「坂本慎太郎」と一致するもの

interview with Nagisa Ni Te - ele-king

  その起源を80年代の京都のアンダーグラウンドに持ち、2000年代においては「ローファイ」や「うたもの」として、〈Oz disc〉のサンプラー『so far songs』などによって提示された新しいインディの価値観を象徴し、〈ジャグジャグウォー(Jagjaguwar)〉からパステルズまでを日本のシーンにつないだバンドとしても記憶される、渚にて。2008年の『よすが』より6年、「また正月かあ!」と口をついて出るほど時の流れははやく、この間育児という経験もへてあらたに音楽と出会い直したというその中心人物・柴山伸二の、いまの暮らしと音について、湯浅学が訊ねる。(編集部)

柴山伸二、竹田雅子の夫妻を中心として活動するロック・バンド。柴山は80年代には高山謙一や頭士奈生樹らが結成したバンド、イディオット・オクロックのメンバーとして京大西部講堂を中心としたライヴ活動を展開し、自身では〈オルグ・レコード〉を立ち上げ、ハレルヤズ名義でソロLP『肉を喰らひて誓ひをたてよ』をリリース。92年にレコーディングが開始され、95年に完成をみる渚にて名義でのファースト・アルバム『渚にて』には、頭士奈生樹、工藤冬里も参加し、99年には『Wire』誌による〈ドミノ・レコーズ〉のサンプラーに工藤のMaher Shalal Hash Bazの作品と並んでハレルヤズ「星」のパステルズによるカヴァーが取り上げられるなど活躍のステージを広げた。つづく2001年の『こんな感じ』以降は米〈ジャグジャグウォー〉からも共同リリースがつづき、2014年には2008年依頼6年ぶりとなるフル・アルバム『遠泳』が発表された。


レコーディングも子どもの夏休みがはじまるまでに終らせなければいけなかったんです(笑)。


渚にて - 遠泳
Pヴァイン

RockPops

Tower HMV Amazon iTunes

湯浅学:今回、渚にてのアルバムは計画的に作ったの?

柴山伸二:なかば計画的にですね。子育てが一段落してからはじめたので、6年ぶりというのも必然というか(笑)。子どもがひとりで自分のことができるようになった段階で、練習とかライヴができる状態に回復したという感じです。

湯浅:曲は作り溜めとかするんですか?

柴山:しないですね。何か設定されないと曲が出てこないんです。たとえばライヴをやるとか、レコーディングを年内にしなきゃいけないとか。宿題と同じで、締切とか目標がないとダラダラしてしまうんです(笑)。

湯浅:じゃあ、今回は発売を先に決めていたんですか?

柴山:発売が決まったのは後です。レコーディングがいつ終わるかハッキリとしなかったんですよ。作業を進めて、めどがついた段階で発売日を決めました。レコーディングも子どもの夏休みがはじまるまでに終らせなければいけなかった(笑)。子どもを見送ってから、午前中はスタジオに入って、学校が終わるまでにスタジオから帰ってこなければいけなかったという。だから、毎週午後3時までには帰宅していました。それが2月から7月までの足掛け半年くらいですね。

湯浅:今回、サウンド的なテーマや目標みたいなものはあったんですか?

柴山:サウンドの方向性はいつも同じなんですよ。90年代からそれは一貫しているつもりです。変わるのはスタジオの機材くらいで、目指している方向はつねに一点だけなので。僕は70年代っ子なので、黄金期のピンク・フロイドとかザ・バンドとかのやり方を自分なりに応用してみたり。まあ、勝手に肩を並べたい、という気持ちで。

湯浅:77年くらいまでですかね?

柴山:70年代前半までですね。ピンク・フロイドで言えば『狂気』までです(笑)。

湯浅:そうしたら73年(笑)?

柴山:そうなんですよ。ちょうど中高生くらいのとき。一枚のレコードを2ヶ月くらい毎日聴いていました。それとはまた別枠で76年以降はパンクの影響も入ってきますよね。70年代前半プラス76年以降、みたいな。パンクだったらジョイ・ディヴィジョンあたりまでだから、ディス・ヒートまでっていう感じですね。そう言うと「あ、そうですか」で終っちゃうんですけど、言わないと誰もわからないんです(笑)。

湯浅:そんなことはないと思うけど。でも、渚にてを聴きつづけていないとわからないと思うんですよ。

柴山:昔から聴いてくれている人はどんどん消えていってますけどね(笑)。

湯浅:最近の作品から聴きはじめた人と、昔の作品から聴いている人に接点はあるんだけど、感覚がズレちゃうところがあるらしくて。

柴山:それはいつの時代でもあると思いますよ。いまバンドをやっているような人はジミ・ヘンドリックスも後追いで、もちろん聴いたのは死んでからだし。ドアーズやビートルズでさえ全盛期はリアル・タイムでは知らないわけで。まぁ、僕は青盤赤盤世代ですから、それで聴いてどの曲がどのアルバムに入っているのかなってレコード屋さんで探して。それで『サージェント・ペパーズ』からさかのぼって聴く、みたいな。山本精一くんも検索すればボアダムズとか出てくるけど、いまはそういうイメージの人じゃないでしょう? 渚にても同じように、さかのぼって関心を持ってくれる人も少なからずいると思うんですけど。


僕は70年代っ子なので、黄金期のピンク・フロイドとかザ・バンドとかのやり方を自分なりに応用してみたり。まあ、勝手に肩を並べたい、という気持ちで。

湯浅:渚にてを聴いていると、歌詞の出発点で言葉をどのように紡いでいるのかなって思うんですよ。なんかこう、ある日閃いている感じもするし。

柴山:それもあります。ほとんどは子どもと散歩してるときとか、仕事中にちょっとずつ思いついたものをメモしてまとめて、っていう感じです。「紡ぐ」というのはまったくないですね。

湯浅:題名を先につけて詞を書くっていうのはないんですか?

柴山:タイトルをつけるのは最後ですね。まず歌詞の内容ができあがってから、タイトルを考えます。

湯浅:順番だと曲が先だと?

柴山:そうですね。まず、曲の一部となるメロディができてきて、そこから引っ張り出してくるみたいな感じです。その過程で、土台を忘れないようにフレーズを当てはめながら、残りのメロディを引っ張り出すというか、捻り出すときもありますけど(笑)。それである程度出てきた時に使えるものが採用になる。あとはギターでコードを付けて、という作業ですね。

湯浅:コード進行からメロディを作るんですか?

柴山:そっちの方が少ないです。ギターで遊んでいるうちにというのは珍しいんですが、今回のアルバムにはいくつか入ってますよ。2曲めの“まだ夜”はギターからできたやつですね。コード進行が先にできて言葉をつけていくというのは、普段あんまりないです。

湯浅:じゃあ、メロディがまず最初に浮かぶんですか?

柴山:そうです。急にサビが出てきて、あとでその前後の様子を探るというか。それとも、イントロの最初のメロディがパッと浮かぶか、その2パターンあるんですよ。それがだいたい半々くらいの割合です。

湯浅:タイトルとメロディと詞の3つがあるんですけど、題名が並んでいて、アナログ盤だと最初から聴いて……となる。だけど、CDって意外とランダムに聴けちゃうというか。

柴山:買って初めに3曲めから聴く人とかいますかね? ダウンロードとか?

湯浅:たまにそういうのがあるんですよ。題名で検索して聴いちゃった人もいるし。タイトルと詞の内容がかけ離れていると、かえって喜ばれることがあるらしい。それはほとんど例外的な話なんですけどね。だけど、基本的に詞ができて歌ができて曲ができて、タイトルをつけるにあたっては、詞のテーマと曲全体のイメージとのどっちを優先されるんですか?

柴山:どちらも同じですね。表現したい曲のイメージと、具体的にどういう言葉を選択するかをどこまで追求するかですよね。自分の中でのリアリティというか。これしかない、というところまで考えるという作り方ですね。

湯浅:今回のって、というか毎回そうなんですけど、作り込んでいったあとに、引き算で少し抜いた感じがするんですよ。

柴山:それは音に関してですか?

湯浅:いや、全体的に。歌詞とか。抜いたというか、ここを少し待とうというか。間合いが少し柔らかいというか。

柴山:それはたぶん、歳を取ってきたから(笑)。よく言えば余裕のようなものが出てきている気がしますね。今回の新作の曲も、おととし子どもが4才になって昼間は幼稚園に行って家にいない時間ができてやっと作れたんですよ。ふたりだけで育児をしていたので、その時を待ってました(笑)。子どもは双子で、幼稚園に上がるまでは24時間つきっきりで。おむつが外れるまでは音楽もクソもありませんでしたね。最初の1年はギターをぜんぜん触らなかったから、左手の指先がふにゃふにゃになってしまいましたよ(笑)。
 それでやっと幼稚園に上がって、とりあえず半日は家に子どもがいないので、その間にリハビリを兼ねてギターを練習してみたんですけど、昔の自分の曲のコードがなかなか思い出せなくて(笑)。レコードを聴くほうは夜中にコソコソとやっていたんですが、4年間曲作りはゼロだったんです。でもそれが案外いい方へ出たというか。しまい込んでいたギターを押し入れから出してきて子どもがいないうちに触ったら、「こんないい音がするんやな!」と、自分でギターを再発見してしまったというか。それまで1年以上はギターに触りもしなかったので。ちょっとした浦島太郎状態でしたね(笑)。

[[SplitPage]]

しまい込んでいたギターを押し入れから出してきて子どもがいないうちに触ったら、「こんないい音がするんやな!」と、自分でギターを再発見してしまったというか。

湯浅:それで新鮮さはあるんですか?

