「KING」と一致するもの

interview with Ian F. Martin - ele-king


バンドやめようぜ! ──あるイギリス人のディープな現代日本ポップ・ロック界探検記
イアン・F・マーティン (著) / 坂本 麻里子 (翻訳)

Pヴァイン/ele-king books

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 その本を作った編集者が著者に取材するということはあまりないと思うが、この本に限っては、自分も音楽ライターの端くれであり、音楽メディアに携わっている人間なので、仮に自分がこの本の編集者ではなかったとしても、話を聞きたかった。
 『バンドやめようぜ!』(原題:QUIT YOUR BAND!)は、イアン・F・マーティンという在日英国人によるじつに示唆に富んだ内容の日本のロック/ポップス批評だ。通史を描くというのもひとつの批評であり(すべてを万遍なく描くことは不可能ではないかもしれないが、膨大な文字量を要する)、そこには著者の史観や選択も入るわけで、どうしたって語り部独自の批評が介在する。そして、この世に生まれてから20年以上ものあいだの英国文化圏での経験は、日本文化圏の音楽を語る上でも照射される。その見え方が、日本文化圏におけるこの本の面白さのひとつとしてある。
 日本の音楽が海外でブームというのも、最近の音楽界が、新譜を追うよりも過去の掘り出し物を探したほうが刺激的という、ある意味後ろ向きな潮流のなかにあるなか、『バンドやめようぜ!』は、過去の再評価ではなく、現代そして将来へと向かう本であり、そうなると、Jポップ/アイドルについても触れなくてはならないわけで、よくここまで書いてくれた! というのが編者の正直な感想だった。というのも、この本で描かれているのは日本からは見えづらい日本だからだ。
 なんにせよ、イアン・F・マーティン氏は、僕が知る限り、日本でもっとも全国のライヴハウスに足を運び、日本人音楽ライター以上に、もっとも大量のジャパニーズ・インディ・ミュージックを聴いている人物である。その成果は彼のCall & Responseレーベルをチェック。以下のインタヴューは、『バンドやめようぜ!』を未読の方にはよくわからない話かもしれないが、ちょっとのあいだお付き合いいただければさいわいである。

これは日本に限らず一般論としての文化的視点として西洋、と言ってもアメリカとイギリスの英語圏、においてはものすごく日本寄りになってきていて、それは音楽というものにおける自分のアイデンティティの拠り所的な見方が強まってきているからなんだと思う。

そもそも日本に移ることになったきっかけはなんだったんですか?

イアン・F・マーティン(以下、イアン):その質問はよく聞かれるんだけどじつは答えるのが難しいところで、(日本に移った)16年前の自分がどういう人間だったかも覚えていないんですよね(笑)。とにかくUKから遠く離れたところに行ってみたかったんです。ただしトイレがちゃんとしているところじゃないと嫌だった(笑)。トイレに関してはフランスより悪いところには絶対に行きたくないという基準があったんですね。
 ただじつはそんな単純な話でもなく、音楽についてではないけれど日本に関しては多少知っていたということもあったんですね。というのも、大学で日本の映画について学んでいたというのがひとつ。前に日本に来たことがあったということがひとつ。だからいい場所かなと思って来たんです。せいぜいいても2年くらいかなと思っていたけど、こんなに長くなっちゃった。

日本の音楽シーンに惹かれてとか、レーベルをやりに来たとかいうわけでもないんですよね。

イアン:白人の救世主として日本の音楽シーンを救いに来たというわけではないんだよね(笑)。

はははは。

イアン:UK時代にもいろんなバンドを観に出かけたりはしていたので、日本に来ても同じようにバンドのライヴを観に行きたいとは思っていたんですね。ただそうするうちに東京周辺の小さな会場に出入りするようになって、とくに高円寺にはよく行っていて結局そこに住むことになるんですけど、そうするうちにそういうシーンと自分との関わりあいができていったんですね。UKでそうはならなかったのはあくまでも自分は客のひとりという立場で、バンドが有名でも成功していなくても向こうの人はロックスター的なんですよね。それに対して日本の会場で見るバンドの姿というのは、お客さんとバンドの境界線がそこまで厳密に別れていないというか、混じっているようなところがあって、そういう状況だったからこそ僕みたいな人でも日本の音楽と絆を持っていくことが出来たんだと思うんだけど。
 とにかく、そういう日本のありかたが自分にとっては啓発というか、目から鱗みたいなところがあったんですよね。それが自分の気持ちのフックになったきっかけですね。この本(『バンドやめようぜ!』)に「日本にいる外国人って結局孤独で悲しくて、友だちもいないなかでこういうところに救いを求める」みたいなことを書いたんですけど、それは半分はジョークで半分はアイロニーで書いたつもりだったのに、在日の外国人の人たちがこれを読んで「そうだよね!」っていう反応がけっこうあったんだよね(笑)。たまたま思いついて書いたことだったんだけど、じつは真実を突いていたのかも。

その孤独な外国人にとって、客が二桁も入らないようライヴハウスみたいなマニアックな空間というのはなおさら行きづらいんじゃないかと思うんですけどね。

イアン:20人いたらいいほうだよね(笑)。知っているバンドを観にいくわけなんだけど、例えばこの本の最初にスチューデンツというバンドのことを書いたけど、少年ナイフの前座をやったことのあるバンドということで知っていて、少年ナイフといえばUKでも活動しているし、すごく人気ってわけじゃないけど音楽好きなら聞いたことがあるというバンドなので。それと関わりのあったバンドということでスチューデンツのチラシを見て、八王子の客が6人くらいいたライヴハウスに行ったんですよね。

なるほど。

イアン:そういうところに行くと観たかったバンドのほかに4つくらいバンドが出ているんですよね。そうするとひとつくらいはいいと思うバンドがいるんですが、アフター・ショウ(打ち上げ)でミュージシャンたちが話をしてくれるんです。そういう人たちに「どういうバンドが好き?」とか「ほかに共演していいと思ったバンドはいる?」とか、そういうことを聞くなかで、だんだん知っているグループが増えて、自分なりに追いかけていきたいバンドが増えていきましたね。いまだにそのあたりのバンドで記事になっているような情報がないんだけど、というか書かれているものはたくさんあっても整理されていないので情報が得にくいところはあるんだけどもね。

話は変わりますが、本のなかで「1978年生まれの自分はブリット・ポップ直撃世代」というようなことを書かれていますよね。そのブリット・ポップ直撃世代だったがゆえのトラウマというか、あの騒ぎの国家主義的だったというネガティヴな側面についても書かれていますが、音楽リスナーとしてのあなたには、ブリット・ポップというのはどのような影響を与えたのでしょうか?

イアン:そのブリット・ポップ時代に僕はティーン・エイジャーだったんだけど、あの時代そのものがネガティヴだったと言っているつもりはないんです。というか当時はそういう自覚もなかったんだけれど、いま振り返って距離を持って見たときに、たぶんあのムーヴメントは国家主義的なものを意図していなかっただろうけれども、そこにいた人たちの考えかたのなかには種として国家主義的なものがあったということは否めないんじゃないかっていまは感じるんだよね。モチベーションがなんであれ、自分がなにかの一員になってしまって一緒に旗を振ってしまったら、なにかしらの問題がそこで生まれてくるということはほかの現象を見ていてもわかると思う。
 「愛国主義(Patriotism)」と「国家主義(Nationalism)」という言葉の違いは僕自身もはっきりと差別化はできないけど、いずれにしても邪悪で危険なものをはらんでいると思う。というのも人間というのはどこかに所属したいという気持ちが必ずあるから、その思いがあまりにも強いためにいまの世界の人々はアイデンティティに苦難しているところがあると思うんだよね。それは商業主義にしても、資本主義にしても言えることだし、あとはネットがこれだけ氾濫してくるなかで自分のアイデンティティに自信が持てなくなってきている人がいろんな意味で増えてるでしょ? ナショナリズムというのはそういうなかで「自分がなにか確固たるものを目指しているという気持ちを持ちたい」という人びとの欲求が作り上げている動きだと思う。だから国家とかいうものじゃなくて、なにか違うところにアイデンティティを見つけられればいいのになと僕は思うんだけれども。だってそれが右翼じゃなくて、左側の政治家の人たちだって性別や民族などのさまざまなアイデンティティを問うているわけだよね? 自由だと言いつつもやっぱりそこはなにかしら問うているわけで、音楽のシーンのなかにも同じようなことがあったと思う。アイデンティティに悩むがゆえに、なにか自分が帰属するシーンはないかって。
 例えば80、90年代は服装ひとつ取っても「お前はゴス」って決まられるようなことがあって、そういうなかのひとつとしてブリット・ポップという動きはあったんだと思う。たぶん自分があのシーンを考えたときになにか落ち着かないものがあるのは、国家主義に通じる帰属を求める動きに対する違和感と、あとは自分自身が典型的な英国人というものと共通項を見出せない人間だからだと思う。同じ土壌に生まれたということ以外には本当に共通項が見つからないんだ。だったら国は違ってもアートやカルチャーの面で自分と共通する価値観を持つところのほうがアットホームに感じられるし、そういう意味ではいまのモリッシーには非常に失望しているね(笑)。

(通訳さんに)うちはモリッシーの本を出していることもあって、最近イアンにメールで「モリッシーは好き?」って聞いたんですよ。聞くんじゃなかったな(笑)。

イアン:モリッシーはそういう人じゃなかったのにね……。80年代のモリッシーはオタクから何から、英国社会というものに馴染めないでいた人たちの体現者であり代弁者だったし、そういう人たちにとっての解毒剤的な存在だったのに……。彼も歳を取ったんだよ。ブレグジットの話のなかで、「これが真のワーキング・クラスだ」とか「ワーキング・クラスの精神だ」みたいなことを言っていたんだけど、考えるとマンチェスターやロンドンやブリストルや、ああいう都市は投票ではビックリするくらいブレグジットに反対しているんだよね。僕が思うに、そういうなかにあってモリッシーを含むちょっと年配の人たちは変化についていけない、混乱のなかでノスタルジーに走るみたいなところがあるんじゃないかな。
 ある意味では僕と似ているところがあるのかもしれないね。UKを離れていったというところでね。モリッシーもたしか90年代にアメリカだったかに行っているし、僕がいまUKを離れている以上に長い期間離れていた人だから、遠くから自分の国を見るというなかでやっぱり失望は味わうと思うんだよね。その失望を味わっている対象は僕とは違うかもしれないけども、そういう感覚というのは事実としてあると思う。そういう意味で僕みたいな人間にイギリスについて語らせちゃいけないんだ(笑)。聞かれるんだけどね(笑)。

そりゃ、聞かれるでしょう(笑)。

イアン:とても危険だよ(笑)。イギリス人のってことがね(笑)。だから信じちゃいけないよ(笑)。

だから僕なんかから逆に言うと、モリッシーみたいに表に立って炎上する人がいるというところがイギリスっぽいなと思うんですよね。ああいう、音楽と政治との太いリンクは日本にはいないから。

イアン:いや、音楽というのは根っこにそういう性質を持っていると思うんだよね。ただ音楽というだけじゃなくて、そこにはアイデンティティを窮する気持ちがあるし、ということは当然ポリティクスに繋がってくるわけで、音楽と政治は分けては考えられないんじゃないかな。

