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interview with Jacques Greene & Nosaj Thing (Verses GT) - ele-king

 こういう音楽には抗えない。フロアで聴いたら最高に気持ちいいだろうダンス・チューンがもつ恍惚感。部屋で落ち着いて耳を傾けたい繊細なエレクトロニカの音響性。それらがみごとに共存しているのがヴァーシーズ・GTのファースト・アルバムだ。
 かたや〈Lucky Me〉をホームにハウス・トラックを投下しつづけてきたプロデューサー。かたやLAビート・シーン出身、陰影に富んだテクスチャーを探求してきたアーティスト。ジャック・グリーンとノサッジ・シングによるコラボレイション・アルバム第一作は、それぞれ異なる道を歩んできたエレクトロニック・ミュージシャン同士のいい部分が絶妙なあんばいで溶けあっている。
 正直に告白すると、初めて聴いたときは上モノのシンセがジャック・グリーンで、少しこもったような音の響きがノサッジ・シング、ビートのパターンはふたりの協議によるものだろうと想像していた。じっさいは、自分のやりそうなことを相手がやったり、逆に相手のやりそうなことを自分がやったりしていたそうなので、下記で語られているように、そんなに簡単には切りわけられないプロセスを経ているのだろう。
 個人的に耳を奪われたのはUKガラージ~ダブステップのビートが躍動するいくつかの曲たちだ。00年代後半、まさにそうした音楽がいちばん力をもっていた時代にキャリアをスタートさせた彼らではあるが、不思議なことに “Unknown” や “Found” といった曲からは懐古趣味よりもむしろ現代性のほうが感じられる。ひとつの突出したビートが流行るのではなく、過去のさまざまなスタイルが入り乱れるパンデミック以降のダンス・シーンの動きに、彼らもまた呼応しているということなのかもしれない。
 幸運なことにわれわれは、そんなふたりの晴れ姿を11月、〈MUTEK〉のプログラムで体験することができる。ギグにそなえ、まずはこのアルバムを聴きこんでおこうではないか。

じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。(ノサッジ・シング)

ジャック・グリーンさんは現在モントリオール在住で、ノサッジ・シングさんがLA在住……で合っていますか?

ジャック・グリーン(Jacques Greene、以下JG):ああ、ぼくはモントリオール。

ノサッジ・シング(Nosaj Thing、以下NT):ぼくはもともとLAなんだけどいまは東京に住んでるんだ。

強力なコラボレイションですので、まずはそもそもおふたりがいつ、どこで出会い、どういう流れでこのプロジェクトをはじめることになったのか、経緯を教えてください。ノサッジ・シングさんの2022年作が〈LuckyMe〉から出たのがきっかけですか?

NT:いや、最初に会ったのは2009年なんだ。その前から、シックストゥー(Sixtoo)という名前で活動している共通の友人がいて、彼をサポートしてライヴのオープニングをやったのが、たしか2007年か2008年くらいかな。その彼が、「いつかモントリオールでショーをやろう」と言ってくれて、2009年に、フィル[訳注:ジャック・グリーンの本名]と一緒にモントリオールで、ルニスとマシーンドラムと一緒にパーティでプレイしたんだ。

JG:ぼくたちは互いの音楽が好きだったし、友だちとして仲よくしていて、似たようなシーンにいたんだけど、音楽をいっしょにつくりはじめたのはたぶん2018年か2019年くらいで、かなりカジュアルな感じだったと思う。その時点では、基本的にはただの友だちという感じで、ロサンゼルスにぼくが行ったときに、フォーを一緒に食べたり(笑)、車でちょっと出かけたりして、なんとなくしゃべったり遊んだりしていた。何年かそんな感じが続いていて、ロサンゼルスに1日余裕があるときなんかは、「ジェイソン[*訳注:ノサッジ・シングの本名]、飯でも食べに行って、ビートでもつくる?」みたいな感じで連絡していた。
 でも、ちゃんとしたプロジェクトをやろうとか、そういう話ではなかったんだ。ロサンゼルスって、ジェイソンみたいにいろんなひととコラボレイションするのが自然なカルチャーだと思うんだけど、ぼくはこれまでずっとひとりで作業するスタイルだった。でもパンデミックのあとくらいから、「だれかといっしょにおなじ空間で音楽をつくりたい」という思いが強くなっていた。そこから、ちょっと曲をつくってみる感じだったのが、「もう少しちゃんとしたかたちにしてみようか」という流れになった。

互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。(ノサッジ・シング)

おふたりは2010年前後に、かたやUKの〈Night Slugs〉から、かたやLAビート・シーンから登場してきたわけですが、そのころから互いの音楽は聴いたり意識したりしていたのでしょうか。

NT:たしか初めて彼のことを知ったのは、モントリオールで会う1年か2年くらい前だったと思う。そのときは彼がまだべつの名前でやっていたころだった。当時、ぼくはロサンゼルスにいたけど、モントリオールでもしっかりしたシーンができあがっていたから、ちゃんとチェックしていた。

JG:もちろん意識していたよ。そして、こうやって今回のような形で一緒にやれるのが面白いと思う。そもそもぼくたちのいたシーンは、たとえばハドソン・モホークからフライング・ロータス、あるいはジェイムズ・ブレイクに至るまで、みんなほかのジャンルやシーンからなにかをとりいれるという感覚がすごく自然にあったと思う。ノサッジ・シングの音楽にも、たとえばテンポはゆっくりの曲が多いけれど、ダンス・ミュージック──たとえばモーリッツ・フォン・オズワルドのような影響を感じる瞬間があって、ドラムマシンや独特な音色がヒップホップの枠を超えて、明らかにエレクトロニック寄りの質感になっているところがあると思う。
 逆にぼくはジャック・グリーンというプロジェクトをはじめたときから、ダンス・ミュージックに現代的なR&Bの要素を強くとりいれていた。「もしティンバランドがテクノをつくったら?」みたいなイメージで、そっち側からの音をどんどん引用していたんだ。そうやって互いがべつのシーンやジャンルを横断して、混ざり合っていくような化学反応が、いまの自分たちの音をつくっていると思う。

ジャック・グリーンさんのコメントで「このプロジェクトは50/50の関係」とありましたが、制作はどのように進められたのでしょうか? 直接会って作業することが大事だったそうですが。

