「R」と一致するもの

interview with Archie Pelago - ele-king


Grenier Meets Archie Pelago
『グレニアー・ミーツ・アーチー・ペラーゴ』

Melodic Records/Pヴァイン

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 要はタイミングである。だってそうだろう、生ジャズがハウスと一緒になった、珍しいことではない。新しいことでもない。が、アーチー・ペラーゴのデビュー12インチは、都内の輸入盤店ではずいぶんと話題になった。何の前情報もなしに売り切れて、再入荷しては売り切れ、そしてさらにまた売り切れた。
 僕が聴いたのは2013年初頭だったが、リリースは前年末。年が明けて、お店のスタッフから「え? まだ聴いてないの?」と煽られたのである。そのとき騒いでいたのは、ディスクロージャーの日本でのヒットを準備していたような、若い世代だった(……マサやんではない)。
 
 いまや人気レーベルのひとつになった、お月様マークの〈Mister Saturday Night〉が最初にリリースしたのがアンソニー・ネイプルスで、続いてのリリースがアーチー・ペラーゴだった。東欧やデトロイト、そしてUKへと、ポストダブステップからハウスの時代の到来を印象づけつつあった流れのなかでのNYからのクールな一撃だったと言えよう。

 アーチー・ペラーゴの結成は2010年、グレッグ・ヘッフェマン、ザック・コーバー、ダン・ハーショーンの3人によって、ブルックリンにて誕生。メンバーはPCやターンテーブルを使い、そして同時に、クラリネット、トランペット、チェロ、サックスを演奏する。全員が幼少期からクラシックとジャズを学んでいるので、うまい。PCにサン・ラーのでっかい写真(?)が貼られているところも好感が持てる。



 2013年以降は、自分たちのレーベル〈Archie Pelago Music〉を立ち上げて、コンスタントに作品をリリースしている。ジャズ/ハウスといったカテゴリーに留まらず、よりレフトフィールドな領域にもアプローチしている。IDMやブロークンビートの要素を取り入れながら、自分たちの可能性を広げているのだろう。

 この度NYの3人組は、サンフランシスコのDJ、ディーン・グレニアーとのコラボレーション・アルバム『グレニアー・ミーツ・アーチー・ペラーゴ』をリリースする。共作とはいえ、アーチー・ペラーゴにとっては初めてのアルバムとなる。



 このように、液体状のごとく溶けるジャズ・エレクロニカだが、これを中毒性の高い、夢世界を繰り広げるのがアルバムである。

いつもエレクトロニック・ミュージックは好きだった。ジャズのコンサートではなく、夜のクラブに行きはじめたのは2008年か9年頃。決定的なきっかけは、とあるバーにたまたま立ち寄った際に、素晴らしいサウンドシステムで、140bpmの音楽を聴いたときだったね。

バンドはいつ、どのようにしてはじまったのでしょう? 2012年、アーチー・ペラーゴが〈Mister Saturday Night Records〉から発表した「The Archie Pelago EP」は、同時期にリリースされたアンソニー・ネイプルスのEPとともに日本でもコアな人たちのあいだでずいぶんと話題になったんですよ。

Dan ‘Hirshi’:クローバとコスモとは、僕がニューヨークでDJをしていたときに別々に知り合った。ふたりとも僕のDJセットに生楽器をブレンドするという可能性を提示してくれてね、とても興奮したよ。彼らはエレクトロニック・ダンス・ミュージックの未来に関して、僕と同じような先見を持っていたからね。

Zach ‘Kroba’:大学を卒業してから、しばらくハーシと彼のDJのパートナーと一緒にいたんだけど、そのときに、ハーシがチェロ奏者と一緒にはじめる新しいプロジェクトに参加しないかと声をかけてくれた。コスモの家に行って曲を録音したのがはじまりだ。その後は知ってのとおりだね。

Greg ‘Cosmo D’:長いあいだ、僕らは、独自の方法でエレクトロニック・ミュージックを作ってきたんだよ。2009年から2010年にかけていろんなダンス・パーティに遊びに行っていたからね。とくにDub Warというパーティへよく行っていたんだけど、その後自分のまわりで起きていることをもっと深く自分のプロダクションへ反映させたいと思った。それがハーシに会ったときで、彼はクローバも紹介してくれた。そして、2010年にアーチー・ペラーゴがはじまったっていうわけ。

バンドをはじめようと言いだしたのは誰でしょうか?

G:とくに誰かがはじめようと言ったわけではないよ。セッションをしていくなかで、ごく自然に、有機的にはじまった。

メンバーのみなさん、クラリネット、トランペット、チェロ、サックスなど、生楽器を演奏しますが、それぞれの音楽のバックボーンについて教えて下さい。

G:子供の頃からチェロをならっていた。大人になってジャズとインプロヴィゼーションを学び、そしてエレクトロニック・ミュージックに興味を持ったんだ。大学の後にもっと真剣に楽曲の制作をするようになった。

Z:僕は、7歳の頃からクラリネットのトレーニングをはじめたんだ。1年後にはアルト・サックスの練習した。15歳でテナー・サックスに転向して、数年後にジャズの音楽学校に通いはじめた。学校ではギターのペダル・エフェクトをサックスに使う実験をはじめたり、ロジック・プロを使ってエレクトロニック・ミュージックの作曲もはじめたね。

D:僕は、5年生の頃からトランペットを吹きはじめている。バンドだったり、オーケストラ、ジャズ・バンドで演奏もしていたよ。ちょうど、自分の人格の形成期の頃だったね。大学でも演奏を続けていたけど、僕の音楽の探求はアカデミックな方向にも向かった。しかも、この頃にDJを覚えてWNYUというラジオ局で自分の番組も持ったんだ。また、リーズンというソフトを使ってアイデアを形にすることを覚えたのもこの頃。こうしたことが2014年のいまの自分が音楽的にどの立場にいるかを形成したと思う。

メンバーの役割分担はどうなっているのでしょうか?

G:僕たちはみんなで作曲して、クリエイティヴィティに貢献している。作曲後、さまざまなクリエイティヴなテクニックを通して、僕がミックスして、“アーチー・ペラーゴ・サウンド”を作り上げる。

D:僕たちの役割は絶えず変化する。たいていの場合、初めは誰かがアイデアを出して、それをグループで形作っていく。それぞれの得意な方向性があって、他のメンバーのフィードバックを受け入れている。

Z:他のメンバーと作曲することにはとても満足しているけどね。僕たちは楽々とお互いのアイデアを膨らますことが出来るから。そして、いつも互いに影響を受け合っている。

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〈Mister Saturday Night〉は特別な存在だよ。パーティをはじめたイーマンとジャスティンには明確なヴィジョンがあった。いちどなかに入ると、君はあることに気付くだろうね。それはイーマンとジャスティンがダンス・ミュージックの外にある音楽世界を意識していることなんだ。


Grenier Meets Archie Pelago
『グレニアー・ミーツ・アーチー・ペラーゴ』

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ジャズのアーティスト/もしくは作品でとくに好きなのは誰/もしくはどの作品なのでしょうか?

G:エリック・ドルフィーで、『Out to Lunch』だね

D:リー・モーガンの『Lee-way』かな。

Z:それでは僕は、キース・ジャレットの『Fort Yawuh』をあげておこうか。

みなさんがクラブ・カルチャーに入ったきっかけは何だったのでしょう?

G:初めの頃から、僕は、いつもエレクトロニック・ミュージックは好きだった。ジャズのコンサートではなく、夜のクラブに行きはじめたのは2008か9年頃かな。決定的なきっかけは、カルガリーのとあるバーにたまたま立ち寄った際に、素晴らしいサウンドシステムで、140bpmの音楽を聴いたときだったね。ニューヨークに戻ってからは、もっと深いところを追求するようになった。

D:大学の頃にヒップホップのシーンに関わっていたんだけど、エレクトロニック・ミュージックは、単純に次のステップだった。とくにDub Warというイヴェントが新しいダンス・ミュージックへの扉を開いてくれた。2009年から10年にかけて、多くのUKのアーティストがプレイしていたような音楽だよ。この音楽とそのコミュニティにとても影響を受けている。想像力を掻き立てられたんだ。

Z:僕は若いころからジャングルとかIDMをたくさん聴いてたからね。2008年頃に、UKガラージとダブステップにハマった。当時はまだ21歳未満だったから、ニューヨークのほとんどのクラブには入れなかった。で、2009年から10年頃にオランダのアムステルダムに住んでいて、ようやくお気に入りのDJやクラブに行けるようになった。これが大きなきっかけになったね。

〈Mister Saturday Night〉はレーベルであり、ブルックリンのパーティでもあるそうですね。どんな特徴のパーティなのでしょう? あなたがたと〈Mister Saturday Night〉との出会いについて教えて下さい。

G:Mister Saturday Night(MSN)のスタッフとはジョーダン・ロスレイン(Jordan Rothlein)を通して知り合った。ジョーダンは、いまはレジデント・アドバイザーで記事を書いているよ。
 そうだな……僕は、当時はWNYUでレギュラー番組を持っていた。僕たちの曲をMSNのスタッフに渡してくれて、アーチー・ペラーゴとつながるべきだと推薦してくれた。MSNは特別な存在だよ。パーティをはじめたイーマン(Eamon)とジャスティン(Justin)には明確なヴィジョンがあった。MSNはきちんとブランディングするような会社が作ってきたわけじゃないからね。ふたりとその仲間たちが主導して進めてきたものなんだ。パーティ自体がとても独特で、いちどなかに入ると、君はあることに気付くだろうね。それはイーマンとジャスティンがダンス・ミュージックの外にある音楽世界を意識していることなんだ。だから僕たちが関われたんだよ。アーチー・ペラーゴではなく、プロとして活動するミュージシャンとして。

生楽器の演奏とPC(デジタル)との融合が〈Mister Saturday Night〉の特徴ですが、エレクトロニック・ミュージックでとくに影響を受けたのは誰でしょうか?

G:直接の影響は説明しづらいな。それぞれのメンバーがそれぞれの方法で演奏をはじめて以来、エレクトロニックな要素はミュージシャンとしての僕たちが求める重要なものだった。最近見たKiNK(※ブルガリアの炉デューサー)とVoices from the Lake(※イタリアの2人組)のライヴ・ショーにはとくに感動した。

Z:Voices from the LakeとKiNKは、エレクトロニックを混ぜたインプロを見せてくれたよね。まさに僕らの求めるものだった。僕らの好むパフォーマンスにはリスクが必要だし。

Archie Pelagoというバンド名の由来について教えて下さい。

D:このプロジェクトをはじめたとき、コスモと僕でバンド名のアイデアを出し合っていた。アーチー・ペラーゴは発音しても本当に面白い言葉だよね。僕は、本当に存在するかもわからないようなアーティストに魅了されてきた。アーチー・ペラーゴはひとつの名前だけど、バラバラの素材がひとつの完全体を作り上げているんだ。根底には、共通のヴィジョンを持った共同体、諸島、列島という意味がある。

G:それと僕たちのホームタウンのニューヨークは専門的に列島(archipelago)だろ。このこともバンド名には反映されている。

ライヴはよくやられているのでしょうか?

G:月に何回かね。それからSub FMでは毎月第1と第3日曜に自分たちの番組を持っている。こちらの現地時間で夜の11時からの放送で、ネット配信なので世界中から聴くことができるよ。

自分たちのレーベル〈Archie Pelago Music〉を立ち上げた理由は?

G:自分たちのやり方で、自身の音楽を出していきたかった。少なくとも2、3作をリリースしてみて、その過程がどのようなものか知りたかったんだ。

D:自分たちの音楽に対して、クリエイティヴなコントロールを自分たちで行うのはとても重要だし。

Z:僕たちの書いてきた音楽って、どこか他のレーベルが興味を持ってくるかわからないから。“Sly Gazabo”は素晴らしい曲だったし、自分たちのやり方で出来るのかやってみたかった。

シングルでは、いろいろなアプローチ──ジャズ、ハウス、ブロークン・ビート、エクスペリメンタル、IDMなどなど──を試していますが、これは、ひとつのスタイルを極めるよりも、たくさんのことをやりたいというバンドのスタンスを表しているものなのでしょうか?

G:僕たちは、自分自身の音楽的宇宙を創造したいと熱望している。自分らが共有してきた経験を取り囲むもの。発展させていく音楽とクリエイティヴに関する興味を反映させたものだ。ファンには音楽の進化として、過去の音楽ジャンルと僕たちの成長を見てもらいたい。

PCを使った音楽で、とくに影響を受けた作品はなんでしょう?

G:マトモスの『A Chance to Cut is a Chance to Cure』はコンピュータが制作の過程として機能するという意味においては、初期に大きな影響を受けたね。

D:ザ・フィールドの『From Here We Go Sublime』が大好きだな。極限にミニマルで、極小のサンプリングがとてもパワフルなんだ。

Z:オウテカ、エイフェックス・ツイン、ヴェネチアン・スネアズ、スクエアプッシャーには個人的にとても影響を受けた。自分はジャズ・ミュージシャンとして、彼らの興味深いシンコペーションの方法を楽しんでいるんだよ。

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オウテカ、エイフェックス・ツイン、ヴェネチアン・スネアズ、スクエアプッシャーには個人的にとても影響を受けた。自分はジャズ・ミュージシャンとして、彼らの興味深いシンコペーションの方法を楽しんでいまるんだよ。


Grenier Meets Archie Pelago
『グレニアー・ミーツ・アーチー・ペラーゴ』

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今回、ディーン・グレニアーとのコラボレーション作品とはいえ、初めてのアルバムとなりました。シングルではなく、どうしてアルバムにまで発展したのでしょうか?

