先日の春ねむりにつづき、勇敢な曲が発表されている。日本とパレスティナ双方にルーツをもつ東京在住のラッパー、DANNY JIN。彼が一昨日公開した “FxCK 排外主義(団結前夜Diss)” は、「差別主義者」に向けた曲だという。
DANNY JINはこの春、セカンド・アルバム『Dream…』をリリースしたばかり。勇気あるラッパーのアクションと、そして音楽に注目だ。
「Not Wavingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
「胸に残らない映画を観よう」と歌ったロック・ミュージシャンは誰だっけ? この歌詞の本意はわからないが、初めて聴いたとき直感的に良い言葉だなと思った。僕は何かを見たり聴いたりすると、調べて、考えて、もっと理解したいとその対象に心を砕きがちな類の人間ではある。まだ10~20代前半のころは、音楽にもっとのめり込んで、音楽によりおおきな期待を寄せていたし、音楽が驚きを与え続けてくれるものだと素朴に信じていた。
しかし、かなしいかな、週5で8時間労働をこなさねばならない労働者には、いつまでも青く眩しい学生時代の音楽オタクの気概ではいられないときもある。──ときに疲れきった金曜の夜には、ポップコーン片手に気軽に観られる “胸に残らない” 映画が良い気持ちにさせてくれるように。いまの気分において、そんな音楽を無性に求めたくなる瞬間もあるのだ。
そんな僕のモードから言わせると、カオス・イン・ザ・CBDの初フルレングス・アルバム『A Deeper Life』はとても体に馴染んだ。誤解を恐れずに言えば、一聴したときは驚きと呼ぶべきほどではなかったかもしれない。しかし、ディープ・ハウスを軸にジャズ、ボサノヴァ、ラテンやダウンテンポなど多彩に展開するこの作品は、のめり込むより寄り添いを、驚きよりも親密な喜びを提供してくれる、まさに気持ちよく胸を駆け抜けてゆくような聴き心地のよいサウンドで溢れていると感じた。
2曲目 “Mountain Mover” のスティーヴ・ハイエットめいたチルでスローダウンな気分から、初めはバレアリックな雰囲気をも予感する。彼らが「イビサからクラブを取ったところ」と表現する故郷ニュージーランドでのフィールド・レコーディングも影響しているのだろうか、今夏の暑気払いのための格好のサウンドトラックにもなり得るだろう。他方で、ここにはNYハウスのレジェンド、ブレイズのジョシュ・ミランを迎えた “I Wanna Tell Somebody” があり、ブロークン・ビーツの重要人物ネイサン・ヘインズのサックスもあれば、四つ打ちに乗ったヴォーカル曲も(さらにはグライムのノヴェリストも!)ある。もちろん、アリーシャ・ジョイともコラボするフィン・リーズと組んだ “Ōtaki” のような、らしさを感じさせるジャジーなディープ・ハウスもね。
いやはや、『A Deeper Life』は日々の生活に寄り添いながら感情を優しく刺激してくれるサウンドだ。気持ちいい風があっという間に駆け抜けて、胸には残らないような感覚。
そもそも、彼らがジャズやハウスのシーンが交差するサウス・ロンドンに移り住み、かの重要レーベル〈Rhythm Section International〉からの「Midnight In Peckham」でブレイクを果たしてからじつに10年を経ての今作。僕を含めハウス・ラヴァーからすれば待望のリリースに違いない。世はニューエイジだと、あるいはトランスのリヴァイバルだと騒ぐなか、彼らはいま現在への明らかな接続、応答は選ばなかったようだ。ラリー・ハードやケリ・チャンドラーをはじめ先達が築きあげた90年代ディープ・ハウスの連なりに立ち、そのマインドを忠実に守りつつ良質なハウスを誠実に追求した。その姿勢には素直に心を打たれたし、東京の片隅のいちハウサーとして最大限のリスペクトを送りたい。ああ、なんて喜ばしいハウス・ミュージック!
