「MARK」と一致するもの

Plaid - ele-king

 30周年を迎え大きな盛り上がりを見せている〈Warp〉だけれど、またもや嬉しいお知らせの到着だ。今年6月に環境問題をテーマに掲げた力作『Polymer』をリリースしたヴェテラン、プラッドが来日する。オーディオ・ヴィジュアルにも定評のある彼らだけに、今回のライヴでもきっと素晴らしい一夜を演出してくれることだろう。11月23日は VENT に決まり!

Aphex Twin や Autechre 等と共に〈Warp〉レーベルを支えてきた Plaid が、オーディオ・ビジュアル・ライブセットで登場!

今年の7月には10枚目となる最新アルバム『Polymer』をリリース、30周年を迎えた超人気レーベル〈Warp〉を Aphex Twin や Autechre、Nightmares On Wax などとともに支えてきたPlaid (プラッド)が、話題のオーディオ・ビジュアル・ライブセットを引っさげて11月23日のVENTに登場!

まばゆいメロディ、肉感的なリズム、ヒプノティックなテクスチャーが散りばめられた13曲を収録した最新作品『Polymer』を今年7月にリリースした Plaid。名門レーベルの看板アーティストの1組として長年の活躍は言わずもがな、Björk をはじめ、Mark Bell、Arca、Haxan Cloak、最近では Skee Mask や Daniel Avery などともコラボレーションしてきた。他にも London Sinfonietta や Southbank Gamelan Players、Felix's Machines のロボット・スカルプチャー、サウンドトラックなどジャンルを超えて幅の広い仕事をしてきた。また Berghain などの有名クラブからシドニーのオペラハウスなど様々な場所でライブを繰り広げてきた国際的な輝かしい実績も持っている。

Plaid は過去にも世界各地でオーディオ・ビジュアル・ライブセットを披露しており、その圧倒的なクオリティの高さは大きな評判となっていた。多声音楽、環境汚染、政治などのマニフェストをクリエイティブに昇華し、環境問題や統合性、生存競争や死亡率、人間性の断絶などのテーマがぶつかり合っている最新作『Polymer』は今の時代に聴くべき作品と言えるだろう。まさに今見るべきライブアクトのクリエイティビティを直に体感してほしい!

Plaid - WXAXRXP Mix:https://youtu.be/62B_JAg6jJ0

[イベント概要]
- Plaid -
DATE : 11/23 (SAT)
OPEN : 23:00
DOOR : ¥3,500 / FB discount : ¥3,000
ADVANCED TICKET:¥2,500
https://jp.residentadvisor.net/events/1326343

=ROOM1=
Plaid - Live -
Mustache X
TUNE aka FUKUI (INTEGRATION / Hippie Disco)
HOWL (DODGY DEALS CLUB)

=ROOM2=
JUNSHIMBO (OTHERTHEQue!)
FLEDtokyo (Tu.uT.Tu./Test Press)
HARUYAMA (RINN∃)
TEA YOUNG DAY
MIDY (YELLOW) × Amber (PARANORMAL)

VENT:https://vent-tokyo.net/schedule/plaid/
Facebookイベントページ:https://www.facebook.com/events/772747059842468/

※ VENTでは、20歳未満の方や、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂いております。ご来場の際は、必ず写真付身分証明書をお持ち下さいます様、宜しくお願い致します。尚、サンダル類でのご入場はお断りさせていただきます。予めご了承下さい。
※ Must be 20 or over with Photo ID to enter. Also, sandals are not accepted in any case. Thank you for your
cooperation.

Lone - ele-king

 アクトレス主宰の〈Werk Discs〉から『Ecstasy & Friends』を送り出し、その後〈Magicwire〉からの『Emerald Fantasy Tracks』や〈R&S〉からの数々のリリースで、ぐんぐん知名度を上げていったプロデューサーのローンが来日する。今年は自らのレーベル〈Ancient Astronauts〉を始動させるなど新たな動きも見せているだけに、これは注目の公演だ。11月22日は VENT へ。

Radiohead からGilles Petersonまで
ジャンルを超えたレジェンド達が注目する才能、Lone

〈R&S〉を筆頭に、〈Dekmantel〉や〈Werk Discs〉などの人気レーベルからの作品が大人気! 今年には新レーベル〈Ancient Astronauts〉を始動するなど絶好調な活動を見せるエレクトロニック・ミュージック新世代を代表するアーティスト Lone (ローン)が11月22日の VENT に初登場!

UKのレイヴやデトロイトのテクノに影響を受け、ポスト・ダブステップ旋風が吹き荒れる時代にさっそうとシーンに現れた Lone。Actress 率いる〈Werk Discs〉から2009年にリリースしたアルバム『Ecstasy & Friends』が早耳リスナーの話題になり、2010年
の『Emerald Fantasy Tracks』、そして2012年に名門レーベル〈R&S〉からリリースした『Galaxy Garden』で一躍、世界的プロデューサーの地位にまで上り詰めた。

2011年には Radiohead にリミキサーに選ばれ、2014年には Gilles Peterson が Lone の“2 is 8”をベスト・トラックに選んだりと、Lone の才能はジャンルを超えたトップ・アクトにも認められている。過去には Redbull 主催の EMAF Tokyo や Taico Club などにも出演し、大きな舞台で日本のクラウドにも素晴らしい才能を披露してきた。Boards of Canada にも比肩される孤高のプロデューサーの VENT デビューは要注目だ!

イベント概要
- Lone -

DATE : 11/22 (FRI)
OPEN : 23:00
DOOR : ¥3,600 / FB discount : ¥3,100
ADVANCED TICKET : ¥2,750
https://jp.residentadvisor.net/events/1334405

=ROOM1=
Lone
DJ Conomark
Frankie $ (N.O.S. / KEWL)
shunhor (breathless / euphony)

=ROOM2=
Shintaro & Gradate (haktúːm)
Ueno (Charterhouse Records / sheep)
Jeremy Yamamura
Kyohei Tanaka
KATIMI AI

VENT:https://vent-tokyo.net/schedule/lone/
Facebookイベントページ:https://www.facebook.com/events/402200657399623/
※ VENTでは、20歳未満の方や、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂いております。ご来場の際は、必ず写真付身分証明書をお持ち下さいます様、宜しくお願い致します。尚、サンダル類でのご入場はお断りさせていただきます。予めご了承下さい。
※ Must be 20 or over with Photo ID to enter. Also, sandals are not accepted in any case. Thank you for your
cooperation.

Stereolab - ele-king

 1993年から2004年にかけてのステレオラブは、1970年代のデヴィッド・ボウイにも似た活躍を見せ、毎年、新しくて非凡な作品をリリースしていた。個々の作品は単体で見ても優れているのだが、全体として捉えてみると、それがバンドの成長と進化の記録そのものとなって我々を魅了する。

 今回のキャンペーンで再発されるのは、グループ(彼らはたびたび自分たちのことを“group”ではなく“groop”と称する。発音は同じだがgroopには「排水溝」という意味がある)がこの期間にリリースした7枚のスタジオ・アルバムだが、この数字だけでは、当時のステレオラブがどれほど旺盛に制作を行っていたかを説明するにはいささか物足りない。7枚のアルバム以外にも、2枚のミニアルバム、2作品からなるコンピレーション・シリーズ『Switched On』、さらには前衛音楽の伝説的バンド、ナース・ウィズ・ウーンドとコラボレーションした数枚のEPが、同じ時期に生み出されているのだから。彼らに関して興味深いのは、結成して活動を始めたときからバンドとしての完全な形態を成立させており、下積みの期間を飛び越えて、そのままデビューアルバム『Peng!』と複数のシングルとEPを完成させ、それを『Switched On』の1作目に繋げたことだ。

 ステレオラブの下地となっているのは、1980年代のイギリスおよびアイルランドのギター・ポップ・シーンである。このころティム・ゲインが中心メンバーだった騒々しく反抗的な左翼バンド、マッカーシーに、レティシア・サディエールが加入し、バンドにとって最後の(そして最高傑作である)アルバム『Banking, Violence and the Inner Life Today』が制作された。マッカーシーの歌詞は、1980年代のイギリス左派による政治闘争を主要なテーマとしており、しばしば皮肉を込めて、敵対する政治スタンスをあえて標榜し、そうすることで相手の明らかな不合理や偽善を風刺しようとした。マッカーシーの最後のアルバムを聴けば、そこからステレオラブのサウンドが芽生え始めていたことがわかる。ギターの騒がしい音はわずかに鳴りを潜め、それまで以上に瑞々しく多層的なキーボード主体のサウンドが“I Worked Myself Up from Nothing”などの楽曲に現れている。このアルバムでとりわけ興味深い楽曲が“The Well Fed Point of View”で、マッカーシーの定番とも言える、敵の立ち位置を歌に乗せて風刺する手法を採用している──この曲では、自身の幸福と感情の安寧は本質的に個人の問題だと捉えるべきだと聴き手をけしかける。反面、この世界にある残酷さと不公正さもまた、個人に帰する問題だとしている。マッカーシーが言外に主張しているのは、これらは本来、個人の問題ではなく社会の問題だということだ。こうして培われた思想の中核が、やがてはステレオラブの世界観の根幹を成すことになる。すなわち、個人の問題と、社会的もしくは政治的問題の間には、切り離せない相互関係があるということだ。

 ステレオラブが活動を始めたころ、バンドは主にロンドンのミュージシャンたちと交流を持っていた。こうした集まりは「自画自賛の界隈」などと軽蔑されながらも、後のブリットポップに繋がる、何でもありのインディー・ロックシーンを形成していた。当時ステレオラブの周辺には、スロウダイヴ、チャプターハウス、ラッシュなどのシューゲイザーのバンド、またはマッドチェスターの残り火から熱を受け取って早々に名を上げたブラーのようなバンド、そしてシー・シー・ライダー、ガロン・ドランク、ザ・ハイ・ラマズなどの一風変わったパフォーマンスをするバンドなどが存在していた。初期のステレオラブのサウンドには、周囲から受けたさまざまな影響が渾然となっていて、マッカーシーが築いたものをある程度引き継ぎながら、ギターポップとシンセサイザーを組み合わせるだけでなく、シューゲイザーや実験的ポップスの要素も取り入れられている。

 他に初期の彼らに多大な影響を与えたのがクラウトロック、とりわけノイ!というバンドの存在だった。1992年に壮大な叙事詩的傑作『Jehovahkill』をリリースしたジュリアン・コープとともに、ステレオラブは90年代初めにクラウトロックへの注目が再燃した際に中心的役割を果たした。その影響が何よりも華々しく描かれているのが、新たに〈Warp Records〉から再発される作品の中でもっとも古い『Transient Random-Noise Bursts with Announcements』である。再発されるアルバムの中でも──そしておそらくステレオラブの全アルバムのなかでも──これがバンドにとってもっとも荒削りで、獰猛なサウンドの作品だ。冒頭の曲“Tone Burst”は素っ気なく始まるが、次第にサウンドは分裂し不協和音の層に溶け込んでいく。それでいて、このサウンドを際立たせるのがサディエールによる幻想的で夢のような歌詞だ。このように粗さと優美さを並列させるスタイルは、次の“Our Trinitone Blast”でも続き、ヴォーカルは前面に出る声と後ろを支える声に分かれ、片方が粗野に歪めば一方が甘く歌うというように、まるでラッシュのようなハーモニーを奏でている。“Golden Ball”では、間断なくかき鳴らされるギターコードとともに、特定の箇所で明らかにテープが途切れたかのような効果が再現され、ノイ!のセカンド・アルバム後半で積極的に採用されているような、故意に曲のスピードを変化させる一筋縄では行かない演出を真似ている。対して“I'm Going Out of My Way”では、ほとんど若者向けのバブルガム・ロックと言っていいようなガレージ・ロックのグルーヴを取り入れ、ひたすら反復を続けることでトランス・ミュージックに似た作用を引き出している。

“Pack Yr Romantic Mind”では、ステレオラブの原動力を示す別の重要な一面が見られる。それは、情念もしくは冷笑主義のどちらかに裏打ちされたサディエールの抑揚のない平板な歌い方と、その後ろに聞こえるメアリー・ハンセンによる「ba ba ba」という歌声との間に生まれる相互作用だ。また、『Transient Random-Noise Bursts』が、ザ・ハイ・ラマズのメンバーだった(その前はアイルランドのインディー・バンド、マイクロディズニーのメンバーだった)ショーン・オヘイガンを正式に迎え入れ、初めてその存在を前面に出して制作されたステレオラブのフルアルバムだという点も見逃せない。この時点で、オヘイガンはギター・ポップからより実験的な方向へという自身の転向を踏まえてバンドを導いていた。そこにはブライアン・ウィルソン、ヴァン・ダイク・パークス、バート・バカラック、フィル・スペクターの他、多くのアーティストの影響があった。アルバムの持つ粗さにもかかわらず、“Pack Yr Romantic Mind”のような曲を聴くと、このころから前衛的なイージーリスニングの影響を受けるようになったことが明白だ。これは後にステレオラブの作品においてますます重要な特色となるものであり、ザ・ハイ・ラマズの1994年のアルバム『Gideon Gaye』にも、オヘイガンによる特色として現れている。それでもやはり、この歌とアルバムの他の曲との共通点をひとつ挙げるなら、それはマントラのような繰り返しに専念していることで、歌詞はひとつのフレーズを途切れることなく何度も復唱するものになっている。

