「Nothing」と一致するもの

audiot909 feat. あっこゴリラ - ele-king

 かねてより、南アフリカでは様々なダンス・ミュージックのフォーマットが生まれてきたが、その系譜に連なる最新型がアマピアノ。それはハウスでありながら4つ打ちではない。同じ南アのクワイトやバカルディを援用しつつ、BPM110前後のスロー・テンポ、ムーディーなメロディ、なにより独特なログドラムと呼ばれるベースを構成要素とする。

 いま、アマピアノは発信地である南アフリカのみならず、ナイジェリア、UK、そして日本とその音を世界中に拡散させている。

 すでにUKでは、アマピアノがFunkyamaなるタームとして独自に進化。これはアマピアノよりもBPMが速くUK産のダンス・ミュージックとも共振した音を有する。Funkyamaについては元海賊ラジオのRinse FMもその熱気を伝えているし、UKのスクラッチャDVAは同じ南アのゴム(Gqom)を取り入れたことでよく知られるが、最近ではアマピアノへの視線も送っている。彼はすでにBBC Radio1やRA Podcastに出演し、『The Wire』の表紙も飾った。

 こと日本では、〈TYO GQOM〉クルーがアマピアノのパーティをオーガナイズ。また、2021年には南アのアマピアノ・プロデューサーであるテノ・アフリカの来日が実現している。そして、かねてよりアマピアノの普及に挑戦しているaudiot909(オーディオットナインオーナイン)が、このたびラッパーのあっこゴリラを招聘した「RAT-TAT-TAT」をリリースする。アマピアノに初めて日本語が乗った、ジャパニーズ・アマピアノの3曲入りシングルだ。ぜひチェックを。

2月28日(月)0時より各種サブスクリプションサービスより配信開始

「RAT-TAT-TAT」
Tracks:audiot909
Lyrics:あっこゴリラ
Mixing:Track1,3 - So Kobayashi &audiot909
Track2 - audiot909
Mastering:So Kobayashi
Artwork:Hiro "BINGO" Watanabe
Label:audiot909

配信URL
hhttps://linkco.re/EyU6NCfu

talking about Black Country, New Road - ele-king

 昨年話題になったブラック・ミディも、そしてブラック・カントリー、ニュー・ロード(以下、BC,NR)も、望まれて出てきたバンドというよりも、自分たちから勝手に出てきてしまったバンドだ。いったいどうして現代のUKの若い世代からこんなバンドが出てきたのかは、正直なところ、いまだによくわかっていないけれど、とにかく突然変異が起きたと。で、そのひとつ、BC,NRという7人編成のバンドのセカンド・アルバム『Ants From Up There』について語ろう。なぜなら、これをひとことで言えば、圧倒的なアンサンブルを有した感動的なアルバムで、アイザック・ウッドの歌詞は注目に値するからだ。

野田:今日はディストピアで暮らしている木津君相手だし、ビールを飲みながら話すよ。で、ブラック・カントリー、ニュー・ロード(以下、BC,NR)なんだけど、年末の紙エレキングで取材するってことで、昨年の10月に『Ants From Up There』の音は聴かせてもらっていたのね。あの号では、俺は絶対にロレイン・ジェイムズに取材したいって思っていたから、BC,NRの音をすぐ聴いたわけじゃなかったんだけど、しばらくして聴いたらびっくりしたというか、すごく好きになってしまって。ビートインクの担当者の白川さんに「自分が取材したかった」って、10月19日にメールしたくらいだよ。

木津:そうなんですか(笑)? ただ、あのタイミングで新譜が出るっていうのもまだわかっていなかったので。けっこうサプライズでしたよね。去年にアルバムが出たばかりでまだ短い期間しか経ってなかったので。しかも音楽性はけっこう変わっていたのもおおきかった。そもそも、野田さんはいまのUKからアイルランドのバンド・ブームに盛り上がってる印象なんですが、去年のBC,NRのファースト・アルバム『For The First Time』についてはどういう印象をお持ちですか?

野田:えーと、まずその「バンド・ブームに盛り上がってる」って話だけど、UKのインディ・シーンを追っているわけじゃないし、シーン自体はずっとあったわけで。それが、ここ数年で突出したバンドが出てきて、シーンが脚光を浴びていると。ただ、実際にシーンとしてどこまで盛り上がっているのか、俺にはわからない。UKの音楽業界はこの手のトレンドを作るのに長けているし。それに、サウスロンドンっていう括りとかさ、ある意味どうでもいいって言えばいい。
 ちょっと話が逸れるけど、昨年末に〈ラフトレード〉のジェフ・トラヴィスのインタヴューを載せたけど、彼はすごく重要なことを言ったよね。いまの南ロンドンには若い黒人たちがやっているジャズのシーンもあるんだって。俺なりに意訳すれば、南ロンドンは白い音楽だけがすべてじゃないぞってことだよね。その街にはジャズもあれば、ハウスもあるし、ダブステップだって、ラップだってあるだろう。UKドリルの初期型だってここから生まれてる。こう見えても俺は、90年代に雑誌をはじめたときからページをめくって白人と日本人ばかりにならないことをずっと心がけてきているんだよ。まずはそれを踏まえたうえで、今日はインディ・ロックについて話しましょう。
 で、BC,NRなんだけど、最初に言ったように、昨年末とにかく新譜を聴いて感動してさ、編集部の小林君にも「こりゃ、すげーアルバムだぞ」って言ったり、白川さんにも「こんな良いバンドだとは気がつかなかった。ちゃんと聴いていなかった自分を反省してます」ってメールしてるんだけど、あらためてファーストを聴いて、ファーストがどうこうっていうより、わずか1年かそこらでここまで進化したんだってことに驚いたかな。

木津:ふうん。

野田:バンドというものが生き物であって、わずかな時間でも進化しうるんだっていう。フィッシュマンズが『ORANGE』から『空中キャンプ』へと、あるいはプライマル・スクリームが『Screamadelica』へと変化したように。バンドって、たまにすごい速さで、リスナーが追いつけないような速さで進化することがあるよね。BC,NRは完全にそうで、ファーストからこれはちょっと想像できないよ。

木津:ファーストはまだ参照元がわかりやすく見える感じでしたよね。いわゆるポスト・ハードコアといわれるもの、マス・ロック的なものであったり。あとはユダヤの伝統音楽であるクレズマーとか。それが、アンサンブルの構成が完全に緻密かつ複雑になりましたよね。その辺りはかなり変わったところだと思います。

野田:冒頭がまずスティーヴ・ライヒだし(笑)。ライヒの“Different Train”みたいだ。勘違いしないで欲しいんだけど、ライヒを引用すれば良いってもんじゃないよ。ただ、ロックというスタイルはいろんなものをミックスできる排他性のないアートフォームなんだっていうことが重要で、こういう雑食性はすごくUKっぽいと思う。ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターというプログレッシヴ・ロックのバンドがいて、最初に聴いたときはちょっと似てると思った。ドラマチックな歌い方もピーター・ハミル(VDGGのヴォーカル)っぽい。VDGGはプログレに括られるバンドなんだけど、マーク・E・スミスやジョン・ライドからも好かれたかなり珍しいバンドで(以下、しばしVDGGの話)。BC,NRは、VDGGほど複雑な拍子記号があるわけじゃないけどね。でも、管弦楽器を効果的に使ったアンサンブルには近いものがあるし、曲のなかに物語性があって、メリハリが効いていて展開も多いじゃない? 俺が普段聴いている音楽はどこから聴いてもいいような、反復性が高いものばかりなんで、BC,NRみたいなのは新鮮だったっていうのもあるのかもね。

木津:なるほど、たしかに展開の多さはポイントですね。僕は素直に初期のアーケイド・ファイアを連想しました。

野田:本人たちも言ってるよね。

木津:そうですね。いちばんいいときのアーケイド・ファイアですよ。シアトリカルになったのはおおきいと思っている。大人数でドラマティックな音のスケールを展開していくという。恐れなくなった感じがするんですよね。ファーストのころはわりとミニマルな反復で展開するのにこだわっていたところ、メロディと展開っていうのを大きく解放したことで、かなりドラマティックになった。そこはすごくいいときのアーケイド・ファイアを思わせますよね。

野田:アーケイド・ファイアよりも複雑じゃない?

