「W K」と一致するもの

interview with Lorenzo Senni - ele-king

 EDMにビッグ・ルームというジャンルがある。く○らない音楽である。これにフレンチ・タッチの変わり種であるミスター・オワゾが新進気鋭のラッパー、ロメオ・エルヴィスとタッグを組んで新風を吹き込んだ。同じジャンルとは思えないほど批評的な視点を加えた“Pharmacist(薬剤師)”である。この曲はあきらかに今年前半のハイライトをなす1曲である。同じことは8年前に『Quantum Jelly』でトランスを一変させてしまったロレンツォ・センニにもいえる。センニはネオ・トランスというジャンルを生み出したにもかかわらず、そのフォロワーたちがやっていることは彼の曲とは似ても似つかず、いまではセンニがつくる曲だけがネオ・トランスには属していないかのようになってしまった。ジャンルというのは「型」であり、それを守るもよし、遊ぶもよし、はみ出すのもよしだと思うけれど、モノマネに追いつかれもしなければ、マネにもなっていないというのはなかなかにスゴい(言葉だけがひとり歩きした例ということだろうけれど)。センニの独走はそして、2014年の『Superimpositions』から、さらに、新作の『Scacco Matto』へと続く。〈ワープ〉からは初のアルバム・リリースである。

 ロレンツォ・センニが暮らし、活動の拠点としているのはイタリア北部のロンバルディア州で、新型コロナウイルスが世界で最初に感染爆発を起こしたミラノである。外出禁止令が出されたミラノの様子もよくわからないし、新作について聞くだけでは済まないと思った僕はとりあえず彼のツイッターを開いてみた。そこには「みんながバルコニーで歌っている時に自分は新作のプロモーション中」という投稿がなされたばかりだった。なんとなく冷ややかな印象である。ロック・ダウンが宣言された直後、イタリアの人々はバルコニーで歌い、励ましあっていたというニュースが流れたことは記憶に新しい。それらの映像がユーチューブに投稿されると、彼らが歌っていたのはケイティ・ペリー“Roar”やマドンナ”I Rise”などで、自分の曲が歌われていると知ったセレブたちは「私たちはひとつ」「みんなで立ち上がろう」などと熱いメッセージを添えて勤しんでリツイートしていた。しかし、これらはすべてフェイク動画で、実際にイタリア人が歌っていたのは国歌だったのである。そう、「みんながバルコニーで歌っている時に自分は新作のプロモーション中」とは、政治的な集団感染には距離を置いたロレンツォ・センニの小さな抵抗だったのである。

「クラブで唯一のシラフ」って言われるぐらい(笑)。まあ、こういうシーンでは珍しいかもしれないけど、僕は音楽を研究したいだけなんだよ。だから僕自身では、自分のことを「レイヴ・シーンの覗き屋(Rave Voyeur)」だと思っているけど。

こんにちは。『Scacco Matto』というアルバム・タイトルはチェスでいう「チェックメイト」の意ですよね。まるで封鎖されたロンバルディア州やミラノのことみたいですけれど、預言者の気分じゃないですか? ジャケット・デザインも窓から見た外の景色だし、イタリア政府が住民に要請している「State a casa(家にいろ)」と、悪い意味でイメージがダブってしまいます。

ロレンツォ・センニ(以下、LS):こんな悲劇は誰も予想していなかったよ。ジャケットのアートワークのようなモチーフを使うことになったきっかけは、15年前に大学で音楽理論を学んでいた時に遡るんだ。当時、僕は実家で暮らしていたんだけど、ある有名な写真家が隣の家に住んでいた。彼の名前はグイド・グイディ(Guido Guidi)。彼の作品を色々と調べていくなかで、別な写真家、ジョン・ディボラ(John Divol)の77年のある作品に出会った。その写真が15年間忘れられなくて、たびたび眺めていたんだ。それを今回のアートワークに使うことにしたんだよ。ディボラには自分で連絡をして使用の許可をもらった。窓から外を見る構図が気に入っているんだ。いまは春で、昼の景色も夕暮れの景色も綺麗だから、この写真みたいな色合いが見られるよね。『Scacco Matto』は、チェックメイトっていう意味で、「どこかに閉じ込められる」という意味合いも持っているから、いまのイタリアの状況を表しているように思えるかもしれないけど、そうではなくて、僕の音楽に対する意識の話なんだ。

〈ワープ〉からのデビューEP「Persona」(16)のジャケット・デザインも盗撮に由来するものでしたが、閉ざされた世界から外の世界を覗くことに興味があるのでしょうか?

LS:そうだね。僕のなかでは「閉ざされた世界」というのは「しきたり」のことだけどね。

ああ。

LS:現状の打破を暗示しているような。トランスやエレクトロをやるとき、僕は外に目を向けるようにしている。『Scacco Matto』と「Persona」のアートワークが同じアイディアであることは、事前に計画していたことではないけれど、結果的にそうなったことは嬉しい。僕はアルバムごとに方向性を変えるタイプのアーティストではないけれど、少しずつ成長はしていきたいと思っているから。それを反映しているようなものになったから良かったよ。

暗い音楽が多かった2010年代と違って『Scacco Matto』には明るい音楽が多くていいなと思っていたのですが、パンデミックの影響でストレートに楽しめない雰囲気になってしまいました。やはりつくった時とは気分が変わってしまいましたか?

LS:『Quantum Jelly』(2012)や『Superimpositions』(2014)をつくっているときは、いまと比べて音楽に自分の感情を入れることにあまり関心がなかった。音楽をつくる過程の方に興味があってね。それと比べると最近の曲はもっとメロディー志向になっている。メロディーが果たす役割が大きくなってきているんだ。その理由を考えたことはないけれど、僕は根本的に歌が好きで、最近は特に歌ものを聴くことが多い。それが関係しているとは思うよ。以前はもっとコンセプチュアルな音楽が好きだったからね。さっきも言ったみたいに、音楽の構成とか製作過程の方に興味があったから。僕はその時々の世情に左右されるタイプのアーティストではないから、曲調の移り変わりはイタリアの情勢とは関係ない。毎日、ほとんどの時間は地下のスタジオにいるので、そもそも左右されようがないしね。それに、そもそも自分の感情が音楽にどう影響しているかとか、全然、考えたことがないから答えるのは難しいな。

僕があなたの音楽を知ったきっかけはワン・サークル(One Circle)のEPでした。イタリアでグライムをやっている人がいるのかと思って聴いたんです。そこから遡っていくと最初にあなたは実験音楽をやっていて、その後、ダンス・ミュージックに興味を持ったという流れになるのでしょうか? 昨年はロック・バンド、スターゲイトとしてソナー・フェスティヴァルにも出演しているようですが。

LS:ワン・サークルより前に2枚のアルバムを出しているんだ。1枚目は僕にとって初めてのアルバム『Early Works』(08)。アンビエントでトリッピーな感じの作品だ。その後に『Dunno』(10)をリリースした。これも実験音楽で、抽象的なコンピューター・ミュージックだね。その後に、フランチェスコ・フランチーニとダニエレ・マナと3人でワン・サークルを始めた。それまではダンス・ミュージックに手を出したことはなかったんだ。いまでもダンス・ミュージックをつくっているとは言いたくない気持ちがあるんだけど(笑)。「踊れる」曲をつくるというのは僕にとっては難しいからね。まあ、とにかく、ワン・サークルでつくった音楽はダンス・ミュージックと位置づけられるもので、クラブのダンスフロアでかけられるような音楽だ。だからこそ、僕の中ではワン・サークルの楽曲には納得がいっていない。僕の出自はドラマーだから、音楽の中にグルーヴィーな解答を見つけたい。僕の音楽をかけてみんなが踊ることは、僕にとっては不本意なんだ。でもワン・サークルでは、結果的にそうなってしまった。

