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SBTRKTとアニマル・コレクティヴとホワイト・ストライプスとキッド・カディとアフリカ・ハイテックをミックスすDJがいるかって? いるんですよ。これ見て(https://vimeo.com/30103637)。
UKの〈ニンジャ・チューン〉レーベルを主宰するコールドカットは、1987年にDJのミックス文化にウィリアム・S・バロウズのカットアップの手法を持ち込んで、そうした脈絡のないミックスを実現した。ヘックスタティックは、コールドカットの初心とも言えるミックス文化を継承するレーベルの映像チーム。そんな彼らのヴィデオ・ミックスが無料配信されている。くだんのリンクは、1時間にもおよぶ驚愕の映像音楽体験です。
今週末、世界初披露となるHalloween Audio Visual Setを組み上げて〈エレクトロニック・トライブ〉(通称、エレトラ)に出演する! 彼ら御機嫌なパフォーマンスは祝祭にバッチリはまるはず。とくにハロウィーン好きは必聴で必見。パーティには他にも個性的な出演者が登場するので、詳しくはホームページをご参照ください。
【ELECTRONIC TRIBE HALLOWEEN PARTY 2011】
2011年10月29日(土) 23:00 開場/開演
@UNIT/SALOON/UNICE
渋谷区恵比寿西1-34-17ザ・ハウスビルB1、B2、B3
HP: www.unit-tokyo.com
出演者
HEXSTATIC -Halloween Audio Visual Set- (Ninja Tune/UK)
O.N.O a.k.a. MACHINE LIVE (THA BLUE HERB/JPN)
80KIDZ (Kidz Rec./KSR/JPN)
DJ OLIVE (the Agriculture/USA)
KAORU INOUE (SEEDS AND GROUND/JPN)
DE DE MOUSE (JPN)
ALTZ (Flower of Life/Altzmusica/JPN)
NUMB (Revirth/JPN)
IAN O'BRIEN (Peacefrog/UK)
QUARTA330 (Hyperdub/Lo-bit Playground/JPN)
CALM (Music Conception/JPN)
VJ : SO IN THE HOUSE (JPN)
前売り券&W/F : ¥3,000、当日券: ¥3,500
仮装割引 : フル・コスチューム無料!、セミ・コスチューム ¥2,000!
■HEXSTATIC (Ninja Tune/UK)
古くからNinja Tuneで映像部門の中枢にいたStuart Warren Hilと、グラフィック・デザイナー、DJのRobin Brunsonによるユニット。95年の結成以来、ヴィジュアル素材をコラージュ&マッシュアップする手法で、常に革新的なオーディオ・ビジュアル・エンターテイメントのフィールドを開拓し続けてきた。第1回目のBig Chillフェスティバルでの映像がきっかけでNinja Tuneの伝説的イベント"Stealth Night"に参加。レジデントVJとしてキャリアをスタートさせることになる。その後、彼らの映像作品は数々の賞を獲得し世界の主要フェスに出演するなど、現在オーディオ・ヴィジュアルの領域においては向かう所敵無しである。また映像だけでなく音楽面においてもコラージュ・センスを発揮。00年にUK初のオーディオ・ヴィジュアル・アルバムとして発表された『Rewind』や、3Dメガネをかけて立体映像が楽しめる2ndアルバム『Master View』、07年の3rdアルバム『When Robots Go Bad』などはクラブ・シーンのみならず芸術作品として多方面で評価されてきた。昨年も4thアルバム『Trailer Trax』を全曲無料ダウンロードでリリースし大きな話題を呼んだ。現在、Robin Brunsonのみでのライヴ活動を新たに始動させ、映像と音楽をシンクロさせた遊び心溢れるステージで世界中を賑わしている。.今回なんと4年振りの来日となるハロウィーンにあわせHalloween Audio Visual Setという特別なライヴをセッティング。観る者を虜にさせる御機嫌なパフォーマンスは必見だ。
砂原良徳に遅れをとること13年。〈OESB〉から〈ノット・ノット・ファン〉に移ったジョー・ナイトの(カセットなどを除く)2作目は「パン・ナム」がテーマだった(ゴッドスピード・ユー~から分かれたフライ・パン・ナムというのもいましたね。砂原より先にマーク・ニルスンのパン・アメリカンや808ステイトにも"キュービック(パン・ナム・ミックス)"もあったり)。
......そのせいか、昨年のデビュー作よりも浮遊感をイメージさせる曲が増え、良くも悪くも抒情的に流れていく展開が目立つようになった。そこがまずは気になり、ロー・ファイ度も薄れ、洗練されたが故に失ったものがあるような気がするせいか、少し物足りなく思いつつも聴き進めていくと、アナログで2枚組みのヴォリウムを持たせるだけあって、曲調は予想外の広がりを見せはじめる。フェルトやドゥルッティ・コラムもかくやと思えるイントロに導かれて"ジェインズ・ウェル"では星屑のようなフラギリティを、リヴァーブをかけまくった"カンヴァセイションズ・オン・ザ・ジェット・ストリーム"では適度な艶やかさを、組曲形式の"ジークズ・ドリーム」ではマイク・オールドフィールドのような込み入った構成力を、さらには"ゾンビーズ(ナイト)"など4曲でパサパサついたヴォーカルまで披露。なるほど最終的にはいろんなところを旅したような気分を残してくれる(前作のタイトルも『サバーバン・ツアー』だし、人をどこかに連れていくのが好きなのだろう)。