 しかしながら、ノイ!が用いたような4ビートのモータリック・サウンドこそが、『Transient Random-Noise Bursts』の特徴としてもっとも強力なもので、楽曲“Jenny Ondioline”の要となっている。歓喜に満ちた18分の歌を構成するのは、のらりくらりと奏でられるキーボード、幾層にも重なるシューゲイザーのギター、反抗的でありながら純真さのあるサディエールの独特な歌声であり、そうした寄せ集めの中で、無限に広がる至福の音が神々しいまでの領域に達している。

 『Transient Random-Noise Bursts』がステレオラブのもっとも荒削りなアルバムであるとすれば、1994年の『Mars Audiac Quintet』は、もっとも激しい怒りが歌われているアルバムかもしれない。明るい曲調の“Ping Pong”の軽快なメロディーは、それまでにない都会的なポップ・サウンドで、同時期に日本で渋谷系と呼ばれ始めていたものと類似する。だが、表面的には前向きなこの曲も、歌詞を見ればその様相が一変する。マッカーシーの戦略を引き継いで、語り手は作詞者の真意とは対極にある考え方を持ち、安心させるような口調で、世の中のことで悩むのはやめるようにと聴き手を促す。

「心配いらない 歴史のパターンはもうわかっているから/経済のサイクルがどんなふうに回っていくか/何十年という周期の中で 3つの局面が繰り返し現れる/不況と戦争があっても そこから挽回して元に戻り さらに上を目指していく」

 この架空の語り手は、厳しい時代でも悩むことはないと聴き手を煽る。なぜなら「ものごとは自然に良くなっていく」からであり、「凄惨な戦争があって死ぬのは数百万人 だから心配いらない/せいぜい彼らの命とその次の世代の命が失われただけのこと」と強調する。最終的には、社会の現状に対してメンバーたちが抱く怒りや不安が、「悩まなくていい 何も言わず そのままでいい 受け入れて幸せになりなさい」という言葉で封殺されていることを明らかにする。

 “Three Longers Later”は、平和を実現するという名目で戦争を行うことの不合理について語る。これは、徴兵制度によって家族から父親を奪われた子供の目を通して描かれる──作詞をしたサディエールの祖国フランスでこの徴兵制度が終了したのは、アルバムリリースの2年後だった(そして本稿執筆時の2019年夏、現大統領エマニュエル・マクロンが何らかの形でこの制度を復活させようと試みている)。このテーマを表現するため、楽曲は童謡と言っていいほど穏やかなメロディーから始まり、やがて爆発してスペースロックと呼ぶにふさわしいクライマックスを迎える。

 “Transporte sans Bouger”では、ますます断片化していくように見える世界を嘆く。人びとは空しい「仮想の夢」の中で生き、「隣人のことを知る必要がない」夢の世界で「一定の距離を置いて愛し合う」。1994年には、まだインターネットが人びとの生活に深く浸透していなかったことを考えれば、これは見事な先見性ではないだろうか。徐々に失われていく友好的な地域社会を懐かしむというのは、いくぶん保守的な考え方だ。だが、ステレオラブは左派としてのスタンスにもかかわらず、現在の問題の解決策を探るために過去を振り返ることを決して厭わなかった。
“International Colouring Contest”は、エキセントリックな音楽家で塗り絵帳の制作者であるルチア・パメラの持つ、創造性と宇宙時代的な楽観主義に対する賛辞のようなものだ。曲の冒頭は、ルチア・パメラによる「私の頭の中はアイデアでいっぱい 最高のアイデアを教えてあげる!」という高らかな声のサンプリングから始まっている。ステレオラブは、創造性とは根本的な変革をもたらすものであり、自由の概念と密接につながっているという意識に繰り返し立ち返っている。

 反対に、想像力を発揮するための道筋を塞いでしまうものがあれば重苦しく感じられるだろう。“L'Enfer Des Formes”は、冷笑的な態度が、変化をもたらすための行動をどのように阻害するかということを述べ、クラウトロックの影響を受けた“Nihilist Assault Group”は検閲制度と道徳的な危機を題材に、それがいかに批評的な感性を潰えさせ、問題を効率的に対処するためのあらゆる現実的な手段が犠牲になるかということを描く。“Wow and Flutter”とアルバムを締めくくる“New Orthophony”は、現在の状況を避けられないものとして受け入れるのではなく、異議を唱えることの必要性に触れる。

 『Mars Audiac Quintet』では、前作同様クラウトロックのリズムセクションの技法に頼っているが、それとともに、紛れもなくアヴァンポップの分野に進んでいる。“Ping Pong”に加えて“L’Enfer Des Formes”もまた、表面的には明るいポップなメロディーを奏で、一方“The Stars Our Destination”と“Des Etoiles Electroniques”では、リズムマシンによる陽気なループ音と、夢幻的なシンセと、絡み合うヴォーカルのメロディーラインが組み合わさって流麗で重層的なサウンドを生み、バンドが進む新たな方向性を示している。

 歴史を辿る旅の次なる停車駅は、1996年の『Emperor Tomato Ketchup』だ。本作でこのバンドのサウンドは完全に刷新されているが、それにもかかわらずステレオラブとすぐに認識できる特徴が残っている。前作までと同様、バンドは前進する過程において過去の芸術を参考にしていて、例えばタイトルは日本の劇作家で映画監督の寺山修司による1971年の同名の映画(『トマトケチャップ皇帝』)から取られたものであり、ジャケットのアートワークは1960年代にリリースされたベラ・バルトーク作曲の『Concerto for Orchestra』のジャケットを下敷きにしている。やはりステレオラブにとってお馴染みの要素がアルバムの中核を成しており──繰り返しのリズム、多層的な音作り、あえて外した曲調のポップス、作用しあうサディエールとハンセンのヴォーカル、そしてマルクス主義を遠回しに表現する歌詞──たとえ今作でいっそう洗練された姿へと進化していても、その点は変わっていない。

 最初の“Metronomic Underground”では、クラウトロックの中でもファンク寄りの部分、つまりノイ!ではなくカンのようなサウンドを引き出しているが、フレーズの繰り返しとドラムのループが変わらず全体を包みながら、それぞれの歌がモータリックのリズムを刻み続ける。例えばアルバムと同タイトルの楽曲“Emperor Tomato Ketchup”や“Les Yper Sound”では、そこにヴォーカルが融合し、数々のアルバムのなかでもとくに甘美でポップなメロディーが用いられている。華麗な“Cybele's Reverie”はプルースト風の内省によって記憶を巡り、ステレオラブのポップ・ミュージックへの傾倒を踏まえて、より豪華でオーケストラ的な演出を志向している。一方他の場面では、バンドは繰り返しとループ再生を探求する中で、さらに新しくて興味深い手法を発見しており、それはミニマル・ミュージックの“OLV 26”や左右のギターが鏡合わせのように鳴らされる“Tomorrow is Already Here”といった曲で窺える。

 歌詞においては、それまでのアルバムと比べてさらに抽象的な世界を探求しているが、このアルバムが個人と社会の関係性というテーマをもっとも明示的に扱っていると言えるかもしれない(少なくとも、ステレオラブの全作品の中で、確実にこのアルバムが一番多く「社会」という言葉を使用している)。“Spark Plug”は、個々の人間やあるいは人間の集団が見せる内なる生命の輝きを、抽象的に捉えるのではなく、実際にあるものとして認識することの重要性を描く。“Tomorrow is Already Here”では、本来は社会に資するために用意された、いくつもの制度が、今では対象を抑圧する元凶となっていることに着目する。対して“Motoroller Scalatron”は、子供向けの歌のように質問と答えを歌詞にするという構成になっていて、社会というものが脆弱な基盤の上に成り立っているのだと語り、現在の社会を維持するには、脆弱な基盤が確かに存在し、そしてそれがしきりに変動しているという考えを共有するしかないと述べる──そして皮肉なことに「言葉の上に築かれた」社会では、我々が言った言葉、あるいは言わないことを選択した言葉が、最後には計り知れない結果を招くことがあるのだとも述べる。

 そしておそらく、さらに意義ある変革が、次のアルバム『Dots and Loops』で成された。『Emperor Tomato Ketchup』がリリースされたのと同時期に、シカゴ出身のバンド、トータスが画期的なアルバム『Millions Now Living will Never Die』をリリースし、その少し前にはドイツ生まれのデュオ、マウス・オン・マーズがセカンド・アルバム『Iaora Tahiti』をリリースしていた。3つのグループはいずれも、急速に拡大したにもかかわらず定義が曖昧なままだったポスト・ロックというジャンルのなかで大きな役割を担った。1990年代当時のポスト・ロックを理解するには、ジャーナリストのサイモン・レイノルズの記述がもっとも適しているだろう。「ロックの楽器編成をロックではない用途に使い、ギターはリフやパワーコードを奏でるのではなく、音色や響きを補助するものとして使用される」

 コラボレーション相手としてマウス・オン・マーズを選び、トータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えたことで、『Dots and Loops』はポスト・ロック黎明期の才能がぶつかり合う場となった。ディストーションのかかった電子音で始まり、そのまますぐに軽快なブレイクビーツに続く“Brakhage”では、サディエールが夢のような声で、消費主義の影響を受けて感覚が麻痺してしまうことを嘆く。一方、先行シングルの「Miss Modular」は、ラウンジ・ミュージックの美しい作品で、歌詞は、戯れや神秘、そして目の錯覚といった比喩に言及している──抽象的な比喩表現のために主題がわかりにくいかもしれないが、フランスの状況主義(人の行動は状況によって決定されるところが大きいとする考え方)の先導者ギー・ドゥボールが消費主義を批判したその著作『スペクタクルの社会』にバンドが親近感を抱いていることからも明らかなように、こうした比喩表現が暗示しているのは、人為的なもの──すなわちスペクタクル──が現実と想像、あるいは歴史と終わらない現在の違いを見極める人間の能力を圧倒してしまうときに、社会的な関係性がより広い意味を持つということであるのは確かだろう。このアルバムに特定のテーマがあるとすれば、それは孤立かもしれない。社会や近しい人たちからの孤立だけでなく(そして個人と社会は不可分だとするステレオラブの世界観を考えれば必然的に)自我や自身の感覚からの孤立もまたテーマである。

 マッケンタイアとの関係は続く2枚のアルバム、1999年の『Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night』と2001年の『Sound Dust』でも続き、その2作には、共同プロデューサーとしてジム・オルークが加わった。『Dots and Loops』に比べればエレクトロニック・サウンドはあからさまではなく、この2枚のアルバムでは、バンドはジャズの影響を取り入れて純然たるアヴァン・ポップの方向に進んでいった。

 『Dots and Loops』が孤立の感覚を携えているとすれば、『Cobra and Phases』はバンド史上もっとも希望に満ちた音が鳴るアルバムである。少なくともその要因の一端は、ゲインとサディエールの間に子供が誕生したことにある。それは“People Do it All the Time”ではっきりと言及されていて、歌詞では、創造的営みの混沌たる作用である生命の誕生を大いに喜んでいる。「混沌のなかから創造が生まれる/ひとつの形に結びついて/酒飲みが正気になるように」そして子供は希望で満たされるべき器であると位置づけ「あなたにはのびのびと育ってほしい/私たちが守っている古い考えを蘇らせて」と宣言する。

 自由に育っていくことは「古い考えを蘇らせる」ことと両立しなければならないという考え方は、ステレオラブが繰り返してきた、前に進むには振り返ることも必要になるだろうというテーマに対する新しい切り口だ。アルバム全体を通して、(単なる誕生や発見ではなく)生まれ変わりや再発見というイメージが繰り返し登場する。“The Free Design”でサディエールは「願いが届きいつでも復活させられる/私たちにできるのはプロジェクトを再生させるだけ」と歌い、過去のプロジェクトで未完成のまま残されたものがあることをほのめかしている。一方“Puncture in the Radax Permutation”に登場する「孤独に歩む人の形をしたもの」は、それが「五感を取り戻」そうとする姿を通して「自分の歩調を再発見する」ことの象徴として描かれる──新しさとは過去を振り返ることに結びついている、そして、生命のサイクルと生まれ変わりが意味するのは、新しいものは必ず何か古いものと同一であるということだ。そのような考えが、ここで再度強調されているのかもしれない。

 『Cobra and Phases』は官能的なアルバムで、最初と最後には愛についての歌が並び、大地と自然のイメージに何度も立ち返っている。本作は、サディエールが女性として生きることをはっきりと単刀直入に歌っている希有な事例であり、フェミニズムのテーマが「Caleidoscopic Gaze」や、クラウトロックにわずかながら回帰した「Strobo Accelleration」で前面に出ている。

 『Cobra and Phases』では楽観的な姿勢が念頭にあったが、『Sound Dust』はさまざまな意味でステレオラブのもっとも陰鬱なアルバムで、資本主義に内在する人間性の剥奪と社会の抑圧を扱うテーマに戻っており、“Gus the Mynah Bird”では「自己決定とは事実として存在しなければならない/本来は権利などではない」と断言して、資本主義は偽りの自由を提供し、嬉々として社会の抑圧と結託するのだと示唆する。“Space Moth”で参考にしているのは2人の映画監督、ジャン・ルーシュとエドガール・モランで、彼らによる1960年の映画『ある夏の記録』は、フランスの多様な人々、なかでもとりわけ労働者階級の人々にとっての幸福をテーマに、幸福とは政治と自由に密接な関連があるという考えのもと、戦争、検閲制度、人種の問題に触れ、ホロコーストを痛切に描いている。この歌の「人間はその職に応じて変わる」というフレーズは、再度、資本主義を自由と相反するものとして位置づける。

