Home > Reviews > Album Reviews > D.A.N.- Sonatine
傑作だった2016年のファースト・アルバム『D.A.N.』、それを上回る驚きのクオリティを見せつけた昨年のミニ・アルバム『Tempest』。そこから今回のセカンド・アルバム『Sonatine』までのあいだには、ふたつの魅力的なコラボレーション作品があった。ひとつは元キリンジの堀込泰行の"EYE"で、D.A.N.は楽曲提供と作詞の共作。もうひとつは今年12年ぶりに素晴らしいアルバムをリリースしたサイレント・ポエッツの"Simple"。こちらはヴォーカルの櫻木大悟がゲストとして歌と作詞を担当している。両方とも関わりかたこそ違うものの、質感的にはD.A.N.の音楽の発展形ともいえる堂々とした出来栄えで、かたや日本のポップス、かたや日本のクラブ・ミュージックを牽引してきた重鎮たちの音楽を尊重しつつ、D.A.N.の淡い色に浸して染め上げていたのは見事だった。
それに加えてアルバムからの先行シングルとしてリリースされた"Chance"と"Replica"の2曲がもたらした新たな感触にすっかり魅了させられたおかげもあって、いままでD.A.N.の曲のなかで存在感を放っていたスティールパンの音色が消え、代わりにシンセを多用してシフトチェンジしたこともさほど違和感なくすんなりと受け入れられた。このアルバムを聴くうえで重要なトピックだったと思う。
変化と不変の共存のアルバム。初っ端から"Chance"でグイグイと昇り詰めたかと思うと、"Sundance"は初期のハーバートを彷彿させるようなメランコリックなシンセが重なったディープ・ハウスな曲調で、お得意のミニマルなリズムがいわゆる低音のグルーヴはキープのままの状態でじわじわと進んでいき、……これはインスト曲か? と思わせた絶妙なところでファルセットが響く瞬間は、まさにD.A.N.の真骨頂という感じで堪らない。
続くインスト曲"Cyberphunk"では、歌があってこそだという評価をしてしまったことを取り下げたくなるほど、リズム隊がまるで水を得た魚のように自由に派手に遊んでいてタイトル通り刺激的。暴力的に暗く異彩を放つ中盤の"Pendulum"は、繰り返されるフレーズが渦を巻いておそろしく濃厚なカオスを生み出し、次の"Replica"のインディR&Bに接近した美しく儚い世界をより引き立ているのが素晴らしい。静寂を含んだダウンテンポなリズムに乗せて「呆れるくらい何もない ただそこに流れるBGM 繰り返す夜の狭間で 不意にさみしい」と歌ったフレーズだけで、誰がこの音楽を聴けばいいのかをはっきりと示しているし、今年上半期のナンバーワンに選びたいほどの名曲だと思う。
そして夜中に聴いたら泣くかもしれないほどドラマチックに浮遊していく"Borderland"でクライマックスに辿り着き、最後の"Orange"で温かくラフに終わりを迎えたあとには、月並みだけれど映画を観終えたような満たされた気分になるとともに、クールに見えた彼らの内側に燃えていた音楽への情熱にいまさらながら気付く。ちなみにソナチネ、と聞くとやはり93年に公開された北野武監督の同タイトルの映画を思い出してしまうのだけれど、思い出したついでに映画で使われていたテーマ曲をあらためて聴いてみると、浮遊感のあるシンセにうねるベースとパーカッションとピアノが絡んだミニマル・ミュージックで、このアルバムに入っていてもおかしくないような雰囲気を醸し出していた。関係があるのかどうかは定かではないが。
全体的な流れを重視した構成と、主張し合うだけでなくより歌を包み込むように配慮されたサウンドに磨きがかかり、その歌声はよりいっそう官能的に成熟して洗練されている。さらにファースト・アルバムの"Curtain"などでもその才能をほのめかしていたが、D.A.N.の音楽は音ありきでありながら歌詞も非常に面白い。ユーモアの効いた素っ気ない言葉の数々は音に乗ることで妙にロマンチックに変化し、耳に残らずに苦味だけをもたらして、ゆっくりとそのまま消えていく。まるで煙草の煙のように美しく。現行のエレクトロニック・ミュージックとクロスオーヴァーさせながらこんな風にルーツや愛着が透けて見える音を織り込んでバンド・サウンドに変換させ、さらっと自分たちの領域にスマートに落としこんでみせてしまうあたり、正直化け物なんじゃないかと思う。それもひどくいまどきの。これから初めて体験する人たちへの嫉妬心は抑えるとして、いちファンとして全ての音楽好きに聴かせたい作品だと躊躇もなく伝えたい。新しい音楽に出会うことや、好きなものに身を委ねること、それはつまり変化を恐れないことだから。
大久保祐子