「AY」と一致するもの

R.I.P. Terry Hall - ele-king

野田努

 「テリー・ホールの声は、まったくレゲエ向きじゃない」と、ジョー・ストラマーは言った。「だから良いんだ」。ザ・クラッシュの前座にオートマティックスを起用したときの話である。たしかに、テリー・ホールといえばまずはその声だ。ダンサブルで、パーカッシヴで、ポップで、エネルギッシュな曲をバックに歌っても憂いを隠しきれないそれは、最初から魅力的で、忘れがたい声だった。

 12月18日、テリー・ホールが逝去したという。この年の瀬に、悲しいニュースがまた届いた。10代のときからずっと好きだったアーティストのひとりで、とくにザ・スペシャルズの『モア・スペシャルズ』(1980)とファン・ボーイ・スリーの『ウェイティング』(1983)、UKポスト・パンクにおける傑出した2枚だが、ぼくにとっても思い入れがあるレコードだ。これまでの人生で何回聴いたかわからない類のアルバムで、この原稿を書いているたったいまはFB3のファースト(1982)をターンテーブルの上に載せている。
 ザ・スペシャルズの功績や「ゴーストタウン」(1981)の重要性についてはすでに多くが語られてきているし、ぼくも書いてきているので、サウンド面でも歌詞の面でも、「ゴーストタウン」の序章としての『モア・スペシャルズ』、その続編としてのFB3についてこの機会にフォーカスしてみたい。
 そもそも、エネルギッシュなスカ・パンクとして登場したバンドの2作目にしては、『モア・スペシャルズ』はじつにダークで空しく、苛立っている。アルバムは、ドリス・デイの50年代のヒット曲のカヴァー“Enjoy Yourself (It's Later Than You Think)”にはじまり同曲で終わっているが、この「君自身が楽しめ」をテリー・ホールが歌うと曲名の字面ほど前向きにはならないところがぼくにはたまらなかった。なにせこの曲は、「楽しめ」「遅すぎるけど」と歌っているのだ。楽しむにはもはや遅いかもしれない。それほど事態は最悪のほうに向かっている。アルバムのなかの、とくに“Do Nothing”や“I Can't Stand It”といった曲には耐え難い空しさや苛立ちが表現されているが、それらの感情がサッチャー政権のもたらした貧困と失業の増加、軍国主義、人種差別や性差別が横行する当時のイギリス社会から来ていることは、「ゴーストタウン」を経て始動したFB3の作品においてより明白になっていく。
 ザ・スペシャルズのメンバーふたり(リンヴァル・ゴールディングとネヴィル・ステイプル)と組んだ「楽しい男の子3人衆」は、まったく楽しくない言葉を、非西欧音楽にインスパイアされたそのパーカッシヴなサウンドとしばし陽気なメロディのなかに混ぜていった。「イカれた連中が収容所を支配し、俺の言葉の自由を奪う」などと歌っている音楽においては、「ファン・ボーイ・スリーがやって来る、ファン、ファン、ファン!」という当時の日本盤の邦題は的外れも甚だしいと思われるかもしれないが、しかし、FB3が見かけは明るいポップ・バンドであって、なおかつ彼らの皮肉屋めいた側面を思えばこの邦題もあながち滑っているわけではなかった。
 ファッショナブルで華やかなファンカラティーナの季節にリリースされたそのセカンド、デイヴィッド・バーンがプロデュースしたもうひとつの傑作『ウェイティング』は、翌年登場するザ・スミスよりも以前にイングランドをとことん辛辣な言葉で叩いた1枚で、悲しいことにいまでもテリー・ホールの言葉は通用している。「旧植民地から月を作る/戦争難民のように扱われる/あなたがいるからぼくたちはここにいる/ここがぼくの故郷だ」“Going Home”
 そんなわけでいま、ぼくのターンテーブルには『ウィティング』が回っている。絶対的な名曲“Our Lips are Sealed”(EPのB面はウルドゥー語のヴァージョン)を収録したこのアルバムは、またしても暗いメッセージに満ちている。彼個人が受けた性的虐待を明かした“Well Fancy That”は有名だが、サウンド面でも古びていないこのアルバムにはいまでも考えさせられる言葉がいくつもある。「ヒップなソーシャルワーカーがコーディロイのジャケットに過激派のバッジをつけている/自分の信念を見せるためか?/人は何かしなければならないことをしたのかな?」“The Things We Do”

 こんなリリックの音楽だが、先述したように、FB3はさわやかな衣装を好むメロディックなポップ・バンドだったのだ(FB3の1stでコーラスを担当した女性たちは後にバナナラマとしてポップ・チャートを駆け上がっていく)。こうしたコントラストは、ある程度は自分たちでコントロールしていたのだろう。とはいえトリッキーが、テリー・ホールこそ我がヒーローだとニアリー・ゴッド・プロジェクト(1996)において共演を果たしているように、決して本人がそれを望んだとは思わないが彼は暗くネガティヴな歌を歌っているときこそもっとも輝くシンガーだった。ソロになってからの2枚目の、デーモン・アルバーンやショーン・オヘイガンが参加した、しかもある意味ソフトロックめいた『笑い(Laugh)』(1997)は、笑顔どころか涙で溢れている。

 テリー・ホールは、1999年には日本のサイレント・ポエツのアルバム『To Come...』に招かれているが、21世紀になってからはゴリラズとデトロイトのヒップホップ・チーム、D12とともび911へのリアクション「911」を2001年に発表し、続いてゴリラズの『Laika Come Home』(2002)でも2曲歌っている。で、2019年にはザ・スペシャルズのメンバーとして『Encore』を発表。2021年には過去のプロテストソングのカヴァー集『Protest Songs 1924-2012』(ゴスペルからレナード・コーエン、ボブ・マーレー、イーノ&バーンの曲までカヴァーしたこの選曲は面白い)をリリースしている。テリー・ホールの声は「イギリス人の声だ」とジョー・ストラマーは言ったが、結局彼は、コヴェントリーというイングランドの自動車工業で栄えた労働者の街の子孫として、自分の信念から大きくぶれたことなどなかったといえる。
 没年63歳とは、しかし早すぎる。とはいえ、彼がザ・スペシャルズやFB3でやったことは、これからも我々にインスピレーションを与えてくれるだろう。この先良くなる気配の感じられないようなきつい時代に、では我々は何をしたらいいのか、何を歌うべきなのか、もし迷うことがあったらテリー・ホールの声を温ねたらいい。「君自身が楽しめ。もう遅いけど。元気があるうちに」

 なお、現在ロンドンにいる高橋勇人は、どういうわけかそのご子息であるフェリックス・ホールと友だちになった。在英中の日本人DJ、チャンシーとも交流のある彼はいま〈Chrome〉レーベルを運営しつつロンドンのアンダーグラウンド・シーンには欠かせないレゲトン/ダンスホールのDJとして活躍している。

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三田格

 それまでの輝かしい功績の数々に比べて94年にリリースされたテリー・ホール初のソロ・アルバム『Home』はあまりパッとしなかった。オープニングからミシェル・ルグランの影響が窺え、彼のキャリアのなかではカラーフィールドを受け継ぐシンプルなギター・ロック・サウンドが中心。アンディ・パートリッジやニック・ヘイワードとの共作が目を引くものの、全体的にはクレイグ・ギャノンやプロデュースを務めたイアン・ブロウディの色が強く出たのか、10年遅れのザ・スミスといった仕上がりに。ジャケット・デザインはとても彼らしく、初のソロだからといって虚勢を張るポーズではなく、床にしゃがみこんで体育座りをしている。わざわざコンセプトはホール自身だというクレジットも入っている。デーモン・アルバーンをフィーチャーした「Rainbows EP」を挟んで続くセカンド・ソロ『Laugh』(97)も同じくで、前作よりは厚塗りのサウンドでゴージャスな面もあるものの、ジャケット・デザインはやはりオフ・ビート的なユルいポートレイトが選ばれている。この時期は肩の力を抜きたかったということなのだろう、“Misty Water”などは安全地帯“ワインレッドの心”にも聞こえるし、エンディングはトッド・ラングレン“I Saw the Light”のカヴァー(シングルのカップリングではジョン・レノンやカーペンターズも取り上げている)。 

 さすがだったのはそれから6年後にファン・ダ・メンタルのムシュタークと組んだジョイント・アルバム『The Hour Of Two Lights』。ファン・ダ・メンタルはレイヴに対するリアクションとしてトランスグローバル・アンダーグラウンドやループ・グールーなどと共に現れたコンシャス・ヒップ・ホップで、スペシャルズの理念を受け継いだ人種混淆ユニット。同作ではアラブ音楽に多くを借りながらマッシヴ・アタックを思わせるブレイクビートにエスニックな要素をふんだんに盛り込み、ファン・ボーイ・スリー“The Lunatics Have Taken Over The Asylum”が重みを増したようなサウンドになっていた。これをリリースしたのもデイモン・アルバーンで、彼が後にイギリスのプロデューサーたちを大挙してコンゴまで引き連れ、DRCミュージックによるチャリティ・アルバムを製作した際のモデル・ケースとなったことは想像に難くない。『The Hour Of Two Lights』にはシリアやレバノン、アルジェリアやポーランドのジプシーなどマイノリティで、しかも子どもや障害者のミュージシャンが多数招かれ、それだけで強いメッセージを放つものになっていた。そう、テリー・ホールのキャリアは70年代のスペシャルズに遡る。白人と黒人が一緒にグループを組んだことで知られるスカ・リヴァイヴァルのグループである。

