Home > Reviews > Album Reviews > Jay Electronica- A Written Testimony
Just Blaze が手がけるトラックのインパクトも含めて、2009年を代表するクラシック・チューンとなった “Exhibit C” から、なんと10年以上の時を経てようやくリリースされた Jay Electronica のファースト・アルバム『A Written Testimony』。彼自身が完璧主義すぎるがゆえに、これほどリリースが遅くなったというのもなんとも皮肉な話であるが、ファン以上にここまで待った所属レーベル、〈Roc Nation〉の社長である Jay-Z の忍耐力もなかなかのものである。そんな鬱憤を晴らすかのように……というわけではないだろうが、なんと本作にはフィーチャリング・アーティストとしての表記など一切ないにもかかわらず、Jay-Z がほとんどの曲に参加しており、Jay Electronica 名義のアルバムでありながらも、まるでふたりのデュオ作かのような構成になっている。したがって、Jay Electronica にとってのデビュー・アルバムとは素直に言いにくいのだが、非常にレベルの高いヒップホップ作品であるのは間違いない。
信心深いイスラム教徒としても知られる Jay Electronica であるが(ジャケットのカバーデザインにもアラビア語が用いられている)、オープニングを飾るイントロ曲 “The Overwhelming Event” では、ネーション・オブ・イスラムの最高指導者であり過激な言動で知られる活動家の Louis Farrakhan (ルイス・ファラカン)による演説の一部がそのまま収録されており、「アメリカの黒人こそが本当のイスラエルの子供である」というスピーチが展開されている。前出の “Exhibit C” でも一部でアラビア語のラインを織り交ぜて、イスラム教徒としてのスタンスを明確に示していた Jay Electronica であるが、本作ではその姿勢がより強固なものとなり、アルバムの中のひとつの大きなテーマとなっていることも、このイントロ曲から伝わってくる。そして、その勢いのまま、2曲目の “Ghost of Soulja Slim” もまた、より過激なファラカン師のスピーチでスタートするのだが、そこからの Jay-Z、Jay Electronica と続くマイクリレーが凄まじく格好良い。この曲はタイトルの通り、Jay Electronica とも同郷(ニューオリンズ出身)であり、2003年に銃殺されたラッパーの Soulja Slim をテーマにしているのだが、Jay Electronica 自らがプロデュースするサンプリングを駆使したトラックとふたりのラップの相性も完璧で、この曲での張り詰めたテンションの高さはアルバムを通して見事に貫かれている。
アルバムの核になっている曲を幾つかあげるとすれば、まずは Travis Scott をフィーチャした “The Blinding” がその筆頭に挙がるだろう。Swizz Beatz、Hit-Boy、AraabMuzik という、3人の名だたるプロデューサーがクレジットされているこの曲は、曲の前後半でトラックが全く別のものになるという変則的な構成で、Travis Scott によるコーラスを挟みながら、Jay-Z と Jay Electronica の掛け合いが非常にスリリングに展開し、複雑に絡み合うリリックの中にふたりのタイトな関係さえも伺える。この “The Blinding” の曲中では、本作がたった40日間で作られたことにも触れられているが、おそらく数少ない例外であるのが、2010年にインターネット上にて初めて発表されていたという “Shiny Suit” だ。Pete Rock & C.L. Smooth の名曲 “I Got A Love” と全く同じサンプリングネタ(The Ambassadors “Ain’t Got The Love Of One Girl (On My Mind)”)を大胆に使用し、自らのルーツである90sヒップホップのフレイヴァを放ちながら、すでに10年前には Jay-Z と Jay Electronica のコンビネーションができ上がっていることがよくわかる。No I.D. がプロデュースを手がけ、スペイン語も交えながら、いま現在も続くアメリカという国の問題について言及する、本作中、唯一の Jay Electronica のソロ曲である “Fruits Of The Spirit” を経て、後半のピークとも言えるのが、The-Dream をフィーチャした “Ezekiel’s Wheel” だ。旧約聖書から引用された “Ezekiel's Wheel” というワードはUFOを表しているとも言われているのだが、Brian Eno と King Crimson の Robert Fripp によるアンビエント作品からのサンプリングがこの曲名とも絶妙にマッチし、プロデュースを手がけた Jay Electronica 自身のセンスの高さにも驚かされる。
Jay-Z とのコンビネーションの良さにケチをつける気は毛頭ないが、次はぜひプロデューサーとしての Jay Electronica のバリューも最大限に活かした上で、本当の意味での彼のソロ・アルバムもぜひ聞いてみたいと思う。
大前至