Home > Interviews > interview wuth Geoff Travis and Jeannette Lee - 〈ラフ・トレード〉が語る、UKインディ・ロックの現在
以下に掲載する記事は、2021年7月に刊行された別冊エレキング『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの世界』に掲載の、〈ラフ・トレード〉の創始者、ジェフ・トラヴィスと共同経営者ジャネット・リー(『フラワーズ・オブ・ロマンス』のジャケットで有名)、ふたりへのインタヴューです。現在のUKインディ・ロック・シーンに何が起きているのか、UKインディに起点を作った人物たちがそれをどう見ているのか、じつに興味深い内容なのでシェアしたい思い、ウェブで公開することにしました。
〈ラフトレード〉については日本でも多くの音楽ファンがその名前と、だいたいの輪郭はわかっていると思う。しかしながらこのレーベルが、マルクス主義とフェミニズムを学んだ人物によって経営されていた話はあまり知られていない。このあたりの事情については、ele-king booksから刊行されたジェン・ペリー(ピッチフォークの編集者)が書いた『ザ・レインコーツ』に詳述されている。ま、とにかく、彼=ジェフ・トラヴィスには彼が望んでいる未来がありました。彼の志はおおよそ正しかったのですが、未来とは予想外の結果でもあります。さてさて、彼がポートベローに小さなレコ屋を開いてから45年、“UKインディ・ロック”はどこに向かってるのでしょうか。どうぞお楽しみください。
2021年はスリーフォード・モッズの素晴らしい『スペア・リブ』からはじまった。
by Alasdair McLellan
数多くのエキサイティングなバンドがいま浮上してきている、間違いなくそう思う。ただ、今回の違いと言えばおそらく、いま出てきている若いバンドの多くは本当に素晴らしいプレイヤーたちだ、ということでしょうね。テクニック面でとても秀でている。
■ここ数年、日本から見て、UKのロック・シーンから活気が生まれているように感じます。スリーフォード・モッズのような年配もいますが、とくに若い世代から個性のあるバンドが何組も出てきて、このコロナ禍においてパワフルな作品を出しているように見えます。おふたりは70年代からずっとUKのロック・シーンの当事者であるわけですけど、いまぼくが言ったように、現在UKのロック・シーンは特別な状態にあると思いますか?
ジャネット・リー(JL):ええ、数多くのエキサイティングなバンドがいま浮上してきている、間違いなくそう思う。ただ、今回の違いと言えばおそらく、いま出てきている若いバンドの多くは本当に素晴らしいプレイヤーたちだ、ということでしょうね。テクニック面でとても秀でている。若いバンドはたまに、数曲プレイできるようになり、髪型とルックスをかっこよくキメたらツアーに出てしまい、成長するのはそこから……ということもあるわけだけど(苦笑)、いま飛び出してきているバンドの多くは、テクニックの面ですでにとても優れていると思う。しかも彼らの多くはカレッジあるいは音楽校、たとえばブリット・スクールやギルドホール・カレッジ(ギルドホール音楽演劇学校)等に通った経験もあるから、ツアーに出る前に楽器演奏をしっかり学んでいる、という。いま起きていることの違いのひとつはそこだと、わたしは思う。
■ジェフはいかがでしょう? ジャネットの意見に賛成でしょうか?
ジェフ・トラヴィス(GT):ああ、賛成。(苦笑)だから、わたしたちはいつだって意見が一致するんだ!
JL:(笑)
GT:興味深いと思うのは我々が十代だった頃はいまのような音楽学校はなかったことでね。ブリティッシュ・ミュージック・シーンはある意味アート学校で生まれたようなものだ。実際に学生だった者だけではなく、アート校周辺に集まった連中も音楽をやっていた。それに、ピート・タウンゼントのように実際にアート学校に通った人びともいた。
けれどもいまや、さまざまな音楽学校がそれに代わったわけだ。かつ、70年代には職がなければ失業手当の申し込みができ、政府からわずかのお金が給付された。飲食費に充てるのではなく家賃のためにね。
ところが現在では、政府給付を受けるのははるかにむずかしくなっている。それに大学やカレッジといったアカデミックな道を望まない、あるいは義務教育以上に進学したくないキッズで、それでも音楽を本当に愛しているとか、何かをクリエイトするのが大好きという者たちは、先ほどジャネットが名前を挙げたような新たなタイプの音楽校に向かうわけだね。
リヴァプールや南ロンドンをはじめ各地にそういった学校があり、彼らはそこに3年通ったり、専門校他の違ったタイプのカレッジに通い、音楽を学べる。実際、それが大きなサポートになっている。ミュージシャン同士がそうした学校で出会い、バンドを結成し、プロジェクトをやったり。たとえば、ミカ(・リーヴィ)の通った、キャンバーウェル(南ロンドン)にあるあの学校はなんだっけ? あるいは、ジョージア・エレリー(ブラック・カントリー・ニュー・ロード、およびジョックストラップ)が行ったのは……
JL:スレイド美術校? いや違う、ジョージア・エレリーが通ったのはギルドホール。
GT:ああ、ギルドホールか。ああいった面々は本当に才能あるミュージシャンであり、相当なカレッジに通ってね。
JL:でも、そればかりとは限らないし——
GT:たしかに、生まれつき才能のある者もいる。
JL:——ただ、彼らが基準を高く定めていく、と。
GT:ああ、レヴェルを上げる。違う世代ということだし、そこだね、70年代からの変化と言ったら。
JL:そう。
GT:思うに……それに70年代は、ある種60年代を引きずっていたとも言える。というわけで、カウンター・カルチャーの発想がいまよりももっと優勢だったのではないかな?
