「Dom」と一致するもの

HB, Traxman etc. - ele-king

 10月に入ってからいちにち中、寝て、食事して、雑務をこなしているとき以外は電子音楽を聴いている。聴いては書いて、聴いては書いて、聴いては書いている。三田格と『テクノ・ディフィニティヴ』というカタログ本を作っているのだ(自分の人生で来る日も来る日もテクノばかり聴いているのは、これで3度目である。レコードやCDを探すのが本当に大変で、あると思っていたものが見つからないと本当に悲しい)。
 聴いているのは、基本的には好きな音楽なので楽しい。とはいえ、禁欲的な生活をかれこれ10日以上も送っていると週末ぐらいは派手に遊びたくなる。そういう事情がなくても、トラックスマンには絶対に行こうと決めていたのだが、ちょうど同日の7時から渋谷でHBのライヴがあると教えられたのでそっちも行くことにした。HBのライヴを見て、続いてヴィジョンでクラークやサファイア・スローズなんかのライヴを聴いて、そして最後をジュークで締めようという企みだ。そうだ、二日酔いになるくらい酒を飲んでやる。


 7th Floorに到着するとムーグ山本がDJをしていた。ムーグさんはバーニング・スター・コア(ドローン)なんぞを、それから僕の記憶がたしかなら、『男と女』のテーマ曲かなにかをミックスしていた。しばらくしてHBが登場。じつは初めて見たのだが、これがまた、なんでいままで見なかったのだろうと後悔するほど良いライヴだった。
 HBとは女性3人組。アルバムも2枚出している。メンバーのひとりはラヴ・ミー・テンダーのドラマーのMAKIで、この日は彼女の産休前の最後のライヴだった。

 彼女たちの音楽は、メビウスとコニー・プランクとマニ・ノイメイヤーの3人によるクラウトロックの古典『ゼロ・セット』からメビウスのパート=電子音を抜いて、電気ベースを加え、パーカッションとディジュリドゥなどの生楽器を絡ませた......とでも言えばいいのか、シンプルな構成だが、多彩でオーガニックなグルーヴが次から次へと出てくる。演奏力の高さだけではなく、ユーモアもあるし、見た目も格好良い。

 30分ほど演奏すると、この晩のゲストとして柚木隆一郎が登場。久しぶりに見た彼は、リズムボックスをバックにソウルを歌ったティミー・トーマスのように、i-Padとコンパクトなミキサーを使ってソウルを歌った......が、この晩の彼はあまりにもはしゃぎすぎだった。しかし、その日7th Floorを埋めたオーディエンスにはそれが大受けだった。ところどころでは演奏の巧さも見せたり、余裕のパフォーマンスだった。

 DJを挟んでふたたびHBが登場。1曲目は4/4キックドラムを活かした踊りやすい曲で、あとは最後までエネルギッシュに突っ走った。小さな会場での割れんばかりの大きな拍手は、彼女たちのまったく素晴らしい演奏にふさわしいものだった。

 それから僕は、カメラマンの小原とヴィジョンに向かった。
 1時にはクラークのライヴがあるんじゃないかと勝手に思っていた。ブンやサファイア・スローズなんかのライヴも聴けるだろうとか図々しく。実際は1時間づつずれていた。12時前にクラブに入ってしまったので、小原といっしょにビールを飲みながら身体を休めつつ、どうしたものかと思案する。結局、1時前に我々をゲストで入れてくれたビートインクの方々に「どうしてもジュークを聴きたくなってしまいました」と謝って、代官山のUnitへ急ぐことにした。

 到着したときは、いわば「フットワーク講座」として日本人の方が丁寧に踊りのレクチャーをしているところだった。
 フロアは良い感じで埋まっていた。シカゴからやって来たダンサーが手本で踊ってみせると、フロアの温度は上がる。
 HBのメンバーのひとりは、前半の1曲、ディジュリドゥを吹いた曲を終えたあとに「これでやっとお酒が飲めます」とMCで言っていたものだが、フットワークもまた酒を飲んでいたらとてもじゃないが、踊れるものではない。汗が30メートル遠方まで飛んできそな勢いでダンサーは踊っている。
 日本人のダンサーも踊りはじめる。シカゴのダンサーがフロアに飛び降りて、踊って、しばらくすると何人かも踊りはじめる。とても良い感じ。このなかに自分も入れたら、さぞかし楽しいだろう!

 僕が思ったのは、これは現代版『ワイルド・スタイル』だなということだった。エネルギッシュで、ハードで、若々しい。昔『ワイルド・スタイル』で見たような光景が21世紀にアップデートされている。スポーツの要素も入っている(笑)。トラックスマンはステージで記念撮影したり、上機嫌だった。しばらく、日本人DJのフルトノのプレイを聴いていた......が、このあたりから記憶が断片的になっているのである......。スタートが早すぎた。翌日は当然のように二日酔いだった(おぇ)......ので、詳しいレポートは斎藤君にまかせるとしよう

野田 努

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UNIT PRESENTS
TRAXMAN with Red Legends footworkers : A.G. & DJ MANNY
@代官山UNIT & SALOON 斎藤辰也

 とあるレーベルのスタッフいわく、最近は若者がクラブに来ない、という。そう、きみみたいな人を、音楽を目的にひとりでクラブに来ている若いやつを見かけなくなったんだ、という。それはブラワン(Blawan)のDJを観に代官山UNITに行ったときの会話だったのだが、正直に言えば、23才の僕もクラブにはさして行かない。そのときUNITに行ったのも、注目していたレーベル(ジョイ・オービソンとウィル・バンクヘッドの〈ヒンジ・フィンガー〉)がブラワンのEPをリリースしていたから、どんな人なのか見たくて珍しくクラブに出向いていただけである。
 し か し 、 だ 。 そんなクラブに馴染みはないという人のなかでも、掲題の日を心待ちにしていたひとは少なくないだろう。当日の1週間ほど前から、僕は毎日のように胸騒ぎがしていた。あのクドいBPMとベースに向けた好奇心、昂揚感、恐いもの見たさが総出で湧き上がっていた。トラックスマンという超ド級のストレートさゆえに意味がよくわからなくなりそうなネーミング・センスに心が焦がされていた。

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 これは最新のブラック・マシン・ミュージックである。アフロ・フューチャリズム以外の何物でもない。西欧文化的なるものの内なる厳しいせめぎ合いだ。明日への新たな起爆剤、未来に向けて大いに狂ったダンス・ミュージックである。
野田努
Bangs & Works Vol. 2(The Best Of Chicago Footwork) のレヴューにて ------------

 会場に向かおうと0時過ぎに電車に乗ろうとするが、遅延。一刻もはやく会場に行きたいのに電車がこない。寒いホームを起爆剤に、線路に向けて大いに狂いそうになったが、なんとか深夜1時過ぎに恵比寿駅に着き、代官山UNITまで走った。これはすでにフットワークであったかもしれない。
 汗だくになりながら会場に着き、受付を済ませ、地下への長い階段を降りて、メインフロアに入り、ステージのほうへ駆け寄ると、ダンサーとして来日していたAGや、日本のフットワーカーによるステップのレッスンが行われている。DJ Mannyは、前日のDOMMUNEでも発表されていたが、飛行機に乗っていなかったので来日ならず。フロアは、動けなくなるほどではなかったが、前に行くのはためらわれるほど多くの人で賑わい、あたたまっていた。ヒリヒリした緊張感と熱気が会場にむせかえっていることを期待していたので、実際の和やかなレッスンの雰囲気に面食らったが、なによりまずフットワークというものがどういうものであるかを脚を動かすことでせめて来場者のみんなに覚えて帰ってほしいというアーティストたちの心意気がさっそく伝わってきた。この日この場所でみな一様にぎこちなく脚をがたがたと動かした記憶を、誰もが忘れないだろう。クラブに行く人間の誰もがうまくダンスできるわけではない。一口に踊るといっても、それは自分なりに体を揺らして動かすという喩えであることもしばしばあることだろう。しかし、このときばかりはダンスのできない人たちでさえ、恥らいながらも、型のあるダンスとして、脚をまずは動かした。なんとなくコツをつかんだ人たち、まったく要領を得ないままの人たち、基礎をあらためて確認したダンサーたち――この熱心なレッスンが20分ほど続くと、会場はじゅうぶんに熱くなった。

 DJ Fulltonoが見事なスピンをするうち、いつの間にかステージの手前、フロアの前線にてひとりのオーディエンスが大きく動きがむしゃらに踊りだしたことで拓けたスペースにサークルが成立し、周りの注目を集め始めた。誰しもがこれは幕開けの合図だと予感したに違いない。間もなくして、ステージからAG(いや、日本のダンサーだったろうか)が勢いよくサークルへ飛び降り、本場のフットワークを堂々と見せつけた。「おおおおー」という拍手喝采に包まれたそのスペースに、ステージ上のダンサーがつぎつぎと降りていった。モニターに映すカメラが間に合わないほど一連の流れはあっという間に起こった。カメラがやっとそのサークルを捉え、モニターに映されたダンサーのフットワークを観て誰かが言った。「(脚が)早すぎてカメラが追いついていない!」
 トラックスマンがその様子をステージ上から見守っていた。険しくもありしかし嬉しさの垣間見えるなんともいえない表情を浮かべながら、ときおりマイクを握り「DJフルトーノー!」とか「お前らもっと踊れ!」みたいに煽っていた。トラックスマン本人は踊らなかった。あんたも踊ってくれよ! という気持ちが会場にいたひとたちの半分以上の頭にチラッとよぎったことだろうが、彼は「俺は踊らないんだ」とボソッとつぶやいていた記憶がある。それもまた可愛らしくもあり、AGらダンサーがしっかり活躍している手前、彼自身はあくまでプロフェッショナルDJとしてのみステージに立っていたかったのではないかとも思う。ダンスに関しての主役は、あくまでAGをはじめとしたダンサーら、そしてオーディエンスひとりひとりなのだと。この夜、あくまで彼はダンスを盛り上げる役に徹していた。
 ステージから降りてきたダンサーたちがひととおり回し回しで踊った後、サークルを記録撮影していたカメラマンもカメラを投げ出して見事なフットワークを決めた。オーディエンス側から、つぎつぎと男子たちが背中を押されながらサークルへ飛び込み、みな一様に達者なフットワークを披露していく。みなさん踊れるんじゃないですか!
 その流れが15〜20分くらい続いた頃だろうか、突如、白Tシャツとタイトな白パンツできめ、髪をひとつに結んだ女性がサークルに現れ、すぐさまフットワークを踊りだした。一瞬、なにが起きたかわからなかったが、すぐに会場は感動の叫びと拍手喝采をその女性に送った。「うおおおおおおおおーーー!」。
 それを見て、ここまでサークルで踊っていたのは男子だけだったことに気付いた。会場には男性とおなじくらい女性もいたと思う。そしてギャルからすればいわばオタクとでも形容されてしまいそうな容姿の人、会社帰りらしきスーツ姿の人、久しぶりにクラブに遊びに来たのかもしれない年齢層の高めな人、ほんとうに「ヤンキー」(野田編集長談)の人、そして男女問わず若人もたくさん駆けつけていた。言ってみれば僕もそのうちのひとりだ。ふだんクラブに行かない若人さえ、この夜は、UNITで起きることを目撃しなければという気持ちがあったに違いない。そしてこの夜の感動を象徴するものが、オーディエンスとダンサーによって自発的に拓かれたサークルであり、サークルに飛び込まずとも自分の立ち位置でこそこそと脚を動かすオーディエンスであり、そして、女性がフットワークを踊りだした瞬間であり、そこに送られた握手喝采だった。トラックスマンが踊らなかった真意を、僕はそこに見えているような気がしている。このパーティの主役は、それぞれに脚を動かすオーディエンスだった。
 ふと僕の隣を見ると、おじさんから「森ガール」と形容されてしまってもおかしくなさそうな、ふわっとしたファッションのロングスカートを履いた小柄な女性が愉しそうに脚を動かしていた。僕もうやむや恥ずかしがっている場合ではないと、負けじとフットワークを試みた。