〈Two-Tone〉以前にイギリスで白人と黒人が一緒に音楽を演奏をしなかったわけではない。トラフィックにはロスコ・ジーやリーバップがいたし、ラヴにもジョー・ブロッカーがいた。しかし、白人と黒人が一緒に演奏することをレーベル・デザインにまでしたのはなかなかに強い主張であった(鮎川誠がデザインを見て「スカッとしている」とTVでダジャレを言っていた)。テリー・ホールの訃報を伝える記事にも「いまストームジーがやっていることを、かつてやっていたのがテリー・ホールだった」という見出しがあったほどである。スペシャルズの詳細は野田努ががっつり書くだろうから、簡単にするけれど、“Gangsters”と“International Jet Set”のことは書いておきたい。“Gangsters”のイントロはいま聴くと大したことはないけれど、当時は一体これから何が始まるのだろうと思うようなもので、これとポップ・グループ“We Are All Prostitutes”、そして、PIL“The Cowboy Song”は10代の僕が3大トラウマになったイントロダクションである。スペシャルズが分裂する原因になったとはいえ、スカとラウンジ・ミュージックを融合させるというジェリー・ダマーズのアイディアが炸裂した“International Jet Set”も本当にヘンな曲で、スペシャルズに影響を受けたというバンドはこの後、続々と出てくるけれど、この曲だけは誰も引き取り手がないままいまだに宙をさまよっている。また、コヴェントリーの自動車産業が衰退していく様を題材にした“Ghost Town”が普遍的な価値を得たことについてテリー・ホールは、後に「若気の至りで書いた曲だけど、いまだに説得力があるのは悲しいことだ」とも話していた。

 “Ghost Town”はスペシャルズにとって2枚目の12インチ・シングルだった。よくアナログ・レコード世代という言い方があるけれど、僕は自分のことを12インチ・ジェネレーションだと勝手に思っていて、スペシャルズからファン・ボーイ・スリーへと移り変わって行ったプロセスがまさに12インチ・シングルのポテンシャルが発揮され出した時期に当たっていた。方向性の違いでスペシャルズを脱退したテリー・ホール、リンヴァッル・ゴールディング、ネイヴィル・ステイプルズの3人で新たにスタートを切ったのがファン・ボーイ・スリーで、デビュー・シングル“The Lunatics Have Taken Over The Asylum”はスカではなく、アフリカン・ドラムを基調にしたブリティッシュ・ファンクにエキゾチック・サウンドを取り入れた変化球。ラウンジ・ミュージックを巡ってジェリー・ダマーズと袂を分かったとはいえ、彼のアイディアが部分的に生かされている気がしないでもない。バス・ドラムがゆっくりと全体をドライヴさせていく感じはそのままマッシヴ・アタック“Daydreaming”につながるし、“Daydreaming”もブリティッシュ・ファンクのワリー・バダルーをサンプリングしているのだから似ていて当たり前ともいえる。テリー・ホールが『Laugh』をリリースした頃だと記憶しているけれど、イギリスの音楽誌でトリッキーがテリー・ホールと対談するという企画があり、その席でトリッキーは緊張しすぎて完全に舞い上がっていた。トリッキーにしてみればサウンド面では明らかにパイオニアだし、彼のような次世代がファン・ボーイ・スリーに会うというのはそういうことだったのだろう。

 “The Lunatics Have Taken Over The Asylum”のカップリングは同趣向の“Faith, Hope And Charity”。驚いたのは高木完がハウス・ミュージックが台頭してきた時期に“Faith, Hope And Charity”はハウス・ミュージックになると話していたことで、実際に同曲はFX名義でハウス・ヴァージョンがリリースされたこと。手掛けたのはドイツのフェリックス・リヒターで、“Faith, Hope And Charity”はものの見事にアシッド・サマーに溶け込んでいた。続く“It Ain't What You Do..”は意表をついて30年代のジャズ・クラシックをスカでカヴァー。一気に彼らの音楽性が挑戦的になり、コーラスにはまだシヴォーン・ファーイが在籍していたバナナラマをフィーチャー。ここまではアルバム・テイクと12インチ・シングルは同じもので、カップリングとなる“The Funrama Theme”でロング・ヴァージョンが初めて試される。てんやわんやのヨイヨイヨイみたいな曲をダブにしたお遊びである。そのオリジナルにあたる“Funrama 2”が収録されたデビュー・アルバム『The Fun Boy Three』がついに82年3月にリリースされる。現代風にいうとトライバル・ファンクの宝庫で、様々な方向に向かい出していたニュー・ウェイヴのなかでもとりわけ猥雑さにあふれ、同時期に様式美を追求していたニューロマンティクスとは対極にあると感じられた。ここから“The Telephone Always Rings”がカットされ、初めてAサイドにダブ・パートを入れたロング・ヴァージョンがフィーチャーされる。転調を繰り返す構成やテリー・ホールの歌い方は“Ghost Town”に揺り戻したようなところがあり、リズム・ボックスの重い響きはあまりほかでは聴いたことがない。

 ファン・ボーイ・スリーはライヴを観たことがなかったので、ユーチューブにライヴがアップされた時は、そのユニークなバンド構成に目を見張った。白人の男はテリー・ホールだけで、リンヴァル・ゴールディングとネイヴィル・ステイプルズは当然ながら黒人、そしてバックを固めていたミュージシャンはドラムから何から全員が女性だった。ダイヴァーシティのダの字もなかった80年代初頭のことである。学校のクラスは3分の2が黒人だったとテリー・ホールは話していたことがあったから、彼にとっては特別なことではなかっただろうし、パンクが女性の表現と共にあったことを思うと、それも自然な流れだったのかとは思うけれど、それにしても面白い映像だった。このライヴ映像は何度観たかわからない。“The More I See (The Less I Believe)”で始まるので、セカンド・アルバム『Waiting』がリリースされた頃のライヴなのだろう。あれだけリズム・コンシャスな音楽をやっていながらテリー・ホールが最初から最後まで直立不動でビクとも動かないのも興味深く、ステージでも楽屋でも笑顔はほとんど見せない。対照的にリンヴァル・ゴールディングとネイヴィル・ステイプルズは時に楽器も触らないでステージ狭しと踊りまくっていたり。2人が“We're Having All The Fun”でちょこっとだけ歌うシーンもある。クライマックスはなんとスペシャルズの“Gangsters”。つーか、またしても全編観てしまった。

 スペシャルズにはゴー・ゴーズやプリテンダーズのクリッシー・ハインドがコーラスで参加し、ファン・ボーイ・スリーにもバナナラマがいて、テリー・ホールのまわりにはいつも女性たちがいるという印象だけれど、テリー・ホールはセカンド・アルバムに収録された“Our Lips Are Sealed”をゴー・ゴーズのジェーン・ウィードリンと共作し、波に乗っていたゴー・ゴーズのヴァージョンはあっさりと全米チャートを駆け上がる。ゴー・ゴーズの“Our Lips Are Sealed”があまりにもアメリカン・ロックの王道だったので、これを追ってファン・ボーイ・スリーのヴァージョンを聴いた時は最初はどんよりと淀んだ曲に聴こえたぐらい。しかし、粘っこいリズムが癖になってくると、だんぜんファン・ボーイ・スリーの方がいい。この曲も12インチ・ヴァージョンは10分を超える2部構成で、ファンク・テイストを前面に出し、中盤はほとんどプリンスと同じ、さらにはウルドゥー語ヴァージョンまで収録するという凝り方だった。デヴィッド・バーンがプロデュースにあたったセカンド・アルバム『Waiting』は長い間、不思議なタイトルだと思っていたけれど、どうやら「あなたのような人を待っている」という意味らしく、「あなた」というのはこのアルバムを聴く人ということなのだろうかと疑問はいまだに続いている。『Waiting』は60年代の映画「ミス・マープル」シリーズの主題歌“Murder She Said”のカヴァーで幕を開け、先行シングル“The More I See (The Less I Believe)”や“The Pressure Of Life (Takes Weight Off The Body)”はやはりジェリー・ダマーズともめたはずのジョン・バリー調、タンゴに取り組んだ“The Tunnel Of Love”を先行シングルとしてカットし、なかでは、最後に収められた“Well Fancy That”が最大の問題作だろう。この曲の歌詞をかいつまんで訳してみる。

