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Sisyphus

ExperimentalHip HopIndie Pop

Sisyphus

Sisyphus

Asthmatic Kitty / Joyful Noise

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木津 毅   May 16,2014 UP

 シシフォス王は罰を受け、山頂まで岩を運んでいる。あと少しで山頂に届くところまで岩を押し上げると岩はその重みで底まで転がり落ち、それは永遠に繰り返される……徒労を意味するギリシア神話のひとつ、『シシフォスの岩』である。この逸話にどことなく漂う滑稽さの正体は何なのだろう。シシフォスは、どうしてこの罰を「やめる」ことができないのだろう?
 スフィアン・スティーヴンス、NYベースのオルタナティヴ・ヒップホップ・アーティストのサン・ラックス、シカゴ出身のセレンゲティによるプロジェクト(後者ふたりは〈アンチコン〉に関わりが深い)であるシシフォス。2012年のEPの時点では三者の頭文字を取ってs / s / sと名乗っていたが、フル・アルバムに際してアーティスト名を変更したようだ。そしてそのことが、このシュールなヒップホップ・プロジェクトの……というか、おそらくはスフィアン・スティーヴンスの表現のありようをよく示しているように思われる。もはや笑ってしまうぐらいに虚しく悲しい、人間たちの群像画。もちろんそこには、本人たちも含まれている。

 セルフ・タイトルのアルバムの内容は乱暴に一言で言えば、スフィアン・スティーヴンスがクラウド・ラップをやってみたら……というものだ。おそらくはサン・ラックスによるものが多いだろうエレクトロ調のビートを軸として、そこに時折スフィアンのメランコリックで美しいメロディと管弦楽器のアンサンブルが加わり、セレンゲティが抑揚のあまりないラップをブツブツと繰り広げる。感覚として近いのはスーパー・ファーリー・アニマルズのグリフ・リスがブーム・ビップと組んでエレクトロ・ヒップホップをやったネオン・ネオンだろうが、あそこまで(音として)コンセプチュアルではなく、シシフォスの音のほうがもっと現代風で抽象的だ。そうたぶん、壊れたエレクトロニカとオーケストラル・ポップの合体作だった『ジ・エイジ・オブ・アッズ』の続きと言ったほうがいい。カラフルなシンセ・ポップに突如として壮大なコーラスが重ねられる“リズム・オブ・ディヴォーション”や、ダウナーなヒップホップに急に可愛らしいチェンバー・ポップが加わってくる“マイ・オー・マイ”などは、確実にシシフォスにしかないオリジナリティである。
 シシフォスも他のこうした多くのプロジェクトのように、はじまりこそ遊びの要素が強かったのかもしれない。蛍光灯がビカビカ光るようなシンセ・サウンドのオープニング“カーム・イット・ダウン”の時点ではまだそれがあるし、ヴィデオでスフィアンがセレンゲティといっしょにラッパーを気取ってみせる“ブーティ・コール”なんかには、これはジョークなんだというポーズがある。だが、2曲めの“テイク・ミー”の時点でもう、スフィアンはアブストラクトなビートの上で物悲しげに「僕はきみの友だちになりたいんだ……」と繰り返している。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』で「僕はよくなりたいんだ!」と気がふれたように繰り返していたのと何が違うというのだろう? 実際アルバムにはもう1曲ラップのないトラック、スフィアンが震える声で歌う“アイ・ウォント・ビー・アフレイド”というフラジャイルで美しいバラッドが収められていて、そうしたトーンが全体に色濃く影を落としている。
 それはセレンゲティでラップを乗せるトラックでも同様で、たとえば労働者のキツい生活を綴っているらしい“ディッシーズ・イン・ザ・シンク”のメランコリアにはもはや呆然としてしまうぐらいだ。続くトラックでは同じメロディが繰り返され、スフィアンは歌う……「これが僕の選択だった」。曲名は“ハードリー・ハンギング・オン”、「ほとんど耐えられない」だ。シシフォスの岩はまた落ちていく……。


Sisyphus - Alcohol (Lyric Video) from Sisyphus on Vimeo.

 ラストの“アルコール”に用意されたリリック・ヴィデオにもまたぎょっとさせられるものがある。それはビートに合わせてひたすらこの世界のありとあらゆる事象の画像が次々と映し出されるなかばグロテスクなもので、90年代以来のヒップホップVJ感覚とスフィアンのコラージュ・アートが接続されたと言えばいいだろうか、この世界で起きていること、そこで生きている人間たちの感情がごちゃ混ぜになって迫ってくる。曲にはいつしか勇壮なオーケストラが導入され、過剰なスケール感でアルバムは終わっていく。ここまで書いて思い出したが、アルバムはジム・ホッジというヴィジュアル/インスタレーション・アーティストの作品群、その「セックス、エイズ、ドラッグ、死の恐怖、孤独、愛や美」といった抽象的なテーマに強くインスピレーションを受けているという。
 単純に楽しいコンセプトとしてエレクトロ・ヒップホップをやることは、どうしてもスフィアン・スティーヴンスというひとにはできないのだろう。彼の誇大妄想が、その狂気がここでもまた一種のファインアート的展開を見せている。そこで繰り返し描かれる生の不条理や虚無感、愛や信仰といったモチーフは、作品を重ねるごとにますます深みにはまっていくようですらある。

木津 毅