「R」と一致するもの

Susumu Yokota - ele-king

 横田進の7枚組のボックス・セットが8月1日にロンドンの〈Lo Recordings〉から発売される。これは、横田の没後10年を節目とした同レーベルの企画で、1998年に始動した横田のレーベル〈Skintone〉から2012年までにリリースされた14作品がCD・アナログ両フォーマットにて復刻される。その第一弾として、今回は以下の人気作がセットに入っている。
『Magic Thread』(1998) 『Image 1983-1998』(1998) 『Sakura』(1999) 『Grinning Cat』(2001) 『Will』(2001) 『The Boy and the Tree』(2002) 『Laputa』(2003)
 
 全作品はリマスタリングされ、アナログ盤ではカラー・ヴァイナル(全13枚の12インチの盤)仕様、各アルバムのカヴァーアートは新しくデザインされ、彼の詳しいバイオグラフィーが綴られたブックレットも封入されている。CDが1万5千円弱、アナログ盤は5万強と高価な商品だが、ファンには嬉しい企画だ。限定発売なので、早めに予約しよう。

Susumu Yokota
Skintone Edition Volume 1

Ellen Arkbro - ele-king

 スウェーデンの作曲家/サウンド・アーティスト、エレン・アークブロは、カリ・マローンサラ・ダヴァチと並んで、近年のドローン・ミュージックの中でもひときわ存在感を放つ人物だ。そんな彼女がリリースした新作『Nightclouds』は、これまでのキャリアを通じて最も完成度の高い一作であり、その質の高さに驚かされると同時に深い納得を覚える作品となっていた。鍵となるのは、2021年のヴォーカル・アルバム『I get along without you very well』を経た経験だ。その作品を通じて彼女が獲得した「音楽」と「音響」の統合感が、本作『Nightclouds』で見事に昇華されている。

 『Nightclouds』のマスタリングを手がけたのは、アンビエント界の重鎮にして優れたエンジニアでもあるシュテファン・マシュー。リリース元は、ザ・シャドウ・リングのボックス・セット、フローリアン・ヘッカー、7038634357、キャサリン・クリスター・ヘニックスなどのアルバムをリリースし、いまや現代エクスペリメンタル・ミュージックの最重要レーベルのひとつに数えられる〈Blank Forms Editions〉である。同レーベルからは、アークブロが参加するユニット Lippard Arkbro Lindwall の新作『How do I know if my cat likes me?』も同時にリリース。こちらはモダンな構造と音響でミニマリズムを展開する意欲作となっている。

 アークブロは2017年の『For Organ and Brass』以降、パイプオルガンや管楽器など伝統的な楽器を用いたドローン作品を継続的に発表し、「ハードコアなドローン」とも呼ぶべき音楽性を築いてきた。感傷を排した硬質な響きは、同時代のマローンやダヴァチと比較しても、明確な個性を持っていた。それは、ストックホルム王立音楽大学で電子音楽を学び、学位を取得した彼女の音楽的素養に裏打ちされた成果でもある。楽器に対する深い理解と、音の物理的特性に対する精緻な感覚が、彼女の作品には常に息づいている。
 その一方で、アークブロはもともとジャズ・ヴォーカリストとしての訓練も積んでおり、ヨハン・グラデンとの共作による『I get along without you very well』では、そのヴォーカリストとしての側面が色濃く現れていた。従来のドローン作品とは異なる、歌と感情を繊細に結びつけた意欲的な試みだった。そこでは、和声の余白や、残響の隙間に「うたごえ」が揺らめくように立ち上がり、彼女の新たな可能性が垣間見えた。
 こうした異なるベクトルを持つ作品群は、決して相反するものではない。むしろ、音楽という時間芸術においては、ミニマリズムもドローンも、そして歌も、すべてが多層的な時間のレイヤーとして重なり合っている。『Nightclouds』は、そうしたアークブロの内的多様性が統合された結果として誕生したアルバムだ。そこに聴こえる響きは、これまでにない豊かな音響の発見である。その意味では2019年にリリースされたカリ・マローン『The Sacrificial Code』と双璧をなすアルバムといえよう。

 『Nightclouds』に収録されているのは、2023年から2024年にかけてヨーロッパ各地の歴史的教会や演奏空間で録音された、パイプオルガンによる5曲の即興演奏だ。即興とはいえ、構築的でコンポジション的な側面が強く、「リアルタイムで作曲された演奏」と言って差し支えない。空間そのものを含んだ演奏は、あたかも建築と対話するかのように響き、その空間の記憶をも刻印する。アークブロの演奏には、感傷を排した冷静さが通底しているが、その音の向こうには、あたかも「うたごえ」が立ち上がってくるような錯覚すら覚える。もしかすると彼女は、演奏中に頭の中で歌を響かせていたのではないか。
 1曲目 “Nightclouds” は、霧の中から立ち上がるようなオルガンの響きで幕を開ける。ドローン的な持続音かと思いきや、頻繁にコードチェンジが起こり、響きは抽象と具象の境界を往復する。無調の響きのようなクールさを持ちつつも、微かな調性感が保たれ、独特の和声が立ち上がってくる。耳を澄ませていると、遠くから誰かの「声」が聴こえてくるような錯覚に襲われる。どこにも声なんて鳴っていないのに。そう、ここには、彼女が長年磨いてきた即興と構成の絶妙なバランスが存在しているのだ。
 2曲目 “Still Life” では、“Nightclouds” と同じくパイプオルガンが用いられているが、やや高音から始まり、コード・チェンジは抑制されている。和声というより音色の変化に比重が置かれ、よりドローン的な構成となっている。倍音が空間を漂うことで、聴覚だけでなく身体感覚にも訴えるような揺らぎが生まれている。ハードコアなドローン作品に比べて音像は柔らかく、筆者にはここでもやはり幻の「うた/こえ」が聴こえてきた。
 3曲目 “Chordalities” は低めのトーンで始まり、控えめなコード進行がドローン的な質感を強調する。中盤で突如、高音が鋭く鳴り響く展開は意表を突き、終盤では微細な音から低音への移行が何度も繰り返される。アルバム中でも最も無機的な印象を与える楽曲であり、その硬質さはアークブロ初期の作風に近い。
 4曲目 “Nightclouds (variation)” は、その名の通り1曲目の変奏曲だが、“Chordalities” の再解釈にも聴こえる。1分38秒という短さながら、次の5曲目への橋渡しとしての機能を果たしている。ある種の「呼吸」として機能しており、アルバムの時間構造において重要な意味を担っている。
 5曲目 “Morningclouds” は、アルバムの掉尾を飾る18分58秒の長尺曲。“Nightclouds” から “Morningclouds” へ、夜から朝への移ろいを暗示し、作品全体の円環構造を締めくくる。持続と変化、即興と構築、音楽と音響の「あわい」。その彼岸に浮かぶ「うた/こえ」の幻視。本作の音楽的・哲学的な結実点がここにある。“Morningclouds” のタイトルが示唆するように、柔らかく微かな光を含んだ明るさが、音の全体に差し込む。

 本作の収録時間は約36分。決して長尺ではないが、時間の線的な感覚に囚われる必要はない。夜から朝へ、そしてまた夜へと循環する大きな時間軸がこのアルバムには刻まれている。繰り返し耳を傾けることで、その響きは少しずつ変容していくだろう。オルガンによる独自のコード感は極めて個性的であり、新たなミニマル・ミュージックの理想形を提示する作品と言える。2025年のエクスペリメンタル・ミュージックにおいては、本作『Nightclouds』は、エセル・ケイン『Perverts』、ルーシー・レイルトン『Blue Veil』と並び、確実に2025年を代表する重要作のひとつとなるだろう。

ストーンはあまりにも高く舞い上がり、あまりにも激しく墜落したため、挫折した希望と閉ざされたユートピアの生きたメタファーとなったのだ。 ――『ガーディアン』書評より

黒人音楽のルールを完全に変え、
サマー・オブ・ラヴの象徴となって
ブラック・ポリティクスをポップスに流し込み、
そして時代の頂点に立った男の、ウィットに富んだ赤裸々な回想録

