「IR」と一致するもの

Dual Experience in Ambient/Jazz - ele-king

 原雅明(著)『アンビエント/ジャズ』をきっかけにはじまった、狛江の野口晴哉記念音楽室(全生新舎)で開催されているリスニング・シリーズ、これがたいへん好評で、早くも3回目の開催が決定しました。今回のゲストはnever young beachのベーシスト、巽啓伍。6月13日(土)、唯一無二の空間で音楽を体験しましょう。

Dual Experience in Ambient/Jazz

2026年6月13日(土)

野口晴哉記念音楽室
open 16:00 start 17:00
¥3000(+1d order制)※Limited seatin/ Reservation only(ご予約は全生新舎へDMにて https://www.instagram.com/zenseishinsha/

◻︎Selector
Masaaki Hara
Keigo Tatsumi

拙著『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』をきっかけに始まったリスニング会です。3回目となる今回は、巽 啓伍さんをゲストにお招きします。never young beachのベーシストとして活動する傍ら、環境音楽へのアプローチも伺えるソロ作品『AT US』を発表しました。『AT US』がレコード化されるにあたってライナーノーツの執筆を依頼され、巽さんとじっくり話をする機会がありました。レコードのことから拙著に纏わることまで、いろんなことを話しました。世代はもちろん、活動してきたテリトリーも異なるのに、何か共通認識のようなものがあると感じて、巽さんがセレクトするレコードを聴いてみたいと思ったのです。今回もまた新たな音楽の「繋がり」と「振幅」を聴いていきます。 (原 雅明)

◻︎巽 啓伍
兵庫県出身。音楽家/ベーシスト
ロックバンド・never young beachのベースを担当する傍ら、独立した音楽家としてエレクトリックベース/パーカッション/環境音等を用いたソロ作品"AT US"を米・Mystery Circlesより2024年10月に発表。Spotifyのプレイリスト"Ambient Japan"へ同アルバム楽曲が収録。同年11月Bias&Relax主催"Ambient Room"でライブパフォーマンスを開始し、2025年にはアンビエントフェスティバル"EACH STORY"へも出演。トリオやソロ等形態を問わずパフォーマンスを行う。

◻︎原 雅明
文筆家/選曲家。著書に『Jazz Thing ジャズという何か ジャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)、『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』(Pヴァイン)など。レーベルringsのプロデューサーとして、レイ・ハラカミや菊地雅章の再発も手掛ける。
https://linktr.ee/masaakihara


⭐︎ご注意⭐︎
当音楽室のイベントは人数限定・完全予約制です。無断キャンセル、ならびに複数名でのご予約後の当日一部キャンセルは固くお断りいたします。
これらが確認された場合、以後のご予約をお断りすることがありますのでご注意を。

毎回キャンセル待ちの方が多数いらっしゃいます。
限られた席数のため、責任あるご予約にご協力ください。

なお入場時にIDチェックを行います。身分証明書をご持参ください。

Irmin Schmidt - ele-king

 そういえば、宮沢賢治の『春と修羅』には、電線の唸る音を歌った詩があった。「電線のうなりが/いちめんの ひのきやならのなかにひろがり」。ドローンと呼ばれる音楽の創案者、ラ・モンテ・ヤングは、電線どころか、世界で鳴っているあらゆる音が好きだったそうだ。「子どもの頃、ヤングは人為的なものも自然のものも含め、連続した音に強く惹かれていた。地元の発電所にある変圧器のハミングや、川向こうの列車の汽笛、旋盤やドリルプレスの音、風や虫の声、水の流れ、木々のざわめきなど」とイギリスの音楽学者、キース・ポッターは著書のなかで書いている。それは、「ケージの思想に出会うずっと前から、外の世界こそが芸術よりも遥かに魅力的であるかもしれないと考えるようになった」

 Sunn O)))の新作について書くか、イルミン・シュミットの新作について書くか迷った。前者はドローン・メタルの大御所による深い「森」が舞台、後者は元CANのメンバーによる「環境音」のコーラジュで、どちらのアルバムも「自然界」を作品の重要な主題としている。人間中心主義の外側、マーク・フィッシャーが言うところの「外部」「不気味なもの(The Eerie)」を。「自然」や「環境音」を単なるテクスチュアの「素材」として消費することを拒むその姿勢は、自然を美化する反動的なオーガニック系やヒーリング系とは、根本的に位相を異にしている。
 Sunn O)))の新作は約7年ぶりで、大手〈Sub Pop〉からのリリースとあって話題になっている。ヴェノムに手を出すわけでも、かといってスティーヴ・アルビニを自らのガラだと思っているわけでもない。そんなリスナーがこのアルバムを気に留めた理由は、三つに集約される。ひとつ、マーク・ロスコの原画に圧倒された経験をもつ身として、それをアートワークとした作品への関心がある。ふたつ、スティーヴン・オマリーのパートナー、カリ・マローンの2枚の近作(ドローン作品)を好んでいる。三つ、森は好きだし、ここ数年、あの独特の冷気とも木々の匂いとも無縁であるし。うーん、しかし重たい音楽をじーっと聴いていられる余裕もないし、無理せずここはイルミン・シュミットにしよう。

 シュミットが外側の世界に関心を寄せたのは、戦後ドイツの前衛と括られるモダニストたちへの反発からだった。クラシック音楽のエリートだった若きシュミットの師匠は、宇宙の秩序さえ数学的に写し取ろうとした音列主義者(カールハインツ・シュトックハウゼンという名で知られる)だ。だが、シュミットが心酔したのは、作曲家の意志を排し、音楽概念の根底を揺るがした実験主義者(ジョン・ケージという名で知られる)のほうだった。1960年代、ケージ作曲の『アトラス・エクリプティカリス』の西ドイツでの初演においてピアノを弾いたのはシュミットである。
 CANなきあとのシュミットが、若き自分を夢中にさせたその音楽哲学を再訪しているのは、ここ二作のソロ・アルバムであきらかだ。『レクイエム』もその系譜にあり、プリペアド・ピアノによる近年のシュミット節というか、しかし今回のアルバムのほとんどは自然界の音のコラージュである。カエルの鳴き声、鳥のさえずり、小川のせせらぎ、そして雨の音の移ろい——鳥のさえずりといっても、清々しい朝や、夕暮れ時に聞こえるあれではない。ナイチンゲール、日本ではサヨナキドリと呼ばれるその鳥は、多くの鳥が日中に鳴くのに対し、文字通り「夜に鳴く」。また、雨の音と言っても、しとしとと心地よい音でもサーと音を立てる夕立めいたあれでもなく、傘をさしてもずぶ濡れの土砂降りだったりもする。それら自然の歌声や音にプリペアド・ピアノが織り交ぜられる。
 もう動かないし、かつて持っていた技巧も失ってしまったと語っている89歳の彼は、もの悲しい旋律を寄せ、ときに打楽器のようにピアノを叩き、ノイズを発信する。それは、自然との対話のようだ。また、人生を重ねた老芸術家に特有のとめどない思いを感じもする──「孤独」「愛」「苦悩」「悲哀」という言葉で表せそうな。
 アルバムは二部構成になっているが、どちらも瞑想的で、そして魂を洗うかのように、水のせせらぎが鮮明に聞こえる。川の流れであろうとスコールであろうと、ぼくは水の音が好きだ。『レクイエム』にはたくさんの水の音があるのがいい。が、『レクイエム』と言うからには、そこには亡き友人たち、亡きCANというひとつの生き物とのコレクティヴへの当然の思いはあろうし、滅びゆく自然環境への思いもあるのかもしれない。
 テクスチュアそのものも魅力的だが、これは何度でも聴きたくなるような作品だ。深みあるサウンドコラージュ作品とも言える。たとえあなたがCANのこと知らなくても、シュトックハウゼンもケージも知らなくても、難解な言語による音楽理論を読まなくても、このアルバムの世界に浸ることができる。外の世界に耳を傾けるということは、自然を人工に対する美として持ち上げることではない。耳を開かせるということであり、拒まれることはないということなのだから。

そもそも「インディ」とは何を意味したのか?
「ポスト・パンク」とは何だったのか?
ラフ・トレードは何が革命的だったのか?
ザ・スミスはなぜ重要だったのか?

