誰でもそうだと思うが、ペリー&キングスレーの『The In Sound From Way Out! 』のジャケットを見たとき、ただただ、うっとりした。ドキドキするほどカラフルで、それは幸福な夢の世界の扉だった。去る11月5日、電子音楽の先駆者のひとり、いや、電子“娯楽系”音楽の先駆者と言い直そう、ジャン・ジャック・ペリーがスイスで亡くなった。87歳だった。
よく知られるように、ジャン・ジャック・ペリー氏とってのエレクトロニック・ミュージックは、当時としては実験的だったが、しかし無邪気でハッピーで、ユーモアとポップスを志向し、楽しみのためにあった。1929年フランス生まれの氏は、30歳のとき渡米し、1965年、ニューヨークでドイツ生まれのユダヤ人のガーション・キングスレイと出会い、オンディオラインや発信器、数マイル分のテープなどを駆使し、275時間かけてくだんのアルバムを作ると、1968年にはもう1枚のクラシック『The Amazing New Electronic Pop Sound』をヴァンガードよりリリースしている。モーグ・シンセサイザーを使った実験的なラウンジ・サウンドの『Moog Indigo』も人気作だ。氏の影響はエイフェックス・ツインからステレオラブ、ビースティー・ボーイズまでと幅広く、2007年にはルーク・ヴァイバートと『Moog Acid』なる作品も発表している。が、氏の音楽がもっとも輝いていたのは60年代という夢見る時代だったし、その無邪気さはそうなかなか真似できるものではなかった。
「Sã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
明日はどっちだ? こっちこっち。
思えば、あれは6年前。当時、ユリシーズという音楽誌があり、そこの編集者さんから原稿依頼のメールをいただいたとき、彼女はこう書いていたのだった。
「ブログの文章を拝読し、素人の乱みたいだと思いました」
あの頃わたしは日本で起きていることなどまるで追っておらず、首相の名前すら知らなかったぐらい(またよく変わってたんだ)で、好き勝手に英国で見聞きすることをブログで書いていただけだったから、「素人の乱って何?」と思った。
で、彼らの情報をネット検索して思ったのは、ひゃあー、なんか英国的。ということだった。「鍋闘争」だの「くさや闘争」だの、はなから人をなめたような闘争は、まるでモンティパイソンみたいじゃないか。「鍋」とか「くさや」とかは英国にはないでしょ、だからパイソンなわけがない。ダッせえ。とかおっしゃる輩は、横文字で書かれたものはすべてクールかと思って、一見すると異文化のように見えるカルチャーの根底を流れる万国共通のスピリットというやつが掴めない、そっちこそダッせえ方々ではありませんか。
だから今年はじめに本の取材で東京に滞在したときも、「素人の乱が勢いを失ったのはダサかったから。昨今の日本の運動はそうしたものを排除しようとしている」と言われたときには、わたしも大人なので温厚ににっこり微笑んではいたものの、貴様らはユーモアと貧乏というクールさの源泉が理解できないプラスティックな資本主義のしもべになりやがってと内心はらわたが沸騰していた。そんなわけで東京取材の最後の晩に松本哉さんに会う所存だったが、会えなかったということは二木信さんがご存じである。
さて、その松本さんが書いた『世界マヌケ反乱の手引書』は、大バカな仲間の集め方とか、バカステーションの作り方とか、やたらとバカバカ言っているのだけれども、このバカというのは英語にすれば「shrewd」。もっとわかりやすい言葉にすれば「ストリートワイズ」ということが読んでるうちにわかってくる。で、山手線大宴会作戦だの、新宿でハンモックだの、大笑いさせられながらふと気づくと赤ペンで線を引いていたりするのであり、哲学書として読むのもいいと思う。時代は玉虫色から始まる。などは珠玉の金言である。
わたしなんかも今年はバカの一つ覚えで「グラスルーツ」と言い続け、こないだ出た本の主題なんかもそれだったんだけど、そしたら松本さんもこの本の中で、(全共闘世代との付き合い方で爆笑させてくれた後に)こっそりこんなことを書いていた。
「あ、あと当時はすぐでかい物を狙いにいく傾向があったけど、特に今の時代、小さな謎のスペースを無数に作っていく方がいいと思う。潰れても潰れてもどんどん新しいバカセンターができて、全国津々浦々、いったいどこにどんな場所があるかわからなくなるぐらい増えたら最高に面白いし、実はそれが一番強い」
これこそグラスルーツの定義である。
だいたい昨今の我が朝では(もう「我が」ではないが)、社会を変えるには「デモ」か「テロ」か、みたいなことをシリアスな陰影の入った顔で言う人々が多い。が、第三の道はそこらへんに転がっている。しかもこれ、実はわたしの住んでいる国では左派と呼ばれる人たちが最近さかんに口にしていることであり、特にジェフ・マルガンという識者なんかは、「プラカードを振って誰かに何かをしろというのではなく、身近なところでお前がまずやってみろ」と言っていて、「全国津々浦々のコミュニティーに根を張ったグラスルーツがばーんと一気につながった時には無敵。本来こうした草の根は左派の得意技だったはずなのに、すっかり右派にお株を奪われてないかい」と言っている。素人のくせに半径5m内での実践を忘れてすぐでかい物を狙いにいくから、いつの間にか右翼のグラスルーツが地道にびっしり広がっていたのを見て「うわあ」とびっくりすることになるんだよと。
しかも松本さんのグラスルーツ構想がさらに面白いのは、全国津々浦々のレベルではなく、アジア津々浦々の根っこを繋げることを志向している点で、これなどは日本のレイシズムの特徴を鑑みると非常にアグレッシヴな動きだし、アジア言語は俺らが思っているより似ているから、交流が進んで誰か頭のいいやつがうまくまとめたら、アジアでもエスペラント語みたいな共通語がすぐできるはず、なんて提言にはつい下側の未来を感じてしまう。
また、「バカ」と同じぐらいたくさんこの本に出てくる「マヌケ」という言葉については、「あまり壮大なスケールの理想社会なんか実現したらたいていつまらないことになるので、世の中の隙を見て勝手なマヌケ社会を作るのがいい」と最終頁でご本人が種明かしされているように、マヌケとは漢字で「間抜け」と書く。
「デモ」か「テロ」かの息苦しい正義や、「働け、働け、死んでも働け」の資本ファースト主義や、おおらかさを失ったデフレ精神に因るみみっちい足の引っ張り合いで生きづらくなった社会の隙間から抜け出す。間が抜けてるんじゃなくて、間を抜けるのだ。せせこましい時代だからと言って自分まで緊縮してからだをすぼめて削減せず、隙間を見つけてつるっと抜け出せ。明日はどっちだ、だって? こっちこっち。
アナキズム保育園こうもり組主任保育士 ブレイディみかこ
この10年、スポーツバイクは人気の趣味/人気のスポーツとして定着している。オランダ、ドイツ、北欧、イギリスのように、自転車が安心して走れる都市の道路の再整備は、いまでは先進国のトレードマークでもある。日本も安いママチャリの時代から脱し、最近では、少々値は張るが性能的に優れたスポーツバイクに乗る人たちの姿が日常的に見られている。気合いを入れて、ぴっちりしたレーサージャケットに、もっこりしたレーサーパンツ(通称レーパン)を履いて、ロードバイクを漕いでいる人たちの姿は珍しくない。しかし、それって本当に正しい乗り方なのか? ロング・ライドはどこまで健康に良いのか? ダイエットに良いって本当なのか?