 2025年6月9日、永眠したスライ・ストーン。『サンキュー またおれでいられることに――スライ・ストーン自叙伝』は、スライの波瀾に満ちた人生の “光と影” を、余すところなく綴った回想録だ。
 キャリア初期のラジオDJやレコード・プロデューサー時代から、60年代末のサンフランシスコ音楽シーンの頂点、そして70~80年代ロサンゼルスの深く重く、混沌とした日々へと物語は進む。舞台はステージであり、豪邸であり、家族や著名人たちとの交遊のなかでもある。ここに描かれるのは、欠落を抱えた人間の姿と完璧なまでの芸術性とのせめぎ合い。
 共著者には、ジョージ・クリントンやブライアン・ウィルソンの回想録にも携わった作家ベン・グリーンマンを迎え、『サンキュー またおれでいられることに――スライ・ストーン自叙伝』は、鮮烈で、ときに恐ろしく、だが最終的には深く肯定的な人生とキャリアの旅路となっている。

[著者]
スライ・ストーン(Sly Stone)
1943年、テキサス州デントンにてシルヴェスター・スチュワートとして生まれ、幼少期にカリフォルニア州ヴァレーホへと移住。ドゥーワップ歌手、ラジオDJ、レコード・プロデューサーとしての短いキャリアを経て、彼は〈スライ&ザ・ファミリー・ストーン〉を結成、その中心人物として活動する。このバンドは、黒人と白人、男性と女性、兄弟姉妹による混成グループであり、ロック、ソウル、ファンクを融合させた革新的なサウンドによって、ポップ・ミュージックの地平を大きく塗り替えた。ウッドストック・フェスティヴァルへの出演で一世を風靡し、「エヴリデイ・ピープル」「サンキュー」「ファミリー・アフェア」といった代表曲は、1960~70年代のアメリカ文化の変遷を映し出すと同時に、その時代を象徴する国民的アンセムとして今なお鳴り響いている。絶頂期から薬物依存に苦しみ、次第に表舞台から姿を消すことになるが、その音楽的影響力はむしろ増すばかりだった。気まぐれで風変わり、唯一無二の閃きを放つスライ・ストーンは、まさにアメリカが生んだ真のオリジナルである。2025年6月9日、ロサンゼルスにて永眠。

ベン・グリーンマン(Ben Greenman)
シカゴ生まれ、マイアミ育ち、その後ブルックリンに移住。『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラー作家であり、ノンフィクションとフィクションの双方を手がける。これまでにクエストラヴ、ジョージ・クリントン、ブライアン・ウィルソン、スティーヴィー・ヴァン・ザントらとの共著を発表、翻訳されたものとしてはクリントンとの『ファンクはつらいよ』(DU BOOKS)、クエストラヴとの『ミュージック・イズ・ヒストリー』(シンコー・ミュージック)がある。批評やジャーナリズムの分野でも活躍し、長年編集者を務めた『ザ・ニューヨーカー』誌をはじめ、『マイアミ・ニュー・タイムズ』など多くの媒体に寄稿してきた。なお、彼もまた、読者のあなたに感謝を捧げたい。

[本文より]
 「連れて行きたい、もっと高くに」。おれが歌うと、観客は最後の言葉を歌い返してくれた、「もっと高くに!」。全員がだ。すげえ。
 そのまま続けさせた。おれがそうした。
 「そう、『もっと高くに』。で、ピースサインを掲げるんだ。大丈夫、何も損はしないから。ただ、うん、やっぱりまだ躊躇してる人がいるみたいだね。承認が要ると思ってるんだろ、自分にとって得になるかもしれないことをするだけなのに」
 「連れて行きたい、もっと高くに」が出て行った。「もっと高くに」が返って来た。言葉の意味するものがぐんと広がった。それはいまや、たんに良い気持ちや良い薬物で自らを上げ続けろ、とは言っていなかった。それはいまや、自分を下げてしまうあらゆるものを打ち負かせ、と言っていた。それは、自らが抱える問題の乗り越え方を教えてくれる一つの指南だった。それは、一つの解決策だった。

目次

前奏(イントロ)

序章 おれがおれにいてほしいなら(イフ・アイ・ウォント・ミー・トゥ・ステイ)

パート1 新しい世界(ア・ホール・ニュー・シング)

1章 家族の話(ファミリー・アフェア)(1943~1955)
2章 青春話は簡潔に(シング・ア・シンプル・ソング)(1955~1963)
3章 やればできるさ(ユー・キャン・メイク・イット・イフ・ユー・トライ)(1946~1966)
4章 社会的弱者(アンダードッグ)(1966~1967)
5章 音楽に合わせて踊れ(ダンス・トゥ・ザ・ミュージック)(1968)
6章 連れて行きたい、もっと高くに(アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイヤー)(1969)

パート2 リッスン・トゥ・ザ・ヴォイス

7章 夏の日の熱き楽しみ(ホット・ファン・イン・ザ・サマータイム)(1969~1970)
8章 人は皆、誰もがスター(エヴリバディ・イズ・ア・スター)(1970~1971)
9章 おれ、笑顔だったろ(ユー・コート・ミー・スマイリン)(1971~1972)
10章 いずれ(イン・タイム)(1972~1973)
11章 するって言ってくれ(セイ・ユー・ウィル)(1974)
12章 スモール・トーク(1974)

パート3 思い出せ、自分が誰なのか(リメンバー・フー・ユー・アー)

13章 クロスワード・パズル(1975~1979)
14章 ファンクはより強靱に(ゲッツ・ストロンガー)(1980~1983)
15章 クレイジー(1984~1986)
16章 変調の時(タイム・トゥ・モジュレート)(1987~2001)
17章 復活劇(カミング・バック・フォー・モア)(2001~2011)
18章 もしもこの部屋が喋れたなら(イフ・ディス・ルーム・クッド・トーク)(2012~現在)

後奏(アウトロ)

スライの謝辞
ベンの謝辞

Selected Discography

索引

Pulp - ele-king

 1995年という年は、いまとなっては当時の1965年と同じくらい遠い過去になった。1995年、グラストンベリー・フェスティヴァルのメインステージに、ストーン・ローゼズの代役として突如ヘッドライナーとして登場したパルプにとって、それはバンドの飛躍を意味したものだったが、同時に、イギリスのポップ・カルチャーにおける決定的な出来事でもあった。当時リリースされたばかりのシングル「Common People」は、その瞬間にして90年代を象徴するポップ・ソングとしての地位を確立したのだった。
 あのときの勝利は、周縁に追いやられてきた人びと、置き去りにされてきた人びと──インディ・キッズ、労働者階級、学校でいじめられ、スーパーマーケットの駐車場で暴力を受けていたような“変わり者”たちにとっての正当性の回復のようにも感じられた。
 あれから30年──2025年に(あまりうまく隠し通せなかった)シークレット・セットとして同じステージに戻ってきた彼らは、明らかに年齢を重ね、白髪も混じった風貌のバンドとなっていた。もっとも、ジャーヴィス・コッカーはもともと“老けた若者”のような佇まいで、彼の身体がようやく年齢に追いついただけとも言える。その意味では、彼の佇まいはあまり変わっておらず、2025年のパルプのライヴは、驚異と美しさに満ちたものだった。90年代の楽曲がひとつずつ演奏されていくにつれ、時間が逆流していくような錯覚を覚える。ジャーヴィスの表情や身振りが、いつしか過去の写真のなかの彼自身と重なっていき、ひとつひとつの曲が、ふたたび若さを帯びながら息を吹き返していくのだ。

 パルプの新作アルバム『More』は、こうした熟年期の彼らが生み出した作品である。そこには人生の静かな失望や諦念が、擦り切れた袖口のように滲んでいる。だがこのアルバムは同時に、過去の断片や未完の思考と緩やかにつながりながら、それらを現在へと開かれた「連続体」の一部として再構築している。過去と対話を重ねることで、それをいまなお生き続ける何かとして復活させている。

 オープニング曲 “Spike Island” は、1990年にザ・ストーン・ローゼズが敢行した伝説的な野外コンサートを参照している。この公演は、音響の不備や場当たり的な運営が問題視された一方で、インディ・カルチャーが時代精神を掌握した象徴的瞬間であり、パルプが1995年にグラストンベリーのメインステージに立つまでの流れを形成する上でも、重要な踏み石となった出来事だ。 “Slow Jam” に登場する「Cos I’m the resurrection man(だってぼくは復活の男だから)」という一節もまた、ザ・ストーン・ローゼズの代表曲 “I Am the Resurrection ” を想起させつつ、彼らが生み出した時代の空気がパルプの台頭を後押ししたという文脈をほのめかしている。
 アルバムにはその他にも、ポップ・カルチャーへの言及が点在している。 “Tina ” のなかの「Your lipstick on my coffee cup(コーヒーカップについた君の口紅)」という台詞は、90年代UKポップスの寵児テイク・ザットへのウィンクとして響く。そしてラスト曲 “A Sunset” では「I’d like to teach the world to sing(世界中に歌を教えたい)」というフレーズが繰り返される。これは、1971年に放映されたコカ・コーラのCM──海辺の夕焼けを背景に、若者たちが合唱するあの映像──に記憶の起源をもつかもしれないが、同時にオアシスの初期代表曲──ロジャー・クックとロジャー・グリーナウェイによる原曲 “I’d Like to Teach the World to Sing ” のメロディを流用していたことで知られている── “Shakermaker ” をも想起させる。