JG:「50/50の関係」と言ったのは、たんに作業の分量が半分ずつというよりは、互いがすべての決定にちゃんと意見を出しあって、最終的な判断もいっしょにしていく、という意味なんだ。じっさい、曲づくりのなかで「だれがどこを何パーセントやった」なんていうのは、まったく気にしていなかった。どの曲もまずふたりで直接会って、おなじ場所でスタートさせていたから。どのスタジオにいても、ぼくたちはそれぞれのラップトップを同時に立ちあげて、そこにいくつかの機材を組みあわせて使っていた。つまり、「バンドとして」ラップトップ・ミュージックをつくろうとしていたんだ。最初は、たとえばジェイソンがハイハットやパーカッションのグルーヴをつくっていて、ぼくはキーボードでコードを探していたりして、そのあとジェイソンがべつの機材に移ったり……そういうふうに、互いが自然と呼応しながら進めていくような感じだった。リモートでファイルをやりとりしながら音楽をつくるやり方もあって、じっさいそうやって仕上げた曲もたくさんあるんだけど、そのやり方だと、ときどきこんな問題が起こる──だれかからファイルを受けとって、「これを送り返すからには、もっと大きく変えないと」「ちゃんと手を入れたと思ってもらえるようにしないと」などと思って、無理にべつの方向にもっていってしまう。でも、曲がほんとうに必要としているのはそういうことじゃない場合もある。むしろ、「このアイディアいいな。ちょっとした工夫を加えればさらに面白くなるかも」というくらいで充分だったりする。今回のやり方では、そういう意味でも余計なエゴが入らなかったと思う。

NT:フィルが言ったとおりで、今回の作品のほとんどは直接顔を合わせて作曲を進めていった。共同作業をするうえで、それはほんとうにたいせつなことだと思う。いっしょに音楽をつくる、アートをつくるということは、互いと深く会話するということだから。相手と対話したり、自分自身と対話したりすることなんだ。だからおなじ空間にいることが自分たちにとっては不可欠だったと思うし、じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。

今回のコラボレイションの過程で、相手が出してきたアイディアやサウンドで、いちばん予想外で驚いたものはなんでしたか?

JG:「すごく意外だった」というよりは、その結果がかなり予想外だったという感じなんだけど、今回のアルバムから出した最新シングル “Ground” という曲が、まさにそういう体験だった。あの曲の制作でとても面白いと思ったのは、ふたりの役割が入れかわったような瞬間があったことなんだ。ジェイソンのラップトップには、すごくきれいに録音されたヴォーカル素材が入っていて、それを彼がその場でライヴ的にチョップしたり、ループさせたりしながら自由に加工していた。そのまわりにぼくがスペクトラルで幽玄的なコードを重ねていったんだけど、互いにことばを交わすこともなく、自然とそうなっていった。ぼくの耳には、ジェイソンがまるで自分がやりそうなことをしていて、逆にぼくがジェイソンっぽいことをしているように感じられて、まさに役割が逆転していたんだ(笑)。さらに面白かったのは、ジェイソンのヴォーカルのチョップの仕方で、通常のループみたいに繰り返すんじゃなくて、つねに進化しつづけていくようなアプローチだったこと。ぱっと聴くとループしているように感じるけど、じつはずっと変化している。それがほんとうにすばらしくて、「なんだこれ、最高じゃないか!」って思ったよ。

NT:ぼくがフィルと作業していて面白かったのは、互いに交代で作業することが多かったところかな。たとえばぼくがメインのラップトップで録音していて、フィルがキーボードやドラムマシンを触っていたり、その逆だったり。ふだんひとりで録音しているときは、自分が「これは残したい」と思う部分に自然と手が伸びるんだけど、フィルと一緒にやっていると「えっ、それを残すの?」と驚かされることが多くて、そこがとても新鮮だった。
 以前『Continua』の制作を手伝ってくれた友人にもおなじようなことを言われたことがあるんだ。「ジェイソンが “なにをやろうとしてるか” を探っている途中の過程で出てくる音が、いちばん面白いんだよ」って。つまりシンセで音色を探したり、まだ意図的に演奏していない状態で出てくる「未完成の音」にこそ魅力があるということ。今回フィルと作業していて、その感覚がすごくよくわかった。

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「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。(ジャック・グリーン)

おふたりそれぞれにとって、このヴァーシーズGTというプロジェクトと、自身のソロ活動とでいちばん異なっている点を教えてください。

JG:ぼくにとっては、精神面のアプローチがそのまま音楽的な結果につながっていると思う。自分のソロ作品には、どこか落ち着きのないエネルギーとか、レイヤーの多さがあって、それはたぶん、ひとりで作業していると「もうひとつなにか加えないと」って無意識に思ってしまうからなんだと思う。たとえばひとつメロディを書いて、「これだけだと物足りないかもしれない」と感じて、さらにカウンターメロディを重ねたりして、結果として曲が複雑になりすぎてしまうことがある。それは、ちょっとした不安や自信のなさから来ている部分もあると思う。その点、ジェイソン──ノサッジ・シングはミニマリズムの美学を持っているし、ふたりで作業することで「ひとつひとつの音にちゃんと居場所を与える」という意識がすごく強くなった。「リスナーがその瞬間になにを聴いているか」が明確になるように、音を詰めこみすぎないように意識していたんだ。結果的に、ミニマルでありながらもひとつひとつの音に自信を持ってスペースを与えるような音楽になったと思う。そういうことは自分のソロ作品ではあまりできていないことでもあるし、このプロジェクトの大きな魅力になっていると思っている。

NT:先ほども触れたことだけど、自分にとってソロ制作とは「自分自身との対話」なんだ。毎回の作品をとおして、自分が次になにを目指すべきか、どこに進むべきかを探っている。最近ずっと考えているのは「大きく方向転換すること(Hard left)」なんだけど、自分のなかで「これはこれまでとはちがう」と思えるようなサウンドを見つけたい、そういう挑戦をつねにしていたいと思っている。ただ、フィルとのコラボレイションでは、そこがまったく異なっていて、いちばん面白かったのはじつは、スタジオの外で交わした会話のほうだったかもしれない。そういったやりとりが “突破口” になっていて、その後スタジオに入ると、もうことばを交わさなくても音が自然と出てくる。フィルが言っていたみたいに、“フロー状態” に入れていたと思う。それにたんに音楽的な刺激を与えあうだけじゃなくて、視覚的な面──たとえば互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。共通のメモもつくっていて、そこには気になったことばやフレーズをどんどん記録していって、曲のタイトルもそういうやりとりのなかから自然に決まっていった。まさに「リサーチを一緒にしていた」という感じだったね。

こうしたふたりのコラボレイションの場合は、ふたりの息がぴったりうまく合って一体化するような瞬間も、逆に、それぞれの個性を押し殺さず、自分を主張する場面も、どちらもたいせつなのではないかと想像します。もしこのアルバムを「友」と「敵(対立)」の要素に分けるとしたら、それぞれ何パーセントくらいだと思いますか?