そこまで言いますか。

LS:僕がダンス・ミュージックを出すのは、あれが最初で最後になるね。ライヴに来てくれる観客は、自由に聴いてくれていいと思ってるけど。前の2列の人たちが踊ってたりするのがステージから見えるし、それは気にならない。ドラムのビートやキックが入ってなくても、みんなが踊っていて面白いなと思うよ。うしろの方には、ただ立って聴いているだけの人もいるしね。僕の音楽には色々な要素があって「踊れる」と受け取られる要素もあるだろうし、聴く側からしたら理解できない面も含まれている。だけど、クラブでプレイする時は、いつも場違いな気持ちになるよ。僕としては「踊れる」曲だと思っていないから。でも、着席型のコンサート会場で演奏するときも観客たちはきっと動きたいだろうなと考えてしまう。だから僕の音楽は、中間にあるんだと思う。こうやって考えると面白いけど、音楽としては破綻しているかもね(笑)。

はは。ワン・サークルのダニエレ・マナが〈ハイパーダブ〉から昨年リリースしたアルバム『Seven Steps Behind』は感情の起伏のない落ち着いた内容だったので、ワン・サークルではダニエレ・マナとあなたのセンスが拮抗していたことがよくわかります。ワン・サークルからダニエレ・マナを引き算すると派手で感情豊か、時にはギミックを駆使することもいとわないのがあなたの資質なのかなと?

LS:ワン・サークルでは自然と役割分担ができていて、プロジェクトとしてはいいものだったと思っているんだ。3人それぞれがきっちり別々の役割を果たしていたからね。僕は作曲担当だった。僕がメロディーをつくるのが得意だというのは、話し合わなくても全員が了解していたことだったから。そして、ダニエレがビートをコントロールしていて、アレンジメントも彼が担当していた。フランチェスコはクラシック音楽を学んでいたミュージシャンだから、音程やコード進行を見て、その曲の方向性を音楽的に正しい方向に導いてくれる存在だった。そんな風に、それぞれの経歴やスキルがうまく作用していたね。

僕はその時々の世情に左右されるタイプのアーティストではないから、曲調の移り変わりはイタリアの情勢とは関係ない。毎日、ほとんどの時間は地下のスタジオにいるので、そもそも左右されようがないしね。

あなたの音楽はなぜドラムを入れないのですか? OPNにも感じることですけれど、ベースもあまり重くせず、中?高音域で曲を完結させる意図は? あなたの曲をリミックスしているDJスティングレイなどとはあまりに対照的です。

LS:ドラムは好きだよ。いまでも、家の中でさえスティックを持ち歩いてるぐらいだからね(そばに置いてあったスティックを見せながら)。いまだにたくさん練習するし、そもそもドラムは僕の恩人のような存在だ。ドラムに規律というものを学ばせてもらったから。ただ、エレクトロ・ミュージックを独学で始めた当時、僕が勉強のために聴いていた音楽にはドラムがなかった。『Quantum Jelly』をリリースしてくれた〈エディション?メゴ〉から出ている音楽を主に聴いていたんだけど、バックビートもベースラインもないし、シンセのメロディーもなかった。すごく抽象的なエレクトロニック・ミュージックばかりだったんだ。僕はもともとロック・ミュージック出身で、そもそもドラムン・ベースにも親しみはなかったし、エイフェックス・ツインを知ったのも遅かったからね。そういうことで、僕にとってはエレクトロのクレイジーな要素をかき集めて、ドラムビートやベースラインについては考えずにそのままエディットするのが自然な流れだったんだ。それに、その方が自由を感じられた。その影響で最初のアルバムはすごく抽象的な音楽で、トリッピーな要素もあったから、ドラムは使わなかった。その後、トランス・ミュージックやクラブ・ミュージックの方に移ってもドラムの要素を入れないことで制約が生まれて、そのおかげでコンセプチュアルな音楽を作ることができた。ドラムなしでグルーヴィーな音楽をつくるという、挑戦にもなっているね。結果的に、僕の音楽のシグネチャー的なものになったと思っている。ドラムを入れることももちろんできるし、今後やるとしても、それはサイド・プロジェクトになるだろうね。

『Quantum Jelly』や『Superimpositions』はネオ・トランス(もしくはポインティリスティック・トランス)というジャンルを生み出しました。僕には最初、オウテカがトランスをやっているように聞こえましたが、あなたの音楽はダンス・カルチャーに対して批評的で、ダンス・ミュージックを現代音楽の材料として使っているという感触もあります。ご自分ではどうですか?

LS:「オウテカがトランスをやっている」っていうのはすごい褒め言葉だけど、自分ではわからないな(笑)。ダンス・ミュージックを参照することはあるけれど、そもそも関心があるジャンルではないからね。10代のころに僕が住んでいたイタリアの街ではトランス・ミュージックがすごく流行っていた。当時、僕自身はハードコア・パンクのバンドをやったりしていたんだけど、トランスのカルチャーにはずっと触れてきたし、トランスがかかっているクラブにも行ったことがある。その時は自分でそれをプレイしようとは思わなかったけどね。そういう背景があって、2010年か2011年になって、自分のなかでトランス・ミュージックを再発見したんだ。当時、一緒にトランスに触れていた友だちから情報収集したりして、トランスを研究し始めた。それで、トランスが自分が探し求めていた音楽だと気づいたんだ。ブレイクダウンからビートへの繰り返しの構造が、音楽的にとても面白いと思った。ビートで音楽的表現をするという形態自体がね。ビートを軸に、アーティストによってはとにかくアグレッシヴなトラックをつくっていたり、ちゃんと音楽理論を学んだアーティストのトラックだったら、すごく練られた構成になっていたり、色々なアプローチがなされていることを知って、すごく興味が湧いたんだ。ありとあらゆるトランス・ミュージックのトラックを何千回と聴いて、トランスとは一体何なのかを追求した。僕は「トランス・エキスパート」なんて呼ばれているけど、特別なことは何もしていない。何千ものトラックを漁って、自分で地道に研究しただけ。さっきも言ったみたいに、実は10代の頃からトランスには触れていたけど、僕はこうした音楽シーンにいても酒もドラッグもやらないから。「クラブで唯一のシラフ」って言われるぐらい(笑)。まあ、こういうシーンでは珍しいかもしれないけど、僕は音楽を研究したいだけなんだよ。だから僕自身では、自分のことを「レイヴ・シーンの覗き屋(Rave Voyeur)」だと思っているけど。

ああ、また覗きですね(笑)。あなたの音楽におけるアレグロ(パッセージの速さ)や、ひきつったような音色にはジュークやソフィー(Sophie)との共通点も多く感じました。『Quantum Jelly』とはほぼ同時期でしたけど、シカゴのジュークやイギリスで起きたバブルガム・ベースの動きには興味を持ちましたか?

LS:その質問への答えは「ノー」だね。つまり、当時そのあたりの音楽や、僕の音楽に関心があった人たちと同じ方向性での関心を持っていたわけではない。ジュークやバブルガム・ベースのシーンと繋げて考えられる理由はわかるけどね。たとえばソフィーと僕のバックグラウンドには親しいものがあって、音楽的にとても似ているとも思っているから。

トレンドを先導するかのようなタイトルをつけた“The Shape Of Trance To Come”(17)がはっきりと酩酊感を排除していたのとは裏腹に、その後のネオ・トランスはサム・バーカー(Barker名義)「Debiasing」でもバッチ(butch)“countach (k?lsch remix)”でも昔ながらのトリップに馴染むフォーマットに揺り戻しています。逆にいうとシリアスにあなたの真似をしている人はいないということにもなりますが、そうしたなか、『Scacco Matto』はアルバム全体をネオ・トランスで固めず、“XBreakingEdgeX”ではレゲエを取り入れたりと、今後の多様な方向性を予感させます。自分ではどこへ向かっていると思いますか?