アンニュイというほど不機嫌(=サルク)ではなく、ただ単にレイジーで、どこか都会的なファンク・サウンドにロー・ファイというフィルターを通すというアイディアはどこから来ているのだろうか。70年代でいえば、ファンクからフュージョンへと移り変わるギリギリのところをしつこく掘り下げているといった印象で、山下達郎や南義孝がガレージで録ったデモ・テープだよとかなんとかいえば信じてしまう人もなかにはいるに違いない。あるいはスモーカーズ・ヴァージョンのジョン・トロペイ。ゆったりと陶酔的なギターを何本も重ね、稚拙なSEの処理は砂原の足元にも及ばない。つーか、そこまでやる気がない。すべてが適当にやっているとしか思えない。そのような投げ出し方がいい。方向転換に成功したオーガ・ユー・アスホール『ホームリー』にも一脈で通じるものがある(一脈どころじゃないかな?)。
いわゆる「ギター弾きまくり」というやつではないのに、すべてはギターによって決定されている。それもスノッブな響きを否定するものではなく、短くカッティングを重ねている部分でも、独特のニュアンスに引き込まれ、いつの間にかギターとギターの隙間に挟まれてしまったような気がしてくるし、前作はもっとベースに存在感があったので、そのことは余計に際立って感じられる。ここからマーク・マッガイアーのソロ・ワークが描き出すような導線もありうるとは思うものの、そのような抽象度の高さに必ずしも強い興味があるわけでもないし、むしろ自分の心に忍び寄っているのはノスタルジーを強めたい衝動のような気さえする。これ以上はよくわからない。あー、なんか、ややこしい。
このラインでは、春先のリリースに遡るけれど、サン・アローにレインジャーズを掛け合わせたようなエディブルズ『アザー・マインズ・ミーツ・イナー・スペース』(DNT)も面白い位置を見つけたといえ、サン・アローがアカデミックな方向へ軌道修正し、レインジャーズがこうなった以上は、彼らがどっちに向かって行くのか非常に興味のあるところ。
蹴りを入れたい連中に向かって
どうして僕は微笑まなければならないんだろう
"ヘヴン・ノウズ・アイム・ミゼラブル・ナウ"
負の感情――報われない愛、貧困と失業、うまくいかなさ、社会に阻まれる夢、他人への不信、地元への嫌悪、持たざる者の惨めさ、自信の喪失、社会からはじかれる前科者、果てしない負の連鎖すなわち絶望感、そうした、おそらく多くの人が人生を送るうえであまり考えたくないようなもの、すなわち夜が明けても続く暗闇があるという認識を思慮深い言葉と美しいギターで表現したロック・バンドがザ・スミスだった。「このじめじめとした陰気な国にさようなら」、「酔っていたときは幸せだった」、「若死にしたいからタバコを吸う」、「学校で学んだ最良のことは学校を辞めること」、「この仕事を続けたら魂が腐りそう」、「君らとは分かち合いたくない」......、1983年にマンチェスターから登場して、1987年に解散したこのバンドは、ときにフィル・スペクターめいたポップのファンタジーを毒々しい態度で利用して、そして未来を夢見るポップとは真逆の、未来のなさを認識しながら生きる人たちの避難所となった。それは若き日の自分に突き刺さり、こうしていまふたたびびそれが容赦なく突き刺さる。いや~、参ったね。橋元優歩に嘲笑されようとかまわない。3.11以降、諸事情が重なり、僕はザ・スミスを25年ぶりに繰り返し聴いていたのである。
思春期において、その言葉と音をほじくるように聴いていたリスナーが3.11以降に真っ先に思い出した曲は、チェルノブイリ原発事故の報道でパニックに陥るUKを描いていた"パニック"、そしてモリッシーの最初のソロ・アルバム収録の、核爆発後の人気のない浜辺の町を歌う"エヴリデイ・イズ・ライク・サンデー"の2曲だったことだろう。僕はそうだった(暴動に揺れ動くUKでは、"ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド・ユナイト"が蘇っているのだろうか......まさか"スウィート・アンド・テンダー・フーリガン"ではないと思うが......)。"アイ・ウォント・ザ・ワン・アイ・キャント・ハヴ"や"ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト"のような曲が描き出す希望のない人生のなかの小さな輝きは、若気のいたりとはいえ......というか若かったからこそ、それが発表された当時はずいぶんと深く、そしてバカみたいにハードに聴いていたけれど、よもやこの歳(48歳)になってまたしてもこの音楽を親身に聴くとは人生わからないものだ。最悪の時代を生きているという認識がザ・スミスに向かわせているというよりも、いまだこれに匹敵するほどのやりきれなさを引き受けている音楽を他に知らない......といったところが大きい。
今月リリースされた『コンプリート』は、全アルバムのリマスター盤によるボックス・セットで、オリジナル・アルバムが4枚、ベスト盤が2枚、編集盤が1枚、ライヴ盤が1枚の計8枚が入っている。さすが3万5千円もするコレクターズ・セットには手を出せないけれど、このボックスのほうは我慢できずに買ってしまった。もしも、ある種の前向きさに居心地の悪さを感じている若い人がいたら、いまからおよそ25年前の、放射能汚染と冷酷な格差社会の脅威に翻弄されながら生きた、この美しくロマンティックな"負"の音楽を紹介したい。値段は張るが、言葉が素晴らしいので、歌詞が載っている日本盤をお薦めする(金がなければ、とりあえずディスクユニオンあたりで4枚のオリジナルと2枚のベストを中古で探せばいい。2枚だけ選ぶなら『ミート・イズ・マーダー』と『ザ・クイーン・イズ・デッド』)。
