「Low」と一致するもの

CAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI - ele-king

 福岡天神は親不孝通りを代表したILL SLANG BLOW'KER、その唯一となるセイム・タイトルは、マニア界隈において周知の名盤である。。元々は別個に活動するメンバーが集い、ワンボックス・カーで全国行脚を行うも、あるものはその土地に住み着くなどして、グループは離散。そうした逸話もまた、彼らの奔放さを表していていい話だし、この盤からもそんな人となりがなんとなく想像できる。生活臭のなかに入り混じった生のブルーズとでも言おうか。そんなものがパッケージされているからか、たまに聴き返したくなるときがある。CAMPANELLAとTOSHI MAMUSHIがタッグを組んで作った『キャンピー&ヘンピー』にはその作品を想起させるわずかな片鱗があった。振れ幅の広い、ひと癖あるトラックが並ぶなか、異なる話法を持つ語り手がひとつの世界観を作品に落とし込んでいること。高い熱量とクールな空気感が同居し、たえず常温を保つような、ほどよいドープさとチル加減。もちろん、ハイライトとなるいくつかのヴァースはスリリングだし、何より終盤を飾るCAMPANELLAのソロ曲"ナイト&ナイト"こそが、くだんの作品をもっとも強く思い出させる。煙の立ちこめる夜の音楽である。

 フリーのミックス・テープ『デトックス』をはじめ、ネット上で旺盛な音源リリース――MINTとJinmenusagi、daokoとの"ヒート・オーヴァー・ヒア"(リミックス)は必聴――を行い、粘着質のある独特のフロウが持ち味のCAMPANELLAと、抜けのいい声と小気味よいライミングでさすがは名フリースタイラーといったラップを披露するTOSHI MAMUSHIからなるこのコンビは、HIRAGEN、YUKSTA-ILLらを擁するTYRANT、MIKUMARI、ICHIBA SICKNESSが参加するグループ、HVSTKINGSとともに実体のつかめないTOKAI DOPENESS/NEO TOKAIという独自のコミュニティに属している。
 TOKAI DOPENESS/NEO TOKAIという言葉でまず思い出されるのは、かつて名古屋で絶大な人気を誇ったラッパー、TOKONA-Xの最初にして最後のアルバム『トーカイ×テイオー』。2004年、彼の早すぎる逝去以来、いまなお名古屋のヒップホップ・シーンには彼の存在が影を落としていて、そんなシーンの滞りに対するジレンマは確実に溜まりつつあった。そんな現状を打破するために新たに立ち上げた呼称がTOKAI DOPENESSであり、NEO TOKAIなのである。
 彼らの徹底した上昇志向とスキル絶対主義の姿勢は、もはや聴き手に共感とは別種のものを抱かせる。地域性に根差したコミュニティではない彼らが、口ぐちにレップしているのは架空の都市RACOON CITY。これが何のことかと言うと、(たしか)四日市辺りにある工業コンビナートのことで、遊び場にしているこの地域一帯が、夜間はイルミネーションに煌々と照らされる都市のように見えることから取ったそうだ(偶然ではあるが、親不孝通りもまた、実在しない名称である)。
 この集合体は、同じ地元を持つ絆の強い同胞......というより、純粋にスキルの高い個々の才能がひとつの呼称と指標を合言葉に集まったようで興味深い。やや話が脱線するが、2005年あたりからはじまったUMBのような、いわゆるフリースタイルの巧さを競ったMCバトルの開催は、ラッパー全体のスキルの向上・底上げだけでなく、点在するシーンを繋げ、活性化を促したという部分において、何よりもその後のシーンへの恩恵を感じさせる。

 『キャンピー&ヘンピー』の聴きどころはやはり、まったくスタイルの異なる両者のラップ。展開やトリッキーな韻の置き方や、オフビートにも動じない安定感。トラックの中核を成すのはどこか異国的な音像と繊細なエディット感覚が耳を惹くRAMZA、そしてCAMPANELLAとは共作のあるC.O.S.A。バウンシーだが揺れのある、変則的なリズムを刻む。ソウルフルな"ストリート・リンク"はTONOSAPIENSプロデュースで、他にも"チェス・ボクシング"など、完成度の高い曲が並ぶ。
 しかし、昨年リリースされたYUKSTA-ILLの『クエスチョナブル・ソウト』を聴いたときにも思ったことなのだけれど、現場感を作品にパッケージングすることはつくづく難しい。ライヴでは質の高い見応えのあるパフォーマンスも、作品としてのアルバムにうまく作用するとは限らないということだ。ことにラップ表現においては、言葉が直接的すぎるため、聴き手に息苦しい印象を与えてしまうきらいがある。『キャンピー&ヘンピー』というアルバムは、TOSHI MAMUSHIが淡々とラップを繰り広げる反面、醒めた酩酊感を伴ったようなCAMPANELLAがヨレや破綻を生むことで成立しているアルバムだと感じた。思えば、ILL SLANG BLOW'KERのあの作品が素晴らしいのは、ユルさやミスや悪ノリが閉塞感を脱するメソッドとして、明確に提示されていたからだった。TOKAI DOPENESSの今後がシーンの現状にどう影響してくるのか、ひとまず12/8に渋谷FICTIONで行われるリリース・パーティ(https://www.residentadvisor.net/event.aspx?427129)に足を運んで思いを巡らせてみたい。

vol.5 『Hotline Miami』 - ele-king

 みなさんこんにちは。一年は早いもので、もう年末です。海外ゲーム市場も10月~12月はホリデー・シーズンといって、その年の目玉を中心に、数多くのゲームが集中的にリリースされる時期です。当然ゲーマーとしてもいまは一年でいちばん遊びまくる時期。それもあってこれから数回は新作を連続で紹介していくことになりそうです。

 今回ご紹介するのは10月にPCゲームとして発売された『Hotline Miami』。知り合いに薦められて遊んでみたのですが、これがすごく良かった。ゲームプレイ、物語、ビジュアルや音楽ともに文句なしで、今年遊んだなかでも屈指の満足度でした。ただ暴力表現が激しい作品なので、そういうのが苦手な人は注意です。

 この『Hotline Miami』は区分としては前回ご紹介した『Fez』と同じくインディーズのゲームなのですが、『Fez』がいわばインディーズ内におけるメジャーな立ち位置なのに対し、本作はインディーズ内においてもマイナーな存在と言えるでしょう。かくいう自分も本作を開発した〈Dennaton Games〉なんて知らなかったし、同スタジオの中心人物のひとり、“Cactus”ことJonatan Söderström氏のことももちろん知りませんでした。

  Cactusはスウェーデンで活動するゲーム・クリエイター。猛烈な多作ぶりで知られており、その数なんと40作以上! とはいえ、それらには一般的な意味での作り込みは皆無で、とにかくワン・アイディアのプリミティヴなゲーム・デザインをそのまますばやく形にすることを信条にしているのだとか。彼の公式HPを訪れると、荒削りのドットと極彩色で形成されたゲームの数々に触れることができます。


Cactusの過去作の映像。後の『Hotline Miami』につながるセンスを感じさせる。

 もっともこれまでの知名度はインディーズ・ゲーム界でも知る人ぞ知るという感じで、大舞台に出てくることはなかったようです。しかし今回の『Hotline Miami』の開発では、かつて上記映像にもある『Keyboard Drumset Fucking Werewolf 』をともに作ったDennis Wedin氏と合流し、〈Dennaton Games〉を設立。パブリッシャーにDevolver Digitalを据えて、満を持しての商業デビューを飾ったのです。

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■現代に蘇った暴力ゲーム

 そんな経緯から生まれた『Hotline Miami』は、これまでの下積みの厚さを感じさせるすばらしい出来栄えです。とくに過去作で多々見られた極彩色のエフェクトと偏執的な作風が、「80年代風サイコスリラー」というコンセプトに結実しており、その明快さが全体の完成度の高さにつながっていると言えます。今回はそれをさらに暴力表現、ゲームプレイ、物語の3点に噛み砕いて見ていきましょう。

 ゲームのタイプとしては8ビット・スタイルの見下ろし型のアクション・ゲームで、ひたすら敵を倒していくだけのシンプルなもの。この部分だけ抜き出して見れば、凡百のレトロ調インディーズ・ゲームと大差ありません。しかしながら血出まくり・惨すぎ・殺しまくりな猛烈なヴァイオレンス表現は近年見ない異質なもので、さらに眩いネオンやゆらゆら揺れるエフェクト、それにハイテンションな音楽が加わると、その体験はまさにサイコ或いはドラッギーという形容詞で言い表す以外にない強烈なものとなります。

ゲーム序盤の様子。ハイスピードで展開されるゲームに血とネオンと音の洪水。

 このような作風を見て真っ先に思い出すのが、かつて〈Rockstar Games〉が開発した『Grand Theft Auto: Vice City』か、あるいは『Manhunt』という作品。とくにタイトルからして物騒な『Manhunt』はスナッフ・フィルムの都市伝説をゲーム化した作品で、残虐な方法で敵を殺せば殺すほど高得点が得られるという狂った内容。シチュエーションから映像表現、ゲーム性まで『Hotline Miami』が影響を受けていることは明らかです。


『Manhunt』より。いままさに人を狩らんとするところ。ここから先はグロ過ぎるのでお見せできません!

 少し話が逸れますが、この手の作品は暴力ゲームと呼ばれ、ひと昔前までは少数ながらつねに存在していたジャンルです。しかし発売されるたびに世界各国で発禁処分になったり、ゲームは犯罪を助長する云々の論争の槍玉に挙げられたりと、なにかと物議をかもすジャンルでもありました。

 ここにはゲーム表現の限界や、超えてはならない倫理の壁といった命題がつねにあり、単なる愉快犯的な作品もあれば(大半はそれなんだけど)問題提起的な側面を備えた作品も存在して、独特の熱さがあったのです。ただ近年はそういった従来の事情とは別に、元々のニッチさが開発規模の巨大化の割に合わなくなってきたという商売上の問題から、廃れてきてしまっているように思えます。

 〈Rockstar〉もいまでこそ落ち着いた感がありますが、かつては『Manhunt』にしろ『Grand Theft Auto IV』以前の同シリーズにしろ、容赦ないセクシャル&ヴァイオレンス表現の常習犯だったのです。ただ〈Rockstar〉の場合はそんな暴力表現のなかに、いまの作風にも見られるセンスの良さが共存していて、それが独特の魅力やブランド性をかたち作っていました。

 『Hotline Miami』はそんな途絶えつつある文脈の上に立っている作品です。パッと見こそ荒削りの8ビット調ですが、それでも過剰な暴力は確かに表現されており、むしろ見た目の抽象性があらぬ想像力を掻き立てさえします。そして数々のエフェクトと音楽、80年代風で妙にハイ・テンションな雰囲気が織り成すインモラルなクールさは、まさにかつての〈Rockstar〉を引き継いでいると言えましょう。

■目くるめく殺しのルーティン・ワーク

 暴力ゲームと呼ばれるものは、実際のところそのセンセーショナルさに頼ってゲーム性をおざなりにしてしまったり、暴力表現の必然性の証明、ゲーム・プレイとの一致という部分で問題を抱えることが多いです。しかし『Hotline Miami』はその命題に、たしかな完成度と巧妙なトリックで応えています。

 本作のゲーム・ルールについて改めて説明すると、これは建物内にいる敵を倒していくアクション・ゲームで、プレイヤーは敵の落とした近接武器や銃器をとっかえひっかえしながら殲滅を目指します。具体的な様子は前項の映像にあるとおりで、幕間の日常シーンを含めても1ステージ3分に満たない、非常にハイ・スピードでインスタントなゲーム性が特徴です。

 ただしそれはノー・ミスでクリアできればの話であって、よっぽど慣れた人でもないかぎり、まずゲーム・オーヴァーになりまくります。なにせ敵の攻撃はすべて一撃死。反応もはやいし、複数人固まっているのが普通なので、何も考えずに突っ込めば間違いなく死ぬし、考えてもやっぱり死ぬ。


殺っては殺られてまた殺って・・・

 なので、プレイヤーは幾度となくゲーム・オーヴァーになりながら敵の配置を覚え、パターンを構築してクリアを目指すことになります。こういうゲームを一般的には”覚えゲー”と言いますが、クリア時の達成感とゲーム・オーヴァーの連続によるストレスとのさじ加減が難しいゲーム・システムでもあります。

 しかし本作はチェック・ポイントの感覚が絶妙で、且つやられても本当に一瞬、0.5秒ぐらいでやり直せるのがうまいストレス緩和になっていますね。敵を倒すのが爽快なのも、リトライのモチヴェーションになってくる。

 また敵を倒すというシンプルな目的ながら、発見されずに近づくというステルス要素もあれば、見つかった後どう捌くかというアクション要素もあり、そのアクションも近接武器を使うか銃器を使うかで事情はまったく変わってきます。そして何よりこれらがハイ・スピードなゲーム・プレイのなかで渾然一体となっているのがとてもおもしろい。

 ステルスとアクションのハイブリット作品というのはいまではなんら珍しいものではありません。ただ僕がいままで遊んできた作品はどれも、敵に見つかるまではステルス、見つかった後はずっとアクションという具合に、両者の境界とゲーム・プレイの差異は明確に線引きされていました。

 しかし『Hotline Miami』にはそのゲーム・プレイがシフトする境界というものがありません。と言うよりも目まぐるしく変わりまくる。映像を見ていただくとわかりますが、敵への接近から攻撃までが本当に一瞬の出来ごとで、ステルスしている1秒後には殴り合いになり得るし、さらにその1秒後には倒した敵の銃を奪って遠方の敵を狙い撃っていることも普通にあるのです。これらが継ぎ目なくシームレス移行しつづけていくゲームというものは、いままでにない体験でした。

 当然、操作中はなかなかの忙しさになるので、パターン化が重要になってきます。敵を殺しまくっては殺されて、より最適なパターンを導き出すため、さらに殺して殺されまくる。殺されまくってイライラが募ろうとも、それさえも糧にして再び挑む。それだけの中毒性が本作にはあるのです。

 そしてこの何度もリトライをする、せざるを得ないゲーム・メカニックが、じつは本作の物語、ひいては暴力表現の正当化につながる巧妙なトリックにもなっているのです。

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■『Hotline Miami』はプレイヤーを道づれにする

 なぜ何度繰り返してでも殺しをつづけるのか、その果てに何を求めているのか、またなぜ何度も繰り返すことができるのか。これが『Hotline Miami』の物語における、重要なテーマになっています。

 本作の物語開始時の設定は、ガール・フレンドを殺された主人公が復讐のため留守番電話の謎のメッセージに従いながら、暗黒街の殲滅を行っていくというもの。しかし程なくして殺されたというガール・フレンドとの出会いの場面が出てきて(上記プレイ動画の後半)設定に矛盾を感じさせたり、中盤以降は日常パートで頻繁に幻覚が出てくるなど混迷の色を濃くしていきます。


ステージ前後に挟まれる日常パートはストーリーを読み解く重要な場面だ

 その末にどのような結末をたどるのかは、ネタバレになるのでここでは書くことはできません。しかしたしかに言えることは、主人公が終始抱いていた復讐願望に、何度リトライしてでもクリアしたいプレイヤーの願望が重ね合わせられている節があるということですね。

