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野田 努   Sep 13,2012 UP

 思わずビールを吹き出してしまった。世田谷区の環八をちょっと入ったところの、周囲は畑に囲まれた小さな神社だ。蒸し暑い日曜日の夕暮れ時に、友だちが祭の演目で踊るというので、子供と一緒に出かけた。和服を着た友だちは祭り囃子に合わせて練習した踊りを踊っている。それが終わると、続いて5~6人の小学生の女の子が登場、おそろいの真っ赤なバスケのユニフォームには大きな英語で「remix」と記されている(笑)。
 しかし本当に笑うのはこの後だった。神社の舞台に設置されたBOSEのスピーカーが低音を鳴らすと、ブローステップがかかりはじめた。ぶんぶんうなるベースとダークなビートの隙間からは「マザファッカ」という英語が連呼されている。「マザファッカ」「マザファッカ」......、もっとも汚い英語であり、僕がアフリカ系アメリカ人の友人にふざけて言っても、本気で嫌がるような卑語だが、女の子たちは楽しそうに踊り、父兄や老人はニコニコしながら団扇を扇いでいる。女の子たちが踊っている背後には、「絆」という文字が大きく描かれている。

 R&Bとヒップホップはいま旬だ。それらはいつだって旬だとも言えるが、ハウスがいまイケているのと同じ次元において旬だ。この10年で広がっていたアンダーグラウンドとオーヴァーグラウンドの溝が埋められつつあるし、何より他ジャンルへの波及がすごい。〈ハイパーダブ〉のクーリー・GのアルバムにもR&Bテイストは注がれ、ジェームズ・ブレイクの新作はロール・ディープ(グライムと呼ばれるUKヒップホップの初期からのでっかいグループ)のラッパーとの共作だ。クラウド・ラップ以降の動きは面白いし、フランク・オーシャンのアルバムは出る前から騒がれていた。チェット・フェイカーのアルバムも良かったし、来月にリリースされるハウ・トゥ・ドレス・ウェルのセカンドがとにかくやばい(デルフォニックスのアンビエント・ヴァージョンのようだ!)。

 R&Bとヒップホップはいま旬だが、これらブラック・カルチャーはステロタイプについても考えなければならない。本作は、アンチ・ポップ・コンソーティアムやジ・アイソレーショニストのメンバー、ハイ・プリーストによるHプリズム名義によるソロ作品で、スイスの真新しいレーベル〈スヴェクト〉からの第一弾リリースだ。
 アンチ・ポップ・コンソーティアムにはすでに名声がある。ギャング文化を商標としながら、芸能界化するヒップホップ・シーンと前向きに決裂していった、アンダーグラウンド・ヒップホップへと分派する先頭集団だった。彼らを紹介するうえでもっとも有名な言葉に「ヒップホップとIDMの溝を埋めた」というのがある。のちに〈ワープ〉と契約するように、アンチ・ポップ・コンソーティアムにとってのヒップホップへの疑問符は、たとえるならエイフェックス・ツインやオウテカへのアプローチとなっている。もしくはゲットー・ミュージックの露悪主義(卑語の多用)に振り回されない、ステロタイプ(お望み通りの黒人像)に甘んじない......という、ある種内なる相対化が彼らにはある。

 ハイ・プーリストの1曲20分にもおよぶ新作は、シカゴのフットワークが大胆に取り入れている。というか、フットワークをやってみたくて我慢できずに作ったようなはじまりだ。ハイピッチのビートではじまり、やかましい声ネタがくどくどしくミックスされる、いつものフットワークだ。が、しかし、それは3~4分で終わらない。オーネット・コールマンの『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』のようにフリーキーな展開を見せる。アフリカン・パーカッションへと突き進み、アシッド・ハウスの恍惚と寒々しいインダストリアル・サウンド(世界の終わり系産業グルーヴと呼ぶらしい)をダイナミックに往復する。終盤はノイズ/ドローンへとまっしぐら。
 El-pとオウテカに強くインスピアされたというこのレーベルからの次のリリースは、アオキ・タカマサだとアナウンスされている。


 ハイ・プーリストやアオキ・タカマサとの共作者でもあるNHKyxは、先日、アヴァンギャルド系を得意としているベルリンのレーベル〈パン〉からSNDとのスプリット盤に次ぐ作品として、『ダンス・クラシック・ヴォリューム・ワン』をリリースしている。故コンドラッド・シュニッツラーとの共作、〈スカム〉レーベルやUKラフトレードからのラヴコールなど、彼=NHKyx=マツナガ・コーヘイはここ数年、ポストIDM時代のキーパーソンとしてあらたな脚光を浴びているが、今回の全10曲はその題名が言うようにダンス・ミュージック集、彼なりのハウス/テクノが収録されている。
 腰に力の入ったダンス・ミュージックでありながら、NHKらしいひょうきんさ、ユーモアがある。初期のエイフェックス・ツインや初期のプラッドのような透明感、無邪気なムード、音響工作的な面白味を持っていながら、ヒップホップから来るベースがうなっている。パーティ・ミュージックではない、が、確実にダンス・ミュージックだ。すでに大量のリリースをほこるマツナガ・コーヘイだが、このアルバムは親しみやすさにおいてベストな1枚に思える。

 音楽文化はいま、ただ曲を作って、それを人が聴くという単純な構造のものではなくなっている。発表の仕方もひとつの態度表明になっている。〈パン〉にしても〈スヴェック〉にしても新しいレーベルだが、ともにヴァイナル(アナログ盤)にこだわっている。アートワークへの充分な配慮もある。ヴェイパーウェイヴが積極的にデジタル環境で遊んでいるのに対して、こちらは距離を置こうとしている。ヨーロッパにおけるポストmp3時代は、彼らのようなIDM以降の領域で顕在化しているようだ。昔、〈リフレックス〉を揃えていた人、最近〈プラネット・ミュー〉が好きな人はチェックしてみて。

野田 努