ベンディングペダルにすれば引き足も使えるなんていうのは幻想だって? そもそも自転車を楽しむのに、なんで服からアクセサリー、細かいパーツまでプロの真似をしなければならないのか? 自動車を楽しむ人たち、スキーが好きな人たち、みんなプロの真似をしていないのに、なんで自転車乗り(バイクライダー)だけが何でもかんでもプロの真似をしているのか。それってどこかおかしくないかい?
長年自転車業界で仕事をしている著者=グラント・ピーターセンが、サイクリング文化の間違いを説く。自転車を乗る上でのすべての常識をひとつひとつ検証し、読者に新たな考えを巡らせる。そして、自転車生活の魅力をあらたに提唱する。
これは長年のサイクリング経験から編み出された必読の、ハッタリのない知識だ。 ストレスフルで過度に複雑で、さらには売れ線を重視した関係性が、あまりにも多くの人間とサイクリング、そして自転車の間に築かれている。グラントはそれをシンプルに噛み砕き、産業のトレンドやトリクルダウン構造、入り組んだプロ・レース業界とは別の豊かでやりがいのある世界を見せてくれる。 ──イーベン・ウェイス、バイクスノッブNYC、『The Enlightened Cyclist』著者
レース重視のサイクリングにうんざりしている自転車乗りのために、グラント・ピーターセンが『ジャスト・ライド』で提示するのは、魅力的な代替案だ。 ──ジャン・ヘイン、『Bicycle Quarterly magazine』編集者
実際に乗らない人間にも配慮した、自転車や乗り方、身体に関する著者の信条を大いに楽しんだ。グラントは世間に対して怒りを隠さない、知識に富んだ友人だ。そして本書は、優れたアドバイスで溢れている。 ──アンディ・ハンプステン、ジロー・デ・イタリア1988年の優勝者、ハンプステン・サイクルズの共同設立者
競争とは無関係の余暇を楽しむライダーたちも、レーサーたちと同じ服を着て、同じ靴で同じペダルをこぎ、同じ自転車に乗り、多くはトレーニングを積みタイムを上げることに腐心している。この類の乗り方は楽しむためというよりも仕事である。(本書序文より)
著者について
【グラント・ピーターセン Grant Petersen】
サンフランシスコの自転車メーカー、リーベンデール(Rivendell)の設立者。ライターとしては 『Bicycling』、『Outside』、『Men's Journal』など、多くのメジャーなアウトドア雑誌/自転車雑誌に寄稿。著書に『Eat Bacon, Don't Jog: Get Strong. Get Lean. No Bullshit.』(2014年)がある。
いったい何年ぶりだろう。ひい、ふう、みい……じゅ、10年ぶりじゃないか! ついにコールドカットが再始動する。まずはEPからだ。
色々と思いはある。もしこのふたり組がいなければ、UKのクラブ・シーンは、いや、世界のクラブ・シーンはまったく別物になっていただろう。……が、とりあえず僕の感慨は脇に置いておいて、とにかくいまはみんなで、この伝説のデュオの帰還を祝おうではないか。リリースは11月25日。あと3週間だ!
〈NINJA TUNE〉主宰の大重鎮、コールドカットが再始動!
超待望の最新作『Only Heaven EP』のリリースを発表!
新曲「Donald’s Wig feat. Roses Gabor」を公開!

Photo : Hayley Louisa Brown
アンダーワールド、ケミカル・ブラザーズ、ファットボーイ・スリムらとともにUKクラブ・シーンの黄金期を牽引したサンプリング・カルチャーのパイオニアであり、アンクル、DJシャドウ、カット・ケミスト、DJクラッシュらと並んで、ブレイク・ビーツ黎明期の最重要ユニットにも挙げられるレジェンドがついに再始動! ジョン・モアとマット・ブラックによる伝説的ユニット、コールドカットが、〈Ninja Tune〉発足以前に初音源をリリースした伝説的レーベル〈Ahead Of Our Time〉から、超待望の最新作「Only Heaven EP」のリリースを発表! 新曲“Donald’s Wig feat. Roses Gabor”を公開した。
Coldcut - Donalds' Wig feat. Roses Gabor
「Only Heaven EP」には、“Donald’s Wig”や、M.I.Aやビヨンセのプロデュースやメジャー・レイザーの初期メンバーとして知られるスウィッチとの共同プロデュースで、ヴォーカリストに盟友ルーツ・マヌーヴァ、ベースにサンダーキャットが参加した“Only Heaven”を含む5曲が収録される。
長い沈黙を破り、ついに復活したコールドカットの最新作「Only Heaven EP」は、11月25日(金)にデジタル配信と12”でリリースされる。iTunesでアルバムを予約すると、公開された“Donalds' Wig feat. Roses Gabor”がいちはやくダウンロードできる。

label: Ahead Of Our Time
artist: Coldcut
title: Only Heaven EP
release date: 2016.11.25 FRI ON SALE
cat no.: AHED12014(12"+DLコード)
beatkart (12") : https://shop.beatink.com/shopdetail/000000002120
iTunes Store (Digital) : https://apple.co/2fkgmkO
[Tracklisting]
1. Only Heaven feat. Roots Manuva
2. Creative
3. Dreamboats feat. Roots Manuva and Roses Gabor
4. Donald’s Wig feat. Roses Gabor
5. Quality Control feat. Roots Manuva
はい、こんにちは。現在ele-kingはジェフ・ミルズにジャックされております。またまたニュースでございます。
先日、アフターパーティの開催をお伝えしましたが、その本公演のお知らせです。来る11月18日(金)、国内屈指の室内楽ホールの1つである浜離宮朝日ホールにて、ジェフ・ミルズのシネミックス(映像体験作品)最新作の日本プレミア上映会が開催されます。同公演は、AACTOKYOが手がけるプロジェクトの第1弾でもあります。構成と演出はジェフ・ミルズ本人が、映像共同演出は新進気鋭の映像集団Cosimic Labが担当します。
連日お伝えしているように、この秋はジェフ・ミルズのイベントが目白押しです。もうこの際みなさんも心を決めて、ジェフ・ミルズにジャックされちゃいましょう!
AACTOKYO 第1弾プロジェクト
JEFF MILLS CINE-MIX “THE TRIP”
!! ジェフ・ミルズのシネミックス最新作 ジャパン・プレミア公演 !!
2014年のプレ開催を経て、昨年は東京、神戸、川崎の3都市で開催したアート・フェスティヴァル「TodaysArt.JP」が、2016年、世界に名だたるコスモポリス「東京」を舞台に、世界と日本を紡ぐアートのプラットフォームとなるべく、世界で開催されている様々なアート・フェスティヴァルとも連携しなが『AACTOKYO (アークトーキョー: Advanced Art Conference Tokyo)』として進化しました。
そんな『AACTOKYO』が手がけるプロジェクト第1弾として、浜離宮朝日ホールでのジェフ・ミルズのシネミックス(映像体験作品)最新作のジャパン・プレミア公演が決定です!