 “Nothing to Do with Me”の歌詞は、イギリスの風刺作家クリス・モリスによる陰気でシュールなコメディーから直接引用されている。そのテレビ番組『ジャム』は、不気味なアンビエントミュージックを短編コメディーに組み合わせ、タブーを破り、ドクターと呼ばれる人種は利他的な人々ではないという描写を用いたことで、イギリスで議論の的となった。モリスが描くドクターは、しばしば混沌の仲介者となる。それは自分たちに頼る人々の信頼を不明確な理由で悪用する権威の象徴である。「私の娘に1ポンドのヘロインを処方したの?」と歌の途中でサディエールは尋ねる。他の箇所では、顧客と依頼人という微妙に異なる立場の関連性に混乱が生じ、ひとりの女が配管工に頼みごとをする。「先日は本当に助かりました/おかげでボイラーが直りました/今度はうちの赤ちゃんを直してくれませんか/あの子はもう3週間も動かないの」どちらの例においても、社会的な関係性が悪用されているのだが、社会的に定められた当事者同士の関係性は、それでもなお形式的には妥当な手続きに守られており、穏やかで理性のある様子を見せることは、他者を威圧する非常識な人間に付け入られることに繋がる。

 だが、それ以上に『Sound Dust』は二重性についてのアルバムだと思われる。ステレオラブの曲の多くが、対立する概念を考察して真理に至ろうとする弁証法的アプローチを採用し、2つの対立する勢力や立場に折り合いをつけることを論じていて──命題とそのアンチテーゼがあってこそ、総合的な判断ができるということだ──その構造が変わらず存在する。「Baby Lulu」の歌詞は「両極端なものは一致していた/即興を奏でる/合理的にそして詩的に/すぐに矛盾を見極めながら」と述べている。そしてこれは、バンドにとって、これまででもっとも率直に邪悪という概念に向き合ったアルバムだということでもある。「Naught More Terrific than Man」の歌詞に「ふたつの対極点が人の歩みを導く」とあり、対極点のうちのひとつが邪悪そのものとして描かれる。そして「Suggestion Diabolique」では、邪悪の概念が明らかに聖書を意識した内容で表される。メロディーの華麗さや温かさや美しさは、歌詞の暗さや厳粛さと相まって、アルバムのテーマと同様の二重性を有している。

 このような特徴は、アルバムの音楽的な構成にも反映されており、多くの曲がふたつのパートで構成されている。曲の前半と後半では、メロディーもアレンジも、まったく別のものが展開される。もっとも際だった事例が、楽しげな“Captain Easychord”で、生と死のサイクルというテーマに戻り、それを突き詰めた結果、もっとも基本的な息を吸って吐くという行為のサイクルによってそのテーマを表現している。

 『Sound Dust』はメアリー・ハンセンが参加した最後のアルバムとなった。ハンセンが翌年、交通事故で他界したからだ。今回の再発キャンペーン最後のアルバムとなる2004年の『Margerine Eclipse』には、ハンセンに捧げるという側面がある。楽曲“Feel and Triple”では直接別れに言及し、“Need to Be”では、今あるものを認めるために、痛みや寂しさや死への恐れを受け入れることの必要性を語り、そして“…Sudden Stars”では、愛に向き合って喪失の悲しみを尊重することを伝える。

 当時のヨーロッパやアメリカの政治状況もまた、アルバムのあちらこちらに影を落としている。それは、アフガニスタンやイラクでの戦争、自分たちの中にムスリムという「他者」がいることで具体化したテロの恐怖の増大、そしてますます過度になる国家の監視という姿で現れている。“La Demeure”はこの他者への恐怖を描き、“Bop Scotch”は、我々は自由と安全を天秤にかけられるのかという問いかけを論じる。

 死と恐怖が影を落としているにもかかわらず(あるいは、だからこそと言うべきか)『Margerine Eclipse』はステレオラブのもっとも明るいアルバムのひとつでもあり、また、間違いなくもっともファンク寄りのアルバムで、豊かで濃密なシンセとベースのサウンドが派手に鳴らされながら推進する。そしてこれはもっとも明確に愛を謳ったアルバムであり、最後の曲“Dear Marge”では愛することと学ぶことを関連づけていて、反面、愛と共感が欠けていれば人は学ぶことも成長することもままならないという含みを持たせている。

 『Sound Dust』と同様、弁証法的な構成が『Margerine Eclipse』の基礎を作っている。『Margerine Eclipse』では、ミックス時にすべての楽器の音が極端に右か左にパンをした状態で配置されていて、左右それぞれのサウンドが独立して成立していながら、それでいて同時に聴いたときに2つが統合されるように設計されている。

 この期間に製作された作品を聴いた上で改めて問うてみよう。ステレオラブにとって、バンドとして本当に重要なことは何だろうか?

 このバンドを理解するためのひとつの手段は、同じ時代の見地から彼らを探ってみることだ。この7枚のアルバムは、ソビエト連邦の崩壊に始まり、2001年9月11日にワールドトレードセンターが攻撃され冷戦後のアメリカにもはや敵はいないという意識が粉砕された10年間と、密接に重なっている。

 経済学者フランシス・フクヤマによって「歴史の終わり」と表現されるこの時代には、社会全体が持つ大規模な想像力が通用しなくなったという特徴がある。20世紀に繰り広げられた巨大なイデオロギー同士の闘争は終焉を迎え、自由資本主義が勝利を収めた。それに取って代わるものは存在しなかった。そして評論家マーク・フィッシャーが「資本主義リアリズム」と呼んだ考え方が浸透した結果、さまざまな未来の展望が示されても、すべてが必ずしも「二番煎じ」とは限らなかったにもかかわらず、それらを一律に実現不可能なものとして扱う風潮が生まれた。

 この考え方こそ、ステレオラブが繰り返し非難してきた敵そのものだ。『Mars Audiac Quintet』収録の“Wow and Flutter”の歌詞が、それをもっとも明快に表現している。

 「IBMはこの世界とともに誕生したのだと思っていた/アメリカの旗は永遠に漂うのだろう/冷淡な敵対者は早々にいなくなった/資本家はこれからもついていかなくてはならない/それは永遠でも不滅でもない/そう きっと変わっていくだろう/それは永遠でも不滅でもない/化石のような法律なのだから」

 資本主義リアリズムは人の想像力に制限を加えることで、狡猾で抑圧的な力を持つ。そしてステレオラブにとって、これを克服するには、意識を高く持ち、独創的な(そして夢想的な)精神を発揮するより他にない。状況主義の誕生と、1968年のパリで起こった五月革命(学生たちの運動に端を発したフランスの社会的危機で、世界中の社会運動に多大な影響をもたらした)で示されたように、個人の創造性と構想力が発揮される類まれな瞬間に、社会にショックを与えて、ひとつのサイクルを終わらせ、世のなかを新しい段階へ引き上げることができる。ちょうど『Emperor Tomato Ketchup』のジャケットに描かれた螺旋のように、変わらず周回を続けながらも、常に空に向かって上昇するのである。この意味で、ステレオラブの展望には、フィッシャーが不慮の死の直前まで展開していた思想や、彼が「アシッド共産主義」と称した概念と共通する部分がある。この意味における共産主義とは、資本主義者の自己満足に向かって投げ込まれた修辞上の爆弾であり、20世紀の共産主義体制の再現ではない。そもそもスターリンの抑圧体制は、フィッシャーやステレオラブのような人びとにとっては常に恐怖の対象だった。むしろ彼らは五月革命の子供世代(フィッシャーとサディエールは共に1968年生まれ)であり、アシッド・ハウス全盛のときに成人を迎えた──両者の展望は、地域社会に分散した自発的な活動の影響を受けている。「アシッド共産主義」の「アシッド」という名称は幻覚剤から取られたものかもしれないが、その真の意味は、言葉が持つ以上のものがある。アシッドすなわちLSDは、意識を上昇させ新たな段階に引き上げる行為の同義語となっており、さらにその背後には実験や探求という意味合いも込められるようになった。これはまた、ステレオラブが新たな表現に至るために再三にわたって創造性を引き出そうとしていることと深く合致している。そして『Mars Audiac Quintet』では明確にこのテーマに向き合っており、“Three-Dee Melodie”にはこう歌われている。

 「存在することの価値は/宗教やイデオロギーによって与えられるのではない/意味があろうとなかろうとそれは崖っぷちに出現する/それこそが創造的に生きることで得られる唯一の力」

 では、フィッシャーが語っていたように「未来が取り消された」とき、それをもう一度、発見し直すにはどうすればいいだろうか? ひとつの手段は過去に目を向けることだ。

 取り消された未来の幻影は、現在を生きる我々を苛む。その姿は、あるときはノスタルジーとなり、あるときは俗悪なものとなり、あるときは我々の充実感を潰えさせるほどの威力を持ったままで現れる。フィッシャーは、過去と現在が共存する不自然なこの状況を「憑在論」と呼んだが、前を向く人々にとっては、このように未来が失われたことは、一旦退いた上で新たな道を探して前進するための好機となる。1960年代のヒッピーによるカウンター・カルチャー、1968年の五月革命、昔のサイエンスフィクション作家たちが描いた理想郷の姿というように──ステレオラブの美的価値観は、彼らが過去を掘り進め、独自の理想郷への道を開いていることから、ときに「レトロフューチャー」と評される。初期におけるクラウトロックへの執着もまた、過去の光景を想像しながら再訪し、その先に何か新しいものを追い求めることで、未来に目を向けるためのものである──この結果として、図らずもポスト・ロックが誕生する一助となったのである。

 往々にして革命の実体は幻影のようなものだ。なぜなら、それは現実となるまでは物質的な姿を持たない概念として存在し、静かに現在の体制を脅かしていくからだ。よく知られているように、マルクス自身が共産主義を「ヨーロッパに取り憑いた」亡霊であると表現したが、この場合のより適切な描写は、1819年のピータールーの虐殺(選挙法の改正を求めてマンチェスターの広場に集まった群衆を騎兵隊が鎮圧しようとして多くの死傷者を出した事件)で犠牲になった人びとについて急進的詩人パーシー・ビッシュ・シェリーが述べた「彼らの墓所からは輝かしい幻が飛び出してくるだろう」という表現だろう──果たされなかった革命は、それでもなお、いずれ蘇ってその目的を達成するかもしれないという脅威を孕んでいる。1960年代に成し得なかった革命の数々は、取り消されたその他のあらゆる未来と同じように、ステレオラブの楽曲に息づいている。

 ステレオラブの作品で中核となる弁証法的手法があるとするならば、彼らは問題を解決するために、常に意識を高めて創造性を抑制しないという方向性を目指しているように見受けられる──想像や創作から何か新しいものが生まれる希有な瞬間、それはより自由な世界へ突き進むための革命的手段として世界に登場する。そこに立ちはだかるのが、世界はともすると同じパターンやサイクルを繰り返してしまうという事実だ。例えば、不況で経済が落ち込み戦争が起こり回復していくように、愛が花開いて枯れていくように、そして死と再生のサイクルがあるというように。ステレオラブの音楽は、それ自体がこの世界に呼応している。その形式は繰り返しによって定められながら、創造的発見が生まれる類まれな瞬間に前進して新しいパターンを獲得する。あるいは別の言葉で表すなら、これはまさにアルバム『Dots and Loops』のタイトルのごとく「点とループ」が織りなすシンフォニーだ。

 

Stereolab in the years 1993 to 2004 were like David Bowie in the 1970s in that every year saw them release something new and extraordinary, each a wonderful record in its own right, but taken together adding up to a fascinating document of a band’s growth and development.

The current batch of re-releases encompasses the seven studio albums the group (or “the groop”, as they often referred to themselves) released over that period, although this slightly understates just how productive Stereolab were at that time, with two mini-albums, two volumes of their excellent “Switched On” compilation series, and a couple of collaboration EPs with avant-garde legend Nurse with Wound also falling within the same timeframe. What’s interesting about them is that they start off with the band fully-formed in their first incarnation, skipping over the period of finding their feet that that defined their debut album “Peng!” and the singles and EPs that made up the first “Switched On” compilation.

Stereolab’s background lies in the British and Irish 1980s guitar pop scene, with Tim Gane having been a key member of the jangly and defiantly left-wing McCarthy, joined by Laetitia Sadier for their last (and best) album “Banking, Violence and the Inner Life Today”. McCarthy’s lyrics mostly focused on the political struggles of the 1980s British left, often ironically adopting the stance of political enemies in order to satirise their perceived absurdities or hypocrisies. It was on that final McCarthy album that you start to hear the early murmurs of Stereolab, with the band dialing the guitar jangle back slightly in favour of a more lush, layered, keyboard-based sound on songs like “I Worked My Way Up from Nothing”. A particularly interesting song on this album is “The Well Fed Point of View”, which takes the standard McCarthy approach of satirically vocalising their enemy’s position – in this case, a voice encouraging listeners to see their happiness and emotional wellbeing as essentially individual issues, with the flipside of that being that the cruelty and injustice of the world is also the problem of individuals. McCarthy’s implied message, that these are actually social rather than individual issues, lays down a key idea that would become a key part of Stereolab’s worldview: the inseparable interrelationship between the personal and the social or political.

