「レイヴ・カルチャー」と一致するもの

Amyl and The Sniffers - ele-king

 21世紀も20年以上が経過した現在、20世紀の遺物のひとつであるパンク・ロックをやることも、楽しむことも、それが生まれて間もないおよそ45年前の記憶を有する老人からすると、これがなかなか素直にはなれなかったりする。ぼくが10代の頃のパンク・ロックの現場には、起きてはならないことが起きてしまうかもしれないというあやうさがあり、これは90年代初頭のクラブやレイヴ・カルチャーにあっていま失われてしまったものでもあるのだけれど、だから、そう、いかなる革命的なジャンルも時間のなかで経験することなのだ。パンク・ロックなるものの享受の仕方のおおざっぱな公式がずいぶん前にできあがり、ある程度そこで起きることがわかってしまっていることは仕方あるまい。と、こんな面倒なことを思考している老人の前で、メルボルンからやって来たパンク・バンド、アミル・アンド・ザ・スニッファーズは、パンク・ロックがいまもなお意味があり、いや、むしろいまこそやってやるといわんばかりの強烈なパンチを食らわしたというわけである。
 エイミー・テイラーは、たしかにボクサーのように小刻みに動き、動き回り、飛びはね、舌を出して、倒れ込み、いやもう、とにかく動きっぱなしなのだが、しかもその動きにコミカルさを忘れることもない。そこに疲れ知らずのザ・スニッファーズの演奏(ドラム、ベース、ギター)が連動し、いままで何万回も聴いてきたおなじみのパンク・サウンドに新たな生命力が吹き込まれるのだ。正直に言うが、ぼくは最初の2曲を聴いただけでこのライヴが最高のものであることがわかった。結局のところ、敢えてこういう言い方をすることを許して欲しいのだれど、負け犬、落ちこぼれ、冴えない人たち、喧嘩も弱いだめ人間……こうした、35年前よりはさらに疎外されている人たちの自尊心に火をつけるのは、パンク・ロックのような敷居が低いフリークス歓迎の音楽なのだろう。ザ・スニッファーズの面々のたたずまいは、いつの間にかファッショナブルになったインディ・シーンとは別世界の住人たちのようでもあり、彼らはぼくのなかのパンク愛を引き出し噴出させるには十分なロケット発射めいた演奏を繰り広げる。これぞ(ぼくにとっては)望外の僥倖というやつだ。パンク・ロックは生きている。

 露出の多い服装やセクシャリティを強調する服装を着る女性に対しての「(性暴力に遭うのは)そんな格好するからだ」という男の声に抗する表明として、私らはただ自分たちが好きな服装をしているだけと、「スラット・ウォーク」は、2011年にカナダではじまり、ほとんどの先進国に広まった女性運動のひとつである。ビキニ・トップで腰に布を巻いただけの格好を好むエイミー・テイラーがこの動きに(意識的かどうかは知らないが)リンクしているのは明らかだし、その堂々たる様がこのバンドを21世紀のパンク・ロックとして見せていることもハズれではないだろう。だからオーディエンスのなかに日本人女性が目立っているのは当然のことだと思うのだけれど、この日のライヴはぼくがいままで日本で見てきたライヴのなかで際だって日本人以外の人たちの割合が多く感じられた。早い話、どこの国のライヴだというくらいの光景だったのだ。まあ、これもまたこの10年、与党のとってきた政策がもたらした一場面であり、これが標準化されるのも遠い未来のことではないのだろうけれど、いや、誤解しないで欲しい。ぼくはアホな人間ではあるが、エリック・クラプトンやモリッシーのようにはならない自信くらいはある。ただ、いまもっともパンクが必要なのが日本で生まれ育った人たちなのは間違いないのだから、もっと多くいてもよかった。少しは元気になれただろうし、アミル・アンド・ザ・スニッファーズは、すべてのオーディエンスを釘付けにしたおよそ1時間のステージのなかで、パンクが得意とする憤怒とあの奔放な喜びをがっつりと表現したのだから。

K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ - ele-king

マーク・フィッシャー評論選集
文学/映画/ドラマ編

 私たちの生をむしばむ、政治的、心理的、対外的、対内的な抑圧に立ち向かい、聡明で、常に燃え続け、獰猛な激しさをもって今日における「失われた未来」を調査し、知性を磨く努力を怠らなかった思想家、マーク・フィッシャー。21世紀でもっとも重要な政治的テクストであり、すべての人にとっての必読書『資本主義リアリズム』を上梓し、1979年以降の資本主義が独自の「リアリズム」様式を押しつけ、それが左派リベラルにおいても内面化されていることを暴きながらも、社会主義という、いまとなっては「リアリズム」を喪失した大義を捨てずに思考し続けた批評家。スラヴォイ・ジジェク、ラッセル・ブランド、オーウェン・ジョーンズらが絶賛し、マーク・スチュアートベリアルをはじめ多くのミュージシャンに刺激を与えた思想家。
 ポスト左翼がブレグジットに直面した際に、旧来の左翼の惰性を非難し「右傾化」することが「大人」だとされたときも、マーク・フィッシャーはその惰性をどうしたら脱却できるのかと向き合い、安易な「右傾化」に同調することもなかった。
 アカデミックになることなく、つねにポピュラー・ミュージックや映画、大衆文学を出発点としながら大衆迎合主義に陥ることも回避しつづけてきた知性の、彼の人気を決定づけた原点にしてすべて──それが彼の伝説のブログ『K-PUNK』だった。
 その『K-PUNK』から精選されたコレクションが全三冊に分けられ、ついに翻訳刊行される。まずはその第一弾は「文学/映画/ドラマ編」。序文はサイモン・レイノルズ。
 幸いなことに、こうして私たちは彼の文章に立ち返ることができるし、その文章のなかには、情熱的で、たとえどんなに悲観的になろうとも、未来を諦めてはいないマーク・フィッシャーがつねにいるのだ。

本書に登場する作家や作品など:
カフカ、W・S・バロウズ、J・G・バラード、スティーヴン・キング、マーガレット・アトウッド、パトリシア・ハイスミス、デイヴィッド・ピース、トニ・モリスン、カズオ・イシグロ、リチャード・マシスン、クリストファー・ノーラン、デヴィッド・クローネンバーグ、『スター・ウォーズ』、『シャイニング』、『ブレイキング・バッド』、『トイ・ストーリー』、『ウォーリー』、『バットマン』、『ターミネーター』、『アバター』、『ハンガー・ゲーム』、ブライアン・フェリー、ジョイ・ディヴィジョン、ほか多数

マーク・フィッシャーの『K-PUNK』ブログは一世代の必読書だった。 ──『ガーディアン』
誰にとっても理にかなった新しい世界を発明するための不可欠なガイドブックである。 ──ホリー・ハーンドン(電子音楽家)
フィッシャーは、この時代のもっとも信頼できるナヴィゲーターである。 ──デイヴィッド・ピース
今世紀、これほど興味深い英国人作家は現れていない。 ──『アイリッシュ・タイムズ』
21世紀の文化批評の書き方の入門書。 ──『LA レビュー・オブ・ブックス』
当代の文化は、公衆的なるものの概念および知識人の姿、その双方を排除してしまった。かつて──物理的/文化的の両面で──公共の場だったものは、いまや遺棄されたか、広告の植民地と化している。阿呆な反知性主義が支配し、それに声援を送る多国籍企業に雇われた私立高学歴の売文家は、退屈した読者に対し、あなたがたはわざわざ相互受動的な朦朧状態から目覚める必要はありません、と安心させる。後期資本主義の文化労働者によって内面化され、広められた非公式の検閲は、スターリン主義のプロパガンダ長官すら人々に強制できたらどんなに素晴らしいだろうと夢見るほかない、陳腐な順応主義を生み出す。(本書より)

序文 (サイモン・レイノルズ)
編者からのはしがき (ダレン・アンブローズ)
なぜKか?

第一部
夢を見るためのメソッド:本

本のミーム
空間、時間、光、必要なもののすべて──『J・G・バラード特集』(BBC4)についての考察
私はなぜロナルド・レーガンをファックしたいのか
移動遊園地の色鮮やかなスウィング・ボート
退屈の政治学とは?(バラードのリミックス2003)
あなたのファンタジーになりたい
ファンタジーの道具一式:スティーヴン・マイゼルの「非常事態」
J・G・バラードの暗殺
不安と恐怖の世界
リプリーのグラム
夢を見るためのメソッド
アトウッドの反資本主義
トイ・ストーリーズ:あやつり人形、人形、ホラー・ストーリー
ゼロ・ブックスの声明

第二部
スクリーン、夢、幽霊:映画とテレビ

ひとさじの砂糖
あの人は僕の母さんじゃない
ナイジェル・バートン、起立しなさい
ポートメイリオン:理想の生き方
ゴルゴタの丘の唯物主義
この映画じゃ僕は感動しない
第三帝国ロックンロールの恐怖とみじめさ
我々はすべて欲しい
ゴシックなオイディプス王:クリストファー・ノーランの『バットマン ビギンズ』における主体性と資本主義
夢を見るとき、我々は自分たちをジョーイだと夢見るのか?
クローネンバーグの『イグジステンズ』の覚書
撮影したから自分で思い出す必要はない
マルケルの幽霊と第三の道のリアリティ
反アイデンティティ政治
「あなたは昔からずっとここの管理人です」:オーバールック・ホテルの幽霊的空間
カフェ・チェーンと捕虜収容所
理由なき反抗
廃墟のなかの歴史家ロボット
『マイク・タイソン THE MOVIE』評
「彼らは彼らの母親を殺した」:イデオロギーの症状としての『アバター』
雇用不安と父権温情主義
贈り物を返品すること:リチャード・ケリーの『運命のボタン』
社会への貢献
「とにかく気楽に構えてエンジョイしましょう」:BBCに登場した被投性
『スター・ウォーズ』は最初から魂を売り飛ばしていた
ジリアン・ウェアリングの『Self Made』評
バットマンの政治的な右派転向
敵は誰かを思い出せ
善悪の彼岸:『ブレイキング・バッド』
階級の消えたテレビ放送:『Benefits Street』
味方してしまう敵:『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』
手放す方法:『LEFTOVERS/残された世界』、『ブロードチャーチ 〜殺意の町〜』、『ザ・ミッシング 〜消えた少年〜』
英国風刺の奇妙な死
『ターミネーター:新起動/ジェニシス』評
名声が建てた家:『セレブリティ・ビッグ・ブラザー』
アンドロイドを憐れんで:『ウエストワールド』のねじれた道徳観

索引

[著者プロフィール]
マーク・フィッシャー(Mark Fisher)
1968年生まれ。ハル大学で哲学の修士課程、ウォーリック大学で博士課程修了。ゴールドスミス大学で教鞭をとりながら自身のブログ「K-PUNK」で音楽論、文化論、社会批評を展開する。『ガーディアン』や『ワイアー』に寄稿しながら、2009年に『資本主義リアリズム』を発表。2014年に『わが人生の幽霊たち』を、2016年に『奇妙なものとぞっとするもの』を上梓。2017年1月、48歳のときに自殺。邦訳にはほかに講義録『ポスト資本主義の欲望』がある。

[訳者プロフィール]
坂本麻里子(さかもと・まりこ)
1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳者として活動。訳書に『バンドやめようぜ!』『アート セックス ミュージック』『エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム』『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも』『レイヴ・カルチャー』『ザ・レインコーツ』『ヴァイナルの時代』『自転車と女たちの世紀』ほか。ロンドン在住。