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ジェフ・ミルズがお届けする映像体験作品「THE TRIP」。
実験的でコンセプチュアルなテクノ・ミュージックの象徴的な存在として、またサイエンス・フィクション映画に魅了されたひとりとして、ジェフ・ミルズは「自身の作品をフィルムや映像のために制作しなければ」という衝動に駆られ、2000年より「シネミックス」というスタイルに着手しました。今回ご紹介するシネミックス作品は、日本人映像作家とのコラボレーションによる1時間半に及ぶサウンドとイメージのマスター・ミックス。
60以上のオールド・SF・ムーヴィー(1920~70年代)から抽出した映像+音像のライヴ・ミックスは、彼のエクスペリメンタルかつコンセプチュアルなDJ・ミックスと同じ原則に従い、私たちの美の鼓動、カオス、畏怖なる感情を呼び起こしてくれることでしょう。
「THE TRIP」は住みづらくなってしまった地球から、新しい世界を探すために地球より遠く離れた場所を開拓していくという、これから人間が経験するであろうテーマが描かれています。精神的かつ心理的な強烈な映像+音像体験が、あなたを未知の時空へお連れします。

AACTOKYO presents.
JEFF MILLS CINE-MIX "THE TRIP"
日程:2016年11月18日 (金)
会場:浜離宮朝日ホール
東京都中央区築地5-3-2 朝日新聞東京本社・新館2階
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/
時間:開場.18:30 / 開演.19:30
料金:前売3,500円- / 当日4,000円- (限定発売 / 全席自由)
出演:JEFF MILLS / Cosmic Lab
前売チケット販売:
Peatix
https://thetrip.peatix.com
浜離宮朝日ホール
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/ticket/
イベントに関するお問い合わせ:
info@aactokyo.jp
チケットシステム (Peatix) に関するお問い合わせ:
サポートダイヤルの受付時間 10:00~18:00 年中無休
0120-777-581 フォーム:https://help.peatix.com/customer/portal/emails/new
朝日ホール・チケットに関するお問い合わせ:
朝日ホール・チケットセンター
03-3267-9990 (オペレーター対応 日/祝除く10:00~18:00)
主催:朝日新聞社
共催:AACTOKYO (一般社団法人TodaysArt JAPAN)
協賛:株式会社リコー
協力:Axis Record / Underground Gallery / PRESS ROOM / troopcafe / UMAA / VENT / ligh.
(デンシノオト)
ある音楽を、音楽として聴かないこと。その行き着く先は、音楽の統合性が失調した世界だと思うのだが、ノイズや音響などの聴き手は、常にその境界線上を生きているともいえる。エクスペリメンタルなのは音楽ではなく、聴いている人間の方なのだ。となれば、ある音をノイジーと感じる理由は、何に起因しているのか。曲調か。音量か。音質か。音色か。レイヤーか。人間か。聴取する側の解像度の問題か。
聴取のとき、音楽(の全体像)の解像度を一気に落とすと、音楽は壊れてしまう。試しに、身近な音楽を再生し、そのメロディでもビートでも、なんでも良いが、音楽的な要素に、まったく入り込まないで聴いてほしい。それはすでに音楽ではないはずだ。反対に聴取の解像度を上げると、ある部分がズームアップされ、その音楽は別の音楽に変わる。90年代末期から00年代にかけてのエレクトロニカや電子音響は、聴き手の聴取のレイヤー/解像度を上げたことが革命的だったわけだが、では、もう一度、聴き手の聴取の解像度を急激に下げてしまうと、われわれの聴覚/感覚はどうなるのか。たとえば轟音もある意味、聴き手の解像度を下げる作曲・演奏・発音行為だが、その「中」に没入することで、解像度はもう一度回復する。逆にいえば、解像度が低いまま、音を浴び続けると心身に不調をきたす。つまり、解像度の遠近法が回復しないと人間は崩壊する。
そこでオヴァルの新作『ポップ』(「Popp」と書く)である。本作が凄まじいのは「ポップになった」とか、「クラブ・トラック」というだけでなく、確実にそれらの音楽でありつつも、「音楽」の解像度が低いまま展開していく点にある。アルバム冒頭の“ai”は、オヴァル特有の非周期的なループを聴きとれるが、実体化した「音楽」は分断され、声=ヴォーカルも分断され、圧縮された音質のようなポップの断片がレイヤーされていく。通常、非周期的なループは、音楽の情報量が上がるはずだが、本作のポップ化したオヴァルの凄まじさは、多量な音響・音楽情報が圧縮されたまま、つまりは「貧しい音楽」のまま、非周期的な構造を展開している点にある。しかも「ポップ」な音楽として聴取「できてしまう」。これは解像度を下げつつ、音へのアディクションを生むという意味で「狂気」の音楽といえよう(ブラックメタル的? オヴァルとバーズムの近似性について……)。
なぜ、こんなことが可能になったのか。オヴァルは、2003年に発表された豊田恵里子とのユニット、ソー『ソー』以降、「声」と「音楽」への求心力を強めていく。2010年代の「復帰」以降の活動は、ソーでの試みを「オヴァルとして実体化させていくための実験・実践」であったといえる。たとえば、ブラジルの音楽家とコラボレーションをおこなった『Calidostópia!』(2013)、ヴォーカルを全面的に起用した『Voa』(2013)においては、ヴォーカルと電子音楽の融合を実験・実践していたし、2010年の復帰作『オー』や2012年の『オヴァルDNA』においては、生楽器による非周期性=ループを導入し、90年代の自身のグリッチ・ループ・サウンドを「音楽」として実体化させていった。しかし、「ヴォーカル」と「楽器」という彼の繊細な音楽家としての側面が、いかにもオヴァル的な非周期的ループの「貧しい」魅力を削いでいたことも事実である。だが、新作『ポップ』は違う。ループする音楽の対象を「R&B」や「EDM」的という、「あえて」の表層的なグルーヴを起用し、自身の本来の特性である「貧しい音楽」へと、つまりはオーガニックからケミカルへと舵を切っているのだ。その意味で、本作こそオヴァルの「復帰作」にふさわしいアルバムである。
「聴取の解像度をアップデートして中毒性を上げる」のが2010年代初頭までのトレンドとするなら(情報量アップの知性)、「解像度を下げて中毒性を生む」(だらしない狂気へ)が2010年代中盤以降のモードになるのではないか。その最初の兆候が、このオヴァルの『ポップ』に思えてならない(むろん、マーカス・ポップは、90年代から本質的にはずっと同じだ)。2010年代後半は、「狂気への恐怖」がアウトになって、くわえて「狂気への誘惑」もアウトになって、「だらしなく狂気に行き着く」人間の時代になる。オヴァルの新作は、そんな「新しい人間」像をうまく表象している。統合性が失調する(音楽の)時代の始まり。いや、そもそも「90年代以降グリッチ・ミュージック」とはそのような音楽ではなかったか。貧しく痩せ細ったエラーが、それでいて、フレッシュであること。ここにおいて音楽の統合性はバラバラに分解してしまいそうになっている。廃墟の音楽。
そう、グリッチとは、廃墟のなかに刹那に消えていく無数の天使たちの残骸/残滓なのだ。となれば、マーカス・ポップとは統合性が失調した時代の音楽を生む「新しい天使」であろうか。「新しい天使」による新しい「非=人間」のための音楽? それが『ポップ』なのだ。
デンシノオト
●ライヴ情報 OVAL Live in Japan 2016
12月20日(火)
渋谷 TSUTAYA O-nest
12月22日(木)
京都 METRO
(松村正人)