In Stereolab’s early days, they were connected to a cluster of musicians in London, known cynically as “the scene that celebrates itself”, as well as the eclectic pre-Britpop indie scene. Around them at that time were shoegaze bands like Slowdive, Chapterhouse and Lush, bands like Blur, who had risen to early fame heated by the dying embers of the Madchester scene, and oddball acts like See See Rider, Gallon Drunk and The High Llamas. The early Stereolab sound shows a mixture of these influences, picking up in part from where McCarthy left off, combining guitar pop with synthesisers, but also drawing on elements of shoegaze, and experimental pop.

The other big influence in these early days is krautrock, and Neu! in particular. Along with Julian Cope, whose epic cosmic masterpiece “Jehovahkill” came out in 1992, Stereolab were key figures in the revival of interest in krautrock that bloomed in the early ’90s. It’s this influence that and the expresses itself most spectacularly on the oldest of the new Warp Records re-releases, “Transient Random-Noise Bursts with Announcements”. Of all the re-releases – perhaps of all Stereolab albums – this is the band’s rawest and most sonically brutal. The opening song, “Tone Burst” begins simply, but gradually dissolves into layers of sonic discord, but set against this are Sadier’s deamily romantic lyrics. That juxtaposition of harsh and sweet continues on “Our Trinitone Blast”, with the vocals pinging back and forth, one part harsh and distorted and the other sweet, Lush-like harmonies. “Golden Ball”, with its relentless, clanging guitar chord, fakes an apparent tape breakdown at one point in a way that echoes the frequent, deliberately awkward speed-changes in side two of Neu!’s second album. Meanwhile, “I’m Going Out of My Way” takes a garage rock, almost bubblegum, groove and turns it into something trancelike through sheer repetition.

“Pack Yr Romantic Mind” showcases another key aspect of the Stereolab dynamic: the interplay between Sadier’s plain vocal delivery, uninflected by either passion or cynicism, and Mary Hansen’s backing “ba ba ba”s. It’s telling as well that “Transient Random-Noise Bursts” is Stereolab’s first full album to feature Sean O’Hagan of The High Llamas (formerly of Irish indie band Microdisney) as an official member. O’Hagan was at this point navigating his own transition from guitar pop to something more experimental, drawing on the influences of Brian Wilson, Van Dyke Parks, Burt Bacharach, Phil Spector and more. Despite the album’s harshness, tracks like “Pack Yr Romantic Mind” reveal the beginnings of an avant-garde easy listening influence that would become an increasingly important feature of Stereolab’s work, as well as O’Hagan’s on The High Llamas’ 1994 album “Gideon Gaye”. Nonetheless, one thing the song has in common with the rest of the album is its dedication to mantric repetition, with the lyrics just a single phrase repeated over and over again in a loop.

The motorik sounds of Neu! are what most powerfully define “Transient Random-Noise Bursts” though, and the centrepiece is Jenny Ondioline, a joyous 18 minutes of droning keyboard, layered shoegaze guitars, and Sadier’s uniquely disaffected-yet-wide-eyed vocals that punches through pastiche into a heavenly realm of cosmic sonic bliss.

If “Transient Random-Noise Bursts” is Stereolab’s harshest sounding album, 1994’s “Mars Audiac Quintet is perhaps their lyrically angriest. On the upbeat “Ping Pong”, the bouncy melody parallels the sophisticated emerging pop sounds that were starting to get called Shibuya-kei in Japan at this time, but the song’s superficial positivity is undercut by its lyrics. Following the McCarthy playbook, the narrator adopts a position opposed to the author’s true intentions, taking the reassuring tone of someone urging the listener to stop worrying about the world.

“It's alright 'cause the historical pattern has shown / How the economical cycle tends to revolve / In a round of decades, three stages stand out in a loop / A slump and war, then peel back to square one and back for more.”

The fictional narrator urges the listener not to worry about bad times because “things will get better naturally”, noting that “There's only millions that die in the bloody wars, it's alright / It's only their lives and the lives of their next of kin that they are losing,” and finally revealing their own anger and disquiet at seeing the status quo questioned by declaring, “Don't worry, shut up, sit down, go with it and be happy.”

“Three Longers Later” talks about the absurdity of waging war in order to achieve peace through the eyes of a child seeing their father ripped away from his family by military conscription – a system that wouldn’t be ended in lyricist Sadier’s home country of France until two years later (and which current president Emile Macron is, at the time of writing in summer 2019, trying to bring back in some form). It does this over a melody that begins quietly, almost like a nursery rhyme, and then explodes into a spacerock climax.

“Transporte sans Bouger” laments a world that seems to be becoming increasingly atomised, with people living in a lonely “virtual dream” with “no need to know your neighbour”, in which we “make love at a distance”. Given that the internet hadn’t penetrated people’s lives very deeply in 1994, this seems prescient. It is also rather conservative in its yearning for an increasingly lost sense of neighbourly community, but despite their leftist outlook, Stereolab were never averse to looking back to the past to find solutions to the problems of the present. “International Colouring Contest” is a tribute of sorts to the creativity and space-age optimism of eccentric musician and colouring book creator Lucia Pamela, who is sampled at the beginning of the song exclaiming, “I’m so full of ideas, and here’s a good one!” Repeatedly, Stereolab return to the notion that creativity is a fundamentally revolutionary act, and one inextricably bound up with the idea of freedom.

The inverse of that is that anything that closes off routes through which the imagination can travel is oppressive. “L’Enfer Des Formes” notes the way cynicism kills action for change, while the krautrock-influenced “Nihilist Assault Group” is concerned with censorship and moral panic, and how that annihilates critical sensibilities at the expense of effectively dealing with problems in any real way. “Wow and Flutter” and the closing “New Orthophony” both touch on the need to challenge rather than accept as inevitable the way things currently are.

While “Mars Audiac Quintet” relies on a similar toolbox of krautrock rhythms as its predecessor, things are also clearly moving forward into avant-pop territory. In addition to “Ping Pong”, “L’Enfer Des Formes” is another superficially upbeat pop melody, while “The Stars Our Destination” and “Des Etoiles Electroniques” both combine bubbly rhythm machine loops, dreamy synths and intertwining vocal lines into a smooth, layered sound that points a new way forward for the band.

The next stop on that journey was 1996’s “Emperor Tomato Ketchup” which completely blew apart the band’s sound while remaining instantly recognisable as Stereolab. As before, there are nods to the past in how the band move forward, with the title being drawn from Japanese playwright and director Shuji Terayama’s 1971 film of the same name and the cover artwork being based on a 1960s release of Bela Bartok’s “Concerto for Orchestra”. Nevertheless, the familiar Stereolab elements still make up the core of the album – the repetitive rhythms, the layered production, the off-kilter pop tunes, Sadier and Hansen’s vocal interplay, and the obliquely Marxist lyrical themes – albeit now developed into something far more sophisticated.

The opening “Metronomic Underground” draws from a funkier side of krautrock, more Can than Neu!, but still wrapped up in repetition and looping rhythms, while the songs that retain motorik rhythms, like the title track and “Les Yper Sound” marry it with vocal lines that employ some of the albums sweetest pop melodies. The gorgeous “Cybele’s Reverie” is a Proustian meditation on memory, that takes Stereolab’s pop inclinations in a more lushly orchestral direction, while elsewhere the band find ever more new and interesting ways to explore repetitions and loops, from the minimal “OLV 26” to the mirrored guitar clang of “Tomorrow is Already Here”.

Lyrically, it explores more abstract places than previous albums, but it’s perhaps the album most explicitly concerned with the relationship between the individual and society (certainly it’s the album in Stereolab’s catalogue that uses the word “society” most). “Spark Plug” is concerned with the importance of recognising the innate spark of life in an individual or collective group rather than viewing them in the abstract. “Tomorrow is Already Here” deals with institutions originally set up to serve society, now become something oppressive. Meanwhile, “Motoroller Scalatron”, with its children’s song-like question-and-answer structure talks about the fragile basis on which society is constructed, maintaining its existence only on a shared agreement that it exists, and constantly in flux – as well as the irony that, in a society “built on words”, the words we say, or choose not to say, can end up having huge consequences.

Perhaps an even more significant shift came with the next album, “Dots and Loops”. At around the same time that “Emperor Tomato Ketchup” was being released, Chicago-based Tortoise were releasing the landmark “Millions Now Living will Never Die” and German duo Mouse On Mars had recently released their second album “Iaora Tahiti”. All three were key acts in the burgeoning but nebulous genre of post-rock, which at this point in the 1990s can best be understood using journalist Simon Reynolds’ description as, "using rock instrumentation for non-rock purposes, using guitars as facilitators of timbre and textures rather than riffs and power chords."

Bringing in Mouse on Mars as collaborators and Tortoise’s John McEntyre as producer, “Dots and Loops” was a collision of early post-rock talent. Opening with a burst of electronic distortion, it swiftly moves into the skittering breakbeats of “Brakhage”, Sadier dreamily bemoaning the narcotising effects of consumerism. Lead single “Miss Modular”, meanwhile, is a beautiful slice of lounge pop with lyrics touching on imagery of games, mystery and tricks of the eye – abstract imagery with an opaque subject, but one that, for a band undoubtedly familiar with French situationist leader Guy Debord and his consumerist critique “The Society of the Spectacle”, surely hints at wider social relevance in the way the artificial – the spectacle – overwhelms our ability to discern a difference between reality and representation, history and endless present. If there’s a particular theme of the album, it might be that of alienation, not only from society and people close to you, but also (and necessarily given the way the individual and society are inextricable in Stereolab’s worldview) alienation from the self and one’s own feelings.

The collaboration with McEntyre continued over the next two albums, 1999’s “Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night” and 2001’s “Sound Dust”, with Jim O’Rourke joining as co-producer on both albums. Less explicitly electronic than “Dots and Loops”, these two albums see the band picking up on its jazz influences and advancing with them into pure avant-pop.

If “Dots and Loops” carried a sense of alienation, “Cobra and Phases” is the band’s most hopeful sounding album, with at least part of that coming from the birth of Gane and Sadier’s child, explicitly referenced on “People Do it All the Time”, which revels in the birth as a chaotic act of creation, “Out of chaos, a creation / Binding into one form / Lucid drunkenness” and positions the child as a vessel of hope, declaring, “I want you free when you grow, boy / Revive the old idea that we carry.”

The idea that growing up free should go together with “reviving an old idea” is a new angle on Stereolab’s recurring theme that moving forward may require looking back. Throughout the album, images of rebirth and rediscovery (rather than simply birth and discovery) keep cropping up. On “The Free Design” Sadier sings “The request is here ready to resurrect / What else can we do but recover the project” hinting at a past project left unfinished, while the “lonely walker humanoid” of “Puncture in the Radax Permutation” is described as “rediscovering your own pace” as it tries to “repossess the senses” – the idea of newness being linked to going back to something, and perhaps also of the cycle of life and rebirth meaning that everything new is something old just come round again.

“Cobra and Phases” is a sensual album, opening and closing with songs about love, and constantly returning to images of earth and nature. It’s also a rare example of Sadier singing explicitly and directly about being a woman, with feminist themes coming to the fore in “Caleidoscopic Gaze” and krautrock slight return “Strobo Accelleration”.

With the positive attitude of “Cobra and Phases” in mind, “Sound Dust” is in many ways Stereolab’s darkest album, returning to themes touching on the dehumanisation and oppression inherent in capitalism in songs like “Gus the Mynah Bird”, which declares “Self determination should be a fact / not essentially a right,” and suggests that capitalism offers false freedom, and will happily collude with oppression. “Space Moth” references the filmmakers Jean Rouch and Edgar Morin, whose 1960 film “Chronicle of the Summer” deals with the subject of happiness among various, mostly working class, people in France, touching on war, censorship, race, and poignantly the Holocaust, with the idea that happiness is closely linked to politics and freedom. The line in the song “L'homme est réduit à son travail” – “man is reduced to his job” – again positions capitalism as antagonistic to freedom.

The song “Nothing to Do with Me” takes its lyrics directly from the dark, surreal comedy of British satirist Chris Morris, whose TV show “Jam” combined eerie ambient music with comedy sketches and was controversial in the UK for breaking the taboo against portraying doctors as less than altruistic people. Morris’s doctors were often agents of chaos: figures of authority who abused the trust of people who relied on them, for opaque reasons. “Did you prescribe my daughter a pound of heroin?” asks Sadier at one point in the song. Elsewhere, the relationship between customer and client is turned on its head as a woman asks a plumber, “You did such a great job / With the boiler last time / Please can you mend my baby / He hasn't moved for three weeks.” In both instances, a social relationship is being abused, but the socially defined relationships between the participants are still followed in a formally proper way, the form and appearance of calm rationality put into the service of the terrifying and absurd.

