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Home >  Interviews > interview with Seiho part.1 - テクノ新世紀・立志編

interview with Seiho part.1

interview with Seiho part.1

テクノ新世紀・立志編

──セイホー、ロング・インタヴュー(前編)

野田 努    写真:小原泰広   Jun 20,2013 UP

キーワードを放っておいて、ダウンロードのファイルをつけときながら学校に行くんですけど、切るじゃないですか、親が。それを気づかれへんようにどう隠すか、みたいな。あたかも全部電源切ってあるかのように、モニターを切って、光ってるところをガムテープとかで止めて隠して学校に行く、みたいな(笑)。

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もうここまで聞いて、〈デイ・トリッパー〉とセイホー君の9割ぐらいは理解できたね。じゃあそんな病んだデジタル・ライフを送りながら、レコードは買ってたりしたの(笑)?

セイホー:レコードも買ってました。レコードと言うより、CDは月1回弟と僕と父親で3人でタワレコに行って、好きなの1枚買っていい日があったんですよ。その日に買いに行く感じですね。

そんな子どもの頃からPCの前にいたら、PCから逃れられなくなかった?

セイホー:でも、PCがいまぐらいそんなに便利じゃなかったんで。魅力もそんだけぐらいしかなかったんですよね。1枚画像開くのに、5分待つみたいなときなんで。

ああ、回線もまだ電話回線とかADSL?

セイホー:そうですね。だからそこまでの魅力もなかったんですよね。だからキーワードを放っておいて、ダウンロードのファイルをつけときながら学校に行くんですけど、切るじゃないですか、親が。それを気づかれへんようにどう隠すか、みたいな。あたかも全部電源切ってあるかのように、モニターを切って、光ってるところをガムテープとかで止めて隠して学校に行く、みたいな(笑)。

はははははははは!

セイホー:それで落ちてるのを見る、みたいな(笑)。

俺とか三田さんの世代とはエラい違いだね。なにせ自動販売機でエロ本買ってたからね(笑)。時代は進化してるな、やっぱ。

セイホー:でもやってることはいっしょなんですけどね、男子は(笑)。

まあね(笑)。

橋元:(話をぶった切るように)16和音や32和音で作るのって、フレーズを一応の音階で組み立てることができないと、できる作業じゃないじゃないですか。いまの音楽ソフトだったらテキトーに1音入れてエフェクトをかけてどうにかなる、ってところがありますけど、そうじゃなくて、楽譜も読めれば、作曲的な部分でちゃんとコンポーズできる能力がおありだったんだなって。

セイホー:でも、どっちかと言うとカヴァーみたいなもののほうが再生数が伸びるんで、J-POPの有名どころを置き換える作業が多かったですね。

橋元:なるほど。携帯でそういうことができるっていうことがありましたね。

ふーん。

橋元:自分で好きな着メロを入れたいじゃないですか。

俺は、そんなこと考えたこともないよ(笑)。

橋元:(笑)まあ入れたいとして、何でも落ちてるわけじゃなかったんで、自分である程度作るっていうことがたしかにあったんですよね。

シリアスにさ、自分の作品を追求するようになったのはいつぐらい? きっかけみたいなものはあったの?

セイホー:うーん、けっこうそこからダラダラ作ってたんですよ。ダラダラ作るというか、そんな作品を作るっていう感じでもなくて、ネットでファイル交換でトラックをアップして、ヴォーカルが乗ってきて、みたいなものは高校時代とか中学時代とかでずっとしてたんですけど。でもそれはお遊び程度というか。ずっとワン・ループのトラックをアップして、それにヴォーカル・トラックが乗ってきたりするのをやってて、そこの掲示板でトーフビーツとかも見てるんですよ、僕らは。そこで知り合ってて。でもリアルでは全然会ったこともなくて。

そういうのってさ、同じくらいの世代だと気が合うものなの?