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『ファルコン・レイク』 - ele-king

(編集部註)本記事は結末(ラスト)に言及しています。

 ジャレット コベック著『くたばれインターネット』はダグラス・クープランドの疎外感をミシェル・ウェルベックが踏みにじりながらビアスの『悪魔の辞典』をあちこちに差しはさんだような小説で、ネット社会をボロクソにこき下ろしている割に登場人物が何を着ているのかいっさい描写がないという意味で同じギークの世界観をさまよう不合理な衝動の産物であった。何をどうすることもできないけれど、インターネットがある限り世の中の雰囲気はけして良くならないということだけはわかるというか、この世界をネット社会にしてくれと頼んだわけではないのにネット社会になってしまった不幸を噛みしめたい時には最適のロードマップではないかと。シャルロット・ル・ボンの初監督作『ファルコン・レイク』はバスティアンの家族がフランスからカナダの避暑地に移動してくるところから始まり、一足先に来ていたクロエが彼女の母親から「スマホ禁止!」と言われると、そこからはインターネットが存在しない世界になっていく。バスティアンもクロエも70年代のティーンエイジャーのように夏休みを過ごし、とても充実した日々を過ごす。最初はまだ不満げだったクロエがバスティアンに「スマホは?」と訊くと、「14歳になったら」と答え、16歳のクロエもそこからはスマホを知らないバスティアンと同じ目線で遊ぶようになる。彼らは湖で遊び、親の目を盗んでワインを飲み、バスティアンが悪酔いして吐くと、クロエはゲロまみれのバスティアンをシャワーで洗ってあげる。至近距離でクロエと接したバスティアンはクロエを異性として意識するようになり、クロエに向ける視線が微妙に変わっていく過程がとても繊細に描かれている。バスティアンとクロエは性の知識を互いに小出しにするようになり、性と自意識が結びつくことで一人前の人格が形成されていく様子も滑らかに伝わってくる。クロエがおっぱいを見せてくれそうな場面でシダ・シャハビの音楽がシガー・ロスみたいになるのはなんか納得だった。性の主体になることが人の成長においてどれだけ大きな意味を持つことか。このことをスマホを手にする前にバスティアンは経験する。

 バスティアンから見えるハイティーン=性の主体が加速度をつけて錯綜する様子も巧みに織り込まれていく。とくに避暑地の10代が集まって騒ぐDJパーティのシーンは秀逸で、ミクスチャー・ロックで踊り狂うお兄さん、お姉さんがバスティアンの目には野獣のごとく見え、60年代のヒッピー・パーティを描いた『ダーリング』(65)や『セコンド』(66)の異様さを思い出させるに充分な迫力があった。中から見るのと外から見るのでは大違いというか、まさかダンス・パーティというものをこんなにも暴力的に見せてしまうとは。少し下の世代にはレイヴ・カルチャーもこんな風に見えていたのだろうか。野獣のようなハイティーンはそして、日常的に恋人を取っ替え引っ替えしているような印象操作が続き、人格形成に不安を覚えたバスティアンはクロエを置いてその場から1人で脱出する。帰りの路上で彼は子鹿の死体を目にする。このカットがあまりに長い。セックス・ピストルズ『ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』の裏ジャケットと同じ構図で死んでいる子鹿のカットはさすがに長すぎると思ったけれど、最後まで観終わった時にその意味はようやくわかる。そして、これと同じ意味を伝えるシーンが何度も繰り返されていたことも最後になって気がつく仕掛けになっている。(以下、ネタバレ)似たようなトリックはフランソワ・オゾン『スイミング・プール』(03)でも使われていて、ということは『ファルコン・レイク』も『シックス・センス』(99)を起点とするニューエイジの余波のなかにあり、肉体を超越する志向を持っているということになるけれど、困難と成長が結びつかず、弁証法的なロマンに解消されないという意味で近代はすでに過去形なのだということが印象づけられる。

 バスティアンが取り返しのつかない嘘をついたことで物語の終盤は急速に焦燥感を帯び始める。マンガだとページをめくる手が止まらなくなる部分である。バスティアンがハイティーンの振る舞いに脅かされたことで主体性を失いかけ、これを挽回するために嘘をついたことは明白で、嘘をつくことは大人になるための近道であり、思春期にはよくある振る舞いでもある。しかし、バスティアンの嘘は一通のメール(というネット社会の産物)によって暴露され、彼はクロエの信用を失ってしまう。1回の失敗ですべてを失うというのは極めてネット的で、それによって導かれるバスティアンの死はりゅうちぇるやコーネリアスの追い詰められ方を想起させる。登場人物たちはインターネットを使わないとしても彼らを取り巻く世界はもはやネット的なのである。失敗を乗り越えて次に進むという成長の図式は初めからなく、一度失敗をしたらずっとその場で足踏みをしていなければならない。弁証法どころか話し合いも成立しないのがネット社会であり、コミュニケーションが成立しているようで、自分に向けられた言葉でもすべてが他人同士の会話でしかなく、「みんなって誰?」を繰り返すしかない。それこそ主体性がどこにあるのかわからないニューエイジそのままで、バスティアンが泣いて謝ってクロエが一発ぶん殴ってぐちゃぐちゃになれば70年代の青春映画のようになったのかもしれないけれど、そのような感受性がネットに取り巻かれていることで導線を失い、誰の意志なのかわからないままに人が死んでいく。エンディングではバスティアンが死んでも誰も泣いていない。呆然としているだけ。死んだ当のバスティアンも同じくで、自分の姿が誰にも見えていないことを悟り、諦めたような表情にしかならない。その瞬間にこの作品は最初から時間軸が歪んでいたことが判明する。クロエはオープニングから何度も死体のマネをしていたこと。死の記憶が予感として何度も先取りされていたこと。バスティアン自身が幽霊のコスプレをしていたこと。またイメージは時間軸を移動できても、スマホを手にする前に死んだバスティアンには言葉を現在に伝えるすべがない。死んだ人の言葉が届かなくなるのは当たり前だけれど、この作品では過去も未来も同時にふさがれてしまうのがネット社会だという印象にすり替えられる。ネット世代の橋元優歩が編集部にいた頃、「歴史なんて必要ですか?」と言っていたことを思い出す。

 フランスの有名な討論場組でご機嫌なお天気お姉さんを務めていたル・ボンが役者になることは約束された道だったのかもしれないけれど、まさか映画監督になるとは思いもしなかった。しかも、初監督とは思えない出来である。上映が終わると、背後から呼びかけられ、振り返ると木津くんだったので、どちらからともなくフランスは女性の映画監督が増えたよねという話になった。レベッカ・ズロトヴスキ、ミア・ハンセン=ラヴ、レア・フェネール、ヴァレリー・ドンゼッリ、メラニー・ローラン、レア・ミシウス、ソフィー・ルトゥルヌール……と実力派が並び、なかではセリーヌ・シアマが頭ひとつ抜けている(音楽はほぼ全作、TTCのパラ・ワン)。2000年代にはオゾン、オディアール、ノエ、ゴンドリー、ケシシュと男ばっかりだったのに、こんなにも変わってしまうとはさすがに驚く。そしてこの列にル・ボンも加わったと。見終わってからなぜか岩館真理子『アリスにお願い』が読み返したくなり、家に帰ってすぐに読んでみると、ストーリーや設定は似ても似つかないのに「嘘」をついたことと「人の命」がつながっているというテーマが両作には共通していた。

talking about Aphex Twin - ele-king

 『Syro』のときはロンドン上空に「A印」の飛行船が飛んだ。今回の『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』では、QRコード化した「A印」のポスターが世界のいろんなところに貼られて、人がそれをレンズに合わせると、そこには新たな「A」の世界が広がった。まだ試してはいないが、フィジカルにはさらにこの先の仕掛けもあるそうだ。相も変わらず、リチャード・D・ジェイムスは私たちを楽しましてくれる。彼もまた、楽しんでいる。もっとも、30年前はしばしばし“子供” と形容されたRDJも、近年は政治や社会に関する発言もしているように、永遠のピーターパンではなかった。それでもまあ、彼のテクノはいまもおおよそ微笑み(失笑、苦笑、冷笑、呆れ笑い……)のなかにある。

 5年ぶりの新作、4曲入り『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』がリリースされた。まさかの出来事、諸君! これを楽しまない手はないですぞ。無類のAFX好きで知られる佐々木渉氏を北海道から呼んで、終わりなきリチャード談義に花を咲かせるとしましょう。(野田)

佐々木渉(ささき・わたる)
サンプリング音源の販売などを手がけていた札幌の企業、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社で2007年にソフトウェア「初音ミク」を開発。すぐさま動画サイトなどで火がつき異例の大ヒットとなる。ジャズや電子音楽などを愛好、これまでエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーのライナーノーツも執筆している。

野田努(のだ・つとむ)
ele-king編集人。

■悪夢と笑いのA印

N:5年ぶりのエイフェックス・ツインの新作、 『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』……曲名は、相変わらず意味わかんないね(笑)。

S:個人のライフログとかに触れているんだと思いますが、それにしても不明ですよね。前みたいに制作機材の名前とか埋め込まれてたほうがましだったのか? いや、その方がニッチ過ぎて、わからないって説もありますよね(笑)。

N:とくに『Drukqs』(2001年)以降はどんどん加速しているよね、曲名の意味のわからなさが。

S:そうですね、曲のなかでも変なことしてましたよね。曲のなかに自分の顔のデータを仕込んでいたのを思い出します(苦笑)。でも、悔しいけど、そういう遊び心があるのがエイフェックスらしいというか、しっくりきますよね。世のなかのエイフェックスが好きな連中が、彼の悪戯を語る度に、リチャードの神話が妄想の中で肥大化していく。そんな感じでエイフェックスがずっと続いていっているし、再発見されるし、これからも続いていくんだろうなと思います。個人的にはSoundCloudでの音源バラマキ戦略がショックでした。あっ! これでエイフェックス・ツインが大量の楽曲をバラ撒いて、ファンを撹乱させたことで、本人の作品群がネットのなかに散らばっていく。それを元にファンが自分で真剣に選曲して『アンビエント・ワークス3』とか命名して公開してるじゃないですか、ファン同士が自分のなかのエイフェックス・ツイン像を交換してる訳ですよ。こういう行為に走らせる魅力がありますよね。エイフェックス・ツインには。

N:サンクラでバラ撒かれた音源も一応アレでしょう、もともとは匿名で上げたはずなのに。なんでわかっちゃうんだろう(笑)。(*最初はuser48736353001 名義でアップロード、途中からはuser48736353001名義)

S:音……サウンドの雰囲気でわかっちゃんじゃないですか。リチャードにしか作れない雰囲気だから。とくに『Syro』(2014年)以降は、作り込まれていて説得力がある。

N:『Syro』以降は、第三期リチャードというか。『Drukqs』から『Syro』までの13年間のリチャードもまたひとつの時代のリチャードで、だってあの時期はAFXとして〈Warp〉からはremix集しか出していない。新作を出したのは〈Rephlex〉からで、「Analord」シリーズ(2005年)と、あとThe Tuss(2007年)でしょ。その13年間があって、〈Warp〉から『Syro』を出す前には、なぜか飛行船をぶち上げて(笑)。あそこからなにかが変わりましたよね。


Syro(2014)*セールス的にも大成功だった。


Drukqs(2001)*いっさいの商業性から遠ざかった00年代AFXのはじまり。

S:そうですね。元々、楽曲の作風も分裂しているけど、その活動時期でも分裂してますよね。『Syro』以降はどの曲も、大分作り込まれているし、比較的分かりやすいテーマで降りてきてくれて、安心して聴ける、なんかシャイなリチャードが目を合わせてくれたぐらいの、出会いの感覚が(笑)。

N:たしかに、 “Minipops 67” がキャッチーだったでしょ、あれが先行公開されたことは大きかったよね、『Syro』は。

S:そうですね。

N:“Windowlicker” (1999年)以来でしょ、ああやってちゃんとポップに仕上げたのは。『Drukqs』がメジャー最後のアルバムだったこともあってか、すごく難しいアルバムだったから。例の「Analord」シリーズはとことんアナログ機材を使い倒したシリーズであって、The Tussもだけど、決してポップではなかった。で、いきなり “Minipops 67” が。メロディアスで歌も入ってるし。

S:彼は、いつでもキャッチーになろうと思えばなれるし、美しいアンビエントも作るし、いつでも凶悪な音も作れるということですよね。そんな彼だから、リスナーも「次はどんな作品が出てくるんだろう?」って期待してしまう。自分もいろんな作風の作品を一挙に聴いて、「エイフェックス・ツインは怖い!」って印象から入りました。学生時代の思い出深いトラウマです(苦笑)

N:それはどこの(時期の)作品?

