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interview with Kindness

interview with Kindness

音楽である必要すらないんです

──カインドネス、インタヴュー

質問・文:天野龍太郎    通訳:長谷川友美 photo: Michele Yong   Sep 06,2019 UP

結局、音楽そのものはなんでもよくて、それがポップ・ソングでもいいし、カントリー・ミュージックでもいい。いっそ、音楽である必要すらないんです。Tシャツを作ったっていいし、本を書いたっていい。その過程が大切なのであって、結果はなんでもいい

 カインドネスことアダム・ベインブリッジの音楽にはアンビヴァレントなところがある。そこにはスタジオやベッドルームでひとりプログラミングやレコーディングに打ち込む姿とダンスフロアの熱や快楽が同時に刻まれている。その歌からは内省の陰影と艶やかで官能的なムードとが同時に吐き出される。

 Something Like a War──何か戦争のようなもの、というタイトルが掲げられたこの新しいレコードについてもそれは同様で、「何か」「のような」と断定を避ける言葉を重ねて用いた題も、ふたつの極の間で揺れ動く彼の作家性を物語っている。これは戦争ではないけれど、戦争でないこともない。

 前作から5年ぶりに発表されたこの新作には、少なくない数の音楽家たちがフィーチャーされている。特にシンガーの起用は際立っていて、パワフルなジャズミン・サリヴァン、ケレラ、幾度かのコラボレーションを重ねてきた(そして、この国ではまだ圧倒的に過小評価されている)ロビンなど、それぞれのシーンで知られたアーティストもいれば、新たな仲間たちも歌声を披露している(彼のコラボレーターには女性が圧倒的に多いが、それには「特に理由はない」とベインブリッジは言う)。様々な歌声が聞こえてきはするものの、だがどこをどう聞いてもカインドネスのレコードであることもまたユニークだ。その歌は、自他のあわいで揺れ動く。

 インタヴューに入る前に、『Something Like a War』が6月に事故で亡くなったフィリップ・ズダールとつくられた作品であることには言及しなければならないだろう。鋭敏な感覚とエレクトロニック・ダンス・ミュージックへの深い愛とを併せ持った、フレンチ・タッチを代表するプロデューサーである彼との最期の仕事について、その創造性について、ベインブリッジは言葉を尽くして語ってくれた。

 ソランジュやロビンとの共同作業、ニューヨークの文化風土、他者との共同作業、融和と分断、ソーシャル・メディア……こちらが投げかけたものについても、そうでないものについても、多岐にわたるテーマについて、カインドネスはひとつひとつ丁寧に自身の言葉を紡ぐ。

ティーンエイジャーの頃は、クラブやパーティに行って好きな音楽を聴き漁ったり、レコード・ショップに行って新しい音楽を見つけたり、友だちとDJをやったりして、音楽のすばらしさや楽しさに目覚めていくと思うんです。その過程が何よりも大切で、フィリップはその興奮を決して忘れない人でした。

あなたはいま、どこを拠点に活動しているんですか? その土地から受ける影響などはありますか?

アダム・ベインブリッジ(Adam Bainbridge、以下AB):いまはロンドンに住んでいます。ロンドンに戻って来たことは本当に嬉しいけれど、これまでの作品はニューヨークに住んでいたときにレコーディングしたもの。だから、ロンドンからの影響というよりも、ニューヨークのカルチャーから影響を受けているところが大きいと思いますね。

そうなんですね。では、新作の話題に入る前に、あなたのプロデューサーとしての活躍について聞かせてください。あなたはソランジュの『A Seat at the Table』(2016年)にプロデューサーやプレイヤーとして携わっていました。彼女との制作はどうでした?

AB:ソランジュと一緒に仕事をしたことは、その後の僕のレコード制作に直接的かつ多大な影響を与えたと思っています。様々なプレイヤーたちや、それぞれ個性を持つ最高峰のミュージシャンたちとのコラボレーションも貴重な体験でしたね。
 ソランジュはひとつの作品の世界観を軸にしながら、宇宙を創造するような作品づくりをする人。そんな風に世界を作り上げる人と一緒に仕事をしたのは初めての経験で、とても刺激になりました。彼女は視覚的にコンセプトを作る人で、そこは本当にすごいと思いましたよ。
 自分自身を律しながら、全体の隅々まで目を配る──あんな風に全体を統括できる人には初めて会ったし、その壮大なプロセスを目の当たりにすることは本当に刺激的で。レコード制作のプロセスがそのまま自分たちの関係性を投影している感じだったのも、大いにインスピレーションを与えてくれたと思います。

ソランジュはどんなアーティストですか?