G:このアルバムは僕たちにとって未知の領域だよ。部分的にはフル・アルバムをリリースしたといえるだろうけど、いままでにも多くの曲を書いてきたからね。

D:これはただのはじまりに過ぎないよ。

Z:セッションではたくさんの曲を作ったよね。で、これはオーディエンスに聴かせる価値があると感じた。

ディスタルが縁でディーン・グレニアーと知り合ったと言いますが、ディスタルと知り合ったきっかけは何でしょうか?

D:2009年から10年にかけて、ディスタルがニューヨークにツアーに来ていたときに会った。そのとき僕らがWNYUの番組に誘ったんだ。それから連絡を取り続けて、〈テックトニック〉からリリースされたヘクサデシベル(Hexadecibel)とのコラボの「Booyant」のリミックスで初めて一緒にやれたんだよね。

ディーン・グレニアーのどんなところに共感したのですか?

G:スタジオでの化学反応がすごくよかった。アイデアが自然にすぐに出てくるんだ。

D:お互いの音楽を好きなことも要因だよね。

Z:実は、2011年末にグレニアーがニューヨークに来たときに一緒に数曲録音したんだ。実りの多いセッションでね、だから、その後のコラボを目指してきたんだ。

サンフランシスコでのセッションは、どんな感じだったのでしょうか?

G:建設的で、オーガニックな感じで、とても満足のいくものだった。

D:ペール・エールとソーセージが燃料になった感じ。

Z:数日の中でいろんな音楽を詰め込むことができたかもね。

生楽器の音色が、液体が溶けるようだったり、大気中に溶けるようだったり、とてもユニークな録音になっているように思います。

D:そうだね、アーチー・ペラーゴのサウンドとグレニアーのプロダクション・スタイルがピッタリとハマった感じだよね。

Z:グレニアーの特徴的なプロダクションがアーチー・ペラーゴの音色の幅のなかに溶け込んでいるのがきっと聴こえるよ。これは本当に偶然的なことだよ。

G:うん、まわりの状況がどうであれ、作曲して制作することは僕にとっては呼吸をするようなも。制作過程のなかで、時間と場所があって、音楽を広げることと、深くへ入り込んでいく好奇心を共有できたのはラッキーだった。

“Swoon”の出だしが最高で、思わず音楽のなかに引きずり込まれますが、とくにお気に入りのトラックは?

G:難しい質問だね。個人的には“Cartographer’s Wife”がアルバムの中心だと思っている。ジャングルのなかで宝箱を見つけたような感じじゃない? 他のメンバーは否定するかもしれないけどね。

Z:僕は、いまは“Tower Of Joined Hands”がお気に入りかな。だけど、心のなかには“Monolith”もある。

D:うーん、僕は、“Hyperion”と“Tower Of Joined Hands”がいまの気分だね。

ほかにも、“Navigator”のハウスのリズムとトランペットの重なり方も素晴らしいと思いましたが、今作には、テクノ寄りのダンス・ミュージックがありますね。たとえば、ミニマルな“Pliny The Elder”、あるいは“Phosphorent”、で、いま話に出た“Tower Of Joined Hands”もダンス・ミュージックへの情熱を感じる曲です。こうした曲には、ディーン・グレニアーの存在が大きいのでしょうか?

G:いろんな段階だったり、さまざまな方法で、僕たち全員がこのアルバムのすべての楽曲に関わっているんだ。とく誰かってわけではないよ、みんなで共有しているものだ。

あながたの好きなテクノについて話して下さい。

G:ピーター・ダンドフ(Petar Dundov)にはやられた。彼の音楽の組み立て方とシンセのパターンは素晴らしいと思う。

Z:〈ザ・バンカー〉(The Bunker)、〈トークン〉(Token)、〈スペクトラム・スプールズ〉(Spectrum Spools)、〈ジオフォン〉(Geophone)、〈プロローグ〉(Prologue)あたりのレーベルはいつも僕の鼓膜を喜ばしてくれる。迷宮のなかに深く潜り込んでいく感じがするね。

D:僕はロバート・フッドやアンダーグラウンド・レジスタンスが好きだね。

好きなDJの名前をあげてください。

D:ターボタックス・クルー(Turrbotax crew)、ヌーカ・ジョーンズ(Nooka Jones)、ベンUFO、ドナート・ドッジー(Donato Dozzy)……。

G:お気に入りはいつも変わっているんだけど、最近だとグラスゴーで見たジェネラル・ラッド(General Ludd)のギグが良かった。

Z:カルロス・ソーフロント(Carlos Souffront)は選曲もミックスのスキルの点でもマスターだと思う。デトロイトはいつも素晴らしいよね。ドナート・ドッジーもシャーマン的なマスターだよ。

アーチー・ペラーゴのインスピレーションの源はなんでしょう?

G:人生だね。

Z:ピザだね。

D:人生とピザだね!

アーチー・ペラーゴ単体のアルバムのリリース予定はありますか?

G:もちろん! 引き続き注目していて下さい!

Kouhei Matsunaga / Drawings - ele-king

 坂本慎太郎や中原昌也、あるいはドラゴン(カタコト)のように、絵の才能に長けたミュージシャンは少なくない。〈Skam〉や〈PAN〉といったレーベルからの作品で、我々の耳を楽しませているコーヘイ、NHK’Koyxenが、この度、スウェーデンの〈Fang Bomb〉から彼のペン画集『Kouhei Matsunaga / Drawings』を発表した。88ページのハードカバー仕様に40のドローイングが収められている。
 たいていの場合、ミュージシャンが絵を発表するときは、みんなこう言う。「驚いたよ、こんなにうまかったんだね」と。NHKコーヘイの場合もそうだ。彼の音楽とも似た、ユーモアとミニマリズム、そして控え目な異様さ/奇怪さが、おどろくほどシックに描かれている。パリのアニエスベーで出版記念パーティがあるというが、意外と言ったら失礼だろうけど、部屋に飾っておきたくなるような、なかなか洒落た絵だ。モチーフには動物、とくに鳥が多い。たしかに彼の『Dance Classics』シリーズにも動物の写真が使われている。なお、画集には、7インチ・シングルも封入されている。音はこんな音。



 ちなみにNHKコーヘイ、ただいまヨーロッパ・ツアー中。5月末には東京のClub Asia(ブラックテラー)での公演もある。Kボンとのセッションもあるとか……この機会に、ぜひ、彼のユーモラスなライヴを経験しよう。


Kouhei Matsunaga / Drawings

Fang Bomb
FB023
BOOK+7inch

3,780円+税

https://www.inpartmaint.com/shop/kouhei-matsunaga-drawings/


Sisyphus - ele-king

 シシフォス王は罰を受け、山頂まで岩を運んでいる。あと少しで山頂に届くところまで岩を押し上げると岩はその重みで底まで転がり落ち、それは永遠に繰り返される……徒労を意味するギリシア神話のひとつ、『シシフォスの岩』である。この逸話にどことなく漂う滑稽さの正体は何なのだろう。シシフォスは、どうしてこの罰を「やめる」ことができないのだろう?
 スフィアン・スティーヴンス、NYベースのオルタナティヴ・ヒップホップ・アーティストのサン・ラックス、シカゴ出身のセレンゲティによるプロジェクト(後者ふたりは〈アンチコン〉に関わりが深い)であるシシフォス。2012年のEPの時点では三者の頭文字を取ってs / s / sと名乗っていたが、フル・アルバムに際してアーティスト名を変更したようだ。そしてそのことが、このシュールなヒップホップ・プロジェクトの……というか、おそらくはスフィアン・スティーヴンスの表現のありようをよく示しているように思われる。もはや笑ってしまうぐらいに虚しく悲しい、人間たちの群像画。もちろんそこには、本人たちも含まれている。

 セルフ・タイトルのアルバムの内容は乱暴に一言で言えば、スフィアン・スティーヴンスがクラウド・ラップをやってみたら……というものだ。おそらくはサン・ラックスによるものが多いだろうエレクトロ調のビートを軸として、そこに時折スフィアンのメランコリックで美しいメロディと管弦楽器のアンサンブルが加わり、セレンゲティが抑揚のあまりないラップをブツブツと繰り広げる。感覚として近いのはスーパー・ファーリー・アニマルズのグリフ・リスがブーム・ビップと組んでエレクトロ・ヒップホップをやったネオン・ネオンだろうが、あそこまで(音として)コンセプチュアルではなく、シシフォスの音のほうがもっと現代風で抽象的だ。そうたぶん、壊れたエレクトロニカとオーケストラル・ポップの合体作だった『ジ・エイジ・オブ・アッズ』の続きと言ったほうがいい。カラフルなシンセ・ポップに突如として壮大なコーラスが重ねられる“リズム・オブ・ディヴォーション”や、ダウナーなヒップホップに急に可愛らしいチェンバー・ポップが加わってくる“マイ・オー・マイ”などは、確実にシシフォスにしかないオリジナリティである。
 シシフォスも他のこうした多くのプロジェクトのように、はじまりこそ遊びの要素が強かったのかもしれない。蛍光灯がビカビカ光るようなシンセ・サウンドのオープニング“カーム・イット・ダウン”の時点ではまだそれがあるし、ヴィデオでスフィアンがセレンゲティといっしょにラッパーを気取ってみせる“ブーティ・コール”なんかには、これはジョークなんだというポーズがある。だが、2曲めの“テイク・ミー”の時点でもう、スフィアンはアブストラクトなビートの上で物悲しげに「僕はきみの友だちになりたいんだ……」と繰り返している。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』で「僕はよくなりたいんだ!」と気がふれたように繰り返していたのと何が違うというのだろう? 実際アルバムにはもう1曲ラップのないトラック、スフィアンが震える声で歌う“アイ・ウォント・ビー・アフレイド”というフラジャイルで美しいバラッドが収められていて、そうしたトーンが全体に色濃く影を落としている。
 それはセレンゲティでラップを乗せるトラックでも同様で、たとえば労働者のキツい生活を綴っているらしい“ディッシーズ・イン・ザ・シンク”のメランコリアにはもはや呆然としてしまうぐらいだ。続くトラックでは同じメロディが繰り返され、スフィアンは歌う……「これが僕の選択だった」。曲名は“ハードリー・ハンギング・オン”、「ほとんど耐えられない」だ。シシフォスの岩はまた落ちていく……。


Sisyphus - Alcohol (Lyric Video) from Sisyphus on Vimeo.

 ラストの“アルコール”に用意されたリリック・ヴィデオにもまたぎょっとさせられるものがある。それはビートに合わせてひたすらこの世界のありとあらゆる事象の画像が次々と映し出されるなかばグロテスクなもので、90年代以来のヒップホップVJ感覚とスフィアンのコラージュ・アートが接続されたと言えばいいだろうか、この世界で起きていること、そこで生きている人間たちの感情がごちゃ混ぜになって迫ってくる。曲にはいつしか勇壮なオーケストラが導入され、過剰なスケール感でアルバムは終わっていく。ここまで書いて思い出したが、アルバムはジム・ホッジというヴィジュアル/インスタレーション・アーティストの作品群、その「セックス、エイズ、ドラッグ、死の恐怖、孤独、愛や美」といった抽象的なテーマに強くインスピレーションを受けているという。
 単純に楽しいコンセプトとしてエレクトロ・ヒップホップをやることは、どうしてもスフィアン・スティーヴンスというひとにはできないのだろう。彼の誇大妄想が、その狂気がここでもまた一種のファインアート的展開を見せている。そこで繰り返し描かれる生の不条理や虚無感、愛や信仰といったモチーフは、作品を重ねるごとにますます深みにはまっていくようですらある。

interview with Plaid - ele-king




PLAID
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 コンセプトしてのチルウェイヴってやつには3つの切り口がある。ひとつ、ネット時代のコミュニティが生んだジャンルであると。もうひとつ、ベッドルーム・ミュージック。で、もうひとつはドリーミーであるってこと。この3つのポイントについて時間を遡ると、1992年の〈ワープ〉に行き着くわけだ。よって橋元優歩さんはオープンマインドになって、この時代のテクノを復習すべきってことですね。
 『アーティフィシャル・インテリジェンス』のジャケに、CGによって描かれているのは踊っている人の群れではない。部屋に佇む「ひとり」だ。ネットが普及するずっと前の話だが、ネット上の議論の模様をそのままジャケに掲載したのも『アーティフィシャル・インテリジェンス』の「2」だった。
 何故こんな懐かしい話をしているのかって? 橋元さんはそこまで強情なのかって? いやいや、そういうわけでは……ほら、聞こえるでしょう。パテン、リー・バノン、DJパープル・イメージ(D/P/I/)、あるいは、ブレイク必至のゴビー(ARCAのレーベルメイトで)……、そう、エイフェックス・ツインの足音がもうすぐそこまで来ているじゃありませんか。
 彼こそはクラブの壁を崩して、その向こう側にあるベッドルームとの往復を実現させた張本人。そして、プラッドは、その方向性に与した人たち。「僕は部屋で座って未来を夢想している(I'm sitting in my room imagining the future)」、出てきたばかりの彼らの有名な曲(“Virtual”)には、こんな科白があった。1989年、セカンド・サマー・オブ・ラヴの真っ直中に、ひとりになりたいと彼らは言っていたのである。(大幅に中略)……それでも彼らがダンス・カルチャーと離れることはなかった。このねじれ方、パラドキシカルな感覚こそ90年代的だったと言えるのかもしれない。

 そんなわけで、プラッドの最新アルバム『リーチー・プリント』、フィジカル・リリースとしては2011年の『シンティリ』以来の作品だ。

 『リーチー・プリント』はクセのない作品で、テクノ・マニア専用の音色があるわけでもない。こざっぱりとして、メロディアスで、とにかく、聴きやすいアルバムである。プラッドの音楽はもともと聴きやすかったけれど、新作は、さらにいっそう、まるくなったように思われる。一歩間違えればMORだが、いや、これは円熟と呼んであげよう。彼らの音楽は、際だったキャラのエイフェックス・ツインと違って、地味~に、地味~に(25年経とうが、コアなファン以外で、エドとアンディの顔が即座に思い描ける人はどれだけいるだろう)、長い時間をかけて愛されてきたのだから。
 ──ちなみに、エイフェックス・ツインやプラッド(当時はブラック・ドッグとして知られていた)を世界で最初に大々的に推していたのは、のちにアニマル・コレクティヴを世に広めるロンドンのファット・キャットである。


その時代はハウス・パーティが終焉を迎える時期だったと思う。プロパガンダによりパーティがたくさんあったけど、結局右翼とかが出てきて、取締りにあったりして、だんだんパーティ自体が消滅していったよね。

いまも、おふたりともロンドンで暮らしているのでしょうか?