心の成長が身体のそれに追いついたとき
僕は手に入れることのできないものを欲しい
欲しくて欲しくて仕方がない
僕の顔に書いてあるだろう
ダブルベッド
心の通じ合った恋人
それが貧乏人の贅沢だ
"アイ・ウォント・ザ・ワン・アイ・キャント・ハヴ"
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ONUR ENGIN
Edits 5
[Onur Engin/12inch]
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AFRIKAN SCIENCES
Means & Ways
[Deepblak Recordings / 12inch]
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SOFT ROCKS
We Hunt Buffalo No
[ESP Institute / 12inch]
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ANSWER CODE REQUEST
Subway Into
[Answer Code Request / 12inch]
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BOMBAY BICYCLE CIRCLE
Shuffle - Leo Zero Remix -
[Let'S Get Lost / 12inch]
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V.A
Vibe 2 Compilation
[Future Times / 12inch]
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HOT BURRITO
Hot Burrito #1
[M1 Sessions / 12inch]
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KAHUUN : ARTO
Batteri : Midi Sync
[Sex Tags Ufo / TOTALLY / 12inch]
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2011年、マーク・マッガイアは彼の過去の大量のアーカイヴからの編集盤『A Young Person's Guide To Mark McGuire』を〈エディションズ・メゴ〉からCD2枚組で発表している。パッケージには、収録元の過去のCDRないしはカセットの作品名とその枚数(75個限定だとか130枚限定だとか200枚限定だとか)が細かく記され、また過去のCDRないしはカセットのアートワークを並べたポスターが封入されている。ポスターの裏側では、フェンダーのテレキャスター、そしてギブソンのレスポール・ジュニアとともにマッガイアが部屋に座っている。牧歌的な『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』や既発のアンビエント作のレコード盤『タイディングス/アメシスト・ウェイヴス』、あるいはアコギ演奏による"VDSQ - Solo Acoustic"シリーズ作など、2010年のエメラルズへの評価と比例して発表された諸作が好評だったこともあって、ソロ・アーティストとしての存在感が急速に増した感じである。
マニュエル・ゲッチング直系のループ(ミニマリズム)を現代的なドローンの感性で再解釈した『タイディングス/アメシスト・ウェイヴス』、『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』で言えば"Brain Storm"のような瞑想的な曲、それから『VDSQ』や『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』の前半で見せたレイドック気味のコード・ストロークの響きを活かしたメロウな曲、あるいはごくまれに出てくるノイズ・ギター、そうしたものの自由な組み合わせのなかでマッガイアの音楽は鳴っている。『ゲット・ロスト』は『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』以来1年ぶりの新録によるアルバムで、おおよそギターの多重録音という制約がある音楽において、リスナーの期待をうわまる作品だと言える。
このアルバムがレコード店の視聴機にあったら3曲目の"Alma"から聴くことをお薦めする。透き通るように牧歌的なアコギの反復、そしてメロディ、そしてマッガイアは歌っている。それはおかしな喩えだが、青年になったパンダ・ベアのようなヴォーカリゼーションである。そう、つまり、アニマル・コレクティヴが『サング・トングス』を最後に失ったものがこの曲には、さらに前進したものとしてある。それはホントに、予期せぬ美しいものに出会ったときの感動をもたらす。"Alma"は、5曲目でも繰り返されている。
素晴らしいチルアウトとトリップを約束する"When You're Somewhere"や"Firefly Constellations"も捨てがたい。"Another Dead End"もマッガイアらしい瞑想的な曲だ。『ゲット・ロスト』には"Brain Storm"や"The Passing Of The Road Chief"を上回る曲がある。しかし何よりも、『サング・トングス』以降というものに出会えたことが嬉しいです。