木津:そうなんですけど、いい意味でのエモーショナルさというか。楽曲の壮大さが、大人数でやることの意味と直結している。

野田:アレンジが懲りまくってるよね。ときを同じくして、アメリカのビッグ・シーフもすごくいいアルバムを出したけど、木津くんの好みからいったらBC,NRよりもビッグ・シーフじゃない?

木津:まあ、ビッグ・シーフは今回のアルバムがちょっと抜きんでているので。でも、BC,NRも今回のアルバムは前作よりも断然好きです。よりフォーキーになったというか。ファーストも面白いと思いましたけど、いま聴くとちょっとぎこちない感じがあります。今回はフォーキーになったことで、管弦楽器がより生き生きしたと思うんですよ。

野田:アコースティックなテイストが打ち出されているよね。そうした牧歌的な側面と同時に激しい側面もあって、激しさの面でいうと、やっぱアイザック・ウッドの存在だよね。なんて言うか、いまどき珍しい、自意識の葛藤?

木津:そうですね、BC,NRは彼の存在が本当にデカい。

野田:ちゃんとオリジナルの歌詞がブックレットに載っているくらいだから、言葉にも重点を置いているのはたしかだね。

木津:実際、とくに海外のメディアからは歌詞も注目されてるんですよね。だからバンドの重要な部分だったと思うんですけど、残念ながらアイザック・ウッドは脱退を表明しています。だからもう、まったく別のバンドになりますよね。

野田:アイザック・ウッドは、言うなれば、「人生の意味に飢えている」タイプだよね。

木津:メンタル・ヘルスの問題でもありますよ。BC,NRは彼の自意識や懊悩を大人数のアンサンブル――それを僕はつい「仲間」って言いたくなるんですけど――が受け止めて、見守っている感じが僕は好きなので。だから、そのバランスがどう変わっていくのかちょっと想像できない。

野田:でもやっぱ、言葉が上手い人だと思う。たとえば「ビリー・アイリッシュ風の女の子がベルリンに行く」という言葉が何回か出てくる。東京で暮らす若者ではない俺にはなかなか感情移入できないフレーズなんだけれど、でもこれって象徴的な意味にも解釈できるよね。ビリー・アイリッシュもベルリンもイングランドではないっていう。自意識だけの問題でもなく、彼を取り巻く状況への苛立ちも確実にあるよね。1曲目の“Chaos Space Marine”という、個人的にいちばん好きな曲なんだけど、そこに出てくる「間違っていたすべてのことを考える(I think of all that went wrong)」ってフレーズも、印象的な言葉だよ。俺の年齢でそれをやったら洒落にならないんだけど、これはおそらくこの曲の最初のフレーズにかかっているんだろうね。「イングランドが僕のものであっても、僕はそれをすべて捨てなければならない(And though England is mine/I must leave it all behind)」。まったく素晴らしい言葉だな。

木津:うんうん。

野田:去年評価されたドライ・クリーニングの、淡白さをもって社会を冷淡に風刺するというアプローチとは対極にあるんじゃない?

木津:ドライ・クリーニングとBC,NRってすごく対極的なバンドである一方で、どっちもいまの時代をすごく見つめようとしてるなと。ドライ・クリーニングの象徴的な言葉で、「全部やるけど、何も感じない」って出てくるじゃないですか。現代って体験やモノがあふれている。ドライ・クリーニングはそれに対して何も感じないと言うけど、BC,NRむしろ感じすぎている。現代のあらゆる事象に振り回されていて、とくにファーストはそれがすごく出ていた。固有名詞の出方が尋常じゃないですよね。

野田:ああ、そうだね。それとBC,NRには、アルチュール・ランボーとかゲーテの『若きウェルテの悩み』とか、若者の特権とも言える内面の激しさっていうか、そっちの感じもあるよね。たとえば“Good Will Hunting”って曲の歌詞では、「もしも僕らが燃える宇宙船に乗っていたら、脱出船には友だちとの幼少期のフィルム写真があって、自分はそこにいるべきではない」ってあるんだよね。聴いていて、「いや、君もその脱出船に乗ってくれよ」って思うよ。

木津:たしかに……。ただ、ファースト・アルバムですごく象徴的なのは、「自分の好きなものを選び取る重荷」って表現だと思うんですね。過去があふれすぎているストリーミング時代、ひいてはインターネット時代の話で、あらゆるものがあふれかえって、しかもそれがスーパー・フラットになってることの息苦しさ。アイザック・ウッドからはそこをかなり表現していると感じます。そんな状況へのアンビヴァレントな混乱が痛々しくもあり、生々しくもあり。だから「ここから脱出できない」感じはわかる。
 野田さんはUKの音楽に関して雑食性という言葉をよく使っていて、それが良さなんだと言ってますよね。僕もその通りだと思いますが、一方で現代において雑食性というのは難しいとも思ってます。いまはストリーミング時代になり、みんなが過去のあらゆる音楽にアクセスできるようになると文脈が剥ぎ取られてしまって、いわゆるメインストリームでもジャンル・ミックスが当たりまえなトレンドがずっと続いている。そのなかでオルタナティヴな雑食性を表現するのってすごく難しいと思うんです。野田さんは、そういう意味でブラック・ミディやBC,NRの雑食性の面白さってどの辺にあると思いますか?

野田:UKの雑食性の面白さは、いろんなものに開かれてるってことだよ。それはもう、UKの音楽のずっと優れているところだと思う。俺がエレクトロニック・ミュージックが好きなのは、そこも大きい。ベース・ミュージックがそうだけど、たとえばUKゴムみたいなのは、いまの流行かもしれないけど、この音楽にはまだ更新の余地があるってことでもあって。ロックは歴史がある分、すでにいろんなことをやってきているから難しいよね。たとえばアート・ロックっていうか、60年代末から1970年前半のプログレ期のUKのロック・バンドは旧来のロックの語法に囚われず、ジャズやクラシックや実験音楽やエレクトロニクスなど、ロック以外のいろんなものを取り込んでいってその表現を拡張していったわけだよね。雑食性っていうか……、折衷主義って言ったほうが正確かもしれないね。ただ、こうしたプログレ的な折衷主義って、ポスト・パンクのそれがダブやレゲエやジャズだったりするのとは違って、ともすれば装飾的で、西洋主義的で、ファンタジー・ロックっていうか、たとえばスリーフォード・モッズが生きている現実からはまったく乖離してしまうんだけど、BC,NRはそうじゃない。サウンドだって削ぎ落とされてもいる。BC,NRで感心するのは、バンドが7人編成と大所帯なんだけど、音数がすごく整理されているっていうか、ちゃんと抑制されているところ。ブラック・ミディなんかあれだけ情報量と戯れながら、ものすごい躍動感があるでしょ。踊れる感じがあるよね。あ、でもBC,NRにあんまそういうのは感じないかな。ダンス・ミュージックからは遠いな(笑)。

木津:いや、でも彼らには舞踏音楽のクレズマーの要素があるじゃないですか。いわゆるロックとは別の文脈でのダンスを志している感じがあって、僕がストリーミングで観たライヴは、曲によってはけっこう身体を動かしたくなる感じもありましたよ。

野田:そうだね、クラブ音楽だけがダンスじゃないからね。話を戻すと、ブラック・ミディやBC,NRなんかがやろうとしていることは、折衷主義における参照性の幅を極限まで引き伸ばそうっていうことなんじゃないのかな。それはそれでアリだと思うよ。でもさ、ストリーミング時代でいろんな音楽にアクセスできることは、音楽ライターにも言えるよね。俺らが若い頃は、たとえばクラウトロックなんかを聴くには、何年もかけて毎週毎週レコード店に通っていなければ無理だったけど、いまはなんの苦労もなく聴けて。ブラジル音楽にしてもフリー・ジャズにしても。

木津:いや、本当にそうですよ。で、僕はそのことに罪悪感もあるんですよ。過去への敬意がなくなっていくんじゃないかって。それで言うと、このまえ、BC,NRは限定でカヴァーEPを出したんです。A面がアバでB面がMGMTとアデルのカヴァーです。僕はその脈絡のなさにためらってしまいました。

野田:いや、アバはいま来てるからな。本当に好きなんじゃない? でもさ、もうしょうがないでしょ。もうそうなってしまってるんだから。こういう環境が前提で生まれていくものだし、そこからはじまる何かだってあるってことに期待しようよ。

木津:うんうん。ただ、それは彼らなりの現代への批評的な態度なんじゃないかとも思う。ジャケットはCD-Rを持ってる写真なんですけど、それってつまり音楽が「コピー」されることへの皮肉でもありますよね。つまりBC,NRに関して言えば、純粋に全部良いって言うよりも、スーパー・フラットになっている状況がいいのか? という問題意識も若干あるような気がします。とくにアイザック・ウッドはそのことを考えてたと思う。

野田:だいたいアイザック・ウッドはこのあと何をやるんだろう、それはそれで興味をそそられるし。

木津:本当にそうですよね。

野田:BC,NRに文句があるとしたら、バックの演奏があまりにもうますぎるってことだね(笑)。ポスト・パンクってアマチュアリズムだからこれをポスト・パンクと言わないでほしい!

