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ブローステップ人気がアンダーグラウンドの闘志に火を付けてしまった。スウィンドルの「ドゥ・ザ・ジャズ」を聴いていると、それを確信する。力強いビート。さわやかでもなければ夏のかおりもしないが、生をがむしゃらに生きている感覚がある。アンダーグラウンド・ミュージックのヴァイタリティがみなぎっている。
〈テクトニック〉レーベルは、ブリストルにおけるダブステップの拠点だ。このレーベルは、三田格にとっては唯一気になるダブステップだったという「Qawwali」を2006年にリリースしているピンチが運営していて、テクノとダブステップを結びつけた2562の諸作をはじめ、ジョーカーとフライング・ロータスとのスプリット盤など、他にも何枚かのヒット作を出している。最近は『テクトニック・プレーツ・ヴォリューム3』というタイトルで、レーベルにとって早くも3枚目となるコンピレーションを出しているが、あらためてアンダーグラウンド性を強調する内容だった。媚びずに自分たちの好きなことをやろうと、これはレイヴ~ジャングル~テクノ~ディープ・ハウスから綿々と受け継がれているイギリスの音楽シーンの素晴らしい一面である。去る6月に来日したヤングスタ(ダブステップのオリジナル世代のDJ)もそうだった。ドミューンで彼に「最後にひと言」とマイクを向けたら、それまで酔って、騒いで、ふざけていた態度を一変させ、真顔になって「オレはこれからもアンダーグラウンドで居続けるよ」と言った。
アンダーグラウンドとは、いまだ理解していない人が多いのだが、排他的なマイナー主義なんかのことではない。言い換えれば、音楽がもたらす自由な公共空間のことだ。その空間において音楽は生き物ののように、つねに変化している。シカゴのフットワーク/ジュークのような新しい刺激もアンダーグラウンドの心意気に拍車をかけている。ディスタルのデビュー・アルバム『シヴィリゼイション』もアンダーグラウンド・ミュージックを拡張する1枚である。
大学で聴覚現象の研究をしていたアトランタ出身の彼は、最初はハードコアやブレイクコアをまわすDJだったというが、2007年にピンチが〈プラネット・ミュー〉から出した「パニッシャー」に感動を覚え、スタジオに入った。2010年の初頭には自身のレーベル〈エンバシー・レコーディングス〉をはじめているが、その年には〈ソウルジャズ〉からのベース・ミュージックのコンピレーション・アルバム『フューチャー・ベース』にも1曲収録されている。
注目度の高かった『フューチャー・ベース』によって、ディスタルのヨーロッパでの評価は上がった。この1~2年、彼の雑食性の高いユニークなビートは〈テクトニック〉ほかオランダの〈チューブ10〉などのレーベルからシングルとなっている。2012年に入ってからはDJラシャド(シカゴのジュークにおける重要アーティスト)をフィーチャーした「Stuck Up Money」が話題になっている。
『シヴィリゼイション』はサグ・ステップと形容されているらしい。可愛らしいアートワークと彼のバイオを見る限り、とても"サグ"なヤツには思えないけれど、ダーティ・サウスが混じっているがゆえにそう呼ばれている。実際の内容はどこか特定のシーンの顔色をうかがうようなこともなく、実に雑多で、ジューク風の声ネタもあれば、アシッド・ハウス風の展開、ハードでグライムなのりもある。奇怪なダンスホール・スタイルもある。デリック・メイが好みそうなラテン・パーカッションも出てくるが、チョップド・ヴォイスが入って新種のゲットー・テックが暴れ出す。とにかく、いろいろやっているが、ディスタルは自分が進むべき方向、歩むべき道をわかっている。"文明"......というアルバム・タイトルはいまの我々にはちと重たいかもしれないが、どうかご安心を。この音楽は文明の本当に良い場所から生まれている。
野田 努