あなたはフランス語を教えてくれるといって
僕をフランスに連れていった
10時に集合だとあなたは言った
僕は12歳でまだナイーヴだった
あなたは旅行の計画を立て、僕はあなたの車に座っていた
僕の初めての海外旅行
フランスに行くんだ
信じられないよ
週末はフランスにいるんだ
信じられないよ
ホテルを見つけてチェック・インし、荷物を解いた
長い1日だった
あなたはベッドに入ろうと言った
あなたが僕を観ていると僕は感じた
僕はベッドに入り、あなたは本を読んでいるフリをしていた
灯りが消え、僕は眠り、驚きで目がさめた
あなたの手が僕の体を触っていた
僕は声を出すことができなかった
僕は横を向いて泣いた
フランスで最初の夜
信じられないよ
あなたは僕を怖がらせる
僕は眠りたかった
信じられないよ
朝が来てフランスを離れ、僕は家に帰った
フランスへの旅
信じられないよ
あなたはいい時間を過ごした
セックスを犯罪に変えて
信じられないよ

 これは実話だそうで、12歳の時に学校の先生に誘拐されてフランスまで行き、ナラティヴに綴られた歌詞にある通りペドフィリア(小児性愛)にいたずらをされ、なんとか最後は力づくで逃げ帰ってきたのだという。これが原因で元の生活には戻れず、14歳で学校もドロップ・アウト、掟ポルシェのように様々なアルバイトを転々としながらパンク・バンドで歌っていたところをジェリー・ダマーズにスカウトされてスペシャルズに加わることができたという。前述したムシュタークとの『The Hour Of Two Lights』をリリースした翌年にもこの事件のことが原因で鬱になり、自殺未遂を起こしている。このことについて話すポッドキャストを聞いていたら、12歳の時に精神安定剤漬けになってしまい、それをまた誤って服用したことがトリガーになったらしい。“Well Fancy That”を書いたことで少し軽くなったろうと思いたいけれど、テリー・ホールがここまで黒人や女性たちとバンドを組んできたこともこういったことが影響はしているのかなと。そして、ファン・ボーイ・スリー解散後に彼は初めて白人の男性だけで結成したカラーフィールドに歩を進める。

 カラーフィールドはなぜかマンチェスターで結成され(バンドにマンチェスター出身はいない)、深刻な雰囲気のギター・ポップ“The Colourfield”で84年にデビュー。続く“Take”の12インチにはミシェル・ルグラン“Windmills Of Your Mind”のカヴァーが収録され、この選曲がある意味ですべてを物語っていた。60年代をストレートに振り返るノスタルジー・ポップスやスウィンギン・ロンドンに焦点を当て、テリー・ホールは泣きに力を入れて歌い始めたのである。スペシャルズとファン・ボーイ・スリーには音楽的な連続性があったけれど、それがスパッとここでは断ち切れていた。すでにテリー・ホール信者となっていた僕に戸惑いはなく、時代もスキゾフレニアを推奨していた時期である(ポール・ウェラーという例もあった)。“Windmills Of Your Mind”を換骨奪胎したような“Castles In The Air”やデビュー・アルバム『Virgins And Philistines』の冒頭にも置かれていたサード・シングル“Thinking Of You”もとても素晴らしく、懐古調を僕もとても楽しんだ。なかではザ・ローチェス“Hammond Song”のカヴァーは群を抜いた優しさを運んできた。セカンド・アルバムではそれが、しかし、早くも崩れることになる。当時、イギリスのヒット・チャートは同じシクスティーズでも、ユーリズミックスやスクリッティ・ポリッティはそれをエレクトロニック・ポップの文脈でリヴァイヴァルさせていた。カラーフィールドも『Deception』でプログラム・サウンドへの移行を試みるも、そのような変化を必要としていたサウンドには聞こえず、彼らの良さをすべて失ってしまったように感じたものである。

 次から次へとバンドを立ち上げていくテリー・ホールが次に組んだユニットが、そして、テリー、ブレア&アヌーシュカ。黒人2人と組んだファン・ボーイ・スリー、白人男性2人と組んだカラーフィールドに続いて、今度は女性2人と組んだわけである。ブレア・ブースはアメリカの役者で、アヌーシュカ・グロースは宝石を扱う人らしい。『超近代的子守唄(Ultra Modern Nursery Rhymes)』と題されたアルバムはダスティ・スプリングフィールドを思わせる曲が多く、やはりスウィンギン・ロンドンには心を残していたのかなと。カラーフィールドよりもタイトで、繊細さはなく、もしかするとゴー・ゴーズに近いサウンドだったといえる。さらに2年後にはユーリズミックスのデイヴ・ステューワトとヴェガスを結成し、このユニットが一番記憶に薄く、時期的にもレイヴに飲み込まれて存在感はまったくなかったと思う。いま、聴いてみても『Deception』をもう一度繰り返しているという感じで、新しい発見はなかった。そして、冒頭に挙げたソロ・ワークへと続き、近年はデイモン・アルバーンとの親交が深かったようで、ゴリラズに参加したり、ヴェテラン・レゲエのトゥーツ&ザ・メイタルズが様々なヴォーカリストをゲストに迎えた『True Love』で歌うなど細々とした活動を続けていた一方、07年にはついにジェリー・ダマーズ抜きでスペシャルズを再結成。スペシャルズはその後もメンバーの交代が激しく、13年にはネヴィル・ステイプルズがいち早く脱退。テリー・ホールとネヴィル・ステイプルズが違う道を進むのはこれが初めてとなる。スペシャルズは、そして、19年には『Encore』、20年にもプロテスト・ソングばかりをカヴァーした『Protest Songs 1924-2012』と新作まで完成させたのはなかなかにスゴく、次にレゲエ・アルバムの準備を始めたところでテリー・ホールのすい臓がんが見つかったという。昨年、自身のソロ・アルバムをリリースしたばかりのネヴィル・ステイプルズはテリー・ホールの訃報に触れてファン・ボーイ・スリーのレコーディング状況を回想しており、レコーディング慣れしていないテリー・ホールに力が発揮できるようデヴィッド・バーンが努力したことを明かしている。

 テリー・ホールという人はとにかく一貫性がないし、人々の記憶に残る場面もきっとバラバラなのだろう。ユニットの組み方がとにかく多様で、彼よりも前に同じようなことをやったミュージシャンはきっといないに違いない。テクノ以降にはそれも普通になった印象はあるけれど、ロック・ミュージックがまだ主流の時代に多面体として活動できる前例をつくり、デヴィッド・ボウイが1人でやっていたことを、ある意味で、どんな人と組んでもやってのけたといえる。さらにはナショナル・フロントに目を付けられる一方、単に感傷的な歌を熱唱するだけだったりと、共通しているのは彼の歌がエモーショナルだということぐらいだった。そう、彼のヴォーカルはいつもまっすぐに僕の胸に飛び込んできた。テリー・ホールのまっすぐな感じが僕は好きだったな。TOO YOUNG TO DIE。R.I.P.

※12月26日に原稿の一部を修正
素晴らしい本だ ──『ガーディアン』
魅惑的な……感動的な物語に満ちている ──『オブザーバー』

これは自転車の本であり、
これまで語られてこなかった歴史であり、
政治的な抵抗と命がけの冒険の書であり、
誰もが勇気づけられるであろう
ペダルを漕いだ素晴らしい女たちの物語

『ガーディアン』の2020年度のブック・オブ・ジ・イヤーに選ばれた名著

シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、1940年代、恋人の自転車を借りてパリをサイクリングし、(事故で歯を失っても)その自由さにたちまち惚れ込んだ。
レスター出身の工場労働者アリス・ホーキンスは選挙権獲得のためにペダルをこいで闘い、自転車は女性たちを運動に参加させる礎となった。
ザハラは自転車に乗り、アフガニスタンの宗教的・文化的タブーに挑戦し、同じように乗ることを他の人に教えた。
ボストンに住む24歳のラトビア人移民だったアニー・コプチョフスキーは、1894年に女性として初めて自転車で世界一周を成し遂げた。

多くの女性たちが、自転車に乗れない、乗るべきでないと言われながら、とにかく自転車に乗った。
メダルを獲得しようが、女性に投票を呼びかけようが、彼女たちの物語はインスピレーションを与えてくれるだろう。
この華やかな祝典の中で、著者は、サイクリングの豊かで多様な歴史の一部である女性たちの素晴らしい物語を描いている。

目次

前書き 小さな女王

第一部 革命
1 自転車に夢中
2 手に負えない自転車女たち
3 そんな格好で外出はもってのほか
4 トランスミッション─知恵の伝達

第二部 抵抗と反抗
5 自転車に乗る権利をめぐる闘い
6 女たちよ、決起せよ!

第三部 開けた道へ
7 大脱走
8 どこまで遠くに行けるか
9 世界を回れ

第四部 トラック、ロード、マウンテン──各種レースの女王たち
10 競技は人生
11 女々しいサイクリング
12 やっと私たちのことが見えるようになりましたか?