木津:わはは。まあブラック・ミディもBC,NRも、さすがにもうポスト・パンクとは誰も呼べないでしょう。ブラック・ミディもメンバーにメンタル・ヘルスの問題があって休んだりしているので、そういう感じはいまのバンドは変わってるのかなって思います。昔のバンドは追い込まれても無理やり繕ったりしていたけど。アイザック・ウッドも休んで苦しみとはまた違う表現が出てくる可能性はあるので、それは楽しみですね。

野田:アイザック・ウッドってインタヴューではどういう人なの?

木津:基本的には真面目な若者だと思うんですけど、僕が読んだものではちょっと無軌道なところもあったかもしれない。質問の意図をちょっとずらすような答えかたをしたり、そういう感じはありましたね。いずれにせよ、ファーストとセカンドがBC,NRにとって重要なアルバムになると思います。アイザック・ウッドが抜けたら、エモーションがちょっと暴走している感じはもう出てこないのかなと。これからバンドがどう変わろうとも。

野田:ヴォーカリストいれるのかな?

木津:どうなんでしょうねえ。ツアーはキャンセルになっちゃったみたいなんで、まだ方針が固まっていないのかも。あと彼らはファーストのころから、歌詞の内容や思想などをバンド内ではそれほどシェアしないと言ってました。

野田:だからコミュニティ(共同体)っていうんじゃなく個人の集まりなんだよ。それで良いと思うし、俺はBC,NRのバンドの普段着な感じも好感が持てた。いまから20年ぐらい前にもUKではインディ・ロック・ブームがあったんだけど、あのときはまだ古典的なロックンローラーを反復している感があった。そこへいくとZ世代のバンドは古典的なロックンロール気質から100万光年離れてる。それにちょっと泥臭いところもあるよね?

木津:ファーストのときにね、野田さんがブルース・スプリングスティーンの引用があると教えてくれたんですよね。

野田:そうそう、「だから木津君は気にいるんじゃない?」って。すごく適当だな(笑)。

木津:(笑)でも、そこは面白いポイントだなと。というのも、あまりにも固有名詞がランダムに出てくるし、サウンド的にも雑食的と言いつつランダム性もあるから、ちょっとナンセンスなものなのかなとも僕は思ってたんです。でもそこでブルース・スプリングスティーンの”Born to Run”を引用するのは、ある種の泥臭さのあらわれですよね。そこを発見してから、僕はBC,NRが好きになりましよ。我ながらチョロいですけど(笑)。

野田:それから俺はね、アルバムで時折見せる牧歌的な感じも好きだよ(笑)。ビッグ・シーフだって、俺あのジャケット好きだもん。動物たちが焚き火しているイラストの、ほのぼのしているやつ。それに対してBC,NRはさ、これは日本語タイトルをつけてほしかったけど、「Ants From Up There」って。『上空からのアリたち』だよ。ちょっとニヒルじゃない?

木津:たしかに。“Concorde”という曲名なんかも象徴的な言葉ですよね。昔、めちゃくちゃな速さを求めて開発されて、でも結局ものすごい費用がかかってうまくいかずに終わってしまった飛行機ですから。それもある種、もう未来が良くならないとわかっている世代の気持ちかなとは思ったりしましたね。前の世代が残した負債をどう処理していくかっていう……。

野田:未来が良くならない可能性が高いのは日本だよ。イギリスのZ世代はもっと希望を持ってるんじゃない? 絶望したり苦痛を感じるのは希望を持っているからだと思うよ。だってBC,NRの『Ants From Up There』は、素晴らしくアップリフティングなアルバムじゃないですか。

木津:そうですね。とくにアルバムの終わりのカタルシスはすごい。ラストの“Basketball Shoes”って昔からバンドの持ち曲でどんどん内容が変わっていったものなんですよ。だから、バンドにとっても思い入れのある曲だと思うんですけど、そのエモーションの爆発で第1期のBC,NRは終わったわけで……。ある特別な瞬間を共有できたことの喜びがある。だからそういう意味でも僕にとってBC,NRはすごくロマンティックなバンドで、そこにはたしかに、暗い未来にも立ち向かっていくエネルギーを感じますよ。

Alabaster DePlume - ele-king

 ロンドンには、トータル・リフレッシュメント・センターという、多くのジャズの才能たちを育ててきたライヴハウスがある。サンズ・オブ・ケメットザ・コメット・イズ・カミングがスタジオとして用いてきた場所でもある。
 サックス奏者アラバスター・デプルームも、そこに育てられたひとりだ。味わい深いサックスの音とポエトリー・リーディングを組みあわせる独自の表現は、聴く者にさまざまな情感を呼び起こさせる。そんな彼の新作『ゴールド』では、まさにサンズ・オブ・ケメットのトム・スキナーやザ・コメット・イズ・カミング作品の参加経験者が力を貸している。チェックしておきたい1枚。

エキゾチックかつ、魔法のようにノスタルジックで個性的なサウンドに注目が集まる、ロンドンを拠点に活動するコンポーザー、サックス奏者 Alabaster DePlume(アラバスター・デプルーム)。聴く者の背中を押す、愛と創造性あふれる NEW ALBUM『GOLD』を、ボーナストラックを加えて日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース!!

主な参加ミュージシャン:
Falle Nioke (西アフリカ出身のシンガー/パーカッショニスト) – voice, percussion
Sarathy Korwar (インド系ジャズ・ドラマー/パーカッショニスト) – drums, tabla
Tom Herbert (Polar Bear、Toshio Matsuura Group) – double bass
Tom Skinner (Sons of Kemet、トム・ヨークの The Smile にも参加) – drums
Danalogue (The Comet Is Coming) – voice and synths
Rozi Plain (ロンドン拠点のシンガーソングライター) – guitar
Matthew Bourne (エイヴベリー出身のジャズ・ピアニスト/作曲家) – piano

アラバスター・デプルームは、サックスを吹くパフォーマーであり詩人だ。この美しいアルバムは、人々が集い、音を出すという創造性と自発性を称揚する。UKジャズの中心地で、デプルームを育てたコミュニティでもあるトータル・リフレッシュメント・センターで2週間に渡って毎日異なるミュージシャンを招いて録音された。その穏やかなヴァイブ、“響きの良いメロディ” とトーンが聴き手を包み込む。(原 雅明 rings プロデューサー)

アルバムからの先行曲 “Don't Forget You're Precious (Official Video)” のMVが公開されました!
https://www.youtube.com/watch?v=rXE2WceZCsQ

MOJOmagazine にて、NEW ALBUM『GOLD』がピックアップされました!! 星4つのレビューを獲得!!