 もちろん、このアルバムにはパルプ自身の歴史も随所に織り込まれている。 “Got to Have Love ” でジャーヴィスが綴る「L-O-V-E」の綴り方は、1995年の名曲 “F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E. ” を明確に呼び起こすし、 “Grown Ups” における「Are you sure?(本気かい?)」という一言は、 “Common People” での印象的な語り口をなぞる。そして “Background Noise ” で告白される「Don’t remember the first time(最初のときのことは覚えていない)」という一節は、1994年の出世作『His’n’Hers』に収録された名曲 “Do You Remember the First Time? ” への静かな応答でもある。過去と現在、記憶と再演──それらはこのアルバム全体を通して繰り返し響き合いながら、パルプという存在の継続性を、静かに、しかしたしかに証明している。

 とはいえ、こうした過去のポップ・カルチャーにまつわるイースターエッグ[*復活祭に飾られるカラフルな卵/復活の象徴]の数々は、どちらかといえば時間の経過を示す通過点のようなものであり、このアルバムの核心にあるのは、ジャーヴィス自身による老いについての私的な黙想にほかならない。そしてそれは、かつて彼の楽曲を特徴づけていた、性的欲望や覗き見るような痛みを描いた物語の精緻な語り口とまったく同じ文体で遂行されている。
 2曲目 “Tina” は、 “Something Changed ” の構造を逆転させるような楽曲だ。あの曲では、語り手はまだ出会ってもいない女性との未来を夢見ていたが、 “Tina” では(おそらく既婚の)男が、実現しなかったもうひとつの人生──ある女性との長年にわたる幻想の関係──を回想するというかたちをとる。いや、より正確には、電車やカフェでふと目にする女性たちに向けて日常的に抱く、現実とは切り離された空想の象徴といった方がいいかもしれない。
 この曲の核心にあるのは、「老い」がいかにして人間から「別の人生」の可能性をひとつひとつ奪っていくか、という痛切なメタファーである。そしてそのメタファーは、女性の名前に込められた言葉遊びによって強調される。 “Tina” とは、マーガレット・サッチャーがかつて語った有名なフレーズ──「There Is No Alternative(他に選択肢はない)」──の頭文字なのだ。

“My Sex ” は、より近過去の記憶を反映している。ギリシャ悲劇のコロスを思わせる鋭く語りかけるようなバッキング・コーラスは、ジャーヴィス・コッカーが2019年に始動させたプロジェクト《Jarv Is...》の作風と語り口を彷彿とさせる。一方、 “Got to Have Love” は、別の興味深いアプローチを取っている。2000年前後に書かれたが一度はお蔵入りとなった楽曲を再構築し、いまのバンドの状況にふさわしいかたちで蘇らせているのだ。ディスコ的な律動が執拗に反復されるこの曲は、バンドの絶頂期の痛切な渇望──とりわけ “She’s a Lady” に通じるもの──をもっとも明示的に喚起するものだが、同時にジャーヴィスは、当時と現在とのあいだに広がる時間の隔たりを自覚的に見つめている。「It cannot be denied, I waited far too long / To believe, to believe in the words, I once wrote to this song(否定できない、ぼくはあまりに長く待ちすぎた/かつてこの曲のために綴った言葉を信じるために)」
 しかしながら『More』は、ブラーの近作『The Ballad of Darren』と同様、強いポップ性を前面に押し出すよりも、静かなテンポと内省的な憂いに重心を置いた作品である。ブラーのデーモン・アルバーンが“ダレン”という誰でもない架空の存在を媒介に老いについての思索を展開したのに対して、ジャーヴィス・コッカーはより直接的で、感傷に浸ることなく語りかけてくる。曲そのものも、しっとりとしたトーンのなかに、どこか切迫した緊張感を保っている。
  “Partial Eclipse” は、パルプがこれまで録音してきたなかでも屈指の名曲のひとつと言ってよいだろう。そしてアルバムを締めくくる “A Sunsets” は、すでにライヴでのハイライトとしての風格すら漂わせている。録音ではブライアン・イーノとその家族がバック・ヴォーカルに加わっているが、その響きはまるで、イーノの名作『Before and After Science』のB面に収められていても不思議ではないような、静謐かつ奥行きある余韻を残す。
 『More』に欠けているのは、作品全体を貫く強固な「音の輪郭」だ。少なくとも、それが『His’n’Hers』にあったような、きらめくシンセとグラム・ロック的華やかさで構築されたウォール・オブ・サウンドであったり、『This is Hardcore』のような、コカインの幻覚と偏執的閉塞感、そしてオーケストラルなギター・ノイズが渾然一体となった不穏な音響的スープであったりするような形では、ここには存在していない。

 もっとも、『More』も『This is Hardcore』と同じく、管弦楽的アレンジへの愛着を共有してはいる。だが本作を特徴づけているのは、むしろ過剰さを排した端正なプロダクション──それぞれの楽曲に必要な空間だけを与え、個々の曲が独立した輝きを放てるように配慮された、ミニマルで清潔な仕上げである。その意味で、アルバム全体の印象は『Different Class』に近い。じっさい、この『Different Class』との関係こそが、本作について考えるとき何度も立ち返ってしまう視点である。『More』は、90年代のあの名作の、老いを経た鏡像のようにも感じられる。年月に磨耗しながらも希望を失わず、どの曲も同じように独自性をもち、洗練され、控えめなながらしっかりとした自信をたたえた、もうひとつのポップの結晶としてそこにあるのだ。


Ian F. Martin

1995 is is distant in the past now as 1965 was then. When Pulp stepped onto the main stage at Glastonbury in 1995 as last-minute replacement headliners for The Stone Roses, it was a breakthrough moment for the band and a defining event in British pop life, cementing the position of their then-new single Common People as the iconic pop song of the decade. It felt like a triumph and vindication for the outsiders and the left-behind: the indie kids, the working class, the weirdos who got bullied at school and beaten up in supermarket car parks.

When they stepped onto that same stage for a (not very well kept) secret set in 2025, it was as an older, greyer, more weathered group. Jarvis Cocker always looked to me like an elderly man just waiting for his body to catch up, so he inhabits this ragged state well. This also means that he is remarkably unchanged, and Pulp live in 20205 is a thing of wonder and beauty: as the songs from their 90s unfold, time seems to flow backwards through them, Jarvis growing impossibly younger as the set goes on and one by one he begins to inhabit those photographs of another time.

Pulp’s new album, More, is a creature born of this older band — music that wears the quiet disappointments of life on its worn sleeves — but throughout, it connects to and runs with loose threads from the past, turning the past into part of a still-living continuum, in conversation with its older self.

Opening song Spike Island references The Stone Roses’ legendary 1990 outdoor concert, notorious for its poor sound and slapdash atmosphere but a key moment in indie culture’s seizing of the zeitgeist and an important stepping stone on Pulp’s route to that stage in Glastonbury. The line “Cos I’m the resurrection man” on Slow Jam also perhaps calls back to The Stone Roses and the role they had in shaping the atmosphere that enabled Pulp’s rise. Other pop cultural reference points dot the album too. The line “Your lipstick on my coffee cup” from Tina gives a wink in the direction of Take That. Meanwhile, closing song A Sunset repeats the line “I’d like to teach the word to sing”, which perhaps has its roots in a childhood memory of a 1971 Coke advert, featuring a choir of youngsters singing the line against the backdrop of a seaside sunset, but also summons the memory of Oasis’ early hit Shakermaker, which stole the melody of Roger Cook and Roger Greenaway’s original song.

Naturally, Pulp’s own history extends through the album too. The way Jarvis enunciates the letters “L-O-V-E” in Got to Have Love echoes F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E. from 1995, The line “Are you sure?” on Grown Ups nods to his famous delivery of the same phrase in Common People, and his confession of “Don’t remember the first time” in Background Noise calls back to Do You Remember The First Time? from Pulp’s 1994 breakthrough (and best) album His’n’Hers.