後書き ペダルを漕ぎ続けよう

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
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ヨドバシ・ドット・コム
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HMV
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* 発売日以降にリンク先を追加予定。

Shovel Dance Collective - ele-king

 伝統的なフォーク・ソングは、上手く演奏されると尋常ではないクオリティーの高さを発揮する。空気中の何かが変化したかのように、演奏者もオーディエンスも、その会場にいるのが自分たちだけではないことに気付くのだ。シャーリー・コリンズが、かつてインタヴューで「私が歌うと、過去の世代が自分の背面に立っているように感じる」と語ったように。
 これは、現代のフォーク・アンサンブル、Shovel Dance Collectiveの音楽を特徴付ける性質のひとつである。ロンドンの9人組は、いわゆるフォーク・ソング歌手のようには見えない。まずほとんどのメンバーがまだ20代であり、ドローン、メタル、アーリー・ミュージック、そしてフリー・インプロヴィゼーションなどの異端なジャンルへの愛着を公言する。数年前の結成以来、まるで歴史修正主義者のような熱意でフォークの正典に向き合い、労働者階級、クィア、黒人、プロト・フェミニズムの物語を前面に出してきた。その切迫感が音楽にも乗り移り、生々しく、土臭く、非常に生き生きと感じられる。端的に言えば、存在感があるのだ。
 2021年のクリスマスにShovel Dance CollectiveのYouTubeアカウントに投稿された動画は、まさに彼らの典型的なアプローチの仕方といえる。ヴォーカリストのマタイオ・オースティン・ディーンが、がらんとした工業用建物に独り佇み、19世紀の哀歌“The Four Loom Weaver”を歌う。労働者階級の失業と飢餓についての苦悩の物語だ。荒涼としたセットの感じが、ディーンの、首を垂れ、目を閉じてトランス状態にあるかのように切々と歌うパフォーマンスにさらにパンチを加えている。

 これまでのShovel Dance Collectiveのレコーディングの多くは、洗練よりも即時性を重視している。彼らの最初のリリース、2020年の『Offcuts and Oddities』は、手持ちのレコーダーや携帯電話で収録され、しばしばハープ奏者のフィデルマ・ハンラハンのリビング・ルームで録音されているのだ。彼らが従来のスタジオ録音を行うことは想像しにくく、これまででもっとも充実したリリースとなった『The Water is the Shovel of the Shore』(水は岸辺のシャヴェルである、の意)も、勿論そうではない。
 アルバムは4つの長尺の作品(シンプルにIからIVと番号付けられている)で構成され、ヴォーカルとインストゥルメンタルの演奏に、ロンドンのテムズ川とその近辺の水路などで収録された環境音がブレンドされている。マルチ・インストゥルメンタリストのダニエル・S.エヴァンスにより継ぎ合わされたこれらのメドレー/サウンドコラージュは、存分に感情に訴えてくる。
 そこかしこに水が在る。激しく流れ、足元を跳ね上げ、天上から滴り落ちる。たくさんの声が、溺れた恋人や海で遭難した船員、捕鯨船団や、海軍の遠征の話を語り、亡霊のように霧の中から浮かび上がる。しかし同時に、観光客がカモメに餌をやる音、艤装の際の軋む音、そして聖職者が毎年行う川への祝福の音なども聞こえてくる。過去が現在と共存している。歌と、歌に込められた物語は、街そのものから切り離せないものとなる。
 このアルバムは、エヴァンス、ディーンと同じくヴォーカルのニック・グラナータが、ロンドン南東部のかつては水車で埋め尽くされていた地帯であるエルヴァーソン・ロードDLR駅地下を走るトンネルで録音したセッションに端を発する。航海にまつわるテーマの“Lowlands”や“The Cruel Grave”といった曲ではディーンとグラナータの声が幽霊のように空間に轟く。
 他のメンバーたち(彼らのことをショヴェラーズと呼んでもOK?)も水にまつわるテーマを取り上げ、ヴァイオリン、ハンマー・ダルシマー(訳注:イギリスの伝統音楽で多用されるピアノの原型の打弦楽器)、そして私のお気に入りであるバスハーモニカなどの楽器で、バラッドやジグやシーシャンティ(船乗りたちの労働歌の一種)に貢献している。多種多様な録音の忠実度が、hi-fi/lo-fiがブレンドされたcaroline(キャロライン)の自身の名を冠したアルバムを思わせる、ある種の面白いコントラストを生み出している。実際、「The Rolling Waves」の美しいヴァージョンを演奏しているヴァイオリニストのオリヴァー・ハミルトンとロー・ホイッスル奏者のアレックス・マッケンジーは、両方のグループに共通のメンバーだ。
 アルバムに付随するエッセイでは、テムズ川の象徴性と一般的な水について深く掘り下げている。「土地と人々の支配に欠かせない水は、土地の文化とは一線を画した、植民地化、奴隷制度、人種差別、資本、商品や人々の移動の過程で形成された独自の文化を持っている。」という認識は、選曲や演奏のスピリットにも反映される。それは決して騒々しいものではないが、ブリティッシュ・フォークと聞いて多くの人が想像するような気取った田園風のものでもない。
 複数の民族の血を引くこの集団のメンバーと同様に、音楽は特定の国や地域に限定されておらず、イングランド、スコットランド、アイルランドにガイアナの歌がある。アルバムはガイアナ人の母親を持つディーンが歌う「Ova Canje Water」で幕を閉じるが、この曲は旧イギリス領ギアナで逃亡した奴隷が、新しく手にした自由について思いを巡らせながら、タイトルにもなっているカンジェ川の水を振り返って見渡すと言う内容だ。
 荒涼とした話になりがちなこのアルバムのなかでは、希望のある終わり方だ。特に第2部の冒頭を飾る悲痛なバラッド“In Charlestown there Dwelled a Lass ”(チャールズタウンに一人の小娘が住んでいた)がそうで、ハンラハンのハープをバックに、グラナータがアノーニのような情感豊かな震える声で、悲運のロマンスを表現している。衝撃的だ。
 全員によるアンサンブルを聴けるのは、冒頭の“The Bold Fisherman”の1曲のみであるにも関わらず、このレコードにみる団結力のすごさは印象的だ。個々の声が組み合わさり、何よりも大きな物を創造する、真の意味での集団的な仕事なのである。曲の多くが断片としてしか聴こえてこないのも、生きた伝統に触れているという感覚を高めてくれる。人から人へと受け継がれるもの、時が止まっているのではなく、常に動いているもの。過去から未来へと流れる共同体のようなものを。

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Shovel Dance Collective

The Water is the Shovel of the Shore

Memorials of Distinction / Double Dare

James Hadfield
 
Performed well, traditional folk songs can have an uncanny quality. Something in the air seems to shift, as players and audience alike become aware that they’re no longer the only ones in the room. As Shirley Collins once told an interviewer[1] : “When I sing, I feel past generations standing behind me.”
This is a defining quality of the music made by contemporary folk ensemble Shovel Dance Collective. The London nine-piece don’t look like your typical folkies: most of the members are still in their twenties, for starters, and they cite an affection for such heterodox genres as drone, metal, early music and free improvisation. Since forming a few years ago, they’ve been tackling the folk canon with the zeal of revisionist historians, foregrounding working-class, queer, Black and proto-feminist narratives. That sense of urgency carries over into the music itself, which can feel raw, earthy, and very much alive. Simply put, it has presence.
A video[2]  posted to Shovel Dance Collective’s YouTube account on Christmas Eve in 2021 is typical their approach. Vocalist Mataio Austin Dean stands alone in a vacant industrial building and sings the 19th-century lament ‘The Four Loom Weaver’, a wrenching tale of working-class unemployment and starvation. The starkness of the setting gives added punch to what’s already an impassioned performance – which Dean delivers with his head bowed and eyes shut, as if in a trance.
Much of Shovel Dance Collective’s recorded output to date has prized immediacy over polish. Their first release, 2020’s “Offcuts and Oddities,” was captured on handheld recorders and phones; they often record in harp player Fidelma Hanrahan’s living room. It’s hard to imagine the group making a conventional studio record – and “The Water is the Shovel of the Shore,” their most substantial release to date, certainly isn’t it.
The album comprises four lengthy pieces (simply numbered ‘I’ to ‘IV’), in which vocal and instrumental performances are blended with environmental recordings captured along London’s River Thames and nearby waterways. Spliced together by multi-instrumentalist Daniel S. Evans, these medley/sound collages are richly evocative.
Water is everywhere: flowing in torrents, sloshing underfoot, dripping from the ceilings. Voices emerge like revenants stumbling out of the fog, telling stories of drowned lovers and sailors lost at sea, whaling expeditions and naval campaigns. But we also hear tourists feeding gulls, the creaking of rigging, and clergy conducting their annual blessing of the river. The past coexists with the present. The songs, and the stories they contain, become indivisible from the city itself.
The genesis of the album was a session recorded by Evans, Dean and fellow vocalist Nick Granata in a tunnel that runs under the Elverson Road DLR station in south-east London, a site once occupied by a watermill. Dean and Granata’s voices resound through the space, haunting it, as they perform nautically themed fare including ‘Lowlands’ and ‘The Cruel Grave.’
The other members (is it OK to call them “shovelers”?) pick up the aquatic theme, contributing ballads, jigs and sea shanties on instruments ranging from violin to hammered dulcimer and – my personal favourite – bass harmonica. The varying fidelity of the recordings makes for some delicious textural contrasts, redolent of the hi-fi/lo-fi blend on caroline’s self-titled album. Indeed, the groups share a couple of members – violinist Oliver Hamilton and low whistle player Alex Mckenzie – who do a beautiful version of ‘The Rolling Waves’ here.
An accompanying essay delves deeper into the symbolism of the Thames, and water in general: “Vital in the control of lands and people, water has its own culture, distinct from land cultures, formed by processes of colonisation, slavery, racialisation, movement of capital, goods, people.” This awareness informs both the choice of songs and the spirit in which they’re performed. It isn’t raucous, exactly, but nor is this the kind of genteel, bucolic stuff that most people think of when you mention British folk.
In keeping with the mixed heritage of the collective’s members, the music isn’t restricted to any one country or region. There are songs from England, Scotland, Ireland and Guyana. The album concludes with Dean – whose mother is Guyanese – singing ‘Ova Canje Water’, in which an escaped slave in what was then British Guiana looks back across the waters of the titular Canje River, contemplating his newfound freedom.
It’s a hopeful finish to an album whose tales tend to be bleaker in nature. That’s especially true of ‘In Charlestown there Dwelled a Lass’, the heartbreaking ballad that opens the second part. Accompanied by Hanrahan’s harp, Granata delivers a story of doomed romance in a quavering vocal with the emotional intensity of Anohni. It’s a stunner.
Only once – on the opening performance of ‘The Bold Fisherman’ – do we hear all of the ensemble together, yet it’s impressive how cohesive the record is. It’s a collective undertaking in the truest sense, in how the individual voices combine to create something greater than all of them. The way many of the songs are only heard as fragments heightens the sense of tapping into a living tradition: something passed on from one person to the next, in constant motion rather than fixed in time. Something communal, flowing from the past to the future.