LS:面白い質問だね。自分がどこへ向かっているかは、次の作品をつくっている最中にしかわからないことだと思っている。なぜ、今回のアルバムに『Scacco Matto』というタイトルをつけたかというと、音楽をつくるというのは自分のなかで、ひとつのゲームでもあるからなんだ。パワフルな音楽とのバトルのような。音楽の抽象的な側面と自分のアイディアを戦わせて、両者のバランスを見つけていくゲーム。まさに、頭のなかでチェスのゲームをしているような感覚だね。『Scacco Matto』では特に、抽象的な音と具体的な音の中立点を見つけたかった。だから全体として歌的で、メロディックなものに仕上がっている。『Quantum Jelly』や『Superimpositions』をつくっていたときの感覚に近いね。次の作品についてはまだわからないけど、ヴォーカルを入れたいとは思っているんだ。実は今回もヴォーカルを試したんだけど、最終的に気に入るものができなくて諦めた。でも、必ずまた挑戦したい。普段からヴォーカル曲はよく聴くから、それを自分の音楽に落とし込みたいんだ。その一方で、アブストラクトな長編もつくりたいなと思っているし。だから自分の方向性は色々だね。僕は自分の音楽をつくるとき、最初に音楽的なルールやリミットを決めて、そのなかでどれだけのことをやれるかを試す。可能性を広げすぎないようにするんだ。今後、どういう方向に進んでいくかを事前に考えたり決めたりすることはしないから、自分の今後の方向性についてはその時にならないと分からないな。

ちなみにあなたの運営する〈プレスト!?〉では実験音楽のリリースが多いなか、ジェイムズ・ブレイクのダンスホール・ヴァージョンといえるパルミストリー(Palmistry)の「Lil Gem」(14)をリリースしていることが目を引きます。彼の作品はどんな経緯でリリースすることになったのですか?

LS:パルミストリーとは、2012年かそれよりも前にオンラインで知り合ったんだ。「Lil Gem」は混沌としていて、異色だよね。だけどすごく良いトラックだ。〈プレスト!?〉はすごく小さなレコード・レーベルだけど、〈プレスト!?〉の仕事は気に入っているんだ。リリースする楽曲はどんなにアブストラクトで混沌としたものだとしても、そこにポップなアプローチをかけてソウルな要素を入れるようにしている。だから、ベンジャミン(パルミストリーの本名)にも、どんなにクレイジーな楽曲でも大丈夫だからEPをリリースしようと伝えた。「君の音楽は形にして残す必要がある」とね。「Lil Gem」を出した当時はまだデジタル・リリースのみというのがそんなにちゃんと一般的じゃなくてフィジカルもリリースするのが主流だったからフィジカル盤もプレスしたし。「Lil Gem」をつくった当時のベンジャミンは僕の音楽に影響を受けているから、曲にもそれが表われている。シンセ・ラインがすごく目立っていてね。だからあのEPには、僕たちが近い距離で一緒に曲づくりをしていた様子が表われていると思うよ。いまでもそうだけどね。〈プレスト!?〉からリリースした、トライアード・ゴッド(Triad God)というアーティストの作品のプロデュースをしてもらったりだとか。パルミストリーのことは誇りに思っているよ。「Lil Gem」のあとにも〈ミックスパック〉からデビュー・アルバムをリリースしたり、ディプロともコラボしたりしているしね。

 〈プレスト!?〉からは日本のファッション・ブランド、TOGAの音楽を手掛けるTasho Ishiのアルバムンドもリリースされていて、ほかにもいくつか聞きたいことがあったのだけれど、時間がなくなってきたということで、これ以上は追求できす。「プレスト」というのは、ちなみに「短時間」という意味の音楽用語で、セニの曲がせわしないこととも関係があるのかなーとか(?)。

国歌を歌ってこの状況を美化しようとする様子は僕にとってはいただけない。だけど、これを議論しすぎるのも大変だから、自分のアルバムのプロモーションと絡めてツイートすれば、シニカルで面白いかなと思ってね。

『Scacco Matto』に戻ります。“Discipline of Enthusiasm”はスタッカートを強調したピアノ曲を思わせます。マイケル・パラディナス(?-Ziq)の曲にも聞こえる”Canone Infinito”もカノンというタイトル通り声楽に発想を求めた曲かなと思うのですが、あなたにはクラシックの素養があるんでしょうか。ちなみに“Canone Infinito”はもうちょっと長く聴いていたかったです。

LS:イエスでもありノーでもある。「プレスト」という言葉はそもそもテンポを指示するクラシックの音楽用語で、(〈ワープ〉からリリースしたシングル)“XAllegroX”だってそう(=アレグロという音楽用語)だしね。自分のことをロッシーニのような作曲家だというつもりはさらさらないけれど、僕は自分の小さな世界のなかで、トラックのアレンジメントをとても大切にしている。イタリア人だから、クラシック音楽が僕の血に流れている可能性はあるね。

そろそろ、最後の質問ですね。パオロ・ソレンティーノ(Paolo Sorrentino)監督の映画『ローロ』はご覧になったでしょうか。この映画は日本人にはわかりませんが、イタリア人が観るとベルルスコーニ以前に戻ることができないイタリア人の悲しさが伝わってくるという評を読みました。それは隙間産業のようなことしかできない現状に対する不満を背景にしたもので、まさに、最後の曲のタイトルでもある“THINK BIG”という考え方がベルルスコーニの長期政権を支えたという解釈でもありました。シュプリームスをモチーフとした”THINK BIG”という曲のタイトルに込めた思いはそれに通じるものがありますか? ちなみにベルルスコーニが病院の数を半分に減らしてしまったことがイタリアで医療崩壊が起きた原因のひとつだそうです。

LS:映画は観てないし、その質問への答えは「ノー」だけど、ベルルスコー二との関連を考えると面白いね。ほとんどの人が認めたくないだろうけど、僕たちベルルスコー二・ジェネレーションはテレビ世代でもあって、常にテレビ番組とコマーシャルを目にして育ってきた。コンピュータ世代ではないんだ。テレビをずっと観てきた。子どもの頃からそうやって育ってきたから、いまでもパソコンで作業している最中もテレビをつけっぱなしにしていてガールフレンドに怒られるほどだよ。だけどそれはベルルスコーニの影響でもあるんだ。彼はすべてのテレビ局を所有していて、自分の政策を推し進める手段としてメディアを使っていたからね。たくさんの理由から、僕の音楽がベルルスコーニと関連しているとは言いたくないけれど(笑)。現状よりも高い場所に到達できると信じる”THINK BIG”という考え方、そして、ベルルスコーニが持っていたような物事に対する強い執念は目標達成のためには欠かせないものだ。その点に関しては、必要な姿勢だと思っているよ。ただ、彼がやっていたことはまったく尊敬できない(笑)。マフィアと関わりあったり、汚職にまみれたりね。

未成年と関係したりね(笑)。パンデミックの早い収束を願って、これで最後の質問です。イタリアの国民がバルコニーで国家を歌っていることに冷ややかとも取れるツイートをしていましたけれど、これに関しては批判的ということですか? 曲が差し替えられている映像が出回ったりして、文化と政治が入り乱れた現象と化しているようですが。

LS:そうだね。深く考えていないように思えたから。先週は国政について寄ってたかって批判していたのに、次の週には国歌を歌うなんてね。外出禁止や都市封鎖を美化しようとしているように思える。自分の人生についてゆっくり考えたり、本を読んだりできるから、それはいい点かもしれないけど、仕方なく外に出られないだけだからね。命の危険がある問題なわけだし。経済状況も大変なことになっている。だから、国歌を歌ってこの状況を美化しようとする様子は僕にとってはいただけない。だけど、これを議論しすぎるのも大変だから、自分のアルバムのプロモーションと絡めてツイートすれば、シニカルで面白いかなと思ってね。

