横でありながらしかしあまり評価されずに終わったと言えるシンセポップなソロ・キャリアを、素晴らしい“ホモサピエン”でキック・オフしてみせた。

 シェリーはバイセクシュアルを公言してきた人物であり、概して言えば満たされない欲望やうまくいかずに終わった恋愛といった場面を探ってきたソングライターにしては、“ホモサピエン”でのゲイ・セックスの祝福は一見したところ彼らしくない直接的なものという風に映った。ここには事情を更に複雑にしている層がもうひとつあり、それは当時の一般的な英国民が抱いていたホモセクシュアリティは下品で恥ずべきものという概念を手玉にとる形で、シェリーがホモセクシュアリティを実に喜ばしいロマンチックなものとして描写した点にあった。言うまでもなくBBCは躍起になってこの曲を放送禁止にしたしイギリス国内ではヒットすることなく終わったが(アメリカではマイナーなダンス・ヒットを記録した)、ブロンスキー・ビートやザ・コミュナーズといったオープンにゲイだった後続シンセポップ・アクトたちは少なくともシェリーに何かを負っている、と言って間違いないだろう。
 
 ピート・シェリーはポップ・ミュージックのフォルムの達人であったかもしれないが、我々アンダーグラウンド・ミュージック・シーンにいる連中にとって、彼の残した遺産そのものもそれと同じくらい重要だ。『スパイラル・スクラッチEP』はその後に続いたDIYなインディ勢の爆発そのものの鋳型になったし、ミュージシャンがそれに続くことのできる具体例を敷いたのは、もっと一時的な華やかさを備えていてポリティカルさを打ち出したバズコックスの同期アクトがやりおおせたことの何よりも、多くの意味ではるかに急進的な動きだった。その名にちなんだ詩人パーシー・ビッシュ・シェリーのように、ピート・シェリーもまたラディカル人でロマン派だったし、彼の影響は深いところに浸透している。

R.I.P. Pete Shelley

text : Ian F. Martin

Everybody’s happy nowadays.
We’re all pop stars of our own Instagram accounts, projecting the happiest, most self-actualised version of ourselves out to the world. We drift through a cultural landscape, bouncing from one cheerfully soft-edged artefact to another without encountering any hard edges, finding ourselves reflected in music whose goal is to induce a slack, anaesthetic grin rather than a resuscitating jolt of electricity.
Nowadays, Buzzcocks can be comfortably consumed with the same slack grin of numb enjoyment that accompanies most pop culture, the warm glow of nostalgia and the filter of 40 years of subsequent pop-punk influence on mainstream music softening its edges (AKB48’s Heavy Rotation could arguably never have existed without The Buzzcocks having first laid the foundations). Pete Shelley and The Buzzcocks made fantastic pop music and deserve to be celebrated for that.

However, they also deserve to be celebrated for helping change the rules for what pop music could be. While The Clash and The Sex Pistols’ songs were, in their own differing ways, both shot through with anger and social consciousness, Buzzcocks pushed the legacy of ‘60s garage rock into the realm of kitchen- sink realism, reflecting the awkwardness of teenage life. Orgasm Addict, which followed their debut Spiral Scratch EP, was a celebratory anthem about the joys of masturbation (contemporaries The Undertones made hay from the same topic slightly more subtly in their hit Teenage Kicks). Meanwhile, as Shelley settled into the role of main songwriter following Howard Devoto’s departure to for Magazine, songs like What Do I Get? and Ever Fallen In Love (With Someone You Shouldn’t’ve) showed a knack for music that recognised the tortured complexities of desire.
Focusing only on Buzzcocks misses a lot of what made Pete Shelley’s death such a loss though. Prior to the band’s formation, he had experimented with electronic music, the results of which eventually appeared as the album Sky Yen, and following his band’s dissolution in 1981, he combined his interest in synthesisers with his knack for sophisticated pop hooks, kicking off a brilliant if underappreciated synthpop solo career with the magnificent Homosapien.