Various - ele-king

 『地元コア!』と題されたエリア・コンピレーションで、ここ30年間にマイアミで名を挙げたダンス・アクトがほぼ一堂に会している(テクノ、ハウス、エレクトロが中心で、ヒップホップは除外)。壮観。全44曲。すべて新録のようで、ヴェテランもニューフェイスもなかなかにしのぎを削り合っている。短い曲が多いせいか、テンションも持続し、いわば「マイアミ・ベース以降」がまとめて体感できる。マイアミ・ベースはアトランタに波及してトラップに発展したり、中南米にはファヴェーラ・ファンクやファンク・カリオカといったシーンを誘発したものの、地元マイアミではどのような変化を遂げたのかということがまとめて報告されたことはなく、それがここに見晴らしよく並べられたという感じ。猥雑でダイナミック。簡単にいえばマイアミの魅力は大胆さと低音の太さに尽きるだろう。ロンドンやベルリンは新しいことをやろうとし過ぎて、時にヒネくれた感じになりやすいけれど、マイアミにはそういったことはない。自由闊達なダンス・ミュージックの最前線である。

 収録順ではなく、プロデューサーのデビュー順に聴いてみよう。まずはラルフ・ファルコンとオスカー・Gによるマーク(Murk)。彼らが名を挙げたのは92年にファンキー・グリーン・ドッグス名義のハウス・クラシック“Reach For Me”がデトロイト・テクノを広めた〈Network Records〉にライセンされ、ヨーロッパでヒットしてから。いわゆるシカゴ・アシッドとは異なるヘヴィなベースがマイアミらしさを打ち出し、本作にも2人はこの30年が何事もなかったように同じパターンの“Filth”を提供している。この不動の価値観。シカゴ・ハウスがヨーロッパに飛び火し始めた80年代後半、マイアミで最も人気だったのはエレクトロ・ヒップホップの2ライヴ・クルーで、彼らのサウンドはデトロイトのサイボトロンがマイアミでもヒットしたことから始まったとされる。2ライヴ・クルーのピークといえる『As Nasty As They Wanna Be』(98)の10年後にはそして、サイボトロンをダイレクトに継承しようとするイグザクト(Exzakt)やBFXが現れ、ここでは両者がタッグを組んで“Reach For Me”をミニマル化したエレクトロの“Let Go”を、また同時期にブルックリンで活動し、後にマイアミに移ってきたゴーサブはマッド・マイクを思わせるデトロイト・タイプのエレクトロ、“Who The Fuck Is Me?”をそれぞれに提供し、さらに少し遅れてデビューしたアルファ606は“Cacique”で、これらとはまったく違った神秘的なエレクトロをオファーしている(同作が全体のクロージング・トラック)。

 最近ではチャイルディッシュ・ガンビーノ“This Is America”のリミックスで名を挙げたジェシー・ペリッツは母親が2ライヴ・クルーのダンサーだったことから音楽の現場とは距離が近く、最初は俳優として活躍していた存在。なかなかの遅咲きで、“Jesse Don't Sport No Jerri Curl”が注目を集めるまでに7年かかり、エレクトロとハウスの中間をいくサウンドを模索。ここではエレクトロに寄った“Pocket Full Of Ones”を提供。エレクトロ回帰と同時期にマイアミに大挙して現れたのがグリッチ・ホップで、元ソウル・オディティのフォーニージア主宰による〈Schematic〉を中心にディノ・フェリペやオットー・フォン・シラクが頭角を現し、本作でも後者はオープニングとなる“Miami All-Stars (Tremendo Intro)”を、前者は当時と変わらずファニーな“In Order To Ground The Listener”をそれぞれに提供。彼らのサウンドはプリフューズ73やフンクシュトルンクなどと並べて聴くよりもマイアミ・サウンドの一部として聴いた方がしっくりとくることは間違いない。さらに活動の途切れていたプッシュ・ボタン・オブジェクツを約20年ぶりにレーベル・オーナーのダニー・デイズが担ぎ出して“I.E.”を共作、ピッチを早めたオールド・エレクトロにアシッド・ハウスを絡めたなパーティ・サウンドに仕上げたことはひとつの快挙といえる。

 エレクトロからクランクへと歩を進めたヒップホップとは距離を置き、マイアミ独自のテクノやハウスが増えたのが00年代。まずはマークの後継としてラザロ・カサノヴァが現れ、ゴーサブ同様、ブルックリンからマイアミに移った彼は作風も“Reach For Me”を継承。ここではレイドバックしたダウンビートの“Nieve”を聞かせる。レーベル・オーナーのダニー・デイズもこの世代に属し、彼もどちらかといえば遅咲きで、『Silicon EP』『Speicher 80』(ともに14)では“Reach For Me”やジェシー・ペリッツの試みをテクノの領域に移植。彼が主宰してきた〈Omnidisc〉ではボディ・ミュージック・リヴァイヴァルのヘレン・ハフやアンソニー・ローター、ワタ・イガラシにブラック・マーリンとオルタナティヴ志向を強くしていたものの、16年にリリースしたヘヴィ・エレクトロの「Miami EP」から本作『Homecore!』のアイディアが膨らんでいったのだろう。〈Omnidisc〉では異色といえる本作には蛆虫が地を這い回るような気持ち悪い“110 Dudes”を提供してマイアミのイメージを根底から覆す役割を演じる一方、ひと世代下のニック・レオンと組んでラ・グーニー・チョンガ“Phonkay”ではアフリカ・バンバータそのままのエレクトロ・ヒップ・ホップも聞かせる。

 このところローレル・ヘイローからニコラス・クルスまであらゆるDJミックスに登場するニック・レオンは「マイアミを音楽都市として再浮上させたプロデューサー」と言われるほど評価の高いプロデューサーで、〈Alpha Pup〉からのデビュー・アルバム『Profecía』(16)ではリスニング寄りの穏やかな側面を見せ、世界中のレーベルからリリースされるシングル群ではワラチャというキューバのリズムやドラムンベース、最近はラプター・ハウスと称されるチャンガ・トゥキにデトロイト・テクノを縦横に駆使し、どれも外しがない。とはいえ、本作ではあまり本領を見せていないメカニカルなエレクトロの“Sapo”を提供していてやや残念。ヴォーカリストとしてニック・レオンと組む機会が多いビター・ベイブも本作にソロ名義で“Gimme”を提供し、レゲトン版ドレクシアなどと評されたニック・レオン「FT060 EP」(最高です!)に共作で参加していたグレッグ・ビートー(Greg Beato)はリズム感がそれほどよくないせいか、最近は実験的な作風に傾き出し、〈Schematic〉をエレクトロに戻したような作風をプッシュ。ここでは90sリヴァイヴァル風の“Hey Angel, Whatever”を提供している。

 ダニー・デイズと活動を共にしているジョニー・フローム・スペースことジョナサン・トルヒーヨはニック・レオンやシスター・システムらと合わせてニュー・スクールと呼ばれる若手の代表。DJパイソンの向こうを張る形でレゲトンのリズムに由来するデンボー(dembow)の使い手とされ、これをプッシュ・ボタン・オブジェクツなどのグリッチ・ホップと接続させたと評される。しなやかで柔軟性のある『R​.​E​.​M.』(ムスリムガーゼ、池田亮司、ヤン・イエリネクらに捧げられている)や『Tide』など彼は本当に才能豊か(“Sueño Latino”みたいな曲がたまにあるところもよい)。本作にはいままでとイメージが異なるタイトなエレクトロの“Refresh”を提供。本作でデンボーを扱ったものはMJ・ネブリーダによるフィッシュマンズみたいな“Arquitecto”も。また、トルヒーヨが新設した〈Space Tapes〉から4thアルバム『Parrot Jungle』をリリースしたニコラス・G・パディヤはエレクトロとベース・ミュージックを接合させたハイブリッドで、ニューエイジ用語をちりばめているわりに曲が荒々しいのは絶滅させられた少数民族の代弁者を名乗るからだろうか。本作にはガラッと変わってポリリズミックなブリープ・エレクトロの“Zone”を提供。ジョニー・フローム・スペース周辺からはほかにシスター・システム、バニー(Bunni)などがエントリー。

