「AY」と一致するもの

R.I.P. Damo Suzuki - ele-king

「今」だけを生ききった旅人

松山晋也

 昨日(2024年2月10日)の深夜にダモ鈴木さんの訃報をツイッターで知った時、まっさきに思ったのは、やっぱりダモさんの最新インタヴューもとっておくべきだったな、ということだった。2020年秋に私の編集・監修で出た『カン大全――永遠の未来派』には、本人の回顧録『I Am Damo Suzuki』の紹介記事(崎山和弥)と、セレクテッド・ディスコグラフィ(小柳カヲル)、そして私が96年にやったインタヴュー原稿を掲載したが、総ページ数に制限があったため、最新情報までは載せられなかった。まあ、ガン治療で大変そうだと聞いていた上、インタヴューしても肝心なポイント(言葉)はだいたい予想できるという思いもあったわけだが。

 ダモさんには過去4回インタヴューした。「日本でのちゃんとしたインタヴューは初めて」だと言っていた最初の取材はたぶん88年だったと思う。70年代後半から勤めているドイツ企業の社員として日本出張中だった合間を縫って高円寺の喫茶店で会ったと記憶している。ダモ鈴木という芸名が、森田拳次による60年代半ばの人気漫画「丸出だめ夫」からとられたと知ったのもこの時だ。彼はカン加入前のヨーロッパ放浪中、自身を「だめ夫鈴木」と名乗っており、それがいつの間にかダモ鈴木になったのだという。
 しかし、96年に2度目のインタヴュー(これも高円寺の喫茶店だった)をした時は「本当にダメな奴だと思われてきたから、最近は芸名の由来についてはあいまいにごまかすようにしている。はっきり言って、僕は模範社員なんですよ」と笑っていた。実際目の前の彼は、実にきちんとした生真面目な人で、「虹の上から小便~」と歌っていたあのダモ鈴木と同一人物とはとても思えなかった。『Future Days』リリース直後の73年秋にカンを突然脱退したダモさんはこの時のインタヴューで「カンのサウンドが過剰に緻密になり、洗練されすぎたのが息苦しくなって」と脱退理由を説明したが、ダモさんをカンにスカウトしたホルガー・シューカイに数年後にインタヴューした際、彼は「結婚した女性の影響で《エホバの証人》の信徒になったせいだよ」と語った。真相は、おそらくその両方だったのだろう。ダモさんはカン脱退後は専門学校に通って石畳の道を作る職人になり、更に、デュッセルドルフの企業で正社員として働きだした。カン脱退からドゥンケルツィファーに参加する83年までの約11年間、彼は音楽活動とはほぼ無縁だ。
 そして3、4回目のインタヴューは2010年。聴衆を前にした某イヴェントでの公開インタヴューと「めかくしプレイ」の取材2本を同日におこない、翌日には一緒に朝食をとりながらあれこれとよもやま話もした。「18才からずっとヨーロッパ(スウェーデン、アイルランド、フランス、ドイツ)で暮らしてきたので、最近、日本のことをもっと理解したいと思うようになった。こうして一人で日本を演奏して回っているのも、もっと日本のことを知りたいからなんです。47都道府県を全部回るという目標を死ぬまでになんとか達成したい」。日本に息苦しさを感じて18才で飛び出したダモさんは、しかし日本をとても愛していた。「本当は政治家になりたかった」という言葉も本心だったと思う。

 こうしたインタヴューを通じて、特に印象深かったのは、彼の言葉、あるいは哲学のすべてがいつも最終的には「今」と「自由」に収斂されていくことだった。

 彼は亡くなるちょっと前まで、90年代後半から続けていたダモ・スズキズ・ネットワークとして世界各地で精力的にライヴを続けたが、そのほとんどは、行った土地土地のミュージシャンたちを交えた一期一会の即興ライヴだった。ネットで様々なミュージシャンたち(彼はこれを「サウンド・キャリアー Sound Carrier」と呼んでいた)と自分で連絡を取り合い、打ち合わせもリハーサルもなく、ぶっつけ本番で即興コラボレイションを繰り広げた。それが音楽的に成功するかどうかなど関係なく。ダモさんは最期まで一度もマネジャーを付けず、すべてを自分で決め、行動したし、コラボ相手に関する情報(音やキャリア)を事前にインプットすることもほとんどなかった。情報は完全な「自由」を殺してしまうことを知っていたから。
 96年のインタヴューで彼はこう言っている。「即興にこだわるのは、プロダクト化されてしまうのが嫌だからです。即興はプロダクトではなく、プロセスだからね」。あるいは「音楽は生き物です。そして、音楽だけがあらゆるアートの中で時間の流れを活き活きと表現できる。だから、毎日同じ曲をやるようであれば、あんまりちゃんと生きていないってことだと思う。僕は過去には興味ない。大事なのは“今"だけです」とも。
 ダモさんにとって即興とは、「今」をいかに真剣に生きているかの証だったのだと思う。その哲学は、まだ高校生だった日本でのヒッピー時代から亡くなるまで、ぶれることなく貫かれた。もちろんカン時代のヴォーカルも、その場で無意識に口をついて出てきた言葉をそのまま発したもの――彼が言うところの「宇宙語」だった。「だから、歌詞の意味も後から考えたものが多い。俺は何を歌ってたんだろうって」。ホルガー・シューカイは私に、70年5月にミュンヘンの路上で初めてダモさんを見た時の印象を「その男は太陽に向かって呪文を唱えていた」と語ったが、今その瞬間を生き、荒々しく変容し続けるダモさんの呪文=宇宙語の生命力と覚悟こそが、厳しい修練を経た手練れ揃いのミュージシャン集団だったカンを更に高い次元へと引き上げ、新たな扉を開く起爆剤になると直観したのだと思う。

 ダモさんは2014年に大腸ガンで生存確率10%と宣告され、以後40回もの手術を受けたが、苦しい治療を続けながらもライヴ活動はやめなかった。未知の人々との新しい出会いを通して「今」を表現し続けるために。2022年に公開されたドキュメンタリー映画『ENERGY:A Documentary About Damo Suzuki』(監督はミシェル・ハイウェイ)に刻まれているのは、最期まで「今」だけを愛し「今」だけを生ききった旅人の姿だ。見事な人生だったと思う。

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追悼、ダモ鈴木さんについての回顧録

小柳カヲル

 ダモ鈴木さんの訃報は文字どおり青天の霹靂だった。今は悲しみというよりは言葉にならない虚無感しかない。彼の偉大な功績、とりわけカン時代の活動はすでにたくさんの方々がさまざまな角度から評論されているし、これからも数限りなくされるのは間違いない。そこで自分にしかできない追悼はなんだろうとあれこれ考え、仕事上とはいえ近しい関係だった私から見たダモ鈴木さんという人物を回想し、記録に残すことではないかという結論にいたった。そんなわけで個人的な追憶にしばらくお付き合いいただきたい。

