「Nothing」と一致するもの

大規模なフェスティバルはなぜ消えたのか。
その後の音楽フェスの原型となったフェスティバルが遺したものとは?

たくさんの困難を乗り越えて、世界の音楽を紹介してくれたのが「ウォーマッド横浜」だった。 ──ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
現在、日本で隆盛をきわめる「フェス」の、その実質的な原点が「ウォーマッド横浜」だった。だがあれだけの巨大イベントも、今は語られることはない。そのナゼ、隠された秘密を、企画立案者だった横浜市の担当者が紐解いてみせた書籍。日本の地方行政のあり方にも踏み込んだ、相当にユニークな日本芸能史・そのエピック。 ──藤田正(音楽評論家、プロデューサー)

1991年から1996年にかけて、横浜博覧会跡地(現・臨港パーク)ほかで開催された国際的文化イベント「WOMAD横浜」の内実を、当時、横浜市の担当者だった著者が生々しく語る。未発表写真多数。

特別寄稿:ピーター・バラカン、布袋泰博(スキヤキ・ミーツ・ワールド実行委員長)ほか

写真:菅原光博、石田昌隆、菊地昇

未発表の貴重な写真を網羅:都はるみ、坂本龍一、スザンヌ・ヴェガ、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、パパ・ウェンバ、ユッスー・ンドゥール、デティ・クルニア、照屋林助、りんけんバンド、ほか

四六判 256ページ

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interview with Plaid - ele-king

 ぼくはプラッドのこのアルバムを、ことさら傑作とは言わないけれど、大好きな音楽だとは言える。ぼくはときどき気を失いそうになる。2022年は『アーティフィシャル・インテリジェンス』と『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』と『UKOrb』がリリースされてから30年目だ。この30年で、世界がどれほど変わり果てたことだろうか。つまり、『アーティフィシャル・インテリジェンス』と『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』なんていうのは、いまもっとも聴きたくないアルバムなのだ。あんなにラブリーで、平和で、無邪気で、穏やかでありながら驚きもあって、不安や心配事などなく、日々の些細なことにもワクワクしているようなエレクトロニック・ミュージックなんて冗談じゃない。聴いたら泣くだろう。
 だいたいブライアン・イーノのアンビエントやクラフトワークのテクノ・ポップと違って、あの時代のエレクトロニック・リスニング・ミュージックは、20歳前後の若者のベッドルームに設置されたお粗末な機材によってカセットテープに録音された曲ばかりなのだ。その音楽が歴史を変えたし、若者たちの価値観やライフスタイルをも変えた。金のかかった立派なスタジオで生まれた音楽にはできないことをやってのけた。そんな音楽をこの「暴力と恐怖の時代」(©三田格)に聴いたら、泣いてしまうに違いない。

 プラッドの『Feorm Falorx』は、ロマンティックなノスタルジーに満ちている。このノスタルジーはいま、なにか強い意味を持ちえてしまっている。失われしものが凝縮されているのだ。
 前作『Polymer』で見せた未来への不安とは打って変わって、惑星FalorxにおけるFeormという架空のフェスティヴァルをコンセプトとした『Feorm Falorx』はその対極というか、あまりにもキラキラしている。明日への不安や心配事がない世界だ。もともとプラッドはエイフェックス・ツインと同胞だったが(良くも悪くも)目立たない正直者で、オウテカとも実験仲間だったが(良くも悪くも)優しかった。エド・ハンドリーとアンディ・ターナーのふたりは、そうした自分たちの特徴をこのアルバムでは良き方向へと集中させている。
 以下、エドが答えてくれた。今日日なにか希望なり安らぎがあるとしたら、この世界にプラッドがまだ存在できているということだと誰かが言った。まったくその通りだ。

災害もパンデミックもとんでもない気候変動もなく、絶望的な恐怖に震えながら暮らしていたわけじゃなかった時代。そういういまよりシンプルな時代を振り返っていたのかもしれない。

新作の『Feorm Falorx』を聴かせてもらいましたが、とても美しく、ダンサブルで愛らしいエレクトロニック・ミュージック、しかも今回は親しみやすい音楽だと思いました。なので、いまからお話を訊くのが楽しみです。よろしくお願いします。さて、パンデミックがはじまってからどんな風に過ごされていたのですか? 

エド:誰もがいっせいに閉じ込められて、僕はロサンゼルス、アンディはロンドンでロックダウンになって。それからはためらいがちに、かなりゆっくりと、人びとが外出するようになってきて。音楽イヴェントや社交に関しては、依然として様子を見つつという部分があると思う。僕はフランスで過ごすこともあるんだけど、レストランに行くにしても何にしても、まだ慎重に、とくに冬になるとやっぱりみんな少し不安になってくるからね。ただありがたいことに音楽はどこにいても作れるからそれはずっとやっていた。大部分がエレクトロニックだからほぼどんな状況でもラップトップを開きさえすれば作業できるし、そこはラッキーだった。でもパンデミックのトラウマみたいなものはあって、実際多くの人にとってこのウィルスはかなり致命的で、実際友人や家族を亡くした人もたくさんいるわけだからね。いずれにせよ全世界が同じようなことを経験するというのも不思議なものだと思う。そういうことを想起しつつ、それが音楽に紛れ込むこともあっただろうね。みんなが共有できる体験だというのは良い面なのかもしれない。そんなことはごく稀だからさ。

ロックダウン中は制作に集中できたという人もいましたが、プラッドはどんなでしたか? 

エド:最初はそうなると思っていたんだ。音楽を作る時間がたっぷりできたぞと。でも実際はずっと家で隔離されていて何もインプットがない状態だったから難しかった。外出もせず社交もせずにいたら乾涸びてしまったというか。最初はクリエイティヴィティのちょっとした噴出があったけれど、1〜2ヶ月経つとそれもあまりなくなってしまった。というわけで僕らにとってはそれほど創造的な時間とは言えなかったな。

パンデミック中は、多くのアーティストが経済的な苦境に立たされましたが、いまもギグやDJをしたりして、音楽で生計を立てているのでしょうか?

エド:まあ、外出の機会が減ったから支出も減ったけど。でも厳しかったよ。ただし僕らは自営業者だから少し政府から助成があったんだ。その受給資格がない人は本当に大変だったと思う。納税額で決まるんだよ。税金を払ってたら助けてもらえるという。それで僕らは何とかなったんだ。まあいずれにしろ大打撃だったことに変わりはないけど、それでも多くのミュージシャンに対して助成があったからね。

ちなみに感染はしましたか? 質問者は軽症でしたがいちど感染しています。

エド:僕はかなり初期の頃、2020年の3月だった。ものすごい重症というわけではなかったけど、それでもかなり明らかな症状が出たよ。それで3週間ほど隔離生活を送って。年齢が年齢だからもっと悪化してもおかしくなかったけど幸い大丈夫だった。

時の経つのは早いもので、2022年は〈Warp〉の『アーティフィシャル・インテリジェンス』がリリースされて30年も経ったんですね。どんな感想をお持ちですか?

エド:そんなに経ったなんて思えないけど、経ったんだよね。時間は進んでいるわけだ。年を取ると過去を振り返ってもそれほど昔のことに感じないんだ。でも実際はそれだけ時間が経っているという。音楽がどのように変化、進化してきたかを考えると面白いよね。ものすごく変わったとも言えるし、ある意味ではそれほど変わっていないとも言える。でも何が変わったって、いまでは非常に簡単に、世界中の音楽にアクセスできるようになったこと。たとえば30年前は、もしどこかの国の音楽を聴きたいと思ったら専門店に行く必要があったわけだよ。その音楽へのアクセスのしやすさがもっとも大きな変化のひとつだと僕は思う。いつでもどこでも、どこの音楽でも聴くことができるという。総じて言うとそれはポジティヴな変化だと思う。選択肢の多さに圧倒されることもあるけどね。僕たちの音楽も間違いなく変わったしね。プロダクションがだいぶ良くなったという意味でもそうだし、より多様な音楽に触れて、受けた影響の幅が広がったという意味でも。当時自分たちが作った音楽は、時代遅れに聞こえるものもあるし、いつ作ったのかわからないようなものもある。作られた時代を特定するのが難しくなってきてるよね。我々はこれまでにエレクトロニック・サウンドにも慣れ親しんできて、世界中の楽器の音を聴いて、あらゆる音楽に晒されている。だから全部が混ざっているし融合しているんだ。

そういうなかで取りかかった新作になりますが、制作はどんな感じで進んでいったのでしょうか?

エド:かなりの部分をそれぞれが個別に作ったんだ。僕はその時々に滞在している場所で作って、アンディはだいたいロンドンで作っているという。僕は少々ノマドっぽいタイプでひとつところにずっと留まらないから。そして最終的にはロンドンで数日かけて2人でそれまで作ったものを検討する。リモートのち集合だね。やり方としてはこれまでとすごく似ていて、依然として最新のテクノロジーやソフトウェアにすごく魅力を感じるんだ。毎年のように新たな発展があるし新しい方法が出てくるから。つまり今回の制作もこれまで長年やってきたやり方と同じで、終盤でコラボレーションするという感じだった。アルバムの形が見えはじめてきたら集合し、作ったものを一緒に聴いて一緒に調整する。でも最初のアイデアは個別に考えることが多い。それにインターネットの速さのおかげで待ち時間もほとんどなくリアルタイムで一緒に作ることもできるしね。共同作業できるワークステーションも多いし、一緒に作る方法はたくさんあるんだ。

前作『Polymer』のときは環境問題がテーマとしてありました。新作『Feorm Falorx』にもなにかテーマがあるようでしたら、そのことについて教えてください。

エド:アンディには、我々が別の惑星に行ったという主題があったんだ。もし彼がここにいたらうまく説明してくれると思うけれど、アルバムのテーマは、僕ら2人がその惑星で開いたコンサートなんだよ。物理的な惑星かもしれないし異次元的な惑星かもしれないし、僕自身は確信も持てないけれど、たしかにそこにいたんだ。はっきりと覚えていないだけでね。そういうわけで、それがテーマ。まあ明らかに、ファンタジーや逃避、別の存在といったテーマ、あるいは真実とも関係があるだろうね。
 偽情報ということに関して言えばいまは非常に奇妙な時代でもある。ただアンディ的には実際にその惑星に行ったということがメインテーマなんだ。彼がそう言うならそうなんだよ。ファロークスという惑星で行われたFeormというフェスティヴァル。Emma Catnipがアートワークとグラフィックノーベルを手がけていて、惑星までの道程やフェスティヴァルの様子といった一連の旅を描いている。彼女はその世界を再現するためにAIも駆使していて。というわけでアートワークやヴィデオは、彼女の目と想像力を通した、ファロークスにおける僕らの経験を表現したものなんだ。つまりこのアルバムはファロークスで過ごした日々を記録した日記のようなものだね。

アルバムは前半と後半とでは趣が違いますよね? 前半は、ダンス・ミュージックに特化していると思いましたが、いかがでしょうか? 

エド:明確に半分に分けられるかどうかはわからないけど、そこは聴く人次第だからね。このアルバムには間違いなく、自分たちの過去や受けてきた影響、エレクトロやファンクといったものを反映されていると思っていて。だから他のアルバムと比べて後ろを向いている部分が多いかもしれない。もちろん昔のサウンドをそのまま再現しようとしているわけではないけれど、昔の音楽のあからさまな引用がある。新しいものを作ろうとしつつ、伝統的あるいはノスタルジックな要素があって。でもそうだね、終盤にかけては……とくに最後の曲なんかは遊びの要素はグッと減ってシリアスになっていて。フェスティヴァルだからアルバムの大半は陽気だけれど、最後に少しだけシリアスな雰囲気が漂ってくるという。そういう二面性はたしかにあると思う。ただそれほどはっきりした区切りがあるかどうかはわからないな。

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たしかに4/4拍子ではない拍子記号が多いかもしれないね。いままでもやってきたけど、今回は7拍子系が多いかな。単純にやっていて楽しかったというだけで何かちゃんとした理由があるわけではないんだ。

30年前には、プラッドの音楽では踊れないという批判がありました。そんなプラッドの歴史を思うと、今回は意外と、とくにアルバムの前半なのですが、キャリアのなかでもっともダンスに結びつきやすい展開かなと思いました。ディスコ風の“Wondergan”なんて、昔ならぜったいやっていなかったタイプの曲じゃないですか?