But all these little easter eggs from past pop moments are more like waypoints to symbolise the passage of time, while the heart of the album is Jarvis’ own personal meditations on growing old. This he does with all the storyteller’s attention to detail that characterised his early tales of sexual frustration and voyeuristic heartache. Second track Tina inverts the structure of Something Changed, where instead of the narrator dreaming of a future with a girl he hasn’t yet met, it takes the form of a (possibly married) man loking back over a decades-long fantasy of a life he never had with another woman — or more likely an avatar for all the other women he idly fantasises about in trains and cafés. The song underscores its metaphor for the way age closes down one alternative life path after another by making the woman’s name an acronym for Margaret Thatcher’s famous declaration of cancelled futures everywhere: “There Is No Alternative”.

My Sex reflects the more recent past, with its sharply delivered Greek chorus backing choir recalling the style and tone of Cocker’s 2019 Jarv Is project. Meanwhile, Got to Have Love takes another interesting approach, resurrecting an abandoned song from around the turn of the millennium and retooling it for the band’s current circumstances. With its insistent disco pulse, it’s the song that most explicitly summons the painful longing of the band’s heyday, particularly She’s a Lady, but with Jarvis noting the distance between the song’s roots and the band’s current lives as he sings “It cannot be denied, I waited far too long / To believe, to believe in the words, I once wrote to this song”.

Like Blur’s recent The Ballad of Darren, though, More leans less on bold pop statements and harder on its downtempo, melancholy side. Where Damon Albarn wrapped his own musings on advancing age in the distancing device of everyman Darren, though, Jarvis is more direct, less mournful, the songs still crisp and urgent in their own way. Partial Eclipse might be one of the best songs Pulp have ever recorded, and closing song A Sunset already feels like a live showstopper, the recorded version recruiting Brian Eno and most of his family on backing vocals for a tune that already feels like it could have sat comfortably on Side B of Before and After Science.

What More doesn’t have is a strong overarching sound of its own, or at least not in the way His’n’Hers did with its shimmering, glittering, synth-glam wall of sound or This is Hardcore did with its paranoid, claustrophobic brew of cocaine-sleaze and orchestrally-augmented guitar noise. While it shares the latter’s love of orchestral arrangements, the overall sound it’s characterised more by a tidy, unfussy production style that gives each of the songs what they need to shine individually, and in this way it more closely resembles Different Class.

It’s that relationship with Different Class that I keep coming back to with this album, and in many ways it feels like an older mirror to its 90s counterpart: worn down by the years but still hopeful, and each song every much as unique, elegantly crafted and quietly confident a piece of pop in its own more understated way.

ディランの想像力を刺激した音楽を最もよく理解している書き手による独創的な書物。
――『ニューヨーカー』

長編探偵小説のような文化批評であり、音楽的なラヴストーリー。
――『Rolling Stone』(2022年のベスト・ミュージック・ブックに選定)

マーカスのディラン論は、ボブ・ディランその人と同じくらい不可欠なものだ。ディランの幻視的な創造力というプリズムを通して、マーカスは現代アメリカの魂の驚くべき歴史を浮かび上がらせる。
――オリヴィエ・アサヤス(映画監督)

マーカスの洞察と叙情が冴え渡った一冊。ディランとその音楽についての豊富な情報、回想的な筆致と霊感に満ちた批評との見事な融合。最も独創的な音楽家を、最も独創的な音楽批評家が語るにふさわしい本だ。
――ジョイス・キャロル・オーツ(作家)

 ロック・ジャーナリズムの巨匠によるディラン研究の集大成。
 ディランの創造的・文化的発展の全体像、七つの楽曲を軸にディランの軌跡を語りつつ、アメリカという国とその歌の歴史の省察を織り込んだ、濃密かつ豊穣な書物。
 ディランが自らの楽曲を書きはじめたとき、そこに新たな命を吹き込んだ伝承歌の系譜も本書のなかで生き生きと甦る。
 ディランの楽曲について語るとき、どうしても言葉が反復的になりがちだが、著者は新鮮な視点を提示し、ディランの音楽の源流に関する深甚な知識を押しつけがましさもなく披露する。
 これは単なるディランの伝記ではない。ディランが自身の歌に新たな命を吹き込んだ、アメリカのフォーク・ソングの豊かな歴史そのものである。
 たとえば、“風に吹かれて” は、ディランが21歳のときに書いた曲だが、じつは “No More Auction Block(もう競売台などごめんだ)” という南北戦争時代の自由の歌がその根幹にあると、著者は語る――
 過去と現在を往復しながら展開する本書の、最後の一文を読んだときには、読者は少なからず、思いも寄らなかった何かを思うだろう。
 表紙および挿絵を手がけたマックス・クラークのヴィジュアルも、マーカスの、そしてディランの言葉と絶妙な呼応を見せている。さあ、2022年の刊行当時、多くのメディアから絶賛された名著の日本版をどうぞ。

 ●より詳しい内容紹介および解説はこちら→ 『グリール・マーカス『フォーク・ミュージック——ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー』』刊行のお知らせ

[著者]
グリール・マーカス(Greil Marcus)
 1945年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。1963年にカリフォルニア大学に入学、『ローリング・ストーン』を創刊するヤン・ウェナーと知り合い、ロック評論家の第一世代の最前線として活動。1975年には、いまもなお読み継がれている『ミステリー・トレイン』の初版が上梓する。
 未訳だが1989年に出版された『Lipstick Traces』は、セックス・ピストルズの源流としてシチュアシオニズムやダダ、はては中世の千年王国論宗派にまで遡り、パンクを民衆の抗議詩の文脈のなかで論じた重要作として知られる。
 また、これも未訳ながらディランとザ・バンドが趣味で録音した「The Basement Tapes」からアメリカを論じた『Invisible Republic: Bob Dylan 's Basement Tapes』も影響力ある一冊。
 ほかにも多数に著作があるが、日本では以下の翻訳書がある。『ロックの「新しい波」 パンクからネオ・ダダまで』(三井徹 訳、1984年、晶文社)、『ミステリー・トレイン ロック音楽にみるアメリカ像』(三井徹 訳、1989年、第三文明社)、『デッド・エルヴィス』(三井徹 訳、1996年、キネマ旬報社)、『ライク・ア・ローリング・ストーン――Bob Dylan at the Crossroad』(菅野ヘッケル 訳、2006年、白夜書房)。

[本文より]
二〇〇一年にローマで、ボブ・ディランは記者団に対し「他の人々の中に自分の姿が見える」と述べた。そのはじまりから現在に至る彼の作品の謎を解く手がかりがあるとしたら、この発言がまさにそれかもしれない。彼の歌のエンジン部に当たるのは共感だ。つまり他の人々の人生の中に入ってみたいという欲求とそれをやってのける能力のことであり、異なる結末を求め、既に他者にやり尽くされたドラマを再現・再演することすらある。(…)それはまた、ボブ・ディラン自身が宿ってきたコスチューム、顔、髪型、情動の数々の変容のように、自らでっち上げた、あるいは発見した別の人生とアイデンティティの中に入っていくことも意味する。次なるウディ・ガスリーかと思えば最新版のランボーになり(…)と。

四六判/368頁

目次


バイオグラフィー
他の生き様の中で

Blowin’ in the Wind――風に吹かれて(一九六二)
The Lonesome Death of Hattie Carroll――ハッティ・キャロルの寂しい死(一九六四)
Ain’t Talkin’――エイント・トーキン(二〇〇六)
The Times They Are A-Changin’――時代は変る(一九六四)
Desolation Row――廃墟の街(一九六五)
Jim Jones――ジム・ジョーンズ(一九九二)
Murder Most Foul――最も卑劣な殺人(二〇二〇)

著者註釈
謝辞
索引

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
◇7net(セブンネットショッピング) *
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
diskunion
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
◇e-hon *
Honya Club
◇文苑堂オンライン *

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
◇三省堂書店 *
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか
◇有隣堂 *
◇くまざわ書店 *
◇TSUTAYA *
大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。