アンディ:ロンドンのスタジオは一緒にシェアしているんだけど、僕はまだロンドンに住んでいて、エドはロンドンから1時間半の郊外に住んでるよ。

2枚のサントラを入れると10枚目のアルバムになるんですね。おふたりの場合、Black Dog 名義での活動もありますから、Plaidとしての10枚というのはどんな風に思っているのかなと。

エド:かなり長いあいだレコーディングしてたからこれが本当にリリースされるのかどうなのか正直不安になったほどだったけど……いまはリリースできて嬉しいよ。

オリジナルのフル・アルバムとなると2011年の『Scintilli』以来となりますが、この3年間はどんな風に活動していましたか? 

アンディ:ライヴがいちばん活動として多かったかな。あとはコマーシャル・プロジェクトや映画の仕事とか。でも曲は常に書いてる感じだね。

※ここでエドの回線がおかしくなり、通話から消える。

日本には根強いPlaidのファンがいることはもうご存じかと思います。日本のライヴの良い思い出があれば話してください。

アンディ:日本には良い思い出があるね。でもすごく覚えているのが日本に行った時に映画の仕事を同時並行でやっていたときがあって、締切の関係で日本でのライヴが終わった後も作業をしなくちゃいけなくて睡眠時間が少なくて、とても辛かったのを覚えているなぁ。
 あとは僕個人としては家族と一緒に富士宮に行ったことが一番印象深いね。いつもツアーであちこち行くだけで本当の意味でその国の街並みを見ることってあまりないんだけど、そのときはゆっくり日本を堪能出来てとても楽しかったね。

あなたがたの作品が日本で出回りはじめたのは1991年頃なのですが、実は、今年で結成25周年なんですね。1989年の、結成当時のことはいまでもよく覚えていますか?

アンディ:エドと僕は学生時代からの友だちなんだけど、卒業後は連絡先を失くしてしまって音信不通になっていたんだ。ところが、お互いロンドンに出てきていて、そこで再会したんだよ。当時僕はロンドンのラジオ局でDJをしていて、エドは曲を書いたりしていたんだけど、僕のライヴを見に来てくれて、そこで再会して、連絡先を交換して、一緒にやることになったんだ。

最初はどんな機材で作っていたのですか?

アンディ:最初は最小限の機材で作業してたんだけど、MIDIとかAMIGA500、あとたしかチーターっていうシンセと初期のローランドを使ってたかな。その後AKAI 950とかも使いはじめたと思う。

お互いの役割というのは、いまも昔も変わりませんか?

アンディ:うん、とくに変わってないね。

最近は90年代リヴァイヴァルだったり、セカンド・サマー・オブ・ラヴが再評価されていますが、若い子たちからあの時代の質問をされることが多いんじゃないですか?

アンディ:いや、実は他の人からもこのこと聞かれたんだけど、僕自身は自分たちがそういう風に取られられてることにあまりピンと来てないんだよね。だけど、君が言う通り、その質問は多くされるよ。

80年代末から90年代初頭は、おふたりにとっても良い時代だったと思いますが、あの時代のどんなところがいまでも好きですか?

アンディ:好きだと言うより、その時代はハウス・パーティが終焉を迎える時期だったと思う。プロパガンダによりパーティがたくさんあったけど、結局右翼とかが出てきて、取締りにあったりして、だんだんパーティ自体が消滅していったよね。

学生時代は、自分たちの将来に関してどんな風に考えていたんですか?

アンディ:残念なことに僕は家を早くに出たから、学生でいた期間はとても短いんだけど、そのときはあまりどうしようとか考えてなかったと思う。クリエイティヴなことをしたいなって思ってただけで、そこまでいろいろ考えていたわけでもなかったなぁ。

もし、ヒップホップやテクノと出会ってなかったら、何をやっていたと思いますか?

アンディ:もしやってなかったらMaster of Artの修士を取ってたと思うよ。さっきも話たけどクリエイティヴなことをやってたと思うんだ。例えばプログラマーとかね。

Plaidもそうだったし、エイフェックス・ツインもそうでしたが、デビュー当時、いろんな名義を使って匿名的に活動していましたよね。あれはあなたがたにとってどんな意味があったんでしょうか?

アンディ:実はとても最悪なレーベルと契約してしまったことがあって、別で活動するために名前を変えたっていうのがあるんだ。そのレーベルと契約したときにアルバムをリリースしても自分たちに一銭もお金が入らなかったりして、困ってたことがあったんだ。でも契約している名前を使って曲を作るとまたお金も入ってこないから、別の名前を使って活動するしかなかったというのが本当のところだよ。

シカゴ・ハウスやアシッド・ハウスよりもエレクトロやデトロイト・テクノのほうが好きだったのでしょうか?

アンディ:全体的には、そうだね。最初はヒップホップから入ったんだけどね。ラップのジャンルレス的な感覚に惹かれて、ヒップホップを聴きはじめて、その後デトロイ・トテクノに出会って、自分はこういうのが好きなんだってわかったんだ。なんていうか、いろんな要素を含んでいるのにメロディがあって楽しめる音楽っていうのがいいよね。

あなたがたの音楽がダンスの要素を強調しなかったのは、クラブで遊びよりも、どちらかといえば、部屋に籠もっているほうが好きだったからなのでしょうか?

アンディ:うーん……わからないなぁ。いまはもう40代も半ばだから昔ほど踊らないというのはあるけど……でも、いまでも出かけて音楽を聴いてるよ。


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もう遅いかもしれないけど、宇宙飛行士になりたいのはずっと昔から同じだよ。それがダメならクリエイティヴなことがいいかな。音楽じゃないならゲームデザインとかね。


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Black Dog Productionsとしての活動が、日本で暮らしている我々にとっての最初の出会いでした。いまでも『Bytes』(1993年)には愛着がありますか? それともPlaid名義の最初のアルバム『Mbuki Mvuki』のほうがより愛着があるものですか?

アンディ:僕は『Bytes』かな。これこそ僕らの原点だなって思うんだ。『Mbuki Mvuki』はもっとヘヴィーなサウンドなんだけど、これはそのときの雰囲気を詰め込んだっていう感じだから、ちょっと普段の僕たちとは違うよね。

オリジナル・メンバーだったKen Downieとは連絡は取り合っているのでしょうか?

アンディ:いや、もう別れて以来話してないね。

新作の『Reachy Rrints』は、いままで以上、とてもリラックスした感覚を持っていますね。メロディは魅力的で、音色も曲調も、ねらってやっている感じがないんです。そこは自然にそうなったのでしょうか?

アンディ:どちらもっていう感じかな。最初にあったレイヤーからいらない音を省いていくって作業をするんだけど、いろいろな作業を経て最終的にいちばん良い物だけを残すんだ。

録音がとてもクリアなのですが、特別に気を遣っていることがあれば教えて下さい。

アンディ:正直プロダクションの効果がいちばんあると思う。さっき話した通り、余分なものを取り除いたりしたから、クリアなサウンドが出たのかもしれないよね。

のりで作ったという感じではなく、時間をかけて丁寧に、緻密に作っているように思うのですが、実際のところいかがでしたでしょうか?

アンディ:基本的に曲はライヴでやることを前提に作っているんだよね。やっぱりライヴで聴きたいと思う曲を作る方が聴いてるオーディエンスにも伝わりやすいでしょ?

1曲目の“OH”をはじめ、音色の豊富で、弦楽器などいろいろな楽器の音を使っているようですが、音選びについてはどのように考えていますか?

アンディ:ストリングスを弾いているのは、ここ最近一緒にやってるギタリストなんだけど、生のストリングスとシンセサイザーのストリングと、どっちも使って音の質感の違いを出しているんだよ。

何か機材面での変化はありましたか?

アンディ:新しいドラムマシンをいくつか試したんだけど……エド! お帰り! 戻ってこれてよかったよ。もうインタヴューは進んでいて、機材の話だよ。ドラム以外で新しい機材何か使った?

※ここでエドの回線が復旧して戻ってくる。

エド:Razorっていう新しいシンセを試したよ。ヴォコーダーとしても使えるからこのアルバムでは結構使ったね。ちょっといままでと違う感じの音になるしね。

4曲目“Slam”には、ちょっとオールドスクール・エレクトロのセンスが入ってるように思いましたが、90年代のように、マニアックなテクノ・リスナーを想定していないというか、もっと幅広いリスナーに向けられているように感じます。そのあたり、映画のサウンドトラックの経験が活かされているのかなと思ったのですが、どうなんでしょうか?

アンディ:そうだね、さっきも話したけど、映画と自分たちのアルバムを作ることは違うプロセスがあるけれど、そういうことから学んだことを自然と活かせているのかもしれないよね。

老いることが音楽にどのように影響しているんだと思いますか?

エド:どうだろう、まぁ、少なからずとも経験値が増えたことでいろいろなことができるようになっているとか、そういうスキルアップはあると思うけど、歳をとることで何かが変わることはとくにないと思うよ。

作者からみて、今回のアルバムが過去の作品と決定的に違っているのは、どこにあると思いますか?

アンディ:すべて新しい曲だっていうことだね。コンセプトがあるわけじゃないから、何が違っていうのもはっきりはわからないけども、新しいことを取り入れていることも前と違うっていう意味ではそうなのかなぁ。

エド:同じことを何度もやらないようには気をつけてるよ。でも単純に好きなことをやるっていうのはあるかもしれない。基本的な核の部分は最初から変わってないと思うよ。

今回のアルバムのコンセプトは、人生における「以前」「以後」だと言いますが、どうしてそのようなことを思いついたんですか?

エド:アルバムをまとめはじめたときに、なんとなく君が言ってる意味に集約されている感はあったんだ。別に何も意図したわけでもなく、なんとなくまとめていったらそういう感じのものになっていたというか。「記憶」っていうキーワードが見えてきて、その記憶がよみがえったり、記憶が消えていたりっていう、それが自分のイマジネーションをどう掻き立てるのかっていうところに行きついたというか。

アンディ:アルバムをまとめるときに各ピースをあてはめていくんだけど、なんとなくハマらないピースとかもあったりするんだよね。それをのぞいてハマるものを探していったら、そういうテーマっぽいものにまとまったっていう感じだよね。

曲名はどのように付けられたのですか?

エド:いくつかは仮タイトルをそのまま起用したり、その他は曲が出来あがってからそのイメージでタイトルをつけたりしたね。タイトルをつけるときは聴いた人がその曲をはっきりイメージできるようなタイトルにするように心がけているけど、できるだけ抽象的に、聴いた人が自分の解釈で曲を聴けるようにっていうところは気をつけてるかな。

アンディ:曲名自体はそんな重要じゃないと思うんだよね。タイトルはシリアルナンバー的なものだと思うから、人と話すときに助けになるものあればいいと思ってるくらいかな。

いま現在のあなたがたの音楽活動を続ける以外の夢はなんでしょうか?

アンディ:僕もだけど、ふたりともプログラミングが少しできるからそういうのをやってもいいし、あとはアプリの開発をやりたいね。他にオーディオ・ヴィジュアルに関連することもいいね。僕たちの音楽に関係することがいいよね。

エド:もう遅いかもしれないけど、宇宙飛行士になりたいのはずっと昔から同じだよ(笑)。それがダメならクリエイティヴなことがいいかな。例えば、音楽じゃないならゲームデザインとかクリエイティヴなビジネスとかね。

Plaidの音楽は、政治や社会とは直接関わりのあるものではありませんが、そのことは意識しているのでしょうか? 

アンディ:まぁ頭にあることはたしかだけど、あまりダイレクトにそれを出さないようにはしてるね。あまりはっきりしたものよりも抽象的なもののほうが聴く人に委ねられるから、そのほうがいいかなって思ってる。

若い世代のエレクトロニック・ミュージックは聴きますか?