レコードはとても不思議な存在だ。デジタルのように正確ではない。聴くたびに少しずつ違う顔を見せる。針が落ちるたびに、あの「パチッ」というノイズが混ざる。でも、それがいい。むしろ、それがなければ物足りないとすら感じる。
いま、音楽は誰もがスマホ一つで持ち歩ける時代。SpotifyもYouTubeもある。なのに、なぜか再生が面倒なレコードを手に取る人が増えている。その理由は、ファッションでも、ノスタルジーでもない。「不完全さ」ゆえの魅力にこそ、人は惹かれているのではないだろうか。
ノイズ、ひずみ、わずかなピッチの揺らぎ。現代の完璧に整ったデジタル音楽とは正反対の、こうしたブレのある音が、かえって音楽を「生きているもの」として感じさせてくれる。
音楽を取り巻く環境があまりに「汚れの無い」ものになりすぎた昨今、あえて「雑味」の多いメディアであるレコードを選ぶ人たちが増えている。
私たちはレコードという存在にどんなこだわりを持ち、どんな魅力を感じているのか。単なる音の再生装置ではない、「人の手が宿る音の媒体」としてのレコードを巡って、レコードの今の現場に関わる3人が、製造と鑑賞、そして「雑味」について語り合う。
話はレコード・プレス工場、『VINYL GOES AROUND PRESSING(VGAP)』の片隅で行われた。
水谷:やっぱさ、レコード・プレス工場って、実際のところプレスの工程で音が良くなるわけじゃないよね?
牧野:そうですね。そこはよく誤解されがちですけど。
水谷:我々の最大の使命って、カッティング(音源をラッカーでコーティングされたアルミニウム製の円盤に物理的に刻み込む工程)を経て作られたスタンパー(レコード盤をプレス成型するための金型)の音を、どれだけ忠実にヴァイナル製のレコードとして再現できるかってことだよね。
牧野:まさにそこなんです。
水谷:でも、あえてうちのプレスのこだわりを挙げるとすれば、うちのプレスマシンってボイラー式なんですよ。電気式もあるんですがボイラーにしたんですね。「電気炊飯器とガス炊飯器」の違いって言えばわかりやすいのですが、別にどっちが絶対いいって話じゃないけど、やっぱり火力が強い分、ガスの方がスピーディーに美味しく炊けるっていう。
牧野:それに近い感覚はありますね。
水谷:電気式だと、同じ時間内で作れる枚数が半分くらいになっちゃうし、熱量が足りなくてプレスのときにレコードが意図せず分厚くなっちゃう。つまり、意図してないのになんでも「重量盤(通常より厚くて重いレコード)」になってしまう。
牧野:そうなんです。もちろん重量盤が好まれることもありますけど、必要以上に厚いと、見た目もバランス悪くなるし、何より材料費が無駄にかかる。結果的に製造価格も上げざるを得ないですし。だから、うちが電気式にしなかったのは本当に正解だったと思ってます。
山崎:そうなんですね。確かに7インチなのに無駄に分厚いレコードってたまにありますね。ところでプレス・エンジニアとして、マッキー(牧野)は何か特に「こだわってること」ってあるの?
牧野:こだわりというか、レコードづくりって、ものすごく繊細な作業なんですよ。日本って四季がはっきりしてて、湿気が多い/少ないなど色々な時期があるじゃないですか? だから、工場の室内環境が日々違うんです。もちろん空調設備は整っていますが、でも外気の変化で、マシンの設定も左右されるんです。前日と同じ設定じゃ通用しない。その日ごとに最適な条件を探って調整してるんです。たとえば、「今日は寒いな」とか。そういう時にボイラーの温度をちょっと上げたり、圧力をかける時間を数秒減らしたり。そういう微調整を毎日やってます。もう、経験と勘の世界ですね。「今日はこういう陽気だから、こうしよう」っていう感覚が、1年やってみてデータと一緒に自分の中に蓄積されています。

山崎:完全に職人の世界だね。レコード・プレスって、一夜漬けでなんとかなるようなもんじゃないんだね。
水谷:ほんとそう。ただプレス機を買えば良い音のレコードが作れる、なんて甘いもんじゃない。ボタンを一つ押せば自動でできるってものではないですね。
牧野:まさにその通りです。調子のいい日もあれば、うまくいかない日もある。そういう微妙な変化を察知して、その日の環境に合わせて調整していく。
山崎:そうやって、1枚1枚に気持ちが込められてるんだね。レコードって大量生産だけど、やってることはほぼ手仕事って感じだね。
牧野:はい、文字通り手を抜けないですね。

山崎:レコードは生き物ですね。作るのは本当に大変だと思います。でも、VGAPでプレスされたレコードって、かなり音がいいと思うんですよ。これは社長の前だからって媚を売っているわけでもないし、この記事が公になるからって自社の宣伝のつもりで言ってるわけでもなくて。音の鳴りが「いい音楽」として聴こえるんですよね。