河地依子さんの浩瀚なライブラリーと該博な知識に裏打ちされた、黒人音楽のヒストリーによりそいながら形式との相克でつくる音楽をていねいに聴き進めた『ソウル・ディフィニティヴ』、すでにみなさんの座右の書であろうが、その近年の動向をめぐる終章とそのひとつ前の章の導入文を要約しつつ私見をつけくわえるとこうなる。21世紀初頭のネオ・ソウルで電子音を有機的な音色で使う手法が浸透するとともに、エレクトロな方法論は当時のレゲトンやらダンスホールやらとむすびつき、そのビート感覚(とパーティ感覚)はのちのEDMを用意した、のみならず、ジェイ・ディラらのグルーヴの(再)発見をさかいに(政治性を含意した)ネオ・ソウルと合流していく、その合流地点こそ2010年代なかば現在であるのだとしたら――これ以上書くと河地さんの商売をじゃましそうなのでさしひかえたいが、R&Bが「エレクトロ~アンビエント~ドリーム」と形容すべき傾向をみせた2000年代なかば、河地さんのいうとおり「シーンの風景はまたガラリと変わった」。どのように変わったか、くわしくは本書を繙いていただきたいが、ひとつだけつけくわえると、ソウル、R&B、ジャズやヒップホップを問わず、たとえばグルーヴを軸に音楽を腑分けするのがたやすくなった反面、サウンドにおける形式の壁が液化する一方で、アンビエントやドリームといった主観性が幅を利かせる。
前作から単体では6年ぶりとなるオヴァルの『ポップ』は資料によれば「ポストR&B」だという。いやそのまえに、今作こそ、『o』(2010年)から数年の比較的みじかめの間隔だったがそのまえはというと2001年の『ovalcommers』までさかのぼらなければならない。10年――生まれたばかりの赤ん坊が学校にあがり、きょうから私はオヤジとは風呂に入らないと宣言するまでに成長する、この長きにわたり黙して語らなければ、たいていのひとなら、オヤジであっても忘れ去られる。ところがオヴァルはちがった。『o』で復活したオヴァルは『systemisch』や『94diskont.』といった90年代の諸作でつきつめた「デザインとしての音響」から反転し、音楽のほうへむかいはじめる。もっともオヴァルはかつて一度も音楽的でなかったことはなかった。CDの盤面に人為的に操作をくわえプレイヤーを誤作動させた音をもちいる、初期のオヴァルの代名詞となったこの方法を縦横に駆使したこれらの作品でも、「Textuell」なり「Do While」なり、聴けばたちどころに私のいう意味は了解いただける。マーカス・ポップの含羞とも韜晦ともつかないものがそのような言い方を避けさせてきたのだとしても、90年代の磁場がそう仕向けたふしはなくはない。ワイヤーのだれかがいったという「ロックでなければなんでもいい」なるフレーズとおなじく、私たちはマーカスのことばを箴言としてのみとらえてはならない。背景があるのだ。制度と方法と原理の基底部を思考する、(そもそもアポリアであるかもしれない)その解は得られなくとも一度それを経なければオヴァルはオヴァルたりえなかった、というのは、時制の起点からして命題たりえないが、このパラドキシカルな過程もふくめたプロセスがオヴァルだった。
なにせ『ポップ』はあざやかにポップなのである。ビートはくっきり輪郭を描き、楽曲はかつてないほど重層的に構造化している。とはいえそれはエレクトロニカの金科玉条だったレイヤーなる(きわめてデザイン的な)形容に収斂しない。IDM的レイヤーが薄い色紙を重ねたさいの色彩の重畳だとすれば、『ポップ』はもっとヴァーチカルである。奥行きがあり厚みがある。音色の選択とサウンド・プロデュースが立体感に拍車をかけるが、リズムの反復はあきらかにビートを指向している。つまるところポップかつダンサブルだが、ひたすら硬度をたもちつづけるアルヴァ・ノトと較べて――というのも、さっきまで渋谷でラスター・ノートンの20周年ライヴを観ていたのですね――有機的で滑らか。
その一因は声にある。マーカス・ポップは『ポップ』の大半で、かなり加工した声をとりいれているのだが、この声のあり方がこのアルバムのグルーヴの土台を担っている。もちろん声は純粋なリズム楽器ではないが、そしてマーカスは一聴してリズム楽器として加工した声をもちいてはいないようにみえるが、マテリアルと化した声がトラックの一部に埋め込まれることで、音響はシームレスなゆらぎをはらむ。鍵盤楽器と声をシンセサイズしたポルタメントな音の動きには現象だけとりだせば90年代のオヴァルを彷彿させるドローン的な側面があり、2000年代後半を劃したボカロを思い出させるのはいわずもがなである。オートチューンやボカロといった身体をなくした声の身体性の影と、ビートという身体性をもっとも呼びさますものを交錯させる方法を、米国市場の主導権をにぎるR&Bになぞらえ、そこにポストを冠するのも新規なジャンル名をつくってみせたといったたぐいのことではない。かもしれない。すくなくともそれはマーカス・ポップの音楽観の一端ではある、と同時に今日のテクノロジーの人間観の反映でもある。やがてそれが完全に調和した制度(システム)となったとき、マーカス・ポップの批評性は事後的に発見されるだろう、というのは時制の起点からして予測でしかないが、オヴァルのプロセスはそのようにして走りつづけてきた、かつて思弁的なコンセプトと併走しながら、いまはポップさを全開にして。
マーカス・ポップがこのアルバムに自身のファミリー・ネーム「popp」とつけたのはゆえなきことではないのである。(了)
松村正人
●ライヴ情報 OVAL Live in Japan 2016
12月20日(火)
渋谷 TSUTAYA O-nest
12月22日(木)
京都 METRO
RP Boo率いるD'Dynamicsクルー所属のフットワーク第2世代プロデューサー、Jlin(ジェイリン)。僕が初めてその名を認識したのは、2011年に〈Planet Mu〉からリリースされたコンピレイション『Bangs & Works Vol.2』だったのだけれど(“Erotic Heat”のかっこよさといったら!)、その後の彼女の活躍はめざましく、あれよあれよという間にフットワークの新世代を担う中核アーティストへと成長していった。実際、昨年〈Planet Mu〉からリリースされたアルバム『Dark Energy』は、英『WIRE』誌の年間ベスト・アルバム第1位に選出されるなど、海外での彼女の評価の高さは尋常じゃない。
このたび、そのJlin初の来日公演が開催されることとなった。大阪と東京の2ヶ所をまわる今回のツアーは、ジューク/フットワークのファンにとってのみならず、広くベース・ミュージックを愛する者たち全員にとってスルー厳禁の公演と言っていいだろう。詳細は下掲のリンクから!
フットワーク新章! 英『WIREマガジン』年間ベスト・アルバム第1位、Pitchfork Best New Musicなど2015年の年間チャートを総なめにし、シーン初の女性アーティストとして華々しいデビューを飾ったシンデレラJlinが満を持しての初来日!!
Jlin Japan Tour 2016

11.19 sat at CIRCUS Osaka | SOMETHINN Vo.18
w/ D.J.Fulltono, CRZKNY, Keita Kawakami, Hiroki Yamamura, Kakerun
OPEN / START 23:00
ADV ¥2,000+1D | DOOR ¥2,500+1D
https://circus-osaka.com/events/somethinn-vol-18-feat-jlin/

11.23 wed holiday at CIRCUS Tokyo | BONDAID #11
w/ Theater 1, D.J.Fulltono, CRZKNY
OPEN / START 18:00
ADV ¥2,500+1D | DOOR ¥3,000+1D | UNDER 25 ¥2,000+1D
https://meltingbot.net/event/bondaid11-jlin-theater1
主催 : CIRCUS
制作 / PR : SOMETHINN / melting bot
ジェフ・ミルズはどこまで進み続けるつもりなのでしょう?