ああ、そこまで考えて。まんまと乗ってしまいましたね(笑)。

Moor Mother & Mental Jewelry - ele-king

 怒りのことばはおさまらない。昨年は自身のアルバムアート・アンサンブル・オブ・シカゴゾウナルイリヴァーサブル・エンタンガルマンツにと、三面六臂の活動で大躍進を遂げたフィラデルフィアの詩人=ムーア・マザーが、ノイズ・プロデューサーのメンタル・ジュウェリーとタッグを組みバンド・プロジェクトに挑戦、初のフルレングス『True Opera』をリリースしている。
 両者によるコラボは今回が初めてではなく、2017年に一度「Crime Waves」なるEPが送り出されているが、エレクトロニックなエクスペリメンタル・ミュージックだった前作とは打って変わり、今回は彼らの音楽的ルーツのひとつであるパンクにぐっと寄った、荒々しいサウンドに仕上がっている(ムーア・マザーがヴォーカルとギターを、メンタル・ジュウェリーがドラムスとベースを担当)。2020年の見逃せないリリースのひとつ、ふたりの新たな船出に注目しよう。

artist: Moor Jewelry
title: True Opera
label: Don Giovanni
release date: April 20, 2020

Tracklist:
01. True Opera
02. No Hope
03. Look Alive
04. Judgement
05. Eugenics
06. Working
07. Westmoreland County
08. Le Grand Macabre
09. Boris Godunov
10. Shadow

Jay Electronica - ele-king

 Just Blaze が手がけるトラックのインパクトも含めて、2009年を代表するクラシック・チューンとなった “Exhibit C” から、なんと10年以上の時を経てようやくリリースされた Jay Electronica のファースト・アルバム『A Written Testimony』。彼自身が完璧主義すぎるがゆえに、これほどリリースが遅くなったというのもなんとも皮肉な話であるが、ファン以上にここまで待った所属レーベル、〈Roc Nation〉の社長である Jay-Z の忍耐力もなかなかのものである。そんな鬱憤を晴らすかのように……というわけではないだろうが、なんと本作にはフィーチャリング・アーティストとしての表記など一切ないにもかかわらず、Jay-Z がほとんどの曲に参加しており、Jay Electronica 名義のアルバムでありながらも、まるでふたりのデュオ作かのような構成になっている。したがって、Jay Electronica にとってのデビュー・アルバムとは素直に言いにくいのだが、非常にレベルの高いヒップホップ作品であるのは間違いない。

 信心深いイスラム教徒としても知られる Jay Electronica であるが(ジャケットのカバーデザインにもアラビア語が用いられている)、オープニングを飾るイントロ曲 “The Overwhelming Event” では、ネーション・オブ・イスラムの最高指導者であり過激な言動で知られる活動家の Louis Farrakhan (ルイス・ファラカン)による演説の一部がそのまま収録されており、「アメリカの黒人こそが本当のイスラエルの子供である」というスピーチが展開されている。前出の “Exhibit C” でも一部でアラビア語のラインを織り交ぜて、イスラム教徒としてのスタンスを明確に示していた Jay Electronica であるが、本作ではその姿勢がより強固なものとなり、アルバムの中のひとつの大きなテーマとなっていることも、このイントロ曲から伝わってくる。そして、その勢いのまま、2曲目の “Ghost of Soulja Slim” もまた、より過激なファラカン師のスピーチでスタートするのだが、そこからの Jay-Z、Jay Electronica と続くマイクリレーが凄まじく格好良い。この曲はタイトルの通り、Jay Electronica とも同郷(ニューオリンズ出身)であり、2003年に銃殺されたラッパーの Soulja Slim をテーマにしているのだが、Jay Electronica 自らがプロデュースするサンプリングを駆使したトラックとふたりのラップの相性も完璧で、この曲での張り詰めたテンションの高さはアルバムを通して見事に貫かれている。

 アルバムの核になっている曲を幾つかあげるとすれば、まずは Travis Scott をフィーチャした “The Blinding” がその筆頭に挙がるだろう。Swizz Beatz、Hit-Boy、AraabMuzik という、3人の名だたるプロデューサーがクレジットされているこの曲は、曲の前後半でトラックが全く別のものになるという変則的な構成で、Travis Scott によるコーラスを挟みながら、Jay-Z と Jay Electronica の掛け合いが非常にスリリングに展開し、複雑に絡み合うリリックの中にふたりのタイトな関係さえも伺える。この “The Blinding” の曲中では、本作がたった40日間で作られたことにも触れられているが、おそらく数少ない例外であるのが、2010年にインターネット上にて初めて発表されていたという “Shiny Suit” だ。Pete Rock & C.L. Smooth の名曲 “I Got A Love” と全く同じサンプリングネタ(The Ambassadors “Ain’t Got The Love Of One Girl (On My Mind)”)を大胆に使用し、自らのルーツである90sヒップホップのフレイヴァを放ちながら、すでに10年前には Jay-Z と Jay Electronica のコンビネーションができ上がっていることがよくわかる。No I.D. がプロデュースを手がけ、スペイン語も交えながら、いま現在も続くアメリカという国の問題について言及する、本作中、唯一の Jay Electronica のソロ曲である “Fruits Of The Spirit” を経て、後半のピークとも言えるのが、The-Dream をフィーチャした “Ezekiel’s Wheel” だ。旧約聖書から引用された “Ezekiel's Wheel” というワードはUFOを表しているとも言われているのだが、Brian Eno と King Crimson の Robert Fripp によるアンビエント作品からのサンプリングがこの曲名とも絶妙にマッチし、プロデュースを手がけた Jay Electronica 自身のセンスの高さにも驚かされる。

 Jay-Z とのコンビネーションの良さにケチをつける気は毛頭ないが、次はぜひプロデューサーとしての Jay Electronica のバリューも最大限に活かした上で、本当の意味での彼のソロ・アルバムもぜひ聞いてみたいと思う。

Rainbow Disco Club 2020 - ele-king

 リボ核酸(RNA)、それ自身では生きられないが生き物に寄生することで生きる新型のウイルスの影響によって、ことごとくライヴおよびクラブは休止を余儀なくなされている。この状態は永遠に続くわけではないが、しばらくのあいだ(ワクチンが普及するまでは)以前のようには行動できないだろう。こうしたシビアな状況のなかで海外でも国内でも「じゃあ、いまこの条件でできることをクリエイトしよう」という前向きな動きが出て来ている。ぼくはもう歳が歳なので夜更かしはできず、RDJのライヴもNOのライヴも見逃してしまったが(NOはあとから見ました)、RDCは国内イベントなので、しかとリアルタイムで楽しませていただきました。

 Rainbow Disco Club、通称RDCは、日本がほこるDIYフェスティヴァルのひとつで、音楽もさることながら環境のクオリティをふくめ海外でも評価が高く、またele-kingでもかねてからリコメンドしているのだけれど、今年は周知のように早々と開催を断念し、配信による開催に切り替えていた。
 とはいえ、RDCにリピーターが多いのは、なんといってもあのロケーションであり、あの場のヴァイブなので、ぶっちゃけ言えば、試みは素晴らしいが実際どうなんだろうと訝ってはいた。ドネーション感覚で、というのはある。あれだけ楽しい思い出を作らせてもらったフェスに対して感謝があるし、少しでも赤字の足しになってくれればという思いもある。
 しかし、である。ぼくのように妻子がいる立場の人間が、そして土曜日の昼から家でダンス・ミュージックを浴びながらひとりでダンスするというのは、これ簡単そうに見えて難儀なことなのだ。ただでさえ自粛生活のなかで家人のストレスは上昇している。「土曜日ぐらい、家の掃除を手伝えや」というオーラが午前中の段階ですでに発せられているのである。これが日常生活のなかで“体験する”ことの難しさだろう。いきなり自分ひとりだけ非日常化するわけにはいかないし、じゃあ、家族全員で楽しめば良いという意見もあるろうが、世界はピースな家庭ばかりではないということだ。

 そんなところに長年の友人である弘石雅和からショートメールが届く。「いま瀧見さんですよ~」、時計を見るとすでに14時過ぎ。外は暴風雨で、寒い。だが、ぼくはいよいよ覚悟を決めた。コンビニでビールを買い込み、部屋を閉めて、チケットを購入しチューンイン。弘石君にメール。「パーティに間に合ったぜ!」
 こうして長い1日がはじまった。