 ベース・ミュージックがマイアミと相性がいいのは当たり前というか、ハーフタイムとエレクトロをスムースにつなげ、珍しくUKガラージを意識したINVTも短期間にミニ・アルバムを量産しながら(この4年で『Sano』『DisruptionI』『Extrema』『Cambio De Forma』『Mundos』、ニック・レオンと組んだ『Paseo』『Media Noche』『Plaza』『Doble Carga』『Ritmo Caliente』『Gazebo』『Duro』『La Chamba』『MiradaI』『Prendida』など)クオリティは下がる気配もなく、本作では前述のワラチャを応用したらしき“Dassit”を提供。このドラムはたまらない。リトル・シムズの新作『No Thank You』に収められていた“X”もおそらくは同じリズムで、個人的にはこれがベスト・トラック。ほかにUKとダンス・ミュージックの文脈を共有しているのはFKAトゥイッグスを早回しにしているようなバブルガム・エレクトロのティドゥー(TIDUR.)、トッド・テリーが派手にジュークをやっているようなセル6(sel.6)、アレックス・リース“Pulp Fiction”を思い出すなというのが無理な90sドラムン・ベースのシノビ(Shinobi)、同じくドクター・ロキット名義のハーバート“Café De Flore”を思わせるスパニッシュ・ムードのハーフタイム、“Red Keycard”を聴かせるニア・ダークといったところ。UKはやはりどこかに冷静な感じがあるというか。

 ニック・レオン、ジョニー・フローム・スペースと並んでいま、マイアミにおける台風の目となっているのが、そして、フィー-ゴー・ジット(Fwea-Go Jit)。同じフロリダ州のタンパで生まれたジューク(スペルはJookで、ジュークボックスに由来)と呼ばれるヒップ・ホップ・ダンスがマイアミに飛び火してジャージー・クラブやダンスホールと融合し、DJキャレド“To the Max”(17)によって世界的に広められたバウンス・ビートを縦横に駆使した3thアルバム『2 La Jit』はけっこうな評判を呼んだ。MCの起用も多く、どこを取ってもピットブルかよと思う激しいダンス・ミュージックの嵐で、本作では折り返し地点に置かれた“Touch It Turn It”が微かな哀愁も漂わせつつ、次章への幕開けとなっている。また、リッチー・ヘルはこれまでになかったタイプというのか、バンド編成でマンボやクンビアを演奏し、ボビー・コンダースやモーリス・フルトンに近いリラックス・タイプ。本作にはクンビア調の“Rapto Cosmico”を提供。

 ここからは少し端折ろう。さすがに数が多過ぎる。ウィッチハウスとしてキャリアをスタートさせたブラック・アントことジャン・ピエール・アンソニーは少し変わり種で、初期には拷問のようなゴシック・ホップを掘り下げ、4作目から〈Schematic〉に移籍、レーベル・カラーに合わせてLAビートに転じている。5thアルバム『Hidden Packages (Islands 3 + 4)』はまさかのJ・ディラとラス・Gに捧げられ、本作にもフラッシュ音を強調したグリッチ・ホップの“Bellfast3”を提供。同じ〈Schematic〉からゾン・ジャマール(Sohn Jamal)とマックス・ブゾン(Max Buzone)、そしてロイジュー(Roiju)もエントリー。サイケデリック・ブレイクコアのジョセフ・ナッシングを思い出すゾン・ジャマールは比較的オーソドックスなグリッチ・ホップの“TQ Visa”を、哀愁に沈んだIDMのマックス・ブゾンはいままでとは比較にならない出色の“Epoch”を、そして叙情的なIDMのロイジューはパーカッシヴな“Sin Gravedad”をそれぞれに提供。珍しくミニマル・テクノのフィーフ(Feph)はまったく表情を変えずに“Resolve”をオファー。やはりマイアミには珍しく〈Warp〉風のリスニング・テクノからミニマルも射程内に置くエライアス・ガルシアも本作ではジェフ・ミルズ風の“Radiant”を。

 『Homecore!』は半数がここ2年でデビューした新人か本作で初めて曲を発表したニューフェイスで占められ、オープニングに続いて2曲目と3曲目に抜擢されているのがロウ・エンズ・レコーズとジ・オウ・ファイ(Tre Oh Fie)。どちらも荒々しいエレクトロを提供し、イメージ通りのマイアミで幕を開けるという役割を全うしている。御大マークの次に置かれたコフィンテクスツ(Coffintexts)も新人ながらやはり大役を担い、これもハードなブレイクビーツ路線とは少し変わってハーフタイムの“Muy Bien”で面白い流れをつくっている。無名どころの新人ではほかに(って僕が知らないだけかもしれないけれど)、ジャン・アンソニーによるポリリズムのエレクトロ、“Trees Whispers Leave”もなかなかに良かった。

 10年代の前半こそロサンゼルスにレイヴの舞台を奪われたものの、ほどなくしてその座を奪い返し、レイヴどころか『お熱いのがお好き』の昔から踊る天国であり続けているマイアミ。キューバとの関係が様々な意味でマイアミを活気づけ、介護される富裕層が共和党支持なら介護する労働者が民主党支持というスタンダードな政治風土を背景にマルコ・ルビオ上院議員や最近ではトランプの代替わりとされるロン・デサンティス州知事が吠える、吠える。ゲイ・クラブでの銃乱射事件が象徴しているように、いまや性別を気にしないノンバイナリーに対して性別をはっきりさせるバイナリーのテリトリーとしても強度を増し、マジック・マイクたち男性ストリッパーもステージ狭しとショーを続けている。最近になってマイアミに引っ越したジェフ・ミルズ夫妻によると日本並みに湿度が高く、コロナでも誰もマスクなんかつけていなかったというし(ロックダウンが解除されたと思ったら、あっという間に海岸がゴミだらけになったとも)。突拍子もない水着ショーも面白いし、できることならエルモア・レナードやカール・ハイアセンの犯罪小説を読み続けて一生を終えたいなー……と思った3時間半でした。

ele-king vol.30 - ele-king

■特集:エレクトロニック・ミュージックの新局面

表紙・巻頭インタヴュー:Phew
インタヴュー:ロレイン・ジェイムズ

コロナ以降激変するエレクトロニック・ミュージックの新たな動向を追跡、
今後10年の方向性を決定づけるだろう音楽の大図鑑!

シーン別に俯瞰するコラム、ディスクガイド、用語辞典、日本の電子音楽の新世代、ほか

■2022年ベスト・アルバム特集
20名以上のライター/DJなどによるジャンル別ベスト&個人チャート、編集部が選ぶ2022年の30枚+リイシュー23枚で2022年を総括!

目次

特集:エレクトロニック・ミュージックの新局面──2020年代、電子音楽の旅

インタヴュー Phew (野田努)
Phewについて──生きることを肯定する、言葉の得も言われぬ力 (細田成嗣)
インタヴュー ロレイン・ジェイムズ (ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵)

ディスクガイド
2020年代エレクトロニック・ミュージックの必聴盤50
(髙橋勇人、三田格、河村祐介、yukinoise、デンシノオト、ジェイムズ・ハッドフィールド、野田努、小林拓音)

2020年代を楽しむためのジャンル用語の基礎知識 (野田努+三田格)

コラム
ジャパニーズ・エレクトロニック・ミュージックの新時代 (ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵)
ベース・ミュージックは動いている (三田格)
2020年代を方向づける「ディコロナイゼーション」という運動 (浅沼優子)
音楽は古代的な「魔法」のような存在に戻りつつある (ミランダ・レミントン)
暴力と恐怖の時代 (三田格)

2022年ベスト・アルバム30
2022年ベスト・リイシュー23

ジャンル別2022年ベスト10
エレクトロニック・ダンス (髙橋勇人)
テクノ (猪股恭哉)
インディ・ロック (天野龍太郎)
ジャズ (大塚広子/小川充)
ハウス (猪股恭哉)
インディ・ラップ (Genaktion)
日本ラップ (つやちゃん)
アンビエント (三田格)

2022年わたしのお気に入りベスト10
──ライター/アーティスト/DJなど計23組による個人チャート
(青木絵美、浅沼優子、天野龍太郎、大塚広子、岡田拓郎、小川充、小山田米呂、河村祐介、木津毅、柴崎祐二、杉田元一、髙橋勇人、つやちゃん、デンシノオト、野中モモ、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、細田成嗣、Mars89、イアン・F・マーティン、Takashi Makabe、三田格、yukinoise)

「長すぎる船旅」の途上で歌われた言葉──2022年、日本のポップ・ミュージックとその歌詞 (天野龍太郎)
2022年は大変な年でした (マシュー・チョジック+水越真紀+野田努)