Shelley was openly bisexual, and for a songwriter who typically sought out moments of frustrated desire and love gone wrong, Homosapien was on the face of it uncharacteristically direct in its celebration of gay sex. The complicating layer here lay in the way Shelley played with the British public’s perception at that time of homosexuality as something tawdry and shameful by depicting it in such joyous and romantic terms. Obviously the BBC fell over themselves to ban it and it was never a UK hit (it was a minor dance hit in America) but the subsequent success of openly gay synthpop acts like Bronski Beat and The Communards surely ows at least something to Shelley.
Pete Shelley may have been a master of the pop music form, but for those of us in the underground music scene, his legacy is just as important. The Spiral Scratch EP was the template for the whole DIY indie explosion that followed and as an example for musicians to follow was in many ways a more radical move than anything Buzzcocks’ more flashily political contemporaries managed. Like the poet Percy Bysshe Shelley, from whom he took his name, Pete Shelley was a radical and a romantic, and his influence runs deep.

ele-king vol.23 - ele-king

七尾旅人「過去を振り返りいまを語る」
2018年ベスト・アルバム30

特集:なぜ音楽はいま人間以外をテーマにするのか?
食品まつり/EARTHEATER/etc

音楽メディアにおける1年のクライマックス、
必読、2018年「年間ベスト・アルバム」号!

UKジャズの躍動にはじまり、カマシ・ワシントンに震え、OPNについて議論し、パーラメントに笑い、食品まつりに微笑み、ティルザやローレル・ヘイローに拍手し、ロウに唸りながら、トーフビーツのように走りながら、チャイルディッシュ・ガンビーノの『アトランタ』を見る……
2018年、これだけはおさえておきたい10枚+20枚=計30枚のアルバム。

そして2018年とはいったいどんな年だったのか……大検証します!

表紙・巻頭インタヴュー:七尾旅人

contents

表紙写真:大橋仁

interview 七尾旅人――過去を振り返りいまを語る (野田努/大橋仁)

2018年ベスト・アルバム30
(天野龍太郎、木津毅、小林拓音、髙橋勇人、野田努、三田格)
コンセプトの時代 (野田努)
パン、2018年の台風の目 (小林拓音)
右派寄りの歌と「FUCK YOU 音頭」 (天野龍太郎)
ロンドン発新世代ソウルの甘い香り (小熊俊哉)
フロアでかけて良かったもの、フロアで聴いて良かったもの (行松陽介)
ヴェイパーウェイヴは死んだか? (捨てアカ)
迷走を続けるカニエ・ウェスト (吉田雅史)
日本のラップ (磯部涼)
全世界日本化現象!? (坂本麻里子)
数年ぶりに活気づいてきたインディ・シーン (沢井陽子)
90年代リヴァイヴァルいまだ継続中 (野田努)
ヤング・ファーザーズが見せる新しい父性 (天野龍太郎)
音楽におけるジェンダーの問題 (巣矢倫理子)

Essential Charts 2018
(大前至、小川充、Ground a.k.a Gr○un土、Gonno、
 佐藤吉春、沢井陽子、食品まつり a.k.a foodman、捨てアカ、
 デンシノオト、TREKKIE TRAX CREW、Mars89、Midori Aoyama、
 村田匠(カンタス村田)、米澤慎太朗、RYUHEI THE MAN)

interview 食品まつり a.k.a foodman――アンビエントで踊れないなんて誰が決めた? (三田格/小原泰広)

特集:なぜ音楽はいま人間以外をテーマにするのか?
interview アースイーター──好奇心は無限の真実を解放する (野田努/青木絵美)
音楽を生命として考えること (髙橋勇人)
人間と非人間をめぐる覚え書き (小林拓音)
絶滅と共生の反人間学 (仲山ひふみ)
interview 篠原雅武――われらが内なるノン・ヒューマン (小林拓音)

2018年ベスト映画10
(木津毅、水越真紀、三田格)

CUT UP――2018年の出来事
フェミニズム (水越真紀)
地球温暖化、エコロジー、自然災害 (野田努)
国民投票から2年、「取り返すべき」イギリスとは何か? (坂本麻里子)
『ブラックパンサー』という兆し (小林拓音)
『ホモ・デウス』の流行が教えてくれること (白石嘉治)
マルクス・ガブリエルの賭金 (斎藤幸平)
2018年の小説を振り返る (佐々木敦)
韓国映画が浮き彫りにする日本の後進性 (三田格)
現代アメリカを映し出す近未来SFゲーム (木津毅)
DIYジェネレーションは理想にすぎない? (田口悟史)

人生、自販機でいいんですか? (栗原康+白石嘉治/中根ゆたか)

REGULARS――連載
東京のトップ・ボーイ 第2回 (米澤慎太朗)
地獄の解体に向けて (巣矢倫理子)
201H8をふりかえって (今里)
幸福の含有量 vol.2 (五所純子)
音楽と政治 第11回 (磯部涼)
乱暴詩集 第8回 (水越真紀)

アート・ディレクション&デザイン:鈴木聖

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