エド: ふたりともDJもやるからいろいろな音楽は聴くよ。それが若い世代かどうかまではよくわからないけど……

いま、Plaidがリスナーとして面白がっているエレクトロニック・ミュージックはなんでしょう? 

エド: いまは、MASTとエッセントっていうのが面白いと思う。

人生でもとくに今日は最悪な日だというときに聴きたい音楽は何でしょうか?

アンディ:わからない……自分にとってどういう意味で最悪だと定義するかで聴く音楽が変わると思うけど、全般的にエレクトロ・ミュージックを聴くかな。落ち込んでるときにハッピーな気分にさせてくれるからね。

エド:僕は、オールド・ソウルとかニューオリンズのファンク・バンドとかダンス・ミュージックを聴くかなぁ。

今年の予定を教えて下さい。

アンディ:3週間後からツアーがはじまるよ。いまのところはツアーがメインだね。その後もしやれるのであれば映画音楽をまたやりたいなと思っているよ。


interview with JINTANA & EMERALDS - ele-king


JINTANA & EMERALDS - Destiny

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 どこかにありそうでどこにもないベイエリア〈エメラルド・シティ〉から、極上のメロウ・ミュージックが届けられた! 横浜を拠点とする〈PAN PACIFIC PLAYA〉から、JINTANAが中心となって結成されたネオ・ドゥーワップ・バンド(!?)、JINTANA & EMERALDS。彼らがこのたびリリースするアルバムがそれだ。すでに7インチ盤「Honey/Runaway」を発表し、そのとてつもなくユニークなサウンドを国外にまで知らしめた彼らが、ついに『Destiny』という10曲入りアルバムをリリースすることになった。

 本作ではドゥーワップにとどまらず、フィル・スペクターを連想させるような、オールディーズの雰囲気がつめこまれている。ロネッツ風あり、モータウン風あり、プラターズ風あり、そしてジョー・ミークのカヴァーもあり。現代の音響技術を駆使してアップデートされた、21世紀版のウォール・オブ・サウンドが聴こえてきたら、そこはもう、青い海と青い空に囲まれた架空の都市〈エメラルド・シティ〉である。

 そんな本作の世界観を支えるのは、スティール・ギターを弾くJINTANAである。彼が抱いていたオールディーズの世界にメンバーは運命(destiny!)のように集まった。このユニークで、どこか大瀧詠一やYMOのノベルティ盤を思わせる本作を追求すべく、主要メンバーであるJINTANA EmeraldsとTOI Emeralds(一十三十一)にインタヴューをおこなった。

JINTANA & EMERALDS
横浜発、アーバン&メロウ集団PPPことPAN PACIFIC PLAYA所属のスティールギタリスト、JINTANA率いるネオ・ドゥーワップバンド、JINTANA&EMERALDS。リーダーのJINTANA、同じくPPP所属で、最近ではあらゆるところで引っ張りだこのギタリスト、Kashif a.k.a. STRINGSBURN、媚薬系シンガー、一十三十一、女優としても活躍するMAMI、黒木メイサなど幅広くダンス・ミュージックのプロデュースをする行うカミカオルという3人の歌姫たちに加え、ミキサーにはTRAKS BOYSの半身としても知られる実力派DJ、CRYSTALを擁する6人組。

「声が個性的でカッコいい唄物」をやりたいと思ったとき、愛聴しているドゥーワップと〈PPP?のノリが僕の中で繋がったんです。それで一十三十一に電話して……  (JINTANA)

『Destiny』、聴かせていただきました。この作品はかなりコンセプチュアルですよね。クラブなどでみんなで話しているうちにノリで作っちゃったような印象を受けて、そこが楽しいのですが、実際の制作の経緯はどのようなものだったのですか?

JINTANA:もともと〈Pan Pacific Playa?(※以下PPP)があって、僕もそのメンバーなんです。それで、ブラックミュージック的なものを掘り下げていきたいなと思っているうちにオールディーズが好きになって、すごく聴くようになったんです。〈PPP?には、LUVRAW & BTBっていうトークボックスをやっているグループがあるのですが、そのトークボックス声がすごくカッコよくて、そういう「声が個性的でカッコいい唄物」をやりたいと思ったとき、愛聴しているドゥーワップと〈PPP?のノリが僕の中で繋がったんです。それで一十三十一に電話して、「誰かまわりにオールディーズ好きでやりたそうな人いる?」って訊いたら……。

むしろ、一十三十一さんがノッてきたんですね。

JINTANA:そう(笑)。「いやいや、わたしがやりたい!」って。

一十三十一さんはやはり、「おもしろそう!」って思ったわけですか?

一十三十一:そうですね。わたしはコーラスを付けるのが好きなんです。それで、全員歌うドゥーワップ・バンドというのはおもしろいなと思って、「わたしが参加したい!」って言ったんです。そこで決まりました。

じゃあ、ドゥーワップとかオールディーズというものが、先立ったコンセプトとして強くあって、その上でおもしろそうな人を集めた感じなんですね。

JINTANA:そうですね。ただ、もともとみんなそういうのが好きということがベースにはありました。KASHIFくんと〈PPP〉のKESくんと一十三十一なんか、それぞれ達郎フリークで「達郎フリークの会」みたいな感じでしたし(笑)。

なるほど、山下達郎ならコーラスものは重要ですよね。JINTANA & EMERALDSは、「悪ふざけ感」がとてもいいですよね。僕が聴いときは、細野晴臣のトロピカル三部作やティン・パン・アレーの『イエロー・マジック・カーニヴァル』を思い出しました。最初に波の音が聞こえて、ナレーションのようなものが入る。細野さんなんかは、自分の音楽を「レバニラミュージック」と呼んで、インチキなエキゾチック音楽をやっていましたが、『Destiny』も、そういう「インチキなベイエリア」のような感じがとてもよかったです。制作時に聴いていたバンドなんかはあるのですか?

JINTANA:個別にはいろいろあるのですが、フィル・スペクターはすごく聴きまくっていました。

なるほど。アルバムでも、“Emeralds Lovers”なんかは完全にロネッツのようなイントロですよね。一十三十一さんは、自身のアルバムで大瀧詠一のジャケットを引用していましたが、そのへんの音楽はいつから好きだったんですか?

一十三十一:自分のルーツとして、両親がわたしの生まれた78年から14年のあいだ北海道で営んでいたレストランがあるんです。その名も「トロピカル・アーバン・リゾート・レストラン ビッグ・サン」といって、まさに大瀧詠一さんや山下達郎さんのような世界観のお店なんです。国道沿いにハリボテのヤシの木がドーン! と立っていて、北海道なのにうちはいつも常夏で、西海岸の風が吹いている(笑)。アロハシャツとアーバンが混ざっているようなお店です。そこでかかっている音楽や雰囲気が、わたしのルーツなんです。店の選曲も両親がしていて、達郎さんやユーミンや大瀧詠一さん、あるいはビーチボーイズなんかがずっとかかっていました。オシャレな店だったので、80年代は着飾った大人たちのデート・スポットとして流行っていました。

国道沿いにハリボテのヤシの木がドーン! と立っていて、北海道なのにうちはいつも常夏で、西海岸の風が吹いている(笑)。  (一十三十一)

鈴木英人の世界ですね。

一十三十一:まさにあの感じです。

フィル・スペクターのサウンドは特徴的ですが、『Destiny』もかなりミックスにこだわっているように思いました。ミックスを担当したクリスタルさんには、なにか注文を付けたりはしたんですか?

JINTANA:いや、最初にサウンドのアイデアを話したときにクリスタルくんともすぐに意気投合したので、あとはクリスタルくんのノリでやってもらっています。トラックを送ってクリスタル君にミックスしてもらい戻してもらう流れなのですが、いつも曲がそこで最終的に磨き上げられて輝く感じです。

『Destiny』ではドラムも特徴的だと思いました。生で叩いている躍動感もあり、一方で打ち込みのようなサウンドの厚さもあり、懐かしいんだけど古臭くもない絶妙なバランスです。ドラムは打ち込みですよね。

JINTANA:ドラムは全部打ち込みです。フィル・スペクターは、オールディーズ的な気持ちいいメロディーに加えて、サウンドもすごく気持ちよくさせようとした人だと思います。大瀧詠一さんも同じことをした。俺らもその現代版をやりたいなと思ったので、いまの音楽的な技術でいちばん気持ちいいと思うサウンドを追求しました。それは、やはり昔の音とは違いますよね。音響的な心地良さを追求しているうちにこういう音づかいになりました。

僕も大瀧詠一さんなど好きでよく聴きますが、サウンドもさることながら、ノリも大瀧詠一っぽいですよね。JINTANA & EMERALDSには、JINTANAさんと一十三十一さんが北海道出身なのに「西海岸」という共通体験をでっちあげちゃうような遊び心があります。

一十三十一:さっき、メンバーのKASHIFくんとLINEで「祝フラゲ日」みたいなことをやっていたんです。「本当に出るんだね」って(笑)。

JINTANA:ふざけているうちに出た感じはあるよね。

7インチのシングルを出したときはどうでしたか。

JINTANA:『Tiny Mix Tapes』とかにも取り上げていただいて話題になり、好評で嬉しかったです。

7インチ・シングルはDJとかで買う人も多いと思います。僕もDJをやっているんですが、現代の潮流からするとこの作品はBPMが極端に遅いんですよね。それがすごく新鮮です。とくに後半はずっとゆったりしていて、その遅さとコーラス・ワークにドゥーワップっぽさを感じました。本人たちとしては、JINTANA & EMERALDSのドゥーワップっぽさはどこにありますか。

JINTANA:仲良さそうなところかな(笑)。昔のジャケットを見ていると、他のメンバーと顔がくっついちゃうようなキャッキャした写真があって、それが僕のドゥーワップのイメージです。

一十三十一:リア充感ね(笑)。


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昔のジャケットを見ていると、他のメンバーと顔がくっついちゃうようなキャッキャした写真があって、それが僕のドゥーワップのイメージです。  (JINTANA)

なるほど、そういうところなんですね(笑)。たしかに、そういう楽しい感じがよく出ているので、リスナーも仲間に入りたくなりますね。イニシアチブを取っていたのは、やはりJINTANAさんですか?

JINTANA:イニシアチブというか、JINTANA&EMERALDSという世界のきっかけをつくったのは僕ですが、その後はみんなで自由に遊んでいる感じですね。

一十三十一:歌詞の世界は「EMERLDS CITY」での物語なんです。デトロイト・ベイビーちゃんという歌詞専門の帰国子女の女性がいて、その子がメンバーの実話をもとに歌詞を書いているんです。だいぶエメラルド・エフェクトがかかっていますけど(笑)。

その世界観はすぐ共有されたんですか。

JINTANA:「いまの音響で気持ちいいドゥーワップがやりたい」という想いが最初にあって。その後、〈PPP?の脳くんが、ドゥーワップには宝石の名前からとったバンド名が多いからという理由で、JINTANA & EMERALDSという名前を付けてくれたんです。

一十三十一さんは、そのような立ち上げの経緯をどう見ていましたか。

一十三十一:その頃、わたしは出産して音楽活動から少し離れていて、5年ぶりに『CITY DIVE』を作っていました。JINTANA & EMERALDSは、そのあいだくらいのタイミングだったんです。子育ても落ち着いてきたし、新しい活動もしたいと思ったときだったので、「あたしやる!」と思って、すぐ参加しました。バンド活動は地味に2年くらいやっていて、今回ついにリリースということになったのですが、ずっと遊んでいるうちにここまで来た感じです。

〈PPP〉の脳くんが、ドゥーワップには宝石の名前からとったバンド名が多いからという理由で、JINTANA & EMERALDSという名前を付けてくれたんです。

ジャケット・デザインやPVなどを見ても、みんなイメージが共有できている感じがしますよね。“18 Karat Days”という曲名も、オールディーズのセンスが最高です。

JINTANA:50年代のスラングとか言い回しを深堀りしてみようと思って、いろいろ調べていたんです。そしたら「すげーヤバい」みたいな意味で「18 Karat」という言葉が使われていた例を知って、曲名はそこから付けています。この曲は、50年代の言葉使いをかなり使っています。

“Runaway”は出だしがプラターズの“オンリー・ユー”みたいですが、そこから外していく感じがおもしろいです。本作はとてもポップなので、誰が聴いてもいい曲だと思えると思いますが、一方でコアなリスナーが聴いたら、いろいろな先行する音楽を思い浮かべて楽しむかもしれませんね。制作にあたっては、「誰々っぽくしよう」とか話したりするんですか?

JINTANA:そういうのはあまりないですね。それよりも、メンバーの誰に向かって作るかということのほうを意識していました。「この曲はカミカオルちゃんの世界観で作ろう」とか。あとはライヴをしていくなかで細かく調整することもありましたね。

活動していくうちに洗練していったんですね。アルバムでは“アイ・ヒア・ア・ニュー・ワールド”と“レット・イット・ビー・ミー”をカヴァーしていましたが、今後カヴァーしてみたい曲とかありますか。

一十三十一:本当はもっと入れようと思って、候補曲もたくさんあったんですよ。でも、今回は2曲だけ。日本語でやろうという話も出ていました。

JINTANA:ビージーズもやりたいと言っていたんですよ。

みんなで力を合わせてやっていく感じに、「バンドっていいな」と思いました(笑)。  (一十三十一)

やっぱり男女一緒にやっていることですかね。ライヴするときも着替えがあるから、控室が女子部屋と男子部屋に分かれていて、修学旅行みたいだと思いましたね(笑)。  (JINTANA)

まだまだ、いろんな方向に広がっていきそうですよね。一十三十一さんは、どのように音楽制作に関わっていたんですか?

