「MARK」と一致するもの

Swans - ele-king

 ロックの歴史において、炎に焼かれ灰となり、そこから甦るというフェニックスの神話をこれほどまでに体現したバンドが他にあるだろうか——スワンズをおいて。1998年、バンドは文字通り「死」を迎える。最終作のタイトルは、まぎれもなく『Swans are Dead』。これ以上ない明快さ。「これで本当に終わり」と公言するバンドは数あれど、実際に姿を消す者は稀だった。そして彼らは、本当に消えた。
 1982年の結成以来バンドを率いてきたマイケル・ジラも、当時の活動を肯定的に語ることはなく、2000年代のアメリカにおける新たなフォーク・ムーヴメントのなかで、Angels of Lightやソロ名義でフォーク・ミュージックへと舵を切っていった。だが、スワンズが『The Great Annihilator』(1995)で踏み出したあの時代は、いま振り返っても尋常ではなかった。『Holy Money』(1986)の時期の金槌のような打楽器による暴力的ミニマリズムと同等の強度をもちながらも、そこにはより物語性に富んだ、儀式的なノイズの瞑想が展開されていた。なかでも『Soundtracks for the Blind』(1996)は、音の探求として驚異的な達成を示す作品であり、もっと多くの人に発見されるべきアルバムである。
 スワンズは死んだ——そうマイケル・ジラが宣言したとき、それを疑う理由はどこにもなかった。だが2010年、誰も予想しえなかった再生の瞬間が訪れる。スワンズは再び目を覚ましたのだ。
 復活後最初の作品『My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky』(冗長なタイトルが物語るように)は、たしかな可能性を感じさせながらもやや肩すかしだった。その音楽的へその緒はまだ、Angels of Lightのフォーク的世界にしっかりと繋がれていたからだ。年齢を重ねれば創造性は失われていく——そんな西洋に根づく通念が、作品の背後にちらついていたのも否めない。
 しかし、すべてが変わったのは2012年。『The Seer』のリリースによって、誰も予測できなかった新たな激烈の時代が幕を開けた。ジラは、初期スワンズの打撃的なサウンドを再び受け入れつつ、それをまったく新たな文脈に落とし込んでいった。その音楽は、過去と現在を弧を描くようにつなぎ、バンドの新たな自己像を浮かび上がらせたのだ。スワンズというバンドは、その歩みを時代ごとに明確に区切っていく存在であり、それを決定し、宣言することをジラ自身もまた好んでいる。

 2025年に発表されたスワンズの第17作『Birthing』は、まさに記念碑的な作品であり、またしても「これが最後の〈ビッグ・サウンド〉作品になる」との宣言とともに世に放たれた。極限までの追求を信条とするマイケル・ジラらしく、本作でもその姿勢は貫かれている。全7曲ながら収録時間は2時間近くにおよび、かつて『Soundtracks for the Blind』が「一線」を画したように、『Birthing』もまたひとつの終わり——どれほど決定的な終止符であるかは定かでないにせよ——を示しているかもしれない。
 『Birthing』を語るうえで不可欠なのは、スワンズというバンドがグレン・ブランカの「使徒たち」であるという事実を理解することだ。今日では徐々に記憶から遠ざけられつつあるが、ブランカはスワンズのみならずSonic Youth、さらには80年代NYアヴァン・シーン全体に多大な影響を与えた存在である。
 巨大なノイズ・ギター交響曲の先駆者であったブランカは、10本以上のエレクトリック・ギターとアンプが一斉に耳をつんざく音量で鳴らされ、アコースティック楽器では決して得られないような〈うなり〉や〈幽霊音〉を呼び起こすという音響実験を通じて、演奏者に「強度」のすべてを教え込んだ。その場にはジラも、ソニック・ユースのサーストン・ムーアも身を置いていたのだ。皮肉なのは、ジラがあの「音」に本格的に再び取り組んだのが、それからおよそ20年を経てのことだったという点だ。時間とは、まさに相対的なものなのだ。
 『Birthing』は、メシア的なドローン——ほぼすべての楽曲に通底する、力の限りに引き伸ばされた音のうねり——と、説教師のような呼びかけ(“I am a Tower”)を行き来しながら、氷河のように冷たい音響の炎をひとつに束ねるような、ミニマル・フォークの哀歌を内包している。アンサンブルによる暴力的な歓迎は、リスナーに険しい音の山を登らせるが、アルバムの多くのパートはむしろ内省的で、どこか悲しげで繊細ですらある。
 冒頭の“The Healers”は、全員男性メンバーによるバンドとは思えないほどフェミニンな楽曲であり、浮遊するような音の抱擁が広がっている。その柔らかさは、ラストにかけて続く記念碑的なエクスタシーと鮮やかな対照をなす。この「静から動への振幅」、あるいは個々の楽曲を超えた巨大な音響構造は、まさにグレン・ブランカの手法を思わせるものであり、2時間という時間のなかで幾度となく繰り返される。そのため、本作は個々の楽曲というよりも、一続きの大作として体験されるべきものとなっている。
 最終的に、この構造から逃れることは難しい。ボアダムスのように、かつて同じ道を選んだバンドたちがそうであったように、この形式に祝福された者たちは、たとえ曲が分かれていても、必然的にマントラ的な「ひとつの音」に回帰していく運命にあるのだ。繰り返すことは、神をより深く知ることに通じる。だが、30年以上にわたるヴィジョンを貫いてきたマイケル・ジラは、決して時代を繰り返さない。ゆえに、『Birthing』が何らかの「別れ」を告げる作品であることは間違いない。しかし、いくつかのことを忘れずにいたい。
 まず第一に、スワンズの啓示は常にツアーとともにもたらされるということ。願わくば、読者であるあなたにも彼らのライヴを体験してほしい。彼らは過去に二度、日本に来ている。願いを込めて指を交差させれば、もしかするともう一度──本当に最後の一度──来日してくれるかもしれない。
 第二に、スワンズのフィジカル・リリースは、単なるアルバムではなく「遺産」として設計されているということ。芸術作品として保存されるべきものとして、クオリティに優れた盤を手に入れた者には、その価値は限りなく高い。
 第三に、マイケル・ジラは現在71歳という、なお鮮烈な生命力をもつ人物であるということ。残された時間は、すでに歩んできた道のりより短いかもしれない。完璧ではないかもしれないが、『Birthing』は、そんな彼が世界に贈った驚くべき贈与であり、妥協なき、そして深い愛に満ちたヴィジョンの結晶である。だからこそ、この作品を単にダウンロードして済ませてはいけない。ぜひフィジカルで手に入れ、一生大切にしてほしい。
 「I am the best fucking Fuck that you never will have.(俺はきみがかつて見たことのない最高のクソ野郎)」


There is no band in rock history whose trajectory has reflected the myth of the Phoenix, one destined to burn in fire and then resurrect itself like SWANS. The band literally died in 1997, their “last” album sincerely entitled SWANS ARE DEAD. It doesn`t get any clearer than that. How many bands jump up and down to say never more? And gone they were. Founder Michael Gira didn`t speak positively of his days fronting the band from 1982 while he moved on to folk music in the midst of the American new folk scene of the 2000`s with new band Angels of Light and solo efforts. Still that era, begun with “The Great Annihilator” was formidable intense cinematic music that mirrored in intensity with the Holy Money era of hammer percussion, instead evolved to narrative based ritualistic noisy meditation.”Soundtracks of the Blind” is an incredible achievement in sound that begs to be discovered more.
When he said SWANS was dead, no one had any reason to disbelieve him but come 2010, a rebirth was witnessed. SWANS reawakened. The keenly promising but somewhat underwhelming first release “My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky” with its unnecessary long title was definitely a suggestion of what could be but didn’t go far enough with its umbilical cord still tightly connected to Angels of Light folkdom. The commonly held western belief that the older one gets the less creative one is could be felt in the background. But all changed in 2012 with “The Seer,” officially starting an intense new era no one could have forecast. Gira had embraced again the pummeling sound of the early songs in a new context that drew an arc from their beginnings to their new found self. SWANS is a band of clearly marked eras which Gira is very found of deciding and announcing.
2025`s monumental release “Birthing,” SWANS` 17th release, is no different, attached to yet another announcement that it would be the last “big sound” release. Gira known for pushing to the extreme has definitely done so here. With just 7 tracks, the album is just a hair under 2 hours and may mark another end (how definitively is anyones guess) in the same way that “Soundtracks of the Blind” was a line in the sand.
To properly talk of “Birthing,” it`s vital to comprehend that SWANS are the disciples of Glenn Branca, a name that is progressively being forgotten in time despite his massive influence on SWANS and Sonic Youth and the NYC avant scene of the 80`s. Branca, the first composer of titanic noise guitar symphonies provided a learning ground for musicians (both Gira and Thurston Moore were participating musicians) to soak in the intensity of 10 or more electric guitars with amps strumming simultaneously at earsplitting volumes summoning humming ghost tones impossible with acoustic instruments. It is incredibly ironic that Gira didn`t embrace “that sound” again til 20 years later. Time is indeed relative.
“Birthing” wades between messianic near-power drones (almost every song), preacher callings (“I am a Tower”), minimalist folk dirges which hold all of the flames of glacier sound together. Though the welcoming violence of the ensemble creates stark mountains to climb for the listener, many parts of the album remain meditative, almost mournful and delicate. The beginning “The Healers” is a very feminine song coming from an all male band. That floating aural embrace is directly contrasted with the continuous monumental euphoria of the end. This Branca pattern occurs often through the 2 hours making parts of the total experience at times feel less like individual songs and more like one long work. Ultimately this can`t be escaped as any band that choses this road like the Boredoms for example before them, often repeats themselves in separate songs because the blessing of their formation is christened by a mantra sound. To repeat is to know God better.
Gira, in his 30 plus year vision does not repeat eras so this is definitely a goodbye of some kind but let us keep some things in mind. One, SWANS revelations always come with a tour and I hope you the reader gets to see them. They have come twice to Japan, and if we cross our fingers, maybe they will come one last time. Two, SWANS physical releases are legacy works designed to be art, to be preserved as art. Highly valuable when bought with commendable quality. Three, Michael Gira is a vibrant 71 year old man. There is less ahead than behind so though “Birthing” is not perfect, it is an amazing gift to the world by a man with a vision uncompromising and loving. Do not just download this. Buy a physical copy and keep it forever.
“I am the best fucking Fuck that you never will have”

