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Kali Malone

DroneExperimental

Kali Malone

Living Torch

Portraits GRM

デンシノオト Aug 24,2022 UP

 ドローン音楽やミニマル音楽の、その先はあるのか。ミニマリズムの拡張は可能なのか。もしかするとこの矛盾を孕んだ不可能な問いに対する実践こそが00年代末期から2010年代以降のエクスペリメンタルな電子音楽家やドローン/アンビエント音楽家たちの重要な試みだったのかもしれない。ドローンやミニマリズムという手法を援用しつつ、音響・音楽的な諸要素を加味していくという、なかば矛盾を孕んだ実践を果敢に、しなやかに挑戦するアーティストが多数あらわれたのだ。たとえばサラ・ダヴァーチ、エレン・アークブロパン・ダイジンKMRUウラフェリシア・アトキンソンカテリーナ・バルビエリなどの現代のドローン、アンビエント、電子音楽作家たちである。今回、紹介するカリ・マローンもそのひとりだ。彼女のドローンには不思議とクラシカルな風格が漂っているのである。
 カリ・マローンは米国出身、スウェーデンはストックホルムを拠点とする音楽家だ。その作風はドローンを基調としつつも、電子音楽、モダン・クラシカル、バロック、即興演奏など多様な要素を併せ持ったものである。彼女が目指している音楽はおそらく形式やフォームではないはず。響きの拡張、ミニマリズムの拡張こそがその目的ではないかと思うのだ。じっさいどのレコードもひとつの型に落とし込まれはいない。
 マローンの前作『The Sacrificial Code』もパイプオルガンを用いたドローン作品で素晴らしいアルバムだった。2019年のベストを選ぶならこのアルバムを入れるだろう。オルガンの響きが知覚の遠近法を変え、優雅な音楽性が時代を越える。類稀なアルバムである。
 だがカリ・マローンのドローンは、ドローンとしても、アンビエント的なドローンとしてもかなり異質の音響ではないかとも思う。『The Sacrificial Code』はたしかにオルガン・ドローンといえるのが、その持続にはどこか変化への意志が明確にあり、ドローンと思って聴いていくと不思議な居心地の悪さがある。おそらくそれが彼女の「作曲家」「演奏家」としての意志、もしくは無意識なのかもしれない。
 そして今年リリースされた本作もまた期待以上の出来栄えであった。電子音楽家/作曲家としてのマローンにおける最上の音響が記録されているといっても過言ではない。
 〈Portraits GRM〉からリリースされた本作はフランスのGRMのアクースモニウム・マルチ・チャンネル・セット・アップを用いた作品であり、GRMより委託された作品だ。いわば現代音楽作品に近い立ち位置といえる。ちなみにアクースモニウムの解説は私の手には余るので、こちらのサイトにある檜垣智也氏の解説をせび読んでほしい(http://musicircus.net/ih-plus/acousmonium.html)。
 本作は2020年から2021年の間にパリのGRMで作曲された。用いられているのはトロンボーン、バスクラリネット、正弦波発生器などに加え、電子音楽界のレジェンド、エリアーヌ・ラディーグが用いたARP 2500モジュラーシンセサイザーを用いている。カリ・マローンには偉大なるレジェンドを継承するという意志があるのかもしれない。
 ともあれもともとマルチチャンネル作品だった本作がステレオミックスへと生まれ変わるに当たって、マローンは実に繊細かつ大胆なミックスを施している。本アルバムに収録された音を聴いていると深い内省と音響の快楽が同時に押し寄せてくる。同時に1曲目を聴きすめていくとさながら管楽器のアンサンブルのように音やトーンを変化させていく手法をはっきりと聴き取ることができた。電子音の響きが目立つため、前作『The Sacrificial Code』よりもストレートにドローンをやっているように感じられる点も見事だ。鎮静効果という意味では『The Sacrificial Code』以上かもしれない。微細なトーン・コントールも完璧なので聴き込むほどに音の海に没入していける。
 さらに様相が変化してくるのは2曲目だ。音響は次第に拡張し旋律に近いものも聴こえてくる。ARP 2500と思える電子音が暴風のように、その音を掻き消し、まるで電子音ドローンによるシューゲイザーのような音響を展開する。サイケデリックなとでも形容したいほどの圧倒的なサウンドである。
 全体的なサウンドとしては2018年にリリースされた『Cast of mind』に近いともいえるが、その音はより洗練され練り上げられているように感じられた。端的に進化しているのだ。
 このアルバムには、ドローンと変化、持続と拡張、静謐とノイズ、鎮静と覚醒など、相反するものがエネルギーの奔流のように渦巻いている。だがそもそもドローンとはそのようなものなのではないか。例えばラ・モンテ・ヤングのドローンを聴くと単なる静謐でも鎮静でもない力を感じるときがある。永遠、持続、力。不思議なエネルギーに満ちているのだ。私見だがカリ・マローンにもそんな真のドローンの系譜を感じるときがある。異質にして正当? しかしそれが彼女のドローン・サウンドの本質ではないか。
 じっさいマローンの新作からはエリーナ・ラディーグやGRMなど実験音楽、電子音楽、ドローン音楽の継承の意志を読み取ることができるだろう。同時に、ほかのどのドローンとも異なる変化への意志がある。エクスペリメンタル/ドローン、電子音楽の継承から未来へ。本作はまさにそんなアルバムなのである。

デンシノオト