 やがてDJ Fulltonoの流すトラックはフェイドアウトし、トラックスマンはそのままDJ Fulltonoが用いていたMacBookに自分の外付けハードディスクをぶち込んだ。前日のDOMMUNEでも自慢げに見せびらかしていたが、彼のツアー機材はポケットにつっこんだハードディスク2個のみ。パソコンはバトンタッチなので一度フェイドアウトする必要があったのだろう。シカゴではよくある話、なのか。ワイルド。無音を利用してトラックスマンがコール&レスポンスをオーディエンスに要求し、観客も熱心に応える。「セイ、ゲローDJズ!セイ、テックライフ!」という具合だったろうか。すぐにはプレイせず、とにかく観客を煽りまくり、オーディエンスが声を振り絞ったころ、ようやく始まった。高速BPMの忙しないハイハット、ボボボボボボボボと響く衝撃的な低音――(史実的にどれほど劇的な瞬間なのかは理解できていないのだが)ついにトラックスマンが日本でプレイしている! この日メインの「盛り上げ役」を、オーディエンスは各々の喜びの声援とダンスとで迎えた。
 前日のDOMMUNEでいわゆるジューク/フットワークの楽曲をふんだんに披露したからか、トラックスマンのDJプレイはそれらに拘らず、むしろハウス・ミュージックを積極的にプレイしていたように思う。これもまた、ジューク/フットワークの種明かしをして日本のオーディエンスに叩き込む意図があったのだろう。矢継ぎ早に切り替わっていく楽曲群(トラックス)。それは彼なりの「Lesson」だったのではないだろうか。
 とはいえジュークもガンガンかけていた。おそろしいほど短く切り刻まれクドイほどループされるYMOの"ファイアークラッカー"のリフも、J.ディラによるファーサイドの"ランニン"とおなじスタン・ゲッツ&ルイス・ボンファによるボサノヴァも、DOMMUNEのときとはカットアップのエディットが違っていたような気がしたがどうだろうか。トラックスマンはマイクを握っていなかったが、同じことは繰り返さないぜという意気込みをひそやかに感じられた瞬間だった。ノトーリアスB.I.G.がくりかえしくりかえし哀しげに歌う。「Kickin' the door, waving the 44」! 彼は自分の出前からステージで煽りまくっていたので、自分のDJ中に針をちょびっとスキップさせてしまったあと、ステージから突如消え、しばらくして戻ってきたときに「おしっこ」なんて言ってたのも印象的だった。
 その後も高速の"ストリングス・オブ・ライフ"をプレイし、さらにブラック・サバスの"アイアン・マン"のリフをほぼそのままジュークに落とし込んだミックスを披露し、多くの人が笑いながら頭をふり腕をふり盛り上がっていた。どれも大ネタもいいところだったが、それらのキャッチーさでリスナーをジュークにぐいぐい引き付けていくトラックスマンの"Lesson"は大成功だったのではないかと思う。なにせほとんどの人が笑顔で、身体を、脚を、おもいおもいに動かしていた。野田編集長は「『ワイルド・スタイル』だと思った」と振り返っているが、まさに。ヒップホップの初期衝動にも似たフレッシュな勢いを、この夜、僕はジュークに見い出していた。いや、見せつけられたのだ。それによって突き動かされ、踊ったのだ。この日は踊りました。身体を揺らしたことの比喩ではなく、はっきりと、ダンスをしました。どう考えてもがむしゃらで下手くそだったとは思うが、はっきりそう言える。なぜか誇らしくもある。僕は踊りました。フットワークを踊りました。
 なにはともあれ、このパーティを最初から最後までステージではしゃぎながら盛り上げていたBooty Tunesの皆さんに、ありがとうございました、おつかれさまでしたと言いたい。DJ Aprilのハッピーなはしゃぎっぷりと熱にあてられて、オーディエンスも突き動かされていた部分が確実にあったと思う。
 この日、これから盛り上がろうとしているゴルジェ(Gorge)というジャンルのアーティストHANALIもライヴで出演していたということだが、僕は観ることができなかった。しかし、それは今月27日に開かれる「Gorge Out Tokyo 2012」のレポートで触れることにしたい。
 もし次クラブでジュークが聴こえたら、そこではフットワークのサークル/バトルがもっともっと多発的に興ればいいなと思う。そして、僕も踊れたらいいなと思う。部屋で練習もしている。いずれにせよ、この夜が波及して、もっと小さい数々のパーティーで人々がフットワークを踊るときがくるだろう。そのときこそ、トラックスマンとAGがシカゴから来日した意味が結実するのではないだろうか。

 以上、ジュークに詳しくもない、クラブに通わない、踊りらしい踊りをしない23歳男子によるレポートでした。ありがとうございました。フットワーク踊りましょう。

斎藤辰也

Stealing Sheep - ele-king

 「すべてのレコードレーベルがギター・バンドと契約しようとしている。現在の音楽シーンは、アークティック・モンキーズがブレイクしたとき以来のヘルシーな状況」と、『NME』創刊60周年記念号が書いていた。
 昨年あたりから、英国の街を歩く若者(当然ながら全員ではない。いつの時代もそうであるように、一部だ)のファッションが、あまりに80年代だとは思っていた。ユリの花を持たせたらまるでモリッシーじゃないか。みたいな青年や、ヒューマン・リーグみたいなお嬢さんたち、先日などは'Come on Eileen'のヴィデオに出てきそうな格好をしたレズビアンたちが路上でキスしている姿まで見た。
 英国ではいまでもファッションと音楽は手に手を取って歩いている。だから、ギター・バンドというより、若者がそうした格好をして街を歩いていた時代のギター・サウンドに触発されたバンドが複数、しかもメジャーに大ブレイクするんじゃないか。というキナ臭さは日常レヴェルである。

 で、そういう臭いを発散していると『NME』が推しているバンドのなかでも、個人的に気になるのはSavagesなどの女子バンドだが、その括りのなかに入るようでいて、まったく入らないような、独特のポジションそのものが魅力的に思えるのがリヴァプールの女の子3人組、Stealing Sheepだ。
 サイケデリック・フォーク。70年代のカルト映画『Wicker Man』のサウンドトラックのよう。中世民族音楽のベイブ。ジミー・ペイジの耳に囁きかける3人の魔女たち。など、英国の評論家は様々な言葉で彼女たちの音楽を形容している。これに、トラクターに乗ってやって来たコクトー・ツインズ。ベルボトムを履いたストロベリー・スウィッチブレイド。というわたしの感想を加えるとさっぱりわけがわからなくなってしまうが、現時点では、その多様性が彼女たちの特徴になっているのはたしかだ。
 例えば、彼女たちの英国における1stアルバム『Into The Diamond Sun』のジャケットを「ポップな曲が際立っているのに、難解な音楽を連想させるジャケットで損をしている」と書いたメディアもあったが、本国に先駆けて発売された日本版デビューアルバム『Golden Fleece』(収録曲は英国版1stとは全く異なる)のジャケットは、もうスウィート&ポップまっしぐらだ。このふたつのイメージの落差が、現在のStealing Sheepを端的に象徴していると思う。
 『Into The Diamond Sun』の前半は、日本版デビューアルバムの愛らしいジャケットのほうが似合う。が、後半はがらりと変わる。これを「ここからは不要」と評するか、「ここからが本番」と評するかで評論家の好みも分かれるようだが、後半の曲群には英国版のジャケットのほうが似合う。
 個人的には、前半も好きだ。気温が上がらなかった夏を連想させる気の抜けたポップはいかにもイングランド北部の音だと思う。The La's なんかもそうだった。が、問題の後半部分に突入してから、わたしはこのリヴァプールのお嬢さんたちと真剣に向き合う気分になったのであり、え、これってドゥルッティ・コラム? いや、実はその背後でCANかな。で、ぶつっと切れたかと思ったら突然エリック・サティになってるし。と、年甲斐もなくちょっと動揺させられた"Bear Tracks"などは、「アーバン・ヒッピー娘のキュートでオーガニックな試み」では済まされない領域に軽々と踏み込んでいっている。

 エミリー、ルーシー、ベッキーという、クリーム・ティーを連想させるような古式ゆかしい英国人名を持つ彼女たちは、ある者は大のビョーク好き、またある者はサイケデリック・ロック好き、ある者はCDプレイヤーも持っていないジプシー・フォーク好き、と趣味趣向がバラバラなのだそうで、おそらくいまは民主主義的な曲づくりを行っているのだろうが、ある日、何かの拍子にその三者MIXの調合パーセンテージがバシッと決まるときが来て、その最良の配合を前面に押し出して突っ走りはじめたら、もう誰にも止められなくなる可能性もある。実際、彼女たちの曲はすでにチャンネル4のドラマのCMに使われており、同郷のポール・マッカートニーが彼女たちのファンだと公言しているらしい。

 こういうお嬢さんたちの音楽を聴く度に、わたしは期待まじりに予想せずにはいられない。来年あたり、すくっと楽器を抱えて立っているクレヴァーな女子バンドが次々とブレイクして、シーンの中核で群雄割拠するのではないかと。
 ザ・スリッツのアリ・アップが他界して2年。
 そろそろ、そういう時代になってもいい。

vol.3 ジョジョ展 - ele-king

 「ジョジョ展」ッ! その素敵な好奇心がわたしを行動させたッ!
 本コラムでは、初回から『平清盛』という、このサイトではアウェーすぎる題材を扱い、さらに2回連続でねちっこく語ったことにより、空気が読めないパーソナリティを十二分に見せつけてしまった。たぶん旧来のele-king読者の方は、まだこのコラムの存在に気づいていないと思う。
 しかし今回のテーマは、世界的な漫画家・荒木飛呂彦先生の原画展である「ジョジョ展」ッ! ご本人は50代にして20代と見まごう若々しさを保っていることでも有名であり、控えめに言っても美の化身である。また、作品内に洋楽ネタがディ・モールト(非常に)ふんだんに取り入れられていることが有名だ。ele-king読者も当然、200%の方が『ジョジョの奇妙な冒険』を愛読していることだろう(来世にも読む計算)。