S:『...I Care Because You Do』(1995年)あたりです。音楽のフレーズとかメロディが違うというか。めちゃめちゃ歪んでたり、かと思えばめちゃめちゃ狂ったドラムンベースになったり、「この人の感情どうなってるんだろう?」というのがわからなくて怖かったですね(笑)。


,,,I Care Because You Do(1995)*いまあらためて聴くとすごい完成度。

N:今回のアー写も怖い。言うこときかないのはどの子じゃぁ〜、がるるるるぅって。しかし……なるほど! あれが最初だったんだ。あれはだってほら、いちばんハードな作品というか、それこそアメリカのメジャーの〈Sire Record〉に移籍して二番目のアルバムで。メジャー第一弾が『Ambient Works Vol.2』(1994年)で、第二弾が『...I Care Because You Do』という。並のアーティストなら、メジャーに行ったら少しはポップな路線を考えてしまうものだけど、リチャードは真逆いったよね。「ここまでやってやる!」みたいな。

S:そうですね。

N:まあ、いま聴いてもカッコいいし、完成度の高い名作だと思うけど。『...I Care Because You Do』のときは、凶暴というよりは子供が暴れるみたいな、ギャグもあっただろうけど。のちの「Come To Daddy」(1997年)にも繋がるよね。


Come To Daddy(1997)*ぐぉぉぉぉぉ。

S:それを実現して、世のなかに提示して、しかもそれがウケてしまう人はなかなかいないですよ。当時は、本当に怒りそのもの、感情や、感覚そのものを鳴らして音楽にしているように聴こえました。

N:『Ambient Works Vol.2』は、いまでこそ最高のアンビエント作品だけど、当時の基準で言ってもアブストラクト過ぎて、リアルタイムではほとんど理解されなかった作品でね。で、佐々木さんが最初に聴いたエイフェックスは、彼のキャリアのなかでは、ちょうどいちばん激しいサウンドを出していた時期、すごいときに当たってしまったね(笑)。ぼくみたいに『Selected Ambient Works 85-92』(1992年)から入ったリスナーとは対極。だって、「Ventolin E.P」(1995年)の時代でしょ?

S:「Ventolin E.P」は、本当に影響を受けましたね。ずっと笑い声だけのトラックが入っていたりして。当時の自分のなかの既成概念を壊してくれましたね。


Ventolin(1995)*いま聴いてもカッコいいAFX流トリップホップ。

N:リミックス・ヴァージョンであったよね、いつの間にか曲が気持ち悪い笑い声ばっかに展開するのが。あれは、もう、ぶっ飛んだ(笑)。(* “Ventolin” Praze-An-Beeble Mix)

S:当時のele-kingのエイフェックス・ツインのインタヴューとかも、「滞在先のホテルのエアコンのノイズ音がすごく良かった」とか言ってたり、毎回衝撃的でしたもんね。テンションも違うし、言ってることもハチャメチャだし(笑)。なんかこう、嘘なのか本当なのかも全然わからないのが、クリエイティヴでカッコいいと思っちゃいました。って……すいません、僕の思い出を(笑)。

N:いや、どうぞどうぞ(笑)。僕ね、ele-kingをスタートした年に、来日公演を手伝ったんですよ。『...I Care Because You Do』が出る前くらいかな。そのときの印象は、すごく素朴な普通の青年でした。なんら変人ではない……すでに戦車は買ってましたけどね(笑)。「戦車持ってるの?」って訊いたら「持ってる」って。でもそれも、なかばギャグとして買ってる気がする。僕が接したときの本人は、大人しい好青年でした。とはいえ、90年代なかばの彼の音楽はエキセントリックで、クレイジーだった。90年代前半のリチャード、作品で言えば『Ambient Works Vol.2』までのリチャードにはロマンティックな牧歌性がまず前面にあって、それは彼の大きな魅力だったんだけど、『...I Care Because You Do』から「Windowlicker」までの90年代後半のリチャードって、これはこれでまたすごかった。

S:そうですね。やっぱりひとつひとつが焼き付くようなインパクトがあって。良い意味でショックだった。自分のなかでは、その辺のリチャードの記憶って時系列がぐちゃぐちゃになってて。インパクトが強いところがまばらにあって。普通だったら時系列順にこのアルバムが出て、あのアルバムが出て、って思い出せるんですけど。変名が多かったこともあって、崩れているんですよね。好きなんですけど、なんかちょっとリチャードの存在も作品も自分にとっては悪夢というか(笑)。悪夢と言っても “Windowlicker” の悪夢と『Selected Ambient Works vol.2』の悪夢はまた全然違うし。でもやっぱり、好きなんですよね。理不尽な恐怖体験だったので、その分、タイムレスなんです。


Selected Ambient Works vol.2(1994)*来年でリリース30周年の名作。

N:たしか3回目に来日したときだったかな、リチャードのライヴに合わせて〈Warp〉の創始者たちが「Donkey Rhubarb」(1995年)の着ぐるみ姿でステージで踊ったんだから、笑える悪夢だったね(笑)。

S:「Donkey Rhubarb」も好きだったなぁ……あの頃のリチャードの音楽って、いまも全然笑えちゃうし、それでいていまだ怖いし、若いネット世代の子たちにも普通にスッと入っていける感覚があるし、「これはヤバい音楽だね。ヤバい人がやっているよね。」ってすぐわかるような雰囲気をちゃんと持っていると思うんです。


Donkey Rhubarb(1995)*またMVが楽しかった。

■最高のアーティストとは自分のことをアーティストだと思っていない人たち

N:アルバムごとに作品のテーマがちゃんとあるじゃない。『Ambient Works Vol.2』はビートレスなダーク・アンビエント、『...I Care Because You Do』ではハード・エッジなトリップホップ路線を追求して、『Richard D. James Album』(1996年)ではドリルンベースをガッツリやって完成させる。『Drukqs』では、プリペアード・ピアノとポスト・ドリルンベースみたいな感じをやって、「Analord」シリーズではアナログ機材のみでどこまでできるかとか。たとえばスクエアプッシャーは、ほとんどずっとドリルンベースを追求して、発展させていくわけだけど、リチャードはいろんなことをやってるよね。

S:リチャードの作ってきたものって、ジャンルを問わず「リチャード印」で。ビートの有る無し含めて、いろいろなスタイルあるのに全部結びついちゃってて。

N:それってなんなんだろうね。

S:それは……なんなんでしょうね(笑)。彼の音には気配がある。

N:すべてにあの「A印」が(笑)。『Syro』を出したときのピッチフォークのインタヴューで、けっこう重要なことを言っているんですよ。ひとつは、「最高のアーティストとは自分のことをアーティストだと思っていない人たちのことであり、自分のことをアーティストだと思っている人間ほど迷惑でつまらない人間はいない」ということ、ふたつ目は「この世界で最高のダンス・ミュージックの形態というのはジャングルだ」と。リチャードの音楽を考える上で、このふたつのことは重要ですよね。しかもね、「ジャングルっていうのは自動車整備工やペンキ屋をやっているような人たちが作った音楽だ」ということも言っている。そういう「非音楽家」を賞揚しているわけ。イーノは自分を「非音楽家」と呼んだけど、リチャードのいう「非音楽家」から見たらイーノなんかぜんぜん「音楽家」なわけで。リチャードは、彼の作品を聴けばわかるように、ジャングルを音楽的な側面はもちろんのこと、ある種階級闘争的というか、社会的な側面からも評価しているんだよね。

S:そしていま、ジャングルは来てますからね。勢いのある怒涛のビート感が、若い子たちに刺さっている。進化が目立つ音楽ジャンルになってる。

N:だからさ、AFXが同じテクノと括られても、クラフトワークやYMOとの違いはそこにある。クラシックを背景にもって、高価な機材にめぐまれた環境とはまったく別のところから生まれたテクノの代表だよね。

S:そうですよね。でも、たぶんそのアプローチには奥行きがあると思います。その時代の機材って適当に選んでいるわけではなくて、安い機材のなかでも面白いものを、個性をちゃんと機材のなかに見出していて、自分でカスタムしたりエフェクターを工夫して、いちばん美味しいところを「Aphex印」で引き出して、ほかの人には出せない味付けで出しているみたいな。

N:昔、佐々木さんがDOMMUNEでいろいろ解説してくれたけど、『Syro』のジャケットに140以上の機材リストを載せたじゃない。あれもすごいよね。140以上だよ!

S:140以上の機材があるってことは140種の機材を選んで、シンセサイザーとエフェクターとサンプラーと、パッチベイを通してシーケンサーにサウンドアウトはミキサーに…って感じで組み合わせて繋げないといけないんですよね。頭のなかに綿密な設計図がないと繋げた上でどれがどのようになっているかはわからない。あと、サンプラーをめちゃめちゃ使ってるので、実際には140どころの話じゃないんですよ。自分のライブラリに落とし込んでいる大量のドラムマシンとか、シンセやヴォーカルのショットの音とかがあるわけで。それをどうやって管理というか把握しながらやっているんだろうなぁ、把握してないのかもしれないですけど。しかも、どの曲を聴いてもエイフェックス・ツインのブレイクビーツは古くならないというか独特な音圧や、歪感が加えられている、「なんで毎回毎回このオリジナリティの高い水準に行けるの?」みたいな感じがあるんです。普通どこか有りがちな音になったりするはずなんですけどね、細部まで作り込まれた、すごい高密度な音という印象なんです。

■『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』の謎解き

N:あとは、未完成に向かうというか。そういう感じを残すじゃないですか。

S:エイフェックス・ツインは『Syro』以降、モジュラーシンセサイザーを大きく取り上げた作品集も公開していました。2014年の『Modular Trax』とか。その流れもあってか、今回の『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』のジャケットはBuchlaというメーカーのシンセモジュールのパネルをコラージュしたものなんですね。

N:へえ。全然気づかなかったな。

S:伝説的なアメリカ西海岸のシンセサイザーで、日本でも販売されているんですが、例えばskylabってシンセモジュラー・システムになると250万くらいする、高級で特殊なシンセですね。。リチャードが、フジロックの2017年のときに、カセットを山積みにして売ってましたよね。そのなかの半分ぐらいがBuchlaのシンセを使った曲でした。ただBuchlaで面白い音を出して遊んでいる、脱力した珍しい作品も入ってました。そこから5年以上経って、ジャケットにどん! とシンセのパネルを載せている、という。本当にこのシンセが好きなんだろうな、と思います。

N:それはなに、上モノの音とかを?

S:高周波とかには「けっこうBuchlaっぽいな」という音はあるんですけど、極端に目立たせる使い方はしていない。Buchlaで、よく知られているのは、西海岸のアヴァンギャルドや即興演奏家や、ニューエイジのシーンで、Buchla奏者という人がいるくらいなんですけど。

N:西海岸のニューエイジとリチャードって、まったく繋がらないんだけど(笑)。

S:ele-kingでもBuchla奏者のチャールズ・コーエン氏が、記事になっていましたね

N:なるほど。しかし、こんな早く新作が聴けるとは思ってなかったですね。『Syro』は本国では、ナショナル・チャートに入ったほどのヒット作で、気を良くしたんだと思うけど、その後立て続けに「Computer Controlled Acoustic Instruments Pt2 (EP)」(2015年)と「Orphaned Deejay Selek 2006-08」(2015年)、「Cheetah EP」(2016年)と出して、そして「Collapse EP」(2018年)も出した。この「Collapse EP」はウケたじゃないですか、とくに “T69 Collapse ” が。これも複雑な曲で、いろいろ詰め込んだ感もあって、CGもすごい見ごたえがあるやつだった。ここからピタっと出さなくなったから、また10年ぐらい出ない時期が続くのかなと思ったんですよ(笑)。そしたら意外とこんなに早く新作を出した、というのがまず驚きだった。


Collapse EP(2018)*10年代にリリースされたEPのなかではダントツ。

S:やっぱりコロナが明けて、今月(2023年6月)ですかね、Sonar Festivalのときに2曲入りの「Barcelona 16.06.2023」というEPを出してたじゃないですか。このときのライヴは、前半がファンクっぽいビートだったり、従来のリチャードの延長線上っぽい包み込むようなサウンド主体だったんですけど、後半はドラムが狂喜乱舞するようなパートが続いていてすごいカッコいいんです。後半のところは前作の「Collapse」と似ている。発展型と言っても良い。ところが、音源としての「Barcelona 16.06.2023」は割りとシンプルなテクノで、今回の『Blackbox Life Recorder〜』はドラッギー過ぎずサイケデリック過ぎない、もっと落ち着いていて、グルーヴィーだけどインテリジェントな感じになっている。なんだろう。変に、ファンが求めるような、刺激的な楽曲を出すことに固執していない。

N:すでに賛否両論だよね、これは。いつものことだけど、期待が大きいから。

S:否定的な意見もありますよね。しかし、こういう雰囲気のテクノだったり、Buchlaとリズムマシンの素晴らしい邂逅を、リチャード以外の誰が更新してくれるのかというと疑問ですね。リスナーとしては、もうちょっと自分たちの時代をカッコよく、新しさで満たしてほしい、という需要もあるのでしょうけど。

N:くだんのピッチフォークのインタヴューで、リチャードは「自分にはもう探求すべきものがないんだよね」って正直に言っちゃってるんだけど、『Blackbox Life Recorder〜』を聴いたときその言葉も思い出した。ただし、このシングルにはリチャードの魅力が詰まっている。エイフェックス・ツインの魅力が凝縮されているじゃないですか、1曲目の “Blackbox Life Recorder 21f” なんかは。ブレイクビーツの感じも良いし、「A印」のシンセ音も良い。ドラムがデヴェロップしていく感じも良い。笑いもちゃんとあるし。

S:笑える感じは良いですよね。あと、誤解を恐れずに言うと、凄く小さい音でもカッコいいんですよね。小さいドラムの音って全クラブ・ミュージックのプロデューサーが恐れるものだと思うんですけど、小さいく鳴らしても存在感がものすごい独特の音で、うわ、カッコいい! っていう感じになる。空間も感じ取れるし。で、めちゃめちゃデカくて歪んでるドラムの曲も……。

N:“in a room7 F760” のこと?