 私がダモさんと初めて会ったのは、1996年の秋に東高円寺のU.F.O.CLUBで行われたシークレット・ライヴだった。古くから知られていた〈日本人ロック・ヴォーカリスト〉でありながら、日本での公演はこの日が初めてだった。開演前に楽屋の椅子に座りパイプをくゆらしているダモさんの姿をはじめて見たときの衝撃は、四半世紀以上たった今でも鮮明に覚えている。ダモさん本人による「きれいな空気もきれいなメシもありませんが」というカンの〈Doko E(何処へ)〉の歌詞を引用した口上からライヴは始まった。バックを務めるGHOSTのメンバーの演奏は圧巻で、公演の告知がされていなかったにもかかわらず会場はほぼ満員だった。そこにいる誰もが目の前で動き、肉声を発しているドイツ・ロックの伝説的ヴォーカリストに目が釘付けになっていたのは言うまでもない。終演後、帰りの電車がよくわからないというダモさんを、たまたま自宅が同じ方向だった私が小田急線で途中まで送ることになった。ダモさんのご実家は小田原方面、当時の私は藤沢方面。路線が分岐する相模大野駅でいったん下車し、ホームでハグしながら翌年から始まる新たな計画の協力を約束した。このことがきっかけでダモさんとの交流が急に近くなったように思う。

 翌1997年4月、新たなプロジェクト〈ダモズ・ネットワーク(のちのダモ鈴木ネットワーク)〉が始動した。日本では東京をかわきりに3公演が予定され、メンバーはダモ鈴木(ヴォーカル)、ミヒャエル・カローリ(ギター)、マンジャオ・ファティ(ベース)、マティアス・コイル(キーボード)、そしてドラムスには当初予定されていたヤキ・リーベツァイトに代わり、グルグルのマニ・ノイマイヤーがツアー直前に決定した。ダモさんによれば、マニさんのことは昔から名前だけは知っていたが、会うのはこのときが初めてだったという。いま思えばとんでもなく豪華な顔ぶれだったことを再認識させられる。ツアーそのものも実験的な試みがあり、ライヴを観に来た観客全員に観覧当日のライヴ音源を収録したCDが後日送付され、そのジャケットにはダモさんの肉筆による巨大絵画を小さく裁断した紙片がCD1枚1枚に設えられるという独創的なものだった。このときの演奏もかなり変わっていて、すべての曲は打ち合わせなしの即興で、カン直系のケルン・スクールらしい曲からフリースタイルのヴォーカル・パフォーマンス、果ては蕗谷虹児の児童唱歌「花嫁人形」まで飛び出し、興に入った観客をステージ上に招き入れて躍らせるなど、かなり規格外な様相だった。観客の多くは戸惑いながらもこの空間を心から楽しんでいた。このとき招待されていたダモさんのお兄様は、演奏が終わるやいなや物販ブースにいた私の元に来て「俺にはわからん」と苦笑しながら首をひねっていたのが印象的だった。そして2日目の東京公演の直前、ダモさんは携帯電話で「てっちゃん」と呼ばれる人物と親しげに話していた。通話の相手は〈フリー〉の山内テツ氏で、海外で活躍する同じような境遇の日本人ミュージシャンとして古くから交流があったと話してくれたが、彼の意外すぎるバックグラウンドを垣間見た瞬間だった。このときは知る由もなかったが、ふたりは数年後に横浜で共演することになる。

 大阪公演の翌日は、会場近くの美術学校のアトリエでCDジャケット用の巨大絵画が制作された。床一杯に敷き詰められた大きな紙に向かって色とりどりの絵具やスプレーを振り回し、ツナギ姿のダモさんは熱心に絵に取り組んでいた。作業の途中で、私は都合ですぐに大阪を去らなければならない旨を伝えたところ、まるで子どもでも抱きかかえるかのように両手で私を持ち上げ「ありがとう」と言ってくれた。

 ダモ鈴木ネットワークは同年に若干のメンバーチェンジをし、米国シアトルでの公演を手始めに世界ツアーを始め、1999年には一新したラインナップで再来日をとげた。この時の演奏も特異なもので、ステージと観客スペースの境界線があいまいになり、人々が入り乱れる白熱ぶりだった。こうしたお祭り騒ぎのようなライヴ形態は継承され、音源は2枚組CDとして毎回リリースにされた。カン脱退後のダモ鈴木にとって〈ダモ鈴木ネットワーク〉は、〈ドゥンケルツィッファー〉、〈ダモ鈴木バンド〉に続く3番目のプロジェクトで、この中でもっともインプロヴィゼーション色が強く、参加ミュージシャンも毎回入れ替えられていた。回を重ねるごとにミュージシャンを現地で起用する傾向が強くなり、しまいには世界各地のバンドにダモさんひとりがヴォーカリストとしてゲスト参加するような〈ネットワーク〉形態へと変わっていった。そのコラボレーション相手は欧米のネオ・クラウトロック・バンドにとどまらず、ネパールのローカル・バンド〈カトマンズ・キラーズ〉、インドの〈ホーリー・ヘッド・ハンターズ〉などじつにグローバルで、現地ミュージシャンたちと違和感なく溶け込んだダモさんの記念写真がメーリングリストを通じて幾度となく送られてきたものだ。当時、私が所属していたレコード会社で、ダモ鈴木関連のアルバムの輸入とディストリビューションを担当していた。仕事中にケルンから国際電話がかかってきて「50歳になったよ」などという報告をダモさんから直々に受けたこともあった。インターネットがまだ普及していなかった時代ならではの話だ。あるときは事務所に突然ふらっと現れて、空腹だというからラーメンを作ってあげたこともあった。2006年のツアーでは末の息子さんと来日され、そのとき東中野にあった拙宅に父子で宿泊していき、芋焼酎をいっしょに飲んだのも良い思い出だ。こうしてダモさんが来日(はたまた帰国とするべきか?)のたびに私はライヴを訪れたり、いっしょに食事をしたり、ときにはスタッフとして働いたりした。

 ふり返ってみると、ダモさんはあまり昔を語りたがらない人だった。特にカン時代のことを私の前で話題にしたことがほとんどない。おそらく何度も質問されてきたことだろうと思ったから、あえてこちらから取材のような質疑応答をするつもりもなかった。もしかしたらダモさんはそんな雰囲気が居心地よかったのかもしれない。こんなふうにつかず離れずの関係が続いたが、2013年に高円寺で会いファミレスに行ったのが最後になってしまった。そのとき翌日から行くという温泉旅行について楽しそうに話していた笑顔が忘れられない。そして、これはいつのことだったか正確には思い出せないが、何かの新しい取り組みについて話しているときに「何年かかってもいいんだ。10年かかっても、20年かかっても実現できれば。私の動きはゆっくりだから」というような発言があった。ああ、この人は年齢やいろいろなしがらみに制限されず行動できる人なのだなと感銘を受けたものだ。このようなダモさんの姿勢は今の自分の生き方の指標になっているといっても過言ではない。そしてダモ鈴木というひとりのミュージシャンが残した遺伝子は、多種多様に変化し現在の音楽シーンのいたる所に影響をおよぼしているのは間違いない。だから今後もまったく無縁な音楽を聴いたとき、なにかの拍子でダモさんの幻影が見えてしまうことがあるかもしれない。そのたびにあの屈託のない笑顔を思い出してしまうだろう。ダモさん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。

Mount Kimbie - ele-king

 前作『MK 3.5: Die Cuts | City』から早2年。カイ・カンポスのほうは同年末の来日公演で非常にかっこいいエレクトロニック・ダンス・ミュージックを楽しませてくれましたが、それぞれのソロ・アルバムのカップリングというその形式から「解散するんじゃないか?」とちょっぴりはらはらしていたのも事実だったり。そんなわれわれの不安をきっちり追い払ってくれるニュースの到着です。マウント・キンビー、通算4枚目のオリジナル・アルバム『The Sunset Violent』のリリースが4月5日に決定しています。アルバムごとに変化を遂げるかれら、今回はどんなサウンドに仕上がっているのでしょう。まずは新曲 “Fishbrain” をチェック。