 とはいえ、わたしはけっして人気取りのためにジョジョを扱うのではない。ジョジョ第6部のあおり文句「愛=理解」にならって言えば、わたしにとっては「ジョジョ=人生」であり、それはコーラを飲んだらゲップが出るっていうぐらい確実である。さらに、わたしは他人から見たら気持ち悪いほど荒木飛呂彦先生を敬愛しているがため、本コラムでは「氏」ではなく「先生」という敬称をつけさせてもらう。
 今年は荒木飛呂彦先生の画業32周年、ジョジョ連載25周年の節目であり、豪華企画が目白押しとなっている。さきごろ始まった地上波アニメと、年末に発売されるゲームはじつに「ふるえるぞハート」だが、数ある企画のなかで最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も「燃え尽きるほどヒート」なのは、やはり原画展であろう。

荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展 (11月4日まで)
https://www.araki-jojo.com/gengaten/

 本来、マンガやアニメは、使い捨ての大量複製商品として作られ、安価に流通するポピュラー・カルチャーである。しかし今日では、そのなかでも価値があると認められた作品について、原画や資料が、美術館やそれに準ずる機関で展示されるようになった。ジブリや、昭和を彩った漫画界の巨匠たちにいたっては、常設のための施設(水木しげる記念館など)まで擁している。荒木飛呂彦先生に関して言えば、本格的な原画展がようやく今年開催というのは、遅すぎるぐらいである。

 しかしほんの10数年前まで、一般的に美術館で展示されていたのは、ゴーギャンやロダン、また古文書や仏像といった、いわゆる「アート」もしくは「文化財」であった。マンガに見た目が近いものに、村上隆氏や会田誠氏の一連の作品があるが、これらは「ポピュラー・カルチャーの商品として作られたものがたまたま後にアートとしての価値を得た」というわけではなく、初めからアートとして制作されたものである。
 美術館に展示される栄誉に浴したからには、それが何であろうと等価に扱われるべきではないか、という考え方もある。もちろん美術的な価値に関しては、わたしもそれに異論はない。しかしここでは、前者を「エンタメ系」、後者を「アート系」と分けて考えたい。なぜならこの二者は、そもそも生産の目的や様式がまったく異なるだけでなく、展示の際に観客から求められるものも異なるという意味で鋭く対比されるからである。

 これまで両者の展示を少しばかり観てきて、しろうと目にもわたしが強く感じたのは、展示において、エンタメ系作品は、アート系作品ならば起こりにくい(起こってもいいはずだが、起こることが抑制されている)難題を抱えている、ということである。

 エンタメ系の展示の抱える難題とは何か。それは「作品世界に入りたい」という読者(観客)の典型的な願望と、「原画展示」という形式とが、明らかに相容れず、アンビバレントな関係にあることである。
 『ジョジョの奇妙な冒険』を読んだなら、たいていの人は、「トニオさんのうンま~い料理が食べたァい!」だとか、「ブチャラティたちが戦ったローマのコロッセオに行ってみたいッ!」といった、「作品世界に入りたい」という素朴にして強固な願望を持つだろう。白紙にインクで生み出された世界のなかに入りたいとまで読者に思わせるのは、簡単にできることではない。まさに「俺たちにできないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」といったところか。ちなみに、現実ならぬ夢の世界に肉体ごと入りたいという、この手の願望を満たす施設のなかで最も有名な場所は、ディズニーランドであろう。

 ジョジョ展は、優れたエンタメ作品につきものの、読者のこの願望に大いに配慮している。たとえば人気キャラクターの等身大フィギュアや、作品内のキーアイテムを数多く作成・展示している。個人的に気に入ったのは、ちょっと奥まった壁面から飛び出していて見落としがちなところが奥ゆかしい、「シャーロットちゃん」である。
 最新技術を駆使した方法として特にすばらしいのは、ARカメラによる波紋体験である(東京展のみ)。これは床に投影された円形の水面の映像なのだが、円の中に観客の影を感知すると、映像に本物の水のような波紋が生じる。これにより、ツェペリさんになりきって水面を歩く体験が可能なのである。
 また、仙台展限定であるが、実在のLAWSONの1店舗が「OWSON」になるという付属イベントがあった。限定グッズを買うために長蛇の列ができてしまい、作中の閑静なOWSONとは似ても似つかぬ大賑わいになってしまったのはご愛嬌だが、S市(仙台市)に突如として現れたOWSONには、わたしも感極まり少々漏らしかけた。ジョジョ展の仕掛けではないのだけども、わたしは「花京院」「広瀬」というS市内の地名(ジョジョには同名のキャラクターが登場する)にすらも大興奮し、同行者に「ただの地名ですよ」とあきれられた。


仙台市のLAWSON。このジョジョ展に合わせ、原作中に登場する「S市杜王町OWSON」へと様変わりした

 しかしながら。ここまででお気づきの方も多いだろうが、この展覧会の眼目は「原画展」であり、「ジョジョランド」ではない。いわゆる「アート」として鑑賞する対象は、あくまでも壁に掛けられた原画なのであり、作品世界を三次元に立体化したオブジェや、町ぐるみの仕掛けなどはおまけにすぎない。アート系の展示においては、作品世界に入りたいという願望が生じるかどうかもあやしいし、そのような願望が推奨されることもほとんどないだろう。ルノワールの静物画の中に入ってりんごをつかみたいという人に配慮して、同じ構図でりんごを置いたりする展示は、別にあったとしても問題はないと思うが、少なくともわたしは見たことがない。(ちなみに、近代芸術の成立以前は、むしろエンタメ系に近い鑑賞がなされていたことは、木下直之『美術という見世物――油絵茶屋の時代』を参照。)

 もちろん、ジョジョ展の主役たる200枚以上の原画は、掛け値なしにすばらしいものだ。独特の大胆なアングル、人体をひねるポーズ(ジョジョ立ち)、エロティックにして意志の強い表情、色彩のコントラスト。荒木飛呂彦先生の作品は常に新しく、「絵」という最も古くて単純な芸術の形式に、まだまだ未踏の地があったのかという驚きを与えてくれる。特にこの1年の間に描かれた新作の、ピンクを基調とするポップな透明感には、ピンクという色はこんなにも美しかったのか、と新たなときめきを覚えさせられた。初期の作品では、余白に「ためし塗り」の筆あとが見られたり、なぜかストレイツォが描いてあったり、バックが白いまま残されていたりするが、こうしたところに作画の現場を盗み見た気がして、新鮮でとてもうれしい。

 アートとして鑑賞する態度というのは、大雑把にいってこのようなものだと思うが、このとき、「作品」と「わたし」は分離される。「わたし」が肉体のまま「作品」のなかに入ってしまうような夢(錯覚ともいう)は、物としての原画を目の前にすることによって、打ち消されてしまう。
 だがひとたび作品から視線をそらすと、自分の足が水面に波紋を刻んでいたり、作品内のアイテムが現れたりする。こうしてジョジョ展では、夢と現実を行き来するような奇妙な感覚が、(現実が圧倒的に優勢ではあるのだが、)間断なく訪れる。
これがもしディズニーランドなら、ウォルト・ディズニーの原画を見せる必要などなく、等身大で現れ愛想をふりまいて踊るキャラクター(中の人などいない)や、あたかも本物のようにそびえたつシンデレラ城など、夢を見せるだけでいいのである。アート系の展示なら、作品の世界を現実化しようなどと努力する必要はなく、原画を並べるだけでいい。「夢を見せる」「原画も見せる」"両方"やらなくっちゃあならないってのが「エンタメ系の展示」のつらいところだ。

 原理的に考えて、このふたつを両立させるのは無理難題であると思う。「これは絵です(現実)」「これは絵ではありません(夢)」という、真逆の命題を同時に立てようとしているのである。スタンド能力でもないと、実現できそうにもない。しかし、二次元のキャラクターを現実化するスタンドである「ボヘミアン・ラプソディ」をもってしても、その作動によって作品中(二次元)のキャラクターは消えてしまうという設定なのだから、せっかくの原画が穴だらけになってしまう。

 溶けたチョコレートでグラスの底に作ったわずかな傾きのような、このきわどい角度をすり抜けることは可能なのか。さまざまなエンタメ系の展示で方法が模索されてきていると思うが、ジョジョ展においてそれは、漫画家「岸辺露伴」の存在にかかっている。

 岸辺露伴(通称、露伴ちゃん)は『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターで、『週刊少年ジャンプ』に連載を持つ天才漫画家である。この設定からわかるように、このキャラクターは全キャラクターのなかで唯一、わたしたちの生きている「この現実」との接点を持つ。
 岸辺露伴は、ジョジョ展以前のルーブル展(2009年)、GUCCI展(2011年)からトリビュートされていた。『岸辺露伴 グッチに行く』においてはGUCCIの実在の衣装とバッグを身に着けた姿で描かれ、このとき作られた等身大フィギュアも実在のスニーカーを履いていた(これらの衣装、バッグ、スニーカーは実際の商品であり、購入することができる......「お金」があればだがッ!)。今回の仙台展で発行された『杜王新報』ではついに、荒木飛呂彦先生その人との対談までもなしとげた(ちなみにここで、荒木飛呂彦先生が波紋戦士であることが、おそらく初めて公式に証言された)。
 さらにジョジョ展では、岸辺露伴の仕事机と、荒木飛呂彦先生の仕事机が、まるで等価のもののように近く展示されている。わたしははじめ、岸辺露伴の仕事机が、他のさまざまなものをさしおいてまで展示されなければならない理由がよくわからなかった。しかし、こうは考えられないか。荒木飛呂彦先生の仕事机は、本物を持ってきたわけはないので(それだったら仕事ができないから)、よく似た偽物。岸辺露伴の仕事机は、偽物を展示する意味がないので、本物。この地点で「本物」と「偽物」、「現実」と「夢」が逆転する。

 巧妙なことに、荒木飛呂彦先生の仕事机には、キャラクターの岸辺露伴を描いた生原稿が載っている。一方で、先述の『杜王新報』では、岸辺露伴が荒木飛呂彦先生について心中でさまざまに思い描いている。いったい、どちらがどちらを描いているのか? 図と地、夢と現実が反転していくトリックアートのような効果が、こんなにも入念に作りこまれた例を、わたしはほかにしらない。もういちど言うが、原画がすばらしいことは論をまたない。それとは別に、展示をひとつの作品として見たとき、ジョジョ展がエンタメ系においても突出した存在感を示したのは確かであろう。
 