JL:(うなずいている)
GT:だから、若者はちゃんとした職に就こうとはしない、弁護士や医者になるつもりはない、といった調子で、親が子に望む生き方と逆の方向に向かったものだ。けれども、彼らはそういう考え方をしていないよね? いまのキッズは違う。
JL:ええ、それはない……。ということは、いまのキッズには反抗する対象があまりないということでしょうね、かつてのわたしたちと較べて(苦笑)。
GT:ああ。それにおそらく、まだ親と暮らしているだろうしね。
JL:でしょうね。
GT:なにせひとり暮らしをしようにも、家賃が高過ぎて無理だから。その違いは大きい。UKにおいて、音楽は歴史的に言っても、我々がいつだってかなり得意としてきたところでね。我々にいくらかでもある才能のうちのひとつだ。だからイングランドでは常に、新たな面白い音楽が生まれてくる。
もっとも、ムーヴメントというのは正直、定義しにくいものでね。我々はその面は大概、社会学者やそれらについて書く音楽ジャーナリストの手に委ねておく。我々はとにかく、いま音楽をやっている人びとのなかで我々がベストだと思う者たち、我々全員がエキサイトさせられる連中を見つけようとするだけだ。
とはいえ、うん、間違いなくひとつのムーヴメントがあるね。あの、歌うのではなくて、たとえばマーク・E・スミスやライフ・ウィズアウト・ビルディングスのスー(・トンプキンス)がやっていたような、歌詞を吐き捨てるごとくシャウトする一群の連中がいる。ドライ・クリーニングやヤード・アクト、スクイッド、ブラック・カントリー・ニュー・ロードといった連中、彼らがああいう風に「歌う」歌唱ではなく、「語る」調の歌唱をやっているのは興味深いことだ。
UKにおいて、音楽は歴史的に言っても、我々がいつだってかなり得意としてきたところでね。我々にいくらかでもある才能のうちのひとつだ。だからイングランドでは常に、新たな面白い音楽が生まれてくる。
■これら新たなバンドがどんどん出てきているのには、何か社会/文化的なファクターがあると思いますか? それとも、じつはずっとこの手のバンドは存在し活動していて、シーンもあり、それがいまたまたメディアに発見され、脚光を浴びているのでしょうか?
JL:新しいシーンはいつだって進行していると思う。常にね。そして、いつだってメディアがそれを取り上げ、命名するものだ、と。ただ、さっきも話したように、現在起きていること、おおまかに言えば南ロンドン&東ロンドン・シーンになるでしょうけど、それを他と区別している点は、新たなバンドのミュージシャンシップだと思っている。専門的な腕の良さ、彼らが技術的に非常に堪能であること、この新たな一群とこれまでとを画している違いはそこになるでしょうね。というのも、ほら、たとえばパンクの時代には、そこから離れていく動きがあったわけでしょう?
