Home > Columns > Politics > 黒船MMTが来航、開国を迫る。その時、日本の与野党は
選挙の夏、反緊縮の夏がやって来た。
私たちの代表者を選ぶ準備はできているだろうか?
4月のはじめにAOC(アレクサンドリア・オカシオ-コルテス下院議員)やMMT(モダン・マネタリー・セオリー=現代貨幣理論)、そして欧米の反緊縮運動についてのコラムを書かせていただいた。執筆時期は3月であったが、それから4ヶ月あまりが経って、日本の政治情勢にも大きな変化があったので、またこちらで報告させていただくことにさせてもらった。
4月初旬に前回拙コラムの掲載があった頃には、日本ではMMTに関する記事は中野剛志氏(元・京都大学工学研究科大学院准教授)によるものしか存在しなかったが、現在までに主流メディアから各雑誌に至るまで、あらゆるメディアが繰り返しMMTを扱うまでになった。それほどMMTという黒船は強烈で、物議を醸したことに他ならない。日本語の記事も充実してきたこともあるし、経済学の専門家でもない筆者が理論について語ることも憚られるので、少し違った視点からMMTと政治との関わりについて観測していきたい。
なお、MMTの理論について知りたい方は、上述した中野剛志氏をはじめとする反緊縮界隈で活動する三橋貴明氏、松尾匡氏(立命館大学教授)や一般社団法人「経済学101」の解説に触れていただくことをお勧めする。
7/16、7/17に来日公演を行うステファニー・ケルトン教授。MMTのファウンダーの一人、サンダース大統領候補の経済顧問として知られる。
さて、MMTが本家アメリカで取りざたされたのは、大統領候補のサンダース上院議員がステファニー・ケルトン(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校教授)を経済顧問に採用したことに始まるが、そのサンダースが創設したSanders Instituteによるインタビューで、ケルトンはサンダースとの初対面の様子を語っている。
民主党上院の経済顧問に就任する際、初めてサンダース会ったときに「貴方がもし私だったら、どういう政策を出すだろうか」と聞かれました。
私は、サンダースに見合うような、クールでスケールの大きなことを言わなければならないと思い、フランクリン・D・ルーズベルトの「Second Bill of Rights(第二権利章典)」の話を切り出したんです。
FDR(ルーズベルト)がやり残した仕事の話、つまり教育を受ける権利、医療保険を受ける権利、雇用保証を受ける権利の話をしました。
それは民主党の精神の核になる部分であり、私もずっと取り組んできたことでもありました。
経済には浮き沈みのサイクルがあり、どうしてもリーマンショックのような大不況が訪れることがあるのですが、そのときに失業に苦しむ人々をサポートし、経済復興を早めるための公的プログラムを備える必要があります。
失業者の最後の雇い手は国家でなくてはならないのです。
(上記は筆者による要約)
FDRは「Second Bill of Rights(第二権利章典)」を提案したその年に脳出血で死去してしまったが、そのFDRの”やり残した仕事”とは以下のような権利となる。
・社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利
・充分な食事、衣料、休暇を得る権利
・農家が農業で適正に暮らせる権利
・大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利
・すべての世帯が適正な家を持てる権利
・適正な医療を受け、健康に暮らせる権利
・老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利
・良い教育を受ける権利
このFDRの第二権利章典をアップグレードさせたものが、去る6月12日にサンダースがジョージ・ワシントン大学で「This Is The Time(時は来た)」と力強く語った「21st Century Economic Bill of Rights(21世紀の経済権利章典)」となる。これは、人びとが受ける権利は、基本的人権のみならず、誰もが経済的に自活可能な権利を自然に有するというものである。
サンダースの「21世紀の経済権利章典」は、MMTのJGP(Job Guarantee Program=総雇用保証)とも親和性の高いGreen New DealやJob for Allという政策も含まれる、数百兆円〜千兆円規模の巨額の投資プロジェクトとなるが、その政策の全貌は彼のウェブサイトでも明示されている。
FDRの44年のスピーチから引用しよう。”私たちは、真の個人の自由が、経済的保障と独立心と密接不可分な存在であるという事実を、明確に認識するに至った”
(中略)
私の政策とこのキャンペーンの核心は、すべて1944年にあります。
FDRは第二権利章典を提案した1年後に死去し、そのビジョンを実現することはできませんでした。
75年後の私たちの宿命は、ルーズベルトが始めたことを完成させることにあり、そしてそれが今日、私が”21世紀の経済権利章典”を提案している理由でもあります。
(中略)
私にとっての民主社会主義というものは、この国のすべての地域社会に政治的、経済的な自由を達成することにあります。
(中略)
1%の人々は莫大な富と権力を持っているかもしれないが、それは結局ただの1%にすぎず、99%の人々こそが共に立ち上がり、社会を変革させることができるのです。