ポスト・パンク、ギター・ポップ、UKソウル&ジャズ、ダブ、スカ、アイリッシュ……
21世紀になって、新たなリスナーを増やしているあの時代の名盤たち
時代を決定づけた450枚(シングル盤ふくむ)を厳選
80年代英国音楽の
かがやかしきインディ・ミュージックを紹介/解説する決定版登場!

監修:横田勇司+野田努(ele-king)
執筆:イアン・F・マーティン、小出亜佐子、長井裕、野中モモ

*電子書籍版あり

【内容】

Part 1 Post-Punk
ラフ・トレード、初期の古典たち/ザ・レインコーツ/ヤング・マーブル・ジャイアンツ/ザ・ポップ・グループ/リップ・リグ&パニック/マーク・スチュワート/ザ・スリッツ/ロバート・ワイアット/キャバレー・ヴォルテール/スクリッティ・ポリッティ/ザ・フォール/ジョイ・ディヴィジョン/ザ・ドゥルッティ・コラム/ア・サーテン・レイシオ/ギャング・オブ・フォー/デルタ5/オウ・ペアーズ/ザ・フライング・リザーズ/ディス・ヒート/オルタナティヴTV/ワイアー/パブリック・イメージ・リミテッド/XTC/ほか

Part 2 Guitar Pop
ポストカード/オレンジ・ジュース/アズテック・カメラ/アイレス・イン・ガザ/エヴリシング・バット・ザ・ガール/エル/ザ・ペイル・ファウンテンズ/スタイル・カウンシル/シャーデー/ワーキング・ウィーク/ザ・スミス/プリファブ・スプラウト/サブウェイ・セクト/テレヴィジョン・パーソナリティーズ/ザ・ジャズ・ブッチャー/クリエイション/ザ・ジーザス・アンド・メリー・チェイン/プライマル・スクリーム/ハウス・オブ・ラヴ/パステルズ/サラ/エコー&ザ・バニーメン/ほか

Part 3 Ska & Dub & Irish across the Border
2トーン/ザ・スペシャルズ/ザ・スペシャルAKA/ザ・セレクター/マッドネス/ザ・ビート/ON-Uサウンド/ニュー・エイジ・ステッパーズ/UB40/ファン・ボーイ3/ザ・クラッシュ/ビッグ・オーディオ・ダイナマイト/ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ/ザ・ポーグス/ほか

【コラム】
地上より永遠へ 世界に届く音
すべてはここから始まった――ラフ・トレード史
メイヨ・トンプソンとレッド・クレイオラ
ファクトリーの興亡
そのほかのインディ・レーベル紹介
英国インディ・チャートの歴史
チェリー・レッドに関する大いなる誤解
UKポスト・パンクと女たち
マーガレット・サッチャーとUKインディーズ
デレク・ジャーマンとポスト・パンク
クリエイションのコンピレーション盤探訪
『C86』とは何だったのか?
アノラック系とは?
ファンカラティーナとカルチャー・クラブ
ソフィスティ・ポップの2枚目の恍惚
“究極のインディ”、ビリー・チャイルディッシュの功績

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5lack - ele-king

 板橋出身のラッパー、5lackが昨秋リリースした4年ぶりのアルバム『花里舞(カリブ)』。大半のトラックをみずから手がけつつ、BudaMunkや16Flipらも迎えた同作だが、先日、収録曲“South Side”のMVが公開されている。監督はSatoshi Watanabeで、さりげなく仙人掌やin-dらも出演。今後の動きにも注目だ。

[MV]
Music: South Side
Artist: 5lack
Album: 花里舞
Label: 高田音楽制作事務所
Streaming : https://linkco.re/VDVQBh7H

Director:Satoshi Watanabe
Director of Photography:Hyogo Mitsuoka
Lighting director:Jun Tanaka
Assistant Director:Ryo Osada
Steadicam Operator:Genki Hidaka
Producer:Takanobu Oki

[リリース情報]
Artist : 5lack
Title : 花里舞
Label : 髙田音楽制作事務所
Date : 2025.09.20( 土 )

Track List:
01. Intro ( 花里舞 )
02. 終わりの始まり
03. T.O.K.Y.O
04. 26年後 
05. 見てな
06. Fly Ball
07. Skit 1
08. Favorite
09. Doko-Zono / Beat by BudaMunk
10. 冷たい弾 / Beat by BudaMunk
11. わかげの / Beat by 16FLIP
12. Skit 2
13. South Side
14. 助手席 Beat by Kidhazel
15. マンネリの境地
16. 現実逃避 / Beat by Kidhazel
17. Skit ( Outro )
18. Zoon To Ton

Vocals & Lyrics by 5lack
Other Beats by 5lack
Masterring Engineer : Isao Kumano(PHONON)
Mixing Engineer : 5lack

interview with The Lemon Twigs - ele-king

 2016年のデビュー時、紛れもない「アンファン・テリブル」として不敵なオーラを放っていたブライアンとマイケルのダダリオ兄弟は、作を重ねるごとにその才能を磨き上げながら、徐々に「大人」としての成熟を身に着けてきたように見える。だがそれは、普通の意味での「成熟」≒カドが取れて丸くなっていく、みたいな意味とはどこかが違っているようにも思える。
 若いときから、既に歴史化の途に就いて久しい(文字通りの)ダッド・ロック的表現形態に与してきた彼らは、ある意味でははじめから老成していたのだともいえる。ロックが若者の音楽でなくなった時代において、紛れもない若者としてロックを演ること。ザ・レモン・ツイッグスの10年とは、そうした入れ子状の構造の中において、ひらすら――ある意味ではそうと意識するまでもない自明な課題として――上質なソングライティングとアンサンブル構築を追求することで、どのようにして内側からその構造を食い破ることができるのかという問いに答え続ける年月であったようにも見える。だが、その一方で、そうした構造の中で素直に遊んでしまえるのも彼らなのだ。そして、その遊び方があんまりにもアイデア豊かで鮮やかだものだから、私たちは常に胸のすくような気持ちを覚えてきたのだった。
 要するに彼らは、デビュー時から既にして反時代的だった自らの志向性を、時代の推移の中で研ぎ澄ませることで、結果としてその反時代性の実践こそが逆転的にコンテンポラリーな表現倫理たりうることを、ここに至って自らの手で浮かび上がらせたのだといえるかもしれない。更に言えば、ひょっとするとこのレトロトピア時代においてロックを(「実存」に密着した表現として)遂行するには、彼らのような方法以外にないのかもしれない(反対からみれば、仮に現在において進歩主義的なロックを素朴に標榜するのだとしたら、それこそがあまりにもお目出度い、アナクロニスティックな行為なのではないか?)。
 ロック(あるいはロックンロール)という音楽が、その始原の時点から(進歩主義的な装いをしておきながらも)実のところ反時代的な逸脱性を体現していたことを思い出してみれば、1960年代〜1970年代ロックの黄金の記憶から自らの飲み水を汲み出し続ける彼らの反時代的態度は、かつてのセックス・ピストルズやラモーンズがそうだったのと同じ程度に、ある種の捻じれを奥深くに内在しているのだともいえる。

 〈Captured Tracks〉に移籍してからの三作目となる本作『Look for Your Mind!』は、そんな彼らの危うくも美しい実践の軌跡が、再び「バンド」らしさとともに結晶化されているという意味で、是非とも傾聴すべきアルバムだといえる。個人的には、デビュー盤以来の爽快感を味わうことができた。そう、爽快なのだ。経験(年齢)を重ねてなお一層爽やかで軽やかにになるということがいかに成し難いことかを日々芯から実感せざるを得ないこの時代において、彼らが成し遂げたことは、稀有である以上に、なんらかの指針にすらなりうるのではないか。ヤンガー・ザン・イエスタデイ。いまやそれは、彼らのような反時代的な連中だけが嘯くことのできるテーゼなのかもしれない。それを成熟と呼ぶなら、成熟するのも結構楽しそうだと思う――などと、一足先に中年になった元ロック少年の私などは愚考するのである。
 だからそうか、「Look for Your Mind!」って、オレに向けて言ってくれているのね。おみそれしました&ありがとう。君らが楽しそうにロックを演り続けてくれることで、救われている連中が、ここにも、あそこにも、思いの外沢山いますヨ。

出発点がギターなんだと思う。だから日常の一部でもあるし、ツアー中でもいちばんよく触れている楽器だしね。もしギターに触れられなかったら、たぶん本当に困ると思う。(ブライアン)
ギターは人生だ。うーん、わかんないけど。(マイケル)

今年で早くもデビューから10年という節目を迎えますが、あっと言う間という感じでしょうか? それとも、ようやくここまでたどり着いたという感覚ですか?

