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interview with Terre Thaemlitz

interview with Terre Thaemlitz

移民、ジェンダー、クラブ・カルチャーと本質主義への抵抗

──テーリ・テムリッツ、インタヴュー

浅沼優子    photo : © Comatonse Recordings   Jul 05,2021 UP

ハウス・シーンやクラブは、ホルモン剤の投与量や移行期の治療法の効果・不効果、安全な医者とそうでない医者などについて、お互いに情報交換する場としても機能していました。薬をシェアする場でもありました。組織化、教育、セックス・ワークの場でもあったのです。

◆テーリ・テムリッツ電気音響「パフォーマンス」

テーリ・テムリッツとして自身の電気音響作品を「パフォーマンス」することもある彼だが、彼女はこれを今日のパフォーマンス中心の経済に疑問を投げかける機会として捉えているという。

「通常、テーリ・テムリッツのショーのためにフェスティヴァルに呼ばれるときは、『不産主義』や『ソウルネスレス -魂の完全なる不在-』などの特定のプロジェクトをおこなうことが多いです。私の普段のパフォーマンスは、非演技的に構成されています。ある意味、初期の電気音響テープの再生作品のように、再生ボタンを押すと映像が流れ、私は基本的に何もせずに1時間座っているような構成になっています。これは、伝統的なアカデミックな電気音響テープのパフォーマンスを商業的なパフォーマンスの領域に持ち込むことへの言及でもありますが、一方でドラァグ・クイーンとしては、キャンプやパフォーマティヴィティ、派手さ、ジェスチャーといった従来のトランスジェンダーのステージに対する拒否反応でもあります。ですから、私はトランスジェンダーのステージに関連するパフォーマティヴィティにも批判的です。だからこそ、私はステージ上では静けさを好むのです」

グローバル・パンデミックの最中、私たちの多くがライヴ・パフォーマンスやその不在によってそれらの同空間での共有体験を「欲している」と感じている一方で、彼女はノンパフォーマティヴな作品に焦点を当てた文化的空間の不可能性に対する懸念を強めている。

「どこに向かっているかは明確だと思います。それは、ライヴ・ストリームや代理パフォーマンス・システムに焦点を当てたテクノロジーに表れています。さらに、ライヴ・パフォーマンスのモデル、真正性のモデル、即興のモデル、観客対演奏者のモデルなどに対する文化的な投資が結晶化し、具体化しています。そして、それは完全に保守的、徹底的に保守的で、根本的につまらないものです。私には、それは火を見るよりも明らかです」

彼が異なる名義を使い分け、多様な形態の活動で異なるコンテクストに関わっていることは、本質主義や単一性に抵抗するための戦略でもあることがわかる。すべてのものがロゴやサムネイル、ヘッドラインや短いプロフィールに凝縮されてしまう世界において、彼女は私たちに戸惑い、複雑さを受け入れることを強いる。

「異なるジャンルやさまざまな名義で活動することは、本質的なエッセンスや単一的な芸術的ヴィジョンを一般に投影されること──“存在の真実” とか “テーリ・テムリッツとは何者か?” とか、あたかも答えがひとつしかないかのように──を避ける、という私の批判的な関心と平行しています。ですから、このような断片化、グレーゾーンに入ること、白か黒かという考えからの脱却──単一の芸術的アイデンティティ、創造的プロセスの起源の単一性、原作者の単一性、何かが正真正銘自分のものであると信じること──これらすべてからの脱却が、私がサウンド・コラージュやサンプリングに取り組む理由です。純粋な音楽学や組成の真正性のようなものを起点としていないもの。そんなものはクソ食らえです。こうしたものこそが、私が対抗するものです」

実際には微積分レヴェルの問題を扱っているのに、私たちはいつも算数や足し算、引き算で語ることを強いられています。それより私は、オーディエンスに微積分をぶつけるような作品を発表したいのです。クィアな微積分をそのままぶつけたい。

◆クィアの微積分と向き合うことへの呼びかけ

さらに彼は、決してそれを簡単にはしてくれない。

「誰かがたまたまテーリ・テムリッツのイベントやDJスプリンクルズのイベントに行ったり、アルバムを手に取ったり、インタヴュー記事を読んだりして、それが何かをより深く知るための入り口になるのなら、それはそれでいいと思います。でも、私はビギナーのために手を差し伸べてあげるということには興味がありません。なぜなら、文化的にマイナーなレヴェルでは、メインストリームにつねにアピールしようとすることが、問題や危機についてより深く正確に話し合う方法を育むことを妨げるからです。メインストリームは、ある種の拡張主義的にフォーカスしていて、これは非常に西洋的なグローバリズムと資本主義の考え方です。聴衆はなるべく多い方がいい、より多くの人に届ける方がいい、というものです。支配的なポピュリズムの流通モデルを、非常にマイナーで文化的に特殊な形態のメディアに適用するという考え方は間違っている可能性があり、少なくとも私のメリットにはなりません」

彼女は数学をメタファーとして、詳細を省かない交流の必要性をさらに説明する。

「実際には微積分レヴェルの問題を扱っているのに、私たちはいつも算数や足し算、引き算で語ることを強いられています。それより私は、オーディエンスに微積分をぶつけるような作品を発表したいのです。クィアな微積分をそのままぶつけたい」

テーリ・テムリッツの微積分を受け入れようとしながら話をまとめようとしたとき、私はほとんど無意識のうちに、いつものように会話をポジティヴに終わらせる方法を探していた。彼女は最後にそれに対してもピシャリと応えた。

「私はニヒリストです。私たちはもうダメだと思います。私たちは社会に、いつも楽観的に終わらせなければならないと思わされていますが、できません。すべてが最低なクソです。つねに悪い方向に向かっています。私たちは、もう右か左かではなく、上か下かという世界に突入しています。これはセクシュアリティやジェンダーの権力関係とも通じていますね。それが私たちのいる世界です。良いことばかり考えるのではなく、私たちの周りで起こっている暴力や破壊に危機感を持つようにしなければなりません。暴力はあらゆる場面で助長されています。このような状況に希望を持つのではなく、希望を捨てて、『なんてこった!』と思う必要があるのです。バラ色の眼鏡は外してください。パニックしてもいいんですよ」

取材・文:浅沼優子(2021年7月05日)

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Profile

浅沼優子浅沼優子/Yuko Asanuma
フリーランス音楽ライター/通訳/翻訳家。複数の雑誌、ウェブサイトに執筆している他、歌詞の対訳や書籍の翻訳や映像作品の字幕制作なども手がける。ポリシーは「徹底現場主義」。現場で鍛えた耳と足腰には自信アリ。ディープでグルーヴィーな音楽はだいたい好き。2009年8月に東京からベルリンに拠点を移し、アーティストのマネージメントやブッキングも行っている。

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