JG:面白い質問だね。たぶん、さっき言った「50/50」の意味が、まさにそういうことなんだと思う。あるとき制作中に、ジェイソンが東京にいたから物理的に離れていたときがあって、彼からなにかトラックの変更案みたいなものが送られてきたことがあったんだ。それを聴いたとき、最初は反射的に「いや、そこはちがうんじゃないか」って思ってしまった。でも、すぐに返信する前に、もう何回かちゃんと聴きなおしてみたら、「ああ、これはジャック・グリーンじゃなくて、ノサッジ・シングとしての方向性なんだな」って気づいたんだ。だったら、それでいいんじゃないかって思った。アルバム全体が自分ひとりのヴィジョンだけで進んでいるわけじゃなくて、ふたりのものなんだから、「これは彼のパートなんだ」って素直に認めることができた。だから、いわゆる「対立」というより、自分のなかでの葛藤というか、「自分だったらこうはしない」という気持ちとの向きあいがあったんだと思う。でも、そもそもそれこそがコラボレイションの醍醐味でもあるはずで、ぜんぶ自分のやりたいとおりにしてしまったら、それはひとりでやってるのと変わらないからね(笑)。その一方で、完璧に流れに乗ってつくれた曲もいくつかあって、たとえば “Unknown” とか “Found” とか “Intention” みたいな、ループが多めで内省的なトラックたちは、ほとんど一気に一回のセッションでつくりあげたものなんだ。そのあとは少し整えただけで、最初から最後まで疑いなく進められた。そういうのは完全に “フローステート” だったと思う。でも、他の曲ではやっぱり「対立」とまでは言わないけど、互いに、自分だったら選ばない方向に相手が舵を切る瞬間があって、そこにどうスペースを譲りあうか、という内面的なやりとりがあったと思う。

NT:そうだね、自分はそういうふうに考えたことはなかったけど……でも、コロナ禍がはじまってからは、自分にとって大きな転換点だった。フィルも言ってくれていたけど、ぼくはLAでセッション・ワークやほかのひととのコラボレイションを増やすようになって、プロデューサーとしても、聴く側としてもすごく成長できたと思っている。たとえば、とても尊敬しているプロデューサーのデイヴ・シーテック(Dave Sitek)というひとがいるんだけど、彼はいつも、機材の使い方を細かく教えたりはせずに、ただ「これセットしてあるから、自由にやってみて」というスタンスなんだ。ぼくもそれとおなじようなアプローチを心がけていて、たとえば、自分のスタジオに Pulsar や Perkons というドラムマシンを置いてあるんだけど、ぼくはそれをセットするだけで、自由にフィルに使ってもらいたい。フィルがそれを触ると、自分では絶対に思いつかないような音が生まれたりするから。彼なら絶対に自分なりのやり方でいいものを出してくれるという信頼があるから、安心して任せられる。そういう「セットして、あとはなにが出てくるか見てみよう」っていう瞬間が、いちばん面白くて、いちばん予想外で、興奮する時間だったりするんだ。

この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。(ノサッジ・シング)

個人的には “Unknown” や “Found” といったUKガラージ~ダブステップのビートの曲がとくに印象に残ります。00年代終わりころに登場してきたおふたりは、いまこのビートと向きあってみてどういう感慨を抱きましたか? なつかしさ? 新鮮さ?

JG:自分としては「新鮮さ」のほうが強かったと思う。2009年にそのまま出せたような曲をつくろうという意識は、正直まったくなかった。あの時代のサウンドには、たしかに安心感というか、落ち着く場所みたいな側面もあるんだけど、それ以上に「いまこのかたちでなにか新しいことができないか」というインスピレイションを感じていた。レトロなものをつくるつもりはいっさいなかったし、あの形式のなかで、いまの自分たちなりの表現を探すということを意識していたと思う。

NT:ぼくも具体的に「あの時代」みたいなことは考えてなかったと思う。当時の作品を聴き返したり、特定のリファレンスを意識したりということも、とくになかった。むしろ、ああいうリズムは自然に出てきたものだったんだと思う。意識というより、身体から自然に出てきたビートだったという感じかな(笑)。

このアルバムには明確にダンスのビートがありつつも、きめ細やかに練りあげられたテクスチャーや音響のおかげで、どこか遠くからダンスフロアを眺めているような感覚もあります。ここには、15年くらいキャリアを重ねてきた現在のおふたりの気分が反映されているのでしょうか?

JG:まさにそうだと思う。すごく美しくて的確な表現だね。ぼくはいまでもクラブに足を運ぶようにはしていて、じっさいちゃんと音に入りこんで楽しんでいる。むかしより頻度は減ったかもしれないけど、それでもダンスフロアに身を投じて、音楽ファンとしての感覚を保ちつづけるというのは、すごく大事なことだと思う。ただ、このアルバムにかんして言えば、いわゆる「フロア向けのレコード」ではないと思っている。もちろんダンスの文脈は含まれているし、DJの耳にも響くとは思うけど、それは「クラブで使えるツール」というよりも、たとえばギグの帰り道に車のなかで聴くような、そういうシーンに寄り添う作品なんじゃないかと思っているんだ。じっさい、今回のアルバムの大部分はロサンゼルスのジェイソンのスタジオで制作したんだけど、ロサンゼルスは完全に「車の街(車社会)」なんだよね。ぼくも滞在中はレンタカーで移動していて、日中はスタジオで作業して、夜になると宿に戻るために運転するんだけど、そのドライヴで、その日につくった曲をMP3で書きだして、深夜11時半くらいの静かな道を走りながら聴くと、「ああ、この音楽はこういうふうに響くんだ」って、しっくりくる瞬間があるんだ。このアルバムに収録されている「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器(club weapons)」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち(ghosts of dance floor in the past)」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。

NT:たしかに曲によってはダンス・レコードとして機能する瞬間もあると思う。でも、最初から「クラブのための作品」としてイメージしていたわけではなかったんだ。ダンス的な要素もある一方で、アンビエントな要素や、テンポを落とした、ほとんど「歌」に近いような構成のトラックもあって、曲としての構造をもったものも多いし、自分のなかでは、どちらかというと映画みたいに流れていく作品──ひとつの映像作品のように聞こえるような構成を思い描いていた。それから、今回のプロジェクトでは、ザヴィエル・テラやテレンス・テイとのコラボレイションも大きな要素で、テレンスはクリエイティヴ・ディレクションを、ザヴィエルはミュージック・ヴィデオの演出やフォトグラフィを担当してくれている。だから、この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。

この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。(ジャック・グリーン)

今回、最初に発表されたふたりの共作2曲、“Too Close” と “RB3” をアルバムに収録しなかったのは、ダンス・ミュージックのカルチャーにおいてシングルとアルバムはべつもの、との考えにもとづいてでしょうか?