すでに11月18日に表参道のVENTにて公演をおこなうことが決定しているジェフ・ミルズですが、ここにきて新たなイベントの情報がアナウンスされました。
来年初頭にオーケストラのために書き下ろした新しいアルバム『Planets』をリリースするジェス・ミルズですが、なんと、その先行試聴会とトーク・イベントが11月15日(火)に開催されます。会場は日本科学未来館 ドームシアター ガイア。来るべき新作『Planets』とは一体どんなアルバムなのか? いちはやくその一端に触れるチャンスです!
詳細は以下を。
Jeff Mills(ジェフ・ミルズ)、来年リリースの新作アルバム『Planets』の特別先行リスニング & トークイベントを日本科学未来館で開催!!
世界的なテクノ・プロデューサー、DJであるJeff Mills(ジェフ・ミルズ)が、来年2017年初頭に、初めてオーケストラのために書き下ろした新作『Planets』をリリースします。
PlanetsTrailer1
この作品の発表に先駆け、2016年11月15日(火)、日本科学未来館 ドームシアター ガイアにて、特別先行リスニング& トークイベントを開催することが決定しました。
Jeff Millsは2005 年、フランス南部のポン・デュ・ガールにて行われたモンペリエ交響楽団との共演以来、各国のオーケストラと世界各地でコンサートを行い、これまで全公演がソールドアウト。今年、3月21日に東京渋谷・Bunkamura オーチャードホールで行われた東京フィルハーモニー交響楽団との共演や、『題名のない音楽会』(TV朝日)への出演が話題となったことも記憶に新しいところです。
Jeff Millsの新作『Planets』は、長年にわたるオーケストラとの共演を通して積み上げられた蓄積が注ぎ込まれた大作であり、これまで様々な作品を通して、私達の住む“宇宙”というテーマに向き合ってきたジェフ・ミルズの作品史上、最大の野心作。太陽系の各惑星へ旅をするチュートリアルなのです。
2017年の作品発表に先駆け、日本科学未来館の協力のもと、ドームシアター ガイアを会場に、5.1chサラウンドのサウンドシステムでいち早く新作『Planets』を体感していただく機会を設けることができました。また当日はJeff Millsが来場し、新作についてのトークも披露します。
チケット《https://jeffmillsplanets.peatix.com》は10月31日より発売開始。イベントは全3回、各回定員100名限定なのでご購入はお早めに。
【イベント開催概要】
[タイトル]
Jeff Mills新作アルバム『Planets』特別先行リスニング & トークイベント
開催日: 2016年11月15日(火)
会場:日本科学未来館 6Fドームシアター(東京都江東区青海2-3-6)
入場料:¥1,000(税込)
チケット購入:https://jeffmillsplanets.peatix.com
[スケジュール]
*定員:各回100名様
第1回 16:30-18:00
第2回 18:30-20:00
第3回 20:30-22:00
[プログラム]
・サイエンストーク「宇宙観・惑星観の変遷」
解説:ディミトリス・コドプロス(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
・楽曲「Planets」リスニング
・ジェフ・ミルズ トーク
[イベントに関するお問い合わせ]
U/M/A/A Inc.ユーマ株式会社
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■アーティスト・プロフィール

ジェフ・ミルズ(Jeff Mills)氏 テクノ・プロデューサー/DJ
1963年アメリカ、デトロイト生まれ。デトロイト・テクノと呼ばれる現代エレクトロニック・ミュージックの原点と言われるジャンルの先駆者。DJとして年間100回近いイベントを世界中で行なう傍ら、オーケストラとのコラボレーションを2005年より開始、それ以降世界中で行った全公演がソールドアウト。クラシック・ファンが新しい音楽を発見する絶好の機会となっている。オーケストラのために書き下ろした作品『Planets』を2017年初頭、発売予定。
■『Planets』について
ジェフ・ミルズ氏は2005 年、フランス南部のポン・デュ・ガールにて行われたモンペリエ交響楽団との共演以来、各国のオーケストラと世界各地でコンサートを行い、これまで全公演がソールドアウト。2016年3月21日に東京渋谷・Bunkamura オーチャードホールで行われた東京フィルハーモニー交響楽団との共演や、『題名のない音楽会』(TV朝日)への出演が話題となったことも記憶に新しいところです。

新作『Planets』は、長年にわたるオーケストラとの共演を通して積み上げられた蓄積が注ぎ込まれた大作であり、これまで様々な作品を通して私達の住む“宇宙”というテーマに向き合ってきたジェフ・ミルズ氏の作品史上、最大の野心作です。
■ドームシアター ガイア

日本初の全天周超高精細立体映像システム“Atmos”や、1000万個の恒星を投影するプラネタリウム投影機“MEGASTAR-II cosmos”、7.1chの立体音響を備えた、直径15メートルのドーム型シアターです。
「フランスの音楽」と聞いて、あなたはどんな音楽を思い浮かべるだろうか。エディット・ピアフ? イヴ・モンタン? それともダフト・パンクやエールだろうか。
僕が真っ先に思い浮かべるのはロラン・ガルニエなのだけれど、デトロイト・テクノに影響を受けた彼の音楽に、とりたてて「フランスらしさ」のようなものは感じられない。それはダフト・パンクやエールに関しても同様である。彼らの音楽を、わざわざ「フランスの音楽」として聴いているリスナーはそんなに多くないだろう。フランス産のエレクトロニック・ミュージックはたいていの場合、良いか悪いかは別にして、英米のエレクトロニック・ミュージックの延長線上にあるものとして受容されているはずだ。逆に、いわゆる「フランスらしさ」の感じられる音楽とは、大多数の人びとにとってはいまだにシャンソンなのであり、あるいはフランス語の響きを堪能することができるフレンチ・ポップスなのではないだろうか。
しかし、当たり前の話だが、フランスにはさまざまな人びとが暮らしている。当然音楽もその多様性を反映しており、かの地にはラップ・フランセもあれば、アフリカ音楽の豊かな土壌もある。そのような多民族国家であるかの地から、ザップ・ママやベベウ・ジルベルトのリリースで知られるベルギーの〈Crammed Discs〉を経由して、『フランスの音楽』と題されたアルバムが届けられた。アーティストの名はアシッド・アラブ。さあ、これは一体どういうことだろう?