エレクトロニック・ミュージックのシーンにおいて〈ワープ〉と〈ニンジャ・チューン〉、そして〈プラネット・ミュー〉は、そのリスナーならびにプロデューサーにとっていまだ憧れのレーベルだ。サンフランシスコで暮らしているブレンダン・アンジェリデは、2年ほど前からエスクモ名義によってその3つのレーベルから作品を発表している。エスクモはグリッチやダブステップといった最新のモードを彼なりに咀嚼した作品をリリースすると、そして2010年に〈ニンジャ・チューン〉からリリースされたアルバムではグリッチを入口としながらも、ある意味ではベースヘッズの期待を裏切るように、なかばシャーマニックな、壮麗かつメランコリックな彼自身のIDMサウンドを展開した。ウェルダー(溶接工)とはそのようにUKのベース・ミュージックに共感しながらも、その本性を安売りしないブレンダンにとっての、エクスモとは別のもうひとつの顔である。
そのアルバム『フロレセンス(花時)』は、彼自身のレーベル〈Ancestor(祖先)〉から先月の末、配信によってリリースされている。「最新の音(カレント・サウンド)とは関わりを持たない音楽であること、それは音楽産業のゲームのいっさいに参加しないこと」、そして「溶接工というメタファーが暗示するのは熱を持って異なるものを接合すること、ならびにミステリーとその裏に隠された穏やかさにある」と本人はコンセプトについて説明してくれたが、たしかにこれはタイトルが言うようにアンビエント・フィーリングをもって花が成長していくかのような美しい作品で、エスクモのようにベースにフォーカスされてはいない。
エスクモのハイファイ・サウンドに対して『フロレセンス』はいわばローファイだ。ローファイ・アンビエントと言えばエイフェックス・ツインの『アンビエント・ワークス』が思い出されるが、『フロレセンス』にはハウスからの影響はまずない。どちらかと言えばポスト・ロック的で、ピアノの音、ストリングスの音、控えめなビート、時折挿入される歌声......それら美しい音はおおよそ花のために鳴っているように思える("日本"という曲もある)。
この物静かな青年はエスクモのアルバムにおいても北カリフォルニアのスギの木に影響されたことを明かしていたし、サンフランシスコに移住した理由もその原生林にあると話していたが、本当に植物が好きなのだろう。アートワークにある溶接工のマスクと花との組み合わせは、ビョークが打ち出すテクノロジーと自然との共生を思わせるが、『フロレセンス』のほうがロマン主義的で、彼が好きだという横田進の作品により近い。その控えめな美しさは自身のレーベルから人知れずひっそりとリリースされてこそさらに意味があるのだ。
ブレンダンはエスクモ名義でもつい最近リミックス・シングル「ウィ・ガット・モア/ムーヴィング・グロウストリーム」を発表している。アモン・トビン、スラガベッド、スローイング・スノウをはじいめとする6人のリミキサーによるリミックスを収録したこちらでは、『フロレセンス』とは違って、まさに最新の音が聴けるわけだが、そのなかでもアモン・トビンとスラガベッドがずば抜けて面白い。アモン・トビンは例によって音のサーカスのような、圧倒的なIDMサウンドで耳を楽しませてくれる。スラガベッドはまだシングルしかリリースしていないダブステップ系のプロデューサーだが、〈プラネット・ミュー〉そして〈ランプ・レコーディングス〉といった人気レーベルからのリリースを経て〈ニンジャ・チューン〉が契約を交わした期待のひとりである。
ブリアルの『アントゥルー』において、デジタル処理され歪められたR&Bヴォーカルは「幽霊のような声」だと評されたが、あれは本当に幽霊の声だったのだと思う。歌と言うよりは、悲鳴や泣き声のようにさえ聞こえたおどろおどろしく物悲しいその声たち。"ニア・ダーク"、"ゴースト・ハードウェア"、"ドッグ・シェルター"、それに"ホームレス"といったタイトル......。生霊なのか死者の霊なのか、シャマランや黒沢清が描いたような都市の内側のすぐそばで漂う幽霊たちの悲鳴を、あのアルバムは拾っていたのだろう。いまでこそダブステップはあらゆる方向に広がりを見せているが、ヴァリアス・プロダクションやブリアルの名によってそのジャンルが広まったとき、こんな風に呼ばれていたのをいまでも思い出す――「レクイエム・フォー・レイヴ・カルチャー」と。
ジェイムス・ブレイクの"CMYK"で漂っていた声は、完全にそこから地続きで響いたものだった。けれどもそのトラックはケリスとアリーヤを「ネタ」にしていたことが後で話題になり、それらはメインストリームのR&Bが冒険的だった時代の記憶をも「亡きもの」に仕立てたという意味でより複雑な様相を示していた。そしてデビュー・アルバムでブレイクはよりシンガーソングライター的なアプローチで彼自身の歌とエモーションを披露したが、それでもそこにあった「声」は......『アントゥルー』の世界の住人のひとりになりすますかのように加工され、その個体性をぼやかしていたのだった。

東京はソールドアウトになったというジェイムス・ブレイクの来日公演。大阪では豪華なアーティスト陣が顔を揃えたイヴェント、SATURNのいちアクトとして登場することになった。
