Home > Reviews > Album Reviews > D.A.N.- Tempest
子供が生まれると、徐々に成長していく過程の中で、教えてもいないのに音に合わせて小さな体を自分で揺らしはじめる場面に遭遇する。愚かな我々はたちまち「うちの子って何だか音楽に興味があるみたい(やはり!)」などとのぼせ上がるのだけれど、そのうち集団に紛れて周りに目を配る余裕ができて、そこでやっと大事なことを思い出す。そうだった、人は誰でも気に入った音楽が流れると気分が高まり、踊りたくなるのだと。
昨年出たD.A.N.の1stアルバム『D.A.N.』を聴いたときに、長いこと忘れていたダンス・ミュージックのリズムを思い出した。エレクトロニカの複雑で歪んだ音や、ガレージ・ロック・リヴァイヴァルの熱に浮かされ、他のことに気を取られたりしているうちに、記憶の彼方へ葬られていた暗闇で反復するリズム。それによく似た種類の、血の通った新しいミニマル・サウンドを人力で鳴らす。なんて飄々としてこなれたダンス・ミュージックを作るバンドなんだ、しかもすべてにしっかりと日本語が乗っている、と唸りながら何だかもう百回位は聴いた。
そこから1年経って発売されたミニ・アルバム「TEMPEST」。昨年末に配信リリースされていた“SSWB”は、タイトでしなやかにうねるリズムの繰り返しとスティールパンの淡い音色が土台になり、親しみやすいメロディに馴染んだクールな歌詞が重なって、D.A.N.のダンサブルな魅力を凝縮させたような素晴らしい出来。あの音の上に高い声で「Hold on baby いいかい」なんてさらっと乗せてしまう感性にまいった。誰かにD.A.N.を勧めるならいまは迷わずこの曲を選ぶ。続く“Shadows”はゆっくりとテンポを落として更にスケールを広げ、不穏な空気を漂わせる。この曲のMVがまた美しく壮大な作品で、クリエイティヴな才能に囲まれている証拠を見せつけてくれる。D.A.N.のMVはハズレが無い。
そして表題曲の“Tempest”。もはや何処の国かもわからない謎なリズムと分厚いベースと怪しい歌声が、寡黙に進んでいくうちに徐々に交差して浮かび上がり、別の形になって耳をじわじわ襲いながらも幻のように消えていくカオスな空間が生まれる。クラブでDJが2時間かけて作り上げるようなグルーヴをD.A.N.はこの1曲でやってのけてしまった。手と足と声を使って。
きっと彼らは音楽の趣味が良く、それを自分たちで消化して表現する能力がとくに優れているのだと思う。そういうセンスのある人たちは、国やジャンルや世代の壁をひょいっと外して、無防備な誰かの懐に忍び込み、体を揺らすことができるはず。いくつになっても、人は踊りたいものだ。それは夏のせいかもしれないけれど。
大久保祐子