アーティスト:Alabaster DePlume (アラバスター・デプルーム)
タイトル:GOLD (ゴールド)
発売日:2022/4/20
価格:2,600円+税
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC85
フォーマット:CD(MQA-CD/ボーナストラック収録)

* MQA-CDとは?
通常のCDプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティの音源により近い音をお楽しみいただけるCDです。

Official HP : https://www.ringstokyo.com/alabasterdeplumegold

Pan Daijing - ele-king

 今年1月、注目すべきエクスペリメンタル・ミュージックのアルバムがベルリンの〈PAN〉からリリースされた。
 中国出身で現在はベルリンを拠点とするサウンド・アーティスト、パン・ダイジンの新作『Tissues』である。このアルバムは圧倒的ですらあった。人間というものの実存を問いつめるようなエクスペリメンタル・ミュージックとでも称すべきか。これぞダイジンが希求したオペラ=総合芸術ではないか。声とノイズを用いたノイズ・オペラ。そこには人の実存への極限的な思考がある。

 パン・ダイジンはこれまで〈PAN〉からアルバムを二作リリースしてきた。2017年の『Lack』と2021年の『Jade』の二作である。二作とも鮮烈なアルバムだが、こと『Jade』は冷徹な音響によるインダストリアル・アンビエント・ノイズと声が全編にわたって混じり合うように展開し、「ノイズ・オペラ」とでも形容したいほどの強烈な作品である。むろん『Lack』もまた「精神のオペラ」と自ら称していたようにオペラを希求し実現したアルバムだ。
 私はこれら二作品をエクスペリメンタル・ミュージックから生まれた「新しいオペラ」と考える。ダイジンは正式な音楽教育を受けているわけではない。だがオペラを作りたいと渇望し、「新しいオペラ」を作り上げた。オペラとは総合芸術である。つまりパン・ダイジンは総合作品としての音響音楽を希求している。
 2019年10月にロンドンの国立近代美術館「テート・モダン」で上演された実験的な演劇『Tissues』もまたパン・ダイジンが追求しきた声とノイズによる「新しいオペラ」の結晶といえよう(https://www.youtube.com/watch?v=PF2aGaRA-40)。
 この上演では13人のダンサー、オペラ歌手、俳優らと共に、構成、演出、デザイン、脚本を手がけたダンジンも演じていたという。地下空間の混乱のようにカオスな音響空間が生まれ、この世界の「恐怖」と直面する人間の感情が、言葉、声、ノイズによって表現されていったらしい。
 ここで気になるのは、2019年にリリースされた『Jade』との関係だ。上演と発表時期が重なっているからである。『Jade』は、2017年に『Lack』をリリースして以降の3年のあいだに制作された。ということは2019年テート・モダンで上演された『Tissues』と重なっている。となれば『Jade』と『Tissues』は、ノイズと声のオペラという意味でもコインの裏表のようなアルバムではないか。
 『Jade』では個の内面に沈み込むようなノイズ・オペラを展開し、『Tissues』では上演という形式のなか複数の演者たちとコラボレーションし、肉体と世界が拮抗するようなノイズ・オペラを生成する。この二作は対照的だ。個の内面と他者との関係性の差異とでもいうべきか。

 アルバム『Tissues』は、その上演を1時間ほどに抜粋・編集した音響作品である(いや音響劇とでもいうべきか)。
 全体の構成は4つのブロックに分けられている。音響版においては、当然ながら彼らは映像/イメージを剥ぎ取られ、それぞれが気配と声だけの存在になってしまう。われわれは音のむこうにある気配と声とノイズを聴取することになる。
 アルバム『Tissues』においては「声の存在」がノイズと共に大きな意味を果たしている。複数の「声」が交錯し、ときには反発し、やがて混じり合っていく。そうして個の存在を使い捨てにするような残酷な世界のありようが浮き彫りになるのだ。
 涙を拭うために使い捨てられる「テッシュ」と、人間を残酷に使い捨てる「世界」の「残酷さ」の問題を重ね合わせること。本作の狙いはそこだ。ここからパン・ダイジンたち自身の実存と「世界」に対する抵抗の意志がより浮き彫りになる。音響だけになった演者たちは肉体を剥ぎ取られていくことで、世界の残酷さを体現するだろう。そしてそこに無慈悲な世界の象徴のようにノイズが声に、個に、神経に、聴覚に、肉体に侵食をしようとする。
 アルバム『Tissues』は、この無慈悲な世界に、個の抗いと個の存在を突きつけ、同時に深い喪失感をも結晶させていく、その過程のような音響作品だ。闘争の音響劇である。そしてダイジンがこれまで追求してきた「世界に疎外され続ける肉体の存在」と「時間と孤独」に対する思索の結晶のようなアルバムともいえる。『Lack』と『Jade』を経てついに実現したパン・ダイジンの「新しいオペラ」が完成した。ノイズ/インダストリアル・アンビエントの完成形、それが『Tissues』だ。

 最後に記しておきたいことがある。『Tissues』は、エンプティセットのジェームズ・ギンズバーグによって録音され、ラシャド・ベッカーによってマスタリングされた。いわば10年代「尖端音楽」の覇者たちがパン・ダイジンをサポートしているという事実は重要だ。それだけでも彼女の才能がどれほど重要なものかわかるのだから。

Godspeed You! Black Emperor - ele-king

 幻の作品とされてきたゴッドスピード・ユー!ブラックエンペラーが1993年に録音したカセットテープ作品『all lights fucked on the hairy amp drooling』、すなわち彼らのもっとも初期の録音物が先日インターネット上に流出したことを受けて、バンドはbandcampにて正式にリリースすることにした。
 なお、この売り上げはCanadians for Justice and Peace in the Middle Eastという慈善団体を通じて、ガザ地区への医療用酸素提供のために寄付される。
 

Yard Act - ele-king

 デビュー・アルバムをリリースするポストパンク・バンド、もしかしたらみんなもうこの言葉を聞くのは飽き飽きしているかもしれない。しかしヤード・アクトは思い浮かぶそれらのバンドのどれよりも、はるかにポップだ。そして、それこそがきっとすべての違いなのだ。

 早口でまくし立てられるヴォーカル、せき立てられて気持ちがせいで否が応にも事態に巻き込まれていく……。ヤード・アクトのアルバムのタイトル・トラックであり1曲目 “The Overload” ほどこのデビュー・アルバムの最初の曲にふさわしいものはない、そう思わせる程にキレがある。イングランド、リーズのバンド ヤード・アクト、サウス・ロンドン・シーンを尻目にリーズで結成されたこのバンドはポップなギャング・オブ・フォーのようでもありギャング映画とフォールにかぶれたフランツ・フェルディナンドのようでもあり、スタジアムのフットボール・プレイヤーではなくTVに映るフットボール解説者にキレるスリーフォード・モッズのようでもある。ギターは尖り、ベースは太くドラムはタイト、流行している例の喋るようなヴォーカルに圧倒的に足りなかったのはこのポップさだったのではないかという言葉がこのアルバムを聞く度に頭をよぎる(そしてそれらが出そろった2022年のこのタイミングでヤード・アクトのアルバムが出たことにも意味があるようにも思える。まったく違うものではないが、組み合わせるやり方が違う。それはショートカウンターとしてソリッドに機能する)。

 僕が最初にヤード・アクトを知ったのは2020年の4月、イギリスの音楽誌 Dork がデビュー・シングル “The Trapper’s Pelts” をリリースするバンドを紹介する記事だった。Twitter のタイムラインにガレージの中にある薄汚れた車と共に写真に写る4人の男の姿が表示される。眼鏡をかけた3人の男とニット帽をかぶった2人の男(つまり一人はニット帽をかぶり眼鏡をかけている)の冴えないがしかし何やら雰囲気がある写真とビル・ライダー・ジョーンズがプロデュースしているという情報に惹かれて記事を開き、そしてその中の YouTube のリンクを踏むと「YARD ACT」の文字(つまりジャケットに描かれている例のマークだ)が回りはじめる。それで他の情報は全ていらなくなった。百聞は一見にしかず、音がなりはじめた瞬間に一発でわかるような種類の音楽というものがあって、ヤード・アクトは完全にそれだった。当然のようにあっという間に話題になり最初の7インチが出る前にはレコードを入手することが困難なバンドになっていた。もう誰もプロデューサーが誰なのか気にしなくなり、ただヤード・アクトがどんな音楽をリリースするかだけに関心が集まった(しかしちゃんと書いておく。アルバムのプロデューサーはドゥ・ナッシングやケイティ・J・ピアソンをプロデュースしたアリ・チャントだ。付け加えるなら8曲目の “Quarantine the Sticks” にはビリー・ノーメイツも参加している)。