 要はプレイヤーは主人公の共犯者に仕立て上げらてしまうわけです。本作は主人公のことを最終的に哀れで空虚な存在として描いている。それはつまり、クリアを妄執するプレイヤーのことをも同様に断罪しているのです。否定しようにも、何度もリトライを重ね、その度に暴力が振るわれることを是認し、その末にクリアしたという事実が言い逃れを許さない。お前もこの主人公と同じ、妄執に生きる哀れな存在だ、このゲームの暴力に意味があろうがなかろうが、ここまでクリアした時点でお前に意見する資格はないんだ! という具合です。

 容赦なくプレイヤーの努力を踏みにじるこの結末は、かつての『BioShock』でAndrew Ryanに対峙する場面、あるいはもっと古い作品なら『たけしの挑戦状』でクリア後に「こんなげーむにまじになっちゃってどうするの」と言われることに匹敵するメタな手のひら返しと言えましょう。

 それでも、いやそれだからこそ、僕はこの作品の物語が好きなんです。プレイヤー自身を当事者として巻き込んでしまうこと。これはゲームでしか成立しないストーリー・テリングのひとつです。それも丁寧なお膳立てをしてプレイヤーに能動的に没入させるのではなく、プレイヤーの無意識に働きかけて気づいたときには取り込まれてしまっていた、という状況を作る。これは相当至難の技のはず。僕も本作の仕掛けに気づいたときには、これは一本取られたと、痛快な気分になりました。

■まとめ

 傑作です。恐らく暴力表現とゲーム・プレイがひとつでもわずかに欠けていたら、本作の物語は成立しなかったことでしょう。それは他ふたつの要素を個々に見ていった場合でも同じです。暴力表現、ゲーム・プレイ、物語の3本柱がそれぞれを絶妙に補完し合い、それが”80年代風サイコスリラー”としての総体を抜群の完成度でかたち作っています。

 いまさらですが唯一欠点らしきものを挙げれば、ステージ・クリア後に手に入るマスクや武器の性能がイマイチ差別化できていないことが挙げられますが、そんなの些細な枝葉の要素に過ぎません。根幹のデザインが非常に優れているため、小技に頼らなくても十分すぎるほどおもしろい。この点は小技に頼りすぎで根幹が空っぽな最近のメジャー・ゲームはぜひ見習ってほしいところ。

 過激な表現の数々から、人をものすごく選ぶ作品なのは否定できませんが、最近の主流のゲームにはないアナーキーさを求めている人、または単純に完成度の高いゲームを求めている人に強くお薦め。このレヴューでひとりでも多くの人に興味を持っていただければ幸いです。



ICHI-LOW (Caribbean Dandy) - ele-king

偶数月第二月曜@The ROOM、奇数月第四火曜@虎子食堂等々のレギュラーでCaribbean Dandyはプレイ中。その他個人活動はTwitterの@ICHILOWをチェックしてください。

X'mas間近で毎年ヘビロテのアルバムの中からベスト10


1
JOHN HOLT - Happy Xmas (War Is Over) - Trojan

2
JOHN HOLT - Last Christmas - Trojan

3
JOHN HOLT - A Spaceman Came Travelling - Trojan

4
JOHN HOLT - Santa Clause Is Coming To Town - Trojan

5
JOHN HOLT - White Christmas - Trojan

6
JOHN HOLT - Blue Christmas - Trojan

7
JOHN HOLT - I Believe In Father Christmas - Trojan

8
JOHN HOLT - Auld Lang Syne - Trojan

9
JOHN HOLT - Lonely This Christmas - Trojan

10
JOHN HOLT - My Oh My - Trojan

interview with kuki kodan - ele-king


空気公団 - 夜はそのまなざしの先に流れる
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 新しいことをやっていると思っていたら、「70年代が帰ってきた」と言われた......山崎ゆかりと空気公団は、はじめからある種のズレを抱えて年を重ねてきたようだ。今年で第一期結成から15年になるが、ベテランという風格も古びた様子も感じられない。特定の世代から支持を受けているというふうでもなく、どちらかといえば考え方やライフ・スタイルを同じくする人々から愛されるバンドであるように見える。実際のところ、彼らの音楽はとくに新しいわけでも古いわけでもない。そうした価値観の外で、自分たちが大事にしているものに正直に、忠実に制作しているという印象がある。自分を表現することから一歩引くこと、引いた部分に人を引き入れること。そのような音楽のあり方を空気公団は大切にする。おそらくそのために新しいものからも古いものからも少しずつズレるのだろう。彼らは、そのズレさえも大切に思っている。

 今月、空気公団は新作となるフル・アルバム『夜はそのまなざしの先に流れる』をリリースする。先を読んでいただければわかるように、本作は独特の録音スタイルとコンセプトによって組みげられた意欲作だ。筆者のようにこれまで彼らの音をそれほど耳にしてこなかった人も、この冒頭1曲ばかりは足を止め、手を止めて集中せざるを得ないだろう。なにも難しいものではない。むしろ人が自然に耳をひらくことをうながすべく録られた音である。詞があり曲があり、そこに人がすっと入っていけるように隙間(=ズレ=空気)がつくられている。むしろこの「隙間」をどうつくっていくかということに思念をこらした作品であるとさえ思われる。
一種の公共空間を設計することが、ポップスの役割かもしれない。たくさんの人間の思いや気持ちをのせられる無限容量の共用スペースを、そのときどきに様々に生み出してきたのがポップスではないのか。......一方では「初期ユーミン」などと形容され、また一方でクラムボンやキセルに比較され、筆者自身は美術館で演奏したりするアート寄りなバンドだと思っていた空気公団は、そのどれからもズレながら、あくまで自分たちのやりかたでポップスの限界を押し広げている。

天空橋から

どうやって録音しようかと話していたときに、じゃあ空気を録音するっていうのをもっとメインに考えていこうってなって。それでライヴをそのまま録るというところにたどりつきました。

今作『夜はそのまなざしの先に流れる』の1曲目なんですが、これはすごく長い導入部を持ってますよね。

山崎:そうですね、はい。

この長さ、このパート自体が、アルバムというものの時間性ではないなというふうに思ったんです。この奇妙な感触や尺はなんなんだろう、っていう。そのとき、この作品が演劇とともに演奏されたライヴ録音であるということの意味が立ち上がってくるように感じました。

山崎:ああ。

おそらくそれって、この「天空橋」っていう場所を舞台に立ち上げるために必要な時間だったんじゃないか。あのパートはきっと、なにかパフォーマンスが行われていた部分なんですよね?(※1

山崎:あれは、もともとセリフを入れてた部分なんですよ。あとでセリフをカットしたんです。

ああ、そうなんですね。

山崎:そこは津軽弁で物語の筋書きをしゃべってたんですが、カットしたといういきさつです。

全体の録音から、声だけきれいにトリミングしたということですか?

山崎:いいえ。あのオケははじめに録ってあったもので、それに合わせてしゃべってるんですよ。だからあとから声だけ取っ払ったかたちになります。物語の説明なんてべつにいいか、ということになりました。

なるほど。すごく不思議な感触がありました。生演奏でも編集作業でもなくて、もっとべつの力の作用によって成り立った空間だっていう感じがすごくしました。ナレーションがあったということは、アルバムにはなにか設定があったということなんですか?

山崎:いつもまずコンセプトを考えてからアルバムを作るんです。今回は、「人に穴があいている」っていうことを発見して、その穴が何なのかっていうことを探しに行くところからはじまっていて(※2)、それを導入で説明しているんですね。演劇が入ってくるっていうことも念頭にあったので、そうなると歌以外の部分も大切になるな、とは思っていました。それで最初の部分は長く取っています。あれを1曲めにするっていうのはみんなに反対されるかなと思ったんですけど、意外にアリになりましたね。

演奏自体もプログラムの冒頭だったんですか?

山崎:そうですね。曲順通りに演奏してます。

あ、そうなんですね。なんというか......フィールド・レコーディングっていう言葉は、自然の音とか、音楽という意図で編まれていない音を録音することを指しますけども、この冒頭の演奏は、この日のステージをフィールド・レコーディングしたもの、という感じがしました。ちゃんと音楽として組織された音なんだけれど、それが鳴っている場所自体を、ひとつの自然として記録したというか。

山崎:もともとあの部分って、コードしかなかったんですよ。コードだけをひたすらみんなに聴かせる。演奏する人たちとは、「ひとりフレーズをやったら、それにつながるフレーズをまたべつの人がやるというふうにしよう」ってそれだけ決めてました。なので、最後のほうになるとワン・フレーズみたいになって楽器が3つ分重なる部分があると思うんですけど、最初はそれをわからないように演奏しています。パーカッションはその場のノリです。まあ、みんなその場のノリでやってるんですけど......基本的には「天空橋」っていうキー・ワードしかないっていう状態です。あとは、パフォーマーがいるんだ、歌詞はこれだ、これは録音されてるんだ、っていう情報だけは共有されていて、みんなそこから想像してやっています。

「天空橋」っていうキー・ワードはどこからきたものなんですか? あえてそこは明示しない感じでしょうか?

山崎:「天空橋」って言ってますけど、天空橋って行ったことないんですよ。

あれ? 実在する場所なんですか?

山崎:羽田空港の近くですよ。

あー! あるかもです。

山崎:曲を作っているときに、ふと「天空橋に」って言葉が口から出てきて、あれ、天空橋って何なんだ? って思って、自分で調べたら、なんか駅があるらしい。特に場所の設定として天空橋がいいって最初から決めてたわけではないんです。

明確な設定もないし、イメージもとくに統一しないし、天空橋が実在すると知らない人もいるかもしれないくらいのあいまいなキー・ワードだったんですね。

山崎:そうですね。

ライヴ盤とライヴ録音のコンセプチュアルな違い

ライヴ盤......っていうかライヴのときのテンションがあまり好きではないんですよね。なんか、作品を作るっていうよりはその場のお客さんを楽しませるという感じとか。そのちょっとした余裕が生まれている感じがあんまり好きじゃないなって思うんです。

はあ、なるほど。そういういろんな偶然性をはらむような、ライヴ録音というスタイルでこの作品を録ろうとされた意図はどんなところにあるんでしょう?

山崎:いつも空気公団って、録音をメインにしているんですよ。で、手紙みたいに1年に一回はぜったいアルバム出したいなって思ってるんです。次はどうやって録音しようかと話していたときに、じゃあ空気を録音するっていうのをもっとメインに考えていこうとなり、それでライヴをそのまま録るというところにたどりつきました。

でも「ライヴ盤」ではないわけじゃないですか、これは。

山崎:ライヴ盤......ライヴのときのテンションがあまり好きではないんですよね。知ってる曲を演奏するから楽しいし、やり慣れているっていう、そのちょっとした余裕が生まれている感じがあんまり好きじゃないなって思うんです。それで、もうちょっと作品を作っている感じにするために、新曲を演奏しようと考えました。といって、ステージでやるわけだから、録音してる様だけを見せるというのもどうなんだって気もました。音楽をもうちょっと立体的にみせられる方法を思い浮かべたときに、演劇かなと。

へえー。どういうふうにポスト・プロダクションを加えていったんでしょう。8割9割そのままだってことはないんですよね?

山崎:8割9割......そうですよ。ベーシックは全部そのままで、ほとんど差し替えはしていないです。全部録ったあとで、間違えた音を録り直さなきゃね、とは言っていたんですけど、スタッフも「べつにやり直さなくてもいいかもね」とのことだったので、じゃあこれにしようかと。

劇の人たちのズシン、バタン、みたいのは聴こえないですね。

山崎:そこはカットしました。

あ、そこもライヴ盤とはちがう性格のものだって感じがします。スタジオ録音ではないんだけど、スタジオ録音的な作品として完成させようとされている。それは、その場にあったことをそのまま記録しようというライヴ盤とはちがいますよね。そのあたりの差がしっかり考えられて作られていると思いました。

山崎:生(ナマ)なんだけど「生」感を消してるんですよ。だけど、演奏してる人の気合い自体は生というか。歩き回ったりしてますしね。ドラムは囲いで録っていて、スネアなんかも曲によっては替えたかったんだけど、それはできなかった。

前作にあたりますかね、『春愁秋思』のライヴ盤があるじゃないですか。あれとかはヴィデオ・カメラの粗悪な音も積極的に活かすかたちですよね。要は、そこにそういう場所があった、そういう音楽が鳴っていたということのリアルな記録や証拠みたいな性格のものだと思うんです。そういう、ライヴ盤らしいライヴ盤である前作の方法から得たこととか、今作につながった要素があればうかがいたいんですが。

山崎:やり方はいろいろあるってことですね。スタジオでひとりずつ、ドラム録って、ベース録って、っていうやり方じゃなくても録れるし、そういう機械も増えてる。もっとクリアに録って......みたいな欲求も生まれてくるのかもしれないですけど、あんまりそういうのないんですよ。あんまり分離のいい音すぎるのもどうかと思うし。言い方が難しいですよね、「ライヴ録音」っていうのが適当なのか......

ライヴの緊張感をうまくスタジオ・アルバムの単位に落とし込んだような、新鮮な方法ですよね。

山崎:お客さんも緊張してて。1曲めの後なんかも、ふつう曲の終わりとかに拍手があったりするじゃないですか。曲の終わりがわからないというのもあるけれど。でもこれの場合は誰かがパチって叩いて終わった、みたいな。

なるほど。そういう、仕組まれた音が鳴ってるのに環境として録っちゃうというような、コンセプチュアルな仕掛けがあるような気がしておもしろかったです。資料には、山崎さんのことをシンガーとかソング・ライターとかじゃなくて「アルバム・コマンダー」って書いてあったんですけど......

(一同笑)

(笑)そういうコンセプト込みでの指示を出すシンガー・ソング・ライターをうまく呼び表す言葉がなくて、そう表現したのかなあと思いました。言いたいことはすごくわかります。

山崎:3人は空気公団なんですけど、3人だけが空気公団じゃない。そういうところから来てますかね。

山崎さんは、すごく若いときに朝の音を毎日ひたすら録音してたんだという記事を読んだんですよ。

山崎:(笑)

そういうときに音に映り込むものってなんだろうなと考えると、ちょうどこのアルバムの全体の音が、それを人工的に再現した感じに近いのかなと思いました。             

山崎:ああー。

※1...2012年7月6日、日本橋公会堂にて『夜はそのまなざしの先に流れる』が開催された。舞台上では演劇ユニット「バストリオ」による演劇が繰り広げられ、アルバム収録曲すべてが初演奏された。新作『夜はそのまなざしの先に流れる』はこの公演の録音をもとに制作されている。

※2...
いつもの帰りの電車で
ふとあることに気がついた
それは「穴」であり
わたしはそれが何なのか
ぼんやりとわかるが説明できない
これは何であるのか
人々に「穴」があいている
そこからいつもとは全く違うルートで
目的地を目指す
その道すがら思考する
この「穴」は何であってどこに続いているのか
目的地には知らなかったわたしがいた
(『夜はそのまなざしの先に流れる』プレス資料より)

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4層の物語

昔は30テイクとか40テイクとか録って、そこでいいものができれば「ああ、よかった~、録れたよ」って感覚もあったんですよ。けど、重ねていけば重ねていくほど、自分だけが深くなって、まわりとの距離がどんどん広がっていくんですよね。


空気公団 - 夜はそのまなざしの先に流れる
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音響的なものに対する感性や感度の一方で、詞も気になるところです。1曲めばかりで恐縮ですけど、「いつもの通りを抜けてみたら/知らないふたりに/会える気がする」の「知らないふたり」ってなんだろう、ってちょっとびっくりしましたね。「知らない人」とか「知らないあなた」なら予想の範疇なんですけど、「知らないふたり」って単位は何なんだろうと。

山崎:はは(笑)、そうですか。

発話主体からみて、「知らないふたり」ってどんな存在なんだっていう。

山崎:ヴォーカルはナレーションになればいいと思っていて。歌っている人がいるとその人が主人公みたいに見えますけど、じつはその人じゃないんだっていう感じがいちばん好きですね。だからかなあ。

人と人との関係をみていきたいっていうようなことですか?                     