JG:いや、そういう考えにもとづいていたわけではないかな。“Too Close” と “RB3” は、自分たちがいっしょに作業するなかで、それぞれちがった方向性の極にある曲のように感じていて、言ってみれば「設計図」みたいな役割を果たしていたというか……。いや、「設計図」というと未完成みたいに聞こえるかもしれないけど、どちらもちゃんと完成された曲だと思っているし、誇りに思っている。ただ、あの2曲は「自分たちのコラボレイションとは、どういうものだろう?」というのを探っていた時期のものなんだと思う。“Too Close” は、ぼくたちがいっしょに音楽をつくりはじめて数年経ったくらいのころにできたもので、スタジオで一気に仕上がった最初の曲のひとつだった。「これはいけるかも」と直感的に感じたし、ふたりにとって最初にリリースするのにふさわしいトラックだったんだ。でもそれは、どちらか一方の世界というより、ぼくの音とノサッジ・シングの音がそのまま並んでいて、それぞれの「色」がはっきりと分かれていた気がする。そこが面白さでもあったんだけどね。それにたいして “RB3” は、まったくべつの感触があった。「ジャック・グリーンっぽい音+ノサッジ・シングっぽい音」ではなく、ふたりが混ざりあって、まったく新しいなにかが生まれはじめている感じがあった。そこからさらに一歩踏み込んで、その流れを押し進めた結果、アルバムに収録された曲たちができていった。今回アルバムを「Verses GT」という名前で出したのも、それがたんなるフィーチャリングや連名コラボレイションではなく、ひとつのユニットとしての表現になっているからで、だからこそ収録する曲もそこにしっかり合うものだけにしたかったんだ。じっさい、アルバムのためにたくさんの曲を書いたし、今後出すかもしれない曲もあれば、出さないままのものもあると思う。でもこのアルバムに収めた10曲については、余分なものを削ぎ落として、ひとつの物語としてまとまるようにした。ちょうどアナログ盤のA面とB面に5曲ずつ収められる構成で、しっかりセレクションをして完成させた作品なんだ。

ロンドン、LA、モントリオール、パリ、東京の5か所でじっさいにふたりで会ってレコーディングしたのですよね。それぞれの都市の雰囲気から影響は受けましたか? たとえばパリのモーターベース・スタジオは少し特別だったのではないでしょうか。

JG:それぞれの街からは間違いなく影響を受けたと思う。さっきも話したけど、ロサンゼルスでは、街の「車社会」という環境自体が、自分の音楽のつくり方に直に影響していたし。
 モーターベース・スタジオはほんとうにすばらしかった。朝から新しいトラックをいくつかレコーディングして、午後には、ほぼ完成していた2~3曲を仕上げる作業に集中できたんだけど、その「最後の5%」というのがじつはいちばん難しい部分だったりするんだよ。でも、あの空間にいることで「ぼくたちはプロとして音楽をつくっているんだ」という感覚がもてて(笑)、スタジオの部屋から受けとったエネルギーを曲に還元するみたいな相互作用があったと思う。結果としてたんなる音の仕上げ以上に、曲に魂みたいなものが加わった感覚があったし、気持ちの面でもすごく熱くなれた気がする。あと、ロンドンでは、前日にUKでやったDJセットに直接インスパイアされて、そのまま1曲を仕上げたんだ。あの街の空気も、しっかり音に入っていたと思う。

通訳:ジェイソンさんは印象的だった土地はありましたか?

NT:東京でのレコーディングが、ちょっと大変だったけどワクワクする状況だったね。たしか、タイソンの曲(“Angels”)を最終的に仕上げたのが恵比寿のNOAHスタジオだったんだ。知ってるかい? 都内にいくつもあるよね。あのときは小さな部屋を予約して、そこで絶対に曲を完成させなきゃいけなかった。ぼく自身NOAHに入るのはあれが初めてだったんだけど、なんか面白かったな。これはまたべつの日の話なんだけど、夜、ちょうどフィルが東京に到着した当日にアルバムの最終盤を納品しなくちゃいけないことに気づいたんだ。だから、フィルは空港からぼくの家に直行するハメになった。ぼくたちはたしか「あと1~2日くらい余裕がある」と思いこんでたんだけど、時差の影響もあって、よくよく確認してみたら「えっ、提出期限、今夜じゃん」ってなって(笑)。

JG:ぼくはちょうど成田空港に着いたところで、スマホ見たらレーベルからのメッセージが入っていたから、すぐジェイソンに「やばい、今夜0時(東京時間)までにマスターをエンジニアに送らないといけない」って連絡したんだ。午後4時くらいのことだよ。

NT:でもそのときぼくは、引っ越したばっかりだったからネットがまだ通っていなかったんだ。だからスマホをラップトップにテザリングしたんだけど、通信が不安定だから、窓際にスマホを置いて、なんとかアップロードして提出した。まさに任務って感じだったよ(笑)。
 でも、ちゃんと間に合ったし、あれはあれで最高だった。で、そのあと……なにしたんだっけ? たしか、ちょっとした打ち上げみたいなことをしたんだよね?

JG:そう、鯖の味噌煮を食べにいったよ。あと12時半くらいに、近所のドンキに行って、ちょっといい日本酒を1本買って、乾杯した(笑)。

NT:あれは楽しかったな。いまでもはっきり覚えてるよ。

ヴォーカル入りの3曲の歌詞については、ゲスト・ヴォーカルの3人それぞれに任せたのでしょうか? なにかディレクションはしましたか?