それはあなたもこの本のなかで書いていますよね。

イアン:それに関連して、この本の紹介のされかたのなかで「日本においては音楽をネガティヴに語ることはタブー視されている」ということに注目がいっているみたいなんだけど、現状として僕の考えかたってまだ過去の世界にいるのかなって自覚するところもあって。ジャーナリズムについてこの本で言っているのは、昔からの対立を煽るみたいなところ、ようするにレスター・バングスやポストパンクの時代、80年代の『NME』のような時代というのは音楽シーンでさまざまな意見があって、とくにクリエイティヴな意見のバトル・グラウンドみたいな書きかたをしていたよね。それに対してミレニアム以降のいまというのは、じつは西洋の人たちも日本人と音楽観が似ているというか、ようするにあまり煽り立てないし叩こうとしなくなってきているんだよね。
 その理由というのはいくつか考えられるんだろうけど、これは日本に限らず一般論としての文化的視点として西洋、と言ってもアメリカとイギリスの英語圏、においてはものすごく日本寄りになってきていて、それは音楽というものにおける自分のアイデンティティの拠り所的な見方が強まってきているからなんだと思う。日本で「NO MUSIC, NO LIFE.」というスローガンがあるけど、まさにあれだと思うんだよね。「音楽=自分の暮らし、自分自身」みたいな考えかたが広まってくると、今度は「音楽を叩く=個人攻撃」ってことになってしまうと思うんだ。音楽自体じゃなくてやっている人を攻撃するというような考えかたになってしまっている。結局のところ音楽というのはその人の聴いている音楽がその人物を語るってところもたしかにあるとは思うんだけど、やっぱりミュージシャンのキャラクターみたいなところに自分のアイデンティティを感じている人が多くなってくると音楽批判というのがなかなか難しくなるんじゃないかと思うんだ。日本の場合はそもそも業界の構造上(批判が)難しいというところがあるんだろうけども、感覚的にいまの日本の若い人たちといまの英語圏の若い人たちの音楽に対する観点というのはすごく近くなっているんじゃないかって思うんだ。かつてのような批評というのは成り立たなくなっているような気がする。
 理由としてはすべての雑誌を読まなければいけなかった時代とは違って、いまはツイッターやなんかで作品を発表すればすぐに反応が返ってくる時代だから、じっくり読んで考えるということじゃなくて、もしかしたら作る側も出した途端にフッと返ってくるとか、あらゆる方向から攻撃されるということを常に念頭に置いて作っているのかもしれないし、東京の変化というのは昔と比べたらかなり早いよね。そういうなかで僕の批評性というのはオールド・スタイルな厳しい人たちとミレニアム世代のあいだにいるんだろうけれど、昔の人に比べたら全然優しいよ(笑)。もうひとつは細分化された音楽のなかで読む人が非常に限られている、そこで言ったことがすべてという世界になっているということにおいてはインディ・バンドを相手に厳しい批判をするなんて、赤ん坊をいじめているみたいだから僕はしないな。ある程度批評に足る存在にまでなっていないと厳しいことは言えないというのが僕の考えかたとしてありますね。

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いまルールがわからない怖さというものを、みんなが自分らしさを探るなかで感じているんだと思う。世界中どこでもツイッターなんかでちょっと変なことを言ってしまったら受信箱にバーッと脅迫状が届くような世界だから、本当に自由に自分らしさを追求できないなかで、なにか「これに従っていれば大丈夫だ」というルールを探す、その末に行きついているのがあのアイドル文化なんじゃないかと思う。


バンドやめようぜ! ──あるイギリス人のディープな現代日本ポップ・ロック界探検記
イアン・F・マーティン (著) / 坂本 麻里子 (翻訳)

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海外のレヴューは点数制でいまでも平気で1点とかつけるわけじゃないですか。そういう意味でいうと残っていると思いますけどね。

イアン:残ってはいるにしても、(悪く)書かなくなってきていると思う。逆に筋の通らないような批評に対するリアクションというのもソーシャル・メディアのおかげで出てきたし、反対意見が聞けるようになったという点ではいいことかもしれないね。

アイデンティティのことを言うと、ジャン・コクトーが1930年代に日本に来たときに「なぜ日本人は和服を着ていないんだ」って言ったんですね。フランスから来たコクトーにしてみたら「日本人のアイデンティティはそこだろ」「なに欧米化されてんだ」と思ったんだろうけど、1930年代の時点でも日本人はそうじゃなかった。イアンも日本に来てわかったと思うけど、日本人というのは、京都や桂離宮や歌舞伎に行っていればいいという簡単なアイデンティティではなくて、とくに東京みたいな都市ではアイデンティティは不安定で、流動的で、つねに揺れ動いている部分があるんですよね。だから、日本を発見する必要がないと思っているほうが発見できるくらいな逆説的な日本が横たわっていたりすると思うんですよね。そういう意味で、僕がこの本のなかでおもしろいとおもったところのひとつに、イアンはこの本を通じて京都や桂離宮や歌舞伎ではない、コクトーがかつて求めたような日本でもない日本を発見しているんじゃないかなと思うんだよね。それが日本人の読者としてすごく新鮮でしたね。

イアン:たしかに日本に対してあまり先入観を持っていなかったかもしれない。それは逆に思っていたのと違うか、思っていた通りだったかのどちらにしても、僕にとっては大きなことではなかったのかもしれない。僕の考えかたとして基本的には世界中どこも似ているっていうことが大前提としてあって、そもそも僕はなにか違うものがあったとしても違うところより似たところを探すタイプなんだよね。似ているところにばかり目がいくので、他の人からしたら「なんでこのふたつが一緒なわけ? 全然違うじゃない」って言われるときもあるんだけど。
 もちろんイギリスと日本は全然違うよ。全然違うんだけど、それはそれとして置いておいて逆にどんな共通点があるのかなって考えかたの人間だから、逆に根本的な考えかたの違いというのがのちのち見えてくるということもあるんだよね。例えばイギリスにずっと暮らしていると人に対する無礼さというのに慣れてしまってなんとも思わなくなるんだけど、日本に来たときにその親切さに驚いたのかというとそうではなくて、イギリスがああだったということを忘れてしまっていたんだよね。それで里帰りしてロンドンに戻るとこんなに無礼だったのかってことにあらためてショックを受けるんだけど(笑)。
 僕はブリストルの出身なんだけど、ブリストルに行くとすごくオープンでフレンドリーなことに驚くんだよね。東京は礼儀正しいけどフレンドリーではないよね。ブリストルのコンビニに行くと女性の店員さんから「お元気?」とか「いかがですか?」なんて笑顔で声をかけられて、しかもそれがブリストル訛りで言われるんで日本だったらたぶん大分訛りって感じなんじゃないかな(笑)。でもそれに対して言葉を返せない自分がいるんだ。東京だったらこんなふうに声をかけられることがないから、どうしようってなっちゃうんだよね(笑)。そういうことを忘れていたということに驚くということはあるんだよね。日本に驚くんじゃなくて、地元に帰ったときに驚くんだ。
 念のために言っておくと、ブリストルのって言ってもちょっとした郊外のエリアに住んでいるみなさんのことを言っているのであって、ブリストルの中心街に行けばみんなアスホールだよ(笑)。

(一同笑)

イアン:まあ、いい人もいるけどね(笑)。ブリストルは大好きだよ。UK全体を見て自分が愛着をもって語れるのはブリストルくらいだよ(笑)。

なるほどね(笑)。本のパート2の通史の部分なんですけど、ここはいろいろと調べて、そうとうご苦労されたと思うんですけれども、どのように調査したのでしょうか?

イアン:いろんなミュージシャンに出会って聞いた話ももちろんあるし、本を読んでということもあるけど、ジャーナリストの人たちからも話を聞いたんだよね。とくに70、80年代のポップスに関してはそういった人たちからロード・マップ的なものをもらって、自分なりに人脈図を解明していったんです。ジュリアン・コープの本があるけど、ああいうのは取扱注意なんだよな(笑)。あの本に出てくるような実際の人に言わせれば「あれはフィクションだ」ってことになってしまうけど(笑)、事実じゃないと言われていたことが時代を経てのちに事実化していくみたいなこともあるからおもしろいよね。「本当だったよ!」って言ってあげればジュリアン・コープは喜ぶんだろうけどね(笑)。でもやっぱり事実とフィクションは分けきゃいけないと思う。ただ彼の本のなかにおいてはその境目がはっきりしないんだよね。たぶん本人にもそのボーダーがはっきり見えていないというタイプだからだと思うけど、ここは真実でここは違うという見分けは難しいところだったよ。
 ただ自分の本として書いていくときにやっぱりフィクションは別のところに置いておきたかったから、とくにパート3においてはそのあたりを注意しつつ、3つ4つ起こった出来事を組み合わせてそのなかから出てきた事実とか、あとは様々な新聞の見出し記事とかを見ていって、自分なりに考えてこうだろうと思った真実ももちろん入ってきてはいます。ただ事実を事実って書くときは正確にと思っていたので、それがもし正確に書けていけないところがあったとすれば、それは僕が取材のなかで誤解したことがあったということなんだろうと。それは認めます。ただソースにいくつか当たって再チェックもしたので、そこは慎重を期してはいます。あとはジュリアン・コープの話に戻るけれども、あの本のなかでも裸のラリーズのメンバーが飛行機をハイジャックして北朝鮮まで飛んで行ってという話を出したけど、それは嘘だと思っていたら事実だったということが後にわかったりもしているので、やっぱり魅力的なストーリーというのは嘘だと思っていると事実は小説よりも奇なりということもあるんだなと思ったね。ベーシストが20人とかさ。そのなかでひとりでもおもしろい人がいたらその人に注目が集まるし、その人ばかり大きくなっていくということは当然あると思う。事実かどうかは別として、おもしろい話というのはおもしろいんだよね。

海外の人は、ジュリアン・コープ的な人は、とかくジャックスとラリーズに対して抱く反体制的な幻想が大きいと思うんですよね。例えば日本映画の足立正生や若松孝二といった人たちの作品は、60年代当時のラディカルな政治運動と本当にリンクしていましたが、日本のロック・バンドは必ずしも彼らのように政治運動と深くリンクしてはいないんですね。

イアン:まずは野田さんが政治的というときの意味合いと、僕はこの本のなかで語っている政治的の意味がちょっと違うのかなと思いました。僕が言っているのは存在としての政治性ということなんだよね。とくに70年代のそのあたりのバンドというのは曲の内容とか、実際に政治的な活動をしていたかどうかということとは別として、いわゆる日本の社会からはステップ・アウトしている人じゃないとできないようなところにいた人たちじゃないですか。その存在が後にすごくヘヴィ―に政治的なものだったと見られるようになった人たちだったということなんだよね。だから曲自体がポリティカルじゃなかったということは僕も理解しているけど、それが彼らがポリティカルな存在ではなかったってこととイコールではないと思うんだ。彼らがどういう人物でどういう暮らしをしていたか、そのことの政治性ではなくて、彼らを見ている側からどういう存在だったのかというところで政治性が感じられた人たちだったということだね。
 僕は今回本を書くにあたって、読んでくれる人には二種類いると最初から思っていて、それは日本の音楽のことなんてなにも知らない外国人と、あとは日本の音楽オタク(笑)。僕がこういう文を書いたところでその両方を100%満足させるってことは無理だし、とくに歴史においてはある程度読みやすく端的にということをしないとどちらの人にとっても満足できない本になってしまうと思ったので、ことによってはわりと簡略化して書いて、そのなかでもラリーズは刺激的なバンドだったし、頭脳警察なんてもっとそうだから度合いの違いはあるとは思うんだけど、でも類としては同じだろうという語りかたになっているんだよね。日本の社会のそういう一面を代弁していたバンドという括りになっているんです。そうしないとどちらかはものすごく喜ぶけどどちらかにはつまらない、あるいは詳しい人にはわかるけどわからない人には難しいものになってしまう。パート2の歴史の部分はそういった姿勢で書いているんだ。ある程度慣らして書いたところも省いて書いたところもあります。
 でももちろん勝手に話を作ってしまうのはダメだけれども、情報やニュアンスというところでの手加減があったということですね。他にも重要なバンドがいるだろうと言う人もいるかもしれないけど、それは省く必要があったということで、これは百科事典じゃないんだからね。野田さんのおっしゃることは僕もポイントとしては理解しているけれども、全部まとめて細かいところまで書きこむということじゃなくて、ちょっと太い筆でバーッと書いたという感じかな(笑)。