エド:そうそう。それがさっき話した、自分たちが受けてきた影響を振り返るということにつながっていて。これまではあまり直球のダンス・トラックを作ることはなかったけど、今回はそういう要素も入っているんだ。普通のダンスっぽい曲というのはめったにやらないから作っていて楽しかったよ。

それはやはり、長らく続いたパンデミックによる禁欲生活から解放された快楽主義への欲望から来ているのでしょうか?

エド:それも少しあったかもしれない。ロックダウンが解除されて世界が開かれていくことを祝うという。そして踊ったり、人と会ったりすることの単純な喜びとね。

『Polymer』はテーマがテーマなだけにダークでインダストリアルな感触をもった作品になりましたが、今作は冒頭に言ったように、前作とは打って変わっておおよそ軽やかで愛らしく、いくつかの曲からは、ある意味オプティミスティックな感覚さえ感じたのですが、作っている当人としてはこの作品をどんな風に捉えていますか?

エド:やっぱりフェスティヴァルだから、たしかに軽やかで、外を向いていると思う。それからフェスティヴァルでの、幅広い音楽に触れるという経験にも近いかもしれない。あとは喜び、軽はずみ、楽しむこと。もちろん全曲がそうというわけではなく、フェスティヴァルでの経験は多様で、雨が降ってきたりといった逆境もあるし。ほとんどは楽しくて、ほとんどが軽いけどね。

オープナーの“Perspex”など美しくて、キラキラしているのですが、どうして、このような音楽性の作品を作る心境になったのでしょうか?

エド:まずこれは常に言えることだけど、僕らは特定のスタイルで曲作りをするわけではなく、自分たちらしいとしか言えないようなスタイルを開拓してきた。ただしその前にはもちろん、たくさんの音楽があり、たくさんのアーティストがいるから、僕らの曲作りはそういった経験を踏まえたものだと言える。一方で、なかにはかなりパーソナルな意図が込められている曲もあるんだ。個人的な感情や出来事を具体的に描いているわけではないけど、すごく個人的なものだったりする。軽薄で楽しいだけの曲もあるし、ファンキーなグルーヴをひたすら追求した曲もあるけどね。ただ多くの曲は、僕らの人生で起こった出来事と関係があって、それを明確に言わないだけで、そこには悲しみだったり喜びだったりの私的な表現が含まれている。
 今回のアルバムには、フェスティヴァル以外の特定のテーマはないけど、個々の曲にはそういった私的なものがあって。たとえば“Perspex”に関して言うと、ある亡くなった友人に関わっていて。もちろん歌詞はないけど、その人生を讃えたり、光になって宇宙と再結合するとかそういうね。メタなレヴェルで何かを伝えようとするというか、言葉にするのが難しい、あるいは言葉にしたら安っぽくなりがちだけど音楽でなら言える、というかね。

5曲目の“Cwtchr”は、リズムもシンセも1992年風の音色に感じたのですが、意識されましたか? 

エド:これもさっきのノスタルジアの話の一環だね。パンデミックの最中に、より幸福だった過去を振り返るという。物事がもっとシンプルに見えていた時代……と言ってもそれは自分たちが住んでいる場所を含む世界の一部の地域に限った話だけど、すべてがもうちょっと意味をなしていた。災害もパンデミックもとんでもない気候変動もなく、絶望的な恐怖に震えながら暮らしていたわけじゃなかった時代。そういういまよりシンプルな時代を振り返っていたのかもしれない。あの曲はかなりビンテージな感触があるよね。もちろん92年当時も音楽を作っていたわけだけど、当時自分たちが作っていた音楽にはそういう92年感がなかった。つまり当時作るべきだった音楽をいま作っているということかな。

ハイテンポで展開される“Nightcrawler”以降は、とらえどころのない、ある意味プラッドらしいエレクトロニック・ミュージックが続きますが、このあたりは、前半で油断させておいて、後半で驚かすというか、プラッドの実験的な側面、未来的なところを出したかったという感じなのでしょうか? 

エド:たしかにアルバムとしての流れが他の作品とは違うかもしれない。かなり多様なサウンドスケープになっていると思う。他の音楽を聴く時にも対比があったり衝撃や驚きがあったりするものが好きだし、間違いなく今作にもそういった対比を生み出そうという試みはあったと思う。過去を振り返る部分もあれば未来志向の部分もあって。懐かしかったり未来を想像したりね。

後半とくに拍子記号的にもユニークなアプローチをしているように思いました。

エド:たしかに4/4拍子ではない拍子記号が多いかもしれないね。いままでもやってきたけど、今回は7拍子系が多いかな。単純にやっていて楽しかったというだけで何かちゃんとした理由があるわけではないんだ。

アルバムからは話が逸れますが、音楽以外でいま楽しみにしていることは何でしょうか?

エド:DIYを少々。壁を作ったりボイラーを設置したり。物理的な世界で何か作ることを学んでいるよ。アンディはロックダウン中にちょっとガーデニングをやって野菜を育てたりしていた。あとは散歩かな。年を取ったら自分を大事にしないとね。最近はフランスにいることも多くて、散歩するのが楽しいというのもあるし。ただ全般的には小説を書くわけでもなく抽象画を描くわけでもなく音楽一筋だね。他の人とのコラボレーションも多いし、さっき言ったように常に音楽の新しい作り方、新たなソフトウェアも取り入れようとしていて、だから音楽だけで十分忙しいんだ。

最近だと、自分の楽しみに聴く音楽はなんになりますか?

エド:かなり幅広く聴いているな。エレクトロニック・ミュージックもいろいろ聴くし、探求すべき音楽は世界中にあるわけだから果てしない。制作中はあまり聴かないけどね。現在のところこれと言ってとくに聴いているアーティストはいないかな。ただいまもたまにDJをやるからダンス・ミュージックもけっこう聴くし。あとはままで聴いたことがなかったクラシックなんかもね。

いま流行っている音楽や話題になっているような新しい音楽を聴いたりしますか? たとえばケンドリック・ラマーやビヨンセだとか。あるいは、若手で面白いとおもったプロデューサーはいますか? ロレイン・ジェイムズとか。

エド:甥と姪がいろいろ聴かせてくれるから、それでケンドリック・ラマーも聴いたりするよ。まあ外出先でもかかっているしね。あとは仕事仲間からいろいろ聴かせてもらうことも多い。たとえばRival Consolesなんかは僕らと似ているからっていうことで聴かせてもらったし。僕らはヒップホップを聴いてブレイクダンス好きとして育ったからヒップホップの耳は持っていて、いかにヒップホップが発展して変化してきたかもわかる。特定の意味や社会的メッセージを持つ音楽が復活しているのは喜ばしいことで、そういう観点から言うとケンドリックのような人は素晴らしいと思う。僕自身にとって音楽的にもっともエキサイティングなものではないけど、歌詞だったりの部分でね。というわけでさまざまな音楽に触れる機会があるし、もちろん実験的な音楽もいろいろ聴くよ。自分たちも半分実験音楽みたいなもので、ポップ・ミュージックへの大きな愛を持ちつつ実験音楽をブレンドするという感じだからね。

そうですね。今回も良いアルバムをありがとうございました。 (了)

Satomimagae - ele-king

 独特の静けさを携えた実験的なフォーク・サウンドを響かせるSatomimagae。彼女がおよそ10年前に録音し、自主で発表していたデビュー・アルバムがリマスタリングされ、拡張版となって復活する。いうなればSatomimagaeの原点にあたる作品だ。その『Awa (Expanded)』は2月23日、〈RVNG Intl〉よりリリース。CDは日本盤のみで〈PLANCHA〉から。まずはヴィデオも公開された “Inu” を聴いてみて。引き込まれます。

Satomimagaeが自主制作でリリースしていたデビュー・アルバム『Awa』の10周年リマスター・拡張版がRVNG Intl.からリリース決定。先行ファースト・シングル「Inu」がリリース&MV公開

昨年RVNG Intl. / Guruguru Brainから傑作アルバム『Hanazono』をリリースした、東京を中心に活動しているエクスペリメンタル・フォーク・アーティスト、Satomimagae。彼女が2012年に自主制作でリリースしていたデビュー・アルバム『Awa』を再考し、新たな活力を吹き込み、その10周年記念として拡張版『Awa (Expanded)』がRVNG Intl.からリリースされることが決定致しました。CD版はPLANCHAからのリリースで、日本のみです。

収録曲から先行ファースト・シングル「Inu」がリリースされ、同時にミュージック・ビデオも公開されました。

Satomimagae “Awa (Expanded)” 2023/02/23 release

Artist: Satomimagae
Title: Awa (Expanded)
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-187
Format: CD / Digital
Release Date: 2023.02.03
Price(CD): 2,000 yen + tax

昨年RVNG Intl. / Guruguru Brainから傑作アルバム『Hanazono』をリリースした、東京を中心に活動しているエクスペリメンタル・フォーク・アーティスト、Satomimagae。彼女が2012年にリリースしていた魅力的なデビュー・アルバム『Awa』を再考し、新たな活力を吹き込み、その10周年記念として拡張版『Awa (Expanded)』のリリースが決定。

2011年から2012年にかけてSatomimagae自身によってレコーディング、ミキシング、マスタリングされたこのアルバムは、彼女の特徴である叙情的なアトモスフィア、アコースティック・ギター、環境芸術の組み合わせを支えるソングクラフトに対する鋭い耳と広い目のDIYアプローチを伝えている。大きな衝撃というよりも深い余韻を残す『Awa』は、 Satomimagaeの世界にあるいくつかの物語の起源の1つである。

『Awa』は、彼女が7年の間、ほとんど一人で音に没頭していた間に書いた曲を集めたもので、大学で化学と生物学を学んでいた時期と一部重っている。大学では毎日授業、毎晩研究室での実験という生活が繰り返された。その密閉された空間で、ファンタジーの世界が形成され、彼女が慣れ親しんだいくつかの楽器 (古いアコースティック ギター、フェンダー ベース、そして彼女の周囲のフィールド音) に手を伸ばし、その出来事を音楽の文脈の中で捉え、考察していった。彼女の声を含む音の受容体の集合体から、苔の膜、宝箱、灰、蝋などのイメージが浮かび上がる。土と幻想の錬金術、そして音楽の伝統を超えて機能するフォーク・アルバムが形成された。

自宅と実家を行き来しながら、やかんの音、家財道具の音、子供たちの遊ぶ声など、日常生活の中にある不思議な音やリズムと自分の歌を融合させるという新しい試みに挑戦している。映画のサウンドトラック、古いフォークやブルースのレコードの質感、中南米、アフリカ、中東の音楽、そして実験音楽からインスピレーションを得て、彷徨いながらも正確で、荒々しくも確かな音のコンピレーションが生まれたのである。重要なのは、これらの楽曲が元々含まれているノイズも含めて元の音色が尊重されていることで、リヴァーブやディレイなど、音に手を加えることは避けている。そして、それぞれの曲は以前の作品とは明らかに異なっており、このアルバムはデザインによって分類されている。この思想が『Awa』の耐久性の鍵である。それは群れであり、銀河である。

この頃のSatomimagaeの音楽は、主に一人で作られていたが、『Awa』では3人のミュージシャンが重要な役割を果たしている。ライヴに参加することもあるTomohiro Sakuraiは「Kusune」と「Riki」でパワフルなギター演奏とヴォーカルを披露している。ジャズ・トランペッターのYasushi Ishikawaは「Beni」で彼女の歌詞に明確なソット ヴォーチェを加ており、Kentaro Sugawaraは「Tou」でより深い情感を与えるピアノ演奏を見せている。

『Awa』は10年前に自主制作でリリースされ、一部のレコード・ショップで販売され、ささやかな反響を呼んだ。2021年に発表された『花園』を完成させた後、彼女はこのファースト・アルバムの奇妙な音楽にインスピレーションを求めたのだ。初期の作品にありがちなことだが、ファースト・アルバムを欠落したもの、欠陥のあるものとして認識していた。しかし、しばらく間を置いてから、そのアルバムを見直すと、新鮮な発見があった。単なる設計図ではなく、その手触り、心意気は比類なきものだ。Satomimagae自身の手によって蘇り、Yuya Shitoがリマスタリングし、Will Work for Goodのデザインによる新パッケージで生まれ変わった本作は、彼女の近作を愛する全ての人への贈り物となるだろう。