Cosey Fanni Tutti - ele-king

 ポルノ産業とは男性によって男性の快楽のために作られた装置で——日本でそれは、ポルノ産業との無関係を装ったさまざまなジャンルにおいて広範囲に機能している——、そこでは女性は非現実的なものとして客体化される。コージー・ファニ・トゥッティがポルノ雑誌のモデルやヌードダンサーをやったことは、1970年代のフェミニズムからするとポルノ産業への従属と解され、1976年の悪名高き〈Prostitution(売春)〉展とともに、権威的なアート界からも女性解放からも、そして国会からも個人攻撃の対象となった。
 社会の規範に迎合しないこと、不寛容に対するあらんかぎりの存在証明、立ち入り禁止の領域を横断すること——それが彼女の生き方であって、彼女のアートであるという考えが、彼女の自伝『アート セックス ミュージック』で明かされている。コージーの挑発的でセクシャナルなヌード写真がギャラリーに飾られている21世紀では、ウィメンズ・ポリティクスとアートの関係も再調整されたようで、当初言われていたような、それが低俗なポルノと高級なアートとの階層を粉砕するものだというよくある解釈が、いまでは中産階級的に思えてくる。あくせく働く必要のなかった中産階級の子息たちによる“過激な集団”COUMトランスミッションズのなかで、唯一の労働者階級出身だったコージーが働きながらアート活動を続けた話も自伝にくわしい。先日、『ワイアー』の表紙を飾った彼女だが、そのカヴァースートリーを読んで思わず声が出てしまったのは、これだけ国際的な名声を得たいまでも、コージーは生活のために働くことから逃れられていないという現実だ。こうした日々の生活と彼女のアートが無関係になることはあり得ない。自伝にあるように、彼女にとっては「人生がアート」なのだ。

 『2t2』は、コージー・ファニ・トゥティにとって2019年の『TUTTI』に続くオリジナル・ソロ・アルバムに数えられるが、その前に1枚、デリア・ダービシャーのドキュメンタリー番組『The Myths And Legendary Tapes』のためのサウンドトラックを2022年に発表している。コージーにとって、これが重要だった。
 ダービシャーは1960年代、BBCラジオの電子音響プロジェクトで働き、電子音楽家の先駆者のひとりとしていまでは日本でもよく知られている。コージーはドキュメンタリー番組の音楽を依頼されたことで、ダービシャーについて調べた。マンチェスター大学に残された彼女の資料を読みあさり、そして手記や記録を読んでいくうちに彼女の人生への共感がどんどん膨らんでいったのである。
 第二次大戦開戦の2年前、労働者階級の娘として生まれたダービシャーだが、数学の成績が抜群に優秀だったがゆえに、当時の労働者階級の少女としては極めて稀なことにケンブリッジ大学の奨学金を獲得した。数学を学ぶにはもっとも権威ある場所だが、彼女が専攻を数学から音楽に変えたのは、学内における根深い女性蔑視によって入学した女性の多くが余儀なく中退するなか、ダービシャーには音楽だけが逃げ場であり、楽園に思えたからだった。就職のため、BBCに異常な枚数の手紙を送りつけていたのも、そこは当時、英国内で唯一音楽を流す機関だったからで、BBCに行く以外のことが彼女には考えられなかった。
 ダービシャーを音響工学に向かわせたのは、数学的で、未来を予感させるヤニス・クセナキスによる電子詩だった。願いかなってBBCの音響プロジェクトに就職できたダービシャーだが、最初に彼女がもっとも苦労したのは、誰もが上品な英語を話すBBCという職場のなかで、労働者階級のコヴェントリー訛りを矯正することだった。彼女の最初の「音響プロジェクト」は自分自身の声の強制的な変調だったのかもしれない、コージーはそう書いている。
 そのいっぽうでコージーは、ダービシャーについて調べている時期に、たまたま古本屋でマーガリー・ケンプの本を見つけて、なんとなく気になって買った。ケンプは幻視体験をもつ14世紀の女性神秘家で、裕福な家の出ではあったが、その型破りな言動ゆえに迫害され、国外への巡礼を繰り返し、異端の罪で七度も告発されながら自分を貫いた人物である。コージーの人生において宗教はまったく縁のないものだったが、教会から「とんでもない狂女」と非難されたケンプは、1976年に「文明の破壊者」と国会議員から名指しで非難された自分と似ている、コージーはケンプの人生についても研究した——そして、ダービシャー、ケンプ、そしてコージー自身、生きた時代の違う3人の女の人生の共通点を見出しながら描いたのが、2022年に刊行された2冊目の書籍『Re-Sisters』だった(先述したコージーのコメントは同書からの引用)。本作『2t2』は、その延長にある。

 アルバムの前半は躍動感のある曲が並んでいる。1曲目の “Curæ(キュレイ)”──ラテン語で「注意」や「配慮」の意──を聴いていると、コージーが「レイヴ・カルチャーに参加できなかったことを後悔している」と発言したことを思い出す。アルバムの中盤以降では、彼女のコルネット、そして今作における重要な楽器であるハーモニカをフィーチャーしたアンビエント風の曲が続いている。とくに “Threnody” と“Sonance”の2曲では、興味深いことにコージーの穏やかな境地を感じることもできるが、そう簡単に晴れ晴れとした気持ちにはなれないとでも言いたげに、アルバムには闇があり、低音がある。自伝『アートセックス ミュージック』の映画化が決まり制作がはじまろうとしたとき、ジェネシス・P・オリッジの遺産管理団体がTGの曲の使用の許可をしなかった(使用にはメンバー全員の許諾が必要)。インダストリアル・ミュージックの起源とスロッビング・グリッスルの結成を描く映画に対するその対応が、自伝のなかでオリッジからの虐待を書いたコージーへの報復であろうことは察しが付く。最初は「ふざけんな」だったコージーの反応は、しかし最後には、並外れた忍耐と交渉の果てに得た合意における勝利の「ありがとう」、そして「ふざけんな」を添えた感情へと変わっていた。その先に生まれたのが、『Re-Sisters』であり本作『2t2』である。

 コージー・ファニ・トゥッティという名前は、モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」 (「女はこうするものだ」の意)をもじったものだというが、つくづくこの芸名は素晴らしいアイロニーだ。
 『Re-Sisters』には、最後に素晴らしい一文がある—— ‘WILL’ではなく ‘WON’T’。つまり「やらないこと」「拒絶すること」、彼女たちが男性優遇の社会のなかで自分の居場所を見出すためにやったことが「従属への拒絶」だったことは大きな意味があるように思う。「私たちがいまやっていること自体は、たぶん重要ではない。けれど、いつか誰かが関心を持って、この土台のうえに何か素晴らしいものを築いてくれるかもしれない」というアート活動にともなう宿望、男性アーティストからはなかなか出てこない言葉ではないだろうか。本作『2t2』を聴いた誰かが、いつかさらに素晴らしいものを作るだろう、そんな思いを抱かせるような音楽は決して多くないのだ。

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 - ele-king

BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025

 ele-kingで絶賛執筆中のデジさん(緊那羅:デジ・ラ)、音楽活動も精力的にやっています。7月20日に東京のアンダーグラウンドの牙城、幡ヶ谷 FORESTLIMITにて、〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉を主催します。とても面白そう。参院選の日、夜は幡ヶ谷に集合です!

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉
Artists :
Heejin Jang
Taro Aiko from M.A.S.F.
Kinnara : Desi La
DJs : Moemiki
Deadfish Eyes 2025/07/20
幡ヶ谷 FORESTLIMIT
adv ¥2300 w/1D /// door ¥2500 w/1D
Open 18:00

2025/07/10迄——予約はaimaidebakuzen@yahoo.co.jp
2025/07/10以降——当日券(door)になります。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSf7KdhsC8wMDdjymQtYj9MKyDc2ahmMig0ibbD8gwOy0jqVEw/viewform

 みなさん、こんにちは。お知らせがあります。7年ぶりにBEAUTIFUL MACHINEが帰ってき ます——その名も「BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE」。2013年に初開催し、6年間 続けてきましたが、様々な限界にぶつかり、沈黙していました。
 ノイズ・ミュージックとレイヴ・カルチャーの融合、そして「マシン」そのものへのオマー ジュという二重の意図から生まれたBEAUTIFUL MACHINEは、クラブ・シーンで活躍する DJたちと先鋭的な電子音楽アーティストたちをつなぎ、日本の2つの強力なアンダーグラ ウンド文化を11回以上にわたりクロスオーヴァーさせてきました。

 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉では、韓国から電子音楽アーティストHeejin Jangをヘッドライナーとして迎えます。彼女の来日は2018年以来初となります。さらに、 ノイズペダルメーカーTaro Aiko (M.A.S.F.)、ジューク・シーンやGqom愛好家のMoemiki、そ してイベント〈Ximaira〉よりロマンティックなインダストリアルセレクションを届ける Deadfish Eyesが出演。そして最後に、緊那羅 : Desi Laが、新作「Demons to some, Angels to others」からの最新セットを披露します。

 After a 7 year absence, BEAUTIFUL MACHINE is back — this time as BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE. First launched in 2013, the event ran for 6 years straight before going dark. Inspired by the idea of fusing noise music and rave culture with the parallel dual intention of paying tribute to the "machine" itself, Beautiful Machine brought together DJs active in the club scene and seminal electronic artists, cross mixing two of the strongest underground cultures in Japan over 11 times.
BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025 is bringing together headliner electronic artist Heejin Jang from Korea in her first visit to Japan since 2018 with noise pedal creator Taro Aiko of M.A.S.F., heavy hitting djs juke and Gqom enthusiast Moemiki and Deadfish Eyes of event Ximaira serving up a romantic industrial selection, and lastly Kinnara : Desi La, playing a brand new set from his upcoming release ”Demons to some, Angels to others”.