山崎:どうなんでしょうね......。書いてるときは、その「ふたり」っていうのは、自分とこれから会いにいく人っていうイメージだったんですけどね。いままでの自分と君じゃない、まったく新しいふたり、っていうような。

ああ、なるほど。すごく俯瞰の視点ですねえ。この詞の前には「誰かを待つ人/探して見つけた人/抱き合う別れる人/会えなくなる人」っていう、いろんなカップリングを暗示する描写があるので、そういう関係性自体をみつけようとしているのかとも思ったんですが。「あなた」じゃなくて、関係に自分の気持ちが向かうのはポップ・ソングとして変わってますよね。

山崎:そうやって言われるとなんか、書いてよかったなあって(笑)。えーと、手前にドラムがいて、奥にベースがいて、向かって反対側に、前から順にギター、キーボード、わたし、と......まあ、横に3列になっているんですが、その3列のあいだを4本の帯として、それぞれの帯でバラバラの物語が展開されているんですよ。

あ、へえー。

山崎:4つの線のそれぞれにパフォーマーがいて、異なる線の人同士はたがいに挨拶することもあるんだけど、基本的にはそれぞれの線の上で世界が完結している、っていうのがバストリオの今野さんが考えていた。今野さんに「ここはこういうことを言っているから、こんなふうにやってくれる?」みたいな指示は全然してないんです。音楽って顔がないから、その顔になり得るような何かがほしい......音楽の世界を立体に見せてほしい、みたいなことは言いましたけど。

音はみなさんあらかじめ聴いてるんですよね? 脚本ではなくて、音を聴いておのおのの解釈で動くって感じですか?

山崎:一度、稽古を見に行ったんですよ。そしたら男女でペアを組んで、それぞれにお題が与えられて、そのお題をどう表現するかということを話し合っていたんですね。歌詞の意味ではなくて、歌詞に出てくる単語をお題? として。たとえば「角部屋」のチーム。「角部屋」って歌詞に出てくる言葉なんですけど("あなたはわたし")、それをどう表現するかというのをペアで表現し、そこで出てきたものを今野さんが「これはいいね、これは使おう」って決めてました。

なるほど。それで、その4組は舞台は同じだけど、それぞれに違う次元のストーリーを同時進行していると。

山崎:歌詞もそうなんですけど、全部を言い切っていないんですよね。間(あいだ)が抜けてるって言われたことがあって。それぞれの行をレイヤーとして見ると、今回の4つの線も同じで、4面の層になっている。今野さんがやろうとしていたのは、その4枚が重なったときに見える色があるっていうことなんですよね。たとえば。

へえー。実際すごくコンセプチュアルに組み立てられたステージだったんですね。ステージの上から見ててどうでした? 音との絡みとか。

山崎:あんまり見てる余裕がなかったですね。曲間とかクリックもあるし、どこから誰が入ってきてというのもヘッドホンで確認しながらだったので......ほぼ録音と同じでしたね。リハーサルは当日だし、通しの稽古もあったんですけど音は出してないんです。音だけの最終リハーサル時の録音を流しながらバストリオの8人が踊っていました。本当に、初めてのものを作る、という感じでしたね。

緊張感はみなぎってますよ。

山崎:あんまりにも緊張感のあるアルバムってどうなんですかね? 演奏している側には踊っている人の動きが見えてるものだから、やっぱり自分のなかに入り込むというよりは、出すって感じが強く働いてて、すごく音が太いんです。だから差し替えられなかったんですよね。

あ、後から録り直したものとテンション的に違ってて、差し替えられなかったと。

山崎:そうそう、同じにはならなかったですね。

「空気」というキー概念――結成を振り返る

ライヴハウスとかもみんな大体壁が黒いですけど、ここで絶対やらなきゃいけないのか? というようなことも、観ていくうちに考えるようになって。ライヴをして、お客さんを増やしていって......っていうのではないやり方があるんじゃないかなあ、と。

へえー。ライヴ盤の話ももうちょっと聴きたいんですよ。ヴィデオ・カメラの録音も採用するというのは、演奏された音をいかに精緻に録るかというのとはまたべつの意図があるからですよね。音自体ではない、あるなにかを録ろうとしているわけで。

山崎:いい空気かどうか、ということを基本に考えてますね。もちろんいい機材があればそれで録りますけど、毎回揃えられるわけじゃないし。やっぱりあるんですよ、すごく空気が濃いときが。澄んでるというか。あと、一気に丸くなるとき。お客さんとか自分たちとか場所の空気がうまく噛み合うと、すごく大きい、丸みたいになるんですよ。どんな録音のときでも、それはアルバムに入れたいなと思います。

そのときその場所でしか生まれなかったというような、体験の一回性みたいなものを記録したいということですよね。でも、そこで聴いていたファンだけが買えばいいというものでもないわけじゃないですか。

山崎:そうですね。昔は30テイクとか40テイクとか録って、そこでいいものができれば「ああ、よかった~、録れたよ」って感覚もあったんですよ。けど、重ねていけば重ねていくほど、自分だけが深くなって、まわりとの距離がどんどん広がっていくんですよね。そうじゃなくて、一気に録ろうと。いいものを出そう、出そうとするのではなくて、自分がいま思ったこと、感じたこと、それがうまい具合に空気になっていくのを録れるといいなって思います。それに、ヴィデオ・カメラについてるふつうのマイクの音って古い、昔っぽい音がしませんか.....なんか、削られてるんだけど、なんかいい音......。

空気っていうのは、ほんとにキー概念ですよね。その朝の音の録音にしてもそうですし、空気公団という名前にもなってますし。とすると、空気公団って名前は......「公団」っていうと戦後スキームの歪みとか矛盾みたいなものを象徴するみたいな響きがありますけれども(笑)、空気を仕切っていい塩梅に配分するっていうようなイメージでしょうか。アイロニーがあったりはするんですか?

山崎:(笑)漢字がよくて、どうしても。あと、ふたつの単語に分かれるのがいい。ただそれだけでした。みんななんか、わりと横文字だった。横文字だとカッコいい。けど、そんな感じじゃないしな、と。それで、そのときのメンバーに「じゃ、今日から空気公団ってことで」って言ったんですけど、そしたらみんなに「やだよ」「恥ずかしいよ」って言われました(笑)。

ははは!

山崎:みんなもっとカッコいいのに、なんか収まってる、って。

(笑)でも、漢字がいいからって、「空気」と「公団」をもってくる理由にはならないですよね?

山崎:なんでか思いついちゃったんですよね。最初はパンク・バンドに間違えられたりしました。

(一同笑)

ありえますねー。

山崎:そのころ「団」とかなかったし......。空気公団を名乗りはじめたあと、ある人がライヴをやったほうがいいよ、ホームページを持ったほうがいいよって言ってくれて、「ああ、ライヴか」と思ったんです。それでライヴ・ハウスを探してたら、面接なしでうちですぐやれるよっていうところがあったんです。で、そこに行ったら、骸骨から血が出てるみたいなポスターが貼ってあったりとかして。

あははは。

野田:僕、当時初めて名前をきいたころのことを覚えてるんですよ。当時は『ele-king』っていうテクノの雑誌をやっていて(旧『ele-king』)。コーネリアスとかを表紙にしてたんですけれども、ちょうどそういうものに対するアンチテーゼみたいなかたちでサニーデイ・サービスとかが出てきたんだよね。曾我部くんとかははっきりと僕なんかがプッシュしていた音楽に対して反対の立場で意思表明をしてたんです。彼とはそのころ知り合ったんだけど、あのときのサニーデイのはっぴいえんどというコンセプトは、ある意味では1990年代後半だからこそあえてやったというようなところがあって。やっぱり彼の上の世代、フリッパーズ・ギターとかへの違和感が彼にはっぴいえんどという選択肢を与えているんだと思うんですけど、そのへんはどうだったんですか?

山崎:結成したときは、いろんなところに声をかけたけどべつに誰が何をするでもなくという状態で、自分たちで売るしかないなって、自分たちで店を開拓して売ってたんですよ。それがきっかけでCDを出すことになるんですけど、そしたらいろんな雑誌とかが取り上げて、レヴューしてくれるようになったんです。で、それを見たら「70年代の音楽が帰ってきた」みたいに書かれてて、「あれ? 70年代なんだ」ってそのとき思いました。

ああー。意識してたわけじゃなかったんですね。

山崎:新しいことをやってると思ってたのに、あれ? そういうことだったんだ? って(笑)。大貫さんがやってきたこと、と。

野田:さすがにユーミンではないだろうというのは僕も思いましたけどね。

うん。いまとなっては活動全体からもまったくそういうイメージが結びつかないですね。学校の先生に「きみはバンドをやったほうがいい」って言われた、というインタヴューも読みましたけれど、その先生の言葉の意図ってどういうところにあったんでしょう。何を聴かせたんです?

山崎:いや、ただ手に負えないと思ったんだと思います。

ああ(笑)、え? 悪い生徒だったんですか。

山崎:悪い生徒ではないんですけど、あんまり言うことをきかなかった。曲を先生のところに持っていくと、「歌詞を黒板に書け」って言われて、書いたら「この歌詞に出てくる男の人は何歳の設定なんだ」とかきかれたりして、そういうことをやっているうちに、何を教わりたいのか疑問に思いました。

いちばん初めのメンバーは女性ばっかりなんですよね。

山崎:女3人と男1人なんですけど、よく女性4人グループって書かれてましたね。

(一同笑)

山崎:男だけど髪が長かったんで、そのせいもありますかね。で、またその髪が長いっていうのも70年代的ってところになんとなく重ねられたのかもしれないです。

ほんとに、全然そういうバンドのコンセプトはなかったんですか?

山崎:全然ないですね。その当時はすごくたくさんのライヴを観に行ったんです。そのなかで、空気公団が何をやったらいいのか考えましたね。なんか疑問がいろいろありました。伝統や習わしめいたやり方の中で何を守っていくのがいいのか。ライヴハウスは大体壁が黒いですけど、わたしたちの音楽もここに合うのか? って観ていくうちに考えるようになって。それと、ライヴをして、お客さんを増やしていって......っていう以外にやり方があるんじゃないか、というようなことですね。

なるほど。

山崎:2度めにライヴをやったのはスパイラル・ホールなんですけど、そのときは「空間」というタイトルをつけました。スクリーンをステージの前に降ろし、その後ろで演奏して、それをカメラで撮ったものをスクリーンに映してるっていうステージです。

絵本とのコラボがあったり、いろんな不定形を試みているのも、基本的には同じ疑問から生まれたものだということになりますか?

山崎:そうですね。聴き方は自由であっていいと思うし、聴かれ方も自由であっていいと思うので。いろんなところで音楽が鳴っていてほしいとも思うし。

空気の創造というか、画一的なもののなかに押し込められるのではなくて、鳴っている場所ごと作るっていう、それが「空気公団」ということなんですかね。

山崎:音楽が主役でいいと思うんですよね。音楽がまず目の前にあって、演奏してる人はスクリーンの後ろでもいいじゃないかって。なんというか、自分たちがバンドだというふうにはあまり思ってないですね。音楽があって、それを演奏しているだけというか。メジャーでデビューしたときの録音で、ギターがほんの3音しか入らないアレンジを考えて、「ここにギターを3音入れたい」って言ったら、「ライヴしたときのことを考えてごらん」と返されまして、ライヴすることを考えるものなんだなってそのとき思いました。ギターが3音だけだったらその人はそこまで何にもしてないことになるんですよね。

(笑)

山崎:そういう考え方もあるんだ、って思いましたね。

あらゆる型を窮屈に思ったんですね。けど業界とはソリが合わなかったという。

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アニメ『青い花』と

いちばん最初にメジャーでデビューしたときの録音で、あたしはギターがほんの3音しか入らないアレンジを考えて、「ここにギターを3音入れたい」って言ったら、「ライヴしたときのことを考えてごらん」って返されたんですよ。ライヴすることを考えるものなんだなってそのとき思いました。


空気公団 - 夜はそのまなざしの先に流れる
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ところで、話は変わるんですが、2009年にアニメ『青い花』のオープニング・テーマを担当されてますよね。この曲("青い花")はライヴ盤にも入っていますけど、お好きな曲なんですか?

山崎:あれはリクエストが多いっていうのもあって。

そうなんですか。アニメのOPって、もうエモーションを盛りに盛って、疾走感を出しまくってという、かなりはっきりとした感情表現が求められるのかなという印象がありますけれども、あの曲はピアノのシンプルなイントロが逆に強烈なインパクトを持ってますよね。

山崎:依頼をされて、出した案のひとつですね。こんな感じですかね? って。1曲めはちょっと違うかなってことになったんですけど。歌詞はほとんど添削なしでそのままでした。思ったとおりに書いていいですよって言われて書いたものです。

初めにある程度の指定を受けて作られるわけですよね。ストーリーや内容の説明を受けるんですか?

山崎:マンガ本をもらいました。それを見て好きに書いていいですよって。録音も好きにしていいよということでした。

あ、かなり自由なんですね。では依頼されたかたは、もしかするともともと空気公団のイメージでオープニングを考えていらっしゃったのかもしれないですね。

山崎:いつか(空気公団に)お願いしたいと思ってくださってたというお話をききました。

ああ。ちゃんと狙いが定まっていたような、すごく腑に落ちる引き合わせだと思いました。あれは女性同士の恋愛、しかもうら若い女子高生同士の恋愛が描かれた作品で、それが鎌倉の明媚な風景のなかで展開されるじゃないですか。淡い光と繊細な関係性、みたいなモチーフが大切にされてますよね。実際、そういう部分に対するひとつのアンサーとして曲が書かれているんでしょうか。

山崎:思ったとおりにやっただけ、という感じではあって......あんまり、オーダーに対して「わかりました」って応えられるタイプではないので。読んでみて印象的だったコマ、そこからふくらませた話を書こうと。そのときはまだ結末がなかったんですよ。

ああ、いちばん最初ですもんね。ちなみに印象的だったコマってどんな部分だったんですか?

山崎:女の人の横顔で、うしろに、その人の気持ちを表す吹き出しみたいなのがある......まだそれが言葉になっていない、そういうコマですね。言葉にしてないんだけど、なんだかわかるというか、奥行があるというか。そういうのが印象的だったかな......。

世間一般としてストレートな恋愛ではないわけなんですが、そういうテーマ性への意識などはありましたか?