ギド・ミニスキーとエルヴェ・カルヴァーリョのふたりから成るアシッド・アラブ(現在はもっとメンバーが増えているという話もある)は、フランスのクラブ・ミュージックの文脈に唐突に出現してきたユニットである。彼らは、2013年に〈Versatile〉からリリースされたコンピレイション『Collections』に参加したことでじわじわと注目を集め、昨年単独名義としては初となるシングル「Djazirat El Maghreb」をリリース。それに続いて発表されたのが、彼らにとって最初のアルバムとなる本作『Musique De France』である。
アシッド・アラブの音楽は、簡単に言ってしまえばディスコやハウスにアフリカや中東の伝統的な音楽を合流させるというもので、そういう意味でこのアルバムは昨秋リリースされたサンジェルマンのアルバムと共振しているとも言える。
まずは、1曲めの“Buzq Blues”にヤられる。イランの弦楽器であるタールの紡ぐ旋律が、TB-303のアシッド音と入れ替わる瞬間は鳥肌モノで、その後両者が重なり合っていく様も見事としか言いようがない。この手法は9曲めの“Sayarat 303”でも採用されており、このような巧みな融合の演出がかれらの基本的なスタイルと言っていいだろう。
“Le Disco”におけるライザン・サイード(オマール・スレイマンのキーボディスト)の大仰なプレイはどこかダフト・パンクを想起させもするが、おそらくはその音階のためだろう、決して下品な印象は与えない。他の客演陣も興味深く、いちばんのビッグネームは“Houria”に参加しているラシッド・タハだが、シングルカットされた“La Hafla”におけるソフィアン・サイディのラップや、“Stil”におけるセム・イルディズ(オリエント・エクスプレッションズ)のヴォーカルなど、みな本作のアラビックなムードの形成に貢献するパフォーマンスを披露している。
エレクトロニックな要素を極力抑えたトラディショナルな最終曲“Tamuzica”を除いて、全体的にややリズムが単調なのがいくらか残念ではあるものの、ハウスやダウンテンポとして聴く分には申し分のないクオリティである。
何よりも、アラビックな旋律や音色が大々的に導入されているこのアルバムを「フランスの音楽」として呈示してみせる彼らの勇気に、僕たちは最大限の敬意を払うべきだろう。アシッド・アラブは、多くの人びとが「フランス」としては認識していないだろうアラブ文化が、かの地でいかに卑近なものであるかということを世界に開示しようとする。このアルバムには、単に「クラブ・ミュージックと中東音楽をミックスしました」という以上の、ポリティカルな冒険がある。度重なるテロを経て、移民排斥を訴える国民戦線が勢力を伸ばし、政権入りの可能性まで取り沙汰されているなか、彼らはあえて「フランス」という名を掲げながら、このようなハイブリッド・ミュージックを世に問うているのである。つまり本作が鳴らしているのは、いま、もっとも生々しい「フランスの音楽」なのだ。
![]() Warpaint - Heads Up Rough Trade/ホステス |
結成12年という安定期に入っているはずなのに、このバンドは決して一定のトーンに安住する気配を見せない。言い換えれば、作品ごと本能的に焦点を絞り込むことができる、常に柔軟なバンドということもできるだろう。2010年のファースト『ザ・フール』はアンドリュー・ウェザオールがミックスを担当、2年前のセカンド『ウォーペイント』はプロデューサーがフラッドでナイジェル・ゴドリッチもミックスを手がけていた。だが、届いたばかりのサード『ヘッズ・アップ』にはそうした“UKの著名人”は関わっていない。かと言って、彼らが拠点とするLA人脈……最初のEP「Exquisite Corpse」のミックスを手がけたジョン・フルシアンテやジョシュ・クリングホファーの姿もここには直截的にはない。では、今作で彼女たちがどこを向いているのか、と言えば、ダンス・ミュージック。それも90年代スタイル(形式だけではなく音質なども含めて)のカジュアルなブラック・ミュージック・オリエンテッドな“踊れる音楽”だ。
それがたぶんにナイル・ロジャースが制作に関わったダフト・パンクの“Get Lucky”や、マイケル・ジャクソンの“Smooth Criminal”などをサンプリングしたケンドリック・ラマーの“King Kunta”あたりが中継点になっていることは明白で、そこから90年代――それはウォーペイントの4人がティーンエイジャーだった時代だが――へと舵を切った結果、頭で考えず、感覚でビートに抱かれることを望んだような作品につながったのではないかと想像できる。歌詞の簡略化……というよりシンプルなラヴ・ソングである“New Song”のようなリリックの曲を億面もなく提示してきていることからも、今の彼女たちが90年代スタイルのドレス・ダウンさせたダンス・ミュージックを体感的に求めていたことがわかるだろう。
しかしながら、ウォーペイントの4人が過去積み重ねてきたキャリアにそっぽを向いているのかと言えば全くそうではない。結果、彼女たちはLAを起点に、様々なエリア、世代、フィールドへとさらに大きなストライドで足をかけることになった。それは、リベラルであることを意味するものであり、決して足下が浮ついていることを意味しているのではない。ヴォーカル/ギターのテレサ・ウェイマンが語る新作にまつわる思惑と手応えは、こちらが想像していた以上に邪気がなく、そして開放的だった。それが、何よりの証拠である。

多分、これまで自分たちにはすごく遠かったポップ・ソングをわざと選んだんだと思う。自分たちにとって心地よい領域ではないことをあえて選ぶ事で、領域を広められるから。
■この1年ほどずっとメンバー個別の活動をしていたことから、次の作品では何か大きく変化が現れるだろうと想像していましたが、思っていた以上に躍動的な方向に舵を切った印象です。あなた自身もホット・チップのメンバーらと新ユニット=BOSSとしてシングル「I'm Down With That/Mr. Dan' I'm Dub With That」をリリースしたり、Baby Alpacaにジョインしたりと活動の幅が広がっています。このような個別のアクティヴィティが今回の新作にどのようなフィードバックをもたらしたと考えますか?
テレサ・ウェイマン(以下、TW):このアルバムの躍動感は、他のプロジェクトから直接的に影響されたものではなくて、前作のアルバムのツアーを終えて、みんなで次はもっとダンス・ミュージックっぽいアルバムを作ろうって決めてたからなの。自然とライヴでやりたい曲がダンス・ミュージックの要素が強い曲だった、と。その方がライヴで演奏する時に楽しいから。でももちろん他のプロジェクトの経験も刺激にはなったと思う。例えば、私がBOSSでリリースした曲は、プロデューサーのダン(Dan Carey)によるゲームみたいなものだったの。彼は、曲作りをする時に、条件を絞って曲作りをさせるんだけど、その狭められた条件の元に曲作りをするのは新しい経験だったし、すごく興味深かった。やれることもテーマもコンセプトも狭められることで、逆にその範囲でできることをより模索するっていう経験にもなった。それからウォーペイントのメンバーのジェン(ジェニー・リー・リンドバーグ)も、自分のソロ・アルバムに関してはあまり深く考えずにその時に感じた事を表現するようなアルバム作りをしていて、すごく衝動的だったみたい。そういう経験をそれぞれしたことで、また作品作りの新たなヒントにもなったし、いいレッスンになった気がする。あまり何かに固執しすぎないようにすることを教えてくれた気がするわ。
■では、最初、あなた自身はこうした個別のアクティヴィティとは別に、このウォーペイントの新作について、どのような作品を目指したいと考えていましたか? 当初思い描いていた予想図を聞かせてください。
TW:コンセプトを持っていたとしたら、もう少しアップビートな作品にするってことくらいかな。今まではずっとBPMを90台に留めていたのよね。98BPMとか。だからそのテンポをもう少しあげて、ダンス・ミュージック要素が強いアルバムにしたかったの。多分、最初に決めてたコンセプトはそれくらいだったかな。決め事とかルールとか基本的に決めないのよね。私たちはいつもその時の衝動に身を任せるっていう方が合ってるから、ルールを決めたりはしないの。それは歌詞に関しても言えることで、テーマとか歌詞のコンセプトも決め込んだりはしない。例えば「このアルバムは失恋アルバムにしましょう!」、「これはラヴ・ソングが詰まったアルバムにしよう!」、「政治的なことを強く主張しよう!」みたいな決まりとかは作らない(笑)。でも今回は「ダンス・アルバム」にすることはキーワードではあったわね。
■では、そうしたキーワードのもと、今作の楽曲がどのような環境で書かれたのかについて聞かせてください。今回のソングライティングはジャム・セッションではなく、個別の作業や、全員で合わせて一度持ち帰る……みたいなやりとりを経ての制作だったそうですね。なぜこうしたスタイルに替えてみたのですか?
