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Home >  News >  RIP > R.I.P. Betty Davis - 追悼:ベティ・デイヴィス

RIP

R.I.P.  Betty Davis

R.I.P. Betty Davis

追悼:ベティ・デイヴィス

野田努 Feb 15,2022 UP

私はあなたを愛したくない
なぜなら私はあなたを知っているから
ベティ・デイヴィス“反ラヴソング”

 時代の先を走りすぎたという人がたまにいるが、ベティ・デイヴィスはそのひとりだ。彼女については、かつてのパートナーだったマイルス・デイヴィスが自伝で語っている言葉が的確に彼女を説明している。「もしベティがいまも歌っていたらマドンナみたいになっていただろう。女性版プリンスになっていたかもしれない。彼女は彼らの先駆者だった。時代の少し先を行っていた」(*)
 ベティ・デイヴィスは女ファンクの先駆者というだけではない。彼女は、セックスについての歌をしかもなかば攻撃的に、鼓膜をつんざくヴォーカリゼーションと強靱なファンクによって表現した。公民権運動時代のアメリカには、ローザ・パークスやアンジェラ・デイヴィスをはじめとする何人もの革命的な女性がいた。音楽の世界においてもアレサ・フランクリンやニーナ・シモンらがいたが、ベティ・デイヴィスは彼女たちがやらなかったことをやった、それはセクシャリティの解放であり、家父長社会に対する性的な挑発だ。男性が伝統的に当然としてきた性的自由を享受する権利を声高く主張すること。だが、そのあまりにも放埒でラディカルな性表現は、1970年代当時、公民権運動の主体の一部であった全米黒人向上協会(NAACP)からもボイコットされたほどだった。
 
 1944年7月16日、ノースカロライナ州ダーラムで生まれたベティ・デイヴィスが、2月9日に77年の生涯を終えたことを先週欧米のメディアはいっせいに報じ、彼女にレガシーに言葉を費やしている。
 16歳のとき、ファッション・デザインを学ぶためにニューヨークにやってきた彼女は、その街の文化——グリニッジヴィレッジやフォークなど——を思い切り吸収した。モデルとしても働くようになったが、モデル業よりも音楽への情熱が勝り、1967年にはザ・チェンバース・ブラザーズのために曲を書いている。それが昨年ヒットした映画『サマー・オブ・ソウル』でも聴くことができる“Uptown (To Harlem)”だ。そして、マイルス・デイヴィスが、おそらくはほとんど一目惚れして、1969年のアルバム『キリマンジェロの娘(Filles De Kilimanjaro)』のジャケットになり、収録曲の1曲(Miss Mabry)にもなった。マイルスにスライ&ザ・ファミリー・ストーンとジミ・ヘンドリックスを教えたベティは、彼の二番目のパートナーとなり、かの『ビッチェズ・ブリュー』へと導いたことでも知られている。「音楽においても、これから俺が進むべき道を切り拓いてくれることになった」とマイルスは語っている(*)。
 そしてベディ・デイヴィスはマイルスとの短い結婚生活を終えると、わずか3枚の、しかし強烈なファンク・アルバムを残した。ぼくが所有しているのは『They Say I'm Different』(1974)の1枚だが、このジャケット写真を見れば、どれだけ彼女がぶっ飛んでいたかがわかるだろう。彼女はグラム・ロッカーであり、サン・ラーやジョージ・クリントンと肩を並べることができるアフロ・フユーチャリストでもあった。

 しかしながら、1970年代前半のアメリカで、黒人女性がファンクのリズムに乗って、自分の性欲や別れた男=マイルスのことを面白おかしく歌うこと(He Was A Big Freak)は、あまり歓迎されなかった。だがいまあらためて聴けば、先述の『They Say I'm Different』はもちろんのこと、ファースト・アルバム『Betty Davis』(1973)もサード・アルバム『Nasty Gal』(1975)も、その素晴らしいファンクのエネルギーに圧倒される。ベティの散弾銃のようなヴォーカリゼーションは、因習打破の塊で、まだまだ保守的だった時代においては恐れられてしまったのだろう。彼女の前では、ジェイムズ・ブラウンの“セックス・マシーン”でさえもお上品に聴こえると書いたのは、ガーディアンやクワイエタスに寄稿するジョン・ドーランだ。「彼女は、揺るぎない勇気とリビドーをストレートに感じさせる強さをもっていた」

 ベティは結局、早々と音楽業界から身を引かざるえなかった。ドーランは、ベティが無名性に甘んじたのは、明らかな性差別だったと断言しているが、21世紀の現在では、エリカ・バドゥやジャネール・モネイのように、彼女からの影響を公言するアーティストは少なくない。カーディBやニッキー・ミナージュだってその恩恵を受けているだろうし、もっと前には、それこそマイルスが言ったように、マドンナとプリンスにもインスピレーションを与えているという。テキサスのサイケ・パンク・バンドのバットホール・サーファーズだってベティへの賞賛を表明しているし、彼女はいま、ようやく時代が自分に追いついたことに安堵していることだろう。

人は私が変わってるって言うけれど
だって私はサトウキビで芯まで甘い
だからリズムがある
曾祖母は社交ダンスなんて好きじゃなかった
そのかわり
エルモア・ジェイムズを鼻歌で歌いながらブギったものさ

人は私が私は変わってるって言うけれど
だってチットリンを食べるから
生まれも育ちもそうなんだから仕方がない
毎朝、豚を屠殺しなければ
ジョン・リー・フッカーの歌を聴いて帰るんだ

人は私が私は変わってるって言うけれど
だって私はサトウキビで
足で蹴ればリズムが出る
曾祖父はブルース好きだった
B.B.キングやジミー・リードの曲で
密造酒をロックしていたのさ
“They Say I’m Different”
※サトウキビは長い円筒形の管のなかに甘い液体が入っていて、その管を口に入れて汁を吸う。


(*)『マイルス・デイヴィス自叙伝』(中山康樹 訳)。原書は1989年刊行

野田努

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