■Heejin Jang
 ヒジン・チャン(Heejin Jang)は、韓国・ソウルを拠点に活動する アーティストです。彼女のライブサウンドパフォーマンスでは、即 興のコンピュータ音楽を披露し、日常的で些細な音の要素から着想 を得て、それらを再構成し、瞑想的な体験やデジタルによって引き 起こされるパニックのような現象的な空間を創り出します。ヒジンは、ザ・ラボ(The Lab)、ヤーバ・ブエナ芸術センター (Yerba Buena Center for the Arts)、ムムック・ウィーン(mumok Vienna)、ハーベスト・ワークス(Harvestworks)、ライズームDC (Rhizome DC)、ハイ・ゼロ実験音楽フェスティヴァル(High Zero Experimental Music Festival)、センター・フォー・ニュー・ミュー ジック(Center for New Music)、ダブラブ(DubLab)などでライヴパフォーマンスや作品展示を行ってきました。彼女の音楽は、 『The Quietus』、『NPR』、『The Wire』などでも取り上げられて います。
Heejin Jang is an artist based in Seoul, South Korea. In her live sound performance, Heejin presents a set of improvised computer music. She arranges and synthesizes sonic spaces that draw from the everyday and the trivial, re-forming them into phenomenal situations of meditation or digitally induced panic.
Heejin played live and exhibited her pieces at The Lab, Yerba Buena center for the arts, mumok Vienna, Harvestworks, Rhizome DC, High Zero Experimental Music Festival, Center for New Music, DubLab, and many more. Her music has been reviewed on The Quietus, NPR, The Wire and more.
Music:Bandcamp: https://heejinjang.bandcamp.com/
Website: https://heejinjang.com/

■ Taro Aiko from M.A.S.F.
 ノイズ・シーンから圧倒的な支持を得る音響ブランドM.A.S.F.の開発者にしてエレクトロニクス奏者。自身が設計制作した発振器やエ フェクターを用いた独自のハードスタイルを追求・展開してきた。 近年はモジュラーシンセサイザーを用いた演奏を取り入れ、より過 剰な音響演出を試みる。節度や常識を一切考慮しないそのオリジナ ルな創作は、音を生成する瞬間に演奏者と聴き手の境界を溶解させ る、自己生成する生物としてのノイズである。
A developer of the highly acclaimed sound brand M.A.S.F., which has earned overwhelming support from the noise scene, and an electronics performer. He has pursued and developed a unique hardstyle using self-designed and built oscillators and effects units. In recent years, he has incorporated modular synthesizer performances, pushing toward even more excessive sonic presentations. His original creations, unconcerned with restraint or convention, generate noise as a self-generating organism that dissolves the boundaries between performer and listener in the very moment of sound creation.

■ Deadfish Eyes
 ポスト・パンクやニューウェイヴ等の音楽から強く影響を受け、インダストリアルミュージックやノイズを織り交ぜた、耽美主義的な表 現を得意とするDJ。 マイノリティのためのクィアパーティー「Ximaira」を主催し、レジデントも担当。
A DJ heavily influenced by post-punk, new wave, and known for their decadent expression that blends industrial music and noise. They are the organizer and resident of "Ximaira," a queer party for minorities.

■Moemiki
 トリップ・ホップからクラブ・ミュージックの世界に入り、フットワークの洗礼を浴びて2018年よりパーティオーガナイズと DJ活動を開始。エクスペリメンタル/ゴルジェ/フットワークを行き来す る呪術的なアプローチが持ち味。好きなBPMは160。
Entering the world of club music through trip-hop and baptized by juke/footwork, she began organizing parties and DJing in 2018. Her signature style is a shamanic approach that traverses experimental, gqom, and juke. Preferred BPM: 160.

■Kinnara : Desi La(緊那羅:デジ・ラ)
 緊那羅:デジ・ラは、電子音楽家、3Dモーションアーティ スト、グラフィック・デザイナー、クリエイティヴコーダーとしてジャンルを 横断しながら活動する多才なクリエイティヴ・アーティストです。新たなテク ノロジーと建築的世界のリズムを芸術を通して表現することにフォーカスし た未来派のアーティストでもあります。緊那羅:デジ・ラは、ライヴ・パフォーマンス作品であるオーディオ・ヴィジュアルパフォーマンス《CHROMA》やアンビエントAV作品《SPHERE OBJEKTS》、漆黒の中で行われる没入型電子音響体験《DARK SET》、多層的なテーマを持つ音楽リリース、そしてWeb3上に構築された抽象的なミクス トメディアによる空間的ゲーム/ギャラリーなど、幅広いメディアと表現形 式を行き来しながら活動しています。
 彼のヴィジョンの核心にあるのは、「未来主義」であり、社会の進化を積極的 に受け入れること。それは、過去のすべてを再解釈・再構成・再構築し、現 在そして未来の世代のために進化させるという考えに基づいています。保存 ではなく、再構成こそが重要なのです。
緊那羅:デジ・ラのヴィジュアル作品は、渋谷や銀座のアンダーグラウンドな 空間で展示されたほか、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど海外でも発表されています。彼の代表的イベント《BEAUTIFUL MACHINE》は 2013年に始まり、6年間で11回開催された後、いったん幕を閉じましたが、 現在《BM》は再び蘇りつつあります。
Kinnara : Desi La is a versatile Creative prolific as an electronic musician, 3D motion artist, graphic designer, and creative coder working across genres. A futurist focused on expressing the rhythms of the new technological and architectural world through his art. Kinnara : Desi La bridges his art between live performance works like his audiovisual performance CHROMA and ambient audiovisual SPHERE OBJEKTS, pitch black DARK SET explorations in intense electronic listening, multi-thematic music releases and his abstract mixed media spatial game / gallery in web3. Kinnara : Desi La`s total vision embraces futurism, the embrace of advancement in society as a cornerstone of his world view. All things of the past should be reinterpreted, remixed, reconstructed, and rebuilt for the advancement of our current and future generations. Reconfiguration versus preservation.
Kinnara : Desi La`s visuals have been shown in the depths of Shibuya and Ginza and internationally in Singapore, Malaysia, and Indonesia.
Kinnara : Desi La`s flagship event BEAUTIFUL MACHINE began in 2013 and continued for 6 years over 11 times before going dark. Now BM is resurrected.
https://kinnara-desila--afrovisionary-creations.bandcamp.com/

Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell - ele-king

 マックス・ローチの『We Insist!:Freedom Now Suite』(61年)は最高だ。コールマン・ホーキンスの雄々しいテナー・サックス。ブッカー・リトルの力強いトランペット。アビー・リンカーンの説得力溢れるヴォーカル。そして、ローチの紡ぐ強靭なグルーヴ。それだけで、なんの説明も要らないほどである。だが、同作がアフリカン・アメリカンの自由と権利を求めた闘いの所産だと知ると、少し聞こえ方が変わるかもしれない。公民権運動のスローガンとして制作され、奴隷解放宣言100周年を記念して発表された同作は、強烈なメッセージのこもったプロテスト・アルバムなのである。同時代の作品に較べても、切実さが違うのだ。
 そして、このアルバムに敬意を払って作られたのが、グラミー賞を4度受賞したドラマー/プロデューサーのテリ・リン・キャリントンと、グラミー賞ノミネート経験のあるヴォーカリストのクイリスティ・ダシールによる『We Insist 2025!』だ。オリジナルが偉大すぎるが故に重圧も相当だったのではないかと推測するが、仕上がりは文句なし。ジャズ、ブルース、ソウル、ゴスペル、ファンクなどを折衷した闇鍋的なグルーヴが脈打っている。なんだ、こちらも最高じゃないか。