ブライアン(以下、B):どうだろう。正直なところ、本当にちょうど10年って感じがする。ね、マイケル? あっという間だったっていう感じは、あまりないんだよね。むしろ、アルバムを出すごとに、少しずつ、ほんの少しずつ聴いてくれる人が増えていった。そういうすごく緩やかな積み重ねだったっていう感覚かな。

マイケル(以下、M):そうだね。なんていうか、いくつかの「章」がある感じかも。メンバーも何度も変わってきたし。いまのバンドと初期のバンドって、それぞれで区切られてるというか。だから、ずっと同じバンドだったっていう感覚でもないんだよね。だから一概には言えないけど。10年っていうのも……まあでも、ブライアンとは26年とか27年一緒にいるわけだからね。

いままでのキャリアを振り返ってみて、特に思い出深いターニングポイントがあるとしたらいつですか?

B:僕らは昔からレコーディングが好きだったし、人前で演奏する機会もずっと楽しんできたんだ。ライヴで演奏できるっていうこと自体、素晴らしいことだと思ってたしね。でも、ライヴを本当に心から楽しめるようになったのは、いまのメンバーになった3年くらい前からだと思う。ダニー(筆者注:現在のツアー・メンバーのダニー・アヤラ)とは、レコードを出し始めた10年くらい前から一緒にやっていて、その前にも別のバンドで少し一緒にやってたんだけど、そこにいまのドラマーのレザ(筆者注:同じくツアー・メンバーのレザ・マティン)が加わって、このメンバーが揃ったときに、一緒にライヴで演奏することが楽しめるようになってきたな、って感じたんだ。バンドの雰囲気も良かったし、ツアーを回るのもすごくいい感覚で。単純に、人の組み合わせがすごく良かったんだと思う。それで、ツアーに出ること自体も本当に楽しくなった、その感じは新しい曲にも少し出てる気がする。ライヴをやってからスタジオに戻ると、明らかにエネルギーが違うから。

〈Captured Tracks〉移籍後の作品を改めてきくと、グンとサウンドのクオリティが上がったように感じます。今作はそうした流れの集大成のような内容に感じるのですが、改めて、この5〜6年ほどで創作のモードが変わった感覚はありますか?

M:当時はブライアンと僕で距離ができてしまっていたというか、曲の作り方とかスタイルがだんだんバラバラになっていってたんだ。それで、〈Captured Tracks〉で最初に出した作品のとき――まだどのレーベルから出るかも決まってなかった段階だったけど――意識的にもう一度団結して、ちゃんとひとつの作品として成立するアルバムを作ろう、できる限りベストなものを作ろう、っていう方向に切り替えたんだ。それまでは、ただずっとアルバムを作り続けてきただけっていうか……若い頃にレーベル契約をもらって、その流れで半ば無意識に作ってたところがあったと思う。でも契約が終わって、「これはちゃんと良いものを作らないと次の契約につながらない」っていう状況になって、そこで初めて全部をちゃんと考えてやるようになった、っていう感じかな。

B:アルバムに何を入れるかとか、僕らそれぞれのソングライティングのスタイルをどうやってひとつに繋げるか、そういうことを前よりずっと意識的に考えるようになったんだ。それが大きな違いだったと思う。それと同時に、「自分たちが納得できないものは出さないようにしよう」って決めたんだよね。それまでは「自分たちで作ったものなんだから、どうせ後で聴きたいとは思わないだろう」みたいな前提がどこかにあって。アーティストって、自分の作品をどこかでは好きじゃないものなんだろう、って勝手に思ってたんだ。でもいまは違う。いまは、自分たちが出すものは全部、自分たちでちゃんと好きでいられるべきだと思ってる。

青木:なるほど、面白いですね。自分の作品をあまり聴き返さないアーティストもいますけど、いまはそういうタイプではなくなってきた、ということですよね。

M:まあ……よくわかんないけど。でも、自分が「こういうのを聴きたい」と思うものとか、「まだ世の中にない」と感じるものを作るべきだとは思うんだよね。それがいちばん自然だと思うし。もちろん、自分の作品ばかり聴いていたら飽きてくる、みたいなのはあると思うけど。でもさ、いま作ったばかりのものに対して、恥ずかしいとか嫌だとか思う必要はないと思う。それはちょっとおかしいと思う。

昨年のブライアンのソロ作制作の経験は、バンドとしての新作である今作に何か影響を与えましたか?

M:そうだね。後回しになっていた曲をある程度出し切って、そこから新しくスタートできた、という意味では影響はあったと思う。とはいえ、いちばん大きかったのは、ライヴでやっていて楽しいかどうかとか、スタジオで純粋にやっていて楽しいかどうか、そういう部分だったかな。今回はライヴのメンバーも何人かレコーディングに参加していて、それがブライアンと僕のコミュニケーションにもいい影響を与えたし、全体的な高揚感みたいなものにもつながったと思う。

B:僕にとっては、新しくリセットしてアルバムを作れたのはすごく大きかった。前の2作では、何年も前に書いた曲が少なくとも3曲か4曲は入っていたんだよ。それも、自分たちとしては、まあまあ満足している曲だと思っていたから出したんだけど、正直そこまでワクワクするものではなかった。でも今回は、すべて同じセッションの中で録音した素材で構成されていて、それぞれがちゃんとひとつのまとまりとしての感触を持っている。こういう作り方をここまで徹底したのは、たぶん今回が初めてに近いと思う。いつもはどうしても余った曲が出てくるからね。

前作に比べると、1968年後半的なサウンドから、シングル「I Just Can't Get Over Losing You」のジャケットやサウンドにあらわれているように、どちらかといえば1960年代半ば頃のギター主体のビート・バンドやジャングリーなフォーク・ロック的サウンドに寄ってきているように感じました。今作のサウンド上のコンセプトを教えてください。

M:前作に比べると、今回はもう少し削ぎ落とされた感じはあると思う。でも、そのベースになるロック・バンド的な形から外れている曲もいくつかあるよ。

B:とはいえ、どの曲も基本的には、バンドで一緒に演奏するっていう感覚を土台にしてる。たとえば “Gather Round” や “Joy” みたいな、よりオーケストラ的な曲でも、ストリングスはまとめて同時に演奏してもらっているし、クラリネットやフルートも同じ部屋で一緒に演奏しているんだ。もちろん後からオーバーダブして厚みを出したりはしているけど、それでも根本にはミュージシャン同士がその場でやり取りしている感覚がある。前作は基本的に全部オーバーダブで、マイケルと僕がひたすらレイヤーを重ねていって、楽器にもいろいろ人工的な処理を加えてサウンドを作っていたんだけど、今回は全体としてもっとナチュラルな音になっているし、いろんなプレイヤーのグループが実際に一緒に演奏している、そういう感触に近いと思う。

いきなりですが、おふたりにとって、ずばりギターとはどんな存在ですか?