JG:基本的には、それぞれのヴォーカリストに自由に任せたよ。こちらから具体的なことばや歌詞を渡すようなことはしなかったけど、アルバム全体のムードについては、ある程度こちらの考えを共有するようにはしていた。とくにクーチカとは、そのあたりの意識をしっかり合わせた感じだった。アルバム全体がいわゆるコンセプト・アルバムというわけではないけれど、この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。自分たちがどう生きていくか──そういう問いにたいする姿勢というか、日常のなかにあるものや、他者をちゃんと見つめ、感謝するというような、ある種の選びとる感覚があるんだ。だからクーチカには「デジタルに覆われたいまの世界のなかで、リアルなだれかとつながりたい」という感覚を伝えた。彼女はそこから「だれかと永遠にいっしょにいたいという気持ち」みたいな方向に展開してくれて、その感情を歌詞に落としこんでくれたんだ。
 ジョージ・ライリーのケースはちょっと逆で、歌詞が録音されたあとにじっくり話す機会があって、「あの歌詞にはどういう意味があるの?」と尋ねたら、彼女はすごく素敵なインスピレイション源を共有してくれた。ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。「聖テレジアの法悦」は、布が風に舞うような質感で、聖テレジアが恍惚の表情を浮かべている作品だよ。彼女の歌詞は、そういう本やアートとの出会いを通じて生まれたものだったんだ。

ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。(ジャック・グリーン)

今回のアルバムでいちばん気に入っている曲とその理由を、おふたりそれぞれ教えてください。

NT:1曲だけ? 何曲かあげたいんだけど。気に入っている曲は変わったりするけど、やっぱり “Found” は特別な1曲だと思う。あの曲はたしか、ほぼ完成するまで20分もかかっていなかったんじゃないかな。ふたりとも完全に集中していて、めちゃくちゃテンションが上がっていた。フィルも言っていたけど、トラックをつくっているあいだは互いにほとんど話さなかったんだよ。でも気づいたらループではなくて、いつの間にか1曲丸ごとできていて……時間の感覚が完全になくなっていた。あのときの興奮はいまでもおぼえてるよ。鳥肌が立って、ゾクッとした。最高の瞬間だった。もうひとつはタイソンの曲(“Angels”)かな。しばらく聴いていなかったんだけど、さっきあらためて聴いたら「うわ、これ自分たちでつくったんだよな」って、あらためて感動した。すごく美しいトラックだと思う。

JG:たしかに “Found” は特別な1曲だよね。まさに “フローステート” で生まれた曲で、制作中もほんとうに気持ちがよかった。完成したトラックとしても気に入ってるし、なにより聴くたびに「ああ、音楽ってこういうふうにつくれるんだな」って思える。もちろんジェイソンとのコラボレイションという文脈でも面白い曲なんだけど、それ以上に音楽をつくるという行為そのものが純粋に楽しくて、この曲にはその感覚がそのまま残っている気がする。音楽活動を長くやっていると「もっと楽になるだろう」と思う一方で、逆に難しくなることもある。「もう言いたいことは言いきったんじゃないか」とか、「リスナーは自分になにを求めてるんだろう」とか、「どれくらい売らなきゃいけないんだろう」とか、頭のなかがそういう思考でいっぱいになってしまうことがあるんだよね。今回のアルバムの多くは、そういったものにたいする “アンチ” でもあるんだけど、“Found” はとくに、そうした雑念を完全に振り払って、ただ「音をつくる」という純粋な喜びだけがある。だからこそ、とても満たされる曲なんだ。
 それからもう1曲、アルバムの最後に入っている “Vision and Television” も個人的にすごく気に入ってるんだ。パリのモーターベース・スタジオで録ったんだけど、大量の機材があるスタジオで、あそこに入った瞬間、「あ、CS-70がある!」と感動した。スタジオのエンジニアもすごく親切で、「使ってみる?」ってすぐにセッティングしてくれた。CS-70 は昔のシンセで、とてもレアな機材なんだけど、MIDI もついていないから、ジェイソンが直接手で弾いて音を探っていくしかなかった。ぼくはちょっとエンジニア的な役回りで、録音をはじめた。ジェイソンがいくつかコードを弾いていくうちに、すごくシンプルで、でもはかなくて、浮遊感のある響きが見つかって、ふたりで「あ、これだ」って思った。あの曲は2分ちょっとのアンビエント的な小品だけど、聴くたびに自分の意識が少しだけ変わるような、不思議な力を持っているんだ。

11月の MUTEK で来日されますね。最後に、当日の意気込みと、ファンへのメッセージをお願いします。

JG:今回の MUTEK は、ぼくたちふたりにとって特別なショウになると思っているよ。MUTEK はもともとモントリオール発祥のフェスティヴァルで、そこはぼくが生まれ育った場所でもあるからね。去年、モントリオールで MUTEK の25周年が開催されたんだけど、そのときにぼくとジェイソンで初めてのライヴをやったんだ。あれがぼくたちの初ステージだった。そして今年は MUTEK JAPAN の10周年にあたる年で、しかもぼくたちにとって今回のツアーの最終公演になる。だから、できるだけリハーサルを重ねて、万全の状態で臨みたいと思っているよ。このプロジェクトの美しい締めくくりになるような、そんなステージにしたい。ぼくにとっての「出発点」であるモントリオールと、いまジェイソンが住んでいる「現在地」である東京が、MUTEK という文脈のなかでつながるというのはすごく象徴的だと思う。そういう意味でも、このステージが実現するのはほんとうに感慨深いし、最後のショウとしての熱量をしっかり詰めこめたらと思ってる。ほんとうに楽しみにしてるよ!

interview with Nosaj Thing - ele-king

 取材に入る直前。インタヴュー・カットを撮りたいので、最初の数分だけ照明を落とさせてもらいますと、そう伝えた。「大丈夫、暗いほうが好きだから。暗いのはいい」。その返答は、まさに彼の音楽を体現していた。どこか内省的で、しかしけして感情を爆発させることはない音楽。映像喚起的で、光よりも影のほうを向いてしまうタイプの、マシン・ミュージック。
 バックグラウンドは00年代後半の西海岸にある。いわゆるLAビート・シーンが彼のスタート地点だ。当地のDJ/プロデューサー/エンジニアであり、レーベル〈Alpha Pup〉の主宰者でもあるダディ・ケヴが、ビートメイカーにフォーカスしたパーティ《Low End Theory》を開始したのが2006年。そこでケヴがノサッジ・シングの(のちにファースト・アルバム『Drift』に収録されることになる)“Coat Of Arms” をヘヴィ・ローテイションしたことが、彼のその後の飛躍につながった。
 とはいえデイダラスフライング・ロータスティーブスといったあまたの才能ひしめくムーヴメントの渦中、やはりノサッジ・シングの音楽はどちらかといえば控えめに映るものだったのではないだろうか。以下に読まれる「日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる」との本人の弁は、まさに彼の音楽の特徴をよくとらえている。間を活かし、表面的な華やかさよりも、ある種の静けさや落ち着きのなかに独自の雅を展開していくこと。2010年代に入りチャンス・ザ・ラッパーやケンドリック・ラマーといった大物をプロデュースしたり、トラップの感覚とエレクトロニック・リスニング・ミュージックを折衷する『Fated』や『Parallels』といったアルバムをつくり終えた今日でも、その軸はまったくブレていない。