MOUNT KIMBIE
待望のニュー・アルバム『THE SUNSET VIOLENT』を発表!
新曲「Fishbrain」のミュージックビデオを解禁
盟友キング・クルールも参加のアルバムは4月5日発売

UKのインディー・エレクトロニック・シーンで確固たる地位を築き、メンバーのドム・メイカー参加曲がグラミー賞にノミネートされたことも記憶に新しいマウント・キンビーが4枚目となるスタジオ・アルバム『The Sunset Violent』を〈Warp〉からリリースすることを発表した。アルバム発表に合わせ、新曲「Fishbrain」がミュージックビデオと共に解禁されている。

Mount Kimbie - Fishbrain
YouTube >>> https://youtu.be/-YDoLuPm6Qk

最新作『The Sunset Violent』は、前作のスタジオ・アルバムである『Love What Survives』(2017)の方向性を引き継ぎながら、現代のインディー・サウンド、シューゲイザー、エレクトロニカをシームレスに融合させ、今やロンドンのシーンを代表する存在となったマウント・キンビーの特異性と先進性の両方を見事に反映させている。

本作は、ロンドンでの仕上げ作業の前まで、カリフォルニアのユッカ・バレーという西部の田舎町で制作された。砂漠に囲まれた赤褐色の色調と寂れたアメリカーナの風景が、アルバム全体に漂い、一つ一つの楽曲の抽象的なストーリーテリングとモダンなソングライティングに完璧にマッチし、ここにマウント・キンビーの新たな名盤が誕生した。

ドム・メイカーとカイ・カンポスを中心に、長年のコラボレーターであるアンドレア・バレンシー・ベアーンとマーク・ペルが加わり4人体制となったマウント・キンビーは、ジェイムス・ブレイクとともにポスト・ダブステップという潮流を作り出し、シーンに影響を与える作品群を15年近くにわたって発表してきた。2010年のデビュー作『Crooks & Lovers』(Pitchfork、Mixmag、Resident Advisorを含む30以上のメディアで「Best Albums of the Decade」リストの上位にランクイン)以降、UKエレクトロニック・ミュージックの伝統を引き継ぎながら、現代のインディー・バンドの先駆的存在としての役割も果たしてきた。その評価をあらためて決定づけた前作『Love What Survives』にはキング・クルール、ミカチュー、ジェイムス・ブレイクらが参加、また2022年にはカイとドムそれぞれの才能を突き詰めた意欲作『Die Cuts | City Planning』をリリースしている。カイが、DJとしてのキャリアを成功させると同時に、ドムは、トラヴィス・スコットやシザ、メトロ・ブーミン、ジェイムス・ブレイクらのトラックを手がけるプロデューサーとしても活躍し、プロデュースしたジェイムス・ブレイクの「Loading」はグラミー賞にもノミネートされた。

マウント・キンビー待望の最新作アルバム『The Sunset Violent』は、4月5日(金)にCD、LP、デジタル/ストリーミング配信で世界同時リリース。国内盤CDにはボーナストラックが追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)のほか、限定盤(オレンジ・ヴァイナル)と初回生産限定日本語帯付き仕様盤(オレンジ・ヴァイナル)も発売される。

label: Warp Records
artist: Mount Kimbie
title: The Sunset Violent
release: 2024.04.05
CD 国内盤:解説・歌詞対訳/ボーナストラック ¥2,600+税
CD 輸入盤:¥2,000+税
LP 輸入盤:¥4,000+税
LP 限定盤:数量限定/オレンジ・ヴァイナル ¥4,000+税
LP 国内仕様版:数量限定/オレンジ・ヴァイナル/日本語帯付き/解説書封入 ¥4,300+税

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13900

TRACKLISTING:
01. Right This Way
02. Home Alone
03. Lucky
04. The Princess
05. ice (ft. They Hate Change)
06. Test It
07. ooh
08. Believe It
09. Anxious
10. Ex-Girlfriend (ft. Shygirl)
11. Toxic
12. My Day Off
13. Twice (ft. Blood Orange)
14. Someone

downt - ele-king

 ポスト・パンデミックのライヴハウスから新しい風が吹いている。2021年結成、以後精力的にギグを重ね、リリースされるEPは次々と即完、徐々にその存在感を増しつつある東京の3ピース・バンド、downtがついにファースト・フル・アルバムを送り出す。題して『Underlight & Aftertime』、3月6日発売。今後新たなオルタナティヴ・ロックの道を切り拓いていくにちがいないかれら、その大いなる第一歩をしっかり頭に焼きつけておきたい。
 なお、昨年の紙エレ夏号には彼らのインタヴューを掲載しています。ぜひそちらもチェックをば。

downt 1stフルアルバム『Underlight & Aftertime』の発売が3/6に決定!
先行デジタル・シングルとして本日より「Whale」の配信もスタートいたしました。

オルタナ、エモ、インディーロック、もはやカテゴライズはいらない存在感でジャンルの境界線を風通しよく越えて拡がり続けるdownt。2024年遂に1stフルアルバムリリース決定! 精力的なライブ活動や海外アーティストとの共演を経て、大作『13月』で見せた新機軸をさらに深化・アップデートさせた、世界基準のバンド・サウンドが今ここに!

今新作には、終わりからの始まりを告げるような推進力を持った先行シングル曲「Whale」(ウェイル)、そして、儚さと揺るぎのない力を秘めたバンドとしてのあらたな新機軸と確かな予感を感じさせた8分を超える大作シングル『13月』に加え、その先に向かうバンドの新たなステージを見せつける新曲たち、さらに、処女作『downt』に収録の「111511」「mizu ni naru」「AM4:50」といった、ライヴでは既に定番となっている曲も新たに録音し収録。2023年を通じて行ってきた精力的なライヴ活動、そして数多くの海外アーティストとの共演を経て、シーンにおける存在感を急上昇させてきたdownt。バンド初となる待望のフルレングス・アルバムをもって、日本、そして世界の音楽シーンに殴り込みをかける!

2021年の結成以来東京のライブシーンを中心に活動し、一躍エモ、オルタナのライブハウスシーンにて注目を集める存在になったdownt。『SAKANA e.p.』のリリースやFUJI ROCK FESTIVAL ’22“ROOKIE A GO-GO”への出演、UKのレーベルDog Knightsからの編集盤レコード『Anthology』のワールドワイドでのリリース(即完売)等、その名を各所に響かせた2022年。そしてSYNCHRONICITYやMINAMI WHEELといった大型サーキットへの出演、ゲシュタルト乙女(台湾)、Grrrl Gang(Indonesia)、Pswingset(US)、deathcrash(UK)といった多くの海外アーティストとの共演、バンドとしての新機軸を見せた大作『13月』のリリースとその活動にさらに広がりを見せた2023年。年月と共に着実にステージを上げてきた彼らの待望となるフルアルバム『Underlight & Aftertime』が、ついに3月にリリース決定。

downt / Underlight & Aftertime
■1st Full Album:2024.03.06
Release 品番:PCD-25384 / 定価:¥2,750(税抜¥2,500)

[Track List]
01. underdrive
02. Whale
03. AM4:50
04. prank
05. Yda027
06. 煉獄ex
07. mizu ni naru
08. 8/31(Yda011)
09. 紆余
10. 111511
11. 13月

[LIVE INFO.]
〈ツアー〉
"downt Release Show"

03.22(金)東京・新代田LIVE HOUSE FEVER
03.30(土)名古屋・新栄シャングリラ
03.31(日)大阪・心斎橋LIVE HOUSE Pangea

