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野田努   Sep 23,2020 UP
E王

 作品を作るのは作者だというのは、もちろんそれはそうだがぼくは必ずしも正しくないと思っている。パンク、それにハウスやテクノやレイヴ・カルチャーといったムーヴメントを通して音楽を聴いてきた経験からすると、作品を作るのは時代であるという言い方もできたりする。時代はときにとんでもない名作を生んでしまうものだ。グローバル・コミュニケーションの『76:14 』はまさにそうした1枚だと言えるだろう。

 『76:14』に関して、ぼくには良い思い出がある。1997年9月に初めてデトロイトを訪れたときのこと、デリック・メイの〈トランスマット〉のオフィス(といっても自宅兼用だったが)の扉を開けて階段を上り、狭いながらもデスクが並んだ事務所に入ったとき、当時そこで働いていたのはニール・オリヴィエラで、かかっていたのは『76:14』だった。配信などない時代だからCDかレコードを再生していたのだろう。考えて欲しい。デトロイトのさびれた街のど真ん中にある〈トランスマット〉でグローバル・コミュニケーションがかかっていたというのは、じつに夢のある話じゃないか。

 『76:14』はたしかに名盤だ。エンボス仕様のジャケットでリリースされた1994年の初夏の時点で、すでに名盤だった。当時テクノに夢中だったほぼ全員がこれを買って聴いて、幸せな音の世界に遊んだ。
 きっかけはエイフェックス・ツインだろう。『セレクティッド・アンビエント・ワークス 85-92』がどれほど時代を変えてしまったことか……それから1992年のポリゴン・ウィンドウのアルバム最後に収録された“Quino - Phec”、同年にリリースされた歴史的コンピレーション『The Philosophy Of Sound And Machine』に収録された“Blue Calx”、これら2曲も当時としてはそうとうなインパクトがあった。アンビエントの拡大と拡張を促したと言っても差し支えないだろう。
 そこにきてピート・ナムルックやミックスマスター・モリスのような当時としては新しい才能が台頭した。モリスがバーバレラ(スヴェン・ヴァース)のリミックスにおいてクラスター&イーノ(かの名曲“Wermut”である)を大々にサンプリングしたことで、アンビエントのシーンは70年代のポストヒッピーの音楽とも結ばれ、もはや以前の(ジ・オーブに代表された)アンビエント・ハウスよりもはるかに制約のない、自由度の増したそれがシーンを席巻した。1993年の夏はアンビエント・サマーと呼ばれ、アムステルダムには〈グローバル・チレッジ〉がオープンし、ビッグ・チルが合言葉になった。ちなみにミラ・カリックスはこの時代のアンビエントDJとして頭角を現したひとり。

 で、そんな時代だったからこそインディ・バンドのチャプターハウスは、1993年のアルバム『Blood Muisc』にもう1枚、アルバムのアンビエント・ヴァージョンをオマケ的に付けたのだ。再翻訳(Retranslated)とクレジットされ、曲数まで変えてしまったもう1枚のCDに記録されたグローバル・コミュニケーション(長ったらしい名前なので、当時はバルコミなどと日本人らしく短縮して呼んでいた)によるドリーミーなヴァージョンはじつに甘ったるく陶酔的で、当然のことながら『セレクティッド・アンビエント・ワークス』のファンには拍手で迎えられ、チャプターハウスのファンをも虜にした。もちろんチャプターハウスなど知らないテクノ・リスナーはオマケ目当てで『Blood Muisc』を買った。ぼくもそのクチだった。
 『Blood Muisc』によって期待値が高まっていたので、1994年にグローバル・コミュニケーションのアルバムが出るというアナウンスがあったとき、それはあらかじめ名盤であることが決定していたようなものだった。時代に求められていたし、求められていた音がそこにはあった。
 言ってしまえば、少し前に出たエイフェックス・ツインの『アンビエント・ワークスvol.ll』よりリズムが入っているぶんわかりやすく、メロディがはっきりしているぶん聴きやすかったのである。曲名をすべて図で表現したエイフェックス・ツインに対してグローバル・コミュニケーションは曲の分数を曲名とした。アート・ワークの抽象性も『vol.ll』を意識したもののように思われたが、あまりにドープだった『vol.ll』と違って『76:14』にはファンクのリズムもあるし、ボーズ・オブ・カナダのひな形とも言えるダウンテンポもある。あるいは、ラウンジ・ミュージックにも通じるゆるさもある。ほぼ同時期にリリースされたこの2枚だが、部屋で聴かれた回数で言えば、当時は圧倒的に『76:14』のほうだったのではないだろうか。

 アンビエント・サマーは長くは続かなかったけれど、時代のモードが変わっても『76:14』が残ったことは、ぼくのデトロイト体験が証明している。グローバル・コミュニケーションのふたりは、当時はジャングルをやったり、エレクトロをやったり、デトロイト系のテクノをやったり、ディープ・ハウスをやったりと、周囲を気にせず自分たちの確固たるスタイルを追求したエイフェックス・ツインやオウテカと違って、その都度その都度、時代に合わせながらスタイルを変えて、それなりにクオリティの高い作品を出している。ただ、彼ら(マーク・プリチャードとトム・ミドルトン)の代表作といえば、あの頃もそしていまも『76:14』を挙げる人は少なくない。ものすごく久しぶりに聴いているたったいまでもそう思う。
 何度かリイシューされてきたその傑作だが、この度は『Blood Muisc』の再翻訳(Retranslated)盤と『76:14』のリマスター盤、最初のシングル曲や名リミックス(当時も評判だったザ・グリッドのリミックスはいま聴いても良いね)やデモ音源などを集めたレアトラック集との3枚組のボックス仕様の『トランミッションズ』なる題名でリリースされた。もう、これでばっちりだ。箱を開ければ、アンビエント・サマーに吸収された最高の空気が部屋中に広がるだろう。

野田努