(通訳さんに)この本を作っているときにイアンに、メールで「なんで大瀧詠一と山下達郎とゆらゆら帝国が載ってないの?」って聞いたんですよね(笑)。

イアン:そういえば訳者の坂本さんが「ユーミンと四畳半が一緒なのはおもしろいね」と書いてくれていたんだけど、同じところに入れたつもりはないんだけどね(笑)。とにかく、その理由は、全部入れるスペースがなかったということとと、ユーミンと四畳半がそうであるように、同時期に出てきたものは、その後に現れた新しいムーヴメントのなかではわりと似た感じで語られていたんじゃないかなということなんだ。だから僕も決して同じカテゴリーで認識しているわけじゃないんだよ。でも僕の頭のなかではカテゴリーは違うんだけれでも、流れやコンテキストとしては繋がっているんだ。

この本であなたが称揚しているオルタナ系ロック・バンドよりも、現代のとくに英米ではエレクトロニック・ミュージックのほうがより身近な音楽になっていますね。でもこの本のなかにはエレクトロニック・ミュージックやヒップホップについてはまったく語られていない。それはなぜですか?

イアン:(エレクトロニック・ミュージックやヒップホップについては)知らないからですね(笑)。

あなたが好きなステレオラブは、エレクトロニック・ミュージックともリンクしていたよね?

イアン:70年代後半から80年代あたりまでのミニマルなエレクトロニクスやインダストリアル系、クラフトワークやニューウェイヴ的なものの余波で出てきたようなものは多少聴いてはいたけれども、その手のものは日本ではなかなか見つからなかったね。いくつかあるのは知っているけど、それほど見かけていない気もするんだ。そのへんの影響というのはなんなんだろう。サブカルチャーの世界のゴシック・テクノとか、そっちに吸収されちゃっているような気がするけど。

ブリット・ポップ時代というと、トニー・ブレアがナイトライフを賞揚した時代でもあって、クラブ・カルチャーがメインストリームの産業に吸い込まれた時期とも重なるんで、あなたはあまりクラブ・ミュージックというものに対していい印象がないんだろうと深読みをしたんですが(笑)。

イアン:そこまでクールな人間じゃなかったからね(笑)。僕にとってのクラブはそういう場所じゃなかったし、そういうわけで僕はクールな人間じゃなかったからドラッグが出てくるようなところには全然行けなかったんだ(笑)。

ブリストルなのにね(笑)。

イアン:そうだよね。でも大学はボーマスという海沿いの小さな町にあったんだ。大学時代にブリストルにいなかったというのもひとつ理由としてあるかもしれないね。そうはいっても小さな町でもいくつかクラブはあったし行ったりもしていたけど、どちらかというとバンドのライヴを観に行ったり、あとはインディ・ディスコに行っていたね(笑)。インディ・ディスコは名前がすごくダサくて、聞いたとたんにあか抜けない感じのイメージが湧くのが好きなんだけど(笑)。自分のイベントをその名前でやっているのはそういう理由からなんだ。でも90年代のブリストルの有名なエレクトロニック・ミュージックは聴いてはいたよ。
 90年代のエレクトロニック・ミュージックでピンときたのはオービタルかな。あの時代のその手のバンドのなかではもっともクラフトワークに繋がっているところがあるバンドだったと思う。

話は変わりますが、ツイッターで「アイドルについては本当は書きたくなかった」というようなことをおっしゃっていて、でもパート3はやっぱり読んでいてすごくおもしろいんですよね。よくここまでJポップやアイドルを聴いたなと思いました(笑)。

イアン:はははは。やらざるをえなかったんだよね。ビジュアル系は無視できても、アイドル・カルチャーをなかったことにはできなかったかな(笑)。
 頭の良さそうな分析が簡単にできてしまうところがアイドル文化の危ないところなんだ。メカニズムとしてすべて表面化しているというところがアイドル・カルチャーの特徴で、隠していないんだよね。「どうぞ、ご覧ください」って感じでみんな見せてしまっている。見せたうえである程度参加させてくれる。そういうマシーンのありかた自体がアイドル・カルチャーが売り出している商品の一部であるというところが特徴なんだと思っているね。しかもそれをメディアがどんどん取り上げるでしょ? それで僕みたいな人間がそれについていって引っかかってしまうんだ(笑)。30、40代ジャーナリストの多くもその罠に引っかかっていると思う。ようするにすごく知的で、あたかもポップスを解析しました的な文章を書きたくなるんだよ。だけど実は秋元康さんみたいなそのマシーンを作った人の手のひらの上で遊ばされているに過ぎないんだよね(笑)。「どんどん私たちについて語ってください」という罠がそこに仕掛けられているんだ。昔や90年代のポップだったらその罠に対して「フェイクだ」と大声をあげることがあったと思う。それは表は取り繕っていて裏に隠している何かがあったから、声をあげてそれを暴露しようという気持ちになったんだろうけど、いまの日本のアイドル・カルチャーは裏がないんだよね。みんな見せちゃっている(笑)。それに対して何かカッコイイことを書いたと思っている人は多いんだろうけれども、実はそれはパンの残りかすを拾い集めている作業にしか過ぎないんだよね。そういうことを考えると(アイドルについて)一部書いてしまったことは、あーあと思っているね(笑)。自分が罠にかかっていることを肯定しているよね(笑)。

はははは。ずっと日本に住んでいると慣れて忘れてしまっていることもすごくあるので、この本でいくつもの「気づき」があることも僕にとっては興味深く思えたんですね。例えば「日本は独立国ではない」というふうに書いている箇所があって、それは、「アメリカ軍が駐在している国である」ということですね。ここでは、たとえば「反米」という考えが、英米の左翼/右翼のようにはいかないと、当たり前のことなんだけど、なるほどと思ったんですね。そういうことはつい忘れてしまうことであって。みんな日本は立派に独立国だと思っているんだけど、あなたから見れば「じゃあ、なんでアメリカ軍が駐在している?」と。

イアン:取り込んでしまって考えなくなってしまうというのがイデオロギーってやつの一面だよね。今日のインタヴューで「アイデンティティ」ってよく言っているわりには、本のなかではその言葉はあまり使っていないんだけど。いま世界のなかで変化するアイデンティティが問われる世のなかになってきているということから振り返って考えると、こういうことが言いたかったんだなと、いま「アイデンティティ」という言葉が出てきているんだ。この本を書いた3年前にはまだそういう状況になかったということだと思う。
 それでアイデンティティの権化のひとつがまさにアイドル文化だと思っているよ。あのアイドル文化的なものが成功してビジネス・モデルとして日本で成り立っているというのは、まさに帰属意識を煽るからなんだと思う。DJをやっていてもインディ・アイドルとかそういう人たちがいるし、パンク系でもアイドルの人がいたりするようないまの状況を見ていると、僕はDJもやるからそういう人たちの姿もよく見ているんだけど、アイドルの世界においては客との距離感の近さがとにかく極端だよね。しかもインタラクションまでできてしまうし、アイドル・オタクの人たちの動きかたって振付けでもしているくらい同じことをやるでしょ? それを外から見ているとすごく不思議なんだけど、中にいる人にとってはそれが極めて自然なありかたであるんだよね。自然の押しつけみたいなことがそこではなされていて、すごくストレスを感じるんじゃないかなって思うんだけど、どうなんだろうね。ルールがわからない人にとってはやっぱりああいうのは見ていて怖いよね(笑)。入っていけないと思う。でもそのルールに従ってしまえばものすごく居心地がいいんだろうな。
 いまルールがわからない怖さというものを、みんなが自分らしさを探るなかで感じているんだと思う。世界中どこでもツイッターなんかでちょっと変なことを言ってしまったら受信箱にバーッと脅迫状が届くような世界だから、本当に自由に自分らしさを追求できないなかで、なにか「これに従っていれば大丈夫だ」というルールを探す、その末に行きついているのがあのアイドル文化なんじゃないかと思う。
 その居心地の良さというものの魅力もわかることにはわかるんだ。さっきおっしゃったような左/右の伝統的な価値観が日本の現状にはなかなか当てはまらないということにも繋がってくるんだけど、右/左というものにはまり切らないなにか、サブカルチャー的なものが実はこの日本においてすごくメインストリームになっているんだよね。そういう意味では混ざり合っているなにかみたいなところで、僕は本来はそこに居心地の良さを感じるようなタイプなんだけど、そこを切り取ってまた細分化していくようなことがいまの日本では行われているような気がしているんだよ。いまはひとつに絞って「こうだ!」と言うことがなかなか難しい。
 本来のメインストリームというものがすごくわかりづらい遠いものになってしまって、本当はそうじゃなかった日陰の存在がすごくメインストリームなものになっている。あんまりそういうことを言っていると陰謀論みたいに思えるかもしれないね(笑)。すごく売れているものや、社会的にすごく高レベルなものというのがすごく遠いものになってしまってリアルに感じられなくなるなかで、自分のリアルというものはなんだろうと探している人たちが大勢いるという現実があるから、そういった細かいところでアイドル文化的なものに居心地の良さを感じる人もいるし、木製のテーブルのカフェでコーヒーを飲むのが自分の居場所だと思う人もいるし、すごく細かくなっているよね。そこまでしてそういう居場所を探す情熱があるんだったら、インディ・バンドのライヴを観に行ったほうがいいよ。

たしかに(笑)。

イアン:ああいうところには本当に自分の作りたいものを作ろうと頑張っている人が大勢いるわけで、それを支えるということをやったらいいじゃない。そこに自分の居場所を生み出すことができたら、そんな健康的なことないじゃない? 資本主義やビジネスの人たちというのはそこらへんのことがわかっているんだよ。わかりやすいものをポンと投げて、こういう動きが起こっているなというところを嗅ぎつけて、それを商品化していっている。そういうことに異を唱えすぎるとマルクス主義で『赤旗』を配っているんじゃないかって思われるかもしれないけど(笑)。僕もコピーライターをやっている人間なので広告の仕組みはわかっているから、「“I am MUJI」じゃないけどね。「“I am MUJI」ってお前が言うなって話で、人から言われることじゃないような押しつけがいっぱいあることはわかっているから、いわゆる本当にその人が好きでこれがリアルなんだって追いかけていたものを後ろからビジネスが追い抜いて、「はい、これがトレンドですよ」って出してくる仕組みの権化がまさにアイドル・カルチャーだと思うんだよね。あそこまでオープンにフェイクなものを認める社会があって、それがいまの彷徨えるアイデンティティ的な現象のシミュレーションなんじゃないかって思うんだよね。

結局のところ、きゃりーぱみゅぱみゅが表現する自由っていうのは、「好きなものを買える自由だ」ってことを書いてるけど、昔から日本は消費するのは得意だけど生産(創造)することに関しては苦手という意見があるんですよ。

イアン:逆に音楽の世界では作るのが苦手というのは違うと思うな。少なくとも音楽業界においては、作っている人が大勢いて、買う人のほうが少ないですよね(笑)。作る人間が多すぎる! もっと聴いて!