柴山:さすがに何年か触らなかったから新鮮さはありましたね。で、最初にできたのがタイトル曲の“遠泳”で、歌詞もほとんど悩まずに自然と出てきました。次はこうだな、っていうのがわかったんです。誰かが用意していてくれてたのかなって思いました(笑)。ライヴのほうも妊娠中期くらいから休んでいたので、5年ぶりくらいにそっちの方も再開したんですよ。そのときは活動休止以降の新曲だけでやって、昔の曲はアンコールで2曲やっただけでした。

湯浅:ライヴのときは子どもをどうするんですか?

柴山:最初は地元の大阪でしかライヴができなくて、しかもランチ・タイムで12時半スタートっていう(笑)。妹が車で来られる距離に住んでいるので来てもらいました。妹はとっくに子育てが終わっていて、いちばん上の子はもう就職してたから、時間の余裕があったんですよ。だから妹に子守りをしに来てもらうという(笑)。妹にはなついていたので安心できました。妹に朝9時に家に来てもらって、僕は午後4時までに帰ってましたよ。妹も5時までには帰って晩ご飯の支度をしなきゃならなかったので(笑)。

湯浅:そういう生活上の縛りがあったほうが、やることがまとまるのかもしれませんね。

柴山:メリハリがつきますね(笑)。いい意味で緊張感が生まれる。まだ小学1年生なので、夜のライヴはちょっとできないんですよ。発売記念だけはしょうがないから東京で夜にやりますけど、どうしても一泊になるのでそのときは妹に預けて、次の日夕方の明るいうちに帰るっていう(笑)。

湯浅:1年生だとあと10年はかかりますよね。

柴山:ライヴの会場にはまだ連れて行けないですよね。小学校高学年くらいになったら、いっしょに行こうと思います。中学くらいまでは厳しいかな。

湯浅:中学くらいになれば、行きたい時に行けますけどね。坂本慎太郎くんの子どもが中学2年生で、オシリペンペンズのライヴを観に来ていて、このあいだ会いましたけど。好きな音楽も選べるし、自分のオヤジの音楽聴いているって言ってたよ。それでペンペンズのファンだから来たって言ってました(笑)。

柴山:ペンペンズの方が好きなのかな(笑)。


使う単語が歳をとって簡単になっていると思います。自分で漢字で書けないものは使わない、みたいな。

湯浅:ところで、生活のなかで詞を書いていくにあたって、やっぱり昔使っている言葉と、いま使っている言葉って少しちがうっていうのはあるんですかね?

柴山:多少はちがうと思いますけどね。

湯浅:それは意識的に変えていくってことかな?

柴山:使う単語が歳をとって簡単になっていると思います。自分で漢字で書けないものは使わない、みたいな。

湯浅:それは俺もよくわかります。

柴山:「喪失感」とかね。「喪」が書けない(笑)。

湯浅:でも若い頃って、けっこう無理して難しい言葉を歌おうとしていたってことないですかね?

柴山:ありますよ。はっぴいえんどの悪影響を受けて。国語辞典を引っ張り出してきて「寂寥なんです」なんて歌詞を作って真似事をしていた時期がありましたね(笑)。これはオフにしといてください(笑)。

湯浅:何かこう、到達しない部分もあると思うんですが。

柴山:歌詞がですか?

湯浅:いや、音楽全体で。つまり、昔は無理してやっていたけど、いまでは多少はできる部分もあるんじゃないのかなって思うんですよ。

柴山:いまは逆です。昔できていたことがいまはできない(笑)。高齢化とともに、記憶と体力が衰えましたね。やっぱり50歳を過ぎたあたりから。歌詞を全部暗記できなくなったとか。20年前は全曲普通に暗記してやっていたのに、いまは譜面台を置かないと歌詞が途中で出てこない(笑)。

湯浅:あれは一回置いちゃうとだめですね。

柴山:昔はなかったんですけどね。だんだんできないことが増えている(笑)。で、その中で必要に追いやられてシンプル化が進められてきたという感じです。退化していっているような。

湯浅:やり過ぎない部分というのもあるのかもしれないですね。結果的になのかもしれないけど。

柴山:音楽的にも歌詞にも、よく言えば無駄が無くなってきたというか。ハッタリをかます必要性が無くなってきたというか。やっぱり30代くらいまでは虚勢を張ってみたりだとか、ありましたね。


音楽的にも歌詞にも、よく言えば無駄が無くなってきたというか。ハッタリをかます必要性が無くなってきたというか。

湯浅:柴山さんにもあります?

柴山:ありますよ。誰にでもあるんじゃないですか? 「お前らにこれがわかるか?」みたいなハッタリをぶつけたい衝動が。

湯浅:それはありますけどね。

柴山:村八分的な。「今日はのらないし、やめるわ」みたいな(笑)。

湯浅:ははは(笑)。あれなんか、憧れがあるんですか?

柴山:ちょっとやってみたいなと思いますよね。でも、あれはチャー坊だからサマになるんで(笑)。

湯浅:真似しても、今日は具合が悪いのかなって思われたりして。

柴山:次に会ったとき「スイマセン」って謝ったりして(笑)。そういう憧れみたいなものもだんだんとなくなってきたりして、自分のスケールも「まぁ、こんなもんなんだな」みたいな(笑)。よくも悪くも自分に見切りがつくようになってきたというか。でもまぁ、できることとできないことは、人それぞれにあるものなので。自分には何十行もあるような歌詞は作れないなとか(笑)。昔に比べたら、やっぱり言葉数は少なくなりましたね。だけど、ちょっと尺が長くなりました。短い曲が減って、5分以上の曲がほとんどになって。年寄りの話は長い、みたいな(笑)。

湯浅:でも一音一音の間合いが長いというのはあると思うんですけどね。

柴山:でもそれは自分ではよしと思っていますけれどね。長くなったといっても無駄があるわけではないので。ギター・ソロとか回数が決まっているんですよ。“残像”とかはライヴで長くなる余地が残っているので、レコーディングでは詰めましたが、ああいうのも別にここまで短くしてもなんの支障も出ないというか。“残像”はCDだと10分程度なんですけど、ライヴだと15分以上とかになります。

湯浅:そうですよね。スタジオだとまとめるほうへ行きますよね。

柴山:CDは2枚組にはできないんで、70分くらいには押さえなきゃいけないという。

湯浅:まぁでもアナログなら確実に2枚組だから。

柴山:だからアナログを出してほしいんですけど、2枚組がネックになってディレクターから返事がこないという(笑)。

湯浅:2枚組はジャケ代がかかりますからね。

柴山:CDなんか出さないで、アナログとダウンロード・チケットのセットを販売したらどうか、と提案したんですけど、返事がなかったですね(笑)。やっぱりニール・ヤングとかそういうクラスじゃないと無理かな?

湯浅:アナログにCD付録がいちばんいいですね。

柴山:CDは売れないって、売る方も買う方も言っているのに、なんでCDを出すんだっていう気もしますよ。

湯浅:そうですね。アナログを作る人がもう少し増えたらと思いますけど。化成(東洋化成)しかないから。

柴山:国内一社だけで値段が決まっちゃってますからね(笑)。一時期、東欧のプレスが運賃考えても安く作れる、というんで流行ったこともあったけど。

湯浅:なんかヨーロッパのプレスって音が悪いんだよな。

柴山:コストは安くても、再生ビニール使っている感じがしますよね。東洋化成さんにもうちょっと値段を安くしてもらって(笑)。

湯浅:立ち会いもできるし、環境はいいんだけどね。あれは独禁法に触れないのかな(笑)。

柴山:文句言う人が誰もいないんですね(笑)。

[[SplitPage]]

音はフォステクスのシブイチの8チャンネル(笑)。それしかスタジオになかったんです。


渚にて - 遠泳
Pヴァイン

RockPops

Tower HMV Amazon iTunes

湯浅:これはアナログ録音で?

柴山:リズム録りはアナログです。オープン・リールのテープを回しました。それで重ね録りをプロ・トゥールスでやりましたね。

湯浅:音は何チャンネルで録っているんですか?

柴山:音はフォステクスのシブイチ(4分の1インチ幅のテープを使用する)の8チャンネル(笑)。それしかスタジオになかったんです。

湯浅:よくありましたね。

柴山:エンジニアの私物です(笑)。

湯浅:テープは使い回し?

柴山:僕が持っていた6ミリのテープを押し入れから引っ張り出してきて。昔、テープをまとめ買いしていた時期があって。ピース・ミュージック(中村宗一郎氏のスタジオ)でやっていた時はアナログ録り、アナログ落としだったので。その頃に箱買いしていた6ミリテープの余りを発見して、それを使いました。大阪のスタジオで録った『よすが』の時はオタリのアナログ・マルチ・レコーダーのテープ2インチ幅の24トラックを使ったんですけど、渚にてが使ったのが最終稼働だったんですよ。今回もオタリで録ろうとしたらピンチ・ローラーのゴムが変形していて、使えない状態だったんです。エンジニアの人がスタジオのオーナーに修理を打診したんだけど、だめでした。「プロ・ツールスで全部できるんだから経費のことを考えろ」と言われて。
 それで諦めかけたら、エンジニアの人が学生時代に宅録で使っていたフォステクスが動くかもしれない、となって。持ってきてもらったらギリギリ使えたんです。それで今回のベーシックのドラムとベース、ギターの録りは4分の1インチの8トラックなんですよ。これは専門的な話でそれこそ『サンレコ・マガジン』(サウンド&レコーディング・マガジン)向けかもしれないんですけど……2インチ幅の24トラックのオタリはSNが非常によくてヒス・ノイズもほとんどないから、ノイズ・リダクションがなくても使えるほどなんです。非常にハイファイで硬質な音で、逆に言うとデジタル的なぐらいクリーンな音質。業務用マルチ・レコーダーの国産では最高峰。対して、今回使ったのは民生用のフォステクスでしかも83年製……! しかもシブイチで(笑)。フル・デジタルは回避したかったので仕方なかったんです。ダメもとで、もし途中で壊れたら諦めるかってやってみたら、トラブルがなくて全曲録れたんですよ。一応、業務用レコーダーと比べたらヒス・ノイズも多いのでドルビーだけは使いましたけど。で、録ってみたらテープの幅が狭いのが影響して、すごくいい結果が出たんですよ。いわゆるテープ・コンプレッションが、テープ幅の狭い分だけ極端にかかったんです。悪く言えば強い音が潰れかけてるんですけどね。

湯浅:俺はあの感じが懐かしいと思いました。

柴山:ベースのブイーンと鳴るときの音なんかね。あれは全部テープ幅の狭さによってできたものです。聴いてみたら、これは2インチのときよりも迫力があるよなって(笑)。メンバー全員一致でこれでいこうってなりました。

湯浅:そういう事情があったのか。

柴山:だからフォステクスの民生用の8トラックのオープンリール・レコーダーが出発点でした。


よく言われました。「これは今年の録音なんですか?」って(笑)。

湯浅:ギターはあとで?

