ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. ele-king presents HIP HOP 2024-25
  2. Saint Etienne - The Night | セイント・エティエンヌ
  3. Félicia Atkinson - Space As An Instrument | フェリシア・アトキンソン
  4. Terry Riley - In C & A Rainbow In Curved Air | テリー・ライリー
  5. COMPUMA ——2025年の新たな一歩となる、浅春の夜の音楽体験
  6. Columns ♯9:いろんなメディアのいろんな年間ベストから見えるもの
  7. Whatever The Weather ──ロレイン・ジェイムズのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーの2枚目が登場
  8. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  9. Saint Etienne - I've Been Trying To Tell You  | セイント・エティエンヌ
  10. interview with Primal 性、家族、労働  | プライマル、インタヴュー
  11. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  12. VINYLVERSEって何?〜アプリの楽しみ⽅をご紹介①〜
  13. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  14. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  15. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  16. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  17. Masaya Nakahara ——中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』
  18. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー
  19. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  20. Columns 12月のジャズ Jazz in December 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > The Smiths- Complete

The Smiths

The Smiths

Complete

Wea/Rhino/ワーナーミュージックジャパン

Amazon iTunes

野田 努   Oct 21,2011 UP

蹴りを入れたい連中に向かって
どうして僕は微笑まなければならないんだろう "ヘヴン・ノウズ・アイム・ミゼラブル・ナウ"

 負の感情――報われない愛、貧困と失業、うまくいかなさ、社会に阻まれる夢、他人への不信、地元への嫌悪、持たざる者の惨めさ、自信の喪失、社会からはじかれる前科者、果てしない負の連鎖すなわち絶望感、そうした、おそらく多くの人が人生を送るうえであまり考えたくないようなもの、すなわち夜が明けても続く暗闇があるという認識を思慮深い言葉と美しいギターで表現したロック・バンドがザ・スミスだった。「このじめじめとした陰気な国にさようなら」、「酔っていたときは幸せだった」、「若死にしたいからタバコを吸う」、「学校で学んだ最良のことは学校を辞めること」、「この仕事を続けたら魂が腐りそう」、「君らとは分かち合いたくない」......、1983年にマンチェスターから登場して、1987年に解散したこのバンドは、ときにフィル・スペクターめいたポップのファンタジーを毒々しい態度で利用して、そして未来を夢見るポップとは真逆の、未来のなさを認識しながら生きる人たちの避難所となった。それは若き日の自分に突き刺さり、こうしていまふたたびびそれが容赦なく突き刺さる。いや~、参ったね。橋元優歩に嘲笑されようとかまわない。3.11以降、諸事情が重なり、僕はザ・スミスを25年ぶりに繰り返し聴いていたのである。

 思春期において、その言葉と音をほじくるように聴いていたリスナーが3.11以降に真っ先に思い出した曲は、チェルノブイリ原発事故の報道でパニックに陥るUKを描いていた"パニック"、そしてモリッシーの最初のソロ・アルバム収録の、核爆発後の人気のない浜辺の町を歌う"エヴリデイ・イズ・ライク・サンデー"の2曲だったことだろう。僕はそうだった(暴動に揺れ動くUKでは、"ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド・ユナイト"が蘇っているのだろうか......まさか"スウィート・アンド・テンダー・フーリガン"ではないと思うが......)。"アイ・ウォント・ザ・ワン・アイ・キャント・ハヴ"や"ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト"のような曲が描き出す希望のない人生のなかの小さな輝きは、若気のいたりとはいえ......というか若かったからこそ、それが発表された当時はずいぶんと深く、そしてバカみたいにハードに聴いていたけれど、よもやこの歳(48歳)になってまたしてもこの音楽を親身に聴くとは人生わからないものだ。最悪の時代を生きているという認識がザ・スミスに向かわせているというよりも、いまだこれに匹敵するほどのやりきれなさを引き受けている音楽を他に知らない......といったところが大きい。

 今月リリースされた『コンプリート』は、全アルバムのリマスター盤によるボックス・セットで、オリジナル・アルバムが4枚、ベスト盤が2枚、編集盤が1枚、ライヴ盤が1枚の計8枚が入っている。さすが3万5千円もするコレクターズ・セットには手を出せないけれど、このボックスのほうは我慢できずに買ってしまった。もしも、ある種の前向きさに居心地の悪さを感じている若い人がいたら、いまからおよそ25年前の、放射能汚染と冷酷な格差社会の脅威に翻弄されながら生きた、この美しくロマンティックな"負"の音楽を紹介したい。値段は張るが、言葉が素晴らしいので、歌詞が載っている日本盤をお薦めする(金がなければ、とりあえずディスクユニオンあたりで4枚のオリジナルと2枚のベストを中古で探せばいい。2枚だけ選ぶなら『ミート・イズ・マーダー』と『ザ・クイーン・イズ・デッド』)。

心の成長が身体のそれに追いついたとき
僕は手に入れることのできないものを欲しい
欲しくて欲しくて仕方がない
僕の顔に書いてあるだろう
ダブルベッド
心の通じ合った恋人
それが貧乏人の贅沢だ "アイ・ウォント・ザ・ワン・アイ・キャント・ハヴ"

野田 努