 とはいえ、岸辺露伴のようなメタ的立ち位置のキャラクターを登場させ、原作で活躍させることも含めて、長い年月をかけて展示を作りこむことは、エンタメ系の展示においていつでもできることではない。そもそも岸辺露伴のように現実との接点を緊密に結ぶことができるキャラクター造形は、今日のマンガやアニメにおいてかなり特異であると思う(架空のキャラクターに混じって実在の編集者や漫画家が描かれる『バクマン。』にすら、岸辺露伴ほどのメタ的キャラクターはいない)。だからほかのエンタメ系の展示は、夢と現実をきわどく両立させるための、ほかの方法をそれぞれに模索しなければならない。難題である。しかしだからこそわたしは、アート系よりもエンタメ系の展示で新しいものが生まれるのではないか、という期待を持つのである。

 ジョジョ展とはあまり関係ないのだが、最後にひとつ、小咄を。
 先述のとおり、S市内には花京院という地名がある。今夏、ぶらりジョジョ散歩をしていて、「花京院スクエア」という建物を発見した。それだけならば特筆すべきことはないのだが、なんと、「花京院スクエア」と書いてある礎石のようなもの(?)が、「三角形」なのである。これを見たときわたしは「スタンド攻撃を......受けているッ!?」と戦慄した。さらにこの建物について少し調べてみたら、「三菱地所」の所有なのだという。いったい、スクエアなのか、三角なのか、菱なのか。さらに写真をよく見ると、「SQUARE」の「S」が抜けているのも地味に怖い。このようなミステリーが偶然にも開催地域に仕込まれているのが、「ジョジョ展」の持つ凄み、その血(地)の運命(さだめ)なのだ。


スクエアなのに三角形。これも開催地域に仕込まれたミステリーなのか

 もしかしたら、S市花京院だけではなく、六本木にも恐ろしいスタンド使いが潜んでいるかもしれない。それでも、いやそれだからこそ、読者はジョジョ展に行かざるを得ないに違いない。
 覚悟はいいか? オレはできてる。

 13年前、ニューヨークに拠点を移して以来、ホームタウンの大阪にじっくり滞在することはほとんどなかったが、9月の2週間大阪に滞在した。今回はいろんな角度から大阪のシーンを見ることができたのでレポートする。

 大阪とニューヨークは、長いあいだ直行便がなかったのだが、2011年4月からチャイナ・エアラインが、週に3、4日、JFK-KIXのサービスをはじめた。この13年間、ニューヨークから大阪への直行便はなかったので、個人的に嬉しかったが、JFKのターミナルで、エア・チャイナと間違え、長いターミナル移動をさせられ、出発は機内に乗ってから2時間以上も待たされた。フライト・アテンダンスに理由を聞くと出発する飛行機が多く、順番待ちなのだそう。メジャーなエアラインはどんどん飛びたっているのに、やっぱりまだ肩身が狭いのだろうか。

 大阪到着、著者は大阪の下町、商店街もある谷6出身である。知らないあいだに、近所はどんどん変化し、友達にコンタクトを取ると、その中の何人かが偶然にも谷6周辺に引っ越していた。近所を散策すると、このエリアについての冊子もでていた。

 谷6繋がりで、家から5分とかからない場所に、元あふりらんぽのピカチュウが主催するグループ、taiyo33osaka のオフィスがあり、お邪魔した。そこでは、2013.3.11プロジェクトのために、ミーティングが行われていて、ピカチュウやメンバーらの活動話しを聞きつつ、勉強会と称して映画鑑賞をした。オフィスの下には、昭和な雰囲気のたこ焼きカフェがある、心地良い場所だった。大阪力の発信地を間近で見た。

 そのピカチュウも「斬ラレスト」として出演した「子供鉅人」という劇団の演劇を見に行った。子供鉅人の隊長は谷6で「ポコペン」というバーを営んでいて(現在は休業中)、著者も以前にお邪魔したことがあったが、彼らの舞台を見るのは初めて。ポコペンで話したときから、普通でないキャラを感じたが、舞台は彼の才能と人を仕切る力が見事に活かされていた。
 大阪5公演はすべてソールド・アウト。作品としても、エンターティメントとしても、プロフェッショナルで、出演者のキャラクターを活かした人物設定、演技、台詞、話の間や転換、ゲストとのバランス、現代的で、皮肉的で、最初から最後まで見所満載のチャンバラ劇であった。
 ピカチュウは、文明開化の代表として、歌いながら斬られていく役を立派に果たしていた。別の日の「斬ラレスト」には、私がよく行くカフェのマスターの名前もあった。他のゲストが、どんな風に登場するのかも楽しみ。東京は10/4からなので是非見る事をお勧めする。

 先出のカフェのマスターとは、大阪のアメリカ村にあるdig me out(ディグ・ミー・アウト)というアート・ダイナーで、FM802とコラボレートし大阪のアートを応援している(彼も谷6仲間)。彼と仲間が、ニューヨークに来たこともあり、かれこれ10年以上の知り合いである。そのディグ・ミー・アウトの6周年記念ライヴにお邪魔した。ラインナップは、アジアン・カンフー・ジェネレーショ((アコースティック)、イエ?イエ、プリドーン、そしてジェイムス・イハのツアーに同行していたスティーヴのバンド、ハリケーン・ベルズであった。フレーク・レコーズとの共同開催で(こちらも6周年)、会場は日曜日だというのに、たくさんの人で埋まっていた。日本のバンド2組(イエ?イエとプリドーン)は女の子ひとりで、小さい体から懸命に声を出し、オーガニックで、木綿が似合う印象だった。アジアン・カンフー・ジェネレーションは、ナダ・サーフのメンバーと話したときに、名前が出て知ってはいたが、曲を聴くのは初めて。自虐的なMCで会場を沸かせ、別活動も興味深く聞かせて頂いた。ハリケーン・ベルズは元ロング・ウェイヴというバンドのメンバー。新旧の曲をアコースティックで演奏。これだけたくさん見て、終わったのが10時だという時間配分も素晴らしい。

 谷6の知られざる潜水艦バー(?)にも潜入。全くの口コミらしいが、著者が行った時も満席。平日の11時ぐらい、終電は大丈夫なのか?驚いたのは、その内装(外装も!)、維新派という劇団のメンバーが廃材から作ったらしいが、完成度が高すぎる。本物の潜水艦の内部は知らないが、本物より本物っぽいし、細部がより細かい。これだけでも満足だが、ドリンクも美味しく、グラスはピカピカに磨かれ、マスターのキャラも最高。お客とはほとんど話さず、営業中の2/3は、地道にアイスピックでアイスを形創っていた。あまりの衝撃に思わずリピートさせて頂いた。


 別の日には、鰻谷のコンパスに石橋英子さんのショーを見に行った。ゲストは山本精一さん。どちらも見るのは初めてだったが、肩に力が入っていない、自然体なショーだった。山本さんは、ドラム、キーボード、 ギター/ヴォーカルの3人体制。歌ものの良さを素直に感じさせる、ほんのりしたショー。
 石橋英子さんは、もう死んだ人たち(=ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子)、という名義のバンドで登場。今回はさらに、スティールパン、クラリネットのゲストが参加していた。石橋英子さんの柔らかい声を中心に、ギター、ペダルスチール、ベース、ドラム、シンセサイザー、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットなどのさまざまな音が織り成し重なりあい、インプロヴィゼーションあり、歌ものありの大洪水。お客さんもインターナショナルで、子供鉅人の演劇にも来たという、ベルギー人の女の子もいた。

 最終日は、元あふりらんぽのオニが主催する「誰も知らないモノマネ大会」を日本橋の本屋喫茶に見に行った。台風のため、一時は中止かと思われたが、時間通りに行くと、リハーサルも終え、コスチュームできめたオニが「やる」と。
 「誰も知らないモノマネ大会」は、出演者のオシリペンペンズ、アウトドアホームレス、赤犬、ウォーター?ファイ、子供鉅人などのメンバーが学校の先生や近所の人など、その人しか知らない人、もしくは実在しない人物のモノマネをして、審査員が点数を付ける。優勝者にはオニのお母さんのハワイの土地の1坪がプレゼントされるというもの。
 誰も知らない人のモノマネをするので、実際それが似ているのかどうなのか、想像でしかわからない。期待半分で行くと、モノマネ大会とは仮の姿か、と思うほどみんな真剣。出演者、司会者、審査員、すべてが役者揃いで、内容、効果音、コメントなど含め、さすがお笑いが根底にある大阪人、のど自慢大会を見ているような、ほんわか気分にさせつつ、みんなの本気度、完成度、そしてテンポの良さに、息つく暇もなく笑せて頂いた。オニの段取りも、気が利いていたし、出演者の別面の才能が開花していた。

 他にも、京都の「ナノ」というライヴ・ハウスに知り合いのショーを見に行ったり、大阪の鰻谷のロックポップ・バーに行ったり、千日前の色濃いギャラリーにリッキー・パウエルの写真展を見に行き、ひとつずつシーンを確認し、駆け足だったが、内容の濃い大阪滞在だった。
 著者の回りの人なので、偏りはあるが、大阪には面白い人が集まっているのを体感できた。こうやって地元シーンは育って行くのだろう。こういった情報をこまめに得たり、ショーケース/クロスするにはまた別の努力が必要である。

DJ Nobu - ele-king

 昨年から今年にかけてDJ NOBUには何度落ちた気分を救われたことだろう? 3月ASIAでのPARTY、Liquidroomでの7時間セット、そしてFREEDOMMUNEのときの名だたる世界中のアーティストの中でのPLAY。どれも私にとっては年間BEST PARTYに入ると言っても過言では無い感動をもらった。そんなDJ NOBUが新たに始動したレーベル〈Bitta〉と、彼の地元千葉で様々なPARTYを展開する「SOUND BAR mui」による共同オーガナイズPARTYが原宿神宮前の新スポット「garaxy」にて開催される。

 今回彼らが招聘するのはドイツのアンダーグラウンド・クラブ・ミュージック最重要レーベル〈Workshop〉だ。
 レーベルにスタンプのみをプリントしただけの謎めいたアートワークと、その優れた空間性を持つユニークかつ越境的なサウンドにより 世界中に熱狂的な信者を持つ、ドイツのアンダーグラウンド・ヴァイナル・レーベル。
 今回はレーベル・ショーケースということで同レーベルの看板アーティストであるKassem Mosse(カッセム・モッセ)によるLiveとレーベルを主催するLowtec(ロウテック)によるDJ、そしてDJ NOBU、GENKI NAGAKURAのDJというラインナップ。聞き覚えの無い方もいるかもしれないが、かつてMo' Waxのメイン・ヴィジュアル・ディレクターとして名を馳せ、いまはHonest Jon'sやスケートボード・ブランドのPalaceのアートワークを手掛ける英国の人気グラフィック・デザイナー、Will Bankhead(ウィル・バンクヘッド)のお気に入りのアーティストがKassem Mosseだ。またWillが運営する自主レーベル"Trilogy Tapes"から10年にKassem Mosseによる無題のカセットテープ作品が、また今年に入ってMix Mupとの共作LP"MM/KM"がリリースされており、その縁もあってかKassemのUKでの活動は純粋なテクノ/ハウス系というよりはダブステップ以降のボーダーレスな感覚を共有するパーティへの出演が多い。