柴山:重ねたギターはプロ・ツールスでやりました。基本的にはベーシックのエレキ・ギターとベースとドラムがアナログ録音です。

湯浅:キーボードは?

柴山:一日来れなくて後録りになったけど、3分の1くらいは4人いっしょにやりました。ドラムの前に皆並んで(笑)。

湯浅:8チャンネルでやりくりっておもしろいですよね。

柴山:マイキングでどれだけ録るかを工夫しましたね。8チャンネルなんて20歳ぐらいの宅録時代以来(笑)。

湯浅:8チャンって意外に命が短くて、4チャンの次はもう16チャンになっちゃうって言ってたから、かえっておもしろいなと思いました。

柴山:8チャンネルではベーシック・トラックで一杯になって重ねまではさすがにできないので、仕方ないですが後の作業はプロ・ツールスで(笑)。

湯浅:それはもうマルチで戻して?

柴山:うん。それにヴォーカルなどを重ねて、ミックスもプロ・ツールスですね。マスタリングはまた別のスタジオに入って、音源をスチューダーの2トラック・ハーフ・インチ・レコーダーのテープ・スピード76cm/秒で一回録りました(笑)。スチューダーを持ってるスタジオが大阪で見つかったんです。で、スチューダーで再生した音をまた取り込んでマスタリングしました。それでなんともいえない音色になってるんですけど(笑)。

湯浅:ぜんぜん、いまどき感がないですよね。

柴山:それはよく言われました。「これは今年の録音なんですか?」って(笑)。

湯浅:ははは(笑)。「あれ?」ってなって3秒くらいで慣れるんですけど。最初の印象はすごく新鮮な感じがしました。

柴山:マスタリングのスタジオでも言われました。「こんな感じのスネアの音を聴いたのは20年ぶりぐらいだ」って。

湯浅:スネアはすごいショックですよね。いま録ろうと思ってもなかなか録れないし。

柴山:ああいう感じにしたいなと思っていたのが、偶然ポコッとできて。「あれ? 鳴ってるやん!」みたいな。

湯浅:ドラムって本当に難しいですよね。

柴山:とくにスネアがね。ザ・バンドの、リヴォン・ヘルムじゃなくてリチャード・マニュエルのスネア・ドラムですよ。“ラグ・ママ・ラグ”のあの鳴りです。鈍く低いけれど、通りがいいというか。漬物石をドスっと置いたような音ですね(笑)。あの音が出せたから今回はもう成功したな、という(笑)。


ザ・バンドの、リヴォン・ヘルムじゃなくてリチャード・マニュエルのスネア・ドラムですよ。“ラグ・ママ・ラグ”のあの鳴りです。あの音が出せたから今回はもう成功したな、という(笑)。

湯浅:柴山さんはこの『遠泳』のステレオ感に関してはどういう構想を持っていたんですか?

柴山:左右の広がりとかですか?

湯浅:それとか、分け方とかですね。

柴山:けっこうこだわるほうですよ。それはやっぱりピンク・フロイドとかキング・クリムゾンの影響ですね。最初は左にあったギターがいつの間にか右にあるとかね。説明しないとわからないけど、鋭い人がヘッドフォンで聴くとわかる、みたいな。そういうのは毎回必ず入れてるつもりなんですけど。

湯浅:まず定位はセンターから作っていくんでしょ?

柴山:そうですね。ドラムとベースからはじまって。それはまぁ、基本のセオリー通りですけど。

湯浅:ドラムなり、上モノをどっちにするかとか、最初からモノで考えて振り分けする場合も?

柴山:レコードのモノラル盤は好きですけど、自分で作るときはモノラルはあまり考えないですね。小さい頃はラジオだけでモノラルしか知らなかった。でも、親にステレオを買ってもらってからは右と左が別れていて、ヘッドフォンで聴いたら「音が回る!」みたいな衝撃(笑)。ステレオの原体験は大阪万博の鉄鋼館のシュトックハウゼンの演奏で、あれもサラウンドの先駆けみたいなことをやってましたから。照明と音が同期して観客席を回るとか。

湯浅:いまは簡単にできることだよね(笑)。


プロ・ツールスは人生が500回ある感じですよ。今回は「もうそんなに要らんやろ!」って見切りをつけて作業してました(笑)。

柴山:そういう音のパノラマ的な定位ですよね。『2001年宇宙の旅』の後半のすごく盛り上がる光と音の洪水のところとか。前後感と左右感が全部出てる。そういう効果は今回のアルバムでも、あくまで味つけとしてけっこうやってますよ。そういう意味でプロ・ツールスはすごく便利になったので。でもプロ・ツールスも逆に能率が悪いですけどね。何でもできる代わりに修正もどこまでもできてしまうから、諦めがつかないんですよ。あと、指定した過去に瞬時に戻れるので。アナログだったら絶対に再現できない部分があって、そこで諦めがつくんです。人は生まれたら死ぬ、みたいな(笑)。アナログはいったんフェーダーをゼロにして電源を落としたら、卓の写真撮ってもフェーダーの位置をテーピングしても、次の日は絶対に同じ音は出ない。でもプロ・ツールスは何回でも生き返れるから、終わりがなくなっちゃうんですね。

湯浅:あれ聴き比べができちゃうのがよくないですよね。

柴山:『よすが』を録ったときは、「ベーシックは何月何日にやった何番目のテイクで、上モノの一箇所だけ今日はちょこっと変えます」とかやってましたからね(笑)。プロ・ツールスは人生が500回ある感じですよ。今回は「もうそんなに要らんやろ!」って見切りをつけて作業してました(笑)。でも、ときどきは「本当はまだ直しができるのにな〜」って内心思ったりしてましたよ。でも、プロ・ツールスで修正を重ねて追い込んだつもりでも結局はどう変わったのか、自分でもあんまり区別がつかないんです(笑)。ベーシックは同じもので、非常に細かいところをちょっと変えているだけですから。

湯浅:全体を変えるわけじゃないですからね。

柴山:今回やっとプロ・ツールスの見切りもついてきて、ミックスの作業も「子どもが学校から出てくるまでにキリをつけて帰らなきゃ」ってね(笑)。いまは子どもが狙われる犯罪がたくさんあって他人事じゃないですから。子どもを一人にすることが「まぁ、ええか」とはならなくて、「下校まであと20分しかない!」ってなります(笑)。そういった心地よい緊張感で作業を進めさせていただきました。

湯浅:だから忘れることがけっこう大事かもしれませんね。あんまり憶えているとかえって気になって戻りたくなっちゃうというか。

柴山:本当にそう思います。プロ・ツールス初体験のときは全部魔法のようでしたけど。

[[SplitPage]]

ピッチと時間軸を変えるのだけは絶対にしない、と。

湯浅:アナログのほうが、かえって思い切りがよくできていたのかもしれないな、といまになって思うんですけど。

柴山:ミックスでも同じですよね。いまは0.2dBのレベルの上げ下げでエンジニアからツッコミがきますから(笑)。

湯浅:そうそう(笑)。なんか急に細かいことを言ってる。0.2ってどこだよっていう。

柴山:スタジオの現場でデジタルだと、0.2dB上がったっていうのがわかるんですよ。

湯浅:あと波形でわかるじゃないですか? あれがよくないと思うんだよな。

柴山:まぁプロ・ツールスでも、時間軸とピッチの修正だけはしません。バスドラが少し突っ込んでいるからコンマ1秒ずらして修正しよう、とかはやらないんです。エンジニアは耳が慣れているから気づくんですけど、絶対にいじるなって言ってあります。自分の歌のピッチも「ここ少し修正してもわかりませんよ!」って言われるんですけど、それだけはやめてくれってお願いしてます(笑)。一音だけ歌い直したりとかはしましたけど。

湯浅:それはアリなんですか?

柴山:それはアリにしました(笑)。でもピッチと時間軸を変えるのだけは絶対にしない、と。

湯浅:いまって歌が簡単に直っちゃいますもんね。

柴山:そうなんですよね。だからそれをやると人として終わり(笑)って自分で決めていたので。

湯浅:最初からそうだと潔くていいですよ。なんか細かく直すのにすごく抵抗があるんです。自分で歌っていても、そういうふうに思うし。だけど、たとえば昔も手動でピッチを直していた人もいるわけで。つまりマルチ・トラックのテープで一箇所ずつ微調整して再生して上げて音程を直す。ユーミンとかもそうなんですよ。ものすごく細かくやってもあれだっていうのがすごくおもしろくて(笑)。『ひこうき雲』のときはそうやって全部ヴォーカルを直したらしくて、歌だけでものすごく時間がかかってるんですって。

柴山:一曲やるだけで気が遠くなりそうですね(笑)。だから70年代の後半くらいにはピッチ・シフターが出てきましたもんね。

湯浅:あれは録ったのが72年だから出たのが73年か。すごい大変だったって言うんだけど。

柴山:『ミスリム』のときもそうやってたんですか?