山崎:いや、なんの抵抗もなかったですけどね。

先ほども触れた、山崎さんの歌詞のなかの「ふたり」問題もそうなんですけど、山崎さんの「ふたり」とか「あなた」というのは、恋愛関係があるようでいて、ベタな恋愛とか相聞歌に回収されないような種類のものだと感じるんですね。なんというか、届きようもない「あなた」というか。どこかで性別も年齢も関係ないような点に行き着く「あなた」というか......。2人称をどんなふうに使っていらっしゃるんですか?

山崎:見えてるものだけが正確なものじゃないから......人のなかにもう一個あるわけで。なんというか、心みたいなものが。だから「あなた」とか「きみ」とか言ってるけど、目の前に現れてる人っていうよりは、もうちょっともやもやした記憶のなかの人のことだったりするかもしれないです。これから出会う人とか。

つねに微妙な関係性に焦点があって、『青い花』の音楽を依頼されたかたも、山崎さんの音や詞のそういう部分を必要とされたんじゃないでしょうか。

山崎:さっき言ったことと重なりますけど、ヴォーカルがナレーションみたいだったらいいですね。男女でも、何でも、物語が繰り広げられているのを隙間からのぞいて、その様子を書いてるってふうにしてるんです。だから「あなた」とか「きみ」とか「ぼく」とかがちょっと遠く感じるのかもしれない。でも、それを見つつ、そのなかに入っていく自分という視点もある。あんまり深く考えてないかもしれない(笑)。

あまり激しい感情表現をされませんよね。「嫌い」とか「憎い」とか、どぎつくて直接的な表現を避けながら作っておられるのかなというふうにも見えます。

山崎:言葉が簡単だと、安いというか。直接的な言葉......たとえば「嫌い」って言うときの「嫌い」の範囲ってすごく大きい気がしませんか。言葉だけで何でも完結させる必要はないし、音楽だけで何かを理解させなくてもいいかなあとは思います。音楽と言葉が同時に鳴って、言葉の消えかける瞬間、和音、そんなところからいろいろなものを感じとってもらえるはずだから。みんなそこに潜んでいるものをおのおの見つけて、ああこれが空気公団かって思ってくれているという感じがしてますね。なんか空気公団のお客さんって、ひとりで聴いてくださっているかたが多いようなんです。

ああー。

山崎:みんなで聴いてほしいんですけど(笑)。

(一同笑)

いや、わかりますよ。それ重要な観察じゃないでしょうか。だから......その音楽が自分との間で成立してほしい、1:1で向かい合いたいという感じになる構造を持ってるってことかもしれないですね。あんまり人と聴くものじゃないかも。

山崎ゆかりとラヴ・ソング

言葉が簡単だと、安いというか。直接的な言葉......たとえば「嫌い」って言うときの「嫌い」の範囲ってすごく大きい気がしませんか。言葉だけで何でも完結させる必要はないし、音楽だけで何かを理解させなくてもいいかなあとは思います。

ちなみに、せっかくなので恋愛とかラヴ・ソングについておうかがいしたいんですが、音楽を作る上で恋愛というテーマを意識したことはありますか?

山崎:うーん、ないかな......。むしろ意識してできるようになりたいですよね。

でもほとんどラヴ・ソングに聴こえるって話もあると思うんですよ。

山崎:その相手の人がひたすら好きっていうよりは、その人を活力にしてるというか、その人がいるおかげで自分が生きていけるんだというような......結局、自分で完結してる。その人が死んじゃったらどうしようとか、そういうラヴ・ソングじゃないんですよね。誰かがいて自分が生きているという、そういう感じかもしれない。

「きみ」もたくさん出てきます。

山崎:まず、「ぼく」が主人公の曲が多いんですよね。ヴォーカルが女の人で、曲中で「わたし」って言ってたら、ズレがないというか。そこにズレが欲しいですね。歌ってる人が曲のなかの一人称と同一人物じゃなければ、聴いている人もそこに入っていけるじゃないですか。それで「ぼく」が歌うとなると、相手は「きみ」になるっていうことなんです。

ああー。べつに少年に仮託してるってわけじゃないんですね。

山崎:聴いてる人がもっと自由になったらいい。

主体がつねに歌い手とイコールじゃないっていうのは、ロックとかポップスのなかでは異端的ですよね。「I(アイ)」を中心にして表現をする、歌う言葉がすなわちその人の揺るぎない実存を表す、みたいな定式があるわけじゃないですか。そこを避けていくのはなぜなんですか? 

山崎:音楽ってもっと自由だったらいいのにって思ってたことですかね。バンって言い当てられちゃって、考える隙がないというのはもったいないって。

それが一種、引いたカメラみたいな構図を引き出すんですかね?

山崎:空気公団の音楽って、毎日のなかになんとなく流れてて、ふと気づいたらそこにある、みたいになればいいと思ってたんですよ。真正面から流れてるというよりは。ひとりのときにだけ流れていることがわかって、背中をポンと押すようなものであればいいなっていう。

むき出しの主語で実体験を書いたことはないですか?

山崎:嘘は書いてないですね。誰かの話を聞くのが好きで、その人の話してる表情が強く印象に残るし、そういう風景を写真で撮っている感じです。言葉で「これだ」ってひと言で表現してしまうと、みんな同じものしか見えなくなる。ズレてズレてズレて、空気公団というものができあがっているんじゃないかと思います。

なるほどなあ。空気公団とズレ......。"日寂"って曲は、詞がアナグラムみたいになっていますよね。ええと、「るいへくおの/ろここてせよに(/もととひにかず/しはみなんばざ/とつづく)」......

山崎:ああ、それは後ろから読んだだけなんですよ。後ろからよむとちゃんと歌詞になってるんです。リハーサルのときに違う歌詞を逆さにして歌ってたら、「それでいいんじゃない?」って感じになって。
 べつに、ふだんから歌詞がどう読まれてもいいって思ってるわけじゃないんですけど、そういうズレってすごくいいもので、しかもみんなが空気公団になれる。その音楽に入れる。それに、それぞれの思う空気公団の音楽もみんな違っていたりして、それがいいと思うんです。

これ、ニコ動(ニコニコ動画)だったか、逆回転させたものが上がってましたよ。

山崎:ええー、すごい(笑)。

楽しいですよね。ズラす人がいたら戻す人がいて、ちゃんと戻るわけじゃない......っていうかむしろもっとズレてるんだけど、そのときちょっとだけ世界の厚みは増している、みたいな。

山崎:いいんじゃないですか。かっこいいと思いますよ!

ズラしという仕掛けがあったからこそ、思いがけないコミュニケーションが生まれて、思いがけない作品の表情をえぐり出したというか。

山崎:中心はあるんですよ。どう読まれてもいい、どう思われてもどうズレていってもおもしろいんじゃないかって思う反面、やっぱり自分たちのなかに中心はあるわけなんです。それを明かさないというだけで。

詞ではなくてヴォーカルのほうはどうですか? 山崎さんの歌い方にも、空間にズレを生むようなものを感じます。

山崎:ほんとですか?

それこそ"青い花"の「きみがいて」の「て」とか。極端な話、その「て」の歌い方があるから、「あ、ここに出てくるきみって量産的なラヴ・ソングのきみじゃないんだな」みたいに感じるというか。「きみ」のニュアンスとかイメージも多層的になるんですよね。

山崎:歌詞のなかにもっと入っていってもらうためには、ヴォーカルにクセがないほうがいいというか、そこは気にしてます。登場人物を歌うためっていうよりは、景色を見せるために、って思ってますね。ライヴでも真ん中に行かないんですよね。いつも端にいるんです。空気公団を「町」だと考えると、ヴォーカルが中央にいる必要はないかなと。

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30を越えること

わたしは、空気公団の音楽って、毎日のなかになんとなく流れてて、ふと気づいたらそこにある、みたいになればいいと思ってたんですよ。真正面から流れてるというよりは。


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なるほど。芸能の世界だと、女性ってなんだかんだと若さとか容姿の追い風を受けたりする部分もあるじゃないですか。そうじゃなくて、ミュージシャンとして20代を越え30代を越えていくときに、大事になるものとか感じることとかはないですか?

山崎:うーん、あんまり考えたことないかなあ......

もちろんそういう魅力を消費されるようなバンドではないと思うんですけど。

山崎:最初から古くならないような気がしていたし、いつまでもやっていけるかもしれないというふうに思えましたけどね。そういうことをよくメンバーと飲みながら話してました。
 でもだからといっていまも昔と変わらない気持ちかといえば、そんなこともないけど、貫くのがいちばんだって思いますかね。昔言ってたんです。自分たちを砂山だと思って、その砂山を、光が差しているところへ崩れながらでも少しずつ移動させていこうって。移動させるたびにそれはボロボロ崩れていっちゃうんですけどね。自分たちが変化していくっていうんですかね。でもあるとき、もう砂山を移動させる必要はない、「ここに砂山がありますよ」って言いに行けばいいんだって思いました。自分たちが出ていこうというふうに考え方を変えたんです。(移動できる砂山ではなくて)一定の場所にもっとしっかりと作ってしまおう。そういうふうに考えはじめたのは、20代の終わりだったかもしれないですね。

ああ、へえー。

山崎:やっぱり、揺るがされる瞬間ってあるんですよね。でも、もう揺るがないなと思ったんでしょうね。そこから、はじめに言ったような、何十テイクも録っていいものを作ろうっていう考え方じゃなくなったように思います。もっと自由でじゃないかってなってった。

なるほど。揺るがないことで、むしろ自由になるんですね。

山崎:自分を表現したいって思ってるわけではないんですよね。気持ちがあるのってもっと奥なんです。自分をアピールしたいというよりは、自分のなかで見えてるものをもっと外に、って思ってました。

音楽と年齢との関係になにか変化があったりはしないですか?

山崎:べつにないかな。曲を書くぞって思ったときに、歌詞のなかに出てくる男の人の像がふわっと見えてきたりするんですよ。でもその人がいっしょに年をとってるかどうかもよくわからないですね。とってるかもしれないですけど。

空気公団、新しいコミットメントの可能性

昔言ってたんです。自分たちを砂山だと思って、その砂山を、光が差しているところへ崩れながらでも少しずつ移動させていこうって。でもあるとき、もう砂山を移動させる必要はないと思って。「ここに砂山がありますよ」って言いに行けばいいんだって。

ではもうひとつ。山崎さんはソロとしてではなくて、バンドというかたちで活動しているわけじゃないですか。いまって、たとえば家族ですら、とても偶然的な集団として考えられてたりして、人と人がいっしょに集まっていることの意味が昔ほど自明ではないと思うんですね。この10年、ソロやデュオで音楽やる人もとても増えましたし、バンドってものの意味も空洞化してると思うんです。そんななかで、人と関わって音楽をつくっていくことにどんなことを見出していらっしゃるんでしょう?

山崎:自分ひとりが考えてることってほんとに大したことがないんですね。とくに自分で曲を書いて詞を書いてると、アレンジも想像できたりして。自分は人が好きなので、がっちり合わなくても、ちょっとでも交わっている部分の色を大切にしようって思います。
 わたしの場合、自分ひとりで突き詰めたものって、自分の思ってるものじゃなくなる気がする。逆に。

人と人が交差するかもしれないプラットフォームを準備することのほうに意識があったりするんでしょうか。

山崎:人数が多いといろんなところに点が置けるので。

ライヴ盤もお客さんふくめたくさんの人が参加してるし、今回のも劇の方々が入ったりと多くの人で構成されてますよね。そうやって人を集めていくというか、同じ意志を持ってるわけでもない、いろんな人の集まる場所を作っていこうという考え方の根本には、何があるんだろうって思うんです。

山崎:うーん、なんでしょうね。

べつに互いがベタベタしてる関係でもないし。

山崎:3人だけでも欠けているので。3人でやれることは限られてる。だけど、そこのなかには思いが強くあるので、それをわかってくれる人を巻き込んで、もっとおもしろいことができればいいのに、とは思ってますね。上手い下手じゃないですね。窓をいっぱい持たせて、どこの窓から入ってきてもいいよってふうにさせたい。

人が集まると軋轢が生まれると思うんですよ。まあ、必ずしもそうじゃないかもしれませんけど、人が多いほどストレスも生まれるし、やっぱりそのリスクを避けたくて、多くの人はそこからなるべく隔たって自分の自由なスペースを確保したいって思ってると思うんですよね。いまはそれである程度不自由なく暮らせる条件が揃っているんで。でもそうではないところでつくっているのはなぜなのか......

山崎:でもそれなら空気公団の音楽はちょうどいいですよ。ひとりで聴く人が多いから。

ははは。それもそうですね。なんで矛盾するんだろ。そうそう、そうやって多くの人が交わりながらもベタつかずにひとりでうまくやってけるんなら、うちらもそうしたいんですよ。......っていう気持ちがすごいあるんですけど。

野田:さっきからうかがってると、共同体とかコミュニティに対する山崎さんなりの視点っていうのがはっきりあるよね。ヴィジョンとして旧来的でない共同体のかたちが頭に描かれているようにも見えますけど。

そうそう。そんなものがあるのなら社会としても知恵を拝借すべきじゃないですか(笑)。

山崎:「主張したいのは自分だ」っていうのを後ろに置けばいいんじゃないですかね。わかんないけど。CD作りたてのころに、ミックスのエンジニアの人とかによく言われたのが、「『もっと上げてほしい』じゃなくて『もっと下げてほしい』みたいな要望が多いねー」ってことだったんです。「もっと自分の楽器を落としてほしい」とか、下げる方向のことばかりお願いしてたんだけど、「ふつうは上げてくれって言うもんだよ」って。不思議がってましたね。

それは一種、共存を可能にするスタイルだってことなんですかねー。

山崎:うーん、町を表現するというか、そういうときに重要になるのは、そこに流れているメロディをどうやって伝えるか、だと思うんですよね。

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明日とはきみのこと

流れると、止まるじゃないですか。レコードって。でもまたすぐ明日も来るというか。「明日」っていうのが「きみ」なんですよ。「朝」も「きみ」です。自分はやっぱりひとりでは生きていけない、というか。音楽にはもっと力があるというか。

まとめのようになりますけれども、"夜と明日のレコード"の「明日」とか「レコード」のイメージってどういうものなんですか?