AB:とても視覚的なアーティストだと思いますね。音楽的にもかなり幅広いことをやっていて、きわどいことにも挑戦しているし、それを視覚化することにも非常に長けている。常にメインストリームの音楽ばかりを作っているというわけでは決してないのに、それでもビルボード・チャートでナンバー・ワンを獲ったりするのは、本当にすごいことだと思いますね。
 僕はここ2作(『A Seat at the Table』、『When I Get Home』)がとても好きだけど、どちらも伝統的なポップ・レコードという感じではないですよね。かなり実験的なこともやっているんだけれど、それでいて商業的な成功を収めているというのは、素直に感動に値すると思います。
 良い曲を書いて演奏するだけではなく、その曲をどうプレゼンテーションするか、ときにはどういったファッションで視覚化するかということまで、総合的なパッケージとしての楽曲を生み出せる人なんです。

あなたがプロデュースで参加したロビンの『Honey』(2018年)も素晴らしいレコードでした。彼女とは以前もコラボしており、今作にも参加しています。ロビンはどんなアーティストですか?

AB:ソランジュのように外部から刺激やインスピレーションを受けている感じはないんですが、彼女もまた素晴らしいバランス感覚を持ったアーティストであることは間違いないです。とても良い曲を書くし、(プロデューサーの)マックス・マーティンとは23年も前から優れた音楽を作ってきています。
 ポップ・ソングを書く彼女のソング・ライティングの才能は、いまもまったく衰えていない──それはすごいことだと思うんです。ジョン・レノンでさえ、23年間もポップ・ソングを作り続けることができなかったんだから。長いキャリアがありながら、一度も下降線を辿ることがなかった。むしろ、ずっと上がり続けている人だと思います。
 人は歳を重ねるごとに守りに入っていくものだけど、彼女はより冒険的になっている感じがします。より実験的に、色々なことに挑戦していっていると思う。それは本当に素晴らしいことだと思うし、尊敬していますね。

優れたアーティストたちとのコラボレーションは、あなたの創作活動に直接的なインスピレーションを与えていますか? それとも、思想やアティチュードの面で影響を与えている?

AB:それについては、一緒にレコードを作っているときにはまだ答えが出ないんです。むしろ、何年か後、そのレコードを聴き直して振り返ったときに気づくことなのかもしれない。
 僕は、先日亡くなったカシアスのフィリップ・ズダールと長年一緒にやってきました。彼を失ってみて初めて、でき上がった音楽が全てではなかったことを悟ったんです。その音楽が素晴らしいかどうか、僕たちの創作活動が上手くいったかどうかは、本当はどうでもいい。僕にとっていちばん大切だったのは、彼と一緒に音楽をつくっていた時間や、僕たちの関係性だったんです。
 結局、音楽そのものはなんでもよくて、それがポップ・ソングでもいいし、カントリー・ミュージックでもいい。いっそ、音楽である必要すらないんです。Tシャツを作ったっていいし、本を書いたっていい。その過程が大切なのであって、結果はなんでもいいんですよね。
 だから、色々なインスピレーションを得たということが大切なのであって、結果的に生まれたサウンドそのものはそれほど重要じゃないのかもしれない。経験から何かを得るということが大事だと思うので。

フィリップの話が出ましたね。以前、あなたはデビュー・アルバムの『World, You Need a Change of Mind』(2012年)について、フィリップとのコラボレーション作品だと言っていました。それは今作も同じ?