そうだね(笑)。それは見かたの違いですね(笑)。

イアン:(『バンドやめようぜ!』を取り出しながら)そういうときにこれだよね。「バンドの数が多すぎるから、お前はやめろ!」っていうのもひとつの解釈だよね(笑)。でもこの「やめろ!」というのは決して命令ではなくて、逆にこっちから挑んでいる問いかけなんだよね。「やめるだけの勇気が君にはあるか?」ってね。

「やめられないだろ?」って意味だよね。

イアン:これを括弧のなかに入れるとみんなに言われている気がするよね。音楽だけじゃなくて社会においても「やめちゃえばいいじゃん」って声がどこからも聞こえてくる感じね。

最後の質問にしますね。影響を受けたライターを教えてください。

イアン:インタヴューでミュージシャンがよく影響を受けたバンドについて聞かれているじゃない? そこであんまりはっきり言わない人が多いことに「なんで言わないんだよ」って思っていたけど、結局コピーしていることがばれるのが嫌だってことだよね(笑)。いまそういう立場になってわかった(笑)。

はははは。

イアン:実は音楽批評はあまり読まないんだ。子どもの頃はよく『メロディ・メーカー』を読んでいたから自分のなかに入ってはいるんだろうけど。僕がとても若いころに影響を受けたのはダグラス・アダムスだね。彼はコメディを書く人だからおもしろい言い回しというか、わざと小難しい言葉を重ねて文章を構築する人なんだよね。モンティ・パイソンや70年代のコメディに通じるようなおもしろさの人だね。スチュワート・リーというコメディアンがいて、彼はスタンダップ・コメディもやるんだけど作家でもあって、ちょっと保守的な表現をする人なんだよね。そこからもけっこう影響を受けているんだろうな。書きかたについてもそうだし、「コメディとは?」というような本を書いているんだけど、彼のコメディ観みたいなものを音楽に当てはめて考えてもおもしろいなと思うような発想をくれるんだよね。もちろん書くことにも応用の効くような発想だったし、スチュワート・リーはアートの作りかたみたいなものの発想自体がすごくおもしろいんだ。日本語になっているものがあるかどうかはわからないけど、そもそもがスタンダップ・コメディアンということもあるからね。イギリスのコメディというのは作品が出回っているということでは狭い世界かもしれない。
 音楽の本で影響を受けたのは、Artemy Troitskyというロシアのジャーナリストが書いた『Back in the USSR:The True Story of Rock in Russia』(1988)。これはソヴィエトのロック史を彼自身の経験を織り込みながら絶妙に描いた本で、今回の執筆において大いに助けられました。

 

※ちなみに、「QUIT YOUR BAND!」の直訳は「バンドをやめろ!」で、原題は「CLAP YOUR HANDS」とか「KILL YOUR IDLE」など英文でよく使われる「●●YOUR●●」の言葉遊び。

Takehisa Kosugi - ele-king

 個と集団の即興、イヴェントとコンセプト、電子音楽からサウンド・インスタレーション――小杉武久の歩みをたどりなおすと1960年代以降の実験的な音楽の歴史がみえてくる。かたわらにいるのはケージやテュードアやマース・カニングハム、ナム・ジュン・パイクとフルクサスのながれがある一方でジム・オルークやボアダムスのヤマタカEYEら、ピチピチした音楽ファンにもおなじみの名前が登場するのも小杉武久の作品がくりかえし問題にされてきたゆえんである。その可能性はときを経るごとに古典的な風合いを帯びるどころかいよいよ存在感を増しつつある、ひとつには作品の射程の広さと深さにおいて、さらにそれが継起的につねに現在にありつづけることによって。たとえば《マノ・ダルマ,エレクトロニック》(1967 / 2015年)は数個の発信器とトランスミッターと受信機にあたるラジオを、間隔をあけて天井から紐で吊し扇風機の風をあてると場内の空気の状態で受信状態が変わるさまを聴くサウンド・インスタレーションであり、これはのちに《キャッチ・ウェーブ》へ発展していくことになるだろう。あるいはソーラーパネルを電源に電子音を発生させる多数のオブジェクを机の上に乗せ、ちかづく観客がオブジェの光を遮断すると音がかわる《ライト・ミュージックⅡ》(2015年)しかり、本展のサウンド・インスタレーションは視聴覚上の体感はむろんのこと観客の鑑賞が作品にかかわることで、観る(見る)こととつくることが共存するひらかれた作品でもある。小杉武久は音をながれるにまかせ、西欧的な形式はもとより、そこにこびりついたしつこい制度も洗いながそうとした。タージ・マハル旅行団はその結晶のひとつだがヒエラルキーがないからすばらしいのではない。音は囁いたり呟いたり飛び跳ねたかと思えば、寝転んでいる、即興という名称からして自由な、ところがじつはそうでもないこともすくなくない方法を小杉武久は60年代末から70年代にかけてすでに解放していた。その時代的な背景を述べるのは本稿の主旨ではないが本展に足を運べば、1938年に生まれたたぐいまれな音楽家の足跡を一望できるチャンスがある。

タージ・マハル旅行団 (1971 年)

 展覧会は5部構成。まずは「グループ・音楽から反音楽へ(1957~1965年)」(第1章)からはじまり、ついで「フルクサスからインターメディアへ(1965~1969年)」(第2章)さらに「タージ・マハル旅行団(1969~1976年)」(第3章)、「マース・カニングハム舞踊団(1976年~)」(第4章)と、時間軸に沿って記録写真、チラシやポスター、プログラムなどのアーカイブ資料で小杉の履歴を俯瞰する構成をとっている。上述の《マノ・ダルマ~》などは第5章「サウンド・インスタレーション(1963年~)」での展示だが、これだけ網羅的な記録が集まる機会はまたとないだろうし、会期中はトークや映像など(フルクサス的な意味じゃないほうの)イヴェントももりだくさんなので、関西圏はむろんのこと、それ以外のみなさんも、音楽のピクニック気分で足を運ばれるのをはげしくおすすめします。(松村正人)

小杉武久 音楽のピクニック

会場:兵庫県芦屋市立美術博物館
会期:2017年12月9日(土)~2018年2月12日(月・祝)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし1/8・2/12は開館、1/9は休館)、年末年始(12/28-1/4)
観覧料:一般800(640)円、大高生500(400)円、中学生以下無料(括弧内は20名以上の団体料金)
フリーパス:一般:1,200円/大高生:800円
※ご本人様に限り、会期中何度でも展覧会をご覧いただけるお得なパスポートです
高齢者(65歳以上)及び身体障がい者手帳、精神障がい者保健福祉手帳、療育手帳所有の方ならびにその介護の方は各当日料金の半額
※同時開催「昔のくらし」展の観覧料も含む
※観覧無料の日:2017年12月24日(日)、2018年1月8日(月・祝)

■関連イベント
1. トークショー
高橋悠治(作曲家・ピアニスト) 聞き手:川崎弘二(電子音楽研究)
日時=2017年12月23日(土・祝) 14:00~ *約1時間を予定
会場=講義室
定員=80名
参加費=無料(ただし要観覧券)
*要事前申込(締切12月7日(木))

2. 対談
小杉武久(音楽家) × 藤本由紀夫(アーティスト)
日時=2018年1月13日(土) 14:00~ *約1時間を予定
会場=講義室
定員=80名
参加費=無料(ただし要観覧券)
*要事前申込(締切12月25日(月))

3. 上映会
日時=2018年
1月27日(土) プログラム1「小杉武久 演奏記録」
1月28日(日) プログラム2「現代美術とのかかわり」
2月10日(土) プログラム3「PR映画・記録映画・科学映画」
2月11日(日) プログラム4「マース・カニングハム舞踊団」
いずれも13:30より(開場13:00~)
会場=講義室
定員=80名
参加費=無料(ただし要観覧券)
*申込み不要、直接会場へお越しください。
*上映予定作品は芦屋市立美術博物館の公式HPよりご確認ください

4. ギャラリー・トーク
日時=2017年12月16日(土)、2018年2月3日(土)
いずれも14:00~ *約1時間を予定
会場=展示室
参加費=無料(ただし要観覧券)
*申込み不要、直接会場へお越しください。

〈1、2の申込方法〉
往復はがきに参加希望者全員の氏名(2名までお申込可)、代表者の住所・電話番号と希望のイベント名を明記のうえ、芦屋市立美術博物館までお送りください。
【申し込み注意事項】
※お申込みは1つのイベントにつき1通、申込多数の場合は抽選。
※申込締切日の2~3日後に結果や参加方法をお知らせいたします。お知らせが届かない場合は、お手数ですがご連絡ください。




グループ・音楽 「即興音楽と音響オブジェのコンサート」 チラシ (1961 年)

 昨日大阪でのイベントの開催をお知らせしたばかりですが、田亀源五郎ニュース、第2弾です。『ゲイ・カルチャーの未来へ』刊行記念イベント、東京でも開催いたします! 12月19日(火)、なんとDOMMUNEに田亀先生ご本人が登場! 『ゲイ・カルチャーの未来へ』担当編集の木津毅に加え、『弟の夫』担当編集の南部恵里香さんも出演、『弟の夫』の制作秘話が聞けちゃうかも? ele-king編集長の野田努も喋ります。木津セレクトによる音楽もいっぱいかかる予定ですので、きっとフランキー・ナックルズとボン・イヴェールが交錯する素敵な一夜を体験することができるでしょう。当日はぜひ会場まで足をお運びください!

ele-king TV presents 『ゲイ・カルチャーの未来へ』刊行記念番組
田亀源五郎、トーク・ショウ

出演:
田亀源五郎、木津毅、南部恵里香(『漫画アクション』編集)、野田努、小林拓音

日時・場所:
12月19日(火)@DOMMUNE
19:00~21:00

https://www.dommune.com/

SILENT POETS - ele-king

 サイレント・ポエッツとは、UKダブやアシッド・ジャズ、初期マッシヴ・アタックへのリアクションとして1992年に登場した下田法晴のプロジェクト。現在で言えば、ボノボやシネマティック・オーケストラにも繫がる折衷的ダウンテンポで、2017年のアルバムも良かったウィーンのトスカらのの欧州トリップホップとも通じている。が、その名の通り無口なこのプロジェクトは、クールなヴィジュアルやリミキサーのセレクト、そして硬派かつスタイリッシュな作風によって独自の世界を切り開き、90年代の日本クラブ・シーンにおいてひときわ輝いていたひとつ……なのである。それが12年ぶりにアルバムを出す。
 参加メンバーが「らしい」。5lackこだま和文ホーリー・クック、櫻木大悟(D.A.N.)などなど。素晴らしいです。
 発売は2月7日でタイトルは『dawn』。うーーーん、これは楽しみ!!
 ※ホーリー・クックをフィーチャーした先行7インチはすでに発売されているようです。
 