The Sabres of Paradise - ele-king

 ザ・セイバーズ・オブ・パラダイスは、故アンドリュー・ウェザオールが90年代なかばにジ・アルーフのふたり、ジャグズ・クーナーおよびギャリー・バーンズと組んでいたグループだ。昨秋再結成が発表され、きたる6月5日、バルセロナのフェスティヴァル、プリマヴェーラ・サウンドでじつに30年ぶりのライヴをおこなう彼ら。ここへきて、『Sabresonic』(1993年)と『Haunted Dancehall』(1994年)がリイシューされることになった。発売は8月1日。CDもLPも出るそうなので楽しみに待っていよう。

The Sabres Of Paradise
90年代、世界中の音楽フリーク達の人生を変えた歴史的名作がリマスターで蘇る

故アンドリュー・ウェザオールが率いたセイバーズによる『Sabresonic』、『Haunted Dancehall』が8月1日に同時再発
帯付きCD/LP、Tシャツセットも発売

プライマル・スクリームのプロデュース、ニュー・オーダー、ビョーク、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインらのリミックスを手がけ、世界最高のDJ/プロデューサーとして唯一無二の存在だった、故アンドリュー・ウェザオール。そんな彼がアルーフ(The Aloof)のメンバー、ジャグズ・クーナーとゲイリー・バーンズと共に結成したプロジェクト、セイバーズ・オブ・パラダイスが〈Warp〉より、1990年代中盤のエレクトロニック・ミュージックを代表する2作としてリリースした、『Sabresonic』、『Haunted Dancehall』のリイシュー盤を8月1日に発売することが発表された。いずれもオリジナル・テープからのリマスタリングが施され、オリジナル発売以来初となるCD/LPフォーマットでのリイシューが実現する。「Smokebelch II (Beatless Mix)」、「Theme」は初のLP収録となっており、CD/LPは帯付き仕様で発売され、Tシャツセットの発売も予定されている。

今回の再発は、現存メンバーのジャグズ・クーナーとゲイリー・バーンズの全面協力のもと、故アンドリュー・ウェザオールの遺族との連携により行われた。リマスターはマット・コルトンが手がけており、発売に先駆け、各ストリーミングサービスでは本日よりリマスター音源の配信が開始されている。

『Sabresonic』
配信リンク >>>

『Haunted Dancehall』
配信リンク >>>

このリリースに合わせて、実に30年以上ぶりとなるツアーも開催が発表されている。

「未練があるというより、新しい目的がある」とクーナーとバーンズは語る。「The Sabres Of Paradiseは、1995年5月の東京・リキッドルームでの最終公演をもって、あるべきときに終わった。だが、今やるべきことがある」

「アルバムを再紹介したいし、できればフェスティバルのような場で若い世代にアンドリューのレガシーをさらに定着させたい」とクーナーは言う。「彼らにThe Sabres Of Paradiseの真価を体験してもらいたい。そして、僕たちが30年前に作った音楽に、新たなファンを惹きつけられたらいいと思っている。彼らの多くは当時まだ生まれてすらいなかったかもしれないけどね」

2枚の金字塔的なアルバムが、わずか13か月の間に制作されたあの時代から30年。クーナーとバーンズは、プロダクション、リミックス、ライブ、地下スタジオでの密度の濃い作業の数々を振り返る。当時の熱狂は、ウェザオールがプロデュースを手がけたプライマル・スクリームの名盤『Screamadelica』(1991年)によって加速していた。『Sabresonic』(1993年10月)と『Haunted Dancehall』(1994年11月)は、Flowered Up、Future Sound Of London、Galliano、Yelloといった多くのアーティストのリミックスを手がけていた3人が、ついに完全なアーティストへと進化する過程で生まれた。

〈Warp〉との契約により、急遽アルバム制作が求められたが、幸いなことに彼らのスタジオの棚にはDATテープが山積みだった。「まあ、録りためてた音源がいくつもあったってことだね」とクーナー。「それに、いくつかは掘り起こして作り直したんだ」とバーンズも補足する。

たとえば「R.S.D.」は、元々はレッド・ストライプ(ジャマイカのビール)のCM用に依頼された曲だった(タイトルは “Red Stripe Dub” の略)。そのセッションでは、「Wilmot」や「Tow Truck」も生まれている。

『Sabresonic』の冒頭曲「Still Fighting」は、プライマル・スクリームの「Don’t Fight It, Feel It」をベースに作られており、「あの曲にはまだ可能性があると感じていた」とクーナーは振り返る。「でも実際にスタジオで取り組んだら、全く別の曲に変わっていったんだ」

中でも象徴的な楽曲として知られる「Smokebelch II」は、4分強の牧歌的な傑作であり、元はNYのハウス・プロデューサー、レイモンド・ブッカーがザ・プリンス・オブ・ダンス・ミュージック(The Prince Of Dance Music)名義でリリースした「New Age of Faith」のカバーだった。「あれはShoom(ロンドンの伝説的クラブ)でよくかかっていた曲で、アンドリューも大好きだった」とクーナーは言う。「シングルにするつもりはなかった」とバーンズは言うが、「アンドリューがアセテート盤を持ってブライトンのクラブでかけたら、フロアが熱狂した」

1994年には、クーナーとバーンズがプライマル・スクリームの『Give Out But Don’t Give Up』ツアーに帯同し、セイバーズとしてのライブ活動を開始。その後スタジオに戻り、『Haunted Dancehall』制作に入った。「Tow Truck」や「Wilmot」のデモを仕上げ、さらに旧曲「Theme」を再構築した。「Theme」は1994年のイギリス映画『Shopping』用に書かれた、力強くシンフォニックなジャズ・ファンク曲である。

また「Planet D」(元のタイトルは「Planet Distortion」)という新曲も生まれ、当時絶頂期にあったポーティスヘッドにリミックスを依頼。そして、タイトル曲「Haunted Dancehall」は、スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』の “誰もいないホテルの広間” のシーンにインスパイアされたという。

「ストリングスにはEQ処理を施して、まるで古い蓄音機から遠くの舞踏室で鳴っているような音にした」とバーンズは語る。「最初のタイトルは “Haunted Ballroom” だったんだけど」とクーナーが補足する。「でも最終的にアンドリューが “Haunted Dancehallの方がいい響きだ” って言ったんだ」

それから30年、『Sabresonic』と『Haunted Dancehall』は再び脚光を浴びることになる。そして、セイバーズのライブも復活。クーナーとバーンズは、かつてのバンドメイト――リッチ・セア(Red Snapper, The Aloof)、ニック・アブネット(The Aloof)、フィル・モスマン(LCD Soundsystem)――を再集結させ、世界ツアーを展開する。

「今こそ、振り返るべきタイミングだった」とクーナーは語る。「あの瞬間は、自分たちだけじゃなく、多くの人々にとって重要な時間だった。これらのアルバムは、今なお色褪せない。多くの人に、ライブでその音を体感してもらいたい。アンドリューがステージに立つことはないけれど、きっと袖の陰から、うなずいてくれていると信じている」

label: Warp Records
artist: The Sabres Of Paradise
title: Sabresonic
release date: 2025.08.01

商品ページ
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15104

TRACKLISTING
A1. Still Fighting
A2. Smokebelch I
B1. Clock Factory
C1. Ano Electro (Andante)
C2. R.S.D.
D1. Inter-Lergen-Ten-ko
D2. Ano Electro (Allegro)
D3. Smokebelch II (Beatless Mix)

label: Warp Records
artist: The Sabres Of Paradise
title: Haunted Dancehall
release date: 2025.08.01

商品ページ
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15105

TRACKLISTING
A1. Bubble And Slide
A2. Bubble And Slide II
A3. Duke Of Earlsfield
B1. Flight Path Estate
B2. Planet D
B3. Wilmot
B4. Tow Truck
C1. Theme
C2. Theme 4
C3. Return To Planet D
C4. Ballad Of Nicky McGuire
D1. Jacob Street 7am
D2. Chapel Street Market 9am
D3. Haunted Dancehall

Mark Stewart - ele-king

 マーク・スチュワート、2023年に早すぎる旅立ちをしてしまった、音楽家としてもヴォーカリストとしても、あるいはアジテーターとしても稀代のアーティスト。シーンの土台作りにも尽力を尽くしたブリストルの英雄が生前録音し、急逝する直前に完成していたアルバムがあったと。それが8作目のソロ・アルバム『The Fateful Symmetry』となる。

 最近リリースされたシングル「Neon Girl」には、元ザ・レインコーツのジーナ・バーチがバック・ヴォーカルとして参加、プロデュースはYouth。アルバム『The Fateful Symmetry』は2025年7月11日にリリースされる。

マーク・スチュワートは自らのヴォイスを純然たる主観的内面性の表現としてではなく実験用動物の咆哮、怒りに満ちた金切り声、非個人的な熾烈さの連なりとして扱う。その声は切り刻まれ、ノイズ‐ハイパーダブな音の景観に改めて配布し直され、デュシャン的なファウンド・サウンドやかつて楽器だったものを凶悪にねじ曲げることで作り出されたノイズと混ぜ合わされる。
——マーク・フィッシャー『K-パンク 自分の武器を選べ』(坂本麻里子訳)より

 The Pop Group、Mark Stewart & Maffia、そしてソロアーティストとして、スチュワートはDIY精神、急進的な政治思想、プロテスト運動、哲学、テクノロジー、アート、詩といった要素に根ざした先駆的な作品群を世に送り出してきました。『The Fateful Symmetry』は、ガーディアン紙が評した通り「崇敬されるカウンターカルチャーの音楽家」としての彼の存在を証明し、最良の時代と同様に大胆かつ先見的なサウンドを展開しています。
 本作は、スチュワートの尽きることのない創造性と、内省的かつ力強いアーティストとしての一面を強く打ち出す作品でもあります。極めて表現力に富んだ革新的なアルバムであり、より良い世界を願う、激しくも美しいマニフェストです。
 唯一無二で、常に常識の枠を越え続けたアーティスト、マーク・スチュワート──その魂は今も響き続けます。
 なお、日本盤には、日本をこよなく愛してきたマークから日本のファンのために、ボーナストラック1曲とオリジナルには収録されていない英語歌詞及び日本語対訳が特別に収録されることが決定しました。

マーク・スチュワート (Mark Stewart)
ザ・フェイトフル・シンメトリー (The Fateful Symmetry)
Mute/Traffic
2025年7月11日(金)発売
解説:小野島 大
日本盤のみオリジナル英語歌詞及び日本語対訳(オリジナル盤には歌詞無し)の掲載と
ボーナストラック1曲収録が決定!