ふたりのメンバーを連れてステージに登場したジェイムス・ブレイクは、写真で見る以上に線の細い、いまだ大学生風情の青年だった。だがシンセの前に座ってその口を開けば、そこからアントニー・ハガティのような深く穏やかなソウル・ヴォーカルが漏れ出してくる。すぐにそこに加わる、生ドラムの打撃を機械に通して増幅されるビート......"アンラック"だ。低域の音圧が想像以上に強く、曲のビートは音源よりも強烈に叩きつけられる。ミニマルでありつつ、ランダムにも聞こえる複雑なパーカッションが、腹にずしずしと直接的にぶつかってくる。だが、恐らくそこにいた誰もが息を呑まずにいられなかったのは、彼自身の声だ。中性的でいてアンニュイで、独特のヴィブラートがかかることでどこか不安定に震えるその声。続く"アイ・ネヴァー・ラント・トゥ・シェア"では冒頭その場でサンプリングされた歌がループされ、彼自身によってコーラスが奏でられたが、それは湧き上がった歓声を押し黙らせるような迫力と緊張感を孕んでいた。だがその声は例によって極端なまでに加工されて歪められ、重々しい低音が少ない音数で地鳴りのように響くなかを浮遊する。ダブステップ譲りのへヴィなビートと、機械と人間の間を行き来しつつ発声される物悲しげなヴォーカル。それは本当に初めて体験する音楽だった。
その音楽の幅を見せつけたのが中盤だ。"リンディスファーネ"は、孤独に震えるような歌声がそれでもギターの優しげな調べと寄り添い、ライヴ中もっとも穏やかな時間をもたらした。そして単音のシークエンスが繰り返されるとひときわ大きな歓声が上がる。"CMYK"だ! ビートは音源よりもはるかに強調され、驚くほどダンサブルでパワフルなものとして再現される。ケリスのヴォーカル・サンプルだけでなくブレイク自身の歌もそこに加わり、終盤は紛れもなくダンス・ミュージックとしての高揚を生み出していた。"リミット・トゥ・ユア・ラヴ"ではメランコリックなメロディを存分に歌い上げた後、そこにいる誰の腕も上がらないような暗く重たいダブに突入する。"クラヴィアヴェルク"はそのおどろおどろしさや禍々しさでこそ、オーディエンスを引き込む――低音が地を這う。
ライヴはあっという間に終わりを迎える。素朴に感謝の言葉を述べたあと、最後に披露された曲は"ザ・ウィルヘルム・スクリーム"だった。メロウなメロディが繰り返され、曲が進むにしたがってパーカッションのリヴァーブは深くなり、シンセの和音が重なっていく――水中に深く潜っていくように。「僕は、僕の愛なんて知らない」――ビートがやんだ時に感じられた眩しさは、たしかにゴスペルのそれだった。

初めて直に聴くその歌声は、まるで救いを求めるように悲しい響きをしていた。そしてそれは機械を通して加工されることで、目の前でジェイムス・ブレイクその人の元すら離れて、孤独な、忘れられた魂がすすり泣く声になっていく。もしこれを、ダブステップの後に来るべき現代のゴスペル、ソウル・ミュージックだと呼ぶのなら――それは、鎮魂歌だ。
ブリアル以降の最良の成果がジェイムス・ブレイクであり、彼のあまりに特別な才能を目の当たりにする体験であったことは間違いない。けれどもそれは同時に、彼を通してたくさんの幽霊たちの魂と交信するような、そんな畏れを覚える夜でもあった。
(※写真は10月12日の恵比寿リキッドルームでのライヴ模様です)
「アメリカのロックンロール産業はアイスランドの電気工組合にくらべてずっと保守的」と言ってのけたのが、もう10年以上昔のビョーク・グズムンスドッティルだ。「電気職人はとにかくで適応が大事。毎年新しい器具が出てきて、いちど電工になったら最後、新しい動きについていくためにいつもいつも研修を受けに行かなきゃならない」※
今日のUSインディ・シーンにおいて、ラップトップを使った女性アーティスト(ジュリアンナ・バーウィック、グルーパー、U.S.ガールズ、グライムス......そしてアマンダ・ブラウンやマリア・ミネルヴァなどなど)が大勢出てきたことの契機のひとつとなったのは、まあ、間違いなくビョークだろう。『ホモジェニック』以降の彼女の音楽、そしてひょっとしたら彼女のa way of lifeもそれを促しているかもしれない。16歳でシングルマザーとなって、アナーキスト・バンドのクラスに会いに行くために角砂糖をなめながら旅費を貯め、2ヶ月も風呂に入らずアイスランドからベルリンまで車中で過ごしたような経験を持っている女性が、やがてアイドル的に華々しくソロ・デビューを果たし、そして最初に売り上げが下がったアルバム『ホモジェニック』において用いた方法論――つまりラップトップによるIDMサウンドをその後の自らの基盤としたビョークの活動の軌跡は、性別に関係なく触発されるものだ。彼女が"ハンター"で歌ったように、「旅の途中で家を見つけたとしても、私はそこにとどまらない」とは真実なのだ。
僕はいま『EYESCREAM』誌の連載コラムで『バイオフィリア』について書き終えて、そのノリのなかでこのレヴューを書いている(これはそのコラムの補足のようなものです)。『バイオフィリア』は"自然科学"をモチーフとしたアルバムだが、コラム原稿のなかで、彼女がエレクトロニクスを用いて"自然"を描いた最初の名曲が"ヨーガ"であると僕は書いている。"ヨーガ"は、3.11を経験している我々がいま聴いたら重たい曲かもしれない。何故なら彼女が表現する自然とはオーガニック系が好むところの豊かな緑と暖かい海に囲まれたそれではなく、地底でマグマがうごめき、灰色の岩々が空に突き出た、荒涼とした大地が広がる自然なのだ。それは心象風景でもあるが、間違いなく自然そのものでもある(そしてその曲には、アレック・エンパイアによるさらに荒涼としたヴァージョンが3つもある)。あるいはまた、彼女は『ホモジェニック』に収録された"アラーム・コール"では、長持ちする電池とカセットを持って山頂に登って、愉快な音楽を流して人類を苦しみから解放することの夢想を歌っている。彼女は自然も愛しているが、同時にテクノロジー(科学)への評価も忘れない。
......と、偉そうなことを書いているが、正直なところ僕はビョークに関してはなかばミーハーなので、先行リリースされた12インチも4枚買ったし、今作の話題のひとつ、曲ごとのiPhone用のアプリもすべて購入した。もっとも僕はタッチスクリーン操作が彼女ほど好きではないので、電車のなかでちょっと触ってみるぐらいだが、まあ簡単に言えば、学研の『科学』の付録のようなものである。「科学とアートはかつて同じところにいたのよ。21世紀になって、その両者はふたたび結ばれるんじゃないかしら」と、彼女は『ガーディアン』が企画した読者からの質問に答えている。