B:うーん、そうだね……なんていうか、僕らにとって最初の……いや、マイケルにとっては最初の楽器ではないか。でもまあ、最初の「手段」というか、曲の作り方を覚えた入り口ではあるよね。僕らがどうやって曲を書くかっていう、その出発点がギターなんだと思う。だから日常の一部でもあるし、ツアー中でもいちばんよく触れている楽器だしね。もしギターに触れられなかったら、たぶん本当に困ると思う。それに単純に音が好きなんだよ。自分たちが感情的に強く共鳴する音楽のほとんどは、やっぱりギターが核になっているから。だから……うん、そういう存在かな。

M:ギターは人生だ(=Guitar is life)。うーん、わかんないけど。弾くのも好きだし、聴くのも好きだし……うん、なんだろうね。難しい質問だな。ほんとにわかんない。ブライアンがいっぱい話しちゃったし、もう言うことないよ。

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「より成熟してる」かっていうと、正直よくわからないな。ただ違うものになってきてるだけだと思う。(マイケル)
「成熟」が常に良いものとは限らないんだと思う。そのときに自分たちがうまくできることをやる、それだけだよ。(ブライアン)

“Fire And Gold” にはアイルランド民謡やインド音楽などの要素を感じます。なぜそうした要素を取り入れようと思ったのでしょう?

B:あれはやっぱり、ああいう開放的な響きのコードを弾いている中で自然に出てきたものだと思う。それと、ああいうサイケデリックな音楽がすごく好きなんだよね。特にインド音楽の影響を受けているようなもの。インド古典音楽とか。ああいうドローン的な響きって、瞑想的で心地いい感じがあるし。それからアイルランドっぽい要素に関しては……ポール・ブレイディの “Arthur McBride” をよく聴いていて、あの歌い回しがすごく好きだったんだ。すごくテクニカルで面白いフレーズも多くて。そういう要素を取り入れることで、あの比較的ストレートなパワー・ポップ的なトラックの質感を、少し裏切るというか、ひねることができたら面白いなと思ったんだよね。

M:ああいう要素って、もともと似たようなDNAもあると思うんだよね。パワー・ポップでも、ドローン的な弦の響きって結構あるし。いわゆる典型的なパワー・ポップにもさ。

B:そうそう、たとえばザ・フーとか、フレイミン・グルーヴィーズみたいな、いわゆる完成度の高いパワー・ポップの曲でも、開放弦をずっと鳴らし続けるようなアプローチはあるんだよね。たとえばトッド・ラングレンの “Couldn’t I Just Tell You” なんかは、僕らにとってすごく大事な曲なんだけど、ああいうふうにドローン的な響きがずっと鳴り続けているんだよね。そういうのって、いわゆるパワー・ポップの核にある要素でもあると思うんだ。でも今回は、そこにさらに、普通はあまりギター・ポップと結びつけられないような要素も引き出してみたかったんだよね。 

いわゆる「パワー・ポップ」と言われる音楽は、ここ日本でも昔から人気があって、古くから国内でもそうしたサウンドを鳴らしていたバンドがいましたし、東南アジアでもそういうバンドがいました。なぜこれほどまでに世界的な広がりがあるのか不思議でもありますが、その理由を考えるとするとなんでしょうね?

M:パワー・ポップっていうのは、世界中である種ニッチな層に支持されてきた音楽だと思うんだ。レコード・コレクターとか、ちょっとマニアックなものを集めるのが好きな人たちっていうか。コアなファンの文化自体、昔からずっと大きな存在だったし。だから、パワー・ポップに詳しくなることとか、そういうレコードを集めることっていうのは……なんていうか、日本の文化にもすごく合ってる気がするんだよね。日本って、いろんなジャンルごとに専門店とかカフェがあるじゃない? だから、パワー・ポップ専門のバーがあってレコードをかけてる、みたいなのもすごく自然だと思うし。日本でこういう音楽がしっかり根付いてるのも、すごく納得できるよ。 

レザ(ドラム)とダニー(ベース)が録音に参加したことの効果はどのようなものでしたか?

M:ちょっとした構造が生まれるというか、コミュニケーションの感じが変わるんだよね。もちろんふたりでも楽しいときはあるし、今日も楽しい感じだけど。でもブライアンと僕のやり取りって、ほぼ要点だけで進む感じで、あまり気を遣ったり雑談したりっていうのがないんだよね。長年ずっと一緒にやってきてるから、そういうやり取りはもうやり尽くしてるっていうか。だからレザみたいにすごく明るいタイプがいたり、ダニーみたいにすごく面白い人がいると、それだけで場の空気が少し柔らぐし、レコーディングの雰囲気も前向きになる。それに単純にエネルギーも増すよね。部屋の中の空気というか、実際にバンドで演奏してる感じをそのまま捉えられるし。それからチョチキーのエヴァ・チェンバースにもベースを弾いてもらったんだけど、それも同じ理由でよかったよ。

B:そうだね。基本的には、彼らの演奏そのものとか、それぞれが楽器に持ち込む個性みたいなものが大きいと思う。それと、僕らふたりだけだと、僕たちは他に予定がないというか、時間に縛られていないんだよね……それは良い面でもあり、ときにはあまり良くない面でもあるんだけど。他の人が入ってくると、その人たちはそれぞれ予定もあるから、自然ともう少しペースを上げて進める必要が出てくるんだよね。

今回もブルックリンの小さなスタジオで録音したようですが、そうした環境でバンドで録音をおこなう利点とは改めてどんなところですか?

M:近所にポールっていう人がいて、僕らの作品はいつも一緒にやってくれてて、マスタリングとか技術的なこともいろいろ担当してくれてるんだ。それは大きいね。場所自体もいいところではあるんだけど、ブライアンと僕の家からはちょっと遠くて。それ以外は……むしろデメリットのほうが多いかも(笑)。すごく狭いし。でもいまちょっと片付けてて、少し広くなってきてるんだよね。

青木:いまそこにいるのがスタジオなんですね。

M:そうそう。いま物を整理してるから、ちょっと広く見えるんだよね。

B:めちゃくちゃ広い部屋ってわけではないけどね。でも、自分たちの拠点があるっていうのは、スタジオを借りるのとは比べものにならないくらい大きな利点なんだ。もちろん、設備的にはもっと本格的なスタジオのほうが揃っているものは多いけど、レコーディングにおいていちばん重要なのはやっぱり「時間」だから。

初期衝動の鮮烈さが印象的だったデビュー時の作品を起点に、作を重ねるごとに成熟を感じる内容になってきているように思うのですが、音楽的、精神的、肉体的に成熟していることを自分たちでも自覚したりしますか?

M:肉体的には確実にね。

B:ずっと脚が痛いよ。

M:あと横方向にもね(笑)。でも、何かが「より成熟してる」かっていうと、正直よくわからないな。ただ違うものになってきてるだけだと思う。より研ぎ澄まされてきてるし、精度は上がってるとは思うけど。

B:レコーディングに関しては、毎回確実に良くなっていると思うよ。あの辺は全部マイケルが中心になってやっているからね。作品ごとに必ず何かしら新しいことを学んでいるし。曲単位で見れば、前の作品にも今回の作品にも、より成熟していると感じるものはそれぞれあると思う。ただ、音楽において「成熟」が常に良いものとは限らないんだと思う。そのときに自分たちがうまくできることをやる、それだけだよ。次の作品は、もう少し未成熟な方向に振れるかもしれないし、それはそれで楽しいと思うよ。

その一方で、アンチ・クリシェ的というか、相変わらず尖ったアレンジ・センスを感じさせます。こうした点はレモン・ツイッグスの音楽の大きな魅力のひとつだと思うのですが、そもそもなぜそうした要素を盛り込みたくなるのでしょうか?

M:単純に、自分たちが楽しめるものにするためだよね。それに、僕らは作曲する人間がふたりいるから、普通にひとりでやってるバンドより曲数も多くなるし。僕たちに「高い基準」があるとまでは言わないけど……まあ、自分たちなりの基準みたいなものはあって、お互いがちゃんと気に入らないとアルバムには入らないんだよね。で、どちらかが「いい」と思うときって、そこに何かこう、ちゃんと形になってるものというか、強さみたいなものがあるんだと思う。それって大体、すごくポップな要素だったりするんだけど。さっき何て言ってたっけ……「尖ってる」っていうか。まあ、そんな感じかな。

B:そうだね。もうひとりが面白いと思うためには、やっぱりどこかに意外性みたいなものが必要なんだと思う。ただ普通に口ずさめるだけのメロディで終わるようなものにはしたくない、っていうか。

青木:なるほど。お互いがいることで……批評し合えるというか、面白さを保つための存在になっているんですね。

ずばり、今回の作品のタイトルにはどんな意味があるんでしょう?