More than this, though, “Sound Dust” feels like an album about duality. Many of Stereolab’s songs are dialectic in that they deal with reconciling two opposing forces or positions – the thesis and antithesis birthing a synthesis – and that structure is still present here. “Baby Lulu” delivers the line “extremes reconciled / improvisation / rational and poetical / summing up contradictions”. It’s also the most direct the band ever were about the notion of evil, referencing it as one of the “two poles guiding his step” in “Naught More Terrific than Man”, and giving it an explicitly Biblical face in “Suggestion Diabolique”. The lushness, warmth and beauty of the melodies works in a similar dualistic way with the darkness or gravity of the lyrics.

This is reflected in the musical structure of the album too, with many of the songs having a two–part structure, where the first and second half of the song follow quite different melodies and arrangements. The most striking example is the joyous “Captain Easychord”, which returns to the theme of the life and death cycle, boiling it down to its most basic representation in the cycle of inhaling and exhaling breath.

“Sound Dust” was the final album to feature Mary Hansen, who was killed in a road accident the following year. The last album of this current batch of re-releases, 2004’s “Margerine Eclipse” is in part a tribute to Hansen, with the song “Feel and Triple” a directly addressed farewell, “Need to Be” talking about the need to embrace pain, loneliness and fear of death in order to recognise the now, and ‘…Sudden Stars’ dealing with embracing love and respecting loss.

The political situation in Europe and America at the time also hangs over parts of the album, in the shape of the wars in Afghanitan and Iraq, rising fear of terrorism embodied in the “other” of the Muslim in our midst, and increasingly intrusive state surveillance. “La Demeure” references this fear of the other, while “Bop Scotch” deals with the question of whether we can trade freedom for security.

Despite (or perhaps because of) the death and fear hanging over it, “Margerine Eclipse” is also one of Stereolab’s most upbeat albums, and certainly their funkiest with its rich, thick, squelchy synth and bass sounds. It is the album that most explicitly addresses love, with the closing “Dear Marge” tying love up with learning, with the implied flipside that lack of love or empathy prevents us from learning or growing.

Like “Sound Dust” there is a dialectical structure underlying “Margerine Eclipse”, with the album being mixed with all the instruments panned to the extreme right or left, with each channel designed to work either independently or as a synthesis of the two made when both are listened to together.

After listening over this span of work, what is Stereolab really about as a band though?

One way to make sense of the band is to look at them through the prism of their times. These seven albums closely overlap with the ten-year period after the fall of the Soviet Union and the aftermath of the September 11th, 2001 attack on the World Trade Center that shattered America’s sense of post-Cold War invulnerability.

This period, described by Francis Fukuyama as “The End of History”, was characterised by a shutting down of the public imagination on a mass scale. The struggle between great ideological movements of the 20th Century was over and liberal capitalism had won: there was no alternative. A mindset took hold of what the critic Mark Fisher called “capitalist realism”, which made any vision of the future that didn’t essentially amount to “more of the same” seem impossible.

This mindset is the enemy against which Stereolab constantly rail. The lyrics to “Wow and Flutter” from “Mars Audiac Quintet” express it most clearly:

“I thought IBM was born with the world / The US flag would float forever / The cold opponent did pack away / The capital will have to follow / It's not eternal, imperishable / Oh, yes it will go / It's not eternal, interminable / The dinosaur law.”

The limits capitalist realism place on the imagination are what make it such an insidiously oppressive force, and one that, for Stereolab, can only be overcome by the lifting of consciousness and the opening up of the creative (and the romantic) mind. As with the situationists and the 1968 Paris Spring, unique moments of individual creativity and imagination can jolt society out of one of its cycles and elevate it to a new level, like the spiral on the cover of “Emperor Tomato Ketchup”, ever-circling but always reaching skyward. In this sense, Stereolab’s vision shares something in common with the ideas Fisher was developing before his untimely death, and which he referred to as “acid communism”. In this sense, communism is really functioning as a rhetorical bomb thrown into the midst of capitalist complacency rather than a recreation of the communist regimes of the 20th century. The repressiveness of Stalin would have been a horror to people like Fisher and Stereolab: rather they were children of the Paris Spring (both Fisher and Sadier were born in 1968), who came of age at the height of acid house – both visions of decentralised, spontaneous, communal action. The “acid” of “acid communism” may take its name from psychedelic drugs, but its true meaning perhaps lies more in what it represents. Acid or LSD has become synonymous with the act of elevating consciousness to a new level, with an underlying meaning of experimentation and exploration. This again locks in very well with Stereolab’s repeated invocation of creativity as a route to revelation. Again, “Mars Audiac Quintet” tackles the theme explicitly, this time on “Three-Dee Melodie”:

“The meaning of existence / Can't be supplied by religion or ideology / The sense or non-sense that will emerge from the precipice / Is only the impact of a creative activity”

So when, as Fisher put it, “the future has been cancelled”, how do we rediscover it anew? One way, is to look to the past.

The ghosts of cancelled futures haunt the present, sometimes as nostalgia, sometimes as kitsch, sometimes as something that still has the power to jolt us out of our complacency. Fisher referred to this uneasy coexistence of past and present as “hauntology”, but for those of us looking ahead, these lost futures can provide opportunities to step back and find a new route forward. The hippy counterculture of the 1960s, the 1968 Paris Spring, the utopian visions of old science-fiction authors – Stereolab’s aesthetic is often described as “retro-futurist” because of the way they mined the past for routes towards their own utopia. Their early obsession with krautrock is another way of looking to the future by revisiting past visions of what it might be like and pursuing those lines towards something new – in this case, helping to bring post-rock into existence in the process.

Revolution often takes the form of a ghost because, before it can become real, it will exist as an idea without corporeal form, silently threatening the status quo. Marx himself famously described communism as a spectre that “is haunting Europe”, but more pertinent in this case might be the radical poet Percy Bysshe Shelley’s depiction of the victims of the 1819 Peterloo Massacre as “graves from which a glorious Phantom may burst” – an unfinished revolution that nevertheless threatens to return and complete its work. The failed revolutions of the 1960s live on in Stereolab’s songs, as do all the other cancelled futures.

If there is a central dialectic process at work with Stereolab, the direction they seem to be trying to resolve it in always leans towards a kind of raised consciousness and unrestrained creativity – unique moments of imagination and creation bringing something new into the world as a revolutionary means towards pushing forward into a place of greater freedom. Against that lies a tendency of the world to fall into repeating patterns and cycles, whether they be destructive cycles of economic depression, war and recovery, the blooming and dying of love, or the cycle of death and rebirth. Stereolab’s music itself parallels this, its own forms defined by repetition, driven forward into new patterns by unique moments of creative revelation – or to put it another way, it is a symphony of “dots and loops”.

反緊縮候補たちの参院選 - ele-king

 反緊縮候補たちの参院選が終わった。
 選挙結果と今後の反緊縮ポピュリズムの動きを考える。


 参院選が終わった。選挙前の予測どおり大勢に影響はなかったと言えるだろう。自民党の議席は微減し、立憲民主党は議席数を倍増させた。しかし、この立憲の躍進に見える結果も、実情は比例票を約300万票も減らす形で、16年の参院選前に民進党の保有していた議席が立憲と国民民主党とに割り振られたかっこうになっただけとも言える。依然として参議院での過半数は与党に抑えられ、「ねじれ国会」を作るには至らなかった。(https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201907/CK2019072202000321.html

 メディアから「台風の目」とも称された反緊縮・れいわ新選組は、山本太郎代表はどうなっただろう。れいわ新選組は228万票を獲得し政党要件を獲得、山本氏自身も99万もの比例票を獲得したが、新設された特定枠で擁立した重度障がい者の2人を優先的に当選させ、3議席目を得られなかったため落選した。01年以降の現行選挙制度で落選者の最高得票も更新した形となり話題を呼んだが、 山本氏は自分の保身のための参議院での1議席など、ハナから捨てる覚悟でいたんじゃないかとも感じる。彼が次期衆院選について、「政権選択なので、立候補者100人ぐらいの規模でやらなければいけない」と発している(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190722-00000009-mai-pol)通り、「本丸」はあくまで政権奪取であり、現在は「一の門」である参議院の門を突破したに過ぎない。実際に、欧州の反緊縮ポピュリズム政党は、結党からわずか数年で政権の座に手をかけるほどに急速に巨大化していて、れいわに限っても非現実的な目標と言い切れないのだ。

 選挙結果を伝える各テレビ報道でも、リベラル系メディアはこぞって当選した重度障がい者の舩後靖彦氏と木村英子氏を特集した。元郵政・金融大臣の亀井静香をして「戦術家」と言わしめる山本氏の作戦勝ちだろう。山本氏が「障がいのある政治家を国会に送り込むことが、障害に関連する政策を進めるための効果的な一歩になる」とロイター・国際版に語った(https://www.reuters.com/article/us-japan-election-disabled/japan-disabled-challenge-stigma-barriers-to-run-for-upper-house-seat-idUSKCN1UC0ZL)ように、この世界初の試みは、国会のバリアフリー化のみならず、社会福祉分野への財政拡大に繋がる経済政策ともなりえる。人口の8%にも及ぶ身体的および知的障がい者の代表の誕生が、山本氏の掲げる「生産性で人間の価値をはからせない世界」の構築にどう影響を与えるか、今後の活躍が期待される。

 さて、今参院選では不名誉な記録も作られた。投票率が48.8%で戦後2番目の低さになった(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190722/k10012002661000.html)というのだ。マスコミ報道によると「関心がなく盛り上がりに欠ける選挙」だったそうで、「与党支持に大きな広がりはみられないものの、低投票率に支えられた」そうだ。しかしこの低投票率と無関心、与党の安定を支えたのは、「大本営発表」とも揶揄されるマスコミ自身であることは言うまでもない。(https://www.asahi.com/articles/DA3S14102991.html

 「スポンサーであるグローバル企業や大企業の顔色を伺い、忖度をすることによるスピンコントロールが行われている」とは、投開票日の山本太郎氏の言だ。筆者の知る限り、これほど国民対マスコミの対立が表面化した選挙は他に類を見ない。既得権者たるマスコミは、ネットユーザーから「上級国民」と疎まれるが、この構造も欧州のポピュリスト政党をめぐる状況とよく似ている。投開票日における、れいわ新選組の候補者たちによるマスコミ批判(https://www.youtube.com/watch?v=5Fr8h28yPYE)が大変興味深かったので拾ってみたい。

 新聞やテレビなどの主流メディアが、れいわ新選組を扱わない状況について、マスコミの記者から質問された山本氏は「メディアもガチンコで喧嘩してほしい。明らかにおかしな報道が続いている。言葉を選ばずに言うと、“どこまで自民党のお尻を舐めるんだろう”みたいな。争点がまったく見えない、それだけを観ていれば自民党に入れてしまうような報道」と表現し、れいわ候補の安冨歩氏(東京大学教授)も「インターネットの力がなかったられいわは2議席取れなかった。メディアの皆さんの存在基盤がまもなく失われることを認識してほしい」と続いた。

 同党候補で、財政・金融システムに詳しい大西つねき氏(元J.P.モルガン銀行)は「メディアのみなさんは、税収で借金を返済したらどうなるかわかりますか? それを理解していない。私たちが消費税ゼロと言ったときにはちゃんとロジックがある。皆さんの仕事は真実を知って暴くことだが、その根本的な能力が足りていない。なぜアメリカからMMTのようなものが出てきたのか皆さん理解してないでしょう? それでよく報道機関だといえますよね。お金の発行の仕組みを知ることが日本を、世界を良くすることにつながる。レクチャーするのでぜひ取材に来てください」と発破をかけた。

 同じく候補で、コンビニのブラック問題で闘う三井よしふみ氏は、「コンビニ問題を、長年マスコミの人に話していますが、現場ではわかったと言いながら、なんで本社に帰ったら話が消えるんですか?皆さんはジャーナリストになった時には真実を伝えたいと思ってこの職業を選んでないですか?いつからサラリーマンになっちゃったんですか。コンビニの本部はマスコミなんかいくらでも操作できると思っている、ナメられてるのは貴方たちだ。俺たちと世界を変えようじゃないか」と奮起を促した。

 筆者も現場で一部始終を見守っていたが、彼らが本気で政権を取り、このぶっ壊れた日本を変えようとガチンコでケンカをしかけているのだと再認識した次第だ。こうして「天才!たろうの元気が出る選挙・シーズン1」は幕を閉じることになったが、いかに批判者が冷笑し、誹謗中傷を加えてもれいわ新選組の躍進は止まりそうにない。MMTのファウンダーの1人、L・ランダル・レイの言葉を引用する。「現代貨幣理論(MMT)は、3つの段階を経るだろう。まず、馬鹿にされる。 第二に、激しく反対される。 第三に、それが自明のものだと認められる。 MMTの教義の多くは、すでに第三段階に入っている。元批評家達は現在、それらを”最初から知っていた”と主張している」。MMTに対する評価に限らず、れいわの評価も同じ道を歩むことが予想される。