 なお、前日は名古屋で良質なPARTYを発信し続けるClub MAGOでも同レーベルのショーケース・パーティが開催される。(五十嵐慎太郎)

workshop night

Featuring 
KASSEM MOSSE (WORKSHOP / MIKRODISKO / FXHE - LIVE) *EXCLUSIVE LIVE IN TOKYO
LOWTEC (WORKSHOP / NONPLUS / LAID - DJ)
DJ NOBU (FUTURE TERROR / BITTA - DJ)
GENKI NAGAKURA (STEELO - DJ)

2012.10.20 saturday night
at Galaxy

B1F 5-27-7 Jingu-mae, Shibuya-ku, Tokyo
open/start 22:00
adv 2,500yen  door 3,000yen

presented by Bitta & SOUND BAR mui

Ticket available at DISK UNION(SHIBUYA CLUB MUSIC SHOP, SHINJUKU CLUB MUSIC SHOP, SHIMOKITAZAWA CLUB MUSIC SHOP, CHIBA)、TECHNIQUE

*limited 200 people only 
*If you buy a ticket, you can enter with precedence
*You must be 20 and over with photo ID

*本公演は入場者200名限定での公演となります。
*開演時のご入場は前売り券をお持ちの方を優先させていただきます。
*20歳未満の方、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂きます。

https://www.futureterror.net/news/dj_nobu/workshop_night.html 

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workshop night (Nagoya)

Featuring
Kassem Mosse (Workshop / Mikrodisko / FXHE (live))
Lowtec (Workshop / Nonplus+ / Laid - DJ & Live)
DJ Nobu (Future Terror / Bitta - DJ)
Se-1 (Black Cream - DJ)

Second Floor "旅路" @ Lounge Vio
DJs
Chee (Discosession/Organic Music)
Kaneda
DJ Avan (Pigeon Records)

2012.10.19 friday night
at CLUB MAGO

open/start 23:00
adv 2,500yen(1day) door: 3,000yen

presented by Gash & Black Cream
tour coodinated by Bitta

https://club-mago.co.jp/


 さらに、10/19(Fri)@名古屋MAGO、10/20(Sat)@ 神宮前Galaxyでのworkshopレーベルショーケースの開催を記念して、今回workshopが来日企画として特別に制作した日本限定発売の12インチ盤を各会場にて販売する事が決定!
 いまのところ詳細不明ですが内容はKassem MosseとLowtecの楽曲を収録したものとなる模様。
 プレス枚数は全世界で超限定50枚というプレミア必至の激レア盤です!

[music video] - ele-king

VIKN Ft. BES,GUINNESS,A-THUG & NIPPS - "STARTING 5"
(Produced by HIROSHIMA&B-MONEY)



 負けを認めるからこそ踏み出すことのできる新しい一歩というものがある。新たなゲームを開始し、ルールを設定し直すために、負けを受け入れなければならないときもある。そもそも誰もが強く、逞しく、信念を曲げず、前向きにい続けられるわけではない。ときには迷い、嫉妬や憎しみを抱き、つまずき、辛酸をなめるときもある。負けているのにもかかわらず、負けていないと意地を張り続ける意固地な態度が道を見失わせることもある。やさぐれた人間のやさぐれた言葉は、ときとして、人の心の深いところに突き刺さったりする。と、そんなことをこのラップ・ミュージックを聴いた直後、僕は漠然と思った。

 トップバッターのBESの強烈な哀しみの歌が僕にそういう思考を促したのか、それともHIROSHIMA&B-MONEYの制作したバックトラックの泣きのストリングスに感情を揺さぶられたのだろうか。それだけではないと思う。5人とも同じ内容をラップしているわけではなく、むしろ5人それぞれが異なるベクトルに向かっているものの、5人のマイク・リレーはある一つのムードを作り上げている(例えば、"GOD BIRD"がそうであったように)。そのムードは言うなれば、いま、とくに東京近郊の街に漂う"負の兆し"みたいなもので、これほど見事に"負の兆し"を捉えたマイク・リレーを僕は久々に聴いた気がして、ゾクゾクしてしまったのだ。その兆しの正体はなんなのか、性急に言葉にしたくないし、できるものでもない。だから、この曲における、5人のラップと身振りは圧倒的にクールであるともいえる。

 ハードコア・ラップ、あるいはハスリング・ラップ、もしくはギャングスタ・ラップ。サブジャンルの呼び名はなんでもいい。SWANKY SWIPEのBESはサウス・ヒップホップ以降のオブ・ビート感覚とNYのラッパーの硬派なスタイルをミックスしたようなフロウで実体験に基づいた痛みと哀しみのストーリーを紡いでいく。それに続く、SEEDAとのビーフで話題を呼んだGUINNESSのより糸が絡み合っていくようなフロウは、こんがらがった内面そのものであるように感じられる。さらに、SCARSのリーダー、A-THUGは、「天国じゃないここはHELL/地獄の炎はメラメラ燃える」「ラップじゃなくても金を稼いでいる」というパンチライン、その間をつなぐ赤裸々なリリックで彼らの剥き出しの現実感覚を鼻先に突きつけ、NIPPSは自問自答と風格のある佇まいでブルースを滲ませる。そして最後に登場するTETRAD THE GANG OF FOURのVIKNが、この曲に、微かな、しかしたしかな光を当てている。

 「STARTING 5」は、ミュージック・ヴィデオの透き通る映像美も大きく影響しているのだろうが、北野武の撮るヤクザ映画に通じる叙情と哀愁、あるいは感傷に満ちている。それらは男のロマンやダンディズムから表出されるもので、その意味で彼らはヒップホップのマッチョイズムに忠実ともいえる。が、ここにある、どうしようもない乾きは、それだけではどうにも説明できない特別なものだ。

 最後になってしまったが、この曲はVIKNが10月発売予定のソロ・アルバム『CAPITAL』からの先行ミュージック・ヴィデオとなる。この曲は、この手のラップ・ミュージックのほんの入口かもしれない。CDが売り切れていなければ、BES『BES ILL LOUNGE:THE MIX』、A-THUG『HEAT CITY MIXED BY DJ SPACEKID』の2枚も合わせて聴くといいだろう。

Orphan Fairytale - ele-king

 この6月4日に急逝したジョニー吉長さんに非公式でインタヴューをしたときのこと。僕がまだ何も質問していないのに、彼がまず「ラヴ・チャイルドって知ってるか?」と訊くので、僕は平静を装いつつ「知っています」と答えた。シュープリームスのアルバム・タイトルに興味が湧いて意味を調べたことがあったのである。ラヴ・チャイルド=私生児。ジョニーさんは「なんてヒドい言い方なんだろう」と話をつづけ、彼の父親が日本に来ていた米兵で、物心ついた頃からアイデンティティに悩みつづけたことを話してくれた。ジョニーさんは途中で何度も声をつまらせた。その夜は僕も覚悟を決めて話をききつづけた。きくしかなかった。ミュージシャンとしてひとつの答えを出そうと、『ジョニー・セカンド』(78年)で"木曽節"を取り上げ、自分は日本人なんだという思いをそれに込めたつもりが、故・中村とうように酷評され、そのときの怒りがまだ消えないとも話していた。言葉数は少なかったけれど、その気持ちはダイレクトに伝わってきた。北沢タウンホールで行われたお葬式で、祭壇に組まれたドラム・セットを見たとき、僕は当然のことながら、その口調を思い出さざるを得なかった。いつもはとてもジェントルなジョニーさんがそのときだけは汚い言葉を口にした。

 グループ・サウンズから脱線していくようにして日本にロック・ミュージックが確立していくとき、ジョニー吉長のようなラヴ・チャイルドたちは少なからず役割を果たしている。そのような歴史性について系統だった研究はなされていないと思うけれど、彼らがやってきたことの上にバンド・ブームが花開いたことは誰にも否定できないし、それなりの敬意は払われていいはずである。そのような人たちに僕が接したり、話を聴かせてもらう機会を持つことができたのはすべて忌野清志郎さんのおかげであり、清志郎がそのような人たちから愛される存在だったのも、彼自身が実の両親に育ててもらえなかったこと、そのために孤児の気持ちを歌うことができたからではないかと思う。RCサクセション"ぼくとあの娘"の歌い出しは、♪あの娘はズベ公でぼくは身なし子さ とっても似合いのふたりじゃないか~ というもので、これは公式に発表されたものよりも、『ロック画報』の付録CDで聴くことを推奨したい。太田克彦氏が70年代にジャンジャンで密かに録音していたテープから清志郎自らセレクトしたヴァージョンである(この曲の話は尽きないけれど、まずはこれまで)。

 イーファ・ファン・ドゥーレン(本名で「ドア家のイヴ」の意)による「孤児の御伽噺」というユニット名を見てやたらなことを思い出してしまった。バイオグラフィが公開されていないので彼女自身がココ・シャネルやマリリン・モンローと同じように孤児かどうかは不明だけれど、その音楽はなるほど掛け値なしにフェアリーテールである(髪型もツインテール)。『彗星は生きている』と題された(CD-Rやカセットを除くと)ソロ2作めは、どの曲も幻想的で不思議な気分を掻き立ててやまず、通して聴いているとシャガールの絵に片端から音を付けていくような作業を思わせる。ラブクラフトめいたダーク・ファンタジー。めちゃめちゃ楽しくて暗い夜。線の細いシンセ・ポップによってプログレッシヴ・ロックを再定義しながらドローンも少々という感じだろうか。紙『ele-king』でいえば6号の「エレクトロニック・レイディランド特集」7号の「ノイズ/ドローン特集」に片足ずつ突っ込んでいるため、松村編集長によってどちらからも外されてしまうような音楽性というか。