〈フェス〉
SYNCRONICITY’24
4.13(土)& 4/14(日)渋谷(都市型フェス)
*downtの出演は4/13(土)

[Profile]
2021年結成。富樫ユイ(Gt&Vo)、河合崇晶(Ba)、Tener Ken Robert(Dr)の3人編成。 東京をベースに活動。
緊迫感のある繊細且つ大胆な演奏に、秀逸なメロディセンスと情緒的な言葉で綴られ、優しく爽やかな風のようで時に鋭く熱を帯びた歌声にて表現される世界観は、風通しよくジャンルの境界線を越えて拡がりはじめている。
同年10月1st「downt」をリリース(CD&CT共に完売)。 翌年6/22に新作EP「SAKANAe.p.」をリリース、そして7/21より東・名・阪のリリースツアーを開催し全公演SOLD OUTに。7/22には1stとEPの編集盤レコード「Anthology」をリリース(即完)。
2022年夏は、初の野外フェスとしてFUJI ROCK FESTIVAL ’22“ROOKIE A GO-GO”のステージをはじめ各所の野外フェスへも出演し、大勢の初見のオーディエンスを前に、強く印象づけるライブパフォーマンスにてそれぞれの会場を沸かし虜にさせた。
2023年1月より自主企画「Waste The Momonts」をスタート。第一回目は1/15(日)下北沢 SHELTERにて明日の叙景、第二回目は3/25(土)にSubway Daydream、そして6/7にバンドとしての新機軸となる8分半超の大作「13月」を含む、今年初の新作『III』をリリースし、リリースに併せ自主企画・第三回目は6/10(土)下北沢SHELTERにてDENIMSを迎え開催し3公演チケットは全てSOLD OUTに。
春より、IMAIKE GO NOW、SYNCHRONICITY、hoshiotoなど各地サーキット、野外フェスへも出演、夏に向けてもYATSUI FESTIVAL、そしてGFB‘23 つくばロックフェスほかへの出演。Pswingset(US)、Football, etc.(US)、soft pine(Thailand)、ゲシュタルト乙女(台湾)、Grrrl Gang(Indonesia)はじめ、deathcrash(UK)、motifs(singapore)など海外アーティストとの公演も精力的に行っている。

2024年3月1stフル・アルバム「Underlight & Aftertime」リリース決定。3月より東名阪をまわるツアー「downt Release Show」開催予定。

downt official:
https://twitter.com/downtband
https://www.instagram.com/downt_japan/

ザ・ビートルズ vs ジェームズ・ボンド - ele-king

お決まりの美辞麗句に飽き飽きしている大人のための
読み応えたっぷりの、ビートルズ/ジェームズ・ボンドの物語

21世紀の現在も圧倒的な人気と影響力をほこる、
20世紀のイギリスが生んだ二大ポップ・カルチャーを挑発的に描き、
英各メディアから絶賛された、画期的なノンフィクション

1962年10月5日、まったく同じ日にビートルズのデビュー・シングルは店頭に並び、007シリーズの映画一作目『ドクター・ノオ』が封切られた。まったく同じ日に登場した英ポップ・カルチャーの二大巨頭は、かたや「愛」、かたや「殺しのライセンス」、かたや「労働者階級」、かたや「上流階級の作者によるフィクション」、かたや「モップヘアー」にかたや「七三分け」、何から何まで正反対だった……しかし意外なことに、この両者は交わってもいた。

ボンドとビートルズが、階級、特権、暴力、男らしさ、英国人らしさに対する異なる態度を体現していることは明らかだ。しかし、ヒッグスはさらに踏み込んで、彼らがある種の永続的な「(英国)文化の魂をめぐる闘争」に従事していると主張したいのだ。
──『ガーディアン』書評より

A5判/ソフトカバー/592頁

目次

第一部 秒読みを開始せよ
一九四五 雨の日には話し相手もいない
一九五二 自身のうちなる闇のすべて
一九五六 成長を見守ることができていたなら
一九六〇 悪名高き娼婦の聖地
一九六一 恥も外聞もなく快楽と金のため
一九六一 積載過剰

第二部 爆轟させよ
一九六二 ビートルズよりすごいんじゃね?
一九六二 ショーン・コネリー(一九三〇~二〇二〇)
一九六三 真理があの叫びにひそんでいた
一九六四 イアン・フレミング(一九〇八~一九六四)
一九六四 四人の長髪の間抜け野郎どもの映画
一九六五 ほかのすべてをもろとも吹き飛ばして
一九六五 ジェームズ・ボンドほどすごくはない
一九六五 部分の総和以上のもの
一九六五 すべてはイングランドのため
一九六七 ではなにを伝えればいいか
一九六七 現実よりもさらなる広がり
一九六七 007(シャンティ・タウン)
一九六七 呪術でこっちを支配しようと
一九六八 ガンジス河のほとり
一九六八 ヨーコとビリー
一九六九 ジョンとポールとジェームズの結婚
一九六九 ジョージ・レーゼンビーの髪型
一九六九 ポールはもう死んでいる

第三部 余波
一九七〇 答え:ノーだ
一九七〇 「マザー」か「ラヴ」か
一九七〇 最高
一九七〇 フィルとアラン
一九七〇 愛が素敵だなんてたわごとは否定しなければ
一九七三 クリストファー・リー(一九二二~二〇一五)
一九七三 問題はボンド
一九七四 イン・ザ・マテリアル・ワールド
一九七七 娯楽のため命の危険さえ顧みなかった
一九八〇 無印
一九八〇 ジョン・レノン(一九四〇~一九八〇)
一九八一 真の芸術家にとっては生き様こそが作品

第四部 成長せよ、007
一九八三 自由主義世界の本物の価値の象徴
一九八四 真っ赤なお顔でグッジョブサイン
一九九五 いい時間があまりにも続き過ぎ
一九九九 デスモンド・リュウェリン(一九一四~一九九九)
二〇〇一 ジョージ・ハリスン(一九四三~二〇〇一)
二〇〇二 画素たちがそれからどうなろうと
二〇〇三 ほらプーチンさんも御一緒に
二〇〇八 ストロベリー・フィールズの死に様
二〇一二 一つの目的を目指す共通テーマ
二〇一五 世界の新たなる巨悪とは
二〇二一 死んでいる暇
二〇二一 リンゴとポール
二〇二二 次回作でお会いしましょう

著者 ジョン・ヒッグス/John Higgs
イギリスの作家、小説家、ジャーナリスト、文化史家。1971年ラグビー生まれ。テレビ番組のディレクターを経て作家になる。とくに有名なのは、2013年の『The KLF ハウス・ミュージック伝説のユニットはなぜ100万ポンドを燃やすにいたったのか』(中島由華訳/河出書房新社)、2016年の『人類の意識を変えた20世紀:アインシュタインからスーパーマリオ、ポストモダンまで』(梶山あゆみ訳/インターシフト刊行)。未訳だが、詩人ウィリアム・ブレイクを論じた2019年の『William Blake Now: Why He Matters More Than Ever』も賞賛されている。『ガーディアン』『インディペンデント』『デイリー・ミラー』といった新聞、音楽誌では『モジョ』にも寄稿。本書『ザ・ビートルズvsジェームズ・ボンド(原題:Love and Let Die: Bond, The Beatles and the British Psyche)』は、2022年にWeidenfeld & Nicolson社から刊行され、大いに絶賛された。現在ヒッグスは、ブライトンで家族と暮らしている。