(こんな感じの画面です。瀧見憲司には間に合ったぜ~)

 弘石雅和からメール。画面では「俺を見ろ」と言わんばかりに、すでにクラフトワークのTシャツを着て部屋のなかで踊っている(笑)。すげー、この男もうすっかり入っていやがる。最初ぼくは、DJのプレイするダンス・ミュージックを部屋で鳴らしながら(PCをDJミキサーに突っ込んでオーディオ装置で聴いてました)、ただぼんやりと座っていた。音質はかなり良かった。ちゃんとPAの方がミキシングしているのがわかる。また、当たり前かもしれないが、やはりどうしても画面を見てしまう。画面では、すべて録画だが伊豆稲取の山の中腹になるいつもの場所でDJたちがプレイしている。いつもの山、空……もっと山とか空とか写してーと思いながら椅子に座ってダンス・ミュージックを聴いていると、いつの間にだんだん気持ち良くなっていった。で、ここあたりで弘石雅和とZOOMで話すことに。


(自室でひとり踊っている弘石氏。U/M/A/A主宰、ケンイシイやジェフ・ミルズなんか出してます)

 「けっこう良いね」「いま何飲んでるの?」「俺レモンサワー」「俺ビール」といったどうでも良い話からコロナのシリアスな話、いつの間にか最近の身の上話までして、「ちょっと冷蔵庫までビール取ってくるわ」などと言ってまた音楽に集中したり、「こりゃ、ヴァーチャルなフェス空間作れるかもな」なんて言い合ったりして、どんどん時間が過ぎていった。DJがWATA IGARASHIからNOBUのあたりで、それまでの寒々しい暴風雨から一転、空から晴れ間が見えはじめ東京地方はいっきに青空。「うっひょー」「やっぱ天気って重要だね」
 やがてあたりは暗くなり、さらにパーティのテンションは上がっていく。「弘石君、この画面に出ているチャットに書き込みたいんだけど、どうすればいい?」「ツイッターのアカウントで書けますよ」「俺、ele-kingの公式アカウントしかない」そんな会話をしながら、どうしてもチャットに書き込みしたい衝動が抑えられなくなってきた。これは、クラブやライヴハウスでテンションが上がると叫んだり奇声を上げたくなるあの衝動と同じだ。いまの思いを伝えたい──我慢できずにele-kingの公式アカウントで書き込みと、「弘石君もチャット書き込めよな」と思いきり同調圧力を加える。ノリの良い彼はしっかりと書き込み、「もっと場を盛り上げようぜ」と逆に煽ってくる。「場って何だよ、場って(笑)」「この場ですよ」「ああこの場ね」……
 すっかり夜で、DJはLICAXXX。「おお、テクノだねー」「テクノだねー」……、ホントにどうでもいい会話(酔っぱらいトーク)をしつつ、我々はお互い踊り続けている。


 こんなシチュエーションもいまだけなのだろう。いや、意外とこれはこれで面白いし、パンデミックが収まっても根付く可能性だってある。そう、実際体験してみて思ったのは、それだった。いや、もちろんこれを伊豆の稲取の山の中腹の芝生の上での経験と比較してはダメです。やっぱダンス・ミュージックはダンスフロアでしょうとか、そういう話ではない。これはそれとは別モノとしての楽しさがあるということを発見したと。そう、いまこの条件のもとでもできることはある。不安は星の数ほどあれど、使い慣れたフレームがいま使えないなら新たなフレームをクリエイトすればいい。それがアートってもんだ。ブライアン・イーノがそんなようなことを言っていた。

 さて、弘石雅和はすごい男だ。夜も深まりはじめた頃、その日の夜同時にやっていた「BLOCK. FESTIVAL」に行ってみないかと誘ってきた。「ちょうどいまチャラが歌ってるんだ」という彼はすっかり家でトランスしている。(失笑しながら)「ごめん、俺は腹減った。風呂に入って、風呂でトランスさせてもらうよ」「そうか、わかったよ、いつか野外でトランスしよう」「それまで感染しないように気をつけよう」
 そんなことを言いながら弘石君と別れて、ぼくは夕食を食べて風呂に入った。それからベランダに出て外気浴をしつつ、PCの画面のなかのCYKを見た。夜の22時過ぎ。楽しい1日だった。ありがとう弘石君、そしてRDC。可能性を見せてもらいました。


(LICAXX、盛り上がりましたね~。隣にはチャットが書き込めて、みなさんと一緒にいるような気持ちになります)

 昨今のコロナ禍を受け、world’s end girlfriend が興味深い試みをスタートさせている。新たに Fatal Defect Orchestra なる名義を始動、寝ているだけでアーティストをサポートできるというアルバム『Sleep Resistance』を4月17日にリリースしているのだ。30秒程度のアンビエント・トラック全36曲が詰め込まれたトータル20分ほどのこの作品、就寝時にリピート再生しておくことで一晩で300~500円ほどの売り上げになるのだという。同作の売上はアーティストやスタッフなどのサポートに用いられるとのこと。スポティファイやアップル・ミュージックなどのストリーミング・サーヴィスに加入している方は、ぜひ実践してみよう。


https://linkco.re/xh29EU3r

world’s end girlfriend が現在の新型コロナウイルス蔓延、そしてポスト・パンデミックの時代へむけた新たな抵抗/実験のひとつとして、ストリーミングサービスだけで作品を発表する新名義 “Fatal Defect Orchestra” を始動しアルバム『Sleep Resistance』を4月17日急遽リリース。
『Sleep Resistance』はリスナーが各ストリーミングサービス上で睡眠時に今作をBGM(または最小音量による非BGM的物音)として毎晩リピート再生することにより、リスナー自身への金銭的負担はほぼなく、直接アーティストに金銭的サポートができる、という作品になっている。
美しい鼓動のごとく20分間静かに展開される今作は全トラックが約30~40秒で刻まれる、これによって1リスナーが睡眠時にアルバムをリピート再生することにより一晩で約300円~500円程度の売上が推測される。
今作の売上は新型コロナウイルス蔓延の影響によって厳しい状況に追い込まれた友人アーティストへのサポート、身近なフリーランスの演奏家、スタッフ等へのギャラ上乗せ分、また今後のレーベル存続のための資金にあてられます。

コメント:
「この作品はお金を生むことをメインの目的とした方法論の作品です。その金によって今を生き抜き、そしてまた自由に音楽作品を作り、リスナーに届け続けれるように。
この作品がどのくらい金を生むかはわかりませんが、これはこれから繰り返し訪れるであろうより厳しく新しい地獄の季節への抵抗と実験の一つです。
私は新しい闘い方を探し続けます。
皆様に美しい睡眠が訪れますように。そして共に闘い、また爆音の中で身体を寄せあい踊り笑いあいましょうね。

world’s end girlfriend / Virgin Babylon Records」


artist: Fatal Defect Orchestra
title: Sleep Resistance

Spotify: https://open.spotify.com/album/2XGxtxNKc7q2s7M84LL9qL
Apple Music: https://music.apple.com/jp/album/sleep-resistance/1505442953
その他ストリーミングリンク: https://linkco.re/xh29EU3r