 むろん、変化している部分もある。この秋リリースされ、年明けにアナログ盤の発売を控える5枚目のアルバム『Continua』に色濃くあらわれているのは、マッシヴ・アタックやトリッキーといったブリストルのサウンド、かつてトリップホップと呼ばれた音楽からの影響だ。
 最たる例はジュリアナ・バーウィックを迎えた “Blue Hour” だろう。この曲がまたとんでもなくすばらしいのだけれど、驚くなかれ、ふだん声をあくまでひとつのサウンドとして利用している彼女が、ここでは歌詞を書き明瞭に歌っている。ゲストに新たな試みを促す力が、ノサッジ・シングの「暗い」トラックには具わっているにちがいない。
 バーウィックはじめ、ほとんどの曲にゲストが招かれている点も大きな変化だ。サーペントウィズフィートトロ・イ・モワパンダ・ベアなどなど、多彩かつジャンル横断的な面子が集結しているが、なかでも注目しておきたいのは今年素晴らしいデビュー・アルバムを送りだしたコビー・セイと、ele-king イチオシのラッパー=ピンク・シーフ。ここでもまたノサッジ・シングは、普段の彼らからは得られない、声の抑揚やムードを引きだすことに成功している。
 ほの暗く、静けさを携えながらも、内にさりげない光彩を潜ませた音楽──それは、激動の一年を締めくくろうとしているわたしたちリスナーが、じつはいちばん欲しているものかもしれない。間違いなく、すごくいいアルバムなので、ぜひ聴いてみてほしい。

マッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。

NYにいる友人から聞いた話では、いま物価の上昇がすごいらしいですね。レストランにふたりで入ると以前は50ドルで済んだところが100ドルはかかるようになったそうです。LAはどんな具合でしょうか? NYはパンデミックで仕事を失った人も少なくなく、さらに追い打ちをかけるように物価高になり、ホームレスや精神不安を抱えるひとも増え、治安も悪くなったと聞いています。

NT:やっぱりLAも同様にインフレがひどくなりました。とくにガスの料金がすごく上がっていてみんな苦しんでいます。ホームレスにかんしては、LAはここ10年くらいずっと問題視されてきていましたので、パンデミックの影響というよりも、ひとつの社会問題としてつねに存在していました。個人的には、パンデミックのときはたまにゴッサム・シティ(『バットマン』で描かれる、荒廃した治安の悪い都市)に住んでいるような気分になりましたね。

新作は最終的にはとてもムーディーで、ある意味では心地よい音楽にまとまっていますが、背景には気候変動など未来への不安や、あなた個人の家宅侵入被害といった、いくつかの重たいテーマが潜んでいるようですね。今回は5年ぶりの新作で、12人ものゲストを迎えたアルバムです。どのようにこのプロジェクトがはじまり、進んでいったのかを教えてください。

NT:前のアルバムを2017年にリリースしたんですが、そこからどういう方向性にいくかを考えるのにしばらく時間を要しました。どのように自分の次のアルバムをつくりあげていくか、すごく悩みましたね。パンデミックは世界じゅうの人びとにとって難しい時期だったと思うんですが、自分にとってその時間は貴重なものだったと考えています。というのもこの数年間、5~7年はずっとツアーをしたり、他のアーティストのプロデュースを手がけたりしてきて、そういった経験を自分の世界にどのように落としこむかを考えていたので、自分にとってはある意味とてもポジティヴな時間でした。
 今回のアルバムそのものは、とてもシネマティックなものだと思っています。僕は85年に生まれたんですけど、90年代半ばの音楽をとくによく聴いていたので、そういった音楽を自分なりに解釈して取りこむことにチャレンジしました。たとえばマッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。とはいえ、ノスタルジックになりすぎないよう、細心の注意を払いました。
それと、今回のアルバムはこれまででもっともコラボレーションを全面に打ちだしたものになっています。ぼくはもともとすごくシャイな人間ですが、今回参加してくれたアーティストたちには個人的に知っていたわけではないひとも何人かいて、そういうひとたちにも連絡をとって参加してもらうようにお願いしました。だからさまざまなスタイルをうまくミックスすることができたアルバムだと思います。

日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。

あなたの音楽はビート・ミュージックでありながら、ある種の静けさや暗さを携えていて、アンビエントにも通じる部分があるように感じます。過度にハイテンションになる音楽ではなく、こういったサウンドができあがるのには、あなたの性格や生い立ちも関係しているのでしょうか?

NT:LAで育って、さまざまな音楽やカルチャーに触れる機会があったことは大きかったと思います。東京も同じような感じですよね。自分の世界をクリエイトするなかで、アンビエントをつくることは一種のセラピーのように感じています。これまでいろんなアーティストとセッションをしたり、プロデュースをしたりしてきましたけれど、たとえば日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。それこそブライアン・イーノがさまざまなジャンルの音楽をプロデュースしていて、ロックからアンビエントまでいろいろやっていましたが、歳を重ねるうちに彼のようなことをやりたいと思うようになりましたね。

エレクトロニカ的だけれどもヒップホップやR&Bでもあり、新作にはあなたが好きな音楽がいろいろ詰まっています。なかでもやはりヒップホップの要素は大きいように感じましたが、いかがでしょう? とくにピンク・シーフはエレキングが好きなラッパーのひとりですので、参加しているのが嬉しかったです。彼の魅力はどういうところにあると思いますか?

NT:ピンク・シーフには、とても新鮮で近未来的な印象を抱きました。彼のレコーディングは私のスタジオでおこなったんですが、とても面白かったことがあって。アルバムのアートワークに使われている写真はエディ・オットシェールというロンドンの写真家によるものなんですけど、この写真には両面があるんです。表に「両面を見て」と書いてあるんですよ。表では、道の真ん中に人が座っています。裏返すと、その道の反対側も写されているんです。ひとつの作品で道の両面を写したものなんですね。
 その写真をスタジオでピンク・シーフに見せたところ、彼は「わかった」と言って20~30分でリリックを書き上げました。そして彼はレコーディングをはじめて、楽器も演奏したんですけど、すごく長いテイクをひとつだけ録って、「できたよ」って言ったんです。追加で録音することもなく、ほんとうにワンテイクで終わらせちゃったんです。スタジオで彼に初めて会って、いきなりレコーディングがはじまって、すぐに終了したというそのプロセス自体が、自分にとってはかなり衝撃でしたね。
 その後「足すものはほとんどないけど、スクラッチだけ足したい」と伝えると、Dスタイルズの曲をスクラッチしてくれました。自分が10代の頃によく聴いていたDJグループで、当時はスクラッチにハマっていたので、とても嬉しい経験でした。