セイホー:そうですね、気が合うと言うよりは、そこに常連しかいないみたいな感じで。ラッパーはいっぱいいたんですけど、トラック・メイカーの数はものすごく少なかったんで。いまは逆みたいらしいんですけど。トラック・メイカーがものすごくいて、ヴォーカルは少ないらしいんですけど、その頃はどんなマイクで録ってるねんみたいな、「これヘッド・マイクで録ってるんちゃうか」みたいな(笑)。でもトラック・メイクできるのは10人とか20人とか。

たしかにそういう時期あったねー。それ高校生ぐらいのときでしょ?

セイホー:そうです。

それでトラックを作っていくんだ。じゃあトラックは最初はPC1台で作ってたの?

セイホー:そうです。だからサンプラーなんかも使ってなくて、最初からACIDっていうソフトで。

それは買ったんだ?

セイホー:はい。

それは、ちゃんと作ろうと思わなければ買わない値段じゃない?

セイホー:まあそうですね。

そのとき思い描いていた自分のサウンドっていうのはあったの?

セイホー:あんまり、ないですね(笑)。

じゃあ相変わらず、アオキくんなんかから影響を受けたエレクトロニカというか、グリッチなものっていうか、そういうのを聴いてたわけだ。

セイホー:聴いてましたね。

たとえば?

セイホー:その頃よく聴いてたのは、〈12k〉のクリストファー・ウィリッツとか、フェネスとか、テイラー・デュプリーとか、そこら辺をけっこう聴いてましたね。

フェネスの『エンドレス・サマー』(2001年)の頃?

セイホー:あれは出たときにけっこう衝撃的でしたね。まわりはみんなロックが好きだから、けっこうシューゲイザーに行っちゃうんですよ。でも僕は、なんかそうじゃないっていう(笑)、ひとりで悩んで「こういう方法論でなく、こういう音を消化できるビート・メイクがあるんじゃないか」みたいな感じでやり出してて、その頃マイスペースができるんですよ。で、マイスペースで探してて、フライング・ロータスとかハドソン・モホークとかのもっとも初期の頃に「面白い人おる」って感じで見てたんですよ。

俺は〈デイ・トリッパー〉を聴かせていただいて、やっぱり真っ先に思ったのがハドソン・モホークとかラスティとかのあらゆる情報を呑み込んだ雑食感というか、こんにちのエレクトロニック・ミュージックと呼ばれるもののいろんなものが全部放り込まれている感じっていうか。それがすごく似てるなーと思ったんだけど。

セイホー:そういうところは似ていますね。でもそこのところは、僕らの上の世代、いま30くらいの、いまよくご一緒させてもらってるアーティストとかは、そこでコミュニケーションを取ってたみたいで。マイスペース内で。僕は「すごい人らおるなー」って見るだけ、みたいな感じでしたね。

人前でやるようになったのは?

セイホー:カッツリこういう音楽でやろうと思い出したのは、大学卒業手前ぐらいでしたね。3回ぐらいのときに、趣味を超えてきて、やろうというのを決めて。そこからちょっと1、2年、フワフワしてたんですよ。音楽的に。なんか定まらんなーと。ライヴやって、目の前のお客さんを煽ることはできても、なんか作品としてまとまりがないのは何やろう、みたいな。

パーティはもうやってたんだ?

セイホー:やってましたね。

DJ?

セイホー:でもDJでやるときは、やっぱ自分の好きなもの――オールド・スクールなアシッド・ジャズとかをかけてて。

えー!? アシッド・ジャズってどういうのかけるの? まさかガリアーノとか?

セイホー:あ、そうですね。

マジー!?

セイホー:ガリアーノ好きです、僕。ああいう感じのを聴いてて。

〈トーキング・ラウド〉とか、〈アシッド・ジャズ〉レーベルみたいなものも集めたんだ?

セイホー:集めました。

いつぐらいに?

セイホー:それはでも、父と半々で集めてたんで。

それはすごい関係だね!