Track List:
01. #1
02. Green Night
03. Inu
04. Q
05. Koki
06. Mouf
07. Hematoxylin
08. Bokuso
09. Tou
10. Kusune
11. Riki
12. Kaba
13. Hono
14. Beni.n
15. Hoshi
16. Mouf Remix

Satomimagae ‘Inu’ out now

Artist: Satomimagae
Title: Inu
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Format: Digital Single
Release Date: 2022.11.30
Buy/Listen: https://orcd.co/j2jerro

Satomimagae – Inu [Official Video]
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=vS_DXxb47cE

Directed by Kanako Sakamoto
Featuring Hideaki Sakata
Second cameraman: Bobby Pitts II
Assistant: Hidemi Joi

Satomimagae:
東京を中心に活動しているアーティスト。ギター、声、ノイズで繊細な曲を紡ぎ、有機的と機械的、個人的と環境的、暖かさと冷たさの間を行き来する変化に富んだフォークを創造している。
彼女の音楽的ルーツは中学生の時にギターを始めたことから始まる。父親がアメリカからテープやCDに入れて持ち帰った古いデルタ・ブルースの影響もあり、10代の頃にはソング・ライティングの実験をするようになる。その後PCを導入したことで、より多くの要素を加えた曲を作ることができるようになり、彼女の孤独な作業はアンサンブルへの愛に後押しされるようにななった。大学で分子生物学を専攻していた時にバンドでベースを弾いていたことから、様々な音の中にいることへの情熱と生き物や自然への情熱が交錯し、それが彼女の音の世界を育んでいったのである。
この間、アンビエント音楽、電子音楽、テクノなどの実験的でヴォーカルのない音楽に没頭するようになり、聴き方の幅が広がっていった。サンプラーを手に入れ、日本のクラブやカフェでのソロライブを始めた。苗字と名字を融合させた「サトミマガエ」は、彼女の独特のフォークトロニックな考察を伝える公式キャラクターとなった。
初期のアンビエント・フォーク・シンセサイザーを集めたファースト・アルバム『awa』(2012年)は、ローファイ/DIYのセルフ・レコーディング技術を駆使した作品である。2枚目のアルバム『Koko』(2014年)では、彼女は控えめでライヴ感のあるパフォーマンスと、フォークの伝統に馴染んだ温かく牧歌的なエネルギーの冷却を追求した。続いて、『Kemri』(2017)では、より豊かな和音とリズムで伝えられる人間的な感覚に触発されて、この効果をバランスよく調整している。彼女の2作品をリリースしたレーベル、White Paddy Mountainとそのディレクター畠山地平の影響を受けて、スタジオ環境の中でよりコンセプチュアルな方向に進むことができたが、彼女の作曲やレコーディングのプロセスは、自分で作ったものであることに変わりはない。
そしてNYの最先鋭レーベル、RVNG Intl.へ移籍してのリリースとなる『Hanazono』では、URAWA Hidekiのエレクトリック・ギターとバード・コールが加わったことで、子供のような魅力を持つSatomiの微細なヴィジョンが融合している。Satomiの姉であり、アルバムやウェブサイトのすべての作品を担ってきたNatsumiの直感的なビジュアルが、温かみのあるものとクールなもの、手作りと機械で作られたものが混ざり合うというSatomiの夢を、彼女の別世界への窓のように機能する木版画で見事に表現している。
2021年には最新アルバム『Hanazono』に由来する繊細な周辺の花びらの配列である”コロイド”を構築した。自身の楽曲から4曲を選曲しリアレンジした『Colloid』を引き続きRVNG Intl.から発表した。

Terri Lyne Carrington - ele-king

 グラミー賞を受賞するジャズ・ドラマーであり、過去10年間女性やトランス、ノンバイナリーの人びとの声を高めるために精力的に活動してきたテリ・リン・キャリントンは、2022年9月に発表した作品『New Standard vol.1』で、ジャズの物語を変えようとしている。

 このアルバムは、テリのキュレーションによる101人の女性作曲家の楽譜集「101 Lead Sheets By Women Composers」(ジャズで主に使われる楽譜はリードシートと呼ばれ、メロディーやリード・ラインとコード・シンボルだけの簡素な表記で構成される)がもとになっており、ここからの11曲がアルバムに収録されている。この楽曲集には、1922年のリル・ハーディン・アームストロングの作品から、学生が2021年に書いた曲まで、ほぼ1世紀にわたる女性の楽曲が集められているが、そのなかからハーピストのブランディー・ヤンガー、クラリネット奏者のアナット・コーエン、ヴォーカリストのグレッチェン・パーラトからアビー・リンカーン、カーラ・ブレイらの作品が選ばれ、演奏者は、キャリントン(ドラム)、クリス・デイビス(ピアノ)、リンダ・メイ・ハン・オー(ベース)、ニコラス・ペイトン(トランペット)、マシュー・スティーブンス(ギター)中心に、アンブローズ・アキンムシーレ、ラヴィ・コルトレーン、サマラ・ジョイ、ジュリアン・レイジなどの11人のゲストを迎える構成になっている。ヴォーカル・ナンバーから意匠を凝らしたコンテンポラリーな作品、フリーフォームなものまで、ジャズの幅広さを証明した選曲であると同時に、各ゲストが、冒険心を持って新たな価値観に向かっているような演奏が曲の端々に窺える。

 ドラマーとしてハービー・ハンコックや、ウェイン・ショーターとの共演で知られるテリ・リン・キャリントンは、ジェームス・ブラウンのバックバンドをしていたサックス奏者の父親の影響で幼少期から音楽活動を開始し、その天才的な才能を買われ偉大なミュージシャンの舞台にも立っていた。11歳のときオスカー・ピーターソン・バンドにゲストとして迎えられ、その演奏に感銘を受けたバークリー音楽大学の創設者は、キャリントンに全額奨学金を提供した。高校から週1回の授業を重ね、同校卒業後はニューヨークやロサンゼルスを拠点に活動。教育者としても活動を広げ2007年には母校の教授に就任、2018年には、Berklee Institute of Jazz and Gender Justiceという新しい学部を創設した。

 楽譜集を作るきっかけとなったのは、この学部の最初のオープンイベントを開催するときのことだった。学生たちと女性が書いた曲を演奏しようという企画が持ち上がり、標準的なリードシートとされる教材「The Real Book」を見たところ、女性が書いた曲がひとつしか見つからなかった。その瞬間からテリはこのジャズにおける “作られた物語” を編み直す作業を着々と地道に進めていった。

 1960年代以降ジャズが全米の大学の正式な基礎過程に定着してからというもの、約40年以上にわたって、学生やプロのミュージシャンは、ジャズ・スタンダードのリードシートをこの「The Real Book」に頼ってきた。じつは、この「The Real Book」の初版は、ビバップ時代に流行った曲を手書きのチャートに書き写ししただけのものだったとも言われている。ここに手書きされたものがいつしかジャズの正典として、確固たる位置を占めるようになっていく。

 テリは、長年のキャリアのなかで男女の意識をすることなく多くの実力者と出会い共演してきた。そのなかには、作曲もできる女性が当たり前のようにいた。しかしこうした女性の実力は、十分に残らないことを「The Real Book」が示しており、それと同時に、ジャズや作曲について学ぶとき、男性だけが書いた教材に基づいていることに気づいた。

 「New Standardsは、未来のミュージシャンのためのものでもある」とテリは答える。「高校生や大学生、偉大なプレイヤーから初心者まで、このリードシートから何かを見つけられると思う。だから、大学の図書館に置いてほしいし、高校の教育者が教えるための道具として使ってほしいのです」

 「New Standard vol.1」は、テリとマシュー・スティーブンスのプロデュースによって作られたが、これはまだ「Vol.1」に過ぎない。これに誰かが続き、楽譜集から101曲すべてを録音し世に広めた後には、ジャズの姿はまたいまとは違ったものになっているだろう。テリがしていることは、公平な歴史の編み直しであり、それは同時に新たなジャズの価値を見出すことでもある。

Ripatti Deluxe - ele-king

 フィンランドの電子音楽家ヴラディスラフ・ディレイことサス・リパッティがリパッティ・デラックスの名義でアルバム『Speed Demon』を発表した。リリースはサス・リパッティ自らが立ち上げた新レーベル〈Rajaton〉からである。フィンランド語では「raja」は「境界」「限界」「境界線」「容量」などを意味するらしい。そして「ton」は「ない」を意味するという。となればこの「ラジャトン」という言葉=名前は、境界線をなくすとなる。つまりボーダーレスだ。サス・リパッティは境界を無化しようとしているのか。じっさい『Speed Demon』はまさにエレクトロニック・ミュージックの境界線を最高速度で超えていくような凄まじいアルバムだ。サス・リパッティは、ヴラディスラフ・ディレイ名義で2020年にリリースした『Rakka』以降、別のモードにギアチェンジしたかのようである。いま、われわれはひとりのアーティストが別の何かに生成変化していくさまを目の当たりにしているのだ。

 このアルバムについて、サス・リパッティは「いままで聴いたことのない初期のレイヴやハッピー・ハードコアなどをランダムに見つけて、それに大量のエフェクトをかけてループさせたり、くり返したりして聴くようになったんです。それがすごく刺激的で面白いなと思って、それからは自然な流れでやっています」と語っている。音を聴いてみると、それらの音楽の痕跡が高速で展開し接続され変化していくようにも聴こえてきた。1曲のなかでもテンポが微細に変化しており、電子音楽でありながら、時間が伸縮していくような独特の感覚を得ることができたのである。高速で境界を越える音楽? 本作はまさにそんなアルバムだ。全13曲、34分。電子音楽空間を一気に駆け抜けるようなアルバム体験ができる。
 
 では「スピードデーモン」とは誰か。その問いにサス・リパッティは、「若くして様々なスピードで駆け抜けてきた自分自身かもしれません」と述べている。そしてこのように言葉をつなぐ。「それは社会や文化かもしれないし、ひとりひとりの背後で時を刻んでいる主時計かもしれない。私はその存在を周囲で見たり感じたりしています」とも。つまり、「スピードデーモン」は、リパッティ自身でもあり、同時に社会・文化であり、その背後に流れている「時間」そのものだというのだ。おそらくアルバム『Speed Demon』の主題も「時間」ではないか。不穏にして性急。性急にして停止。停止にして超越。そんなハイスピードで展開するアルバムを聴き終えると、何か途轍もないものを聴いたという感覚だけは得ることができる。しかし何が起きているのか、起きていたのかさっぱり分からない(ような気がする)。
 
 なぜか。1曲のなかにも複薄の要素が矢継ぎ早に連続しているからではないか。こちら側の認識の速度を超えている音楽/音響なのである。じっさいアルバム中盤の “Ultraviolet Blues” と “Speed Breathe” 以降、アルバムの情報密度とテンションは極限まで高まり、ビート、アンビエンス、ノイズがほんの数10秒ごとに接続され変化していくわけだ。生成変化という言葉ですら生やさしいと思えるほどの冷酷な野獣のような音響なのだ。しかし未踏の世界の民族音楽のような音響には、奇妙な祝祭感とでもいうべきムードも満ちているのだ。不穏な世界に満ちる祝祭感とでもいうべきか。これは明らかにコロナ禍の世界を反映したものだろう。そもそもアルバム冒頭、1曲目の曲名が “The New Beast Is Coming” であり、13曲目(アルバムのラスト)の曲名が “My Best Friend” なのである。「新しい獣が来る」ではじまり、「私の親友」で終わるアルバムなのだ。何か異様な世界が展開している。そんな予兆だけは強く理解できるアルバムだ。私見だが人間以降の世界における未知との遭遇のサウンドトラックのようなアルバムだと思いもした。

 マスタリングは、音楽家としての活動を停止、マスタリング・エンジニアとして活動を続けることを宣言したステファン・マシューが担当している。このアルバム独特の乾いた電子音を損なうことなく、ここまで高品質な音に仕上げられるのは、まさに彼だけだろう。そしてアルバムのムードを決定つけるほどに印象的なアートワークには、ファッション誌、広告、CDジャケットなどを手掛ける日本人フォトグラファー横浪修の写真を用いている。「時の試練に耐える作品群を作ること」とサス・リパッティが述べるように、プロダクトとしての完成度も一級品である。