Tony Allen & Hugh Masekela - ele-king

 シャバカ・ハッチングスとジ・アンセスターズによる新作『ウィ・アー・セント・ヒア・バイ・ヒストリー』は、人類の絶滅をテーマとしたまさに今の時期にリンクするような示唆的な作品となっているが、ジ・アンセスターズのメンバーであるンドゥドゥゾ・マカシニも同時期にリーダー・アルバムの『モーズ・オブ・コミュニケーション』を発表するなど、南アフリカ共和国のミュージシャンたちの活躍は続いている。そうした南アフリカが生んだジャズ・ミュージシャンの先人で、国際的に活躍した人物として、まずはアブドゥーラ・イブラヒムとヒュー・マセケラの名前が挙がる。デューク・エリントン、セロニアス・モンク、ルイ・アームストロングなどアメリカのジャズに影響を受けた彼らは、1950年代末にジャズ・エピッスルズというバンドを結成し、ヨハネスブルグやケープタウンを拠点に演奏活動をしていた。その後、アブドゥーラ・イブラヒムはヨーロッパ、そしてアメリカへと進出・移住して演奏活動を行なうようになるが、ヒュー・マセケラもニューヨークに音楽留学し、ハリー・ベラフォンテなどと交流を持つようになる。ヒューは正統的なジャズ・トランペット奏者を出自としながら、ロック、ポップス、ファンク、ディスコなどを早い段階で取り入れてきた先駆的存在である。1968年の “グレイジング・イン・ザ・グラス” などポップ・チャートにも入るヒット曲を出し、モントレー・ポップ・フェスティヴァルにも出演し、ザ・バーズやポール・サイモンのアルバムにも客演するなど、ジャズの枠を超える活動を行なってきた。1977年に元妻のミリアム・マケバとプロテスト・ソングの “ソウェト・ブルース” を発表し、1987年のヒット曲 “ブリング・ヒム・バック・ホーム” がネルソン・マンデラの支援アンセムとなるなど、反アパルトヘイトを貫いたことでも知られる。欧米の音楽の影響を受けつつも、祖国のアフリカ音楽を核として持ち続け、ハイ・ライフやアフロビートなどが底辺に流れているのがヒューの音楽である。

 1990年代以降は南アフリカへ戻って活動を続け、2016年に地元のミュージシャンと『ノー・ボーダーズ』を録音したのを最後に、2018年1月に78歳の生涯を終えたヒュー・マセケラだが、1970年代初頭にはフェラ・クティと出会って交流を深めていった。その中でアフリカ70のメンバーだったトニー・アレンとも親しくなり、フェラ・クティの没後も両者の関係は続いた。アフロビートの創始者で、現在もジャンルを超えて多くのミュージシャンに影響を与え続けるトニー・アレンだが、両者のコラボはずっと念願であり、いつかアルバムを一緒に作ろうと話し合っていた。そして、2010年にふたりのツアー・スケジュールがイギリスで重なったことをきっかけに、〈ワールド・サーキット〉の主宰者のニック・ゴールドが彼らのセッションをロンドンのリヴィングストン・スタジオで録音した。この録音は当時未完成のままニックのアーカイヴに保管されたのだが、2018年にヒューが亡くなった後にトニーと一緒にオリジナル・テープを発掘し、2019年夏に再びリヴィングストン・スタジオで残りの録音が完了された。そうしてできあがった『リジョイス』は、新たな録音部分についてはエズラ・コレクティヴジョー・アーモン・ジョーンズココロコのムタレ・チャシ、アコースティック・レディランドやジ・インヴィジブルのトム・ハーバートなどサウス・ロンドン勢が参加し、さらにかつてジャズ・ウォリアーズのメンバーとして鳴らしたスティーヴ・ウィリアムソンも加わっている。トニー・アレンのアフロビートはモーゼス・ボイドやエズラ・コレクティヴなど、サウス・ロンドンのミュージシャンにも多大な影響を及ぼしており、『リジョイス』ではその繋がりを見ることができるだろう。またスティーヴ・ウィリアムソンはジャズ・ウォリアーズ~トゥモローズ・ウォリアーズの繋がりで、やはりサウス・ロンドン勢にとっては大先輩にあたる。そしてルイス・モホロやクリス・マクレガーなど南アフリカ出身のミュージシャンとも共演が多く、ヒュー・マセケラと共通の音楽的言語を持っているので、今回の参加は自然な流れと言える。『リジョイス』はヒュー・マセケラとトニー・アレンの貴重なセッションに加え、新旧のロンドンのミュージシャンも巻き込んだ録音となっているのだ。

 “ロバーズ、サグズ・アンド・マガーズ(オガラジャニ)” はトニー・アレンのトライバルなドラムとヒュー・マセケラのフリューゲルホーンを軸とするシンプルな構成で、ときおりヒューのチャント風のヴォーカルが差し込まれる。ジョー・アーモン・ジョーンズがピアノ、トム・ハーバートがベースでサポートするが、いずれも最小限にとどまり、ドラムとフリューゲルホーンの引き立て役に回っている。“アバダ・ボウゴウ” に見られるように、トニーのドラムは基本ゆったりとしていて、ヒューのフリューゲルホーンも派手に立ち回ることなく、ロングトーンで奥行きのある音色を奏でている。これがアルバムの基本となるスタンスで、“アバダ・ボウゴウ” や “スロウ・ボーンズ” ではスティーヴ・ウィリアムソンのテナー・サックスも参加してどっしりと深みのある演奏を披露している。“ココナッツ・ジャム” や “ウィーヴ・ランディッド” はトニーらしいアフロビートだが、キーボードのように横でコードやメロディを奏でる楽器が入ってこないぶん、ドラムの細かな動きが際立って伝わってくる。バスドラ、スネア、タム、シンバルひとつひとつが異なった音色を持ち、それらが立体的に重なってトニーの独特のビートが生まれてくることがよくわかるだろう。“ネヴァー(ラゴス・ネヴァー・ゴナ・ビー・ザ・セイム)” はある種フェラ・クティへのトリビュート的な楽曲となっていて、ヒューのヴォーカルも踊ったり、飛び跳ねたりと体を動かすことを求めるものだ。改めてヒューとフェラ、トニーの交流がどんなものだったのかが伺える。オバマ前アメリカ大統領をイメージしたと思われる “オバマ・シャッフル・ストラット・ブルース” は、ベースが入らない代わりにキーボードがベース・ラインを奏でるが、それが独特の土着性とミニマルな感覚を生み出していて、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオとトニー・アレンの共演を思い浮かべるかもしれない。この曲に象徴されるが、一般的にアフロビートやアフロ・ジャズは熱く扇情的な演奏を思い浮かべがちだけれど、本作はそれと反対のクールなトーンに貫かれている。トニーによると『リジョイス』は「南アフリカとナイジェリアを繋ぐスイング・ジャズのシチューのようなもの」とのこと。トニー・アレンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのトリビュート・アルバムを出しているが、本作もそのラインに近いものと言える。仮にマイルス・デイヴィスとフェラ・クティが共演していたら、恐らくこうしたアルバムとなっていたのでは、そう思わせるのが『リジョイス』である。

Momus - ele-king

 80年代末~90年代の〈クリエイション〉レーベルからの作品で知られるモーマスが、本人のホームページによると新作『Vivid』の1曲目(Oblivion)の制作に入ったところでCOVID-19.に感染した。幸い軽症だったようだが、「寒気、熱、食欲不振、烈しい渇きを感じ、とても恐かったし、追悼モーマスという言葉すら頭をよぎった」と語っている。「ぼくのような周縁のアーティストにとっても、人類にとっても、いまはとてつもない時期です」
 1週間の療養後、制作に戻って、モーマスはそして“Working From Home and Self-Isolation”なる曲を完成させたという。

Thundercat - ele-king

 家の外の世界へ出づらい、という状況がいまもなお続いている。これからも当分続くだろう。少し前だったらサンダーキャットが歌う歌詞も「あー生きてるとたしかにそういうつらいこともあるなぁ」と、楽観的に共感したり、楽しめたりしていた。なので今回のニュー・アルバムからの先行リリース曲“Black Qualls feat. Steve Lacy & Steve Arrington”を聴いたときも、新しいアルバムはきっと前作の『Drunk』(2017)より突き抜けたハッピーでマッドな雰囲気を更新したイケイケな感じなのだろう、とそのときは思っていた。発売日、CDをゲットして一度スピーカーで流し聴きした。「なんか地味だな……」それが第一印象。日が落ちて、バスに乗って出かける用事があり、全部ヘッドホンでもう一度通して聴いてみる。今度は歌詞カードも一緒に。すると、アルバムのラストを飾る曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”に差し掛かったところで、泣きたい気持ちになっていた(というかちょっと泣いた)。え、このアルバム、この終わり方はめっちゃせつなくないか……ここで終わり?! Pedro Martinsの哀愁漂いまくりのギターとバスの窓からの少し肌寒い風も余計にそういう気持ちに拍車をかけていた。まるでストーリーが解決していない映画を見終わったような感覚。間違いない、サンダーキャット史上もっとも完成されたアルバムで、これからも大事にしていきたいと思える1枚だ。もう一度初めから聴いてみよう。