AB:ファースト・アルバムは共同プロデュース作で、フィリップにはレコーディングのイロハを教わりました。僕はそれまでレコードを作ったことがなかったから。どういうふうに曲作りを進めればいいのか、どういうプロセスでレコーディングを進めるのか、どういったサウンドを取り入れるべきなのか──そういったことは全部彼に教わりました。だから、イチから彼と一緒に作り上げたレコードだと思っていますね。
 でも、新作ではミックスだけを担当してもらって、プロデュース自体は僕がひとりで手掛けています。でも僕は、ミキシングというのはもっとも重要なプロセスのひとつだと思っていて。だから、そこは絶対にフィリップに担当してほしかったんです。
 フィリップが出演している「Mix With the Masters」のインタヴューを観たんですが、何時間にもわたってミキシングの技術や秘訣をミキサーを前に話している映像でした。その中で、彼がミックスのプロセスは、実は非常に重要なんだと説明していて。ミックスによってそのアーティストをすごく助けることもできるし、完全に違う方向へと導いてしまうこともあると言っていたのが印象的です。
 特に、自分がレコーディングやプロデュースに関わっていないレコードをミックスするときはとても大胆になるし、すごく極端な方向転換をさせることが楽しいと言っていましたよ。例えば、自分がその曲でギターを弾いていたり、ピアノを弾いていたりしたら、そのときの自分の感情が乗っているし、愛着もあるから、大胆になりきれずに守ってしまうんでしょうね。でも、自分が演奏していなかったら、かなり大きく方向性を変えてみたり、大胆なアプローチができるんです。
 だから、彼がこのアルバムをミックスしてくれるのは、とても楽しみでした。彼はレコーディングにはもちろん参加していないし、事前にデモすら聴かず、いきなりミキシングの作業に飛び込んだんですから。彼には、僕のミックスに対するアイディアも伝えなかったし、僕がミックスしたデモもあえて聴かせなかった。彼には新鮮な耳と実験的な感覚でミックスしてほしかったので。
 最初にミックスしてもらったのは“Softness As A Weapon”でした。この曲のヴォーカルはオリジナルのものよりずっとラウドで、エキゾティックな雰囲気のディレイを多用していて、下手するとヴォーカルより目立っている部分もある。最初にこのミックスを聴いたとき、まるで出会ったことのないエイリアンの音楽みたいだって思いましたよ。こんなサウンド、いままで聴いたことがない、という新鮮な驚きがありました。僕だったらこんなに大胆にはなれないと思いましたね。
 だから、そんなふうに僕よりも勇気があって大胆で、実験的でおもしろいことをやってくれる人を求めていたんだと思います。

それほどフィリップのミックスが重要だったんですね。では、彼の人間性や音楽家としての特質を教えてもらえますか?

AB:ずっと、常に音楽と共にいる人でした。50歳を過ぎて、あんなに新しい音楽も古い音楽もこよなく愛して、DJをやったりパーティに出掛けたり──あそこまで音楽と一体になった生活を送れる人はなかなかいないと思います。フィリップはいつまでも19歳の少年のようにDJをやったり、音楽をつくったりしていましたよ。
 最期にパリで一緒に過ごしたときも、ずっとこんなふうでいたいねと話したところだったんです。音楽を愛して、音楽と共に歳をとって、ずっと音楽に囲まれていたいねと。
 音楽をつくる人間にとって、DJをやることってすごく大切なことだと思うんです。DJをやっていれば、たとえスタジオに籠もって音楽をつくっていても、ダンスフロアの熱狂を決して忘れることはないから。それを忘れなければ、素晴らしいダンス・レコードが作れるんだって、彼は言っていましたよ。
 誰もが若い頃からスタジオ・エンジニアとして、ましてやプロデューサーやミキサーとして活躍できるわけではないですよね。ティーンエイジャーの頃は、クラブやパーティに行って好きな音楽を聴き漁ったり、レコード・ショップに行って新しい音楽を見つけたり、友だちとDJをやったりして、音楽のすばらしさや楽しさに目覚めていくと思うんです。その過程が何よりも大切で、フィリップはその興奮を決して忘れない人でした。

彼の訃報を聞いたときにどんなことを思いました?

AB:訃報を聞いたとき、僕はパリにいたんです。道でばったり会った友だちが教えてくれました。彼は、僕がインターネットでこのニュースを知ることになったら嫌だと思って、わざわざ教えに来てくれたみたいで。最初はもちろん信じられなくて、本当に混乱した、というのが正直なところです。
 周りの人に元気を与えるエネルギーを持った人っていますけど、フィリップはまさにそんな人だったので。生きるエネルギーに満ち溢れていて、それを周囲の人々にも分け与えるような人だった。だから、まさか彼がいなくなるなんて思いもしませんでした。いまでも彼がいなくなったことが信じられません。彼のエネルギーは、まだ僕のまわりに漂っているような気がしてならないんです。

質問・文:天野龍太郎(2019年9月06日)

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Profile

天野龍太郎天野龍太郎
1989年生まれ。東京都出身。音楽についての編集、ライティング。

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