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木津 毅   Jan 23,2013 UP

 このアルバムを聴き終えて、思わず、「home」という小学生でも知っている単語を英和辞典で引いてしまった。1.家庭,自宅;生家、2.故郷,郷里;本国,故国、3.療養所;収容所;宿泊所、4.(動物の)生息地;(植物の)自生地......。この音楽の作り手は、そのどれを指してそう名づけたのだろうか。まず強く興味を引かれたのはそのことで、不思議に思いながらも同時に、その感性に反射的にシンパシーを覚えた。ここには帰るべき安住の場所としてのhomeはなく、けれども特定されるものではなく茫漠としたイメージにおいてのhomeを持ち出して、とにかくそう名づけたのではないか。つまりそれは、ありとあらゆる音楽が無秩序に広がる荒野に生きるわたしたちの時代のhomeである、と。

 『ホーム』はその掴みどころのなさゆえに、何度もリピートしてしまうアルバムだ。〈ワープ〉の第一世代に代表されるようなIDMの記憶はいまや数多の音楽に発見できるようになったが、ノサッジ・シングを名乗る韓国系アメリカ人であるジェイソン・チャングが生み出す音楽は、そこを基点のひとつとしながらも現在までに至る様々な音楽的記憶へ滑らかにスライドしていく。〈ロウ・エンド・セオリー〉に象徴されるようなLAビート・シーン周辺から出てきたひとであるためそう説明されることが多いのだが、まず感触として思い出すのは、フォー・テットの近作やローンに代表されるようなボーズ・オブ・カナダ・チルドレンの繊細な作りのエレクトロニック・ミュージックだ。だがたしかにビートはアブストラクト・ヒップホップ譲りのものも強く見受けられるし、ブロンド・レッドヘッドのカズ・マキノをヴォーカルとして招聘した2曲目"エクリプス/ブルー"では早速イーブン・キックのテクノとインディ・ロックのフィーリングを接続する。"グルー"のようにスペイシーな質感のテクノもあれば、"ディスタンス"のようなアンビエントも難なくこなし、"テル"ではプレフューズ的なグリッチ・ホップをモダナイズする。メロディアスな"スナップ"はベース・ミュージックとフュージョンが合体したかのようだ。なかでも面白いのはトロ・イ・モワが長音を歌う"トライ"で、チャズ・バンディックが登場すればたしかにチルなムードが広がっていく......が、ドリーミーと呼ぶにはどこか醒めたトーンは保つ冷静さがある。特定の何かに溺れる瞬間はない。現行のアンビエント・テクノと見事に響き合うような"フェイズIII"を挟めば、ラスト・トラックは誰もがエイフェックス・ツインを連想するであろう、高速のブレイクビーツとピアノの和音が戯れる"ライト3"だ。このアルバムにはさまざまなアーティストやその作品群が姿を見せているようだが、ただ、チャング本人がそのどこにいるのかがわからない。個性がない、ではなく、敢えて個体をぼやかすような奥ゆかしさでもって、多様な音楽的語彙の波の上を涼しげに漂っていく。
 デビュー作でそのような自身のあり方を『ドリフト(漂う)』と名づけたことは、自覚的な態度だったと言えるだろう。けれども、決まった居場所のなさをhomeと言ってみた反転こそが、自らの表現の核心により迫っているように僕には感じられる。このアルバムを貫いているものがあるとすれば、そのどこか物悲しいフィーリング、いまにも破れてしまいそうな薄い膜が張ってあるかのようなフラジャイルな感触である。それすらもことさらに強調せず、重すぎないビートとたしかに印象に残るメロディを用いてスムースに聴かせてしまう。それはまるで、帰る場所を持たない人びとが無意識に抱くメランコリーに寄り添うようだ......というのはいささか飛躍かもしれないが、自らに内在する多様性とその矛盾を認めるという意味で魅力的だ。
 そこに現代性を見出すとすれば、本作もまた、いまという時代を捉えたものとして新たな音楽的記憶のいち部へと溶け込んでいく。チャングの一見ささやかで繊細なエレクトロニック・ミュージックのそのざわめきは、雑多さそのものを静かに受容し、そこにこそ身を捧げるようなロマンティシズムの気配を湛えている。

木津 毅

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