SILENT POETS
dawn

ANOTHER TRIP
発売日: 2018年2月7日(水)

収録曲:
東京 feat. 5lack [Extended DUB]
Eternal Life feat. NIPPS
Simple feat. 櫻木大悟 (D.A.N.)
Shine feat. Hollie Cook
Asylums for the feeling feat. Leila Adu
Division of the world feat. Addis Pablo
Non Stoppa feat. Miss Red
Rain feat. こだま和文
Distant Memory etc. (全12曲程度収録予定) 


SILENT POETS プロフィール

東京在住のDJ/プロデューサーである下田法晴のソロユニット。1992年のデビュー以来、長きに渡る活動を通じて、メランコリックでエモーショナルなDUBサウンドを育んできた。これまでにフランスのYellow Productions、ドイツの99 Records、USのAtlanticといったレーベルからアルバムがリリースされ、イビサ・チルアウトの歴史的名作『Cafe del Mar』をはじめ、世界各国の40作品を超えるコンピレーション・アルバムに楽曲が収録された。2013年に自身のレーベル、ANOTHER TRIPを設立。再構築DUBアルバム『Another Trip from the SUN』を発表し、エンジニアの渡辺省二郎とSILENT POETS LIVE DUB SETとしてリキッドルームなどでライヴを行った。ラッパーの5lackをフィーチャーしたNTTドコモ「Style’20」CMソング「東京」が2016 56th ACC CM FESTIVAL(現ACC TOKYO CREATIVE AWARDS) クラフト賞サウンドデザインを受賞。2017年、FUJI ROCK FESTIVAL出演を果たし、7インチシングル「SHINE feat. Hollie Cook」のリリースを皮切りに、デビュー25周年プロジェクトを始動。2018年、12年ぶりとなるオリジナルアルバムのリリースを予定している。

 おかげさまで好評をいただいております、田亀源五郎(著)『ゲイ・カルチャーの未来へ』ですが、その出版を記念したトーク・ショウが大阪にて開催されます。出演は田亀先生ご本人と、『ゲイ・カルチャーの未来へ』の編集を担当したele-kingでもお馴染みの木津毅! 日時は12月10(日)で、会場は難波のロフトプラスワンWESTです。当日は田亀先生によるサイン会も予定されており、嬉しいことに『ゲイ・カルチャーの未来へ』以外の田亀作品の持ち込みも可とのこと。詳細は下記またはこちらより。ぜひ足をお運びください!

BS0xtra with V.I.V.E.K - ele-king

 急な話ですが、今週の12月13日(水曜日)、ロンドンからダブステップのプロデューサー、V.I.V.E.Kが来日。これは、ブリストルを中心としたサウンド&カルチャーをここ東京に浸透させるべく始動した〈BS0〉の番外編〈BS0xtra〉(CHART参照)のゲストとしての来日になる。
  V.I.V.E.Kは、レーベル〈SYSTEM〉を主宰、サウンドシステム・カルチャーの視点からUKダブ/ダブステップをプレイする、現シーンの重要人物のひとり。いまアツい注目を集めている彼が、CONTACTのシステムをどう震わせるか、迎え撃つレギュラー陣が作り上げる空気とともにお楽しみください。

BS0xtra with V.I.V.E.K
at Contact Tokyo (Shibuya)
Wednesday 13th December 2017
9pm - 4am
¥1,500(w/1drink)

Facebook event page:
https://www.facebook.com/events/1991206010905951/

Guest:
V.I.V.E.K (SYSTEM, UK)
DJs:
DADDY VEDA (Antidote Concilium)
KILLA
Mars89 (Noods Radio Bristol / Radar Radio London)
NullDaSensei (TwinFox / NightVision)
OSAM GREEN GIANT (Soi Productions)


■V.I.V.E.Kプロフィール

 ダブステップ・サウンドにおいて、140bpmで制作された豊かな音楽の遺産に敬意を表しながらジャンルを推進していると賞されるアーティストは数えるほどしかいない。V.I.V.E.Kという別名で知られるヴィヴェク・シャルダは、そんなアーティストの中のひとりである。彼は、ダブステップのテイストメイカーや影響力のある人々の小さなグループの中で揺るぎない存在と言える。
 その音からも分かるように、V.I.V.E.Kは自身のインド人としてのルーツと、ドラム&ベースやダブをプロデュースしていた00年前後の初期の経験を基にした、豊かで多様なバックグラウンドを持つ。07年に〈On The Edge〉からダブステップの作品でデビューして以降、ダブステップのジャンルの中で最も尊敬されるレーベル〈DEEP MEDi〉〈Tectonic〉そして最も最近では〈SYSTEM MUSIC〉を通じ、アンセムを連発してきた。それらのリリースは、自身が受けてきた音楽的影響を組み合わせて、鋭い中域、軽快なスネア、重いローエンドの轟きを特徴とするサウンドを形成する能力を、レーベルがどこであれ示している。本当に美しい、メロディックな存在感は言うまでもなく。
 彼の音楽に加え、ロンドンに拠点を置くこのプロデューサーは、尊敬されるイヴェント・プロモーターとして、ダブとダブステップへの愛をカスタム・ビルドのサウンドシステムで融合させる。ピュアなサウンドと、とてつもない重低音を両立させる明確な努力を積み重ねてきた。英国内外で100%ダブステップのラインナップが消え、“ダブステップ”という用語が商業的な雑音と結びついている昨今において、〈SYSTEM〉はオリジナルのダブステップ・サウンドのファンのためのイヴェントへとステップアップした。 現在、〈SYSTEM〉と〈SYSTEM MUSIC〉はベースミュージック界で最も即座に認識されるブランドとなった。デビュー・リリース以来、V.I.V.E.Kが140bpmの音楽にどれだけの影響を与えたのか、これはその例のほんの2つにすぎない。彼は正にインスピレーショナルな看板役であり、他のプロデューサーがキャリア全体でするようなことを、たった7年で成し遂げている。

https://www.wearesystem.co.uk
https://www.facebook.com/viveksystem

Phuture - ele-king

 12/15(金曜日)、場所は渋谷VISION、シカゴ・ハウスの伝説、フューチャーがライヴをやります。もちろんあのフューチャー。「アシッド・トラックス」のフューチャーです。まあ、控え目に言っても必見ですな。

『EMMA HOUSE』
今回のゲストはDJ EMMAのアイデンティティに深く刻まれる“ACID”のオリジネーター“Phuture”が満を持して登場する。
1985年にDJ PierreとHerb J、Earl “DJ Spank Spank” Smithによってスタートしたシカゴ・ハウス・グループPhuture。アシッド・ハウスのイノベーターとして広く知られ世界でムーヴメントを起こした彼らのサウンドは必聴である。
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30年に渡り、東京のクラブシーンの第一線で輝き続けるDJ EMMA。
日本全国で数々のパーティを成功させ、永きに渡り日本のダンスミュージックシーンに多大な影響を与えてきた。DJ EMMAの代表するパーティ”EMMA HOUSE”は常にDJ EMMAが音楽と真摯に向き合う、まさに真のDJが作り出す唯一無二の世界。今回も国内外から豪華アーティストが集結する。今回のゲストはDJ EMMAのアイデンティティに深く刻まれる“ACID”のオリジネーター“Phuture”が満を持して登場する。1985年にDJ PierreとHerb J、Earl “DJ Spank Spank” SmithによってスタートしたシカゴハウスグループPhuture。アシッドハウスのイノベーターとして広く知られ世界でムーブメントを起こした彼らのサウンドは必聴である。

~LINE UP~

◉GAIA

RESIDENT:
DJ EMMA
LIVE:
Phuture
DJ:
PUNKADELIX (MAYUDEPTH)

◉DEEP

DJ:
DJ TASAKA
DJ Shufflemaster
Mustache X
LIL’ MOF

◉WHITE

KEN HAMAZAKI

◉D-Lounge

DJ:
MAGARA
YOPPI
LONO3 (NIGHTTRAIN)
yumi-cco
Daisuke G.

OPEN 22:00
¥3,500 DOOR
¥3,000 With Flyer
¥2,800 ADV


○e+
https://iflyer.tv/ja/event/295939/

○clubberia
https://clubberia.com/ja/events/274344-EMMA-HOUSE/

○RA
https://jp.residentadvisor.net/events/1035954

◉公式website
https://www.vision-tokyo.com/event/emma-house-5

いまだ眩い最高の夜 - ele-king

 現在のele-king読者の中で、1985年のニュー・オーダー初来日、もしくは87年の二度目の来日ギグを体験したというひとがどれくらいいるだろうか。もはや、その演奏や歌のあまりの下手さが伝説のように語り継がれている初来日の厚生年金会館2日目のステージは、『Pumped Full of Drugs』というビデオ作品としてリリースされているので、そのひりひりした緊張感溢れる演奏を追体験することは誰にでも簡単にできる。でも、実際にその場にいて伝説を目撃したひとはほとんどいないんじゃなかろうか。僕自身、年齢的にも住んでいた場所的にも行けたはずなのに、両方の公演とも行かなかった。大学受験を控えていたからとか何か理由があったはずだが、よく覚えているのは当時リリースされたばかりのアルバム『ロウ・ライフ』から、“パーフェクト・キッス”を使ったコンサートのCMがやたらにFM東京(初来日公演を開局15周年イベントの一環として主催し、生中継もした)で流されていたことだけだ。

 そんな時代から気の遠くなるほどの時間が流れた2016年5月、実に29年ぶりという日本でのニュー・オーダー単独ライヴが実現、どれだけオッサンオバサンだらけになるんだろうと思っていたが、伸ばせば手の届くような小さめな会場でのNOのお宝ライヴを求めてきたスタジオ・コーストの客席は、2000年代のフェスで彼らを知ってファンになったというような若いお客さんも多く、ちょっと意外だった。


New Order
NOMC15

Mute/トラフィック

Indie RockElectroPost Punk

Amazon Tower HMV

 その東京でのライヴから遡ること約半年、2015年11月17日にロンドンの名門ブリクストン・アカデミーで収録されたのが、こちらのライヴ盤『NOMC15』だ。タイミング的には、9月末に出た10年ぶりの新作アルバム『ミュージック・コンプリート』のツアーがパリを皮切りにスタートし、ブリュッセル、ストックホルム、ベルリンと欧州の主要な都市をまわった後の英国凱旋(この後国内をツアーで巡った)。演奏や歌もしっかりしているし、お客さんもかなり盛りあがって、本人たちが楽しくやっているのも感じられる。ちなみにこのアルバムは当初、LiveHereNowというレーベルからリリースされていた。