Tracklist
1. Memory Of You (先行シングル)
2. Neon Girl (第二弾シングル)
3. This Is The Rain
4. Everybody’s Got To Learn Sometime (Bébe Durmiendo Cumbia Bootleg)
5. Stable Song
6. Twilight’s Child
7. Crypto Religion
8. Blank Town
9. A Long Road
10. Memory No.9 日本盤のみのボーナストラック


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Mark Turner - ele-king

 アンビエントとジャズが相互に侵食し合い、時に融解を起こしているような音楽に惹かれる機会が増えた——こう書きだすと意外に思われるかもしれない。なんせ、アンビエントは聴きこむことも聞き流すこともできる窓外の雨滴のような音楽であり、一方、ジャズはプレイヤーのクレジットを伏せて誰が演奏しているかを当てる遊び(いわゆるブラインドフォールドテスト)や、小うるさいジャズ喫茶のオヤジの講釈が幅を利かせた(る?)世界である。噛み合うことのない真逆のジャンルだと思われても仕方ないだろう。
 だが、昨年のアルバムが話題をさらったナラ・シネフロ、折坂悠太や細野晴臣との共演歴もあるサム・ゲンデル、新作で新境地を示したイーライ・ケスラー、韓国のサックス奏者キム・オキなどは、このジャンルを新たな視座で切り拓きつつある。剋目すべき潮流である。ただし、ジャズとアンビエントの邂逅は今に始まったことではない。先人たちはいた。しかも、戦前から。この両者の蜜月の萌芽、その開拓者たちの記録を詳らかに物語るなら、1941年にまで遡らねばならない。
 例えば、1940~50年代にかけて活躍したクロード・ソーンヒル楽団がこの年に録音した“Snowfall”のエーテル状のサウンドはのちに細野晴臣をはじめとするアンビエント作品に影響を及ぼした。また、ブライアン・イーノは、『Ambient 4:On Land』(82年)のセルフ・ライナーノートで、アンビエント・シリーズの参照点として、マイルス・デイヴィスの未発表セッションを集めた『Get Up With It』(74年)収録の“He Loved Him Madly”に言及している。そして、ニュー・エイジ的なるものも巻き込みながら、この系譜は現在ひとつの大きなうねりを生んでいるのだ。

 だから、ストレートアヘッドな印象の強かったテナー・サックス奏者、マーク・ターナーの新作『We Raise Them To Lift Their Heads』が、アンビエント・ジャズに漸近していることには、深い感慨を覚えざるを得なかった。ターナーはオハイオ州出身、90年代初頭からNYで活躍し、ジョシュア・レッドマン、カート・ローゼンウィンケルらと共演を重ねた。リーダー作は10枚を超える。
 ターナーの現在のジャズ界における影響力は尋常ならざるものがある。以前、バークリー音楽大学で教鞭も取るピアニストの山中千尋に、「マイルス・デイヴィスを知らずに同大に入学してくる生徒が珍しくない」という話を訊いたことがあるが、そんな彼ら/彼女らの憧れやお手本はほかならぬターナーなのだという。
 それを裏づける逸話は、ネイト・チネン『変わりゆくものを奏でる 21世紀のジャズ』にも記されている。テナー・サックスに関して言うなら、90年代にどの音楽教室を覗いてみても、ふたつのサウンドの模倣が聞こえたという。ひとつはクリス・ポッター、もうひとつはマーク・ターナー。特にターナーの若いプレイヤーからの支持は絶大である。サックス奏者のウォルター・スミス三世はかつてインタビューで「マークっぽいサウンドが聴こえたら、そいつは間違いなく40歳以下のプレイヤーだ」と述べていた。
 ターナーのプレイに、マイケル・ブレッカーやウォーン・マーシュ、ジョー・ヘンダーソンといった先達からの影を見て取ることも可能だろう。その意味で彼は、革新的で画期的な演奏をしているわけではない。おそらくだが、偉人たちの遺産が凝縮された音を鳴らすがゆえに、結果的に元ネタを知らない若者には極めて新鮮に映ってしまう、という皮肉な構図が存在するのではないだろうか。

 そんなターナーの新作はソロ・サックス・アルバム。プロデュースはヤコブ・ブロである。ヤコブは「沈黙の次に美しい音」を看板に掲げるECMを代表するギタリスト。ビョークの『ヴェスパタイン』に参加したトーマス・ナックと共演盤をリリースするなど、狭義のジャズに収まらない音楽性を特徴とする。
 彼のソロ作もまた、アンビエントとジャズの中間に位置するように聞こえる。ギターをソロ楽器というよりも、場の空気(=アトモスフィア)をつくるための装置として考えている、とでも言おうか。音楽的な影響元としてポスト・ロックの先駆者ともされるトーク・トークの中心人物、マーク・ホリスのソロ作を挙げているのも納得である。
 ヤコブがプロデュースした本作は、冒頭に戻って、アンビエント・ジャズの新たな形態として捉えられる意欲作である。ソフトでウォームな音色に徹底してフォーカスしたつくりで、フレーズそのものは至極単純だ。
 その精髄は冒頭の3曲、特に“Red Hook”に顕著で、ふくよかな音色に耳を奪われる。4曲目の“Bella Vista”は、とりたててて複雑なことをやっているわけではない、というかまるで初心者向けの教則本に則っているようでもあるのだが、やはり音色の美しさに息を吞む。そう、本作の主役は美麗なソノリティにあり、その響きはまるでトーン・ポエムとすら言いたくなる。7曲目“Fast”などが象徴的だが、空間的な広がりを感じさせる空間設計も秀逸で、ここら辺はヤコブ・ブロのディレクションも大きいのだろう。
 ターナーのテナーをアルトと勘違いしてしまう、という人は多くいる。それは彼自身がある時期まで、テナーを使ってあえてアルトの音域をカヴァーするようなプレイを専売特許としていたからだ。だが、本作からはそうした定石からはみ出そうとする意志と野心が感じられる。若手のお手本にされるのもいいが、ここら辺でひとつ殻を破りたかったのかもしれない。その意味では、ターナーにとってはチャレンジであり、マイルストーンになるアルバムだろう。
 なお、ターナーとヤコブの馴れ初めについては、『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン』というドキュメンタリー映画に詳しい。こちらも本作のサブ・テキストになるのではないだろうか。

interview with Mark Pritchard - ele-king

 リロードに “Peschi” という曲がある。カール・クレイグの影響下で生まれたとおぼしきそれは、直接90年代の音楽ムーヴメントを体験できなかった者にとって、遅れて生まれてしまったことの無念を永久に増幅させつづける、アンビエント風テクノの名曲のひとつだ。ゆえに後世のためにも、同曲が収められたリロード唯一のアルバム『A Collection of Short Stories』(1993)はぜひリイシューされてほしいところだけれど、マーク・プリチャード(とトム・ミドルトン)による豊かな創造性はその後、アンビエントとしてはグローバル・コミュニケイション『76:14』(1994)へと結実し、エレクトロとしてはジェダイ・ナイツの冒険をうながしてもいる。
 なんとか間に合った00年代以降の作品で個人的に気に入っているのは、うなる重低音とヒップホップ・ビートのなか絶妙に抑制された感傷がしぼり出される、ハーモニック313名義の『When Machines Exceed Human Intelligence』(2008)だ。もちろん、フューチャー・ジャズの動きに呼応したトラブルマン(2004)だったり、スティーヴ・スペイセックと組んでグライムやらフットワークやらを消化したアフリカ・ハイテック(2011)、あるいは再度フットワークやジャングルなどに挑んだ2013年の本名名義のシングル・シリーズなどなど、見すごすことのできない仕事はほかにもたくさんあるわけだけれど(ワイリーのプロデュースも忘るるなかれ)、そうしたディスコグラフィからはつねに時代の尖端に敏感なプロデューサーの姿が浮かび上がってくる。大局的に整理するなら、00年代後半から10年代前半にかけての彼はベース・ミュージックのよき理解者として位置づけられよう。
 そんなイメージを大胆に覆したのが前作、すなわち本名名義では初のアルバムとなった『Under the Sun』(2016)だ。極力ビートを排し、フォーキーなムードまで導入した美しくも不穏な同作は彼のキャリアにおけるひとつの転機といえるが、そこに招かれていたゲストのひとりこそトム・ヨークだった。かたやアンダーグラウンドのヴェテラン・エレクトロニック・プロデューサー、かたやアリーナ・ロック・バンドのフロントマン──。大きく立場の異なる両者による全面的なコラボレイションが、今回のアルバム『Tall Tales(ほら話)』である。

 エレクトロを崩したビートが耳をとらえて離さない “A Fake in a Faker’s World” にはじまる新作は、すでに2010年代につくられていたプリチャードによるいくつかのトラックをとっかかりに、ロックダウンのさなか何度もオンライン上でキャッチボールを重ねることで進められていったという。ベースの旋律と天へと召されそうな上モノとの対比が聴きどころの “Bugging Out Again” や、同様にベースラインが耳に残る “Back in the Game” などにはプリチャードの低音へのこだわりがよくあらわれている。チープな電子音やドラムマシンの素朴な反復が楽しめる “Gangsters” から “This Conversation is Missing Your Voice” へといたる流れも見過ごせない。アルバムはヴァラエティに富む一方で、幽玄なシンセ・ワークとヨークの声の存在感、そしてジョナサン・ザワダによる独特のヴィジュアルのおかげで不思議な統一感をまとってもいる。オルガンらしき音が聖性を演出する “The Men Who Dance in Stag’s Heads” ではだいぶ低いヴォーカルが披露されていて、ヨークのファンにとってもまた聴き逃すことのできない1枚といえるだろう。
 とまあそんな具合に、これまで発表してきたどのアルバムとも似ていない作品を完成させたマーク・プリチャード。彼にとって今回のプロジェクトはどのようなものだったのだろうか。

ぼくの普段の生活がロックダウンと似ていて、ここ12年はいつも地下室に閉じこもって自分の世界にいるからさ。だから引きこもるのに慣れていたという意味ではラッキーだった。

現在もお住まいはシドニーですか? 移住して何年目でしょう? もうシドニーが故郷のように感じられるくらいには時が経っていますか?