B:14曲入ってるってことかな(笑)。

M:うん、いろいろ候補を考えてた中で、いちばんしっくりきた名前だったってだけだよ。他にどんなのがあったっけ?まあ、実際に使うつもりだったやつじゃないけど……「Yesterday’s Sound Tomorrow?」とか?

B:ああ、「Yesterday’s Sound Today」だね。

M:ああ、そうそう。「Yesterday’s Sound Today」。なんか「Tomorrow」だった気もするけど……まあ、あれはフィル・スペクターが掲げていたフレーズ「Tomorrow’s Sound Today」をもじったものなんだけど、ちょっと自虐っぽすぎるかなって思ってやめたんだよね。それで結局、「Look For Your Mind」は短くて見た目もいいし、曲としても気に入ってるから、そのままタイトルにしたっていう感じかな。アルバム・タイトルにすることで、その曲に意識が向くっていうのも別に嫌じゃなかったし。気に入ってる曲だからね。逆に、特に意味もないのに1曲だけをタイトルにするほうが変な感じもするし。

B:残念ながら、何か面白い裏話があるわけでもないんだよね。(笑)。

歌詞についてはあまり考えすぎないようにしてるんだよね。ほとんどの場合、言葉を大事にしすぎたり、こねくり回したりすると、逆にうまくいかなくなる。(マイケル)
僕はむしろ逆かな。昔はあまり言葉にこだわらないタイプだったんだけど。(ブライアン)

ザ・レモン・ツイッグスはデビュー以来ソングライティングの巧みさを評価されてきたと思うんですが、おふたりにとって、魂を揺さぶるメロディとはどんなものでしょうか?

B:うーん、最近で言うと、キャシー・ラモーンの曲で、すごく心を動かされたメロディがあって……ちょっとクラシックっぽい響きがあるんだよね。“Joy to the World” っていう曲なんだけど、あの有名な “Joy to the World(諸人こぞりて)” とは別の曲で。本当に素晴らしいメロディだと思う。あと、イギリスのバンド、ニルヴァーナの “Aline Cherie” もすごくいいメロディ。自分に強く響くメロディには、どこか共通するものがある気がするんだけど、それが何なのかはうまく言えないんだよね。たいていは、その……

M:そこに「流れ」があるというかね。

B:そう、流れがある。何度でも繰り返し聴きたくなるような感じがあるんだ。

M:多くの場合、ちゃんと最初に戻ってくる感じもあるよね。きれいにまとまるというか。

B:そうだね。ちゃんと方向性があって、どこかへ向かっている感じがする。それに、僕が好きなメロディには、どこかスピリチュアルな質感もあると思う。……どう思う、マイケル? こんな感じかな。

M:うん、特に付け加えることはないかな。

ふたりが音楽を聴いたり、作ったり、演奏をしている中で、もっとも強く魂を揺さぶられる瞬間はどんなときですか?

M:ステージで3声とか4声のハーモニーがぴったりハマったときかな。それが耳にすごく気持ちよく響く瞬間があって。聴いてる側にも同じように伝わってると思うし、自分でも「あ、いますごくうまくいってるな」って手応えがあるんだよね。そういうときは一気にテンションが上がる。普段はすごくローテンションなときと、すごくハイになるときの差が激しいんだけど(笑)、ぼーっとしてちょっと眠いな、みたいな状態でも、そういう瞬間が来ると一気に「!!!」ってなるんだ。

B:みんながすごく集中して、演奏をバッチリとキメられたときが最高だよね。そういう瞬間って、いつも起きるわけじゃないから。

歌詞作りに関しては前作までと比べて何か変化がありましたか?

M:僕は特に変わってないかな。ここ何作かずっとそうだけど、歌詞についてはあまり考えすぎないようにしてるんだよね。ほとんどの場合、言葉を大事にしすぎたり、こねくり回したりすると、逆にうまくいかなくなる。何度も書き直したものって、だいたい良くならないんだよ。だから、思いつきで出てくるものでないとダメなんだ。

B:僕はむしろ逆かな。昔はあまり言葉にこだわらないタイプだったんだけど。マイケルに「それ本当にそのままでいいの?」って言われても、「いや、考えすぎないようにしてるんだ」って答えてたんだ。でも何年か経ってからそのことを思い出して見返してみると、「ああ、これ全然意味通ってないな」って思う(笑)。

M:もし歌いにくかったり、響きがよくなかったり、あとは単純に言葉が多すぎると感じたら、そこは直すけどね。でもそもそも、自分でも意味がよくわからない言葉を入れる、みたいなことはしないけど。

B:ここ数作に関して言えば、以前よりは確実に時間をかけるようになってると思う。ひとつの曲の1ヴァースだけ書いて、うまくいかなければ別の曲に取りかかって、また後で戻る、みたいな感じで。歌詞が完成したと判断するまで、何ヶ月か寝かせることもあるよ。

Shindig! Magazineのインタヴューで、ブライアンは、「“I do think that now is a time of insanity”、“You really have to hold onto your own mind if you don’t wanna lose it.”」と述べていますが、この発言の意図するところを教えてください。

B:まあ、言ってしまえば全部だよね。戦争とかジェノサイドとか、経済的な崩壊の不安とか……誰もが目にしているような、いま世界で起きていることだよ。ただ、それをそのまま嘆いたり、すべてを音楽に持ち込もうとするわけではないんだ。もちろん、そういう現実が曲ににじみ出ることはあるけどね。でも、そういう状況があるからこそ、僕らが比較的明るい曲を演奏するときに、それがより意味のあるものになる気もするんだよね。聴いている人にとって、そういう現実から一時的に逃避できるというか。実際に影響が出ている曲もあって、“Bring You Down” とか “Gather Round” はそうだし、“Look For Your Mind” とか “Your True Enemy” もそうかもしれない。ああいう曲には内面的な葛藤みたいなものがあって、それはどうしても音楽にも反映されてしまうものだと思う。

“Gather Round” や “Bring You Down” といった曲はまさに現代社会への呼びかけにも思えます。いまの時代において、大衆的な社会運動に対してロック・ミュージックが果たせる役割があるとすればどんなものだと思いますか?

B:そこは正直、僕ら自身もまだ少し探っているところなんだ。音楽にできることって、結局のところ、人びとが感じていることを映し出すことくらいなんじゃないかと思ってる。音楽やアートが社会を大きく変える力になるとまでは、あまり期待されていない気もするし。むしろ、日々の生活とか、その中で感じるいろんな苦しさや抑圧みたいなものを乗り越えていくための支えになる、そういう役割のほうが大きいんじゃないかな。

この10年ほどを振り返ると、ロックが若者の音楽だった時代は既に遠く、既に現在のポップ・ミュージックの中心を占めているとはい言い難い、という意見がメディア上やミュージシャンの側からも盛んに言われる期間だったようにも思います。その中で、近年はインディ・ロックの流れが再び盛り上がっているという意見もありますよね。そういうムードの変化のようなものは、おふたりの創作にとって何かの影響を与えたりするものなんでしょうか? あるいは、そうしたことには惑わされず、集中して創作を行うことを第一に考えている?