訳者 浅倉卓弥/Takuya Asakura
作家・翻訳家。東京大学文学部卒。レコード会社洋楽部ディレクター等を経て作家に。著書に『四日間の奇蹟』、『君の名残を』(以上宝島社)、『黄蝶舞う』(PHP研究所)ほか、訳書に『安アパートのディスコクイーン――トレイシー・ソーン自伝』、『フェイス・イット――デボラ・ハリー自伝』(以上ele-king books)、マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』(ハーパーコリンズジャパン)、テイラー・ジェンキンス・リード『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃』(左右社)など多数。

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claire rousay - ele-king

 ここ数年の注目すべきエクスペリメンタル・ミュージック~アンビエント作家のひとり、テキサスはサンアントニオのクレア・ラウジーが新たなアルバムを発表する。今回のリリース元は〈Thrill Jockey〉だ。『sentiment』と題されたそれは4月19日発売。収録曲 “head” が本日2月6日(火)より配信されています。日本盤CDには完全未発表のボーナス・トラック2曲が追加収録されるそうなので、さあフィジカルを買おう。

EMO AMBIENTの旗手にして歌姫、クレア・ラウジーが、驚くべきアルバムを提げて、遂に日本デビューを果たす。
風景と日常、響きと調べ、知性と情動、ポップ・ミュージックは、ここまでたどり着いた。
間違いなく本作は2024年最高の話題作になるだろう。
全感覚を押し拡げて聴いてほしい。
──佐々木敦

現在、米LAを拠点に活動するアーティスト・ミュージシャンで、エクスペリメンタル・ミュージック(実験音楽)やアンビエント・ミュージックの既成概念に挑戦することで知られているclaire rousay(クレア・ラウジー)が、米シカゴの老舗インディー・レーベルThrill Jcckeyに移籍し、機械的にエフェクトされたヴォーカルとギター演奏を大胆に取り入れ、claire rousay流ポップ・ソングに果敢に挑んだ、(しかし、これまでの彼女の作品とも確実に地続きな)驚きの最新アルバム『sentiment』(センチメント)を4月19日(金)に発表することが決定しました。
アンビエンスを意識した現代的なフォーキー感覚やヴァイオリンをフィーチャーしたメランコリックなメロディーが全体的に流れ、フィールドレコーディングが印象的に散りばめられ、ドローンやミニマル・サウンドも効果的に登場する、エレメンツのバランス感覚が圧倒的に素晴らしい、あるようで無かった革新的なマスターピースとなっています。
日本盤CD(THRILL-JP 59 / HEADZ 263)も、完全未発表の2曲のボーナス・トラックを追加収録して、同時発売する予定です。
このアルバムのリリースに先行し、ファースト・シングルとしてアルバムの2曲目に収録されている「head」(ヘッド)が2月6日(火)より(日本を含む)全世界同時にデジタル配信されます。

アーティスト:claire rousay(クレア・ラウジー)
アルバム・タイトル:『sentiment』(センチメント)
企画番号:THRILL-JP 59 / HEADZ 263
価格(CD):2,200円+税(定価:2,420円)
発売日:2024年4月19日(金)
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561400988

01. 4pm
02. head
03. it could be anything
04. askin for it
05. iii
06. lover's spit plays in the background
07. sycamore skylight
08. please 5 more minutes (feat. Lala Lala)
09. w sunset blvd
10. ily2 (feat. Hand Habits)
11. ruby
12. shameful twist

tracks 11, 12 …日本盤のみのボーナス・トラック

♯2:誰がために音楽は鳴る - ele-king

 平日の朝の9時台の渋谷行きの電車のなかといえば、そりゃあもう、その1時間前よりは空いているため多少はマシだが、それでもまだ混んだ車内は最悪な雰囲気で、ゲームやメルカリやYouTubeやなんかで時間を潰す勤め人や学生、座席に隙間なくそれでも眉間に皺を寄せた人たちは居心地悪そうに座り、たまにいびきをかいている輩もいると。まあ早い話、幸せとは思えないような人たちでいっぱいだ。だからそんななか、音楽を聴きながらステップを踏んでかすかとはいえ歌まで歌っているうら若き女性がいたら、周囲が視線を寄せるのも無理はない。ただし、そう、怪訝な目で。
 たまたま偶然、彼女はぼくのすぐ前にいた。電車が動いているうちはまだいいが、停車し、ほんの数十秒の静けさが車内に訪れると彼女が歌っているのがはっきりとわかる。聞こえた人はそこで「ん?」と思う。ドアが閉まり、電車ががーっと音を立ててまた走りだすと人びとは手元のスマホの画面に視線を戻す。そして次の駅で停まり、やかましいアナウンスが消えた瞬間、ふたたび彼女の歌が聞こえる。よく見ればその身体はリズミックに動いている、いや、踊っている。目は遠くを見つめ、輝いている。その両耳に突っ込まれたイヤフォンのコードは、彼女の首からぶら下がっているiPhoneに繋がっている。
 ぼくは視線を下方に移動し、目を細め、画面を見ようとする。どんな音楽が地獄行きの車内で、かようにもひとりの女性をキラキラさせるのか、音楽メディアに携わる身として興味があった。ところがしかし、彼女の腰のあたりで揺れている小さなコンピュータは、ぼくの位置からはちょうど垂直に傾いている。そうこうしているうちに電車は終点の渋谷に近づいていく。

 音楽が「私たち(we)」の音楽であることは素晴らしいとされている。「私たち」「コミュニティ」、あー、またか、またその話か。音楽の価値を主張するうえで、この手の社会学的な論調はなんども繰り返されている。まあ、ほんの一時期のレイヴ・カルチャーにはその美しさがあったのかもしれないけれど、だからといって、音楽が「私」の音楽であることが、すなわち個人的な体験であることが悪いということなど……まったくない。
 ことにイヤフォンやヘッドフォンで聴くことのほうが当たり前のこんにちでは、それを取り巻く環境からいっても音楽はおうおうにして「私」の音楽だ。この場合の主語たる「音楽」は、自分のセンスに合う折々の音楽であろう。が、そうではなく、否応なしにそれが「私」の音楽である場合がある。たとえばひとが「悲しみ」に打ちのめされたとき、「私」の音楽はよすがになりうるだろう。
 「悲しみ」、これもまたよく使う言葉だ。シニカルになるひとがいたとしても、ぼくは責めない。ぼく自身も長いあいだそういうところがあった。だが、もう心をあらためた。ニック・ケイヴは昨年の『ニューヨーク・タイムス』のインタヴューでこう話している。「人生とは安定したものでも頼りになるものでもない」
 「悲しみ」は誰の身にも降りかかるだろうし、人生において逃れることのできない経験のひとつだ。地震災害のようなこともあれば、ニック・ケイヴのように家族の急死ということもある。「悲しみ」は、人生を生きていけばいくほど経験する確率が上がるのはたしかだ。スリーター・キニーという、90年代のライオット・ガール時代の最後のほうに登場した女性パンク・バンドが近頃出したアルバム『Little Rope』は、メンバーのひとりが、自動車事故で母親と継父を亡くすという悲劇を経て制作された最初のアルバムで、作中には「悲しみと喪失感」が貫かれている。ぼくは、シリアスな「悲しみ」の音楽があることに感謝する。こうした音楽を心底必要とするときが、おそらく、人は生きていれば訪れる可能性が高い。
 ぼくには、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの2019年のアルバム『Ghosteen』の良さがさっぱりわからなかった。ケイヴが、ウォーレン・エリスという唯一無二の天才的な音楽家といっしょに、15歳の息子を亡くしたことの悲しみと救済を言葉とサウンドで表現したスピリチュアルな作品、それ以上の言葉はなかった。が、いまは事情があって、ひょっとしたらその核心に少しは近づけるかもしれない、と思ったりもしている。先に紹介した『ニューヨーク・タイムス』の記事は、取材者もまた不慮の事故によって夫を亡くしているためケイヴの心に寄り添いながらの取材となり、ふたりは「悲しみ」という感情についてとことん掘り下げている。(英語には「悲しみ」がよく使われる言葉だけでも「grief、sadness、sorrow」と3種類あり、日本語変換するとすべてが「悲しみ」になるが、それぞれ微妙に意味が違う)
 「悲しみ(grief)はほとんど原子レヴェルで私たちを完全に変えてしまうという点で、並外れた能力を持っている」と記事のなかでケイヴはいう。「grief」とは激しい苦痛をともなう「悲しみ」を意味するが、ケイヴはその「感情」を正視し、悲しみについて書く方法を学んでいった。「私は悲しみのどん底にいた。その空間では、ありとあらゆることが可能だと思えた。私はそうした感情をまったく否定していない。私はそれを不可能領域と呼んでいるが、それは想像力ではなく、想像力に隣接し、死にも近接している」
 「悲しみ(grief)」のどん底にいる人間にとって音楽はほとんど無力だ。とはいえ、弱った心をふたたび立たせるためにはなにか杖のようなものが必要で、音楽はその杖になりうる。ぼくには心の杖が必要だった。ぼくにとっての杖は歌だった。自分のなかから聞こえてくる歌。曲名は明かさないが、日本に住んでいたら誰もが知っているような、それは超有名なポップ・ソングだった。

