ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  2. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  3. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  4. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  7. 『成功したオタク』 -
  8. Jlin - Akoma | ジェイリン
  9. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  10. Mars89 ──自身のレーベル〈Nocturnal Technology〉を始動、最初のリリースはSeekersInternationalとのコラボ作
  11. bar italia ──いまもっとも見ておきたいバンド、バー・イタリアが初めて日本にやってくる
  12. Chip Wickham ──UKジャズ・シーンを支えるひとり、チップ・ウィッカムの日本独自企画盤が登場
  13. Ben Frost - Scope Neglect | ベン・フロスト
  14. exclusive JEFF MILLS ✖︎ JUN TOGAWA 「スパイラルというものに僕は関心があるんです。地球が回っているように、太陽系も回っているし、銀河系も回っているし……」  | 対談:ジェフ・ミルズ × 戸川純「THE TRIP -Enter The Black Hole- 」
  15. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  16. KARAN! & TToten ──最新のブラジリアン・ダンス・サウンドを世界に届ける音楽家たちによる、初のジャパン・ツアーが開催、全公演をバイレファンキかけ子がサポート
  17. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  18. 忌野清志郎 - Memphis
  19. Jungle ──UKの人気エレクトロニック・ダンス・デュオ、ジャングルによる4枚目のアルバム
  20. Savan - Antes del Amanecer | サヴァン

Home >  Reviews >  Album Reviews > Matmos- Ultimate Care II

Matmos

ElectronicExperimentalIDM

Matmos

Ultimate Care II

Thrill Jockey / Pヴァイン

Tower HMV Amazon

木津毅   Feb 18,2016 UP

 どうして洗濯機なのだろう……マトモスの新作を聴きながら、そのことばかりを考えてしまう。ワールプール社製の洗濯機が発する音だけで構築された本作『アルティメット・ケアII』は、現代のライフスタイルと音楽との関係性をコンセプチュアルにユーモラスに問う彼ららしい作品だと言えるし、生活音で作り上げられたハーバートの『アラウンド・ザ・ハウス』(02)を思い出すまでもなく、モダンなミュージック・コンクレート――もしくは「コンセプトロニカ」――としては正統なあり様のように感じられる。ただ逆に言えば、コンセプトのみにおいては強烈な真新しさを感じなかったのは正直なところで、ドリュー・ダニエルのソロ・プロジェクトであるザ・ソフト・ピンク・トゥルースの近作における、社会学的なアプローチが続いたコンセプトのほうがキャッチーなようにはじめは思えた。だが、意地の悪いインテリジェンスをつねに武器としてきたマトモスの功績を思い返すほど、冒頭の問いに立ち返るのである。そこにはきっと何か理由があるはずだ。どうして洗濯機なのだろう……。

 その回答のヒントは、38分12秒にわたるアルバムが1曲のみで構成されていることにあるように思う。たとえば「注水」「洗い」「すすぎ」「脱水」といった行程によって分割する曲構成もあり得たはずだ。が、そうならなかったのは、その38分12秒――もちろんそれは1回の洗濯にかかる時間である――にひとつのストーリーを見出しているからだろう。汚れた服を入れ、ボタンを押したらあとは放っておかれる機械の架空の物語がここでは繰り広げられる。
 興味深いのは、全体としてブレイクコアやIDMといったマトモスの「節」は炸裂しながらも、得意の優雅でポップなハウス的展開がほとんど見当たらないところだ。冒頭、ダイヤルを回して洗濯の水が注がれれば徐々にパーカッシヴなビートが入ってくるのだが、なにせBPMが140近くある。せわしなく機械は動き、そしてノイズがギリギリと雄叫びを上げる……それは比喩ではない。本当に機械が上げる悲鳴のように聞こえるのだ。やがてもう一度水音が聞こえればビートは消え、ダーク・アンビエント/ドローン的展開になだれ込んでいくのだが、その幻影的な音像の隙間から抽象的だがとても物悲しげなメロディが漏れてくる。それはこの秘密めいた音楽的冒険のなかの、もっともエモーショナルでメランコリックな瞬間だ。そしてそのまま、中盤は陶酔的な時間が引き延ばされ続け、25分あたりの完全にビートレスの瞬間はほとんど官能的ですらある。

 この物悲しさを、僕はマトモスの音楽のなかにずっと忘れていたことにそのとき気づかされた。テレパシーを主題にした前作『ザ・マリアージュ・オブ・トゥルー・マインズ』の突飛さもあったし、何より彼らの作品には素っ頓狂で黒い笑いがつねに滾っているからだ。だが、その隙間では声にならない悲鳴もつねに上げられていたのではないか。
 「アルティメット・ケア」、すなわち「究極の世話」とは何と皮肉めいた名称だろう。洗濯という必要不可欠な、しかし取るに足らない日々の家事において毎度上げられる機械の悲鳴。それが「究極」だろうと何だろうと人間は気にも留めないし、そうした煩雑なルーティンのなかで少しずつ心を削っていく。だがマトモスが言うには、想像力を働かせれば、そこでも音楽は鳴らされているのである。もし本作のことをインダストリアル・テクノと呼ぶのであれば、それは空虚な労働の横で鳴らされている機械音が生み出すエモーションと物語がでっち上げられているからだろう。だとすれば、これはミューザックが姿を変えて全世界的なBGMとなった現代の資本主義社会に対する、愉快で哀しい抵抗にも思えてくる。

 終盤10分はほとんど冗談のような打撃音の応酬が繰り広げられる。ファンキーだと言ってもいい。何も聞かされていなければ、これが洗濯の音なんて誰も思わないだろう……と僕はほくそ笑みつつ、ビートに合わせて頭を振る。洗濯の完了を告げるブザーが鳴れば我に返るが……次回の洗濯はいつもよりも楽しめるかもしれない。

木津毅