 さて、他野党の反緊縮候補たちはどうなっただろう。反緊縮候補を認定・推薦する団体、薔薇マーク・キャンペーンによると、認定した反緊縮候補の50人中10人が当選(https://rosemark.jp/2019/07/22/02-19/)した。その中でも注目したいのが立憲民主党の石垣のりこ氏だ。石垣氏は野党統一候補として挑み、自民現職の愛知治郎氏との接戦を制し、1人区で立憲の公認唯一の当選者となった。選挙戦中も党議拘束になかば反する形で「消費税ゼロ」の主張を発し続けたが、皮肉にも、国民生活の底上げを訴えるその声が有権者に届くかっこうとなり、当選を成し遂げたといえるだろう。山本太郎氏と行ったジョイント街宣では、仙台駅西口を1000人以上もの聴衆で埋め尽くした。「1枚目の投票用紙(選挙区)には石垣のりこと、2枚目の投票用紙に(比例)は山本太郎とお書きください」と訴えた石垣氏、山本氏双方の演説が、野党共闘のうねりをより大きく共振させた。従前の参院・衆院選の結果から野党が強い土壌であることは知られるところだが、経済評論家の池戸万作氏は「野党が東北の4県を制したのはこの街宣の影響が大きい」と評している。

 前回コラムで、筆者が注目していた社民党の相原りんこ候補は、激戦区・神奈川で健闘したが、惜しくも敗れた。選挙中もブレることなく財政出動、消費減税を訴え続ける姿勢は、多くの反緊縮派から賞賛を得たが、社民党の脆弱な組織力も背景に、望みどおりの選挙戦を闘うことができなかった印象だ。選挙後、筆者がヒアリングしたところ、本人は反緊縮活動を行うため新たな道を歩むということだったが、多くのネット市民からは、1年以内に行われると予想される衆院選には、れいわからの出馬を望まれているようだ。

 薔薇マークを認定された候補も、その認定自体が当選に結びついたとは言えず、まだまだ反緊縮が市民権を得るような状況には至ってはいない。しかし反緊縮の波は確実に拡がっている。今年の初めから、立命館大学教授・松尾匡氏の薔薇マークをはじめ、京都大学大学院教授・藤井聡氏の主宰する「令和の政策ピボット」、山本太郎氏のれいわ新選組などの反緊縮グループが次々に立ち上がり、2019年は日本での反緊縮元年といえる年になった。年初からわずかながらではあるけど、メディア報道も増えていった。まさか、MMTerのランダル・レイ教授やステファニー・ケルトン教授が、テレビのゴールデンタイムで特集されようなど、つい半年前まで想像さえしていなかった状況だ。イタリアの反緊縮ポピュリズム政党・五つ星は、結党からわずか9年で政権の座についたが、このトレンドが止まることはないだろう。次の衆院選が勝負となる。

 今回、反緊縮派候補やれいわの躍進を支えたのは、大衆だ。普段政治に興味のなかった層が初めて自発的に投票したという話も聞く。しかし、日本では、民主主義とは投票行動のことであり、国会での多数決のことだと勘違いしている人たちも多い。首相自らが「憲法は国の理想を語ったもの」だと、誤った認識にもとづく発言を重ね、テレビはそれを無批判に垂れ流すような国だ。

 今後、消費増税で消費が落ち込み、オリンピック特需も終了、さらには外国人労働者の流入や働き方改革により、労働者全体の賃金が引き下げられるような事態にならないとは限らない。まだまだ状況を楽観視することなどできないが、掃き溜めにえんどう豆の芽が顔を出し、沼地にも蓮の葉が育とうとしていることに希望を見出したい。

WWW & WWW X Anniversaries - ele-king

 渋谷を代表するヴェニューであり、精力的に尖ったイベントを開催し続けている WWW と WWW X が、今年もアニヴァーサリー企画《WWW & WWW X Anniversaries》を大展開。WWW はオープン9周年、WWW X のほうは3周年とのことで、相変わらず興味をひく公演ばかりです。
 9/20は《Local X5 World》としてツーシン(Tzusing)とキシ(Nkisi)待望の初来日公演が開催。9/23は D.A.N. の主催する《Timeless》にデンマークから Erika de Casier が参加。10/5は幾何学模様のライヴ、10/12はシカゴからジャミーラ・ウッズの来日公演。10/18は《Emotions》に KID FRESINO と釈迦坊主、そして先ほどミックステープのリリースがアナウンスされたばかりの Tohji が出演する。今年の秋も WWW と WWW X はすごい!

[8月29日追記]
 本日、情報公開第二弾として、新規公演と追加ラインナップが発表された。詳細は下記を。

「WWW & WWW X Anniversaries」追加ラインナップ
※太字が第二弾発表分

●9/20(金・深)「Local X5 World」@ WWW X
 出演:Tzusing / Nkisi / GAIKA / Fuyuki Yamakawa / Yousuke Yukimatsu / Mars89 / Mari Sakurai / speedy lee genesis
●9/23(月・祝)「Timeless #5」@ WWW X
 出演:D.A.N. / Guest Act: Erika de Casier (from Denmark)
●10/5(土)「Kikagaku Moyo JAPAN TOUR 2019」@ WWW X
 出演:幾何学模様 / Kikagaku Moyo / SPECIAL GUEST: OGRE YOU ASSHOLE
●10/12(土)「Jamila Woods」@ WWW X
 出演:Jamila Woods
10/14(月・祝)「In&Out」@ WWW
 出演:Deca Joins (from Taipei) and more
●10/18(金)「Emotions」@ WWW / WWW X / WWWβ
 出演:dodo / KID FRESINO / LEX / 釈迦坊主 / Tasho Ishi / Tohji / SPARTA / YamieZimmer & Friends / DJ: speedy lee genesis and more (A to Z)

 以下は、第一弾発表分です。

WWW & WWW X Anniversaries ページ
https://www-shibuya.jp/news/011281.php

熱狂のアジア&アフロ・ディアスポラ! ハードに燃え盛る中国地下の先鋭 Tzusing とコンゴ生まれ、ベルギー育ちのアフリカン・レイヴ/IDMなロンドンの新鋭 Nkisi (UIQ) を初来日で迎え、世界各地で沸き起こる“第3の力”をテーマとした WWW のシリーズ・パーティ〈Local World〉がアニバーサリーとして開催。圧倒的な“強さ”を誇る全8組のフル・ラインナップにも乞うご期待!

WWW & WWW X Anniversaries "Local X5 World - Third Force - "
日程:2019/9/20(金・深)
会場:WWW X
出演:Tzusing [Shanghai / Taipei] / Nkisi [UIQ / Arcola / London] / and more
時間:OPEN 24:00 / START 24:00
料金:Early Bird ¥1,800@RA *枚数限定 / limited | ADV ¥2,300@RA | DOOR ¥3,000 | U23 ¥2,000
チケット:https://www.residentadvisor.net/events/1298708

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011423.php
https://localworld.tokyo


毎回国内外の多彩なゲストを呼んで開催される、D.A.N. によるレギュラーイベント "TIMELESS"、#5 の開催が決定! 今回のゲストは、デンマークから初来日となる新星アーティスト・Erika de Casier。コペンハーゲンのハウス・シーンと密接に繋がる彼女のアディクティブなトラックと繊細でセンチメンタルなヴォーカルはコアな音楽ファンの間で大きな話題に。作品毎にチャレンジを続け進化するD.A.N. による、まさにダークホースなゲストを迎えた Timeless をお見逃しなく。

WWW & WWW X Anniversaries "Timeless #5"
日程:2019/9/23(月・祝)
会場:WWW X
出演:D.A.N. / Guest Act: Erika de Casier
時間:OPEN 17:00 / START 18:00
料金:ADV ¥3,800(税込 / ドリンク代別 / オールスタンディング)
チケット:
■先行予約:受付期間:8/3(土)12:00~8/18(日)23:59 ※先着
https://eplus.jp/wwwx-timeless5/
■一般発売:8/24(土)10:00~
e+ / ローソンチケット / チケットぴあ / LINE Ticket / iFlyer

公演詳細: https://www-shibuya.jp/schedule/011417.php

世界各国でソールドアウト公演を連発する幾何学模様/Kikagaku Moyo の2年ぶりとなる日本ツアーが決定! 最新作『マサナ寺院群』は「Discogs で最も集められた日本産レコード 2018/2019前半」の首位を獲得し、今年はアメリカ最大級の音楽フェスティバル「Bonnaroo」、ヨーロッパ3大フェスの1つ「Roskilde」などへの出演に加え、King Gizzard & The Lizard Wizard や Khruanbin といった現在の欧米インディーシーンをけん引するアーティストたちとの交流も深く、まさに日本のサイケデリアを代表する存在となりつつある幾何学模様/Kikagaku Moyo。後日発表となるスペシャルゲストにもご期待ください!

WWW & WWW X Anniversaries "Kikagaku Moyo JAPAN TOUR 2019"
日程:2019/10/5(土)
会場:WWW X
出演:幾何学模様/Kikagaku Moyo + Special Guest: TBA
時間:OPEN 17:00 / START 18:00
料金:ADV¥4,000(税込 / ドリンク代別 / オールスタンディング)
チケット:発売中
e+ / ローソンチケット[L:76545] / チケットぴあ [P:159-853] / iFLYER / WWW店頭

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011360.php

シカゴの知性“Jamila Woods”来日公演決定!
今年5月に絶大な評価を獲得した前作『Heavn』から約3年振りとなる待望の2ndアルバム『LEGACY! LEGACY!』をリリースし、自らのルーツやアイデンティティを深く掘り下げ、詩的に表現して、その評価を決定づけたシカゴのシンガー・詩人“Jamila Woods”の来日公演をお見逃しなく!

WWW & WWW X Anniversaries "Jamila Woods"
日程:2019/10/12(土)
会場:WWW X
出演:Jamila Woods
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:ADV ¥6,000 / DOOR ¥6,500 (税込 / ドリンク代別 / オールスタンディング)
チケット:
■先行予約:8/3(土)10:00~8/18(日)23:59 ※先着
https://eplus.jp/wwwx-jamilawoods/
■一般発売:8/24(土)10:00
e+ / ローソンチケット[L:72345] / チケットぴあ[P:161-087] / WWW店頭 / iFLYER

公演詳細: https://www-shibuya.jp/schedule/011424.php



WWW・WWW X・WWWβを舞台に様々な感情や価値観が集い、多様性豊かに彩るフライデーナイトパーティーシリースズ 「Emotions」。出演者第一弾はフリーフォームかつジャンルにとらわれない柔軟な活動が注目を集め、先日の FUJI ROCK FES でもヒップホップの可能性を拡張させるような圧倒的パフォーマンスを披露した“KID FRESINO”、耽美でサイケデリックな世界観を最新型のトラップミュージックとして表現し、自身が主催するイベント「TOKIO SHAMAN」は毎回超満員で狂信的人気を博す“釈迦坊主”、既成概念を軽々と更新し続ける圧倒的な存在感でユースを中心に熱狂的な支持を集め、本日同時に待望の1st Mixtape『angel』の8/7リリースが発表された“Tohji”がラインナップ!
後日発表となるジャンルレスな追加出演者にも乞うご期待!

WWW & WWW X Anniversaries "Emotions"
日程:2019/10/18(金)
会場:WWW / WWW X / WWWβ
出演:KID FRESINO / 釈迦坊主 / Tohji / and more (A to Z)

詳細後日発表

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011425.php

Ronin Arkestra - ele-king

 年明けに「日本」をテーマにした作品『Heritage』を発表したマーク・ド・クライヴ=ロウが、新たなプロジェクトを開始する。WONK や CRO-MAGNON、KYOTO JAZZ SEXTET や SLEEP WALKER などのメンバーたちと組んだ「浪人アーケストラ」がそれだ。『Heritage』に続いて彼のルーツである「日本」がテーマになっている模様。アルバム『Sonkei』は9月25日に発売。なお、明日7月27日にはマーク・ド・クライヴ=ロウ個人の来日公演も開催されるので、そちらもチェック。

マーク・ド・クライヴ=ロウ来日情報:
https://wallwall.tokyo/schedule/mark-de-clive-lowe-melanie-charles/

RONIN ARKESTRA(浪人アーケストラ)
Sonkei

MARK DE CLIVE-LOWE の呼びかけで、ジャズを中心に日本の精鋭プレイヤーが集結したニュー・バンド RONIN ARKESTRA (浪人アーケストラ)!!
WONK、CRO-MAGNON、KYOTO JAZZ SEXTET 等のメンバーが参加、待望のデビュー・アルバム完成!!

Official HP: https://www.ringstokyo.com/roninarkestra

マーク・ド・クライヴ・ロウが『Heritage』に続いて、自身のルーツである「日本」にフォーカスしたプロジェクトが、浪人アーケストラです。LAから東京へと場所を移し、日本人のプレイヤーたちと作り上げたアルバムは、日本のジャズの歴史に新しいページを刻む作品となりました。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

アーティスト : RONIN ARKESTRA (浪人アーケストラ)
タイトル : Sonkei (ソンケイ)
発売日 : 2019/9/25
価格 : 2,800円 + 税
レーベル/品番 : rings (RINC56)
フォーマット : CD

Tracklist :
1. Lullabies of the Lost
2. Onkochishin
3. Elegy of Entrapment
4. The Art of Altercation
5. Cosmic Collisions
6. Circle of Transmigration
7. Fallen Angel
8. Tempestuous Temperaments
& Bonus Track 2曲収録決定!!