湯浅:その頃までには音程はよくなっていたらしいんだけど。だけど、それはそういうふうにしたかったからそうしてるみたいだけどね。

柴山:70年代は、浅田美代子も修正をしてあれだったから。

湯浅:浅田美代子は直しようがなかったんじゃない?(笑) これは無理だ、みたいな。再生したものを聴いて違和感があるのが嫌っていうのもあるし。

柴山:本人にしかわからないですよ。歌って細かいところを気にしているのは本人だけ、っていう。プロ・ツールスだとエンジニアが簡単に「ここの音程は上がりきってないから一瞬だけ上げてみましょう」とか言うんですけどね(笑)。ピース・ミュージックで録ってたときなんか、あんまり何度も同じ箇所を歌い直すもんだから「テープが粉を吹いてきたので一回テープ止めませんか」(笑)ってなったこともありました。レコーダーのヘッドが熱くなって、テープの磁性体が剥がれ落ちてきたんですよ。新しいテープだったんですが「テープがダメになっちゃうんで、ここは置いといて別の箇所を録音しましょう」って(笑)。

湯浅:今回はパッチワーク感が少ないですよね。

柴山:少ないですね。プロ・ツールスは使っているんですけど。今回は一本筋が通ったアルバムとして手応えはあるんですよ。大体同じ時期にできた曲ばっかりで。半年間くらいかな。

湯浅:前の(『よすが』)はそうでもないんですか?

柴山:違いますね。何年かの間に少しずつ、という感じでした。ライヴが今度あるから、少なくとも新曲を一曲はやろう、という感じで。そうした方が新鮮でもあるんで。それを2、3年やって10曲超えたらアルバムを作ろう、となるんですよ。『よすが』まではその繰り返しが多かったですね。

湯浅:もうそういうふうにはできないんですかね?

柴山:ライヴ自体がコンスタントにできないので。子どもが大きくなったら、ライヴの回数は増やすかもしれないですけどね。


それまでは自分から音楽を取ったらゼロだと思っていた。いまはすべて子どもが最優先という形になってますから。それが幸せということなんですけど。

湯浅:うちは今年で上のが20歳なんですよ。下が中学3年で、ふたりとも女です。

柴山:口をきいてもらえますか(笑)?

湯浅:うちは仲良しなんですよ(笑)。

柴山:A&Rの井上さんの娘さんは14歳から20歳の間まで口をきいてくれなかったらしくて。

湯浅:井上のうちはビッチですから(笑)。うちの場合は子どもが小さかった頃はべったり育児してたからね。ライヴを観に行くのがとにかく大変だよね。双子だったらもっと大変なんだろうなって思います。

柴山:夜、子どもが寝てからヘッドフォンでこっそりレコード聴いていても、育児で疲れてるから3曲めくらいで寝ちゃうみたいな(笑)。

湯浅:生活のサイクルが変わって、昔作れなかったものが作れるってことはないんですか?

柴山:今回の新曲は全部そんな感じですね。表現としてはそんなに変化がないんですけど、子どもがいなかったときとは感覚的に違いますね。

湯浅:1回めはそんなでもないんですけど、2回めからわかるんですよ。最初は渚にての新譜として聴けるんだけど、2回めから「あれ?」と思うことが随所にあってまた1曲ずつ繰り返したくなるんですよ。そこはずっと聴いた身としても発見がありました。

柴山:ありがとうございます。

湯浅:いえいえ。それはやっぱり生活の変化がけっこうあるのかなって思って。

柴山:いちばん大きいと思います。まあフルタイムのミュージシャンではないので(笑)。4年も休んでミュージシャンとか言ったら恥ずかしいですけど。まぁ、片手間だったのが、そうではなくなったというか。自分から子どもとの生活を取ったら音楽しか残らない、みたいな感じですかね。子どもが生まれたのは本当に大きいですね。それまでは自分から音楽を取ったらゼロだと思っていた。いまはすべて子どもが最優先という形になってますから。それが幸せということなんですけど。だから健康に気をつけてますけどね。

湯浅:それはやたら言われますよね。死なないようにってね。

柴山:だからまぁ、生きてるって素晴らしい、みたいなことですよ(笑)。東日本大震災もありましたし。あのときは子どもがまだ3歳でした。そのときにできた曲っていうのはないんですけど、歌詞の世界観には入っていると思います。日本人全員が同時に死をリアルに意識したのが3.11だったと思うんですけど、戦後のナマっちょろい世界を生きてきた自分の世代にとっては、後にも先にもあれほどのものはなかったですからね。豊かな高度経済成長期で育ったので。

“遠泳”ができたときは、もう一度泳ごうという気分だったんですよ。(中略)結局、海へ泳ぎ出してどこかにたどり着くのか、一周して戻ってくるのか、コースは人それぞれなんだけど、そういう、生きていくことのメタファーなんです。

 被災された方々には不謹慎にあたる言い方かもしれないですけど、“遠泳”ができたときは、もう一度泳ごうという気分だったんですよ。津波で亡くなられた方々が、逆に海がなかったら死なずにすんだかというと、そう考えても意味はなくて、そもそも海がなかったら人間だけではなくてあらゆる動物も地球自体も生きてはいけないわけで。“遠泳”の歌詞にはそれがいちばん入っているかもしれないですね。海はもっとも豊かな存在であるかもしれないけれど、もっとも恐い存在でもあるわけで。結局、海へ泳ぎ出してどこかにたどり着くのか、一周して戻ってくるのか、コースは人それぞれなんだけど、そういう、生きていくことのメタファーなんです。比較的早い段階で(アルバムの)タイトル『遠泳』とタイトル曲は決まってました。あとはメンバーを説得するだけでしたね(笑)。他の曲名も全部漢字2文字にしようと思ったんだけど、ひらがなが好きな人もメンバーにいて反対の声があったので(笑)。世界でいちばんすごい存在は海であって、その次は母だということですね(笑)。お母さんもすごいです。

湯浅:そうだよなぁ。男って子どもを生めないしな(笑)。

柴山:次は生きているうちにアルバムを何枚作れるかという最大のテーマについて挑戦したいと思います(笑)。それと、孫の顔を見るというのと、レナード・コーエンに負けないように80歳を過ぎてもアルバムをリリースすることですね。この前、頭士奈生樹くんに会ったんですよ。同い年なんですけど、「あと何枚作れる?」みたいな話をして、「いや〜、あと1枚かなぁ」って(笑)。いや、それは少な過ぎるからせめて5枚くらいは出さないと、って。頭士くんはどこか仙人的な生き方をしている人で、べつに強いてCDを出さなくてもいいというか、いい曲さえできたらあえて他人に聴いてもらわなくてもかまわない、みたいなんですよ。僕は俗世間の人間なのでこんないい曲CDにしなきゃあかんで、と思ってしまうんです。頭士くんは田中一村みたいな考え方なんです(笑)。作品至上主義で。離れ島でひとりで制作に没頭して「ええ絵が書けた!」って完結(笑)。で、僕が出版社の編集者みたいになって「これは画集にしなきゃあかんよ!」って言う、みたいな。人に見てもらってはじめて作品って完結するんだからって言っても、「いや必ずしもそんなことはないんじゃ」っていうような感じ(笑)。

湯浅:死後発見っていうのもあるからね。

柴山:ゴッホになってどうするんだっていう(笑)。生きているうちに騒がれなきゃあかんやろ、と言っているんですけど。山本精一くんなんかも焦っていると思いますよ。ハイペースでライヴもやってアルバムも毎年のように作ってるから、「ちょっと出しすぎ?」みたいな。まぁ、それはそれで彼の生き方なのでいいと思いますけど、でもそれに対して憧れもありますね。彼はまだ独身で子どももいないから、好きに時間が使えていいな、と思います。好きなときにライヴにも行けるし、御前様になっても怒られたりしないし。気が向いたときにレコーディングしてCDを出して、単純にうらやましいなーと思います。いつでも練習できるし(笑)。

湯浅:じゃあ、子どもの成長に従って次のアルバムが決まりそうですね。

柴山:そうですね。だからリリースはいままでより増えると思います。


ゴッホになってどうするんだっていう(笑)。生きているうちに騒がれなきゃあかんやろ、と言っているんですけど。

湯浅:小学校1年生というと授業は5時間ですか?

柴山:5時間ですね。2年生から6時間になるみたいです。だから親の自由時間がちょっとずつ増えていくので、それがいまの楽しみです。あと、お風呂が一人で入れるようになるのが時間の問題で。いまは毎日いっしょに入っているけど、女の子ですから。

湯浅:お風呂は小学校3年生までですね。

柴山:「お父さん臭い」とか「来ないで」ですよね。まだ大丈夫で裸で走り回ってますけど(笑)。いっしょにいられる時間を楽しみたいと思います。

湯浅:こうしている間にも成長していますからね。

柴山:時間のスピードがあいつらと自分でぜんぜんちがいますからね。でも同じ時間軸で生きていることが不思議で楽しいですね。

湯浅:たぶん年齢の分母がちがうからだと思いますね。

柴山:もういま、自分の一か月っていったら一週間くらいの感覚ですよね。とくに子どもが生まれてからはファズをかけたみたいに自分の時間が加速してます。この間、向田邦子のドラマを観てたら、森繁久彌が出ている回があるんですけど、お正月のシーンで森繁久彌が「また正月かぁー!」って言うんですけど、その台詞が最近自分もよく出るようになりましたねえ(笑)。

湯浅:そうそう、すぐに年末になっちゃうんですよね。夏とか短い。

柴山:小学生のときとか、夏休みは永遠に近かったですもんね。

湯浅:夏が3日くらいで終っちゃう感じですよね。

柴山:もう1年が半年くらい、って感じですよね。だから、うかうかしてないでレコ発のライヴに向けて真剣に準備しようと思ってるんですけど。

湯浅:それはいつなんですか?