 NHKの朝ドラ『ブギウギ』に出てくる菊地凛子が格好いいと、年明けに三田(格)さんに教えてもらってからずっと見ている。はからずともぼくは、昨年は松山晋也さんに教えてもらったアイルランドのフォーク・バンド、ランクムに心酔したあまり、自分なりに歌を研究していたのである。歌は、政治的にも歴史的にも文化的にもいろいろあるが、少なくともロックあるいはブルースやソウルに親しんできている我々にとっての歌とは、おおよそにおいて、たとえば賛美歌(hymn)や歌劇、雅楽の歌物のように制度のなかで保存されてこなかった、名も無き民衆たち(正確な意味においてのfolks)の口承文化すなわち民謡の派生系としてある。歌はこれまでも気が遠くなるほどの長い年月のなかで、気が遠くなるほどのたくさんの人たちの心を癒やしてきたのだろう。

 その日もぼくは『ブギウギ』を見てから家を出た。いま自分の目の前では、黒やグレーの疲れた東京人のなかでカラフルな服をまとった若者がひとり、ウキウキしている。そして、もうすぐ渋谷に到着しようとするとき、電車が揺れ、彼女のスマホも揺れ、そしてぼくはついにその画面を見ることができたのである。いっしゅんのことで曲名はわからなかったが、アーティスト名ははっきりと認識できた。Coldplay。
 だからといってぼくがColdplayを聴くことはないだろう。バンドのファンのみんなが、あるいはその多くの人たちが朝の通勤電車のなかで歌って踊っているとは考えにくいからだ。それでも、Coldplayの曲がもっともオルタナティヴな行為の触媒となっていたことは隠しようのない事実だ。あるいは「悲しみのどん底にいた」自分のなかに、ニック・ケイヴがいう「原子レヴェル」での変化がおきてしまっていたと、そういうことなのだろうか。とにかくぼくは、芥川龍之介の「蜜柑」とはまったく別種と思われる晴れ晴れしさを、そのときの彼女から感じ取ったのである。ありがとうColdplay、いや、それは違うな、お礼をいうのは彼女に対してだ。

R.I.P. Wayne Kramer(1948 - 2024) - ele-king

 ぼくの世代でMC5といえば、たとえばザ・KLFの大ヒット曲 “What Time is Love” でサンプリングされた “Kick Out the Jams” の冒頭のMCだったりする。「キック・アウト・ザ・ジャムス、マザーフ**カー!」。もっともこれは、ザ・KLFの前身ザ・JAMsにひっかけた洒落でもあるわけだが、それはそれとて、このフレーズが60年代カウンター・カルチャーのもっとも威勢が良く、もっともぶっ飛んで、もっとも有名な掛け声であることは間違いない。だいたいこれは、音楽史上最初に録音された「マザーフ**カー」であり 「フ**ク」であるという名誉から、リリースからしばらくして問題の部分は「ブラザーズ&シスターズ」に差し替えられている。いまspotifyでアルバムを聴いたらそっくりそこがカットされていた。「キック・アウト・ザ・ジャムス、マザーフ★★カー!」、もともとは「いつまでもジャムってんじゃねぇよ」という意味だったが、当時のオーディエンスがこれを「邪魔物を蹴散らせようぜ、クソ野郎ども」と解釈し、転じて「好き勝手やったるぜい」という革命の合言葉になったのだ。

 1948年、デトロイトの労働者階級(電気技師の父と美容師の母のあいだ)に生まれたウェイン・クレイマーが10代で友人となったギタリスト仲間のフレッド・"ソニック"・スミスといっしょに、ロックンロールとブルースとフリー・ジャズの影響を受けたバンド、モーターシティ5すなわちMC5を結成したのは1965年のことだった。マネージャーはホワイト・パンサー党の党首にして反体制の申し子、大麻解禁論の先駆者ジョン・シンクレア、ウェイン州立大学でのMC5とサン・ラーのジョイント・コンサートを企画したあの男である。
 いまとなってはMC5は、作品よりもバンドを取り巻く物語のほうが有名なバンドのひとつになっているのかもしれない。同じ時代のデトロイトの、史上もっとも素晴らしいロック・バンドのひとつに数えられるザ・ストゥージズと違って彼らは政治的だったし、売れなかったし、リアルタイムではあまり評価もされなかったようだし、クレイマーにいたってはドラッグの売買に手を染め5年ほど刑務所のお世話になったりとか、とてもじゃないが順風満帆な生涯とはいえなかった。だが、庶民の怒りに火を付けるような扇動的なそのギター・サウンドには、ザ・ストゥージズとは違った魅力があったのもたしかだ。それに「キック・アウト・ザ・ジャムス、マザーフ**カー!」、これこそ本来のアナキズム宣言である。ようするに、「俺たちは支配されない権利を主張する」とこのバンドは高々と言ったのだ。そして、こんな連中が愛されないほど世界はまだ冷めていない。プライマル・スクリームがセカンド・アルバムでエミュレートさせたMC5、2008年にはメルトダウン・フェスティヴァルで共演し、そのライヴ盤(『Black To Comm』)も出しているのだからほんとうに好きだったのだろう。他にもある。デイヴィッド・ボウイの “Cygnet Committee” で「キック・アウト・ザ・ジャムス」が歌われていることや、ザ・クラッシュの “Jail Guitar Doors” (シングル「Clash City Rockers」のB面曲)がウェイン・クレイマーのことを歌っていることをぼくが知ったのは、もう、ずっとずっと後のことだった。