 そしてこのデビュー・アルバムもまさにそういう種類のアルバムだ。再生ボタンを押した瞬間に始まるタイトル・トラックの “The Overload” 「イェーイェーイェー」というジェームス・スミスの声がやる気なく聞こえてきたと思えば心構えも何もなく気がつけばもうヤード・アクトが巻き起こすこの事態の中に引き込まれている。“Dead Horse” はフランツ・フェルディナンドの最初の方のアルバムに入っていてもおかしくないほどムーディーで、“Witness (Can I Get A?)” はハードコアの曲を作ろうとしたがうまくいかず、スーサイドのドラムを試したらスロウタイムラ・マサみたいな曲になったと彼らは言う(しかし1分と少しのこの曲はギターを効かしたスリーフォード・モッズのようにも聞こえる)。

 このアルバムで白眉なのが9曲目の “Tall Poppoeis” で、この曲は同時代の他のポストパンク・バンドにはちょっとみられない曲だろう。イラついていないときのマーク・E・スミスみたいな語り口で語られる物語、クラスでいちばんハンサムだった男、村でいちばんフットボールが上手かった奴、クルー・アレクサンドラのスカウトが見にきて関心があるとかなんとか言う(クルー・アレクサンドラはイングランドの3部にあたるリーグ1に所属しているクラブだ)。だが彼はフットボールの道に進まなかった。16歳の時に決断し、村で不動産の仕事について、結婚して、犬を飼って、子供が生まれ、そうして年を取り死んでいく。彼は夢を追うことをしなかった。グレート・マンチェスターにはもっとハンサムな男がいて、信じられないくらいフットボールが上手い奴がいる、だから彼は村を出ずに平凡な幸せな中に死んでいくことを選んだ。そんな男の一生が音楽に乗せた説話として描かれ、そのあとにこの話を受けて現代を生きる人間の思いが語られる。この国では16歳になるまでにどんな大人になるのか決めなければならない。そうやってみな選択した自分の人生を生きる。そのことに精一杯で、どこかの国で爆弾が落とされ子供が死んでいくことを知っていたとしても、その利益を受けて生きていくしかない。この曲ではそうした人生の選択や不条理さ、無常観が描かれている。体制にただ牙をむくのでもなく、怒りをぶつけるのでもない。誰かを諭そうともせず意見を押しつけず、ヤード・アクトは自分の見た世界の現状を提示して、どう思う? と笑顔を浮かべ皮肉じみた質問を投げかけるのだ。

「近頃のガキは自分が苦労しているって思っている / 俺みたいに鉄の肺を味わったわけでもないだろうに」 “The Overload” でそう唄われているようにヤード・アクトはいわゆるサウス・ロンドン・シーンのバンドとは違う世代に属している。ヴォーカルのジェームス・スミスは31歳で結婚していて子供がいて、その相棒、ベースのライアン・ニーダムは彼より10歳年上で、メンバーチェンジを経て加入したギタリストのサム・シップストーンやドラムのジェイ・ラッセル(この二人は地元リーズのバンド、ツリーボーイ&アークのメンバーと交代で入った二人だ)にしてもヤード・アクトの前に違うバンドで活動しており、メンバー全員がこれまでに他のバンドで音楽活動をしていた。ジョン・クーパー・クラークからその名がとられたであろうジェームス・スミスのバンド、ポスト・ウォー・グラマラス・ガールズはゴシックの香りが漂う陰鬱なギターバンドで、ライアン・ニーダムのメネス・ビーチも『Black Rainbow Sound』というアルバム・タイトル通りの暗さがある。そうした時代を経てのヤード・アクトだ。ヤード・アクトはこれまでのバンドと同じようなエッジを持ちながら、それよりもずっとポップで親しみやすく、そしておそらく大きな場所で響きやすい。

 ソー・ヤング・マガジンのサム・フォードが言うように、いまのロンドンで音楽をしようと思うのならば学生時代の3年間を有効活用するしかないのだろう(つまりジェントリフィケーションの問題だ)。サウス・ロンドンの多くのバンドはそれを利用し連帯しシーンを形作っていった。だがそれらのバンドの大半は成功し売れるということにあまり興味を示さなかった。情熱を持って活動し自分たちの音楽を気に入ってくれる誰かに届けば良い。そうしてお互いに刺激を受けて、それがまた音楽を作る原動力になる。それは素晴らしいものなのだが、もしかしたらそれが少なからず頭でっかちの音楽になってしまった原因なのかもしれない(あるいは “Tall Poppoeis” で描かれたフットボールの話はこうした状況にもかかっているのかもしれない)。しかしヤード・アクトは違う。生活のための音楽、もしくは音楽のための生活を経験している彼らは目標をしっかりと掲げはっきりと大きなステージを目指した(この点でもフランツ・フェルディナンドを彷彿とさせる)。
 その上で彼らは同時に信念を持ち続けている。人気を集めた “Fixer Upper” や “Dark Days” などアルバム以前に発表された曲を1曲も収録しなかったというのがおそらくその証拠になるだろう。ただ売れればいいというものではなく波風が立つようなエッジがなければ意味がない、この姿勢がヤード・アクトをヤード・アクトたらしめる。切れ味鋭いポップな楽曲に乗せた社会風刺、人気ゲーム「FIFA22」のサウンドトラックに収録された “The Overload” がジェントリフィケーションの問題を取り扱った曲であるように、“Dead Horse” ではBrexit時代の政治の現状が嘆かれ、“The Incident” ではキャンセル・カルチャー世界の健全さが、そして “Rich” や “Payday” では社会格差や資本主義のねじれがユーモアと皮肉を交えて描かれている。こうしたメッセージが込められた曲を大きな場所で響かせようとしているのがヤード・アクトなのだ。サウス・ロンドン・シーンのバンドとの共通点と差異、エッジを持ちつつポップでもあるということ、ヤード・アクトのこのアルバムはやはり巻き起こったシーンに対してカウンターとして機能するのだ。

 そして物事にはタイミングというものがある。おそらくこの 1st アルバムは10年前では同じように作れなかっただろうし、同様に響くこともなかっただろう。時代と場所と流れ、様々なものが噛み合って音楽は生まれ、受け入れられていく。だからこそヤード・アクトのアルバムがいまこのタイミングで出たことに意味があるとこのアルバムを聞いてそんなことを考えてしまう。

 Madegg名義で作品を発表していた小松千倫による、Kazumichi Komatsu名義のアルバム『Emboss Star』のリミックス盤が先週リリースされた。リミックス担当は、堀池ゆめぁ、Takao、荒井優作、土井樹といった若手注目の面々。アナログ盤と配信のリリースとなる。

Kazumichi Komatsu
Emboss Star Remixes
FLAU
https://smarturl.it/EmbossStarRemixes
https://flau.bandcamp.com/album/emboss-star-remixes

tracklist:
1. Umi Ga Kikoeru (feat. Dove & Le Makeup) (Extremely Raw Version)
2. Lipsynch (堀池ゆめぁ Remix)
3. Followers (feat. Cristel Bere) (Takao Remix)
4. Umi Ga Kikoeru (feat. Dove & Le Makeup) (荒井優作 Remix)
5. Emory (土井樹 Remix)

 なお、『Emboss Star』のアナログ盤も絶賛発売中。
こちらは収録曲“Followers feat. Cristel Bere“のMV(shot by Maho Nakanishi)。

以下、レーベル資料から。

Madeggとして活動を行なっていた小松千倫がKazumichi Komatsu名義で昨年リリース、Visible Cloaksがミックステープに楽曲をフィーチャー、柴田聡子が昨年のベストアルバムの1枚に選ぶなど、多方面で注目を浴びたアルバム「Emboss Star」が1年越しにLP化。本作は、過去4年の間に作業されたEP、インスタレーション作品、映像作品、ファッションショー、パーティー、レイヴ等の実験の中から、将棋の棋譜を読み返すようにして見つけ出されたものを基礎としている。全体で30分にも満たない本作は、再生とともに現象してしまう音源のファンダメンタルな側面を強調しつつ、情報やイメージのヴェイピングに対する様々な反応を、身体において再構成することが意図されている。ハウスやアンビエントが誘き寄せる半意識的な状態への契機とともに、抵抗が意図されており、インプットへのある種の免疫を作り出そうとする。コミュニケーションの戯図のなかで、フィクションはハッシュタグやジャーゴンといった冗長に圧縮されていく。それらはフォークロアの話素にもなる。ルドンダンスを組み合わせたフォークソング集。シングル「海がきこえる」にはアルバム「微熱」が注目を集めるDove & Le Makeup、「Followers」ではPure VoyageからCristel Bereをフィーチャー。マスタリングは注目のレーベルRecitalを主宰するSean McCannが担当。