 キャリントンとダシールはいずれも女性ミュージシャン。圧倒的な男社会だったジャズ・シーンの風向きが変わりつつあるのを反映してか、ゲスト陣も、ベーシストのミシェル・ンデゲオチェロ、ハープ奏者のブランディー・ヤンガー、フルート奏者のニコール・ミッチェルなど女性が多い。61年の『We Instst!』でローチらがアフリカン・アメリカンの誇りを歌い上げたように、本作ではジャズ界隈でマイノリティである女性ミュージシャンならではの矜持が表出している。

 フェラ・クティのお株を奪うようなアフロ・ビートの“Driva‘man”、キャリントンのリムショットが響き渡るスロー・ファンク“Freedom Day,Pt.1”、凄みの効いた朗読に圧倒される“Triptych: Resolve/Resist/Reimagine”、アビー・リンカーンへのリスペクトが浮き彫りになる“Dear Abbey”など、ふつふつと湧きあがってくる熱情が、風通しの良いネオ・ソウル的なサウンドで中和され、聴きやすくなっているのも特徴だ。本作が生みだされた背景や文脈を知らずとも楽しめるところも肝要だろう。

 影の主役は10曲中7曲に参加しているトランペッターのミレーナ・カサド。スペイン人の母とドミニカ共和国出身の父の間に生まれ、バークリー音楽大学で学んだ彼女は、つい先日、デビュー作『リフレクション・オブ・アナザー・セルフ』をリリースしたばかり。彼女はロイ・ハーグローヴの衣鉢を継ぐような――つまり、RHファクター的とも言える――ネオ・ソウル以降のサウンドを披露した。そのプレイにもぜひとも注目してほしい。それにしても、ブルーノートからデビューしたブランドン・ウッディーにせよ、黒田卓也にせよ、2018年に49歳で急逝したハーグローヴに敬意を示すトランペッターは数多い。この系譜も剋目に値するだろう。

Hazel English - ele-king

 ヘイゼル・イングリッシュの音楽は記憶の中で鳴っているみたいな音がする。あるいはそれは2010年代に差しかかった時代のUSインディの音の面影なのかもしれない。オーストラリア出身で現在LAを拠点に活動する彼女の音楽は初期のビーチ・フォッシルズにオールウェイズの輝きのフレバーを振りかけたみたいなもののように感じられるのだ。柔らかい光の投影のようなそれは最新作のプロデューサーDay Waveの音楽にも重なって感じる部分でもある。2枚のEPを合わせるようにして作られた最初のフルレングスの編集盤『Just Give In/Never Going Home』以来、再び彼と共に制作したという『Real Life』を聞いているとほんの少しだけ世界が色づいたような感覚に陥る。メロディアスなギターのフレーズに優しく憂いを帯びたヴォーカル、記憶のフィルターみたいなシンセの音、それは世界を変えるみたいな大げさなものではなくて、家に帰った後にお気に入りのTVが始まるみたいな子供の頃の帰り道のワクワク感や待ち合わせをしている友達のもとに向かっている時に感じる心地よい胸の高鳴りに近いのかもしれない。
 そんなことを考えながら2025年のヘイゼル・イングリッシュの来日ツアー、最終日のライヴに向かう。夏のような暑さが続く6月後半の日、最新アルバムの曲をたくさん聞けたらいいななんて思いながらの道にやはり胸が高鳴っていく。こんな穏やかな興奮を味わえるのもきっと彼女の音楽の魅力だろう。

 新代田のFeverの壁にヘイゼルの名前を見つける。入場を待つ会場も心なしかワクワク感に包まれているような気配がある。オープニングアクトは浮。始まった瞬間に会場の空気が変わる。静かに、心に波紋を描いていくギターの弾き語りはひんやりとした神社の石段の冷たさを感じながら聞く童歌のようだと思った。クーラーの風が冷たく沁みて思わず目を閉じたくなる。

 そうしてしばらく置いて20時45分、バンドと共にヘイゼル・イングリッシュが登場する。シンセ・プレイヤーの姿はなく2本のギターとベースにドラムのベーシックな編成、だけどもドラム・セットがマーシャルのギター・アンプの横、ステージの端に置かれるというちょっと変わった配置。出囃子はなし。スゥっと入ってスッと始まる。そして70年代風のワンピースを着た小柄な彼女がギターを構えた瞬間、想像の世界の夏が訪れる。それはきらきらしていて柔らかな、ほんの少しだけ重力がなくなった世界の日々の思い出なのだ。オープニングトラックの “Make It Better” にしても続けて演奏された “More Like You” にしても憂いを帯びていて、いわゆるインディーポップの曲としてはしっとりしている。しかしその塩梅がなんとも心地良い。まるで雨上がりの水滴混じりの街のように、憂いを含んだ歌声がギターの輝きを反射してノスタルジックに曲を染める。

 進行ミスすら愛おしく思える会場全体を包む暖かな空気もまた格別だ。バンドは曲を間違えてやり直す。でもそれすら嬉しく感じる。ゆるいのではなく暖かい、それは彼女の音楽が格式ばったところではない、何気ない日常と接続される場所から来ているからなのかもしれない。友達との会話で噛んだり言い間違えたりしたときにちょっと笑ってネタにしてそのまま話を続けるのと同じように、笑顔で一言声をかけてなにごともなくそのまま音楽が続いていく。そうやって演奏された “Other Lives” はオリジナルよりもずっと柔らかく優しいアレンジで、まるで硬さのあった初対面の出会いから気心の知れた仲になったみたいに思えて、日常からほんの少しだけ抜け出した幸福をそこに感じた。

 ライヴ中盤、ギターを置き60年代のポップ・ミュージックに影響を受けたようなアルバム『Wake UP!』(赤い帽子と服が印象的なやつだ)から “Five and Dime”、“Shaking” と2曲続けて披露される。スタンドからマイクを外し、控えめに彼女は踊る。マイクを片手にゆらゆらと体を揺らす姿はこれ以上ないくらい曲にフィットしている。まるでレトロなテレビに映るポップ・スターみたいな様相で、だけども派手に主張することはなく曲に寄り添い音の隙間に入り込むように揺れていく。
このセクションの流れの中で披露された “There She Goes” もまた素晴らしかった。瑞々しくスッと突き抜けるようなラーズの原曲と比べて、厚みを出さずほとんどギター単独でゆったりと余白を作るみたいに演奏されるヘイゼル・イングリッシュ・ヴァージョンはやはり憂いを含み、そこに広がる空間に思い出を浮かばせているような雰囲気があった。こうやって聞くとこの曲は60年代的なフィーリングを多分に含んでいる曲なんだなと思わせられる。

 そしてヘイゼル・イングリッシュには郷愁がある。「今日この辺りを散歩したんだけど凄く良かった。東京はいつも違った印象を与えてきて、訪れる度に探検してるみたいな気分になる」なんて言葉の後に演奏された “All Dressed Up” に強いノスタルジーを感じる。頭の中のアルバムをめくるようにして思い出が映し出されるタイプのノスタルジー。街には知らない誰かの記憶が刻まれている。ヘイゼル・イングリッシュの音楽の中にある憂いは失われた、あるいは遠く離れてしまった場所との距離なのだ。そうした感情がインディ・ポップ/ドリーム・ポップの淡い光の中に接続されて小さな幻想を生み出す。それこそがきっとこの心地よさの正体だ。

 そんな風にしてこの理想の夏は終わりに近づいていく。待たせることなくすぐさま出てきてのアンコール。会場から「5モア」「10モア」の軽口が飛んで(あぁここからも会場を包む暖かい空気を感じる)ちょっとはにかんで「まだ私に飽きていないんだ」なんて言ってから演奏された最後の2曲はまた格別だった。不安に対処することについての曲だという “I'm Fine”。オリジナルとは違ったアレンジ。シンセの同期に頼らずにシンプルにギターを効かせ歌を聞かせる。そうやってギターと声の曇り空に切なさが滲み出す。構造的には “There She Goes” のカヴァーと同じような作りだけれど、 やはりヘイゼル・イングリッシュの声は奥行きがあって特別だ。
 そして最後はダンスで終わる。再びギターを置き、バンド・メンバーを紹介した後「次で本当に最後の曲。日本のショーの本当に最後」と言って “Wake UP!” が演奏される。派手に飛び跳ねるような渦の中、笑顔を浮かべて別れてく。インタヴューで彼女は自分の曲を時間の小さなスナップショットみたいに捉えていると言っていたけれどこの日のライヴはまさにそれだった。暖かく優しくほのかに幸せ、ヘイゼル・イングリッシュの音楽は感情を撫で上げて頭の中に心地の良い日々の記憶を残していく。