追悼:崔洋一 - ele-king

『十階のモスキート』(83)が崔洋一のデビュー作だと知ったのはだいぶ後のことだった。そもそもどうして『十階のモスキート』を観に行ったのかも覚えていない。『水のないプール』が妙な余韻を残す映画だったので、同じ内田裕也が主演だから観ようと思ったとか、そんなあたりだろう。内田裕也演じる警察官がパソコンを操作するシーンは『ブレイドランナー』が公開された翌年だと思うと相当チープなテクノロジー描写に見えたはずだし、僕の父親は60年代からIBMのコンピュータを日常的に使っていたので、かなりキッチュな光景に見えたことも確か。だけど、いまとなってはあのシーンが一番面白かった気がする。和室にあぐらをかいてランニング姿でコンピュータをいじっている様は等しく反体制的な気分を反映していたにしても『太陽を盗んだ男』の実験室よりも現実味があり、どこか日本がむき出しになっていたからだろう。考えてみるとITビジネスで人生の一発逆転を狙っている構図はいまでも変わらずに存在し、むしろプログラマーが増えたことで日本中が『十階のモスキート』であふれているともいえる。『十階のモスキート』は僕にとって『遊びの時間は終わらない』と『松ヶ根乱射事件』とともに不動の「派出所の警官3部作」をなしている。

 崔監督の名前を最初に意識したのは大方の人たちと同じく、それから10年後に公開された『月はどっちに出ている』(93)を観てから。同作は在日2世の監督が自らのアイデンティティをストレートに投影した作品で、それまでどこか隠すようにしか描かれなかった在日を堂々と、そして、快活に描き、ルビー・モレノ演じるフィリピーノとのラヴ・ストーリーに仕上げた快作だった(モレノが大阪弁で「もうかりまっかー」と発音するのが面白かった)。『月はどっちに出ている』以前にも80年代には『ガキ帝国』や『伽耶子のために』など在日2世を描いた作品がポツポツとつくられることはあったけれど、『月はどっちに出ている』が話題になってからは『エイジアン・ブルー』『息もできない長いKISS』『新・仁義なき戦い』『親分はイエス様』と、多様なテーマで在日2世たちのライフ・スタイルが相次いで描かれるようになり、さらに『GO!』が決定打となって00年代前半は在日2世を描いた作品がラッシュ状態に突入する(『RUSH!』という作品もあった)。これに『シュリ』や『JSA』といった韓国映画の大ヒット、04年からブームとなった韓流ドラマの勢いも手伝って日本国内で韓国文化の存在感が一気に増すと、これに抗して「嫌韓」というキーワードが05年に浮上し、いわば目に見えない差別から可視化された差別へと変わっていく。そうしたなかで崔洋一は彼の代表作となる『血と骨』(04)を完成させる。

『月はどっちに出ている』も『血と骨』も原作は梁石日。いずれも自伝的内容で、実父の人生を描いた後者はあまりにも壮絶だった。かまぼこづくりや金貸しでのし上がっていく金俊平をビートたけしが演じ、役者としてはこれがたけしの代表作といえる。ヤクザ映画でも刑事ドラマでもないのに家族に対するDVのシーンがとんでもなく激しくて、どちらかというと在日の方たちのイメージを悪くすることに貢献したような気がするほど。伝わってくるのは在日朝鮮人が日本で生きる時の気迫であり、崔洋一もビートたけしもその一点にかけてテンションを上げていく。そうなってしまうものはしょうがないだろうという衝動の表現というのか、力づくで生きていく金俊平の描写にはまったく妥協というものがなかった。金俊平は韓国・済州島出身だそうで、彼が最後に韓国ではなく北朝鮮を目指した理由は今年公開された『スープとイデオロギー』というドキュメンタリーを観て初めて知ることができた(複雑すぎるので説明は省略。『血と骨』を観ていまだにクラクラしている人にはお勧めしたい)。『血と骨』が公開された前後には『偶然にも最悪な少年』『ニワトリはハダシだ』、そして『ガキ帝国』を撮った井筒和幸監督による『パッチギ!』と力作がダンゴになり、『月はどっちに出ている』と『血と骨』がそうしたボルテージの高さを維持した屋台骨になっていたことは間違いない。在日の人たちをいつまでもいないかのように扱うわけにはいかなかっただろうし、崔洋一が考える契機を与えてくれたのである。そして、偶然なのか、第一次安倍内閣成立とともに在日2世を描いた映画作品は一気に退潮してしまう。だいぶ経って12年に『かぞくのくに』が話題になった程度か。

 崔洋一の魅力はもっとほかにもあるだろう。角川映画も撮りまくりだし、北方謙三や高村薫といったハードボイルドの系譜を際どい描写で撮り続けたのも明確な個性である。わからないのは結果的に劇映画の遺作となった『カムイ外伝』(09)で、崔洋一で『カムイ外伝』だったら絶対に面白くなると思っていたのに……これがどうしても理解不能だった。民衆の力が社会を変えると考えていた白土三平の思想に疑問を持ちながら大島渚が『忍者武芸帳』を撮っていたことに違和感を持っていたと崔洋一は話していたことがあるから、そこは素直に白土三平の思想を反映するのかと思いきや、どうもそうとは取れず、何を伝えたいのか僕にはよくわからなかった。崔監督にはお会いしたこともなく、どんな人となりかも知らないので、作品を観た以上のことは何も書けないのだけれど、ぶっ飛ばされるのを覚悟で「『カムイ外伝』、よくわかりませんでした!」と話を聞きにいくべきだったなあと思うばかり。R.I.P.

非常宣言 - ele-king

 パンデミックに拡大自殺を掛け合わせた社会派エンターテインメント。挙動不審の男が飛行機にウイルスを持ち込み、乗客が感染し始める。何も知らされない乗客たちはスマホで事態を察知し、だんだんとパニックに……という2時間半のジェットコースター・ムーヴィー。ダレるどころか予期しないことが次から次へと起こって気が休まらず、スピーディーな展開についていくのみ。ハリウッドがやりそうな企画だけれど、いまは韓国映画がこういうのをやるんだなと。壮大なスケールのパニック映画にソン・ガンホとイ・ビョンホンという韓国映画の二大看板がそろって出演というのはポール・ニューマンとスティーヴ・マックイーンが『タワーリング・インフェルノ』(74)で共演したことを想起させる。街の名士や富裕層がまとめて地獄を見る『タワーリング・インフェルノ』は建築業者の手抜き工事が原因だったのに対し、正体不明の男が飛行機という閉鎖空間に致死性ウイルスを持ち込むというアイディアは現実の世界で模倣犯が出たらやばいんじゃないかと心配にもなるし、こういうのをメタヴァースで体験できるようにしたら5分で満席になりそうだと思ったり(あまりにリアルだと機長が死ぬあたりで心臓マヒりそうだけど)。

 現実に近いテーマであり、スケールが大き過ぎて破綻しないだろうかという心配もあった一方、最初から犯人を特定していることでどこの国からウイルスが出たかという議論はしなくて済むといえるし、世界中で起きたパンデミックの影響を機内に縮図として表現すればいいわけだから、むしろ多くのことが省略できて、人類がいまだ手に負えずにいる問題をコンパクトに落とし込むにはいいアイディアだったんだなと。しかも、北朝鮮が崩壊した時に韓国に押し寄せかねない難民の群れをメタファーに使った『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)の成功で韓国映画はすでにパニック・ムーヴィーのフォーミュラは持っているわけで、同作の美術を手掛けたイ・モクウォンが機内の美術も担当したと聞けば、高速鉄道のなかで大量発生するゾンビをパンデミックに置き換えるだけですでに半分ぐらいはできていたとも思うし。また、飛行機が逆さまになってしまうシーンは韓国で10年以上人気が衰えない絶叫マシーン、ディスコパンパンのイメージをダブらせたのかなと。遠心力で振り落とされるのが楽しいディスコパンパンは、立ち上がったり、自撮りに挑戦する者もいるけれど、よく怪我人が出ないなと思う過激なアトラクション(https://www.youtube.com/watch?v=0xlZfoElzcE)。登場人物の心情とメリーゴーラウンドを同じ無限ループとして見せた『ベイビー・ブローカー』と同じく、大事な人を助けようとすると自分も犠牲になるという部分で重なるところがある。

 全体的には特定のヒューマン・ドラマを掘り下げず、ここ3年でパンデミックが引き起こした騒ぎを務めて表層的に描くことで、『非常宣言』はフィクションであるにもかかわらずドキュメンタリーに近いものとして追体験できる作品となっている。いまでは薄れてしまったけれど、人が咳をするだけで敏感になっていた感じや人との距離感が変わり始めた頃の生理的な行動様式など現実の世界で混乱を招いたファクターが細かく拾われていて、ああ、あんなこともあった、こんなこともあったと思う場面があちこちにあり、よくも悪くもSNSやスマホが世界の動きに影響しているところが過去のパニック映画とは決定的に異なっている。情報が伝わる速度が早いし、情報があらゆる方向から飛んでくるので判断力を失い、パニック度がいやでも上がる(フェイク・ニュースの類いがもたらす混乱は省かれているのに、それでもかなりややこしい)。ソン・ガンホ演じるク・イノ刑事は飛行機に搭乗しているわけではなく、同時進行で地上を走り回り、犯人の周辺を捜索していくうちにある製薬会社の存在にたどり着く。警察の動きは梨泰院クラッシュで見せた体たらくがウソのように機敏でムダがない。

 観ながら何かを考えるには適さない作品だけれど、それでも最初に引っかかったのはやはりエッセンシャル・ワーカーの認知のされ方。機内に感染が広がっているという情報が共有され、誰であれウイルスに侵されるとわかっても乗客と乗務員のヒエラルキーは強固なままで、むしろ乗客の要求は強さを増す。乗客の死は定石通り捨て駒のように描かれるのに対して乗務員の死が多少は丁寧に描かれているのは意図的なのだろう。1人ぐらい乗務員の仕事を放棄して責任をまっとうしない役回りがいてもよかったと思うくらい、乗務員は厳しい条件に置かれていることが印象に残る。次に気になったのは、事態を把握してすぐに「アメリカと連絡を取って」というセリフが無造作に出てきたこと。それは飛行機がハワイに向かっている便だったからなのか、それとも日常的に問題解決のパートナーとしてアメリカの存在が大きいのか。北朝鮮のミサイル情報をアメリカに確認する日本政府と同じ感覚が韓国にもあるということなのだろうか。亡くなった機長に替わってイ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョクが操縦する飛行機は、しかし、アメリカに着陸を拒否され、(以下、ネタバレ。できれば公開後にお読みください))一転して進路を成田に向ける。最も考えさせられた展開がここから。アメリカ同様、ウイルスに感染した乗客が乗った飛行機の着陸を認めなかった日本は自衛隊機を差し向け、旅客機に向かって機銃掃射を始める。着陸を認めないという判断はわかるものの、明らかに民間機とわかっていて発砲する国だと日本は思われているのか。現在の日韓関係がこのシーンには凝縮されている。このシークエンスはさすがに切なかった。

 パク・ジェヒョクたちが経験する苦境はしかし、最終的に本国である韓国に戻ることも拒否されるところからストーリーは最後の佳境に入っていく。政府は必死になってワクチンを探し出し、着陸地点が決定されるも、感染の拡大を恐れた国民の半分が着陸に反対し、空港の滑走路を反対派のデモ隊が占拠する(賛成のデモ隊と衝突する)。飛行機の乗員も乗客も着陸を断念し、パク・ジェヒョクがどこへ進路を定めたかは不明。このあたりは少し韓国の大衆的な美学が色濃く投影されているのか、死の予感が作品全体を妙なテンションで包み込んでいく。そして、ク・イノ刑事は「死の予感」を超える「死の予感」でこれを乗り越えようとする。拡大自殺を図る犯人と飛行機の乗員・乗客、そしてク・イノ刑事はいわば3通りの死をプレゼンテーションし、3通りの結末が導かれていく。この作品で自己犠牲がヒーローの要素になっていることは間違いないけれど、犯人が拡大自殺を図る動機も刑事が飛行機を救おうとする動機も「母を強く思う気持ち」とリンクしていることが示唆されていて、いわば母との関係が人を殺しもし、人を助けもするという対比になっている。これらを図式的に整理してみると「母を強く思う気持ち」と「自己犠牲」のどちらかを持っているよりも、その両方を持っていることが韓国では最強のカードだということになる。それと同時に政府側の総指揮を取るのは大統領ではなく若い女性大臣というのも見逃せず、いわば主人公たちは母を思い、若い女性と力を合わせて娘を守るという図式も見て取れる。未曾有の問題解決にあたって年寄りの男がまるで必要とされず、日本だと『シン・ゴジラ』で官邸メンバーがずらっと並んでいたのとはだいぶ違う。