 "最後の生きる伝説""流星群(メテオ・シャワー)""牧歌的な荒野"といった曲を聴きながら、どのようなイメージが脳内を駆け巡るのか。初めからそれは限定したくないので、個々の曲についてはとくに触れない。同じ〈ブラッケスト・レインボウ〉からフォーク・ドローンを垂れ流すイーゼングラン(『ele-king』6号P63)にも通じるところはあるものの、音作りの基本がシンセサイザーなので、なんというか、タキシードムーンからニューウェイヴの呪縛を取り去って、よりフリー・フォームに落とし込んだようなシンセーポップ・ドローンというようなものになっている。たぶん、テクスチャーを新しくしているだけでヨーロッパには古くからあるオブセッションの塗り直しであり、グルーパーモーション・シックネスといったアメリカ勢との対比で、なんとなく新鮮に聴こえてしまう部分も少なからずではないかと思われる。アメリカではドローンが一大ムーヴメントになったかのような印象があるけれど、それは100%商業的な需給関係に左右されるからで、ジム・オルークに言わせればヨーロッパではそうした種類の音楽に国家からの援助が絶えたことはいちどもない......つねにその存在は保障されているという(社会的に見て、やらなくていいことをやっていることの意味合いがアメリカとヨーロッパではまったく違うということでしょう)。あるいは、どこか遊びというか(よく見るとデザインのそこかしこにヘビちゃんがあしらわれている)。

 程度の差こそあれ、ファンタジーにはやはり反社会性がつきまとう。スティーヴン・ミルハウザーの小説をニール・バーガーが映画化した『幻影師アイゼンハイム』ではそれが具体的な脅威となるプロセスが描かれていて、とても興味深かった(レイヴ・カルチャーが社会を揺るがせた瞬間にもきっと同じことが起きていたのだろう)。『彗星は生きている』で展開されているファンタジーはあまりにも手作り感覚で、そのような入り口に立つことがせいぜいかもしれない。それでもこれは、反社会性へと開かれた扉なのである(ドゥーレンはさらにドルフィンズ・イントゥー・ザ・フューチャーのリーフェン・マルテンスともブロッブスというユニットを展開。ドルフィンズも今年は春先にいつもとは趣向を変えた『カント・アーキペーラーゴ』をリリ-スし、フィールド・レコーディングとフリー・ジャズを組み合わせたり、なんかヘンなことになってきた......)。

interview with Tommy Guerrero - ele-king

 1991年の5月、ヒースロー空港の税関で、僕は、とにかく執拗な質問攻めにあった。財布の中身や手荷物の中身までぜんぶ開けられた。それはThrasherのキャップなんて被っていたからじゃないかと同行した友人に言われたが、そいつは「acid junkies」と英語で書かれたTシャツを着ていたので、もし原因があったとしたらスマイリーのほうだろう。
 昨年、『Thrasher』マガジンの共同創始者として知られる64歳の男=エリック・スウェンソンは、──一説によれば重たい病の苦しみから逃れたいがためだったというが──、警察署に入ると自らのこめかみに銃を当てて、弾きがねを引いた。
 スウェンソンは、スケートボーディングの歴史における重要人物のひとりだ。1978年にサンフランシスコでスケートボード用のトラックを作る会社を設立した彼は、それから3年後にくだんの『Thrasher』マガジンを創刊している。モットーは「skate and destroy」。スケートボーディング自体は1960年代からあったというが、『Thrasher』はそれをパンクの美学に当てはめた張本人だった。スウェンソンはパンク・ロックが大好きだったのだ。結局、このスタイルは、1980年代以降のストリート・カルチャーの代名詞になった(今日ではオッド・フューチャーもそうだ)。

 トミー・ゲレロは、海外では音楽家というよりもスケートボーダーとしての名声のほうが高い......というよりも、いまでは専門誌から「スケートボーダーのゴッドファーザー」とまで呼ばれている。いまさら言うのも何だが、トミー・ゲレロとはマーク・ゴンザレスやなんかと肩を並べるカリスマ・スケーターである。


Tommy Guerrero
No Mans Land

Rush Prodction/AWDR・LR2/BounDEE by SSNW

Amazon iTunes

 トミー・ゲレロにとってちょっと気の毒なのは、彼のスケーターとしての名声が大き過ぎるあまり音楽家としての彼が過小評価されていることにある。『ガーディアン』のエリック・スウェンソンの死亡記事においては、彼は「プロフェッショナル・スケートボーダー」として紹介され、コメントを求められている。
 翻って日本では、彼のポスト・ロックめいた控え目さと西海岸の叙情性が混ざった音楽は素直に愛され続けている。僕のまわりでもかれこれ10年以上聴き続けている人間は少なくない。ポスト・ロックと呼ぶほどジャズ寄りではなく、ヒップホップのビートから影響を受けつつ、ロックと呼ぶにはこざっぱりしている彼の音楽──ある種スタイリッシュで、ある種の清潔感をともなっているメロディアスな彼の音楽が、日本の文化土壌にハマったのだろう。

 『ノー・マンズ・ランド』はトミー・ゲレロにとって7枚目のアルバムで、マカロニ・ウェスタン調な響きを特徴としている。シンプルな構成のなかには、長いあいだファンを引き続けてやまない良いメロディとしっかりとしたグルーヴがあるが、今作では、スパニッシュ・ギターの響きを活かしながら、曲によっては一触即発な緊張感あるムードを展開している。乾いた風が吹いて、見知らぬ街のバーに入る......「誰もいない土地」という題名のように、どこか孤独なものを感じさせる作品だが、それはプロ・スケーターとして自分を安売りせず、音楽家としても完全マイペースを守っているトミー・ゲレロの生き様と重なっているように思える。

 ちなみにこの12月には、ドキュメンタリー映画『ボーンズ・ブリゲード』の公開も決まっている。ボーンズ・ブリゲードとは、1980年代のスケートボーディング・シーンに革命を起こしたスター集団でトミー・ゲレロはその主要メンバーのひとり。近いうちに若き日の彼のスキルや情熱を見ることができるだろう。

マカロニ・ウェスタンはとても細かいジャンルではあるけど、すごくユニークなんだ。彼らのサントラ・ミュージックで使用されてる楽器、メロディ、コンポジションが大好きなんだ。音響的、空間的に惹かれるところが多い。

スケーターが年齢とともに失っていくモノと得ていくモノと両方について教えてください。

TG:スケートというのは、身体を酷使するんだ。年をとると、その代償を味わうことになるんだよ。自分の理想通りのスケートができなくなる。心のなかでスケートへの情熱は相変わらず熱いんだけど、昔のようにスケートすることが肉体的に不可能なんだ。スケートをすることから得られたものは、死ぬまでサポートしてくれるコミュニティさ。他の世界にはないものだよ。

あなたの音楽のインスピレーションは昔から変わっていませんか? 計画されたものというより、わりと直感的というか、そのときのひらめきというか。

TG:そう、その瞬間のひらめきで作っているんだ。そのほうが満足感があるんだよ。

『Loose Grooves & Bastard Blues』(1998)でデビューしてから14年が経ったわけですが、ずいぶん長い活動になりましたね。長くやっていると当然、どんな人でもマンネリズムという落とし穴があるわけですが、あなたはそこを意識的に回避しようとつとめていますか?

TG:アプローチを考えすぎないようにしてる。分析的になりすぎると、身動きがとれなくなる。とにかく試してみて、どうなるか様子をみるんだ。俺の音楽は表面的にはシンプルに聴こえるんだよ。

デジタル環境の普及、インターネット文化についてどのように考えていますか? あなたのようなヴィンテージな文化を愛する人からすれば、複雑な気持ちがあるんじゃないでしょうか?

TG:ヴィデオがラジオスターを殺したように、インターネットがレコード業界を殺した。でも、活動の場はより公平になった。消費者は、レコードを作るにはたくさんの血、汗、魂を込めて作っていることを分かってほしいし、レコード制作にはお金もかかるということを覚えておいてほしい。ファンがミュージシャンをサポートしなければ、音楽は存在できなくなる。

1日のうち、インターネットを見ているのはどのくらいの時間ですか?

TG:1時間くらいかな。家ではインターネット・アクセスがないんだ。

最近の若い世代はヴァイナルとカセットを中心に作品をリリースしています。こういうアメリカの新しい動きについてはどう思いますか?

TG:素晴らしいことだよ。アナログのマーケットは決して大きくないけど、ヴァイニルがプレスされていることは嬉しい。

自身のカタログのなかで異色だなと思うのはどの作品ですか??

TG:『Loose Grooves & Bastard Blues』だろうね。純粋で無邪気な作品だからさ。

あなたにとって音楽は、最高の娯楽といったところでしょうか?

TG:音楽は本当にセラピーなんだ。ヒーリング効果があるんだよ。

たとえばひとりのリスナーとしては、ふだんはどんな風に音楽を楽しみますか? 

TG:いつもと変わらず、聴いたことがない刺激的な音楽を聴くと、それを探し出すんだ。でも新譜を買うことは少ないね。昔の音源で素晴らしいものが発掘され続けているし、その焼き直しの新しい音楽が多い。俺の音楽も例外じゃないけどね。

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日本製のフェンダーのほうが全然安いし、アメリカ製のギターより質がいいからさ良いギター・トーンを作ることにまずこだわってる。たくさんのリヴァーブとトレモロを使って、とにかくラウドにプレイするんだ。


Tommy Guerrero
No Mans Land

Rush Prodction/AWDR・LR2/BounDEE by SSNW

Amazon iTunes

新作の『ノー・マンズ・ランド』はマカロニ・ウェスタン風のアルバムになりましたが、エンニオ・モリコーネやヒューゴ・モンテネグロが手掛けたサントラなど、あなたはどんなところが好きなんですか? 

TG:とても細かいジャンルではあるけど、すごくユニークなんだ。彼らのサントラ・ミュージックで使用されてる楽器、メロディ、コンポジションが大好きなんだ。音響的、空間的に惹かれるところが多い。

『ノー・マンズ・ランド』でのギターのスパニッシュな感じはどんなきっかけがあって取り入れたんですか?

TG:自然とそうなったね。

"Hombre Sin Nombre"のようなあなたらしいメロウで、平穏な曲もありますが、『ノー・マンズ・ランド』には"Phantom Rider"や"The Gunslinger"のようなダークな曲もあります。そのダークさは、個人的なものなのでしょうか?

TG:自分でも分からないけど、レコーディングしたときのフィーリングがそのまま反映されているんだ。今回は太陽のように明るい作品を作りたいと思わなかったんだ。

あなたは自分の音楽をスタイリッシュでお洒落だと思いますか?

TG:本当? そんな風に考えたことはなかった。

アートワークを手がけたデイヴ・キンジーについてコメントをください。

TG:彼はスケート界出身のアーティストなんだ。俺の旧友であるアンディ・ハウエルやシェパード・フェアリーとも彼は友だちなんだ。デイヴ・キンジーの最近の作品が好きなんだ。彼の過去の作品よりもアブストラクトで、あまり明解ではないところが好きだよ。

日本では海好きな人たちからもあなたは人気があります。その理由をご自身ではどう理解していますか? 