一十三十一:JINTANA & EMERALDSのなかで、わたしの担当は歌だけなので、それが自分のソロ活動とは全然ちがうんです。曲ができていく様子を客観的に見れたのが、楽しかったですね。みんなで力を合わせてやっていく感じに、「バンドっていいな」と思いました(笑)。
 ソロのときは守備範囲が広くて緊張感も高かったりするのですが、バンドではみんながサポートしながら作るので心強いです。JINTANA本人も地元の仲のいい友だちとして出会っているし、KASIFくんも一十三十一でもいっしょに曲を作ったりして仲がよくて、カミカオルちゃんもデビューのときから仲良し。そんななかで撮影なども進んでいくので、本当に楽しい活動ですね。このジャケットの笑顔のとおりです(笑)。

JINTANAさんは、いままでの音楽活動と今回で違ったこととかありましたか。

JINTANA:やっぱり男女一緒にやっていることですかね(笑)。ライヴするときも着替えがあるから、控室が女子部屋と男子部屋に分かれていて、修学旅行みたいだと思いましたね(笑)。

それは大きなちがいですね(笑)。LUBRAW&BTBさんが参加していたり、おなじみのメンバーで楽しくやっている感じがあります。

JINTANA:“Destiny”は、「いま、このめんつメンツでこの瞬間にいっしょに音楽やパーティをしているのは、とても幸せな運命の導きで、その幸福な瞬間を心から味わいたい」という気持ちで作った曲なので、ふたりは入れたいなと思いました。

なるほど。ドゥーワップ~オールディーズということですが、お気に入りのミュージシャンなどいますか。

JINTANA:モーリス・ウィリアムス&ザ・ゾディアックス“ステイ”とかは、すごく好きです。普通に歌がはじまったのに、次の瞬間にめちゃくちゃ高い声になるのが──ほとばしっている感じがヤバいんです(笑)。この曲は『僕の彼女を紹介します』っていう韓国映画での甘すぎるシーンのBGMにもなってます。

モーリス・ウィリアムス&ザ・ゾディアックス“ステイ”とかは、すごく好きです。普通に歌がはじまったのに、次の瞬間にめちゃくちゃ高い声になるのが──ほとばしっている感じがヤバいんです(笑)。  (JINTANA)

コーラスに凝っている曲って、最近は意外と少ないかもしれませんね。

JINTANA:少ないですよね。ただ、声で気持ちよくするような曲はある気はします。全部機械ではなく最終的に声で聴かせる曲というのはやっぱりいいし、そういうものが好きな人は多いと思います。

最近はエレクトロ・サウンドが流行っていますが、JINTANA & EMERALDSのように、BPMが遅めでしっかり歌を聴かせられるようなバンドは貴重です。対バンしてみたい相手とかいますか。

JINTANA:対バンというのはあまりに恐れ多いのですが、夢としていつかご一緒したいのは、横山剣さんですね。

今後はどのような予定になっていますか。

JINTANA:7月19日に京都メトロ、21日に代官山〈UNIT〉でレコ発ライヴをします。そこでエメラルドの世界に連れていくような非日常的な体験を楽しんでもらいたいですね。観ただけでトリップするような。

クリスタルさんに音響的な部分をまかせて、どうでしたか。

JINTANA:ミックスが終わってファイルが戻ってくるといつも見違えるように鮮やかになっているのですが、個人的に、いちばん気持ちよかったのは“Moon”ですね。聴いた瞬間、別の世界に誘われましたね。

個人的に思い入れがある曲とかはありますか。

一十三十一:最初の出会いが“Honey”だったので、それは思い入れがありますね。でも、全部びっくりするほど名曲ですけどね(笑)。毎回デモのクオリティがすごく低いんですよ(笑)。どの曲も、全然音程とかわからないところからはじまっているという物語があるので、それぞれおもしろかったです。

JINTANA:僕の声で歌っているデモは、解釈の余地がかなり多いという(笑)。

一十三十一:そうそう。自分なりの解釈で楽しめるところがありました。だから、だんだんデモのクオリティの低さも安心して受け入れられるようになってくるんです(笑)。とんでもないデモが送られてきても、「これもきっとあのレベルまで行くんだな」ということがわかるようになる。そういう、ゴールに向けての成長のストーリーがありました。

一十三十一さんの立ち位置がいいですよね。「わたしは歌を歌うだけなんだ」と。

一十三十一:すごく客観的に見ていました。でも、みんなそれぞれのセンスが光っているので、とんでもないものが送られてきても安心感がありました。いろんな人の手が加わっていくことによって、着地点はいつもdestinyなんですよ(笑)。毎回そのストーリーを追いつつ完成に向かうのが楽しいです。だから、どの曲もいろんな物語があるんです。


 amazonさんでもすぐに品薄になってしまうのですが、おかげさまで『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』、好調な売れ行きでございます。お読みいただいているみなさま、ありがとうございます!
 さて、去る4月16日、インターネット・ラジオdublabさんにお迎えいただいて、著者おふたりが本書を紹介されました。dublabさんのアーカイヴにてそのときの模様が公開されましたので、ぜひお聴きください。ご都合のため九龍ジョーさんは途中からのご登場となっておりますが、磯部涼さんのDJとトークをたっぷりお楽しみいただけます。もちろんAZZURROさんによる、〈Ultimate Breaks & Beats Session〉も!

■DJ AZZURRO, Ryo Isobe w/ Yuho Hashimoto & Kowloon Joe – dublab.jp “Radio Collective” live from Malmö Tokyo (04.16.14)

こちらからお聴きいただけます!
https://goo.gl/WhfvY2

dublabさんサイト
dublab.jp

*磯部涼 選曲リストより
1. 浅野達彦 / LEMONADE(M.O.O.D./donut)
2. Gofish / 夢の早さ(Sweet Dreams)
3. 両想い管打団! / キネンジロー(Live at 元・立誠小学校、2013年1月13日)(NO LABEL)
4. うつくしきひかり / 針を落とす(MOODMAN Remix)(NO LABEL)
5. odd eyes / うるさい友達(less than TV)
6. MILK / My(Summer Of Fun)
7. soakubeats feat. onnen / Mission:Impossible(粗悪興業)
8. Alfred Beach Sandal / Rainbow(ABS BROADCASTING)
9. Hi, how are you? / 僕の部屋においでよ(ROSE RECORDS)
10. FOLK SHOCK FUCKERS / ロード トゥ 町屋(less than TV)
11. DJ MAYAKU feat. SOCCERBOY / DANCE WITH WOLVES(Goldfish Recordings)
12. LEF!!! CREW!!! x NATURE DANGER GANG / Speed(NO LABEL)
13. 嫁入りランド / S.P.R.I.N.G.(NO LABEL)

■『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』
発売情報はこちらから! → https://www.ele-king.net/news/003740/


YOSUKEKOTANI - ele-king

 朝に起きて、仕事へ出る。仕事を終え、夜に帰る。これを週5回くりかえす。このありふれた生活がスタートしただけで、平日の夜に聴く音楽が変わった。激しいのはちょっと勘弁。なるべくならメロウな方へ。あまりにもわかりやすい変化だけど、本当なのだからしょうがない。
 このアルバムを聴くなら、平日の夜が似合う。有給をつかわなくても、イメージの小旅行をすればいい。それだけでずいぶんと気が楽になる。

 作者の小谷洋輔はHARVARDやAVALONというエレクトロ・ポップのバンドで活動していたミュージシャンだが、そうした経歴がレーベル・コピーではいっさい明かされていない。どうやら本作『ANYWHERE』は、それらとはちがう耳のモードで聴いてほしいようだ。
 個人名義から生まれてくるパーソナルな印象は、「どこか」というタイトルの抽象的な情景に溶けてなくなる。うまいとはいえない不明瞭な英語の歌も、異国で感じる孤独を思いださせる。僕自身、得意な方だと思っていた英語が現地ではなかなか伝わらず、ぼんやりとしか聴き取れず、もどかしい思いをしたものだ。イギリスでのぞいた鏡に映ったのは、自分個人でも日本人でもなく、猫背気味のアジア人だった。あの感覚が甦る。
 小谷は海外の都市10箇所を20日間で旅行し、滞在先のホテルで本作を録音したそうだ。曲間のフィールド・レコーディングが示すように、小谷はところどころで自身の漂着点とその足取りを記録している。目的地はない。目的地がないから、旅が終わればチケットをもって家に帰るだけだ。その気楽さと安心感、あるいは、寂しさと物足りなさがアルバムに吹き込まれている。

 全編ポップだが内省的で、イリシット・ツボイによってひたすらメロウに、そして綺麗なヒップホップに仕上げられている。なかでもニューエイジ風でメロディアスなインスト“Night In The Virginal”が魅力的で、1分半で終わってしまうのが惜しい。

 夢にみたストロベリー・フィールズの風にのって窓から軽やかに飛び立つようなイントロ(ただしタイトルは“ステーキとフライ”)にはじまって、“星に願いを”をおもわせる“My Ideal(僕の理想)”でアルバムが終わるまで、たったの20分。よくできた作品だ。くどくない。すこし足りないくらいが、現実に帰るにはちょうどいい。

アーテイストHP:
YOSUKEKOTANI.COM
https://www.yosukekotani.com

interview with Mr. Scruff - ele-king

 アンドリュー・カーシー。無精ひげの男(ミスター・スクラフ)と名乗る男が6年ぶりのアルバム『フレンドリー・バクテリア』を発表する。変わらないというか、そもそも変わる必要もないと言ったほうがいいだろう。ミスター・スクラフは、流行り廃りなどに惑わされることなく、相変わらず我が道を進み続けている。

 ミスター・スクラフは、1990年代半ばから作品を出し続けているヴェテランであるが、アルバムに関してはまだ4枚しか出していない。にも関わらず、彼がいまでも人気のあるDJ/プロデューサーであり続ているのは、そのサウンドに経年劣化することのない魅力があるからだ。

 ミスター・スクラフのサウンドは単純に言って、楽しい。ソウル、ファンク、ディスコ、ヒップホップ、テクノ、ハウス、エレクトロ……、さまざまな音楽がミックスされている。エクレクティックでオールドスクールなフレーヴァーも彼のサウンドの特徴といえるが、人懐っこさとユーモア、小躍りしたくなる楽しげなメロディとファンキーなグルーヴ。彼自身が手がけるあの可愛らしいドローイングのように、遊び心がある。


Mr. Scruff
Friendly Bacteria

Ninja Tune/ビート

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 変わらないということは、最新アルバム『フレンドリー・バクテリア』は、つまり相変わらずの傑作ということだ。
 もちろん新たな試みも聴くことができる。1曲目の“ステレオ・ブレス”や“フレンドリー・バクテリア”でのアグレッシヴなベースラインはあほくさいEDMを軽々と破壊するだろう。ゲストも人選も良い。シネマティック・オーケストラのベーシストであるフィル・フランス、ディーゴとのプロジェクトで再び注目を集めているカイディ・テイタム、5曲で素晴らしいヴォーカルを披露しているデニス・ジョーンズ、トランペット奏者のマシュー・ハッセル、さらにはハウス界のレジェンド、ロバート・オーウェンスとのコラボも本作の聴きどころだ。

 一時期は販売も手がけていほどの大の紅茶好きとしても知られる彼は、いまマンチェスターで〈ティーカップ〉というカフェを運営している。DJ活動も順調に続けている。紅茶と音楽と家族と仲間たちに囲まれた暮らし。『フレンドリー・バクテリア』とは、まさに、そうした場所から響いてくる音楽だ。

多くの人たちにとって、1988年はアシッド・ハウスを発見した年だったかもしれないけれど、僕にとってはいつもと変わらないただの夏だった。僕は16歳で、学校を中退した年だったけどね(笑)。

この前の2月で42歳になられたかと思います。

ミスター・スクラフ(以下、MS):はははは、そうだよ。

あなたがDJをはじめたのは12歳の頃だから、もう30年以上も続けていることになりますね。音楽をはじめた当時、30年後も音楽をやり続けているというヴィジョンはありましたか?

MS:うん、その頃から、この先もずっと音楽をやっていくんだろうと思っていたよ。単純な理由だよ。音楽をやっていると心から楽しい。だから歳をとったからって、そんな楽しいことをやめられるわけがないってこと。音楽を止めようと思ったことは、これまで一度もない。

これまでのご自身の人生を振り返ってみて、最も幸せに感じてることを教えてください。

MS:そうだな、心の底から楽しいと思えること、つまり音楽を仕事にすることができているということ。あと結婚して可愛い娘がいること、それもとても幸せに感じている。

お子さんを授かったことで、あなた自身に何か変化はありましたか?