水谷:真央さん(山崎)が一番そう言ってくれていますよ(笑)。でも実際、そういう声ってちょくちょく届いていて。先日もジム・オルークが、うちでプレスしたフェネス(Fennesz)のレコードを聴いて、「音がいい、素晴らしいプレッシング!」って絶賛してくれたんですよ。
山崎:それはすごいですね。ジム・オルークって、音に対してものすごくこだわる人だから、彼がそう言うってことは間違いないですね。しかも、それを聞いて僕の耳も間違ってなかったんだなって、ちょっと安心しました。
水谷:そもそもレコードって「音がいい」ってよく言われるけど、解像度とかクリアさみたいなスペック的な基準で言えば、CDの方が優れてるはずなんですよ。だから、なんでレコードが音がいいって言われるのか、説明しづらい部分もある。でも、今、真央さんが言ったように、「いい音」っていうより「いい音楽」として耳に届く、その感覚なんですよね。
牧野:でも、完璧さを求める人にとっては、レコードってちょっと不安定なものに感じるかもしれないです。ノイズはあるし同じ盤でもどうしても微妙な個体差が出たりしますから。そういう意味では、CDの方が「製品」としては優秀だと言えるかもしれません。
水谷:いや、レコードはノイズや個体差があるからいいんです。
山崎:僕もそう思います。昔はCDが登場する前、レコードには「ノイズがあって当然」という認識があって、それが当たり前に受け入れられていました。でも今は、CDやデジタル音源のように、均一でクリーンな音が当たり前になっている。なのでレコードにも同じレベルのクオリティを期待してしまう人も増えているかもしれないんだけれども、レコードのあらゆる雑音を「ノイズ」として徹底的に排除してしまうと、逆に音の「味」が消えてしまうこともあると思います。

水谷:そうですね。製品のクオリティを上げようとする美意識は大切だと思うんですが、それと「ちょっとでも雑音があったら受け入れられない」みたいな潔癖的な排他性は違う気がします。ただ近年は後者のような感覚から、ほんの少しの「雑音」や「揺らぎ」に耐えられない人が増えている側面もありますね。
山崎:昔に比べたらちょっとした「揺らぎ」や「雑味」に価値を見いだす感覚自体が薄れてきているように感じます。
水谷:でも音楽って、譜面通りに機械的に演奏されたものよりも、ほんの少しのズレや余韻、人間らしさの中にこそ感動があると思うんですよね。レコードも同じで、完璧にはならないからこそ尊い。不安定だからこそ儚さがあって、それが美しさにもつながる。物って使えば傷がつくものだし、レコードもそう。だからこそ愛おしい。
牧野:僕の仕事としては、できる限り出荷時のエラー要素は取り除かなければいけないし、そのクオリティを上げる努力は日々しています。でも、おっしゃる通り芸術的な観点での判断の方が大切なので音楽的な味わいや勢いまでそいでしまわないように気をつけています。
水谷:レコードにはデジタルでは再現できない生々しさとか、あたたかみって確かにある。CDのように、完全に均一な製品をレコードで作ることはできません。むしろ同じじゃないから僕は「それがいいんじゃないかな」と思います。それがレコードの本質かもしれない。
山崎:吹きガラスや陶芸のように、手仕事ならではの味わいに魅力があると感じる人もいます。「不完全の中にある美しさ」を見出すという感性って人の本質にはありますよね。
水谷:カレーの「アク」や「焦げ」じゃないですが、「雑味」があるからこそ、「旨味」が生まれる。レコードもいわば「大人の味」で、その「雑味」を味わうのが楽しみ方の一つだと思います。
昔、工場ができる前、我が社でリリースした、ある世界的なアーティストにテストプレスの確認をしてもらったことがありました。ほんのわずか音に「雑味」が入っていたようで、厳しい指摘をされるかと思ったのですが、返ってきた言葉は「このままでいってくれ。レコードってそういうものでしょ」と。その方も相当なレコード好きで、この事は今でも強く印象に残っています。
いま、またレコードのそうした「不完全」さに価値を見直す人が少しずつ増えてきているように感じます。だからこそ、レコードは再び注目されているんじゃないですかね。
*******

おかげさまで現在、「VINYL GOES AROUND PRESSING」は各方面からたくさんのご依頼をいただき、ありがたいことに日々忙しくさせていただいております。
多くの著名な方々にもご依頼を受けており大変感謝しておりますが、私たちVGAPが目指しているのは、次世代を担う新たなアーティストたちのサポートになること。
現在、どこにも所属せずDIYで活動しているアーティストを支援するプログラムも準備中で、まもなく発表できる予定です。
今後とも「VINYL GOES AROUND PRESSING」を、どうぞよろしくお願いいたします。