山崎:これは自分たちのことを言っているような気がして、メンバーもいちばん好きな曲なんです。ここにでてくる彼は、最初に夜に似たものを見せてくれる。彼女に対して。でもそれは「秘密」だと思う。自分なかの。音楽ってどういうものか、ということでもあるし。コミュニケーションに似たものだと思うんですよね。ひとりでは成り立たないものというか。夜と朝があるみたいに、自分と相手もいて。

アルバム後半は、どんどんテンポ・アップしていきますよね。夜のイメージのなかから、光とか朝とか希望みたいなものがなんとなく暗示されて、この曲が現れてくる。そこで「レコード」にどんなイメージを見ていらっしゃるのかなと思ったんです。

山崎:レコードにこだわっているというわけではないんですけど、音楽ってもっと人を支える力があるということは書きたかったです。スケート・リンクみたいなところに――それがレコードなんですけど――、男女が、ひとり立ち止まって、ひとりぐるぐる回ってて、という絵を想像してました。流れると、止まるじゃないですか。レコードって。でもまたすぐ明日も来るというか。「明日」っていうのが「君」なんですよ。「朝」も「君」です。

アルバムのことが立体的に見えてきてよかったです。今日はありがとうございました! ちなみに、「人に穴があいている」感覚についてもおうかがいしたいですね。ふつう、人のなかには心臓とか魂とかカタマリを見るものじゃないですか。その逆ですよね、穴は。

山崎:それは電車に乗っているときだったんですけど、ホームには楽しそうにしてたり、携帯をいじってたり、抱き合っている人だったり、いろんな人たちがいて、でもそのみんなに穴が空いているように見えた......すごく言いにくいというか、どう説明していいかわからないんですよね。

うーん。そこもこじつけになるかもしれないですけど、中心が空洞として捉えられることで、人びとに交通のためのスペースを敷いているようにも思えますね。足すじゃなくて引く、盛るじゃなくて減らす、カタマリではなくて空洞、そこもほんとに一貫してますね。

山崎:もう、演奏者やパフォーマンス、デザインの方すべてにその穴の話をしているんですけど、みんな「なるほど、ああ、そうなんですか......」って......(笑)。

(笑)。うーん、とか思いながら、なんだろう穴って、とか思いながら、めいめいに穴のイメージを浮かべつつ制作していると。

山崎:1曲めで花束を持っていた男の人は、10曲めの明け方ではもうその穴が何なのかを探す旅に出てしまったので、花束はしおれてしまった。扉を開けると明日があった。それが、穴。そのふたつの曲には山本精一さんを、と思って。

あ、やはりこのふたつの声が山本精一さんですか。なるほどー。すごく大事な部分をそっと歌ってらっしゃいました。謎がいろいろ解けましたよ。

空気公団『夜はそのまなざしの先に流れる』
(DDCZ-1840)
発売日:2012年11月21日
価格:3,000円(税込)

【収録楽曲】
1.天空橋に     
2.きれいだ     
3. 暗闇に鬼はいない
4. 街路樹と風    
5. つむじ風のふくろう
6. 元気ですさよなら 
7. にじんで     
8. 夜と明日のレコード
9. あなたはわたし  
10. これきりのいま  

【参加ミュージシャン】
奥田健介(NONA REEVES)
山口とも
tico moon
山本精一

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■ライブ情報

空気公団 LIVE TOUR 音・街・巡・旅 2013
――夜はそのまなざしの先に流れる 2013.2.11ー2013.6.15 

2013年2月11日(月・祝日) @渋谷WWW

演奏:空気公団 / ゲスト:山本精一

Info: https://www.kukikodan.com

https://www-shibuya.jp/schedule/1302/003174.html




空気公団オフィシャル・サイト:https://www.kukikodan.com/

Rhythim Is Rhythim - ele-king

 1991年か1992年、デリック・メイが、リズム・イズ・リズムとして、トレヴァー・ホーンの〈ZTT〉からデビューするはずだったという話はファンのあいだでは有名だ。しかし、トレヴァー・ホーンの執拗なディレクションにドタマに来たデリック・メイは、テーブルをひっくり返してしまった。こうして、リズム・イズ・リズムのデビュー・アルバム『ザ・ビギニング・オブ・ジ・エンド』は幻となったわけだが、アルバムの先行シングルが、実は「ザ・ビギニング」だったことをデリック・メイから昨晩教えてもらった(そして、その「ザ・ビギニング」の方向性を嫌ったのも、レーベルの側だった)。
 よって、リズム・イズ・リズムのアルバムのために録音された曲は、1993年に"アイコン"として発表され、続いてロング・アゴー名義の"レリックス"として、リズム・イズ・リズム名義では"ケオティック・ハーモニー"、そして同名義で1999年のコンピレーション『タイム:スペース』において"ビフォア・ゼア・アフター"として発表されている。12月5日にリリースされる〈トランスマット〉の新しいコンピレーション・アルバム『BEYOND THE DANCE~TRANSMAT 4』には、さらにまた、『ザ・ビギニング・オブ・ジ・エンド』からの1曲"ハンド・オーヴァー・ハンド"が収録されている。20年かけて、デリック・メイが当時どんなアルバムを作っていたかがようやくわかってきた(笑)。(そして、それは相当に、メランコリックな作品だった)

 以下の映像は、1989年、26歳のデリック・メイ、20歳のカール・クレイグのふたりによる、リズム・イズ・リズムのロンドンのライヴである。遠くで野球帽をかぶっているのがカール・クレイグ、手前でシンセサイザーを弾いているのがデリック・メイ。ファッションが時代を物語っているが、音楽はいまも超越的に聴こえる。

Dum Dum Girls - ele-king

 名前を捨てた女。パンク・ロックに憧れ、イギー・ポップとラモーンズとヴァセリンズに徽章を借りて、カリフォルニアのリヴィング・ルームから世に現れた女。タイトなスカートにブラック・レザーをまとい、ファズの騒音とゴシックによる世界の暗転を好みながら、破れたストッキングを気にも留めずに、砕かれた愛を切々と歌うその女、ディー・ディーは、"ロード・ノウズ"でいま、神々しいまでのロック・バラードを歌う。男(ロック)への同一化願望や、母(保守)への反発といったライオット・ガール的なテーゼも、ここでは古くさいものに思える。ディー・ディーは、もっともっと遠い場所を仰ぎ見ているようだ。「ベイビー/これ以上、あなたを傷付けることはできない/神様なら知っているわ/私は自分の愛をずっと傷付けてきた/私の愛を」
 
 わたしはこの曲の感想を、もうロックなど聴いていないだろうと思っていた人とも共有した。それはとても久しぶりのことだった。流通環境的にも、単純に内容的にも、ポップ音楽ほど激しい変化にさらされつづけている文化も珍しいのかもしれない。もはや「特定のものが蒸し返される背景には、時代を支える無意識ではなくて個人的な動機が存在するだけだ」、橋元優歩が言うように。あるいはロックが自意識の容器になったと評されて20年以上経過しているが、別にいいではないか、それでも。ディー・ディーは、それこそごく個人的でしかない動機によって――この世界で生きることを引き受けようとするときに――ロックの緩衝を必要としているようにさえ見える。



 さて、このEP『エンド・オブ・デイズ』を何度か聴いてみて、良くも悪くも冒頭の"マイン・トゥナイト"と"アイ・ゴット・ナッシング"にどこか違和感を覚えたなら、あなたの直感は正しい。この2曲は前作、『オンリー・イン・ドリームス』のセッション時に生まれたもので、録音は2011年だ。既定のガレージ路線に沿って進む序盤の展開には、控えめに言っても、特筆すべき新鮮さはない。つづく"トゥリーズ・アンド・フラワーズ"の、輝くようなアンビエント・ギターで世界が一変するが、これはストロベリー・スウィッチブレイドが1983年にヒットさせたデビュー曲のカヴァー。母性の象徴としてか、「アイ・ヘイト・ザ・トゥリーズ/アンド・アイ・ヘイト・ザ・フラワーズ」というリリックをそのまま引き継ぎつつ、原曲に漂うある種の陽気さを取り払っている。地に根を張って、花に囲まれながらフォークを奏でることなどできない、とでも言うかのように。

 個人的なことを言えば、ダム・ダム・ガールズのレパートリーでは、アルバムに数曲だけ収録される、素直にポップで、センチメンタルで、狂おしいまでにロマンティックな曲を好いてきたが、その名も『オンリー・イン・ドリーム』(2011)のフォロー・アップにふさわしく、『エンド・オブ・デイズ』は、"トゥリーズ・アンド・フラワーズ"以降の3曲でドリーミーな時間をゆったりと過ごしている。同郷のガレージ・ポップ・デュオ、ベスト・コーストのセカンド『ジ・オンリー・プレイス』が演出していた、とろけるようなメロウ・アウトと共振するようでもあるが、あちらがミニマムな実人生に寄り添ったFMポップだったのに対し、本作の構えはもっと超然としている、啓示的なまでに。ホーリーでありながらドラッギーな傑作"ロード・ノウズ"のあと、EPをクローズするギター・ポップ"シーズン・イン・ヘル"は、バンドの結束とエナジーがまだ失われていないことを丁寧に補足している。


 彼女らはこの冬、ツアーを回っているが、その報告写真にしばし見とれた。そこに写されるのは、人生から逸脱しながらも、人生を引き受けて生きる女の姿である。単純なドロップアウトがアートにおける正義ならどんなに楽だろう。古いロック・スター・ライフへの同一化に誘惑されながら、そしてライオット・ガール史の現在地で引き裂かれながら、ディー・ディーは結局のところ、すべてを引き受けている。社会に含まれつつも真実に生きる逸脱者として、あるいはまた、夫を持つ一介の既婚者、妻として――。だからこそ『エンド・オブ・デイズ』は最高だ。つねにダブル・スタンダードを抱えてきたロック音楽の成熟と浄化、そして変わらぬ美しさを、ダム・ダム・ガールズは2012年に伝えている。

interview with DJ Fumiya - ele-king


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 DJ Fumiyaは、リップスライムのトラックメイカーとして瀟洒たるポップネスをグループにもたらし、ヒップホップ/ラップ・ミュージックを広く世間に知らしめた立役者のひとりであり、今日まで一貫してカラフルでダンサブルなトラックを作り続けている。
 『ビーツ・フォー・ダディ』は、DJ Fumiyaの長いキャリアのなかで意外なことに初のソロ・アルバムである。ここでも、彼はブレることなくクラブ・ミュージックを彼なりにポップに咀嚼した楽曲を、人気のシンガー奇妙礼太郎や森三中といったような想定外だがその軽妙なキャスティングに納得させられるユニークな共演を交えて披露している。
 今作でのトラックの行き先は、リップスライムで見せてきたカラフルさを持ちつつも、ダンス・ビートをいかに親しみやすく聴かせることができるかに向かっている。"ENERGY FORCE"などを聴くとギャング・ギャング・ダンスがジャングルのなかJ-POPを流して満面の笑顔で踊っているみたいだ。とくにメロウなクラシック・ギターの音色に激しいドラムが絡むロリータ・ポップ"HOTCAKE SAMBA"は、聴いていて本当に幸福な気持ちにさせてくれる。DJ Fumiyaは、多彩なダンスの要素を取り入れ、ポップ・ミュージックとして結実させる。そこにいやみなく窮屈なメッセージは忍ばせようとしたりもしない。とにかく楽しそうなトラックと声、そしてスクラッチがここにある。

 しかし、そのヒップホップ/ポップのトラックメーカーとしての熱量は、池を何時間でも見ていられるという自然児の平静な心にともなって生まれている。今作のテーマカラーらしきパープルは、いささか性的で猥雑な印象をあたえる色でもあるが、冷静のブルーと興奮のレッドの間に位置する色だ。寡黙なヒップホップ/ポップ・ヒーローに、クラブ・ミュージックとポップの関係について語ってもらった。

僕は単純に動物が、とくに水辺の生き物とかが、すごく大好きなんですよ。池とか小川とか田んぼとか海とか。なのでメダカとか亀とか。犬とか猫も飼っているんですけど。小学生のころは毎日のようにザリガニとかカエルとかを捕っていましたね。

野田:フミヤさんのことはリップスライムがデビューした時から名前は存じていたんですけども、デビューの頃はテクノDJの田中フミヤと間違えられたりしませんでしたか?

DJ Fumiya:全然ないですね。僕がデビューした時にはすでに田中フミヤさんは有名な方だったので。僕はまだお会いしたことないんですけども。

野田:まあ、ジャンルも世代も違いますしね。とはいえ、田中フミヤはテクノの第一人者でやってきているので、フミヤさんがリップスライムでデビューした時、「あ、もうひとりのDJでフミヤがいる」と思ったんですよ。

DJ Fumiya:ああ、いえいえ......!

野田:なんか、すみません。

......では、はじめます。すみません。

DJ Fumiya:はい!

リップスライムでメジャーデビューしたのが2001年で、遡るとインディーのリリースは1995年からですね。長いキャリアをお持ちですが、元からソロ・アルバムを出したいっていう願望はあったのですか?

DJ Fumiya:(※即答)もう、ずっとありましたね。24~25歳のころから。リップ(スライム)で使っていないトラックのなかで自分のお気に入りトラックをまとめて出してみたいなと思っていました。

おお、ということは、2004年前後からすでに構想があったのですね。リップスライムでのインタヴューで、トラックは70%くらいまで作ってラップが乗る約30%の隙間をつくるとフミヤさんが仰っていたんですけども、今作『ビーツ・フォー・ダディ』はどうですか?

DJ Fumiya:今回はもうオケの状態でけっこう作り上げていたので、声が乗ってからシンプルにしていくという作業があったかもしれないです。

ああ、削ぎ落としていったわけですね。

DJ Fumiya:そうですね。どういうレコーディングをしていらっしゃるのか把握できていない人たちと共演したので、やりながら探っていったという具合でした。トリプル・ニップルズ(Trippple Nippples)は曲を通してつくるのではなく、断片をいっぱい録っていって、「ではフミヤさん、あとよろしくお願いします」みたいな。

素材だけで、まさにサンプリング的な感じで。

DJ Fumiya:そうですね。「べつに意味が通らなくてもいいんで」という具合でした。

リップスライムのときから、ありもののサンプリングというより、スタジオ・ミュージシャンの方を呼んでレコーディングしていたんだと思いますが、それは今作でも同様ですか?

DJ Fumiya:いや、今作はほとんど自分でギターなどを演奏しましたね。リップ(スライム)のときも、スタジオ・ミュージシャンとはいえど、家に来て弾いてもらって、僕がそれをサンプリングするというやり方が多かったんです。だいたいもの凄くバラバラにチョップして、レコードからサンプリングして録ったかのように乗せるというのをよくやっていたので、そのまんま乗せるっていうことはあまりしたことがないんです。

野田:とくに好きな音楽エディターっています?

DJ Fumiya:チョップとか打ち込みが上手いと思うのはテイ(・トワ)さんですね。緻密ですし、チョップされたスネアとかを聴いてすぐテイさんだとわかるその個性が打ち込みに表れてますね。あとは、アトム(Atom™)とかもそうだと思いますし、まりんさん(※電気グルーヴの砂原良徳)とか。

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鎮くんはどうしても1回やってみたいというのがありましたね。声がすごいし、本人自体もすごいですけど、やっぱ、声がすごいなって。で、この曲が一番時間かかったんですよ。3ヶ月くらいかかったかな。


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フミヤさんはテイ・トワさんによる事務所〈huginc.〉に所属していますね。今作の"HOTCAKE SAMBA"という曲に参加している事務所メイトのBAKUBAKU DOKINというユニットについて調べたんですが、情報があまりなく、謎めいていて......。いったいどういう人たちなんですか?

DJ Fumiya:もう5年位前にクラブで「プロデュースしてください」って。

おお、急に頼まれたんですか!