MS:もちろん、あったよ。毎日が音楽だけの人生ではなくなり、リアルな生活という観点から物事を見ることができるようになった。そうやって自分に新しい視点が生まれたことは、とてもよいことだと思っている。音楽を作るうえで、音楽以外のものから影響を受けたり、学んだりすることは、大事なことだからね。また〈ニンジャ・チューン〉に所属していることも幸せだ。〈ニンジャ・チューン〉とはもうずいぶん長い付き合いになる。僕にとっての幸せとは、自分の求める生活ができること、仕事やコミュニケーションが上手くいく人を見つけること、またそうした人たちをリスペクトすることだ。そういったベースが固まったら、学び続け、革新し続け、前進すればいい。

逆にこれまでの人生で後悔していることってありますか?

MS:学校でもっと努力すればよかったと思っている。もっと多くの言語を学べばよかった。この15年間、ツアーで世界中をまわってきたけど、英語圏以外の国では現地の人が僕に合わせて英語を話さなくてはいけないから、いつも申し訳ないと思っている。自分が怠け者のような気になるんだ。もちろん、これからでも学ぶことができるけど、大人になると言語を取得するのが難しくなる。このことにもっと早く気づきたかったな。

長く音楽をやり続けるための秘訣のようなものがあれば教えてください。

MS:いちばん大切なことは、自分を駆り立てることだ。それから自分の直観を信じること。他人が何を好むか、あるいは自分が何を求められているか、そうしたことを知っていることは悪いことではない。僕の場合、例えばそれは“Get A Move On”のような曲であって、あのようなタイプの曲を好むリスナーが多いということも知っている。が、同じようなことを繰り返しやるべきではない。作曲するとき、パフォーマンスするとき、DJするとき……、それらに共通して必要なのは、まず自分がエキサイトできるかどうかだ。他人の期待に合わせ、自分を作りあげていくと、同じことを繰り返してしまい、エキサイティングでなくなってしまう。エキサイティングでなくなってしまうと、ハッピーでなくなってしまう。だから自分をインスパイアさせ、エキサイトさせ、学び続けることが大切なんだ。

なるほど。

MS:すべてを知りつくしたと思わないで、学び続ける。人生とは学びの連続だ。それは歳を重ねるごとにわかっていくものだと思う。そして、自分は一生かけてもすべてを知ることはできない、という事実を受け入れられるようになる。完全なものなどない。だから自分自身や自分の性格も受け入れられるようになる。そして、よりオープンになり、さまざまな影響を素直に受けることができ、他人から何を学べるかがわかるようになっていくのさ。

僕にとって大事なのは音楽の趣味を発展させていくことであり、音楽の趣味や知識を増やすのことだ。実際に当時よりも、今のほうが、興味のある音楽の種類が増えた。ある音楽スタイルについて知ると、その先をさらに知りたくなる。

あなたがDJをはじめた80年代後半、まさに世はセカンド・サマー・オブ・ラヴの狂騒の真っ只中だったのではないかと思うのですが、あなたにとってそれはどのようなものでしたか?

MS:それって1988年のことかい? うーん、よいものだったと思うよ。1988年のマンチェスターといえば、〈ハシエンダ〉やアシッド・ハウスを思い出す人も多いだろうね。でも僕は当時16歳だったから、まだクラブに行ったことがなかったんだ。セカンド・サマー・オブ・ラヴは、パーティに遊びに行き、ドラッグをやって踊りまくるというのがメインだったけど、僕はそのどれもやっていなかった。家でラジオを聴いたり、レコードを買ったり、ミックステープを作ったりすることのほうに夢中だったんだ。

通訳:ではあのシーンは経験していないのですね。

MS:まったくない。8歳まで僕と音楽との接点は、レコード・ショップやラジオや雑誌に限定されていた。最初の10年は誰とも交流を持たず、ひたすら音楽を聴き続けながら、自分のスタイルを確立していったんだ。僕は1986年からアシッド・ハウスを聴いている。地元のレコード店にもシカゴからの輸入レコードがたくさん入荷されていたからね。リヴァプールやマンチェスターなどイギリス北部やスコットランドでは、シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノは大きなブームだった。多くの人たちにとって、1988年はアシッド・ハウスを発見した年だったかもしれないけれど、僕にとってアシッド・ハウスはもうそんなに目新しいものではなかった。僕にとってセカンド・サマー・オブ・ラヴはいつもと変わらないただの夏にすぎなかった。僕は16歳で、学校を中退した年だったけどね(笑)。

1995年のデビュー作「The Hocuspocus EP」を聴くと、いまのサウンドにも通じる部分が多くあり、すでにミスター・スクラフとしての音楽性が確立されているようにも感じます。そうした意味では、かなり早い時期に目指すべき音楽の方向性が固まっていたのではないかと思うのですが、ご自身としては、当時と比べ、音楽の趣味であったり、作るサウンドの方向性などが変わったと思いますか?

MS:いや、あまり変わってないと思う。ファースト・アルバム『ミスター・スクラフ』(1997年)をリリースした時点で、僕は10年くらいDJをやっていたし、レコーディングも8年、9年ほど経験していた。そうした中で、いろいろな音楽をミックスさせ、遊び心のあるサウンドを作りたいって方向性がすでにあった。その部分は当時もいまも変わらない。
 ただ、その後も膨大な量の音楽を聴き続けてきた。さっきも話したように、自分を駆り立てながらね。僕にとって大事なのは音楽の趣味を発展させていくことであり、音楽の趣味や知識を増やすのことだ。実際に当時よりも、いまのほうが、興味のある音楽の種類が増えた。ある音楽スタイルについて知ると、その先をさらに知りたくなる。「このミュージシャンはどんな影響を受けたのだろう?」というように。僕の基礎や土台は当時も現在も同じ。ただヴィジョンが広がったということだと思うね。

あなたが音楽制作をはじめた頃に比べると、音楽制作ツールも大きく変化していると思います。そうした環境や機材の変化があなたの音楽にもたらしたものがあるとすれば、それはどんなものですか?

MS:その点においても、あまり変化はないかな。僕は自分のスタイルを前進させきたけど、オールドスクールやルーツっぽいサウンドが好きだという核の部分は相変わらず変わらない。いろいろなスタイル、テンポ、雰囲気のサウンドを試みたとしても、いつも僕はある一定のサウンドにたどり着く。リスナーが聴いて「これはスクラフの曲だな」とわかるようなサウンドさ。自分でもはっきりとは認識していないけど、何かしらの要素が組み合わさり、バランスが取れて、生まれてくるサウンドなんだろうね。

あなたらしいサウンドなるものを決定づける要素とは何だと思いますか?

MS:何がどうなってそれが生まれてくるのか、正直なところ、僕にもよくわからない。でも僕がいまラップトップで音楽を作ったとしても、そこにはきっとドラムマシーンを使ったオールドスクールなフレイヴァーを必ず注入するだろう。ラフで攻撃的なプロダクションが好きだからね。僕はいままだに古い機材もたくさん使っている。30年前の機材がまだ使えて、サウンドもいいなら、僕は喜んでそれを使うよ。アナログ・レコードだってかける。いまのところ最新の技術を常に把握する必要性は感じていない。きっとそんな自分の好みや趣向に導かれ、あのサウンドが出てくるんじゃないかな。

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マンチェスターのアーティストは海外へ出てショーをやったりするけど、地元を基盤にした活動もしっかりおこなっていて、マンチェスターにもちゃんと活気がある。いまだにたくさんのレジデント・パーティがあるしね。

SoundCloudにDJミックスを大量にアップしていますよね。相変わらず精力的にDJをされているかと思います。膨大なコレクションをお持ちだと思いますが、レコードは買い続けているのですか? 

MS:もちろん。レコードは買い続けている。比率は、新譜を2枚買ったら、中古を1枚買うという感じかな。レコードショップに行くときは、中古を買い求めにいくことが多いかな。

通訳:どういうジャンルのレコードが多いですか? 

MS:オール・ジャンルさ(笑)。いまでも週に20枚から30枚のレコードを買っているよ。それらはあらゆるスタイルのものを網羅している。

通訳:ここ最近、新しいレコードであなたを夢中にさせたものは?

MS:何枚かある。〈エグロ・レコーズ(Eglo Records)〉から出たファティマの新しいアルバムは最高に素晴らしい。クアンティックの新しいアルバムもすごくいいね。あとフローティング・ポインツのニュー・シングルも相変わらずいい。カルバタ(Kalbata)とミックスモンスターのアルバムも最高だった。テルアビブの連中がジャマイカに行って、ハードコアなルーツ・レゲエを作った作品なんだけど、本当に素晴らしいよ。

地元のマンチェスターで多くDJをされているようですが、マンチェスターのクラブ・ミュージック・シーンは現在どんな状況でしょうか?

MS:とてもいい。アーティストやレーベルの状況も健全だと思う。マンチェスターのアーティストは海外へ出てショーをやったりするけど、地元を基盤にした活動もしっかりおこなっていて、マンチェスターにもちゃんと活気がある。いまだにたくさんのレジデント・パーティがあるしね。僕もレジデントをやっている。オススメはイルム・スフィア(Illum Sphere)がレジデントを務める〈ホヤ・ホヤ(Hoya Hoya)〉という人気パーティ、それから〈ソー・フルート(So Flute)〉ってパーティだな。〈ソー・フルート〉は僕のパーティやホヤ・ホヤに影響を受けた若い連中がやっているパーティだ。ベース・ミュージックのパーティやレゲエのパーティ、アンダーグラウンド・ハウスのパーティ、インディ・ロックのパーティ、ニューウェイヴのパーティ……、本当にいろいろあるんだよ!

マンチェスターのクラブ・シーンが活況であり続けている理由は何だと思いますか?

MS:音楽好きな若者が多いというのは理由のひとつとしてあるかもね。大学生も多いし、音楽が目当てでマンチェスターに来る人もいるし、クラブで騒ぐために集まってくる連中もいる。こうした若い人の中に、自分たちでクラブ・パーティをはじめたり、音楽をリリースしたり、レコード・レーベルを立ち上げたりするやつらがいる。毎年、大学に通う目的でマンチェスターには大勢の若い連中がやってくる。そのおかげで、マンチェスターは若い人が多く、活気に溢れている。若者の中には、マンチェスターが気に入って住み続ける人も少なくないし、音楽で生計を立てているやつらもたくさんいるんだ。

あなたはマラソン・セットとも呼ばれる6時間近くに及ぶロング・セットを展開することでも知られてますが、あなたがロング・セットを好む理由を教えてください。

MS:理由はふたつある。まずはロング・セットというスタイルがオールドスクールであるから。僕がDJをはじめた頃は、DJはみんなオールナイトでDJし、いろいろなスタイルの音楽をかけていた。僕はいろいろなスタイルの音楽をかけるのが好きだから、短いセットだと窮屈に感じてしまうんだ。たくさんのジャンルを短い時間の中でかけようとすると無理が生まれるだろ。1曲1曲をちょいちょい聴かせるというよりは、ひと晩のDJを通して長い物語のようにプレイしたいんだ。

もうひとつの理由は?

MS:早い時間に、ウォームアップみたいな感じでプレイするのも好きなんだ。夜の早い時間にメロウな曲をかけるのも好きだし、夜の遅い時間にクレイジーな曲をかけるのも好きさ。どっちもやろうとしたら、ずっとやるのがいちばんいい(笑)。それにロングセットをやると、クラブ・ミュージックだけをかけなくてもいい。ジャズやフォークのようなメロウな音楽をかけたかったら、夜のどこかの時点でその音楽がしっくりくるタイミングがある。僕はいままでずっとオールナイトでDJしてきた。だから僕にとってはそれが普通なことで、特別なこととは思っていない。自分が一番上手くDJできると感じられるのがロングセットなんだ。

通訳:DJをするときに最も大事にしていることは?

MS:よいレコードを正しい順番でかけること。それからクラウドをよく見ていること。

フローティング・ポインツと一緒にバック・トゥ・バックでプレイされているようですが、彼とはどのような交流があるのですか? 

MS:彼に会ったのは5、6年前。彼の音楽がとても気に入ったから、僕からメールしたんだ。彼はまだ若いけど、音楽に対する見方はとても成熟している。多くのジャンルに興味を持っていて、プロデューサー、作曲家としても素晴らしい。DJとしての姿勢も好きだ。彼は変わった音楽や古い音楽をプレイし、人をワクワクさせることができる。一緒にDJをするには最適な人だ。バック・トゥ・バックをするとき、もうひとりのDJがヒット・チューンばかりかけていると、DJ体験としては退屈なものになってしまう。が、彼の場合、かける音楽が実に幅広いから、一緒にやっていて面白いだ。とても刺激されるし、勉強になるよ。

2009年の話なのでだいぶ前ですが、あなたがBBCの『Essential Mix 2009』をやったときに、トーマス・バンガルターの“On Da Rocks”を入れていましたが、あなたの作るファンキーなグルーヴのヒントがあるような気がして、とても興味深かったです。Rouleに代表されるあの当時のフレンチ・ハウスは好きでしたか?