 同じく飛行機を舞台とした作品で、サイモン・ウエスト監督『コン・エアー』(97)にもヒューマン・ドラマを掘り下げる要素があればもっと名作になっただろうと思うように、『非常宣言』もパンデミックの記憶がない世代が観る頃にはディティールやリアリティは共有されず、いわゆるエンターテインメント作品として認識されるだけだろう。現在、小学生か中学生ぐらいの子どもが10年か20年後に観たら、どのように感じるのか、その方が気になるというか。ちなみにソン・ガンホやイ・ビョンホンは本サイトでも何度か触れていて説明不要だと思うけれど、犯人役のイム・シワンが主役を務めた韓国ドラマ『他人は地獄だ』(19)はめちゃめちゃ怖くて、それこそソウルに行くのも怖くなるぐらいだったことをあえて付け加えたい。『他人は地獄だ』で死ぬほど怖い目に合わせられたイム・シワンが錯乱して『緊急宣言)で復讐を果たしたと考えた方が納得がいくほど……

interview with Zaine Griff - ele-king

そう、トニーと『灰とダイアモンド』のレコーディングをロンドンのグッド・アース・スタジオで行っていたときに、突然ボウイが姿を現したんだ。そしてしばらくぼくのベースのレコーディングの様子を見ていて、こう言った。彼のバックでベースを弾いてくれないか、と。

 ザイン・グリフ。
 1970年代末から1980年代初頭の英国の音楽シーン、なかんずくニュー・ロマンティックスと呼ばれたムーヴメントに関心を持っていた方なら聞き覚えがある名前だと思う。
 ニュー・ロマンティックスは、後にヴィサージを結成することとなるスティーヴ・ストレンジとラスティ・イーガンが1978年頃からスタートしたクラブのパーティーから始まった。
 それは、パンク以前のグラム・ロックをポスト・パンクの精神でリバイバルしたもので、1970年代前半のデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックのグリッターで絢爛な音楽とファッションを、エレクトロニック・ミュージックやワールド・ミュージック、レゲエなどの意匠を纏ったダンス・ミュージックとして蘇らせるという趣向だった。
 1979年にはスティーヴ・ストレンジらのヴィサージが結成され、やがてウルトラヴォックスやスパンダー・バレエ、アダム&ジ・アンツ、カルチャー・クラブらがこのニュー・ロマンティックスのムーヴメントに加わり、シェフィールド出身のヒューマン・リーグやヘヴン17といったロンドン以外のアーティスト、グループも参画していくことになる。
 そんな中でシーンに登場したのがザイン・グリフだ。

 ザイン・グリフは1957年にニュージーランド・オークランドで生まれた。10代の頃から地元のバンドにベーシストとして加入して音楽活動をスタート。1974年にはヒューマン・インスティクトというバンドでレコード・デビューも果たしている。

 しかし、同年ザインはそのバンドを脱退し、ロンドンに向かった。

 やはり当時のロンドンの音楽シーンに対する強い憧れがあったのだという。

 到着したロンドンで、ザイン・グリフは積極的に音楽活動を開始した。伝手を頼り複数のアーティスト、バンドのセッションにベーシストとして参加したほか、ソロ・アーティストとしても音楽制作を開始している。

 また、この時期にはデヴィッド・ボウイも師事したパントマイム・アーティストのリンゼイ・ケンプのカンパニーに加わってもいる。パントマイマー、ダンサーとしての修行を開始したのだが、当時の一座にはケイト・ブッシュも在籍しており、後々まで交流が続くことになる。

 ザイン・グリフは1977年には自身のバンドを結成し、積極的にライヴ活動をスタート。これがいくつかのレコード会社の目にとまり、ワーナー・ミュージック傘下のレコード会社オートマティックと契約。いよいよソロ・アーティストとしてのザイン・グリフが誕生する。

 ソロ・アーティストとしてのこのデビュー・アルバムは、プロデューサーに、これもまたデヴィッド・ボウイとの仕事で名を成していたトニー・ヴィスコンティを迎えた。ニュー・ロマンティックスとグラム・ロックの中間的なサウンドを奏でたデビュー・アルバムは『灰とダイアモンド(Ashes and Diamonds)』と名付けられ、日本を含む世界各国でリリースされている。

 このアルバムではトニー・ヴィスコンティのプロデュースということ、それにザイン・グリフの華やかな容姿からデヴィッド・ボウイの再来的な評価も受けた。この頃、『ロウ』『ヒーローズ』といったベルリン時代の諸作のプロデューサーであるトニー・ヴィスコンティと密な関係を保っていたデヴィッド・ボウイもザイン・グリフの存在は気になっていたようだ。あるとき『灰とダイアモンド』のレコーディング中にスタジオに姿を現し、その場で自分のレコーディングにベーシストとして誘っている。

 先日行ったザイン・グリフのインタビューで、当時のことを彼はこう振り返っている。

「そう、トニーと『灰とダイアモンド』のレコーディングをロンドンのグッド・アース・スタジオで行っていたときに、突然ボウイが姿を現したんだ。そしてしばらくぼくのベースのレコーディングの様子を見ていて、こう言った。彼のバックでベースを弾いてくれないか、と。もちろんふたつ返事でOKしたよ」

 この頃、ボウイは英国の音楽とヴィデオ・アートを融合した先駆的なテレビ番組『ケニー・エヴェレット・ヴィデオ・ショー』への出演オファーを受けており、そこで披露するオリジナル・ヴィデオのためのトラックを準備中だった。
 トニー・ヴィスコンティのプロデュースで、ボウイの過去の楽曲のリニューアル・ヴァージョン3曲のレコーディングにザイン・グリフは参加。曲目は“スペイス・オディティ”“パニック・イン・デトロイト”“レベル・レベル”。
 これらのうち、アコースティック・アレンジの“スペイス・オディティ”が番組でオリジナル・ヴィデオとともに放映され、1979年にはボウイのシングル“アラバマ・ソング”のカップリング曲としてレコード・リリースされてもいる(演奏者のクレジットはない)。“パニック・イン・デトロイト”も後に複数の再発アルバムのボーナス・トラックとなっているが、“レベル・レベル”は未発表のままだ。

「未発表のままの“レベル・レベル”はオリジナルに近いアレンジだったけど、“スペイス・オディティ”と同様に音の隙間が多いゆったりとしたサウンドだったな」

 こうしたボウイとの共演をはさみ、ファースト・アルバム『灰とダイアモンド』は1980年10月に発売された。先行シングルの「トゥナイト」がチャートで健闘し、アルバムもヒットとは言えないもののニューロマンティック・ブームの最盛期だっただけに注目を集めた。
 ザイン・グリフもこれを受けてさらに積極的にライヴ活動を行うが、以前からバッキング・バンドのキーボーディストはハンス・ジマーが務めていた。現在はアカデミー賞にも輝く映画音楽界の巨匠だが、この頃はまだまだ無名に近いいちスタジオ・ミュージシャンに過ぎなかった。
 しかし、ザイン・グリフはハンス・ジマーの才能をすでに見抜いていたという。

「ぼくは彼は絶対に成功すると予期していた。だからライヴだけでなく『灰とダイアモンド』でもキーボードを弾いてもらったのだけど、そのときにはすでに次のアルバムは彼との共同プロデュースで作りたいと思っていたんだ」

 ザイン・グリフは新たにポリドール・レコードと契約し、セカンド・ソロ・アルバムの準備を始めたが、レコード会社はプロデューサーにハンス・ジマーを立てるという提案に難色を示した。プロデューサーとしての実績がないのだから当然だろう。

「レコード会社はハンス・ジマー? 誰だそれは? っていう反応で、大反対されたんだけど、とにかくぼくとハンスにチャンスをくれって頼み込んで、とりあえず2曲レコーディングしてみて、それを聴いて判断するということになったんだ」

 新しいアルバムのための2曲のデモ・レコーディングは満足のいくものになり、レコード会社もハンス・ジマーを共同プロデューサーとすることを認めた。

「デモを聴いたレコード会社は即座に認めてくれた。ぼくはそのときがハンスの今日に至る成功の階段のファースト・ステップを踏んだ瞬間だと思っている(笑)。すくなくとも彼の背中を押したことはまちがいがない。彼の才能を考えると当然の結果だったけどね」

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ユキヒロとのスタジオでの思い出は、なにより仕事が早いことに驚いたこと。あと、スタジオにあったスタインウェイのピアノの下に潜り込んで、ドラムのスティックで弦を叩き出したこと。スタインウェイだよ!(笑)そんなことをしていいのかってひやひやして見ていたけど、ユキヒロは涼しい顔でああ、いい音だなあなんて。

 1982年9月に発売された新アルバム『フィギュアーズ(Figures)』はセカンド・アルバムにして、渡英以来のザイン・グリフのキャリアを凝縮した名作になった。ザイン・グリフの書いた曲、そしてヴォーカルも前作から格段の進化を遂げていたのはもちろん、共同プロデューサーであるハンス・ジマーのアレンジもすばらしかった。クラシック音楽の正統的な教育を受けていたジマーの、のちの映画音楽作家時代を十分に予兆させる、美しいストリングスを中心としたオーケストレーションと和声、転調と変拍子を多用した装飾はザイン・グリフの楽曲を際立たせた。
 また、ゲストの豪華さも話題になった。
 以前、ライヴで共演したことがあったウルトラヴォックスのドラマーであるウォーレン・カン、もうひとりのドラマーは当時YMOの高橋幸宏。

「YMOは彼らの1980年のロンドン公演を観て知ったんだ。そのとき楽屋でユキヒロに初めて会った。それで、ぼくの次のアルバムのレコーディングに参加してくれないかと頼んだんだ。するとユキヒロは、彼のアルバムにぼくがゲストで参加してくれるならいいよ、と」

 高橋幸宏は『フィギュアーズ』収録の「ザ・ヴァニシング・メン」でドラムを叩き、ザイン・グリフは約束通り、1982年にロンドンで録音された高橋幸宏のアルバム『What Me Worry? ぼく大丈夫』でザイン・グリフ作詞作曲の「The Strange Obssesion」をはじめ「使いすてハート」「Real You」の計3曲でヴォーカルを担当することになった。

「ユキヒロとのスタジオでの思い出は、なにより仕事が早いことに驚いたこと。あと、スタジオにあったスタインウェイのピアノの下に潜り込んで、ドラムのスティックで弦を叩き出したこと。スタインウェイだよ!(笑)そんなことをしていいのかってひやひやして見ていたけど、ユキヒロは涼しい顔でああ、いい音だなあなんて。なんて創意工夫に富んだ人だろうと思ったね。いい思い出だ」

 そしてこの『フィギュアーズ』にはリンゼイ・ケンプのマイム・カンパニーで共に学んでいたケイト・ブッシュも参加し、「フラワーズ」でザイン・グリフとのデュエットを聴かせてくれている。
 アルバムは前作以上の売り上げを記録し、カットされたシングル「フィギュアーズ」「フラワーズ」なども好調だった。この1982年の後半はニューロマンティックス・ムーブメントの最後期で、多くのバンド、アーティストが失速していく中、ザイン・グリフの『フィギュアーズ』はあたかもニューロマンティックスの最後の輝きのような作品とも言えるかもしれない。
 ムーヴメントの盛衰はともかく、ザイン・グリフは当然、『フィギュアーズ』の次のアルバムの準備を開始。
ロキシー・ミュージックやジャパンとの仕事で知られるジョン・パンターや、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロをプロデューサーとしていくつかのレコーディング・セッションを行って次作の方向性を探っていく。
 そんな中、ハンス・ジマーからもちかけられたのが、彼とウォーレン・カンが始めたプロジェクト〜ユニットである“ヘルデン”で何曲かヴォーカルを担当しないかという話だった。
 ヘルデンはすでにインストゥルメンタルの実験的なライヴを行っていたが、作詞家のヒューゴ・ヴァーカーとともにアルバムの制作に入り、ヴォーカリストを探していたのだった。
 ザイン・グリフはもちろん快諾してレコーディングに参加。作詞や作曲にはかかわらず、ヴォーカリストとしてのみの参加だったが、ハンス・ジマー、ウォーレン・カンと一緒に制作した『フィギュアーズ』の延長の作品という意識もあったそうだ。