Kazumichi Komatsu

小松千倫は1992年生まれ、トラックメイカー Madeggとしても知られる。これまでにFLAU、Angoisseなど様々な国のレーベルよりアルバム、 EPをリリースするが、その表現領域は音楽、映像、インスタレーションと多岐にわたる。原初的な経験的感覚やイメージを基点としながら、ジャンルによる規定性を迂回するように街や自然、メディアや記憶の内外にある微細な現象や変化を重ね合わせることで、抽象的なイメージが固有のシーケンスへと転化していくかのような作品制作を行っている。

FEBB - ele-king

 4年前に急逝した Fla$hBackS のラッパー/プロデューサー、FEBB。生前手がけていたという幻のサード・アルバム『SUPREME SEASON』がなんと陽の目を見ることになった。残されたPCから発見された全16曲を収録、アナログ2枚組とCDのフィジカル限定で、デジタルでのリリースは予定されていない。これは要チェックです。

FEBBが生前に最後まで手がけていた幻の3rdアルバム『SUPREME SEASON』が完全限定プレスの2枚組アナログ盤、CDのフィジカル限定でリリース。

2018年2月15日に急逝したFEBBが生前に最後まで手がけていた幻の3rdアルバム『SUPREME SEASON』がリリース。デジタルでリリース済みの“SKINNY”や“THE TEST”の7インチにカップリングされた"FOR YOU”など一部既出の楽曲やGRADIS NICEとの『SUPREME SEASON 1.5』でリミックス・ヴァージョンが収録されたりしているものの、これが本人が纏めていたオリジナル音源での3rdアルバム。
 FEBB自身のパソコンから発見された全16曲のオリジナルデータにマスタリングを施し、ご家族と協議の上リリースすることとなりました。客演としてMUD(KANDYTOWN)が唯一参加となっています。(本来は全17曲ですが"DROUGHT"はMANTLE as MANDRILLのアルバムに収録されたため本作には未収録)
 アートワークは名盤『THE SEASON』と同じくGUESS(CHANCE LORD)、マスタリングはNAOYA TOKUNOUが担当。
 本作はアルバムとしてのデジタル・リリースは予定しておらずフィジカル限定となり、アナログ盤は帯付き見開きジャケット/完全限定プレスで一般販売。同じく完全限定プレスのCDやTシャツ等のマーチャンダイズはP-VINE
SHOP限定での販売となり、詳細は追ってアナウンスになります。
(Photo: Shunsuke Shiga)

[商品情報]
アーティスト: FEBB
タイトル:  SUPREME SEASON
レーベル: WDsounds / P-VINE, Inc.
発売日: 2022年5月25日(水)
仕様: 2枚組LP(帯付き見開きジャケット仕様/完全限定生産)
品番: PLP-7778/9
定価: 4.950円(税抜4.500円)

[TRACKLIST]
A-1 SUPREME INTRO
A-2 DRUG CARTEL
A-3 THUNDER
A-4 FOR YOU
B-1 CITY
B-2 DANCE
B-3 RUSH OUT
B-4 $AVAGE
C-1 F TURBO
C-2 FOR REAL THO
C-3 ELOTIC
C-4 NUMB feat. MUD
D-1 REALNESS
D-2 LIFE 4 THE MOMENT ( SKIT )
D-3 MOTHAFUCK
D-4 SKINNY

R.I.P. Betty Davis - ele-king

私はあなたを愛したくない
なぜなら私はあなたを知っているから
ベティ・デイヴィス“反ラヴソング”

 時代の先を走りすぎたという人がたまにいるが、ベティ・デイヴィスはそのひとりだ。彼女については、かつてのパートナーだったマイルス・デイヴィスが自伝で語っている言葉が的確に彼女を説明している。「もしベティがいまも歌っていたらマドンナみたいになっていただろう。女性版プリンスになっていたかもしれない。彼女は彼らの先駆者だった。時代の少し先を行っていた」(*)
 ベティ・デイヴィスは女ファンクの先駆者というだけではない。彼女は、セックスについての歌をしかもなかば攻撃的に、鼓膜をつんざくヴォーカリゼーションと強靱なファンクによって表現した。公民権運動時代のアメリカには、ローザ・パークスやアンジェラ・デイヴィスをはじめとする何人もの革命的な女性がいた。音楽の世界においてもアレサ・フランクリンやニーナ・シモンらがいたが、ベティ・デイヴィスは彼女たちがやらなかったことをやった、それはセクシャリティの解放であり、家父長社会に対する性的な挑発だ。男性が伝統的に当然としてきた性的自由を享受する権利を声高く主張すること。だが、そのあまりにも放埒でラディカルな性表現は、1970年代当時、公民権運動の主体の一部であった全米黒人向上協会(NAACP)からもボイコットされたほどだった。
 
 1944年7月16日、ノースカロライナ州ダーラムで生まれたベティ・デイヴィスが、2月9日に77年の生涯を終えたことを先週欧米のメディアはいっせいに報じ、彼女にレガシーに言葉を費やしている。
 16歳のとき、ファッション・デザインを学ぶためにニューヨークにやってきた彼女は、その街の文化——グリニッジヴィレッジやフォークなど——を思い切り吸収した。モデルとしても働くようになったが、モデル業よりも音楽への情熱が勝り、1967年にはザ・チェンバース・ブラザーズのために曲を書いている。それが昨年ヒットした映画『サマー・オブ・ソウル』でも聴くことができる“Uptown (To Harlem)”だ。そして、マイルス・デイヴィスが、おそらくはほとんど一目惚れして、1969年のアルバム『キリマンジェロの娘(Filles De Kilimanjaro)』のジャケットになり、収録曲の1曲(Miss Mabry)にもなった。マイルスにスライ&ザ・ファミリー・ストーンとジミ・ヘンドリックスを教えたベティは、彼の二番目のパートナーとなり、かの『ビッチェズ・ブリュー』へと導いたことでも知られている。「音楽においても、これから俺が進むべき道を切り拓いてくれることになった」とマイルスは語っている(*)。
 そしてベディ・デイヴィスはマイルスとの短い結婚生活を終えると、わずか3枚の、しかし強烈なファンク・アルバムを残した。ぼくが所有しているのは『They Say I'm Different』(1974)の1枚だが、このジャケット写真を見れば、どれだけ彼女がぶっ飛んでいたかがわかるだろう。彼女はグラム・ロッカーであり、サン・ラーやジョージ・クリントンと肩を並べることができるアフロ・フユーチャリストでもあった。

 しかしながら、1970年代前半のアメリカで、黒人女性がファンクのリズムに乗って、自分の性欲や別れた男=マイルスのことを面白おかしく歌うこと(He Was A Big Freak)は、あまり歓迎されなかった。だがいまあらためて聴けば、先述の『They Say I'm Different』はもちろんのこと、ファースト・アルバム『Betty Davis』(1973)もサード・アルバム『Nasty Gal』(1975)も、その素晴らしいファンクのエネルギーに圧倒される。ベティの散弾銃のようなヴォーカリゼーションは、因習打破の塊で、まだまだ保守的だった時代においては恐れられてしまったのだろう。彼女の前では、ジェイムズ・ブラウンの“セックス・マシーン”でさえもお上品に聴こえると書いたのは、ガーディアンやクワイエタスに寄稿するジョン・ドーランだ。「彼女は、揺るぎない勇気とリビドーをストレートに感じさせる強さをもっていた」