MS:ああ、好きなものもあったよ。ボブ・サンクラーやモーターベース、ダフトパンク、トーマス・バンガルター、エティエンヌ・ド・クレイシー、ペペ・ブラドックなどのフレンチ・ハウスのレコードは大好きだった。彼らはよい音楽を作った。なかでもトーマス・バンガルターの“オン・ダ・ロックス(On Da Rocks)”は実にユニークな曲だ。シンプルでキャッチーで、それに他のハウスよりも少しテンポがゆっくりだよね。何よりもみんなが聴いて楽しめる曲。僕からすると、ダフトパンクのどの作品よりも“オン・ダ・ロックス”のほうが優れていると思う。1999年にリリースされたときはあのレコードをかけたけど、いまでもかける。僕にとってはスペシャルでクラシックな曲だ。ディスコの要素が強いから、ハウスとミックスしても合うし、アフロビートのレコードやその他のさまざまな音楽とミックスできる。僕にとっては汎用性のある、本当にクラシックな1枚だよ。


紅茶はイギリスではとても大切なものだ。紅茶はイギリス人にとって身近で大切なものであるにも関わらず、多くのイギリス人は紅茶についてあまりよく知らない。だが、カップにティーバッグを入れて紅茶を飲む。それって、何か安心するんだよね。紅茶は気分をほっとさせてくれるし、よい気分にもさせてくれる。

今回の『フレンドリー・バクテリア』は、オリジナル・アルバムとしては2008年の『ニンジャ・ツナ』以来の作品になるわけですが、その間、主にどのような活動、生活をして過ごされていたのですか?

MS:DJギグをやったり、忙しく過ごしていた。それから3年前、娘が生れた。それもあっていろいろと忙しかった。スタジオで過ごす時間もたくさんあったけど、他のことで忙しいと、大きなプロジェクトを完成させるのに時間がかかってしまう。
 1年くらい前かな、〈ニンジャ・チューン〉に言われたんだ。「そろそろアルバムを完成させたらどうだい?」ってね。「オッケー」と即答したよ。〈ニンジャ・チューン〉は僕にいつもメロウに接してくれる。抱えているアーティストが多いからかもしれないけれど、僕に変なプレッシャーをかけてくることなんてなかった。だから、彼らが少しプレッシャーをかけてきたときは「はい、やります」と素直に返事をしたよ。誰かに指示されることは時にはよいことだ。それで僕はスタジオに入ってアルバムを完成させたというわけさ。

音楽を作るときのインスピレーションはどのようなものから?

MS:アイディアは、サンプル、ドラムループ、ベースライン、メロディをハミングした時、あるいは友だちとの会話から生まれることもある。そうしたひらめきをヒントにして、サウンドを作り、自分がワクワクしてきたら、だいたいいい曲ができあがるものだ。

あなたの曲名やアルバム名はいつもユニークものが多いですよね。今回のアルバム・タイトルである『フレンドリー・バクテリア』の由来について教えてください。

MS:僕は違うスタイルの音楽や違うサウンド、年代の違うサウンド同士を組み合わせるのが好きなんだ。その組み合わせによって、リスナーを笑顔にさせるという反応を起こすことができる。僕は音楽のこの効果をとても気に入っていてね。これは言葉でも可能なことで、変わった感じの言葉の組み合わせから、詳しい説明はなくても、想像力が働き、ユーモアが感じられ、笑ったりほほ笑んだりしてしまうものがある。僕は曲名でもこういうことをするのが好きなのさ。説明する必要もない、単なる言葉遊び。僕はサウンドで遊ぶのが好きなのと同じように、言葉で遊ぶのも好きなんだ。

本作には「フレンドリー・バクテリア」のようにゴリゴリのシンセ・ベースを使った曲から、最後の“フィール・フリー”のようなジャジーでメロウな曲まで、さまざまなタイプの楽曲が並んでいますが、今回の『フレンドリー・バクテリア』のサウンドにおいて、何かコンセプトめいたものはあったのでしょうか? 

MS:コンセプトというほどのものはとくにないけど、デニス・ジョーンズと一緒に作った曲がアルバム全体の土台になっていると思う。今回のアルバムには彼と作った曲が5曲も入っている。曲単位ではいろいろなタイプのものが収録されているけれど、僕とデニスで一緒に曲を作っていた時、ある特定のサウンドを想定して曲を書いていた。アルバムの他の曲は、そのサウンドに合うものを選んだり、そのサウンドに合うように作られた。もちろんヴァラエティ豊かなアルバムにしたいということも考えていたけど。DJをしているときやアルバムを作るとき、僕が大切にしているのは、たくさんのスタイルを取り入れると同時に、それらが一緒になったときにしっくりときて、一貫性が感じられるということだ。僕はDJしているときは、毎回それをしているから、アルバムを通して、多くのスタイルを網羅するのは、自分にとっては自然なことなんだ。普段からDJしているから、アルバムをまとめるの作業には慣れている。

本作にはザ・シネマティック・オーケストラの主要メンバーとして知られるフィル・フランスやカイディ・テイタムといった豪華なミュージシャンたちが参加しています。本作で彼らを必要とした理由を教えてください。

MS:僕が共演した人たちのほとんどは、仲の良い友人たちだ。みんなお互いに尊敬し合っている。僕は彼らの音楽がすごく好きだし、彼らは僕の音楽を気に入ってくれている。コラボレーションは、自分のサウンドを発展させるよい機会だと思う。自分とは違う考えを持つ他の人と一緒に作業するから、スタジオでも常に違ったことをトライしてみることになる。サンプルをあまり使わない場合は、ミュージシャンと一緒に仕事をするのがいちばんだね。ひとりですべての作業をしていると、ときに一歩下がって客観的に自分の音楽を見るのが難しくなる。他の人と仕事していると、自分の音楽を新しい視点から見ることができて楽しいね。

トランペット奏者のマシュー・ハッセル(Matthew Halsall)も素晴らしい演奏を披露していますね。

MS:彼は偉大なトランペット演奏者であり作曲家だ。彼のスピリチャル・ジャズのリリースは本当に素晴らしい。彼とも今後たくさんのコラボレーションをやる予定だ。マシュー・ハッセル、フィル・フランス、デニス・ジョーンズは、お互い面識もあり、マンチェスターのミュージシャン集団として一緒にプレイしている。すでに顔見知りの人たちと一緒に仕事をするのは素敵なことだよ。みんな各自でプロジェクトをやっていて、それが上手くいっているから、みんなが集まると、発想が自由になり、特別で変わったものを作ろうということになる。

このところ、IGカルチャーとバグズ・イン・ジ・アティック(Bugz in the Attic)のアレックスによるネームブランドサウンド(NameBrandSound)が〈ニンジャ・チューン〉から出たり、フローティング・ポインツのレーベル〈エグロ・レコーズ〉からはディーゴ・アンド・カイディ(Dego And Kaidi)が出したり、かつてブロークンビーツを盛り上げたヴェテラン勢たちの活躍が目立ちますが、このあたりの動きには注目してますか?

MS:もちろんだよ。ブロークンビーツというのは、ソウルやジャズ、ファンク、テクノ、ドラムンベースなど、本当にたくさんの音楽の影響を受けている音楽だ。僕は古い音楽のフレイヴァーを持った新しい音楽が大好きだ。いま名前の挙がった人たち、とくにディーゴなどは、これまでにいろいろな種類の音楽をやってきた。テクノもやったし、ハウスもやった、ドラム&ベースもやったし、ヒップホップやソウルのリリースもあった。ブロークンビーツとは彼が作ってきたいろいろなスタイルの音楽の総称のようなものだ。ディーゴ・アンド・カイディは去年、素晴らしい12インチをリリースしたし、今後はセオ・パリッシュと曲を作り〈サウンド・シグネイチャー〉からリリースする予定になっている。それもきっと素晴らしいものになるはずだ。ディーゴ・アンド・カイディは〈エグロ・レコーズ〉からも作品を発表していて、それも最高だった。カイディはGフォースと新しいレーベルを立ち上げるみたいだしね。

そのあたりのサウンドはこれからまた面白くなっていきそうですね。

MS:みんな、長年音楽を作ってきた才能ある人たちだ。メロディやリズムを聴きわけるよい耳の持ち主だし、音楽の素晴らしさを知っている連中ばかりだ。だから彼らの動きは僕にとってもとてもエキサイティングなことだよ。ブロークンビーツのシーンがなくなってしまったのは残念だったけどね。ブロークンビーツシーンは、バグス・イン・ジ・アティック(Bugz in the Attic)が〈ヴァージン〉からアルバムをリリースしたときに途絶えてしまったと思っている。それからブロークンビーツの主なディストリビュータであったゴヤが閉鎖してしまって、彼らのような人たちがレコードをリリースするのが難しくなってしまった。だから、ヴェテラン勢が戻ってきて、音楽をたくさん作ってくれるのは素晴らしいことだと思うよ。

“He Don't”でロバート・オウエンズを起用した理由について教えてください。

MS:ロバートは素晴らしい声の持ち主だ。彼の声を初めて聴いたのは1986年、僕が14歳のときだった。「ブリング・ダウン・ザ・ウォールズ(Bring Down the Walls)」など、当時、彼がラリー・ハードと一緒に音楽を作っていた頃の作品さ。彼のシンプルでエモーショナルなヴォーカルのスタイルが大好きなんだ。彼は僕にとっても伝説的存在だよ。

一緒にやってみてどうでしたか?

MS:“He Don't”のトラックを作ったとき、僕の頭のなかではもうすでにロバートが歌っていた(笑)。この曲には彼しかいないって感じだった。僕はすぐに彼に連絡を取り、彼自身も“He Don't”を聴いて、自分が歌っている姿を想像できるかどうかってきいたんだ。その後、彼に曲を送ったら、数時間後に返信があって「イエス」と言ってくれた。「自分でも歌っている姿が想像できる」と。それで一緒にスタジオに入ることになった。すべてがスピーディに進んだ。今までロバートには会ったことがなかったんだ。彼のレコードはたくさん持っているけどね。ラリー・ハードと一緒に作ったものやコールドカットとの作品やフォーテックとの作品など。彼は本当に才能豊かなインスピレーションを与えてくれる最高のヴォーカリストだ。

いまさらですが、あなたが描くあのかわいいキャラクターはどのようにして生まれたのですか?

MS:僕が若いころ、15歳だったかな、いつも落書きをしてた。子供の頃から絵を描くのが好きだった。その絵がじょじょにシンプルさを増していった。そして、今の形、つまり目と口と体と手足が2本ずつ、になった。子供の落書きがそのまま変わらず今も残っているというわけさ。

あなたは自ら紅茶の販売を手がけるくらい、紅茶に思い入れがあるかと思います。あなたにとって紅茶とはどんなものなのですか?

MS:紅茶はイギリスではとても大切なものだ。自分で作った紅茶の会社はもう手放してしまったけど、いまはマンチェスターでカフェを経営しているよ。「Tea Cup」という名前のカフェで、おいしい紅茶を出している(笑)。紅茶はイギリス人にとって身近で大切なものであるにも関わらず、多くのイギリス人は紅茶についてあまりよく知らない。日本にもお茶のカルチャーがあると思うけど、日本ほどにはイギリス人の飲み方は洗練されていない。だが(日本とは違う種類の情熱だけれども)イギリス人もお茶が好きだ。僕はそういうイギリス人の感じも嫌いじゃなくてね。カップにティーバッグを入れて紅茶を飲む。それって、何か安心するんだよね。紅茶は気分をほっとさせてくれるし、よい気分にもさせてくれる。友だちと一緒に紅茶を飲むときも、仕事中にひとりで飲むときも、紅茶は日常においてスペシャルな時間を提供してくれる。多くのイギリス人がそんな感じで紅茶を愛していると思うよ。

最後になりますが、次のアルバムはいつ頃の予定でしょうか?