TW:最初は個々に始めた感じだったの。当初、2015年を通して、作品をこまめにリリースすることにしようって話をしていたこともあって。1、2曲ずつ作って、その度にレコーディングして、そういう自由な流れに身を任せようって思ってて。結局そうはならなかったんだけど、そのつもりで制作を始めて、お互い自分の自宅のスタジオで制作を始めて、気付いたら2015年の終わりにはアルバムになるような曲数はできあがってた。だから最終的にはそれを仕上げるためにスタジオにみんなで入った。この経験を通して、今まで自分たちが持っていたもので出し切れてなかったものが強調された気がしたの。例えば、私とステラ(・モズガワ)が一緒に曲作りをする時、割とビートとかサンプルの要素が強いエレクトロニックな曲を作る事が多いの。でも全員でセッションで作る時はその要素はあまり出ないのよね。だからもともとお互いが持っていた要素だったとしても、制作の手法によってその要素が前に出なかったりするから、今回こうやって個々に制作を進めたことで、今まで目立たなかった個々の要素がいろんな形で前に出てきた気がする。みんながそれぞれ自分をより出せた気がするわ。
■その結果、機能性の高いダンス・ミュージック的側面を持ったものになったわけですね。では、こうしたスタイルへと向かった理由を教えてください。具体的な参考になったもの、出会い、インスピレーションなどいくつかのキーワード、リファレンスを教えてもらえれば。
TW:正直に言うと、自分たちの影響を伝えるのって実はすごく難しくて。なぜかというと、本当にいろんなことから影響を受け、いろんな影響を表現している気がするから。まして、4人もいるとなるとなおさら。それぞれが個々のアングルから物事を表現していると、あるひとつのアングルから影響を受けたっていうことがない分、影響の幅がすごく広くて。だから例えば、ケンドリック・ラマーやジャネット・ジャクソンっていう名前を出すと、直接的にそういう影響が現れていないかもしれないから、すごく極端に聞こえる気もする。例えば自分の影響を具体的に説明するとしたら、アジーリア・バンクスの“212”という曲にインスパイアされて、私も“So Good”でそのインスピレーションを試してみたりしたの。もちろんすごく違う曲だけど、“212”の曲の構成がすごく珍しくて、その構成と、あのダンス感に聴いた時にすごく動かされるだけに、そういうアプローチを試してみたかった。すごくポップでとっかかりやすいけど、オーソドックスではない曲を作ってみたかったってわけ。あと、“New Song”はダフト・パンクの“Get Lucky”に影響を受けたの。実は、私たちのマネージャーはミュージシャンでもあるんだけど、彼からの提案もあった。すごく分かりやすいポップ・ソングを研究して、なんでその曲がポップなのか、どこが突き刺さるのかを理解して、それを自分たちも取り入れてみようって。多分、これまで自分たちにはすごく遠かったポップ・ソングをわざと選んだんだと思う。自分たちにとって心地よい領域ではないことをあえて選ぶ事で、領域を広められるから。実際にステラはアルバム製作中によくジャネット・ジャクソンを聴いていたんだけど、その時にすごく感じたのが、90年代のああいうポップ・ソングは、プロダクションがガヤガヤしていなくて、今聴いてもすごく美しいってこと。だから改めてそういう音楽を聴いて、それに気づけたことは、すごく啓発的でもあった。
■確かに、ダンス・ミュージック・オリエンテッドな側面から見ても、あるいはオルタナティヴ・ロックなサウンド・プロダクションから見ても、全体的に90年代をひとつのキーワードにしている印象です。なぜ今、ウォーペイントが90年代なのでしょうか?
TW:私たちが影響されたものの多くがその時代のものなのは事実。人生の中でいちばん影響を受けた音楽はやっぱり90年代だと思う。その時私たちは10代、音楽をたくさん聴く中で、音楽が本当に大好きだって気づいた時代でもあるの。だから、いつもその時代の音楽には共感できるし、それは私だけじゃなくて、メンバー全員がそうだと思う。だから自分たちが90年代を狙って作った作品ではないけど、人が聴いた時にそう感じるのは、自分たち自身がその時代を生きて、自分たちの中に染みついているからだと思う。みんなアウトキャスト、ポーティスヘッド、ビョーク、トリッキー、マッシヴ・アタック、ザ・キュアーが大好き。ザ・キュアーに関しては80年代も入っているかもしれないけど……自分たちの青春時代なだけに、やっぱり刻み込まれている感じはするわね。
[[SplitPage]]私たちは自分たちが感じることをやっているだけなの。いつもコンセプトを持たないバンドだから。
■現在、確かに広く90年代の音作りが見直され、若い世代からフレッシュな形で上書きされています。そうした中で、過去2作で見せてくれた美意識を手放さず、どのようにして《ウォーペイント流90年代へのアプローチ》を実践したのか、特にバンドとしてこだわったのはどういうポイントだったのかを教えてください。
TW:すごく説明するのが難しいんだけど、私たちは自分たちが感じることをやっているだけなの。いつもコンセプトを持たないバンドだから。さっきも少し説明したみたいに、今回はもう少しダンス・ミュージックよりの作品にしようっていう軽いコンセプトはあったものの、いつもあまりガチッとしたコンセプトはない。前作も確か「空間を大切にしよう」っていう程度だった気がする。何か決まりがあるとしても本当にそれ程度で、あとは身を任せる感じ。だから曲ごとに感じてもらえる美学は、その時に生まれたもので、目指したものではなくて。だから聴き手側の解釈もそれぞれの解釈で良いと思ってて。自分たちが「こういう風に受け取ってほしい! こういう風に感じてほしい」っていうものは実はなくて。だから90年代のアルバムを作ろうとしている訳ではなく、現代風のアルバムを作ってる訳でもなく、そういう狙いはないのよね。自分の夢はただ一つ、自分が大好きだと思える音楽を人にも大好きだと言ってもらえること。本当にそれだけなの。
■例えば、フランク・オーシャンやビヨンセ、ブラッド・オレンジや、去年リリースされたケンドリック・ラマーなど多くのアーティストが90年代の要素を取り込みながらも、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ファンクなどを新たに上書きしています。ウォーペイントのこの新作にもそれに連なるかのようなグルーヴが感じられますが、そうした黒人音楽的側面を強く打ち出す方向性に対し、あなた自身はどのような意見を持っていますか?