S:そうです、このドラムの歪ませ方はいままでやってなかった感じだな、でも待てよ? あったかも、ってリチャードのライブラリを聴き返してしまって、結局、リチャード沼にハマってしまうような(笑)。こんな曲あったっけ? カウベルこんなに鳴らしてたことあるっけ? みたいな感じで、リチャードを聴き始めると、あれこれ記憶を参照したくなって、アーカイヴのなかに迷い込んでいってしまうような感覚が楽しい。他のコーンウォール出身のプロデューサーのアプローチとは大分違うなと思います。ワゴンクライストやマイクパラディナス、スクエアプッシャーの近作を聴いても、こんなに複雑な心境にならないですね。もっと、音楽アイディアも素直でのわかりやすい。リチャードだけ訳がわからない部分が多い。やっぱりリチャードの無限回廊みたいな音楽世界に浸っていたい感覚になります。水玉を見ると草間彌生を思い出すぐらいの感覚というか、リチャードのシンセ音を聴くとリチャードだな、っていうふうに感覚的に反応してしまいます(笑)。

■リチャードのリズム

N:そうだね。あるいは、自分がどこから来たのをリチャードはまた再確認しているのかもしれないね。俺はレイヴ・カルチャーから来たんだと。実際、彼はコーンウォールのレイヴでDJをやっていたわけでね。実際のところはわからないけど、今回は、リズムに重点を置いていることはたしかでしょ。 “in a room7 F760” もそうだし、 “zin2 test5” もそう。

S:それだけリズムを綿密的にコントロールできるようになった、ということだと思うんですよね。ビートの縦軸となる音響的な面、横軸となるタイミング的な面、音色の奥行きや接近感までコントロールしている感じが強い。リチャードが体得してきたスキル、ドラムマシンやシーケンサーの使い方が極まっているので、スキルや経験に裏打ちされているので説得力がある。知識と基礎がしっかりしてるので複雑な作りの曲でも、リラックスして作れるので良い結果に結びつく。昨今の音楽ではリミッターで音圧を稼いでデカい音で、Trapでもなんでも歪んだ808のドラムを鳴らすのがカッコいい、というのがあるんですけど、その流れとも全然違う。リチャードは「お前ら、まだ808しか使ってないのか。広い世界の可能性を見ろよ」と言うような風に、マイナーなドラムマシンでバキバキに仕上げてくる(笑)。メインストリームと離れて、天邪鬼なのがカッコいい。

N:“in a room7 F760” なんかはさ、途中からジャングルになるように、リズムの変化があるっていうか。

S:しかもすごい新鮮に繋がっていくじゃないですか。ライヴでもどんどんビートが移り変わっていくし。リチャードによる流動性のあるリズム、という感じになっていって。ジャンルもなくなっていって。リズムのスタイル自体がパノラマのように広がっていく。

N:「リチャード宇宙」が膨張してるんだね。

S:(笑)。それも間違いないと思うんですけど。

N:今回のプロモーションで、QRコードがあったじゃん。あれは面白かったね。僕はけっこう、上がってしまった。

S:開いたら “Blackbox Life Recorder 21f” のアンビエント・ヴァージョンだった。

N:あのQRコード化した「A印」ポスターは見事でしたね。

S:効率的にデザインされた、なんならグッズとかTシャツとかまでですけど……毎回欲しいですもんね(笑)。

N:ちゃんとエンターテイメントしているからなぁ。

S:気持ち良い凝ったエンターテイメント。やっぱりこう、いまはネットですべてがデジタル化されてて、音楽もデータ化されてデジタルだし、伝わり方もデジタルだし。話題になったら伝播される。リチャードは顔芸していた頃から、突飛な話題が伝播されるのを感覚的に知っていて、面白い言動もしていて、以前からこのネット時代を想定していたんだな、と。邪推してしまいます。ただし、いろんな音楽が新しい触れ込みで出てきても、アンビエントの名盤が増えても、僕らは『Selected Ambient Works 85-92』を聴いちゃうわけじゃないですか。繰り返し聴いてしまう、あれを作った彼の新作を心待ちにしてしまう。

N:アルバムを出すのかなぁ?

S:出してほしいですけどね。

N:リチャードの場合は気まぐれだったりするから。これが序章、予告編なのか、次はまた5年後なのか……誰も知らないからね。

S:でも、デジタルツール下での自己表現が当たり前になって、InstagramとかTikTokを眺めるのも日常で、触れられるアートとしてTeamlabさんの展示に遊びに行くような、そういう陽キャなデジタル人たちに対して、僕らは陰キャに家で首をかしげながらリチャードの新譜とMVを、「どういうつもりなのかなあ……」と眺めているほうがテンション上がって楽しかったりする(笑)。リチャードが作品を作り続けてくれるなら、いつまでも待ちたい。自分たちのヒーローがアルバムを出してくれるところまで元気に待たなければ、と思いますね(笑)。

N:もう我々の希望ですね。「A印」のためにがんばるぞと。

■裏技を教えてくれない友だちみたいなものです

S:繰り返しになるんですけどSonarのライヴセットもすごくカッコよかったみたいで。アルバム出さなくても、ライヴ行けば楽しそうだなあ……と。リチャード自身も肩肘張らずにシンセやリズムマシンで遊んでいて、楽しんでいる感じがするんですよね。彼が人生を楽しんでいないイメージがなくて。

N:それは言えてるね。

S:音源を聴かせてもらうことによって、彼に楽しい時間を僕らは分けてもらってる、っていう。「リチャード、今日どのシンセで、何して遊んだのかな?」みたいな。所謂、ゲーム実況に近いくらい(笑)

N:いや、僕はそこまではいってないです(笑)。まだ修業が足りないですね、リチャード業が足りてない。リチャードは、「金のためにやってる」ってよく言うでしょ。インタヴューで「あの年はよくライヴをやったね、金のために」とか。いちいち「金のために」って言うところがいいんだよね。ってことはつまり、「金のために」やっていないこともあるわけだから。もともと、上昇志向があって、なにがんでも音楽でのし上がってやるみたい野心があってこうなった人じゃないでしょ。デビュー作の「Analogue Bubblebath」なんか、レーベル側の話が長くなるのが面倒で、出して良いよって言ったそうだし。この人の原点ってやっぱり「Analogue Bubblebath」だな、ってつくづく思いますね。今回の『Blackbox~』を聴いても。やっぱ、あそこに行くんだな、と。


Analogue Bubblebath(1991)*ジャケットは94年の再発盤。三田さんはリアルタイムで買ったオリジナル盤を所有しているんだよなぁ。

S:稼いだ「お金」を上手く使って新しいことや楽しいことに繋げてるって信じたいですね。デイヴ・グリフィスとAI合成ソフト「samplebrain」作ったりしてますし。リチャードは、このソフトの可能性について「泡立った泥の音とTB303のかけあわせたり……」って発言してるのですが、やはりリチャードってポコポコした音とか、グニャグニャした音とか、そういう方向をいまだに純粋無垢に追求して楽しんでるという。

N:あと、間の抜けた人の声とかね(笑)。

S:ですね(笑)。で、つまり(エイフェックス・ツインは)新しい技術も使って、シンセも買っているわけですよね。「新しいことを探求する余地がない」と言いながらも、たぶん面白そうなものがあったら無垢に使って楽しんで、変な音が出たら次の曲に使ってみよう、とやっていること自体、新しいことではないかもしれないですけど、今日もまた新しい音を作って面白がってるじゃん、というのは枯渇しているようにはとても思えない。最高に楽しそうだな、っていう感じですよね。(今回のジャケットにも)リチャードの顔がまた埋め込まれてるとか……初心を忘れない(笑)。

N:本人もやっぱ意識してるみたいなんですよね、笑いを取るっていうのは。

S:でも、自分のギャグに拘って、いちばん笑ってるのが自分、じゃないのかな(笑)。等身大の個人的な笑いだから、聴いてる我々も子どもに帰れるというか。そうそう今、お仕事でご一緒している「松田直」さんって、サウンドエンジニアの方と、音楽のお話をするのですが。エイフェックス・ツインについて話したことがあったんです。メジャーではSKI-HIさんのミックスをしたりしながら、ご自身はフランソワ・ケヴォーキアンなどの音作りを研究してて、めちゃくちゃ詳しいという、音作りのエキスパートの方なんですけどね。で、その方が言うには、Amigaという昔のコンピュータのトラッカーソフトウェアのサウンドの美味しいニュアンスをリチャードは使っている。しかも、絶妙にAmigaやCommodore64というような昔のパソコンの音をを工夫して使っているんじゃないかとおっしゃってて(笑)。『Syro』のリストにはAtariってコンピュータの記載があったんですけどね。その辺、リチャードには音作りの秘伝のタレみたいな技法があって、AmigaやAtariにいろいろぶっ込んだやつをまたCASIOとかAkaiの古いサンプラーに入れたり、AIで歪んだドラムサウンドをかけ合わせたり、なんかいろいろなことをやってるんじゃないかと。機材リストは晒すけど、料理の仕方が特殊だから、みんな本人の音に辿り着けない。ゲームの裏技を教えてくれない友だちみたいなもんですね(笑)。

N:ははは。教えてくれないよねえ。『Selected Ambient Works 85-92』の頃も、最古の曲が本当に14歳の頃の曲なのか、という疑問もあったし(笑)。14歳で作りはじめたのは間違いないだろうけど。まあ、リチャードの音楽は飽きないところがすごいよね。聴くたびに発見がある。前聴いたときにはベースがよく聴こえたんだけど、新しく聴くとドラムが……。というような。


Selected Ambient Works 85-92(1992)*昨年はリリース30周年の名作。

S:ひとつひとつの音にも、音と音の間にも、凹凸感があるんですよね。ハードウェアや古いデジタルサンプリング機器を使うことで、たくさんのデジタル・アナログ変換が行われているのが凹凸感にも繋がっている。パソコン完結だけだと荒っぽい凹凸になりにくいんですよね。『Drukqs』のころはちょっとPC完結の感じもありましたけど、またすぐに戻っていって。パソコンだけで合理的に音楽を作る人がこれだけ増えたことによって、アンチテーゼとして昔の時代のテクノロジーによるアナログや古いデジタル機材を扱う故、結果的にエイフェックスの音が差別化されちゃった、という印象です。安い機材を面白く使ったり、センスの良くリズムを組んだり、音遊びで空間を作ったりという意味だったら、最近のアフリカの若い子とかはカッコいいビート・ミュージックを作っていますけど、音の深みみたいな方向がリチャードとは全然違っていて。その差が面白い。どっちも好きなんですけどね(笑)。リチャードは、センスもスキルも円熟している印象があります。

N:深いですねぇ、リチャードの世界は。フィリップ・グラスが “Heroes”を手がけたとき、なんかのインタヴューで「なんでエイフェックス・ツインにリミックスを依頼したんですか」と訊かれて、「彼の音楽は私にはまったく理解できないからだ」と答えたのね。そう言えてしまう、フィリップ・グラスもすごいんだけど。普通、クラシックから来ているような人って理解できないものは却下しちゃうから。で、たしかにリチャードには、いまだにその「理解できない」ところがあるからね。それもまたすごい。


〈8月3日追記〉

N:この対談の後、作品がリリースされ、いくつかわかってきたことがあるので軽く追加しましょう。まず、QRコードからダウンロードした「YXBoZXh0d2lu」というアプリを使って、実物のジャケットをスキャンすると、立体が飛び出してきて、いろいろ楽しめるということ。これはぜひトライして欲しい。フィジカルを買う楽しみというものがある。それから、MVが公開されたことで今回の “Blackbox Life Recorder 21f”が、どうやら亡くなったリチャードのご両親に捧げられている曲ではないかということ、曲名もそのことにリンクしているのかもしれないね。