TG:自分でもわからないよ。おそらく、俺の音楽がグルーヴをベースにした音楽だからだと思う。それに、リスナーが俺と俺の音楽をそうやって捉えているんだと思うよ。

日本人はみんな高いお金をはたいてUS製のフェンダーを買っているのに、あなたはなぜ日本製のフェンダーのほうを好むんですか?

TG:日本製のフェンダーのほうが全然安いし、アメリカ製のギターより質がいいからさ。

ブレイクビーツを使うのは、あなたの音楽にはやはりファンクの要素が欠かせないからなんでしょうか?

TG:俺は古いファンクやソウルのグルーヴに魅了されてるんだ。そういうグルーヴを聴いていると踊りたくなるんだ。

リヴァーブの感じとか、音色や音質にこだわりを感じたのですが、とくに今回録音で凝った点があったら教えてください。

TG:良いギター・トーンを作ることにまずこだわってる。たくさんのリヴァーブとトレモロを使って、とにかくラウドにプレイするんだ。

"Specter City"なんてドリーミーな曲で、ちょっとアンビエントな感じがしますが、アンビエント作品を作りたいとは思わないですか?

TG:つねに作ってみたいと思ってるよ。次のアルバムはまた全然違うアプローチになると思うよ。

ちなみに1曲目の"The Loner(孤独な人)"とは、あなた自身のことでしょうか?

TG:多少はそうだね。俺は基本的にソロで活動しているけど、いつもひとりでやっていると辛いこともある。

なんであなたは、アメリカのインディ・シーンにおいて異端なんでしょうか?

TG:アメリカのシーンは巨大な池なわけで、俺はそのなかにいる小さな魚なんだよ。アメリカの音楽シーンでは、俺はあまり大きな存在感はないんだ。

あなたはいまでもご自身や自分の仲間を「ビューティフル・ルーザー」という言葉にアイデンティファイできると思いますか?

TG:自分のことを"ルーザー"(負け犬)と捉えたことはない。

ありがとうございました。

TG:長年俺のことをサポートしてくれたファンに感謝!

Bones Brigade Teaser

Bones Brigade: An Autobiography - Trailer


■Tommy Guerrero Japan Tour 2012

10/11(Thu) Tokyo@ duo MUSIC EXCHANGE
問い合わせ先:03-5459-8711
詳細:https://www.duomusicexchange.com/
https://t.pia.jp/sp/tommy-guerrero/tommy-guerrero-sp.jsp

2012年10月3日(水)23:00~02:30「TOMMY GUERRERO SPECIAL~ストリートの生ける伝説」緊急配信が決定しました!
LIVE&TALK:TOMMY GUERRERO(from San Francisco)出演:野村訓市
https://www.dommune.com/

「朝霧ジャム」出演も決定!
2012年10月6 (土) 静岡県 富士宮市 朝霧アリーナ
https://smash-jpn.com/asagiri/timetable.html
OKI DUB AINU BAND、GOMA&THE JUNGLE RHYTHM SECTION、
WILKO JOHNSON、そしてLEE PERRY Bandととも出演いたします。

Tommy Guerrero Japan Tour 2012

10/4(Thu) Nagoya@ BOTTOM LINE
問い合わせ先:052-741-1620
詳細: https://www.bottomline.co.jp

10/5(Fri) Kanazawa@ MANIER
問い合わせ先:IMART 076-263-0112 / CASPER 076-232-5293
詳細: https://mairo.com/manier/

10/7(Sun) Shizuoka@ SOUND SHOWER ark
問い合わせ先:WIGWAM 054-250-2221
詳細: https://www.ark-soundshower.jp/

10/8(Mon) Kyoto@ Club METRO
問い合わせ先:075-752-2787
詳細: https://www.metro.ne.jp

10/9(Tue) UMEDA CLUB QUATTRO
問い合わせ先:06-6311-8111
詳細: https://www.club-quattro.com/umeda/
https://t.pia.jp/sp/tommy-guerrero/tommy-guerrero-sp.jsp

10/11(Thu) Tokyo@ duo MUSIC EXCHANGE
問い合わせ先:03-5459-8711
詳細:https://www.duomusicexchange.com/
https://t.pia.jp/sp/tommy-guerrero/tommy-guerrero-sp.jsp

NORIKIYO - ele-king

文化的混交、音楽に国境はない 文:二木 信

 またもや中国や韓国との領土問題がマス・メディアを騒がせているようだが、いったいどこの誰が喧嘩の火種をばらまいて、争っているのだろうか。せめて、一部の好戦的な人たちの争いを一般化しないで欲しいものだ。
 神奈川・相模のヒップホップ・ポッセ、SD・ジャンクスタのラッパー、ノリキヨが先日YouTubeにアップした「Hello Hello ~どうしたいの?~」は、2010年末にハイイロ・デ・ロッシとタクマ・ザ・グレイトが発表した「WE'RE THE SAME ASIAN」と同じく、多文化主義と平和主義のコンセプトで、好戦的なレイシズムや偏狭なナショナリズムに揺さぶりをかけている。この曲がユニークなのは、ノリキヨがジャックしているのが、韓国の人気グループ、ビッグバンのリーダーらの別プロジェクトGD&TOPの「ポギガヨ (Knock Out)」のトラック(プロデュースはディプロ!)で、さらにこの手の政治的な楽曲にありがちな堅苦しさがないということだ。要はコミカルで、遊び心があって、ノリがいいのだ。彼が、デビュー・アルバム『EXIT』(07年)の"Do My Thing"で、「仲間は日本人/ラテンにコリアン」とラップしていたのを思い出す。「Hello Hello ~どうしたいの?~」でも、ノリキヨの、町のあんちゃん的な人懐っこいキャラクターがいい味を出している。
 私たちはいま、シミ・ラボのようなマルチ・エスニックなグループの登場を目の当たりにしているし、映画『サウダーヂ』に出演したブラジル人ラッパーがスティルイチミヤとの出会いから、ポルトガル語だけでなく、日本語のラップに挑戦しているという話も伝え聞く。「音楽に国境はない」という物言いは、ある意味では奇麗事だけれど、文化的混交という観点から言えば、たしかに音楽に国境はない。
 ともあれ、このタイミングで、このような曲を素早く発表したノリキヨにリスペクト!!!

文:二木 信


物騒な世界への異議申し立て 文:野田 努

 昔、石原慎太郎が「第三国人」という言葉を使ってマスコミで叩かれたものだが、歓楽街育ちの僕には、この呼称は、善し悪しはともかく、馴染みのある言葉だった。敗戦直後のGHQ占領下において、屈強な「第三国人」はある意味ルードでいられた時期がある。たとえば、食い逃げされても警察は助けてくれないから自分で追いかけるしかない。そんな風な、言うなればラフな多文化的な状況にあったと年配の人たちから聞いている。
 戦前生まれの人間は、それまでの日韓の歴史を日常的な感覚レヴェルで知っているもので、古くは豊臣秀吉の朝鮮征伐、虎退治で知られる加藤清正、明治における西郷隆盛らの征韓論などなど、日本が朝鮮にちょっかいを出してきた歴史を、そして、労働力として彼らが日本に大挙してやって来たことも記憶している。敗戦直後の彼らのルードさも、いままでさんざんな目に遭ってきた歴史から来ていることを知っているので、まあしゃあないかと思えるし、韓国にとって領土問題がたんなる領土(漁業)以上の意味を持ってしまうことも感覚的にわかっている。そう考えると、ノリキヨがこの曲で使っている「ひとつの島」という言葉も微妙と言えば微妙だが、彼が切実に訴えたいことが平和であることは伝わってくる。彼はただ真っ当なことを言っているだけなのだ。

 曲のトラックでは、いまではすっかり国際的な音楽シーンで名が通っているK-POPからサンプリング・ソースを持ってきている。ノリキヨのこのアイデアは、音楽的な軽快さをもって、彼の理想主義的なヴィジョン(音楽によって人種や歴史的しがらみを超える)における友愛さを際立たせている。曲の主題自体はリスキーだし、カットアップされる映像もきわどいと言えばきわどいが、最終的にこの勇敢なラッパーは、物騒な国家主義に異議申し立てをしながら友好を呼びかけている。
 人種差別や国家主義の問題に関して欧米の音楽文化は、臭いものに蓋をするのではなく、ひとつには、激しく罵り合うことをむしろ笑いのレヴェルにまで持ち上げることで超越しているが(あるいは『NME』がダフト・パンクを表紙にするときにフランス人の蔑称であるカエルの格好をさせるとか、ドイツ人の蔑称であるクラウトを褒め言葉へと反転させるとか)、冗談が通じない日本でそういう国家主義をネタにした洒落が通じるかどうか......。ノリキヨが望む社会が来るのにはまだまだ時間がかかるかもしれないけれど、この曲を聴いて、歴史を紐解くのも無駄ではないでしょう。尖閣諸島はまた別の文脈で面倒くさそうだし。

文:野田 努

Earth / Mamiffer Japan tour - ele-king

 いま猛烈に疲れている。というのもこのドシャ振りの雨の中、マミファーやアースの連中と一日中外を徘徊していたからだ。
 シアトルの連中は雨を何とも思っていないように見える。というかむしろ好きなんじゃないかというくらいのはしゃぎようだ。
 僕と言えばヒキコモリ・イン・ダ・ハウスを具現化したような毎日。
 しかも先日、LAでの放浪を終えたばかり。まばゆいばかりの太陽と輝く砂塵、七色の煙にまみれ弛緩しきった体にこの湿度と雨、人波。この程度の些細な物事につまづいているゆえ今後の社会復帰が思いやられる。
 という僕がいかに僕ちゃんなのかという話ではなく、これはシアトル→LA→東京をドリフトする怠惰なライヴ・レポである。