DJ Fumiya:そうですね。それからよくデモを作っていたりなんかして、2年前にはテイさんのところからちょこっと出していて、今回の曲もほんとうは彼女たちにあげてたんですけど、ちょっと返してって言って(笑)。

(一同笑)

DJ Fumiya:そして、もうひとり参加してもらった方が僕のソロっぽくなるかなと。BAKUBAKU DOKINがオモチャっぽい声をしているので、大人っぽい声の人とギャップを出してもらうためにorange pekoeのナガシマさんにお願いしました。

なるほど。共演の話でいくと、ライムスターや鎮座DOPENESSやリップのリョージさんなどのラッパーをフィーチャーするのはよくわかるのですが、芸人である森三中の黒沢かずこさんをフィーチャーしていますね。これにはどういう思惑があったんですか?

DJ Fumiya:森三中のことはむかし「ガキ使」(テレビ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』)とかに出はじめた頃からすごく好きで、黒沢さんもリップのことを好きでいてくれて、自分でチケットを買ってライヴに来てくれていたんです。テレビでよく黒沢さんがフリースタイルで歌いはじめたりするのを観ていて、「この人、やっぱ、歌いけんじゃね~かな~」と思って、なにか曲をふってみたいなという考えがありましたね。

すごくクレイジーな歌ですよね。

DJ Fumiya:クレイジーでしたね。

イントロからすごいなと思って。

DJ Fumiya:あのモードにガラっと変わるのが、やっぱ......。

すごいですよね(笑)。演技力がヤバいなと思いました。

DJ Fumiya:プロだな、っていう。ただ、その、歌は上手いんですけど、やっぱ、こう、人とは違うな、っていう。全然キーと違うところを歌ったりするんで。

面白いですね。

DJ Fumiya:面白いですし、それが大変でした。

大変そうですね(笑)。"TOKYO LOVE STORY"でフィーチャーしている奇妙礼太郎はいま人気の歌い手ですけども、どういう経緯で共演になったんですか?

DJ Fumiya:名前をずっとお聞きしていました。やっぱり、声が好きなんです。この曲が今作中で一番最後に声録りをした曲だったんですけど、録音の1週間前くらいにお願いをして、お忙しいギリギリのなかでウチに来てもらって、その場で詞も書いてもらうようなかたちでした。

野田:あと、"JYANAI?"で鎮座DOPENESSをフィーチャーしてるのがいいと思いました。

DJ Fumiya:や、もう鎮くんはどうしても1回やってみたいというのがありましたね。声がすごいし、本人自体もすごいですけど、やっぱ、声がすごいなって。で、この曲が一番時間かかったんですよ。3ヶ月くらいかかったかな。

野田:どこでかかったんですか?

DJ Fumiya:鎮くんは、やっぱ、けっこうリリックで悩んでくれて。あのフリースタイルを見てると、すごく早く書けるんじゃないかって思うんですけど。

たしかに。

DJ Fumiya:逆なんですね。たぶん言葉が出て来すぎて。それで言葉のチョイスに時間がかかるっていう。だから、ほぼ飲んで終わるみたいなのがすごく続きましたね。

(一同爆笑)

打ち合わせという名の飲み会だったり。

DJ Fumiya:飲んで終わるみたいな。

野田:そういうキャスティングするうえでの基準というかポイントってどんなところに置きました?

DJ Fumiya:まずオケがあって皆さんにふっていくというかたちが多かったので、そのオケに対してのカウンターでもイメージどおりでも、パッと思いついた人たちと共演したという感じでしたね。



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僕はやっぱポップが好きなので、もともと聴いているヒップホップなどの音楽にしてもそういうのが多かったと思いますし、とくに無理してるっていう感覚はないんですね。


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音に関して言うと、今作『ビーツ・フォー・ダディ』もそうですし、リップスライムのときから一貫してポップなトラックをつくってきていますね。このインタヴューで主に訊きたいのは、フミヤさんがポップに開けていることについてなんです。一貫したポップさはやっぱり意識的なものなのですか?

DJ Fumiya:僕はやっぱポップが好きなので、もともと聴いているヒップホップなどの音楽にしてもそういうのが多かったと思いますし、とくに無理してるっていう感覚はないんですね。

僕は中学生の頃からリップスライムのファンで、インターネットも普及していたのでいろんな情報が見れたわけですが、例えばキングギドラの"公開処刑"という曲でK・ダブ・シャインがリップスライムとキック・ザ・カン・クルーの二組にちょっかいを出していたことをインターネットを通して当時知りました。その二組はラップというものを知らなかった子供さえファンにしてしまうポップ・スターでもあった訳ですが、ポップを打ち出していたフミヤさんの側に葛藤みたいなものはありましたか?

DJ Fumiya:僕個人はまったくなかったんですよ。

おお、そうなんですね。

DJ Fumiya:なんでしたっけ、「屁理屈ライム」と言われたんでしたか。いや、もう、めっちゃ「屁理屈」だしなって思いましたね(笑)。

あ、でも、「屁理屈」だと思ったんですか?

DJ Fumiya:そうですね、なんというか、詞が言葉遊びのグループなんで、そのとおりと思いましたね。でも、僕はそれが全然悪いと思っていないし、そこが楽しいとこだと思っているから、ちっきしょーとかは全然思わなかったですね。

その横槍へのアンサーだと言われている"BLUE BE-BOP"のミュージック・ヴィデオの最後に出てくるメッセージ「THANK YOU FOR YOUR KIND ADVICE AND SUPPORT!」は誰の発案だったんですか?

DJ Fumiya:俺、全然知らなかったんですよ。できあがったらああなってたんです。

そうなんですか(笑)。

DJ Fumiya:あの頃、すごく忙しかったので記憶があまりないんですよ。

野田:とくに当時はいろんな意味で熱かったし、「ヒップホップとはこうでなければいけない」みたいな空気も強かったように覚えていますね。

DJ Fumiya:そうですね。いまでこそあまりないですが、僕が昔にやっていたころは強くあったなという気がしましたね。

野田:まあ、いきなり売れてしまったわけだし(笑)。

DJ Fumiya:そうですね。だから、逆に「ここで守んない! もっと破んなきゃ!」という......(笑)。自分はずっとヒップホップ好きで聴いてきて、だから「僕が新しいことをしていかないと」というか。「僕がやることはヒップホップだから」っていう。なんかこう、変な......(笑)。

おお、使命感みたいなものはあったんですね。

DJ Fumiya:はい。そうですね。

野田:そう考えてみると、リップスライムみたいなグループのほうが少数派かもしれないね。

DJ Fumiya:本当にそうなんですよね。たぶんアメリカのヒップホップ・シーンでさえ少ないんじゃないかと思います。

今作『ビーツ・フォー・ダディ』のタイトルは、自分と同じ父親の立場にいるような世代のひとたちに向けた音楽だという意味だそうですね。

DJ Fumiya:僕が父親になったっていうのと、ビル・エヴァンスの"ワルツ・フォー・デビー"をちょっと捩らせてもらいました。それで1曲目もワルツなんです。

そういった父親世代とは逆に、リップスライムやキック・ザ・カン・クルーを聴いて育ってきたような子ども世代からユニークなヒップホップのアーティストがインターネットを通じるなどして現れていますが、そういう若い世代の音楽って気にされたりますか?

DJ Fumiya:あ、はい、ちょくちょく。例えば、鎮くんなんかも曲作り終わってみて、やあ、本当に頑張ったね、時間かかっちゃったね、みたいな話をしてる時に、「本当すみません。すっげー緊張してました」って言い出してきて。「5年前じゃフミヤさんとやるなんてことは有り得なかったから」と言われて、「そうなんだ」と思いました(笑)。全然わからなかったです。

なるほど(笑)。

野田:一応、斎藤くんもラップをやってるんで。

DJ Fumiya:あ、そうなんですか!

野田:それを言いたかったんじゃないかと(笑)。

DJ Fumiya:ははは(笑)。

いや、全然そういうことじゃないですよ(笑)! 僕だけではなくて、例えばシミ・ラボ(SIMI LAB)の人たちもele-kingのインタヴューでアメリカならエミネムあたり日本ならリップスライムやキック・ザ・カン・クルーを聴いていたと言ってるんです。なんていうか、言ってみればフミヤさんはヒーローなんですよ、本当に! ヒップホップの道をひとつ切り拓いたひとりだと思います。

DJ Fumiya:いやいや(笑)。僕はネットとか恐いのであまり見ないんですが、嫌われてるんじゃないかとずっと思ってたんです(笑)。

えー! そうなんですか?

DJ Fumiya:でも最近、そういったお褒めの言葉を言われることが多いから、嬉しいですね。

あ、でもそれは最近になって改めて言われるようになったという感じなんですか?

DJ Fumiya:そうですね。それこそ、小学生くらいだった子が大きくなって自分でも音楽をやるようになって、「あの子たち、リップ好きらしいよ」っていう話を聞くようになりました。リョージくんなんかは日本語ラップをよく掘っているので、そういう話をよく聞くみたいですね。

ではまさにシミ・ラボはその一例ですね。リップスライムとは方向性が違いますけど、シミ・ラボについてはどういう感想をもっていますか?

DJ Fumiya:すごくカッコいいと思います。なんか、爆発力というと違うかもしれないですけど、なんていうんですかね。初期衝動っていう感じのものがありますし。

野田:『ビーツ・フォー・ダディ』はとても良いアルバムだと思ったんですね。リミックスしているからっていうわけではないのですが、やっぱディプロっぽいというか、コミカルな感じとか、パーティっぽい調子、ビートや展開がころころ変わる面白さなんか、ある意味メイジャー・レイザー(Major Lazer)のヒップホップ版かなと思いました。彼らはダンスホールですけど、フミヤさんはああいう突き抜けた感覚をヒップホップのスタイルでやってるのかなと思ったんですね。彼らに対する共感はありますか? 

DJ Fumiya:ありますね。音楽を楽しんでる感じのところに。ディプロが歳も同じくらいの同世代で、あの音楽の雑多さが......たぶん色んなの好きじゃないですか。あのふたりには「さすが!」って思いました。ビートとメロディで好きなように遊んでるなっていう。なんかこう、例えばテクノのいいところも入ってるんですけど、全部それとは言えなくて、完璧にメイジャー・レイザーの音楽というか。すごく楽しそうだなと、やっぱり「楽しそう」というのが重要ですね!

野田:バカなことやりながら、アンチ・ゲイ的な暴力を批判したりとか、ああいうところも良いですよね。あとフミヤさんと共通しているのは、リズムの面白がり方だと思うんです。色んなリズムをカット・イン/カット・アウトして。

DJ Fumiya:で、レゲエやっても、それがすごく楽しそうで。本場のひとに言わせたら思うことがあるのかもしれないですけど。

野田:しかも、あれがジャマイカで売れたっていうのがすごいですね。

DJ Fumiya:やっぱり、ディプロだけでなくスウィッチ(Switch)がいるからすごくいいんだと思います。

野田:ああ、なるほどねー。

ディプロと実際にお会いしたことはありますか?

DJ Fumiya:DJのとき一度だけ会いました。すごかったですね、彼のDJも.........テイ(・トワ)さんと「軍隊みたいだ」って。

野田:軍隊じゃないまずいじゃないですか(笑)、なんでですか!?

DJ Fumiya:身体も屈強そうだし、ずっとなんかもう、こう(※右に左に身体を動かして機材をいじっていく真似)......後ろから見たら兵隊に見えて。汗もビショビショで。

野田:ああ、ちょっとスポーツが入ってる感じなんですね。

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ピート・ロックとDJプレミアはコスリも上手かったですね。当時はコスリのコピーばっかりやっていました。DJプレミアのコスリは、いまでも口ずさめるコスリですね。


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「楽しそう」という面についてですと、リップスライムの『Masterpiece』がリリースされた頃、NHKの『トップランナー』に出演なさっていましたよね。そこでファーサイドの"ソウル・フラワー"を流していらっしゃったのが、当時エミネムしか知らない中学生だった僕にはすごく衝撃的でした。90年代のヒップホップというのはなかなか知りえなかったですし、「こんなに楽しそうでカッケえヒップホップがあるんだ!」と思うと同時に、リップスライムがそれを標榜していたのかなというのも感じました。

野田:僕もファーサイドは好きだったんですけど、でも、微妙ですよね、日本でも(笑)。昔「ヒップホップで何が好き?」って訊かれて「ファーサイド」って答えて怒られたこともありますね、硬派な人から。

そうなんですか...! 本国でも叩かれていたらしいですしね。

DJ Fumiya:ファースト・アルバムが売れて、本人たちもちょっとハードな感じに変わっていったりもしたんですけどね。それでメンバーやめちゃったりとかもあって。

アルバムを発表順番に並べると、メンバーがだんだんと減っていったのが目に見えてわかりますよね。

DJ Fumiya:やっぱり、ジェイ・ディーが参加していた頃が最高ですね。本当、5人揃って好きだって言えるグループってファーサイドくらいしかいなかったですね。

ソロをやるにしてもファットリップなんかもファーサイドをやめてからだったわけで。そういう意味ではリップスライムって、バラバラになっていったファーサイドとは対照的に、ソロ活動と並行してちゃんと5人揃ってグループが長く続いていますよね。それって凄いことだと思うのですけど、どういう実感がありますか?

DJ Fumiya:そうですね.........みんな、あんまり、深く考えてないのかもしれないですね。

フミヤさんはなにか考えていることってありますか?

DJ Fumiya:曲自体にはありますけど、「これからリップはこう変わっていくんだ」みたいなことは考えてないですね。俺だけ考えても絶対無理なんで! また具合悪くなっちゃうんで、そんなこと考えても。

なるほど。最近だとリップのペスさんもソロ活動をしてイルマリさんもバンドを始動させていますよね。リップスライム以外の横の活動が積極的に行なわれているように感じますが、そういう流れは自然にあるいは同時多発的に起こったりするものなのですか?それとも「ちょっとしばらく休もうか」とみなさんで決めていたりとか?

DJ Fumiya:どっちもと言いますか。たぶんこのタイミングで、休憩じゃないですけど、自分で違う場所に行ってみて呼吸して戻ってみて、またリップスライムの活動に活かすこともあるんだと思います。ちょっと、リップの一番最近のアルバム『STAR』を作り終わってから、それからどういう曲を作ったらいいのか個人的にわからなくなっていた時期でもあったので。次をすぐ作れって言われても無理だな、と。他の刺激が欲しかったんですね。

ソロ作品をつくることはメンバーと話してからでしたか?

DJ Fumiya:いちおう言いましたが、みんなも同じことを考えいたのではないかと。

リョージさんがツアーDVDのなかでリップスライムはスライムみたいに柔軟なんだというようなことを言っていたと思うんですが、まさにそのとおりですね。その柔軟さの出処はどういうところでしょうか?

DJ Fumiya:たとえば楽曲制作でいうと、どんなトラックを持っていってもラップを乗せてくれるので柔軟だなと思います。ふざけて作っためちゃくちゃ速い曲とかリズムがない曲とかでも、みんな詞を頑張ってつけてくれるので、自分の遊びを引き受けてくれる柔軟さがありますね。

そもそもトラックはいつから作られてたんですか?DJ活動は14歳からということですけども。

DJ Fumiya:トラックは16歳くらいからですね。

野田:最初のサンプラーはなんだったんですか?