柴山:1月です。12月はライヴハウスが押さえられなかったんですよ。子どもの学校があるから土日しかライヴができないっていう括りがあるんで。土曜日の朝に子どもを妹に一泊預けて上京して、夜にライヴして翌日帰ってきて引き取って、月曜日に学校に行かせる、という。

湯浅:大阪のライヴは祝日の午後にやるんだ。

湯浅:大阪ではランチ・タイムにやって明るいうちに帰るということです(笑)。年配のファンにはそっちのほうが評判がいいんですけどね。帰るのが楽みたい。会場の外に出たらまだ日が出ていて、一杯飲んで帰るのにちょうどいい、みたいな。

湯浅:一杯飲んでも帰ったら9時みたいな感じですもんね。

柴山:普通のライヴだったら、終ったら10時半とかでゆっくり飲みに行くには終電が気になる。だから大阪は早めの時間にやって、東京は営業的にしょうがないから夜やりますけど(笑)。

湯浅:来年またアルバムができるといいですね。

柴山:来年はどうかな……。

湯浅:じゃあ、再来年。意外と毎日が早いので、気がつかないうちに2年くらい経っているんですよね。

柴山:ははは、今回のは6年ぶりなんですけどね!

ele-king vol.15 - ele-king

表紙&ロングインタビューは「坂本慎太郎」
第1特集:坂本慎太郎と邦楽の詩人たち
第2特集:2014年、エレキングが選ぶ年間ベスト・アルバム30枚     他
電子書籍版へのアクセスキーがついています

Ariel Pink - ele-king

ブタのパレードの向こうから
──批評はアリエル・ピンクをつかまえるか松村正人

 ケヴィン・エアーズが死んだのは一昨年の早春だから野田さんに追悼文書きますよ、とやすうけあいしたままそろそろ2年が過ぎようとしている。さいきんとみに時間の流れがはやい。このままではケヴィン・エアーズの追悼文を書く前に私が追悼文を書かれるだろう、書いてくれるひとがいればだが。私はもうしわけない、エアーズさん、と敬称をつけると妙な気がするが呼び捨てにしない間は死んだ人間はいくらかまだこちら側にいる。高倉健さんとか菅原文太さんとか。そういえば保坂さんと湯浅さんの『音楽談義』の、クリームをクサしたくだりを校正していたときにジャック・ブルースさんは死に、本が出てしばらくして同じく文中であつかったジョニー大倉さんが亡くなられた。そろそろ大瀧詠一さんの一周忌になる、などと連想が止まらなくなったのはアリエル・ピンクのソロ名義でははじめてのアルバム『ポン・ポン(pom pom)』冒頭の“プラスティック・レインコーツ・イン・ザ・ピッグ・パレード(Plastic Raincoats In The Pig Parade)”がケヴィン・エアーズ――ここからは敬称略となります――のファースト『ジョイ・オブ・ア・トイ(Joy Of A Toy)』の1曲めにあまりにもそっくりモグラだったからであるが、だからといって鬼のクビをとったつもりではそれこそアリエル・ピンクの思うツボである。ケヴィン・エアーズさん、もうしわけないとは彼は思っていない。というかこの曲はキム・フォーリーとの共作なのでこの調子っぱずれのブタのパレードの向こうでほくそえんでいるのはキム・フォーリーなのかもしれない。

 以前灰野敬二さんとジムさんの対談で、灰野さんがフランスでトニー・コンラッドとキム・フォーリーと対バンしたとき、タイムテーブルがオシてんな、と思い覗いたらキム・フォーリーが“ルイ・ルイ”をやってたんだよ、と灰野さんは目を丸くされた。もちろんサングラス越しなので灰野さんがじっさい目を丸くされていたかわからない。しかし声の表情はそういっている。そういわれればそうだ、トニー・コンラッドも灰野敬二もともに先鋭的な音楽性を特徴とする、そこに“ルイ・ルイ”はそぐわない。それこそがキム・フォーリーの狙いだったのかたんにガレージ好きだからかサービスなのか、判然としないのがしかしキム・フォーリーのそのひとであり、それをそのままアリエル・ピンクになぞらえられなくもない。極彩色の夢をベッドサイド経由で世界に播種するサイケデリアにして、サン・ローランが、ということはつまりエディ・スリマンがポップアイコンと認めたミュージシャンである、ということはつまりカート・コベインの系譜に感覚的(赤字に傍点)に連なるポップ・アイコンたるポテンシャルを秘めたアリエル・ピンクのホーンテッド・グラフィティとの『ビフォア・トゥデイ(Before Today)』にせよ『マチュア・シームス(Mature Themes)』にせよ、そこには無数の夢ともに音楽の夢である過去が詰まっていた、というべきかポップス史を再構成したといえばいいいか、それとも時々刻々積み重なる現在時のもぬけの殻の過去を、記憶を夢の力学でつむいだといえばいいのか、2010年代の稀代の名曲とされる“ラウンド・アンド・ラウンド(Round And Round)”の歌い出しに「マイ・シェリー・アモール」を想起する私の90年代仕様の思考には少々手にあまるにしても、アリエル・ピンクは断片が意味を帯びる前に身をよじりその意味から意味へと身をかわす。全部がそのようにできているといっても過言ではない。
 『ポン・ポン』ではそれがさらに夢のような反響をもちせわしない。さらにロウファイであることは時代の磁場をあらわし、スタジアム・ロックを思わせる大上段にふりかぶった楽想をふりおろす間もなく曲調はスタジアムを離れベッドルームへもぐりこむ。ロックとポップとメジャーとアンダーグラウンドに向けた八方美人な批評性を方法とするならジェームス・フェラーロのそれと近似していくにしても、ディレッタンティズムともスノビズムともとられかねない方法からもやはりアリエル・ピンクは遠い。遠いのはソングライティングがなににもまして先立つからであり、それはビートルズやビーチボーイズのように神がかり的な名曲を生みだし得ず、意匠さえ尽きかけた時代のパンク足らんとしたニルヴァーナがポップだったようにポップであり、1990年代と2000年代と時代を経て、ブルックリンで着ぶくれした異形の衣装のまま西海岸の陽光に晒されている。かつてのソングライティングの才と呼ばれたものは20年後まったくちがうものになっているだろう。機能と調性から解放されノイズとノートの境界があやふやになった楽曲は誰も口ずさめない名曲として何億万ダウンロードもされるだろう。そのとき『ポン・ポン』がその古典とみなされるかどうか。

松村正人

Next >> 吉田ヨウヘイ

[[SplitPage]]

分解してもたどりつかない魅力 吉田ヨウヘイ

 編集部の方から、「ロックの歴史性やシーンの現在に照らしたジャーナリスティックなレヴューではなく、アーティストさんの目線で」というかたちで原稿をご依頼いただいたので、いろいろ考えて「自分だったらどんな音楽に影響を受けたらこんな作品を作れる可能性があるか」ということを書きたいと思いました。

 表面的な作品の質感はちがうのですが、製作の流れや製作に向き合う姿勢はアニマル・コレクティヴの諸作に近いように思います。いちばんは、簡単なコードとわかりやすいリズムの単位で構成される、短いセクションの組み合わせで曲ができていること。あとは、ドラム、ベース、と順番に下から組み上げたのではなく、楽曲を彩るポスト・プロダクションの一部のようにそれらが存在していること。バンドでの演奏を前提とした、一貫した演奏感が一曲の中に流れていないことも共通しています。

 こういう形で曲を作ると、短い構成単位の中にどのような素材を取り込むか、がもっとも大きなポイントになると思います。アニコレやヴァンパイア・ウィークエンドなどはアフリカ的なリズムを取り込んだり、ダーティ・プロジェクターズであればアリ・ファルカ・トゥーレのようなギターを入れる、といったことをしていると思います。

 本作のアリエル・ピンクの場合、80年代的なもの、たとえばドラムの音色、演奏感、シンセの音色、エコー/リヴァーブ感などを取り入れているのが顕著です。2曲めや4曲めがわかりやすいかなと思います。こういう音は一般的に「時代遅れでダサい」と言われがちで、作品の質感を安っぽくしやすいので、扱うのが難しいです。でもアリエル・ピンクの場合、その安っぽさを前面に出して、露悪的な感じのサウンドを作ることを自身の特徴にしているように思います。

 60年代〜70年代初頭のロック、サイケデリックロックのようなサウンドも(ほかの作品でも顕著ですが)多いです。ドアーズのようなキーボードの音色があったり、1曲めの1分くらいからはじまるセクションはラヴィン・スプーンフルの“ドゥ・ユー・ビリーヴ・イン・マジック(Do You Believe In Magic)”のサビ前のパートのようだったり。8曲めはタイトルからしてビーチボーイズ風のサーフィン/ホットロッド路線。
 60〜70年代前半のサウンドと、80年代サウンドは曲によってパッキリ別れているというわけではなく(別れている曲もありますが)、同じ楽曲の上でレイヤーされています。