セイホー:〈トーキング・ラウド〉とか〈モ・ワックス〉とかは、ほんとに共有で、「あれ良かった、これ良かった」って。弟と父は完全にビバップ至上主義みたいな人たちなんで。「これはなんかちゃうわ」って言われながら、僕は「これがええんやけどなー」って言って(笑)。

ビバップ至上主義だったらほんとはアシッド・ジャズですらダメでしょ?

セイホー:そうそう(笑)。「オシャレやけどこれはジャズの本質じゃない」みたいなことを言われながら(笑)。

そりゃそうだよ。あれはクラブ・ミュージックだもん(笑)。

橋元:それもいいエピソードですね。すごく出自を明かすっていうか、音楽的な説明になっている気がします。

セイホー:だから弟はそのままビバップをやってて、ニューヨークに行ってサックスやってて、みたいな感じなんで。

DJやるときアシッド・ジャズかけてたって、2000年代でしょ?

セイホー:そうですね、2010年に入る前、2008年とかですね。

ウケるの、それ?

セイホー:ウケないです!

それはそうだよ(笑)!

セイホー:(笑)ウケないで、「こんなんやっててもしゃーないな」って思い出して、自分の曲をライヴ・セットでできるように練習し出して、ライヴし出して、でも、そういうエレクトロニック・ミュージックのライヴができるハコがいっこもなかったんですよ! 大阪で。
 いや、あったと思うんですけど、なんかこう、バンドの前座とかDJの合間とか、変なところでさせられれたんで、で、そうやって行くところ行くところで「僕も作ってます」っていうのが重なって、いまのメンバーが集まったみたいな感じです。

そのメンバーがどうやって集まったのか、〈デイ・トリッパー〉の設立を聞かせてほしいな。

セイホー:いちばん最初、阿木さんの〈ニュー・シングス〉が唯一ほんとにエレクトロニック・ミュージックだけでライヴ・セットをやってたハコで。

出た! 阿木譲(笑)!

セイホー:(笑)DJとかバンドとかが全然いなくて、エレクトロニック・ミュージックのアーティスト、5組でライヴっていう。お客さんがまあ、5人とか6人みたいな(笑)、感じのイヴェントを定期的にずっと続けてくれてたんですよ。で、そこに出て、2枚目のアンド・ヴァイス・ヴァーサ(And Vice Versa)っていうのと知り合って。

みんな阿木さんの店で知り合ったんだ?

セイホー:そうです、そうです。それでアンド・ヴァイス・ヴァーサと知り合った次の日に「鍋するからおいでよ」みたいな感じで鍋パーティに行ったら、mfpっていうのがいたんです。で、mfpっていうのがコズモポリフォニック・ラジオっていうネット・ラジオをやってて、その世代の人らがオンラとか〈オール・シティ〉とか、向こうの音楽との交流が深い人たちで。で、そこらへん界隈と話してて、「そういうメンバーで集めたパーティがやりたいねん」ってなって。で、そのパーティでいちばん重要なのは、僕らみたいなんをもっと集めたいから、「ブリング・ユア・ミュージック」って名前でやってるんですけど、デモを持ってきてくれたら入場料安く入れるっていう形にして、とりあえずメンバーを増やそうっていう。

ああー、なるほどね。それは考えましたね。

セイホー:そうですね。大体みんなで15枚ぐらい持ってきてくれるんですよ。その15枚のなかでいちばん良かったのをお客さんが決めて、そのなかでいちばん「いいね」が多かったのを次のメンバーに加えていくというか。

それはどこで発表するの? その場で?

セイホー:そうです、パーティでかけて。

それは場所はどこでやってたの?

セイホー:それは〈ヌオー〉っていう、元〈ニュー・シングス〉なんですけど、ややこしいことに(笑)。〈ヌオー〉はもうないんですよ。

取材:野田 努(2013年6月20日)

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