Home > Reviews > Album Reviews > Lee Perry & the Upsetters- Sound System Scratch
リー・ペリーが自宅の裏庭に計画したブラック・アーク・スタジオが完成したのは、1973年の終わりだった。配線を考えたのはキング・タビーで、実際に配線を施したのはエロール・トンプソンだったという。当初は4トラックしかなかったそのスタジオで録音された曲のなかで、商業的に成功した初めての曲が、ジュニア・バイルスの"カリー・ロックス"(1973年)である。本作の1曲目のリディムが、まさに"カリー・ロックス"であると、鈴木孝弥さんによる恐ろしく詳細な各曲解説(http://bit.ly/a9Nna7)に記されている。
ダブと呼ばれるスタイルにおいて、ブラック・アーク時代のリー・ペリーの音源はキング・タビーやエロール・トンプソンら同時代のオリジネイターたちとは確実に一線を画している。"X線音楽"と呼ばれるような骨組み(ドラム&ベース)が強調されたシンプルなものではなく、ディレイやエコーを使ったよくあるアレでもない。それは音の断片化とその再結合の、流動的な試みである。何かカタチあるモノをいちどぶっ壊して、その無数の破片をいろいろくっつけては面白がる、完成型を目指すのではなく、そのときどきのカタチを流動的に楽しむ、それがブラック・アーク時代のペリーのミキシングだ。音のリサイクルという意味では、実に過剰なリサイクルをしているのがペリーで、それはかの有名な『スーパー・エイプ』によく表れている。そう、あれは既発の音源の使い回しだが、しかし"オリジナル"に対する"ヴァージョン"ではない。ペリーは音の断片の廃墟のなかからそれらを再結合し、明らかに新しい音を創造しているのだ。
ブラック・アークは1970年代末から、ペリーの精神バランスの不安定さと比例するように荒廃していき、1983年の火事によって破壊されている。そのあいだに録音されたレア音源は、すでに多くの編集盤によって紹介されている。驚くのは、そうした秘蔵作のどれもがユニークで、魅力的であるということだ。そして、それら編集盤によって、ジャマイカ国内よりも海外で評価されてしまった当時のペリーの強い実験精神をあたらてめ窺い知ることができる。ペリーの多彩なミキシングは、"ヴァージョン"を目指すものではなく、創造を目指していたのだ。だいたいレア音源や未発表音源などというと、多くの場合は"オリジナル"盤の副産物であり、熱心なファンか研究者でもなければそうそう面白がれるものではない。が、ペリーの場合は違う。リアルタイムで広く知られている作品よりも明らかにユニークな作品だって少なくない。
『サウンド・システム・スクラッチ』はブラック・アーク時代のダブプレート音源を編集したものだという。ダブプレートというのは、多くの場合はサウンドシステム(野外ディスコ)のために作られるもので、だからペリーのダブプレート音源という情報を最初に知ったとき意外に思った。キング・タビーは自分のサウンドシステムを所有していたほど、その大衆文化に深く関わっていたひとりとして知られるが(というか、ダンサーたちの興奮とともにタビーのダブ・ミキシングは開発されている)、しかし、もともとアート志向の強いペリーはこのブラック・アーク時代、むしろそうした大衆性とは距離を置き、ひたすらスタジオに籠もってはつまみをいじりながら石を叩いたり、テープを土に埋めたり、機材に小便をかけたり......とにかく音の実験を繰り返していた......とモノの本はよく記されているからだ。たんに僕の知識不足かもしれないが、まあ、こうした編集盤が出ているわけだから、タビーほどではないにせよ、実は関わりがあったということなのだろう。ダブプレートとはミキシング・アートにおける流動性の極みであり、だから『サウンド・システム・スクラッチ』は当時のブラック・アークの自由な発想のドキュメントでもある。
まあ、なんにせよ、ブラック・アーク時代のペリーがあらたに掘り起こされて、こうして聴けるのは幸せなことだ。ペリーとは、救いようのないほどの実験主義者だったのだとあらためて感心する。網羅している時代も幅広く、1973年から狂気の時代へと突入する70年代末まである。CDには実に20曲も収録されているが、すべてがいちいち面白い。
野田 努