 ロック通のなかには1970年のセカンド・アルバム『Back in the USA』のほうが良いという意見もあるが(ニック・ロウ、モーターヘッドはこのアルバムを賞賛している)、ぼくはMC5の傑作は1968年のデビュー・アルバム『Kick Out the Jams』だと思っている多数派のひとりだ。アルバムを聴いていると燃えてくるし、安ウィスキーの力も加われれば暴動を起こそうという気持ちにだってなるかもしれない。MC5にとってのサイケデリックとはひとりで夢想することではなく、書を捨て街に出ることで、羽目を外し、生きたいように生きることことだった。あの轟音ノイズ・ギターは、やったるぞぉぉ、うぉぉぉという雄叫びだったし、しかも、うぉぉぉ、くそったれ、好きなようにやったるぜい、というだけのアルバムでもなかった。ここにはデトロイト出身のブルースマン、ジョン・リー・フッカーも歌った(60年代デトロイトの暴動に関する)戦闘的なブルース曲 “Motor City is Burning” もあれば、アルバムの最後にはサン・ラーのカヴァー曲 “Starship”もある。ロックにおける極めて初期形態の雑食性が萌芽しているのだ。ファンカデリックがその初期において影響を受けないわけがない。デトロイト・テクノ繋がりをいえば、ポール・ランドルフ(いちおうデビュー・シングルは〈プラネットE〉、デビュー・アルバムはムーディーマンの〈マホガニー〉というベーシスト)が、デトロイトが生んだもうひとりのロックの最重要人物、アリス・クーパーの2021年のアルバム『Detroit Stories』にてウェイン・クレイマーとほとんどの曲で共演している。またクレイマーは、収監中の人びとに楽器と指導を提供する非営利団体〈ジェイル・ギター・ドアーズUSA〉のエグゼクティヴ・プロデューサーとしても活動していた。彼が故郷デトロイトへの愛情を忘れたことはなく、2002年にエミネムの半自伝的映画『8 Mile』を観たときには、 「これは俺の息子だ!」と反応したという。
 まったく聴いたことのない人は、まずは“Kick Out the Jams”のオリジナル・ヴァージョンを大・大・大音量で聴くこと(できればスピーカーで、近所迷惑になるくらいの音量で)。もう1曲選ぶとしたら、ぼくはプライマル・スクリームとの共演でも演奏している、アルバム未収録のガレージ・ブルース・ロック “Black To Comm” (ベスト盤に収録)を挙げたい。

 偉大なるウェイン・クレイマー、2月2日に膵臓癌のため逝去。文字通りの激動の75年の生涯、ほんとうにお疲れ様でしたと言いたい。

ALCI & snuc - ele-king

 東海地方を拠点に全国各地を飛び回り活躍するラッパー、ALCIとDJ/ビートメイカー、snucの11曲入りの共作の主題は明確──レゲエ/ダブとヒップホップの融合だ。アフロの要素を散りばめつつ、ルーツ・レゲエあるいはナイヤビンギ、UKのダブを、ある意味では忠実に吸収して表現している。レゲエとヒップホップという組み合わせ自体はいつの時代もつねにいろんな形であるものだが、彼らのルーツとなる音楽へのストレートな向き合い方が本作の最大の魅力で、それがラップの力強さとメッセージを際立たせている。

 1989年にブラジルで生まれ、日本で育ったALCIは、特定のビートメイカーとがっぷり四つで組んだソロ・アルバムをすでに3枚発表している。エレクトリック・ピアノの音を多用しジャズを基調としたISAZとのファースト『365』(2018)、すべての曲でブラジル音楽をサンプリングしたUNIBALANCEとのセカンド『獏-BAKU-』(2020年)、任侠映画めいたサントラ、ハードなジャズ・ドラム、〈モータウン〉の名曲などを用いて物語の起伏を作り出したMr蓮との『TOKAI KENBUNROKU』(2022)だ。また、兄のBRUNOとのラップ・デュオ=日系兄弟として、『ESTA EM CASA』(2015)をはじめ、『くだまく旅の途中』(2015)、『RIVERSIDE GYPSYS』(2016)、『Training Days』(2017)といった作品も残している。

 一方snucは、本作にも客演ラッパーとして参加するRHYDAと『FOODOO』(2021)と『MOGANA』(2023)という2枚の共作を出している。こちらは、ダンスホールやアフロビーツをはじめ世界各地のリズムを貪欲に用いて、RHYDAの縦横無尽に駆け抜けるフリーキーなラップのポテンシャルを引き出す独創的なベース・ミュージックだ。また、後者にはPART2STYLEのMaLによるジャングルのリミックスもある。

 そう考えても、『縁』は音数も抑制されて非常にシンプルだ。“CLEAN HIT” のダブ、硬く鋭いスネアからは〈ON-U〉、たとえばダブ・シンジケートの『Stoned Immaculate』を連想できるだろう。また、土俗的なパーカッションのループとナヴィゲーター役のBLACKJOKERのトークから成る “SKIT” はいわばナイヤビンギで、そのスキットに続く呪術的な雰囲気を醸し出す “JAZZ THING-縁-” はナイヤビンギ・ミーツ・ラップだ。ナイヤビンギとは簡単に説明すれば、ラスタファリアニズムを信奉するひとびとの集会であり、そこで演奏される音楽のこと。録音物となったナイヤビンギの古典といえば、2022年に〈ソウル・ジャズ〉が再発したミスティック・リベレーション・オブ・ラスタファリ『Grounation』が有名だ。

 たしかに『縁』と名付けられ、ナヴィゲーターを配して複数のラッパーやシンガーが次々に登場する本作は集会のようでもある。ALCIがポルトガル語でラップし、ラッパーのSulakとシンガーのカナミaka.Ms.Miiiが参加した “NATURAL BBB” は直球のルーツ・レゲエだ。ALCIのラップからは世俗的欲望を否定しないまでも、世のなかはそれだけじゃつまらないでしょう、と自身の内面を見つめようとする軽やかなスピリチュアリティが感じられる。“我々の世界” という曲で「反骨忘れず爆音の雨」と歌っているように、気持ち良い音楽だが、単なる体制順応的な音楽ではない。

 じっさい、既存の世俗的なゲームのなかで成り上がるストリート叩き上げのラッパーのサクセス・ストーリーや、その熾烈な競争の過程で勃発する小競り合いや罵り合いにときにぐったりしてしまうのは私だけではないだろう。知性と受け取られているものが、じつは論理のすり替えを厭わない世渡り上手の処世術でしかなかったのではないか。その差はあまりにも大きく深刻だが、“バズる” というアテンション・エコノミーの狂騒のなかではその違いにたいして重きは置かれない。そうした価値観がいま最先端という名のエスタブリッシュメントを形成しているようにみえる。生き抜くための努力や意地には何物にも代えがたい尊さがある。金や数字だって重要に決まっている。だから、ゲームの勝利者の栄光を腐したくもない。しかし、ゲームやルールは他にもあるだろうとは思う。

 数字のついてくる最先端や流行と呼ばれるものが、必ずしも時代の突破口となる新しい価値観を提示しているとは限らない。ルーツ・レゲエやダブに向き合ったALCIとsnucの『縁』は、そういうごく真っ当な感覚を持つひとたちに響く音楽にちがいない。ひと呼吸置いて、周りをゆっくり見渡してみれば、この作品のような “我々の世界” がまだまだ広がっているのだ。