ガザの人びとから提供された音源をもとに、新たな音楽をつくること──ピアノを中心とした作品で知られる原摩利彦と、近年は松永拓馬らのプロデュースも手がけるyahyelの篠田ミルが、ガザで暮らす人びとの声を世界に伝えるための共同プロジェクト「THEY ARE HERE」をスタートさせている。趣旨に賛同したUKのヴェテラン音楽家、サイモン・フィッシャー・ターナーも加わり、昨日7月23日に2作品「To the sea」と「Reminder」がバンドキャンプにて公開されている。いずれもフィールド・レコーディングやサンプリングを駆使した、サウンド・ドキュメントと呼ぶべき楽曲で、利益は音源や写真の提供者に送られるとのこと。原摩利彦による下記のステートメントをぜひご一読ください。
原 摩利彦、篠田ミル、サイモン・フィッシャー・ターナーによる
THEY ARE HERE
パレスチナ・ガザとの交信から生まれたサウンド・ドキュメント・プロジェクト
音楽家・原 摩利彦が発起人としてスタートした「THEY ARE HERE」は、ガザ地区の人々との実際の交流を起点に、彼ら、彼女らから提供されたフィールド音源をもとに構成された、サウンド・ドキュメント・プロジェクトです。紛争のあらゆる暴力性や情報封鎖から、人間と文化の存在をないことにされてしまっているガザ地区の人々の「私たちの声を世界に伝えて欲しい」という願いに応えるように、音楽家たちがそれぞれの手法で、その存在を可視化していきます。
7月23日(水)より、共同発起人である篠田ミル、プロジェクトに賛同したと共に制作された音楽作品群をBandcampにて公開します。
●EP1_To-the-sea

“To-the-sea”は、原 摩利彦による、パレスチナ・ガザの音源を使った最初の作品集。
海で子どもたちと遊ぶ母親の美しい思い出のフィールドレコーディングや現地に伝わる歌、詩人であり革命家アブドゥ・ラ ヒーム・マフムード(1913-1948)の詩の朗読などが収録されている。
家を破壊され毎日攻撃される恐怖とともに生きる中「自分たちの存在や声が少しでもこの世界に伝わりますように」と願って送られてきた音源には、テント内で録音されているために時折子どもたちの声も聞こえる。
フィールドレコーディングを使った音楽の新たな展開。
https://they-are-here.bandcamp.com/album/to-the-sea
●EP2_Reminder

篠田ミルによる“Reminder”シリーズは、現地からの映像・オーディオデータを編集、ループすることによって構成される楽曲群。
スティーブ・ライヒの"It's Gonna Rain"をインスピレーション源*に、反復の中に浮かび上がるサウンドスケープをもって、パレスチナへの思いを再起させる。
"Reminder Ⅰ"ではガザの海辺で戯れるKefahさん一家の声と波音が繰り返され、異なるペースで反復される電子音と共に海辺の輝きや波打 ち際を描き出す。この動画内の一幕が本作のジャケットになっている。また"Reminder Ⅱ"では、"Airplane 3h56am"と題されたSaedaさんのオーディオファイルが反復され、ドローン監視下のガザのサウンドスケープが線描される。
サイモン・フィッシャー・ターナーは20年前にガザのカフェで録音し
たフィールドレコーディングやパレスチナの古いレコードをサンプリング。第2子を妊娠中に夫を爆撃によって失い、2歳の子どもを育てながら出産したOlaさんの子どもとの優しい対話を収録した「Give Us A Quiet Night」も収録されている。
*“It‘s gonna rain”は、キューバ危機直後の黒人牧師の演説録音を素材としており、社会的意図が感じられる作品
https://they-are-here.bandcamp.com/album/reminder
●THEY ARE HERE ステートメント
2024年8月よりパレスチナ・ガザ地区の人たちとSNSを通じて知り合い、寄付を続けてきました。交流を重ねていくうちに次第に仲良くなり、今では自分にとってとても大切な存在です。ある人は「私たちの声を世界に伝えて欲しい」と言いました。そして同時に「私たち家族に何かが起こったら、あなたが私のことを許してくれますように」とも。
あるとき、彼女/彼らより提供してもらった音源で音楽を作ることを思いつきました。この方式を取ると、音源提供料として支払うことができ、寄付する側とされる側の関係とは違う関係を築けることができると考えたのです。私がこれまで行ってきたフィールドレコーディングを使った作曲の手法を用いて、彼女/彼らから発せられる声や身の回りの音とともに音楽を作り、この世に刻むことで、人間の存在とその文化が確かに存在していることを示します。