DJ Fumiya:最初はAKAIのS01っていう、8個しか音が出ないし、ツマミが一個しかついてないもので、本当にただのサンプラーでした。ただ音が出てくるだけっていう。それからAKAIのS900とか950とかヒップホップの名機に戻ったっていう感じですかね。ピート・ロックだとかが使っていたような。

DJやトラックをはじめた時の模範の音っていうのはありましたか?

DJ Fumiya:やっぱりヒップホップでしたね。90年代前半の......。

ニュー・スクール的な?

DJ Fumiya:そうですね。それこそピート・ロック、DJプレミア、ジェイ・ディーとかですね。あと、トライブ。あそこら辺のひとたちはいまでも聴きますね。ピート・ロックとDJプレミアはコスリ(※スクラッチ)も上手かったですね。当時はコスリのコピーばっかりやっていました。DJプレミアのコスリは、いまでも口ずさめるコスリですね。

それを聴きながら、当時はどういう現場でやられてたんですか?

DJ Fumiya:DJでよくプレイしていたのはライムスターさんたちとの「FG NIGHT」が中心ですね。

野田:ああ、クラブは渋谷のFAMILYですよね。僕も行ったことあります。

その時からすでにFGの中にいらしたのは、ダンサーだったお兄さんとの繋がりがあってですか?

DJ Fumiya:ですね。リップのスーっていうやつとウチの兄が同じチームでダンスをしていて、イースト・エンドのダンサーになって、そこからですね。中二とか中三の頃だったと思います。

野田:黄金時代ですね。

DJ Fumiya:黄金時代ですね(笑)。まだイースト・エンドも売れる前の時代ですね。

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日本のクラブとターンテーブルがないところもありますからね。あってもメンテナンスされてないボロボロのものとか。「あー、もうダメかな」とけっこう諦めモードになる瞬間があります。


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リップスライムに加入した時はペスさんもトラックを作っていた訳ですが、ライバルというか、競い合っていましたか?

DJ Fumiya:あー、でも僕は最初ペスくんのトラックがカッコいいなと思って、ペスくんみたいな音を作りたいというところから始まってたんですよ。

あ、なるほど。

DJ Fumiya:"STEPPER'S DELIGHT"っていう曲がメジャー・デビューのシングルになるとき、「なんで俺のトラックじゃねえんだ」ってペスくんは怒ってましたね。

なるほど(笑)。

DJ Fumiya:でも、そのときの他の候補がペスくんの"ONE"だったので、どっちにしろリリースされたんですね。

リップスライムのベスト盤『グッジョブ!』が2005年の夏にリリースされた頃、フミヤさんが自律神経失調症でお休みになったじゃないですか。その後の1年間は沖縄県の小浜島で暮らしていたとのことですが、それらの一連の事象で音楽的に作用している事ってありますか?

DJ Fumiya:小浜島ではほとんど音楽を聴いていなかったです。信号もないような島だったので。民謡しか本当にないみたいな(笑)。その間に耳を休ませたっていうのがあって、また音楽活動をはじめるにあたって、どんな音楽も刺激的に聴こえましたね。だから、すごく作りたいっていう欲求が出てきたということがありました。

あー、なるほど。その島にいた間は自分の音楽も聴いたりしなかったんですか?

DJ Fumiya:一応機材は持っていったんですけど、打ち込みをするっていうことがまったく似合わない環境だったので(笑)。やる気が全然起きないっていう。でも、いいやそれで、と。無理して作ることもないしな、と思いましたね。

それで、逆に、制作を再開するときにまた気持ちがドライヴしたんですね。

DJ Fumiya:そうですね。気持ちが跳ね返りました。

野田:トラックの話でいえば、トラックを作るときにヴァイナルを掘るのってフミヤさんの世代が最後なんじゃないかと思うんですよ。いまの20代前半の子が曲を作るとき何処へ行くかって言ったら、TSUTAYAだっていう話を聞いたことがあります。

DJ Fumiya:TSUTAYAですか、あああ......(笑)。

野田:たしかに安上がりですからね。

SLACKなんかは父親のレコード・コレクションも使ってるんだと思いますが、たしかに若い世代になると、トラックを作るときって自分で全部打ち込んでしまうかサンプルネタをネットで拾うかということが少なくないかもしれません。

DJ Fumiya:僕は音の面でヴァイナルじゃないとっていうのがあるんですよね。ちょびっとでも隠し味的に入れると曲の表情が本当に変わるので。音域が広がりますね。

野田:お金をかけずにネットで拾ったようなデジタル音源のサンプルだと、音質が均質化されがちで、個性を出すのが難しいですよね。 

DJ Fumiya:僕もスクラッチは入れてるんですけど、PCのヴァイナルを使ってるんです。波形を見れば一目瞭然なんですけど、デジタルだとどんなに激しくコスっても波形が一定なんですよ。ちゃんとやるんだったら本当は皿(ヴァイナル)に焼いてやらないといけないくらい、アナログは深いですね。

いまアナログはどのくらい買っていらっしゃいますか?

DJ Fumiya:月に何万円とかですね。ビートポートでもいいんだけど、皿で持っていたいなっていうのがありますね。でもビートポートでしか売らない人たちもいますよね。

フミヤさんのいまのDJスタイルは完全にPCですか?

DJ Fumiya:僕はヴァイナルを買って、PCに取り込んでプレイします。4~5年くらい前からそうなりましたね。CDJはすごく下手で、それまではずっとアナログでした。アナログの感触でも回せるということでPCに移行しました。

デジタルのよさも活かしたいっていう思いもあったんですね。

DJ Fumiya:やっぱもう、(ヴァイナルは)重いっていう......。

(一同笑)

野田:最初にDJがデジタル化したのってヒップホップなんですよね。

DJ Fumiya:けっこう前にジャジー・ジェフ(Jazzy Jeff)が来日した時に、誰かが「PCでやってたよ」と言っていて、すげえなと。ジャジー・ジェフがPCでやっていたっていうのは自分にとって大きいきっかけでした。

野田:でも、また最近アメリカのヒップホップのDJもヴァイナルに戻ってきているみたいですよ。

DJ Fumiya:やっぱり、PCでの自分のDJから次のヴァイナルのDJに交代すると、ヴァイナルの音のほうが明らかに良くて、考えちゃいますね。

野田:ハウスのシーンでいえば、ニューヨークではギャラが違うっていう話も聞いたことありますよ。どこまで本当かわからないですけど、ヴァイナル使った方がギャラが高いとか(笑)。

DJ Fumiya:えー、そうなんですか......! じゃあ僕アナログにします(笑)。でも日本のクラブとターンテーブルがないところもありますからね。あってもメンテナンスされてないボロボロのものとか。「あー、もうダメかな」とけっこう諦めモードになる瞬間があります。もうCDにいくか、完全にアナログに戻るしかないかな、と。

フミヤさんから見て、いまの日本のクラブ界隈と言うか業界ってどういう風に見えますか? 機材のこともありつつ、昔と比べてでもいいですし。

DJ Fumiya:どーですかねえ.........。あの、その、いいかわるいかは別ですけど、みんなすぐDJになれていいなって思いますね。

(一同笑)

羨ましさもあるという。

DJ Fumiya:ピってCDをかけてBPMも合っちゃうのが、いいなあって思います。

クラブの話だと、いま風営法で営業形態に関して色んな議論がでていますが、フミヤさんとしてはどう思いますか?

DJ Fumiya:やっぱり、夜中から朝までというパーティを経験してきていますし、そういうところに入っちゃいけない中学生の頃から通っていたので、ちょっと悲しいなとは思いますね。逆に早い時間から終電までのイヴェントにして、それこそ高校生とかを呼べるようなパーティにしていくっていうのもありなんじゃないかと思いますね。そこでクラブって楽しいだろっていうふうに教えていくということができますし。もし日本が「(深夜営業を)絶対やらせないよ」ということになったら、そういうふうにしていくのもありだと。

風営法について、それこそリップスライム内で話題にあがることはありますか?

DJ Fumiya:「あー、また何処そこの箱がやられちゃったね」っていう感じですね。東京はまだそうでもないですが、ツアーで全国をまわっていると、僕が最後で夜1時までとかってあるので。みんな、いきなりバサッと終わられて可哀相だなと思います。

野田:あと、公共の交通手段が深夜に動いていないこともどうにかしてほしいと思うんですね。現代の都市として、ナイト・ライフというものに対する寛容さや公共の施設がなさすぎるっていうか。

DJ Fumiya:そうですね。お正月だけですもんね。

野田:ロンドンなんかだとなぜか3時までのパーティってあるじゃないですか。

僕が行ったイヴェントもそうでした。

野田:あれいいと思うんですけどね。別にがんばって朝5時までやる必要ないっていうか。

DJ Fumiya:けっこうみんな3時とか4時で帰りますからね。

みんなどこかで休んでから始発で帰りますよね。

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ディプロなんかはアメリカなので、雑なんですよね。スウィッチがそれを綺麗にまとめる構図がメイジャー・レイザーはいいですね。僕の今作のリミックスでもディプロはザックリしてますね。


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野田:レコードは中古屋さんに売らないですか?

DJ Fumiya:ヴァイナルは売ったことないですね。全然かけない曲とかでも思い入れがあるというか。CDはちょいちょい友だちにあげたりします。

ヴァイナルの話でいうと、リップスライムは主に『Masterpiece』あたりのちょっと昔のリリースがヴァイナルでも出ていますよね。最近だとフミヤさん選曲のベスト盤ですね。最近の若い世代でも、ヴァイナルとかカセットを聴くというアナログの風習が、アメリカとかイギリスのインディーの精神といいますか、日本にも流れてきてはいるんですよ。

DJ Fumiya:ふーむ。ふむふむふむ。

子供のときからデジタルだった世代にしてみれば、リヴァイヴァルというよりは、アナログの音が新しいものとして受け止められているんです。そういう世代に対して、ヴァイナルのべテランとしてなにかコメントはありますか?

DJ Fumiya:やっぱり、あの音を知ってるか知らないかっていうのはけっこう変わってくるんじゃないかと。とにかく自分が聴いてきたなかで一番いい音なので。箱とかで聴いてもいい音だし。たとえば、レコーディングのとき音の設定で僕は44kHzにするんですが、96kHzとかでやる人もいるんですよね。本当にノイズも聞こえるくらい、違った意味でめちゃくちゃいい音っていうか。僕の趣味はわざと44kHzでやっています。結局CDを取り込んだときに44kHzになっちゃうんですが、でも、アナログを取り込むときはなるたけそのままの音を取り込みたいという気持ちはあります。

アナログのリリースはリップでも一昔前ですし、今作『ビーツ・フォー・ダディ』もアナログではリリースされないですよね。せっかく若い世代がアナログを買いはじめているので、ぜひこれからもアナログを作って欲しいのですが、そういう願望はありますか?

DJ Fumiya:ありますあります! こないだもリップのヴァイナル・リリースのときに、レコードの溝を見るマスタリングの技をイギリスまで観に行きました。本当、手に職っていう感じでしたね。

野田:あれはもう職人芸ですよね。海外だと、プロデューサーの次にクレジットが書かれてるくらいマスタリングは地位が高いというか、認められていますよね。

DJ Fumiya:ヴァイナルは盤にマスタリング・エンジニアの名前が彫られているので、見たりします。

リップスライムのマスタリングはロンドンのスチュアート・ホークス(Stuart Hawkes)という人がずっとやっていらっしゃいますよね。どういう経緯でそうなったんですか?

DJ Fumiya:テイ(・トワ)さんが同じエンジニアさんで、おすすめされたんです。その人はドラム'ン'ベースもやっていて、僕もロニ・サイズ(Roni Size)とか〈フルサイクル〉系のドラム'ン'ベースをずっと聴いていたので、いい音だな、と。その人は4ヒーローもやってましたし。でも、去年くらいにロンドンへ行ってはじめて会ったんです。

あ、そうなんですか(笑)?

DJ Fumiya:飛行機が恐くて。

(一同笑)

どんな人でしたか?

DJ Fumiya:(リップの)イルマリに似てましたね。イルマリに似てるなっていう...。

.........(笑)。

DJ Fumiya:あと、飯が激マズいっていう。「いい加減お前ら聴きにこい」と言われたので、リップのメンバーでその人に会いにいったんです。ロンドンには何回か行っているんですが、マスタリングに立ち会ったのはそのときが初めてでした。イギリスのクラブは音もいいし。でも、日本になんとなく似てるなと思いますね。音楽の好みとか、曲の作り方も緻密な人が多いイメージがありますね。

なるほど。

DJ Fumiya:だから、ディプロなんかはアメリカなので、雑なんですよね。スウィッチがそれを綺麗にまとめる構図がメイジャー・レイザーはいいですね。僕の今作のリミックス("Here We Go feat. Dynamite MC(Diplo Remix)")でもディプロはザックリしてますね。

ロンドンでDJはやらなかったんですか?

DJ Fumiya:ミレニアム・パーティというか、年末にもの凄く広いところでドラムンベースやらテクノやらをかけるパーティに行きました。DJはやらなかったんですけど、レコードは買いました。

ロンドンでやりたいと思いますか?

DJ Fumiya:やりたいと思いますね。もうすこし飛行機が速かったら......。

(一同笑)

DJ Fumiya:一睡もしなかったこともありました。映画を観たり、飯をいっぱい食べたり。でも最初に海外の飛行機に乗ったとき、英語が分からなくて全部「Yes」と答えてたらご飯がでてこなくて。

(一同爆笑)

アメリカではなくロンドンというのも......。

DJ Fumiya:イギリスの音楽が好きだからですね。それこそドラム'ン'ベースですね。

野田:ミックスCD『DJ FUMIYA IN THE MIX』なんかだと、ヒップホップって感じではなかったですよね。

ダンス・ミュージックで。

DJ Fumiya:そうですね。あれはもう本当に四つ打ちでいくっていうのがコンセプトだったんです。

野田:それはDJをやっていくうちに選曲の幅が広がっていったということなんですか?

DJ Fumiya:時期によってはドラム'ン'ベースばっかり回してることもあったし、いまは、四つ打ちカッコいいなあと思ってハウスとかを掘り下げています。打ち込みの音楽だと四つ打ちが一番難しいとずっと思っていて、奥が深いなあっていつも思いますね。

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いまは、四つ打ちカッコいいなあと思ってハウスとかを掘り下げています。打ち込みの音楽だと四つ打ちが一番難しいとずっと思っていて、奥が深いなあっていつも思いますね。


Beats For Daddy

Amazon iTunes

最近聴いた音楽でとくに素晴らしかったものととくにくだらなかったものをそれぞれ教えてください。

DJ Fumiya:えー! なんでしょう.........。

言いづらかったら、無回答で大丈夫ですので。

DJ Fumiya:今作の"LOVE地獄"っていう曲はすごくくだらないなーと思いますけどね。

ご自身の曲ですか(笑)。

DJ Fumiya:あはははははは(笑)! いや嘘です、嘘です(笑)。

くだらない音楽というか、嫌悪感がわく音楽ってありますか?

DJ Fumiya:嫌悪感のわく音楽ですか...(笑)。大丈夫かな......。なんですかね...。でも本当に家でテレビの音楽番組とか観ないので.........最近よかった音楽の話をしましょうか!