 ベティは結局、早々と音楽業界から身を引かざるえなかった。ドーランは、ベティが無名性に甘んじたのは、明らかな性差別だったと断言しているが、21世紀の現在では、エリカ・バドゥやジャネール・モネイのように、彼女からの影響を公言するアーティストは少なくない。カーディBやニッキー・ミナージュだってその恩恵を受けているだろうし、もっと前には、それこそマイルスが言ったように、マドンナとプリンスにもインスピレーションを与えているという。テキサスのサイケ・パンク・バンドのバットホール・サーファーズだってベティへの賞賛を表明しているし、彼女はいま、ようやく時代が自分に追いついたことに安堵していることだろう。

人は私が変わってるって言うけれど
だって私はサトウキビで芯まで甘い
だからリズムがある
曾祖母は社交ダンスなんて好きじゃなかった
そのかわり
エルモア・ジェイムズを鼻歌で歌いながらブギったものさ

人は私が私は変わってるって言うけれど
だってチットリンを食べるから
生まれも育ちもそうなんだから仕方がない
毎朝、豚を屠殺しなければ
ジョン・リー・フッカーの歌を聴いて帰るんだ

人は私が私は変わってるって言うけれど
だって私はサトウキビで
足で蹴ればリズムが出る
曾祖父はブルース好きだった
B.B.キングやジミー・リードの曲で
密造酒をロックしていたのさ
“They Say I’m Different”
※サトウキビは長い円筒形の管のなかに甘い液体が入っていて、その管を口に入れて汁を吸う。


(*)『マイルス・デイヴィス自叙伝』(中山康樹 訳)。原書は1989年刊行

■ビリー・ホリデイ、死の真相

 2020年5月、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に殺害された黒人男性ジョージ・フロイドの死によって、1939年に録音されたビリー・ホリデイの名曲“奇妙な果実”が脚光を浴びている。「南部の木には奇妙な果実がなる。血が葉を濡らし、根にしたたる。黒い体が揺れている、南部のそよ風に」。リンチで殺害され木に吊るされた黒人の死体を描写したこのプロテスト・ソングは、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の時代に新たな重要性を発揮し、2020年上半期には200万回以上ストリーミング再生されている。
 この曲は1965年にジャズ歌手で公民権運動の活動家でもあったニーナ・シモンがカヴァーした。シモンは「私がこれまでに聞いた中で最も醜い曲だ。白人がこの国の同胞にしてきた暴力的仕打ちとそこから生まれた涙という意味で、醜い」と語った。厳粛なピアノの音色に乗って深い悲しみを表現したシモンの曲は2013年にカニエ・ウエストが、2019年にはラプソディがサンプリングしている。ラプソディは「80年も経っているのに、あの曲は今の時代を物語っている」と振り返っているが、黒人がリンチで殺害されることが当たり前だった時代にビリーが歌った“奇妙な果実”は21世紀の人種問題や社会問題とも共鳴し続けているようだ。
 歴史学者の研究によると、1883年から1941年までの間にアメリカでは3000人以上の黒人がリンチを受け殺されているという。ボブ・ディランの“廃墟の町”は「やつらは吊るされた死体の絵葉書を売っている」という歌詞で始まるが、南部で普通に見られた〝奇妙な果実〟は当時、絵葉書として出回っていたというのだ。
 こんな時代に“奇妙な果実”を定番曲として歌ったビリーが一体どのような仕打ちを受けたのかはあまり知られていない。リー・ダニエルズ監督の最新作『ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ』は、米連邦麻薬局が仕掛けた巧妙な罠によって死に追いやられたビリーの死の真相を描きだしている。
 映画の原作はヨハン・ハリの『麻薬と人間 100年の物語』(作品社)。ハリは、『ル・モンド・ディプロマティーク』紙や『ニューヨーク・タイムズ』紙などで健筆をふるう英国出身のジャーナリストだ。アムネスティ・インターナショナルの「ジャーナリズム・オブ・ザ・イヤー」に2度選ばれている。同書は、1930年に連邦麻薬局の初代局長に任命され、フーバーからケネディまで5代の大統領の下で32年間「麻薬局の帝王」として君臨したハリー・アンスリンガーに着目し、彼が書き残した記録などを基に、彼が麻薬と黒人ジャズ・ミュージシャンへの怒りをビリーに集中していった経緯を見事に暴いている。

■奴らを牢屋にぶち込め!

 禁酒法時代の取締官だったアンスリンガーはカリブやアフリカの響きが入り混じったジャズを「黒人にひそむ生来の衝動」と考え、「真夜中のジャングル」と評した。「ジャズの演奏家の多くはマリファナを吸っているおかげで素晴らしい演奏をしていると思い込んでいる」という部下の報告もあった。マリファナは時間感覚を損ねるので「(即興演奏の)ジャズが気まぐれな音楽に聞こえるのはそのせいだ」とも語っている。いずれにせよ、ハリによるとアンスリンガーは「チャーリー・パーカー、ルイ・アームストロング、セロニアス・モンクといった男たち全員を牢屋にぶち込みたくて仕方がなかった」というのだ。
 というのも、「(薬物依存症の)増加はほぼ100%、黒人によるもの」と考えたからだ。アンスリンガーが薬物戦争を遂行できたのはアメリカ人が感じていた恐怖に負うところが大きい。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「黒人コカイン中毒者、南部の新しい脅威に」と書いた。「これまでおとなしかった黒人がコカイン中毒で暴れている。……署長は拳銃を抜いて銃口を黒人の心臓に向け、引き金を引いた。……射殺するつもりだったが、銃弾を受けても男はびくともしなかった」。コカインは黒人を超人的な存在に変えてしまい、銃弾を浴びても平気なのだと噂されていた。そのため南部の警察で使われる銃は口径が大きくなった。ある医療関係者は「コカイン依存症のニガーを殺すのは大変だよ」と語っている。
 「黒人が怒るのは白い粉が原因だ。白い粉を一掃すれば黒人はおとなしくなり、再び服従する」と考えたアンスリンガーは、部下を使ってミュージシャンを尾行させ、「ジャズをやるやつら」を一網打尽にしようとした。だが、ジャズメンには堅い団結があった。密告者をひとりとして見つけることができなかった。仲間がひとりでも逮捕されると彼らは資金を募って保釈させた。米財務省はアンスリンガーの連邦麻薬局が時間の無駄遣いをしていると批判しはじめた。やむなく、彼は当時、ニューヨーク・ダウンタウンの人種差別のないカフェ・ソサエティで“奇妙な果実”を歌い、人気上昇中だったジャズ・シンガーのビリーに狙いを定めることにした。
 アンスリンガーはビリーがヘロインを使っているという噂を聞きつけ、ジミー・フレッチャーという職員を「覆面警官」としてビリーの元に送り込み、監視させた。ジミーは薬物を売る許可を持っており、自分が警官ではないことを証明するために客と一緒にヘロインを打つことも認められていた。ビリーを逮捕するために送り込まれた捜査官を信用したビリーは、彼を部屋に招き入れ、麻薬所持で逮捕された。その時、身体検査した女性警官とジミーの目の前で、ビリーは真っ裸になり「見てごらん」と放尿した。

■パパを殺したものすべてが歌い出されている

 “奇妙な果実”はそのカフェ・ソサエティで生まれた。作詞作曲は共産党員の教師エイベル・ミーアポール(ペンネームはルイス・アレン)だが、ビリーは自伝(油井正一・大橋巨泉訳『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』晶文社)の中で「彼(ミーアポール)は、私の伴奏者だったソニー・ホワイトと私に、曲をつけることをすすめ、三人は、ほぼ三週間を費やしてそれをつくりあげた」と書いている。これに対してミーアポールは沈黙を守った。「レイシストたちにビリーを攻撃する材料を与えたくなかった」というのがその理由だ。
 ビリーはこの歌詞に「パパを殺したものがすべて歌い出されているような気がした」と語っているが、ギタリストだった父クラレンスは巡業先のテキサス州で肺炎に罹り、黒人であるがゆえに病院をたらい回しにされた挙げ句、39歳で「白人専用病院」で亡くなった。ビリーは「テキサス州のダラスが父を殺した」と叫んだ。差別の激しい南部でリンチを受け、木に吊るされた黒人の姿を、自分の父親の死に重ね合わせたのだ。
 ビリーは自伝の中で、カフェ・ソサエティで初めてこの曲を歌った晩をこう書いている。「私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配していた通りのことが起った、と思った。歌い終わっても、一つの拍手さえ起らなかった。そのうち一人の人が気の狂ったような拍手をはじめた。次に、全部の人が手を叩いた」
 それからは毎晩、ステージの最後の曲として歌った。感情をすべて出し切って歌ったので、歌い終わると立つのがやっとになった。ビリーが歌い出す瞬間、ウェイターは仕事を中断し、クラブの照明は全て落とされた。こうして黒人へのリンチに対するプロテスト・ソングはビリーの十八番になった。この曲のレコーディングは大手の〈コロンビア〉には断られたが、インディー・レーベルの〈コモドア・レコード〉によって実現し、ビリー最大のベスト・セラーになった。
 ビリーが歌う“奇妙な果実”は多くの黒人の心を奮い立たせると同時に、レイシズムを嫌う白人の間にも感動の輪を広げた。黒人解放運動はカフェ・ソサエティの晩に始まったと数年後に言われるようになった。連邦麻薬局が「その歌を歌うな」と禁じたにも関わらず、ビリーが勇気を奮って歌い続けたからだ。

