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マトモスの親しみやすさはどこから来るのだろう。多くの場合それは突飛なコンセプトであり、外科手術(『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』)だったりテレパシー(『The Marriage of True Minds』)だったり洗濯機(『Ultimate Care II』)だったりが音楽になることの驚きと興奮によるものだ。自分の場合、ときとしてクィア・カルチャーの重層性や奇妙さを示すこと(『The Rose Has Teeth in the Mouth of a Beast』)が直截的なメッセージよりも強力なものになる、と素っ頓狂なやり方で教えてくれたのがマトモスだった。ユーモアとアイデア。それらはつねに、彼らの「実験音楽」を愉快なものにしている。
だからこそ、マトモスの音楽それ自体の面白さは忘れがちだ。ふたりが生み出すエレクトロニック・ミュージックではヘンな音がヘンな方法で鳴っているのだが、それはあくまで強烈なコンセプト由来であると捉えられがちなのだ。そういう意味では、外部から来た「企画もの」である本作こそが、マトモスの音楽そのもののチャーミングなエキセントリシティをストレートに伝えていると言えるかもしれない。
『Regards / Ukłony dla Bogusław Schaeffer』は、第二次大戦後から1960年代のポーランド・アヴァンギャルド・シーンをひとつのピークとし、亡くなる2019年の直前まで活躍した先鋭的な音楽家で、同国ではじめて電子音楽を制作したひとりとされるボグスワフ・シェッフェルの録音音源を自由に使用し、再構築したアルバムである。ポーランド文化を海外に紹介するための公的機関〈Instytutu Adama Mickiewicza〉が持ちこんだアイデアだったそうで、マトモスはシェッフェルのことを詳しくは知らなかったという。シェッフェルは作曲家・演奏家でありつつ、劇作家、画家、教師、学者でもあったということなので、いつものマトモスなら彼の特異な経歴や人生をコンセプトに取りこみそうなものだが、ここではあくまで残した音源にフォーカスしているようだ。そしてそれが、おそらく本作では功を奏している。
神経質な電子音が行き交うなかで不穏なメロディが立ち上がるオープニングの “Resemblage / Parasamblaż” からマトモスらしいめくるめくエレクトロニカが展開されるし、続く “Cobra Wages Shuffle / Off! Schable w gurę!” は妙にファンキーなリズムが繰り広げられつつグリッチやジャズの断片が聞こえてくるおかしなトラックだ(曲名にはポーランド語の対訳がついている)。アナログのA面にあたる頭5曲はリズミックでポップなトラックが並べられていて、1曲のなかの展開も多い。残り3曲はやや長尺となり、ダーク・アンビエント的なムードも取り込みながら、おどろおどろしさとエレガントさを同時に立ち上げてみせる。音色の多さ、要素の多さはマトモスならではだが、それにしてもせわしない。40分少しのアルバムからこれだけたくさんのものが聞こえてくるというのは、シェッフェルの音楽の多様な要素に由来するものだろうか。本作では題材とマトモスの音楽的なボキャブラリーの豊富さとが合致し、奇怪でユーモラスなサウンド・コラージュが繰り広げられるのだ。サウンドのとめどない動きと変容を楽しむアルバムである。
ニコラス・ジャーが20世紀後半の前衛音楽/実験音楽をまとめたコンピレーションをリリースしたニュース(http://www.ele-king.net/news/008676/)もあったが、いま、東ヨーロッパのエッジーな表現に対する注目度が高まっているのは国際情勢の影響もあるのかもしれない。〈連帯〉のレフ・ヴァウェンサが登場する以前の独裁政権下のポーランドでアヴァンギャルドな音楽に取り組んでいたボグスワフ・シェッフェルは、なるほど現代にも何かヒントを与えうる存在として再訪されているのだろう。それを小難しいものとしてではなく、風変りだが親しみやすく、彼らならではの「知的なダンス・ミュージック」──トラックによってはダンサブルなのだ──へと調理するマトモスは、実験の面白さそのものを体現する伝道師であり続けている。
木津毅