Cover portrait: Masayuki Shioda
Collage: Satoshi Suzuki

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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Rakuten ブックス
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Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズがなんと、ディオールの音楽を手がけている。12月4日に発表された「2023年フォール メンズ コレクション」は、「Celestial」と題され、ギザの大ピラミッドを背景に近未来的に演出されているのだけれど、デザイナーのキム・ジョーンズがセレクトしたミルズの楽曲群がアフロフューチャリスティックな要素をつけ加えている(最初のみサバーバン・ナイト“The Art of Stalking”)。トラックリストは下記よりご確認を。

Tracks include:

Suburban Knight / The Art Of Stalking *
X-102 (Jeff Mills) / Daphnis (Keeler’s Gap)
Jeff Mills / Microbe
Jeff Mills / A Tale From The Parallel Universe
Jeff Mills / Gamma Player
Jeff Mills / Resolution
Jeff Mills / Step To Enchantment (Stringent Mix)
Jeff Mills / The New Arrivals

*The Art Of Stalking by Suburban Knight courtesy of Transmat Records

 ちなみにミルズは11月25日に新作EP「Extension」をリリースしたばかり。そちらもチェックしておきましょう。


Label: Axis Records
Artist: Jeff Mills
Title: Extension

Format: EP
Release Format: Vinyl & Digital
Release Date: November 25, 2022
Cat. No. AX109
Distribution: Axis Records

TRACKLIST
A: Rise
B1: The Storyteller
B2: Entanglement

axisrecords.com/product/jeff-mills-extension-ep/


Pantha Du Prince - ele-king

 憂鬱だ。個人的に最近大きく動揺したニュースは、宮台真司襲撃事件とイランでの蜂起の弾圧だった。前者については犯人の動機が不明な以上、それが言論にたいする攻撃なのかどうかはまだわからないわけだけれど、暗い気持ちになるのは避けられない。ただただ宮台さんの恢復を祈るばかりの毎日……。後者については、当局を非難しているのが(民衆だけでなく)世界最大の軍事力を保有する合衆国でもあるという(ロシアとおなじ)図式を思い浮かべてしまって、頭がくらくらしてくる。下からも上からも横からも暴力の嵐が吹き荒れる2022年、ぼくらはいったいどうしたらいいのでしょう。
 音楽の長所のひとつは、一時的にその世界へと逃げこめるところだ。ドイツのパンサ・デュ・プリンスことヘンドリック・ヴェーバーは、大変な時代を生きるぼくたちを、さまざまな苦悩から解放してくれる。世界じゅうがイラクに釘づけになっていた2000年代前半は、他方でフォー・テットのようなフォークトロニカだったり、アクフェンやヴィラロボスのようなミニマル勢がトレンドを形成した時期でもあった。あれもある種の逃避だったのだろう。2004年にファースト・アルバム『Diamond Daze』を送り出したパンサ・デュ・プリンスは、いまでも当時の時代精神を継承しようとしているのかもしれない。

 ミニマル・ハウスを基調とする彼の音楽が大きな注目を集めたのは、〈Rough Trade〉からリリースされた3枚目『Black Noise』(2010)だった。パンダ・ベア(アニマル・コレクティヴ)やタイラー・ポープ(LCDサウンドシステム/チック・チック・チック)の参加が象徴しているように、ダンスとインディ・ロック双方のシーンへの訴求に成功した同作──リミックス盤にはモーリッツ・フォン・オズワルドやフォー・テットをフィーチャー──をもって、パンサ・デュ・プリンスの音楽はひとまずの完成を見たと言っていい。やさしい4つ打ち、ベルや木琴の乱反射、鳥の鳴き声や流水のフィールド・レコーディング、透明感に安心感……清らかな音響に磨きをかけるのと並行して彼は、以降、次第に「自然」のテーマを追求していくことになる。
 たとえばハウス・ビートを脇に追いやり、一気に瞑想性を高めた前作『木々の会談(Conference Of Trees)』(2016)は、植物や菌類からインスパイアされたアルバムだった。そこで描かれる自然は人間に乱暴をはたらく脅威ではなく、人間がそうであってほしいと期待する自然、われわれに落ち着きや安らぎ、癒しを与える存在だった。

 ふたたび4つ打ちが多く導入された新作『ガイア(地球)の庭』も、この星が持つ「自己制御システム」から触発されているという。プレス・リリースでは「マインドフルネス、そして自分の周りで起こっていること、自分の中で起こっていることに対して高い意識を持つこと」の重要性が説かれていて、なにやらニューエイジ臭が漂っているけれども、サウンド自体はそこまで極端にスピっているわけではないので、たんに「(気候変動に)気づきましょう」くらいのニュアンスかもしれない。
 川のせせらぎや鳥の声をふんだんに散りばめた冒頭 “Open Day” を経たのち、2曲目 “Crystal Volcano” でアルバムは早くもひとつの頂点に到達する。ダニエル・ラノワ風のシンセの波、さえずる鳥にマリンバ──あるいは終盤の “Liquid Lights” できらきらと舞い転がる高音パートを聴いてみてほしい。安楽の極みである。ジャンベなどのパーカッションに光を当てた “Mother Drum” も、アフリカンな気配はそぎ落とし、メディテイティヴな音世界を構築している。どの曲も仕事や家事、受験勉強などですさんだ生活を送っている者たちを、美しき桃源郷へと導いてくれること間違いなしだ。
 本作を聴いていると、いっさいの悩みから解放されたような気分を味わうことができる。12月11日、目前に迫った来日公演でもきっと、パンサ・デュ・プリンスはぼくたちを大いに逃避させてくれるにちがいない。

JAGATARA - ele-king

 JAGATARAのCDがリマスタリングされて再発される。今回はOTOの強い要望により、新たに久保田麻琴(ex.裸のラリーズ、久保田麻琴と夕焼け楽団、サンディー&ザ・サンセッツ 他)によってリマスタリングされている。すべて限定生産。発売は、2023年1月25日、江戸アケミ永眠から33年目の命日。詳しくはこちら(https://www.110107.com/jagatara2023/4)を参照ください。

 今回再発されるのは以下の5枚。

〈JAGATARA 2023 CD REISSUES〉

完全生産限定盤
2023.1.25 IN STORE
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ
●紙ジャケット/高品質Blu-spec CD2仕様
●2023年版最新リマスタリング by 久保田麻琴
ソニーミュージック特設サイトURL
https://www.110107.com/jagatara2023/


JAGATARA/BEST OF JAGATARA~西暦2000年分の反省~
Original release: 1993.2.24
CD: MHCL-30791~2(2枚組) / ¥4,400 (tax in)

江戸アケミ死後の1993年にリリースされた2枚組ベストアルバム。“財団法人じゃがたら”時代のシングル曲「LAST TANGO IN JUKU」に始まり、キャリア全時代から代表曲が選ばれているが、随所にアケミのライヴMCやモノローグも挿入され、オリジナルとはまた違った聴感を残す。またDisc 1:5~8、Disc 2:1は1989年ニュー・ミックス。

 Disc 1
1. LAST TANGO IN JUKU*
2. でも・デモ・DEMO**
3. BABY**
4. クニナマシェ**
5. 裸の王様
6. もうがまんできない
7. ゴーグル、それをしろ
8. 都市生活者の夜

Disc 2
1. みちくさ
2. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS
3. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN
4. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM
5. SUPER STAR?
6. そらそれ(MANTLE VERSION)
7. HEY SAY!*
*…財団法人じゃがたら **…暗黒大陸じゃがたら


暗黒大陸じゃがたら/南蛮渡来
Original release: 1982.5
CD: MHCL-30793 / ¥2,750 (tax in)

“暗黒大陸じゃがたら”名義で1982年バンド自身のレーベルUGLY ORPHANからリリースした1stアルバム。初期からのパンク的要素とのちの黒人音楽~アフロ要素が混在し、闇雲なパワーと危うさを孕んだ本作は、発表と同時に国内の代表的なロック・メディアから高い評価を受けた。本作のジャケット・デザインは再発の度に変更され全部で4種あると言われるが、今回のCDは初回発売盤LPに準拠している。Track 9、10はLP未収録。

1. でも・デモ・DEMO
2. 季節のおわり
3. BABY
4. タンゴ
5. アジテーション
6. ヴァギナ・FUCK
7. FADE OUT
8. クニナマシェ
9. 元祖家族百景
10. ウォークマンのテーマ


JAGATARA/裸の王様
Original release: 1987.3.25
CD: MHCL-30794 / ¥2,750 (tax in)

“JAGATARA”として初のオリジナル・アルバムとなる2nd。アケミの精神的不調による休養を経て、前作『南蛮渡来』から5年後の1987年にバンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSから発表された。ファンク・ナンバーを中心に長尺曲4曲で構成され、“和製アフロビート”と呼ばれるスタイルを確立した作品。
本作のジャケット・デザインは色違いで数種類存在するが、今回のCDは初回発売盤LP(青色)に準拠している。

1. 裸の王様
2. 岬でまつわ
3. ジャンキー・ティーチャー
4. もうがまんできない


JAGATARA/ニセ予言者ども
Original release: 1987.12.10
CD: MHCL-30795 / ¥2,750 (tax in)