とはいえ、ビョークは科学者ではなく音楽家だ。かつて自分の音楽を「本能的」と形容した彼女の本質が変わっているとも思えない。理性を失っているわけではないが、ディオニソス的である。アルバムのなかのベスト・ソング"クリスタライン"は、結晶=鉱物を曲のテーマにしている。稲垣足穂めいた美意識を持ったこの曲には、いまでも「ナーディなダブステップや2ステップ、ミニマル・テクノのCDを買っている」という彼女らしい躍動的なブレイクビートの素晴らしい展開がある。いまでも僕は『ホモジェニック』を愛しているが、ストリングスを多用したあのアルバムのメランコリーに比べて『バイオフィリア』には"クリスタライン"に代表されるシンプルさと前向きさがある。"コモスゴニー(宇宙発生論)"も白眉のひとつで、この曲には『ホモジェニック』ならびに『ヴェスパタイン』とより近い叙情的なエレクトロニックな響きがある。サブベースを擁した"ウィルス"、ハーブのシンプルな音と歌のみで構成される"ソルスティス"もまた、IDM時代のオルゴールのようである。
それぞれの曲には自然科学から引用したコンセプト(DNA構造をリズムに置き換えたり、重力や月の周期をリズムの反復に置き換えたり......)があるが、こうしたヨーロッパ音楽における数学的な論理ないしは天体の動きを譜面化するような試みは、それこそ彼女も言うようにギリシャ時代からあるもので(たとえばジョスリン・ゴドウィン著『星界の音楽』参照)、彼女が非宗教的な"科学"をモチーフにしたことは注目に値すると思うが、僕は『バイオフィリア』においてそのコンセプトの内容までは深追いはしない。 それよりも"自然"というテーマと直面としたときに生楽器の使用しかアイデアの浮かばないような音楽家とは100万光年離れたビョークの多様な音色と音階が織りなすエレクトロニック・ミュージックの面白さをまずは楽しみたい。『ピッチフォーク』は「革新者としての彼女はいまだ力強いが、ソングライターとしての彼女は疲弊している」などと書いているが、ソングライターとしての彼女は『ヴォルタ』のときよりも魅力を増し、音数は少なく表現として豊かで(サブベースは、現代的な威力を発揮している)、ところどころ陽気に僕には思える。まあ何にせよ、科学が金銭欲と結びつくよりも芸術と結ばれることを強く願っているのは、日本で暮らしている我々であろう。
※エヴェリン マクドネル (著)、栩木 玲子 (翻訳) 『ビョークが行く』 (新潮社)
![]() Joker The Vision 4AD/ホステス |
リアム・マクリーン......ジョーカーを名乗るこの青年は、路上では不良だったかもしれないけれど、音楽シーンではいわば神童だ。地元ブリストルのグライム・シーンで頭角を現していた彼は、2009年に〈ハイパーダブ〉から"デジデザイン"を発表すると、その評価はいっきに加速した......というのも強いて喩えるのなら、"デジデザイン"からはデビュー直後のマッシヴ・アタックのあの蛇のような艶めかしい暗さがいよいよグライム/ダブステップのフロアに接続されたかのような、ある意味では我々が待ち望んでいた陶酔が展開されていたからだろう。
また、ジョーカーが、ピンチやペヴァリストといったDJ/プロデューサーが開拓したブリストルのダブステップのシーンにおいて、もっとも若いひとりだったことも彼の神話に拍車をかけたのかもしれない。いずれにしても、グイードとジェミーとの3人による通称パープル・サウンドのパーティは、ジョーカーによればそれはDOMMUNEが広いと感じるぐらいの規模だったというのに関わらず、ブリストルの新風の象徴として瞬く間に広く知れ渡った。
『ザ・ヴィジョン』はジョーカーのファースト・アルバムで、待ち望まれていた1枚だ。ブリストルのアンダーグラウンドのこの10年の秘密を明かすかのように、グライム、ジャングルやダブステップが混ざっている。そして本人に自覚はないかもしれないが、多くのリスナーはブリストルらしい"低音"を感じるだろう(彼の音楽が「町から生まれたもの」であることは、以下のインタヴューを読めばわかると思う)。ビートが直撃するようなパワフルなR&B"ザ・ヴィジョン"は数ヶ月前に先行リリースされているが、アルバムのなかばの"ミルキー・ウェイ"以降の流れはとくに素晴らしい。フラフラになりながらクラブの入口を目指して真っ暗な階段を下っていく。その先に待っているのは暗闇のなかの孤独な恍惚だ......。たとえ本人がこの言われ方を拒もうが、ジョーカーからはブリストルの"ネクスト"を感じる。ヒップホップを基盤としながら、騒々しいベースを擁するメランコリー・ミュージックという意味において。
自転車にはまっていた。ゲットー・バイクという自転車に乗って悪いことをするグループに入っていて、俺はそのグループのなかでもいちばん落ち着きのない子供だった。ずっと喋っているし、落ち着きがなかった。で、「うるさいから、おまえ、黙っておけや」って、「おまえはジョーカー(おどけ者)だな」って。
■昨晩のDOMMUNEでのプレイ、わずか1時間でしたが素晴らしかったです。
ジョーカー:えー、あー、......(しばし沈黙、そして日本語で)ありがとう。
■どういたしまして(笑)。今日着ているそのTシャツは、ビリオネア・ボーイズ・クラブ(ファレル・ウィリアムスのファッション・ブランド)のヤツですよね?
ジョーカー:そうだよ。昨晩着ていたのも同じブランドさ。原宿の店で買ったんだ。
■ファレル・ウィリアムスというのは、あなたにとってヒーローのひとりと言っていいんですか?