「ぼくには『フィギュアーズ』の続きだという意識があった。音楽的にも『フィギュアーズ』の延長線上にあると思う。ハンスはあのアルバムの作業を通して自分のスタイルを確立したんだ。また、その一方で、ヘルデンの音楽には、映画音楽家としてハンス・ジマーが当時手掛けはじめていたいくつかのサウンドトラック作品との共通項もあった」

日本でのファンタスティックなショーのあとに、何人かのファンからヘルデンのアルバムは結局どうなったんですかと訊かれたんだ。みんな気にかけていたんだと驚いたね。

 しかし、1982年の後半から始まったヘルデンのレコーディングは、1983年に入ると滞るようになった。あとはギターを追加ダビングして、ヴォーカルを何曲かで差し替えれば完成という段階で、実際にトラックダウンまで終わった曲も複数あった。
 エヴァという女性スパイを主人公にしたロック・オペラ、もしくは架空の映画のサントラという想定の『スパイズ』と名付けられるはずだったアルバムだったが、先行して完成されていた楽曲「ホールディング・オン」をインディー・レーベルからシングルとしてリリースしたところで、作業は完全にストップした。レコーディング中、スタジオでエヴァの容姿を想像したドローイングを描くほどこのアルバムに入れ込んでいたザイン・グリフにとっては残念な事態で、以降も長年に渡ってこの『スパイズ』は心の片隅にひっかかったままとなった。

「当時、ハンスは映画音楽の仕事を始めていて、ハリウッドとの関係も深くなっていた。彼の意識はどうしてもそちらに向かい、ロスアンジェルスに活動の拠点を移そうともしていた。そうしているうちにヘルデンのプロジェクトに割ける時間はなくなり、完成間近のアルバムはそのままになってしまったんだ」

 ヘルデンが幻のプロジェクトとなる中で、ザイン・グリフの英国での音楽活動にも影が差す。
 新しいソロ・アルバムを完成することもなく、ザイン・グリフはやがてアーティストとしての活動を引退し、祖国ニュージーランドへの帰国の途についた。
 故郷であるニュージーランド・オークランドで彼は音楽クラブを経営し、地元のバンド、アーティストに演奏の場を提供するほか、自分でも趣味として音楽制作を続けていたそうだ。
 そうして時は流れて21世紀。
 2011年、ザイン・グリフは長い沈黙を破って、アルバム『チャイルド・フー・ウォンツ・ザ・ムーン(Child Who Want the Moon)』を発表。それにともないライヴ活動も再開した。
 2年後の2013年にはサード・アルバム『ザ・ヴィジター(The Visitor)』をリリースすると、ロンドンに渡ってかの地のファンの前でひさしぶりのコンサートを行う。翌2014年にはさらには根強いファンのいる日本も訪れ、日本人ミュージシャンとともに東京で初来日公演を実現。
 またこの間に、過去の2枚のアルバム『灰とダイアモンド』『フィギュアーズ』を自らの監修でリマスター再発、そして過去の未発表のマテリアルを編纂したコンピレーション・アルバム『イマースド 浸漬(Immersed)』もリリースしている。
 2016年、東京で共演したミュージシャンも参加した5枚目のソロ・アルバム『ムード・スウィングス(Mood Swings)』を発表。
 ここまでの21世紀のザイン・グリフは、かつてのニュー・ロマンティックス時代の作品の片鱗は残しつつも、オーガニックでアコースティック楽器の響きが美しいアルバムを作ってきた。
 これが新しい、いまのザイン・グリフの音楽だ。
 誰もがそう思っていたところ、2022年になって、6年ぶりとなるニュー・アルバムの発表が予告される。

 新しいアルバムは『ザ・ヘルデン・プロジェクト // スパイズ』。この発表は古くからのファンに混乱をもたらした。
 『スパイズ』は幻となったヘルデンのアルバム名で、タイトルにはヘルデンの名前も入っている。
 当初はヘルデンの幻のアルバム『スパイズ』が正式に発売されることになったという捉え方もされた。
 しかし、実はこのアルバムは、かつてヘルデンが完成直前まで作業を進めたアルバム『スパイズ』を、ザイン・グリフがいちから構築し直し新たにレコーディングを行ったソロ・アルバム。いわばかつて自分が参加した音楽ユニットのセルフ・カヴァーということになる。
 作詞も作曲もかかわっていない過去作のセルフ・カヴァーというこの異例の作品が実現するきっかけは、なんと日本にあった。前述の2014年の来日公演のときの終演後のできごとだ。

「日本でのファンタスティックなショーのあとに、何人かのファンからヘルデンのアルバムは結局どうなったんですかと訊かれたんだ。みんな気にかけていたんだと驚いたね」

 さらに日本〜東京に滞在中、ザイン・グリフは都内のヴィンテージ・シンセサイザーや機材を取り揃えたショップの存在を知り、そこでヘルデンの制作当時のシンセサイザーやエフェクターを手に入れることができたという。
幻に終わったヘルデンのアルバム『スパイズ』を自らの手で再構築しようという意思が固まった。

「ニュージーランドに帰国して、よし挑戦してみようと決めたんだ」

 幸い、手元には当時の『スパイズ』のカセット・コピーが残っており、それを聴きながら1曲ずつ採譜していく日々が始まった。楽曲はどれも複雑で、友人の音楽学者の手も借りた。
 途中、アルバム『ムード・スウィングス』の制作をはさみつつ、ザイン・グリフは足かけ8年の時間をかけて、『スパイズ』を蘇らせたソロ・アルバム『スパイズ・ザ・ヘルデン・プロジェクト』を完成させた。
 東京で入手したものをはじめ多くのヴィンテージの機材を使ったが、同時に最新のテクノロジーも駆使した。1980年代の作品の再現ではあるが、随所にアップ・デートを施し、現代のサウンドとしている。

「雰囲気は極力オリジナルに近づけようと思った。同時に、いまだったらハンスやウォーレンはこうするだろうというアプローチもとった」

 同時期にロンドンで活動を始め、いまはオーストラリアで暮らしているジュリアン・メンデルソーンに1曲リミックスを頼んでいるが、これもまた1980年代と2020年代の混交のようなサウンドになっている。
 そしてジャケットにはヘルデンのレコーディング中に描いた1982年のエヴァのドローイングが使用された。ついにここにヘルデンの幻のアルバム『スパイズ』が21世紀にアップ・デートされた形で蘇り、世に出ることになったのだ。
 ザイン・グリフはこの作品をこれまでの自分のアルバムの中でもベストのものだと断言している。1980年代的なエレクトロニック・ポップを現代のサウンドに昇華し、幻だったアルバムを見事に蘇らせた。2011年の復活以降のザイン・グリフの巧みさと深みを増した歌声がそこに乗っている。40年前の空気をまとった最新のアルバムという不思議な世界だが、古臭さはまったくない。予備知識なくアルバムの音に触れる人はどういう感慨を持つのだろう。
 もちろん、ハンス・ジマーとウォーレン・カンには以前からこの再現プロジェクトのことは伝えており、両者から楽しみにしているという返事をもらっている。
 いま頃は完成された『ザ・ヘルデン・プロジェクト // スパイズ』の音を両者とも聴いているだろう。その感想も知りたいところだ。

■ザイン・グリフ オリジナル・アルバム・ディスコグラフィー

『灰とダイアモンド(Ashes and Diamonds)』 1980年
『フィギュアーズ(Figures)』1982年
『Child Who Want the Moon』 2011年(日本未発売)
『ザ・ヴィジター(The Visitor)』 2013年
『ムード・スウィングス(Mood Swings)』 2016年
『ザ・ヘルデン・プロジェクト // スパイズ』 2022年

interview with Ásgeir - ele-king

 冬の寒さが恋しくなる感覚。以下のインタヴューでアウスゲイル・トロスティ・エイナルソンはアイスランド人の気質について取るに足らないこととしてそう語っているが、実際、彼の音楽はアイスランド人に限らないあらゆるひとにそんな感覚を喚起させるところがある。冷たい空気を肌に感じながら壮大な自然の風景を眺めるような、あるいは暖かい部屋のなかから外に降る雪を見つめるような。ある意味、わたしたちが漠然と抱いているアイスランドのイメージを衒いなく引き受けているからこそ、アウスゲイルは世界中のリスナーに親しまれてきた。


Ásgeir
Time On My Hands

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 アウスゲイルは言うならば10年ほど前にボン・イヴェールがやっていたことをもっともキャッチーに試みたひとで……もっと言えばある種のMORとして展開した人物で、いまやビョークシガー・ロスと並んでアイスランドでもっとも有名なポピュラー・ミュージシャンのひとりである。穏やかなメロディを持ったフォーク・ソングを、アコースティックとエレクトロニックをスムースに融合させた幽玄なサウンドでじっくり聴かせる。彼が面白いのはそこにエゴがあまりないところで、北米のメインストリームで流行したプロダクションも積極的に取りこみつつ、透明感のある歌声と切なげなメロディをすんなり聴ける形で届けてきた。アイスランド語での表現も大切にしつつ、英語版を多くリリースしてきたのも、より多くのひとに自分の歌に触れてほしいという素朴な想いの反映のように感じられる。
 アコースティック・ソングで統一されたEP「The Sky Is Painted Gray Today」(2021)を挟んで通算4枚目となるアルバム『Time on My Hands』は、どちらかというとオルタナティヴな志向を持った音楽からの影響があるようだが、実験性が歌の整ったフォルムを崩すようなことはなく、相変わらず聴き手にすっと馴染む優しい歌を並べている。今回こだわったというシンセ・サウンドもあくまで柔らかく、凝ったブラスのアレンジも自然にフィットしている。その完成度は素直に過去最高と言っていいものだ。
 彼のエゴのなさは歌詞を他者に預けてきたことにも表れていたが、作品を重ねるごとに少しずつ内面を表現することも増えてきた。そのなかで示されるのは、自然を敬う気持ちであったり周囲の人間を慮ることだったりと慎ましいものだが、その飾らなさこそがこの殺伐とした時代には貴重なもののようにすら思えてくる。
 パンデミックによって穏やかな内省どころか、氾濫する不確かな情報やSNSで顕在化する対立(というか罵り合い)のせいでさらに心が痛めつけられたひとも多いだろう。自己隔離期の孤独のなかから生まれたという『Time on My Hands』は、こんなときだから自分自身を見つめようと、そんなきわめてシンプルな想いに貫かれている。最終曲となる清廉なフォーク・ソング “Limitless” で歌われるのは、必要のない買い物はやめてたまには宇宙を見上げてみようという……、たったそれだけの提案だが、わたしたちはそんなこともすっかり忘れてしまっていた。アウスゲイルがいま紡いでいるのは、寒い冬だからこそ感じられる温かさを取り戻すための音楽である。

シンセサイザーみたいな夢のある楽器だと想像力が無限に膨らんでいくような感覚にさせてくれるからね。

あなたはアルバムを重ねるごとにサウンド・プロダクションの幅を広げてきたミュージシャンで、新作『Time On My Hands』は何よりもプロダクションがさらに洗練されたアルバムだと感じました。前作『Bury The Moon』から2年でEP「The Sky Is Painted Gray Today」のリリースがあったので比較的コンスタントに楽曲を発表している印象ですが、前作からはどのように過ごされていたのでしょうか? ツアーやフェス出演以外は楽曲制作に集中していたのでしょうか?