S:「Girl/Boy ep」のときも彼の兄弟へのパーソナルなメッセージ性があったと思いますが、表現の仕方が進化してますよね。彼の曲の成熟度は、リチャードのスキルを体現するセンスや彼の人間性も物語っていて、個人史と交差する際に、こんな見せ方ができるのかと思いましたね。

N:それゆえに、ピースなフィーリングをもった曲になったのかもしれないね。

S:彼のフォーリングは、異常気象に代表される社会不安や、ありがちな「暗さ/終わり」を超えていると思います。エイフェックス・ツインの表現は、ユーモアを介していて、その上で有機的な方向性を帯びてますよね。ネット時代では「暗さ」や「死」の引用が氾濫しているし、それゆえリチャードの行為はより深さを増しているというか、家族への想いをシンプルに表現することの深さも痛感します。

N:可笑しさもありつつも、慈愛のこもった曲というかね。リチャードのお母さんの声は、 “Come to Daddy”の「Mummy Mix」で聴けますね。 ところで「YXBoZXh0d2lu」ですが、まだまだなんかあるかもしれないっていう噂がありますね。あくまでも噂ですが……。ということで、まだまだ続きがありそうな夏のAFX祭り、楽しみましょう。

ANOHNI and The Johnsons - ele-king

 ぼくの場合、マーヴィン・ゲイの『What's Going On』をちゃんと聴いたのはけっこう遅くて、80年代も後半、ぼくは20代のなかばだった。熱心に追いかけていたポスト・パンク以降がすっかりつまらなくなってしまい、だからレゲエやワールド・ミュージックを聴いてみたり、あるいは、それまでずっとリアルタイムの音楽しか聴いていなかった自分が、過去の黒人音楽を聴いてみようと自分なりに追求していた頃のことだ。
 『What's Going On』の説明文には必ず「戦争」や「公害」や「貧困」といった言葉が挿入され、これはプロテスト・ミュージックとされている。ところが、買ったそのレコードは輸入盤だったので、というかまあ、正直に言えばいちいち歌詞まで分析するのは面倒なので、サウンドのみに集中し、だからぼくはただただそのサウンドの優雅さに惹かれたのである。マーヴィン・ゲイは嘆き、憤り、哀しみ、辛辣で、抵抗している。60年代の革命は失敗に終わり、抵抗勢力は片っ端から取り締まられ、ヤッピー時代の到来とともにブラック・コミュニティに暗い風が吹きはじめている。現実は極めて厳しかったろう。だが、そのサウンドは寛容で、温かく、優しい。ロマンティックな思いにさえもリンクする。これと同じような感想を、スピリチュアル・ジャズと呼ばれる音楽にも感じたことがある。あれも黒人の闘争を起点に生まれた音楽だが、出てくるサウンドには「愛」がある。あの時代の、文化のモードがそうさせたのだろう。
 
 アメリカのテッド・ジョイアというジャーナリストの分析によれば、1950年代なかばから1960年代のなかばにかけてのアメリカにおいて興行成績が良かった映画は『サウンド・オブ・ミュージック』や『スイスファミリーロビンソン』のような作品だった。ところが近年のヒット作は、おしなべて戦闘ものが多く、間違ってもミュージカルやコメディではないそうだ。まあ、50年代のアメリカに関しては戦後の好景気ということが大きかったと思うけれど、なんにせよ、文化の根幹に楽天性があったことはたしかで、そのモードはおそらくはビートニクやヒッピー、パンクからレイヴ・カルチャーにまで通底していたと言えるのではないだろうか。たとえば、そのクライマックスにおいてベトナム戦争と反戦運動があったとしよう。しかし同時にそこにはしつこいくらいに「愛と平和」があった。陳腐な側面も多々あったと思う。だが、それはたしかにあったし、それを理解できる世代とできない世代とに分かれてもいた。そしていま、ぼくの両親の世代が「愛と平和」(ビートルズからレイヴまで)のセンスを理解できなかったのと同じように理解できない新しい世代が台頭しているのかもしれない。そんな見立ても通用するんじゃないかと思えるほどに、文化のモードは『What's Going On』の頃とは変わっている。
 リベラルだろうがネトウヨだろうが好戦的で、政治家も政党もアニメも漫画もラップにおいても戦いが人気を博している。人はカラフルな服よりも白黒を好み、自分の個性を表現することよりも、なるべく目立たない(空気を壊さない)服装を好むようになった。インターネットには怒りと対立、憎しみと不寛容、攻撃と嫌みが溢れている。明治中期のロマン主義から大正ロマンに象徴されたモードが100年前の関東大震災を境に変化したのだとしたら、3.11が(ないしは安倍政権が)この変化の起点になったと言えやしないだろうか。良い悪いの話でも、好き嫌いの話でもない。ぼくだって少なからず、今日の文化のモードの影響下にいる。本当はスマイリーのTシャツを着たいけれどジョイ・ディヴィジョンで我慢している人だっているかもしれない。
 とくに検証したわけではないのだが、漠然と、そんなことを考える/ことさら感じるようになったきっかけのひとつが、『Selected Ambient Works 85-92』だった。昨年は、エイフェックス・ツインのこの傑作がリリースから30周年ということで、ぼくは家でじっくり聴いたことがあった。30年前に渋谷のWAVEで買ったレコードを取り出し、聴いて、そして、あらためて驚嘆した。こんなにも、アホらしいほど楽天的でラヴリーな音楽が30年前の世界では、特別な宣伝もロック雑誌の煽りもなかったのに関わらずがちで必要とされ、多くの若い世代に享受されていたのだ。あの頃だって湾岸戦争はあったし、社会にはいろんな軋みがあったというのに。

 歌詞や資料など読まずに、まずはサウンドのみに集中する。アノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズの新作にもそのように臨んで、1曲目 “It Must Change” を聴いて微笑んでしまい、3曲目 “Sliver of Ice” を聴いてこれは素晴らしいアルバムだと確信した。なんて美しいソウル・ミュージックだろうか。ドラマティックに展開する “Scapegoat” は彼女の代表曲になるだろう。前作ほど露骨な政治性はないものの、作品の背後には、理想を諦めないアノーニの、不公正(トランス嫌悪、資本主義etc)をめぐっての嘆きがあることはつい2日前に知った。もっとも、このサウンドが醸し出すモードそれ自体が反時代的で、プロテストではあるが好戦的ではないし、さらに重要なのは、こうした過去のソウル・ミュージックを引用する際に陥りがちなたんなる反動=後ろ向きの郷愁をこのアルバムが感じさせないことだ。今日の文化のモードを引き受けながら、しかしその範疇では表現しきれないものを表現するために過去のモード、愛と寛容の時代のモードを使っている。これは言うにたやすく、説得力を持たせるにはそれなりの力量を要する。なぜなら、今日のモード外でやることは陳腐になりかねないリスクが大いにあるからだ。

 アノーニは、『Age Of』制作中のダニエル・ロパティンの環境問題を諦めている態度に怒ったほどの人である。本作に、彼女のそうした現実を直視したうえでの理想主義と辛辣さ、叙情詩と個人史が散りばめられていることは先にも少し書いた。ストーンウォールの反乱から54年、彼女はクィアの人生を、たとえそれが孤独であろうと美しく描き、ギル・スコット=ヘロンではないが闘いを詩的に見せている。だからこのアルバムには、極めて今日的なトピックを持ちながらもタイムレスな魅力があり、未来の誰かの部屋のなかで再生されてもサウンドの香気が失われることはない。音楽(サウンド)でしか表現できないことがあって、それを『私の背中はあなたが渡る橋でした(My Back Was a Bridge for You to Cross)』という長ったらしいタイトルの本作はやっているという、そのことをぼくは強調したい。彼女の、みごとな表現力を携えた歌唱を支えている演奏には、電子音楽家のウィリアム・バシンスキー、イーノとの共作者で知られるレオ・アブラハムスも参加している。アートワークには「いまこそ本当に起きていることを感じるとき」という手書きの文字がある。「本当に起きていること」を人が本当に感じることは容易ではない。しかし、それでもポップ・ミュージックがその手助けになるのだとしたら、『私の背中は〜』は、愛を語ることが疎外されていることを感じさせ、そしてこの音楽が堂々と愛を語っていることを感じないわけにはいかないのだ。

追悼:キース・レヴィン - ele-king

三田格

 P.i.L.の初来日にキース・レヴィンはいなかった。正規リリースされたライヴ盤『Paris Au Printemps(P.I.L.パリ・ライヴ)』やブートレグでは『Extra Issue, 26 December 1978』と『Profile』を重点的に聴いていた僕の耳に、あのシャープでクリアーなギターは響いてこなかった。来日直前にキース・レヴィンが脱退したことで、あからさまにジョン・ライドン・バンドでしかなくなったP.i.L.はこともあろうにレッド・ツェッペリンを思わせる演奏に変わり始め、ジョン・ライドンの歌い方が必要以上に演劇的に感じられたことをよく覚えている。いまから思えば元曲と演奏の雰囲気が合っていなかったからなのだろう。アンコールで“アナーキー・イン・ザ・UK”をやったのもサーヴィス精神とはまた別にジャー・ウォブルもキース・レヴィンもいなかったから反対するメンバーがいなかったとか、そういうことだったに違いない。あと半年早く来てくれればP.i.L.を体験することができたのに。あと半年早ければ『Paris Au Printemps』のようなオルタナティヴのピークに触れられたかもしれないのに。ちなみに初来日の模様を収録した『Live In Tokyo』に『Metal Box』の曲は“Death Disco”しか収録されていない。ジョン・ライドンからすればP.i.L.が生まれ変わらなければならないというプレッシャーを感じながらもがきにもがいてつくりあげたバンド・サウンドだったのだろう。そう、キース・レヴィンがいなくなるということは、ライドンにとってはかなりな難局だったのである。

 キース・レヴィンがP.i.L.を脱退したのは“This Is Not A Love Song”のミックスをやり直したかったレヴィンとその必要はないとしたライドンが修復できないほど悪い関係になったからとも、単にレヴィンのドラッグが原因だとも言われている。いずれにしろアルバムの半分が同じ曲で構成されたレヴィン・ヴァージョンの『Commercial Zone』が翌84年1月に、ライドン・ヴァージョンの『This Is What You Want... This Is What You Get』がそれから半年後にリリースされ、『Commercial Zone』がそれまでのP.i.L.と地続きの作品性を誇り、はるかに優れた内容であることは歴然としていた。『Commercial Zone』を『This Is What You Want... 』のデモ・テープ扱いしていた記事もいくつか見かけたけれど、一体何を聴いてきたんだと呆れるしかなく、『Commercial Zone』に収録されていた“Blue Water”が初来日のオープニングに流れていたことも思い出した。だから『Album』『Happy?』『9』と聴けば聴くほど情けなくなるジョン・ライドン・バンドに対してキース・レヴィンの活動に興味が湧くのは当然のことで、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのプロデュースを経て脱退から3年を待った『2011 - Back Too Black』や続く『Violent Opposition』を相次いで手に取るも『This Is What You Want... 』よりも完成度が微妙だった時はさすがに愕然としてしまった。それどころかレイヴ・カルチャーが勃興してきた頃にはP.i.L.の誰もが存在感を失っていた。

 キース・レヴィンはシド・ヴィシャスやスリッツ及びバンシーズのリズム隊とフラワーズ・オブ・ロマンスとしてバンド活動を始め、クラッシュの創設メンバーとしてはジョー・ストラマーをザ・101ナーズから引き抜いてクラッシュのヴォーカルに付かせたにもかかわらず、自身はデビュー前に脱退。次に音楽シーンに現れた時はP.i.L.のメンバーとしてだった。P.i.L.はライドンの性格を反映して最初から大胆不敵なサウンドを構築し、ジャー・ウォブルの不気味な下降ベースとパンクにありがちな荒々しさとは違う意味で耳障りなキース・レヴィンの金属的なギターはすぐにも彼らの特徴となり、デビュー・アルバムから約1年後にリリースされた『Metal Box』でさらなるサウンド的な飛躍を遂げることに。アブラクサスのレビューでも触れたけれど、“Radio 4”はキース・レヴィンがひとりで多重録音したもので、"Poptones" でもレヴィンはドラムを叩き、“Bad Boy”という曲名はレヴィンのニックネームに由来する。ジャー・ウォブルが脱退したこともあってサード・アルバム『The Flowers Of Romance』はほぼすべての楽器をレヴィンが演奏し、彼がいなければP.i.L.は成り立たなかったはずなのに、ライドンは『Commercial Zone』のどこが気に食わなかったというのだろうか。デヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』に寄せすぎたということなのか。