 ここまではアリエル・ピンクが「素材として取り入れているもの」を考えてみたのですが、そもそものミュージシャンとして資質、たとえば短い時間でなんとなく弾き語りやジャム・セッションをすると作りがちなメロディやサウンド、という視点で考えると、(僕の知ってる範囲では)ピーター・アイヴァースに近いのかなと感じます。僕にかぎらず、ピーター・アイヴァースをお好きな方であればそう感じる方が多いんじゃないでしょうか(そもそもは坂本慎太郎さんと何か近いな~と感じていて、その後「ああピーター・アイヴァースか」、と思うようになりました)。

 マスタリングやポスト・プロダクションで生み出している質感は、才気あふれる近年のUSインディ・バンドと共通するものだと感じます。なので、取り入れている素材は古いものが多い一方で、きわめて現代的な感性を持ったミュージシャンだと思います。

 以上をまとめると、ピーター・アイヴァースのような才能が、アニコレのような折衷感覚で、60〜70年代前半、80年代などのサウンドを折り込むとこういう感じ、という作品になります。……と、頑張って書いてみたものの、これを踏まえればアリエル・ピンクみたいな作品ができる、とはぜんぜん思えないです。すいません。

 この作品(に限らず多くの優れた作品に共通するものかもしれません)の素晴らしさは、目のつけどころのよさや、素材選びの新鮮さ、組み合わせの妙、といったところにはありません。たとえば、「60年代と80年代のサウンドの質感をレイヤーする」といったこと(意識的に取り組んではいないと思いますが)は、逆にけっこう平凡なんじゃないかとも思います。

 なのでこの作品の素晴らしさは手法やコンセプトといったものではなくて、アリエル・ピンクの、素材や表現に対する深い愛着、音楽への妥協のない姿勢、製作中に注いだ集中力、完成までにかけた長い時間などが、結果的に人の心を打つ表現に昇華されている、ということだと思います。各要素を分解して成り立ちを掴んだとしても、アリエル・ピンクと同じような気持ちで作らないと、このような名盤にはならないはずです。音楽性はちがっても、自分のバンドのアルバム制作はそのような姿勢で取り組みたいと刺激を受けます。

 個人的には2曲めがいちばん好きで、1分8秒からはじまるパートのストレートなわかりやすさにぐっときました。それ以外のパートが禁欲的な美学で貫かれているからこその良さだと思います。

吉田ヨウヘイ

Bob Dylan and the Band - ele-king

歌にしかできないことがある。東里夫『アメリカは歌う』(作品社)

 エレキング的に……というか、僕個人の音楽メディアでの仕事経歴という点でも、2014年の大きな出来事のひとつは、萩原健太『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』を出版したことだった。多くの人から「どうしてエレキングで?」というような質問をぶつけられた。「どうしてエレキングで?」……この疑問には何通りもの背景があるのだが、僕が自覚していることのひとつを言えば、ボブ・ディランは、ビートルズが『サージェント・ペパーズ~』を出した1967年には、もはやそっち側にはいなかったということだ。僕個人は、どう考えても『サージェント・ペパーズ~』の側をたっぷりと過ごしてきている。キまっている人間が偉いと思うほどアホではなかったが、サイケデリックというコンセプトをほとんど無抵抗に、ほとんど無反省に、よろしきものとして受け入れてきた人間のひとりである。

 そういう観点で言えば、ボブ・ディランが1967年にウッドストックのピンク色の家の地下室で、のちにザ・バンドと名乗るバンドと一緒に試みたアーシーなセッションの記録は、自分が長いあいだ遠ざけていたものとも言えよう。ちなみに、僕は今日、品川でフラング・ロータスのライヴを見てきたばかりなのだ。実にサイケデリックで、目が痛くなるほど派手なライティングのショーだった。そして、週末の電車のなかでくたくたに疲れながら家に着いて、その深夜に『ザ・ベースメント・テープス』を聴きながら、いまこうして文字を打っている。翌日大切なサッカーの試合があるので、緊張して眠れないというのもある。心の底から“アイ・シャル・ビー・リリースト”と言いたい心境だ。

 最初の公式の『ザ・ベースメント・テープス』は、海賊盤が出回った後、1975年にリリースされていている。Discogsでも1975年作となっているが、さすが萩原健太の『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』では、ちゃんと『ブロンド・オン・ブロンド』の次の、1967年の作品に位置づけられている。『ザ・ベースメント・テープス』は、「誰もがストーンすべきである」と彼が歌った翌年の録音物なのだ。

 ボブ・ディランは、サイケデリックで華やかな、そして効果音や電子音の時代に、アメリカの古い音楽(ルーツ・ミュージック)──ブルース、カントリー、フォーク、マウンテン・ミュージック等々──に向かった。シタールもなければミュージック・コンクレートもない。ブレイディみかこは、最新刊の『ザ・レフト』において、「誰もが度肝を抜かれるほど先鋭的なものを創造する鍵は、誰もが度外視している古臭いものの中に隠れていたりする。というのは、例えば、音楽の世界では常識だ」と書いているが、本当にその通りだ。ピカピカのニューウェイヴ時代にちんぴらモッズまる出しで登場したストーン・ローゼズ、プログレッシヴ・ロックの時代に50年代のロックンロールを引用したセックス・ピストルズ等々……、『ザ・ベースメント・テープス』が1967年に公式リリースされたわけではないが、これが「誰もが度外視している古臭いもの」であることに変わりはない。

 ピッチフォークによる坂本慎太郎『ナマで踊ろう』のレヴューの出だしには、「日本のミュージシャンには、ブルースやフォークへの忠誠心がないという利点がある」というようなことが表向きな褒め言葉(?)として書かれている。たしかにアメリカにとってのブルース、カントリー、フォーク、マウンテン・ミュージックには、日本人が「いいなー、この音楽」という以上の、なかばオブセッシヴなまでの、歴史的な深い意味があるのだろうけれど、しかし現実を言えば、アメリカ人だからといってみんがみんなそれら古いアメリカを知っているわけではないし、イギリス人でも日本人でもアメリカーナに強い思いを抱いている人はたくさんいる。

 むしろそれは忘れられたアメリカだ。たとえば歌のいくつかは、まだアメリカが(今日のようなグローバリゼーションの象徴ではなく)泥んこだった時代の、身体をはって危険な仕事を成し遂げてきた(ある意味では報われなかった)肉体労働者への敬慕や愛惜から来ている。ブルースやカントリーの歌詞に「トレイン」や「レイルロード」がよく出てくるのも、流浪の人びとの故郷への思いもさることながら、それらの歌がアメリカにとって鉄道がもっとも重要だった時代──19世紀から20世紀初頭──に生まれているからだ。そして歌は、人々によって伝承されている。「本や学問ではなし得なかった『ある思い』を伝える手段」(前掲同)として。
 たしかに「歌にしかできないこと」がある。忌野清志郎は、『日本の人』という題名のアルバムで“500マイル”の日本語カヴァーを歌った。東京から500マイル離れた日本の地方と言えば、北に行けば札幌、西に行けば広島あたりで、その旅路に日本人としての何か歴史的な「思い」があるわけではないけれど、その歌は『ある思い』を確実に伝えている。1967年のボブ・ディランが“900マイル”(“500マイル”と同根のフォークソング)に託した「思い」とは別のものだったとしても、それはあるのだ。

 先日リリースされた『ザ・ベースメント・テープス・ロウ:ブートレッグ・シリーズ第11集』は、『ザ・ベースメント・テープス』のコンプリートだ。完全盤『デラックス・エディション』には、なんとCD6枚組で138曲(ヴァージョン)が収録されている。新たに発掘されたテープもデジタル技術を使って修復されると、曲順は時系列順に並べられ、1967年の歴史的セッションは見事復元されるにいたった。38曲に厳選した2枚組『スタンダード・エディション』も同時リリースされている。僕のようなリスナーはこちらで充分満足できる。
 サイケデリックの仰々しさから離れることで時代の先をいった『ザ・ベースメント・テープス』のリラックスした演奏/録音は、音楽批評の世界ではもっとも素晴らしいアメリカの音楽だとか、人によってはローファイ・カントリー/オルタナ・カントリーの先駆だとか評されている。先見の明だったとも言えるこのセッションが、ポール・マッカートニーやジョージ・ハリソンらを田舎に向かわせ、ロックにひとつの道筋を与えたのだろうけれど、まあ、このあたりの影響は研究者のみなさんに委ねるとして、なにはともあれ『ザ・ベースメント・テープス』が熱心なディラン狂だけのものにするにはもったいないほど、ラフでありながら超越的で、涙腺がゆるむほど美しい作品集であることは間違いない。138曲を網羅する必要はないけれど、2枚組の『スタンダード・エディション』は、2014年のリイシューもの年間ベストの1位である。

ele-king年末年始号、12月17日(水)リリース!
表紙&ロング・インタヴューに坂本慎太郎氏が登場。

 前号『ele-king vol.14』(エイフェックス・ツイン国内独占インタヴュー号)は、おかげさまで売り切れ店も相次ぐほどのご好評をいただきました。
 次号vol.15は年間の締めくくりとして総力特集2本立て!
 ゆく年もくる年も音楽のかたわらで過ごしましょう。

特集1:坂本慎太郎と邦楽の詩人たち
『ナマで踊ろう』の洗練されたサウンドと過激な意味を含まさせた高度な言葉表現で、さらに評価を上げた坂本慎太郎を大特集。生い立ち、転校ばかりの小学生時代、バンドに熱中する高校時代、暗黒時代の話からゆらゆら帝国時代、彼の音楽観、政治観、自身の歴史を赤裸々に語った2万5000字インタヴュー。萩原健太、北中正和、歌人の永井祐も寄稿。また、オウガ・ユー・アスホール、森は生きているをはじめとして若手日本語ロックの論考、取材もたっぷりと掲載。

特集2:2014年、エレキングが選ぶ年間ベスト・アルバム30枚
編集部がシビアに議論を重ねて選んだベスト30枚。2014年の音楽シーンとはどのようなものだったのか。どれが真の意味で偉大な作品なのか。エイフェックス・ツインのヒットやフライング・ロータスの新作は何を意味するのか……さまざまな論点を反映させて1年を振り返る。

★ヴィジュアル・ページには、いまや「時の人」でもある、五木田智央が作品を提供! 
★そして、佐々木渉(クリプトン)による新連載もスタート!