アウスゲイル:うん、そう、ここ3年くらい精力的に作品を出してる形ではあって……とはいえ「The Sky Is Painted Gray Today」は、じつは『Bury The Moon』よりもずっと前に完成していた曲なんだ。ただ、最終的にはアルバムからは外すことになり、なんとなく流れ的にアルバムとは別の形で発表しようということになって。それで今回の『Time On My Hands』は、言うならば、自分にとってのパンデミック禍の作品って感じかな。制作期間もコロナのロックダウンと重なってるし、この2年間ひたすらこの作品に集中していたので……だから、制作開始時期としては2020年はじめになるのかな? 僕もほかの多くのひとたちと同様、ツアーもライヴも一切できない状態で、ほかにやることもないしスタジオに籠ってひたすら曲作りに明け暮れてたんだ。昔からスタジオでいろんな楽器だの音だのを試すのが好きで、今回時間的にも余裕があったものだから、ますます夢中になってしまってね。それは今回の音にも滲み出てると思うし……スタジオでワクワクしながら楽しんでる雰囲気が伝わってくるといいな、少なくとも僕の願いとしては。だって、本当に楽しかったから。それこそシンセだの何だのスタジオ中にある楽器をいじり倒してさんざん実験したという感じだったから、そのワクワクする感じが音から伝わってくるといいと思う。

EP「The Sky Is Painted Gray Today」は『Bury The Moon』以前に書かれた曲だったんですね。大きく言ってあなたはアルバムごとにエレクトロニック・サウンドを緻密にしていったと思うのですが、EP「The Sky Is Painted Gray Today」がアコースティックかつフォーキーなサウンドだったので不思議に思っていました。

アウスゲイル:ハハハ、それもあるし、僕の脳味噌の構造もおそらく関係してるんだろうね……あっちゃこっちゃ飛んで前進しては後戻りを繰り返し、結果、だいぶとっ散らかったことになってしまう(笑)。アコースティックな音に心酔している時期もあれば、スタジオでただひたすらPCに向き合ってエレクトロニックな音にのめりこんでる時期もあったりするからね。

ちなみにこの2年間はどのようにお過ごしでしたか? かなり特殊な時期にあったわけで、その経験が今回のアルバムに反映されてる部分もありますか?

アウスゲイル:言うまでもなく、誰もがみんなこの2年間いろんな楽しみを奪われてきたわけで……とは言いつつ、自分自身は、そこまで厳しい隔離生活は経験してなくて(笑)。ただ、ほかにやることもなく、自然と音楽に向き合う時間が増えていって、いくつかの場所を転々としながら曲作りに励んでいた。とはいえ、家族や友人と少なからず距離を置かなくちゃいけない状況ではあったし、基本的には孤立した状態であって……たしかにそれがつらくなるときもあるけど、ただ僕自身に関して言うなら孤独への耐性が強いというか、むしろ得意なくらいなんじゃないかと思うくらいで(笑)。自分自身と向き合う時間も必要なので。だから、孤独自体はそれほどつらくなかったんだけど……ただ、それよりも日常生活を送る機会を奪われていた状態のほうが大きかったかな。僕自身の実感としては……普通に何気ない日常生活を送っていくなかで自分がいま生きていることを実感するとか、普段の何気ないちょっとしたことからインスピレーションが開かれていくみたいな機会がだいぶ失われてしまったとは思う。とはいえ、この時期、自分の日常の一部としてスタジオで作業することが組みこまれていたから、そこでだいぶ救われてたのかもしれない。そこで長年いっしょにやっているプロデューサーと会ったり、ほかにも何人かと会える環境にはいたんで、ずっとひとりで家に閉じ籠っているわけではなかったし。そこでプロデューサーといっしょにさんざんいろんな話をしてね。それこそ曲のアイデアや歌詞やありとあらゆる話題について。それからふたりしてたくさん音楽を聴いたんだ。そのときふたりで話していたことを今回のアルバムに最大限に活かしていこうとしてたんだ。

僕の場合、つねに音楽が最初にあって後から歌詞をつけるスタイルなので、その曲が何を伝えてるのかはたいていの場合、音のなかに答えがある。その曲でフォーカスすべき感情だとか、少なくとも大まかな歌詞の指針はすべて音が教えてくれる。

それでは『Time On My Hands』について聞かせてください。今回のアルバムはシンセサイザーのサウンドがキーになったということですが、何かシンセの楽器としての魅力を再発見するようなことがあったのでしょうか?

アウスゲイル:というか、昔からシンセサイザーのサウンドに惹かれていたのもあったし、それこそ自分がミュージシャンとして活動するようになってから、ここ10年間ずっと同じスタジオと専属のふたりのプロデューサーといっしょに作業させてもらってるんだけど、そこに古いシンセサイザーが何台もあってね。最初に目にした瞬間から魅了されてしまって、以来、昔から僕の作品作りにはシンセが何らかの形で関わってきてはいるんだよ。でも、今回のアルバムに関してはそれがさらに顕著に出てて……というのも、スタジオ付きのシンセの修理工がいて、現場にありとあらゆる種類のシンセサイザーが大量に持ちこまれてたんだけど、実際に売りに出す前のメンテナンス中のシンセをいろいろ試させてもらったり、それで気に入ったものは売りに出す前に譲ってもらったりしてね。今回のアルバム制作期間中にいろんなシンセサイザーに触れることができて、実際、何台か購入するまでに至ったし、そうでなくても単純に新たな楽器に触れることのワクワク感や、そこから受けるインスピレーションもあるし……とくにシンセサイザーみたいな夢のある楽器だと想像力が無限に膨らんでいくような感覚にさせてくれるからね。

本作のサウンド・プロダクションにおいては、とくにアコースティックとエレクトロニックをいかにスムースに融合させるかがポイントになっていると思います。あなたはモーゼズ・サムニーの作品からの影響をすでに語っており、それはわたしにも非常に納得いくものでしたが、モーゼズ・サムニーの作品群からもっとも刺激を受けたのはどのような部分でしたか?

アウスゲイル:そう、どこかのインタヴューで引き合いに出して以来、今回モーゼズ・サムニーについてよく訊かれるんだけど……、アイデアの流用ではなくあくまでもインスピレーションだと、僕自身は解釈してる(笑)。具体的にはモーゼズ・サムニーの “Rank&Fire” (2018年のEP「Black In Deep Red, 2014」収録曲)なんだけど、あの曲のなかで彼がまるで自分の声をメインのベース代わりに使っててね。その手法を今回 “Golden Hour” って曲に応用してるんだよ。それで引き合いに出したという……うん、一番直接的に刺激を受けた曲でいったら明らかにあの曲になるのかな。

ほかに、サウンド・プロダクションにおいて参照点になったアーティストや作品は具体的にありますか?

アウスゲイル:今回のアルバムで自分がなんとなく目指してた方向に近い音楽をいろいろ聴いてて……カリブーの『Suddenly』とか、あのアルバムのなかでダン・スナイスがシンセサイザーとエレクトロニック・サウンド中心に風景を描いていくんだけど、そこにアコースティックな音も鳴っていて、それが見事なまでに調和してるんだよね。それからキャロライン・ポラチェックもよく聴いてたな……。あとはフィービー・ブリッジャーズのよりフォークでオーガニックな感じの音とか、自分ももともとはそっち系なんだけど、それを今回エレクトロニックな音と掛け合わせてみたくてね。あとはブレイク・ミルズとかビッグ・シーフあたりなんかもね。

また、本作はブラスのアレンジメントが過去もっとも完成度の高い仕上がりだと思います。ブラスにはゲスト・ミュージシャンが参加していますが、そのアレンジメントはどのようなアプローチで取り組んだのでしょうか?

アウスゲイル:ブラスに関しては、じつはアルバムがだいぶ完成に近づいたところで思いついたんだ。全部の曲を完成してからも今回のアルバムにブラスを使うかどうか正直迷っていて、でも迷うくらいなら一度確認してみようということで、ブラスを入れることで今回のアルバムにどういう味つけがなされるのか試してみようということで。今回長年いっしょにプレイしている3人のブラス奏者を呼んでいるんだけど、そのうちのひとりがアレンジャーでもあってね。基本的にはその彼に全部丸投げで、好きにしてくれていいよと。というか、毎回そうやってるんだ。ブラス奏者がスタジオにやってきて好きに演奏してもらったなかから自分がいいと思う音を選り分けて編集していくという。だからまるまる削除してしまうこともあればコピー&ペーストでそのまま引用することもあるし、毎回それでうまくいってるんだよ。ブラスに関しては信頼してるアレンジャーに完全に任せてるし、そうやって自由にのびのびやってもらうほうが、かえっていいような気がしてね。実際、それで毎回素晴らしい出来に仕上げてくれるんだから。

猛暑と極寒のどちらがマシか? って質問されたときアイスランド人ならほぼ間違いなく極寒って即答するはずだよ(笑)。熱さが苦手すぎて逆に冬の寒さが恋しくなるほどで(笑)。毛布に包まれてぬくぬくと暖を取ってる感覚が懐かしくてたまらなくなる(笑)。

“Snowblind” ではリズミックなパーカッションやシンセのリフもあってダンサブルな曲ですね。リード・シングルということもあり、本作のある側面を象徴する楽曲だと思うのですが、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックからも刺激を受けたのでしょうか?

アウスゲイル:もちろん! 今回の曲のなかにもいくつかそのへんの影響を感じさせる曲があって……まあ、いわゆるポップ・ミュージック全般だよね。もともとはそっちのイメージで動いてたんだ。よりアップビートでポップな音にしようということで……だから、あの曲もかなり初期の頃に書いたもののひとつで、それで今回リード・シングルに選んだんだよね。このアルバムの元になるイメージを象徴しているということで……少なくとも最初に目指していた方向性に関しては(笑)。それがレコーディングを進めていくなかでどんどん変化していって、もはや最初の頃のアップビートでポップな作品っていうアイデアはどこへやら? っていう……でもまあ、人生って往々にしてそういうものだよね(笑)。

アップビートなポップからの影響でいうと例えばどんなものから?

アウスゲイル:アイスランドでは超ビッグなバンドなんだけど、昔からガスガス(GusGus)の大ファンで……ガスガスって日本で知ってるひとっているのかな?

通訳:もちろんです!

アウスゲイル:そう、ガスガスとか、あとはカインドネスとか好きで。……ただ、ある特定のひとのファンっていうよりは、曲ごとに「あ、これ好き」みたいな感じで脈絡もなく、それこそ普通にラジオなんかから流れてくる超メジャー級のポップ・ソングを聴いて「あ、いいな」って思ったり。それとアルバム作りを開始した当初はツアーから帰ってきたばかりのタイミングで、その流れで自然とアップビートな曲に気持ちが向いていたのかもね……そっちのほうがお客さんもワーッと盛り上がるしステージで演奏してても明らかに楽しいので。だから、最初はまだ頭のなかがまだライヴのモードに引っ張られてたんだろうね。

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今回は英語版のみで、アイスランド語ヴァージョンはなしなんだよ。(でも)なぜアイスランド語で歌うことが重要なのか? アイスランド語で歌うほうが自分にとっては自然なので……って、そんなのわざわざ言うまでもないけども(笑)。

あなたはキャリア初期には歌詞を書くことに遠慮があると話していたと思います。新作でもお父さまやバンド・メンバーなど何人かと共作になっていると思うのですが、あなた自身は以前より歌詞によりコミットするようになったのでしょうか?

アウスゲイル:そうだね、以前よりもずっと自信がついたというか……今回さらに一歩踏みこんでもっと自分自身の言葉を深く掘り下げてみたいと気持ちが芽生えてきて、実際そういうことに挑戦してみたという。ここまで時間をかけてじっくりと歌詞に向き合うことは自分にとってははじめての経験で、ものすごく苦労したんだけど、そのぶん学びも多かったし、これからもっと深く追求していきたい。過去に何年も何人かの書き手と歌詞を共作してきた経験からの学びもあって、自分なりのペースというか歌詞へのアプローチみたいなものが身についたこともあるし、いままさに自分自身の言葉で語り出す時期に来ているんじゃないかと。いま自分は30歳になって、以前よりももっと言いたいことがあるような気がして……20歳そこそこの頃はまだそのへんがボンヤリしてたけど、いまはそこをもっと突きつめてみようと、せめて言葉にする努力はしてみようと思ってるんだ。

たとえば今回のアルバムでは歌詞を通して何を伝えようと思いましたか?