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ジュリアナ(・バーウィック)の最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。

先ほどマッシヴ・アタックやトリッキーの名前が挙がりましたが、まさにその影響を大きく感じさせるのが “Blue Hour” です。この曲にはジュリアナ・バーウィックが参加しています。彼女もわれわれのフェイヴァリットで、当然あなたも大好きなアーティストだと思いますし、彼女のアンビエントが素晴らしいことをあなたの前でことさら言う必要はありませんが、このアルバムにおける彼女の起用法はとても気に入りました。

NT:この曲はそもそもインストゥルメンタルからはじまったんです。ぼくは画像や映像からインスピレーションを受けることが多いんですが、この曲もガールフレンドが撮った短いビデオをスマホで見ていたらコードが浮かんできて、そこから作曲しました。ぼくはジュリアナの最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。彼女はいつもコーラスのような歌い方で、歌詞を書いたことがありませんでした。今回初めてちゃんと歌詞を書いて歌ったんですね。そういう感じでコレボレーションしつつ曲をつくったんですけど、じっさいに彼女と一緒に作業をしたのは2回だけです。

“Grasp” に参加しているコビー・セイもわれわれのフェイヴァリットのひとりなのですが、彼とはどうやってつながったのでしょう? 彼のどんなところを評価していますか?

NT:この曲は個人的にもとくにお気に入りなんです。最初は自分でドラムを叩いてプログラミングをして──という感じで、この曲も最初はインストゥルメンタルにしようと考えていました。それからギター・リフを弾いたり、なんとなくつくってはいたんですけど、そのまま数か月放置していたんです。でもずっと気にはなっていて、この曲をどう練りあげていくか頭の片隅で考えていて。
 そこでサム・ゲンデルに「アイディアを足してくれない?」と頼みました。そしたら彼がサックスのパートを送ってくれたので、インストにサックスが載った感じの曲にしようと思ったんですが、それでもどこか完成していないように感じていました。どうしようか悩んでいたところ、〈Lucky Me〉のダンというひとがコビーを紹介してくれて、「彼にやってもらったら?」と言ってくれたんです。
 それでコビーに連絡をとって、「こんなアイディアがあるんだけど」と4つ5つほどアイディアを出したところ、彼がそのうちひとつをピックアップして、ヴォーカルやベースをやってくれました。何千ものパズルがひとつにまとまるようにしてできあがった感じです。自分にとっても彼は特別なアーティストだったから、一緒にできたことはいまでも信じられないですね。

あなたは00年代後半に、《Low End Theory》を中心とするLAのビート・シーンから登場してきました。現在でもその「シーン」のようなものは続いているのでしょうか? もしそうであれば、そこに属しているという意識はありますか?

NT: 2005年か2006年だったか、かなり昔の話ですからね……。みんなそこから進化して、新しい道を歩んでいって、2012年か2013年くらいになんとなく空中分解したような感じではあるんですけど、いまでもみんな友だちだし連絡もとりあっていますよ。みんな成長して大人になって、子どもがいるひともいます。たとえばティーブスはアート・シーンに向かったり、フライング・ロータスは映画監督をやったり。みんな多様な活動をするようになりましたが、互いにサポートしあっています。

日本語には「地味」という言葉があります。あえて飾り立てないことのカッコよさについて言うことばですね。たとえば江戸時代は、着物を羽織ったときに、生地の表面に色味を使うのは「粋=クール」じゃないという大衆文化のなかで芽生えた美意識がありました。鮮やかな色彩は、着物の裏面に使うんです。それが歩いているときや風で少しめくれたときにちらっと見える。それが「粋」です。あなたの音楽にもそういうところがあるように思いましたが、いかがでしょうか?

NT:そういうふうに思ってもらえるのはすごくありがたいですね。それがひとつの個性だと考えられたら自分でも嬉しいです。自分としては、このアルバムで表現したかったことは、映像的なものに近いんです。
 これまでの自分のミュージック・ビデオは、ちゃんとしたチームがいるわけではなかったのであまり冒険せず、実験的でもなかったと思うんですが、ぼくの頭のなかにはつねに実験的なアイディアがありました。だからいま、ヴィジュアル・アルバムを作成していているんです。それはひとつの長い映画のような作品になりそうです。ぼくのアルバムのアートワークは全部モノクロなんですけれど、そのヴィジュアル・アルバムはとてもカラフルなものになるので、いまおっしゃっていたような感覚もあるのかなと思います。1月末にリリースする予定です。

Nosaj Thing - ele-king

 活動初期には〈Low End Theory〉にも出演していたLAのプロデューサー、ノサッジ・シングが通算5枚めとなるニュー・アルバム『Continua』を完成させたという。まだ詳細は明かされていないものの、現在新曲 “Blue Hour” が公開されている。ヴォーカルで、ジュリアナ・バーウィックが参加(ノサッジ・シングは以前、バーウィックのアルバム『Healing Is A Miracle』に参加していた)。アルバムの続報を待ちたい。

NOSAJ THING
ノサッジ・シングがNEWアルバム『CONTINUA』の完成を明かし
ジュリアナ・バーウィック参加の新曲 “BLUE HOUR” を解禁

ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーのプロデュースで知られ、日本でも真鍋大度とのコラボなどで人気を集める、LAのプロデューサー、ノサッジ・シングが新曲 “Blue Hour” をリリースした。本楽曲には、スフィアン・スティーヴンス主宰レーベルからリリースした『The Magic Place』やシガー・ロスのヨンシーも参加したアルバム『Healing Is A Miracle』でその瞑想的な歌声が賞賛されているジュリアナ・バーウィックがヴォーカルとして参加している。

Nosaj Thing - Blue Hour ft Julianna Barwick
https://youtu.be/IQhwGGarWfI

ノサッジ・シングは5枚目となる最新作『Continua』が完成したことも明かしており、今後詳細が発表される予定という。

ノサッジ・シングは自身の体験を投影した見事なサウンドスケープを創作する。そこからは、LAシーンの歩みを感じ取ることもできる。DIYなライブハウス、The Smellで見たノイズやパンクのライブから、D-Stylesと共演したLow End Theoryでのデビュー・ステージ、The xxやザ・ウィークエンドのオープニングアクト、そして10年に渡って親交のあるオーディオビジュアル・ライブの第一人者、真鍋大度との革新的なヘッドライン・パフォーマンス。それらリアルな体験こそが、彼の音楽に直感的な感情移入をもたらし、それらが特別なムードを生み出し、ノサッジ・シングのサウンドに唯一無二の輝きをもたらしている。


label: LuckyMe
artist: Nosaj Thing
title: Blue Hour ft Julianna Barwick
release: 2022/08/24