表紙写真:塩田正幸
ライター・連載:萩原健太、北中正和、永井祐、北沢夏音、岡村詩野、ブレイディみかこ、大月壮、佐々木渉、磯部涼、木津毅、倉本涼、スケートシングほか。

★一部のレコード店でお買い上げの方には、特典として坂本慎太郎氏デザインの“特製ele-kingステッカー”を差し上げます!


Tower Amazon

■ele-king vol.15
ISBN: 978-4-907276-27-0
2014年12月17日(水)発売
価格: 本体1,400円+税

■Contents

五木田智央 Man Starch

特集=坂本慎太郎、2万5千字インタヴュー 
この世はもっと素敵なはず 
取材 野田努+水越真紀/写真 塩田正幸
『ナマで踊ろう』を聴く
──文 萩原健太/北中正和/永井祐
ディストピアSFマンガの現在

特集=邦楽の詩人たち 日本のミュージシャンたちは、いま、何を歌って いるのか
この世はもっと素敵なはず(坂本慎太郎)
岡村詩野 三輪二郎、昆虫キッズ、シャムキャッツ──エゴの中和
木津毅 SEKAI NO OWARI──「僕」だけがいるセカイ、あるいは、弱者を装った強者
水越真紀 椎名林檎「NIPPON」と松任谷由実「ノーサイド」
いつかの旅行(OGRE YOU ASSHOLE)
大月壮 KOHHとAKLOタトゥーとミラクルフルーツ
近藤康太郎 大森靖子──女の、いらつき。
橋元優歩 赤い公園──真っ当さの値段
森は生きている インタヴュー 北沢夏音

2014年度年間ベスト・アルバム30
(飯島直樹 岡村詩野 木津 毅 北中正和 倉本諒 高橋勇人 野田努 橋元優歩 ブレイディみかこ 星川慶子 水越真紀 三田格)
野田努──世界の終わり方
三田格──「アイ・ドント・ケアー、ビコーズ・ユー・ドント」
ブレイディみかこ──UKはベテランさんと新人さん。南北の違いもくっきり
高橋勇人──主流流通会社の撤退でどうなるUKクラブ・シーン
木津毅──アイディンティティ・ポリティクスの新たなる地平
橋元優歩──tofubeats──プレゼン世代のしなやかな反撃
倉本諒──分裂するLA

D/P/I (アレックス・グレイ) インタヴュー 倉本諒+三田格

2014 SUMMARY FILM  木津毅 女たちの冒険活劇 + エンターテインメント映画

NO POLITCS, THANK YOU パート2──世にも奇妙な安倍晋三 ブレイディみかこ×水越真紀
Regulars 佐々木渉 大月壮 ブレイディみかこ 山田蓉子 水 越真紀ほか
SK8THGの原宿逍遥 PART 2

ARCAインタヴュー 竹内正太郎 訳・高橋勇人
ヴェネズエラン・ダンス・ミュージック ミニ・ディスク・ガイド
アルカのイメージを作り出す神田ジェシー

BEAT RECORDS 20th ANNIVERSARY
天才バカボン バカボンのパパのさいごのひとまき 三田格+オオクボリュウ
HYPER! 本 マンガ 映画 アニメ ショップ スポーツ ビジネス
編集課二係 ジョン刑事


森は生きている - ele-king

 もう秋だ、冬だ。2014年を振り返ってみると、UKのエレクトロニック・ミュージックと日本のインディ・ロックの1年だったという印象を受ける。たとえば坂本慎太郎の『ナマで踊ろう』、オウガ・ユー・アスホールの『ペーパークラフト』……などなど、そして森は生きているのセカンド・アルバム『煙夜の夢』。
 ele-kingの12インチ・シリーズの第三弾は、森は生きているのキラー・トラック「ロンド」、GONNOによるリミックスである。ライヴでも甘美この上ない演奏のこの曲は、読者諸氏にはもはや説明不要であろう。A面では、メンバー自らの再ミキシング・ヴァージョン、B面は世界を股にかける男、GONNOによるハウス・ミックス・ヴァージョン。これがまた、醒めたくない夢そのもので……。
 斜に構えて、洒落ている世代が台頭しつつある。スタイルをばっちり身につけている。森は生きているは、ソフト・ロックを徹底的に参照するだけでは飽き足らず、新作ではもっとダイナミックな飛翔を遂げているが、それはまた別の機会に。

森は生きている
ロンド EP feat. Gonno

Pヴァイン

Phychedelic RockSoft RockDeep House

Amazon


PANIC SMILE - ele-king

 かれこれ十年以上も前になるだろうか、前職である一部上場企業をさっさと辞め、雑誌編集のヤクザな世界(大手出版社はもちろんそうじゃないと思いますよ)に足を踏み入れて数年経ったある日編集部へ私宛に男性から電話があって、相手の会社名がよく聞きとれなかったのでインディ系のレーベルの方だと思い、会ってみたら先物取引の勧誘であった。これからは大豆がいいという。私は〈ベアーズ〉あたりで頭角をあらわしはじめた大豆なるバンドのことかと思い耳を傾けたが、どうやらモノホンの大豆である。ひとめ見たときからおかしいとは思ってはいた。彼はピンストライプが入った濃紺のスーツを着ているではないか。かくいう私はむくつけき長髪である。会話は終始かみあわず、「どうでしょう、60万お預けいただければ損はさせません」といわれ、ない袖は振れやしないので断るしかなったが、結論にいたるまでの私たちのぎこちなさはキャプテン・ビーフハートと彼のマジック・バンドを彷彿させないこともなく、金さえあれば大豆に賭けてみようという気に――なりはしなかっただろうが、不意に襲う逃げ場のない違和、異化、断絶は自他の境界線を引き他者を際だたせる。個人情報がどこかで錯綜し彼はきっとまだ私が上場企業の社員だと思っていた。うすうす途中からは勘づいただろうが、みなさんも経験されたこともあるかもしれませんが、だからといって突然打ち切るわけにもいかないので軟着陸を試みるしかない。ありふれた日本的な日常のひとこまといわれればそれまでだがしかしその大気のなかでくすぶったものはなにか。

 パニック・スマイルは1992年の結成から、吉田肇、保田憲一、石橋英子とジェイソン・シャルトンの第4期の布陣が散会するまで、影に日向に日本のオルタナティヴ・ロック界をひっぱってきた。活動休止した2010年3月の〈we say foggy! vol.7〉は、私はバンドで対バンさせていただいたので袖から彼らのライヴを観た。吉田肇のギター・リフで幕を開け、互いに明後日の方向を向きながら一歩も引かぬ演奏は3作目『MINIATURES』以降の完成形に近づき円熟にいたるかに見えたが円熟の境地に安住しない/できないのもまたきわめて彼ららしい。
 お休みのあいだ、バンドは吉田+保田の双頭体制になり、保田をベースからギターへコンバートし、新たにスッパバンドのDJミステイクをベースに、ドラムに松石ゲルを迎え、パニック・スマイルは4年ぶりの8作め『Informed Consent』を発表する。冒頭“Western Development2”の4小節のギター前奏につづき切りこんでくる変拍子アンサンブルはこれまでの延長線上にありながらプレイヤーの記名性に寄りかからないシンプルな構造に終始し、まことに若々しいのは技法や語法をぎりぎりまで削ぎ落とし空間が露わになったせいだろう。福岡で産声をあげたときから22年の年月をかけて原点に回帰したといい条、その軌道は螺旋を描くから現在位置は原点の上にある。ビーフハート的でありながらフォールを思わせペル・ユビュのように物体的なオルタナティヴ。それらをひとつも知らなくてもまったく問題ないノーウェイヴ。そのような音楽がこんな日本の大気のなかでも生まれうる、というか、そことの軋轢が推進力となる熱を生んだのか、吉田肇は“Devil’s Money Flow”で「とっておきの マネーフロー(中略)こっちに選ぶ権利がない こっちに選ぶ権利がぜんぜんない」(“Devil’s Money Flow”)と歌う。先物取引ばかりかあらゆる投機、蓄財、利殖、詐欺のたぐい、政治的決定、食べるものから着るものはいうにおよばず読む、聴く、観る、さらに飲む、打つ、買うにもシステムは還流し、参加する気も実感もないのに知らぬまに搦めとられ細部まで完璧にコンロトールされる、まさに「悪魔のマネーフロー」。“Informed Consent”“Antenna Team”“Nuclear Power Day”アルバムの歌詞はそこらへんに転がっている欺瞞を暴くが、ことさら告発調というより素朴かつ長閑であり、空転しながら孤高の違和を発しつづける。坂本慎太郎が『ナマで踊ろう』で刷毛で二の腕の裏をふれるように描いた現実をパニック・スマイルは隣家のベランダから怒鳴るように音にする。怒りと笑いに痙攣するグルーヴがおよそ半時間の『Informed Consent』を貫くが、終曲“Cider Girl”がシュワシュワとこの世の大気のなかに消えぬ間に再生ボタンを押してしまうのは盟友AxSxEのプロデュースもふくめ、あるべき場所にあるべきものがあるからである。
 吉田さんのヴォーカルもすげーいいですね。おかえりなさい。