 最初に彼の作る音に触れたのは2010年過ぎたころあたりだろうか。今回のアルバムでも話さないわけにはいかない共同プロデューサーのフライング・ロータスがリリースしたアルバム『Cosmmogramma』(2010)での参加においてだ。ちなみにフライング・ロータスは、ヒップホップとかブレイクビーツ、といった音楽しか聴かなかった人びとにも新しい扉を開放した1人だと思っている。その『Cosmmogramma』では要所要所でベースの鬼のようなプレイや渋い演奏が聴こえ、前作『Los Angeles』(2008年、これも名盤)にはなかったファルセットで歌う男性の声も収録されていた。のちのち、どうやらサンダーキャットなる人物がかかわっているらしい、とわかってYoutubeで調べたら、ドラゴンボールのコスプレをした男性が目をハートにして、猫のトイレでうんこしているわけのわからないヴィデオがヒットした。なんだこいつは……『Cosmmogramma』のスピリチュアルでコズミックな世界観に正直少々スピっていた僕は拍子抜けした。

 そのフライロー(フライング・ロータスの愛称)はLAの2010年代のビート・ミュージックにおいてもっとも重要なレーベルのひとつ、Brainfeeder(Ras G “R.I.P.”、Samiyam、MONO/POLY、等のビート・ミュージックのヒーローが所属)を発足させた。これもサンダーキャットを語る上では欠かせない要素の一つだと思う。2011年、彼はフライローのレーベルから1stソロ・アルバム『The Golden Age of Apocalypse』(2011)を出した。フライロー経由でBrainfeederを知り、なおかつビートメイカーとして音楽を作りはじめていた自分にとって、このレーベルはとても可能性があり、新しい未来を予感をさせるものであった。そんなビート・ミューックのレーベルから出た、ベーシストのアルバム。打ち込みと生演奏のコラボというのはそれまでにもいろいろあったろうけど、どれもクールでかっこいいものという印象だったし、そこには演奏の妙、という打ち込みばかりを聞いてきた者にしてみれば少し難しい未知の領域……の、すこし語弊があるかもしれないが「なんとなくのかっこよさ」を与えていた。『The Golden Age of Apocalypse』はそういう「クールでかっこいい」がもちろん全編を通してありながらも、同時に近年の彼の作品にも通ずる「バカバカしいほどのふざけた感じ」がすでに同居していた(このころのヴィデオで言うなら「Walkin’」を見ればわかると思う)。個人的には彼に対して「猫のトイレでうんこ」という印象が正直いまでもあるが、そういうユーモア感覚は「クールでかっこいい」や「高尚なもの」とばかり勝手に思っていた音楽を聴いたり語ったりすることに対する敷居を下げ、音楽を楽しむ、という頭で聴くのではない、もっともピュアで原初的な楽しさを明示してくれた。Brainfeederが試みてきたこの約10年にわたるさまざまな実験がもたらした、ジャズとビート・ミュージックの融合、ということもたしかに大事ではあるが、いま述べたような部分もかなり大きいと思っている。それに大きく貢献した1人がサンダーキャットだった。

 そういう「すごいけどバカバカしい、とっつきやすい」というような感覚を同じBrainfeederレーベルで共有しているであろう人物は間違いなくLouis Coleだ。今回のニュー・アルバムにも“I Love Louis Cole feat. Louis Cole”(タイトルのふざけた感じが良い)で参加している。彼のBrainfeederからのソロ・アルバム『Time』(2018年、サンダーキャットも参加している)のリリースの時期あたりに出た自宅セッションを見ていただければ、なんとなくその「すさまじい演奏技術をバカバカしく、楽しいものに見せる感覚」というのはわかりやすいかもしれない。

 彼がサンダーキャットに歌唱やソングライティングの点で大きい影響を与えているような気がしてならない。前作『Drunk』でいうならば、彼がプロデュースした“Bus In The Street”なんかがそうで、この曲のファルセット感はLouis Cole自身のそれとかなり近しい。それ以前よりファルセットを披露してきたサンダーキャットだが、前述のアルバム『Time』なんかを聴くとそれがよくわかる。僕は正直『Time』を聴いたとき、この人はサンダーキャットのゴーストライターなんじゃないの? くらいのことは正直思った。それくらい親和性がある。こういう曲はそれまでのサンダーキャットにはあまりなかった作風だったので、すごい意外な曲だなこれ、とアルバムが出るもっと前(調べたところ2016年なので、約1年前)シングルがリリースされたときに感じた。Louis Coleのコンポーザーとしてのポップさは、近年のサンダーキャットの「突き抜けた感じ」の大きい要素のひとつだと思う。

 そんなLAの太陽のように明るい性格で人柄のよさそうなサンダーキャットの良さはもうひとつあって、それは意外とその反対の陰の部分である。これはBrainfeederからの2作目『Apocalypse』(2013)からじょじょに作品に滲みはじめてきた。数々のインタヴューでも彼は言及していることように、その原因は彼自身が都度抱えてきた「喪失感」にあり、今回の『It Is What It Is』でもっとも重要なファクターといえる。“Apocalypse”は、同じBrainfeeder所属だったAustin Peraltaという友人のキーボーディストが2012年に逝去したことに対するフィーリングが反映されており、彼のそれ以降の作品は「死」や「喪失感」といったテーマが通底している。それはサンダーキャットも大きくプロダクションに関わったフライング・ロータスのアルバム『You’re Dead!!』(2014)や『Drunk』の夜明け前かのようなEP「The Beyond / Where the Giants Roam」(2015)にて感じることができる。なので、当時の個人的な所感を思い出すと、「もしかしてこのままダークで落ち着いた作風へ向かうのか?」というのが正直なところであった。

 『It Is What It Is』はそう考えると、いままでのサンダーキャットの総仕上げのようになっているように思う。前半はとても前向きで楽しく、バカバカしいような歌詞の内容もあるが、後半はダークでシリアス。暗い部分はフライング・ロータスの近年の死生観からも大いに影響を受けていると思う。しかし、いままでと決定的に違うのはアルバムのラストを飾る表題曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”だ。僕がこの曲を聴いたときに泣きたくなったのは、「どれだけ自分ががんばっても何かや誰かを失う。それは避けられないし、そういうものだよ」というある種達観したようなメッセージにある。一見してみればこのメッセージは諦めにしか聞こえないが、これはとても前向きなものではないだろうか。たとえ時間が解決しないことだろうと、それ自体を「間違ったこと」としてとらえるのではなく「そういうものだよ」と肯定的にとらえている。そうでなければ、その「間違っている」という、正常な状態への途中段階にある自己を作品として明確に表現することは難しいように思う。自分を含めてたいていの人は、「何も起こっていなく、安全な状態」を正しいものとし、それ以外は間違っている、というバイアスが無意識のうちにかかりがちではないだろうか。誰だって、ネガティヴなことはふつう避けたい。しかし、その痛みさえも生きていることの一部であり、そこに目を向けるということの重要性をサンダーキャットは伝えているように感じてならない。もちろん、間違っている常識や習慣は存在するし、そういうのは正していかなくてはならないが、心持としてはこの考え方で生きていきたいものだ、と強く思わされる。そう思うと、前半の“Overseas feat. Zack Fox”や“Dragonball Durag”のような妙にピンプでイケイケな感じも、アルバム全体として考えたとき何か含みのあるような曲に思えてくる。本人にはきっとそんなつもりは一切ないのだろうけども。