ジョーカー:ああ、そうだね。
■ゾンビーもファレル・ウィリアムスがヒーローだと言っていたけど、あなたがた世代にとって彼は本当に大きな存在なんですね......あ、でも、ゾンビーのほうが年上なのかな?
ジョーカー:ゾンビーは30歳だよ。
■あー、ぜんぜん彼のほうが上なんですね。ちなみにあなたはファレルのどんなところが好きなんですか?
ジョーカー:数年前にネプチューンズのインタヴューを読んだ。そこでファレルが、「俺たちにできるんだから君たちにもできる」って言ってて、俺はそれで「そうか、できるのか!」って。
■とくに音楽的に影響を受けたってことはないんですか?
ジョーカー:もう、メチャメチャメチャメチャメチャメチャ......好きだ。彼の音楽は大好きだ。
■音楽にのめり込んだきっかけは?
ジョーカー:つねに音楽があったから。
■親からの影響?
ジョーカー:てか、音楽が嫌いなヤツっているのかな? 音楽はずっとそこにあった。最初の影響は、10代になったばかりの頃に聴いたアンダーグラウンド・ミュージックだった。それから俺はターンテーブルを手に入れて、クルーに入って、ますます音楽の世界に入っていった。
■あなたのいうUKのアンダーグラウンド・ミュージックとは、昨晩も話したけど、グライムのこと?
ジョーカー:いや、違う。最初はどちらかと言えばガラージだった。それからジャングルだね。ジャングルは、UKではものすごく大きいから。グライムはガラージの新しい型で、ドラムンベースはジャングルの新しい型っていう言い方もできるよね。
[[SplitPage]]ひとりっ子で、いつも母親といっしょだった。彼女は車を運転しながらいつも音楽を聴いていた。それがジャングルだった。9年前に兄弟ができたんだけど、それまではずっと住む場所も転々としていて、ようやく一カ所に落ち着いて住むことになったとき、近所にクラックハウスみたいな家があって......
■最初はDJから?
ジョーカー:俺、ひとりっ子で、1日のうちの24時間、1週間のうちの7日間、母親といっしょだった。母親は車を運転しながらいつも音楽を聴いていた。それがジャングルだった。9年前に兄弟ができたんだけど、それまではずっと住む場所も転々としていて、ようやく一カ所に落ち着いて住むことになったとき、近所にクラックハウスみたいな家があって......まあ、実際に売人の家ってわけじゃなく、そう見えたってことなんだけど、そこにたまっていた連中のひとりが、いかにも売人なのか中毒者みたいな人なんだけど、いつも車で音楽を流しながらカセットテープを売り歩いていたんだ。それを友だちがよく買っていて、それを俺はよくコピーさせてもらっていた。そのテープを聴いていたよ。
■そのテープがガラージだったんですか?
ジョーカー:そう、ガラージとグライムがミックスされていたね。
■あなたはどういう風に、音楽制作を学んでいったんですか?
ジョーカー:いとこの家に行ったときにコンピュータを見せてもらって、そのなかにものすごい数のループがあったんだ。それをつないでいるのを見て、「あれ、それって曲を作ってるの?」って訊いたら、「そうそう」って。「こうやって、こうやって、こういう風にやるんだよ」って、で、「おお!」みたいな。それが最初だったね。それから数ヶ月後に自分でもコンピュータを手に入れて、そこにループを集めて、で、自分でやるようになったんだよ。
■それは何歳のとき?
ジョーカー:13歳だね。えー......だから2002年ぐらいかな。
■音楽に夢中になった理由みたいなものについて話してもらえますか?
ジョーカー:7歳の頃かな、さっきも言ったように母親の車になかにいるときにはいつも音楽があって、で、車中で流れている曲に自分の頭のなかで想像で違うフレーズを加えていった。だから子供ながらに頭のなかでトラックを作っていた。「俺ならこうするのに」とか、「何でここでこうならないんだろう」とか、実際に作る前からずっとそういうことをやっていた。
■2007年にピンチの〈イヤーワックス〉から「Kapsize EP」をリリースするまでの経緯を教えてください。
ジョーカー:ヘンリーって男がいてね、彼はダブプレートを作っているんだけど、そのヘンリーがピンチの知り合いだった。俺はいつもダブプレートをヘンリーに頼んでいた。そのダブプレートがピンチのパーティのオープニングで何度か使われた。そのとき、けっこう良い反応をもらって、で、あのシングルがリリースされたんだ。15歳ぐらいのときかな。まあ、18歳になるまでは、ホントに身近な人しか俺が18歳以下(合法にクラブに行ける年齢)だということは知らなかった。
■「Kapsize EP」の前から、ダブプレートはけっこう切っていたの?
ジョーカー:俺、その前からラジオのDJもやってたんだ。その頃はまだCDJがそんなに一般的ではなかったし、いまでも俺はCDよりもヴァイナルが好きだから、ラジオでプレイするためにもダブプレートはけっこう切っていた。
■ちなみに何であなたはジョーカーという名義を使ったの?
ジョーカー:音楽とは別に、自転車にすごくはまっていたんだ。ゲットー・バイクというね、自転車に乗って悪いことをするグループに入っていて、俺はそのグループのなかでもいちばん落ち着きのない子供だった。ずっと喋っているし、落ち着きがなかった。で、「うるさいから、おまえ、黙っておけや」って、「おまえはジョーカー(おどけ者)だな」って。いつもそういう風に言われていて、最初は「俺のことをジョーカーと呼ぶな」と反論していたんだけど、いつしかそれも面倒くさくなって、「ま、いいか」と。それでジョーカーになった。
■トランプの最強のカードって意味かと思った(笑)。
ジョーカー:ま、それでもいいよ(笑)。
■そういえば、2009年、あなたが"デジデザイン"を出したあとに『ガーディアン』に載った記事で、あなたが"パープル(紫色)"を用いるのは、女の子が入りづらいような、モノクロームでダークなダブステップへの抵抗みたいな話がありましたが、実際のところどうなんですか?