[マイケルが急に退出]

B:普通に自分たちのやってることに集中してる感じかな。そもそも、自分たちが大きい音楽シーンの一部だって感じたこと、これまであんまりないんだよね。というか、たぶん一度もないかも。ずっとどっちかっていうとアンダーグラウンドなバンドだったし。だから、ロックがいまメインストリームじゃないことも、そんなにネガティヴには思ってない。ロックにはロックの時代があったし、いまラジオであんまり流れてなくても、それはそれでいいよねっていう。むしろ、そういう位置にある音楽をやってるっていうのが、ちょっと特別に感じられる部分もあるし。自分たちがやってるのと同じタイプの音楽をやってる最近のバンドがいるわけでもないし。

青木:マイケルが退出したようなのですが……。

B:あー、たぶんスマホの電池切れたんじゃない? いまつなぎ直してると思う。こういうのインタヴューだと結構あるんだよ。

青木:そうなんですか? 気を悪くして急に抜けたんじゃないといいんですが。

B:いや、それはないと思うよ(笑)。

日本のファンへメッセージをどうぞ。

B:日本で演奏するの、本当に大好きなんだよね。またフジロックに出られるのもすごく楽しみ。最初に出たときが、たしか初めて日本に行ったタイミングだったと思う。だから、また戻れるのはいつもすごく嬉しいよ。たぶんどのバンドもそうだと思うけど、日本で演奏するのって本当に特別なんだよね。すごくいい場所だし。

青木:今日はありがとうございました! ブライアン、時間をいただいてありがとうございます。マイケルにもよろしくお伝えください。数ヶ月後、日本で会えるのを楽しみにしています。

B:伝えておくよ。

Felix Kubin Japan Tour 2026 - ele-king

 フェリックス・クビンがやって来る! クラウトロック的な実験、ノイエ・ドイチェ・ヴェレ的な痛快さ、ポップとアヴァンギャルドを往復する唯一無二のアーティストである。長いこと日本でドイツのアンダーグラウンドな音楽を供給してきているレーベル〈Suezan Studio〉、15周年を記念しての来日公演だ。
 ゲストもすばらしい。東京のゲーテ・インスティトゥート東京にはカフカ鼾、大阪ではなんとZodiakがDJとして出演する。
 詳しくは、https://x.com/suezanstudio

[2026年6月5日(金) 東高円寺U.F.O.CLUB]
https://ufoclub.jp/
Suezan Studioレーベル創立15年祭
OPEN 18:30 / START 19:00
前売り¥4,500-(+1D) / 当日¥5,000-(+1D)
チケット:https://tiget.net/events/480880
LIVE:
・Felix Kubin (from Germany)
・Arturo Lanz (Esplendor Geométrico)
・Francis with Lily
・じゃ子 (opening act)

[2026年6月6日(土) Goethe-Institut Tokyo]
https://www.goethe.de/ins/jp/ja/index.html?wt_sc=japan
★この日のみFelix Kubinの演奏内容が異なります!!★
OPEN 18:00 / START19:00
前売:¥5,000 / 当日:¥5,500
チケット:https://tiget.net/events/480880
LIVE:
・Felix Kubin
・カフカ鼾(ジム・オルーク、石橋英子、山本達久)

[2026年6月7日(日) environment 0g(大阪)]
https://nuthings.wordpress.com/
フェリックス・クービンが初の大阪公演!
OPEN 18:00 / START 19:00
・ADV 4,000 (+D) / DOOR 4,500 (+D)
チケットご予約:environment0g@gmail.com
LIVE:
・Felix Kubin
・Juri Suzue
・Zodiak (DJ)

主催:TAP Co.Ltd.、小柳商店/Suezan Studio
協力:I AM ELECTRO 
協賛:Goethe-Institut Tokyo
#felixkubin #felix_kubin

 激震走るとはこのことだろうか。音楽界、とりわけインディ・シーンにとってショッキングな事態が報じられている。
 きっかけは音楽メディア、『New Environments』に4月17日に掲載されたエッセイ「誰も音楽なんて好きじゃないのか?」。そこではブルックリンのインディ・ロック・バンド、ギースをPRすべく、マーケティング会社があの手この手でバンドのことを「好きにさせる」よう仕組んでいたことが触れられていた。

 その後、英『ガーディアン』紙が4月29日に記事「インディ・ミュージックは偽のファンや不誠実なヴァイラル・キャンペーンに侵略されている」を掲載。オーヴァーモノやファットボーイ・スリム、チャーリー・XCX、ドーチーなどがそうしたデジタル・マーケティングを活用していたことが明かされた。
 マーケティング会社が用いる手法は、インフルエンサーなどに報酬を支払い投稿させたり、偽のファンのアカウントを作成したりすることによって、そのアーティストについての肯定的な感情を引き起こさせるというもので、顧客リストには近年ブレイクを果たしたMk.geeやオーケールーのみならず、デペッシュ・モードのようなヴェテランも含まれているという。

 『ガーディアン』いわく、「政党やAリストの俳優がSNSを利用して偽の世論を作り出すことは、以前から知られていた。音楽ファンも、メインストリームのポップ・スターならそうしたことをやっているだろうと予想しているかもしれない。しかし、オンラインでの言説は本物のファンによるものだという期待が依然として残るインディ・ミュージックにおいては、話が別だ」
 今後はこれまで以上に、SNSでの評判を気にせず、信頼できるメディアやライターを探すことが重要になってくるのかもしれない。

Xylitol - ele-king

 クラウトロックが好きであればハンス=ヨアヒム・ローデリウスの名は存じていることだろう。ご存じではなくても、キャリーケースを引きずりながら南の島に行ったりはせず、何気ない日常や近所の公園の移ろいに美を見出すような方であれば、この人の音楽を覚えておいても損はない。第二次大戦を経験している長老で、元Clusterの片割れ、ビーダーマイヤー的ロマン主義者、素朴さのエレクトロニカの始祖。ブライアン・イーノのアンビエントに影響を与えたハルモニアのメンバーという紹介もいいかもしれない。彼の、飾らないエレクトロニカが大好きで、ずいぶんとレコードを集めたものだった。
 かれこれ30年も昔の話になるが、ぼくがローデリウスにこだわった理由のひとつは、彼のソロ作品にはいわゆるサイケデリックな感性がほとんど無なところにある。ぶっ飛ばないのである。もっともその傾倒は、ぶっ飛んだ音楽ばかりを聴き過ぎた自分自身への反動的な要素が大で、ローデリウス当人がそれをいかに意識していたのかどうかはわからない。が、いずれにしてもキシリトールのこのアルバムを聴かなければならなかった最初の理由は、本作『Blumenfantasie』において、彼女はローデリウスをドラムンベースに変換しているからである。それも、彼の長年のキャリアにおいてもっともビーダーマイヤー的な初期作品『Selbstportrait(セルフポートレイト)』シリーズからの影響を。言うまでもなくドラムンベース(ジャングル)とは、ハードコアと呼ばれたくらいで、ぶっ飛ぶためのダンス・ミュージックの最強のスタイルのひとつである。

 アートワークもまたドラムンベース(ジャングル)らしからぬ意匠で、題名も「花のファンタジー(ブルーメンファンタジー)」。間違いなく、メタルヘッズやアートコア、ないしは90年代末のIDMの巨匠たちによるドリルンベースの影響下にありながら、しかし彼女はそれらと違った洗練をここで成し遂げている。
 キシリトールことキャサリン・バックハウスは新人ではない。彼女の探求の原点は、90年代にロンドン郊外で受信した海賊放送にある。そこで耳にしたアシッド・ハウス、デトロイト・テクノ、ディープ・ハウス、ジャングル、クラウトロックに圧倒された彼女は、まずはそれらのルーツを解き明かすことに情熱を注いだ。そのプロセスでピエール・アンリを知り、すなわちサウンドコラージュの原点を学んだ。
 キャサリンの作品を特徴付けているひとつの要素は中欧(旧ユーゴスラビア)のアンダーグラウンド・シーンからの影響だが、それはかつてのパートナーを通じてたどり着いた世界だった。さらにまた彼女の音楽に決定的な風合いを与えているのはドイツの実験的なロック・サウンド、すなわちクラウトロックである。

 自作の発表自体は2010年代からはじまっている。ただ、初期の活動はカセットやCDR、デジタル配信による少部数リリースが中心で、その音楽性もチップチューンやシンセウェイヴに近いものだった。その後、2024年に〈Planet Mu〉からリリースされた初作『Anemones(イソギンチャク)』によって、彼女が提示する繊細なジャングル・サウンドは一躍脚光を浴びることになった。よって同レーベルからの2枚目である本作は、リリース前からファンやメディアのなかでの期待値が高まっていたのである。