 いままでならポジティブなヴァイヴスで世界をよくしていこう! とシンプルに思うことも可能だったが、実際はもっと複雑で現実的な問題が各地で噴出しはじめた。もちろんのことながら、彼がこのアルバムを制作していた頃はいまみたいな世界の状況ではなかった。しかし、彼がこのアルバムを通じて語り掛けてくれる、「楽しいことも、悲しいこともあるけどすべて「It Is What It Is」(そういうものだよ)」という優しい言葉にはいまの世界ではなにか救われるものがある。

R.I.P. Larry Sherman - ele-king

 シカゴ・ハウスの伝説的レーベル〈Trax〉の創始者、ラリー・シャーマンが4月10日心不全のために亡くなった。70歳だった。シカゴ・ハウス──すなわち今日我々がハウス・ミュージックと呼んでいる音楽を世界で最初にリリースし、ハウスのための専用レーベルを世界で最初に創設したという,とてつもない功績を残しながらシャーマンほど悪評に包まれた人物もまずいない。しかしそれでも初期シカゴ・ハウスの重鎮マーシャル・ジェファーソンから哀悼のツイートがされたように、彼がシカゴ・ハウスの歴史の一部であることは動かしようがないのである。
 ジェシー・サンダースによる『ハウス・ミュージック』に描かれているように、シカゴにプレス工場を持っていたシャーマンのところにサンダースとヴィンス・ローレンスがプレスの依頼をしたことがハウス・レーベル〈Trax〉の序章だった。そして86年から88年までのあいだ〈Trax〉からは初期シカゴ・ハウスの輝かしい歴史的傑作たち──ミスター・フィンガーズの“Can You Feel it”、フランキー・ナックルズの“You Love”、マーシャル・ジェファーソンの“Move Your Body”、フューチャーの“Acid Trax”などなどがリリースされている。ところがシャーマンは、プロデューサーへのロイヤリティの未払い、あるいはプレスの原材料に中古レコードを使った質の悪いレコード盤など、レーベル・オーナーとしては問題だらけだった。ライヴァルからの盗作だって余裕でやっている。もともとはジュークボックスのコレクターだったというシャーマンだが、シカゴの若い黒人たちのベッドルームで作られた音楽がやがて世界で革命を起こすなんてことまでは想像できなかったにしても、少なくともこれが人を魅了する音楽であることは理解していたのだろう。彼がいなかったら、ぼくたちが“Can You Feel it”を聴けなかった可能性だってある。ジェファーソンはツイッターで「愛を送る」と書いている。

インディ・シーン団結しようぜ! - ele-king

 いま音楽にできることは何だろう? ことインディと呼ばれるシーンにできることは……どんなに小さくとも、そこに人が複数いればシーンだ。小さいシーンほど政府がアテにできないのはもうわかっている。だからといって白旗を揚げるのは冗談じゃない。自分たちのコミュニティが破壊されようとしているんだから。おたがい支え合うことがまず重要だ。
 これまで多くの刺戟的なアクトを輩出してきたイアン・F・マーティン主宰のレーベル〈Call And Response Records〉が、新型コロナウイルスの影響で危機に瀕している地元のシーンを支援すべく、日々サウンドクラウドなどに動画や音源をアップ、高円寺の音楽スポットを支援するための寄付金を募っている。
 日本のインディ・シーンはこのように無数の小規模なスペースや有志たちの手によって成り立っているもので、そのような全国のスポットにびっくりするくらい足を運んでいる猛者がイアンであり、この国のインディの状況をもっともよく理解している者のひとりである。彼による声明はわたしたちにとって大きなヒントを含んでいるので、以下に掲げておくが、これは現時点でのひとつの解ともいえるアクションではないだろうか。
 そもそも音楽がどういうところから生まれてくるものなのか──すでに被害が甚大な欧米の『ガーディアン』などメディアでは、来年秋頃まですっきりしない感じが長引くのではないかとも言われている現在、それを思い出しておくのはたいせつなことだろう。政府に補償を要求するのもたいせつなことだけれど、DIY精神やコミュニティへの眼差しを忘れずに行動していくことも、とっても重要なことである。(それは高円寺だろうが静岡だろうが京都だろうが)
 インディ・シーン、団結しようぜ!

キャンペーン・ページ:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/
キャンペーン・ステイトメント:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/campaign-statement/

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!
(ENGLISH TEXT BELOW)
イアン・マーティン(Call And Response Records)

突如世界的なパンデミックが巻き起こり、世界中の多くの人々は現状を受け止めることが困難な状況にあります。いま私にできることは、微力ながらも自分のコミュニティのために何ができるかを考えることです。

Call And Response Records は、東京のライブミュージックシーン、その中の高円寺周辺から生まれました。高円寺は私たちのホームです。日本でコロナウイルス危機の対応が遅れさらに悪化するにつれて、ミュージックバーやライブ会場はますます困難な立場に置かれています。

私は幸運にも家に居ることができ、自分の部屋から執筆作業をすることができます。しかし、東京の独立した小さな音楽スポットのオーナーにとって、補償がないのでこれは簡単なことではありません。彼らは自分たちの生計を立てるために残され、皆にとっては恐ろしくて不安定な状況です。現状は誰もサポートをしないので、彼らの力になりたいです。店を開ければ批判と個人への誹謗中傷に直面し、店を閉めれば生計を立てられなくなり倒産へ追いやられてしまいます。

この危機を乗り越える為に正式な支援を求める運動をして居る方々がいらっしゃるので、今後少なくとも政府はこの問題を認識することを願います。取り急ぎ、できる限り早く、少なくとも Call And Response Records を支援してくれたいくつかの小さな会場・お店を助けたいと思います。

今、世界は混乱しており、おそらくあなた自身も問題を抱えているでしょう。Call And Response は、それを理解しています。しかし、これまで音楽に関わる活動を楽しんできた皆さんのために、私たちのコミュニティが集い、成長させる場所を与えてくれた、私たちの周りの音楽会場や音楽スポットについて考えてみてください。

また、ライブビデオと無料DL音源をこのページに集めて、人々が自由楽しめるようにする予定です。

そしてもし可能なら、少しのお金を支払うことで彼らを助けてください。

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!

募金の寄付先については以下の3つのライブ会場、バーです。レーベルと私たちのコミュニティにとって、ここ最近で重要な場所となっている3つの小さなインディースポットにフォーカスしました。今後状況を見て、このページも随時アップデートしていきます。

Help us support our local independent music spots

By Ian Martin (Call And Response)

Seeing the massive devastation the global pandemic is causing to so many people’s lives around the world is overwhelming and difficult to process. The only way I can get through each day is by thinking small and thinking about what I can do for my own community.

Call And Response Records was born out of the live music scene in Tokyo, and the neighbourhood of Koenji in particular. It’s our home. But as Japan’s experience of the Coronavirus crisis drags on and gets worse, music bars and live venues are increasingly in a difficult position.

I am lucky enough that I can stay at home and do writing work from my room. But without support, that isn’t so easy yet for the owners of small, independent music spots in Tokyo. They have been left to fend for themselves, trying to stop their livelihoods falling apart in a situation that’s scary and uncertain for everyone. They face criticism and personal danger if they open, bankruptcy and the end of their livelihoods if they close.

There are people campaigning for formal support to help the music scene get through the crisis, so at least the government is being made aware of the problem. In the meantime, though, I want to at least help some of the places that have helped Call And Response Records if I can.

The world is in a mess right now, and you probably have your own problems. We at Call And Response understand that. But for those of you who enjoy what we do, just take a moment to think about the venues and music spots around us that have given us a place to gather and grow our community. We plan to upload live videos and free downloads, gathering them all on this page for people to take and enjoy freely. And if you can, please drop a bit of money to help.

With any donations we receive on this page, we’re focusing for now on three small, independent spots that have become important places to the label and the community around us in recent years. We will keep an eye on the situation as it changes and make any of our own changes if they seem appropriate (updates posted here).

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