毎日、世界中で小さな子どもを含む多くの民間人が、武力により命を奪われています。人間の命、尊厳を奪うことは、いかなる状況であれ正当化できないと考えます。みんな、必ず誰かの子どもであり大切な人です。すべての人々が満足に食事ができますように。安心して静かな夜に眠れますように。やりたいことに挑戦する自由と希望がありますように。
作品を販売した利益は、音源や写真の提供者へ送ります。
原 摩利彦(THEY ARE HERE 発起人、音楽家)
HP:https://www.they-are-here.org/jp-about
Instagram:https://www.instagram.com/they_are_here_project?igsh=MWpoZ2R2b2k1MmQxcg==
今年頭、ENDONとKAKUHANのツーマンを実現したライヴ・イベント《HYPER IRONY》。「異なるフィールドで活躍するアーティスト達の親和性にフォーカス」するという同イヴェントの最新回が、9月13日(土)、東京の小岩BUSHBASHで開催されることになった。今度の出演者たちも強力で、MERZBOW、MELT-BANANA、ゲーム『巨人のドシン1』サウンドトラックのリイシューも記憶に新しい浅野達彦、mouse on the keysの川崎昭と元envyの飛田雅弘による新たなプロジェクト=PULSE DiSPLAY、そしてSatomimagaeの5組が集結する(レコード店RECONQUISTAも出店)。他では味わえないラインナップの妙を楽しみたい。

イベント名:HYPER IRONY
日程:2025年9月13日(土)
会場:小岩BUSHBASH
[LIVE]
MERZBOW / MELT-BANANA / 浅野達彦 / PULSE DiSPLAY / Satomimagae
[SHOP]
RECONQUISTA
OPEN.17:00 / START.17:30
DOOR ONLY 3,500 + 1DRINK
グッド・ニュースです。昨晩、コーネリアスが配信にて発表した新曲 “Glow Within” がすばらしい。いや、楽曲自体もコーネリアスらしい創意工夫のある瑞々しいサウンドなのだが、この曲が生まれた背景にはとくべつな物語がある。知的障害がある人たちのアート(https://glowwithin.heralbony.jp/)からひとつの楽曲が生まれたその経緯は、ブルータスのインタヴュー(https://brutus.jp/heralbony-cornelius/)に詳しい。いずれにしてもこれは、小山田圭吾がオリンピック騒動を直視し、それを乗り越えての、すばらしい着地点のひとつではないだろうか。みんな聴こう。
なお、本日(24日)から8月11日(月)まで、HERALBONY LABORATORY GINZA(東京)にて今回のプロジェクトを記念した展覧会『Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-』が開催される。
デジタル・シングル「Glow Within」
7月23日(水)配信開始
配信URL:https://cornelius.lnk.to/GlowWithin
配信元:ワーナーミュージック・ジャパン
■Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-

【HERALBONY LABORATORY GINZA (東京)】
会期:2025年7月24日(木)〜8月11日(月)
時間:11:00〜19:00
場所:HERALBONY LABORATORY GINZA GALLERY(東京都中央区銀座2丁目5-16 銀富ビル1F)
定休日:火曜(祝日の場合は水曜)
【HERALBONY ISAI PARK(岩手)】
会期:2025年8月30日(土)〜9月26日(金)
時間:10:00〜19:00
場所:HERALBONY ISAI PARK(岩手県盛岡市菜園1丁目10-1 パルクアベニュー川徳 1階)
休館日:カワトク休館日に準ずる
※会期中、作品の入替えあり
展覧会の見どころ
Corneliusが耳を傾け、丁寧に紡いだ楽曲「Glow Within」を、映像とともに会場で体験できる空間に。繰り返される音の奥にある“声”に耳を澄ます空間です。加えて、起用された13名の作家たちの創作風景や、息づかいを体感できる展示構成に。日々のルーティンの中に宿る創造の源を、より近くで感じていただける機会となっています。
NYを拠点とするエル・ミッチェルズ・アフェアといえば、かつてはレトロ・ファンクの復興主義運動の一角を担って、ウータンのメンバーたちとの交流でも知られたベテラン・チーム。ソウル&ファンクに愛情を注ぐオールドスクール主義者として知られる彼らの新作『24 Hr Sports』に、なんと、坂本慎太郎がフィーチャーされているとのこと!