- サンダース大統領候補(2019年6月12日 ジョージ・ワシントン大学にて)
米国では、MMTの「過度なインフレーションにならない限り、財政赤字は気にすることはない」とする議論に呼応するように、そしてトランプによる1.5兆ドルにも及ぶ巨額減税を含む財政政策に対抗すべく、サンダースをはじめとした民主党予備選挙に名乗りをあげる20人以上もの候補が、それぞれにグリーン・ニューディールや大学無償化、最低賃金15ドル、社会保障費の増額など、積極的な財政政策を競って掲げているが、その余波が我が国日本にも少しずつ届いているようだ。
4月以降、日本では中野剛志氏の記事を皮切りに、近い関係にある自民党の西田昌司参議院議員が4月4日の国会予算委員会でもMMTを扱い、黒田日銀総裁、安倍首相、麻生財務大臣に質問している。西田議員が、MMTの、主に貨幣論的側面にフォーカスを当てた質問の趣旨は以下の通りだ。
これ以上国債を発行したら引受け手がいない」といわれています。「引受け手がいなければ財政破綻してしまう」と。ところがそうではない。
政府が国債を発行して事業を行えば国内にお金を出すので政府の借金も増えるが、民間の資産預金も増えるんです。いつまで経っても破綻しないんです。
これまで、預金を集めて(政府は)借金すると思われていたのが、実際は借金するから預金が生まれる。
まさに天動説から地動説なんです。
いわゆるMMTの「万年筆マネー」や「Spending First」という概念についてとなる。今までの主流経済学では「国債は民間銀行の預金からファイナンスされている」と信じられていたが、MMTの貨幣観では、「国債発行を介した政府支出により、新たに貨幣が創造され、民間銀行から預金を借りているわけではない。このため国家は債務不履行になりようがない」ということになる。
西田議員の質問に対し、麻生財務大臣は「日本をMMTの実験場にするつもりはない」と一蹴し、安倍首相は「自国通貨建て国債はデフォルトしないというのは事実だと思う。しかしだからといって債務残高がどれだけ増えても問題はないのだろうか。財政再建は進めていきたい。MMTの論理を実行しているわけではない」と答えた。
このときの様子がロイターのWeb版でも扱われ、その記事にはケルトン教授までがツイッターで「消費増税と合わせた大胆な金融政策ですって? それに私たちを無知だと決めつけている。ご苦労様ですね(笑)」と皮肉と怒り交りに反応したほどだった。
以降、この予算委員会での質疑が発端となり、日本でもMMTインフレ-ションが起こり、また各所で物議を醸すことともなったのだ。
5月9日、この日の参議院・財政金融委員会での主役は自民党・西田昌司議員と共産党・大門実紀史議員の二人だった。西田議員が「政府が国債を発行すると民間銀行の日銀銀当座預金は減って、その分政府の日銀当座預金は増える。この認識は正しいか」と黒田日銀総裁に再三に渡り質問をするが、黒田総裁はまともに答えることなく質問時間が過ぎていった。しかしその後、西田議員に代わった大門議員の質問は圧巻であった。
大企業のための緊縮への反発がMMTブームを生んだが、虐げられた国民が反逆するのは歴史が証明している。”財務省は国民の敵になるな”と思う。
共産党は国債発行に関して“政府はお金使え、場合によっては借金してでも国民の暮らし守れ”ということです。
20年間、新自由主義、グローバリゼーション、規制緩和、小さな政府、緊縮や財政規律、そして社会保障を抑制しておいて増税して我慢しろと言うのか。
いままでの緊縮は、いったい誰のための緊縮だったのか。富裕層や大資本が逃げないために緊縮財政を押し付けてきたのではないか。
私は心情的にケルトン教授が好きだ。財務省の脅しに乗るよりは「統合政府論」を考えておいたほうがよっぽど良い。
西田議員の信用創造の話は当たり前のことを言っているだけだ。
筆者はこの質疑の後、大門議員本人にヒアリングをする機会に恵まれたが、やはり過度な国債発行により高インフレの状況になり、国民生活が毀損される可能性があることは危惧しているようだったが、「西やんとは貨幣に関する認識は8、9割は同じ」と発していたことは印象的でもあった。
極右とも称されることの多い西田議員と、極左と揶揄されることもある共産党の大門議員が、貨幣観に関して認識を同じくする現象は非常に興味深い。信用創造システムには右も左もないということだろう。
MMTの解釈を、貨幣観のみならずマクロ経済にまで拡げると、MMTは反緊縮派の人びとに引用されることが多い。ケルトン教授の日本でのシンポジウムにも参加する駒澤大学准教授の井上智洋氏は、6月の講演で「日本では左右で逆転現象が起きている。左派は財政再建派。これには”しっかりしろよ”と思う。逆に右派の方が日本経済のために財政支出しようとしている大きな政府主義。MMTは左派・社会主義に近いが 日本ではなぜか左派界隈から批判されている」と述べていた。
日本ではなぜか左右の逆転現象が起きている。それでは共産党以外の野党はどうだろうか。筆者が知る限り、MMTや反緊縮の経済政策を取り入れる議員は与野党ともに少ないが、その中でMMT/反緊縮財政をもっとも理解するのは4月に「れいわ新選組」を立ち上げた山本太郎議員である。
次回は、れいわ新選組・山本太郎代表、国民民主党・玉木雄一郎代表、社民党・相原りんこ候補、立憲民主党・落合貴之議員ら、反緊縮議員の発言を追ってみる。