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Ripatti Deluxe

ExperimentalTechno

Ripatti Deluxe

Speed Demon

Rajaton

デンシノオト Nov 30,2022 UP

 フィンランドの電子音楽家ヴラディスラフ・ディレイことサス・リパッティがリパッティ・デラックスの名義でアルバム『Speed Demon』を発表した。リリースはサス・リパッティ自らが立ち上げた新レーベル〈Rajaton〉からである。フィンランド語では「raja」は「境界」「限界」「境界線」「容量」などを意味するらしい。そして「ton」は「ない」を意味するという。となればこの「ラジャトン」という言葉=名前は、境界線をなくすとなる。つまりボーダーレスだ。サス・リパッティは境界を無化しようとしているのか。じっさい『Speed Demon』はまさにエレクトロニック・ミュージックの境界線を最高速度で超えていくような凄まじいアルバムだ。サス・リパッティは、ヴラディスラフ・ディレイ名義で2020年にリリースした『Rakka』以降、別のモードにギアチェンジしたかのようである。いま、われわれはひとりのアーティストが別の何かに生成変化していくさまを目の当たりにしているのだ。

 このアルバムについて、サス・リパッティは「いままで聴いたことのない初期のレイヴやハッピー・ハードコアなどをランダムに見つけて、それに大量のエフェクトをかけてループさせたり、くり返したりして聴くようになったんです。それがすごく刺激的で面白いなと思って、それからは自然な流れでやっています」と語っている。音を聴いてみると、それらの音楽の痕跡が高速で展開し接続され変化していくようにも聴こえてきた。1曲のなかでもテンポが微細に変化しており、電子音楽でありながら、時間が伸縮していくような独特の感覚を得ることができたのである。高速で境界を越える音楽? 本作はまさにそんなアルバムだ。全13曲、34分。電子音楽空間を一気に駆け抜けるようなアルバム体験ができる。
 
 では「スピードデーモン」とは誰か。その問いにサス・リパッティは、「若くして様々なスピードで駆け抜けてきた自分自身かもしれません」と述べている。そしてこのように言葉をつなぐ。「それは社会や文化かもしれないし、ひとりひとりの背後で時を刻んでいる主時計かもしれない。私はその存在を周囲で見たり感じたりしています」とも。つまり、「スピードデーモン」は、リパッティ自身でもあり、同時に社会・文化であり、その背後に流れている「時間」そのものだというのだ。おそらくアルバム『Speed Demon』の主題も「時間」ではないか。不穏にして性急。性急にして停止。停止にして超越。そんなハイスピードで展開するアルバムを聴き終えると、何か途轍もないものを聴いたという感覚だけは得ることができる。しかし何が起きているのか、起きていたのかさっぱり分からない(ような気がする)。
 
 なぜか。1曲のなかにも複薄の要素が矢継ぎ早に連続しているからではないか。こちら側の認識の速度を超えている音楽/音響なのである。じっさいアルバム中盤の “Ultraviolet Blues” と “Speed Breathe” 以降、アルバムの情報密度とテンションは極限まで高まり、ビート、アンビエンス、ノイズがほんの数10秒ごとに接続され変化していくわけだ。生成変化という言葉ですら生やさしいと思えるほどの冷酷な野獣のような音響なのだ。しかし未踏の世界の民族音楽のような音響には、奇妙な祝祭感とでもいうべきムードも満ちているのだ。不穏な世界に満ちる祝祭感とでもいうべきか。これは明らかにコロナ禍の世界を反映したものだろう。そもそもアルバム冒頭、1曲目の曲名が “The New Beast Is Coming” であり、13曲目(アルバムのラスト)の曲名が “My Best Friend” なのである。「新しい獣が来る」ではじまり、「私の親友」で終わるアルバムなのだ。何か異様な世界が展開している。そんな予兆だけは強く理解できるアルバムだ。私見だが人間以降の世界における未知との遭遇のサウンドトラックのようなアルバムだと思いもした。

 マスタリングは、音楽家としての活動を停止、マスタリング・エンジニアとして活動を続けることを宣言したステファン・マシューが担当している。このアルバム独特の乾いた電子音を損なうことなく、ここまで高品質な音に仕上げられるのは、まさに彼だけだろう。そしてアルバムのムードを決定つけるほどに印象的なアートワークには、ファッション誌、広告、CDジャケットなどを手掛ける日本人フォトグラファー横浪修の写真を用いている。「時の試練に耐える作品群を作ること」とサス・リパッティが述べるように、プロダクトとしての完成度も一級品である。

デンシノオト