日本でのアルバム発売はチカーノ・ソウル系のリリースで知られる〈MUSIC CAMP〉から。また、すでに配信された坂本慎太郎フィーチャーの「Indifference」は、国内限定7インチ・シングルとして7/30に〈zelone records〉より発売される。

El Michels Affair
24 Hr Sports
Big Crown Records/MUSIC CAMP, Inc
日本語解説:松永良平
国内仕様輸入盤/配信にて9月5日リリース予定

El Michels Affair feat. Shintaro Sakamoto
Indifference
zelone records
7月30日発売
これが初リーダー作とは俄かには信じ難い。スペイン出身でバークリー音楽大学で学んだトランペット/フリューゲルホーン奏者=ミレーナ・カサドの『リフレクション・オブ・アナザー・セルフ』は、そらおそろしいほどの完成度を誇る野心に満ちた傑作である。まず注目したいのは豪華な参加メンバー。ベーシスト/ヴォーカリストのミシェル・ンデゲオチェロ、ハープ奏者のブランディー・ヤンガー、フルート奏者のニコール・ミッチェル、ドラマーのテリ・リン・キャリントンらが多方面で多大なる貢献を果たしている。
これだけの傑物が揃えばいいものができるのは当たり前じゃないか、なんて声が聞こえてきそうだが、誰にどの曲でどんなプレイをするかという采配をふるったのは彼女だろう。なんせ一騎当千のプレイヤーばかりである。下手をすればミレーナの影が薄くなってしまう可能性だってあったはずだ。だが、むしろ彼女が堂々と主役を張っているのだ。参りましたという他ない。
スペイン人の母とドミニカ共和国出身の父の間に生まれ、現在はNYを拠点にする彼女の音楽は、有体に言えばコスモポリタンなものと言えるだろう。だが、地理的にはもちろん、本作は時代も超越しているように思う。筆者が彼女の演奏から連想したのは、夭逝したサックス/フルート奏者エリック・ドルフィーのサイドを張ったブッカー・リトルやフレディ・ハバード、ファンキー・ジャズの立役者であるリー・モーガン、ネオ・ソウルとコンテンポラリー・ジャズを架橋したロイ・ハーグローヴなどである。
また、全体のサウンドもビバップからフリー、アシッド・ジャズ、ネオ・ソウル、ブラジル音楽、ラテン、ヒップホップまで、新旧や国籍を問わず様々な要素がモザイク状に織り込まれている。いや、正確には、ビバップ以降のジャズやその隣接ジャンルを巧みに分析/統合し、自家薬籠中のものとしているのだ。学究肌とまでは言わないが、研究熱心な人なのだろう。その分析力は的確であり、多ジャンルを統合する手さばきは実に慣れたもの。DJがジャズからヒップホップまでを繫ぐように、多種多様なタイプの曲が継ぎ目なく奏される。
“O.C.T(Oda to the crazy times)”はラッパーのKokayiをフィーチャーしたヒップホップ・ソウル。“Uncondional Love”はイージー・リスニング色の濃いスムース・ジャズ、“IntrospectionⅡ-Preguntas”はウッドベースとトランペットのみの演奏で、マイルス・デイヴィスを想わせるミュートの効いたソロが耳を惹く。当然のようにスクラッチも挿入されるし、メロウなうたものも複数ある。しかも、1曲だけ収められているカヴァーが、新時代の変拍子ファンクを標榜したM-BASE派出身のジェリ・アレンの曲だというのが、その音楽的な射程の長さを物語っているではないか。
現代のジャズ界はカリスマ的巨匠不在の時代と言われる。むろん、複数のシンガーをフィーチャーしたアルバム『ブラック・レディオ』でブレイクしたロバート・グラスパーや、スピリチュアル・ジャズを今様にアップグレードしたカマシ・ワシントン、エレクトロニック・ミュージックとジャズを混合したフライング・ロータスなどが登場してからは、一概にそうとも言いきれなくはなっている。だが、彼らも過去の豊穣な音楽遺産を分析/統合する能力に長けていたからこそ、シーンの最前線に躍り出た側面があるのは否めない。そして、そうした潮流の筆頭にいるのが、ミレーナなのは間違いないと思う。