ジョーカー:悪いけど、そのことに関しては話したくないんだ。俺が意図したこと以上に、話がでかくなってしまって......。
■でも、今日も紫色のデザインのTシャツじゃないですか。
ジョーカー:......(ものすごく小さな声で)たまたまね。
[[SplitPage]]俺は、自分の音楽をブリストル・サウンドだと思っていない。正直言って、レジェンドとされているマッシヴ・アタック、トリッキー、ポーティスヘッドのことはよく知らない。それよりも〈フル・サイクル〉やロニ・サイズのほうが俺にとっては身近だった。
■ところでブリストルという町は、日本のリスナーからも音楽の町として知られています。
ジョーカー:その通り。
■そういうブリストルの歴史や背景は知ってましたか?
ジョーカー:ああ、ある程度は認識していたよ。
■そのあなたの地元で、とくに好きな音楽家はいましたか?
ジョーカー:それを言うのは難しいな。正直言って、レジェンドとされているマッシヴ・アタック、トリッキー、ポーティスヘッドのことはあんまよく知らない。名前は知ってるよ。でも、彼らの音楽は聴いていない。それよりも〈フル・サイクル〉やロニ・サイズのほうが、俺にとっては身近だったな。あのあたりは友だちも多いし、知り合いもいるしさ。
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■なるほど。でも、あなたの『ザ・ヴィジョン』、あるいは昨晩のDJプレイにも、ブリストルらしさと言われているメランコリーを感じたんですよね。
ジョーカー:俺は、自分の音楽をブリストル・サウンドだと思っていない。だいたい、昨晩のDJではブリストルの音は使ってないよ。
■わかりました。あなたのなかでアルバムというのは、どういう風に考えている?
ジョーカー:うーん。いまのところ『ザ・ヴィジョン』には何と言って良いかわからない。
■曲のコレクション?
ジョーカー:違う。それ以上のものだ。でも、いまは何と言って良いかわからないんだ......。
■シングルとは別に考えていたわけですよね?
ジョーカー:作っているときにはまったく別物だと考えていたね。それで、結果的にできた......そういう感じなんだ。
■『ザ・ヴィジョン』というタイトルにしたのは?
ジョーカー:その言葉はいまとなっては半々かな。最初は、自分のなかの「ヴィジョン」を目指して作っていった。でも、そのヴィジョンを果たせたわけではない。そういう意味で半々だよな。ただ、結果には満足しているよ。当初考えていたものとは違ったものになったけど、それもまた「ヴィジョン」だからさ。
■あなたのなかには理想のアルバム像のようなものはありましたか?
ジョーカー:ない。
■フライング・ロータスには共感がありますか?
ジョーカー:うーん、何と答えたらいいかわらないな......ふたりとも黒人だからそう言うの?
■ヒップホップに影響された音楽でありながら、コズミックなところが似ているかなと。
ジョーカー:ああ、たしかにそこは共通するね。彼とは友だちだし。
■あなたはフライング・ロータス以外にもたくさんの人たちとの交流がありますよね。同郷のグイードやジェミー以外にも、ラスティとか。みんなそれぞれのバックボーンを持っていると思いますが、もっともあなたが共感しているのは誰になるのでしょう?
ジョーカー:それはものすごい数のリストになってしまうな......。たとえその人が俺の好みの音楽でなくても、でもその人が何をやりたいのかわかっているから、俺には共感があるし、だからすごい長いリストになってしまうんだよ。
■ここ数年で、ダブステップやベース・ミュージックのシーンはずいぶんと大きくなったように思います。あなたはいまの状況をどう思っていますか?
ジョーカー:大きくなったことをハッピーに思っていない連中がいることも知っているけど、俺は良いと思っているし、実はシーンのことは気にしてないんだ。やっぱ、そのジャンルの人間だとカテゴライズされるのが嫌だし、自分はこれからもただ自分の好きな音楽をやっていこうと思っているから。(ダブステップのような)ひとつのジャンルで括られるのは本当に嫌なんだ。そうするとそこから外へ出て行けない。それ以上のものをやっていても、そのカテゴリーのなかでしか語られないっていうのがね。......まあ、呼びたいように呼んでくれればいいんだけどさ。
■なるほど。もし自由に使える時間があれば、四六時中音楽のことばっか考えているようなタイプなんですか?
ジョーカー:ガキの頃、ホントに他にやることがなかったんだ。他にやることと言えば、チャリンコ乗って、盗みやってっていう、音楽以外にまともなことをやっていないんだよ。まあ、もし1日自由に使えるとしたら、半分は音楽制作、もう半分はコンピュータ・ゲームか自転車に乗ってるか、あるいは友だちと遊んでいるかだね。
■なるほど(笑)。今日はどうもありがとうございました。
......それにしてもジェームス・ブレイクの"リミット・トゥ・ユア・ラヴ"は、あんな風にベースラインを活かして、ダンス・ミュージックとしてミックスするんだな。まったくあれは......グライムじゃないか。いやー、震えるほど格好いいと思った。
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