参加ミュージシャン:
MARK DE CLIVE-LOWE
荒田洸 (WONK)
コスガツヨシ (CRO-MAGNON)
藤井伸昭 (Sleep Walker)
類家心平 (RS5pb)
安藤康平 (MELRAW)
池田憲一 (ROOT SOUL)
浜崎 航
石若 駿
Sauce81

 音楽そのものに疑いをもつこと、ジョン・ケージがいまだ影響力があることの理由のひとつだろう。ひとはいつの間にか音楽を小学校で習った譜面の延長のなかでのみ考えがちだが、ケージは音楽がもっと広く自由であることをあの手この手を使って証明した。もっとも有名な“4分33秒”はそのひとつだが、この曲を、〈ミュート〉レーベルが設立40周年のメイン・プロジェクトとしてレーベルのいろんなアーティストにカヴァーしてもらうという、なんともじつに度胸ある企画をやっていることは先日お伝えした通り(https://www.ele-king.net/news/006694/)。
 今回、レーベル創始者のダニエル・ミラー伝説のソロ・プロジェクト、ザ・ノーマルによる“4分33秒”が公開された。

■The Normal「4分33秒」

https://smarturl.it/STUMM433J

 “4分33秒”のカヴァー全58曲収録の『STUMM433』は、10月4日に発売される。おそらくアルバムのトータルタイムは、“4分33秒”×58ということだろう(あるいは、“4分33秒”をたとえば2分で演奏するアーティストはいるのだろうか)。
 なお、『STUMM433』は、ボックス・セットとしてレーベルの通販サイトのみで販売され、LPはダニエル・ミラーのサイン入り限定盤として、CDは5枚組として販売。またデジタル配信(ダウンロード、ストリーミング)は日本の各サイトより購入可能。

■『STUMM433』 購入予約リンク
https://smarturl.it/STUMM433J
・タイトル:『STUMM433』
・発売日:2019年10月4日
・ボックス・セット(LP, CD):MUTEレーベル通販サイト Mute Bankのみで販売
・デジタル配信(ダウンロード、ストリーミング):日本の各配信サイト


photo : Diane Zillmer

 ダニエル・ミラー(レーベル創始者)はこのプロジェクトに関して次のように語っている。「ジョン・ケージの ‘4分33秒’ は自分の音楽人生の中で長い間、重要で刺激を受けた楽曲としてずっと存在していたんだ。MUTEのアーティスト達がこの曲を独自の解釈でそれぞれやったらどうなんだろう?というアイデアは、実はサイモン・フィッシャー・ターナーと話してるときに浮かんだんだよ。私は即座に、これをMUTEのレーベル40周年を記念する”MUTE 4.0 (1978 > TOMORROW) シリーズ”でやったら完璧じゃないか、と思ったんだよ」

 ダニエル・ミラーは、自身のソロ・プロジェクト、ザ・ノーマルの7インチ・シングル『T.V.O.D.’ / ‘Warm Leatherette』を発売するためにMUTEレーベルを1978年に創設した。ザ・ノーマル名義の「4分33秒」は、その7インチ以来、実に41年ぶりの発売となる。彼は今回の楽曲の録音をノース・ロンドンのある場所で行った。 16 Decoy Avenueという住所は、MUTEのファンにとってはレーベル発祥の地としてお馴染みの場所である。


■サイモン・グラントのアート作品

 今回、各アーティストが自身の作品とともにビジュアルも作成しており、MUTE所縁のデザイナー28名がそれぞれ「4分33秒」から発想を得たアートワークを披露している。その中の一部を紹介すると、サイモン・グラント、彼は初期MUTE作品、ザ・ノーマルやファド・ガジェット、それにデペッシュ・モード等のアートワークを担当。スティーヴ・クレイドン、Add N To (X)のメンバーでもある彼はゴールドフラップのデザインを担当し、スリム・スミス、彼は1980年代から90年代を通してMUTEと仕事を共にした。マルコム・ギャレットはヴィンス・クラークとマーティン・ウェア(ザ・クラーク・アンド・ウェア・エクスペリメント)のハウス・オブ・イラストリアスのボックス・セットのデザインを担当し、トム・ヒングストン、彼はこれまでイレイジャーと仕事を共にし、2000年台初頭よりニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッドシーズやグラインドマンのアートワークを担当している。アントン・コービン、彼は特にMUTEとの距離も近く、1980年代初頭からデペッシュ・モード、ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ、それにファド・ガジェット等と数多くの仕事を行っている。

 ヴァイナルのボックス・セットにはキャンドルセットが付属し、そのデザインは著名なシックス・センツ・パルファンのジョセフ・クオルターナが「4分33秒」から発想を得て作成したものである。彼は古い木造の劇場の中で光る一瞬の閃光をイメージした。それはコンサートの余韻を比喩的に表したものであり、静寂の香りとは?という問いに答えたものである。

 この作品から発生する純利益は英国耳鳴協会とミュージック・マインド・マターへ寄付される。この団体が選ばれた理由として、インスパイラル・カーペッツの創設メンバーでもあるクレイグ・ギルが、自身の耳鳴りの影響による心身の不安から不慮の死を遂げたことが挙げられている。このボックスセットは2019年5月にリリース予定、詳細はここ数ヶ月後にアップデートされていく。

■公開済み映像

ライバッハ 「4分33秒」
ザグレブにあるHDLU’sバット・ギャラリー・スペースで行われたインスタレーション「Chess Game For For」開催中に撮影・録音され、クロアチアのパフォーマンス・アーティストのヴラスタ・デリマーとスロヴェニア製の特製空宙ターンテーブルをフィーチャーした作品だ。

■「STUMM433」参加アーティスト一覧
A Certain Ratio, A.C. Marias, ADULT., The Afghan Whigs, Alexander Balanescu, Barry Adamson, Ben Frost, Bruce Gilbert, Cabaret Voltaire, Carter Tutti Void, Chris Carter, Chris Liebing, Cold Specks, Daniel Blumberg, Depeche Mode, Duet Emmo, Echoboy, Einstürzende Neubauten, Erasure, Fad Gadget (tribute), Goldfrapp, He Said, Irmin Schmidt, Josh T. Pearson, K Á R Y Y N, Komputer, Laibach, Land Observations, Lee Ranaldo, Liars, Looper, Lost Under Heaven, Maps, Mark Stewart, Michael Gira, Mick Harvey, Miranda Sex Garden, Moby, Modey Lemon, Mountaineers, New Order, Nitzer Ebb, NON, Nonpareils, The Normal, onDeadWaves, Phew, Pink Grease, Pole, Polly Scattergood, Renegade Soundwave, Richard Hawley, ShadowParty, Silicon Teens, Simon Fisher Turner, The Warlocks, Wire, Yann Tiersen

■MUTE 4.0 (1978 > TOMORROW) シリーズ
https://trafficjpn.com/news/mute40/

mute.com

黒船MMTと参議院選挙の行方 - ele-king

 選挙の夏、反緊縮の夏がやって来た。参院選を闘う反緊縮候補者の動向を追ってみる。

 前回のコラムでは黒船MMTが日本に来航し、国会や各メディアでも多数扱われたことをお伝えした。とくに自民党・西田昌司氏は予算委員会や財政金融委員会を通し、MMTの信用創造システムの理解が正しいか、再三に渡って政府と日銀に対し質問している。

 5月23日の財政金融委員会にて、西田議員が雨宮日銀副総裁から重要な証言を引き出した。銀行は数字を書き込むだけで通貨を創造できるとする「万年筆マネー」、また、新規国債発行を介した政府支出により民間銀行に預金が創造されることを認めたかっこうだ。この点だけを見れば、一般的に言われるように国債は「クニノシャッキン」でもなければ政府の債務ですらないともいえる。このことはいままで主流経済学の教科書やマスコミにより語られていた信用創造の説明が間違っていたことを証明する瞬間ともなり、ツイッターを中心とするネットの経済クラスタたちの間でもちょっとした騒ぎになった。

決済性預金口座というものを提供している銀行だけが、その与信行動により、自ら貸し出しと預金を同時に作り出すことができるのであります。
 (中略)
銀行は私にカネを貸すとき(=民間に融資する)ときは、銀行口座に記帳すると、後から預金が発生するという格好になります。信用創造を通じて預金がが増加するという格好になります。これを信用創造と言っているわけであります。
 (中略)
金融機関が国債を保有し財政支出が行われればそれに対する預金通貨は事後的に同額発生しているわけであります。
 雨宮正佳・日銀副総裁 財政金融委員会(2019.5.23)
https://www.youtube.com/watch?v=W61Srkam7xE&feature=youtu.be


写真 提供: @nonsuke38 氏

 自民党・西田昌司氏は極右とも称される議員であり、自民党が政権に返り咲く以前より安倍首相に近い関係にある議員として知られているが、相対する野党はどうだろうか。MMTは民主社会主義を標榜する米国の左派・サンダース大統領候補にも、そしてガチ左翼の英国労働党党首・コービンにも多大な影響を与える。日本でも、大きな政府主義であるはずの左派、野党にこそ大きく扱われているはずだ。

 しかし、実際のところ野党はMMTに及び腰だ。日本の野党、特に旧民主党系はネオリベの亜種である「第三の道」をひた走ってきた過去がある。グローバリズムや緊縮財政、構造改革を礼賛するようなスタンスでいたため、国の財政が税収の範囲内で運営されるものだと誤認する、いわゆる「家計簿脳」に陥っている。いまでも多くの野党議員が、「政府債務(国債)が民間の預金からファイナンスされている」とする、反緊縮派が「天動説」と揶揄するものを信じて疑わないのだ。

 国家財政は、家計簿や企業会計とはまったく異なる。政府には理論上、無限に通貨を創造できる権限があるが、家計や企業には通貨発行権はなく、その会計原則が異なるものであることは誰にでもわかるはずだ。歳入額を上回り発行される赤字国債は1965年より続けられている歴然たる事実なのに、国会議員の多くが「プライマリーバランスの黒字化」や「身を切る改革」といった政策をもって、国民経済を収縮させようとしている。

 しかし、7月21日に投票日を迎える今回の参院選を前に、かつて「緊縮脳」だとか「家計簿脳」だとかとネットユーザーたちから揶揄されていた野党議員の洗脳が解けはじめたかのような動きが見えてきた。

 薔薇マーク・キャンペーンは、「反緊縮財政」を掲げる野党候補者に「薔薇マーク」を認定、有権者が投票する際の参考にしてもらおうという政治運動だが、同キャンペーンがこれまでに「反緊縮」だと認定した候補が49名もいる。これは全候補の4割にもなる計算だ。薔薇マークの認定基準には「消費税の10%増税凍結」、「社会保障への財政出動」、「大企業や富裕層への累進課税の強化」、「大企業への増税が実現するまでの間、国債を発行してなるべく低コストで資金調達することと矛盾する政策方針を掲げない」、「公共インフラの充実」の5項目があげられている。その5項目中の3項目をクリアすれば認定対象となるとされていて、かなり野党候補者にフレンドリーな内容となっていることにも注意が必要だが、野党議員の間に確かな「反緊縮」の萌芽が現れつつある証左にもなるだろう。


写真 :薔薇マーク・キャンペーンの認定した49人の野党候補者

 筆者個人が、今回の参院選を通じて特筆すべき反緊縮の候補者と議員をあげるなら、国民民主党・玉木雄一郎代表、社民党・相原りんこ候補(神奈川)、立憲民主党・石垣のりこ候補(宮城)、そしてれいわ新選組・山本太郎代表(比例)だ。

 玉木雄一郎衆議院議員が代表を勤める国民民主党の公約では、児童手当を月額1万5千円給付、低所得の年金生活者に月額5千円給付、年収500万円以下の世帯に家賃1万円給付、法人税率の累進化、農業従事者への「戸別所得補償制度」の復活、科学技術への投資などを掲げ、財源としては国債の発行もあげている。同党の掲げる「こども国債」は非常に野心的な試みだ。また、玉木代表個人としては、国債発行を介して得た財源の財政支出先を建設事業に限定することに繋がる「財政法4条」の改定も視野に入れているなど、反緊縮派からの期待も大きい。

 社民党・相原りんこ候補(神奈川)は「反グローバリズム・反新自由主義・反緊縮」をキャッチコピーとし、国債発行を介した財政出動を掲げるなど筋金入りの経世済民派の人材だ。薔薇マークのアンケートには「消費税は5%に引き下げて将来は廃止をめざすべき」と回答しており、他にも政府による最低賃金1500円の保証、累進課税の強化、また最低年金保証制度の確立などを謳っている。おせっかいな筆者が6月に、日本で唯一のMMT教本として知られる中野剛志氏の『奇跡の経済教室』をツイッター上で薦めた際には、即座に購入し自身の政策に取り入れようと努力していただいたほど、国民の声を聞く能力にも長けている。

 立憲民主党・石垣のりこ候補(宮城)は、同党では唯一「消費税ゼロ」を掲げ選挙戦を戦う。7月13日付けの朝日新聞に「“消費税廃止" 反緊縮の芽か」と題された記事が掲載され、れいわ新選組・山本太郎代表と共に特集されるなど、リベラル界隈からおおいに注目される候補の一人でもある。この立憲の公約と乖離するようにも見える主張を貫く姿勢は、しばしば同党の支持者からも攻撃されるほどのハレーションをひき起こしているが、決してブレない姿勢が反緊縮派から支持される理由のひとつだろう。薔薇マークのアンケートには「大胆な財政出動をすべきであり、また、雇用調整として政府直接雇用を大幅に増大するべきと考えている」と答え、MMTのJGP(総雇用保証)的な考えにも触れている将来が楽しみな人材と言える。