Turn On The Sunlight - ele-king

 LAのマルチ楽器奏者/プロデューサー、ジェシー・ピーターソンがカルロス・ニーニョとともに始動したプロジェクト、ターン・オン・ザ・サンライト。かつてレイ・ハラカミともツアーをまわったことのある彼らは、2010年代をとおしてすでに5枚のアルバムを送り出している。
 3月20日にリリースされる新作『Ocean Garden』にはララージはじめ注目すべきゲストたちが多く参加しているが、とくに目を引くのは70年代スピリチュアル・ジャズの重要レーベル〈Tribe〉創設者のひとり、フィル・ラネリンだろう。これまでもビルド・アン・アークなどで若い世代とコラボし、最近は「Jazz Is Dead」シリーズにも登場している彼をフィーチャーしたシングル曲 “Tune Up” は、2月28日にデジタルにて先行配信。楽しみです。

Turn On The Sunlight『Ocean Garden』
2024.3.20 CD / LP / Digital Release

LA音楽シーンで多くのミュージシャンに愛されるジェシー・ピーターソン。彼の呼びかけによって豪華メンバーが集まったオーガニックコレクティヴ、Turn On The Sunlight(ターン・オン・ザ・サンライト)の新作『Ocean Garden(オーシャン・ガーデン)』が、CD/LP/Digitalにて全世界同時リリース!! CDにはジャメル・ディーンらが参加したボーナストラックも収録。

Carlos Niño / Phil Ranelin / 金延幸子 / Josh Johnson / Photay / Fabiano do Nascimento / Randal Fisher / Dwight Trible / Laraaji / Mia Doi Todd / Sam Gendel他、豪華アーティスト参加!!

もしブライアン・イーノとジョン・フェイヒーが出会ったら──そんな妄想を抱いて、ジェシー・ピーターソンがカルロス・ニーニョとスタートさせたターン・オン・ザ・サンライトの長い旅は、このアルバムで素晴らしい場所に到達した。LAの信頼すべき才能ある仲間と築き上げたコレクティヴの軌跡が美しく刻み込まれている。かつてビルド・アン・アークという奇蹟のグループが成し得たことを、ジェシーは継承して前へ進めてもいる。素晴らしいミュージシャンたちが奏でる音と自然音が織り成す有機的な音の広がりは、深く驚異的だ。(原 雅明 ringsプロデューサー)

暖かくて、魅惑的な音に祝福される感覚。心地よい音のテクスチャーと快適なリズム。常に喜びと高揚感を与えてくれる作品です。(ララージ)
このアルバムは、暖かい日差しが頬に触れる感覚と、私たちを想像の世界へと導いてくれる。素晴らしいアルバムです。(金延幸子)

ターン・オン・ザ・サンライト
マルチインストゥルメンタリスト、作曲家、プロデューサーのジェシー・ピーターソンは、ターン・オン・ザ・サンライトの中心人物であり、絶えず続く糸である。5枚のアルバムとその他のさまざまなコラボレーションを通じて進化し続けるグループのサウンドは、結成時から変わることなく高揚への希望に根差している。友人のカルロス・ニーニョとともに、ジェシーは妻のミア・ドイ・トッドをはじめ、ララージ、ルイス・ペレス・イクソネストリ、カバーナ・リー、パブロ・カロジェロ、SKカクラバ、サム・ゲンデル、ファビアーノ・ド・ナシメント、ヒロ・マキノ、リカルド・ディアス・ゴメス、デクスター・ストーリー、アンドレス・レンテリアなど、長年にわたって音楽仲間である彼らに、彼らの魔法で力を貸してくれるよう呼びかけてきた。

【リリース情報】
アーティスト名:Turn On The Sunlight(ターン・オン・ザ・サンライト)
アルバム名:Ocean Garden(オーシャン・ガーデン)
リリース日:2024年3月20日
フォーマット:CD / LP / Digital
レーベル:rings / plant bass
オフィシャルURL:https://www.ringstokyo.com/turn-on-the-sunlight-ocean-garden/

[CD]
品番:RINC118
JAN:4988044097605
価格:¥2,860(tax in)
販売リンク:https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008787482
[LP]
品番:RINR16
JAN:4988044097636
価格:¥4,400(tax in)
販売リンク:https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008787495

21世紀の視点からその思想と生涯を解説する

オーネット・コールマンが共演し、スクリッティ・ポリッティが曲名で共感を表明し、坂本龍一がドキュメンタリー映画のサウンドトラックを制作したフランスの哲学者。

サイモン・レイノルズやマーク・フィッシャーが音楽を論じる際に用いた概念「憑在論」の本家本元にして「脱構築」の発明者。

ポップ・カルチャーにおいてもひときわ大きな存在感を放つ20世紀最高の知性のひとり、ジャック・デリダの生涯と思想を、21世紀の視点から新たに解説しなおす。

★用語解説つき

四六判/ソフトカバー/464頁

目次

イントロダクション
第1章 キッド
第2章 フッサール、ほか
第3章 起源の問題
第4章 ジャック・デリダ
第5章 出来事、ひょっとすると
第6章 『グラマトロジーについて』
第7章 真理が女だとすれば、どうだろうか
第8章 万人ここに来たれり
第9章 掟の前で
第10章 について
第11章 出来事が起こった
謝辞

訳者あとがき
用語解説
索引

ピーター・サモン(Peter Salmon)
1955年生。オーストラリア出身、UK在住の作家。テレビやラジオのショート・ストーリーを多数手がけつつ、『ガーディアン』や『シドニー・レヴュー・オブ・ブックス』などさまざまな新聞や雑誌に寄稿。小説『コーヒー・ストーリー』(2011年)で『ニュー・ステーツマン』のブック・オブ・ザ・イヤーを受賞。UKの『ピッチフォーク』的存在たる音楽メディア『クワイエタス』では、デリダと音楽の関係についての文章も執筆している。

伊藤潤一郎(いとう・じゅんいちろう)
1989年生。新潟県立大学国際地域学部講師。著書に『ジャン=リュック・ナンシーと不定の二人称』(人文書院、2022年)、『「誰でもよいあなた」へ──投壜通信』(講談社、2023年)。訳書にナンシー『アイデンティティ──断片、率直さ』(水声社、2021年)、同『あまりに人間的なウイルス──COVID-19の哲学』(勁草書房、2021年)など。

松田智裕(まつだ・ともひろ)
1986年生。立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。著書に『弁証法、戦争、解読──前期デリダ思想の展開史』(法政大学出版局、2020年)、訳書にジャック・デリダ『思考すること、それはノンと言うことである──初期ソルボンヌ講義』(青土社、2023年)など。

桐谷慧(きりたに・けい)
1986年生。東京大学大学院教務補佐員。論文に「「『幾何学の起源』序説」におけるデリダの「生き生きした現在」の解釈について」(『フランス哲学・思想研究』第28号、2023年)、共訳書にパトリック・ロレッド『ジャック・デリダ──動物性の政治と倫理』(勁草書房、2017年)など。

横田祐美子(よこた・ゆみこ)
1987年生。立命館大学衣笠総合研究機構助教。著書に『脱ぎ去りの思考──バタイユにおける思考のエロティシズム』(人文書院、2020年)、共訳書にボヤン・マンチェフ『世界の他化──ラディカルな美学のために』(法政大学出版局、2020年)、カトリーヌ・マラブー『抹消された快楽──クリトリスと思考』(同前、2021年)など。

吉松覚(よしまつ・さとる)
1987年生。帝京大学外国語学部特別任用講師。著書に『生の力を別の仕方で思考すること』(法政大学出版局、2021年)。共訳書にマルタン・ジュベール『自閉症者たちは何を考えているのか?』(人文書院、2021年)、ジャック・デリダ『講義録 『生死』』(白水社、2022年)、ジャック・デリダ『メモワール』(水声社、2022年)ほか。


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