坂本慎太郎 - ele-king

 いままでとは違う。“ソフトに死んでいる”、“空洞です”、“あえて抵抗しない”、“なんとなく夢を”、“つぎの夜へ”、“幻とのつきあい方”、“まともがわからない”、そして『ナマで踊ろう』……、こう来ると今回はいままでは違うぞ、と思わざるえない。極端な話、人生の虚無をただただ受け入れながら、深沢七郎的な「ぼーっとして生きる」人間の歌を歌ってきた坂本慎太郎にしては、ある意味ロマンティックな題名、と言えるだろう。
 そして、そのタイトル曲には、こんな言葉がある。「昔の人間はきっと/音楽がかかる場所で/いきなり恋とかしていた/真剣に」……レーベルの資料によれば、人類滅亡後の地球が新作のコンセプトというが、つまり、未来から見た過去にあたる現在は、本当はもっとロマンティックなんだよと坂本慎太郎は諭しているように思える。まわりくどい表現だが、それが彼の持ち味だ。

 とはいえ、実際のところ『ナマで踊ろう』は、“ソフトに死んでいる”の拡大版というか、いままで以上に、アイロニーというものが強く描かれている。アイロニーというからには、皮肉る対象があるわけで、それは今日の社会ということになろう。英国のメディアからは「scary」という言葉で形容されている安倍晋三のことだろうし、新自由主義ということだろう。ウクライナ情勢に見る世界秩序の崩壊かもしれない。何にせよ、それが、単純な嫌悪感の発露だとは思えない。坂本慎太郎は例によって言葉をぼやかしているものの、いや、リスナーの内面から醸成されるであろう言葉を促すように……、しかし、どう考えても今回は毒づいているのだ。ここには憤怒がある。つまり、らしくない。「決してこの世は地獄/なんて/確認しちゃだめだ」「見た目は日本人/同じ日本語/だけどなぜか/言葉が通じない」なんて、らしくない。

 もちろん、何かを成し遂げたいとか、人生の勝負に出るとか、一発カマスとか、そうしたどや顔のギラついたものとは対極の、言わば勝っても負けても面白くないという坂本らしさは、言葉の随所にも、そしてサウンドにも見える。僕は最初の数回は、歌詞を気にせず、ただ音だけを聴いていた。ただ音だけを。この、ひたすら気持ち良い音だけを。ぼーっとしながら。気持ちよくなりながら。

 オーヴァーダビングされた、70年代の、ゆるいトロピカルな歌謡曲もどき……、たとえば“スーパーカルト誕生”は、いかにも昭和ムード歌謡な曲調をジョー・ミークがミキシングしたかのような曲だ。場末の酒場的で、不自然なほどエキゾティックで、滑らかで、なおかつ巧妙なまでにサイケデリックだ。
 デヴィッド・トゥープは、ミークについて「ブライアン・ウィルソンやリー・ペリーやフィル・スペクターのように、未知の領域からの音楽を具現化したいがゆえに、正気の外側においても音と奮闘したサイエンティストのうちのひとり」と説明しているそうだが、ミークといえば、かつてはチェリー・レッドから再発されたり、最近はジンタナ&エメラルズにカヴァーされたりと、近年とみに再評価されている音響加工の先達だ。
 ウィルソンもペリーもミークも、たしかに錯乱したり、スタジオを燃やしたり、自殺したりした。が、坂本慎太郎がそんなエクストリームな事態になると思えないのは、彼にはヘゲモニー的なるものに翻弄されない、なかば禅的な心持ちがあるように思うからだ。食って寝ればいい、何もしないことが最善だと言わんばかりの、そんな心持ちが。

 だが、今回は、違う。強いアイロニーをもって、何かを訴えている。ネガティヴな感性に居場所を与えない現代を「いびつに進化した大人たち」の社会として風刺する“義務のように”、それから、アイドルだろうと介護だろうと牢獄としての社会の一部だと厳しく描く“あなたもロボットになれる”で、アイロニーは乾いた笑いとともに最高潮を迎える。レトロを装った痛烈な批判者という意味において、忌野清志郎がタイマーズでやったことを坂本慎太郎は彼なりのやり方でやっている、と言えやしないだろうか(“争いの河”とかさ、ああいうのを思い出す)。
 そして、“やめられないなぜか”~“この世はもっと素敵なはず”にかけて、坂本慎太郎は、あたかも世界の瀬戸際から、皮肉に満ち、ウィットに富んだ社会的コメントのオンパレードを展開する。「地震 水害 台風 大火災/見舞われるたんびにもうやめよう/と思った/でもやめられない俺は/あれを」、「そいつがこの危険な/この国の独裁者/歯向かった人間は/すべて消してしまう」、「お前正気か?(あいつらみんな人形だよ)」……。アルバムの最後に彼は、あけすけもなく、「ぶちこわせ(この世はもっと素敵なはず)」と繰り返す。ぶちこわせ。ぶちこわせ。これはパンクでもハードコアでも、ガレージ・ロックでもない。徹頭徹尾ひたすら心地よく、精巧に作られたゆるいポップスでありながら、リスナーを闘争に駆り立てているかのようだ。

 いままでとは違う。坂本慎太郎は、いままで、間違った「あいつら」と正しい「僕たち」という単純な二分法を歌ってこなかった。だが、いま彼ははっきりと、間違った「あいつら」を指さしている。間違いは、死んだ目をした「俺」にも内在する。ともかく、“あえて抵抗しない”と歌った人が、いま、敢えて抵抗しているのだ。逆に言えば、それほどまでに、いま、「scary」な事態が進行している。本格的に。
 
 最後に豆知識をひとつ。いまや日本の音楽は、欧米のコレクターにとって最後の秘境としてある。これだけインターネットが普及して、英米以外の先進国の大衆音楽があらゆる切り口からアーカイヴ化されても、日本の音楽は、ほとんどされていない。いま、まさにされようとしているが、その歴史の長さ、リリース量の多さ、そしてまた、欧米になろうと思ってもなりきれないことの独創性から言っても、いまだ整理されていない大いなる秘境としてある。マヒナスターズがコーネリアスよりも脚光を浴びることになるかもしれない。ま、何にしても、坂本慎太郎は、ここが秘境であることをわかっているひとりである。

Kouhei Matsunaga / Drawings - ele-king

 坂本慎太郎や中原昌也、あるいはドラゴン(カタコト)のように、絵の才能に長けたミュージシャンは少なくない。〈Skam〉や〈PAN〉といったレーベルからの作品で、我々の耳を楽しませているコーヘイ、NHK’Koyxenが、この度、スウェーデンの〈Fang Bomb〉から彼のペン画集『Kouhei Matsunaga / Drawings』を発表した。88ページのハードカバー仕様に40のドローイングが収められている。
 たいていの場合、ミュージシャンが絵を発表するときは、みんなこう言う。「驚いたよ、こんなにうまかったんだね」と。NHKコーヘイの場合もそうだ。彼の音楽とも似た、ユーモアとミニマリズム、そして控え目な異様さ/奇怪さが、おどろくほどシックに描かれている。パリのアニエスベーで出版記念パーティがあるというが、意外と言ったら失礼だろうけど、部屋に飾っておきたくなるような、なかなか洒落た絵だ。モチーフには動物、とくに鳥が多い。たしかに彼の『Dance Classics』シリーズにも動物の写真が使われている。なお、画集には、7インチ・シングルも封入されている。音はこんな音。



 ちなみにNHKコーヘイ、ただいまヨーロッパ・ツアー中。5月末には東京のClub Asia(ブラックテラー)での公演もある。Kボンとのセッションもあるとか……この機会に、ぜひ、彼のユーモラスなライヴを経験しよう。


Kouhei Matsunaga / Drawings

Fang Bomb
FB023
BOOK+7inch

3,780円+税

https://www.inpartmaint.com/shop/kouhei-matsunaga-drawings/


O.K?Tropical Ghetto HP
https://www.tropicalghetto.com/

PICK UP DJ スケジュール
・4/28 (月) 東京都 “”Second MORE of LOVE “” at 下北沢 more
・5/3 (土) 神奈川県 ””PRINS THOMAS III ALBUM RELEASE PARTY-man II man-”” at 江の島OPPA-LA
・5/1 (木) 東京都””光る夜”” at 新宿 open
・5/24 (土) 沖縄県 “”O.K?Tropical Ghetto feat. クボタタケシ”” at 熱血社交場 a.k.a NEKKE 2
・5/30(金) & 5/31(土) タイ “”GIANT SWING 4th anniversary party”” atバンコク
・6/7 (土) 神奈川県””Apache”” at江の島OPPA-LA w/KZA (Force Of Nature) / A-THUG / stickey

JAPANESE 7inch Records


1
坪山 豊 - ワイド節 - 奄美民謡ンナルフォンレコード

1
Yasu-Pacino - Spy vs Spy Remix - HONEY RECORD

1
KEN2-D SPECIAL - I Fought The Law (Re:DUB) - Reality Bites Recordings

1
田我流 feat. Big Ben - 墓場のDigger - 桃源響RECORDS

1
坂本慎太郎 - Wine Glass Women - zelonerecords/republic records

1
RC Succession - Love Me Tender (非売品) - Eastworld

1
50 (5lack × Olive Oil) - 早朝の戦士 (A Lata Mete Ill Remix) - 高田音楽制作事務所 × Oilworks Rec.

1
Popo Johny - キーストーン - Akazuchi Rec × SMR Records

1
Boogie Man - Step Up - カエルスタジオ JPN

1
Karamushi & Friends - Asia Unite - Fantastic Karamuseed

1
水前寺清子 - 三百六十五歩のマーチ - CROWN
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13