マーク・プリチャード(Mark Pritchard、以下MP):そうだね、こっちに来てもう20年になるよ。

今回のコラボ・アルバムは、あなたがトム・ヨークから乞われて、デモ・トラックを送ったところからスタートしたそうですね。つまり、もとのデモがつくられた時期は曲によってばらばらということでしょうか?

MP:大まかにここ10年くらいのいろんな時期につくったものだよ。いまtrack by trackをやっていてつくった時期を確認したんだけど、大多数が2016年から18年くらい、あとは19年のものもあって、2012年のものあるという感じだった。

いちばん古いものはいつごろのものでしたか?

MP:“Wandering Genie” と “A Fake in a Faker’s World” がたぶん2012年とか……どうだろう、2014年くらいだったかもしれないけど、とにかく、確認したときにこんなに前だったんだなって思ったよ。

あなたはこれまで幾人ものヴォーカリストやラッパーとコラボレイトしてきました。個人的にはスティーヴ・スペイセックとやったハーモニック313名義の曲 “Falling Away” がお気に入りです。トム・ヨークとは以前もいっしょに “Beautiful People” をつくっていますが、彼はこれまであなたがコラボしてきたほかの歌手やラッパーと、どう異なっていますか?

MP:全員ちがうからなあ。仕事の進め方にしても、雰囲気にしても、感じ方にしてもそれぞれ異なっていて、たとえばスティーヴ・スペイセックの場合、ちなみに彼はぼくと同じ年にオーストラリアに移ってきたんだよ。まったくの偶然だったんだけど。新たな場所で音楽の知り合いがいるっていうのは心強かったね。とにかく多くのすばらしいヴォーカリストと仕事をさせてもらっているっていうのはほんとうにラッキーだと思う。スティーヴのやり方は結構トムと似ているかもしれない。アプローチは違ったけど……スティーヴはスタジオでその場で歌詞を書いて歌ったんだ。一方今回のプロジェクトでのトムは、ぼくがトラックを送って彼がヴォーカルをやって送り返してきて、まあだから同じ場所にいるかいないかっていうちがいだけど。同じ部屋でやることの利点もあるし、でも自分の世界に入って求めるものをじっくり見つけたいひともいるから。ふたりの共通点はファルセットのシンガーである点。あとはふたりともすごく才能豊かで一緒に仕事がやりやすいところ。
 トムの場合は、まずいったん彼がつくってこちらに送ってきて、それから話し合う必要がある場合はZoomで話す感じだったね。当時はロックダウンの最中でしかもべつべつの国にいたから。なにかがうまくいっていないとか、なにが必要なのかとか。まあもしパンデミックがなかったら一緒にスタジオに入っていたかもしれないけど、でもトムは当時も複数のプロジェクトを抱えていたし、それにひとりで集中する時間も必要だからね。ひとによっては、気分がのらないとできないとか、心の準備が必要だとか。まあ千差万別だよ。邪魔されたり話しかけられたりせずに集中してやるほうがいいっていう場合もある。ある特定の状態に入って、ひとと話したり分析したりせず、まずはいったん形にするとかね。トムは間違いなくそのタイプだと思う。というかほとんどのひとがそうなんじゃないかな。ぼく自身もそうだし。一度つくって、そのあとで判断、精査するっていう。ちょっと寝かせたほうがよかったりもするしね。翌日になってあらためて聴いたほうがどれがうまくいってなくてどれがうまくいってるかより明らかになるから。トムは間違いなくそういうやり方を好むと思う。前に彼が言っていたけど、噴出するみたいに出てくるんだっていう、それがたくさん出てきて、そのあとに構成や秩序立てをするんだと。なかにはそのふたつの状態を素早く切り替えられるひともいる。ぼくもそういう創作モードから構成モードにすぐ切り替えられるひとに会ったことがあるけど、それが難しいってひともいるよね。

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トム・ヨークはメロディやリリックを書いて歌うだけでなく、サウンドを足してきたりもしたそうですね。そのプロセスのなかで、予想外で驚いたことやおもしろかったことがあれば教えてください。

MP:“Happy Days” という曲で、彼がピッチを変えて語るようなヴォーカルをやっているんだけど、それが60年代くらいのBBCの女性アナウンサーを思わせる感じで、おそらくペダルかなにかを使ってピッチとフォルマントを変えているんだけど、ほかの箇所ではリズミカルに語っていたり、あれはすごいなと思った。ああいうことをするためには、そのキャラクターにしっかり入り込んで、さらにはもしかしたらぜんぜんダメかもしれないというのを覚悟しなきゃいけないと思うから。ゴミになるかもしれないことを厭わずやるっていう、それってある程度自信がないとできないと思うんだ。
 あとは “The Men Who Dance in Stag’s Heads” と “The White Cliffs” の半分くらいは低い声で歌っていて、それも予想外だった。彼はそういう感じの歌い方をあまりやっていなかったと思うから……もちろんこれまでいろんな音域で歌ってきたけどね。個人的に好きな歌い方だったから嬉しかったんだ。じっさい「こういう歌い方ってそんなにやってないよね」って本人にも伝えたら彼も「いや、前からもっとやりたいと思っていたけど100パーセントの自信がなくて、でも技を見つけたんだ」と言っていて。それがすごくシンプルなトリックで、昔のレコーディングでよく使われたテープのスピードを変えるってやつだったんだけど、ヴォーカルにもほかの楽器でも使われていたもので。それでピッチが上がったり下がったりするっていう。ほんの半音変えることもあれば、もっと大きく変えることもできる。昔のテクニックだけどデジタルでも同じことができるんだよ。いまのツールにはそういう機能も備わっているんだ。

これは『Under the Sun』のあとにつづく作品という位置づけで、ただし今回は全曲ヴォーカルありでひとりのシンガーと組んで、スタイルや楽曲自体は多様だけどひとつの作品としての一体感を出そうとして。

今回、モジュラー・シンセやヴィンテージなアナログ・シンセサイザーが多く使われているそうですね。そうなったのはなぜですか?

MP:トムは最近のモジュラーを使っていて、Eurorackとかそんな感じのやつをかなり揃えていると思うけど、とにかく自分の声やメロディや歌詞に合う音質を追い求めて、おそらく彼は直感的にやっていたと思うし、ときにはエフェクトなしの自然な歌声のほうがいい場合はそのまま歌っていて。そうやっていつもとはちがう声の使い方をするっていうのは楽しむ方法のひとつでもあると思う。当時はザ・スマイルの初のアルバムをつくり終えたばかりで、そっちでヴォーカルをひとしきりやったあとに、また新たに12曲やらなきゃいけなかったわけだから。つまりは、曲に合う音質を探すのと、これまでにない声の使い方をするっていう、そういうチャレンジだったんじゃないかな。あれだけ長く歌ってきて、多くの作品をつくってきて、いかにおもしろがりつづけられるかっていう。それはぼくのシンセサイザーでもおなじことで、自分のものを使ったり、自分が持ってない古いシンセがたくさんあるスタジオに行ってレコーディングしたり、それはやっぱり、これまでとはちがうものをつくろうっていうことで。すごく多機能なやつも持っているけど、たまにはちがうことをやったほうがいい。習慣や手癖でつくるのをやめるっていうね。

パンデミック中に制作がはじまったこのアルバムには、あの時期の閉塞感や不安などがサウンドにあらわれていると思いますか?

MP:自分について言うと、パンデミック前に音楽はぜんぶ書いてあったからあまり影響はなかったと思う。それにぼくの普段の生活がロックダウンと似ていて、ここ12年はいつも地下室に閉じこもって自分の世界にいるからさ。だから引きこもるのに慣れていたという意味ではラッキーだった。家に閉じこもって外出できないのがすごくつらいっていうひともたくさん知っていたからさ。もちろん先行きがわからない不安やウイルスの怖さは感じていたけど、そういう部分でのつらさは比較的なかったんだよ。むしろあの時期にこういう大きめのプロジェクトがあってすごくよかったなと。これがなかったとしても音楽をつくっていただろうけど、あの時期にこのプロジェクトがあったことで目的と焦点が与えられたから。
 歌詞については、トムなら時代に反応するだろうという推測もできるけど、でもいくつかは、それ以前に書かれていてもおかしくないようなものだよね。おそらく彼はつねにアイディアを書き溜めているから、そこから引っ張ってきたのかもしれないし、いずれにしろロックダウンのことだけではないと思うよ。この曲はこういうことだろうなっていうぼくなりの解釈はあって、まあそれが正しいかどうかはわからないけどね。

ヴィジュアル・アーティストのジョナサン・ザワダとあなたはこれまでもコラボレイトを重ねてきました。現在公開されている曲のMVやアートワークは奇妙で不思議な感覚をもたらしますが、この「TALL TALES」のコンセプトはどういう経緯で生まれてきたのでしょうか?