 また、石垣候補の同僚となる立憲の落合貴之衆議院議員は、6月18日のBS11の報道番組にて「世界各国で(政府の)借金を増やしていくことにマイナスのイメージを持たなくなってきている。MMT的な考えで財政を積極的にやるべきだ」と発言し、MMTに理解を示しているが、立憲内部にも反緊縮の芽が育ちはじめていることが見て取れる。

 反緊縮財政、そしてMMTをもっとも理解するのがれいわ新選組の山本太郎代表だろう。山本氏は2016年頃より立命館大学の松尾匡教授を経済アドバイザーとして迎え、その反緊縮の経済政策に磨きをかけてきた。参院選前より続けてきた街頭演説では、モニター画面に各種経済指標を映し出しながら自身の経済政策を街場の人びとに訴えかけている。その動画の数々はYoutubeで軒並み数万回単位で再生されており、反緊縮派からの信頼も厚く、ネットユーザーにはMMTの体現者として認知されている。

 しかしながら、筆者が知る限り、山本氏は「MMTを参考にしている」等と発言したことはない。山本氏の発言や経済政策が、MMTの理論と合致する点が多くあるだけなのだ。

 松尾匡教授は、メディア等で「MMTは標準的なマクロ経済学だ」と繰り返し発している。

次のような主張は、よくマスコミなどでMMTの主張とされているが、これらの3派(ニューケインジアン左派・MMT・ポジティブ・マネー派)にも共通する、経済学の標準的な見方である。

・通貨発行権のある政府にデフォルトリスクはまったくない。通貨が作れる以上、政府支出に予算制約はない。インフレが悪化しすぎないようにすることだけが制約である。
・租税は民間に納税のための通貨へのニーズを作って通貨価値を維持するためにある。言い換えれば、総需要を総供給能力の範囲内に抑制してインフレを抑えるのが課税することの機能である。だから財政収支の帳尻をつけることに意味はない。
・不完全雇用の間は通貨発行で政府支出をするばかりでもインフレは悪化しない。
・財政赤字は民間の資産増(民間の貯蓄超過)であり、民間への資金供給となっている。逆に、財政黒字は民間の借り入れ超過を意味し、失業存在下ではその借り入れ超過は民間人の所得が減ることによる貯蓄減でもたらされる。

東洋経済: 「MMT」や「反緊縮論」が世界を動かしている背景

 MMTは、20世紀初頭に「貨幣国定学説」を説いたクナップからケインズ、ラーナー、ミンスキー、ゴドリーらの学説を体系的にまとめたものであり、その基礎は主にケインズ派の間で繰り返し語られてきた「標準的なマクロ経済学」なのだ。

 山本氏の経済政策や発言は、上記分類と殆ど一致する。付記するならば、山本氏は「統合政府論」(政府と中央銀行を一体のものとして一つのバランスシート勘定で捕らえる視点)にも言及し、さらに「公務員を増員し景気を安定させるべき」との発言から、JGP的な考えも踏襲していると見受けられ、MMTの議論をより広く網羅しているともいえる。逆に、上記にある「租税貨幣論」「国定信用貨幣論」のような考えに関する言及はないため、その部分はMMTからは外れるともいえるし、MMTの主要議論となる「内生的貨幣供給論」に関する言及もない。

 山本氏が今回の参院選で強く主張するのは「消費税の廃止」となるが、これは租税が「総需要を総供給能力の範囲内に抑制してインフレを抑えるためにある」とするビルトイン・スタビライザーの理論を深く理解していることに他ならない。子どもから病人にまで課税する消費税は悪税そのものであるし、不況期に増税するなどマクロ経済的にはもってのほかなのだ。

 サンダースやAOC(オカシオ-コルテス)は政治的な理念として経済を語ることはあっても、山本氏が街頭で語るように詳細に踏み込んで経済理論に言及することはない。その点がネットの経済クラスタから賞賛され、そして現在の「れいわ新選組ムーヴメント」を形成する一因となっているのだろう。反緊縮の経済理論を深く理解する山本氏ならではの語り口によって紡ぎ出される政策の数々は多くの人びとを魅了しているようだ。

 反緊縮理論を牽引する松尾教授と藤井聡・京大大学院教授が、去る7月16日と17日に、MMTのファウンダーで、サンダース大統領候補の経済顧問、また民主党の元主席エコノミストとしても知られるステファニー・ケルトン教授を日本に招聘し、シンポジウムを開催した。その様子がテレビ朝日の報道ステーションでも特集されることになった - これは日本のテレビがはじめてMMTをまともに扱った瞬間となる - が、いま、世間の目が反緊縮、そしてMMTに注がれていると感じる。

 現在の資本主義は、略奪型資本主義の構造を強化してきたといえる。世界各国の政府はサプライサイド経済学の論理に則り、グローバル企業や大企業のために規制を緩和し、下請け企業や労働者から搾取しやすい構造を作ってきた。強者による収奪のシステムだ。この世界的な弱肉強食の構造に反旗を翻したのが、サンダースやコービン、イグレシアスやサルヴィーニ、ルペンやメランションらAnti-Austerity(反緊縮)の政治家となるが、そのパラダイムシフトはこの国でも起こりつつある。
 搾取される全ての者が、「変革不可能」だと諦めていたこの国の構造が破壊されようとしている。
 今月21日に、その意志が試される分水嶺が来る。

Flatlines - ele-king

 驚きのニュースが飛び込んできた。〈Hyperdub〉が新たにスポークン・ワードとオーディオ・エッセイに特化したサブレーベル〈Flatlines〉を始動する。最初の作品は7月26日にリリース予定……とのことなのだけれど、それがなんと、2年前に亡くなった批評家のマーク・フィッシャーと、哲学者にしてサウンド・アーティストのジャスティン・バートンによる共同作品なのである。
 タイトルは『On Vanishing Land』で、イングランドの東部に位置するサフォーク州、その海岸線を散歩している場面を喚起させる意図があるようだ。生前フィッシャーはサフォークの風景について、小説家W・G・ゼーバルトの足跡をたどり直したグラント・ジーの映画『ペイシェンス(アフター・ゼーバルト)』を論じる文章のなかで、「場所についた染み」の観点から言及している(『わが人生の幽霊たち』をお持ちの方は324~331頁を参照)。
 サウンド部分にはウルトラヴォックスのジョン・フォックス(『わが人生の幽霊たち』にインタヴューあり)やガゼル・ツイン、バロン・モーダント(イアン・ヒックス)やエコープレックス(ニック・エドワーズ)、レイムなどなど、フィッシャーと近いところにいたアーティストたちの新曲が含まれているそうで、M・R・ジェイムズの小説『笛吹かば現れん』や映画にもなったジョーン・リンジーの小説『ピクニック・アット・ハンギングロック』(昨年末、創元推理文庫から邦訳が刊行)、さらにはブライアン・イーノのアルバム『On Land』を意識した作品になっている模様。
 最近はジェイムス・ブレイクザ・ケアテイカー、ブラック・トゥ・カムなど、立て続けにフィッシャーを思い出させる作品がリリースされている印象があるけども、あらためてUKにおける彼の存在の大きさを確認させてくれるニュースだ。

https://hyperdub.net/products/mark-fisher-and-justin-barton-on-vanishing-land

WXAXRXP - ele-king

 とんでもない企画の登場だ。今年で30周年を迎えるUKの名門レーベル〈Warp〉がオンラインでフェスティヴァルを開催、NTS Radio を占拠する──それも、100時間以上にわたって! 同レーベルからリリース経験のあるアーティストたちがミックスやライヴ・セッションを披露、未発表音源も放送されるらしい。やばい、めっちゃやばい。往年の〈Warp〉を支えてきたビッグ・ネームはもちろんのこと(LFO のトリビュート企画も!)、ガイカロレンツォ・セニニガ・フォックスケリー・モーランやエヴィアン・クライストなどなど、近年の実力者たちも勢ぞろい。やばい、めっちゃやばい。さらに、リストをよくよく見てみると……ウィンストン・ヘイゼル! フォージマスターズのウィンストン・ヘイゼルの名が!! やばい。めっちゃやばい……6月21日金曜の夜から24日月曜の朝まで、これは一睡もできませんね(日本時間)。って、さ、3徹!?

[6月21日追記]
 本日20時(日本時間)から放送開始となる「WXAXRXP」のタイムテーブルが発表された。スペシャル・ゲストとして坂本龍一、エイドリアン・シャーウッド、デス・グリップスらが参加している。これはすごい。詳細はこちらから。

wxaxrxp.net

WXAXRXP

6/21 (FRI) - 6/23 (SUN) on WWW.NTS.LIVE/WXAXRXP

APHEX TWIN ・ AUTECHRE ・ BATTLES ・ BIBIO ・ BOARDS OF CANADA ・ BRIAN ENO ・ DANNY BROWN ・ FLYING LOTUS ・ GAIKA ・ HUDSON MOHAWKE ・ KELELA ・ LFO (TRIBUTE TO) ・ MOUNT KIMBIE ・ ONEOHTRIX POINT NEVER ・ PLAID ・ SQUAREPUSHER ・ YVES TUMOR ・ !!! and more...

レーベルアーティストが勢揃いで名を連ね、100時間以上に及び Mix やライブセッション、未発表音源などを一挙放送!
合わせて〈WARP〉30周年記念ポップアップストアの6/29大阪 & 6/30京都での開催も決定!!

音楽史に計り知れない功績を刻み続ける偉大なる音楽レーベル〈WARP〉が、カッティング・エッジなキュレーションで音楽ファンから絶大な支持を集める「NTS Radio」とコラボレートし、レーベル設立30周年を祝うオンライン音楽フェス『WXAXRXP』を開催! 現地時間6月21日(金)~6月23日(日)の3日間に渡って行われる。日本での放送時間は6月21日(金)午後8時~。

エイフェックス・ツインや、フライング・ロータス、ブライアン・イーノ、バトルス、チック・チック・チック、ボーズ・オブ・カナダ、スクエアプッシャー、オウテカ、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーなど豪華なゲストが参加し、エクスクルーシヴ・ミックス音源やライヴ・セッション音源、映像、未発表曲、貴重なアーカイヴ音源など100時間以上に渡って一挙放送!

なお、『WXAXRXP』開催期間中に店内で〈NTS〉を放送してくれるお店には、本企画のオリジナル・ポスターをプレゼント!
詳細/応募は Beatink の Twitter にて。
https://twitter.com/beatink_jp/status/1139458407247671296?s=20

NTS.LIVE/WXAXRXP
UK時間:6月21日(金) 12:00 ~ 6月23日(日) 23:59
日本時間:6月21日(金) 20:00 JST ~ 6月24日(月) 7:59
WXAXRXP特設サイト:https://wxaxrxp.net

Featuring:
Aphex Twin • Autechre • B12 • Battles • Bibio • Boards of Canada • Brian Eno • Broadcast • Chris Taylor (Grizzly Bear) • Danny Brown • Darkstar • DJ Nigga Fox • Evian Christ • Flying Lotus • GAIKA • Gonjasufi • Hudson Mohawke • Kelela • Kelly Moran • kwes. • Leila • LFO (A tribute to) • LoneLady • Lorenzo Senni • Mark Pritchard • Mira Calix • Mount Kimbie • Nightmares on Wax • Oneohtrix Point Never • Plaid • Squarepusher • Yves Tumor • Winston Hazel (Forgemasters) • !!!

さらに、先週東京・原宿で開催された〈WARP〉ポップアップストアに続き、大阪&京都での開催が決定!!

目玉商品には「ニューシャネル」やYMOとのコラボTで知られる現代美術家:大竹伸朗によるデザインTシャツや、30周年記念オリジナルTシャツ、カルト的人気を誇るエイフェックス・ツインの輸入オフィシャル・グッズの販売、来日公演も昨夜発表され勢い止まらぬフライング・ロータス最新作『FLAMAGRA』グッズ、本レーベルを代表するオリジネイター、プラッドの最新作『POLYMER』グッズといった最新アーティスト・グッズに加え、アニバーサリーを記念して製作された数々の〈WARP〉ロゴグッズが登場!
その他にも、バトルス、チック・チック・チック、マウント・キンビー、ボーズ・オブ・カナダ、ブライアン・イーノなど、〈WARP〉を代表するアーティストのグッズや、レーベルの歴史を彩る数々の名盤のLP/CD などがずらりと店頭に並ぶ。

また、東京を拠点にするファッションブランド、F-LAGSTUF-F(フラグスタフ)の人気アイテムである完全防水仕様のナイロン・ポンチョに〈Warp〉ロゴを胸にあしらった特別仕様アイテムの受注販売も行われる(¥86,400税込:商品のお届けは9月末~10月を予定)。

WxAxRxP POP-UP STORE
開催日程:6/29 (土) ~ 6/30 (日)

大阪:6/29 (土) 11:00~19:00
W CAFE (大阪市中央区西心斎橋1-12-11-1F)

京都:6/30 (日) 11:00~19:00
LaCCU (京都府京都市中京区御幸町通六角下る 伊勢屋町335-1アップヒルズ227 1F)

【入場に関するご案内】
・開場以前のご来店・整列はご遠慮ください。
・当日の混雑状況に応じて、ご案内の方法が変更となる場合がございます。
・皆様に気持ちよくお過ごしいただく為、スタッフの指示にご協力いただきます様お願いいたします。状況により中止せざるを得ない場合もございますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40