 LiveHereNowはミュートの子会社としてスタートしたライヴ収録&オンデマンド販売の会社で、当初はライヴ会場でアンコールが終わると数分後には当日の音を収録したCD-Rが買えるというシステムをウリにしていたが、最近ではもう少ししっかり作り込んだライヴ盤をCDとレコード+デジタル・データで後日(サイトからの直販で)リリースする形にシフトしているようだ。もしかすると、制作者側でまったく吟味したり後から修正したりというステップを踏まず、ミスなども含めてそのままファンの手にライヴ音源が渡ってしまう(≒ネットに出まわってしまう)という点があまりアーティストに好ましく思われなかったのかもしれない。ただ、熱心なファンにとっては、ライヴの現場で偶然起きるハプニングこそが貴重なもので、それがプロの手で録音/録画されて簡単に手に入るなんて夢のような話だ。今でこそ笑い話にしか聞こえないかもしれないが、素人が客席から録音したようなモノからコンサートのミキシング・コンソールからこっそりライン録音された音源が流出したものまで、貴重なブート盤を探し求めて西新宿の怪しいレコ屋を何店もさまようなんて時代があったのだ。先の『Pumped Full of Drugs』などは、東洋の僻地でのレアなステージを本国で見せるための公式ブートみたいなものだ。かつて石野卓球がこの日の演奏を「歌の出だしでいきなりキーを間違えて、すぐに音程下げて歌い出した」って説明してくれたことがあるんだけれど、確かに“コンフュージョン”や“ブルー・マンデー”がそんな感じでびっくりするし、DMXのドラムマシンが暴走気味でときどきリズムがずれてるし、さらに言うと、“ブルー・マンデー”では照明が意図せず眩しすぎたのか、バーナード・サムナーが「照明消せよ、このオ●ンコ野郎!」とマイクを通してスタッフに文句を言うところまで収録されている。セットリストにはある“パーフェクト・キッス”がカットされてるからおかしいなと思って前日のFM生放送の録音を探して聞いたら、キーがどうこうのレヴェルじゃなく声がよれよれでまったく歌えてないし、演奏の前に「OK、マザー・ファッカーズ」とか言っちゃってる(生放送中……)。当時は、本当にめちゃくちゃだったんだよね。この頃のライヴを年代順に見ていくと、ステージをこなすたびに毎度ミスを犯しながらも腕を上げ、数年後にはこの辺の曲もちゃんと歌えるようになってるという(笑)。

 もちろん、素人臭さや決して巧いとは言えない演奏も魅力と考えられてきたバンドにしたって、35年もやってきたら丸くなるし、技術だって向上する。それをニュー・オーダーらしくないと言うファンもいるだろう。たしかに、長年バンドに軋轢やひりひりした緊張感をもたらしていたピーター・フックはもういないし、11年にジリアン・ギルバートが復帰して以降の、新メンバー2人を加えた5人体制にもすっかり馴染んでしまった。もはや今のNOは、初期とまったく同じバンドだとは言えないかもしれない。でも、稚拙さや技術のなさをひらめきや天才的なソングライティングの力だけでねじ伏せてきたニューウェイヴの申し子みたいな存在が、二度の解散状態を経ていまだ現役で、さらに老成へ向かっている姿を拝めるのは、すごいことだと思うのだ。

 近年ワーナーからライヴ・ビデオはいくつかリリースしてきたNOだが、純粋に音のみのライヴ盤は所属レーベル発の正式なものがなかった。『ミュージック・コンプリート』はもちろん、『ムーヴメント』と『テクニーク』以外の全アルバムとヒット・シングルから満遍なくチョイスし、ジョイ・ディヴィションのカヴァーも2曲やるというベスト盤的な選曲、そしてその日にやった曲すべてをカットせず2枚組CDとして収録したのも、フッキーなしでもここまでやれたというバンド史上何度目かのピークのドキュメントとして秀逸だ。当初はあんなに苦しみながら歌っていた80年代のヒット・シングル曲を、ただきちんと歌いこなすだけじゃなく、レコードとは違う節回しで、ちょっとアドリブを交えたりしながら楽しげに歌っているのにも驚かされる。さらに、“トゥッティ・フルッティ”と“ピーポー・オン・ザ・ハイライン”ではブリクストン・アカデミーのすぐ近所に住んでいるというラ・ルー(エリー・ジャクソン)をゲストで迎え、アルバム同様のデュエット曲として聞かせてくれる。

 CDではバンドの演奏に音声を混ぜるのは意図的に一部の曲(“テンプテーション”や“ブルー・マンデー”)に絞られているが、会場のファンが大合唱しているのが少し垣間見える。英語の歌詞を全部覚えているわけもない日本のオーディエンスでは、そういうことはなかなか起きえない。ところが、海外のコンサートに行って、特にヒット曲をたくさん持ってるベテランだと、会場にいるほとんどのひとが歌っているんじゃないかという瞬間がある。今年6月、日本に来てくれる望みがほとんどないデペッシュ・モードを聞くために、わざわざベルリンまで出向いた。そこで目にしたのは、7.5万人収容可という巨大スタジアムを埋め尽くしたファンが、地響きのように“エブリシング・カウンツ”を大合唱するという信じがたい光景だった。ブンデスリーガのライバル・チームによる因縁の一戦とか、ワールドカップの決勝戦なら白熱したサポーターが声を重ねて応援する声がスタジアムに響き渡るのもわかるけど、デペッシュ・モードだからね! もちろん、ベルリンのオリンピック・スタジアムと、ロンドンのブリクストン・アカデミーじゃあ規模が全然違うけど、“アトモスフィア”や“ラヴ・ウィル・ティアー・アス・アパート”で大合唱が起きて、スクリーンにはあの「Forever Joy Division」と書かれたイアン・カーティスの画像が投影されていたと想像すると、やっぱりちょっと泣けてきてしまう。

 この王道的な、こなれてダラッとした中年バンドになったニュー・オーダーも愛おしい。でも挑戦的で尖った彼らもまだ諦めたくなくて、そういう意味では今年の7月にマンチェスター・インターナショナル・フェスティヴァルの一環として行われたスペシャル・ライヴの様子もぜひきちんと商品化して欲しいところだ。このライヴは“ブルー・マンデー”もその他の定番ヒット曲もほとんどやらず、映像も使わず、かわりに王立ノーザン音楽大学の学生12人から成るシンセサイザー・アンサンブルをバックに従え、ソリッドでエレクトロニックな演奏を披露した。しかも会場が、かつてトニー・ウィルソンが働いていたグラナダTVのスタジオだった場所だというから、BBCで放送された一部だけ(YouTubeで見られる)じゃなくて、全編を通して見て/聴いてみたい。

interview with Cassie Ojay (Golden Teacher) - ele-king


Golden Teacher
No Luscious Life

Golden Teacher / ビート

DiscoFunkDubAfroPost-Punk

Amazon Tower HMV iTunes

 昨年出たパウウェルのアルバムは、やはりひとつの画期だったのだろう。今年に入ってからというもの、チック・チック・チックマウント・キンビーキング・クルールやLCDサウンドシステムなど、80年代のポストパンク・サウンドを導入した作品のリリースがあとを絶たない。アラン・ヴェガの遺作もこの流れに位置づけることができるし、エンジニアにスティーヴ・アルビニを迎えたベン・フロストもまたこの趨向に従っていると言える。そんなポストパンク・イヤーを締めくくるかのように、オプティモに見出されたグラスゴーの6人組バンド、ゴールデン・ティーチャーがファースト・フル・アルバムを完成させた。
 シングルで展開していた実験的な側面はやや控えめに、よりダンサブルな方位を志向した『No Luscious Life』は、ESGやダイナソー・L、コンクやマキシマム・ジョイといった先輩たちのイメージを振り撒きつつも、クラブ・カルチャーを経由した今日的なプロダクションとアフリカ音楽の独自の解釈をもって、単なる回顧主義に留まらないポテンシャルの片鱗を覗かせている。
 今年はアンビエント~ニューエイジの領野でも80年代を参照する動きが目立ったが、それはおそらくいまの情況が、かつてのレーガン=サッチャー=中曽根の時代と似通っている、ということなのだろう。ゴールデン・ティーチャーのこのアルバムもそのような時代のムードに敏感だ。「甘い生活なんかない」と謳うアルバム・タイトルは昨今の世相を反映しているかのようだし、じっさい“Sauchiehall Withdrawal”では最低賃金で働かざるをえない人びとのことが歌われている。

   

いつだって一生懸命働いてる でもなんで?
いつだって一生懸命働いてる でもなんで?

 メンバーそれぞれで出自が異なるという彼らは、そもそもどのようにして出会い、ともに音楽を作り始めることになったのか。そして彼らはいまどのようなことを考えているのか。ヴォーカルのキャシー・オジェイが答えてくれた。

テーマは最低賃金で働くことについて。以前はストリートの組合があったから良かったんだけど、いまは存在していないから、労働条件が悪化しているの。ときに罠にはめられているような気がするのよね。

ゴールデン・ティーチャーはどのように結成されたのですか? アルティメット・スラッシュとシルク・カットというふたつのグループが母体になっていると聞いたのですが。

キャシー・オジェイ(Cassie Ojay、以下CO):私たちのほとんどがグリーン・ドア・スタジオ(若いミュージシャンたちのための育成コースを運営している拠点)で出会ったの。当時、オリヴァーとローリーはアルティメット・スラッシュ(Ultimet Thrush)にいて、サムとリッチはラヴァーズ・ライツ(Lovers Rights)っていうバンドにいた。チャーリーはブルー・サバス・ブラック・フィジー(Blue Sabbath Black Fiji)っていう素晴らしいバンドにいたんだけど、彼はその時点でツアーの経験も豊富で、曲もたくさん書きためていたの。一方私は、そのときまだ高校を卒業したばかりだった。まだ17歳で、歌うことが大好きだったから、そんな重要な時期に彼らと出会えたのはすごく良かったわ。いろんなことを学んで、たくさんのことを吸収している時期だった。みんな出会ってから、互いに成長し合ってきた。そして、自然にバンドを組むことになったの。それまではただ自由に一緒に音作りをしているだけだったんだけどね。チャーリーに初めて会ったときは、ほとんど話さなかった。暗い部屋に入って、自分たちが聴いたことのない、他のメンバーが作ったトラックの上から、ふたりでヴォーカルを乗せたの。それが結果的に3枚めのシングル「Party People」としてリリースされることになったのよ。

「ゴールデン・ティーチャー」というバンド名の由来を教えてください。

CO:由来はマジックマッシュルーム(笑)。でも、グリーン・ドア・スタジオを運営している人たちがみんなオズの魔法使いみたいだったから、ゴールデン・ティーチャーたちという意味も込めているのよ。私たちは先生たちからすごく影響を受けているし、レコーディングする機材を使わせてもらったりもした。そのふたつから来ているの。

バンド・メンバー全員に共通しているものは何でしょう?

CO:私たちって、みんな本当にキャラが違うのよね。それがこのバンドの利点になっていると思う。みんなが異なる音楽のテイストと世界観を持っていて、それがうまく機能している。自分たちで互いを刺戟し合っているのよ。たとえばチャーリーはファンクが大好きなんだけど、彼がファンクのトラックを作ろうとしても、他のメンバーの影響が入るから、ふつうのファンク・トラックには仕上がらない(笑)。共通点があるとすれば、それは音楽への情熱ね。その音楽が違っても、注ぎ込む愛情は同じなの。それが混ざり合っておもしろいものが生まれているんだと思う。

あなたたちの音楽からはESGやアーサー・ラッセルの影響が感じられます。バンド・メンバーはじっさいにはどのような音楽から影響を受けてきたのですか?

CO:さっきの答えとも繋がるけど、みんな影響を受けてきたものが違うの。私個人は、子どもの頃はゴスペルに影響を受けていた。あとはポール・ロブソンがお気に入りだった。そういった音楽がきっかけになって、自分も歌いたいと思うようになったの。あと、母親が〈Studio One〉のレコードをたくさん持っていたから、それも聴いていた。一方で、チャーリーはマイケル・ジャクソンとかプリンスとか、そういう音楽が好きなの。だから、ニューヨークからデトロイトまで、影響は本当に幅広いのよね。

通訳:ESGやアーサー・ラッセルの影響に関してはどう思いますか?