MS:2020年までにはリリースしたいと思っているよ。今回、久しぶりにアルバムを作り、、そのための作業が自分にとってどんなに楽しいことなのか改めて感じることができた。すでにデニス・ジョーンズとも、このアルバムのツアーが終わったら、すぐにまたスタジオに入り、新しい曲を一緒に作りはじめようという話をしている。だから、まあ、今回のリリースにかかった時間によりも早く、次のアルバムは出せると思うな。このアルバムの作業は本当に楽しかった。とくに他の人とのコラボレーションはインスピレーションも得られ、刺激的な仕事だった。今後もコラボレーションはたくさんやっていくと思うよ。楽しみに待っていてくれ。

ENO & HYDE - ele-king

 やはりブライアン・イーノから語りはじめるべきだろうか。

 ブライアン・イーノは20世紀後半から現代に至るまで、ポップ・ミュージック/ロック・ミュージックの「知性」を体現する存在である。「知性」と は何か。好奇心である。彼の類稀な「知性」は、音楽を基点としつつ、アートやサイエンス、文学に至るまでさまざまな領域を、関心の広がりの赴くままに吸収 してきた。その過程でイーノは「アンビエント・ミュージック」という有名なコンセプトを生み出した。これは音楽のみならず芸術と環境を中継する概念/構造 でもある。彼の活動の中心概念は「音楽をいかにユーザーの生活=環境に溶け込ませるか」だったように思える。
 イーノがアーティスティックなアンビエント作品、ストレンジなロック・ミュージック、インスタレーションの制作やソフトウェアの開発のみならず、U2、 コールドプレイなどのメジャー・バンドまでも平気で手がけ、そのどれもが成功を納めてしまうのは、彼が「ユーザーの環境=生活の中にある音楽」という概念 の実現化を実践してきたからではないか。ヒット曲もミュージック・アプリも、生活の中になるアンビエント・ミュージックである。そう、つまりは文房具のよ うな音楽。
 ゆえにイーノは20世紀後半を代表する音楽家であると同時に、20世紀後半を代表する音のプロダクト・デザイナーである。

 この春、かねてから話題になっていたブライアン・イーノとカール・ハイドのコラボレーション・アルバムが〈ワープ〉からリリースされた(いまさら二人の経歴を語る必要もないだろう。検索すればすぐにわかるのだから)。
ネット上でも発売前から2曲が先行トラックとして発表されており、アルバムの雰囲気は多くのリスナーが掴んでいた。事実、このアルバムを通して聴いた者 は、先行トラックの2曲がもたらしたイメージと、大きな差異がないことに安心と納得を受け取ったはずである。イーノのファンならば「さすがはブライアン・ イーノ」と安心するだろう。それほどのファンでなければ「近年のイーノ御大の音だな」などと呟くだろう。またアンダーワールド=カール・ハイドを聴いてき たリスナーならば、彼特有のヴォーカル・ラインが本作でも健在であることに喜びを感じもするだろう。
 いずれにせよ、このアルバムを聴いたものは、決定的な「驚き」を感じることはない。ここにあるのは「驚き」ではなく「必然」なのだ。レコーディングの技 術的な部分や楽曲・演奏の細やかな箇所でより専門的に「驚く」ということはあるかもしれないが、一般的なリスナーにとっては、エレクトロニクスと生演奏が バランス良く交じり合った(しかし少しだけ変な)聴きやすいポップ・ミュージックである。それゆえ何度も聴けるアルバム=プロダクトに仕上がっているとい える。
 そう、このアルバムの最大の肝は「驚くべきことなど何もない」というブライアン・イーノの強靭なプロダクトの品質管理の意識が、しかし管理された窮屈さに収まることなく、ある種の風通しの良さを保持している点にある。

「驚きではない」。そこから本作を考察してみよう。たとえばイーノとハイドのコラボレーションに関しても驚くには値しない。なぜなら過去のライヴ競 演やハイドのソロ・アルバム参加などを考えれば必然であった。また、イーノはU2やコールドプレイなどのメジャーなロック・バンドのプロデュースを巧みに 実践してきたベテラン・プロデューサーである。アンダーワールドというテクノ・ユニットのポップ・スターのメンバーと仕事をすることに違和感があるわけで もない。

 リリース前にアナウンスされていたアフロビートの導入も、2011年のシェウン・クティのアルバムのプロデュースという直近例を挙げるまでもな く、イーノはトーキングヘッズのプロデュース時代からロック・バンドにアフリカン・リズムを一種の「モード」として取り入れてきた先駆者(の一人)であ り、やはり必然性がある。またポリリズムを駆使した本格的なアフロビートではないという点も同様だ。あくまでロックのビートを基準として一種の香水のよう にアフロビートがふりかけられているのだ。その点においてもイーノ過去作品と共通する。

 そして本作においてビートルズの“トゥモロー・ネバー・ノウズ”的なメロディの楽曲が多い点も「驚き」はない。もちろんイーノ単独曲では、まるで 70年代のロック期ソロ作品のようなメロディも聴かれるが(9曲め“トゥー・アス・オール”など)、カール・ハイド(とフレッド・ギブソン)との共作“ダ ディーズ・カー”““ア・マン・ウェイク・アップ”などリズムが強調される曲においては、念仏のような“トゥモロー・ネバー・ノウズ“的なメロディにな る。なぜならこれらのヴォーカル・メロディは、モーダルな構造のトラックの上で、そのコードの基音の狭間を這うように作られているからだ。結果としてブリ ティッシュ・ロックがミニマルビート化/テクノ化したときの一種の伝統として(ケミカル・ブラザーズ)、“トゥモロー・ネバー・ノウズ“化していく。

 ともあれ、このように簡単に列挙できるほど、このアルバムに「驚き」はない。そもそもイーノも(そしてハイドも)、奇想天外な「驚き」をもたらす アルバムを作ろうとは思っていなかったはずである。イーノは「イーノ・ハイド」という名義のアルバムを、プロダクトとしてほぼ完璧に仕上げた。何度も繰り 返し聴ける高品質な音源。手にする喜びのあるジャケットのアートワーク。
 イーノが自身の作品の、ある種の「アート・プロダクト」化を徹底しはじめたのは、じつは〈ワープ〉移籍以降の大きな特徴だ。『スモール・クラフト・オ ン・ア・ミルク・シー』(2011)以降、ジャケットのアートワークは装丁や紙質を含め完璧である。そしてデジタル化していく現在の音楽状況のなか、フィ ジカル盤のアートワークを追求していくのは大切な仕事だ。
 音楽的にも〈ワープ〉以降のイーノ作品は、風通しの良さ(イーノ特有のユルさ?)を保持しつつも、デジタル時代特有の輪郭線のクッキリしたグリッド感を 実現する精密なポスト・プロダクションを行うことで、自由と厳密さが絶妙なバランスの上に成立している。本作も同様である。

 しかし、それでもなお、本作には真に驚くべき点が3つある。1つは「サウンド・プロダクト・デザイナー、ブライアン・イーノ」だけではなく、独自 のメソッドを独学で学んだ「作曲家、ブライアン・イーノ」が不意に顔を出す点だ。とくに1曲め“ザ・サテライツ”のイントロのシンセ・ブラスのフレーズ。 そこに彼の指先が生み出す独特な響きを聴き取ることができるはずである。本作には、「音楽家イーノ」の素の顔がところどころに表出している。この音楽の魅 惑的な奇妙さ。その傾向は前3作よりも強い。

 2つ目は、それゆえイーノが主導権をもってアルバムを作り上げているように思える点である。65歳を迎えたこの音楽家は未だ完全に現役であり、プ ロデュースのみならず自らトラックを手がけているのだ。もちろんカール・ハイドのギターやヴォーカルは重要である。そして若き共同プロデューサー・フレッ ド・ギブソン(20歳!)、シェウン・クティのアルバムで共同プロデュースしたジョン・レイノルズの功績も大きいだろう。だが彼らの奏でる音に対して、き わめて自由に、何の先入観もなく、オトノアソビのように介入し、サウンドの生成と戯れるさまこそブライアン・イーノの真骨頂だ(それゆえイーノ単独曲“ブ ラジル3”、“セレブレーション”が収められているデラックス2CD盤のディスク2は興味深い)。

 そして3つめは、ブライアン・イーノというひとりの人間の中の、ミュージック・プロダクトを巧みに作り上げるプロデューサー/サウンド・プロダク ト・デザイナーという側面と、単なるプロフェショナルに凝り固まることなく、音と遊びつづける永遠の天才的なアマチュアが、ごく自然に同居している点であ る。これが何より驚くべきことだ。だが、それこそが音楽の創作者として正しい態度とするなら、やはり「驚くに値しない」のだ。なんという円環か!

 あらためて結論を述べよう。ブライアン・イーノはつねに正しい。そう、「驚くには値しないこと」こそ、本当に「驚くべきこと」なのだから。

Gotch - ele-king

 「ミュージシャンは黙って音楽だけやっていろ」。こんな批判を受けながら、アジアン・カンフー・ジェネレーションのゴッチこと後藤正文がツイッター上でリスナー(?)にネチネチと絡まれているのを見たのは一度や二度ではなかったと思う。「世界が見たい」ではなく、現実をいかに都合よく忘れさせてくれるか。おそらくは「夏フェスに参戦」を習慣としているのであろうタイプのリスナーたちが、音楽に対して何を欲望しているのかがあまりにも露骨に顕在化しているようで、僕は何とも言えない気持ちになった。
 と同時に、あの手のリスナーを育てたのは他ならぬアジアン・カンフー・ジェネレーションや銀杏BOYZ、バンプ・オブ・チキンといった世代のバンドなのだと思うと、僕はさらに何とも言えない気持ちになる。そう、おそろいのタオルやリストバンドが舞うフェスで順当に出世する若手のロック・バンドが揃ってノンポリティカルで、それぞれに閉塞し完結した世界観でファンを囲い込んでいる現象は、彼らが連帯保証的に責任を負うべきものだろうし、銀杏BOYZ×花沢健吾のペアもそうだが、アジアン・カンフー・ジェネレーションが浅野いにおとの親和性を前景化したのも功罪相半ばだった。
 そうした状況に落とし前をつけるべく、などと言ったらミスリードになるかもしれない。しかし、周知のように後藤は震災以降、原発、風営法、都知事選といったイシューで明確な態度表明を行ってきたわけだが、リスナーになじられながらも現在のポジションを選んだ背景にはそのような責任感もあったのでは、と想像する(本作のタイトルは『いつまでも若くはいられない』だ)。バンド名義で発表された“ひかり”や“夜を越えて”といった楽曲には、彼(ら)がどのような葛藤のなかにいたかが刻まれている。そして、ザ・タイマーズの歴史への表敬訪問。それは、ここ数年で加川良の“教訓I”や高田渡の“自衛隊に入ろう”あたりの楽曲がプロ/アマ問わずに全国で召喚されていった現象と見事にシンクロしていた。

 しかし、後藤のソロ・デビュー作となった本作『Can’t Be Forever Young』は──おそらくは大方の予想を裏切るかたちで──いわゆるプロテスト・ソングのコレクションになっているわけではない。むしろ雰囲気はリラックスしている。と言うか、この人の愚直なまでの誠実さと不器用さを見てきた人間としての願いはたったひとつ、「自分の趣味だけでアルバムを作ってみて欲しい」ということに尽きたわけだが、本作ではそれが試験的にだが実践されている。ここ数年来、常にある種の緊張関係を強いてきたリスナーとの和解を試みるかのように。
 フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックを軽やかに取り入れた“Stray Cats in the Rain”から、ブロークン・ソーシャル・シーンあたりのUSインディを思わせる手触りの“Humanoid Girl”や、どこかウィルコ風の“A Girl in Love”のような曲、あるいは風営法問題に取り組む人たちに捧ぐかのようなエレクトロニック・ビートが打ちこまれる“Great Escape from Reality”のような曲もあれば、ベックやオアシスといった自身のルーツである90年代の洋楽ロックがブレンドされたような曲(“Wonderland”や“Sequel to the Story”)もある。ここには、自身にまとわりついた音楽的なイメージをまず払拭しようとする意志が、メッセージよりも先にある。このあたりはゲスト・ミュージシャンの人選に拠るところも大きい。

 一方で、政治的な主張を直接取り込んだような曲が一曲でもあれば、(いわゆる「炎上」としての話題性も含めて)より面白かったかもしれない、とは思う。しかし、ひとりのリスナーとしてまず安心できたのは、彼の一連の行動が「欺瞞からの突然の覚醒」といったある種の危なさを伴うものではなかった、ということが示された点だ。あるいは、例えば後藤が編集長を務める『THE FUTURE TIMES』の最新06号、「たくさんの人が乗り遅れてしまうような速度で、僕たちの社会は走っているのではないか」と綴られる巻頭言に象徴されるように、この3年間の活動で彼が得たある種の「分断」の実感がそうさせたのかもしれない。そう、彼が探しているのはラディカルな政治の言葉ではなく、膨大な論点ごとに細かく分断された震災以降の「僕たち」を共振させられるような言葉なのだと思う。
 そうした視点に立つと、本作に通底するテーマは「死」だろうか。乱暴な仮説だが、2011年にあのようなことが起こることが分かっていたら、アジアン・カンフー・ジェネレーションはこの10年でまったく違った活動を選んでいたかもしれない。しかし、人生を最初からやり直すことはできないし、そんなことを考えているうちにも人生は絶え間なく前へ前へと押し流されてしまう。最後に待っているのは平等に死だ。いまこの瞬間、歴史の進行に自分が少しでもかかわっていて、それを強く意識したとしても、結局は人間のほうが滅びざるを得ない、その生の不可逆性と一回性を受け止めることから、何かをスタートさせようという――ベタと言えばあまりにもベタな、しかし――普遍的な思いがリリカルに綴られている。

 ところであれは、どれくらい前の話になるのだろうか。「この曲のアウトロがね、本当にたまらないんですよ」――筆者にとっての主たる音楽情報メディアがまだラジオだったころ、後藤正文はそう言ってウィーザーの“Only In Dreams”を嬉しそうにかけていた。「でも夢から醒めると/すべては消えてしまうんだ」――夜の音楽番組で、リヴァース・クオモは消え入りそうな声で歌っていた。分厚いギターの壁も、彼とともに泣いているようだった。あれから何年経ったのだろうか、後藤が中心となって発足したレーベルには<only in dreams>という名が付けられた。
 「夢から醒めると/すべては消えてしまう」――しかしいま、この言葉はあまりにも多義的に響く。そう、すべては夢のなかだ。掴みかけたかに思えた理想や、あるいは2004年のダブル・プラチナ・アルバム『ソルファ』の頃の成功でさえも。しかし、ある種の分断や挫折を経験することによって、いまの後藤やアジアン・カンフー・ジェネレーションは、「他者」という存在に絶え間なく晒され続けている。それこそがロック・ミュージックの「現場」だろう。バンドとしても、どこかふっ切れた感がある“ローリングストーン”を発表するなど、これからどうやって歳を取っていくのか、俄然楽しみになってきた。「現実を忘れて都合のいい夢をもう一度見る」でもなく、「政治の季節をアツく過ごす」のでもなく、彼(ら)は第三の道を見つけられるだろうか。

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