 クリエイティヴィティのピークにいるミュージシャンは同時期に何をやってもいい仕事をしてしまうもので、キース・レヴィンの才能もP.i.L.在籍時に様々な花を咲かせている。ジャー・ウォブルと組んだスティール・レッグスVジ・エレクトリック・ドレッドはドン・レッツをフィーチャーしたレゲエ色の強いP.i.L.サウンドの楽観的変奏。『Metal Box』でドラムを叩いてもらったお返しなのかカウボーイ・インターナショナルにも1曲で参加し、エイドリアン・シャーウッド周辺だとヴィヴィアン・ゴールドマンやシンガーズ&プレイヤーズの諸作に客演、スリッツやリップ・リグ&パニックからメンバーが集まったニュー・エイジ・ステッパーズにも最初は正式メンバーとして参加していた。P.i.L.を脱退してゲーム・クリエイターに転身したというニュースが入ってからもダブ・シンディケート、バーミー・アーミー、ゲイリー・クレイルと〈On-U Sound〉との絆は強く、マーク・ステュワートのアルバムでも結構な量のギターを弾いている。2010年代になるとジャー・ウォブルとのコンビを復活させてジョイント・アルバム『Yin And Yang』(12)をリリースし、キャバレー・ヴォルテール風のオルタナティヴ・サウンドからインド風の瞑想的なギター・ソロまでなかなかの充実作となったサード・ソロ『Search 4 Absolute Zero』(13)と、クラウドファンディングで募った資金を元に『Commercial Zone』の完成形『CZ2014』(15)も自主制作。やはりそれだけ引っかかっていたのかと思うと、なんともいえない作品ではある。それで気が済んだということになってしまうのか、それから7年が経った2022年に肝臓ガンによる逝去の報が届き、第1報に続く「未亡人になってしまいました」という奥さんのツイートがとても悲しかった。

 キース・レヴィンは音楽に対して貪欲な人生を生き抜いたという例には当てはまらない。ビットコインはパンク・ロックだと主張し、晩年は暗号通貨にのめり込んでいたというし、果たしてもっと才能があったのか、それともこれで精一杯だったのかということもわからないままに生涯を閉じ、『Metal Box』や『Search 4 Absolute Zero』だけが目の前に残されている。P.i.L.や同時期のポスト・パンクが破壊だけでなく、その後に創造というプロセスを見せてくれたことは二十歳前後の僕にはとても重要なことだった。パンク・ムーヴメントは確かにインパクトがあった。でも、マネをするだけだったり、パンクにカブれてチンピラまがいのバンカラ野郎になっていくミュージシャンを僕はとても受けつけなかった。『Metal Box』のような変化をもたらし、ロック的な皮肉をパンクのファンにさえ向けることができると教えてくれただけでもキース・レヴィンには感謝しかない。R.I.P.
 


 

野田努

 三田格と同じく、キース・レヴィンとジャー・ウォブル抜きの(『Metal Box』のP.i.L.ではない)P.i.L.の初来日を複雑な心境で観に行ったひとりとして、若干の付け足しを。P.i.L.のもっともスリリングだった期間を、ファースト・アルバムから『The Flowers Of Romance』までの3枚+ライヴ・アルバム『パリ・ライヴ』とするなら、その時期の音楽性において重要な働きをしたのがウォブルとキース・レヴィンであることは疑いようがない。もともとプログレッシヴ・ロックが好きで、スティーヴ・ハウに憧れてイエスのローディーもしていたレヴィンは、ギタリストとしての技術も持っていた。しかしながら彼が素晴らしかったのは、その技術を、従来のギター・サウンドを否定するかのように使ったことだった。セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズの厚みのあるギターはハード・ロックの延長にあったが、レヴィンの耳障りな金属音のようなギターは、そうした伝統へのアンチだった。因習打破なその姿勢こそが、ポスト・パンクという創造性の扉を開いたのである。
 P.i.L.ファンの議論のひとつに『The Flowers Of Romance』を作ったのはレヴィンだったというのがあるように、ある時期から、彼の存在はジョン・ライドンの脇役以上のものだった。『The Flowers Of Romance』ではほとんどギターを弾かず、パーカッションやシンセサイザーを担当したレヴィンは、自分の楽器を演奏するためだけにその場にいるミュージシャンというよりも、あの作品の方向性を決めた音楽監督というに相応しかったのかもしれない。ゆえにジョン・ライドンと衝突し、彼は脱退した。その後は三田格が書いている通りである。
 リアルタイムで言えば、メディアはP.i.L.をジョン・ライドンのワンマンバンドのように紹介したが、初来日のP.i.L.はまさにライドンのバックバンドだった。ウォブル/レヴィン時代のP.i.L.がサウンド的には全否定したはずの“アナーキー・イン・ザ・UK”をそのバンドはやった。本当に、あと半年早く来てくれれば……である。そうしたら、ギターの革新者にしてポスト・パンク・サウンドの先導者、キース・レヴィンの演奏を直に聴くことができたのだろう。

The Residents - ele-king

 「1億年前、ルイジアナ州の中心部からやや南に空から大きな岩が落ちてきた。そう、その時はまだルイジアナとは呼ばれてないけどね。岩が落ちた衝撃で大きなくぼみができ、少しずつそのくぼみは埋まっていったものの、くぼみは依然としてくぼみのままだった。そこに水が溜まり、クーチー・ブレイクと呼ばれる沼になったんだ。この沼は海とは繋がっていなかった。このことに意味があった。その沼はペルシャ湾から200マイル離れていて、そこにいれば世界情勢には無縁でいられた。ローカルというのは常にそういうものだけど。沼では起きるはずのない不思議なことがよく起きていた。何人かの若者がクーチー・ブレイクでキャンプをしていて、彼らはそこにはあるはずがない花崗岩の大きな塊を見つけて登ってみた。彼らは洞窟を発見し、キクの花の陰に運命が潜んでいると考えた。大事なことは彼らがそこにじっと座り続け、クーチー・ブレイクの声に耳を傾けたことだった。彼らは成長してザ・レジデンツになった。彼らの音楽は記憶だけでできている。クーチー・ブレイクを覆う怪しい霧と不気味な形、そして意表をつく音の記憶で」
(Sonidos De La Noche『Coochie Brake』より)

 ザ・レジデンツがソニドス・デ・ラ・ノーチェ(=夜のサウンド)名義で11年にリリースした『Coochie Brake』はバンドの成り立ちを題材にしたもので、これが契機となってザ・レジデンツの構成メンバーや彼らがルイジアナ出身であることが明らかになっていく。ヴォーカルのランディ・ローズが親の介護でバンドを離れていたため、曲はチャールズ・ボバックとボブが3ピース・バンドの振りをして録音。ギターとキーボード、そしてドラムだけの演奏にもかかわらず(1人2役のふざけたクレジットが笑える)、プレス・プラドーを思わせるマンボやエキゾチック・サウンドのダークサイドを掘り当てたサウンドがこれでもかと繰り広げられた。電子音がほとんど鳴らないのに、しっかりとザ・レジデンツ・サウンドに聞こえるのは不思議だったけれど、翌年からボバックはドローンをメインにソロ活動を活発化させ、ボブことノーラン・クックもデス・メタルのバンドに時間を割くようになる。チャールズ・ボバックことハーディ・ウィンフレッド・フォックス・ジュニアはそして、「医者がさっき薬物を投与した(笑)」とSNSに投稿して脳腫瘍であることを明かし、翌18年に他界。現在はボブとランディ・ローズの2人でザ・レジデンツを名乗り、『Leftovers Again?!』や『A Nickle If Your Dick’s This Big 1971ー1972』など主に未発表音源のアーカイヴをカタログに付け加えている。

 ランディ・ローズが復帰し、ボバックが亡くなるまでの間に3人は自分たちの辿った軌跡を題材にした3本の大掛かりなツアーを行った。『ザ・ランディ、チャック&ボブ3部作(the Randy, Chuck & Bob Trilogy)』と名付けられたこれらのツアーは幽霊と死をテーマにした「Talking Light」(2010ー2011)、愛と性をテーマにした「The Wonder of Weird」(2013)、生と再生と輪廻と臨死体験をテーマにした「Shadowland」(2014ー2016)で、ボバックは体力が続かずに「Shadowland」ツアー中にグループを脱退。『So Long Sam 1945-2006(さよならアメリカ 1945-2006)』は「Talking Light)」ツアー中にキャバレー・ショーという体裁でバークレー美術館で行った「Sam’s Enchanted Evening(アメリカの魅惑的夕べ)」のライヴを記録したもので、2010年に4曲入りシングルとして限定配信されていたものの完全版。コンセプトはアメリカでヒットしたメジャー曲のカヴァー集となり、CD1はヴァイオリン2台とキーボードにアコーディオン、そして、ヴォーカルとパーカションという室内楽編成、CD2はそのリハーサル・デモ(=つまりスタジオ・テイク)を収録。『Meet The Residents』や前述の『Coochie Brake』と同じく基本的にはエレクトロニクスを重用しないザ・レジデンツのアコースティック・サイドである。

 ステージの雰囲気はランディ・ローズに負うところが大きく、とにかく情熱的。畳み掛けられるダミ声のシャウトは80年代にパルコで観たライヴのそのままが蘇る。フィールド録音のフィリップ・パーキンスを正式メンバーに加えて録音された『The American Composer's Series』やエルヴィス・プレスリーを題材にした『The King & Eye』といったコンセプト・アルバムの類いとは異なり、好きな曲を気ままに取り上げたカヴァー大会の様相を呈し、MCも全部拾っているためにアット・ホーム感に満ちている。オーディエンスの反応もとても暖かい。“September Song”や“Mack the Knife”など演劇的な要素のあるミュージシャンならば気合が入るのも当然なクルト・ヴァイルの曲はやはり真骨頂。対照的に『ティファニーで朝食を』の主題歌“Moon River”やボビー・ジェントリー“Ode To Billie Joe”といった映画にちなんだ曲も説得力がある。ルイジアナ州の雰囲気が濃厚に漂うとされる“Ode To Billie Joe”はBサイドに回された曲ながらビルボード1位になった自殺の歌で、10年後に映画化されるまでビリー・ジョー・マッカリスターが自殺する前日に河に何を投げたのかという議論が絶えなかった曲でもある。ザ・レジデンツの音楽的ルーツのひとつなのだろう。

 全体に60年代に対するノスタルジーが強く、ブライアン・イーノやブロンディーもカヴァーしたジョニー・キャッシュ“Ring of Fire”やドアーズからジーザス&メリー・チェインなどのカヴァーで知られるロック・クラシックのボー・ディドリー“Who Do You Love?”といった王道が手堅く取り上げられる。バート・バカラック作は2曲あり、ジーン・ピットニー“True Love Never Runs Smooth”とディオンヌ・ワーウィック“Walk On By”はどれも原曲に恐怖を吹き込み、不安を煽るアレンジが実にザ・レジデンツらしい。これらを聴いているとシクスティーズの能天気さにヨーロッパ流の悲壮感を植えつけていくというのがザ・レジデンツの基本的なアイディアをなしているということがよくわかる。意表を突かれたのはミシェル・ルグラン“The Windmills of Your Mind(風のささやき)”で、これも原曲のセンチメンタルなテイストは取り払われ、不安しかないザ・レジデンツ仕上げ。『池袋ウエストゲートパーク』の着メロでおなじみステッペン・ウルフ“Born to Be Wild”を室内楽にアレンジしたものはペンギン・カフェを思わせるところがあり、ロックからアンビエントへ移行したイーノのミッシング・リンクを聴いているかのよう(イーノが『Commercial Album』に参加していたことも最近になって明かされた)。77年にはライヴで演奏され、『Dot.Com』などにも収録されているローリング・ストーンズ“Paint It Black”も圧巻。これはもうかなり年季が入っていることが窺えて言うことなし。