Ásgeir
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アウスゲイル:そのへんは曲ごとに違ってて。というのも、僕の場合、つねに音楽が最初にあって後から歌詞をつけるスタイルなので、その曲が何を伝えてるのかはたいていの場合、音のなかに答えがある。その曲でフォーカスすべき感情だとか、少なくとも大まかな歌詞の指針はすべて音が教えてくれる。だから、あらかじめ言いたいことがあって曲を書くんじゃなくて、書きながら自然に湧いて出てくるもので……それと今回曲作りにあたってピートル・ベンというアーティストとかなり密に作業してるんだけど、彼自身もシンガーソングライターで、地元で歌詞や詩の創作について講座を持ってたりするんだよね。自分もそれに興味があって、ぜひ一度歌詞や創作についてのアドバイスをもらえないかな程度の気持ちで会ってみたら意気投合してね。そのままいっしょに曲作りに関わってもらうことになったんだ。だから、今回の曲の歌詞はほぼほぼ彼との共作であり、ふたりでいっしょに曲を聴いたときに思い浮かんだことや話し合ったことについて、お互いの頭のなかにあるイメージを出し合ってそこからふたりしていっしょに思い描いていったものなんだ。

ご家族と表現活動をともにするには、家族としての繋がりだけでなく個人の表現者としての相互のリスペクトがないと難しいと想像します。お父さまで詩人のエイナル・ゲオルク・エイナルソン(Einar Georg Einarsson)さんの表現のどのようなところを尊敬していますか?

アウスゲイル:本当に素晴らしいアーティストとして尊敬してるよ。僕が最初に曲を書きはじめたのが多分、12、13歳ぐらいなんだけど、子どもの頃から家のなかのあちこちに真っ白なノートが散乱してて、そこに書きつけられたいくつかの言葉を歌詞に転用したりしてね。それもあって自分は将来的にこれをやっていくんだろうなあ、つまり、父親の詩に曲をつけるということをやっていくんだろうなって、少なくとも僕自身の意向としては父親の作品を元にいっしょに何したいという気持ちがあったし。もともと兄がHjálmarっていうレゲエ・バンドをやってて、そのなかで父の詩を曲に引用したのを見てきたのもあって。

通訳:「ヒャルマー」ですか?

アウスゲイル:そう、ちなみにアイスランド語で「ヘルメット」っていう意味なんだ。レゲエ・バンドなんだけど。

通訳:知りませんでした、しかもレゲエとは意外な。

アウスゲイル:ハハハ、アイスランドではすごく有名なバンドなんだよ。とはいえ20年ぐらい前の話だけど、アイスランドの代表的なアーティストとしていまでも人気があるんだよ。その兄のやってるバンドの曲に父が作詞してたこともあって、その縁でほかのいろんなアイスランド人アーティストの曲の作詞を手掛けてきたりという流れがあるので。父は82歳になるんだけど、いまだに現役の詩人として創作活動に打ちこんでいるんだから、本当にものすごいことだと思うよ。

ちなみに、わたしの手元にある資料ではクレジットにジョン・グラントの名前が見当たらないのですが、今回、英語詞に彼は参加していないのでしょうか?

アウスゲイル:そう、今回ジョン・グラントは参加してないんだよ。

つねにありとあらゆる情報にさらされて脳味噌がバグ状態にある気がして、そっちのほうが恐ろしくなることもある。これだけ悲惨なニュースが起きているのに何とも思わないこと自体が、これがあまりにも常態化しまっているということで。

あなたはワールドワイドに知られる存在ですが、そんななかでアイスランドのミュージシャンという意識は強くなっていますか? それともあまり変わらないものですか?

アウスゲイル:たしかに外国に行くと自分の国との違いを感じるけど……一応、外国に行くときにはいったんアイスランドの常識を外して、その国の作法や文化に従おうとはしてて、ちょうど少し前にライヴでイタリアにいたばかりなんだけど、イタリアではコーヒーを飲むにも作法があるらしくて、それ関連の本を読んで事前に勉強したりとか……そういうことじゃなくて?

通訳:たとえば一歩海外に出ると基本まわり全員自分にとっては外国人なわけで、そのなかで自分がアイスランド人だと自覚する場面はありますか?

アウスゲイル:あー、なるほど、面白い指摘だな……自分もそうだけど、アイスランド人って、控え目というかシャイだってことを実感することはよくあるよ。直近でイタリアに行ってたからそのギャップで余計にそう感じるのかもしれないけど、イタリアではそこが本当にダイレクトなんだよね。相手の反応なんておかまいなしで思ったことをズバズバ言う、みたいな。それってアイスランド人の感覚からしたら慣れないことで、むしろ、いったん自分のなかに収めるんだよね。そのまま内に秘めておく感じというか……酒が入るとそこが完全に崩壊してしまうんだけど(笑)、そんなところもいかにもアイスランド人らしいなあと(笑)。あと、すごくどうでもいい基本的なところで、気温差に関してとか……猛暑と極寒のどちらがマシか? って質問されたときアイスランド人ならほぼ間違いなく極寒って即答するはずだよ(笑)。僕自身、アイスランド国外に出るようになってから、つくづく熱や湿気に弱い人種なんだと感じさせられることが多々あって(笑)、熱さが苦手すぎて逆に冬の寒さが恋しくなるほどで(笑)。毛布に包まれてぬくぬくと暖を取ってる感覚が懐かしくてたまらなくなる(笑)。

日本のミュージシャンには、世界で知られるために英語で歌うべきか、それとも日本語で歌うべきか迷うひとたちが少なくありません。あなたはこれまでアイスランド語のヴァージョンをリリースしていますが、あなたにとってアイスランド語でも歌うことはなぜ重要だったのでしょうか?

アウスゲイル:とはいえ、今回は英語版のみで、アイスランド語ヴァージョンはなしなんだよ。それまで英語とアイスランド語の2パターン出してきたけど、それが大変になってきて……みんな絶対にどちらか一方のほうが好きで、「そっちじゃないほうが聴きたかったのに」ってガッカリするリスナーがいたり、演奏する側からしても単純に歌詞だけでも覚える量が倍になるわけで、自分の手に負えなくなってしまって(笑)。今回からは最初からひとつに絞って、そちらを完成形ヴァージョンということにしようと。だから、アルバムを英語からアイスランド語にまるまる翻訳し直す代わりに、今回のアルバムとはまた別にアイスランド語オンリーの作品を出すかもしれないし……なぜアイスランド語で歌うことが重要なのか? アイスランド語で歌うほうが自分にとっては自然なので……って、そんなのわざわざ言うまでもないけども(笑)。地元のアイスランドのひとたちも基本アイスランド語ヴァージョンしか聴いてないし、そっちのほうに耳が馴れてるせいで、僕が英語で歌ってるものにはほぼ無関心だし。それとアイスランド語で歌うときは父親の詩をそのままの形で使うことができるから。英訳してしまうと細かなニュアンスを捉えるには限界があるからね。

デビュー作から10年経ちますが、その間であなたがミュージシャンとしてもっとも成長したと感じる部分はどんなものでしょうか?

アウスゲイル:それを言い出したら、すべてにおいてってことになるんだけど。ただ二兎を追う者は一兎をも得ずで、何しろ尋常ではない数のライヴをこなして年中ツアーに出てる状態なので、ツアー中はとにかく目まぐるしくて曲を書こうっていう気分にはならないんだ。少なくとも僕の場合はね。最初何年間はツアー中に一切曲作りはしてなかったし、一日中音楽漬けの生活でせめてプライヴェートでは音楽からは解放させてくれという気持ちで(笑)。あとは細かなところで、ここをもうちょっとああすればよかったなあ、とかはちょいちょいあるし……ただ、そこも自分なりに改善してきたつもりだしね。あとは人生全般っていうところでも何だろう……昔に比べてだいぶ自分に余裕ができてきたのかな。こんな自分にも世界に対して何かしらできることがあるんだと思えるようになった。ライヴを観に来てくれるお客さんの姿を見ると、本当にしみじみそう思うしね。わざわざお金を払って遠くから観に来てくれたんだから、だったら自分からも何かお返ししなくちゃと、僕にできることがあるのなら、と。それと昔に比べて物怖じしなくなったし、それは自分に自信がついた証拠であり……うん、そこがいちばん成長を感じるところだね。

いまちょうどツアー中だと思うのですが、新作からの楽曲の演奏に手ごたえを感じていますか?

アウスゲイル:すごくいい感じだよ、ほんとに。ちょうどヨーロッパを3週間ツアーしてて、新曲でもシングルの何曲かはすでに出てるけど、まだ表に出てない曲の反応も良くて、みんな聴き入ってくれてね。それにバンドである僕たちのほうもすごく楽しい、新曲を演奏できる喜びと興奮で浮足立ってるよ。今回のアルバムの曲はライヴに還元しやすいのもあって、いままででいちばんライヴをやってて楽しいかもしれないよ、本当にそんな感じの曲なので。うん、だいぶいい感じだよ。

あなたの音楽は怒りや苛立ちなどアグレッシヴな感情やフィーリングではなく、つねに穏やかさやピースフルな感覚を追い求めているように感じられます。音楽において、あなたはなぜ激しさよりも穏やかさに惹かれるのでしょうか?

アウスゲイル:何でだろう……。たぶん、自分の元々の性格がそうだからもあるのかな……それが音にも出てしまってるというか。それと自分の音楽の好みもあるのかもしれない。昔から優しい気持ちになる音楽に惹かれてきたし、それに心を動かされてきた。心が静かになるような、メランコリックな感情が自分のなかではいちばん響くんだよね。それが自分の隅々にまで染みこんで、もはや一体化してるというか、これからもつねに自分の音楽の一部としてずっとあり続けるものだと思う。ただ、今回のアルバムでも “Snowblind” みたいなポップでアップビートな曲を作るのも好きなんだよ。ただ、どんなにポップな曲をやったところで、ベースになってるトーンは変わらず穏やかな状態で、どこか悲しげで憂鬱ですらあって……たとえばあの曲からドラムビートを抜いたら、如実にそれが明らかになると思うし、それがつまり僕の音ということなんじゃないかな。

たとえば現在のインターネット社会では情報が溢れていますし、心を動揺させるニュースも過剰にありますが、そんななかで、精神を穏やかに保つためにもっとも重要なことは何だとあなたは考えていますか?

アウスゲイル:もちろん、僕だって怒りや苛立ちを感じることもあるし、それこそパンデミックだの戦争だのいま世界で蔓延っている悪や不正に対して普通のひとと同じようにフラストレーションを抱えてる。しかも、きみがいままさに言った通りに絶えずニュースや情報が入ってくるわけで……それ自体がまた新たな問題の種で、あまりにもそれが日常化しすぎてもはや何の感情も動かなくなってるような……それこそつねにありとあらゆる情報にさらされて脳味噌がバグ状態にある気がして、そっちのほうが恐ろしくなることもある。これだけ悲惨なニュースが起きているのに何とも思わないこと自体が、これがあまりにも常態化しまっているということで。ただ、そういったこととは別にして、自分の元からの性格として激高したり怒りを露わにするタイプではないというか……もしかしてそれが問題で、いつか何十年か後にこれまで抑えこんでた怒りが突如として爆発するかもしれない(笑)……これはよろしくないね(笑)。ただ、日常的に走ったりジムに行ったり身体を動かしてるので、それである程度解消してるのかもしれない。運動が身体だけじゃなくてメンタルの健康にも役立ってるような……少なくとも自分にとっては効果があるんだよ。自分が心穏やかに保つために何かしてるかで思いつくとしたら、本当にそのくらいだよね……日々のエクササイズによってバランスを保ってる。

通訳:今日はどうもありがとうございました。来日を楽しみにしています! ご予定などありますか?

アウスゲイル:じつはあるんだよ(笑)、いま調整中だから楽しみにしておいて。

Phew - ele-king

 いきなりですが、エレキング年末号、特集「エレクトロニック・ミュージックの新局面」の表紙&カヴァーストーリーはPhewです。
 で、つい先月も、欧州でもっとも有名なエレクトロニック・ミュージックのフェスティヴァルのひとつ、〈Unsound〉への出演をふくむヨーロッパ・ライヴ・ツアーをこなしてきたPhew。ケルンのコニーズ・スタジオで制作された彼女のもうひとつのクラシック、1992年に〈Mute〉からリリースされた『Our Likeness』が来年2月に再発される。DAFのオリジナル・マンバーで、リエゾン・ダンジュルーズ(デトロイト・テクノに決定的な影響を与えた)の作品で知られるクリスロ・ハースがオーガナイズし、CANのヤキ・リーベツァイトとアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのアレクサンダー・ハッケが全面協力した同作は、おそらく『ゼロ・セット』と『Phew』の出会い——なんていう形容もできそうな躍動感に満ちたアルバムだ。長らく聴けなかっただけに、これは嬉しい再発でしょう。
 

Phew (Phew)
アワ・ライクネス (Our Likeness)

Mute/トラフィック
発売日:2023年2月17日(金)
定価:2,400円(税抜)


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