Adrian Sherwood - ele-king

 先日少しお伝えしたエイドリアン・シャーウッド13年ぶりのソロ・アルバム『The Collapse Of Everything』がいよいよ8月22日にリリースされる。同作にはマーク・スチュワートやキース・ルブランへの追悼の意が込められているそうで、ルブランの演奏も使用されているようだ。さらには、ブライアン・イーノが書いた曲も含まれているとのことで、大いに期待できそうです。
 またこれにあわせて、今年もDUB SESSIONSの開催がアナウンスされた。11月19日(水)@六本木EX Theater、11月20日(木)@名古屋Club Quattro、11月21日(金)@大阪Gorilla Hallの3都市を巡回する。今回はシャーウッドが(新作にも参加している)タックヘッドのダグ・ウィンビッシュ──元々はシュガーヒルのハウス・バンド、つまりオールドスクール・ヒップホップの代表曲、グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴの “メッセージ” でベースを弾いていた人ですね。凄まじいテクニシャンなので必見です。ちなみにキース・ルブランはその時代のドラムです──をフィーチャーし、ライヴを披露するのみならず、マッド・プロフェッサー&デニス・ボーヴェルという、巨匠2組もステージに立つ予定。いやはや、なんとも強力な組み合わせだ。今年も見逃せない一夜になること間違いなし、早くも秋が楽しみです。

Adrian Sherwood

13年ぶりとなるソロアルバム『The Collapse Of Everything』を発表!!!

〈On-U Sound〉を率いるUKダブの総帥エイドリアン・シャーウッドが、13年ぶりとなるソロアルバム『The Collapse Of Everything』を発表! タイトルトラックが公開された。繊細かつ重層的なサウンドデザインと、ダブを基盤にジャンルの境界を越えて展開される冒険的な音響世界。マーク・スチュワートやキース・ルブランへの追悼の意も込められた本作は、シャーウッドの音楽人生と感情が凝縮された意欲作。ダグ・ウィンビッシュを中心に卓越したミュージシャン陣が集結。キース・ルブランの演奏やブライアン・イーノによる作曲を織り交ぜ、挑戦的かつドープなサウンドスケープを描き出す。
さらに国内盤CDには、アルバムに先駆けて発表されたEP作品『The Grand Designer』から、亡きリー・スクラッチ・ペリー参加曲「Let’s Come Together」含め3曲が追加収録される。


Adrian Sherwood - The Collapse Of Everything
YouTube https://youtu.be/KxDqK1QI6Yg
配信リンク https://on-u-sound.ffm.to/thecollapseofeverything

UKダブ界の名プロデューサー/ミキサーとして知られるエイドリアンだが、今回はミキシング・デスクの背後から前に出て、自身の冒険心に満ちたサウンドをこれまで以上に新たな領域へと押し広げている。そして、他アーティストのプロデュースと自身の作品との違いについて、次のように語っている。

「今まで何百枚も他人の作品を作ってきて、どれも誇りに思っている。でもソロ作品では、自分がすべての判断を下せるし、他の誰かを満足させる必要がない。今回のアルバムをライブでどう表現していくかも楽しみだし、多くの人が気に入ってくれると嬉しい。これは本当に良い作品だと思うんだ。」


新作完成を祝してUKダブの巨匠3人が、遂に一堂に会す!
20年目のDUB SESSIONSはマジカルな音の祭壇と化す!

ADRIAN SHERWOOD presents
DUB SESSIONS 20th ANNIVERSARY
THE COLLAPSE OF EVERYTHING
feat. ADRIAN SHERWOOD live with DOUG WIMBISH, ALEX WHITE, MARK BANDOLA

very special guests:
MAD PROFESSOR Electronic Dub Show

DENNIS BOVELL UK dUb MaNiAc (DJ SET)

東京 2025.11.19 (wed) EX Theater
名古屋 2025.11.20 (thu) Nagoya Club Quattro
大阪 2025.11.21 (fri) Gorilla Hall

open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
info:[ http://www.beatink.com/ ] / E-mail: info@beatink.com

そんなエイドリアンの新作完成を祝して、UKダブ・シーンの3大巨匠たちが集結! 激熱ダブ・パーティーの開催が決定した!

長年にわたってUKダブの最前線を走り続けるエイドリアン・シャーウッドが手がけるシリーズイベント『DUB SESSIONS』が、今年ついに20周年を迎える。これまでに古くはリー・ペリーやザ・スリッツらを招き、近年では一昨年の大反響を巻き起こしたアフリカン・ヘッド・チャージとGEZAN、昨年はホレス・アンディと〈ON-U Sound〉の原点バンド=クリエイション・レベルが共演するなど、毎回毎回、錚々たる伝説級の出演者たちがシーンもフロアも大激震の熱い内容でソールドアウトを連発してきた。

今年のラインナップも超豪華だ。エイドリアン・シャーウッドが13年振りとなるソロ名義の新作アルバム『The Collapse Of Everything』を引っさげて、タックヘッド、シュガーヒルの伝説的ベーシスト、ダグ・ウィンビッシュら3名から成るバンドを引き連れライブDUBパフォーマンスを披露する。

さらに、80年代UKデジタル・ダブの先駆者としてその名を轟かせ、独自のサイエンスとユーモアでダブの表現領域を拡張し続けてきたMad Professorが、超絶ミキシング・テクニックを武器にスペシャル・ライヴ・ダブショウを披露。

そして、マトゥンビでの活動をはじめ、ポップ・グループやザ・スリッツなどの先鋭音楽においてもラヴァーズ・ロックにおいても数々の大名盤を創り出してきた真のレジェンドDennis Bovellが極上のDJセットで空間を揺らす。

UKで奇妙な進化を遂げたダブという音楽を根底から支え続けてきた3人のマスターが奇跡的に集う、まさに“DUB SESSIONS”。マジカルな音響と重低音に身を投げ、全身で体感せよ!

エイドリアン・シャーウッド待望のニューアルバム『The Collapse Of Everything』は8月22日(金)世界同時リリース。国内盤CDにはボーナストラック3曲と解説書を封入。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(クリア・ヴァイナル)が発売。限定盤LPは数量限定の日本語帯付き仕様(解説書付)でも発売される。国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、Tシャツ付きセットも発売決定。

【チケット詳細】
前売:8,800円 (税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可
・東京:1F オールスタンディング / 2F 指定席
・名古屋・大阪:オールスタンディング

先行発売:
BEATINK主催者先行:7/2(wed)18:00~ (※限定枚数・先着、Eチケットのみ)
イープラス・プレイガイド最速先行受付:7/3(thu)12:00〜7/6(sun)23:59~(抽選)

[東京]
LAWSONプレリクエスト:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~
イープラス・プレオーダー:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~

[名古屋]
QUATTRO WEB先行:7/7(月)12:00〜7/8(火)23:59
イープラス・プレオーダー:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~
ぴあプレリザーブ:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~
LAWSONプレリクエスト:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~

[大阪]
イープラス・プレオーダー:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~
LAWSONプレリクエスト:7/7(mon)12:00〜7/8(tue)23:59~
ぴあプレリザーブ:7/7(mon)10:00〜7/8(tue)23:59~

一般発売:6月28日(土)10:00〜
[ イープラス ]
[ チケットぴあ ]
[ LAWSON TICKET ]
[ BEATINK ]

問合せ:
[東京] INFO: BEATINK 03-5768-1277 www.beatink.com
[名古屋] 名古屋クラブクアトロ 052-264-8211 http://www.club-quattro.com/
[大阪] SMASH WEST 06-6535-5569 https://smash-jpn.com/

公演詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15187

label: On-U Sound / Beat Records
artist: Adrian Sherwood
title: The Collapse Of Everything
release: 2025.8.22
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15197

01. The Collapse Of Everything
02. Dub Inspector
03. The Well Is Poisoned Dub
04. Body Roll
05. Battles Without Honour And Humanity
06. Spaghetti Best Western
07. The Great Rewilding
08. Spirits (Further Education)
09. Hiroshima Dub Match
10. The Grand Designer
配信: https://on-u-sound.ffm.to/thecollapseofeverything

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツセット

CD

限定LP

LP

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033