 ライヴ本編の締めくくりはやはり69年のクィックシルヴァー・メッセンジャーズ“Happy Trails”で、60年代にとらわれているわけではないと言いたいのか(タイトルも『1945-2006』だし)、中盤では郷ひろみ“Goldfinger'99”の元曲であるリッキー・マーティン”Livin’ La Vida Loca”もピック・アップ。それなりによくできているけれど、むしろ70年代以降は見事に空白だということが目立つばかり。これでエミネム“Lose Yourself”でも取り上げていれば現代にも目を配っているバンドに見えたかもしれないけれど、さすがにそこまでのキャパシティはなかった。彼らのモダンさはここが限界だったのかなと思うのはCD2のみに収録されているドナ・サマー“Mac Arthur Park”(78)のカヴァーで、17分を超える組曲を7分弱にまとめてディスコビートを抜いた弦楽中心のホラー・ドローンに仕上げている。これはアンチ・ディスコという意味ではなく、“Mac Arthur Park”からどれだけヨーロッパ的な感性を引き出せるかという試みなのだろう。ザ・レジデンツには“Diskomo”やイビサ・クラシックとなった“Kaw-Liga”といったディスコ・ナンバーがあり、ボバックは脳腫瘍を公表する時に『Freak Show』で声優を務めたスティーヴン・クローマンと結婚していることも公にし、ザ・レジデンツがゲイ・カルチャーと共にあったことも伝えている。“Mac Arthur Park”のドローン風カヴァーは、僕にはドイツのファウストとダブって見える。前々から僕は『Meet The Residents』とファウストの初期衝動は似ていると思っていて、クルト・ヴァイルの演劇的な感性を軸に諧謔性と悲壮感を同居させるためにアメリカからアプローチしたのがザ・レジデンツなら、ヨーロッパのインプロヴィゼーションに諧謔性を塗り込めたファウストが結果的に似たものになったのではないかと。60年代の熱気をエレクトロニクスに変換させることで80年代のオルタナティヴとなったザ・レジデンツに対して、ディスコ~レイヴ・カルチャーがひと段落してようやく90年代末に復活するファウストが共に00年代にそれなりの存在感を示したこともなんとなく符号に感じるところである。

Various - ele-king

 16年前にミニマル・テクノでキャリアをスタートさせたアレックス・シリディス(Alex Tsiridis)がここ3年ほど、つまり、ロックダウンを機にユニークな音楽性の変化を遂げ始めた。複数のユニットを駆使しつつジェフ・ミルズやマイク・インクを踏襲するアシッド・ミニマルから大きく逸れることはなく、手法的な変化はほとんど見られなかったシリディスがRhyw名義で19年リリースの“Biggest Bully”でブレイクビートを導入し、往年のスミスン・ハックのようなサウンドに接近したかと思うと、時間をかけたビルド・アップによってシカゴ・アシッドの醍醐味を保ちつつ“Loom High”や“Just In Case”ではロン・トレント風のワイルド・ピッチ、“Geomest”や“Skend”ではUKガラージとの接点を探り始めた。“It Was All Happening”ではさらに7拍目と8拍目を抜いたジュークというのか、後の“Itso”にしてもいわく言いがたいポリリズムにもトライし、主に自らが主催する〈Fever AM〉からのリリースでは実験色豊かなアプローチを多発する。スリックバックやドン・ジィラといったアフリカン・テクノに慣れてしまった耳にはリズム感に少し難は残るものの、旧態としたフォームに音色の楽しみしか見出せなくなっているジャーマン・テクノにあってシリディスが明らかに突出した存在になってきたことは確か。20年に入ると他のレーベルからのリリースでもその傾向は増大し、ハーフタイムに影響を受けたらしき曲が続く。“Salt Split Tongue”、““Sing Sin”、“Bee Stings”、“Slow Stings”と、シンコペーションの利かせ方もどんどん派手になり、単純にどんどん曲が良くなっていくし、”Termite Tavern”などジャンル不明の曲が出て来る一方、“Spoiler”や”Honey Badger”などアシッド・ミニマルへのフィードバックにも余念がないところはとにかく恐れ入る。これだけダイナミックに変化し続けていたら、その流れでアルバムが出ることに期待するのが普通だろう。〈Fever AM〉からこの4年間にリリースされた4枚のEPを合わせるだけで12曲になるし、ソロではまだ1枚もアルバム・リリースがないというのはどう考えてもおかしい。シングルはどれもよく出来ているのにアルバムとなるとからっきしダメというプロデューサーがテクノ系には津波のようにあふれているので、必ずしもアルバムをつくることがいいとは限らないかもしれないけれど、アルバムしか聴かないというリスナーになにひとつ届かないというのはどうしてももったいない。そして、シリディスがこのタイミングで放ったのはソロではなく、〈Fever AM〉の5周年を記念したコンピレーション・アルバムだった。

『エラーじゃないよ。わざとだよ』というアルバム・タイトルはプログラマーのデイヴィッド・ルバルが90年代に書いた本のタイトルで、明らかに彼らがジャーマン・テクノとは異質な領域に進んだことをがっつりとアピっている。ここではあちこちで埋もれていた12の才能をひとつにすることで見え方も変わっていくというニュアンスも含んでいるかに思われる。正直、一度も名前を見たことがないプロデューサーもゴロゴロいるし、最も知名度があるのはペダー・マナーフェルト(Peder Mannerfelt)か、あるいはパライア(Pariah)か。人によってはホルガー・シューカイのバイソンをバックアップしたポール・マーフィー&スティーヴ・コーティとともにディスコ・ダブのアクワアバとして活動していたガチャ・バクラゼ(Gacha Bakradze)なら知ってるという人もいるかもしれない。そう、国籍もバラバラで、シリディスとともに〈Fever AM〉を運営するモル・エリアン(Mor Elian)はテル・アヴィヴ出身。05年からはLAに移動し、ダブラブでラジオホストも勤めている。彼女を含め〈Fever AM〉からのエントリーは5組で、エリアンの“Swerving Mantis”はマティアス・アグアーヨをあたりを思わせる南米寄りのジャーマン・タイプ、マサチューセッツ州を拠点に活動するゼン・クローン(Xen Chron)“1L4U”はスローなベース・ミュージックで、7年前に〈Apollo〉からアルバム・デビューを飾ったバクラゼ“Scum ”はマシナリーなデトロイト・エレクトロを提供。レーベルの新顔らしきアイシャ(Ayesha)“Swim”はエスニックなブレイクビートで、Rhyw“Caramel Core”がやはり出色といえ、ここでもスピード感あふれるハーフタイム・テクノを聞かせる。謎のルース(Ruse)“Kimura(キムラ?)”もマシナリーなエレクトロで、同じく謎のグランシーズ(Glances)“Sleuth”はマスターズ・アット・ワークや初期の〈Boy’s Own〉を思わせる軽快なブリープ・ハウス。さらに謎のサン・オブ・フィリップ(Son Of Philip)“Raleigh Banana”は4つ打ちながらブレイクビートをループさせてベース・ミュージックに近づけたヒネり技。このところ4年に一度しかリリースしない寡作なパライア“Squishy Windows”はオーガニックなエレクトロときてストックホルムからペダー・マナーフェルト“No Sheep”もシリディス同様のソリッドなハーフタイム・テクノを試行する。これらをまとめてジャーマン・ベースと呼びたいところだけれど、そうもいかないので、そのような理念で成り立っているコンピレーションということで。ブレイクビート・テクノのミス・ジェイ(MSJY)“Crab Walk”やエンディングはユニティ・ヴェガ(Unity Vega)“Anamnesis”によるブリーピーなハーフタイム・テクノが緩やかな余韻を残して全12曲を閉じていく。

 もともとシンセサイザーやメカニカルな音楽が好きだったからエレクトロやテクノにのめり込んだわけで、それがレイヴ・カルチャーを機にブラック・ミュージックの踊りやすさに理解が及び、両方を兼ね備えていたデトロイト・テクノにガッツポーズという流れだったりするのだけれど、イギリスに渡ったテクノは泥臭くなり過ぎる面もあって、それはそれでいいんだけれど、ドラムンベースやダブステップといったベース・ミュージックの成果をことさらにメカニカルなテクスチャーに移植しようとするアレックス・シリディスの試みにはがんばれという気持ちしかない。僕は若い時にはブラック・ミュージックに関心がなかったせいか、初めからグルーヴがあって当たり前という感じよりもグルーヴを生み出そうと努力している人たちにシンパシーを覚えるということもある。テクノにダンスホールを取り入れたロウ・ジャック(Low Jack)やブロークン・ビートをレイヴ・サウンドでフォーマットしたプロイ(Ploy)と同じく、このまま誰もついこない道を突き進んで欲しい~。

Kai Whiston - ele-king

  数時間も経たないうちに、キャッスルモートン・コモンは全面的に機能する独立国家に、そこにいる者たちが全支配権を握る場所へと変容していた。イギリスのカントリーサイドにできた、自分たちの電力源、照明、住居施設、料理供給およびレジャー設備を備えた一時的自律ゾーンだった。(中略)そこになんたるカウンターカルチャーの楽園が広がっていたことか! 
       マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』(坂本麻里子訳)

 1988年と1989年がそうだったように、1993年もまた特別な年だった。この年、時代のモードは“E”から“L”にシフトし、アンビエントが流行って、ヒッピーがレイヴ・カルチャーに完全合流を果たした。1993年のグラストンベリー・フェスティヴァルはカラフルな絞り染めの服を着た人たちで賑わい、そしてこの年、イギリスの子供たちは家出をして、ニューエイジ・トラヴェラーズと呼ばれるトレーラーハウスに改造されたキャラバン(通称、ピース・コンヴォイ)に乗って、英国の田園地帯を漂泊するライフスタイルを選ぶようになった。
 かの有名なレイヴ禁止法、クリミナル・ジャスティスの背景にはじつはこのニューエイジ・トラヴェラーズの存在も大きかった。家出をして(近代文明を捨てて)トラヴェラーズになってしまうのは、中産階級の子供たちに多かったからだ。国から期待されている階級の若者がこぞってドロップアウトしてしまうことは、国にとって脅威であり、阻止する必要がある。
 ニューエイジ・トラヴェラーズは1993年のハイプでもあった。だから、ファッションにもなった。身なりはヒッピーでもしっかりクレジットカードを持っていたりとか、本物のトラヴェラーズがこの流行をよく思わなかったのも当然だ。とはいえ、トラヴェラーズとレイヴとの出会いは、この時代のもっともラディカルな文化形態でもあった。ぼくはその実態を知りたい一心で渡英し、(まだネットがない時代だったので)本を探して読んだり、UKの漂泊のカウンター・カルチャーについていろいろ調べたりもした。
 簡単にまとめると、これは60年代末におけるヒッピー時代のフリー・フェスティヴァル(金儲けのためにやらない、無料のフェス文化)に端を発している。70年代になるとハードコアなヒッピーたちは、バスやキャンピングカーなどを改造した車で暮らす、ノマディックな人生を選択するようになる。そして、古代文明で知られるストーンヘンジを聖地とし、かの地でフリー・フェスティヴァルをおっぱじめるのだった。やがてそこにアナーコ・パンクが合流、80年代にはヒッピー、パンク、左翼、アナキスト、反戦、環境系なんかの寄せ集めとしてこのアンダーグラウンド・シーンは活気づき、さらに発展していく。
 しかしながら、ときの首相サッチャーはこの事態を放っておくほど寛容ではなかった。本気でトラヴェラーズを叩きつぶそうと、1985年のストーンヘンジのフリー・フェスティヴァルに1300人以上の警官隊をかり出している。応戦したヒッピーと警察との内戦のごとき激突は、戦後最大の逮捕者を出した、通称「ビーンフィールドの戦い」として語り継がれている。
 政府からの厳しい弾圧によって、しばらくのあいだウェールズの森や山に潜伏していたトラヴェラーズだが、彼らはレイヴ・カルチャーと出会ったことで、ふたたび息を吹き返す。そのもっとも象徴的な出来事は、1992年の5月、キャッスルモートンで起きている。フリー・フェスティヴァルを目指して移動中だった400台のピース・コンヴォイが、警察網をかいくぐってキャッスルモートンに集合すると、〈DIY〉や〈スパイラル・トライブ〉のようなサウンドシステム所有者が合流し、ほとんどアドリブでパーティがはじまった。この騒ぎはニュースとして報道されたが、むしろそれが宣伝となって、全国からレイヴァーやなんかがぞくぞくと集まってきたしまった。で、結局のところそれは1週間ぶっ通しでおこなわれ、延べ4万人を動員したと言われる、巨大なフリー・レイヴと化したのだった。ストーンヘンジ・フリー・フェスティヴァル以来の大騒ぎとなったこれが当局を本気にさせてしまい、CJBへの引き金となるのだが、その一方でトラヴェラーズは、ポップ・カルチャーにおける文化的な勢力として『NME』の表紙を飾るほどの存在にもなった。ちなみ表紙の写真はミュージシャンではなくピース・コンヴォイだった。
 