■あいつらはあたしを殺す気なのよ

 当時、連邦麻薬局は財務省の奥の薄暗い場所に置かれていた。かつては酒類取締局だったが、1933年に禁酒法が廃止されたため、即刻取りつぶしになっても仕方のないような弱小組織だった。それをアンスリンガーは「地上からすべての薬物を一掃する」ことを誓い、一大組織に育て上げた。アンスリンガーが残した記録によると、彼はジャズ界で唯一ビリーにこだわり、手を緩めなかった。
 薬物所持で逮捕され、女性刑務所で8ヶ月の服役を終えた後も、ビリーを執拗に追い回した。ビリーのヒモを脅して彼女のポケットにヘロインを忍ばせ、麻薬所持で現行犯逮捕したこともあった。ビリーを破滅に追い込むため、アンスリンガーはありとあらゆる罠を仕掛けた。
 最初に薬物所持でビリーを逮捕したジミーは「アンスリンガーに話をつけてやる」とビリーに約束し、その後もビリーに接近し続けた。母親から「あんな素晴らしい歌手はいない」と諭されてこともあった。それから、捜査官と麻薬依存者がクラブで一緒に踊る姿が見られるようになった。そのうち愛し合う関係になった。ビリーが薬物所持で再逮捕された時には裁判所でビリーに有利になる証言をしてアンスリンガーの怒りを買った。だが、アンスリンガーはビリーの情報を得るため捜査官としてジミーを使うことを厭わなかった。
 裁判が終わった後もビリーは“奇妙な果実”を歌い続けた。周囲の誰もが当局から睨まれるのを恐れて「歌わないように」とビリーを説得したが、「これは私の歌だ」と誰の忠告にも従わなかった。ビリーの友人は「彼女はどこまでも強い人だった。誰にも頭を下げなかった」と語っているが、その強さは黒人と麻薬を憎むアンスリンガーには通じなかった。
 その後もビリーは薬物とアルコールに溺れる生活を続け、1947年に解毒治療を受けるが失敗している。その数週間後にまたもや麻薬所持で逮捕され、懲役一年の刑に処せられた。度重なるスキャンダルのせいでニューヨークでの労働許可を取り消され、地方巡業に出るようになったビリーは経済的にも追い詰められ、麻薬とアルコールをやめることができなくなった。この間、カーネギーホールでのコンサートや欧州ツアーを一応は成功させたが、疲労や体重の減少による心身の衰えは隠しようがなかった。パリ公演を観たフランソワーズ・サガンは「(ビリーは)痩せほそり、年老い、腕は注射針の痕で覆われていた」「目を伏せて歌い、歌詞を飛ばした」と書いている。
 1959年、44歳になったビリーは、自宅で倒れ、病院に入院したが、既にヘロイン離脱症状と重度の肝硬変を患っており、心臓と呼吸器系にも問題があった。「長くは生きられない」と医者に言われた。それでもまだアンスリンガーはビリーを許そうとはしなかった。ビリーの方も友人に「見てなよ。あいつらは病室までやってきて、あたしを逮捕しようとするから」と吐き捨てるように言った。その言葉通り麻薬局の捜査官がやって来てアルミ箔に包まれたヘロインを見つけたと言って寝たきりのビリーを訴追した。ヘロインの包みはビリーの手の届かない病室の壁に貼ってあった。これも罠だった。
 警官2人が病室の入り口で警備に当たり、ビリーはベッドに手錠で拘束された。ビリーの友人らが「重病患者を逮捕するのは違法だ」と主張すると、警官はビリーの名前を重病人名簿から削除した。こうしてメタドン投与が打ち切られ、ビリーの体調は日に日に悪化した。ようやく面会を許された友人に向かってビリーは「あいつらはあたしを殺すつもりなのよ」と叫んだという。
 ビリーが病院のベッドで亡くなった時、警察は病室の入り口を封鎖し、彼女の死が公表されないようにした。手錠をかけられたビリーの足には50ドル札が15枚くくりつけてあった。ビリーを世話してくれた看護師たちにお礼として渡すはずだった。これが彼女の全財産だった。葬式の時に参列者が暴動を起こすことを恐れた警察はパトカーを数台出動させた。ビリーの親友は周囲の人たちに「ビリーは、彼女をめちゃくちゃにしてやろうという陰謀に殺された。麻薬局が組織をあげてそう画策したんだ」と怒りをぶつけた。

■ビリーは真のヒーローだ

 この映画で歌も雰囲気もビリー・ホリデイになりきったアンドラ・デイはスティーヴィー・ワンダーに見出された黒人ジャズ・シンガーだ。BLM運動のデモ行進でも歌われた“ライズ・アップ”の曲でグラミー賞にノミネートされたことがあるが、演技の経験はなかった。心配したリー・ダニエルズ監督が彼女に演技指導をつけたところ、その変身ぶりに驚いたという。監督は「彼女は演じているのではなく、ビリーそのものだった。神の声を聞いたような気がした」と語っている。
 当初、監督はビリーの曲に合わせてデイに口パクで演じさせる意向だった。だが、予定を変更しデイにはライヴで歌わせることにした。映画の中で“奇妙な果実”をフル・ヴァージョンで歌うシーンは圧巻だ。ビリーの深い悲しみと怒りが臨場感を持って伝わってくる。聞く者の心の琴線を強く揺さぶるシーンだ。まるでビリーがデイに憑依しているようで鳥肌が立った。
 このシーンについてデイはこう語っている。「ビリーとして、そして私自身として“奇妙な果実”を生で歌うことは、痛みのある体験だった。同時に不思議なことだけれど、カタルシスでもあった」
 ダニエルズ監督は1980年代後半のニューヨーク・ハーレムを舞台にした映画『プレシャス』で、母親から虐待を受けた黒人の少女がフリースクールの女性教師との出会いで「学ぶことの喜び」を知り、成長していく姿を描いた。1919年にヴァージニア州の農場で生まれた黒人の人生を描いた『大統領の執事の涙』(2013年)では、公民権運動やブラックパンサーの活動などを通して黒人から見た歴史を見せてくれた。
 今回の映画について監督はこう語っている。「政府がビリーを止めるただ一つの方法は、彼女を死の床に追い込むことだけだった。だから、ビリーは真のヒーローだ」。ヨハン・ハリによると、同じ麻薬中毒者でも白人歌手のジュディー・ガーランドや、「赤狩り」で知られる共和党上院議員ジョセフ・マッカーシーはアンスリンガーから良質な麻薬を渡され、逮捕されることもなく擁護されていたという。黒人はもちろん、共産党員や密売ルートとして中国やタイを槍玉に上げたアンスリンガーのグローバルな「麻薬戦争」は、自らが麻薬の “売人” になるという汚い戦争でもあった。
 結局のところ、彼の政策は麻薬密売シンジケートのギャングと取締当局をお互いに持ちつ持たれつの関係にしただけだったともいえる。アンスリンガーは終生、黒人差別と「地上から麻薬を一掃する」というパラノイア(偏執狂)に取り憑かれていた。ビリーはその犠牲者だが、“奇妙な果実”の歌声はデイによって模倣(ミメーシス)され、社会変革を求める「神の声」として現代に蘇った。

予告編

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