 キシリトールはその期待に応えている。ジャングルをアンビエント化していると言ってみたくなるほど、リズムの機能性よりも美学が優先されているが、彼女のスクウォッティング時代のレイヴ通いの記憶がこのビートには込められているのだから、地に足がついたグルーヴがある。クラウトロックからの影響と言っても、それはクラフトワークよりもベルリン系コスミッシェ・ムジークで、カンで言えば『タゴマゴ』のC面だ。シンセウェイヴの優美な響き、アモン・デュールIIのドラムブレイク、中欧メランコリア──表題曲や“Melancholia”という絶品は、クラウトロックをジャングル化するとはこういうことかと唸らせる。
 全篇がジャングルなわけでもない。ダウンテンポの“Mirjana”、ビートレスの“Tilted Arc”もある……が、しかし余韻として残るのはジャングルのリズムだ。アカペラのサンプリング&高速ルーピングという初期レイヴ系ジャングルのお約束ごとを甦らせる“Falling”が最後の曲だが、しかし総じてざっくりと言えば、すべてがチルアウトめいて聴こえる。
 ネット音楽がネット上でスクロールされネット上で騒がれている今日において、90年代的なアプローチの現代版と言える本作は、じっくり聴かれることを望んでいる。アルバムには、サラエボ生まれのシンセ奏者Miaux(ミャウ)、オーディオ・ヴィジュアル・ユニットのスカルプチャー、インディ・ロック・バンドのザ・リーフ・ライブラリー(ジョン・マッケンタイアがプロデュースした彼らの新作も素晴らしい)が客演。
 それで、冒頭に書いたハンス=ヨアヒム・ローデリウスのジャングル化だが、それは“Sudwestwind”なる曲で、なるほどね、たしかにそうだと納得した。ちょっと笑ってしまったけれど、この素朴なロマン主義は、日常生活と地続きかもしれない。だが、次の曲“Lights”は他の曲と同様にドリーミーで、本作の魅力が集約されている。というのも、ぼくが本アルバムにタグを付けるとしたら、エーテル(エセリアル)系とするだろうから。

Vol.6:⁺˚⋆。°卯月⁺˚⋆。° No!! WAR - ele-king

 みなさまhello! hello! hey!hey!
 heykazmaでございますっっ☆°.+

 みんないかがお過ごしでしょうかっ?
 heyは相変わらず職業””””””生きています””””って感じで日々生活している感じ♪

 先月の連載を更新してからは、PROTEST RAVE·クソデカフラッグ部·路哲が共同で開催していた “DROP BASS NOT BOMBS” に行ってきました。ワタクシheykazmaも、ele-kingでもお馴染み、みんな大好きMars89大教授とb2bで出演予定だったんですけど、運営の皆さんと何度も話し合った結果、今回は出演キャンセルという形になってしまいました。

 理由としては、思った以上にイベント情報が拡散されたこと、そして未成年である私自身の安全面の確保が難しいと判断されたためです。かなり現実的な判断だったとは思いつつも、やっぱりheyにとっては簡単には受け止めきれない出来事でした。
 もちろん私は「絶対に出てやる!!!!」という気持ちしかなかったので、今回このようなことになってしまって本当に残念だったし、悔しかったです。現地で、運営メンバーのみんなの前で出られなかった思い、自分の中で積み上がっていた感情、こんな世の中に対する思い、いま起こってる戦争止めたい、差別をやめろ……いろんな思いがごちゃごちゃのごちゃまぜぃになってしまって、ここ数年でいちばん号泣かましてしまいました(((((いま思うとまじで恥ずかしい✌️)))))。でもそれくらい本気だったし、それくらい大事な気持ちだったんだといま思い返せば思う。もちろんheyの安全を考えてくださったみなさんには感謝しかないですが。わたしは、大好きな音楽で連帯をしたいなと思っていただけなのにさ!

 実際、「当日応援しにいくからね!」「行けないけど応援している!」など、直接会ったときやDMでたくさんのお声をいただきました。この連載の担当をしてくださっている、我らが小林ティーチャーもb2bでの出演を楽しみにしてくださっていたみたいです。そういう声をもらっていたからこそ、その期待や思いに応えられなかったことも、なおさら悲しくてたまりませんでした。応援してくれる人がいるってすごくありがたいことだし、その分だけ悔しさも大きかったです。
 励ましの声も本当にたくさん届いて、みんなに囲まれてるんだな、わたしはひとりじゃないんだなと実感したよ……。あらためて、感謝でございます◎⋅.˳˳.❤.⋅ॱ˙⋅ こういうときに支えてくれる人たちの存在って、何より心強いし、大切にしなきゃいけないなと思いました。

 ていうか最近、偶然みなさま超respectしかない人物兼ele-king編集長・野田努さまが以前出版に携わっている『NO!!WAR』という本を見つけたんですね。こちらの本は河出書房新社から2003年に出版された本で、「戦争が終わっても路上に出た勢いは止められない。サブカルチャーから反戦の声を集め、なぜ反戦か、なぜストリートかを発信する緊急の1冊」と紹介されていました。

 即買いからの、1ページ目からびっくり。
 これいつの話? 2003年出版? え? 2026年イマの話じゃなくて?

 この本を読み進めて行くと、23年前もいまと同じようにNo!!WARの声をあげていた方々がたくさんいて、サウンドデモであったりクラブ・ミュージック、ロック、パンク、レゲエ、レイヴ、デザイン、文学……いろんな視点からのごちゃまぜバレアリック反戦投稿が載っていました。TikTokやYouTubeでわかった気になるより、当時の日本や世界のNo!!WARの空気感をこの一冊でより身近に知ることができた。23年前に限らず、No!!WARはずーっと前から続いてきた声なんだってさ。

 あらためてheyは思ったんよ、政権の暴走。いつだって人として当たり前に持つ権利が脅かされてしまう危機。戦争。それらはいつだって、リーダーの一言で起こりうる。そして「自分たちのリーダーが人権を侵すために法をごり押しすることをゆるしている社会」と本の中でもJeff Mills先生がおっしゃるように、いつの時代も残念ながら人間は選択を間違い危機にさらされている。

 heyは戦争を止めたいし、反対だし、やりたくない、加担したくない、行きたくない。
 二度と間違いを犯さないために大切に守られてきた憲法なのに、その憲法が改正されようとしているいま、heyとおなじ世代の人もこの問題を真剣に考える必要がある。光る板(という名のスマホ)からはなれて、街に出よう!

 さあさあ、贅沢にele-kingというメディアで独り言を書きまくっているわたしでございますが、最後に最近聴いている音楽たちを紹介します‧₊˚#☆

emamouse - nightawapoolmoumix
 昨年開催された野外RAVE”night pool”のLive Mix、いつ聴いてもエナジーすぎてやばい。
 emamouseさんは確かシシヤマザキちゃんと一緒に共演していたのをみてから知って、それ以降よくDJで曲をプレイしてたりしてたんだけど、DJもやばすぎるのでみなさまにシェア。会話しててバイブスも最高すぎるし、まじlove!

GEZAN - i ai – COMPUMA Remix
 18:18にも及ぶ超大作Remix、マジで最高! 仙台で仲良しのDJ・irllinaiが『i ai』の原曲をプレイしててそれから知ったこの曲。vinylにしか収録されていない本Remixですが、マジ全人類一家に一枚マストだと思うんですよ。『i ai』の映画本編はまだ見れてないのですが、サントラがとても素晴らしかったのでちゃんとみなければ。

Simoda Kaito - POPS(feat.Kuroyagi & Karavi Roushi)
 地元が同じ東北の下田、初のソロ楽曲リリースおめでとう!
 彼は山形出身で、RAF-RECというレコ屋で出会ったんですけど、それから一緒に遊ぶ仲になって。下田にしかないグルーヴっていうかバイブスがなんかあるんですよ。prodされてるaquadubさんも岩手在住のバイブス最高トラックメイカー!
https://soundcloud.com/user-276994523/simoda-kaito-pops-feat

 ということでおすすめ楽曲紹介でした。
 みんなもっと音楽と出会うためにクラブやレコ屋に行ったりしよ!