 カイ・ホイストンは、ニューエイジ・トラヴェラーズだった両親のもと90年代末に生まれた。小さな村の、16歳の子供部屋のようなポスターだらけの家だったという。彫刻家だった父親はカイが幼少のときにドラッグが原因で死んでしまった。母親はレイヴのフライヤーや壁画などを手がけるヴィジュアル・アーティストで、田舎町では当然のことながら目立つ親子だった。子供のころのカイは、ただただ普通になりたかったという。
 10代のなかば、カイは低所得者向けの政府の制度によってパソコンを手に入れると、インターネットに没頭した。YouTubeにハマって、音楽にも関心を抱くようになった。そしてEDMを入口にして、続いてエイフェックス・ツインやダフト・パンクなど、とにかくエレクトロニック・ミュージックを聴くようになった。高校卒業後は母親に反発してビジネスのために大学に進んだが、何年かして彼が選んだのは音楽だった。
 インターネットを介してIglooghostと知り合い、彼といっしょに立ち上げたレーベル〈Gloo〉から最初のアルバム『Kai Whiston Bitch』を出すのは、カイがまだ20歳ぐらいの、2018年のことだ。それからカイはじょじょに頭角を表していった。前作『No World As Good As Mine』はいちぶで高い評価を得て、本作『Quiet As Kept, F.O.G.』に関して言えば、リリースする前から話題だった。彼個人のレーベルからのリリースになるこの最新作のコンセプトがニューエイジ・トラヴェラーズであることは、注目するに値する。
 
 「ニューエイジ・トラヴェラーズは間違っていなかった」と、クワイエタスのインタヴューでカイは話している。「宇宙人はたしかに存在し、ストーンヘンジで活動している」。初期のトラヴェラーズは、古代人(ないしはケルト文化)に共感し、宇宙人と交信するためにストーンヘンジに集まっていたのだ。
 それはさておき、カイは3年かけてこのプロジェクトに取り組んだという。最初は『Mono No Aware』に触発され、複雑で美しい音楽を作るところからはじまったというが、制作過程において、差別やタブーに耐えられず、長いあいだ自ら抑圧してきた自身のバックグラウンド──トラヴェラーズの文化──を解放することに決めた。ゆえに母親との対話は重要で、彼女は息子に、ビーンフィールドの戦いやキャッスルモートンについて教えた。トラヴェラーズは、「政治的な意味合いも含めて、時代を先取りしていた」とカイは語っている。

 じっさいオープニングの“Between Lures”は、リスナーを1993年の英国の田園風景へと連れていくかのようだ。エイフェックス・ツインの“Xtal”でお馴染みの、ストリングスにフワフワしたシンセサイザーのリフ、そしてブレイクビーツの組み合わせがここにもある。プッシー・ライオットが歌っている“Q”はガバに近いハードコアで、宇宙人と交信する“Carrier Signal”ではトランシーなテクノを持ってくる。その名もずばり“Peace Convoy”は、メランコリックなベース・ミュージックが下地になっている。そしてジャングルの“ T.F.J.”へと続いていく──
 彼の音楽を説明する際に、ベース・ミュージックだのジャングルだのトランスだのと、スタイルを指す用語をぼくは使っているが、それらはその曲の説明として当たってもいるが大きく外れてもいる。というのは、カイ・ホイストンの音楽は、Iglooghostと同様に、デコンストラクト・クラブないしはポスト・クラブなどと呼ばれている、ハウスやテクノに対するポスト・モダン的な展開でもあるからだ。現実の現場(デトロイト、シカゴ、マンチェスター、ロンドンなどなど)の歴史とその社会のなかで生まれたスタイルではなく、いまあなたが文章を読んでいるここ(インターネット環境)から生まれている。そこでは空しいほどあらゆるスタイルの結合が可能で、だからなのだろう、ポスト・クラブの作品には、オリジナルのテクノやハウスよりも格段と音数が増えてしまっている。ジョイ・オービソンがジャングルをやれば1992年の音と直結するかもしれないが、カイがジャングルをやってもそうはならない。
 “Between Lures”のMVで、カイは賢明にキャラバンをひっぱたり押したりしながら、最後は、トラヴェラーズと警察との戦いの記憶と共に焼き払ってしまう。祝福、絶望、そして訣別が入り混じったその映像がほのめかしているように、本作はあの時代の再現ではなく、現代の文脈とサウンドをもってダンス・ミュージックを追求している。リスキーな人生を歩んできた彼の母親はこのアルバムに参加しているが、キャッスルモートンからちょうど30年後、その場にいた女性からやがて生まれた子供がこんな作品を作るというのは、決して悪い話ではないだろう。


※なお、トラヴェラーズとレイヴ・カルチャーの蜜月とその分裂に関して詳しく知りたい方は、冒頭に引用したマシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』の6章を参照してください。

Coby Sey - ele-king

 90年代後半のポスト・ロックなる括りでトータス周辺に脚光が当てられたとき、あれはたんなるウォールペーパー・ミュージック(毒にも薬にもならない壁紙のような音楽)だという批判が当時はあった。なるほど。『TNT』あたりがたとえばいま渋谷のスクランブルスクエアで流れていても、だれひとり違和感を覚えやしないだろう。だが、“The Dead Flag Blues”になるとそうはいかない。同年にリリースされ、人によっては同じようにポスト・ロックと括っている曲ではあるが趣は著しく相違している。再開発のBGMに適さないどころか、こんな不気味な音楽は止めて欲しいと苦情が寄せられる可能性も低くはない。イーノが抜け目ないのは、盛況だった京都のインスタレーションで、最初に設置したのが『ザ・シップ』だったことを考えてみてもわかる。あの暗い部屋で、心地よいとは言えない暗いアルバムが立体音響で鳴っている。それ以降に展示された、カラフルで平和的で、言うなれば陶酔的な世界とは対極の、ある方面からは望まれてはいないであろう「ノイズ」がそこにはあった。
 文化としての音楽の力が衰退しているかどうかはさておき、以前にも増して人の日常に音楽が(ぼくの嫌いな言葉で言えば“コンテンツ”として)溢れているのは事実だ。ビル・ドラモンドは、数年前からサブスクをはじめ音楽だらけの現代消費社会の有様を風刺するかのように、いっさいの音楽がない1日というイベントを続けているが、しかし問題は、音楽だらけの現代が音楽から「ノイズ」を排除している点にある。アドルノは、音楽は人間の内的な空虚さや不毛さに色づけをすると書いているが、いまや商業都市の空虚な本性を彩色する道具としてもかり出されようとしている。

 内なる真実は外にある
 言葉の暴力に晒される前にやってしまえ
 さもなければ
 沈黙のなかで書かれた抑圧を吐き出してしまえ
  “Etym”

 コビー・セイの待望のファースト・アルバムは、ノイズを背後に言葉を絞り出す。自分がどこから来ているのかを確かめるように、オープニング・トラックの“Etym”は「過去をマーキング(Marking the past) 」というフレーズを繰り返しながらはじまる。忘却してはならない過去。彼の祖母は、1960年代前半にガーナからサウス・イースト・ロンドンのルイシャム地区に移住した。歴史的に多くの移民が住んでいる同地区は、極右政党や人種差別に反対する活動家たちの集結するエリアでもあった。そのことを誇りに思っているとセイはクワイエタスの取材で答えているが、この視点はトレンドとしての“南ロンドン”にはなかった。
 ラップもやるしトラックも作っているからか、ルイシャムという労働者階級のエリアで育った移民の子孫という理由からか、彼の音楽はこれまでポスト・グライムなどと括られてきたが、本人はそのタグをこころよく思っていない。ケイノやDダブルEはたしかに好きだった。が、同時にコクトー・ツインズやマイルス・デイヴィスも好きなんだと彼は強調している。だから、特定の音楽スタイルを意味しないポスト・パンクという括りのほうがしっくりきていると彼は言う。
 ポスト・パンクにおいて重要な考え方のひとつに、「個人的なことは政治的なこと」という文言があるが、この点においてもセイはポスト・パンク的だ。彼の音楽における政治性は、思想や政策をあれこれ論じるものではない。自分が生きてきているなかで何をどう感じているかが基盤となっている。そしてそれが、彼の政治性であり、また都市の音楽というコンセプトにもリンクする。2017年に〈ホワイティーズ〉からリリースされた「Whities 010」のアートワークを見れば一目瞭然であるように、この音楽は都市生活の音楽で、コンセプト的にはMars89のアルバムと重なっているところもあるようだ。自分の作品を広義のダブと解するところも。

 セイは、いろんなことが自分でできてしまう。ラップ、トラックメイキング、アートワーク、ベースなどの楽器演奏。〈ワープ〉や〈ヤング・タークス〉からの作品で知られる兄のクウェズ(Kwes)の影響もあったのだろう、セイは、ロンドンのアンダーグラウンド・シーン——それも知的で芸術的野心のあるコミュニティ——において5年ほど前から頭角を現している。たとえば、彼はクラインのアルバムにも、ディーン・ブラントのベイビーファーザーにも参加している。ミカチューとのプロジェクト(Curl)もメンバーとして加わっている。ティルザの1st2ndへの参加によって、より多くのリスナーに彼の名前を印象づけてもいる。そして、ティルザとの“Hive Mind”もそうだったが、Coshaというアイルランドの歌手との共作“Tighter”も、マッシヴ・アタックやトリッキーが好きなリスナーにはマストだったりもする。生活のためにフルタイムの仕事をしながらの音楽活動なので時間はかかったものの、名称を〈ホワイティーズ〉あらため〈AD 93〉からリリースされた本作『コンディット(※水路とか導管といった意味)』は、待ち望まれていた1枚なのである。

 監視する
 監視する荷馬車
 自由であることがどういうことかを語る
   “Permeated Secrets”

 このアルバムにおける「ノイズ」は擦り傷のようなものだとセイは話している。傷つまり痛み。静寂のなかのラップにはじまりMVBをオウテカがリミックスしたかのような轟音に終わる“Etym”。風景をぐらつかせる強力なグリッチを背後にラップする“Mist Through the Bits”。レネゲイド・サウンドウェイヴを圧縮したかのような、ボトムが重いリズムとざらついたテクスチャーのうえを、二重に録音されたセイのラップがミックスされることで、さまざまなイメージが喚起される。何気に聴いているとダークで不吉なサウンドトラックだと早合点されそうだが、アルバムはむしろポジティヴな衝動に満ちている。

 いまを生きる
 いまを生きる
 存在することとはここにいること
 存在することは鮮明だ
  “Mist Through the Bits”

 疾走感のある“Night Ride”は、ジェフ・ミルズ的ミニマリズムとレイヴ・カルチャーの逆襲で、未来を切り拓くための情熱のほとばしりだ。ほとんどインストルメンタルの“Response”はアルバムにおける荒れ狂う嵐というか、セイはリスナーに対して熱い言葉をバシバシと投げかける(素早く考えるんだ/アクティヴ、アクティヴ、アクティヴ!)。「夢見ることを楽しんで欲しい」という彼の思いが込められているのだろう、アンビエント・トラック“Eve”はベース・ミュージックを通過した『Ambient Works Vol.ll』とでも呼びたいドリーミーな曲だったりもする。それから“Onus”では、ジャジーな響きの靄のなかこの若者は臆面もなく、むき出しの希望をぶちまけている。「貨幣を使わず繋がること/無視されることのない世界へ/ぼくたちがすべてを知っているわけではないとしても、思いを実行するチャンスならあるだろう/困難な時代を切り抜けるために互いを支え合う/変化はすぐそこに来ている/ここに留まるべきではない
 『コンディット』は力強いアルバムだ。「物事はより深く衰退しているのだろうか」とセイは冒頭の“Etym”のなかで語りかけているが、『コンディット』は深刻な時代の真っ暗闇における眩い明かりとなるだろう。期待が大きかっただけに、もっとできたのではないかという思いもないわけではないけれど、しかしこんな時代に、TikTok向きとも商業的とも言えないサウンドをもって、ここまで思い切りの良い言葉を吐ける若いアーティストがいることをぼくたちは喜んでいい。

 雨の滴が
 渇きの日々を終わらせる
 いまを生きるために
 “Etym”

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