MP:ほんとうに才能があるひとには完全な裁量権をもたせることが最善策だとわかっていたから、そうしたまでなんだ。この業界でよくあるのが「あなたの作品が大好きです。どうぞ好きなようにやってください」って言われて、じっさいやりたいようにやると「前の作品みたいな感じがよかった……」となるやつ。残念ながらよくある話なんだ。でもぼくは実際に好きなようにやってもらってそれをひたすら支持した。最初からそうだったし、『Under the Sun』でもそうで、でもそれはべつに難しいことじゃなかった。彼が送ってくるものはいつも「おお、すばらしい」っていうものだったから。
 それにひとつ学んだことがあって、彼が送ってくる映像で、すごく好きなものと、ピンとこないものがあっても、かならずしもそれを伝える必要はなくて、なぜなら彼のほうがぼくよりもよくわかっているから。じっさい、好きだけどピンと来てなかったやつが、最終的にはほかのよりも好きになっていることがよくあるんだよ。だから最初の印象でそれほど好きじゃなくても伝えなくていい。ほんとうは変える必要がないのに、変えたほうがいいかもしれないと思わせてしまったり、彼の邪魔をしてしまうかもしれないからね。とにかく時を経て互いを信頼するようになったということだと思う。フィードバックを求められれば感想を言うし、まあたいていの場合「最高、すごく好き、それやって」と言うだけだけどね。

「あのアルバムが最高だったから、またああいうのをやってよ」みたいな。「いや、またつくる必要はないだろ」と思う自分もいて。でもだからと言ってもうつくらないとは限らないというか。

あなたが音楽をはじめてから35年くらいは経っているかと思いますが、過去がなつかしくなったり、おなじことをやってみたくなったりしたことは、ぶっちゃけたところ、ありますか?

MP:いや、ないなあ。というかひとそれぞれ「この時代のこれが好き」っていうのがあって、それをもっとやってほしいっていうのは言われるけどね。「あのアルバムが最高だったから、またああいうのをやってよ」みたいな。それにたいしては「いや、もうあのアルバムつくったから、またつくる必要はないだろ」と思う自分もいて。ほかにもやりたいことはたくさんあるしさ。でもだからと言ってもうつくらないとは限らないというか。ただしやる場合は、超力作か、前とは少しちがうアプローチで挑むかのどちらかだと思う。たとえばアンビエント・ミュージックもこれまでさんざんつくってきたから、新たな方法を見つけなくちゃいけない。ふだんからかなりつくっているし、アンビエント曲は意図せず生まれてきたりもするけどね。でも少なくともおなじではないものにしたいし、すでにつくったアルバムをふたたびつくりたいとは思わない。あるいは、つくったことがあるからと言って二度とつくりたくないとはならないけど、しばらくはつくりたくないとは思うよね。とはいえ意図せずできてしまうこともあるわけで……クラブ・トラックをつくろうとしたらアンビエントができちゃったとか、その逆もあるだろうしさ。

これまであなたはかなり多くの名義やグループで活動してきました。音楽スタイルの幅もアンビエントからフットワーク、ジャングルまでじつに多様です。今回の共作は、シャフトやリロード、グローバル・コミュニケイションやリンクなどを含めたあなたのキャリア全体のなかで、どういう位置づけの作品になると思いますか?

MP:まあダンス・ミュージックの要素はないよね。今作は『Under the Sun』よりもドラムの分量が増えて、ぼくにとってはある意味ニューウェイヴ的というか。じつは何曲かで生のドラムを使うことも検討して、でも必要性が感じられなくてやめたけどね。そうだな、これは『Under the Sun』のあとにつづく作品という位置づけで、ただし今回は全曲ヴォーカルありでひとりのシンガーと組んで、スタイルや楽曲自体は多様だけどひとつの作品としての一体感を出そうとして、そこはシンガーがひとりだったから割と出しやすかったと思う。それからジョナサンの映像が作品の別ヴァージョンとしてあって、そこでも全体の印象を与えていて。それから今作は、つくった曲をいじるよりも曲をつくることに比重があった気がするね。これまでもほかのひとの全曲ヴォーカル曲のアルバムはプロデュースしたことがあったけど、自分自身の作品ではやったことがなかったから、いい挑戦だったんじゃないかな。『Under the Sun』とおなじような時期に書いた曲がいくつかあるから、おなじものではないけど、そこからの変化というか。今作のスタイルをうまく言語化する方法が見つからないんだよね。まあクラブ・ミュージックと非クラブ・ミュージックに分けるなら非クラブ・ミュージック(笑)。ひどい説明だけど、それ以上にいい説明が思いつかないんだよ。そして最近はまたクラブ系のものをつくっているんだ。

[おまけ]シドニーのエレクトロニック・ミュージックのシーンのアーティストたちとも交流はあるのでしょうか? チェックしておくべきひとがいたら教えてください。

MP:[インタヴュー後に以下のリストを送ってくれた]
・Straight Arrows(最近オーウェンと彼のスタジオで新しい音楽をつくってる)
・Peter Lenaerts
・Kirkis
・Jack Ladder
Hiatus Kaiyote
・Axi
・Tim Gruchy

MARK PRITCHARD & THOM YORKE
"TALL TALES"

トム・ヨークとマーク・プリチャードによる
コラボレーション・アルバム『TALL TALES』を
ジョナサン・ザワダが手がけた映像とともに
高音質で楽しめる特別上映イベント

5月8日:プレミア上映
5月9日~15日:ロードショー上映

東京 ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪 テアトル梅田

会場ではアルバムの先行発売および
スペシャル・グッズの販売も決定!

アルバムは5月9日発売

レディオヘッド、ザ・スマイルのフロントマンであるトム・ヨークと、エレクトロニック・ミュージック界の先駆的プロデューサー、マーク・プリチャードが初のコラボレーション・アルバム『Tall Tales』(5月9日発売) をリリースするのにともない、5月8日より世界各地の映画館で特別上映イベントを開催する。トム・ヨークとマーク・プリチャードによるアルバムと、ジョナサン・ザワダの映像作品を映画館で高音質で体験できる特別な機会となる。
日本では、5月8日にアルバムのリリースに先駆けてプレミア上映を行い、5月9日から5月15日まで連日ロードショー上映が予定されている。
会場となる映画館は、東京がヒューマントラストシネマ渋谷、大阪がテアトル梅田となり、いずれも映画の魅力を最大限引き出すため専用に開発されたカスタムメイドのスピーカーシステムを導入したodessaシアターでの上映となる。
上映会場では、アルバム『Tall Tales』のCDやLPを日本最速で購入できるのに加え、今作のオリジナルデザインのTシャツ、スウェット、トランプ、ポスターがそれぞれ数量限定で販売される。

【Tシャツ / スウェット / トランプ】

Tall Tales Parade Logo T-shirt - Grey Heather (税込¥6,380)

Tall Tales Octopus Logo Sweatshirt - Navy (税込¥11,000)

Tall Tales Playing Cards (税込¥2,860)

Tall Tales Poster (Bird/Lighthouse/Skeleton) (各税込¥2,750)

作品名: TALL TALES
監督:ジョナサン・ザワダ 音楽:トム・ヨーク/マーク・プリチャード
2025年/アメリカ/64分/DCP/字幕なし

日時: プレミア上映:5月8日 (木) / ロードショー上映:5月9日(金)~5月15日(木)

入場料: 2000円均一
※各種割引・招待券・無料券使用不可
※チケット販売のスケジュール等は決まり次第、劇場HPにてお知らせいたします。

場所:
東京 - ヒューマントラストシネマ渋谷・odessaシアター1
〒150-0002東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocotiビル8F

大阪 - テアトル梅田・odessaシネマ1
〒531-6003 大阪府大阪市北区大淀中1-1-88 梅田スカイビルタワーイースト3F

上映イベント詳細: https://www.beatink.com/tall-tales/
問い合わせ先:BEATINK [info@beatink.com]

本作のヴィジュアル面を担当したジョナサン・ザワダは、二人にとって、3人目のメンバーとも言える存在だ。アナログとデジタル技術を融合させた独特のアートワークは、コーチェラ・フェスティバルやデュア・リパ、アヴァランチーズ、ロイクソップ、フルームらとのコラボレーションでも知られている。ザワダは本作の監督、アニメーション、編集を手掛け、圧倒的でハイパーリアルなヴィジュアル体験を生み出した。

この革新的な映像作品は、音楽の進化と並行して数年間かけて制作され、美しい自然とディストピア的な世界観の対比が際立つ作品となった。トム・ヨークの歌詞、マーク・プリチャードの先進的プロダクション、そしてザワダの映像美を通じて、『Tall Tales』は人類の尽きることのない「進歩」への渇望が、いったいどこへ辿り着くのかを問いかける。長い年月をかけて生み出されたこの作品は、まさに今、この時代にこそふさわしい預言的な映画体験となっている。

『Tall Tales』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=8mFe9znS9hI

上映会に来場した方にはジョナサン・ザワダが制作・デザインを手掛けた限定ZINEが配布される。このZINEでは、映画とアルバムに込められたコンセプトやインスピレーションを独自の視点で掘り下げている。今回のイベント発表に合わせて、そのZINEの一部が公開され、『考える人』の彫刻盗難事件 について考察した記事を読むことができる。
※入場者特典のZIENは数量限定、配布方法は決定次第劇場HPでお知らせいたします。

入場者特典:ZINE

近年はソロ作品やザ・スマイルの活動で注目され、昨年は全8公演SOLD OUTとなったジャパンツアーを含むソロ・ツアーも話題を集めたレディオヘッドのトム・ヨーク。重層的な構造でリッチなテクスチャーを持つ本作『Tall Tales』は、トム・ヨークにとって〈Warp〉からの初リリース作品となる。

マーク・プリチャードは、言わずと知れたエレクトロニックミュージックの重鎮であり、リロード (Reload) やリンク (Link)、そしてアンビエントテクノの傑作『76:14』を生んだトム・ミドルトンとのユニット、グローバル・コミュニケーションなどのプロジェクトで知られる。2011年にレディオヘッドの楽曲「Bloom」の2つのリミックスを発表した他、エイフェックス・ツインやデペッシュ・モード、PJ ハーヴェイ、スロウダイヴなどのリミックスも手掛け、多彩なスタイルと多様な名義で活動を展開してきた。

本作では、マーク・プリチャードがシンセサイザーのアーカイブから発掘した古い機材を駆使し、予測不能かつ実験的な音楽を完成させ、トム・ヨークはダークで内省的なストーリーテリングを織り交ぜながら、幽玄かつ壮大なボーカルパフォーマンスを披露している。