 そんなわけで、いきなり宣伝〜!
 heykazmaは5/3(日)に青山にあるライブハウス”月見ル君想フ”とのコラボ企画「もぎゅるんぱ!」開催します。(なんかいつも自主企画の宣伝してるよね、私www)
 かなりおもろいメンツ揃ってます。ここでしか共演しないであろうヤバメンツ!
 絶対に来るべきだょ! まってまーす!


https://www.ele-king.net/news/012187/

 ちゅーことで、今年度もスタートしましたね。
 新しいこといっぱいはじまるといいな! 今年もハッピーなこといっぱいしたい!
 みなさんあったらぜひ乾杯しましょーね! じゃ、またどっかで〜〜

Whitney Johnson, Lia Kohl & Macie Stewart - ele-king

 本作『Body Sound』は、ヴィオラのホイットニー・ジョンソン(Whitney Johnson)、チェロのリア・コール(Lia Kohl)、ヴァイオリンのメイシー・スチュワート(Macie Stewart)らによるアルバムである。彼女たちの弦楽器に加え、声やアナログ・テープのマニュペレートを組み合わせ、即興演奏を起点に静謐さと不穏さが交錯する繊細な音響空間を構築している。三者はそれぞれ、実験音楽、エレクトロニカ、インディ・ロックといった異なる領域で活動してきたアーティストだ。その背景の違いが、本作の複雑でありながら豊穣なサウンドを支えているといってもいいだろう。
 加えてシカゴのレーベル〈International Anthem〉からリリースされたことも見逃せない。同レーベルは、ジャズや即興音楽を基盤としつつ、プロセスやコミュニティのダイナミズムを重視する姿勢で知られている。ジェフ・パーカーやロブ・マズレク、トータスといったシカゴ音響派のベテランに加え、新鋭SMLなど、多様なアーティストの作品を発表してきた。その軌跡は、90年代以降のシカゴ音響派の文脈を現代的に再編成する試みと捉えられる。

 本作においても、演奏・録音・編集が分離されず、いわば連続的なプロセスとして生成・構成されているのだ。三者の声と弦楽器による即興演奏を基盤としながら、「聴き/応答する」という「関係性」そのものが音楽の中心に据えられているのである。空間の響きや残響、演奏が置かれる環境そのものも音響素材として取り込まれ、音を配置するのではなく「状況」を構成することで音楽が立ち上がっているわけである。
 本作の音は、完成された構造へと収束することない。つねに生成の途上にとどまり続ける。これが重要だ。アルバム全体には深い余韻と静かな高揚が同時に存在し、まるでモートン・フェルドマンの現代音楽と、ヨーロッパの古楽と、どこか失われたフォーク音楽の断片のような感触も漂っている(トラックタイトルにはオノ・ヨーコ『Grapefruit』からの着想も見られる)。
 弦の生々しい揺れと透明な響きは古楽的な感覚すら喚起し、その時間感覚は過去と現在を曖昧に接続する。個人的には、坂本龍一『out of noise』における弦と音響の関係性を想起させる瞬間もあった。とりわけ、フレットワークが演奏した坂本龍一 “hwit” と本作の “stone | piece” を続けて聴くことで、聴覚が開かれていくような感覚を得た。

 録音は、シカゴにあるインターナショナル・アンセム・スタジオやシルク・スタジオ(Shirk Studios)、さらにビッグ・イヤーズ・フェスティヴァル(Big Ears Festival)の会場など、複数の場所でおこなわれた。エンジニア/共同プロデューサーのデイヴ・ヴェトレイノ(Dave Vettraino)とともに、アナログ・テープを駆使したポストプロダクションも施されている。複数のテープマシンを用い、即興演奏の断片をループや編集によって再構築するこの手法は、録音そのものを作曲行為へと転化するものだ。
 その結果、音楽は単一の時間軸に従属せず、折り重なる複数の時間層として知覚される。ここでは「原初の演奏」と「後から付加された音」の区別は解体され、すべての音が同一平面上で関係し合うことにある。

 本作の構造の中核を担うのがリア・コールである。彼女はこれまで、フィールド・レコーディングやテープ操作を横断しながら、録音メディアそのものを作曲の領域へと引き込んできた才人だ。
 その実践は『Too Small to Be a Plain』(〈Shinkoyo〉/2022)における断片的な音響のコンポジション、『The Ceiling Reposes』(〈American Dreams Records〉/2023)におけるサウンドのミニマル化、『Normal Sounds』(2024)における日常音と楽音の境界の解体へと連なり、さらにメイシー・スチュワートとの共作『For Translucence』(〈Moon Glyph〉/2025)において、弦と声のレイヤー構造として結実していった。『Body Sound』は、これらの試みをさらに推し進めた作品とまずは言えるだろう(メイシー・スチュワートとは『Live at Epiphany』を2024年に〈Stena Tapes〉からリリースしている)。
 加えて〈Drag City〉から、アンビエント・ソロ・アルバム『Hav』やサッドコアのバンドであるキャンサー・ハウス(Cancer House)にも参加するホイットニー・ジョンソンは、そのヴィオラによって、多層的時間のなかで「持続する音響」を鳴らす。旋律や明確な展開を志向せず、ドローンとして空間全体を規定するその音は、微細なピッチの揺らぎや倍音の干渉によって内部に緊張を孕み、聴取者の身体に直接作用する。音はここで「対象」ではなく、「環境」として経験されることになる。
 一方、2025年に〈International Anthem〉からソロ『When The Distance Is Blue』(リア・コールも参加している)をリリースしたメイシー・スチュワートのヴァイオリンや声も重要な要素だ。彼女の音は明確な旋律を形成することなく、断片的なフレーズや呼吸のニュアンスによって知覚の焦点を揺らし続ける。その結果、完全な無方向性へと拡散することなく、かすかな輪郭が維持されることにある。それぞれ3人とも「声」を担当している点がポイントだ。このアルバムの音は楽器の音と声の音のレイヤーが重要な要素となっている。

 アルバムには全11曲が収録されている。冒頭の “dawn | pulse” では、持続音やループ、断片的な音が干渉し合いながら、時間が幾層にも折り重なるように進行する。続く “laundry | blood” では、粒子的な音が空間に点在し、拡散していくサウンドスケープが立ち上がる。アルバム・リリース以前にカセットとしても発表されていた “stone | piece” では、弦の美しい旋律とアンサンブルの上に声が波のように重ねられ、感情的なニュアンスを帯びた象徴的な楽曲となっている。
 “burning | counting (sleeping)” では、不安定な倍音が持続的な緊張を生み出し、いわゆる現代音楽的な性格が顕在化する一方で、音のアンビエンスには2026年的な響きも感じられる。さらに “Shadow | Mess” から最終曲 “Fog | Mirror” に至る後半では、基本構造を保ちながら音響のトーンが緩やかに変化し、全体として光と影が移ろうような音響空間が展開される(その意味でアルバム後半は “stone | piece” の変奏とも捉えられるのではないか)。

 『Body Sound』は、音楽を理解や解釈の対象としてではなく、知覚の条件そのものを変容させる作品である。音は意味を帯びる以前に「震え」として身体に浸透し、リスナーは音楽を「聴く」のではなく「そのなかに存在する」状態へと導かれる。本作は、音楽を固定されたオブジェクトではなく、関係とプロセスの連続体として再定義する試みである。
 ホイットニー・ジョンソンの持続、リア・コールの時間操作、メイシー・スチュワートの越境的感性。それらが交錯することで、本作は音楽と音響、作曲と即興といった従来の境界を静かに揺るがしていく。本作は「音はいかにして〈関係〉として立ち現れるのか」という問いを掘り下げているのだ。
 その変化は劇的ではないが、確実に聴取のあり方を変える力を持つ。重要なのは、本作が実験のための実験にとどまらず、音楽としての「美しさ」を確かに備えている点である。実験性と純粋な美しさが無理なく共存している点において、『Body Sound』は現代の音響表現が到達しうるひとつの理想を示したといえよう。

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