『南蛮渡来』、『ロビンソンの庭』(山本政志監督映画サントラ)に続いて1987年3枚目のアルバムとなった作品で、バンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSからリリースされた。収録全4曲すべてアンセムと呼ばれるほどの充実度を誇り、ますます冴えわたるアケミの詞作と共にアフロ/ファンクを血肉化した安定期のバンドの自信漲る演奏を堪能できる。これが彼らのインディ時代最後のアルバムとなった。

1. 少年少女
2. みちくさ
3. ゴーグル、それをしろ
4. 都市生活者の夜


JAGATARA/それから
Original release: 1989.4.21
CD: MHCL-30796 / ¥2,750 (tax in)

満を持してBMGビクター(当時)から1989年にリリースされたメジャー第1作。ジョン・ゾーン、ハムザ・エル・ディンら海外勢も含む多数のゲストが参加。一部録音とミックスをパリで行い、ミキシング・エンジニアにはゴドウィン・ロギー(アスワド、キング・サニー・アデ他)を起用。音楽的にはカリプソ、ヒップホップ、フォーク等の要素も交えた多彩にしてゴージャスな作風となったが、後の瓦解の予感も忍ばせる。CDデザインは初回発売盤LPに準拠している。前回CD発売時未収録だったシングル曲「タンゴ(完結バージョン)」を追加収録。

1. TABOO SYNDROME いっちゃいけない症候群
2. GODFATHER 黒幕
3. BLACK JOKE 気の効いたセリフ
4. CASH CARD カード時代の幕開け
5. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS
6. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN
7. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM
8. ヘイ・セイ!(元年のドッジボール) HEY SAY!
9. タンゴ(完結バージョン) TANGO (COMPLETE VERSION)


JAGATARA Profile
1979年、江戸アケミ(vo)を中心に“エド&じゃがたら”として活動開始。その後“財団法人じゃがたら”“暗黒大陸じゃがたら”等改名を重ね、1986年頃より“JAGATARA”に固定。初期のライヴではアケミがステージ上で全裸になり流血、ニワトリやヘビを食いちぎる等の奇矯なパフォーマンスが一般誌でも報道され悪名を馳せる。1981年のOTO(g)加入前後よりシリアスに音楽を追求する姿勢に方向転換。アケミの精神的不調による活動休止(1984~86)を挟み、1989年『それから』でBMGビクター(当時)よりメジャーデビュー。その後も旺盛なライヴ/レコーディング活動を展開したが、その矢先の1990年1月27日、アケミが不慮の事故で急死し、活動休止。その後もナベ(b)、篠田昌已(sax)とメンバーの物故が続くが、OTOを中心に存命メンバーが折に触れて集結しライヴを行う。アケミ他界から30年目となる2020年1月、“Jagatara2020”として新曲を含むCD『虹色のファンファーレ』を発表、豪華ゲストを多数交えて敢行した復活ライヴは大反響を呼んだ。その後コロナ禍により活動休止を余儀なくされたが、2022年夏には橋の下世界音楽祭(愛知県豊田市)に出演、2年半ぶりのライヴ復帰を果たした。

 *おことわり
JAGATARAがかつて発表した楽曲の一部には、現在では不適切と思われる歌詞内容を含んでいるものがあり、お客様によっては不快に感じられることがあるかもしれません。しかし、それらは当時の時代背景の中で、ヴォーカリストの故・江戸アケミをはじめとするJAGATARAのメンバーが、弱者・マイノリティーの立場から真摯に生み出した表現であることを鑑み、当時の内容のままで発売いたします。ご了承ください。

Horse Lords - ele-king

 ロックを聴かないロック・バンドもどきのバンド、ホース・ローズは、この10年間じょじょにその存在感を増し、そして今回の〈RVNG Intl.〉からの通算5枚目のアルバムによって、それこそかつての——音楽的には同類ではないが——バトルズのようなもはや無視のできない存在になっている。
 あるいは、もっとわかりやすく90年代におけるトータスのようなバンドを思い浮かべることもできそう……ではあるが、あの時代のポスト・ロック勢とはアプローチが違う。彼らが現代音楽の要素をロックに落とし込んだのに対して、ホース・ローズのミニマリズムはアカデミーの外部から来ているし、そもそもロックに落とし込んですらいない。ロック・バンドのフリをしているが、ボルチモア出身の4人組が影響を受けているのは、ディスコやハウス・ミュージックであり、エレクトロニック・ミュージックであり、アフリカ音楽のミニマリズムであり、さもなければアメリカのバンジョー・スタイルのブルーグラスだったりする。しかもそれを、ただ感覚的に「いいね」しているのでもない。極めて理論的に、西欧音楽の限界の外側へといくための知恵として咀嚼している。抜け目ない連中なのだ。
 
 ディスコやハウス・ミュージック、アフリカ音楽のミニマリズムに影響を受けているということは、ホース・ローズの音楽には陶酔があるということだ。彼らの音楽を少しでも聴けば、しかしこの音楽が理論的で、楽曲には複雑な拍子記号が散りばめられていることがわかる。が、彼らの驚異的な演奏能力はリスナーの頭を混乱させるためにはない。思考をふっ飛ばす(相対化する)ためにある。つまりある種の恍惚状態で、ある意味CANのアップデート版であり、ときにはジャジューカやラ・モンテ・ヤングのようなトランス・ミュージックの変異体だったりもする。
 しかしながら非西欧の音楽の流用に関して、ホース・ローズはとくに慎重に考えている。ヴァンパイア・ウィークエンドを反面教師とし、白人がアフリカの音楽の表層を誇張することを回避するようかなり意識しているようだ。だから彼らは、わかりやすい「アフロ」はやっていない。
 アルバム冒頭の“Zero Degree Machine”におけるミニマリズムへのこだわりとその素晴らしく流動的な展開には非西欧的な音階が巧妙に配置され、トランスの精度を上げている。“Mess Mend”(この曲名は、資本主義支配に対抗する労働者の地下抵抗運動を描いた幻想文学に由来する)はハウス・ミュージックめいたピアノにはじまりながら、唐突に濃縮されたジャズ/ブルースの断片の雨あられとなる。変拍子にはじまる“May Brigad”ではサックスが暴れ、ディス・ヒートを圧縮したかのようなタイトな躍動を見せる。1949年に一種のユートピア共同体として設立されたポーランドの通り名を題名とした“Solidarity Avenue”なんていう曲もあるが、バンドがすでにアルバム・タイトルもってこの音楽を「同士たちの客体(Comradely Objects)」と手短に説明しているように、リスナーがこの音楽を介して好き勝手に仲良く感じればいいだけの話である。
 ドローンからはじまる10分あまりの“Law Of Movement”では、強度の高いリズムが挿入されるとURのエレクトロ・ファンクに接近しながら催眠的な境地に達し、クローサー・トラックの“Plain Hunt On Four”にいたっては言葉が音に追いつけないほど異次元のグルーヴを創出している。それを構成する音階もリズムも、そしてその空間も、本質的な意味でのエクスペリメンタル(実験/体験)であって、いや、もう何だこれはというか、舌を巻くしかないです。なんにせよ、ホース・ローズは過去の様式を参照しまくって再構成するバンドではなく、既存の音楽の歴史や本質を咀嚼し、まだ足を踏み入れられていない領域に足を上げているバンドなのだ。
 バンドは、(なかば冗談めいて)ハウス・ローズ名義でハウス・ミュージックをやるかもしれないそうだが、いや、ぜひやっていただきたい。彼らはただ楽理を極めているのではなく、その研究心は哲学や社会学にもおよんでいる。彼らの特殊な音階も、『ワイアー』の記事によれば、歴史的12音階へのフェミニズム的批判の影響にもうながされているそうだ。まあ、本格的な知性派ということで。ちなみに、ホース・ローズはここ数年、地元の友人であるマトモスあるいはザ・ソフト・ピンク・トゥルースの諸作に参加している。

大規模なフェスティバルはなぜ消えたのか。
その後の音楽フェスの原型となったフェスティバルが遺したものとは?

たくさんの困難を乗り越えて、世界の音楽を紹介してくれたのが「ウォーマッド横浜」だった。 ──ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
現在、日本で隆盛をきわめる「フェス」の、その実質的な原点が「ウォーマッド横浜」だった。だがあれだけの巨大イベントも、今は語られることはない。そのナゼ、隠された秘密を、企画立案者だった横浜市の担当者が紐解いてみせた書籍。日本の地方行政のあり方にも踏み込んだ、相当にユニークな日本芸能史・そのエピック。 ──藤田正(音楽評論家、プロデューサー)

1991年から1996年にかけて、横浜博覧会跡地(現・臨港パーク)ほかで開催された国際的文化イベント「WOMAD横浜」の内実を、当時、横浜市の担当者だった著者が生々しく語る。未発表写真多数。

特別寄稿:ピーター・バラカン、布袋泰博(スキヤキ・ミーツ・ワールド実行委員長)ほか

写真:菅原光博、石田昌隆、菊地昇

未発表の貴重な写真を網羅:都はるみ、坂本龍一、スザンヌ・ヴェガ、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、パパ・ウェンバ、ユッスー・ンドゥール、デティ・クルニア、照屋林助、りんけんバンド、ほか

四六判 256ページ

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