トム・ヨークとマーク・プリチャードによる初のコラボレーション・アルバム『Tall Tales』は、5月9日 (金) 世界同時リリース。国内盤CDは、日本限定の特殊パッケージ・高音質UHQCD仕様となり、ボーナストラックが追加収録され、解説書と歌詞対訳が封入される。その他、通常盤LP(ブラック・ヴァイナル)、スペシャル・エディションLP (ブラック・ヴァイナル/36Pブックレット付き/ハードカーバー仕様) 、スペシャル・エディションCD、デジタル/ストリーミングでリリースされる。スペシャル・エディションLPは、数量限定の日本語帯付き仕様 (歌詞対訳・解説書付)でも発売される。さらに、国内盤CDと日本語帯付き仕様盤スペシャル・エディションLPは、Tシャツ付きセットも発売決定。
国内盤CDと国内盤CD+Tシャツを対象にタワーレコードではコースター(デラックス・ジャケットVer)、Amazonではマグネット(デラックス・ジャケットVer)、それ以外のレコードショップではコースター(スタンダード・ジャケットVer)、ディスクユニオンでは全フォーマットを対象にマグネット(スタンダード・ジャケットVer)が先着特典となる。

Amazon 特典:
マグネット(絵柄:デラックス・ジャケットVer)

ディスクユニオン特典:マグネット(絵柄:スタンダード・ジャケットVer)

タワーレコード特典:
コースター(絵柄:デラックス・ジャケットVer)

その他法人特典:
コースター(絵柄:スタンダード・ジャケットVer)

label : Warp Records
artist : Mark Pritchard & Thom Yorke
Title:Tall Tales
release:2025.05.09
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14797
配信リンク: http://warp.net/talltales
Tracklist:
01. A Fake in a Faker’s World
02. Ice Shelf
03. Bugging Out Again
04. Back in the Game
05. The White Cliffs
06. The Spirit
07. Gangsters
08. This Conversation is Missing Your Voice
09. Tall Tales
10. Happy Days
11. The Men Who Dance in Stag’s Heads
12. Wandering Genie
13. Ice shelf (Original Instrumental) *Bonus track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツセット

国内盤CD

輸入盤CD

限定盤LP

LP

青葉市子 - ele-king

 2016年から2017年ごろ、私は下北沢の小さなカフェにいた。収容人数は法的には30人が限界。青葉市子のソロセットがはじまる数分前、私は右側カウンターの奥、空いていた最後の席に腰を下ろした。完売とはいえ、店内は静かだった。初めて訪れるこのカフェには、かすかなざわめきだけが漂っていた。ステージなんてものはなく、ただテーブルと椅子を脇に寄せただけのスペース。よくある、フォークやアウトサイダー・ロック向けの親密な空間作りだ。ロックの狂騒には近づかない、静かな場所。
 『マホロボシヤ』(2016)という作品に惹かれてここに来た。客席を見渡しても、外国人は私だけだった。当時はそんなものだった。いま思えば、それがどれだけ特別な時間だったかがわかる。30人ばかりの視線を真正面から受けて、彼女は少しだけ恥ずかしそうだった。それでも、音楽は私たちを連れ去ってくれた。不安も、戦争も、クラブのビートもない、ただ静かで安全な場所へ。
 けれど、これが私にとって最初の青葉市子のライヴではなかった。初めて彼女を観たのは、灰野敬二率いる不失者のライヴ直後、六本木・Super Deluxe(いまはなき伝説の箱)で行われたツーマンだった。轟音と咆哮とノイズに1時間浸ったあと、彼女の繊細なギターと歌声に包まれる——そんな体験は、日本でしかできなかっただろう。

 2025年。あれから、すべては変わった。2010年のデビューから彼女は日本国内でカルト的人気を積み上げ、私がハマったころには、海外にもじわじわとファンが増えはじめていた。いまやその小さな火種は大きな炎となり、彼女は国内外のホールを満員にする存在になった。もう、あのカフェでの親密な奇跡を再び味わうことはないかもしれない。

 ギターと天使のような声をもって演奏する彼女は、ツアーコストが高騰するこの時代にも、どこへでも行ける。バンドでも電子音楽家でも手が届かない場所にさえ。Boredoms、ピチカート・ファイヴ、灰野敬二、Melt Banana……そんな先人たちと同じく、青葉市子はいま世界に愛され、そして自らもその世界を温かく抱きしめている。2025年、彼女はこれまでのJ-popアーティストたちの誰よりも多い日程を抱え、ワールドツアーに飛び立つ。
 国境なき受容。それは彼女の音楽と美意識をさらに広げた。『Windswept Adan』(2020年)、そして今年の『Luminescent Creatures』では、彼女は仲間たちとともに、まるで印象派の絵画のような音楽を描きはじめた。初期の、ただギターと声だけの、波打ち際か岐阜の田園で録られたかのような録音とは違う。最初のリリースから、彼女のアルバムジャケットは、ライトブルー、ピンク、バニラ、ライトグリーン……そんな淡いパステルカラーで統一されていた。時間に縛られない、テンポも間合いも自由な音楽。それこそが彼女の魔法だった。青葉市子の音楽は、時間の外側に存在している。そしてその救済こそが、ファンたちを彼女に引き寄せ続ける。

 『Luminescent Creatures』。マーケティングではオーケストラルなアルバム、荘厳なシングル「Luciferine」、イントロの“Coloratura”などが推されたが、実際には、より静寂に回帰した作品だ。『Windswept Adan』の色彩豊かな冒険から一転、原点回帰にも似た孤独が漂っている。全11曲中、1分弱のアンビエント曲が2曲。10年前の10分に及ぶ組曲とは対照的だ。ストーリーテリングは健在だが、抑制され、憂いを帯びている。美しい。でも、どこか悲しくて、内気だ。
 “Sonar”“Flag”“Mazamun”——これらは秘密の歌たちだ。子どもがこっそり手紙を畳んでポケットに忍ばせるように、大切な気持ちを守るための歌。だが、完全な孤独には沈まない。“Pirsomnia”や“Aurora”のような、自然と戯れるような小品が、彼女のバランス感覚を救っている。過剰な編曲に頼らず、それぞれの曲の呼吸を守る。そのせいか“Luciferine”の幻想的なワルツがいっそう際立つ。
 アルバムの中心にそびえる“Luciferine”は、エメラルド色の光を放つ。優雅で繊細で、女性的な輝き。これまででもっとも美しい曲のひとつだと思う。感情の高みと親密さ——私が思い出したのは、Sufjan Stevensだった。とくに『Planetarium』(2017年)。規模も質感も、親密さも、大胆さも、まるで姉妹作のようだ。
 『Luminescent Creatures』は、密やかな瞬間と、そっと広がる勇気のあいだを行き来する。そして、音の多様性に足を踏み入れた彼女が、これからどんな鮮やかな景色を見せてくれるのか、私はもう楽しみでならない。


In a small cafe in Shimokitazawa, around 2016 - 2017, that could only hold legally at most 30 people, I sat in the back next to the right side counter arriving only a few minutes before Aoba Ichiko started to play her solo set. Sold out, it was still quiet inside with small murmurs flowing among the patrons of the cafe of which I was visiting for the first time. The stage was a cleared space that is common for folk or off the grid rock cafes that aim for intimate settings without venturing too far into the rock experience.

Brought to this concert by the allure created from her single Mahoroboshiya, I sat as the only foreign patron. This is far from the case now but it does strike a very interesting contrast. I enjoyed the closeness to the performer who emitted bits of shyness at the 30 something attendees staring directly at her in such a small setting but it didn`t prevent the music from taking us away to a safe quiet place with no tribulation, no war, no anxiety, or rhythmic club trappings. But this wasn`t the first concert of hers I went to. No, the first was her dual concert following Haino Keiji`s Fushitsusha at the infamous now extinct Super Deluxe in Roppongi. The stark difference of listening for an hour to the blazing noise, bellowing shrieks and static frequencies of Fushitsusha then followed by the insular stillness of Aoba Ichiko`s strumming and sweet singing was an experience that I realize could only be experienced in Japan.

2025 is a different time for Aoba. From her 2010 debut, she has gradually acquired a cult following within Japan and probably at the same time I first got into her, a foreign audience also has started to slowly catch on. Now that tiny flame as turned into a full blown fire with her filling concert halls both domestic and abroad. A far cry from the cafe experience I may never experience again. Having only a guitar and an angelic

voice allows her mobility in the face of the rising costs of touring. It also allows her reach neither bands nor electronic musicians can ever have as she can perform literally anywhere. Similar to other outsider Japanese artists before her (Boredoms, Pizzicato Five, Haino Keiji, Melt Banana.....), Aoba has become increasingly embraced and supported by the international scene and Aoba herself likewise has embraced it warmly. This year sees her embarking on a tour worldwide packed with more dates than the majority of Jpop performers or bands ever perform.

This embrace of no borders has naturally encouraged her to broaden her sound and aesthetic. Her last major release Windswept Adan (2020) and this year`s Luminescent Creatures have found her surrounded by an assortment of backing musicians assembled for painting expressionist works unlike her raw beginnings of just straight to mic guitar and vocals with no additional effects. From her first release, each album cover literately was designed with just pastel colors (light blue, pink, vanilla, light green etc) and encased with music that was recorded as if on a cliff overlooking the sea or a quiet village somewhere in Gifu surrounded by rice fields. Just her and her guitar. Tempo, pacing and the acknowledgment of time totally free. Such was / is her charm. Aoba`s music exists beyond time and that relief is the golden treasure which binds her fans to her trajectory.