 オールド・マン・グルーム(Old Man Gloom)、その名を聞いて震え上がらぬ者はいない。ex-アイシス/マミファーのアーロン・ターナー、ケイヴ・イン/ゾゾブラのケイラブ・スコフィールド、コンヴァージ/ドゥームライダーズのネイト・ニュートン、フォレンシクス/ゾゾブラのサントス・モンターノという泣く子も黙る00年初頭のボストン・エクストリーム・ミュージック・オールスター・バンドだ。
そのOMGが10年振りにライヴをやると聞き、僕は少量の尿を漏らした。行かねば...殺られる...彼らの西海岸ツアー初日を飾るこのエコー(Echo)は個人的にも思い入れのあるハコだ。サンセット通りに面した2階がエコー、グランデール通りに面した1階がエコー・プレックス(Echo Plex)となっており、アーロンが社長を務める〈Hydrahead Records〉でバイトをしていた際、LAで初めて借りた部屋から徒歩3分というのも相まって当時様々なバンドをここで見た。「dublab meets dubclub」等このふたつのフロアを存分にいかしたイベントも魅力的だ。
 マーチテーブルでひとりせっせと社長自ら売り子をするアーロンを横目で見つつ、しかし手伝うということもなくビアを飲みながら弛緩しながらニヤニヤしている恩知らず極まりない僕は、この日の盛況ぶりに驚いた。会場を埋め尽くす汗臭い素人童貞感漂うメタル・デュード、メンヘラ感が否めないロックお姉さんの群れ群れ群、マーチャンダイズを湛然に物色する彼らオーディエンスの熱意の凄いこと凄いこと。OMGは多感な時期の僕のヒーローであり、所詮は過去のモノという概念がやはりどこかにあったのか、〈Hydrahead〉のリリース群のようなエクストリーム・ミュージックがこの地においては絶大なポピュラリティーを得ていることを改めて認識させられた。
 気づけばステージではアイズ・オブ・ジェミナイの演奏が始まっている。そのサウンドはストーナー・ロックの文脈下ではあるが、良質なリフ、ひねくれたグルーヴのドラム、ゴシックな女性ヴォーカルと個々の要素に抜群のセンスを感じられるもので今後のブレイクが期待される......って今ウェブで調べたら彼等のアー写が出て来てウワチャー......これは僕にはちょっとゴス過ぎるなぁ......
 OMGの出番もいつしかおとずれ、マーチテーブルから息つく暇もなくアーロンは袖へ。なにも社長自ら売り子をしなくてもいいのになぁと相変わらず手伝う気がない僕だが、そのいつだって一直線な努力が彼のバンドとレーベルをここまで大きな存在にしたことに間違いはない。
 さすがはオールスター・バンド、見栄えが違う。第一線で活躍する個々のバンドの過密なスケジュールがピッタリ合う周期が10年に一度とゆーことなのだ。そのありがたさたるや何チャラ流星群みたいなものである。当時クソガキだった僕はコヤジ(小オヤジ)となり、アンチャンだった彼らはコッサン(小オッサン)となった。パンク・ハードコア・スピリットを忘れ、腰痛が恐くてモッシュもできず、女の子にフラレても「あ、生理なのね」と動じない迷惑千万な図太いコヤジとなった僕を嘲笑するかのようにOMGのオッサンたちはのっけからブルータルなチューンで畳み掛ける。彼らの新作である『No』はOMG史上最もブルータルなアルバムであるが、このライヴで見せる彼らのポテンシャルはそれ以上のものだ。狂気の沙汰ともいえるアーロン、ネイト、ケイラブが全員がヴォーカルをとるという怒濤の三位一体エネルギーがオーディエンスの血液を逆流させる。個人的にOMGのトレード・マークであるサントスのヘヴィかつダンサブルなドラムがフロントの3人の怒れる漢を後押しする。OMGのバンド名からも伺えるが、このバンドは元々アーロンとサントスのふたりが地元であるニューメキシコで結成したものだ(「Old Man Gloom」および「Zozobra」はニューメキシコはサンタフェでおこなわれるバカデッカい案山子を燃やすお祭りのことだ)。OMGのサウンドは燃え盛る感情の炎が照らし出すインディオとラティーノのミックス・カルチャーが育んだニューメキシコの雄大な土地と歴史を舞台にキューブリックが『2001年宇宙の旅』を撮ったような宇宙スラッジ・コアとでも言っておこう。気づけばモノリスに群がる猿と化した僕はフロアでもみくちゃとなり、満身創痍な状態でライヴは終了。アーロンに礼と別れを言い、東京での再会を約束したのであった。
 そう、それは彼の別プロジェクト、マミファーがあのアースとともに来日することになっていたからである。


Old Man Gloom | Photo by Diona Mavis

 さて、話は少し戻り、紙『エレキング』7号にてインタビューをおこなったアースであるが、実はこのインタヴューに僕はかなり尻込みしていた。だってだってだってあのアースですよ? ふだん僕がインタヴューをおこなっている味系ミュージシャンとはワケが違うワケで......。
 僕はアースにある種の畏敬の念を感じている。9年間のブランクの後に発表された『Hex』のレコードに初めて針を落とした時、そのサウンドのあまりの美しさに涙した。それから現在に至るまでコンスタントにアースが発表してきた比類なき完成度を誇るすばらしい作品群は、ディラン・カールソンという壮絶なる半生を送って来た男にしか奏でることができない叙事詩なのだ。近年はB型肝炎を患っており、医者にはすでに余命宣告もされているという中で制作された最新作『Angels of Darkness / Demons of Light I & II』(レコーディングは同一セッション)、そしてリリースを控えているディランのソロ作品、彼のクリエイティヴィティはさらなる高みを登り続けている。彼が見ている世界はもはや凡人が伺い知ることのできない領域なのだ......。
 ......というワケで、僕の中のディランは神々しい存在なのであった。が、新大久保「earthDOM」でのライヴ前、初めて会うディランは笑顔の絶えない最高の男であった。昨年シアトルで会ったベーシストとして今回のツアーに参加しているドン・マクグリーヴィ(その日のくだりはマスター・ミュージシャンズ・オブ・ブッカケのレヴューを参照)とともに自宅で飼う3匹の猫の可愛さを笑顔で語るディランに僕の緊張はいつしかほぐれていった。僕のくだらない質問にも気さくに答えてくれ、炭坑夫として働いていた彼の叔父の壮絶な話なんかまさしく『Hex』の世界観そのままだ。
 ディランの話を聞いている内にすでに演奏を開始していたマミファーはパーカッショニストとしてジョン・ミューラーが今回のツアーをサポート。実は僕は最初彼がジョン・ミューラーだと知らず(だってアーロンがジョンとしか紹介しなかったからね)、後日カレーを食いながら談笑している際に気づいた。失礼極まりない......彼とジェイムズ・プロトキンによるレコード『Terminal Velocity』はエレキング編集部で最近もっぱら話題の名作である(というか僕と三田さんの間だけの話だが......)。
 マミファーのセットは見るたびに異なる様相を呈している。前回の来日の際との秋田昌美氏とのコラボレーションや近年のリリースを聴く限り、よりオーガニックなノイズ・ミュージックを今回も予想していたが、ジョンとのセットとのことで今回は哲学的な重厚さを漂わせるドローン・ロックを披露していた。フェイスの美しい歌声はもちろんだが、OMGとは別にLAで見たウィリアム・ファウラー・コリンズのコラボレーションでも際立っていたアーロンのヴォーカルの繊細かつ重厚な響きはすばらしい。

 マミファーの演奏後の熱も冷める間もなくアースの出番だ。ディランいわく、今回のアースはパワー・ロック・トリオなのさ、とのこと。セッティングのすばやさもさることながら、まさしく小細工無しの生音スリー・ピース。ホーン/オルガンのオーケストラ・セットでのアースもすばらしいが、ディランがていねいにストリングを拾うことによる芳醇な倍音、アドリアーノの司るすばらしい間、ドンの流れる様なベースライン、シンプルが故に個々が際立っている。濃密なロングセットを披露した。僕は週末の新代田フィーバーでの再会を約束し、この日を後にした。
 ラストの東京公演の日、例のごとく予想よりかなり早い時間にアーロンから着信があり、サウンドチェックも早々に済ましたとのことでこの辺にヴィーガン・レストランはないか、とのこと。合流のためチャリを走らせながら僕はかつて彼が結婚前、アイシスで来日していた頃毎回「日本だー! 焼き肉だー!」と騒いでいたことを思い出していた。日本でのヴィーガン・ライフはまだまだ厳しい。下北にてヴィーガン食をむさぼりながらアーロンとフェイスはジョンと本日のセットについて細かい部分を詰めていた。そのかいあってか、その日のマミファーのセットはDOMでのショウを遥かに凌ぐすばらしいできばえだった。終止途切れることのない集中力、ジョンのドラミングはまさしくスティックがドラムに吸い寄せられているようなライト・スポットを打ち抜き、アーロンのヴォーカルは気合い千万、フェイスの歌声の透明感もさらに増したすばらしいものであった。
 おっと、話が前後してしまうが、この日の東京公演をサポートするのは日本が世界に誇るBoris。しかもアレ? 栗原さんもいるじゃないですか。いまさら栗原ミチオについて僕が語るまでもないが、海外の友人のみなが一様に絶賛する彼こそが日本が誇る世界屈指のギタリストである。Borisは名盤『Flood』と新曲を披露する僕が今まで見たBorisのセットの中で最も短いものであったが、それが逆に新鮮であった。Borisの3人が奏でるヘヴィ・サウンド・スケープの中を縦横無尽に駆け巡る栗原氏の血湧き肉踊るギターに会場にいる誰もが恍惚としたことだろう。常にリスナーの予想を良い意味で裏切る、確信的な活動をおこなってきたBoris、それは孤高の存在と呼んでいいだろう。彼らの常に時代の先をゆく活動は真に才能と努力に裏打ちされた天の邪鬼が為せる奇跡なのではなかろうか。今後も彼等に驚かされるのが今から楽しみである。
 さて、結論から言うとこの日のアースは初日を遥かに凌ぐすばらしいものであった。チケット完売で約300弱のオーディエンス。ヨーロッパ・ツアーでの大きなフェスティバル以来の聴衆だとディランは漏らしていたが、それほど誰もがアースを心待ちにしていたのだ。そんな中を優雅にプレイするのは百戦錬磨の経験に他ならない。かつて見た彼らのドキュメンタリー内でのインタヴューにてディランは興味深いことを言っていたのを思い出した。おもむろに目の前にあるグラスを手に取り、自分の音楽はこのグラスに注がれた水のようなものだ。形を持たないその何かがどこからかやってきて自分という器に注がれ、形を為しているに過ぎないと。ディラン・カールソンはかつて僕らの想像を絶する絶望の淵から幾度も這い上がって来た。そして今現在彼がおかれている状況も決して楽観視できるものではない。この日の彼の演奏を聴いて僕は涙しそうになった。それはまるでこの地球上のあらゆるものの存在の儚さ、しかしすべては永遠であり、形を為している個にはすべてに意味があるのだ、と彼が語りかけているように聴こえたのだ。

 彼らはシアトルへ帰っていった。雄大な自然に囲まれたミュージシャン・コミュニティのあるあの地へ。もしこの僕の駄文を読んで少しでも彼等の音楽に興味を持ってくれた方がいれば、彼らのレコードを手に取って欲しい。非常に残念なことにアーロン・ターナーの〈Hydra Head Records〉は今年の暮れを持って1995年から歩んで来たその偉大な歴史に幕を閉じる。いつだってインディペンデント・レーベルとしてローカル・ネットワークを大切にしてきた彼らのリリースを手にとる機会がもしあれば、それは多いなるサポートへ繋がるだろう。またアースもディラン・カールソンのソロ・プロジェクトを含め多くのリリースを控えている。どちらも90年代から現在に至るまでロック史に大きな足跡を残して来た存在であり、今後のインディ・ミュージックの先を占うものであるだろう。


EARTH | 写真:塩田正幸

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