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エクスペリメンタル・ミュージック・アーティスト/オルガン奏者として知られるカリ・マローンの新作『All Life Long』は、その「作曲家」のキャリアにおいて重要な作品になるのではないか。おそらくは2019年の『The Sacrificial Code』(〈iDEAL〉)と同じように、転機となるアルバムに思えるのだ。この『All Life Long』に収録された楽曲群を聴き込んでいくと、明らかに「作曲家」としての個性・力量の方が、形式や方法論を超えた地点にあることがわかってくるからだ。ドローンもクラシカルも声楽曲も、それらすべてを包括し、「音楽」という芸術を希求していることが伝わってくるのである。
まずは基本的なことの確認からはじめよう。本作『All Life Long』のリリースは、スティーヴン・オマリーが主宰するレーベル〈Ideologic Organ〉からである。マスタリングは、名匠シュテファン・マシューが手がけ、カッティングはあのマット・コルトンがおこなっている。
2020年から2023年の間に作曲された声楽曲、金管楽器曲、オルガン曲などを収録したアルバムとなっている。まず注目すべき点は『All Life Long』においては、2019年にリリースされた3枚目のアルバム『The Sacrificial Code』以来、久しぶりのオルガン曲を披露していることだろう。ちなみにオルガン曲は、スティーヴン・オマリーとデュオとソロによる演奏である。マローンのソロ演奏によるオルガン曲は2曲目 “All Life Long”、10曲目 “Moving Forward” の2曲、オマリーとのデュオ曲は4曲目 “Prisoned on Watery Shore”、7曲目 “Fastened Maze”、8曲目 “No Sun To Burn”、12曲目 “The Unification of Inner & Outer Life” の3曲だ。
先に、作曲家への変化が刻まれていると書いたので、『All Life Long』にオルガン・ドローン曲が収録されていることに矛盾を感じる方も多いだろう。だが、そもそもマローンのオルガン曲は、ハードコアなドローンというよりは、鮮やかなコード・チェンジがおこなわれていたことを忘れてはならない。名作『The Sacrificial Code』でもそうだったが、この音の変化する瞬間の鮮やかな感覚こそがマローンの楽曲の肝に思えてならない。思えば電子音ドローンを展開した2022年の傑作『Living Torch』(〈Portraits GRM〉)も耳を打つ音響の変化がそこかしこに鳴り響いていた。モダン・ブラス・クインテットのアニマ・ブラス(Anima Brass)による管楽器曲ではもはやドローンではなく、旋律を持った楽曲も展開している。この旋律の鮮やかさ! アニマ・ブラス参加曲は3曲目 “No Sun To Burn (for Brass)”、5曲目 “Retrograde Canon”、11曲目 “Formation Flight” の計3曲である。
そして何より重要なのはアルバムの聖歌隊マカダム・アンサンブル(Macadam Ensemble)の歌唱による楽曲だろう。1曲目 “Passage Through the Spheres”、6曲目 “Slow of Faith”、9曲目 “All Life Long (for Voice)” の3曲がマカダム・アンサンブル参加曲だ。絡み合うふたつの旋律のうごきがじつに素晴らしい。透明であり静謐であり、真っ白な雪のようでもあり、ロウソクの揺れる光のようにも感じられる見事な作曲である。いわば古楽的ともいえる風格を兼ね備えた声楽曲だ。
こうしてアルバム『All Life Long』を振り返ると、オマリーとのオルガン曲、アニマ・ブラスによる金管楽器曲、マカダム・アンサンブルの歌唱曲など、コラボレーション曲をそれぞれ3曲ずつ配置している(自身のソロ演奏は2曲)。その意味でコラボレーション・アルバムという側面もあるだろう。じっさい、『All Life Long』は数年にわたってフランス、ニューヨーク、スイス、スウェーデンと世界各国で録音されたものだという(各地で共演者と録音したわけだ)。
この『All Life Long』の音楽性はここ数年のモダン・クラシカル系の楽曲のなかでも群を抜いた出来栄えに思えた。聴き手の心を深く沈静させる力をもった音楽である。だが同時に「賛美や啓示など宗教的な音楽でもない」ともいう。つまり、現実から逃避するような作品ではないのである。人が生きていくための時間や言葉では言い表せないような人生を深く思考し、讃えるようなアルバムといえるかもしれない。それは『All Life Long』という言葉にもよく表れている。
本作『All Life Long』は、われわれの生活や人生にもっと寄り添い、深い鎮静へと誘う作品なのだ。聖歌隊の澄んだ声、素朴なオルガンの響き、軽やかな管楽器の音、そのすべて音が、この世界を生きる人の心の沈静にむけて鳴らされているように感じられる。不安と不穏に満ちたいまの時代、「心の沈静」がどれほど大きな意味を持つのか、少し想像してみればわかるはずである。近年アンビエントが広い層に求められていることも音の波のなかで沸き立つ心を沈静したいという欲望が強くなっているからではないか。本作『All Life Long』はアンビエントではないが、この澄んだ音世界は、聴き手の心に深い沈静効果を与えてくれる。このアルバムのアートワークのように(撮影はスティーヴン・オマリーだという)、『All Life Long』の音に耳を澄まし、真っ白な雪世界の遠くを見つめ、深く心を鎮めていきたいと思う。音による緊張と沈静の生成。その感覚を往復するために、何度も何度も繰り返し聴くことになるアルバムになりそうだ。
デンシノオト