(一同笑)

DJ Fumiya:最近よかった音楽は.........。

(沈黙。8秒)

DJ Fumiya:サブトラクト(SBTRKT)とかすっごく好きですね。

野田&斎藤:おー!

DJ Fumiya:打ち込みなんだけどいい音していて、耳にガッて来ない。あと黒人のシンガーの声もよくて。制作作業に入る前によく聴いていましたね。

野田:そろそろ最後の質問にしましょうか。

最後にカッコいい質問をしたいんですけど......。あ、ではふたつお願いします。ペットが家にたくさんいらっしゃるそうですがそれはなぜなのか、というのと、リップスライムのウェブサイトを見たら「将来の夢:バカみたいな幸せ」と書いてあったのですが、現在のその達成率を教えてください。

DJ Fumiya:僕は単純に動物が、とくに水辺の生き物とかが、すごく大好きなんですよ。池とか小川とか田んぼとか海とか。なのでメダカとか亀とか。犬とか猫も飼っているんですけど。小学生のころは毎日のようにザリガニとかカエルとかを捕っていましたね。

それは地元柄(※神奈川県藤沢市辻堂)ですか?

DJ Fumiya:そうですね(笑)。田舎だったからっていうのもあります。でも、つい最近も用水路に手を突っ込んでザリガニを捕りましたね。嫁さんはビックリしてたんですけど(笑)。

(一同爆笑)

DJ Fumiya:気持ち悪いって言って、走って逃げてっちゃいました。僕は自然児だったので、毎日のように虫とか捕っていましたね。

野田:まさかタガメとかゲンゴロウとかは飼ってないですよね?

DJ Fumiya:さすがに......子供が生まれてからペットに手間をかけれなくなりましたね。

でも、時間があったら......。

DJ Fumiya:もう自分の家に池つくりたいですね。

ははは(笑)。クラブの文化とは真逆の......。

DJ Fumiya:真逆だから、それがなんかこう.........池とか見て何時間でもボーっとしていられるというか。

なるほど。では、最後の「バカみたいに幸せ」についてお願いします。

DJ Fumiya:「バカみたいに幸せ」.........いま「幸せ」ですけど、まだ「バカみたいに」はなってないですね...。

まだ未経験なのですね。

DJ Fumiya:「バカみたいに幸せ」って生きてるうちに経験できるのかがわからないですけど。もしかしたいまのこの状態で「バカみたいに幸せ」だったのかもしれないですけど......。

ああ、あとで気づくかもしれないと。なるほど。

(沈黙。5秒)

DJ Fumiya:なんかちょっとさみしい感じになりましたけど。

(一同笑)

いえいえ、それはそれで、また味わいが。今日はありがとうございました!

DJ Fumiya:ありがとうございました。楽しかったです。これで大丈夫ですかね?

滅相もないです。長い時間ありがとうございました!

----------------

 帰り際、エレヴェーターを待つ間、なにとなく「『自分もラップをしたい』と思ったことはありますか?」とDJフミヤに問うた。その答えは、同時に話しかけてきた野田編集長の声によって僕の記憶から消えてしまった。DOMMUNEでもういちど訊こうか.........。


禁断の多数決 - ele-king

 面白い。くだらない。そして、素晴らしい(田中宗一郎なら「ははは」と書くところだ)。てんぷらちゃん、尾苗愛、ローラーガール、シノザキサトシ、はましたまさし、ほうのきかずなり、処女ブラジルを名乗る、まったく名乗る気のない7人組=禁断の多数決のデビュー・フルレンス『はじめにアイがあった』は、最初からリミックス・アルバムとしてレコーディングされたような、奇妙な位相差を含んだ作品である。

 半年ほど前になるだろうか、編集部から送られた『禁断の予告編』なるプレ・デビュー作は、はっきり言ってパロディとしか思えなかったが、本作がそこから遥かに飛躍しているのは、すべての行為がパロディ/引用として振る舞ってしまうポストモダンの辛さを、前向きな貪欲さで迎撃しているからだろう。TSUTAYAで面陳されたJ-POPと、親の書棚から拝借したオールディーズと、YouTubeで聴き漁ったアニコレ以降のUSインディを片っ端からメガ・ミックスしたあと、派手なエディットでぶっ飛ばしたような......そうした音楽がここにある。
 あらゆる表現においてメモリがほぼ食い尽くされた同時代への意識がそうさせるのだろうか、そうした編集者目線は彼らのポップに奇妙な分裂性(リミックス感)をもたらすことになる。驚いたことに、もしかすると本人らは意識していないかもしれないが、"The Beach"や"Night Safari"は完全にヴェイパーウェイヴ・ポップで、人工度の高いオフィス・ミュージック(のフリをしたサイケデリック・ミュージック)の上に、メンバーの声が無表情に浮かんでいる(これがけっこう、コワい)。
 また、壊れたロックンロール、ないしブルックリンのフリーク・フォークを思い出させる"World's End"、ノイジーなハウス・ビートにクリーン・ギターが浮つくシンセ・ポップ"アナザーワールド"、フレーミング・リップスを思わせるハッピー・サッドなドリーム・ポップ"チェンジ・ザ・ワールド"と、目まぐるしいエディットのなかで世界というタームがクリシェのような使い方をされ、問題を提起する前にさらっと消費されているあたり、このバンドの身軽さを象徴するようだ。



 まんまオールディーズ・パロディな"Sweet Angel"もいい。けれども、教養主義的な名盤ガイドで仕込んだようなポップ音楽の記憶は、もしかしたらもう邪魔なだけなのかもしれない。昨今のポップ・ミュージックをめぐる膨大な情報量(https://www.ele-king.net/columns/002373/)は、これまでの常識からすれば、すでに一人の人間が体系的に俯瞰できる量を物理的に超えている。だから、極論すれば、iTunes/Soundcloud/Bandcampなどのネイティブ・ユーザーにとって、録音音楽の一義的な差異は、もはやURLやタグの違いでしかないわけだ。
 『はじめにアイがあった』は、あるいは音楽をそのように扱っている。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとパフュームのどちらが偉いかなんて、まるで考えたこともない。そう、禁断の多数決は、例えばそのような狭量さの先へとずんずんカット・インしていく。批評性を失効させることで立ち上がる何か。正史が定められたかに見えるポップ音楽の記憶を、彼らはリズミックに改ざんしている。「ポップ(多数)」なき時代のポップはどこにある? 一見、軽薄に見える態度とは裏腹に、彼らの問いかけは切実である。

 もっとも、『はじめにアイがあった』に一票を投じるなら、村社会内での終わらない相互孫引き(=近親相姦)がこの国のポップ・ミュージックを疲弊させている事実にも目を向けなければならないだろう。ぐるぐると無限に再流通する音楽群を前にして、「俺たちは音楽を知らない」とシャウトすること。無限に可視化されてしまった情報を前に、目を閉じて叫び散らすこと。批評性と呼ぶのが大げさなら、神聖かまってちゃんが体現したそれは、何かしらのSOSとも言えただろうか。
 とするならば、禁断の多数決から感じるのは、この広い海を引用にまみれながらも泳ぎ切ってやろうとする前向きさである。どう聴いてみても、器用さやシニカルな愛情だけでなせる業ではない。彼らはここで、どこにも行けないその場所で、楽しんでやると決めたのだ、おそらくは満場一致の多数決で。みんなで寝そべって、ポップ音楽のアーカイブをフラットなトランプにして、ババ抜きでもして遊んでいるようじゃないか。副題を付けるなら「さらば相対性理論」。J-POPの退屈さを呪ったJ-POPによる逆襲である。

DBS 16th. Anniversary - ele-king

 UKアンダーグラウンド・サウンズのリアル・ヴァイブスを伝えるべく1996年11月にスタートしたドラムンベース・セッション、通称DBSが16周年を迎える。
 この16年間、ジャングル/ドラム&ベース、ダブ、ブロークン・ビーツ、クラック・ハウス、グライム、ダブステップ等、さまざななベース・ミュージックを紹介し数々の伝説を生んできた。
 今回、ダブステップの最高峰、DMZからDIGITAL MYSTIKZのCOKIが初来日! 
 Deep Medi Muzikからフューチャー・ソウルの才人、SILKIEが待望の再来日! UKベース・ミュージックのブラックネスを体感してほしい!


2012.11.03 (SAT) at UNIT

feat.
COKI / DIGITAL MYSTIKZ
(DMZ, Don't Get It Twisted, UK)
SILKIE
(Deep Medi Musik, Anti Social Entertainment, UK)

with: KURANAKA 1945 , G.RINA

vj/laser: SO IN THE HOUSE

B3/SALOON: ITAK SHAGGY TOJO, DX, KEN, DOPPELGENGER, DUBTRO
FOOD:ポンイペアン"ROOTS"

open/start 23:30
adv. ¥3500 door ¥4000

info. 03.5459.8630 UNIT
https://www.dbs-tokyo.com

★COKI / DIGITAL MYSTIKZ (DMZ, Don't Get It Twisted, UK)
ダブステップのパイオニア、DIGITAL MYSTIKZはサウス・ロンドン出身のMALAとCOKIの2人組。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼らは、独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、アンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。03年にBig Apple Recordsから"Pathways EP"をリリース、04年には盟友のLOEFAHを交え自分達のレーベル、DMZを旗揚げ、本格的なリリースを展開していく。そして名門Rephlexのコンピレーション『GRIME 2』にフィーチャーされ、脚光を浴びる。05年からDMZのクラブナイトをブリクストンで開催、着実に支持者を増やし、FWD>>と並ぶ二大パーティーとなる。COKI自身は05年以降、DMZ、Tempa、Big Apple等からソロ作を発表、ダブステップ界の重鎮となり、08年にBENGAと共作した"Night"(Tempa)は爆発的ヒットとなり、ダブステップの一般的普及に大きく貢献する。10年末にはDIGITAL MYSTIKZ 名義でアルバム『URBAN ETHICS』を発表(P-VINEより日本盤発売)、血肉となるレゲエへの愛情と野性味溢れる独自のサウンドを披露する。その後もDMZから"Don't Get It Twistes"、Tempaから"Boomba"等、コンスタントに良質なリリースを重ねつつ、11年から謎のホワイト・レーベルのAWDで著名アーティストのリワークを発表、そして12年、遂に自己のレーベル、Don't Get It Twistedを立ち上げ、"Bob's Pillow/Spooky"を発表、今、ノリに乗っている。悲願の初来日!
https://www.dmzuk.com/
https://www.facebook.com/mista.coki
https://twitter.com/coki_dmz

★SILKIE (Deep Medi Musik, Anti Social Entertainment, UK)
ダブステップのソウルサイドを代表するプロデューサーとして"ダブステップ界のLTJブケム"とも称されるSILKIEはウエストロンドン出身の26才。2001年、15才でシーケンスソフトを使って音作りを始め、多様なビーツを探求、またDJとしてReact FMでR&B(スロウジャム)をプレイする。03年にDAZ-I-KUE (BUGZ IN THE ATTIC)の協力でシングル"Order" (P Records)を初リリース。その後QUESTらとAnti Social Entertainmentを立ち上げ、"Sign Of Da Future"(05年)、"Dub Breaks"(06年)を発表。やがてDMZのMALAと出会い、08年に彼のレーベル、Deep Medi Musikから"Hooby/I Sed"、"Skys The Limit/Poltigiest"を発表、またSoul JazzやSKREAM主宰のDisfigured Dubzからもリリースがあり、SILKIEの才能は一気に開花する。そして09年、Deep Mediから1st.アルバム『CITY LIMITS VOL.1』が発表されるとソウル、ジャズ、デトロイトテクノ等の要素も内包した壮大な音空間で絶賛を浴び、ダブステップの金字塔となる。その後も彼のコンセプト"City Limit"(都市の境界)は"Vol. 1.2"、"Vol. 1.4"、"Vol.1.6-1.8"とシングルで継続され、11年6月には2nd.アルバム『CITY LIMITS VOL.2』を発表(P-VINEより日本盤発売)。DJとしても個性を発揮し、11年の"FACT Mix 255"に続き、12年7月に盟友Questと共に名門TempaのMixシリーズ『DUBSTEP ALLSTARS VOL.9』を手掛けている。震災直後に単独でDBSにやって来てくれた11年4月以来、1年半ぶりの再来日!
https://deepmedi.com/
https://www.facebook.com/silkie86
https://twitter.com/silkierose

Ticket outlets: NOW ON SALE !
PIA (0570-02-9999/P-code: 179-674)、 LAWSON (L-code: 70250)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/ https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、
TECHNIQUE (5458-4143)、GANBAN (3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)、Bonjour Records (5458-6020)
原宿/GLOCAL RECORDS (090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、
disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、
Dub Store Record Mart(3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com

Chart JET SET 2012.10.29 - ele-king

Shop Chart


1

Greg Foat Group - Girl And Robot With Flowers (Jazzman)
11年のシングル、アルバムは一瞬で完売。エレガントでサイケデリックでグルーヴィーな独自の世界を進化させた話題の新作が登場です。即完売必至の1000枚限定プレス!!

2

Frank Ocean - Thinking About You (Unknown)
2012年にアルバム『Channel Orange』で公式デビューを果たしたR&bシーンの注目株Frank Oceanによる"Thinking About You"の5リミキシーズ! どれも原曲を生かしたナイスな仕上がり!

3

Martha High & Speedometer - Soul Overdue (Freestyle)
Vicki Andersonをカヴァーした大ヒット・シングル続く待望のアルバムは、ソウル/ファンク名曲の数々をカヴァー。

4

Egyptian Hip Hop - Syh (R&s)
鮮烈なデビューから早くも2年。遂に出たアルバムから500枚限定の7インチが登場!!

5

Kendrick Lamar - Good Kid, M.a.a.d City
玄人をも唸らせるフリースタイル・スキルを持つ若手ラッパーが、Cd/mp3音源でのリリースやDrake, 9th Wonder等の客演を経て、遂にAftermathからメジャー1stアルバムが投下されました!

6

Stepkids - Sweet Salvation (Stones Throw)
2011年の1st.アルバムが高い評価を得た西海岸の腕利きトリオ、Stepkids。年明けリリース予定のセカンド『Troubadour』からの先行12インチが到着です!!

7

Enzo Elia - Balearic Gabba Edits 3 (Hell Yeah)
Enzo Elia自身の主宰する要注目のイタリアン・レーベルから、ヴァイナル・オンリーで展開される大人気シリーズ"Barearic Gabba Edits"第三弾!

8

Beauty Room - Beauty Room ll (Far Out)
A.o.r.、ブルーアイド・ソウル、ソフトロックまで取り込んだ、洗練を極めた究極の都市型音楽が誕生!!

9

La Vampires With Maria Minerva - Integration Lp (Not Not Fun)
ごぞんじ100% silk主宰者Amanda Brownのソロ名義、La Vampires。当店超ヒットのItal、Octo Octaに続くコラボ盤は、ロンドンの女性クリエイターMaria Minervaがお相手です!!

10

Sir Stephen - House Of Regalia (100% Silk)
12"「By Design」が最高だったニュー・オーリンズの鬼才クリエイターによる8曲入りアルバム。アシッド・ハウス~ヒップ・ハウス~アーリー・90's・ハウスを極めた入魂の全8トラック!!
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294