CO:ESGはよく言われる。でも、彼らのパンクの精神は私たちと共通していると思うけど、音楽的にあまり影響を受けているとは自分では思わない。一緒にツアーをしたからライヴも何度か見たけど、やっぱり共通しているのはパンク・スピリットだと思う。

じっさいに彼らとツアーをして接してみた感想は?

CO:すごく良い経験だった! ヒーローにはじっさいには会わない方がいいとか言われてるけど、会えて本当に良かったわ。一緒にツアーができて、すごく光栄だった。

通訳:彼らから何か学びましたか?

CO:学んだとは思うけれど、彼らってすごくプライヴェートを大切にする人たちで、私たちは逆にやかましいのよね(笑)。でも、バックステージの雰囲気はすごく良かった。互いのパフォーマンスも見られたし、私たちも彼らもそれを楽しむことができて本当にナイスだった。

かつてESGやダイナソー・Lといったバンドが成し遂げた最大の功績は何だと思いますか?

CO:いい質問ね。ESGは女性だけのバンドだったし、かつメッセージ性の強い音楽を作っていた。それは革新的だったと思う。あと、それなのに複雑すぎずシンプルだったのがすごく良かったと思う。そのふたつのバンドが、当時はふつうではなかったことをその時代にやっていたと思うの。彼らはその時代の柵を乗り越えた。そこが最大の功績だと思う。

あなたたちの最初の3枚の12インチは〈Optimo Music〉からリリースされています。オプティモのふたりとはどのように出会ったのでしょう?

CO:オプティモはかなり長い間グラスゴーで活躍しているんだけど、彼らが毎週日曜日にクラブ・ナイトをやっていたとき、メンバーの何人かがそれに通っていたの。私は若すぎて行けなかったんだけどね(笑)。10歳くらいだったから(笑)。それでエミリーが彼らを知っていて、私たちのEPを彼らに送ったの。それを彼らが気に入って、リリースが決まったのよ。私もそのクラブ・ナイト行きたかったな~(笑)。最初のEPを出したときも、高校を卒業したばかりでまだ17歳だった(笑)。だから、最初は若すぎることがコンプレックスだったのよね。でも、いまはもう24歳だから大丈夫(笑)!

2015年にはデニス・ボーヴェルとの共作12インチも出していますね。そのときのコラボはどういう経緯で実現したのですか?

CO:彼が誰か他のミュージシャンとグリーン・ドアでレコーディングしていて、それを知ったオプティモのキースが、私たちと彼を繋げてくれたの。それで、ゴールデン・ティーチャーの曲のヴァージョンをレコーディングすることになった。実際に彼とは会わなかったんだけど、彼がスタジオに入って、すでにでき上がったヴァージョンをアレンジしてくれたの。会ったことはないけど、すごくいい人って聞いてるわ。

スリッツやマキシマム・ジョイといったバンドからも影響を受けたのでしょうか?

CO:マキシマム・ジョイは受けていると思う。でもスリッツは……受けているとすれば、彼女たちのエナジーかな。うまく説明できないけど、彼女たちの型破りなところ。彼女たちがカヴァーしたマーヴィン・ゲイの“I Heard It Through The Grapevine”を聴いたとき、あのパッションとヴォーカルから感じられる怒りに驚かされたわ。あの本物な感じがすごく良かった。心を動かされた。マーヴィン・ゲイのソウルフルなヴォーカルにまったく引けを取らなかった。私たちのサウンドはもっと落ち着いているかもしれないけど、感情やパッションをそのまま出しているところはゴールデン・ティーチャーも同じね。

あなたたちにとって「ダブ」とは何ですか? 技法や技術でしょうか、それとも音楽のスタイルやジャンルのことでしょうか、あるいはもっと他の何かでしょうか?

CO:個人的には、ノスタルジックな気分にさせてくれるもの。自分が聴いて育ってきた音楽だから、本当に素晴らしいダブを聴いたときは、最高の気分になれる。レコーディングのテクニックとして、ダブ、ディレイなんかを使いはするけど、自分たちの音楽がダブっぽいとは自分では思わないの。だからバンドにとってダブはテクニック。私たちのスタイルではないわね。

その後〈Optimo Music〉からは離れ、2015年には12インチ「Sauchiehall Enthrall」と、最初の3枚をまとめたコンピレーション『First Three EPs』をご自身たちでリリースしています。そして今回のアルバムもセルフ・リリースです。そうすることにしたのはなぜですか?

CO:それが可能だからよ。最近はみんなDIYだし、自分たちがやりたいことに対してアクティヴ。だから、自分たちでできることは自分たちでやりたい。その方が自分たちでコントロールもできるし、自分たちにとってはそれが自然なことなのよね。

何かにインスパイアされることは誰もが許されていることだけど、何が盗みになるかはきわどいところ。それをクリアにするためには、アフリカに対するじゅうぶんな理解が必要だと思う。

新作1曲目の“Sauchiehall Withdrawal”は賃労働についての曲だそうですが、賃労働についてはどうお考えですか? 音楽制作と似ている点はありますか?

CO:そのタイトルは、グラスゴーのメイン・ストリートの名前なのよ。そのストリートへのオマージュなの。どちらかといえば、テーマは最低賃金で働くことについて。以前はストリートの組合があったから良かったんだけど、いまは存在していないから、労働条件が悪化しているの。ときに罠にはめられているような気がするのよね。音楽制作と繋がる部分はあると思う。だって、ここ数年の音楽業界ってボロボロでしょ(笑)? もう音楽でお金を稼ぐことって、できなくなってると思う。ニューヨーク、パリ、いろいろなところで演奏できているけど、それが終わればグラスゴーに帰ってレストラン・バーでバイトしてる。バンドにいるだけじゃもうお金は作れない。クリエイティヴになる空間と状況を得るにはお金も必要なのに、すごく残念なことよね。でも、それが現実なの。自分たちもそれを経験しているから、歌詞にそれが出てくるのよ(笑)。

2曲目“Diop”はセネガルの歌手アビー・ンガナ・ディオップ(Aby Ngana Diop)へのオマージュとのことですが、セネガルの音楽もゴールデン・ティーチャーに影響を与えているのでしょうか?

CO:セネガルだけじゃなく、西アフリカ全体の音楽に影響を受けているわ。

通訳:どのようにしてそういった音楽に触れるきっかけができたのでしょう?

CO:それはバンドのメンバーによって違うと思う。私の場合は、先祖が西アフリカ人だから、周りにあってつねに聴いて楽しんできた音楽なの。私は特にナイジェリアの音楽に影響を受けているわね。ハイライフ。たとえばフェラ・クティとか。オリヴァーとローリーはガーナによく行くから、ガーナの伝統的なドラムのリズムなんかに影響を受けている。みんなそれぞれ、アフリカの音楽とはパーソナルな繋がり方をしているの。

かつてトーキング・ヘッズが『Remain In Light』を出したとき、「欧米や先進国による第三世界の搾取だ」というような批判がありました。そういう見解についてはどうお考えですか?

CO:アフリカ音楽の要素の質問が出たとき、ちょうどこのことを話そうと思っていたところよ。じっさい、多くの白人ミュージシャンたちがアフリカ全体の音楽を取り入れていると思う。でも、彼らはそれでお金を稼いでいるけど、アフリカ現地のミュージシャンたちはじゅうぶんな稼ぎを得られていない。だから、文化の横領だといえば、それは否定できない。すごく難しい問題よね。何かにインスパイアされることは誰もが許されていることだけど、何が盗みになるかはきわどいところ。それをクリアにするためには、アフリカに対するじゅうぶんな理解が必要だと思う。トーキング・ヘッズの問題もすごく難しい問題だけど、多くの欧米のミュージシャンたちが第三世界のものを使って利益を得るという現象が続いているのは事実だと思う。この問題って、すごく複雑よね。エルヴィスもそうだと思う。ブラック・ミュージックを盗んで、お金を儲けたミュージシャンのひとりだと思うわ。でも、それによって黒人は何の利益も得られなかった。それは、いまも起こり続けているんじゃないかな。グラスゴーって、すごく白人が多いの。でもその中でも私たちって、メンバーそれぞれがいろいろな場所のミックスで、多種多様なバンドなのよね。そんな私たちの音楽がグラスゴーから世界に届いて、受け入れてもらえているのは嬉しいわ。

3曲目“Spiritron”では「We go interstellar, we never look back」と歌われていて、またシンセの一部はコズミックで、ギャラクシー・2・ギャラクシーのフュージョンを連想しました。これはどういうテーマで作られた曲なのでしょう?

CO:それはチャーリーに聞かないとわからない(笑)。私たちは互いのクリエイティヴさを尊敬して、その領域は邪魔しないようにしているから、私にはわからないの(笑)。みんなが自由に受け取ってくれたら、それがいちばんよ。

日本からはなかなか見えづらいのですが、いまグラスゴーのクラブ・カルチャーやアンダーグラウンドな音楽シーンはどのようになっているのでしょう? 注目しているアクトや動向があれば教えてください。

CO:グラスゴーの音楽シーンはすごくいいわよ。毎日ギグがあるし、チケットも高くない。街自体がクリエイティヴな街だし、音楽をやりやすい環境だと思う。周りの友だちにもアーティストやミュージシャンが多いから、互いを刺戟し合えるし、活動がやりやすいのよね。トータル・レザレット(Total Leatherette)っていうバンドがすごくいい。グラスゴーから出たこれまでのバンドの中で、いちばんエキサイティングなバンドだと思う。聴いたら衝撃を受けると思うわ。

ゴールデン・ティーチャーは2013年にフランツ・フェルディナンドのリミックスを手掛けていますが、今後リミックスしてみたいアーティストはいますか? あるいは逆に、自分たちの曲のリミックスを依頼したいアーティストがいれば教えてください。

CO:してもされても、ルーツ・マヌーヴァとコラボしたら、すっごいクールな作品が生まれると思う(笑)。

昨年のパウウェルのアルバム『Sport』から最近出たマウント・キンビーの『Love What Survives』まで、いま「ポストパンク」がひとつのトレンドになっているように思うのですが、2010年代後半にこういった80年代の音楽からインスパイアされた音楽をやる意義は何だと思いますか?

CO:わからないけれど、当時の音楽を新しいレコーディングの仕方や技術でやることでおもしろいものが生まれるんじゃないかしら。あと、2017年の音楽ってシンセばかりでオートチューンだらけでしょ? でも、アナログさや本物の音を求めると、いまでも80年代や昔の音楽にインスパイアされたものができ上がるんじゃないかしら。

他のバンドやDJにはない、ゴールデン・ティーチャーの最大の強みは何だと思いますか?

CO:やっぱり、私たちひとりひとりのパーソナリティがぜんぜん違うところね。もちろんみんな仲良しだけど、互いに妥協することがない。みんなが強い性格だから、全員の意見がすべて反映される。だからこそさまざまなジャンルが混ざった曲ができ上がるの。方向性もころころ変わる。ひとつのことにとらわれず、たくさんのものが詰まった大きな塊を作れるのが私たちの強みだと思うわ。

通訳:ありがとうございました!

