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Terri Lyne Carrington

Jazz

Terri Lyne Carrington

New Standards Vol. 1

Candid

大塚広子 Dec 01,2022 UP

 グラミー賞を受賞するジャズ・ドラマーであり、過去10年間女性やトランス、ノンバイナリーの人びとの声を高めるために精力的に活動してきたテリ・リン・キャリントンは、2022年9月に発表した作品『New Standard vol.1』で、ジャズの物語を変えようとしている。

 このアルバムは、テリのキュレーションによる101人の女性作曲家の楽譜集「101 Lead Sheets By Women Composers」(ジャズで主に使われる楽譜はリードシートと呼ばれ、メロディーやリード・ラインとコード・シンボルだけの簡素な表記で構成される)がもとになっており、ここからの11曲がアルバムに収録されている。この楽曲集には、1922年のリル・ハーディン・アームストロングの作品から、学生が2021年に書いた曲まで、ほぼ1世紀にわたる女性の楽曲が集められているが、そのなかからハーピストのブランディー・ヤンガー、クラリネット奏者のアナット・コーエン、ヴォーカリストのグレッチェン・パーラトからアビー・リンカーン、カーラ・ブレイらの作品が選ばれ、演奏者は、キャリントン(ドラム)、クリス・デイビス(ピアノ)、リンダ・メイ・ハン・オー(ベース)、ニコラス・ペイトン(トランペット)、マシュー・スティーブンス(ギター)中心に、アンブローズ・アキンムシーレ、ラヴィ・コルトレーン、サマラ・ジョイ、ジュリアン・レイジなどの11人のゲストを迎える構成になっている。ヴォーカル・ナンバーから意匠を凝らしたコンテンポラリーな作品、フリーフォームなものまで、ジャズの幅広さを証明した選曲であると同時に、各ゲストが、冒険心を持って新たな価値観に向かっているような演奏が曲の端々に窺える。

 ドラマーとしてハービー・ハンコックや、ウェイン・ショーターとの共演で知られるテリ・リン・キャリントンは、ジェームス・ブラウンのバックバンドをしていたサックス奏者の父親の影響で幼少期から音楽活動を開始し、その天才的な才能を買われ偉大なミュージシャンの舞台にも立っていた。11歳のときオスカー・ピーターソン・バンドにゲストとして迎えられ、その演奏に感銘を受けたバークリー音楽大学の創設者は、キャリントンに全額奨学金を提供した。高校から週1回の授業を重ね、同校卒業後はニューヨークやロサンゼルスを拠点に活動。教育者としても活動を広げ2007年には母校の教授に就任、2018年には、Berklee Institute of Jazz and Gender Justiceという新しい学部を創設した。

 楽譜集を作るきっかけとなったのは、この学部の最初のオープンイベントを開催するときのことだった。学生たちと女性が書いた曲を演奏しようという企画が持ち上がり、標準的なリードシートとされる教材「The Real Book」を見たところ、女性が書いた曲がひとつしか見つからなかった。その瞬間からテリはこのジャズにおける “作られた物語” を編み直す作業を着々と地道に進めていった。

 1960年代以降ジャズが全米の大学の正式な基礎過程に定着してからというもの、約40年以上にわたって、学生やプロのミュージシャンは、ジャズ・スタンダードのリードシートをこの「The Real Book」に頼ってきた。じつは、この「The Real Book」の初版は、ビバップ時代に流行った曲を手書きのチャートに書き写ししただけのものだったとも言われている。ここに手書きされたものがいつしかジャズの正典として、確固たる位置を占めるようになっていく。

 テリは、長年のキャリアのなかで男女の意識をすることなく多くの実力者と出会い共演してきた。そのなかには、作曲もできる女性が当たり前のようにいた。しかしこうした女性の実力は、十分に残らないことを「The Real Book」が示しており、それと同時に、ジャズや作曲について学ぶとき、男性だけが書いた教材に基づいていることに気づいた。

 「New Standardsは、未来のミュージシャンのためのものでもある」とテリは答える。「高校生や大学生、偉大なプレイヤーから初心者まで、このリードシートから何かを見つけられると思う。だから、大学の図書館に置いてほしいし、高校の教育者が教えるための道具として使ってほしいのです」

 「New Standard vol.1」は、テリとマシュー・スティーブンスのプロデュースによって作られたが、これはまだ「Vol.1」に過ぎない。これに誰かが続き、楽譜集から101曲すべてを録音し世に広めた後には、ジャズの姿はまたいまとは違ったものになっているだろう。テリがしていることは、公平な歴史の編み直しであり、それは同時に新たなジャズの価値を見出すことでもある。

大塚広子