Luminescent Creatures, despite being somewhat marketed as an orchestrated album with the majestic single Luciferine, and the intro track COLORATURA, the album in reality is more of a retreat from the fuller more playful Windswept Adan. Luminescent Creatures feels at times not that far away from her first records in solitude. Definitely not folk

in concept, this is more a visual ambient record of a film never made. Windswept Adan was 14 tracks but Luminescent Creatures is 11 tracks with 2 mostly ambient tracks just at 1 minute long. A far cry from her 10 minute suites over 10 years ago. Aoba`s storytelling is ever present but subdued by the melancholic atmosphere. Indeed this is a very pretty album but also at times sad and shy. SONAR, FLAG, and maxamun are secret songs. Songs to keep your feelings safe in like a child would with their hidden thoughts on sticky folded paper stuffed in their hands or backpacks. Luminescent Creatures is saved from reaching too far into solitude though playing with fanciful nature in endearing songs like Pirsomnia and aurora. She finds a tranquil balance not allowing additional orchestration to dictate each song and this is exactly why the fantastical waltz chorus of Luciferine stands out so much. With much of the album wrapped in melancholy, Luciferine is the peak and center of the album. The song, begun wading in the luminescence that speaks of the album`s title, emits elegance and femininity beaming emerald light resembling the album cover. The regal brightness of the graceful delicate sound makes it one of the most beautiful songs she has ever written and holds court emotionally to similar triumphant but intimate works by artists like Sufjan Stevens, who was the first artist I thought of when experiencing the peaks and valleys of Luminescent Creatures. Sufjan Stevens`s Planetarium (2017) is definitely a companion album in scope, texture, intimacy, and boldness. Luminescent Creatures feels like a private moment with periods of outward courage. Now that Aoba has her feet wet with sound diversity, I look forward to an even more vivid display of creativity.

Actress - ele-king

 アクトレスは2022年以降、キャリア15年目のアーティストとしては意外なほどリリースのペースを加速させている。世のなかの移ろいゆく情勢や経済状況に追いつけず、レーダーから姿を消してしまうアーティストは珍しくない。パンデミックが多くのアーティストが自身のキャリアにおける2〜3年の空白期間を省略するきっかけとなったのだろうか?  あるいは、それはInstagram的で過剰な情報社会への反応なのだろうか? アーティストは、もちろんアーティストとしてあるべきであり、彼らがどのようなキャリアパスや表現のフィールドを選ぶにしても、私たちはその作品をまずは恐れや偏見なく受け止めるべきなのだ。
 インスピレーションや創造性には、経済状況における「量と質の呪い」が関わっている。果たして、「少ないこと」は本当に「より多く」や「より良いマーケティング」に繋がるのか?  頻繁なリリースは編集的フィルターの欠如の表れなのだろうか? もし4年待って34曲入りのアルバムが出たとして、果たして誰かが全曲をちゃんと聴くだろうか? そんな問いの数々に明確な答えはない。
 そうした葛藤の最中に、アクトレスはわずか1ヶ月のあいだに2つの作品をリリースした。「量と質」を比較検証してみよう。

 まずはその1枚、『Grey Interiors』(Smalltown Supersound)。これはActual Objectsとのコラボで「ベルリナーフェストシュピーレのインスタレーション作品として制作された」1トラック構成のアンビエント作品だ。
 2枚目は、『Tranzkript 1』(Modern Obscure Music)という4曲入りのEP。

 アクトレスのアンビエント色が増す最近の作品群は、若かりし頃の彼がレコードでやることを恐れていた領域——すなわち、自らの多様な感情に深く潜り込み、定型的な繰り返しから解放され、トラックに人間味ある呼吸を与える——へと踏み出している。彼のライヴを観たことがある幸運な人ならわかると思うが、最近の彼のアンビエントに対するスタンスは、彼のライヴ・セットに近く、従来の6分以内の楽曲が多いアルバム群はどちらかといえば風景スケッチ的だった。それゆえ、ライヴを体験したことのないファンには、これらの長尺トラックが単なる高慢な実験のように見えるかもしれない。

 『Grey Interiors』は、彼のディスコグラフィーのなかでももっとも尖った作品とは言えないが、2024年の『Дарен Дж. Каннінгем』に続き、確実により冒険的な作品のひとつである。他のアンビエント系アーティストの作品に似た響きを持っているかもしれない。しかし、成長とは、開花して初めて明らかになるものだ。その途中の過程は評価されず、結果だけが見られる——それは実に残念なことだ。
 20分間にわたって『Grey Interiors』は、柔らかく曖昧なシンセの層に支えられながら、浮遊する雲の上へと上昇していく。そこにはアクトレスらしいインダストリアルな美学を象徴する、機械的で独特な緊張感が常に流れている。繰り返される機械音が互いに語り合い、やがて全体の会話そのものへと変化していくなか、突然クラブ・ビートが介入し、ブレイクビーツのような親しみのある感触を呼び起こす。そうしてアンビエントからは脱し、緊張感もやわらぎ、まるでバレエを見ているような感覚に包まれて終わる。

 一方、『Tranzkript 1』は、これまでの作品と同様の音的領域に存在している。各トラックは短く、捻れたアンビエント・メロディがぶつかり合いながら、より簡潔に展開していく。たとえば“Kjj_”や“Guardians”などの曲は、まるで宇宙飛行士が地球を見下ろしながら帰還について考え、カプチーノを飲んでいるようなSF映画を思わせる心地よさがある。『Tranzkript 1』は、巨大な芸術的声明ではないが、深い思索や内省に浸るための心地よい一滴だ。

 長く続くムードのうねりであれ、アヴァンギャルドな短編小説のようにミニマルな音にスポットライトを当てたものであれ、アクトレスが音を通じて聴覚の楽しみに捧げる献身こそが、「質と量の両立は可能である」という議論において彼を勝者たらしめている。そしてそれは、ありがたいことに本当なのだ。


Actress’s pace in releases since 2022 has accelerated much faster than one would expect for an artist 15 years in. Falling off the radar is a common trend with artists sometimes not able to keep up with the progressive and economic state of the evolving world. Was the pandemic an impetus for forgoing the 2 to 3 year hiatus that many artists including himself steer their careers by? Or more of a reaction to our hyper Instagram information culture? Artists should be artists, of course and the course they decide to take in their career trajectory and field of expression should be allowed and accepted without fear or prejudice so that the well of their artistry can overflow.

The pain of inspiration and creativity in the world economy derives from the curse of quantity vs quality. Is less really more and better for marketing? Are frequent releases a sign of lack of an editorial filter? If I wait 4 years for a new album of 34 tracks, does anyone actually listen to all the tracks? Questions upon questions are not easy to answer. In the middle of this ongoing dilemma, Actress has released not one but two releases within one month. So now the quantity vs quality can now be tested.

First is Grey Interiors (Smalltown Supersound), a one track ambient track made “as an installation piece for the Berliner Festspiele” with Actual Objects. The second, a four track ep, Tranzkript 1 (Modern Obscure Music).

Actress’s growing ambient tinged work does what the younger artist was more afraid to do on record ; dig deeper into his many moods, break away from formulaic repetition and let the track breathe more humanly. If you have had the luck to see Actress live, then you know that his current headspace with ambient music is closer to his live set whereas his many albums of cuts, mostly under 6 minutes, are closer to scenic sketches. Those of his fans without the pleasure though may view these longer tracks as just vein experiments.

Grey Interiors isn’t the edgiest Actress album of his discography but it is definitely one of the more adventurous ones following in line with 2024`s Дарен Дж. Каннінгем. It may be reminiscent to other ambient releases by other artists in tenor. But growth isn’t clear until it’s finished flowering. The in between process isn’t valued. Only the result and that is a shame.

In 20 minutes, Grey Interiors ascends above floating clouds supported by soft, amorphous plushy synths continuous under an underlying mechanical distinctive tension typical of Actress`s industrial ethos. Machine repetitions that grow to talk more to each other eventually becoming the total conversation before a club beat interferes with mild breakbeat familiarity. No longer ambient, the remaining edge of anticipation is relieved leaving with a feeling of watching a ballet.

Tranzkript 1 (Modern Obscure Music) exists on more familiar sonic territory along with previous releases. Briefer in track length, more concise with off-kilter ambient melodies colliding into each other like the track Kjj_ or Guardians, which pleasantly reminds me of a sci-fi film where astronauts are above the earth contemplating return while sipping cappuccinos. Tranzkript 1 isn`t a giant artistic statement but rather a pleasant dip into deep thoughts and ruminations.

Whether elongated mood swings or spot light focused on minimal sound a la avant garde short stories, Actress`s dedication to aural enjoyment means he wins the argument of quality / quantity showing thankfully you can have both.

LA Timpa - ele-king

 ブライアン・イーノなら、これも「新しいアンビエント・ミュージックだ」と評するだろうか。ナイジェリア出身でトロント育ちのクリストファー・ソエタン(Christopher Soetan)による通算5作目。クラインが『Loveless』をリミックスしたような『IOX』は様々なループを駆使するのはこれまで通りとして、前4作にはないドローンないしはドローン状のサウンドが全編で取り入れられ、さらにはドローンとループを組み合わせたサウンドを縦横に発展させた上でこれまでになくポップへの道筋も見えている。5年前に〈Halcyon Veil〉からリリースされた2作目『Modern Antics in a Deserted Place』が一部で注目され、トリッキー “I’m in the Doorwaye” のリミックスやスペース・アフリカ『Honest Labour』への客演を経て、昨年はクラインのインダストリアル・アルバム『Marked』など彼女の諸作に様々な形でフィーチャーされている。以前からディーン・ブラントと類似性を指摘する声もあり、5作目はロリーナことインガ・コープランドの〈Relaxin Records〉からとなった。

 これまで様々なフォームの曲を展開してきたティンパ・サウンドから5作目全体の雛形となったのは前々作の “Through Mine” や前作の “Spar” 、あるいはドローンをループさせた “Redo(Etching for Walls)” や雑にギターをかき鳴らす “ornary pt.2” もひと役買っているかもしれない。比較的ヒップホップ寄りだった “Through Mine” のテンポをスローダウンさせて黄昏れたロック・サウンドに近づけたのがオープニングの “Pressure (Don't Show On You)” であり、続く “Remain” となる。リズムもかつてなくパーカッシヴで歯切れのいい叩き方に変えているものの、それを凌駕するようにドローンが様々な強度で吹き荒れ、曲全体はどれもドローンによって性格づけが決まっていく。ほとんどの曲にヴォーカルが入っているものの、霞がかかったようなエフェクトがかけられていて1単語も聞き取れない(言葉は重視していないのか、声を楽器として聞かせるというやつか?)。