■たしかに。
JL:パンク以前は、人びとは技術的にとても達者だったし、(苦笑)ギターでえんえんとソロを弾いたり(苦笑)。そしてパンクが起こると、楽器が上手なのはまったくファッショナブルなことではなくなり、誰もそれをやりたがらないし、誰も聴きたがらなくなった。その側面は長い間失われていたけれども、こうしていま、人びとが再び音楽的な才能を高く評価する、そういうフェーズに入っているということだと思う。本当に、ちゃんと演奏ができる、という点をね。
GT:それもあるし、いま、ロンドンには非常に活況を呈しているジャズ・シーンもある。それは珍しいことでね。新世代の若い黒人のロンドン人たちが、ジャズを再び新しいものにするべく本当に努力を注ぎ込んでいる。それはずいぶん長い間目にしてこなかった動きだし、そこもまた、新しいバンドのいくつかのなかに入り込んでいる気がする。サキソフォンやホーン、ヴァイオリンなど、一般的なバンドでは耳にしないサウンドが聞こえるし、それも彼らにとってはノーマルな部分であって。そこはある意味興味深い。
■たしかにジャズも勢いがありますし、新世代バンドのなかにはやや70年代のプログレが聞こえるものがあるのは、興味深いです。
JL:ブラック・ミディでしょ(笑)?
GT:ああ。
■(笑)はい。なので、いまの世代は、パンクだ、プログレッシヴ・ロックだ、ヒッピー音楽だ、という風にジャンルを分け隔てて考えていない印象があります。影響の幅が非常に広いな、と。
GT:その通りだね。我々が本当に驚かされてきたのもそこで、たとえばブラック・ミディの3人と話すとする。で、彼らの音楽的知識、その幅、そして歴史的な理解は全ジャンルにわたるものであり、とにかく驚異的だね、本当に。わたし個人の体験から言っても、あの年齢で、あれだけさまざまな音楽や知名度の低いアーティストについて詳しい人びとに出会ったことはいままでなかった。ジャズ・ギタリスト、フォーク・ギタリスト、カントリー&ウェスタンのプレイヤー、ロカビリーのギター・プレイヤー等々。それはまあ、インターネットが人びとの音楽の聴き方の習慣を変え、あらゆるものへのアクセス路をもたらしたからに違いないだろうけれども。
JL:しかも、彼らは音楽学校に入るわけで。そこでも教育を受け、音楽史等について学ぶ。
GT:ああ、そうだね。にしても、彼らの音楽への造詣の深さ、あれにはただただ舌を巻くよ。
■若手のシェイムをはじめ、ゴート・ガール、ドライ・クリーニング、スクイッド、ブラック・ミディ、ワーキング・メンズ・クラブ、ヤード・アクト、ザ・クール・グリーンハウス、コーティング、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、ビリー・ノーメイツ、スリーフォード・モッズやアイドルズなどなど……彼らをポスト・パンクと括ることに関してはどう思われますか?
ゴート・ガールの『On All Fours』もよく聴きました。
by Holly Whitaker
GT:ルイ・アームストロングはかつてこう言ったんだ、「音楽には良いものか、悪いものしか存在しない。わたしは良い類いの音楽をプレイする」とね。
JL:(笑)その通り。
■(笑)ええ。
GT:いやもちろん、わたしも理解しているんだよ。ジャーナリストは数多くの原稿を文字で埋め、何かについて書かなくてはならないわけだし、物事をジャンルへとさらに細かく分け、そこに名前をつけようとするのは理にかなっている。けれども、ミュージシャンのほとんどはそれらのカテゴリーのなかに入れられるのが正直好きではないし、とくにジャンルに関して言えば、これらのバンドたちは、別の世代がやったのと同じようにカテゴリーを認識してはいない。非常に多様でメルティング・ポットな影響の数々が存在しているからね。ポップをやることも恐れないし、かと思えば次はフォーク、今度はソウル・ミュージックをプレイする、という具合だ。たとえばブラック・ミディは今日、ホール&オーツのカヴァーをやってね。
■(笑)なんと!
GT:あれはまさか彼らから?と思わされた変化球だった(苦笑)。
JL:(笑)それに、彼らはブルース・スプリングスティーンの曲もカヴァーしたことがあって。あれにも――かなり驚かされたわね。でも、個人的に言えば、わたしはカテゴリーは別に気にしてはいない。とにかく、いいものか、そうではないか。何かしら胸を打つものか、あるいはそうではないか。それだけの話であって。わたしたちの心に響き感動させられるもの、わたしたちが惹き付けられるのはそれ。これまで、わたしたちが「あの新しいムーヴメントのなかから誰かと契約しなくてはらない」という風に考えたことは一度もなかったと思う。そうした考えは一切入り込まないし、とにかく本当に才能があるとわたしたちの見込んだ人びとと会ってみるし、その視点から物事を進めていくことにしているだけ。彼らをグループとして一緒にまとめているのは、新聞のほう(笑)。
■(苦笑)はい、我々の側ですよね。承知しています。
GT:(笑)。
序文・質問:野田努(2021年12月27日)
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