まるで8年前のUKIPが台頭したときの英国を見ているような現在、あのとき真っ先に噛みついたのはスリーフォード・モッズだったが、ここ日本ではラッパー/シンガー・ソングライターの春ねむりが立ち上がった。
去る参院選の東京選挙区で初当選を果たし注目を集めた参政党のさや。選挙期間中にそのヘイトスピーチに怒りを感じていた春ねむりは、彼女の当選を受け「爆速」で今回の新曲 “IGMF” を書きあげたという。SoundCloudで公開された同曲は、「私を皆さんの、皆さんのお母さんにしてください」というさやのスピーチのサンプルからはじまる。
https://soundcloud.com/mcharunonemuri/igmf
ちなみに、春ねむりは、いま話題のニーキャップのファンでもあるそうです。
去る7月12日(ナイフの日)、新代田FEVERで毎年恒例の少年ナイフの夏公演が行われた。ここ2年くらいでライヴの動員も増えたようで、今回はソールドアウトだった。
バンドは、毎年春と秋におよそ2ヶ月ずつアメリカとUK~ヨーロッパを回るツアー生活を長年にわたって送ってきている。重いキックやフロアタムが心地よいドラマーのりささんは、2015年の加入時には20歳だった。オリジナル・メンバーながら結婚を機に脱退し、以後は時折ゲスト参加する程度だったあつこさんも2015年より本格的に復帰した。数々のメンバーチェンジのあったバンドだが、現在のメンバーで10年。いまだにズッコケる場面もちらほらありつつ、初々しさと安定感が奇跡的なバランスで両立した、いまの少年ナイフならではのライヴだった。
今回のセットリストの注目ポイントといえば、なんといってもめったに聴くことのできない最初期の曲がいくつも演奏されたことだ。元メンバーのリツコも大阪公演を観に行って、「私も生で聴くのは初めて」と言っていたが、そんなレアな曲の数々が披露された。
それというのも、1982年にリリースされたものの、数十本しか流通しなかった幻のカセット・アルバム『みんなたのしく少年ナイフ』がこのたびCDとヴァイナルでリイシューされたためだ。
筆者は30年以上少年ナイフを聴いているが、それでも主観的には新参という感覚が拭えないでいる。その理由のひとつがこのテープを持っていなかったことだった。それがこうして聴くことができるのだから、こんな嬉しいことはない。
公式サイトの年表によれば少年ナイフは1981年12月に結成(ちなみにラフィン・ノーズも同年同月に同じ大阪で結成されている)。翌年3月には初ライヴが行われ、8月に本作がリリースされたという。短期間にこれだけのオリジナル曲をほぼ完成形として作り上げているあたり、初期衝動の迸りだけではないクリエイティヴィティを早くも感じさせる。
本作は自主制作で、ディ・オーヴァンというニューウェイヴ・バンドのレーベル〈XAレコーズ〉との共同リリースのような形だったようだ。
ディ・オーヴァンというのは大阪で80年代前半に活動していたテクノポップ/ポストパンクバンドで、当時は高校生。関西パンク史などでも言及されることの少ないバンドだったが、昨年アメリカの〈General Speech〉レーベルよりアルバム『Öwanism』(110曲入り)『美川憲一』(200曲入り)がリイシューされ、いよいよ再評価されようとしている。
〈XA〉はそのオーヴァンが自身の作品を中心に発表していたレーベルで、80年代前半の短い期間にカセット作品を大量にリリースしていた。これまたいまでは顧みられることが少ないレーベルだが(というか、『みんなたのしく少年ナイフ』をリリースしたことで一番知られているかもしれない)、局地的な影響力はあったようだ。アシッド・マザーズ・テンプルの河端一も、〈XA〉の作品をレコード店で発見したことで刺激され、自分も大量の作品作りを始めたと言っている。