  “Brought On” が最初の白眉。ふわふわとした雰囲気のつくり方はマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン “Soon” を思い出すとかいうと杉田元一にぶっ飛ばされるかもしれないけれど、この曲はなかでは珍しくドローンを背景に退かせ、シンプルなギターらしき弦のループを際立たせている。ソウル・ミュージックの破片も混ざり込んでいて、コクトー・ツインズ好きを表明していたプリンスが生きていたらいつかたどり着いた……いや。同趣向ながらリズムを逆回転させているのかなと思うのが “Sk (I Let Them In)” と続く “Deceived” で、この辺りはノイ!が溜めの多いファンキー・サウンドを陰気に演奏したらスライのモデル・チェンジになりました的な印象。最初は気持ち悪いのに、だんだんグルーヴィーに感じられてくるからあら不思議で、そういえばインダストリアル・ボディ・ミュージックにブラック・ミュージックのグルーヴを結びつけたのがジェフ・ミルズだったとしたらシューゲイザーにブラック・ミュージックのグルーヴを持ち込んだ例ってなんかあったっけ? A・R.・ケインも違ったよなー。

 自ら編み出した独特の手触りを裏切るようにアグレッシヴなパッセージで幕をあける “Capture” 。これも杉田元一に殴られるのを覚悟で持ち出すのが “Only Shallow” 。このあたりからドローンよりもループの存在感が増してきて、ここではまったく調和の取れていない3つか4つのループが重ねられている。「シュトックハウゼンの捨て曲です」と言われれば信じてしまうかもしれない煩雑さ。雰囲気をコロっと変えてしれっと終わった後は冒頭に帰ったような “Twin Action” へ。雰囲気を自在に操るというのか、なんか手玉に取られている感じ。ここではくっきりとしたスネアの背後でランダムに打ち鳴らされる複数のドラムが前の曲からイメージを引き継ぎ、悲しげなヴォーカルを引き立てもしなければ足を引っ張りもしない。単なるスキゾフレニアック・ポップ。一転して洪水のようなノイズ・ドローンで始まる “Make It Count” は全体的には妙にクールで誰にも憎しみを抱いていないインダストリアル・ミュージック? フェネスやエメラルズを思わせるノイズのネオアコというか、ハーシュ・ノイズがファシズムではなく優しさに包まれる感じを呼び起こす。ここからの展開は杉田元一を狙い撃ちしているかのような構成で、 “We Must Devisen” がまずは “Brought On” のヴァリエーション。やはりシンプルなギターらしき弦のループが前面に押し出され、半透明な空気をゆっくりと撹拌する。イーノのジェネレイト・ミュージックと同じようにループを重ね合わせた “One Too Many” は “Capture” のヴァリエーションで、この発想だけでアルバム・サイズまで拡大させればエレクトロニカの作品となるんだろうけれど、ここから2000年代前半のティム・ヘッカーやイエロー・スワンなどを思わせる長尺のローファイ・ドローン “Living Moment” へと続く。どこかに意識が飛んでいくようなトリップ感覚はまるでなく、どことなく内省的で疲れていない時に聞くとやや退屈。この曲はこの曲順で聞くよりDJでかけていた時の方が数倍カッコよかった印象がある。ちなみにDJはかなりのフリースタイルで、フリー・アドヴァイスとのB2Bでは実験音楽を16で刻みながらレイヤー化し、音の断片でオーケストレーションを編み出していくのが圧巻。最後におまけみたいな “Wish” で、締めるというよりは別な入り口に立っているような終わり方。

 「IOX」というのはオーディオ・インターフェイスのことでしょうか。音を楽しみ、音楽に終始したアルバムという印象で、これまで孤独や環境の変化をテーマにしてきたLAティンパが内なる平和を模索したということか。

Mark Pritchard & Thom Yorke - ele-king

 近年はザ・スマイルでの活動や日本を含むツアー、ソロ・リリースなどで話題を集めるトム・ヨークと、90年代初頭よりテクノ、アンビエントからベース・ミュージックまで幅広く手がけ活動を続けている電子音楽家、マーク・プリチャード。ふたりのコラボレーション・シングル “Back In The Game” がサプライズ・リリースされている。

 本作 “Back In The Game” はトム・ヨークのソロ・ツアー《Everything》の初日となるニュージーランド公演で初めて演奏され、その後オーストラリア、日本、シンガポールでも披露された。2016年に〈Warp〉からリリースされたマーク・プリチャードのアルバム『Under The Sun』に収録された “Beautiful People” に続く、2度目のコラボ楽曲だ。

 マーク・プリチャードは本作において、世界初のオーディオ・デジタル・エフェクト機器のひとつである名機「H910ハーモナイザー」を用いてトム・ヨークのヴォーカルにデジタル・エフェクトを加えるなど、伝統と革新を両立するかのような趣向を凝らしているとのこと。

 また、ヴィジュアル・アーティストのジョナサン・ザワダによるMVもリリースに合わせ同時公開されている。ジョナサン・ザワダはアナログとデジタル技術を融合させた多面的なアプローチで知られ、マーク・プリチャードとは10年以上にわたってコラボレーションを続けている。

 はたして今回の両者のコラボレーションはどのような形へと発展していくのだろうか。今後もチェックしておきたい。

Artist: Mark Pritchard & Thom Yorke
Title: Back In The Game
Label: Warp / ビート
Format: Digital
Stream:https://markpritchard.ffm.to/backinthegame
Release Date: 2025.03.26

Waajeed - ele-king

 1年と少し前、CIRCUS Tokyoで体験したワジードのDJはほんとうにすばらしかった。その感動をふたたび味わえる日がこんなに早く来ようとは、僥倖以外のなにものでもあるまい。2023年朝霧ジャム出演以来の再来日、今回は名古屋(3/1@CLUB MAGO)、東京(3/7@CLUB ASIA)、京都(3/8@CLUB METRO)の3都市をまわる。前回都合がつかなかった方は、今回こそは見逃せませんよ!!
 なお、前回来日時に取材したワジードのインタヴューはこちらから。とてもいい話をしてくれているのでぜひご一読を。

WAAJEED JAPAN TOUR 2025

3.1 (Sat) CLUB MAGO, Nagoya

Main Floor
DJ
WAAJEED
Williams (Conomark, Taihei)

LIVE
OBRIGARD
Ramza
Goemon

Second Floor
MAKOSSA BOYS
GAL
Taiyo Maruyama
DJ KANBE

Food
Island Service

Open 22:00
ADV 3,000yen Ticket on Sale club-mago.zaiko.io/item/369387
DOOR 4,000yen

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818

3.7 (Fri) CLUB ASIA, Tokyo
- THE HOUSE TOKYO -
Waajeed Japan Tour 2025
&
clubasia 29th anniversary

-MAIN FLOOR-
dj:
WAAJEED (Dirt Tech Reck / from Detroit)
Toshiyuki Goto
桑田つとむ a.k.a. DJ QUIETSTORM
conomark

live:
TOSH7

Vj:
Peeping Tom & Big! a.k.a. Sumokings
VIDEOGRAM

-2F FLOOR-
dj:
Kaori Ichikawa
Kentaro TT
Leo Gabriel
and more...

-1F BAR FLOOR-
dj:
Bungo
and more...

Open 23:00
Door 4,300yen + 1Drink
ADV 3,300yen + 1Drink *TICKET → zaiko https://cultureofasia.zaiko.io/buy/1yar:EwS:eaef4

Info: Club Asia https://clubasia.jp
東京都渋谷区円山町1-8 Tel 03-5458-2551

3.8 (Sat) CLUB METRO, Kyoto
- Jazzy Sport Kyoto 7th Anniversary × WAAJEED JAPAN TOUR 2025 -

SPECIAL GUEST DJ:
WAAJEED

DJs:
MASAYA FANTASISTA & MIKEY VAROT (Jazzy Sport)
YUKARI BB (Jazzy Sport Kyoto)
SHUN145 (Jazzy Sport Kyoto)
SHUNPURI (Club Metro)
PICHUU (Hatake Junkie)

VJ:
HSMR
mahiro

Pop up:
HATAKE JUNKIE

Food:
HIGETACO

Open 22:00
早割¥2,500 ドリンク代別途 [受付期間:1/21~1/24 23:59迄]
前売¥3,000 ドリンク代別途 e+ ( https://eplus.jp/sf/detail/4253530001-P0030001 )
当日¥3,500 ドリンク代別途

Info: Club Metro https://www.metro.ne.jp
京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルB1F Tel 075-752-4765

Waajeed (Dirt Tech Reck / from Detroit)
Waajeed (ワジード)ことRobert O'Bryantはミシガン州デトロイト出身のDJ、プロデューサー、アーティスト。
10代の時、デトロイト・ヒップホップを代表するグループ、Slum VillageのT3、 Baatin、J Dillaと出会い、DJやビートメイカーとしてSlum Villageに参加する。
奨学金を得て大学でイラストレーションを学ぶ時期もあったが、Slum Villageのヨーロッパツアーに同行した時に、音楽を生業とすることを決めたという。
2000年にはSaadiq (Darnell Bolden)とPlatinum Pied Pipersを結成し、ネオソウルやR&B色強いサウンドを打ち出した。Platinum Pied Pipersとして、Ubiquityよりアルバム『Triple P』、『Abundance』がある。2002年からレーベルBling 47を主宰し、自身やPlatinum Pied Pipersの作品の他、 J DillaのインストアルバムJay Dee Vol. 1: Unreleased や Vol. 2: Vintageをリリースしている。
2012年、レーベルDIRT TECH RECKを立ち上げ、より斬新なダンスミュージックサウンドを追求している。
Mad Mike Banks、Theo Parrish、Amp Fiddlerとのコラボレーションを経て、2018年、Waajeedとしてのソロアルバム『FROM THE DIRT LP』を完成させた。
2019年、デトロイトでより多くの人々がアンダーグラウンドミュージックの制作ができるように、DTM、DAWでの音楽制作を中心としたワークショップコミュニティ、Underground Music Academy (UMA)を設立する。
2022年、最新アルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をドイツテクノ名門、Tresorから発表。

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