CO:ありがとう! いつか、東京に行けるのを楽しみにしているわ!

interview with TOKiMONSTA - ele-king


TOKiMONSTA
Lune Rouge

Young Art / PLANCHA

Hip HopElectronic

Amazon Tower HMV iTunes

 トキモンスタが帰ってきた。2年前に重大な脳の障害を患った彼女は、二度にわたる手術の影響により音楽はもちろんのこと、動くことも話すこともできない状況にあったのだという。リハビリを終えた彼女はすぐにこのアルバムの制作に取り掛かったそうで、そのような闘病体験が霊感を与えたのか、新作『Lune Rouge』はこれまでの彼女のサウンドとは異なる優美さを湛えている。LAのビート・シーンから登場し、〈Brainfeeder〉からのリリースで一気に重要なプロデューサーの地位へとのぼり詰めた彼女だが、このニュー・アルバムは、フライング・ロータスの影響下にあったかつてのビートとも、EDMに寄ったセカンド・アルバムとも異なるポップネスを獲得している。ビートはより躍動的に、メロディはより叙情的に、ヴォーカルはよりソウルフルになった。そしてそこに、あるときはひっそりと、またあるときは大胆に、韓国や中国のトラディショナルな要素が落とし込まれている。この『Lune Rouge』における新たな試みは、めでたく復帰を遂げたトキモンスタの今後の道程を照らす、輝かしい燈火となることだろう。そんな彼女のこれまでの歩みを振り返りながら、4年ぶりとなる新作についてメールで伺った。

私の目標は、これらの伝統的なサウンドを、フェティシズムやアジア文化のエキゾチックな感覚ではない方法でシェアすること。この問題にどうやってアプローチするかはとても気をつけているわ。

あなたは幼少よりピアノなどを習い、クラシック音楽を学んでいたそうですが、そこからヒップホップに興味を抱くようになったのはなぜなのでしょう?

トキモンスタ(以下、T):じつはもともとピアノは弾いていなくて、両親の影響でクラシック音楽を学んでいたの。つまりクラシックが私の音楽の最初の入り口。それから私が他の音楽に触れることができる年齢になったとき、次に好きになったのがヒップホップだったわ。

ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックを制作する際に、クラシックの素養はどのような助けになっていますか? あるいは逆に、その素養が足枷になることもあるのでしょうか? たとえば、プレイヤーとしてのスキルが作曲の可能性を狭めてしまうことはあると思いますか?

T:私は自分の音楽にクラシックのポジティヴと感じる側面のみを取り入れ、好きではないところは取り入れない。たとえば、私はクラシック作品の物語性は好きだけど、ルールや制約は好きではないの。

あなたは2010年にファースト・アルバム『Midnight Menu』を発表し、翌2011年に〈Brainfeeder〉からEP「Creature Dreams」をリリースして脚光を浴びました。あなたの出自はLAのビート・シーンにあると思うのですが、いまでもLAのシーンに属しているという意識はお持ちでしょうか?

T:私はいつもビート・シーンの一部であると思ってる。私たちはみんなLAでスタートして、いつもルーツはそのサウンドにあると感じているけど、私たちはそこから旅立ち、皆それぞれ異なる個性を持つミュージシャンへと進化しているわ。

カマシ・ワシントンやルイス・コール、ミゲル・アトウッド・ファーガソンらに代表されるようなLAのジャズ・シーンとは交流がありますか? また、彼らのようなプレイヤーと楽曲制作をしてみたいと思いますか?

T:私は現代のLAのジャズ・シーンが大好きで、すべてのアーティストを深く尊敬しいるわ。

同じ年にあなたはディプロやスクリレックスとツアーを回っていますね。そして翌2013年にはEDMのレーベルからセカンド・アルバムとなる『Half Shadow』をリリースしています。ファースト・アルバムとは異なる作風へシフトしましたが、そのときはどのような心境の変化があったのでしょう? EDMに関心があったのですか?

T:ディプロやスクリレックスとツアーを回ったけど、私の音楽は何も変わってないわ。「EDM」は作っていないし、いまだにアグレッシヴなダンス・ミュージックを作ったことはない。でも一方で、私はそれをひとつの芸術形態として尊重し、とても楽しいものだと思っているわ。私は〈Ultra〉から作品を出したけど、〈Ultra〉は私が作る音楽を制作してほしがっていたわけではないし、レーベルのアーティストがすでに作ってきた多くのものと同じものを作りたくはないと思っていたの。『Half Shadow』はもしかしたら〈Brainfeeder〉や他のレーベルでリリースされていたかもしれないけど、私はただ、より大きなレーベルでビート・シーンのサウンドが受け入れられるかどうかを見たいと思ったのよ。

昨年デュラン・デュランをリミックスしていましたよね。それはどういう経緯で?

T:デュラン・デュランのリミックスは、彼らから依頼が来たの。まさか彼らが私の音楽に興味があるとは思ってなかったので、依頼が来たときはとても驚いたわ。私は彼らとツアーもしたの。ツアーはシック・フィーチャリング・ナイル・ロジャースも一緒だった。私のようなエレクトロニック・アーティストにとって非常にユニークで、信じられない体験だったわ。

今回のニュー・アルバムはファーストともセカンドとも異なる作品に仕上がっています。本作の制作を始めた直後、難病を患ったとお聞きしていますが、病中の体験は本作に影響を与えましたか?

T:私はもやもや病という脳の病を患い、それを手術しなければならなかった。手術の副作用により、話すことも、言語を理解することも、身体をうまく動かすこともできず、さらには音楽を理解することもできなくなってしまった。もう一度音楽を理解できるようになるかどうかわからなかったときはとても恐ろしかったけど、最終的にはすべてが回復し、正常に戻った。精神的な能力を取り戻すとすぐに、私はこのアルバムの制作に取りかかったわ。

『Lune Rouge』ではヴォーカルがフィーチャーされたトラックがアルバムの半数以上を占めていますが、自身の楽曲に歌やラップといった言葉を乗せることにはどのような意味がありますか? ご自身で作詞されている曲はあるのでしょうか?

T:このアルバムでヴォーカルが配された曲は、それが適切だと思ったの。私はヴォーカルを別のひとつの楽器としてとらえることが好きだから。私はアルバムの2曲めの“Rouge”を自分で作詞して歌っているわ。

本作は1曲め“Lune”から2曲め“Rouge”までの流れや、ピアノが耳に残る4曲め“I Wish I Could”など、メロディアスな印象を抱きました。そういったメロディの部分と、ヒップホップのビートとを共存させるうえでもっとも注意を払っていることはなんですか?

T:私はつねに自分の音楽に感情だけでなく躍動感が欲しいと思っている。メロディは感情を作り、打楽器とドラムは躍動感を作る。両者の間には良いバランスがあるから、私はいつもそれを見つけようと努力しているわ。

先行公開された8曲めの“Don't Call Me”では、マレーシアのYuna Zaraiをフィーチャーしています。彼女とはどういう経緯で一緒にやることになったのでしょう?

T:Yunaとはマネージャーを通じて会ったのだけど、私たちはもともと互いの作品の大ファンだったのね。彼女は素晴らしいアーティストであると同時に素晴らしい人物でもある。この曲は本当に理解のある人によって生み出されたから特別なの。

あなたは過去に何度かアンダーソン・パクと共作していますが、近年の彼の活躍についてどう思っていますか?

T:私はアンダーソンがスターになっていくのを見るたびにハッピーな気持ちになってエキサイトしてる。彼は弟のような存在だし、私はただ彼がもっともっと輝く様子を見ていたい。

ご自身のルーツのひとつである韓国では、近年ヒップホップやR&Bを中心に、インディ・ロックやダンス・ミュージックなど幅広いジャンルで質の高い音楽が生まれていますが、現在の韓国の音楽で注目しているものはありますか?

T:私はいつも、変化している韓国の音楽にいつも興味を持っているわ。いまのところは、ビートや電子音楽を作る現地のプロデューサーについて学んでいるところね。

6曲め“Bibimbap(ビビンバ)”で使われているのは伽倻琴(カヤグム、Gayageum、가야금)でしょうか?

T:うん、そうよ!

最終曲“Estrange”でも伝統的な弦楽器が用いられていますが、これはなんという楽器でしょう? また、このアルバムには他にも韓国の音楽の要素が含まれていますか?

T:“Estrange”で使っている楽器は中国の弦楽器なの。アルバム全体にほのかに韓国の要素を通底させているわ。特に目立つのは“Bibimbap”だけどね。

積極的にそういった音を取り入れるのは、ご自身のルーツを打ち出したいという思いが強いからなのでしょうか?

T:私は多くの文化の中から伝統音楽に触れるのが好きなの。自分が韓国人である以上、当然韓国のカルチャーから生まれた音楽にもっとも親しみがあるわ。多くの人びとはモダンな音楽や、もしくはたぶん「オールディーズ」のような音楽に焦点を当てがちだけど、何世紀にもわたって存在してきた伝統音楽にはとても豊富な音楽があるの。

そういった要素を打ち出すことで、アジアの文化を世界に広めることができるという側面もありますが、逆に偏見やオリエンタリズムを増大させてしまう可能性もありますよね。そのバランスについてはどうお考えでしょう?

T:私の目標は、これらの伝統的なサウンドを、フェティシズムやアジア文化のエキゾチックな感覚ではない方法でシェアすること。この問題にどうやってアプローチするかはとても気をつけているわ。

いま〈88rising〉が、インドネシアのリッチ・チガや中国のハイヤー・ブラザーズなど、アジアのヒップホップを精力的にプッシュしていますが、そういった動きについてどう見ていますか?

T:彼らがやっていることは大好きよ。私たちがステレオタイプなアジア人のギミックや誇張として見なされない限り、あらゆる音楽分野で世界的に評価されることは素晴らしいわ。

あなたはTwitterでときおりトランプやホワイトハウスについて発言しています。いまの合衆国の状況についてはどのようにお考えですか?

T:私は現政権に不満を持ち、彼らの選択、コメント、決定に失望している。でも、つねに希望を持っているし、未来を楽しみにしているわ。

あなたの音楽について、いまでも「女性」という枠で括って捉えようとする人もいるのではないかと察します。そのことにストレスを感じることはありますか?

T:たしかにそれは少し過剰な表現のように感じるわ。でもそれは二面性を持った問題ね。女性プロデューサーの稀少さを強調するために、人びとは、私のような「女性プロデューサー」によってこのトピック全体が転換されていることを理解する必要があると思うわ。それはいつか、これ以上議論する価値がないほど一般的になるでしょう。

文化的なものには、すでに根付いてしまった社会的な因襲や慣習を変える力が具わっていると思うのですが、あなたが曲を作るときに、そういったことを意識することはありますか? 音楽や言葉や映像、アートやファッションなど、文化が持つ力についてどのようにお考えですか?

T:アーティストとしての私にとって、創造する理由とは、私が創造する必要性を満たすことなの。動機を持ったり、(ポジティヴでもネガティヴでも)政治的な課題のために音楽を作ったことはないわ。 私の目には、芸術ははっきりしていて、とても純粋なマナーの中で存在することができるように見える。でも芸術はその周りに文化を創造し、文化は人類の他の側面(政治や社会的活動など)と相互作用する。そこで私たちは、アート(音楽、ヴィジュアル、書かれたもの、ファッション、すべてのもの)がどのように文化になり、社会に変化をもたらすのかを見ている。私は自分の創造性を伝えるために音楽を作っているけど、その音楽は独自の生命を持って、インパクトを生み出し、変化を促す能力を持っているわ。それはとてもパワフルだと思う。

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