収録曲は全14トラック。ただし2曲はSE的なものなので、実質的な楽曲は12曲と考えていい。本作にしか収録されていないのは「サボテン」「わたしは現実主義者よ!」「惑星(プラネット)X」の3曲のみ。残りは後に〈ゼロ・レコーズ〉からの『BURNING FARM』『山のアッちゃん。』『PRETTY LITTLE BAKA GUY』『712』などでも採録されているので、本作はデモバージョンに近いものと思えばいいかもしれない。
そんな本作を一聴してまず気づくのは、いわゆるラモーンズ・スタイルのパンク・ナンバーがないということ、そして食べ物と猫の歌がないことだ。いずれも、いまでは少年ナイフの定番スタイルなのだが、最初期には必ずしもそういうわけではなかったのだ。
1曲目の“バナナリーフ”から“オウムのポリネシア”“人食いパパイヤ”など、その後の録音盤と比べると、フランジャーなどを使ったギターはより80年代ニューウェイヴ的なサウンド。そして南国的なエキゾチックな歌詞が多いのもこの時期の特徴だ。
5曲目“Burning Farm”はイントロにアフリカ音楽らしきものが入っており、そこにナイフの演奏がフェイドインしていく。ディレイをかけた効果音が、後年レコードに収録された録音よりも深くエフェクトのかかった形で入っている。この曲に限らず、その後の作品と比べてエコーやディレイなどのダブ処理が派手にかけられているのがおもしろい。
“オウムのポリネシア”“パラレルウーマン”“サマータイムブギ”など、メロディアスなベースラインにリードされる形でスカなどで聞かれるような裏打ちのカッティングギターが乗った曲も多い。こういった要素はUKニューウェイヴ由来のものだろう。
“パラレルウーマン”“惑星(プラネット)X”“ミラクルズ”といったSF的な歌詞も目立つ。なかでも“パラレルウーマン”はスーパーヒロインに憧れるような歌詞かと思いきや蛭子能収のマンガのような不条理な展開を見せる(「オフィス・オートメーション地獄だよ」と、当時まだOLだったなおこさんの鬱憤が爆発しているような面もある)。
「でもこんな強い日差しのなかで、いったい何ができるのでしょう Sleeping in my bed Sleeping in my bed」と歌われる(いまの季節にぴったりの)“サマータイムブギ”のような、肩をいからせたパンクを脱臼させるような力の抜けた曲などは少年ナイフならではのもの。
そしていまの作風につながる歌詞といえば“亀の子束子のテーマ”だろう。その後も、なぜそれを歌にしようと思った? と思わせる身近なアイテムをモチーフにした曲は数多く登場することになる(輪ゴムとかペーパークリップとか)。
そもそも「少年ナイフ」というバンド名は、直子の手元にあったカッターのブランド名から取られている。もし手元にあったのが違うものだったら「肥後守」とかになっていたのかもしれない。
本作の翌年にリリースされた8インチEP「Burning Farm」がカルヴィン・ジョンソンの目に止まり85年には〈Kレーベル〉より米国リリース。おそらくそれを手にしたのがカート・コバーンやサーストン・ムーアだったということだろう。以後、海外での活動はどんどん増えていく。
最新のライヴと比べると本作はなんとも素朴であり、思えば遠くへ来たものだ。その一方で、自由な発想は現在まで通底してもいる。少年ナイフ結成当時、なおこさんはレインコーツやスリッツを好んで聴いていたという。楽器が上手くなくてもバンドはできる。パンク/ニューウェイヴの蒔いた種がこうして大阪に届き、40年以上経ってもなお力強く花開き続けていることをとても心強く思う。