TW:すごく説明するのは難しいけど、リズムやドラム&ベースやポリリズムやディープ・グルーヴ……音楽っていうことにおいてみんなが興味を持つ部分の多くが何世紀にもわたってブラック・ミュージックから影響されているものも多いと思う。それがどの時代ももっともっと大きくなってきているんだと思う。より多くの人が音楽を聴いて、音楽を作っているから。そこに惹かれちゃうのは、すごく自然の衝動だと思うし、多くの人たちがその衝動を表現したくなるんだと思うわ。
■ドクター・ドレの名前からとられたような“Dre”という曲もありますね。
TW:残念ながらドクター・ドレからはとっていないの(笑)。あの曲で難関だったのは、Bメロからのパートかな。なかなかアレンジがうまくいかなくて。最終的には納得できるところに行き着くことはできたんだけど。でも時間がなくて。だからこの曲はミックスも急いでやらなきゃいけなかったのも難点だった。でもそういう困難もありながら、この曲はすごく制作においてもエキサイティングな曲だった。あ、あと思い出したのが、この曲はいろんな要素を織り交ぜたから、混雑している感じもあった。それを整理するためにも、その混雑したパートをひとつひとつ整頓していったなぁ。それでどの要素が重要かが明確になったから良いプロセスだったけど。
昔に起きた素晴らしいことと現在を繋げる。繋げるというよりも混ぜる感じかな。新しいアイデアだって歴史があってこそ生まれるものだったりするし。
■とはいえ、全体的に広く多くのリスナーにさらにわかりやすく届けることを目的としたようなキャッチーさ、いい意味でのアイコン性、シンボライズされた音の在り方を、あくまでポップ・ミュージックの観点から意識しているように感じました。多くのツアーをこなし、フェスなどに出演してきた経験から、あなた自身も感じてきたことだろうと思いますが、今やりたいことを追究しつつもそうした“わかりやすさ”が求められていることに応えていく上でのジレンマ、もしくはこれまでのファンの期待にも応じ、でもこれからさらに裾野を広げていくこととの間でのストラグルなどはありましたか?
TW:私たちは揃ってあまりその部分を考えないようにはしてるの。繰り返しになっちゃうけど、あまりそういうことを考えないで、自分たちが感じたままを表現することを大切にしているから。でも自分自身としては、ポップ・ミュージックが響いてくるその即効性もすごく大好きだし、曲中のフックとかもすごく大事だと思ってる。あと、忘れられないようなリズムやダンスのビートだったりもとても大切だとは思う。そういう要素が詰まったキャッチーな曲は、自分にとっても魅力的な曲だったりはする。だから自分たちもお互いスキルを磨いて、徐々にそれができるようになってきているとは思う。自分たちらしさも崩さない形で。自分たちももちろん変わっていかなければいけないし、それは止められないものだから。中にはそれを理解してくれないファンもいるとは思うけど、解ってくれる多くのファンもいるとは思う。私は話したファンの多くは、自分たちが大好きだったポップ・ミュージックが好きっていう人も多くて。それでいて、自分たちの音楽も好きでいてくれて、あまり目立たないような音楽も好きだったり。だからすごくオープンマインドで共用範囲が広いファンもたくさんいると思っている。そういうわけで、私は個人的には新たな音楽性でファンは失わないだろうとは思ってるわ(笑)。
■歌詞の面でも“New Song”に見られるようなストレートなアプローチによるラヴ・ソングが多い印象で、その裏には直感的にイイと思えるものを堂々とイイと言ってしまうような決断力が強く感じられます。
TW:そうね、“New Song”はとてもシンプルだと思う……あ、そうそう、このアルバムのことでもうひとつだけ話していたキーワードがあったわ。もう少しヴィヴィッド(鮮明)でクリアなアルバムにしようって話してたのを今思い出した。もう少しいろいろと鮮明になるようにしようって。それは歌詞においてもそう言えると思う。だから前作と比べたら、ぼんやりとした感じは減っているかなぁとは思う。でもこれはどちらかというと、すごく狙ったというよりも、自然な改革だった気がする。もっとリスナーと繋がりたいと思ったし、自分たちの気持ちを鮮明にすることに慣れたかったっていう気持ちもあったかなぁ。
■確かに一見、ストレートで物怖じのない情熱的な言葉をまとったラヴ・ソングが多いですが、あえてそれを他の事象にも置き換えていけるようなわかりやすい言葉を多くちりばめ、言葉にも強さを与えている印象も受けました。歌詞の面で、何か大きなテーマ、テーゼを用意していたとしたらそれはどういうものでしたか?
TW:テーマやテーゼは全くなかった。みんなで話し合ったこともないし、本当にその時にでてきたことを歌にしたって感じかな。個人的には最近ラヴ・ソングを書くモードではあって、自分のソロ・アルバムはほぼ全部“愛”についてのアルバムなの。その要素をこのアルバムに1、2曲持ち込んだかなとは思う。ただ、自分たちではあまり変わっている意識はなくて。むしろ、他に何か変わったところがあったら逆に教えてほしいくらい(笑)。結局、とりあげることって自分たちの人間関係であったり、他人の人間関係であったり、自分たちの成長であったり、人生で正しいと思う道に進もうとしたり……いつもトピックは一緒なのよね。とはいえ、ちょっとだけ政治的な思想は歌詞に現れているかもしれない。確かに置き換えた時に何かを感じてもらえるような歌詞は多いのかも。世界で起きている問題の核みたいなトピックだったりね。
■ところで、あなたがたは今の米西海岸を支えている代表バンドですが、先輩格のジョン・フルシアンテ、ジョシュ・クリングホファーといった方々との世代の架け橋にもなっていますし、海を超えて英国のアーティストとの交流も積極的に作っています。地域性、その場所の歴史を大切にしつつも、その垣根を崩して広げていくことの醍醐味をどの程度意識していますか?
TW:自分でもそんな立ち位置にいることをとても光栄に思ってる。私たちは年齢的にも少し上だから、違う世代とも若い世代よりもナチュラルに繋がっていらえることもすごくラッキーだと思う。やっぱり先輩格の世代の人たちが生きた時代で起きた楽しいこととか、聞くだけで私たちには刺激や目標にもなるから。まさにこれって人生において大切なことだと思ってて。昔に起きた素晴らしいことと現在を繋げる。繋げるというよりも混ぜる感じかな。新しいアイデアだって歴史があってこそ生まれるものだったりするし。だから私たちも新しい何かを作りだす上で、過去を反省していく楽しさを大事にしているわ。いろんな時代や世界から得たアイデアをしっかり携えて制作するのが一番楽しい。だからイギリスで今何が起きているのかを知ることもすごく楽しい。それは日本もそうだし、オーストラリア、ウェストコースト……どのエリアに対しても同じよ。
Warpaint来日情報
■日時/会場
東京 2/28 (火) LIQUIDROOM
open 18:30 / start 19:30 ¥6,300(前売 / 1ドリンク別)
#03-3444-6751 (SMASH)
大阪 3/1 (水) UMEDA CLUB QUATTRO
open 18:30 / start 19:30 ¥6,300(前売 / 1ドリンク別)
#06-6535-5569 (SMASH WEST)
■チケット発売
主催者先行: 11/8(火)12:00 – 11/13(日)23:59
【URL】https://eplus.jp/warpaint17/ (PC・携帯・スマホ) *抽選制
一般発売: 11/19(土)
東京: e+ (先着先行: 11/15-17)・ぴあ (P: 315-091)・ローソン (L: 73278)
大阪: e+ (QUATTRO web: 11/14-16, 先着先行: 11/15-17)・ぴあ (P: 314-959)・ローソン (L: 54783)・会場
協力: Hostess Entertainment
お問い合わせ: SMASH 03-3444-6751 smash-jpn.com, smash-mobile.com