TRACKLISTING
1. Blue Hour ft Julianna Barwick

L-KY.ME/NT
https://l-ky.me/NT

Nosaj Thing - ele-king

 ノサッジ・シング=ジェイソン・チャングは若くして成功を手に入れた。ノサッジはフライング・ロータスを輩出したLAビート・シーンを代表するパーティ〈ロー・エンド・セオリー〉の初期からその才能を発揮していたというし、2009年にリリースされたファーストアルバム『ドリフト』も、2012年の『ホーム』もビートミュージックのフィールドを超えて高い評価を獲得した。トロ・イ・モア、カズ・マキノ、ジェイミーXX、レディオヘッド、チャンス・ザ・ラッパー、ケンドリック・ラマーらと、さまざまなコラボレーションを行い、彼らから強い信頼も得た。みな、ノサッジの才能にほれ込んでいた。まさに順風満帆だ。

 にもかかわらず、彼は泣いている。3年ぶりの新譜には悲しみに満ちた音風景が展開されているのだ。しとしとと降り続ける雨のようなビート。曇り空のようなメランコリックなコード。アルバム名は「運の尽きた」を意味するという。私はこのアルバムから強い喪失の念を感じた。失われていくものへの諦念。

 今作の大きな特徴は「声」を積極的に導入している点だが、サンプリングされた「声」もまた泣いているように聴こえる。なかでもフーアレイを起用した“ドント・マインド・ミー”とチャンス・ザ・ラッパー参加曲“コールド・ステアズ”のブルージーなヴォーカル・トラックが素晴らしい。チャンス・ザ・ラッパーのメランコリックな歌声が染みる。

 同時にワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『アール・プラス・セブン』以降のトレンドでもある「シンセ・ウェイヴ/ミュージックコンレート的」という現代的な要素もある。コーネリアスのファンでもある彼はアメイジングなサウンドも追求しているのだ。

 本作には、ブルーとアメイジングというふたつのエレメントが交錯している。コードに、ビートに、グルーヴに、サウンドに、声にさまざまな感情が息づいている。私には、美しいアンビエンスを響かせるラスト曲“2K”が、ノサッジの慟哭のようにも聴こえた。

Nosaj Thing - ele-king

 このアルバムを聴き終えて、思わず、「home」という小学生でも知っている単語を英和辞典で引いてしまった。1.家庭,自宅;生家、2.故郷,郷里;本国,故国、3.療養所;収容所;宿泊所、4.(動物の)生息地;(植物の)自生地......。この音楽の作り手は、そのどれを指してそう名づけたのだろうか。まず強く興味を引かれたのはそのことで、不思議に思いながらも同時に、その感性に反射的にシンパシーを覚えた。ここには帰るべき安住の場所としてのhomeはなく、けれども特定されるものではなく茫漠としたイメージにおいてのhomeを持ち出して、とにかくそう名づけたのではないか。つまりそれは、ありとあらゆる音楽が無秩序に広がる荒野に生きるわたしたちの時代のhomeである、と。

 『ホーム』はその掴みどころのなさゆえに、何度もリピートしてしまうアルバムだ。〈ワープ〉の第一世代に代表されるようなIDMの記憶はいまや数多の音楽に発見できるようになったが、ノサッジ・シングを名乗る韓国系アメリカ人であるジェイソン・チャングが生み出す音楽は、そこを基点のひとつとしながらも現在までに至る様々な音楽的記憶へ滑らかにスライドしていく。〈ロウ・エンド・セオリー〉に象徴されるようなLAビート・シーン周辺から出てきたひとであるためそう説明されることが多いのだが、まず感触として思い出すのは、フォー・テットの近作やローンに代表されるようなボーズ・オブ・カナダ・チルドレンの繊細な作りのエレクトロニック・ミュージックだ。だがたしかにビートはアブストラクト・ヒップホップ譲りのものも強く見受けられるし、ブロンド・レッドヘッドのカズ・マキノをヴォーカルとして招聘した2曲目"エクリプス/ブルー"では早速イーブン・キックのテクノとインディ・ロックのフィーリングを接続する。"グルー"のようにスペイシーな質感のテクノもあれば、"ディスタンス"のようなアンビエントも難なくこなし、"テル"ではプレフューズ的なグリッチ・ホップをモダナイズする。メロディアスな"スナップ"はベース・ミュージックとフュージョンが合体したかのようだ。なかでも面白いのはトロ・イ・モワが長音を歌う"トライ"で、チャズ・バンディックが登場すればたしかにチルなムードが広がっていく......が、ドリーミーと呼ぶにはどこか醒めたトーンは保つ冷静さがある。特定の何かに溺れる瞬間はない。現行のアンビエント・テクノと見事に響き合うような"フェイズIII"を挟めば、ラスト・トラックは誰もがエイフェックス・ツインを連想するであろう、高速のブレイクビーツとピアノの和音が戯れる"ライト3"だ。このアルバムにはさまざまなアーティストやその作品群が姿を見せているようだが、ただ、チャング本人がそのどこにいるのかがわからない。個性がない、ではなく、敢えて個体をぼやかすような奥ゆかしさでもって、多様な音楽的語彙の波の上を涼しげに漂っていく。
 デビュー作でそのような自身のあり方を『ドリフト(漂う)』と名づけたことは、自覚的な態度だったと言えるだろう。けれども、決まった居場所のなさをhomeと言ってみた反転こそが、自らの表現の核心により迫っているように僕には感じられる。このアルバムを貫いているものがあるとすれば、そのどこか物悲しいフィーリング、いまにも破れてしまいそうな薄い膜が張ってあるかのようなフラジャイルな感触である。それすらもことさらに強調せず、重すぎないビートとたしかに印象に残るメロディを用いてスムースに聴かせてしまう。それはまるで、帰る場所を持たない人びとが無意識に抱くメランコリーに寄り添うようだ......というのはいささか飛躍かもしれないが、自らに内在する多様性とその矛盾を認めるという意味で魅力的だ。
 そこに現代性を見出すとすれば、本作もまた、いまという時代を捉えたものとして新たな音楽的記憶のいち部へと溶け込んでいく。チャングの一見ささやかで繊細なエレクトロニック・ミュージックのそのざわめきは、雑多さそのものを静かに受容し、そこにこそ身を捧げるようなロマンティシズムの気配を湛えている。

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